弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原判決中、被控訴人に関する部分を取消す。
被控訴人が控訴人に対して昭和四三年二月一六日付でした故Aの死亡について労働
者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取消
す。
訴訟費用は、第一、二審とも(但し、第一審は被控訴人との間で生じた部分)被控
訴人の負担とする。
       事   実
 控訴人訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は、「本件
控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、
原判決事実摘示のとおり(但し、専ら原審被告労働保険審査会に関する部分を除
く。)であるから、これを引用する。
(原判決の訂正)
1 原判決三枚目表七行目から八行目の「業務上の疾病ではないが、本件死亡は」
との記載を削り、同三枚目裏二行目の「間」の次に「約二年間をすべて深夜業(オ
ール夜勤)に従事し、入社当初の昭和四〇年八月二六日から昭和四一年一一月まで
は手押式コンベアーによる製品課仕分け作業を担当し」と加え、同六行目の「もつ
ぱら」とあるのを「自動コンベアー式の」と、同八行目の「製品の仕分け作業時
間」とあるのを「勤務時間」とそれぞれ改める。
2 同四枚目表四行目及び五行目を削り、同六行目から同四枚目裏三行目までの表
の記載を同七枚目裏八行目と九行目の間に移記する。
3 同五枚目表四行目の「したたり落ちる汗」から同五行目の「追われるという状
態」までを「汗をたらしているのが当り前の状態とされ、また作業に追われてくる
と汗をふく余裕すら全くなく、額からふき出る汗がしたたり落ちる状況で作業を行
なうという実態」と改める。
4 同七枚目裏四行目の「状況によると、」の次に「次表のとおり」を加える。
5 同八枚目表八行目の「死亡当時」とあるのを「死亡前後における午前三時」と
改める。
 (控訴人の補足的主張)
 別紙の「控訴人の主張」のとおりである。
 (被控訴人の補足的主張)
 別紙「被控訴人の主張」のとおりである。
(証拠の関係)(省略)
       理   由
一 控訴人の夫Aが昭和四〇年八月二六日明治パン株式会社に入社し、以来同社東
京工場(以下、訴外会社という。)に勤務していたところ、昭和四二年九月六日午
後一〇時頃、製品の仕分け作業に従事中倒れ、数分後に急性心臓死した(当時四五
歳)こと、控訴人はAの死亡につき被控訴人に対して労働者災害補償保険法に基づ
く遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたところ、被控訴人は昭和四三年二月一六日
付をもつて、本件死亡は業務上の災害に当らないとして、右各給付を支給しないと
の処分をしたことは当事者間に争いがない。
二 控訴人は、Aの死亡事故は業務の遂行中に発生し、かつ業務に起因したもので
あると主張するので、まず、Aの死亡に至るまでの経過について調べてみる。
 いずれも成立に争いのない甲第一、第二三号証、乙第一ないし第四号証(乙第四
号証は原本の存在も)、同第五号証の一ないし四、同第六号証、同第一一ないし第
一四号証、同第一八ないし第二〇号証、同第二二、第二六、第二九、第三一、第三
五号証、第三六号証の三及び原審証人B、同C、同D、同E、当審証人F、同Gの
各証言ならびに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合
すれば、次の事実が認められる。
1 (被災者の訴外会社における職場歴)
 Aは昭和四〇年八月二六日満四三歳で訴外会社に入社し、同社東京工場に勤務す
ることになつたが、同人の希望により深夜勤務の製品仕分け作業(各注文店の注文
に応じてパンを種類毎にパン箱に収める作業)に従事した。当時の仕分け作業は、
まだコンベアーシステムが導入されておらず、手押式であつた。昭和四一年一一月
頃同工場の仕分け作業にコンベアーシステムが導入されたが、その頃Aは仕分け作
業から通い箱チエツク作業にまわされた。同作業は、正確には通い箱計数管理業務
というが、これは出荷する箱と空箱になつて戻つてくる箱の数を調べる作業であ
り、同作業もオール夜勤であつたが、作業内容が単純なため、Aには適していた。
Aは、昭和四二年四月まで約五か月間同作業に従事した。同年四月、Aは再び製品
仕分け作業に配置換えされ、同年五月七日まで一か月間ほどコンベアーシステムに
よる仕分け作業に従事したが、仕分け作業に適しないことから、再び通い箱チエツ
ク作業に移された。しかし、その後製品仕分け作業の人員が不足してきたため、A
は同年八月二五日三度び仕分け作業につくよう命じられた。
2 (被災者の従事した連続深夜勤と健康への影響)
 Aは、右のとおり、昭和四〇年八月二六日から急死した昭和四二年九月六日まで
の二年間深夜勤を続けてきたのであるが、この深夜勤は「オール夜勤」と呼ばれる
もので、昼間の勤務は全くなく、勤務時間は、午後八時から翌朝午前五時までの早
番と午後九時から翌朝午前六時までの遅番とがあり、いずれも拘束九時間、実働八
時間勤務である。そして、午前零時から同一時までに一時間の食事と休憩の時間
が、午前三時から一五分間の小休憩がとれることになつていた。公休は一週間に一
回あり、残業は少なく、Aの死亡前四か月の残業時間をみると、六月一〇時間、七
月一一時間、八月一七時間(うち八時間は公休出勤分)であつた。このようにみて
くると、Aの従事したオール夜勤は、一見健康に影響を及ぼさない勤務体制である
ようにみえるが、これを労働医学的見地から考察すると、Aの従事した週実働四八
時間、拘束週五四時間、週休一日制というオール夜勤制度は次のとおり健康を害す
る蓋然性の高いものである。すなわち、オール夜勤は、昼夜逆転の生活を余儀なく
するが、かような生活形態は、人間固有の生理的リズムに逆行し、これに慣れて順
応するということが生理学的には認められないのである。そのため、夜勤従事者は
夜勤そのものによつて、大きな心身の疲労を覚えるのみでなく、昼間睡眠が一般に
浅く、短くならざるをえないので、勢い疲労回復が不完全となる。しかも、週休一
日制では、前夜からの夜勤があり、それに続いて週休があり、翌日には夜勤が控え
ているので、夜勤者は精神的な余裕をもてない。したがつて、このような夜勤の連
続は疲労の蓄積を招くのが通常であり、その回復には週休二日以上の十分な休養と
夜眠をとる必要があるのみならず、このような措置がとられている場合でも、健康
管理に特別な配慮が望ましいのである。また、夜勤従業者の年令区分と疲労との関
係をみると、二〇歳台、三〇歳台では、疲労の回復が良好であるが、四〇歳台で
は、疲労の影響が長く残ることが実証されている。したがつて、四〇歳台の労働者
が週労働六日、週休一日制のオール夜勤を一両年も怠りなく続けていれば、慢性疲
労からなんらかの健康障害をもたらす公算が大きいといえる。
3 (被災者の勤務態度と作業適応の状況)
 ところで、Aは右のような厳しいオール夜勤の勤務体制にもかかわらず、勤務態
度が極めて真面目で、入社以来、無欠勤、無遅刻、無早退を続け、休憩時間中も次
の作業の準備をするほど仕事熱心であつた。そして、性格的には几帳面、無口、気
が小さく、責任感が強い人柄であつた。しかし、動作が他の人達より若干遅かつ
た。そのため、Aは、通い箱チエツクのような仕事には適していたが、コンベアー
システムによる仕分け作業のように機敏な反応と動作を要請される作業には不向き
であつた。このようなことから、Aは、同僚や妻である控訴人に対して常々「仕分
け作業は神経をつかう仕事で精神的に疲れる。」と洩らしていた。とくに八月二五
日に仕分け作業に配置を命ぜられてからは、疲労感を強く覚えるようになり、同年
九月一日頃Aは上司であるH製品課長に対し、「仕分け作業は非常に神経を使うの
で、他の職場に変更してほしい。」と申し入れ、同課長もAに適した作業場を探す
ことを約した。Aにとつて、このような申し出をすること自体きわめて異例のこと
であつた。
4 (被災者の死亡前配置された仕分け作業)
 さて、Aが仕分け作業に再配置された昭和四二年八月二五日から死亡事故当日の
翌九月六日までの一三日間における製品仕分け作業の状況をみると、大要次のとお
りであつた。すなわち、
(1) まず、当時の仕分け作業は、作業員一四名で得意先に出荷する一〇四品種
のパンの仕分けを担当していたが、各作業員の負担がなるべく均等になるようにす
るため、担当品種は三、四日毎に組み替えられることになつており、Aが担当した
仕分け作業についてみると、八月二六日から同月二八日までの三日間は甘食班(三
品種)、八月三〇日から九月二日までの四日間はハイミルク班(五品種)、九月三
日から同月五日までの三日間は調理ロール班(八品種)とそれぞれ担当が変り、事
故当日の九月六日にはホツトケーキ班(九品種)と担当品種は一三日間で当初の三
倍に増えた。
(2) 次に、仕分け作業量であるが、Aが再配置された八月末には、総数で八、
〇〇〇個台であつたが、学校等の夏休みが明けた九月一日に入ると一万個台に増
え、事故当日の九月六日には一万一、〇〇〇個台と一週間余りで約一四パーセント
も増加した。しかも、事故当日Aが担当したホツトケーキ班の作業量は、作業開始
時の午後九時頃にとくに集中し、多忙をきわめた。
(3) ところで、Aらが従事した仕分け作業は、毎分約六メートルの速度で動く
コンベアー上につぎつぎに送られてくる各得意先の注文票に記載された品種と数量
を敏速に読み取り、背後もしくはコンベアーの下に置いてあるパン箱から注文どお
りのパンを取り出してコンベアー上のパン箱に積み入れるという作業である。そし
て、得意先の注文は品種及び数量がそれぞれ異るから、各作業員の担当する品種と
数量が多ければ、それに応じてパンの選択作業が複雑になる。のみならず、同作業
は、次のパン箱がコンベアーで送られてくるまでに終了していなければならないか
ら、仕分け作業の担当品種と数量が多い場合には、かなり強度の神経緊張を要する
とともに、相当習熟していなければ迅速かつ的確にこれを処理していくことができ
ないものである。それ故、仕分け作業に馴れるだけで通常概ね三か月を要するとさ
れており、なかでも、九品種を受け持つホツトケーキ班の仕分け作業は、熟練した
作業員でも、その処理に難渋するところであつた。
(4) Aは、前にコンベアーシステムを一月余り経験しているとはいえ、もとも
と仕分け作業に適していないうえ、仕分け作業に再配置されてから、僅か一三日間
に三品種から五品種、八品種と担当品種が増え、同作業に習熟しないまま、事故当
日は最も難しい九品種担当のホツトケーキ班を担当させられた。
 かくして、事故当日の九月六日夜の仕分け作業は午後九時から開始されたのであ
るが、開始早々から作業量がAの担当に集中したため、Aは間もなく作業に追われ
だし、注文票記載のパンを入れ終らないうちに通い箱がコンベアーに乗つて検品係
の方へ行つてしまうという異常な事態が一時間半足らずの間に七、八回も起り、そ
の都度、I検品係から叱責され、パンの不足分を約七メートル先の同検品係のとこ
ろまで走つて届けることを余儀なくされ、その結果、後続の仕分け作業が間に合わ
なくなるという悪循環が続いた。そこで、かような事態を見兼ねた隣りの仕分け作
業員Jが自分の作業の合間をみて手伝つてくれ、さらにK主任、L班長も交互に手
伝つてくれた。このようなことから、午後九時四〇分ないし五〇分頃には作業も漸
く順調な状態に戻り、一息ついたAが右J作業員に礼を述べ、一旦腰をおろして再
び立ち上つて作業を始めた直後に、Aはコンベアーの上にパン箱をおきながら、崩
れ落ちるように倒れた。Aは間もなく救急車で戸田中央病院に運ばれたが同病院医
師Mが診察したときには、すでに死亡していた。
5 (被災者の入社後死亡までの健康状態)
 次に、Aの健康状態であるが、入社時の検査では、とくに異常を発見されなかつ
たが、昭和四一年五月九日に訴外会社において行われた定期健康診断の際に、血圧
測定検査で最高一五四、最低一一〇の数値が記録された。右最低血圧の測定値が異
常に高いのに、Aはその頃訴外会社から「現状勤務支障なし」と判定され、再検査
も命ぜられず、また、その後本件死亡事故までの間に行われた定期健康診断(昭和
四一年一一月三〇日及び翌昭和四二年四月一三日の二回)においては血圧測定すら
なされなかつた。しかし、医学的見地からみれば、Aは昭和四一年五月九日の第一
回検査の頃から、すでに医療もしくは医師による観察を要する程度の高血圧症に罹
患していた蓋然性が高い。しかるに、Aは、その後本件死亡事故まで訴外会社の健
康診断で高血圧の点についてなんらの検査も指示もうけず、またA自身、高血圧に
関する知識を欠き自覚症状もなかつたので、医師の精密検査をうけ血圧を正常に保
つための治療もうけず、普通の家庭生活とオール夜勤の作業を続けてきた(なお、
Aは、飲酒も週一回位で、酒量もビール一本、日本酒二合程度であり、喫煙も一日
五本程度であつて、とくに生活面で不摂生にわたることはなかつた。)。
 ところで、Aは、昭和四二年八月二五日に仕分け作業に配置換えを命ぜられるま
では、健康について格別不調を訴えなかつたが、その後前記のとおり疲労感を強く
覚えるようになり、九月五日夜には疲労のためかなり食慾が減退し、事故当日の九
月六日朝(なお、当日は、八月三一日から七日連続夜業が続き、翌日が公休日に当
つていた。)、夜勤を終えて帰宅したときは、控訴人に対し疲労を強く訴え、夕食
時には、普段は控訴人が起さなくても目覚めたのに、二度も起されて漸く起床した
うえ、無欠勤のAが休みたいとの意向を洩らしたほど疲労感が残つていた。しか
し、責任感の強いAは、自分が休めば、他の作業員に迷惑をかけるといつて疲労を
押して出勤した。その末に、本件死亡事故が突如発生したのである。Aが作業場で
倒れてから死亡するまでの時間が極めて短いことから、診察に当つたM医師は「心
臓不全」と診断したが、解剖等死因を明確にする措置はとられなかつた。
 以上の事実が認められ、前記証拠中右認定に抵触する部分は措信できず、他に右
認定を左右するに足りる証拠はない。
三 そこで、右認定事実に基づいて、Aの死亡が労働者災害補償保険法(以下労災
法という。)第一二条の援用にかかる労働基準法第七九条、第八〇条所定の「労働
者が業務上死亡した場合」に当るかどうかについて考えてみるのに、これを疾病に
よる場合についていえば、労働者が業務に基づく疾病に起因して死亡した場合をい
い、右疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であり、その疾病が原因
となつて死亡事故が発生した場合をいうものと解するのが相当である。したがつ
て、Aの死亡が業務上のものといいうるためには、死亡の原因となつた疾病が明ら
かにされなければならないところ、Aの死亡が急性心臓死であることは当事者間に
争いがないものの、急性心臓死をもたらした疾病については、控訴人と被控訴人と
の主張に隔りがあるので、まず、この点について検討する。
1 (Aの死因となつた疾病についての当事者の主張の要約)
 控訴人は、原審において、「Aは、オール夜勤による過労から高血圧症、冠動脈
硬化症となり、さらに深夜業を続けたためにその症状が悪化し、ついに被災当日の
ミスの続出等の状況とがあいまつて、発病し、急死したものか、あるいは元来、高
血圧、冠動脈硬化症があつたけれども、右悪条件が著るしく疾病を悪化させ、発病
し急死したものか、そのいずれかである。」と主張し、当審では、「Aの高血圧
は、オール夜勤の一年という長期連続勤務によつて、それが強いストレツサーとし
て体に作用した結果であり、さらにそれに続く一年間のオール夜勤が高血圧をさら
に悪化させるストレツサーとして作用し、Aの高血圧を増大悪化させ、動脈硬化を
生起させ易くなり、被災当日の業務中の異常な神経の過度緊張とあいまつて、心筋
梗塞を惹起せしめたとみるべきである。」と主張する。これに対し、被控訴人は、
Aの死体解剖がなされていないため具体的死亡原因及び死亡当時の生理的状況、体
質、他の疾病の有無等についてすべて不明であるから、Aが控訴人主張のような経
過をたどつて心筋梗塞により死亡したと仮定ないし推測すること自体が根拠を欠く
と主張する。
2 (被災者の死体解剖がなされない場合の疾病の特定について)
 本件は、職場における急死であつて、しかも、被災者が生前医師による精密な健
康診断もしくは治療をうけていないので、死後解剖がなされなければ、Aの死亡の
原因となつたであろう疾病を解剖医学的に明らかにすることは不可能である。しか
し、本件においては、Aの死体解剖の措置がとられなかつたことにつき、その遺族
において遺体の解剖を拒絶する等剖検を妨げるべき所為に及んだことを認めるべき
証拠はないのであり、このように被災者の遺体が解剖されないことについて遺族の
側に何ら責むべき事情がないのに、解剖所見による厳格な死亡の原因及び疾病の状
況に関する立証を控訴人に対し求めることは、立証責任の公平の原則及び「労働者
の業務上の事由による死亡等につき公正な保護をするため保険給付を行うこと」を
目的として制定された労災法の立法の趣旨に照らして相当でない。
 のみならず、労災法の適用にあたり被災者の死亡の原因となつた疾病を明らかに
することの主旨は、疾病の医学的解明自体にあるのではなく、疾病と業務との因果
関係を労災法上の見地から明らかにすることにあるのであるから、解剖所見が得ら
れない本件のような場合において死因となつた疾病を特定しなければならないとき
には、被災者の生前の健康状態、急死に至る情況等から医学経験上通常起りうると
認められる疾病を蓋然的に推測して特定すれば足りると解するのが相当である。
3 (被災者の死亡の原因となつた疾病)
 前記のような観点から、Aの死亡の原因となつた疾病について調べてみるのに、
原審証人N(川口診療所所長医師)は、「心筋梗塞の可能性が一番強いと考えられ
る。」と述べ、当審証人O(杏林大学医学部衛生学助教授)は、「心筋梗塞か脳出
血であろう。」と述べ、前顕甲第二三号証(財団法人労働科学研究所長Gの意見
書)当審証人Gの証言によれば、「Aの死は、脳血栓かもしくは虚血性心疾患(心
筋梗塞、狭心症)と想定される可能性が大きい。」というのであり、当審証人P
(関東労災病院副院長、労働省労災専門委員)は、「心筋梗塞による急性心臓死で
あろうと思う。」と述べる。これに対し、当審証人Q(東京都養育院付属病院長)
の証言ならびにこれによつて真正に成立したと認められる乙第五二号証の三(同人
の意見書)によれば、「本件急死がなにによるか、説明不可能である。しかし、全
くの推測をすれば、異常な経過を辿つた心筋梗塞あるいは動脈硬化性虚血性心疾患
が考えられる。」というのである。
 右のように、Aの死因について、医師である各証人の証言もしくは意見は、必ず
しも一致しないが、これは解剖所見がない以上当然のことであつて、当裁判所は、
右の証言及び意見ならびに前記認定のAの急性死に至る経過等を総合して、Aの死
の原因は、心筋梗塞による蓋然性(以下、本件疾病という。)が最も高いと推認す
る。
4 (本件疾病の業務起因性)
 次に、本件疾病がAの従事した業務に基づいて発症したものと判断することがで
きるかどうかについて検討を進める。
 疾病の業務起因性の有無の判断は、事柄の性質上、疾病の発生の機序に関する医
学的知見の助力を必要とするが、この判断には、疾病の原因に関する医学上の判定
そのものとは異り、ある疾病が業務によつて発生したと認定し得るかどうかの司法
的判断であるから、解剖所見を欠くため解剖医学的見地からは疾病の発生した原因
の解明が困難な場合においては、被災者の既存疾病の有無、健康状態、従事した業
務の性質、それが心身に及ぼす影響の程度、健康管理の状況及び事故発生前後の被
災者の勤務状況の経過等諸般の事情を総合勘案して、疾病と業務との因果関係につ
いて判断するほかないものと考える。そこで、以下、右の見地からAの本件疾病と
業務との関係について調べてみる。
(一) (被災者の既存疾病について)
 Aが訴外会社に入社した昭和四〇年八月当時どのような既存疾病を有していたか
は、当時の資料がないので定かでないが、入社後約九か月後に実施された定期健康
診断の際、最低血圧値「一一〇」という異常に高い血圧が測定されたこと、これを
臨床医学的にみれば、当時のAが治療もしくは観察を要する高血圧症に罹患した蓋
然性が高いと認められることは前記のとおりである。控訴人はAの高血圧症は、オ
ール夜勤による過労が原因であると主張し、被控訴人はAの遺伝的素因が主たる原
因であると主張する。しかし、仮にAの高血圧症が夜勤によつて発症したものであ
るにせよ(もつとも、その可能性は考えられるが)、もしくはそれが同人の遺伝的
素因に起因するものであつたにせよ、高血圧症に罹患していることが判明した労働
者についてなんらの健康上の配慮をせずして、高血圧症を増悪させるような業務を
遂行させた結果災害が発生したときは、業務起因性を肯定すべきことになるから、
本件において、高血圧症が業務に起因したかどうかの判断は必ずしも必要ではな
い。むしろ、Aが高血圧症という既存疾病を有することが判明した後における健康
管理と就業の状況について調べ、もつて、Aの高血圧症が業務によつてどのような
影響をうけたかを検討することが肝要である。
(二) (被災者の健康管理について)
 Aが前記昭和四一年五月九日実施された定期健康診断の当時すでに高血圧症に罹
患している蓋然性が高いと認められること、しかるに、Aは、右健康診断において
「現状勤務支障なし」と判定され、その後、死亡まで二回行われた健康診断におい
ては、血圧測定すら受けることのなかつたことは、前記のとおりである。この点に
関し、被控訴人は、昭和四〇年ないし昭和四二年当時における健康診断は、労働基
準法第五二条、労働安全規則第四九条以下に準拠して行われたものであつて、循環
器等の検査については、今日のように具体的な実施方法が定められておらず、特に
医師が他の方法による必要を認めるかまたは本人の申し出がない限り問診及び聴打
診により行われることをもつて足るものと解されていたのであるから、訴外会社が
定期健康診断に当り医師に対し、血圧の測定を要求しなかつたとしても、当時の社
会一般の健康診断に対する認識の程度及び夜勤が身体に及ぼす影響が不明確であつ
たこと等からみて、右の点は責められるべきではないと主張する。なるほど、Aが
入社後死亡するまでの間に実施された健康診断が被控訴人挙示の根拠規定に基づい
て行われたことは、前顕乙第四号証の欄外の記載及び被控訴人挙示の法令に照らし
て明らかであるから、仮に訴外会社が昭和四一年五月九日実施の定期健康診断にお
いてAに対し血圧測定検査を実施しなかつたとしても、その点を捉えて、健康管理
の手落ちということはできないであろう。しかし、本件においては、右健康診断に
おいて、Aの血圧測定が担当医師によつて行われて高血圧症の蓋然性の高いと考え
られる血圧の数値が測定されたのであるから、健康診断を実施した訴外会社として
は、Aに対し、右の結果を告げて注意を促すとともに、その後のAの健康管理に相
当の注意を払い、医師による再検査を実施して症状を確めたうえ、その結果に即応
した適切な業務上の措置をとることが、事業主に対し健康診断を義務づけた前掲労
働基準法規の趣旨に沿う所以であると考える。もつとも、この場合Aが自己の高血
圧であることを知つていたとすれば、自ら進んで医師の診断を受け、会社に申し出
て健康管理上必要な措置を講ずるべきであろうが、同人がこのような措置をとらな
かつたからといつて、訴外会社の前記健康管理上の責任を免れしめるものとはいえ
ない。
(三) (高血圧症者の夜勤について)
 次に、右のとおり、Aについて高血圧症が高い蓋然性をもつて推定される状況の
もとにおいて、従来どおりオール夜勤に従事させれば、Aの心身にどのような影響
を及ぼすであろうかについて検討する。
 Aの従事したオール夜勤が週休一日制の連続深夜勤であつて、健康人でも精神的
肉体的負担が重いため、健康を害するおそれが多いものであることは、さきに指摘
したとおりである。
 被控訴人は、Aが従事していた夜勤業務自体が慢性的疲労をもたらすことはな
く、オール夜勤を継続すれば、徐々に、夜勤に適合するし、また、Aの場合は、公
休も消化され、残業も少なかつたから、疲労の蓄積があつたとは考えられないし、
現に、訴外会社及び同業のフジパン株式会社においては、深夜勤勤務により、心臓
病や脳溢血等で倒れたものがいないと主張する。そして、乙第一三、第一四、第一
八ないし第二〇号証、第二二号証及び同第四六号証中には右主張に沿う記載部分が
あるけれども、右書証をもつてしては、いまだ被控訴人の右主張事実を証するに足
りず、かえつて、前記二の2で認定した事実及び当審証人F、同R、同S、同Tの
各証言を総合すれば、訴外会社におけるオール夜勤勤務は、労働者の健康に多大の
悪影響を及ぼし、夜勤勤務者中には、循環器系統の疾病を患つたり、あるいは死亡
したもの、あるいは退職を余儀なくされたものが少なからず存在したことが窺われ
るのである。
 かようにして、高血圧症の疾病を有すると認められるAが、訴外会社から労働安
全衛生上何らの配慮を受けることなく、健康者と同一の勤務条件で約一年四か月に
わたり、オール夜勤という業務に従事した以上、Aの高血圧症及びこれに伴う動脈
硬化症が相当進行悪化していたであろうことは、前記N、O、G、P各証人の証言
に照らしても、十分推測されるところである。
(四) (被災者の仕分け作業への再配置と同作業の災害性について)
 Aが昭和四二年八月二五日訴外会社の指示により仕分け作業に再配置されたこ
と、同作業がAにとつて不向きであり、不慣れであつたこと、同作業がその作業内
容からみて、かなり精神的緊張を伴うものであること、精励格勤、しかも無口な同
人が間もなく上司に職場の変更を願い出たのに同作業を継続させられたこと、しか
も、事故前日から、疲労感が強く、事故当日の九月六日には漸く起床したほどであ
つたこと、しかるに、Aの担当作業は、その疲労度に比例して短時日の間に質、量
ともに困難の度を増し、遂に事故当日には不運にも九品種の仕分けをするホツトケ
ーキ班を担当し、それが作業開始早々多忙を極めたため、作業上のミスを続発させ
たことは前記のとおりである。右一連の事実経過に徴すれば、Aの従事した仕分け
作業が健康で有能な作業員にとつては、被控訴人主張のとおり十分耐えうる程度の
ものであつたとしても、本件事故当時長期にわたるオール夜勤によつてすでにAの
高血圧及び動脈硬化症が相当進行、悪化していたことが推測され、かような健康状
態にあつたAにとつて、右の作業配置の変更及び当日の仕分け作業の過重な負担
が、健康な熟練者の場合と異り、強度の精神的緊張をもたらしたであろうことは推
察に難くないというべきである。
 以上認定の事実関係と前顕甲第二三号証及び前記N、O、G、P各証人の証言を
総合すれば、本件疾病はAが高血圧症に罹患していたのに、訴外会社がAに対し適
切な健康管理の措置を講ぜず、Aをして健康に悪影響を及ぼす「オール夜勤」に従
事させたため、高血圧症及びこれに伴う動脈硬化症を増悪させたこと、さらに、右
のような健康状態にあるAをして精神的緊張を伴う仕分け作業に不用意に配置換え
をさせたため、疲労の蓄積とストレスにより冠動脈硬化症を起こさせたこと、しか
も、事故当日の作業の負担過重と連続的なミスに基づく強い精神的緊張が重なつた
こと等が相まつて発症したものと推認するのが相当である。そして、もし訴外会社
において、Aに対し、さきに指摘したような健康管理をし、Aが高血圧症者であり
動脈硬化の状態にあることを十分認識して労働安全衛生上の配慮をしていたなら
ば、Aがオール夜勤を続け、しかも、精神的緊張を要する仕分け作業に再配置され
るようなことは起らなかつたであろうと考えられるのであつて、そうすれば、Aは
本件疾病により死亡するという事態は避けられたであろうと推測されるのである。
被控訴人が援用する乙第四七号証の一ないし四、第四八号証の一ないし三、第四九
号証、第五〇、第五一号証の各一、二をもつてしても、いまだ前記認定を覆すに足
りない。また、乙第二、第二七号証中の医師Mの意見中には、前記認定に反する部
分があるが、右意見はAの死亡に至るまでの前記認定の一連の事実関係についての
認識が十分なくして出されたものであるから採用し難い。次に、前掲乙第五二号証
の三(Q意見書)及び前記Q証人の証言中には、別紙「被控訴人の主張」五に一部
沿うところがあるが、同証人の証言からも明らかなように、同証人は、Aが従事し
たようなオール夜勤の実態についての労働医学的認識の程度において十分とはいえ
ないのみならず、本件のような労働災害によつて起るであろう疾病についての専門
的研究者でもなく、専ら同証人の経験してきた臨床医学的研究の成果を踏まえて所
見を述べているものであるから、同証人の意見及び証言をもつてしては、いまだ前
記認定を左右するに足りないというべきである。他に前記認定を左右するに足りる
証拠はない。
四 以上説示したところによれば、Aの死亡の原因と推測される心筋梗塞は、Aの
従事した業務に起因して発症し、かつ右業務と疾病との間には相当因果関係がある
と認めるのが相当であり、そして、右疾病を原因として本件死亡事故が生じたもの
と認めることができる。
 しからば、Aの本件死亡に業務起因性がないとした被控訴人の本処分は違法とい
うべきであるから、その取消を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきで
ある。
 よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は失当であるから、これを取消して
同請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法第九六条、第八九条を
適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺忠之 鈴木重信 糟谷忠男)
(別紙)
控訴人の主張
一 深夜業と仕分け作業という業務と急性心臓死との合理的関連性及び相当因果関
係性
1 Aの従事していたオール深夜業の人体への影響
 Aは、明治パンに入社し、急死するまでの二年一〇日間、オール深夜業という、
人間にとつて異常な労働に従事してきた。午後九時から業務に従事し、夜一二時か
ら一時間休憩し、真夜中から朝六時まで働くという労働、そのために朝七時すぎに
帰宅し、昼間睡眠をとり、夕方起きるという昼夜転倒生活を余儀なくされてきたの
である。これを二年間以上も連続して続けてきた。しかも、休日は一週間夜勤後の
一日というもので、とうていオール深夜勤による疲労を回復できるものではなかつ
たのである。この間Aが従事した業務は、昭和四〇年八月二六日から同四一年一一
月まで製品仕分け業務(但し、手押し式であり、自動コンベアーシステムではな
い。)、同四一年一一月から同四二年四月まで通い箱チエツク業務、同四二年四月
から同五月七日まで仕分け業務、同四二年五月八日から同八月二五日まで通い箱チ
エツク業務、同四二年八月二六日から同九月六日まで仕分け業務であり、いずれも
オール深夜勤であつた。
 深夜業がいかに人間の生活、身体にとつて異常であり、悪影響を及ぼすもので、
その結果、長期に深夜勤を続けることが、その労働者に疲労を蓄積させ、心身をむ
しばみ、健康、とりわけ心臓を中心とする循環器や胃などの消化器に障害をもたら
すものであるかは、労働衛生医学的にも明確に証明されている。すなわち、
(一) 生体リズム、生活リズムからみて、深夜業が異常であり、人体が深夜業に
なれることはありえず、逆に疲労を蓄積させ、その結果身体をむしばむことであ
る。人間が昼夜転倒の、しかも昼間勤務と同じ条件の労働を深夜に長期につづける
ことは、その労働者の健康障害をもたらすものである。
(二) 夜勤に慣れ、身体が順応するという現象は、生理学的にありえない。そし
て、深夜業を長期に続けることが、ストレス反応をまねき、高血圧等のストレス病
の素地を作り、これを悪化させる。夜勤長期連続、昼夜転倒の生活と労働は睡眠不
足を招き、疲労を蓄積させ、人体に対しては副腎皮質の機能亢進によつて、抵抗反
応を生理的に余儀なくさせ、その抵抗というストレス作用がくりかえされる結果、
身体自体を損傷し、高血圧、動脈硬化その他のストレス病を発生させ、心臓血管系
の障害をひきおこすのである。
2 本件急死に至る経過と急性心臓死
 Aはオール深夜業に従事して一年後の健康診断において、最高値一五四、最低値
一一〇という異常な高血圧を記録するに至つた。これが重大な異常であるにもかか
わらず、訴外会社はなんの健康管理も精密検査もせず、前記のとおり人体に悪影響
を及ぼすオール深夜業に引き続いて勤務させてきたのである。Aは四三歳から四五
歳にかけて、しかも高血圧という異常な状況のもとで、無欠勤で、真面目に就業し
てきたのである。訴外会社のAに対する健康管理と作業管理の杜撰さとが本件急死
を招来したというべきである。
 Aは、本件被災当日前数日から、異常に疲れを訴え、食欲もなく、ほとんど牛乳
一本などという食事しかとらず、さらに被災当日の出勤時には、無理矢理おきなけ
ればおきられない状態にあつた。ふらつく姿で出勤したのである。この事実は、高
血圧もあるAの身体にとつて、オール深夜業勤務と製品仕分け作業の困難性によつ
て、はなはだしい過労状態におちいつており、当日のまごつきなどの異常な事態に
あつて本件急死に至つたものである。Aの高血圧は、オール深夜業の一年という長
期連続勤務によつて、それが強いストレツサーとして人体に作用した結果であり、
さらにそれに続く一年間のオール深夜業が、高血圧をさらに悪化させるストレツサ
ーとして作用し、Aの高血圧を増大悪化させ、動脈硬化を生起させ易くなり、被災
当日の業務中の異常な神経の過度緊張とあいまつて、心筋梗塞を惹起せしめたとみ
るべきものである。
 こうして本件急性心臓死と深夜業との間には、なによりもAに慢性的疲労状態に
おちいらせたのも深夜業であり、高血圧を亢進させたのも深夜業であり、心筋梗塞
と考えられる急性心臓死をもたらしたのも深夜業であるから、明白に合理的な関
連、そして厳密にみても相当な因果関係があるといわなければならない。
二 深夜業たる製品仕分け作業と本件急死との合理的関連性、相当因果関係性
1 深夜業のなかでの製品仕分け作業の複雑困難とその身体への影響
 本件は、深夜業だけをとつて検討しても「業務上」とされるべきであるが、さら
にAが被災当日まで一〇日間従事していた製品仕分け作業の内容を分析すれば、そ
の業務と本件急死との関連・関係はいつそう明白である。この深夜業のなかでの製
品仕分け作業は、各注文店の注文に応じてパンを種類ごとにパン箱に収める作業で
はあるが、一連の複雑選択反応を毎回要求される情報処理作業であり、精神労働要
素を強くもつもので、しかもAの被災当日従事していた業務は九種類という異常に
高い選択肢のものであり、労働自体も上肢、腰の筋肉、歩行など足の筋肉を必要と
する全身的肉体的作業であり、しかも自動コンベアーによる規制作業であつた。
 この作業がオール深夜業であることとあいまつて、労働者に異常な神経緊張を強
い、疲労を蓄積・強化させるものであつた。
2 Aの年齢、熟練度との関係
 Aは、自動コンベアー式のこの製品仕分け作業には、すでにのべたとおり、一ケ
月の経験しかなく、しかもその一ケ月の経験は、不適任としてふたたび箱チエツク
作業にかえられたものであり、全く不慣れであつた。しかも四五歳という年齢は、
オール夜勤に従事すること自体無理があるにもかかわらず、この複雑選択反応と規
制された作業という特徴をもち、極度に精神緊張を要する仕分け作業に従事させら
れたのである。
 結論として、Aにとつて四五歳で、不慣れな作業=複雑選択反応を、コンベアー
の流れ作業によつて規制された時間内におこなうという複雑な作業そのものが、精
神緊張をもたらし、速度ストレスとして著しく不適正であり、過大な神経緊張と過
労をもたらし、A自身も製品仕分け作業からの配転を強く望み、訴えるに至るま
で、精神的肉体的疲労状態においこみ、ついに製品仕分け作業のなかでも一番の難
易度の高い九種類もあるホツトケーキ班についた九月六日、その選択肢の多さにお
いまくられ、異常な遅れとミスの状況においこまれ、懸命に働くなかで、急死する
に至つたのである。
 八月二六日から三日間の甘食班三種類から三〇日から三日間の五種類、九月三日
から三日間の八種類、そして九月六日被災日九種類と、不慣れなところに選択肢の
数も多く、しかも被災当日は注文も多くかつてない多量の作業をしなければならな
かつたのである。これによりAは、異常な神経緊張という作業負荷を課せられ、高
血圧とあいまつて、これがストレツサーとして作用し、血液凝固性が高まり、動脈
硬化が進行し、ついに心臓への栄養と酸素の供給が急速に停止されたとみるべきも
のである。
 こうして、本件急性心臓死は、深夜業である製品仕分け業務と密接な関係があ
り、これに従事していたがためにひきおこされたものであることは明瞭であつて、
業務との合理的関連性、さらに相当因果関係性があることは明白であり、業務上と
されるべきである。
三 本件の業務災害性
1 Aはすでにのべたとおり、オール深夜業と一〇日間の製品仕分け作業の結果、
慢性的疲労状態のなかで、極度の疲労状況のまま、被災当日出勤し、夜九時業務に
つくや、その業務は一番困難なホツトケーキ班であり、かつこの班は初めてであつ
たことから、間もなく自動コンベアーの流れについていけなくなり、ミスをした
り、仕分けがまにあわず、パンを入れることができないまま箱が流れるなど、ミス
と遅れの異常な事態におちいり、検品員の注意により、その持場を離れなければな
らないほど、文字どおり走つたり、腰をかがめたりあわただしい作業におちいつた
のである。
 九時から二〇分間は、自動コンベアーの流れのなかで汗をながしつつ、ミスと遅
れを克服するために一人で懸命に働いたが、ついに克服できず、主任が手伝い、さ
らには九時四〇分頃まで同僚の一人が手伝い、さらに九時四〇分から五五分までは
主任と班長が手伝うという異常な事態であつた。Aはホツトケーキ班の仕分けすべ
きパンを持つて、自分の持ち場と検品質との間を懸命に走り、いつたりきたりを繰
り返し、汗びつしよりとなる真青となつて働いたのである。こうして九時五五分
頃、ちよつと「ほつと」する時間があつたところで、Aは「ウウーン」といつてそ
の場に倒れ、そのまま急死したのである。
 高血圧と慢性的な極度の過労状態の身体をむちうつて働いたために、呼吸も早く
なり心臓への血液の流れが、身体を維持するだけのものとならず、心筋が梗塞さ
れ、心臓が急激に停止するに至つたとみるべきものである。この異常なミス、遅れ
は明白に突発的出来事であり、災害である。
 この災害を業務上認定における災害と認めることはけだし当然のことといわねば
ならない。
2 しかも、本件においては、このような突発な出来事だけを災害とみるべきでは
なく、身体への悪影響を及ぼす業務の要因もすべて災害とみるべきである。すなわ
ちオール深夜勤と製品仕分け作業、そして被災当日のミス遅れがすべて災害であ
る。
 その意味で、業務上認定につき災害という事態が必要であるとの立場にたつて
も、本件急性心臓死は業務上である。
被控訴人の主張
一 労働基準法及び労働者災害補償保険法の規定に基づいて災害補償を受けるべき
負傷、疾病は業務上のものでなければならないが、右疾病等の範囲については労働
基準法第七五条二項に基づき同法施行規則三五条に定められているところ、本件被
災者Aの本件急性心臓死は同条一号ないし三七号に該当しないことが明らかである
から、同条三八号の「業務に起因することの明らかな疾病」といえるかどうかが問
題である。具体的な疾病が業務に起因するものであるか否か、すなわち業務起因性
を有するか否かということは労働者の従事していた業務と当該疾病との間の因果関
係を判断することであるが、労災補償制度も一種の損害填補を目的とするものであ
る以上、右における因果関係とは、業務と疾病との間に「業務に従事していなかつ
たならば当該疾病は生じなかつたであろう」という単なる条件関係があることだけ
では足りず、業務が疾病のための唯一ないしは最有力の原因であることまでは必要
でなく、業務が当該疾病の発生のための相対的に有力な原因であること、換言すれ
ば経験則に照らし当該業務には当該疾病を発生させる危険があつたものであること
を要すると解される。
二 ところで、業務が当該疾病を発生させるための有力な原因になつたといいうる
ためには、当該疾病が職業性疾病(一定の業務に従事することによりその業務特有
の性質又は状態に関連して必然的に罹患するおそれのある疾病)である場合を除
き、発生状況が時間的に明確な(又は明確にされうる)業務上の出来事、すなわち
「災害」により当該病院がもたらされることが必要であると解される。なぜなら
ば、右のような災害の発生が媒介としない以上、業務と疾病との間の相当因果関係
は合理的に決することができなくなるからである。すなわち、疲労を例にとるなら
ば、いかなる業務であれ、それが労働者に対して常にある程度の肉体的精神的疲労
を与えることは当然であり、また一般に疾病の原因の一つとして疲労ということが
あげられる一方、疲労は単に業務に従事することのみによつてもたらされるもので
はなく、日常生活等からくるものも無視できないはずであるから、職業性疾病以外
の疾病については、特に災害の発生ということを前提としなければ、感冒、胃病等
をはじめとするあらゆる疾病に対し常に業務が因果関係を有することにもなりかね
ず、当該疾病が業務に起因するか否かの判断が不可能となつてしまうのである。
 したがつて、職業性疾病以外の疾病における業務起因性とは災害によつて媒介さ
れた因果関係であり、結局、業務と災害との因果関係及び災害と疾病との因果関係
という二つの因果関係によつて構成されることになるというべきである。
三 ところで、本件において、控訴人はAが従事していた夜勤業務自体が同人に対
し慢性的な疲労をもたらすことにより本件心臓死が夜勤業務に伴う職業性疾病であ
るかのごとき主張をしている。しかしながら、そもそも同人の過去二年間にわたる
勤務状況、作業内容、作業環境、生活状況等からみて同人が被災当日特に疲労を蓄
積していたということは考えられず、また仮に被災当日同人に何らかの疲労があつ
たとしても、それがいかなる程度の疲労であるかは不明であり、また、本件急性心
臓死の原因は、解剖所見がないので、必ずしも明らかでなく、医学上においても一
般に過労と急性心臓死との因果関係は認められていない。
 さらに、本件急性心臓死の原因が控訴人の主張するように高血圧症に基づく冠状
動脈硬化症であると仮定したとしても、高血圧症であるからといつて、その者が直
ちに冠動脈硬化症であつたと推認すべき医学上の根拠は何ら存しない。のみなら
ず、常に疲労が高度の高血圧症を発生又は悪化させたうえ冠状動脈硬化症を続発さ
せ、遂には急性心臓死をもたらすに至るべきものであるということは医学経験則上
認め難いところである。
 そして、訴外会社においては、当時同人と同様にオール夜勤によるパンの仕分け
業務に従事していた者のうち、同人以上の勤務年数を有する者が相当数おり平常に
勤務していたものと思われること、また、右の仕分け業務に従事していた者のうち
過去に心臓病ないし脳溢血等で倒れた者がいないことならびに訴外会社と同様の作
業形態をとるフジパン株式会社においても作業中に心臓死した者がいないこと等か
らも裏付けられるところである。
 したがつて、本件においては特に疲労の蓄積ということはあり得ず、また仮に若
干の疲労があつたとしても、本件急性心臓死とは関連性がなく、本件急性心臓死は
夜勤業務に伴う職業性疾病とみるべき余地はない。
四 また、控訴人は当時の訴外会社における健健管理等が杜撰であり、それが本件
Aの死に結びついたものと主張するが、そもそも右死亡に至る原因が必ずしも明ら
かでないため、訴外会社における当時の健康管理と本件死亡との間について何らか
の因果関係をいう余地はおよそあり得ないばかりか、同会社における当時の健康管
理についてみても当時の法令等からみて特に問題とすべき点がなかつた。すなわ
ち、昭和四〇年ないし昭和四二年当時における従業員の健康診断に関する根拠規定
は労働基準法第五二条にあり、それを受けて当時の労働安全衛生規則(昭和二二年
一〇月三一日労働省令第九号)第四八条以下に健康診断の実施について細則が定め
られていたが、本件のような夜勤業務従事者の場については、同規則第四九条三項
により年二回以上の定期健康診断を行うことが義務付けられたものの、循環器等の
検査については、その具体的な実施方法に関する基準がなかつたため、特に医師が
他の方法による必要を認めるか、または本人の申し出がない限り右検査は問診及び
聴打診により行われることをもつて足るものと解されていた。
 そして、本件においても、被災者に対する定期健康診断は、Aの入社以来右の各
診断項目について年二回励行されていたものであり、また、その際右の診断項目の
うち感覚器、循環器等については、主に聴打診による診断がなされていたものであ
るが、その点も右のとおりそれが当時の通常の検査方法であつたことから特に落度
とはいえず、右の方法以上に会社側が診断にあたつた各医師に対して血圧等の測定
を要求しなかつたとしても当時の社会一般の健康診断に対する認識及び夜勤が身体
に及ぼす影響の不明確性等からみて責められるべきものとは考えられない。
五 ところで、Aの具体的な死亡原因及び死亡当時の生理的状況、体質、他の疾病
の有無等については、同人の死後の解剖がなされていないので、右の具体的な面に
ついてはすべて不明である。そのため、同人が控訴人主張のような経過を辿つて心
筋梗塞により死亡したと仮定すること自体が根拠を欠くものである。また、Aが控
訴人主張の経過を辿つて死亡する可能性があるかという点について考察してみて
も、Aの死亡時の年令からいつて、仮に高血圧の症状を有していたとしても、その
高血圧が、同人の死因と考えられる心筋梗塞の素因となり得るほどの動脈硬化をも
たらしたものとは考えられず、また心筋梗塞については、その発症のための危険因
子として高血圧のほか他に血清脂質異常、紙巻タバコの喫煙、肥満、糖尿病、食
餌、運動不足、遺伝等があげられており、うち血清脂質異常としての高コレステロ
ール血症が特に重視されているところである。一方、高血圧と心筋梗塞との間には
高コレストロール血症と心筋梗塞との間ほど著名な相関関係が得られていないとも
されており、また正常血圧の者でも心筋梗塞は起こり得るとされている。
 さらに、高血圧についてみても、成人の高血圧の大多数は原因の明らかでない本
態性高血圧であるといわれており、本態性高血圧をもたらす要因としてはまず第一
に遺伝ということがあげられ、右高血圧に対する遺伝因子の力の占める割合は六割
ないし七割といわれており、他方環境因子の関与は三、四割程度とされている。そ
して、血圧に影響を及ぼす環境因子としては気候、食事、嗜好、職業等種々の面か
ら検討されているが、食塩の摂取量との関連の他血圧の上昇との関連性については
結論が得られていない。
 以上からみて、仮にAが高血圧であつたとしても、それが同人の心筋梗塞の発症
に影響を及ぼしたであろうとすること、又は同人の従事していた本件夜勤業務が高
血圧をもたらし、かつ増悪させたであろうとすることの根拠はいずれも乏しいもの
といわざるを得ず、むしろ同人の父親が被災者の婚姻当時において既に脳又は心臓
血管系のものと思われる病因により急死しているという事実から考え合わせるなら
ば、同人の本件心筋梗塞は遺伝的な体質に基づくものとみることも可能であると考
えられる。
 この点について、控訴人は高血圧の原因として夜勤の継続がもたらす慢性疲労と
それによるストレスということを指摘するが、Aが当時慢性疲労に陥つていたか、
またそれがどの程度血圧に影響を与えたかは全く不明であり、むしろ、同人は昭和
四二年三月までは単身で生活し、それ以後は家族と共に暮していたものの昼間は妻
子とも家にいないこともあつて睡眠は十分にとることができたものと考えられ、体
重も昭和四一年以降漸増の傾向を示していることからみて、同人が慢性疲労状態に
あつたものとする根拠に乏しく、一方訴外会社で働く夜勤者に特に高血圧患者が多
いということもないうえ、仮にAに若干の疲労、ストレスというものがあつたとし
ても、疲労、ストレスはいかなる労働にもある程度伴うはずのものであるととも
に、同人自身の管理にかかるべき日常生活から起因するものも当然あり得るところ
であるから、そのことをもつて業務起因性を認定すべき理由とすることは不可能で
ある。
 なお、控訴人はAが本件被災の数日前に職場についての配置転換の希望を申し出
ていたことをあげ、それは同人が夜勤及び仕分け作業により過度の精神的疲労に陥
つていたことを示すものであるとするが、右はむしろ同人が性格的に若干機敏性を
欠くところがあつたため仕分け作業を嫌つていたことによるものと解され、そのこ
とをもつて特に本件仕分け作業が被災者に対し心臓死の素地となりうるほどの過大
な疲労をもたらしたことの証左であるとすることはできない。同様に、被災前日及
び当日に被災者の食欲がなかつた点についても、被災者は従前から胃腸の不調を訴
えていたとのことであるから、その原因はむしろ疲労ということよりも胃腸の変調
であつたと考えられる。
 また、控訴人は、本件被災当日のAの精神的緊張を指摘するが当日の仕分け作業
に伴い被災者にある程度のストレスが生じたとしても、本件仕分け作業自体の内容
及び当日ないし従前の作業状況すなわち、Aは昭和四〇年八月に訴外会社に入社し
て以来一年以上の期間にわたりパンの仕分け作業に従事しその際仕分けの品種につ
いて一通りの経験を積んでいるはずであること、また同人はベルトコンベアによる
仕分け作業も昭和四二年四月から同年五月七日までの間に経験済みのはずであるこ
と、被災当日の仕分けをなすにあたつても同人がミスを続出しながら一人で処理し
たのは二〇分程であり、後は同僚又は主任、班長と共に仕分けをしているものであ
ること、作業に余裕が出てから同人が倒れるまで約一〇分ぐらいの間があること、
本件以前にも同人は仕分けにあたつてまごつくことがしばしばあり、また他の仕分
け作業員がまごつくこともめずらしいことではないこと等からみて、右のストレス
は社会生活上の一般の労働に伴う程度のものであつて殊更強いものであつたとは解
されず、それ自体特に血液の凝固性を高め心筋梗塞を生じさせるほどのものであつ
たとは到底考えられないところである。
六 以上のとおりであるから、本件急性心臓死は業務上の災害によるものとは認め
られず、結局右心臓死は業務起因性を欠くものといわざるを得ないのである。

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