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裁判例


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平成27年6月10日宣告
平成26年(わ)第756号
主文
被告人は無罪。
理由
1公訴事実の要旨と争点
公訴事実の要旨は,被告人が,平成25年7月24日午前10時16分頃,大
型貨物自動車(以下「被告人車」ともいう。)を運転し,神戸市a区b町c番地
のd先の,信号機による交通整理が行われている,南北道路に東からの道路と南
東からの道路が交差する変形交差点(以下「本件交差点」ともいう。)を信号に
従い南から南東に向かい右折進行するに当たり,対向直進車両及び東から左折進
行してくる車両の有無に留意し,その安全を確認しながら右折進行すべき自動車
運転上の注意義務があるのに,対向直進車両の有無を確認した後,自車左後方の
確認のみに気を取られ,東から左折進行してくる車両の有無に留意せず,その安
全確認をしないまま,漫然時速約10キロメートルで右折進行した過失を犯し,
折から赤色・左折可青色矢印信号に従い東から南に向かい本件交差点内を左折進
行してきたA(当時46歳)運転の普通貨物自動車(軽四。以下「A車」ともい
う。)に気付かず,自車右前部をA車の右前部に衝突させて,Aに加療約263
日間を要する右股関節後壁骨折等の傷害を負わせたというものであるが,この公
訴事実は,その記載から明らかなとおり,被告人車の対面信号機が青色を表示す
ると同時に,A車の対面信号機も左折可青色矢印を表示していたことを前提に構
成されている。すなわち,検察官は,被告人が対面信号表示を無視したとは主張
せず,仮に対面信号表示が青色であったとしても,被告人には,右折直前に進行
方向を(少なくとも一べつぐらいは)見て安全を確認する義務があると主張する
のに対し,弁護人は,①A車が交差点に進入した際,その対面信号機は赤色を表
示していた合理的疑いがある,②仮にそうでなくとも安全上問題のある信号周期
やAの運転態様等からすれば被告人に過失は認められないなどと主張する。
2検討
事故態様についての事実認定
A車が本件交差点に進入した際,その対面信号機が赤色・左折可青色矢印を
表示していたか否かという点を除いては公訴事実の事故態様に争いはなく(検
察官は,論告で,被告人が,対面信号機が黄色を表示してから右折を開始した
可能性があったというが,公訴事実と前提を異にする主張である。),関係証
拠上も容易にその旨認めることができる。
そして,関係証拠によれば,本件交差点は,西を上にする丁字路(├)に南
東からの道路(\)が接続する変形交差点であり,交差点へ北,東(A車),
南東,南(被告人車)からそれぞれ進入する車両に対し,信号機により交通整
理が行われていたが,その信号周期によれば,被告人車の対面信号機(実況見
分調書添付の信号機現示階梯図で「2」と表示される2機。以下「信号機①」
という。)が直進と右折を可とする青色を表示する40秒間のうち(この表示
自体にも不備があることは後記のとおり。),黄色を表示する直前の7秒間に
ついては,A車の対面信号機(上記階梯図の信号機「3」及び「1A」。以下
「信号機②」という。)が左折可青色矢印(南行き左折と南東行き左折のいず
れをも可とする青色矢印)を表示する14秒間の最初の7秒間と重なっている。
ところで,弁護人は,この信号周期によれば,信号機①が青色を表示する最
初の33秒間は信号機②が左折可青色矢印を表示していないことを前提に,被
告人が,本件交差点手前の右折レーンに停まっていた先行車が動き出し,信号
機①が青色を表示していることを確認して交差点に進入したと供述しているこ
とに基づき,A車が交差点に進入した際は信号機②がいまだ左折可青色矢印を
表示していなかった,すなわちA車の対面信号表示が赤色であった合理的疑い
があると主張する。
しかし,Aは,東から本件交差点に向け進行中,信号機②が赤色を表示して
いたので一旦減速したが,やがて左折可青色矢印が表示され,停止線手前で止
まっていた先行車両2台が交差点に進入したので,時速約30キロメートルに
加速して交差点に進入したと証言し,その先行車両の同乗者であるBもこれに
沿う証言をした。Bは,Aと勤務先を同じくする同僚であり,本件事故後にA
の見舞いに行ったようであるから,証言の信用性は慎重に検討する必要がある
が,Aと本件事故態様等については話していないと証言し,Bがあえて偽証の
制裁を受ける危険を冒してまでAをかばった事情はうかがわれない。したがっ
て,両証言は信用性を補強し合っていると認められる。
これに対し,弁護人は,Bが,同乗していた車両のすぐ後ろで本件事故が発
生したのに気付かないのは不自然であり,後続車がA車ではない疑いがあると
主張するが,進路前方であればともかく,後方で発生した事故に気付かなかっ
たからといって直ちに不自然であるとまではいえないし,後続車がA車であっ
たことについて具体的特徴を挙げて証言したこと等に照らし,後続車に関する
B証言は信用できるというべきである。また,被告人は,信号機①が青色を表
示してすぐに交差点に進入した旨供述し,これを前提とすれば,A車もその先
行車もすべて信号機②の赤色表示を無視ないし見落としたことになるが,それ
をうかがわせる事情等は見当たらない。
そうすると,A車は,本件交差点に先行車に続いて信号機②の左折可青色矢
印の表示に従って進入したと認めるのが相当であり,この点に関する弁護人の
主張は採用できない。
検察官の主張(被告人の過失の有無)に対する判断
そこで,検察官が,信号機①が青色を表示していたとしても,被告人には,
右折直前に進行方向を(少なくとも一べつぐらいは)見て安全を確認する義務
があると主張する点について検討するが,前記のとおり,本件事故は変形交差
点における交差道路の双方の対面信号機が青色を表示している最中に生じたい
わば「青青事故」ともいうべきものであるから,問題は,そのような変形交差
点における信号周期を前提に,右折車の運転者である被告人に対し,交差道路
から左折進行してくる車両の有無に留意し,その安全を確認するために,右折
直前に進行方向を見て安全を確認すべき自動車運転上の注意義務を認めるのが
相当といえるかである。
しかし,交差点で青信号により発進する自動車の運転者には,特別な事情の
ないかぎり,赤信号を無視して交差点に進入してくる車両のありうることまで
も予想すべき業務上の注意義務はないから(最高裁昭和43年(あ)第490
号同年12月24日第3小法廷判決・判例時報544号89頁),交差点にお
ける信号周期は,衝突事故の発生を防止するため,交差道路を走行する複数の
車両が交差点内で交錯しないように設定されなければならない。
これを本件交差点についてみると,南から本件交差点に進入する車が信号機
①の青色表示に従って直進ないし東に右折する際の走行経路と,東から本件交
差点に進入する車が信号機②の左折可青色矢印(ないし南東行き左折可青色矢
印)に従って左折する際の走行経路とは通常は交錯せず,衝突事故が発生する
危険はないので問題はないが,前者が南東に右折する場合の走行経路は,後者
の走行経路と交錯するから,双方の走行を同時に可とする交通規制が相当でな
いことは明らかであり,本件交差点における信号周期の設定には不備があると
いわざるを得ない(なお,本件交差点付近は交通量が比較的多いが渋滞するほ
どではないことに照らすと,あえてそのような信号周期を設定する必要性があ
ったかは疑問であり,検察官に対し,本件のような信号周期の正当性について
立証を促したが,特に主張立証がなかった。)。また,各信号機の表示を示し
た信号機現示階梯図の交通流図には,本件交差点における自動車のすべての走
行経路のうち,被告人車が走行した経路である,南から交差点に進入し,南東
に右折する経路だけが明示されていない不備がある。すなわち,信号周期を設
定した際,その経路が見落とされていた可能性があると考えられる。
そして,被告人は,信号機①と信号機②の表示がいわゆる「青青」の状態に
なる時間帯があることは全く知らず,本件交差点手前や周辺にその旨を告知す
る標示等もなかった旨述べ,AとBも,職場のすぐ近くにある本件交差点を毎
日のように通行していたにもかかわらず,同旨証言しており,それが誤りであ
ることをうかがわせる証拠等は一切提出されていない。そうすると,本件交差
点において,南から信号機①の青色表示に従って交差点に進入し,南東に右折
進行する車の運転者が,信号機②が赤色表示であると信頼することは相当であ
って,特別な事情がない限り,その表示に違反して左折進行してくる車両があ
り得ることを予想すべき自動車運転上の注意義務を認めることはできない。
これに対し,検察官は,最高裁平成12年(あ)第216号平成16年7月
13日第3小法廷決定刑集58巻5号360頁によれば,対面信号機の赤色表
示を根拠に対向車の対面信号も赤色表示であると軽信し,これに基づき対向車
の運転者が赤色信号に従って交差点手前で停止することを信頼することは許さ
れず,対向車が交差点に進入してくると予見することは可能であり,その動静
を注視すべき注意義務を負うとされているから,本件においても,被告人の信
頼は保護に値せず,交差点進入時には,進路前方を注視して他の車両との衝突
を回避すべき義務を負っていたと主張する。しかし,この決定は,対面信号機
が赤色を表示し,かつ,対向直進車の存在を認識したのに交差点に進入して右
折進行しようとした,いわば保護に値しない運転者に対する決定であるから,
青色信号表示を信頼して交差点に進入した被告人には当てはまらないというべ
きである上,この決定で問題とされている時差式信号機の存在は一般的に知ら
れているのに対し,本件のようないわゆる「青青信号」の表示はそうとはいえ
ず,前提事実に違いがある。そうすると,この最高裁決定の趣旨は本件には当
てはまらず,検察官の主張は採用できないというべきである。
そして,被告人は,ミラーと車載のバックモニターで自車の左後方を10秒
ないし20秒程度見ながら右折していたもので,事故が起きるまでA車に気付
かなかったと供述するが,その供述は特に不自然ではなく,他に東からの交差
点進入車の存在に気付くべき事情も見当たらないから,南及び南東道路に左折
進行してくる車両があり得ることを予想すべき特別の事情があったとは認めら
れない。この点,検察官は,被告人と同様の経路を走行する自動車運転者の中
に,右折前に進行方向を一べつする者がいると指摘するが,そのような者がい
るからといって,直ちに対面信号機の青色表示に対する信頼を超えた自動車運
転上の注意義務を科すのは相当ではない。
3結論
以上から,被告人には,公訴事実記載の自動車運転上の注意義務が認められず,
公訴事実は罪とならないことに帰するから,刑訴法336条により,被告人に対
して無罪の言渡しをする(そもそも,信号周期が,交差点内の走行車両の走行経
路が交錯してしまうような危険な設定になっていたことが本件事故の主要な原因
であり,このような交通整理の不備を事故当事者の刑事責任に転嫁することは相
当ではないというべきである。)。
平成27年6月10日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官平島正道
裁判官畑口泰成
裁判官熊野祐介

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