弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人長屋潤の上告趣意について。
 事実審理にあたる裁判所が、事案を審理する過程に於て又その他犯行に関係ある
諸般の事情から、被告人の犯行当時に於ける精神状態について、疑のない程度にそ
の認識をえた場合には、わざわざ専門家に鑑定させて、その結果を判断の資料に供
するまでもないことは、一般に人の精神状態は常に専門家の鑑定をまたなければ判
らないとはされていないことと同様である。精神状態の認定は結局事実認定の問題
であるから、精神状態に関する鑑定申請の採否は事実審の自由になしうるところで
ある。従て弁護人がその申請をして、それについて事実審が、その判断に基いてそ
の必要を認めないからということで右申請を却下しても、弁護権を不法に制限した
ということはできないと言はねばならぬ。
 本件においては、記録上被告人の精神状態に疑を挿なければならない顕著な事情
は少しも認められないばかりでなく、原審公判調書にも弁護人から「被告人の心神
耗弱の為精神鑑定を求むる旨申出でた」とあるだけで、それを必要とする理由につ
いての資料も何等提供されていないのである。してみれば原審裁判所が鑑定人の鑑
定をまつまでもないとしてその申請を却下したことは相当であつて、之を以て不法
に弁護権を制限し、引いては心神耗弱による刑の減軽をうける機会を失はしめ、そ
のため量刑の不当を来しているということはできない。論旨は理由がない。
 よつて、刑事訴訟法施行法第二条、旧刑事訴訟法第四四六条に従つて主文のとお
り判決する。
 右は小谷裁判官の左記補足意見の点を除き、全裁判官一致の意見である。
 裁判官小谷勝重の補足意見は次のとおりである。
 本判決は「本件においては、記録上云々」以下とするか、又は少なくとも「一般
に人の精神状態は常に専門家の鑑定をまたなければ判らないとはされていないのと
同様である」とある部分を削除したい。(而してその結果は判決文章に多少の補正
を要する。)
 その理由は、私は精神病学の常識でないことは、天文学や地震学の常識でないの
と同様であると考える。精神欠陥の有無について何人が見ても欠陥ありと疑はるゝ
場合、何人が見ても欠陥なしと認められる場合は、その措置は素より容易であるが、
問題は右以外の場合である。かゝる場合往々事実審裁判所では、裁判官の普通の常
識を以つて精神欠陥なしと判定してはいないかと思料せらるゝ案件を相当見出すの
である。そこで本判決書において私が前示削除を希望するのは、この判決をよく熟
読すれば素より誤りはないのであるが、卒読するとこの判決の表現では、或は事実
審裁判所に対する上示私の杞憂する所が一層ひどくなりはしないかを恐れるが為め
である。要するに、精神欠陥の有無は普通人の常識では容易に判る筈のものではな
いと云うことを、私は強調したいのである。
 検察官 岡本梅次郎関与
  昭和二四年二月八日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎

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