弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人桃井・次の上告趣意第一点について。
 所論は、先ず、昭和二九年法律第六一号による改正前の関税法(以下旧関税法と
いう)八三条三項が犯罪貨物の所有者または占有者でない被告人にも追徴を科しう
る趣旨を定めたものならば、右条項は憲法二九条に違反し、これを本件に適用した
原判決は違憲無効であると主張する。
 しかし、没収に代わる追徴に関する事項をいかに定めるかは、追徴なる制度の本
旨に適合する限り、立法によつて定めうる事項であり、当該関税法違反の犯罪に関
与した犯人のすべてに追徴を科することは、犯罪に対する制裁と、その抑圧の手段
としての刑罰的性格を有する追徴の本旨に適合するものと認むべきであるから、犯
罪貨物の所有者または占有者でない犯人にも追徴を科しうることを規定している旧
関税法の所論条項が憲法二九条に違反するものとはいえない(昭和三七年(あ)第
一二四三号同三九年七月一日大法廷判決参照)。それ故、論旨は採ることができな
い。
 所論は、次に、旧関税法八三条三項は、共犯者ある場合には必ずしも共犯者全員
に対してそれぞれ犯罪貨物の原価に相当する金額の追徴を科さなければならないも
のではなく、右追徴を共犯者全員に科するか、その一部の者のみに科するかは裁判
所の裁量に属すると解しうるところ、原判決が被告人に右追徴を科したことは、諸
般の情状に黴して相当でないと主張する。
 しかし、所論は、単なる法令違反ないし量刑不当の主張であつて適法な上告理由
に当らない。
 同第二点について。
 所論は、原判決が犯罪貨物の所有者または占有者でない被告人に追徴を科したこ
とは、本件においてその所有者である共犯者が訴追を免かれていること、および犯
罪貨物の没収が可能な場合に比し没収不能という偶然の事情によつて財産上の不利
益を受けるものであることに徴すると、実質的に不平等な処遇であり、憲法一四条
に違反すると主張する。
 しかし、旧関税法八三条三項による追徴は、犯罪に対する制裁と、その抑圧の手
段としての刑罰的性格を有するものであつて、当該関税法違反の犯罪に関与したす
べての犯人に追徴を科することは、追徴の本旨に適合するものであること前示のと
おりであるから、たまたま犯罪貨物の所有者である共犯者が訴追を免かれたため同
人に追徴を科することができない場合に、犯人である被告人に没収に代わる追徴を
科したからといつて憲法一四条の法の下の平等を侵すものであるとは認められない。
それ故、論旨は採ることができない。
 同第三点について。
 所論は、憲法一三条違反を主張するけれども、その実質は、被告人に右追徴を科
した原審の裁量を非難するものであつて、量刑不当の主張をいでないものであり適
法な上告理由に当らない。
 同第四点について。
 所論は、事実誤認、量刑不当の主張であつて適法な上告理由に当らない。
 よつて、刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官横田喜三郎、同入江俊郎の補足意見および附加補足意見、裁
判官石坂修一、同斎藤朔郎の補足意見、裁判官奥野健一、同山田作之助、同城戸芳
彦、同柏原語六、同田中二郎の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見による
ものである。
 裁判官横田喜三郎の補足意見は、つぎのとおりである。
 わたくしは、判決の主文にも理由にも賛成するものである。ただ、犯罪貨物など
を没収することができない場合に、その所有者でない共犯者に追徴を科することは、
没収不能という偶然の事情のために、突如として追徴という著しい財産上の不利益
を科することになつて不合理であるという意見があるから、この点について補足意
見を述べる。
一、没収物件が共犯者の一人の所有に属し、これを没収することができる場合には、
その物件が没収され、追徴は行なわれないから、所有者でない共犯者は財産上の不
利益を受けない。これに反して、没収物件が善意の第三者の所有に移つていて法律
上で没収することができないか、滅失または所在不明などのために事実上で没収が
できない場合には、没収の代わりに追徴が行なわれる。この追徴はすべての共犯者
に科せられるから、所有者でない共犯者も財産上の不利益を受ける。これらの共犯
者は、没収不能という偶然の事情のために、突如として財産上の不利益を科せられ
ることになる。これはたしかに一見して不合理とおもわれる。
 しかし、これを不合理であるというならば、没収物件が没収できる場合に、これ
をその所有者から没収することも、同じように不合理であるといえる。この場合に
は、ひとしく共犯者でありながら、没収物件の所有者は、その物件を没収されて、
いちじるしい財産上の不利益を受けるにかかわらず、他の共犯者はこのような不利
益を受けないから、あきらかに均衡を失し、不合理であるといわなければならない。
この不合理は、没収物件が密輸出または密輸入の手段に供された船舶のような場合
に、とくに顕著である。たとえば、三人が共謀して密輸出を企て、たまたまそのう
ちの一人が船舶を所有していたことから、これを用いて密輸出を実行したとする。
この船舶は、密輸出の犯罪の用に供された船舶として没収されることになり、これ
を所有していた犯人はいちじるしい財産上の不利益を受ける。ところが、他の二人
の共犯者は、このような不利益をまつたく受けない。たまたま船舶を所有していた
という偶然の事情のために、所有者である犯人だけがこのような不利益を受けるこ
とは、一見してたしかに不合理とおもわれる。それは追徴の場合における不合理と
変わらない。右の密輸出がはじめに船舶を所有しない二人によつて企てられ、それ
を実行するために船舶を所有する人が勧誘されたような場合には、不合理がいつそ
う顕著である。したがつて、追徴について一見して不合理とおもわれる点のあるこ
とは否定できないが、それだけを非難して、没収について同じようなことのあるの
を見のがすのは、楯の一面だけを見た議論であるというそしりを免がれないであろ
う。
二、没収と追徴について、このように一見して不合理とおもわれる点があるにかか
わらず、関税法が密輸出入ないし関税逋脱の行為に附加刑としてこれを科する理由
は、これらの行為が国の重要な法秩序と収入源を侵害し、ひいて公共の福祉を害す
るから、それを厳重に取締り、未然に防止しようとするためにほかならない。
 この点で、没収または追徴の性質が問題になる。これらは犯罪による不正な利益
を犯人の手に残さないとか、ふたたび犯罪の用に供させないとかのために科せられ
るものであつて、保安処分的なものであるという見解がある。しかし、たんにそれ
だけではなく、関税法違反の行為に制裁を科するという刑罰的な意味もあることを
否定することはできない。この点については、昭和三四年(あ)第一二六号同三八
年五月二二日大法廷決定(刑集一七巻四号四五七頁)の補足意見において、すでに
斎藤朔郎裁判官の指摘されたところである。もし保安処分的な性質だけのものとす
るならば、たとえば、密輸出入の用に供された船舶を没収することができない場合
に、追徴を科するということはありえないことである。なぜなら、この場合は、船
舶が善意の第三者の所有に移つているとか、滅失または所在不明の場合であつて、
ふたたび密輸出入の用に供されるおそれはないのであり、追徴がたんに保安処分的
なものであるならば、これを科する余地がないからである。それにもかかわらず、
関税法が追徴を科すべきことを規定しているのは、追徴が刑罰的な性質を有するか
らにほかならない。こうして追徴が刑罰的性質を有するとすれば、その基本である
没収もまた刑罰的性質を有するといわなければならない。基本である没収とそれに
代わる追徴とは、当然に同じ性質のものであるべきで、異る性質のものであるなら
ば、没収に代えて追徴を科するということはありえないことである。没収と追徴が
保安処分的な性質を有するのを否定するものではないが、それと同時に、刑罰的な
性質を有することも否定することはできない。結局のところは、これらの二つの性
質を合わせ有するものというべきである。
 そうだとすれば、共犯の場合に、没収と追徴を共犯者のすべてに科することは、
十分に理由のあることである。共犯者は犯罪に対して共同の責任を負うものであり、
刑罰は犯罪に対して責任のある者に科せられるから、没収と追徴が刑罰的な性質を
もつとすれば、それは当然に犯罪に対して共同の責任をもつ共犯者すべてに科せら
れるはずである。関税法においても、没収と追徴に関する一般的規定としての刑法
一九条、一九条ノ二においても、没収と追徴を科すべき犯人を没収されるべき物件
の所有者にかぎつていないのは、そのためにほかならない。また、大審院以来の判
例が没収の場合にもこれを共犯者のすべてに科したのであり、たんに没収物件の所
有者である犯人だけに科したのでないことも、同じ理由によるものである。共犯者
は共同の責任を負うのであるから、たとえ事実上では没収物件がその所有者である
犯人から没収されるとしても、法律上ではすべての共犯者に対して没収の附加刑が
科せられるべきである。追徴についてもまつたく同じである。この点で、大審院以
来の判例は、没収と追徴の性質を正当に理解し、その上に立つてこれらを適用して
きたものというべきである。
三、それにしても、はじめに述べたように、没収と追徴に一見して不合理とおもわ
れる点があることは否定できない。これを除去しようとすれば、没収または追徴に
よつて受ける不利益を共犯者の間に分担させるべきであろう。没収の場合には、没
収された物件の価格を共犯者に分担させるのであり、結局において没収物件の所有
者である犯人から他の犯人への求償を認めることになる。追徴の場合には、追徴さ
れた犯人から他の犯人への求償を認めることになる。
 しかし、法律上でこのような求償を認めることは、犯罪に基づいて法律上の権利
義務が発生することを是認し、法律がそれを保障することを意味するのであつて、
法律が犯罪そのものを容認しないことと矛盾する。法律の立場に立つかぎり、犯罪
に基づく求償を認めることは、論理的に不可能なことである。関税法においても、
刑法一九条、一九条ノ二においても、没収または追徴について共犯者の間の求償の
ことを規定しなかつたのは、この理由によるものである。そのために、しかし、事
実上で共犯者の間に求償が行なわれることはさまたげられるものでなく、実際にも
予想されうることである。このことは、右に述べた斎藤朔郎裁判官の補足意見にも
指摘されている。もし事実上の求償が行なわれたならば、はじめに述べた一見して
不合理とおもわれる点も除去されることになる。したがつて、いわゆる不合理は、
法律上の面だけを一見した場合に、そうおもわれるにすぎないものであつて、事実
上の面も合わせて全体的に見るならば、除去される可能性のあるものである。法律
としてはその本来の性質上犯罪に基づく求償のことを規定することができないが、
そのために、事実上の求償のことを忘れ、法律上の面だけを一見して非難するのは
十分な根拠のないことである。
 裁判官入江俊郎、同石坂修一、同斎藤朔郎の補足意見は、次のとおりである。
 追徴の点に関するわれわれの補足意見は、昭和三四年(あ)第一二六号同三八年
五月二二日大法廷決定(刑集一七巻四号四五七頁)のわれわれの補足意見と同一で
あるから、それを引用する。
 裁判官横田喜三郎、同入江俊郎の附加補足意見は、次のとおりである。第三者所
有物の没収に代わる追徴の点に関するわれわれの附加補足意見は、昭和三七年(あ)
第一二四三号同三九年七月一日大法廷判決のわれわれの附加補足意見と同一である
から、それを引用する。
 裁判官奥野健一の少数意見は、次のとおりである。
 旧関税法八三条一項は「……犯罪ニ係ル貨物ニシテ犯人ノ所有又ハ占有ニ係ルモ
ノハ之ヲ没収ス」と規定している。それ故、法は犯罪貨物の所有者でも占有者でも
ない者に対して没収を科することは予想していないものと解すべきである。従つて、
また、没収に代わる追徴も、本来没収を科し得ない犯罪貨物の所有者でも占有者で
もない者に対して、これを科することは法の予想せざるところであると解するのが
相当である。
 本件において被告人は犯罪貨物の所有者でも占有者でもないというのであるから、
被告人に関する限り、没収も追徴も科し得ないものと解すべきである。然るに、被
告人に対し追徴を科した原判決は違法であり、破棄を免れない。
 なお所有者以外の犯人より追徴すべきでないことの詳細については、昭和二九年
(あ)第五六六号同三七年一二月一二日大法廷判決(刑集一六巻一二号一六七二頁)、
昭和三四年(あ)第一二六号同三八年五月二二日大法廷決定(刑集一七巻四号四五
七頁)、昭和三七年(あ)第一二四三号同三九年七月一日大法廷判決における私の
意見と同一であるから、それを引用する。
 裁判官城戸芳彦、同柏原語六は、裁判官奥野健一の右少数意見に同調する。
 裁判官山田作之助の少数意見は、次のとおりである。
 わたくしは、関税法所定の所謂犯罪貨物(例えば密輸に係る時計の如し)に対す
る没収に代わるその価格の追徴は、被告人がその貨物について所有権を有していた
が、現在その所有権を失つている場合に限つて科せらるべきものと解するから(そ
の理由は昭和二九年(あ)第五六六号同三七年一二月一二日大法廷判決、刑集一六
巻一二号一六七二頁において旧関税法八三条の追徴の規定について述べたわたくし
の意見と同趣旨であるからこれを引用する)、かつて一度も所有権をもつていなか
つた被告人に対し没収に代わる追徴を言渡した原判決はこの点において破棄を免か
れない。
 裁判官田中二郎の少数意見は、次のとおりである。
 旧関税法八三条三項により追徴を科せられるべき犯人の意義及び範囲について、
法文の字句のみからいえば、解釈上、疑問の余地がないわけではないが、追徴の本
質及び機能に照らし、同条同項は、没収を科せられるべきでない者に対して追徴を
科することは許さない趣旨と解すべきである。したがつて、これと異なる解釈に出
た多数意見には賛成することができない。この点についての詳細は、昭和三七年(
あ)第一二四三号同三九年七月一日大法廷判決における私の少数意見と同一である
から、それを引用する。
  昭和三九年七月一日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    斎   藤   朔   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎

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