弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人藤島昭、同岩渕正紀、同東松文雄、同山口定男、同古賀義人、同森元
龍治の上告理由について
 一 本件は、不動産の売買等を目的とする会社である上告人が、被上告人B町の
水道事業の給水区域内にマンションの建設を計画し、平成二年五月三一日、被上告
人に建築予定戸数四二〇戸分の給水申込みをしたところ、被上告人からB町水道事
業給水規則(昭和四一年B町規則第五一号)三条の二第一項が新たに給水の申込み
をする者に対して「開発行為又は建築で二〇戸(二〇世帯)を超えるもの」又は「
共同住宅等で二〇戸(二〇世帯)を超えて建築する場合は全戸」に給水しないと規
定していることを根拠に給水契約の締結を拒否されたので、右の拒否は水道法(以
下「法」という。)一五条一項に違反するとして、被上告人に対し右給水申込みの
承諾等を求める事件である。
 二 法一五条一項にいう「正当の理由」とは、水道事業者の正常な企業努力にも
かかわらず給水契約の締結を拒まざるを得ない理由を指すものと解されるが、具体
的にいかなる事由がこれに当たるかについては、同項の趣旨、目的のほか、法全体
の趣旨、目的や関連する規定に照らして合理的に解釈するのが相当である。
 いうまでもなく、水道は、国民の日常生活に直結し、その健康を守るために欠く
ことのできないものであるが、我が国においては、地形、気象、人口等の自然的社
会的諸条件のため、需要に見合った水道用水の確保は必ずしも容易ではなく、水は
貴重な資源である(法二条一項参照)。市町村は、このような水道事業を経営する
責任を負うものである(地方自治法二条三項三号、四項、法六条二項参照)ところ、
法は、市町村を始めとする地方公共団体に対し、水の適正かつ合理的な使用に関し
必要な施策を講じなければならず(法二条一項)、当該地域の自然的社会的諸条件
に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定、実施するとともに、水道事業を
経営するに当たっては、その適正かつ能率的な運営に努めなければならないとの責
務を課し(法二条の二第一項)、他方、国民に対しては、市町村等の右施策に協力
するとともに、自らも、水の適正かつ合理的な使用に努めなければならないとの責
務を課している(法二条二項)。
 右にみたとおり、水道が国民にとって欠くことのできないものであることからす
ると、市町村は、水道事業を経営するに当たり、当該地域の自然的社会的諸条件に
応じて、可能な限り水道水の需要を賄うことができるように、中長期的視点に立っ
て適正かつ合理的な水の供給に関する計画を立て、これを実施しなければならず、
当該供給計画によって対応することができる限り、給水契約の申込みに対して応ず
べき義務があり、みだりにこれを拒否することは許されないものというべきである。
しかしながら、他方、水が限られた資源であることを考慮すれば、市町村が正常な
企業努力を尽くしてもなお水の供給に一定の限界があり得ることも否定することは
できないのであって、給水義務は絶対的なものということはできず、給水契約の申
込みが右のような適正かつ合理的な供給計画によっては対応することができないも
のである場合には、法一五条一項にいう「正当の理由」があるものとして、これを
拒むことが許されると解すべきである。
 以上の見地に立って考えると、水の供給量が既にひっ迫しているにもかかわらず、
自然的条件においては取水源が貧困で現在の取水量を増加させることが困難である
一方で、社会的条件としては著しい給水人口の増加が見込まれるため、近い将来に
おいて需要量が給水量を上回り水不足が生ずることが確実に予見されるという地域
にあっては、水道事業者である市町村としては、そのような事態を招かないよう適
正かつ合理的な施策を講じなければならず、その方策としては、困難な自然的条件
を克服して給水量をできる限り増やすことが第一に執られるべきであるが、それに
よってもなお深刻な水不足が避けられない場合には、専ら水の需給の均衡を保つと
いう観点から水道水の需要の著しい増加を抑制するための施策を執ることも、やむ
を得ない措置として許されるものというべきである。そうすると、右のような状況
の下における需要の抑制施策の一つとして、新たな給水申込みのうち、需要量が特
に大きく、現に居住している住民の生活用水を得るためではなく住宅を供給する事
業を営む者が住宅分譲目的でしたものについて、給水契約の締結を拒むことにより、
急激な需要の増加を抑制することには、法一五条一項にいう「正当の理由」がある
ということができるものと解される。
 三 原審の認定した事実関係の概要は次のとおりであり、右事実認定は、原判決
挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法
はない。
 1 被上告人は、福岡市の東部に隣接する全国有数の人口過密都市で、平成五年
三月三一日現在の人口は三万五〇一八人であり、人口密度は、一平方キロメートル
当たり四〇〇二人であって、福岡市をしのぎ、福岡県下で二番目に高く、同市のベ
ッドタウンとして人口集積が見込まれ、平成五、六年に合計二一〇九戸のマンショ
ン建設計画が持ち上っている。
 2 平成元年度から同三年度までの被上告人の水道事業の概要は、原判決添付の
「取水・給水の実績表」及び「取水の内訳表」のとおりである。
 これによれば、認可を受けた水源としては、被上告人の固有の水源であるD水源
地、E水源地、F水源地、G水源地及び湖水(H水源地)のほか、I企業団からの
浄水受水があり、認可を受けていない水源として、a町からの浄水受水及びb川か
らの取水(J貯水池を経てH水源地に送水)がある。
 被上告人の取水量に対する余力水量(取水量と給水量の差、すなわち取水した原
水を浄水とするまでに漏水、ろ過・洗浄等によって失われる水量)の割合は近隣市
町村より高いが、他から受水する浄水は余力水量を見込む必要はほとんどないとこ
ろ、前記三箇年におけるこれらの市町村の浄水受水の取水量に対する割合は被上告
人のそれよりも高率であるから、被上告人の余力水量の割合が高いことはやむを得
ない。また、被上告人が原水を浄水とするまでに水が失われる原因としては、原水
を洗浄するのに年間二〇万二三五六立方メートルの洗浄水を必要とすることのほか、
貯水池の全面改修を要する底板の亀裂からの漏水があり、他にもその場所を特定す
ることができない漏水箇所が存在することが挙げられる。
 また、無効水量(浄水のうち需用者に給水されるまでの間に漏水等によって失わ
れる水量)については、厚生省が水道整備課長通知によりこれを一〇パーセントに
抑制するよう指導しているところ、前記三箇年における被上告人の無効水量の給水
量に対する割合は、それぞれ一四・〇五パーセント、一二・二六パーセント、九・
六三パーセントであり、しかも右無効水量には本来有効水量に含まれる無収水量(
公衆用飲料水等、対価を伴わない給水の量)とすべきものも計上されている。右割
合は他に比して際だって高いとはいえず、過去のやむを得ないいきさつから耐久性
に乏しい水道管が近隣市町村より著しく高い割合で使用されているため給水管破損
が多いことが、右割合を高める原因となっている。
 前記三箇年における被上告人の水道事業における浄水受水を含む認可水源からの
取水量は、いずれの年度においても給水量を下回っており、これには余力水量が含
まれている上、H水源地からの取水とされているものは実は認可外水源であるb川
からの取水であり、被上告人の固有の認可水源からの取水実績からみると、その取
水能力は低下し、認可水量は実態と全くかい離しており、固有水源からの取水で給
水量を確保し難い傾向は、容易には改まらないとみられる。I企業団からの浄水受
水は、工事の遅れにより早くても平成八年完成予定のKダム、平成一三年完成予定
のL・Mダムが完成するまでは増量する見込みがなく、平成四年度には水量不足に
より一部削減された。
 被上告人は平成三年までa町から浄水を受水していたが、これは同年四月以降停
止されている。
 被上告人は、給水量を賄うため、農業水利権者との契約により認可外水源である
b川から取水しているが、これは河川法上の手続を経て取得した水利権に基づくも
のではなく、実際にも上水道のための水利権を取得することは甚だしく困難である。
また、右契約上、農業用水の優先権が認められ、b川の流量が少なくなったときに
は被上告人の取水が制限、停止されることになっている。
 このようなことから、被上告人が、確保し得る原水の量や給水し得る水量を需要
が超えないようにするための諸策を講ずることなく、漫然と新規の給水申込みに応
じていると、近い将来、需要に応じきれなくなることが容易に予測し得る。
 3 被上告人の支出している水道施設修繕費の給水収益に対する割合は、福岡県
下の他の市町村に比較して高率である。被上告人は、無効水量の減少を目的として、
昭和六三年度から平成八年度までに六億四九〇〇万円を支出し、今後平成二二年度
までに総事業費七〇億円を見込んで水道管を全部取り替える予定であり、また、昭
和六三年一〇月に一一億五〇〇〇万円の費用をかけて浄水場の増改修を実施し、平
成四年一〇月には七億円の費用を投じて貯水池の増設をするなど、取水量及び給水
量の改善のための努力をしている。しかし、被上告人が余力水量や無効水量の改善
によって給水能力を高めるにはそれ相当の期間と資金を要し、一挙にこれを実現す
ることは極めて困難である。
 四 前記二の考え方に立って、右事実関係に基づき、原審口頭弁論終結時(平成
六年五月一九日)において被上告人が上告人の給水契約の締結を拒む「正当の理由」
があったといえるか否かにつき検討する。
 右事実関係によれば、被上告人は全国有数の人口過密都市であり、今後も人口集
積が見込まれるところ、被上告人の経営する水道事業は、固有の認可水源の取水能
力が低下している一方、I企業団からの浄水受水も渇水期には必ずしも万全とはい
えない上、その受水量を増大させるためのダムは計画どおりに完成しておらず、受
水量の増大が実現するのは将来のことであって、これら認可水源のみでは現在必要
とされる給水量を賄うことができず、これを補うためにa町から浄水を受水してい
たが、平成三年四月以降はこれも中止されており、やむなく、認可外であり、かつ、
河川法上の手続を経て水利権を取得していないにもかかわらず、農業水利権者との
契約に基づいてb川から取水して給水量を補っているが、法的見地からみても契約
条項からみても右取水は不安定といわざるを得ず、被上告人においてこれらの状況
を改善するために多額の財政的負担をして種々の施策を執ってきているが、容易に
右状況が改善されることは見込めないため、このまま漫然と新規の給水申込みに応
じていると、近い将来需要に応じきれなくなり深刻な水不足を生ずることが予測さ
れる状態にあるということができる。このようにひっ迫した状況の下においては、
被上告人が、新たな給水申込みのうち、需要量が特に大きく、住宅を供給する事業
を営む者が住宅を分譲する目的であらかじめしたものについて契約の締結を拒むこ
とにより、急激な水道水の需要の増加を抑制する施策を講ずることも、やむを得な
い措置として許されるものというべきである。そして、上告人の給水契約の申込み
は、マンション四二〇戸を分譲するという目的のためにされたものであるから、所
論のように、建築計画を数年度に分け、井戸水を併用することにより水道水の使用
量を押さえる計画であることなどを考慮しても、被上告人がこれを拒んだことには
法一五条一項にいう「正当の理由」があるものと認めるのが相当である。
 五 以上によれば、右と結論において同旨の原審の判断は、是認することができ
る。上告人は違憲をも主張するが、いずれもB町水道事業給水規則三条の二第一項
の定める基準に基づいて給水契約締結の拒否の適否を決することをもって憲法違反
と主張するものであって、右のとおり、右基準の定めにかかわりなく、本件の給水
契約締結の拒否は適法であると解されるのであるから、所論は前提を欠く。その余
の論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って、
若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものであり、採用することができな
い。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   出   峻   郎
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    遠   藤   光   男
            裁判官    井   嶋   一   友
            裁判官    藤   井   正   雄

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