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平成16年2月25日判決言渡
平成13年(ワ)第19650号損害賠償請求事件
判決
主文
 1 被告調正機関は,原告A1に対し,金600万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
 2 被告調正機関は,原告A2に対し,金100万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
 3 被告調正機関は,原告B1に対し,金850万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
 4 被告調正機関は,原告B2に対し,金170万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
 5 被告調正機関は,原告C1に対し,金1500万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
 6 被告調正機関は,原告D1に対し,金400万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
 7 原告らの被告調正機関に対する第1次的請求及びその余の第2次的請求並びに被告法人に対する各請求をいず
れも棄却する。
 8 訴訟費用は,これを4分し,その1を被告調正機関の負担とし,その余を原告らの負担とする。
 9 この判決は,第1項ないし第6項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 1 原告A1
  (1) 第1次的請求
    被告らは,原告A1に対し,連帯して金3029万円及びこれに対する昭和60年4月1日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
  (2) 第2次的請求
    被告らは,原告A1に対し,連帯して金2754万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
 2 原告A2
  (1) 第1次的請求
    被告らは,原告A2に対し,連帯して金880万円及びこれに対する平成5年12月1日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
  (2) 第2次的請求
    被告らは,原告A2に対し,連帯して金800万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
 3 原告B1
  (1) 第1次的請求
    被告らは,原告B1に対し,連帯して金4320万8700円及びこれに対する平成8年4月21日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
  (2) 第2次的請求
    被告らは,原告B1に対し,連帯して金3728万8700円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
 4 原告B2
  (1) 第1次的請求
    被告らは,原告B2に対し,連帯して金770万円及びこれに対する平成8年4月11日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
  (2) 第2次的請求
    被告らは,原告B2に対し,連帯して金500万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
 5 原告C1
  (1) 第1次的請求
    被告らは,原告C1に対し,連帯して金4925万9864円及びこれに対する平成8年12月12日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
  (2) 第2次的請求
    被告らは,原告C1に対し,連帯して金5287万8779円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
 6 原告D1
  (1) 第1次的請求
    被告らは,原告D1に対し,連帯して金1343万1340円及びこれに対する平成6年7月23日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
  (2) 第2次的請求
    被告らは,原告D1に対し,連帯して金1415万8385円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
被告調正機関は,参画者らが被告調正機関に全財産を引き渡して一切の返還を求めない旨の誓約書を差し入れた
上で参画し,ヤマギシズムの理念に基づく生活を送っている参画者の集合体であり,被告法人は,農業協同組合法に基
づき被告調正機関が設立した農事組合法人であるが,本件は,全財産を引き渡すなどして被告調正機関に参画した後
に同被告を脱退した原告らが,被告らに対し,第1次的請求として不法行為又は契約締結上の過失に基づく損害賠償請
求権,第2次的請求として信託契約による信託財産返還請求権,消費寄託契約終了による預託金返還請求権,参画契
約の解除による原状回復請求権あるいは参画契約の公序良俗違反等を理由とする不当利得返還請求権に基づいて,
参画時に引き渡した財産及び参画中の労務提供の対価に相当する金員並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求
めている事案である。
 1 争いのない事実等
(1) 当事者等
 ア 原告らについて(甲A7,8,B8,9,C6,D6,弁論の全趣旨,争いのない事実)
  (ア) 原告A1及びA2(以下,この両名を指すときは「原告Aら」という。)
    原告A1は,昭和18年に愛知県一宮市において出生し,E大学を卒業後,F株式会社に就職した。
    原告A2は,昭和22年に東京都蒲田区において出生し,G大学を卒業した。
    原告Aらは,昭和46年に結婚し,昭和47年には長女A3が,昭和50年には長男A4が,それぞれ出生した。
  (イ) 原告B1及びB2(以下,この両名を指すときは「原告Bら」という。)
    原告B1は,昭和28年に東京都南多摩郡において出生し,H高校を卒業後,Iに就職した。また,昭和50年に
は,J大学を卒業している。
    原告B2は,昭和30年に東京都内において出生し,K学院を卒業後,L病院に就職し,その後,Iに保健婦とし
て勤務するようになった。
    原告Bらは,昭和61年に結婚し,昭和63年には長女B3が,平成3年には長男B4が,それぞれ出生した。
  (ウ) 原告C1
    原告C1は,昭和17年に神奈川県茅ヶ崎市において出生し,M大学を卒業後,Nに就職し,その後Oに転職し
た。
    原告C1は,C2と結婚し,昭和48年に長男C3が,昭和51年に長女C4がが,それぞれ出生した。
  (エ) 原告D1
    原告D1は,昭和31年に金沢市において出生し,P大学を中途退学後,Qに就職し,その後株式会社Rに転職
した。
    原告D1は,昭和55年にD2と結婚し,昭和58年には長女D3が,昭和61年には長男D4が,それぞれ出生し
た。
 イ 被告らについて(弁論の全趣旨,争いのない事実)
  (ア) 幸福会ヤマギシ会(以下「ヤマギシ会」という。)は,ヤマギシズムの提唱者山岸巳代蔵が,自然と人為の調和
を基調とする理想社会実現の思想を応用した独特の養鶏法を進めるうちに,これに同調共鳴する人々が集まって昭和2
8年に結成された。ヤマギシ会の提唱する行動原理は,無所有,共用,共活(あたかも,太陽が誰のものでもないのに,生
きとし生ける物すべてがその恵みを共に用い,共に生かしている状態)の生き方こそが全人幸福の真実世界を実現する
ことができるという「ヤマギシズム」である。
(イ) 被告調正機関は,ヤマギシ会に参画した構成員の集合体であって,平成10年当時には,別紙1「ヤマギシズ
ム生活実顕地調正機関(表1)」のとおり,全国39箇所,海外7箇所のヤマギシズム社会実顕地(所在地の地名を冠して
「ヤマギシズム社会○○実顕地」などとされている。なお,平成6年以前は「ヤマギシズム生活実顕地」との名称であった。
以下,特に区別せず,「単位実顕地」,「実顕地」,「○○実顕地」,「村」などという。)の活動主体であり,法人格を有しな
い権利能力なき社団である(なお,以下においては,被告調正機関とヤマギシ会については,基本的に同じ団体を指す
ものとして使用する。)。
(ウ) 被告法人は,被告調正機関が昭和44年に農業協同組合法に基づいて設立した農事組合法人であって,大
安実顕地,美里実顕地,内部川実顕地,一志実顕地,明和実顕地及び豊里実顕地の6つの単位実顕地の土地,建物
及び生産財を所有し,これら単位実顕地における産業経済活動の法的主体となっている(以下,被告調正機関,被告法
人その他被告側の全体を指して単に「ヤマギシ」ということがある)。
(2) ヤマギシ会への参画の方法について(甲14,17,18,35,乙27,36,107,123,136,A1(枝番を含む。),3
5,B1(枝番を含む。),C1(枝番を含む。),24,D1(枝番を含む。),弁論の全趣旨,争いのない事実)
 ア ヤマギシ会における生活を希望する者は,まず,ヤマギシズム研鑽学校(以下「研鑽学校」という。)の実施するヤ
マギシズム特別講習会(以下「特講」という。その期間は1週間(7泊8日)で,一生に一度しか参加できない。)に参加し,
次に,研鑽学校に2週間(14泊15日)入校し,ヤマギシズムとは何かを体得しなければならない。
イ 研鑽学校を修了した者が,ヤマギシズム社会実顕地におけるヤマギシズム生活を希望して被告調正機関に参画
する場合は,被告調正機関本庁(以下,単に「本庁」という。)あてに,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書を提出
する。
  参画申込書には,「私,及び私の家族は,最も正しいヤマギシズム生活を希望致しますので,ヤマギシズム生活
実顕地調正機関に参画申込み致します。」との記載,出資明細申込書には,「私は終生ヤマギシズム生活を希望します
ので,下記の通りいっさいの人財・雑財を出資いたします。」との記載がある。
  また,誓約書の内容は,以下のとおりである。
「誓約書
  私は,此の度,最も正しくヤマギシズム生活を営むため,本調正機関に参画致します。
 ついては,左記物件,有形,無形財,及び権益の一切を,権利書,証書,添附の上,ヤマギシズム生活実顕地
調正機関に無条件委任致します。
一 本財
  身・命・知・能・力・技・実験資料の一切
一 雑財
  田畑・山林・家・屋敷・不動産の一切
  現金・預金・借入金・有価証券・及び権益・位階・役職・職権等の一切
一 しかる上は,権利主張・返還要求等,一切申しません。
一 以後,私は調正機関の公意により行動し,物財は如何様に使用されても結構です。
一 調正機関の指定する研鑽学校へは何時でも無期限入学致します。
     年  月  日
            住所
            氏名
  ヤマギシズム生活実顕地調正機関本庁殿」
ウ 上記書面を提出した参画予定者には身辺整理等をする時間が与えられる。
エ 参画者は,従前有していた有形無形の全財産を被告調正機関に対して引き渡す(以下,上記の書面の作成提
出から財産の引渡しに至る手続を「参画契約」という。)。
(3) 参画の際に被告調正機関に引き渡された財産について(甲A4ないし6,B4ないし6,C4,5,D4ないし6,弁論
の全趣旨,争いのない事実)
  参画者が被告調正機関に引き渡した財産の処理は,原告らが参画したころは,おおむね以下のとおりであった。
  参画者が参画の際に本庁窓口に持参した現金は,本庁財務部にその占有が移転したとき,「出資」が完了したもの
と扱われる。振込送金の方法によって金員を持ち込む場合は,本庁財務部が保管する参画者個人名義の預金口座に入
金されたとき,「出資」が完了したものと扱われる。参画時に持ち込まれた財産である不動産や株式等については,被告
調正機関によって換金され,預金については払戻しないし解約されて,その代金等も上記の預金口座に入金される。こう
した金員の大半は,ヤマギシズム生活実顕地調正機関本庁名義の預金口座に預け入れられ,残りは本庁財務部が現金
のままで保管し,収支は,本庁現金出納帳に記載される。本庁財務部が保管する現金は,身辺整理に関する旅費や参
画者の参画前の未払金(公共料金等少額のもの)の支払等に充てられ,ヤマギシズム生活実顕地調正機関本庁名義の
預金口座に入金された金員は,ヤマギシズム世界銀行名義の預金口座に預け入れられる(最終的には,単位実顕地調
正機関名義の口座に送金され,被告調正機関が設立した(形式的には参画者が出資者)農事組合法人等への貸付金
等に充てられる。)ほか,未売却不動産の管理費及び固定資産税,ローンの返済,不動産売却所得に対しての税金等に
充てられる。なお,事実上換金できない家財道具等は「世界の蔵」と呼ばれる場所に入れられ,村人(参画者)たちで利
用できるようにされる。
(4) 原告らの参画及び脱会の経緯等(争いのない事実)
  原告らの特講及び研鑽学校への参加並びに被告調正機関への参画及び脱退の経過は,別紙2「経過表」のとおり
である。すなわち,原告らは,それぞれ,同別紙の各「名前」欄に対応する「特講参加年月日」欄記載の日から開催された
特講(7泊8日)に参加し,「参画前研鑽学校」欄記載の日から開催された研鑽学校に参加し(研鑽学校の参加回数は,
人により異なる。),「参画申込日」欄記載の日に被告調正機関に対して参画申込みをし,「参画日(到着日)」欄記載の
日に実際に参画をし,その後,「脱退日」欄記載の日に被告調正機関を脱退した。原告Aらの参画日は,昭和59年12月
29日,脱退日は平成12年7月22日,原告Bらの参画日は,平成8年4月3日,脱退日は平成12年7月2日,原告C1の
参画日は,昭和63年5月31日,脱退日は平成8年12月12日,原告D1の参画日は,平成4年11月30日,脱退日は平
成6年7月23日である。
(5) 原告らが被告調正機関に引き渡した財産等について(甲A1,B1,C1,D1,乙A3,乙B2,3(枝番を含む。),C
2,3の2,D2,3,弁論の全趣旨,争いのない事実)
 ア 原告A1は,参画時に,被告調正機関に対し,不動産,有価証券,現金等合計3019万9770円を引き渡し,脱
退時には,被告調正機関より,アパート代,国民健康保険料等を含む計612万0272円の支払を受けた。
 イ 原告A2は,参画中に,被告調正機関に対し,他界した父親からの相続分1662万9548円を引き渡し,脱退時
には,被告調正機関より,300万円の支払を受けた。
   なお,上記の引渡し財産に対し,被告調正機関は,国に対し,633万0900円の贈与税を支払っている。
 ウ 原告B1は,参画時に,被告調正機関に対し,自動車,現金等合計3673万0058円を引き渡し,脱退時には,被
告調正機関より,国民健康保険料を含む400万6300円の支払を受けたほか,自動車1台を受け取った。
   なお,上記の引渡し財産に対し,被告調正機関は,約1496万4026円の贈与税を国に対して支払っている(な
お,この金額は,原告Bらの引渡し財産全額に対する贈与税課税額を,原告B1及び同B2の出資額によって按分して計
算したものである。)。
 エ 原告B2は,参画時に,被告調正機関に対し,保険解約金467万9303円を引き渡した。
   なお,上記の引渡し財産に対し,被告調正機関は,約190万6374円の贈与税を国に対して支払っている(この
金額が,原告B1の引渡し財産との按分によって計算されていることは,上記ウのとおりである。)。
 オ 原告C1は,参画時に,被告調正機関に対し,不動産,現金等合計3243万5692円を引き渡し,脱退時には,
被告調正機関より,合計130万円の支払を受けたほか,衣類を受け取った。
     なお,上記の引渡し財産に対し,被告調正機関は,国に対し,6万9300円の贈与税を支払っている。
 カ 原告D1は,参画時に,被告調正機関に対し,自動車,現金等合計895万6185円を引き渡し,脱退時には,被
告調正機関より住民税を含む計54万4700円の支払を受けた。
   なお,上記の引渡し財産に対し,被告調正機関は,国に対し,129万7100円の贈与税を支払っている。
2 争点
(1) 被告らによる原告らに対する参画の勧誘が不法行為(契約締結上の過失を含む。)を構成するか。
   ア 原告らが参画するに先立って行われた特講,研鑽学校における勧誘の違法性の有無
   イ 原告C1及び原告D1につき,消滅時効の成否(判断の必要がなかった争点)
  (2) 信託財産返還請求権,預託金返還請求権の有無
    参画契約に基づく財産引渡し(参画後の賃金を含む。)は脱会時の返還を予定したものであるか。
  (3) 参画契約の解除に基づく原状回復請求権の有無
  (4) 不当利得返還請求権の有無
   ア 参画契約は公序良俗に反するか。
   イ 参画契約は詐欺によるものか(詐欺による取消しの成否)。
   ウ 参画契約は錯誤によるものか(錯誤無効の成否)。
   エ 原告らが参画契約に基づき引き渡した財産(参画後の賃金を含む。)の返還を被告らがしないことが信義則に反
するか。
   オ 原告D1につき,詐欺取消権の消滅時効の成否(判断の必要がなかった争点)
  (5) 被告調正機関が原告らの出資につき贈与税を納めたことが原告らに対する不法行為ないし参画契約の債務不
履行となるか。
  (6) 原告Aらは,被告らに対する請求権を放棄したか。
  (7) 被告法人は被告調正機関と同一の責任を負うか(法人格否認の法理ないし重畳的債務引受け)。
 3 争点についての主張
(1) 争点(1)(被告らによる原告らに対する参画の勧誘が不法行為(契約締結上の過失を含む。)を構成するか)につ
いて
(原告らの主張)
 ア 不法行為該当性
  被告調正機関担当者の,特講及び研鑽学校への勧誘行為並びにヤマギシへの参画及び全財産引渡しの勧誘
行為は,目的,手段及び結果において到底社会的に許容されない不相当な行為であるか,インフォームドコンセントを欠
如した違法行為であるか,詐欺行為であり,被告調正機関担当者の行為は,民法709条の不法行為を構成する。よっ
て,被告調正機関は,民法715条1項の使用者責任を負う。
(ア) 勧誘行為の違法
 a 目的
  特講及び研鑽学校への勧誘並びに参画及び全財産引渡しの勧誘行為は,農事組合法人が知事認可に定め
られた法人の目的の範囲を逸脱し,かつ,全財産引渡しの勧誘行為の目的が専ら被告調正機関ないし被告法人の利益
獲得にあるものであって,社会的相当性を欠く。
  特講及び研鑽学校は,自我や個人の尊厳を破壊し,ヤマギシズムを植え付け,さらにそれを完成させようとす
るマインドコントロールの場であったのであり,このような特講及び研鑽学校への勧誘自体違法である。
b 手段
   特講及び研鑽学校がヤマギシへの参画によって参画者から全財産を提供させ,労働搾取をして被告調正機
関ないし被告法人の財産を増殖させることを目的としていること,特講及び研鑽学校においては,離村者の実態が悲惨
であることや支配管理,監視,思想矯正,再教育,自由にものが言えないといったヤマギシの村社会の現実を秘匿して,
こうしたことのない「仲良し村」のような幻想を与え,物理的にも心理的にも逃げ難い状況下で,長時間拘束の上,脅迫的
威嚇の下で自我(人格)の変容を迫り,自我(人格)を喪失抹消させてヤマギシの価値観を注入するというマインドコントロ
ールの手法を駆使して,原告らに対し,参画への勧誘が行われていることからして,参画及び全財産引渡しの勧誘の手
段も社会的相当性を欠く。
   被告らは,特講及び研鑽学校が,被告調正機関への参画を積極的に勧誘することを目的としていないと主張
する。
   しかしながら,特講においては,ヤマギシ会本部に,特講会場から特講参加者の様子が刻々と報告され,参
加者の中で狙いを定め,参画者を研鑽学校へ導くように仕組まれていた。
   また,研鑽学校においては,最終日に参画表明をするよう,周囲からの間接的な働きかけがあり,そのため参
画へ誘導されていく参画者がおり,さらに,原告Bらのように,世話係に罵倒されたためにやむなく参画表明をせざるを得
なかった者すら存在するのである。
   さらに,被告らは,被告調正機関から参画を断る場合すらあることから,特講においては参画勧誘を目的として
いないと主張するが,被告調正機関が参画を引き延ばす場合は,①参画希望者本人あるいは周囲にトラブルの発生原
因が見受けられる場合,②地域の会員でなければできない拡大運動があり,その活動の中枢メンバーである場合に分け
られる。そして,原告D1の場合,上記の②に該当しており,被告調正機関は原告D1に地域における利用価値を見いだ
していたから参画を引き延ばしただけであって,このことから,被告調正機関が,特講において参画勧誘を目的としてい
ないということにはならない。
c 結果
   入村したら脱会しても全財産の返還を拒絶されることにより,離村後の人生設計を不能に陥し入れるという結
果においても社会的に許容できない。また,雇傭契約が結ばれているにもかかわらず,被告法人は,原告らに対し,賃金
を支払っていない。
(イ) インフォームドコンセントの欠如
 被告調正機関担当者は,不実の告知,重要事項の不提供(不告知)を継続しているもので,インフォームドコン
セントの欠如の違法がある。
 a 不実の告知
   被告調正機関担当者は,特講や研鑽学校受講者である原告らに対し,「①指導者や幹部といったものは存在
せず,全体の意思はすべて研鑽によって決定される。②研鑽が重視され,研鑽の一致点が必ず見いだされる。③ヤマギ
シには提案書という制度があり,個人が必要とするものは申し出て,外から買ってきてもらうことになっている。④腹の立た
ない人間になる。」などと説明しているが,実際には,①権力を握っている人間が存在し,権力が集中しており,組織を動
かす立場にある者や精神的な指導者もおり,②研鑽の一致点は容易に見いだされず,力のある者が押し切っている,③
提案がすべて受け入れられるわけではなく,懲罰的な意味で提案が拒否されることもある,④腹の立たない人間になると
いうのは全くの虚構である,というのが事実であり,これらは,いずれも不実の告知に該当する。
 b 重要事項の不提供(不告知)
   被告調正機関担当者は,原告らに対し,参画手続以前に,離村者が多いという情報を提供していない。ヤマ
ギシにおける定着率は低く,現在に至るまで,離村者は多いにもかかわらず,このような情報は,被告調正機関担当者か
ら原告らに対し,一切提供されていない。
また,離村した直後の参画者の心理状態は不安定であり,ヤマギシ会を出たまま,自殺した人間が何人かお
り,受講者においても,神経を痛めて精神神経科に入通院する例があるが,このような生命身体の安全性にかかわる重
要情報も提供していない。
       さらに,被告調正機関担当者は,参画者の財産引渡しを,裁判に至ると「所有権の譲渡」と強弁するが,被告
調正機関担当者から原告らに対し,財産引渡しはヤマギシへの贈与であるという説明は一切なく,被告調正機関担当者
は,全財産贈与という人生に大きな影響を及ぼす重要事項に関しての情報提供及び告知を全くしていないのであって,
これは個人の自由な意思決定を歪める行為であり,インフォームドコンセント欠如の違法があるというべきである。
(ウ) 詐欺行為
 被告調正機関は,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書(以下「3点セットの文書」ともいう。)の断片的表現
を楯にして脱会者に財産の返還を拒否しているが,それは明らかに最初から組織的に研鑽学校等の受講者の財産を騙
しとることを企図していたことの証しである。
 すなわち,被告調正機関担当者は,真実は受講者の全財産を騙し取るる意図があるのにこれがないように装
い,「財産は誰のものでもない。」と受講者に申し向けて,原告らをして「ヤマギシに所有権移転することがない。」との錯誤
に陥らせ,3点セットの文書に署名指印等させて全財産をヤマギシに交付させる「返還義務のない出資契約」を結ばせて
参画者の全財産を騙取したものである。
    (エ) 契約締結上の過失
      原告らは,参画契約前の上記不実の告知及び重要事項の不告知がなければ,被告調正機関との間に,参画
契約を締結することを未然に回避できたものである。よって,被告調正機関は,契約締結上の過失によって原告らが被っ
た損害を賠償すべき責任がある。
 イ 損害額
   上記不法行為による原告らの損害は以下のとおりである。
  (ア) 原告A1 3029万円
    原告A1は,参画に際し,被告調正機関に対し,3300万円の財産を引き渡した。この金額から不動産売却時に
支払った仲介料96万円,住宅ローンの残金300万円,原告Aらが脱退時に被告調正機関から受け取った金員の2分の
1である100万円及びA3が離村時に受け取った金員の50万円を合計した546万円を控除すると,2754万円となる。
      上記損害の約1割である275万円を弁護士費用として加算すると,原告A1の損害は,合計3029万円となる。
    (イ) 原告A2 880万円
      原告A2は,参画中に,被告調正機関に対し,父から相続した財産1600万円を引き渡した。この金額から脱退
時に被告調正機関から受け取った700万円及び原告Aらが脱退時に被告調正機関から受け取った金員の2分の1であ
る100万円を合計した800万円を控除すると,800万円となる。
      上記損害の1割である80万円を弁護士費用として加算すると,原告A2の損害は,合計880万円となる。
      なお,原告A2は,3点セットの文書に署名指印しておらず,そもそも被告らの主張する引渡し財産の不返還合
意の成立を同原告について認めることはできない。
    (ウ) 原告B1 4320万8700円
      原告B1は,参画に際し,被告調正機関に対し,4150万円の財産を被告調正機関に引き渡した。この金額から
脱退時あるいは脱退後に被告調正機関から受け取った金員及び車の相当額である421万1300円を控除すると,3728
万8700円となる。
      また,原告B1は,ヤマギシの心理操作によって人生を狂わされ,全財産を奪われたものであって,この苦痛を
慰謝料に換算すれば,200万円は下らない。
      上記損害の約1割である392万円を弁護士費用として加算すると,原告B1の損害は,合計4320万8700円と
なる。
    (エ) 原告B2 770万円
      原告B2は,参画に際し,被告調正機関に対し,500万円の財産を引き渡した。
      また,原告B2は,ヤマギシの心理操作によって人生を狂わされ,全財産を奪われたものであって,この苦痛を
慰謝料に換算すれば,200万円は下らない。
      上記損害の1割である70万円を弁護士費用として加算すると,原告B2の損害は,合計770万円となる。
    (オ) 原告C1 4925万9864円
      原告C1は,参画に際し,被告調正機関に対し,3800万円の財産を引き渡した。この金額から脱退時に被告調
正機関から受け取った金員140万円を控除すると,3660万円となる。
      また,原告C1は,昭和63年5月の参画から平成8年12月12日の離村までヤマギシにおいて様々な労働に従
事してきたが,賃金の支払を受けていない。原告C1の賃金収入から生活費を差し引いた剰余金は,別紙3のとおり1627
万8779円であると推計され,このうち818万9864円を請求する。
      さらに,上記損害の約1割である447万円を弁護士費用として加算すると,原告C1の損害は,合計4925万98
64円となる。
    (カ) 原告D1 1343万1340円
      原告D1は,参画に際し,被告調正機関に対し,895万6185円の財産を引き渡した。この金額から脱退時に被
告調正機関から受け取った金員40万円を控除すると,855万6185円となる。このうち,720万円を請求する。
      また,原告D1は,平成4年12月の参画から平成6年7月23日の離村までヤマギシにおいて様々な労働に従事
してきたが,賃金の支払を受けていない。原告D1の賃金収入から生活費を差し引いた剰余金は,別紙4のとおり560万
2200円であると推計され,このうち301万1340円を請求する。
      さらに,原告D1は,ヤマギシの心理操作によって人生を狂わされ,全財産を奪われたものであって,この苦痛
を慰謝料に換算すれば,200万円は下らない。
      上記損害の約1割である122万円を弁護士費用として加算すると,原告D1の損害は,合計1343万1340円と
なる。
 ウ 消滅時効の主張に対する反論
    (ア) 被告調正機関は,脱退した参画者の復帰を認めており,復帰した参画者は1回目の参画状態に復する。この
ことは,参画者が脱退したつもりでも,ヤマギシでは脱退扱いにしていないということであり,法的には,脱退者に対し,あ
らかじめ一方的に時効利益の放棄をしていたか,時効進行中の放棄,すなわち過去に進行してきた期間について承認
をして時効中断の効果を生ぜしめているか,あるいは制度として時効完成後においても時効利益を放棄し続けてきたも
のということができる。このような時効利益のあらかじめの放棄も,被告調正機関が一方的に行う場合には,時効制度の公
益性を害することも,公序良俗的立場からの債務者保護を害することもないので,民法146条の適用はなく有効である。
      よって,被告らの消滅時効の主張は失当である。
    (イ) 被告らの時効援用は,信義則違反ないし権利濫用であって許されない。
(被告らの主張)
 ア 被告調正機関担当者は,原告らに対し,何ら不法行為を行っていないこと
 (ア) 「勧誘」について
  a 特講及び研鑽学校の目的
    特講は,独断と偏見を排し,謙虚な態度で,誰の言うこともよく聞いて,主体的に考える考え方を身に付けるこ
とを目的とし,研鑽学校は,特講受講者が,研鑽会や作業を通じて,さらに深いヤマギシズムの理解や研鑽態度の修得
等,ヤマギシズムの理念を科学的に究明し,実証的に理解し体得することを目的としており,特講,研鑽学校及び参画
は,それぞれ別個の完結的な目的を指向しており,相互に手段目的の関係はないのであり,特講や研鑽学校は,参画勧
誘目的で開催されているわけではない。
b 特講及び研鑽学校への勧誘の方法
 特講への勧誘方法は,出版物や実顕地生産物に記載された特講の案内等によって,誰が,何のために特講
を開催するかを明らかにした上で,自発的な参加を待つだけであり,詐術や害悪の告知等の不相当な手段は一切用い
ていない。ただ,特講の内容は広く公表されているものではないが,これは,特講の方法からの制約により,先入観を持
って参加することは望ましくないためである。
研鑽学校については,特講を終了してからしか入校できないので,特講を受けたことが入校の動機ではある
が,入校を希望する者はあくまで自発的意思によって入学するものである。
c 特講の実態
特講の会場は,人里離れた場所ではなく,所持品も参加者の同意の下で自己申告で預けてもらうだけであり,
参加者が途中で家に帰ったり,会場から出たりすることは自由であり,物理的に滞在を強要したり,特講会場の外部との
連絡を遮断したりはしていない。参加者が外部から完全に隔離されているわけではない。
特講の方法としては,進行係は単に「問いかけ」をし,これを受けて,参画者が思考を深めるという方法が採用
されている。進行係の発言や態度が参加者の思考に過大な影響を与えることは特講の目的に背馳するから,進行係は,
一定の意味付けをするような言説を長々としたり,結論のための発言をしたりすることはない。参加者がどんな回答をし,
いかなる意見を言っても,進行係は,問いかけをひたすら繰り返し行うか,あるいは,もっと考えるよう言うだけである(答え
ても答えても質問が繰り返されるといういわゆる「ソクラテス式問答法」は,アメリカの大学では日常的に取り入れられてい
るところである。)。しかし,考えるか考えないか,いかに考えるかは,根本的には参加者個人の問題であり,それを外から
強制することはできないし,そのように指導することもできないため,初めから監視役はいないし,リーダー役も指導員もい
ない。
また,思考を妨げる睡眠不足は危険なものと考えられ,全体研鑽会で参加者が多いときは結果的に早朝にま
で及ぶこともあるが,そのようなときは起床時間を遅くし,午睡の時間は毎日設けているのであって,睡眠時間にも十分に
配慮したスケジュールにしている。
以上のとおり,特講は,一定の結論を押しつけたり教え込んだりするといった方法をしていないことは明らかで
あり,物理的にも,精神的にも,全く強制の要素はない。
d 研鑽学校の実態
研鑽学校の会場は,人里離れたところではなく,参加費も妥当な価格に設定されており,途中で帰ることも自
由であって,その場合には日割計算で参加費が返還される。また,研鑽学校は規則正しい生活リズムで行われていて,
適度な運動と十分な栄養と睡眠の上で行われており,後述する作業は強制ではなく,体調不良の場合には休むことも診
療を受けることもでき,いったん帰って別の機会に再入学することも可能である。
研鑽学校は,研鑽会と研鑽作業がその主なプログラムである。研鑽会は,提示されたテーマについて意見を出
し合いながら考えるという方法で行われ,世話係が,何かを正しいとしたり,間違っているとかの評価を下したり,結論付け
たり,誘導したりすることはない。また,研鑽作業は,研鑽会において考えたテーマについてそれぞれが実践の中で体得
するために行われるもので,農作業や,自分たちの生活のための清掃,食事準備,洗濯等の作業がこれに当たり,年齢
や体調に合わせた無理のないものが用意される。
なお,被告調正機関への参画を申し込むには,ヤマギシズム生活を十分に理解し,それが実践できる程度に
ヤマギシズム理念を体得していることを要するため,研鑽学校を修了していることがその基礎資格となることから,研鑽学
校においては,ヤマギシズム生活実顕地調正機関やそれへの参画の意義についての説明がプログラムに組み込まれて
いるが,研鑽学校は,特講を受講した人のうちさらにヤマギシズムについて理解を深めたいと希望する人たちの研修の場
であって,被告調正機関への参画を勧誘するために開催されているものではない。
e 参画への勧誘の方法
  参画は,研鑽学校の終了時の各人の希望によるものであって,特に勧誘はしておらず,希望しても被告調正
機関の方から断る場合もある。もし,被告らに「組織ぐるみで善良な市民の人生と全財産を違法な心理操作によって収
奪」するなどという目的があったならば,原告らが特講を受けた段階で参画を積極的に勧誘するはずであるが,特講では
参画については説明もしないし,まして参画の勧誘もしないのであり,参画希望を断る場合があること自体からして,上記
のような目的がないことは明らかである。また,参画するかどうかを決定する要因はすべて事前に明らかにされていたから
こそ,研鑽学校を終了した者の4分の1程度の者しか実際に参画しないのであり,特講や研鑽学校において原告らの主
張するような違法なマインドコントロールを行っていないからこそ,参画する者の数が特講や研鑽学校の受講者に比して
少ないのである。
 (イ) インフォームドコンセント
   参画するまでには,いくつもの段階を経ながら,その都度,説明し,質問に答え,納得と熟慮の機会が設けられ
ているのであって,参画者はこれらのプロセスを経て,まさに自己決定権を行使の上で参画したものである。
a 不実の告知
  原告らは,①指導者や幹部といったものは存在せず,全体の意思は研鑽によって決定されること,②研鑽が重
視され,研鑽の一致点が必ず見いだされること,③ヤマギシには提案という制度があり,個人が必要とするものは申し出
て,外から買ってきてもらうことになっていること,④腹の立たない人間になることの各点についての説明が,不実の告知
に当たると主張する。
しかし,特講では参加者に上記のような被告調正機関の組織,運営方法等についての説明は一切していな
い。
また,①については,指導者や幹部は存在しないことは真実である。②については,皆が自由に発言するの
で,全員の意見がなかなか一致しないことがあることは当然のことで,「研鑽の一致点が見いだされるはずである。」という
ことは言うが,「研鑽の一致点が必ず見いだされる。」などと決めつけて言うことはない。③については,提案は,研鑽され
た結果,受け入れられることもあれば,そうでないこともあるのは当然であり,そもそも,「私意尊重公意行」とは,特定の個
人の私意をそのまま尊重するということではないことは,参画者であれば誰でも理解していることである。④については,
ヤマギシズムを完全に体現すれば「腹の立たない人間になる。」のは当然であるが,それはあくまで目標であって,被告
調正機関は,参画しさえすれば直ちに「腹の立たない人間になる。」というようなことは,どの段階においても告知していな
い。
b 重要事項の不提供(不告知)
原告らは,離村者,自殺者及び精神不安定者の情報を告知しないこと並びに財産の所有権の帰属がどうなる
かの説明をしないことが,インフォームドコンセントを欠如した違法行為であると主張する。しかし,①出版物やテレビ報道
によって,相当数の離脱者のいることは,既に明らかになっていたのであり,被告調正機関は,離脱者の数を公表したこ
とはないが,殊更秘匿したこともない。また,そもそも,離脱者の数を公表しないからといって,インフォームドコンセントを
欠如した違法があるとはいえない。②原告らの主張する自殺や精神不安定の原因は根拠のない推測にすぎず,また,自
殺者や精神不安定者がいたとしても,その割合が社会全体の統計数値と比較して有意な相違があるとはいえない。さら
に,そもそも,自殺者や精神神経科に入通院する例があったとしても,被告調正機関がそのことを告知しないからといっ
て,インフォームドコンセントを欠如した違法があるとはいえない。③出資の意味や,参画者が参画後に脱退することがあ
っても,参画時や参画中に出資した物財は一切返還されないということは,参画受付のときに参画希望者には十分説明
してきた。また,新聞やテレビの報道によっても公表されていた。
 (ウ) 詐欺行為
   特講から参画に至るまで,被告調正機関担当者には何らの欺罔行為もない。
イ 各原告の出資金額
  原告らが参画時あるいは参画中に出資した財産の価額(前記1(3)記載の処理をされた後の金額であって,脱退
に当たり渡した現金等を控除する前の金額),被告調正機関において納付した贈与税額,脱退時における原告らの提案
と被告調正機関による対応等については,別紙5のとおりである。
 ウ 消滅時効(仮定的主張)
  (ア) 原告C1の不法行為請求について
    原告C1の,不法行為を理由とする損害賠償請求権は,遅くとも同原告が脱退した平成8年12月12日から3年
間の経過によって時効によって消滅したから,被告らは,平成14年10月23日の第4回弁論準備手続期日において,当
該消滅時効を援用した。
  (イ) 原告D1の不法行為請求について
    原告D1の,不法行為を理由とする損害賠償請求権は,遅くとも同原告が脱退した平成6年7月23日から3年間
の経過によって時効によって消滅したから,被告らは,平成14年10月23日の第4回弁論準備手続期日において,当該
消滅時効を援用した。
  (ウ) 原告D1の詐欺取消請求について
    原告D1の,詐欺による取消権は,遅くとも同人が脱退した平成6年7月23日から5年間の経過によって時効に
よって消滅したから,被告らは,平成14年10月23日の第4回弁論準備手続期日において,当該消滅時効を援用した。
(2) 争点(2)(信託財産返還請求権,預託金返還請求権の有無)について
(原告らの主張)
 ア 原告らと被告調正機関との間の参画契約は,上下の階級及び権力者がなく,対立や立場の違いがなく,村人全
員が横一列の立場に立ち,個人を縛る統制や罰則もなく,個人が最大限に尊重され,衣食住の心配もなく,安楽に一生
幸福に生活できるという一定の目的(信託法1条)のために,原告らが,被告調正機関に対し,財産や参画後稼いだ賃金
の財産管理を委託するものであり,信託法の適用を受ける。
   原告らは,それぞれ参画時に,被告調正機関に対し,持ち込んだ全財産を譲渡し,財産管理を委託する旨の信
託設定契約を締結した。
   原告らが被告調正機関に対して上記各信託設定契約により財産管理を委託した財産は,以下のとおりである。
  (ア) 原告A1 2754万円
    原告A1は,参画に際し,被告調正機関に対し,3300万円の財産を引き渡した。この金額から不動産売却時に
支払った仲介料96万円,住宅ローンの残金300万円,原告Aらが脱退時に被告調正機関から受け取った金員の2分の
1である100万円及びA3が離村時に受け取った金員の50万円を合計した546万円を控除すると,2754万円となる。
  (イ) 原告A2 800万円
    原告A2は,参画中に,被告調正機関に対し,父親から相続した財産1600万円を引き渡した。この金額から脱
退時に被告調正機関から受け取った700万円及び原告Aらが脱退時に被告調正機関から受け取った金員の2分の1で
ある100万円を合計した800万円を控除すると,800万円となる。
    なお,原告A2は,3点セットの文書に署名指印しておらず,そもそも被告らの主張する持込財産の不返還合意
の成立を原告A2に認めることはできない。
  (ウ) 原告B1 3728万8700円
    原告B1は,参画に際し,被告調正機関に対し,4150万円の財産を引き渡した。この金額から脱退時あるいは
脱退後に被告調正機関から受け取った金員及び車の相当額である421万1300円を控除すると,3728万8700円とな
る。
  (エ) 原告B2 500万円
    原告B2は,参画に際し,被告調正機関に対し,500万円の財産を引き渡した。
  (オ) 原告C1 5287万8779円
    原告C1は,参画に際し,被告調正機関に対し,3800万円の財産を引き渡した。この金額から脱退時に被告調
正機関から受け取った金員140万円を控除すると,3660万円となる。
    また,原告C1は,昭和63年5月の参画から平成8年12月12日の離村までヤマギシにおいて様々な労働に従
事してきたが,賃金の支払を受けていない。原告C1の賃金収入から生活費を差し引いた剰余金は,別紙3のとおり1627
万8779円であると推計される。
    以上を合計すると5287万8779円となる。
  (カ) 原告D1 1415万8385円
    原告D1は,参画に際し,被告調正機関に対し,895万6185円の財産を引き渡した。この金額から脱退時に被
告調正機関から受け取った金員40万円を控除すると,855万6185円となる。
      また,原告D1は,平成4年12月の参画から平成6年7月23日の離村までヤマギシにおいて様々な労働に従事
してきたが,賃金の支払を受けていない。原告D1の賃金収入から生活費を差し引いた剰余金は,別紙4のとおり560万
2200円であると推計される。
      以上を合計すると1415万8385円となる。
 イ(ア) 原告らは,参画後次第にヤマギシの入村前の説明とかけ離れた実態に失望し,そのため被告調正機関との
信頼関係が消失し,それぞれ,「信託の目的を達することが能わざるに至」り,上記各信託は終了した(信託法56条)。
 (イ) 被告調正機関は,上記各信託に関し,分別管理義務(信託法28条),帳簿備付義務(同法39条1項),財産
目録作成義務(同条2項)を怠り,原告ら委託者が帳簿等の閲覧を請求し,信託事務の処理について説明を求める権利
(同法40条2項)を妨害するなどの善管注意義務(同法20条)違反もしている。
   そこで,原告らは,それぞれ,被告調正機関に対し,本件訴状の送達をもって上記各信託契約を解除する旨の
意思表示をした。
(ウ) 原告らは,上記各信託契約において,委託者であると同時に受益者であるから,原告らは,委託者が受託利
益の全部を享受する場合においては委託者はいつでも信託契約を解除できる旨定める信託法57条に基づき,本件訴
状の送達をもって上記各信託契約を解除する旨の意思表示をした。
 ウ したがって,原告らは,被告調正機関に対し,本件各信託契約に基づき,それぞれ,上記アに記載の金額の信
託財産の返還請求権を有する。
エ 仮に,原告らと被告調正機関との間に,それぞれ,上記各信託契約がなかったとしても,原告らは,それぞれ,上
記ア記載の各信託財産(相当額)を被告調正機関に対して寄託したものとみるべきであるから,原告らは,被告調正機関
に対し,それぞれ,各消費寄託契約に基づき,上記寄託金返還請求権を有する。
(被告らの主張)
 ア 原告らが信託財産返還請求権や預託金返還請求権を有しないこと
 (ア) 「物財」の出資について
   参画契約は,「一体理念」,「無所有理念」及び「無我執理念」を現実のものとして実践しようとする者が,ヤマギ
シズム生活の実践及び顕現を目的とする団体である被告調正機関の構成員の一員として加入することを目的とする契約
であり,「人財(身・命・知・能・力・技・実験資料の一切,権益・位階・役職・職権等の一切)」と「物財(田畑・山林・家・屋
敷・不動産の一切,現金・預金・借入金・有価証券等の一切)」を被告調正機関に出資し,しかもこれら出資に伴う一切の
権利をあらかじめ放棄して,被告調正機関の構成員となり,出資した物財,人財及びそれらの果実を,自らを含む現在及
び将来の被告調正機関の構成員の共用に供すること,現在及び将来の他の構成員と共に「終生ヤマギシズム生活」をす
ることを約し,かつ,現実に人財と物財を出資する契約である。
   ここに「出資」とは,事業(被告調正機関の構成員が,無所有共用一体の理想社会の実現を目指して,ヤマギシ
ズム社会実顕地において,一種の部分社会を構成し,農業を中心にした生産活動等に従事しながら,ヤマギシズム理念
に基づく「ヤマギシズム生活」を実践し顕現している総体)を営む資本として,金銭,その他財産,信用,労務等を,自己も
その構成員となる被告調正機関に出捐することである。
   そして,出資の目的は,①無所有と無我執の理念を現実化する,②被告調正機関の財産的基礎(構成員が活
用する対象)を形成する,③参画者同士の完全対等性をもたらすという点にあるところ,仮に,出資に関し出資者として何
らかの権利を持てば,それだけで「無所有」や「無我執」とはならず,権利の大小によって完全対等性も確保されなくなり,
さらに,その権利の行使によって被告調正機関の財産的基礎は危うくなるから,出資の目的を達成するためには,自ら所
有する財産を出資するだけでは不十分である。
   そのため,参画に際しては,「私は,此の度,最も正しくヤマギシズム生活を営むため,本調正機関に参画致し
ます。ついては,左記物件,有形,無形財,及び権益の一切を・・・ヤマギシズム生活実顕地調正機関に無条件委任致し
ます。」,「しかる上は,権利主張・返還要求等,一切申しません。」,「以後,私は調正機関の公意により行動」する旨の誓
約書をもって,物財の出資に関しては,参画中はもちろん,脱退後も,権利主張も返還請求も一切しない旨誓約がされる
のである。「無条件委任」ということで,出捐者において設定した用途に使用する義務や受託者としての義務を被告調正
機関が一切負うものではなく,出資が信託でないことが明らかにされており,また,「権利主張・返還要求等,一切申しま
せん。」というのは,参画した後は,参画中はもちろん,仮に脱退することがあっても物財の出資に関する一切の権利をあ
らかじめ放棄するということであるから,これにより出資が預託ではないことも明らかにされている。
   つまり,出資により,出資者の物財の所有権は被告調正機関に移転され,出資者は,出資に関する権利をあら
かじめ放棄し,いかなる意味においても,物財の帰属主体ではなくなって無所有となり,以後,出資にかかる物財は,現
在及び将来の参画者によって共用し,共活すべき対象となるのである。
   上記のような出資に伴う一切の権利(債権)を放棄して行う「出資」は,民法の制約の下,ヤマギシズム社会実顕
地という部分社会の中だけでも無所有世界を制度的に実現するための方法として案出されたもので,被告調正機関の発
足当初から採用されており,すべての参画者は,その内容を理解してこれを承諾し,脱退を停止条件とする返還請求権
のような一切の権利をも放棄して参画しているのである。
   以上のとおり,「出資」は,参画者を「信託設定者兼受益者」,被告調正機関を「受託者」とする信託ではない。ま
た,参画者が,参画資格に伴う義務としての被告調正機関に対して行う出捐は,「出資」であって,「預託金」ではない。
(イ) 「人財」の出資について
 a 「人財」とは,身,命,知,能,力,技,実験資料の一切,権益,位階,役職,職権等の一切のことであるが,参
画者本人そのものを構成する肉体や知能,身体的能力,経験,年金受給資格そのものや推定相続人たる地位そのもの
なども人財であり,労働力そのものも人財である。そして,参画時に人財を出資した結果,参画者に受給権がある年金や
各種諸手当,参画者が受け取る相続財産や,参画後の参画者の労働の成果(その変形物である給料)は,何らの手続を
することなく,当然に被告調正機関に帰属することになり,現在及び将来の全参画者及びその扶養家族のために費消さ
れることになる。
 b そして,参画者は,研鑽学校において「無報酬」「給料なし」などのテーマを対象に十分に研鑽しており,給料
なしなどのヤマギシズムの機構及び運営に賛同し,どんなに働いても「タダ働き」であることを承知した上で,無報酬,給
料なしの生き方を実践するために被告調正機関に参画するのであり,「タダ働き」は当然のことである。
 c なお,農事組合法人等から参画者に対し名目上「給料」が支払われている形になっているが,これは,あくまで
家族労働として働いた労働の成果を被告調正機関に移転させるための会計処理にすぎない。すなわち,参画時に出資
される物財は,ヤマギシズム生活に必要な生活基盤の形成にだけ用いられ,参画者の日常生活の費用については,被
告調正機関が農事組合法人等を設立し,農事組合法人等の産業経済活動を通じて上げた収益を被告調正機関に移転
させ,これを参画者の日常生活の費用に当てることとされている。そして,その移転の方法として,労働基準法24条の関
係もあり,農事組合法人等の仕事(雇用契約のない一種の「家族労働」)をしている参画者に対し,「給料」や「従事分量
配当金」を支払った形にし,その給料や従事分量配当金を被告調正機関に出資するという会計処理方法が採られてい
る。給料額も,労働時間や労働内容によって差異があるのではなく,扶養者等の数で生活費の額が異なるのに応じて給
料額に差異があり,扶養者数が同じ者には同額を支給する形にしており,給料名下に支払われるものの,その実質は労
働の対償としての給料ではない。
   これを人財の出資との関係で説明すると,参画者は,参画時に労働力を含む人財を被告調正機関に出資し
ているのであるから,農事組合法人等に労働力を提供しているのは,被告調正機関であるということになるが,具体的な
労働力は,参画者個人の肉体と切り離して存在するものではないから,実際に労働するのは参画者個人であるところ,被
告調正機関が農事組合法人等に労働力を提供した結果,農事組合法人等に生じた労働の成果(生産物の売上利益等)
を,参画者に対する給料や従事分量配当金の形で,参画者を介して,被告調正機関に移転しているということになる。
 d したがって,計算上,給料から生活費を引いた「剰余金」なるものが観念できるとしても,その剰余金が,当該
給料の出資者たる特定の参画者に帰属する余地はなく,したがって,剰余金の信託や預託が成立する余地はない。
イ 原告らは,いずれも,物財や人財の出資の趣旨を理解し,これを承諾していたのであり,参画時に出資した財産
や原告らの主張する剰余金につき,被告との間に,信託設定契約を締結する意思や脱退時に返還請求ができるとの意
思は有していなかった。
  なお,原告らが参画時に出資した財産(前記1(3)記載のような処理をされた後の金額にして,脱退に当たり渡した
現金等を控除する前の金額)及び脱退に当たり被告調正機関が原告らに渡した財産は,上記(1)(被告らの主張)イに記
載のとおりである。
  また,上記のとおり,名目上の給料額は,労働時間や労働内容により決められるものではなく,剰余金の金額が,
そのまま離脱参画者の人財(すなわち,提供された労働力)に由来するものとはいえない。さらにいえば,参画者の出資
にかかる給料は,現在及び将来の構成員の日常的な費消に当てられて当然になくなることが予定されているものである。
  (3) 争点(3)(参画契約の解除に基づく原状回復請求権の有無)について
  (原告らの主張)
    被告調正機関は,原告らに対し,「ゆりかごの前から墓場の後,子々孫々まで一切の生活は保護,保証される」,
「無階級,長なし」,「機会均等」,「規則なし,監視なし」,「対立なし」,「服従なし」などと説明し,原告らは,被告機関がこ
れを保障,履行するものとして全財産を預託し,参画したものである。
    よって,被告調正機関は,上記の各事項を履行する義務を負っていたところ,実際には生活の保護,保障もなく,
また,上記の「無階級,長なし」,「機会均等」,「規則なし,監視なし」,「対立なし」,「服従なし」といった言葉とはほど遠い
社会がヤマギシの実態であった。
    したがって,被告調正機関の責めに帰すべき事由により,債務の本旨の最も主要な部分が履行不能となったもの
であるから,原告らは,民法543条により,平成15年3月3日の第6回弁論準備手続期日において,解除権を行使した。
よって,被告調正機関は,同法545条1項に基づき,原告らに対し,前記(2)(原告らの主張)ア(ア)ないし(カ)記載の各金
額について原状回復請求義務を負うものである。
    また,仮に原告らの脱退の時点で参画契約が終了しているのならば,原告らは,その脱退の意思表示の時点で参
画契約を解除したと評価できるから,やはり被告調正機関は,原告らに対して同様の原状回復義務を負う。
  (被告らの主張)
   ア 解除されるべき参画契約がそもそも存在しないこと
     原告らは,解除権を行使したとする平成15年3月3日の段階において,既に被告調正機関から脱退しており,そ
もそも解除の対象となる参画契約自体存在していなかったから,その解除もすることはできない。
   イ 参画契約には民法540条以下の適用がないこと
     参画契約は,権利能力なき社団である被告調正機関の構成員の一員として加入するためにされるもので,構成
員となろうとする者にとって加入目的(ヤマギシズム生活を行うこと)が他律的に決められており,構成員がそれぞれの利
益のために給付を交換することを目的とするのではなく,現在及び将来の構成員全員の共通の利益及び目的のために
給付(出資)を結合することを目的としている点では,組合契約以上に合同契約性が認められるものであるから,組合契
約以上に団体的規律の対象となるものである。
     他方,組合契約については民法540条以下の契約解除の通則の適用がないと解すべきことに加え,参画契約
は,いわば「身分契約」であって,参画者の総体的な地位と社会的な行動様式とを変更することを目的に,全人格を包摂
するような団体への編入を目指して行われるものであるから,当事者が給付を交換する場合の関係を規律することを主要
な目的としている民法540条以下の契約解除の通則が参画契約に適用されないのは当然というべきである。
   ウ 被告らには債務不履行がないこと
     被告調正機関においては,参画者がヤマギシズム生活をしている限り,ゆりかごから墓場まで一切の生活を保障
されていることは事実である。
     また,原告らにおいて主張する債務不履行の事実も存在しない。
(4) 争点(4)(不当利得返還請求権の有無)について
(原告らの主張)
 ア 被告調正機関は,参画者の法的地位について説明することなく,特講及び研鑽学校の受講者にマインドコントロ
ールをかけて,自我の喪失に陥れ,それに乗じて参画を迫り,被告調正機関の用意した文書に署名をさせ,不当に利を
得ているが,以下のとおり,被告調正機関への参画(出資)契約は,根本において憲法,民法90条の公序良俗に違反す
るものであり,原告らの参画(出資)契約は無効である。
 (ア) 参画時に書かされる誓約書には,「身・命」を無条件委任する旨の記載もあるが,個人の身体・生命を「無条件
に委任」させる契約は,公序良俗に反することは明らかである。
 (イ) 参画(出資)契約においては,参画時にすべての財産を持ち込ませ,離村後に返還せず,また,参画中の労
働に対して対価を支払わないが,これは,憲法18条の「奴隷的拘束,苦役」そのものである。
 (ウ) ヤマギシの村の中では,ヤマギシズム以外の思想や宗教を持った場合,迫害の対象となり,村を追われるが,
そこでは「思想及び良心の自由」(憲法19条)や「信教の自由」(憲法20条)は保障されていない。
 (エ) 離村者へ持込財産を返さず,労働の対価も支払わないというのは,生存権(憲法25条)の侵害である。また,
1枚の紙切れによる財産収奪は,財産権不可侵(憲法29条)に違反する。
 (オ) また,ヤマギシ会による子供の「虐待」(二食の強制,父母と子との分離,個別研鑽と称する個室への強制収
容と登校禁止,進学・就職の自由の抑圧等)は,子供の人権への明らかな侵害であり,子供の教育権を踏みにじるもので
ある。
  本件と同種事案の東京地裁平成8年(ワ)第7072号事件判決(平成13年1月31日言渡し)においては,「本件参
画契約において,脱退後も参画時に出資した財産の返還ができない旨定めている部分は公序良俗に反し無効というべ
きである。」として,被告調正機関に対し同事件原告が参画時に持ち込んだ財産のほぼ全額を支払うよう命じたが,本件
原告らの参画(出資)契約においても,脱退後も参画時に出資した財産の返還ができない旨定めている部分は公序良俗
に反し無効である。
  イ 仮に,財産(給料剰余金を含む。)の引渡しにつき,「返還義務のない出資契約」であるとしても,以下のとおり,
契約締結において,詐欺,錯誤ないし信義則違反に当たる事実がある。
  (ア) 詐欺による取消し
      被告調正機関の担当者は,原告らの全財産(給料剰余金を含む。)を騙し取る意図があるのにこれがないよう
に装い,「誰のものでもない。」と原告らに申し向けて,「ヤマギシに所有権移転することがない。」旨欺罔し,原告らをして
誤信状態のまま参画申込みに追い込み,3点セットの文書に署名指印させるなどして,全財産(給料剰余金を含む。)を
被告調正機関に交付させる「返還義務のない出資契約」を結ばさせたもので,これは,詐欺による意思表示(民法96条1
項)に当たる。
      原告らは,本件訴状の送達(平成13年11月1日)をもって,被告調正機関に対し,上記「返還義務のない出資
契約」を締結する旨の原告らの意思表示を取り消す旨の意思表示をした。
    (イ) 錯誤による無効
      「すべてのものは,元来,誰のものでもない。」というのがヤマギシズムの根本的な考え方(教義)であるから,そ
もそも返還義務のない出資により被告調正機関に所有権移転する余地はない。原告らも,3点セットの文書に署名した際
の意識としては,「誰のものでもない。」,「無所有」などという抽象的なイメージしか抱いていなかった。
      したがって,仮に「返還義務のない出資契約」により被告調正機関に所有権が移転したとすると,原告らはその
旨の意識を有していなかったのであるから,意思表示の内容の重要な部分に錯誤(民法95条)があることになり,上記
「返還義務のない出資契約」は無効である。
    (ウ) 信義則違反
      原告らが脱会した理由は,入会勧誘において標榜していたことと実態との乖離(殊に支配と被支配の事実,管
理の事実,すべて研鑽により決定するとの事実の嘘等),不実の告知,重要情報の不開示,特講及び研鑽学校における
心理操作等社会的相当性を欠く非違行為がヤマギシ側にのみ存在したためである。
      この事情の下では,被告調正機関が,脱会者である原告らとの間において,財産の清算をしなくてよいという根
拠はなく,原告らが3点セットの文書に署名したことのみをもって財産(給料剰余金を含む。)を返還しないことは信義則に
反して許容されない。
   ウ 被告調正機関は,悪意の受益者(民法704条)である。
     仮に善意であったとしても,過失があるのは明らかであるところ,有過失の受益者は悪意の受益者と同視すべき
である。
   エ 原告A2,同Bら,同C1及び同D1の贈与税の納付に関しては,本件訴え提起後の納税であり,同原告らに何の
通知もせず,贈与税が納付されたものであるから,同原告らにその負担を転嫁することは許されない。現存利益不存在と
の主張は失当であるか,贈与税納付額を現存利益から除くことは許されない。
     なお,仮に贈与税納付額を現存利益から除くことが許されるのであれば,後記(5)(原告らの主張)のとおり,当該
贈与税納付は,不法行為ないし債務不履行に該当するものである。
   オ よって,原告らは,被告調正機関に対し,それぞれ,前記(2)(原告らの主張)ア(ア)ないし(カ)記載の各金額につ
いて不当利得返還請求権を有する。
   カ 上記(1)(原告らの主張)ウのとおり,被告らの消滅時効の主張は失当であるか,時効援用が信義則違反ないし権
利濫用であって許されない。
(被告らの主張)
 ア 参画契約が公序良俗違反でないこと
 (ア) 被告調正機関に参画することは,終生ヤマギシズム生活をすることを目的として,実顕地に,身ぐるみ,家族ぐ
るみ,財産ぐるみ移住することであり,いったん参画すれば,実顕地においては,出資の多寡に関係なく食べること,着る
こと,寝ること,職業,慰安,結婚,育児等衣食住生活一切が保障され,病気になっても老いて働けなくなっても,安楽に
一生を幸福に生活でき,死後の憂いもなく,子孫まで安心して生活することができるのである。したがって,被告調正機関
に参画することで,生存の基礎は強固になるのであり,被告調正機関への参画は,何ら公序良俗に反しない。
  被告調正機関は,参画者に対し自律的にヤマギシズムに則した生活をするよう期待するだけで,ヤマギシズム
に則した生活を強制することはなく,また,「除名」という内部統制方法が用意されていないので,参画者の意思に反して
強制することもできない。外部に現れた行動に対してすら何ら強制できない被告調正機関が,参画者の思想に強制を加
えることなど到底できない。
 (イ) 被告調正機関は,ヤマギシズムの実践意思をなくした参画者に対しては,自由に脱退することを認めており,
実際に,様々な理由で被告調正機関を脱退する参画者がいる。
 「脱退する場合には,無一文で被告調正機関から出ていかなければならないことになる」としても,それは,参画
時の参画者の意思決定の結果であって,被告調正機関が脱退の意思を抑圧しているものではない。すべての参画者
は,脱退しても出資の返還を受けられないことを承知し,実際に参画するかどうかについて熟慮した上で参画するのであ
り,脱退を考える時になって初めて出資の返還が受けられないことに気が付くものではない。
 また,そもそも,マイナスの出資をしたり,少額の出資をしたにすぎない者,あるいは,脱退後の生活を何ら案じ
ない者にとっては,脱退をした場合にも出資の返還が受けられないこと自体によって,脱退の意思が抑圧されることにな
らない。
 よって,脱退後も出資の返還を受けられないことは,脱退に関する個人の自由の侵害には当たらない。
      なお,参画時に出資した物財は,参画者が脱退しても被告調正機関に帰属し続けるのに対し,給料の出資の
原因となる人財の出資については,人財が参画者の人格と切り離して存在するものではないから,参画者が脱退すれ
ば,それ以降は被告調正機関に帰属する理由がなく,脱退後の労働の成果は離脱参画者が自分だけに帰属させること
ができるから,参画時に人財の出資をしたからといって,そのことは,基本的には,脱退をする際の妨げにならない。
      脱退しても財産の返還を受けられない制度を採っている理由は,上記(2)(被告らの主張)において述べたとおり
であり,合理性がある。
  原告らも,脱退しても財産の返還を受けられないことを理解した上で,被告調正機関との間で参画契約を締結し
たのである。
    (ウ) 仮に,参画時に出資した物財については「不返還約定」の効力が信義則により制限されることがあるとしても,
農事組合法人等が参画者に支払う給料については,その実質が農事組合法人等の利益(剰余金)の分配であり,その
額は参画者が出資した人財,すなわち労働能力とは何ら関係なく決定され,現在及び将来の構成員の日常的な費消に
当てられて当然になくなることが予定されていることからすると,給料剰余金についてまで上記不返還約定の効力が信義
則により制限されるべきものではない。
 (エ) 被告調正機関は,脱退することになった参画者には,個々の場合に応
じて,衣類や,家財道具,自動車や当座の生活費等を交付したり,その人が仕事や住む家を見付けるまでの衣食
住を保障したり,十分な生活資金を得させるためにヤマギシの生産物を販売する供給所で住込従業員として働いて給料
を支給するようにしたりして,元参画者の生活が成り立っていくように配慮はしてきており(なお,出資額とは一切連動して
いない。),したがって,ほとんどの場合元参画者は円満に脱退しているのであって,後から返還を要求してくるような元参
画者は極めてまれである。
   なお,原告らの脱退時の提案と被告調正機関による対応等については,別紙5記載のとおりである。
 イ(ア) 詐欺,錯誤ないし信義則違反について
      原告らは,被告調正機関に対する出資が「返還義務のない出資」であることを理解した上で,被告調正機関と
の間で参画契約を締結したのである上,被告らに社会的相当性を欠く非違行為はないから,詐欺,錯誤ないし信義則違
反はない。
    (イ) 原告D1の詐欺取消権の消滅時効について
      原告D1の,詐欺による取消権は,遅くとも同人が脱退した平成6年7月23日から5年間の経過によって時効に
よって消滅したから,被告らは,平成14年10月23日の第4回弁論準備手続期日において,当該消滅時効を援用した。
   ウ 不当利得にかかる現在の「利益」
 原告らの参画時の物財の出資及び参画後の給料の出資については,被告調正機関に対し,贈与税が課せられ
た。そのため,被告調正機関は,下記のとおりの贈与税を支払ったので,贈与税相当額の利益は現存していない。
 被告調正機関は,同原告らの出資(観念上の「給料剰余金」の出資を除く。)に関し,原告A2につき633万0900
円(実際の納税額から観念上の「給料剰余金」の出資に対する贈与税額を控除したもの),原告B1につき856万0600円
(実際の納税額から観念上の「給料剰余金」の出資に対する贈与税額を控除したもの),原告B2につき830万9800円,
原告C1につき6万9300円(実際の納税額から観念上の「給料剰余金」の出資に対する贈与税額を控除したもの),原告
D1につき129万7100円(実際の納税額から観念上の「給料剰余金」の出資に対する贈与税額を控除したもの)の贈与
税をそれぞれ国に納付した。
  (5) 争点(5)(被告調正機関が原告らの出資につき贈与税を納めたことが原告らに対する不法行為ないし参画契約の
債務不履行となるか)について
  (原告らの主張)
    被告調正機関は,原告A2につき平成6年度に691万3400円,原告B1につき平成8年度に881万2000円,平
成9年度に10万7400円,平成10年度に11万6200円(合計903万5600円),原告B2につき平成8年度に830万980
0円,原告C1につき,平成5年度に19万9000円,平成6年度に29万7600円,平成7年度に5万9000円,平成8年度
に4万7500円(合計60万3100円),原告D1につき平成5年度に160万2400円の贈与税等をそれぞれ国に納付して
いるが,原告らは,本件において一貫して財産の持ち込みは贈与ではないと主張し,被告調正機関においても,参画に
当たり,贈与であるとか所有権放棄であるとか返還義務なき出資であるなどとの説明をせず,また,参画者に贈与の意思
のないことを知悉していたのであるから,被告調正機関は,原告らに対し,贈与税課税による返還額減少を回避すべき注
意義務を不法行為上の一般注意義務として,あるいは参画契約上の付随義務として負っていた。
    それにもかかわらず,被告調正機関は,上記金額を漫然と贈与税として納付したことにより,原告らが返還請求権
を有する不当利得の現存利益を減少させた。
    したがって,原告ら(原告A1を除く。)は,争点(4)にかかる不当利得返還請求権につき,被告調正機関が悪意の
受益者である場合には選択的併合として,善意の受益者である場合には単純併合として不法行為あるいは参画契約の
債務不履行に基づき,上記贈与税相当額の損害賠償を請求する。
  (被告らの主張)
    参画者における物財や人財の出資と参画者たる地位との間には対価性があるから,被告調正機関に対する物財
や人財の出資は,法律的には無償性の要件を欠き,贈与ではないが,参画者は出資に伴う一切の権利をあらかじめ放
棄しているから,その効果は贈与と同様である。
    このように,本来の贈与により取得した財産ではなくても,これと同様の経済的利益を伴う場合(以下のような場合
である。)は,贈与により取得したものとみなして課税される。
    そして,名古屋国税局は,調査の上,①参画者の出資金や参画中の相続にかかる財産の出資金を受け入れてい
ることに対し,相続税法66条2項の適用により受入金額は贈与税の課税対象となる,②給与等の収入から日常生活費を
支出した剰余金を出資として受け入れていることに対し,相続税法66条2項の適用により受入金額は贈与税の課税対象
となると認定した。しかも,名古屋国税局は,上記調査の当時,参画時の物財の出資や参画後の給与の出資に関する返
還請求訴訟が提起されていたにもかかわらず,被告調正機関の実状を徹底的に調査の上,いずれも脱退時に返還され
る性質のものではないと認定し,贈与税を課したのである。
    したがって,被告調正機関は,名古屋国税局の税務調査において,被告調正機関に帰属した財産に対する課税
に関し,原告らに対して被告調正機関が贈与税課税を回避すべき義務を負うことはなく,かかる義務違反を理由とする損
害賠償債務を負うことは(不法行為であれ,債務不履行であれ)あり得ない。
  (6) 争点(6)(原告Aらは,被告らに対する請求権を放棄したか)について
  (被告らの主張)
    原告Aらは,平成12年7月20日,被告調正機関に対し,脱退届を提出する際,「かくなる上は,参画時,および参
画中の出資金に関して,参画申込書,出資明細申込書,誓約書に記載した趣旨に則り,今後一切返還請求や金銭請求
をしないことは勿論,何等の異議も申し立て致しません。」と記載してある脱退届に署名押印した上で,被告調正機関より
約200万円の支払を受けたにもかかわらず,A4の援助のためとして300万円の支払要求を追加した。その際,口頭で以
降一切金銭の支払を求めないことを約束したので,同年8月18日,300万円を送金した。さらに,A3が同年10月14日
に脱退した後,同年11月5日になって,400万円の支払要求があったため,被告調正機関は,原告Aらに対し,今後金
員を請求しない旨を確約する内容の文書の作成を条件として,400万円を支払うと告げた。これに対し,原告Aらは1時
間ほど後,「平成12年11月21日以降,4百万円の受領をもって今後金銭の請求を致しません」との内容の文書に署名
押印して被告調正機関に提出した。この文書の提出によって,原告Aらは以後一切の被告らに対する請求権を放棄した
ものである。
    以上によれば,被告調正機関が原告らの窮状に乗じて正当な請求権の行使をあきらめさせたものではなく,上記
文書は有効なものである。
  (原告Aらの主張)
    原告Aらが今後金員の請求をしない旨の文書を書かされた当時は,原告らと同居を始めたA4は,ヤマギシズム学
園で受けた人権侵害の影響により精神状態が悪化し,A3は,わずか50万円の支度金を受け取って将来の見通しも立た
ないまま離村したばかりという状況であった。また,原告Aらも,現実社会で生活するうちに将来の生活苦についての不安
が生じた時期であった。
    被告調正機関は,原告Aらに対し,所有権の帰属に関する法的説明を一切せずに全財産を持ち込ませたもので
あり,所有権は,被告調正機関に移転していないにもかかわらず,脱退時には持ち込み財産の一部を返還するだけで原
告Aらを放り出し,窮状に追いやった上,その窮状に乗じて400万円の支払を盾に,原告らに正当な請求権の行使をあ
きらめさせるために,上記の文書を書かせたものである。
    よって,上記文書は社会的妥当性を欠き,民法90条に照らし,公序良俗に反するものとして無効である。
  (7) 争点(7)(被告法人は被告調正機関と同一の責任を負うか(法人格否認の法理ないし重畳的債務引受け))につ
いて
(原告らの主張)
 ア 被告調正機関は,被告法人の一機関にすぎない。
イ 法人格否認
     被告らは,被告調正機関と農事組合法人とは別個の法的主体であるとしているが,被告らは,被告調正機関に
対する債務名義では強制執行をすることのできない名義の銀行口座を設けていることや,被告法人は被告調正機関が
全額出資したもので,被告法人は被告調正機関の一構成要素にすぎない,つまり,資金も人間も運営もすべて被告調正
機関に支配されているというのが被告らの主張であることからすれば,被告らは,実質的に同一人格であり,法人格否認
の法理上,被告らは同一の法人格と評価すべきである。
     また,被告法人に対して現実に出資したのは被告調正機関であるが,協議(研鑽)により,名目的に参画者の氏
名を組合員の氏名としていること,被告らは,特講及び研鑽学校において参画者に被告らの関係や経理処理について
説明した形跡がなく,参画者の中には,給料が支払われている形式になっていることを知らない者も相当数存在するこ
と,参画者の具体的な就業場所への配置は被告調正機関の世話係の調正によって決められること,農事組合法人等で
働く参画者には就業規則等の適用はないものとして扱われていることなどにかんがみれば,被告法人の法人格は,少な
くとも参画者に対する関係では形骸化しているというべきである。
     したがって,被告法人は,被告調正機関と同様の責任を負う。
   ウ 重畳的債務引受け
     被告調正機関が法人格を有しない権利能力なき社団であるため,ヤマギシズム社会実顕地の産業経済活動に
おける対外的な法律上の権利主体になるものとして,被告調正機関が設立主体となって被告法人を始めとする農事組合
法人が設立され,農事組合法人が被告調正機関に代わって単位実顕地の不動産や生産財を取得所有し,消費者や各
種団体に生産財を供給している。つまり,法人格を有しない被告調正機関が対外的に負う債務は,すべて対外的な法的
主体である農事組合法人が重畳的に債務引受けをしている。参画者が被告調正機関を脱退したときに,被告調正機関
が負う参画者の持込財産返還義務や参画中の賃金から生活費等の経費を控除した剰余金で被告調正機関が受託して
いる金員の返還義務についても,参画者の承認を条件として,遡及的に債務引受けの効力を生ずることを内容とした被
告調正機関と被告法人間の債務引受けの合意がされていた。
     原告らは,それぞれ,本件訴状の送達をもって被告ら間の債務引受けの合意を承認するから,引受けの合意時
に遡って上記債務引受けの効力が生じ,被告調正機関のみならず,被告法人も重畳的に財産返還等の義務を負う。
(被告らの主張)
 ア 実顕地では,農業,食品加工等の産業経済活動が行われているが,土地,建物等の所有権登記や産業経済活
動における法的主体としては,権利能力のない被告調正機関では不可能あるいは不適当であり,また,無所有理念を貫
徹するためには,特定の参画者個人の名義を用いることも適当ではなかった。そこで,被告調正機関が設立主体となっ
て,単位実顕地の土地,建物及び生産財を所有し,単位実顕地における産業経済活動の法的主体とするため,被告法
人を始めとする農事組合法人や,有限会社,株式会社を設立した。すなわち,被告法人は,被告調正機関が設立した農
事組合法人のうちの一つにすぎない。
  また,参画者の出資を受け入れるのは,被告調正機関であり,被告法人が関与することは全くない。参加者から
の出資は,あくまで被告調正機関に帰属し,その一部を農事組合法人等に出資や貸付けをしているのであり,残余は被
告調正機関に滞留して,参画者に活用されている。
  以上のとおり,被告法人は,実顕地の一構成要素ではあるが,あくまで被告調正機関とは別個に法人格を有し,
経理処理も被告調正機関とは截然と区別されている。
  したがって,被告調正機関が被告法人の一機関にすぎないとか,被告らが同一の法人格であると評価されなけ
ればならないいわれはない。
イ 被告調正機関に発生した対外的な債権債務は,あくまで被告調正機関にのみ帰属するのであり,被告法人が,
被告調正機関との間で,被告調正機関が対外的に負担する債務について重畳的債務引受契約を締結したことはない。
第3 当裁判所の判断
 1 証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告ら等について,以下の事実が認められる。
  (1) ヤマギシズムの理念(甲6,21,35,38,44,乙15,42,弁論の全趣旨)
    ヤマギシ会の目的は,「無所有共用一体」の理想社会の実現にあり,ヤマギシ会会員の目指すべき心の在り方を
表したものが,「ヤマギシ会会旨」の「われ,ひとと共に繁栄せん」である。ヤマギシ会においては,真理探究の方法及び
目指す社会の実現の方法として,「研鑽方式」を採用するとされている。「研鑽」とは,「決めつけを持たないで徹底的に検
討すること」(零位からの徹底究明)をいい,「研鑽方式」とは,研鑽によって,各人が得心のいくまで検討し,全員の一致
点を見いだして,それを一応の結論として措定はするが,しかし,絶対,最善,最高のものと断定はせず,検討の結果を
実行し,さらに,実行の結果を検討の判断材料にして検討し,検討と実行,実行と検討を際限なく繰り返し,真理を究明し
ようとする方法を指す。ヤマギシズムの基本理念は,「一体」(宇宙自然万物すべては元々一つのものであり,すべての存
在は時間的及び空間的につながっており,自と他も分けられない。),「無所有」(すべてのものは誰のものでもない。万民
の利用に供されるべきである。),「無我執」(自分の考えや感じ方が正しいとして譲らない心のこだわりをなくす。)であり,
各理念は別々のものではなく,「一体」=「無所有」=「無我執」であるととされている。
(2) ヤマギシズム社会実顕地(甲4,10,21,35,38,39,44,乙42,71,76,97,122,136,弁論の全趣旨)
ア ヤマギシズム社会実顕地は,ヤマギシズム理念に基づく人間社会及び人間生活を「実際に顕す地」であり,同時
に,ヤマギシズム生活(ヤマギシズムの理念に即した生活であって,一体理念に即した「一体生活」,無所有理念に即し
た「無所有生活」,無我執理念に即した「研鑽生活」の総体)を志す人が「最も正しくヤマギシズム生活をするため」の場で
あるとされている。「一体生活」とは,自他の区別,したがって,対向関係も上下関係もなく,各人が不可分な構成要素とし
て一体に溶け合った生活のことであるとされ,労働や能力や功績に応じて個々人に報酬として分配することなく,個々人
が必要に応じて活用していくことができる状態に置かれる(これは「財布ひとつ」などと称されている。)ものとされている。
「無所有生活」とは,すべてのものは誰のものでもないから,必要に応じて,誰でもが,対価なく利用(共用)できる生活で
あり,そこに暮らす生活者の全生活に一切の対価は不要であるとする生活とされ,無所有の生き方をするためには,「私
のもの」という所有意識を「誰のものでもない」という無所有意識に変えて,これを実体に表す(これを「放す」という。)ことと
されている。「放す」とは,財物に対する排他的支配意思と排他的支配力を放棄し,それを,誰でも必要に応じて活用でき
るように,いつでも利用可能な無主の状態で,存在せしめることであり,自分の生命,身体及び能力を放すとは,生命や
身体に由来する能力やその成果を自分を含めた皆の必要に応じて,いつでも活用できるようにする心構えになることであ
るとされている。「研鑽生活」とは,生活のすべての事項を研鑽によって決める生活であるとされ,研鑽会で話し合いなが
ら実践し,その結果得た材料を基にまた話し合うという,研鑽そして実践,実践そして研鑽の連続の過程を経て各人が行
動することを「私意尊重公意行」と呼ぶとされている。これは,「われ,ひとと共に繁栄せん。」との会旨に則するものである
限り一人一人の意思(私意)は尊重されるが,一人一人の私意の当面の一致点(公意)を「我が意思」として行うという意味
であるとされている。
  ヤマギシズムの理念を受け入れ,ヤマギシズム生活を実践しようと決意し,ヤマギシ会の新たな一員となることを
「参画」といい,ヤマギシ会の構成員のことを「参画者」と呼ぶ(参画者を「村人」と呼ぶこともある。)。ヤマギシ会に参画す
ると,生涯の生活,出産,育児,教育,技能修得,就職,結婚,健康,老後の暮らしまで,ゆりかごから墓場まで,子々孫
々まで,一切の生活は保護,保障されるとされている。
  参画者が生活の場とするヤマギシズム社会実顕地は,昭和33年に「ヤマギシズム世界実顕中央試験場」(春日
山実顕地)が三重県伊賀町に作られたのを始めとして,全国39箇所及び海外7箇所に存在し,豊里実顕地は,そのうち
最大のものである。
  このような実顕地が設けられた理由は,所有制度に基づく現実社会の中では,実際にヤマギシズム生活をするの
が困難であるため,ヤマギシズムの体得者のみで,その全人格を包摂する共同体を形成し,純粋にヤマギシズムに則し
た社会(部分社会)を実現しようとしたためであるとされている。
イ 一般的な参画者の暮らしは,単位実顕地によっても違いはあるものの,おおむね次のとおりであった。なお,実顕
地の中では基本的に金は不要であり,外部に出る場合には必要と認められた金が渡される。
 (ア) 実顕地においては,概して起床時刻は早く,食事は原則として1日2食であるため,朝食は食べない者が多
い。
   仕事は,米づくり,野菜づくり,果樹栽培,牛,豚,鶏等家畜の飼育,精肉や農産畜産加工品の製造,生産物の
運搬及び販売,経理事務,庶務等の産業活動のほか,食事づくり,衣類の整備やクリーニング,住環境の整備,子供の
教育を担当する世話係,調正機関の専任の世話係等,様々である。全員が一斉に休む決まった日は設けていないが,
職場の各自で調整し合って,仕事をしない日を取ることもある。なお,乳幼児は,朝,保育所「太陽の家」に預けられ,夕
方引き取られる。
   食後には,月に数回,各種研鑽会が行われている。これらの研鑽会への参加は,原則として自由である。
 (イ)a 参画者が妊娠し,出産予定日が近くなると,診療所のある豊里実顕地に移り,診療所で出産を行う。生後約
1箇月以降の乳児は,朝晩は親元で生活し,日中は「太陽の家」において,専門の世話係の世話の下,母親は母乳をや
り,入浴させ,子供の服を用意したりする。子供は,4歳までは,朝晩は親元で暮し,日中は「太陽の家」で暮すことにな
る。5歳になると,親元から離れ,子供同士で合宿生活に入る(これは「ヤマギシズム学園幼年部」といわれている。)。親
元へは定期的に帰る。幼年部には,専門の世話係がついて,子供の世話をする。
b 小学生から中学生にかけては,幼年部と同じように,子供同士で合宿生活を行いながら(それぞれ「ヤマギシズ
ム学園初等部」,「ヤマギシズム学園中等部」と呼ばれる。),地元の学校に通う。小学校5ないし6年以降は,朝,牛の世
話や菜園の世話をしたりする。子供も,1日2食であったが,平成10年4月からは,学校へ登校する日については,朝食
を摂ってから行くようになった。親元へは定期的に帰る。
  「ヤマギシズム学園中等部」を「卒業」すると,ほとんどが私塾「ヤマギシズム学園高等部」に行くが,高等学校
へ進学希望の子供が両親の親族の家に下宿したりして通学する場合がある。
  子供の中には,ヤマギシズム学園高等部にも,高等学校にも進学を希望せず,単位実顕地の外で就職した
り,「実習生」として単位実顕地の職場で仕事をすることを希望する者もいる。
  学生たちは,作物を育てたり,家畜を飼育したり,また,ビニールハウスを設計,建設したり,農業機械の整備
をしたり,全員の食事の準備や衣生活の担当をしたりしている。
  ヤマギシズム学園高等部を「卒業」した者は,その時点で,被告調正機関に参画するかどうかを決める。
  c 参画者は,配置された単位実顕地に住み,職に就く。本庁人事部世話係が再度調正して,別の職場に配置
することもある。6箇月に一度すべての参画者がその職を解任されて,各自が希望を提出し,人事部の世話係が担当す
る仕事を決める仕組みであるとされている(後記(3)ア(ウ)のとおり,これは「自動解任」と称されている。)。自動解任期以外
にも,仕事が変わる場合もある。仕事は,農業とそれに関連する仕事に従事する者が多いが,衣食住を世話する役割
や,経理や財務,人事その他調正機関の業務の世話係としての仕事もある。また,単位実顕地の外部の会社や病院に
勤務したりしている場合もある。
  (3) ヤマギシズム社会実顕地における活動主体(甲4,21,31,32,39ないし41,乙23,70(枝番を含む。),74,1
09,111ないし114(枝番を含む。),122,136,C5,7,9,D9,原告各本人,弁論の全趣旨)
 ヤマギシズム社会実顕地における活動主体としては,別紙1「ヤマギシズム生活実顕地調正機関(表1)」のとおり,
被告調正機関,被告法人を始めとする農事組合法人等がある。
ア 被告調正機関
 (ア) 被告調正機関は,ヤマギシズム生活を実践しようとする人々の集合体
である。参画者は,単位実顕地に分属し,単位実顕地に分属している参画者の集合体ないし生活共同体のこと
を,それぞれの単位実顕地の名称を冠して,例えばヤマギシズム生活実顕地調正機関豊里調正所というように呼んでい
る。また,被告調正機関には,ヤマギシズム社会を運営し,各人の生活を成り立たせるための「部」が設けられており,平
成10年当時には,生活部門と産業部門があり,それぞれの各部は別紙1「ヤマギシズム生活実顕地調正機関(表1)」の
とおりである。参画者は,いずれかの部に所属しつつ,全体が一体的なものとしてヤマギシズム社会生活が運営されてい
る(ただし,少数ではあるが,単位実顕地以外(これをヤマギシにおいては「地域」と称している。すなわち,「地域で暮ら
す。」とは,ヤマギシの実顕地の外で生活することを意味する。)に就業場所を有する者もいる。)。そして,被告調正機関
は,参画者個人を最小単位とし,①夫婦,②家族,③仲良し班(同じ単位実顕地に生活する数家族から十数家族が集ま
って構成し,構成員は,各自の属している部門や職場の仕事とは別に,食事の準備や後片付け,美化及び清掃,家庭電
化製品,日用品等の修理,屎尿汲取り,草刈,植木や花壇の整備,図書の整理,宿直,引越しの手伝等,各種の生活の
役割をそれぞれ担う。仲良し班においては,生活全般の世話を専門的に行う「仲良し班世話係」が選ばれる。),④単位
実顕地調正所(仲良し班によって構成され,単位実顕地調正所全体にかかわる調正を行う「世話係」として,単位実顕地
「生活調正世話係」が選ばれる。また,「各部門の世話係」も選ばれ,各部門の世話係と生活調正世話係との研鑽によっ
て,構成員各人について,様々な役割の担当者が決まっていく。),⑤被告調正機関という順序で,組織化及び社会化さ
れている。
   本庁は,被告調正機関の代表機関として被告調正機関の対外的な窓口となり,被告調正機関全体にかかわる
事柄を処理し,単位実顕地調正所間の連絡及び調正の役割を担う組織であり,本庁生活調正世話係である参画者,本
庁人事部世話係である参画者,本庁各部世話係である参画者によって構成されている。単位実顕地内の個々の参画者
の生活については,単位実顕地の生活調正世話係や各部の世話係がその任に当たるが,被告調正機関全体にかかわ
る事柄や複数の単位実顕地調正所にまたがる案件の場合(参画申込みの受付,被告調正機関全体の財務,単位実顕
地間の人の移動,単位実顕地の枠を越えて検討したい事柄等)は,本庁の世話係がその調正に当たる。本庁の事務所
は,豊里実顕地に所在している(以上の組織を図示すれば,別紙6「ヤマギシズム生活実顕地調正機関本庁(表3)のと
おりである。)。
   本庁は,被告調正機関を代表し,特定の個人が包括的に被告調正機関を代表することはないとされるが,本訴
を追行するために,本庁調正世話係と本庁財務部世話係の協議(研鑽)により,本庁財務部世話係のWに被告調正機
関を代表し,訴訟追行する権限を授与した。
 (イ) 運営方法
  被告調正機関の運営方法は,私意尊重公意行による研鑽運営,総意運営によるとされており,実際には,仲良
し班において「仲良し班世話係」を選び,仲良し班世話係の研鑽会において「生活調正世話係」を選出し,生活調正世
話係が「各部門世話係」を選び,その世話係の研鑽において,その部門にかかわることを「公意」として決めるものとされ
ている。各部門世話係以外の参画者は,担当の世話係に自分の考えや希望や意見を「私意」として伝えるが,「公意」の
決定に関しては世話係に委託する。
(ウ) 運営の原則
   被告調正機関においては,次の運営の原則(建前)があるとされている。
  a 無階級 長なし
 b 機会均等
   生まれ,育ち,年齢,過去の知識,経験,実績等によって制限されることなく,その人の持ち味やその時の必
要性によって,最も適した職に自在に就いていく。
 c 専門分業
   全員が何らかの役割に就き,互いに専門に徹しながら,全体として全員の生活が成り立っていく仕組みであ
る。
 d 一役三人制
 世話係の選出に当たっては,1人で何役も持たず,また,1役3人以上を基本としている。
 e 自動解任
 どんな役割に就いている人も,その「任期」はすべて6箇月であり,毎年6月と12月には,例外なく,「自動的」
に解任される。
 この自動解任制は,仕事や職場の配置等についても適用される。
 そのため,毎年6月と12月になると,一人一人に配置希望カードが渡され,どの単位実顕地に住みたいか,ど
のような仕事がしたいか,どのような係役に就きたいかなどを記入して「本庁人事部世話係」あてに提出する。
 そして,被告調正機関の各部門からも,人事配置の要望が来るので,「本庁人事部世話係」はそれらの要望
や,個々人の希望や適性,各役割の必要性等,様々な角度から検討し,その時点で最も適した人事配置を見いだして
決めていくとされている。その結果,一人一人が次の6箇月間の配置に就く。
 ただし,個人がどうしても希望しない職場や仕事に,その個人の意思を曲げて就かされるということはない。そ
の場合は,再び個人の意思を「私意」として提案し,それを受けた「本庁人事部世話係」が再検討して,改めて別個の配
置をする。
 他方,自動解任制は,結果的に,前任の役割に再任されることを否定するものではない。
 f 代表制 世話係制 委(まか)し合い
 「世話係」だけでなく,専門分業になっている係役(養豚係,食事係等すべての係役)に就いている者は,みん
なの「代表」であって,6箇月間だけ,その役割を任されているにすぎないものだとされる。
 g 権利なし 義務なし
 ヤマギシズム社会は,「われ,ひとと共に繁栄せん。」の会旨に主体的かつ自律的に沿って生活することによっ
て成り立つ社会である。そこでは,ヤマギシズム社会の構成員が他の構成員に対して作為又は不作為を求める権利は不
要であり,その反面としての義務を負う者もいないとされる。
 仕事にしても,一人一人に適した仕事が用意されるが,労働は自律的に行う自己実現の手段であるから,義務
ではない。
 日本国憲法で保障されている基本的人権等に関しては,人間として当然尊重されるべきことであり,とりたてて
権利主張せずとも,それが互いに尊重されるのが当たり前の社会を目指しているとされる。
 h 報償なし 罪罰なし
 ヤマギシズム社会には報償も,罪罰もない。しかし,現行法による報償や罪罰の対象となることは当然であると
される。
 i 報酬なし 分配なし
 ヤマギシズム社会の構成員には,報酬も分配もない。
 j 規則なし 監視なし
 規則や監視は,間違いを表面的に押さえようとする方法であるところ,ヤマギシズム社会では,もし間違いがあ
れば,その原因を探究して取り除く方式をとっている。規則や監視によって行動を制限するのでなく,あくまで一人一人が
自律的に行動して成り立つ社会を目指しているとされる。
 ヤマギシズムにおいて「法で縛らぬ社会」というのも,ヤマギシズム社会の中で拘束力を持つ規則を設けないと
いう意味であるが,ヤマギシズム社会といえども現在の社会秩序の中にあるから,現行法を否定したり無視したりするもの
ではなく,むしろ法律については,社会における全員の合意事項(公意)として,自主的かつ積極的に遵守していくのが
ヤマギシズムに沿った在り方であるとされている。
 k 対立なし 一体運営
 l 自発的,自覚,納得,無妥協,任意,自律,反省,自由意思,服従なし
 被告調正機関においては,参画者各自が「調正」機能を有していることによって,指揮命令系統や規則や罰則
がなくても,円満に運営されていく仕組みであり,個人の在り方として,自発的,自覚,納得,無妥協,任意,自律,反省,
自由意思,服従なしの諸原則があるとされている。
    (エ) ヤマギシにおいては,「オールメンバー」という言葉が用いられることがあるが,これは,「人類の終局目的(全
人幸福社会の実現)のため,命までも打ち込み没頭し,革命達成以外にその代価を求めない者」と定義され,ヤマギシズ
ムにおいて目指すべき人間像であるとされる。
イ 農事組合法人等
 (ア) ヤマギシズム社会実顕地における活動体としては,別紙1「ヤマギシズム生活実顕地調正機関(表1)」のとお
り,被告調正機関のほか,農事組合法人,有限会社及び株式会社(以下「農事組合法人等」という。)があるが,これらが
設立されたのは以下の理由によるものであるという。
   すなわち,参画者が参画の際に持ち込んだ財産には限りがあり,これを参画者の生活費に充てることは原則的
にしないので,参画者全員の日々の生活費については,産業経済活動等により上げた収益をこれに充てる必要があり,
実顕地においては,農業,食品加工等の産業経済活動が行われている。しかしながら,土地,建物等の所有権登記や
産業経済活動における法的主体としては,権利能力なき社団である被告調正機関では不可能あるいは不適当であり,ま
た,無所有理念を貫徹するためには,特定の参画者個人の名義を用いることも適当ではなかった。そこで,被告調正機
関が設立主体となり,参画者を形式的な出資者として,単位実顕地の土地,建物及び生産財を所有し,単位実顕地にお
ける産業経済活動の法的主体とするため,被告法人を始めとする農事組合法人や,有限会社及び株式会社を設立し,
その収益を参画者全員の日々の生活費に充てることとした。
 (イ) 農事組合法人等は,対外的には,単位実顕地の土地,建物及び生産財を所有し,単位実顕地における産業
経済活動の法的主体となり,農事組合法人等が消費者や各種団体に生産物を供給している。被告法人は,このようなも
のとして昭和44年6月に設立され,平成10年当時,大安実顕地,美里実顕地,内部川実顕地,一志実顕地,明和実顕
地及び豊里実顕地の6つの単位実顕地の産業経済活動の法的主体となっていた。
 (ウ) このようにして設立された被告法人においては,農業協同組合法73条,同法13条により,組合員は「出資」を
しなければならないことになっているため,参画者が「出資者」となり,「組合員」となっている。しかし,参画者は,被告調
正機関に参画した時点で,すべての財産を被告調正機関に出資し無所有であるから,被告法人に対して現実に出資し
ているのは被告調正機関であり,参画者は,協議(研鑽)により,名目的に「組合員」となっているにすぎない。
 (エ) 被告法人の定款第17条では「組合員」が脱退する際,持分払戻しの請求を認めない旨規定している。
 (オ) なお,特講や研鑽学校は,ヤマギシズム研鑽学校(現在では,有限会社ヤマギシズム研鑽学校)が運営して
いる。
ウ 参画者の「給料」について
  (ア) 農事組合法人等において働く者には参画者(参画者の大半は農事組合
法人で働いている。)と外部から雇用する参画者以外の通常の従業員がいるところ,いずれに対しても「給料」(名
目上の組合員となっている参画者に対しては「従事分量配当金」。以下同じ。)が支払われた形式が採られている。参画
者以外の通常の従業員に対する給料は通常どおり支払われるが,参画者に対する「給料」は,全員分を一括して実顕地
調正機関代表名義の預金口座,あるいは被告調正機関の管理する他の名義の預金口座(平成10年1月以降は,「ヤマ
ギシズム生活実顕地調正機関本庁代表谷口寛」名義の預金口座)に振り込むという方法により支払われている。なお,平
成5年以降は,参画者が給与振込口座に上記預金口座を指定する旨の給与振込依頼書が作成されるようになった(原
告C1及び同D1も,このような給与振込依頼書を作成している。)。給与振込依頼書の作成の際には,会計処理上「給
料」が出ていることになっている旨説明されることもある。
 上記のような処理をするのは,以下の理由による。
 すなわち,ヤマギシズム社会実顕地において,収益事業を行っているのは,農事組合法人等だけであり,被告
調正機関は収益事業を行っていないが,被告調正機関の構成員は,生活のための資金を必要とする。
      他方,被告調正機関は,参画者から「出資」を受けるが,被告調正機関が受ける物的財産の出資は,原則的に
は農事組合法人等への出資や貸付けに充てられて,農事組合法人等における農地購入,宿舎等の建物建設,生産手
段の購入等に用いられ,参画者の日常の生活費のためには用いられない。
      そこで,農事組合法人等の収益をもって参画者の日常の生活費に充てるため,参画者が農事組合法人等の従
業員ではないのに形式上従業員の立場を有するものとしてこれに給料を支払うという方法や,名目上の組合員となって
いる参画者に対する従事分量配当金を支払うという方法を採り,農事組合法人等の収益を被告調正機関に移転させて
いる。
  (イ) 外部から雇用する参画者以外の通常の従業員の給料額は,職種,勤務状況,勤続年数等によって決定され
ているが,参画者の「給料」額はそうしたものとは無関係に決定される。参画者の給料額は,大まかに言えば,ある農事組
合法人の剰余金額(売上げから物件費と外部から雇用する従業員の労務費を控除した金額)を,その農事組合法人で
仕事をしている参画者全員の合計単位(仕事の内容,質及び量とは無関係に,単身者なら1単位,扶養家族が1人なら
1.2単位,扶養家族が2人なら1.5単位,扶養家族が3人なら1.8単位というように考えた場合の合計単位)で除し,これ
に当該参画者ごとの単位を乗ずるということにより計算される。すなわち,給料額と実際の労働量等との間には,牽連性
がない。例えば,原告C1が平成6年において給与台帳上支給された給料は,常に1箇月当たり30万円とされており,そ
の他の参画者についても,同様に,端数のない一定の数字に給料額が設定されていた。
    ただし,平成9年に税務調査を受けて以後は,半日労働の参画者の給料は,1日労働の参画者の給料の半額
とされるようになった。なお,参画者に対し,給料等についての説明は,特にされていないし,参画者から特に説明を求め
られるわけでもない。
    また,一般に労働能力がないと判断される寝たきりの高齢者,被告調正機関の仕事だけしている参画者は,農
事組合法人等の給料支払対象者にはなっていない。労働能力がありながら仕事をしていない参画者についても,以前は
給料支払対象者とされていたが,現在では給料支払対象者とはなっていない。
  (ウ) なお,農事組合法人等ではなく,外部の企業や病院の従業員として働いている参画者に対する勤務先から
支払われる給料は,被告調正機関の指示により,参画者が被告調正機関の管理する当該参画者名義の預金口座を振
込口座として指定し,同口座に振り込んでもらう。そして,振込みの都度引き出され,被告調正機関名義の預金口座に入
金される。
  (エ) 被告調正機関は,参画者が農事組合法人等の従業員の立場で農事組合法人等から支払われる給料に対し
て参画者個人に課税される住民税や所得税を,参画者個人の名義をもって納付している。脱退後1年以内に脱退者に
課される市町村県民税や国民健康保険料についても負担をしている。さらに,後記(7)において認定するように,参画者
の引渡し財産に対する贈与税についても,これを納付している。
    他方,農地等を所有し,収益事業を行っている農事組合法人等は,固定資産税,法人県市町村民税及び法人
税を納付している。
  (オ) 農事組合法人等,外部の企業や病院等から振り込まれた金員(参画者の年金等も振り込まれる。)は,参画
者の生活費(食費,交通費,住居関係費,養育費,医療費,水道光熱費,通信事務費,交際費,娯楽費,健康保険料,
国民年金掛金等)に充てられる。
    なお,以上のような処理を図示すると,別紙7「給与・従事分量配当などの流れ(表2)」のとおりである。
(カ) 被告らは,特講及び研鑽学校において,参画予定者に対し,被告調正機関と被告法人との関係や経理処理
について詳しい説明はしていない。原告らにおいても,少なくとも参画当初は,上記のような経理処理を知らず,また,給
料が支払われている形式になっていることも知らなかった。
  他方,原告らを含め,参画者は,参画の際,自らの労働に対して対価が支払われないことについては理解して
おり,給料を得ようという意識で参画していたものではなく,さらに,原告らはいずれも,参画中,被告調正機関に対し,給
料の支払を請求したこともない。
  なお,原告C1は,平成8年12月1日,脱退に当たり,被告調正機関に対して,参画中に労働して得た所得から
必要経費を差し引いた金額の支払を求めているが,これは,脱退を決意した後の要求であることに加え,その後,同月1
4日には,当面の生活費等の支払が十分にされれば上記労働対価の点の要求は再検討する旨申し入れており,明確な
給料支払意思の表明とみることはできず,参画中に給料の支払の請求がなかったという上記の認定に影響しない。
  (4) 被告調正機関への参画(甲4,18,B8,9,乙27,46,89,134ないし136,原告B1,同B2,弁論の全趣旨)
ア 参画者の資格要件
    被告調正機関の参画者になるためには,形式的資格要件と実質的資格要件の両方を満たす必要がある。
   (ア) 参画の形式的資格要件は,15日間(14泊15日)の研鑽学校を終了したことである。
     研鑽学校は,8日間(7泊8日)の特講を受講し終えた者でなければ入校できない。研鑽学校を終了した時点で
参画を希望する者は,その意思を表明し,本庁事務所に赴いて参画説明会に出席する。研鑽学校終了時に参画を希望
していなかった者が,後日になって参画希望を申し出たときは,その時期が研鑽学校終了時から間もないときは参画説
明会に出席できるが,ある程度時間が経っているときは,もう一度研鑽学校に入校して終了しなければ参画説明会に出
席することができない。
   (イ) 実質的資格要件は,真にヤマギシズム生活(一体理念に即した「一体生活」,無所有理念に即した「無所有生
活」,無我執理念に即した「研鑽生活」)を実践できる者であると判断されることであり,参画希望が一時的な気分の高揚
によるものであって熟慮が足りないと判断されたりヤマギシズムの理解度が足りないと判断された場合には,参画を思いと
どまらせるように勧める。
   イ 参画の手続
     参画の手続は,次のとおりである。
    (ア) 参画説明会
参画説明会は,参画希望者と本庁の参画受付世話係(複数)が一同に会して行われ,そこでは,参画受付世話
係が,参画希望者に対して,参画の目的が最も正しくヤマギシズム生活をすることであること,ヤマギシズムの生活は無所
有,共用,一体の生活であること,財産を「放す」必要のあることなどについて説明する。この段階で,参画希望を取りや
める者もいるし,参画受付世話係が資格不十分と判断して参画を断る者もいる。
(イ) 参画申込み
 a 参画相談
   参画説明会の後,参画を希望する意思はあるが,夫婦の意思がまだ一致していない場合(夫婦は一緒に参画
することが原則とされている。)など,まだ具体的に参画できる条件が整っていない者については,これからどのように参
画のための条件を整えていくかについて,参画相談世話係と相談をする。
   この段階でも,参画希望を自ら取りやめる者や,参画する資格に疑問が持たれて参画受付世話係から参画を
断られる者もいる。
 b 参画申込書,出資明細申込書の作成
   上記の過程を経て,参画希望者の参画の意思が十分確認され,かつ,参画する実質的資格要件を満たすと
認定された者だけが,実際の参画手続に移る。
   参画受付世話係が,参画希望者に参画申込書と出資明細申込書(記載内容は前記第2の1(2)イのとおりであ
る。)の用紙を渡し,参画希望者がそれぞれの書類に自分自身で記入していく。なお,財産等の記入内容については,
自己申告である。
     c 誓約書の作成
参画申込書及び出資明細申込書が提出されると,参画受付世話係は,誓約書の用紙(記載内容は,前記第2
の1(2)イのとおりである。)を渡し(ただし,平成5年からは,「参画申込書」及び「出資明細申込書」が提出された時点で,
本当に直ちに参画する意思があるのかどうか,また,直ちに参画できる条件が整っているのかどうかなどを再度確認し,
参画受付世話係の方で,十分に家族で話し合った方がよいとか,一度帰って考え直し,改めて出直した方がよいと判断
した者については,誓約書を書く前の段階で参画申込みの受付を保留するようになった。そうした者は,「参画申込受理
保留者」としていったん帰り,参画条件が整ったという申出があった場合に,改めて参画申込みを受け付けるかどうかが
検討されることとなる。),参画希望者が,誓約書に「右,誓約致します」と自書し,日付,住所及び氏名も自書して,指印
を押して提出する。
     d 誓約書までの作成及び提出があると,参画受付世話係の合議によって,参画申込みを受理するかどうかを決
める。
     e 参画申込みの受理
       以上の手続を経て,参画申込みが受理された者は「参画予定者」となる。
       この段階においても,最終的に参画を見合わせるという者や,参画受付世話係の方で現段階での参画はや
はり不適当であると判断する者もおり,この場合には,参画申込みの受理が取り消される。
     f 身辺整理
       参画予定者には,現実にヤマギシズム生活に入れるように身辺整理をする期間がある。その期間は,個々の
ケースに応じて参画予定者自らが決めるものであり,画一的に定められたものではない。
     g 参画
      その後,実際に参画予定者自身が本庁の参画受付窓口に来て,権利証や実印,通帳,印鑑等を現実に参画
受付世話係に渡すなどしたときに(これは,渡すべき財産のある者の場合である。),参画したものとして扱われる。
     h 参画者予備寮
       平成3年以降,参画者となった者は,まず,ヤマギシズム生活参画者予備寮(以下「参画者予備寮」という。)
に入寮することになる。参画者予備寮は,ヤマギシズム生活の基本を身に付けるために一定期間(おおむね3箇月から
半年程度)寮生活をしてヤマギシズム生活の実際を体験しながら,基本を身に付ける場として,平成3年2月に豊里実顕
地の一角に開設されたものである。参画者予備寮では,新しく参画した者の家族が,家族単位で部屋で起居しながら,
共に生活をする。新参画者は,主に農作業に従事するが,毎日同じ職場に行くのではなく,様々な職場を経験する。
  また,平成5年以降は,参画者予備寮に入寮期間中に参画意思を喪失した者に対しては,参画時に遡って参
画を取り消し,出捐した物的財産をほぼ全額(個々のケースに応じて多少の違いはある。)を返還する扱いとされた。
i 再参画
  被告調正機関からの離脱者も,改めて研鑽学校に入校し,終了すれば,再参画することもできる。
ウ 参画希望者,参画予定者,参画者等の人数
  研鑽学校を終えた時点で参画を希望して本庁の事務所に来た人数(A),実際に誓約書を書いて「参画予定者」
になった人数(B),実際の参画者数(C)は,次のとおりである。
   平成4年 (A)474名,(B)294名,(C)216名
   平成5年 (A)710ないし711名,(B)402ないし403名,(C)268ないし271名
   平成6年 (A)428ないし429名,(B)217ないし218名,(C)127ないし129名
   平成7年 (A)465ないし469名,(B)129ないし133名,(C)86ないし90名
   平成8年 (A)494ないし498名,(B)92ないし96名,(C)49ないし53名
   平成9年 (A)428ないし430名,(B)84ないし86名,(C)60ないし63名
   平成10年(A)215名,(B)54名,(C)45名
   なお,原告らの参画受付日における参画状況は,以下のとおりであった。
  (ア) 原告A1の場合,研鑽学校606期であって,昭和59年10月15日受付であり,その時は,(A)17名(うち中退
が2名),(B)6名,(C)6名(うち実習生が2名)であった。
  (イ) 原告A2の場合,研鑽学校615期であって,昭和60年2月15日受付であり,その時は,(A)16名,(B)1名,
(C)1名であった。
  (ウ) 原告B1の場合,1回目の参画申込みをした(ただし,この時は参画しなかった。)研鑽学校は942期3班であ
って,平成5年5月15日受付であり,その時は,(A)26名(うち中退が1名),(B)10名,(C)5名(うち実習生が1名)であ
った。
    また,2回目の参画申込みをした(この時に参画した。)研鑽学校は1106期3班であって,平成8年1月15日受
付であり,その時は,(A)25名,(B)2名,(C)2名であった。
  (エ) 原告B2の場合,1回目の参画申込みをした(ただし,この時は参画しなかった。)研鑽学校は942期4班であ
って,平成5年5月15日受付であり,その時は,(A)27名,(B)16名,(C)8名(うち実習生が1名)であった。
    また,2回目の参画申込みをした(この時に参画した。)研鑽学校は,1113期2班であって,平成8年2月15日
受付であり,その時は,(A)26名(うち中退が1名),(B)2名,(C)1名であった。
  (オ) 原告C1の場合,研鑽学校720期であって,昭和63年4月30日受付であり,その時は,(A)19名,(B)7名,
(C)7名(うち実習生が2名)であった。
  (カ) 原告D1の場合,研鑽学校898期2班であって,平成4年8月30日受付であり,その時は,(A)21名,(B)6
名,(C)5名であった。
エ 脱退者
  被告調正機関からの脱退者数は,平成5年が47名,平成6年が63名,平成7年が65名,平成8年が41名,平成
9年が61名である。
  脱退者には,当座の生活に必要な資金等が渡されるが,「出資」割合に応じた清算金の返還,受領した金員の払
戻しや返還としての交付は行っていない。ただし,最近では,当該脱退者の状況に照らし,数百万円から数千万円(最も
多いケースで約8000万円)が渡されることもあるが,被告調正機関は,これはあくまで出資の払戻し等ではないとの見解
を堅持している。
  (5) 特講(甲7,9(枝番を含む。),10,35,A7,8,B8,9,C6,D6,乙28,36,42,53,75,77,79ないし82,弁
論の全趣旨)
   ア 特講は,昭和31年1月に開かれて以来,毎月開催されてきており,数万人が参加した。
     特講は,7泊8日の日程で行われ,一生に一度しか参加することができない。1日のカリキュラムとしては,おおむ
ね,早朝起床して,ラジオ体操や心境調正作業(掃除等)をし,午前中に研鑽会があり,昼に1回目の食事,昼寝,午後
に研鑽会,夕方から入浴,2回目の食事,夜に研鑽会,その後就寝(原則として,敷布団1枚に同性の者が2人で寝る。)
というものであるが,参加者数や参加者の議論の方向が一定ではないため,その都度ごとに,時間の長短があったり,ス
ケジュールが異なったりする。研鑽会は,数時間にわたることもあり,深夜あるいは早朝にまで及ぶこともあるが,そのよう
なときは起床時間を遅くしているとされる。
     特講は,事前に,途中参加及び途中退場ができない旨告知されているが,特講参加者の中には,研鑽会から途
中退席する者や特講への参加自体を途中でやめて帰宅する者もいる。また,特講参加者からは,自己申告で所持品を
預かる。
     特講では,世話係や進行係の間で,参加者の性格や研鑽会における態度等の情報を基に,特講の進め方につ
いて綿密な打合せがされる。
     なお,特講のカリキュラムの詳細は前もって知らされたりはしない。また,特講のカリキュラムの中においては,参
画(財産引渡し)が直接勧誘されることはない。
     特講を終えた参加者が実際に参画する割合は,約6パーセント程度であるといわれている。
   イ 特講で行われる研鑽会はいくつかあるが,代表的なものは次の①ないし③のとおりである。いずれも,参加者全
員が車座になり,中心に座る進行係の問いかけにそって,参加者は互いに話し合ったり,あるいは考えたりするものであ
る。そして,参加者が,どのような回答や意見を述べても,進行係は「なぜ腹が立つのですか。」(怒り研鑽会の場合),
「誰のものですか。」(所有研鑽会の場合),「できますか。」(割り切り研鑽会の場合)との問いかけを繰り返し行い,再考な
いし再回答を求める。通常は,最終的には「腹は立たない。」,「誰のものでもない。」,「できる。」との回答をする者が多く
なるが,必ずしも全員がそのような回答をするまで続けられるというわけではない。
     ①「怒り研鑽会」は,進行係が,参加者一人一人に,過去に「腹の立った」事例を出してもらい,それについて進
行係が「なぜ腹が立つのか。」と問いかけるという形で行われる。途中で,参加者同士が班ごとに分かれて,そのときまで
に考えたことについて話し合ったりしながら,再び「なぜ腹が立つのか。」を自問させるものである。
     ②「所有研鑽会」は,進行係が,参加者の持ってきた鞄等を指して,「これは誰のものですか。」と問いかけ,それ
について参加者が考え,考えた結果を発表して,それについてお互いが意見を出し合いながら,さらに考えるというもの
である。
     ③「割り切り研鑽会」は,進行係が,「特講終了後ここに残れますか。」あるいは「仕事やめられますか。」「子育て
やめられますか。」など,通常であれば「できない。」と答えると思われることを問いかけ,参加者が,それが「本当にできな
い。」のかどうかを考えさせるというものである。進行係が大声を出したり,やや威圧的な物言いをすることもある。
     なお,上記のような研鑽会のほか,実顕地へ行って,見学,入浴,食事,参画者との懇談等をするという機会や,
懇親会等も設けられている。
  (6) 研鑽学校(甲17,A7,8,B8,9,C6,D6,乙42,89,107,弁論の全趣旨)
ア 研鑽学校は,14泊15日の日程で行われ,その主なプログラムは,「研鑽会」と農作業等の「研鑽作業」である。
イ 研鑽会
研鑽会は,おおむね,午前中の約3時間ないし4時間,夕食後の約3時間ないし4時間半に,休憩をはさんで行
われる。参加者全員(通常20名ほど)が車座になって座り,研鑽学校世話係も参加者と同列に座って,研鑽学校世話係
の提示したテーマについて,参加者全員で意見を出し合いながら考えるというやり方がとられている。
テーマは,①研鑽態度の研鑽,②真の人間とその生き方,③無我執研鑽,④無所有研鑽,⑤一体観と一体生
活,⑥解放研鑽,⑦愛情研鑽,⑧真の幸福と幸福感,⑨機構と運営・ヤマギシズムによる機構と運営の原則について,⑩
絶対的境地の研鑽・芯が入り底をつく研鑽,⑪公人公器として公意行生活,⑫Z革命とヤマギシズム運動諸機関,⑬ゴー
ルインスタートなどというものであり,④無所有研鑽についての細目としては,「ⅰだれのものでもない,ⅱだれが用いても
よい,ⅲ無報酬,無分配,共活,共用,一体用,ⅳ心物豊満世界」があり,⑥解放研鑽についての細目としては,「持たな
い,放す,脱,無,裸,零位,常識観念,道徳観念,権利義務観念,宗教,信仰,経験,知識,家,親子,兄弟,団体,教
団,学校,師弟,先輩,友人,夫婦等,一切の縛り執われから解放する。」があり,⑨機構と運営・ヤマギシズムによる機構
と運営の原則についての細目としては,「ⅰ私意尊重公意行による運営と行動,ⅱ無階級,長なし,機会均等,専門分
業,一役三人制,自動解任,全員一致,委し合い,研鑽運営,代表制,権利義務なし,監視なし,報賞なし,罪罰なし,
給料なし,対立なし,一体運営,ⅲ自発的,自覚,納得,無妥協,任意,自律,反省,自由意思,服従なし,ⅳ遊休のな
い,無停頓の生活配置,ⅴ真の自由と平等,ⅵヤマギシズム生活調正機関について」がある。
ウ 研鑽作業
研鑽学校では,朝の1時間程度と,午後の3時間ないし4時間程度,農作業や,自分たちの生活のための清掃,
食事準備,洗濯等の作業を行う。
エ マンツーマン
研鑽学校の10日目あるいは11日目には,「マンツーマン」と呼ばれる一日があり,参加者一人一人が被告調正
機関の参画者にマンツーマンで付いて,単位実顕地での作業等を共にする。
オ 最終日
  最終日は朝ないし昼ころに解散となり,参画希望者は,参画説明会に出席するため,本庁事務所のある豊里実
顕地へ行く。
  (7) 被告調正機関に対する贈与税等(乙39,40,74,137(枝番を含む。),155,弁論の全趣旨)
   ア 被告調正機関は,当初,参画者による財産の引渡しや参画者の「給料」等の振込については,贈与税の申告を
しておらず,また,課税当局から贈与税の課税決定を受けたこともなかったが,課税当局は,参画者の被告調正機関へ
の出資について,平成9年9月9日から平成10年4月14日まで,実地調査を実施した。その内容は,全国の実顕地及び
関連法人に対して,国税庁の指揮の下,沖縄を除く11国税局において同時に実施されたというものであり,関係帳票書
類の調査はもとより,実顕地敷地内の関係施設,事務所,個人部屋等の隅々まで点検調査が実施された。参画者に対し
ては,名簿からランダムに指名した者,又は外を通りかかった者に対して詳細な聞き取り調査が行われ,その数は100人
以上であった。
   イ 課税当局は,上記調査の結果,被告調正機関はいわゆる権利能力なき社団であり,また,参画者の意識は,出
資財産の所有権を調正機関に引き渡しているというものであって,①参画時の出資金や,参画後の相続にかかる財産の
出資金を受け入れていることに対しては,相続税法66条2項の適用により,受入金額は,贈与税の課税対象となる,②給
与等の収入から日常生活費を支出した剰余金を出資として受け入れていることに対しては,相続税法66条2項の適用に
より,受入金額は,贈与税の課税対象となると判断して,被告調正機関に対し,平成5年から平成9年までの間の参画者
の出資財産(約200億円)について,約60億円の贈与税を課税するとの決定をした(なお,平成5年分の贈与税は,14
億9819万4000円,平成6年分の贈与税は,11億7406万5700円であった。)。
     他方,被告調正機関は,上記決定は,参画者による引渡し財産や給料等の振込についての課税であるとの認識
の下,別段不服申立手続をとることもなく,これらについて納税した。
   ウ その後も,被告調正機関は,参画者の出資財産を贈与税の対象となるものとして課税当局に申告し(平成10年
においては,37億9000万円の出資があったとされる。),これに対する贈与税を納付している。
  (8) 被告調正機関は,本件と同種の財産返還訴訟につき,東京高等裁判所において,元参画者に対し,1億円の支
払を命ずる仮執行宣言付判決が言い渡された後,実際に同人に対して1億円及びこれに対する遅延損害金(3000万円
弱)を支払った。なお,同事件は,現在元参画者が上告している(乙105,弁論の全趣旨)。
 2 証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告らについて,以下の事実が認められる。
  (1) 原告Aら
   ア 特講及び研鑽学校への参加(甲A7,8,乙A16,17,21,22,原告A1,同A2,弁論の全趣旨)
    (ア) 原告Aらは,ヤマギシの卵と牛乳が健康によいとの噂を耳にし,原告A2が中心となって昭和54年にヤマギシ
の生産物をグループで購入し始めたことからヤマギシに興味を抱いた。
      また,原告Aらは,子らに様々な体験をさせたいと思っていたところ,原告A2が,ヤマギシ会の参画者から,子
をヤマギシズム子供楽園村(以下「楽園村」という。)に参加させるよう勧められたこともあり,昭和56年8月,A3を楽園村
に,A4を太陽の家に参加させることとした。その際,親が特講に参加すると子が優先的に楽園村に参加できるという話が
あったことから,原告A2は,特講に参加することとした。
    (イ) 原告A2は,昭和56年8月1日から同月8日まで,三重県の春日山実顕地の春日山特講会場において開催さ
れた第987回特講に参加した。特講の際には,着替え以外の荷物をすべて預けるように指示を受けた。
      特講の2日目及び3日目に行われた「怒り研鑽会」においては,まず受講者が最近腹が立ったことを出し合い,
世話係がそれに対し,「どうして腹が立つのですか。」と問いかけるという内容であり,係が何度も質問を繰り返し,受講者
が沈黙すると,係が大声を出し,会場に緊迫した空気が流れることもあった。加えて,2日目の「怒り研鑽」は,深夜に及ん
だ。
      また,「所有研鑽会」においては,受講者の所持品を見せて,世話係が「これは誰のものですか。」と問いかけ,
持ち主が「私が買ったのだから私のものです。」と答えると,世話係が「では,それを買ったお金は誰のものですか。」と質
問するというような形で行われ,意見を出し合ううちに,「誰のものでもない。」という答えに収斂した。
      さらに,特講終盤において,「割り切り研鑽会」があり,世話係が「この講習会が終わってもここに残れますか。」
という問いを何度も繰り返した。これに対し,「残れます。」という答が次第に増加していったものの,原告A2は最後まで
「残りたくありません。」と答えた。この時の特講では,200名中10名程度「残れない。」と答えた者がいた。
      なお,原告A2はこの特講の感想文の中で,ヤマギシズムに対する嫌悪感とヤマギシ会の人々に対する好意的
な感情との精神的葛藤を述べる一方で,特講に対しては「特講に来て本当によかったと思いました。」と肯定的な評価を
していたが,研鑽学校の入学予定については,「行きたい気持ちと行きたくない気持ちと半々です。」と述べている。
    (ウ) 原告A2は,特講後もヤマギシの生産物購入を継続し,さらに,地域におけるヤマギシ会の会活動にも積極的
に参加するようになり,その活動に楽しみを感じるようになった。
    (エ) 原告A2は,同原告と同じ特講に参加し,研鑽学校を受講していた者に勧められて,昭和58年3月,春日山
実顕地において開催された第569期研鑽学校に入学した。研鑽学校においては,研鑽会,研鑽作業,マンツーマン等
が行われた。
      原告A2は,研鑽学校における,「真実の生き方」,「ほんもの」等のテーマの研鑽によって,自分や家族の幸福
だけで満足している生き方はいけないことや,子供達の将来のために大人が「全人幸福社会」を作らなければいけないこ
とを感じ,研鑽学校の体験に充実感を覚え,感想文には,「実顕地に参画して一緒にやらせて下さい。」と記載した。
    (オ) 原告A2は,研鑽学校の後,更にヤマギシ会の会活動に没頭するようになり,当時単身赴任していた原告A1
と話が合わず,夫婦喧嘩の際には原告A2が「ヤマギシの人と話す方が楽しい。」と言ったこともあった。
      そのため,原告A1は,特講に行かなければ家族,殊に妻である原告A2と話が合わなくなるのではないかと感
じ,特講へ参加することにした。
    (カ) 原告A1は,昭和58年4月28日から那須実顕地の南那須会場において開催された第1065回特講に参加し
た。
      特講中に実施された「怒り研鑽会」においては,世話係から「腹の立つことはないか。」と問われ,さらに,何度も
「なぜ腹が立つの。」と問われるうちに,「腹は立つものではない。」と感じるようになった。
      また,「所有研鑽会」においては,原告A1所有の時計について,世話係から「これは誰のものですか。」と繰り
返し質問され,世話係の「時計は時計でしょ。」との示唆により,物そのものは,それが存在しているというだけであるという
ことに思い至り,そのような考えが「無所有」であると考え,最終的には,「すべてのものは誰のものでもない。」と答えた。
      特講終盤に実施された「割り切り研鑽会」においては,世話係から何度も「この研鑽会が終わってもここにずっと
残れますか。」と質問され,意を決して「残れます。」と答えた。
      原告A1は,感想文において,特講を終えて心が晴れ晴れしていること,ヤマギシの社会を素晴らしく感じること
などを述べ,ヤマギシに対して肯定的な評価を与えていた。
    (キ) 特講参加後,原告A1は,親しくしていた友人が40代半ばで死亡するという体験もし,今後の自分の人生,価
値観,生きがい等を見つめ直し,家族の将来を考え直す機会を持ちたいと考え,また,原告A2から「結婚して以来一緒
にやってきたという実感がない。このままでは一緒にやっていけない。」と言われたこともあって,研鑽学校に行くことを決
心した。
    (ク) 原告A1は,昭和59年10月1日から春日山実顕地において開催された第606期研鑽学校に入学した。原告
A1は,研鑽学校において,「私意尊重公意行」という考え方に強く共鳴し,また,マンツーマン研鑽において村人の生活
を体験することにより,感性豊かな村人に触れ,自分も心の豊かな人間になりたいと感じるようになった。さらに,マンツー
マンの「送り出し研」の時,何人かの村人から「早く来いよ,一緒にやろう。」と言われたこともあり,原告A1は,ヤマギシへ
の参画に心を惹かれていった。
   イ 参画と財産引渡し(甲A8,9,乙A1(枝番を含む。),原告A1,同A2,争いのない事実)
    (ア) 原告A1は,上記研鑽学校14日目の「ゴールインスタート」研鑽の際,参画を承諾し,翌最終日,本庁におい
て,参画申込書及び誓約書に署名指印し,さらに,出資明細申込書に所有している財産の明細を記入した上,提出し
た。
      研鑽学校終了後,原告A1が,原告A2に電話をかけ,ヤマギシ会に参画申込みをしたことを告げたところ,原
告A2もこれに同意した。
      さらに,原告Aらは,子ら(A3及びA4)に対してもヤマギシ会への参画について説明した。A3は強く抵抗した
が,結局原告Aらが押し切って,家族で参画することとなった。
    (イ) 原告A1は,昭和59年12月10日,F株式会社を退職し,同月29日,豊里実顕地の本庁受付において,担当
者に対し,不動産の権利証,実印,印鑑証明,銀行預金通帳,現金等を渡した。
    (ウ) 原告A1が被告調正機関に対して引き渡した財産は,不動産,有価証券,現金等であり,前記第2の1(3)にお
いて認定した処理を行った後の価額は,3019万9770円であった(その詳細は,原告A2の引渡し財産も含め,別紙8の
とおりである。)。
      なお,この点につき,参画時において原告Aらが被告調正機関に対して引き渡した財産は,必ずしも原告A1
のものと原告A2のものが画然と区別されていたわけではないが,他方,原告A2は,本件における自らの返還財産につ
いては,同原告の父親の相続分約1600万円のみを主張しているのであり,かかる事情にかんがみ,原告Aらについて
は,原告A2についてその引渡し財産は上記相続財産に限定し,その余の引渡し財産については原告A1のものであっ
たとして計算することとする。
   ウ 参画中の生活,脱退及びその後の生活について(甲A3,8,9,乙A2ないし12(枝番を含む。),28ないし30,
35,原告A1,同A2,弁論の全趣旨,争いのない事実)
    (ア) 原告Aらは,春日山実顕地に配置され,原告A1は養鶏部配合係,原告A2は食糧部に配置された。その
後,平成2年1月28日には,A3も被告調正機関に参画申込みをし,さらに,同年7月,原告Aらは,内部川実顕地に配
置され,原告A1は養鶏部,原告A2は生活部に配置された。原告A1は,平成5年には,本庁養鶏部世話係となったが,
これは全国の本部長という立場であり,ヤマギシの養鶏部のいわば「顔」であった。
    (イ) 平成5年2月,原告A2の父親が他界した。原告A2は,父親の遺産について,法定相続分を相続し,その相
続分である1662万9548円を百五銀行の原告A2名義の口座に振り込み,被告調正機関に対して出資した。
      なお,これに対しては,633万0900円の贈与税が課せられ,被告調正機関は,国に対し,この贈与税を納付し
ている。
    (ウ) 原告A1は,平成10年3月,被告法人の組合員となり,同年10月には被告法人の理事になった。その後,原
告Aらは,平成11年7月に豊里実顕地へ,同年12月に一志実顕地へそれぞれ配置換えとなった。
    (エ) 一方,A4は,豊里中学校を卒業してヤマギシズム学園高等部に入っていたが,平成4年2月ころ,原告Aら
の下に帰され,同年11月ころ,村を出て新聞配達店に住み込みをして大学検定試験を受けるための予備校に通い始め
た。A4は,大学検定試験に合格したものの,大学に行くことができず,運送会社に就職して結婚したが,転職を繰り返し
て離婚に至り,サラ金から借金を重ね自殺をほのめかすなど憔悴した生活を送っていた。
    (オ) 原告Aらは,長年のヤマギシ会における生活を通して,ヤマギシの中においては,反対意見が尊重されず,
一部の人間の意向によって動かされているように感じるようになり,ヤマギシが標榜している私意尊重公意行と実態が大
きく乖離していると感じ,また,長男のA4が村を離れた後,上記のとおり生きる意欲を失うに至ったのは,ヤマギシがA4
に対し冷たい扱いをし,A4の意思を抑圧し意欲を失わせて村から追放したことに原因があると考え,ヤマギシに対する失
望感,不信感を強めるとともに,A4の下に駆けつけたいとの思いから脱退を決心し,その旨を被告調正機関の担当者に
伝えた。
      原告Aらは,平成12年7月4日,被告調正機関に対し,ヤマギシ会からの脱退を表明し,年金手帳,国民健康
保険証,印鑑,電話債券,現在使用の生活用品の引渡しに加え,今後1年間の税金及び国民健康保険料並びに新生
活を始める費用として718万円を支払うよう要求した(内訳は,2人分の生活費3箇月分45万円,家賃敷金等6箇月分60
万円,家具等調達資金121万円,今後の生活安定費用4年間分192万円,A4への援助300万円であった。)。
      これに対し,被告調正機関からは,原告A1に対し,同月17日に家賃として50万0462円が,同月21日に150
万円がそれぞれ振り込まれた。さらに,原告A2に対しては,同年8月18日に300万円が振り込まれ,原告A1に対し,同
月22日に国民健康保険料として11万9810円が振り込まれた。
    (カ) 他方,原告Aらは,同年7月20日付けでそれぞれ,「私は,此の度,一身上の都合により,ヤマギシズム生活
調正機関を脱退致しますので,お届け致します。かくなる上は,参画時,および参画中の出資金に関して,参画申込書,
出資明細申込書,誓約書に記載した趣旨に則り,今後一切返還請求や,金銭請求をしないことは勿論,何等の異議も申
し立て致しません。」と記載された本庁に対する脱退届に署名指印して提出した。
    (キ) その後,原告Aらは,子らの将来も考え,さらに400万円を支払うよう,被告調正機関と交渉した。被告調正機
関は,今後一切の金銭請求をしないことを確約するのであれば400万円を支払うと述べ,さらに,その確約を文書の形で
提出することを強く求めた。その結果,原告Aらは,「平成12年11月21日以降,400万円の受領をもって今後金銭の請
求を致しません。」との書面を作成し,これに署名指印することと引き換えに,原告A1は,被告調正機関より400万円を
受領した。
      以上,原告Aらが被告調正機関より受け取った金員等の総額は,原告A1が612万0272円,原告A2が300万
円であった。
    (ク) A3も,平成12年11月4日に,上記(カ)に記載したものと同じ記載のある脱退届を提出して被告調正機関を脱
退した。
    (ケ) 原告A1は,被告調正機関脱退後,造園会社に就職したが,体力的に続行が厳しくなったため,平成13年8
月に知人の紹介により建設会社へ転職した。
      また,原告A2は,弁当屋の職に就いたが,より多くの収入を得るため,掃除の仕事に転職し,なおかつ病院の
給食の仕事と兼職していたが,身体的,精神的な理由から,弁当屋の仕事に戻ることとなった。
  (2) 原告Bら
   ア 特講及び研鑽学校への参加(甲B8,9,乙B1(枝番を含む。),13ないし26(枝番を含む。),50,原告B1,同
B2)
    (ア) 原告Bらは,昭和62年ころ,自宅のアパート前において,ヤマギシの生産物配送車から生産物を購入したと
ころ,販売員から近所の会員宅を紹介され,グループに入って,毎週定期的にヤマギシの生産物を購入するようになっ
た。
      原告Bらは,平成2年3月,上記グループの世話役の会員から,ヤマギシズム学園幼年部を紹介した雑誌を受
け取った。そのころ,原告Bらは,2歳のB3の子育てに悩んでいたため,そのことを上記グループの会員に話したところ,
会員から子育てによいとして特講への参加を勧められ,B3をヤマギシズム学園幼年部へ入部させることなどを考慮し,特
講への参加を決意した。
    (イ)a 原告Bらは,平成2年8月1日から同月8日まで,南那須実顕地において開催された第1384回特講に参加
した。同特講は,受講生89名(男性7名,女性82名),世話係9名の合計98名が,大広間2室で7泊8日を過ごすというも
のであった。また,特講の際には,車のキー,現金,時計,靴等を世話係に預けた。なお,原告B2は,特講の当時,妊娠
5箇月であった。
     b 原告B1は,「怒り研鑽会」において,世話係から,腹の立つ原因は相手にあるのではなく,自分自身の価値観
や考え方にあると指摘され,考え方を変えれば腹の立つことはないと思うようになった。
       また,「所有研鑽会」においては,目の前に自分の鞄を出し,その鞄は本当は誰のものなのかを考えるという
内容の研鑽が実施され,原告B1は,鞄を自分のものだと思っているのは自分の中の所有観念のせいであって,本当は
誰のものでもないと考えるようになり,物に対する執着が薄くなったように感じた。
       なお,原告B1は,この特講の感想文の中で,ヤマギシに対して肯定的な評価を述べながらも,「自分の生活と
の切り離しが(両親,家,宗教,墓等)できず,今の段階では,こういうものがあるということで一呼吸置き,改めて次の機会
でそれらの点について研鑽を受けてみたいと考えます。」と述べ,研鑽学校の入学予定としては,「第2子の誕生(来年1
月末予定)の様子を見て考えたいと思います。」と述べていた。
     c 原告B2は,「怒り研鑽会」において,世話係に深夜に至るまで何度も「なぜ腹が立つのか。」と問いかけられ,
最終的には,腹の立つ原因は自分にあると考えるに至った。
       また,「所有研鑽会」においては,目の前に出された自分の鞄について,世話係から「その鞄は誰のものです
か。」と何度も問いかけられ,参加者が「誰のものでもない。」と答える度に,その参加者の鞄が片付けられていった。原告
B2が「私のものです。」と答えると,世話係から「なぜですか。」と質問され,それに対する回答に窮するうちに,最終的に
は「誰のものでもない。」と考えるようになった。
       さらに,特講終盤において,世話係が「この講習会が終わってもここにずっと残れますか。」と質問したところ,
原告B2は,無所有研鑽で放すと自由で幸せになることができると思い,「残れます。」と答えた。
       なお,原告B2は,この特講の感想文の中で,「主観,思い込み,金,学歴等にしばられていた自分に気づく
事ができ,一応目的(自分を知る)は達成された様に思う。」と肯定的な評価を述べながら,「本当の幸福という事も,すべ
てをすてた人間にしか得られない事がわかったが,村人のようにはなれない自分である。」として,消極的な感想も述べて
いた。また,研鑽学校の入学予定としては,「3年後」と述べていた。
    (ウ) 原告B2は,その後もB3の子育てがうまくいかず,また,親離れができない原告B1や同原告の実家に対して
反発も感じており,さらに,もうすぐ生まれてくる子の子育てについても不安を抱いていたところ,ヤマギシ会の会員から子
育ての方法を会得するために研鑽学校へ入学することを勧められたため,平成2年11月,第816期研鑽学校へ入学す
ることにした(当時妊娠8箇月)。
      原告B2は,この研鑽学校の感想文の中で,「全人幸福をめざして公人公器としてやっていきたい。参画し24時
間していきたい。その為にお父さんを研鑽学校へ送りたい。明日帰宅し,本音で参画したい事を話していく。」などと述べ
ていた。
    (エ) 原告B2は,上記研鑽学校において取り扱われた「人間の真の幸福とは何か」という内容に興味を引かれ,ヤ
マギシに対する関心が高まっていった。また,ヤマギシの各種の活動に勧誘され,参加していくうちに,ヤマギシズム学園
幼年部の良さを耳にし,あこがれるようになり,B3をヤマギシズム学園幼年部に入学させたいと思うようになった。実際,B
3を平成4年4月からほぼ月に1回幼年楽園村に参加させたところ,良い影響がみられたことから,原告B2は,その思いを
一層強くした。
      原告Bらは,同年12月ころ,豊里実顕地において行われたヤマギシズム学園幼年部説明会(1泊2日)に参加
し,そこで自分たちも研鑽学校へ行くと回答した。
      B3は,平成5年4月,ヤマギシズム学園大田原幼年部に入学した。
    (オ)a 同年5月1日から15日までの間,原告B1は豊里実顕地において,原告B2は一志実顕地において,それぞ
れ第942期研鑽学校に入学した。
     b 原告B1は,ヤマギシの考え自体には興味を持ったが,ヤマギシ会に参画をするというところまで踏ん切りがつ
かなかった。しかしながら,研鑽学校最終日に,原告B2から,参画しなければ離婚するとまで言われ,また,妻を不憫に
感じたことから,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書に署名指印したが,原告B1は,自宅に戻った後,職場に退
職届を出すことはできず,また,両親を置いて参画する決心がつかなかったため,この時には結局参画しなかった。ヤマ
ギシが,そのことに関して問題視したり,原告Bらに対し,殊更参画を求めるということもなかった。
     c 原告B2は,ヤマギシ会への参画について非常に積極的な意欲を持つようになり,研鑽学校最終日前日の感
想文においては,「私意尊重公意行の生き方をしたいので,明日ヤマギシズム生活調正機関に参画を請願します。」と述
べていた。実際,研鑽学校最終日には,原告B1に対し,参画しなければ離婚するとまで言い,参画申込書,出資明細申
込書及び誓約書に署名指印した。もっとも,原告B2も,この時には結局参画しなかった。
    (カ) 上記研鑽学校の後,ヤマギシ会への参画について非常に積極的な意欲を持つようになっていた原告B2は,
今まで以上にヤマギシの活動への関与を深めていき,それに伴い原告B1もヤマギシの活動に関与していくようになっ
た。
      原告B1は,平成5年8月1日から同月8日まで開催された第1533回特講に世話係として参加し,「なるべく早い
機会に研鑽学校に行く。」との決意を表明していた。また,原告B2も,同年9月1日から同月8日まで開催された第1540
回特講及び平成6年6月1日から同月8日まで開催された第1577回特講にいずれも世話係として参加した。
    (キ) 原告B1は,平成8年1月1日から同月15日まで開催された第1106期研鑽学校に入学し,私意尊重公意行
の生き方をしていくことを決意し,14日目のゴールインスタート研鑽時に参画の意思を表明し,最終日に本庁で参画申込
書及び誓約書に署名指印したが,身辺整理に当たって気になることとして,母及び弟がヤマギシを嫌っており,母は体が
弱く思いが強いので,原告B1が参画することを知ったらどうなるか不安であると記載した。
      原告B2は,同年2月1日から同月15日まで開催された第1113期研鑽学校に入学し,やはり最終日に本庁で
参画申込書及び誓約書に署名指印した。
   イ 参画と財産引渡し(甲B2,7ないし9,乙B3の1,31,55,原告B1,同B2,弁論の全趣旨)
    (ア) 原告B1は,平成8年3月31日に,勤めていたIを退職し,原告Bらは,同年4月3日に豊里実顕地へ赴き,参
画者予備寮に入った。
    (イ) 原告Bらが参画者予備寮に入寮した2,3日後,本庁受付があり,預金通帳,現金,証券,貴金属等を被告調
正機関の担当者に渡したが,その際,原告B1の預金通帳上,同年3月21日に1000万円が引き出されていたため,世
話係がこのことについて原告B1に説明を求めた。原告B1が,同原告及び同B2の双方の親に対し,510万円ずつ渡し
てきたものである旨説明したところ,原告Bらは参画保留という扱いになり,両親らに渡した金員を取り戻してくるように指
示された。そこで,原告Bらは,両親らから上記の金員の返還を受け,再び参画者予備寮に戻り,その2,3日後に改めて
本庁受付があり,上記の金員も被告調正機関に渡して受付を終了し,正式に参画者となった。
    (ウ) 原告B1が被告調正機関に対して引き渡した財産は,自動車,現金等であり,前記第2の1(3)において認定し
た処理を行った後の価額は,3673万0058円であった。
      また,原告B2が被告調正機関に対して引き渡した財産は,保険解約金467万9303円であった(原告Bらにつ
き,その引渡し財産の詳細は,別紙9のとおりである。)。
      なお,この点につき,参画時において原告Bらが被告調正機関に対して引き渡した財産は,必ずしも原告B1の
ものと原告B2のものが画然と区別されていたわけではなく,加えて,原告B2は,原告Bらの預金について,2人のもので
あったとする趣旨の供述もしているところであるが,他方,原告B2は,本件における自らの返還財産については,保険の
解約返戻金500万円のみを主張しているのであり,かかる事情にかんがみ,原告Bらについては,原告B2についてその
引渡し財産は保険の解約返戻金に限定し,その余の引渡し財産については原告B1のものであったとして計算することと
する。
      さらに,上記の原告Bらの引渡し財産に関し,一括して1687万0400円の贈与税が課され,被告調正機関は,
国に対し,この贈与税を支払っているところ,原告Bらの引渡し財産は,上記のとおり原告B1のものと原告B2のものとに
一応分けられるから,贈与税額については,引渡し財産額に按分して計算することとする。
      その計算を行うと,原告B1の引渡し財産に対して課された贈与税は1496万4026円,原告B2の引渡し財産
に対して課された贈与税は190万6374円となる。
   ウ 参画中の生活,脱退及びその後の生活について(甲B8,9,乙B4ないし6,27,31,52,57,58,60,64,6
6,67,69,70,72,原告B1,同B2,弁論の全趣旨)
    (ア) 原告Bらは,平成8年7月21日まで参画者予備寮において生活し,同日大分山香実顕地へ配置となり,蔬菜
部の担当となった。原告B1は,調正所世話係から福岡供給所への運輸便の仕事も行うように指示され,これもあわせて
行うようになったが,体力的に厳しく疲労困憊する日が続いた。原告Bらは,平成9年6月,豊里実顕地か関東方面の実
顕地への配置換えを提案し,また,原告B1は,教育委員会に勤めていた経験を生かして学園関係の仕事を,原告B2は
助産婦の経験を生かして医療部での仕事を希望していたが,いずれも認められず,同年7月16日には,西海実顕地(長
崎県)へ配置換えとなり,原告B1は養豚部,原告B2は食生活部の配置となった。このような状況の下,原告Bらは,自分
たちの思いが通らないときには,村から出たい,東京に戻ろうと話し合うことがあった。
    (イ) 原告B2は,平成10年4月,養豚部への異動を告げられ受け入れることができないでいたところ,無期研鑽学
校(振出寮)へ入学するように指示され,「何でも受け入れられる人になる。」というテーマで研鑽を受けた後,養豚部への
配置を経て,住居環境部へ配置された。原告B2は,平成11年4月にも無期研鑽学校(振出寮)へ入学して研鑽を受け
た。
ところで,原告Bらの母親らは,原告Bらの参画には反対しており,平成8年4月ころには,ヤマギシ会に対する反
対運動ネットワークのグループと連絡を取り,小学校からの帰り道,B3を実家に連れ帰ることを計画した。また,原告B1
は,ヤマギシ会参画後も母親から頻回に電話があり,金員,菓子,酒等を送られ,同原告が実顕地において隠れて酒を
飲むなどということがあった。
      そこで,原告B1も,平成10年5月,無期研鑽学校へ入学するように指示され,約2箇月間「親を放す」というテ
ーマで研鑽を受け,さらに,平成11年5月にも再度無期研鑽学校へ入学し,1箇月間同様のテーマで研鑽を受けた。そ
して,研鑽学校の世話係からは,親が反対運動にかかわっているので,村を出て地域で活動したらよいと言われるなどし
た。
      平成12年2月には,原告B2は,無我執体得過程研鑽学校(2週間)に入学し,「村を出て原告B1の母のそば
に住んで世話をする。」というテーマで研鑽を行い,原告B1も,同年3月27日からやはり無我執体得過程研鑽学校に入
学し,「村を出て夫婦で東京の親元で暮らす。」というテーマで研鑽を行ったが,その際にも,世話係から村を出て母親の
近くの東京で生活するのがよいと言われた。
    (ウ) 原告Bらは,ヤマギシにおける上記のような体験を通して,ヤマギシでは自由に働き自由に休めると言われて
いたが,実際は重労働の毎日であったこと,自分たちの意見が通らないと感じていたこと,自分たちが世話人や村人から
冷たく扱われていると感じたことなどから,次第にヤマギシ社会が自分たちが当初思い描いていたものとは異なるもので
あると思うようになり,ヤマギシに対し失望感と不信感を抱くようになっていた。
      それでもなお,原告Bらは,実顕地の中でやっていこうと考えていたが,本庁調正機関の世話係から原告B1の
母親がヤマギシに対する反対運動に加わっていることを理由に,村を出て母親の近くの地域に住んだらどうかと言われた
こともあり,このまま実顕地に残ったのでは,精神的苦痛等に耐えられないと考えるに至り,離村することを決意した。
    (エ) そこで,原告B1は,同年6月19日,ヤマギシズム本庁調正機関へ赴き,同月下旬に離村する意思を伝えた。
      原告Bらは,同月26日,離村のための支度金として合計685万円を支払うように要求した(内訳は,家具一式8
7万円,電化製品一式101万円,調理器具及び食器一式24万円,生活雑貨一式72万円,生活準備金(3箇月)90万
円,アパート入居時諸費用45万円,車購入代250万円,子供学校費用一式16万円であった。なお,同月29日に,家具
代を87万円から75万円へと減額し,合計673万円の支払要求へと下方修正した。)。
      これに対し,被告調正機関からは,同月28日ころ,原告Bらが参画時に持ち込んだ結婚指輪と貴金属類がす
べて返還されたほか,同月30日の交渉の結果,原告Bらに対しては,300万円と自動車が渡されることになった(上記の
うち,300万円については,後記(カ)のとおり,45万円と255万円に分けて支払われた。)。
    (オ) 原告Bらは,同年7月2日,「私達は,本日ヤマギシズム社会西海実顕地を出発して,地域で暮らします。」と
記した書面を被告調正機関に提出し,離村した。
    (カ) 被告調正機関は,原告B1に対し,同月2日には,現金45万円を手渡し,同月5日には,255万円を送金し,
同月24日には,上記自動車の任意保険料として18万円を送金し,同年8月28日には,同年9月分の生活費として30万
円を送金し,同年9月11日には,国民健康保険料として12万6300円を送金し,同月20日には,上記自動車の車検代
及び修理代として40万円を送金した。
      以上原告B1が被告調正機関から受け取った金員等の合計は,400万6300円及び自動車であった。
    (キ) その後,原告B1は,S専門校を卒業し,平成13年4月にハローワークの紹介でTに就職した。
      また,原告B2は,平成12年8月1日より,いわゆる老人病院において看護師として勤務している。
      また,原告Bらは,現在,子であるB3及びB4と共に,家族4人で暮らしている。
  (3) 原告C1
   ア 特講及び研鑽学校への参加(甲C6,乙C1(枝番を含む。),12ないし16,原告C1,弁論の全趣旨)
    (ア) 原告C1は,昭和60年11月ころ,近隣の住人から,ヤマギシの生産物のグループ購入を勧められ,ヤマギシ
の生産物の購入を始めた。原告C1は,有機農法による農業に興味を持っていたので,ヤマギシのような農業共同体に関
心を持った。
      C3は,昭和61年8月,別海楽園村(北海道)へ行き,妻C2は,同年12月27日から南那須実顕地において開
催された第1203回特講に参加した。C2は,特講への参加後,ヤマギシの活動に積極的に参加するようになった。さら
に,昭和62年3月には,C3が学生特講に参加した。
    (イ) 原告C1も,ヤマギシに関心を抱いていたことから,同年4月29日から南那須実顕地において開催された第1
222回特講に参加した。
      原告C1は,「怒り研鑽会」において,どんな時にも腹が立たない人間になったという感覚を覚え,「所有研鑽会」
においては,世話係の「鞄は誰のものですか。」という繰り返しての問いに対し,当初その意味するところを理解できなか
ったが,他の参加者が「誰のものでもない。」と答えて次々と楽な表情になっていくのを見て,最終的には「鞄は誰のもの
でもない。鞄は鞄である。所有していると思っているのは自分の考えである。」という考え方を持つに至った。さらに,「割り
切り研鑽会」においては,比較的あっさりと「残れます。」と答えた。
      なお,原告C1は,この特講の感想文の中で,研鑽学校への入学予定につき,「15日間の休暇をとることが苦も
なくスッと自発的に心から湧き出て来た時に入学します。」と述べていた。
    (ウ) 原告C1は,特講において,自分は腹の立たない人間になったと思ったはずであるのに,実社会に戻ると腹が
立ってしまうことから,その落差を埋めたいと考え,今まで以上にヤマギシの活動に積極的に参加するようになった。
      同年11月には,C2が東部実顕地において開催された第702期研鑽学校に入学し,「参画を今後のめざす生
き方としてやって行きたい。」と述べるに至った。
      さらに,昭和63年4月には,C3がヤマギシズム学園高等部に入学したこともあり,原告C1自身も,同月16日か
ら同月30日まで開催された第720期研鑽学校に入学した。
      原告C1は,上記研鑽学校に入学した結果,全人幸福社会を実現するために実顕地に参画したいという希望を
持つに至り,最終日には,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書に署名指印した。
   イ 参画と財産引渡し(甲C6,乙C3の2,弁論の全趣旨)
    (ア) 原告C1は,家族と共に,昭和63年5月29日,ヤマギシ会に参画した。
    (イ) 原告C1が被告調正機関に対して引き渡した財産は,不動産,現金等であり,前記第2の1(3)において認定し
た処理を行った後の価額は,3243万5692円であった(その詳細は,別紙10のとおりである。)。
      なお,上記の引渡し財産に対しては,6万9300円の贈与税が課され,被告調正機関は,国に対し,その贈与
税を支払った。
   ウ 参画中の生活,脱退及びその後の生活について(甲C6,乙C4,7,8,19,22,原告C1,争いのない事実)
    (ア) 原告C1は,豊里実顕地の建設部に配置された。
      昭和63年6月,C3が倉庫の屋根を葺く作業中に屋根から落下して両腕を骨折するという事故があった。原告C
1は,未成年であるC3に高所の作業をさせたことや当初外科医のいない村の診療所でC3の手当を行ったことに憤りを感
じた。
      原告C1は,同年7月,乳牛部へ配置換えになった。
      その後,原告C1は,平成2年4月,東京案内所に配置され,子育て講座や研鑽会を実施して特講や子供楽園
村へ勧誘を行う拡大の仕事や地域の会員の活動のバックアップを行い,さらに,平成3年2月,新しくできた横浜案内所
に異動し,その仕事を行うことになった。
      原告C1は,平成4年1月,春日山実顕地に配置換えとなり,養牛部に配置された。さらに,同年6月,堺供給所
に配置換えとなり,平成5年6月には多摩実顕地に配置換えとなって厚木供給所の開設準備に携わり,同年8月に厚木
供給所が開設すると,その仕事を行うことになった。その後,春日山実顕地,豊里実顕地を経て,平成8年8月には原告
C1自身の希望もあって那須実顕地に配置換えとなり,南那須農場養豚部に配置された。
    (イ) 原告C1に対しては,その参画中,別紙11のとおりの給与が給与台帳上支払われていることになっていた。
    (ウ) C3は,平成6年,別海実顕地で酒を飲んでいることを村人から叱責され,ヤマギシから離村することを決意
し,当時生活していた別海実顕地から東京へ出て,友達の家に居候をし,アルバイトをして生活していた。また,C4は,
ヤマギシズム学園高等部から長期家庭研鑽で原告C1の下に戻ってきた後,同年12月に学園高等部を辞めて研修生と
してヤマギシのパン工場に勤めていたが,その後村を出て夜間学校に通うようになった。
    (エ) 原告C1は,子供を理想の社会の中で育てたいと思って参画したが,ヤマギシにおいて子供らが大切にされ
ていないと思うようになり,健太郎やC4が村を出たこともあって目標を失ったと感じるとともに,ヤマギシには長はいない,
腹は立たない,農薬や抗生剤を使用しない農業を行う,人間の尊厳,基本的人権が尊重され,村人が本当に自由な生
活を楽しんでいるなどと自らヤマギシを理想化していたが,村で生活することにより現実は一部の者が実権を握り,その思
惑どおりに事が運ばないと怒りだし,村人や子供の尊厳は全く守られていない状況にあるとの思いを強くし,ヤマギシの
理想と実態の落差に失望感を深めるに至り,ヤマギシの現実から目を背けてヤマギシの中で生活していくことに耐えられ
なくなり,脱退を決意した。
    (オ) 原告C1は,まずC2を村から友人宅に行かせた後,平成8年11月30日,ヤマギシに対し,C2は既に離村し
たこと,自分も脱退する意思であることを伝えた。その後,原告C1と被告調正機関のメンバーとの間で何度か話し合いが
持たれ,原告C1は脱退を引き留められるなどしたが,結局,脱退することとなった。
      原告C1は,脱退の際,被告調正機関に対し,当初各種生活用品,当面の生活費500万円に加え,今までヤマ
ギシの村で労働して得た所得から必要経費を差し引いた額として5820万円の支払を要求していたが,その後,当面の
生活費と生活用品代として合計1000万円の要求へと下方修正し,その要求に対する被告調正機関の回答次第によっ
ては,上記の労働対価の点は再検討すると告げた。結局,被告調正機関から原告C1に対し,同年12月12日に100万
円,平成9年1月7日に30万円の計130万円が支払われた。
    (カ) 脱退後,原告C1及びC2は,東京都板橋区内のマンションにおいて管理人として働き,平成10年8月には,
高齢者住宅のスタッフに転職した。
      現在,C2は,甲状腺がんの治療を続けている。
  (4) 原告D1
   ア 特講及び研鑽学校への参加(甲D6,乙D10ないし14,原告D1,弁論の全趣旨)
    (ア) 原告D1は,平成元年ころ,妻D2が近所に来るヤマギシの生産物移動販売車からヤマギシの生産物を購入
するようになったことをきっかけにヤマギシを知った。D2は,同年7月,移動販売車の販売員から子供にとって良いと勧め
られて,長女D3を豊里実顕地の子供楽園村に参加させるとともに,長男D4を太陽の家に預けて,第1332回特講に参
加した。
      原告D1は,当初ヤマギシに対しては関心を持っていなかったが,D2から,上記楽園村の最終日前日に子供ら
の発表があるので来てほしいと頼まれたため,豊里実顕地へ赴き,「楽園村交流会」と称される発表会を見学した。
      その後,原告D1は,同年12月,D2からヤマギシ会の会員宅で開催されるクリスマスパーティに誘われ出席し
たところ,会員らから特講への参加を強く勧められ,また,D2からも「子育てのことなどを同じ土俵で考えたい。」として特
講への参加を嘆願された。さらに,D2から,正月に子供を楽園村に参加させたい,そのために原告D1も一緒に来てほし
いと改めて頼まれたことから,原告D1は,特講に参加することとした。
    (イ) 原告D1は,平成元年12月末から那須実顕地において開催された第1335回特講に参加した。特講の際に
は,財布,時計,車のキー等をすべて預けるよう指示があった。原告D1は,この指示にむしろ好奇心を覚えていた。
      特講においては,「ヤマギシズム社会の実態」と題するテキスト(ヤマギシズムの提唱者である故山岸巳代蔵の
描いた理想社会を著したもの)を用いた講習会が開かれ,原告D1は,そこに描かれた理想郷への憧れを持つようになっ
ていった。
      また,特講の2日目ころには,「怒り研鑽会」があった。これは,参画者各自が腹の立った体験を思い浮かべ,世
話係が「なぜ腹が立つのですか。」と,時に威圧的な口調で,ひたすら問いかけるという内容であった。参加者の何人か
が「腹は立ちません。」と答え,ホッとした表情になったのを見て,原告D1も,あまり深くは考えず,「腹は立ちません。」と
答えたところ,解放感を感じた。
      4日目ころには,「所有研鑽会」があった。これは,参加者各自の持ち物を前にして,世話係が「これは誰のもの
ですか。」と,時に威圧的な口調で,何度も問いかけるというものであった。参加者の意見は「誰のものでもない。」という答
えに収斂し,原告D1も,そのように答えれば世話係の追及を免れると理解し,「誰のものでもありません。」と答えた。
      6日目には「村人訪問」があり,その後に「割り切り研鑽会」があった。これは,世話係が「ここに残れますか。」と
何度も問いかけるというものであった。当初,原告D1は,自分自身がヤマギシの村にこのまま残ることはできないと思い,
「残れません。」と答えていたが,何度も問いつめられるので,最終的には「残れます。」と答えた。
      なお,原告D1は,この特講の感想文において,「特講を受けて,本当の自分,本当の生き方を考えることがで
き,また考える方法を見つけることができて,今は幸福な気持ちです。」,「自分には大きな収かくだったと思います。」など
と特講に肯定的な評価を述べ,研鑽学校の入学予定については,「研鑽学校に入学する前に,もっと簡単なところから取
り組もうと考えています。…3年以内には是非入学してみたいですね。」と回答していた。
    (ウ) その後,原告D1は,家族ぐるみでヤマギシ会の会活動に没頭していくようになり,ヤマギシ会のイベントや楽
園村にスタッフとして参加し,平成2年の秋には,ヤマギシ会の東京案内所において,原告D1を含む4,5名の会員で,
実顕地の農法やライフスタイルを環境汚染問題の解決策のモデルであるとしてその実態を広報する運動(「地球村運
動」)を開始したが,その母体は,東京案内所に置かれ,「地球村実行委員会」と称していた。豊里実顕地においては,そ
れまで学園生の成果発表の場である「文化祭」を催していたが,地球村運動との連動により,「ヤマギシズム顕示博覧会」
と名称を変え,より広範囲に見学者を集めるようになった。原告D1は,地球村運動の発起人の一人であり,その広報誌
「地球村通信」の編集担当として,ヤマギシズム顕示博覧会の終了後も,広報活動を継続した。
      その後も,原告D1は,村人のライフスタイルに憧れを感じてヤマギシの活動にますます傾倒するとともに,ヤマ
ギシにおいて発言力のあるのは,研鑽学校生になってからであると感じたことから,今後ヤマギシの活動においてより大き
なやりがいを求めるためには,研鑽学校に入学する必要があると痛感するようになっていった。
    (エ) そこで,原告D1は,平成3年3月16日から同月30日まで,三重県伊賀町の東部実顕地において開催された
第830期研鑽学校に入学した。
      原告D1は,研鑽学校に入学し,ヤマギシズムに肯定的な感想を持ったものの,参画するためには今までの仕
事,身辺等を整理してもう一度研鑽学校に入学するとして,今回は参画の提案を出さずに,今まで以上に地域における
会活動を積極的に推進したいとの意思を表明した。
    (オ) その後,原告D1は,平成3年8月,三重県の大安会場において開催された特講に世話係として参加し,さら
に,上記(ウ)に記載した「地球村運動」にもより一層力を入れるようになり,生活の中におけるヤマギシの比重はますます
高まっていった。
      そして,原告D1は,平成4年3月には,D3をヤマギシズム学園初等部4年生に,D4をヤマギシズム学園幼年
部にそれぞれ入学させた。
    (カ) そのうちに,原告D1は,学園に子どもを預けている親が参画をしなければ,真の親になることを放棄している
かのようにみられるのではないかと感じ,また,ヤマギシ会に参画しないと決断力のない優柔不断な大人の烙印を押され
るようにも感じたことから,参画への決意を強め,平成4年8月16日から同月30日まで豊里実顕地において開催された第
898期研鑽学校に入学した。
      研鑽学校14日目のゴールインスタート研鑽において,原告D1は,参画の決意を表明し,最終日には,本庁に
おいて,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書に署名指印した。
   イ 参画と財産引渡し(甲D6,乙15,D3,弁論の全趣旨)
    (ア) 原告D1は,参画申込後の平成4年8月31日,当時勤務していた株式会社Rに辞表を提出した。
      原告D1は,同年11月27日,豊里実顕地に家財を送るため,荷物をトラックに積み終わったころ,D2の実家か
らD2の父親が他界したとの連絡が入ったため,葬儀を終えた同月30日に,豊里実顕地の参画者予備寮に入寮し,D2
も,同年12月7日,参画者予備寮に入寮した。
    (イ) 同月8日,本庁受付があり,原告D1は,被告調正機関の世話係に預金通帳,実印等を渡した。
    (ウ) 原告D1が,被告調正機関に対して引き渡した財産は,自動車,現金等合計895万6185円であった(その詳
細は,別紙12のとおりである。)。
      なお,上記の引渡し財産に対し,129万7100円の贈与税が課され,被告調正機関は,国に対し,その贈与税
を支払っている。
   ウ 参画中の生活,脱退及びその後の生活について(甲D6,乙D5,6,16,原告D1)
    (ア) 原告D1は,平成5年2月11日,妻D2と共に,ヤマギシ会本部へ配置され(なお,ヤマギシ会本部とは,全国
のヤマギシ会会員の管理とヤマギシズム運動拡大の拠点であるとされる。),同月13日,ヤマギシズム世界実顕中央試験
場に移動した。
      原告D1は,ヤマギシ会本部において,ヤマギシ会の機関誌「けんさん」の編集,発行と各種ヤマギシ会運動の
ための資料やチラシの作成,若者の参画者を対象とする「社会人研鑽会」の主催,各地の研鑽会や実顕地におけるイベ
ントの企画等に従事し,ヤマギシの広報活動等に相当程度寄与するとともに,特講の世話係として参加するなどしてい
た。
    (イ) 原告D1に対しては,その参画中,別紙13のとおりの給与が給与台帳上支払われていることになっていた。
    (ウ) 原告D1は,ヤマギシ会本部における上記のような活動や特講への世話係としての参加を通して,ヤマギシに
おいても一般社会と変わらない上下関係があり,不満を持つ参画者も多いこと,異なる意見を封じ込め反論や批判等に
対し耳を貸さない排他的な態度があることなどを感じ,ヤマギシの全体主義的な体制を感じて不安になるとともに,ヤマギ
シが当時目標としていた実顕地の拡大は困難であり,いずれ破綻すると考え始めるようになり,さらに,結婚適齢期といわ
れるような年齢の女性が調正結婚と称して40代の男性と結婚させられるという事例も経験して,子供のためにも,ヤマギ
シを脱退した方がよいと考えるようになったが,D2も同意見であった。
    (エ) そこで,原告D1は,平成6年7月1日,元勤務先である株式会社Rの取引先であった株式会社Uの社長と面
接し,同社に採用してもらうことを決めた。
      そして,原告D1は,同月18日,被告調正機関に対し,ヤマギシ会からの脱退の意向を伝えた。被告調正機関
は,原告D1を慰留したが,結局,原告D1の脱退の決心は変わらなかった。
    (オ) 原告D1は,脱退の際,生活準備金及び当面の生活費として100万円と,ヤマギシ参画中の所得税,国民年
金掛金,国民健康保険料,住民税等の相当額の支払を要求した。
      これに対し,被告調正機関からは,40万円が支払われた。
      その後,被告調正機関からは,原告D1に対し,同年9月2日には平成6年度の住民税分として5万3000円が,
平成7年10月2日には平成7年度の住民税分として9万1700円がそれぞれ支払われた。
      以上,原告D1が被告調正機関より受け取った金員等の総額は,54万4700円であった。
    (カ) 原告D1は,平成6年7月22日,D3とD4を中央試験場に呼び寄せ,翌日,一家で実顕地を出発し,実家の
ある石川県へ帰った。
    (キ) 原告D1は,単身東京に出て,同年8月1日より,採用が決まっていた株式会社Uにおいて勤務し,平成9年3
月1日,株式会社Vから誘いを受けて転職し,現在に至っている。
    (ク) 原告D1は,平成7年3月からは,妻D2と子D3及びD4の4人で,川崎市のアパートにおいて暮らしている。
 3 以上の事実を前提として,各争点について判断する。
  (1) 争点(1)(被告らによる原告らに対する参画の勧誘が不法行為(契約締結上の過失を含む。)を構成するか)につ
いて
   ア 勧誘の目的について
     ヤマギシズムは,「無所有共用一体」の理想社会の実現を目的とし,そのために,「一体」,「無所有」及び「無我
執」を基本理念としており,被告調正機関は,そのようなヤマギシズムを実践しようとする人々からなる権利能力なき社団
であるところ,ヤマギシズムの上記の基本理念は,これに賛同する者が賛同している者ら同士の間で実践する限りにおい
ては,特に公序良俗に反するとまでいうことはできない。したがって,ヤマギシズムへの理解を求め,これに賛同し,かつ,
全財産の出捐を含めて実践をするよう働きかけること(参画を勧誘すること)は,その目的のゆえに社会的相当性を欠くも
のであるということはできず,特講及び研鑽学校への勧誘についても,仮にそれが参画の勧誘を目的としたとしても,その
目的のゆえに社会的相当性を欠くということもできない。
   イ 勧誘の手段について
    (ア) 原告らが特講や研鑽学校に参加した経緯等は上記2において認定したとおりであり,被告調正機関の担当
者が特講や研鑽学校の参加を強要したり,原告らにこれらに参加する以外に選択の余地がないという状態に追い込むほ
ど執拗な勧誘があったりしたような事実は認められず,特講や研鑽学校への勧誘行為自体が社会的相当性を欠くもので
あったということはできない。
   (イ) 原告らは,「特講・研鑽学校においてはマインドコントロールの手法を駆使しており,社会的に許容されない。」
旨主張するところ,前記1(5)において認定したとおり,特講においては,世話係や進行係の間で,参加者の性格や研鑽
会における態度等の情報を基に,特講の進め方について綿密な打合せがされ,研鑽会では,進行係が大声を出したり,
やや威圧的な物言いをすることもあり,また,参加者がどのような回答ないし意見を述べても進行係が同じような問いを繰
り返して参加者に再考と再回答を求め,それが数時間にわたって,ときには深夜さらには早朝にまで及ぶこともあること,
特講において研鑽のテーマとなる「無所有」や「無我執」などといったヤマギシにおいて基本理念とされている概念は,一
般社会人がそれまで身に付けていた観念とは異なることなどの事情にかんがみると,原告らを含め,上記のような思考方
法に不慣れな者にとっては,特講においてある程度の緊張や不安感を覚え,また,周囲の参加者の多くが一定の回答に
達したときには自分独りが取り残されたかのような心理的な負担を感じたこともあったものとは推認することができる。
     しかしながら,前記1(5)及び2に認定した事実並びに弁論の全趣旨によれば,特講の目的はヤマギシズムを理
解してもらうことにもあり,原告らは,特講のカリキュラムの詳細については知らされていなかったものの,少なくとも,特講
はヤマギシが開催するものであること,合宿形態であり,通常は途中で帰ったり,外出したりすることは性質上予定されて
いない講習会であることを理解した上で参加したものと認められる。そして,実際の特講の会場も人里離れた場所とは認
められない(本件において原告らが実際に参画した会場がどのような場所にあるかについては,証拠上必ずしも明らかで
ないが(甲7によるも,地理的な位置関係は明白でない。),人里離れた場所であって,およそ自力での帰宅が不可能で
あると認めるに足りる証拠はない。)。
     また,講習会を運営する側において,参加者の性格や講習会における態度等の情報に応じた働きかけをしたり
することは,講習会を効果的に運営する手段として,それ自体は不相当なものとまではいえず,研鑽会における進行係の
態度も,「割り切り研鑽会」において,原告A2を含む10名程度が最後まで「残れます。」と言わないままであったこと(前記
2(1)ア(イ))からもうかがえるように,必ずしも参加者全員が一定の回答を表明するまで続けられるというわけでもなかった
こと,世話係は参加者のヒントとなるようなことを述べることはあるが,直接的に一定の回答を示して誘導するわけではない
こと(乙D16,原告D1)などからすると,特講の進め方が一定の回答を強要するというものであったとは認められない。
     そして,そもそも原告らの参加した特講のカリキュラムの中では,参画や全財産の出捐を直接勧誘するようなこと
はされていないから,特講で感じた心理的負担等が,原告らの冷静な判断力を失わせ,直ちにその参画を招来したもの
ということはできない。前記1(5)アにおいて認定したとおり,特講を終えた参加者が実際に参画する割合は,約6パーセン
ト程度であるといわれており,さらに,前記2に認定したところによれば,①原告A1については,特講に参加してから研鑽
学校に入学するまでには約1年5箇月の間隔が空いていること,②原告A2については,特講の感想文において,研鑽学
校の入学予定について「行きたい気持ちと行きたくない気持ちと半々です。」と述べ,実際,特講に参加してから研鑽学
校に入学するまでには約1年7箇月の間隔が空いていること,③原告B1については,特講の感想文において,研鑽学校
の入学予定については,第2子の誕生の様子を見て考えたいなどとして,明確な決意を表明せず,実際,特講に参加し
てから研鑽学校に入学するまでには2年9箇月の間隔が空いていること,④原告B2については,特講の感想文におい
て,「本当の幸福という事も,すべてをすてた人間にしか得られないことがわかったが,村人のようにはなれない自分であ
る。」としてヤマギシの活動へ本格的にかかわることについて若干消極的な気持ちを述べていたこと(なお,原告B2は特
講の3箇月後に研鑽学校に入学している。),⑤原告C1については,特講の感想文において,研鑽学校の入学予定に
ついて,「15日間の休暇をとることが苦もなくスッと自発的に心から湧き出て来た時に入学します。」と述べ,必ずしも直ち
に入学したいとの意思を表明していたわけではなく,実際,特講に参加してから研鑽学校に入学するまでには約1年の間
隔が空いていること,⑥原告D1については,特講の感想文において,研鑽学校の入学予定について,「研鑽学校に入
学する前に,もっと簡単なところから取り組もうと考えています…3年以内には是非入学してみたいですね。」と比較的冷
静な回答をし,実際,特講に参加してから研鑽学校に入学するまでには約1年2箇月の間隔が空いていることなどの事実
が認められるところ,とりわけ各原告とも特講への参加から研鑽学校への入学までは短い者で3箇月,長い者では2年9
箇月もの間隔が空いており,仮に,特講において,上記のような非日常的な一面を持つカリキュラムによって相当程度高
揚した気分になり,あるいは,ヤマギシの魅力的と感じられる側面が殊更に強調されてそれに対する憧憬の念が深まった
としても,その後,特講を終えて一般の社会に戻り,分別のある大人として原告らなりに冷静な自律的判断をするために
は,十分な期間が存在したと認めるべきであるから(特講の「熱」は3週間程度で冷めてしまうとの指摘も存在する(甲2
6)),特講における上記のカリキュラムが,原告らの自律的な判断を損ない,その結果,原告らの参画を招来したものとい
うことはできない。
     以上によれば,特講のカリキュラムが社会的相当性を欠く違法なものであるとはいえない。
  (ウ) 研鑽学校についても,特講より期間は長いものの,研鑽会の進め方等については,特講の参加によりある程
度予期できること,農作業等の研鑽作業が特に不当なものとも認められないことなどに加え,前記1(4)ウにおいて認定し
たとおり,研鑽学校の参加者が最終的に参画者となる割合は2割から5割程度にとどまっており,原告らが参加した研鑽
学校においてもおおむね同様であった(あるいはそれよりも少なく,1割に満たないこともあった。)こと,さらに,前記2に
認定したとおり,原告A2は,1回目の研鑽学校においては参画申込みをせず,約1年10箇月後に再度研鑽学校に入学
の上で参画申込みをしたこと,原告B1は,1回目の研鑽学校において参画申込みをしたものの,実際の参画に踏み切る
ことができず,2年8箇月後に再度研鑽学校に入学の上で参画申込みをしたこと,原告B2は,1回目の研鑽学校におい
ては参画申込みをせず,2年6箇月後に再度研鑽学校に入学し,参画申込みをしたものの,参画をせず,さらに2年9箇
月後に三たび研鑽学校に入学の上で参画申込みをしたこと,原告D1は,1回目の研鑽学校においては参画申込みをせ
ず,約1年5箇月後に再度研鑽学校に入学の上で参画申込みをしたことなどの事実からすれば,原告らは,研鑽学校に
おいてヤマギシズムにより深く触れたことを機縁としつつも,最終的には自律的な自己決定を行い,所有していた全財産
を引き渡した上で被告調正機関へ参画するということを自己の責任において決断したものというほかはない。
    したがって,研鑽学校についても,特講と同様,そのカリキュラムが社会的相当性を欠く違法なものであるという
ことはできない。
   ウ 勧誘の結果について
     被告調正機関への参画に際しては,全財産の引渡しが必要とされているが,参画者が自ら全財産の引渡しを決
めて参画に至り,参画後(参画中)の生活に要するものは被告調正機関によって用意されており,ヤマギシズムに賛同し
てヤマギシズム生活をすることを希望する者に対し,そのことを前提に全財産を被告調正機関に出捐させることも,それ
自体をもって社会的相当性を欠くものということはできない。同様に,実顕地内で働いている参画者に「給料」が現実には
交付されていないことについても,参画者は物財のみならず人財をもヤマギシに提供することを決めて参画し,参画者の
生活に要するものは被告調正機関によって用意されていることからして,社会的相当性を欠くものということはできない。
また,参画者に対しては,自由に脱退することが認められ,前記1(4)エにおいて認定したとおり,実際にも1年当たり数十
人という相当数の参画者が脱退しており,被告調正機関への参画により不当に個人の自由が奪われるものともいえない。
   エ インフォームドコンセントの欠如について
     被告調正機関は,ある程度組織化され,各種世話係等が担当の事項について決定をしているが,原告らの主張
するような絶対的な指導者や幹部がいるとまでは認めるに足りる証拠はなく,また,「研鑽の一致点が必ず見いだされ
る。」,「個人の提案が必ず受け容れられる。」,「参画さえすれば直ちに腹の立たない人間になる。」などといった断定的
な説明が行われたともいまだ認められない。
     被告調正機関担当者が,原告らの参画に当たり,「被告調正機関からの脱退者も相当数いる。」と告げたことはな
いが,殊更秘匿したわけでもなく,脱退者が相当数いることを告げなかったことが社会的相当性を欠くものということはで
きない。また,被告らは,脱退者あるいは特講参加者に心理状態が不安定な者がいたり,自殺した者がいたことを特に告
げていないが,そのような者がいたとしても,その原因は必ずしも明らかではなく,そのような者の割合が社会全体の統計
数値と比較して有意な相違があることや,被告らにおいてそうした事実(の有無)を認識していたことを認めるに足りる証拠
はなく,上記のような者がいることを告げなかったことも社会的相当性を欠くものということはできない。
     さらに,原告らは,被告調正機関担当者から財産引渡しがヤマギシの贈与であるとの説明は一切なかったと主張
するが,原告らは,「権利主張・返還要求等,一切申しません。」との誓約書に署名するなどしており,後述のとおり,参画
に際しての財産引渡し等によって,それまで所有していた財産はすべて自分のものではなくなり,以後その財産について
何ら権利を有しなくなるとの認識を有し,被告調正機関から脱退しても,引き渡した財産の返還を受けることはできないと
認識していたものというべきであって,原告らの主張は採用できない。
   オ 詐欺の主張について
     被告調正機関は,脱退者に対し,当面の生活費等を渡すことがあるが,出捐された財産を返還していなかったと
ころ,そうしたことは一般的にも,また,参画者にとっても認識していた事項であったのであり(後記(2)に認定するとおりで
ある。),特講や研鑽学校受講者に,被告調正機関から脱退した際には出捐した財産を返還するかのような説明をし,そ
の旨誤信させた上で,参画させたとする原告らの主張は,何らの客観的証拠の裏付けもなく,失当といわざるを得ない
し,本件全証拠によるも,被告調正機関において,原告らから全財産を騙し取る意図があったと認めることもできない。
   カ 契約締結上の過失について
     前記1及び2において認定した事実並びに上記アないしオにおいて判示したところに照らせば,被告らの担当者
に,参画契約前の不実の告知,重要事項の不告知を前提とする「契約締結上の過失」があるとは到底認められない。
   キ 小括
     以上によれば,被告調正機関の担当者の,原告らに対する特講及び研鑽学校への勧誘行為,ヤマギシへの参
画・全財産持込み勧誘行為が不法行為(契約締結上の過失を含む。)に該当する旨の原告らの主張は採用できない。
  (2) 争点(2)(信託財産返還請求権,預託金返還請求権の有無)について
   ア 持込財産について
    (ア) 原告らの意識
     a 前記1及び2並びに第2の1において認定した事実によれば,原告らは,いずれも,実顕地(ヤマギシの村)に
おいて,「無所有共用一体」の生活(ヤマギシズム生活)をする(村人になる)ために参画したものと認めることができ,原告
らは,「無所有」とは,すべてのものは誰のものでもなく,万人の利用に供されるべきものであるということであり,「無所有
生活」とは,すべてのものは誰のものでもないから,必要に応じて,誰でもが対価なく利用できる生活であり,そこに暮らす
者の生活に一切の対価は不要である生活のことであるということを,特講や研鑽学校における研鑽会等や実顕地での生
活の見学,体験等を通しての説明,参画申込説明会における説明により十分理解していたものと認められる。そして,原
告らは,無所有生活をするためには,所有意識を無所有意識に変えて,これを実体に表すこと,具体的には,参画に際
しては,全財産を被告調正機関に引き渡すことが必要とされていることも十分理解した上で,財産を被告調正機関に引き
渡して,参画したものと認められる。
      また,原告らが参画に際して被告調正機関に提出した出資明細申込書の「終生ヤマギシズム生活を希望しま
すので,下記の通りいっさいの人財・雑財を出資いたします。」,誓約書の「最も正しくヤマギシズム生活を営むため,本
調正機関に参画致します。ついては,左記物件,有形,無形財,及び権益の一切を,権利書,証書,添附の上,ヤマギ
シズム生活実顕地調正機関に無条件委任致します。」及び「しかる上は,権利主張・返還要求等,一切申しません。」との
記載は,被告調正機関に引き渡した(出資した)財産については返還を請求することができなくなるという趣旨の文面であ
ると解さざるを得ない。
      実際,原告らのうち,参画中に自己の出資財産の管理,運用等について関心を持つなどして被告調正機関
に対して何らかの問い合わせをした者がいた形跡はない。なお,原告B1及び同B2は,原告B1が脱退時に出資財産の
返還を求めた旨陳述する(甲B8,9)が,そのことを裏付ける客観的証拠はなく,仮にそのような事実があったとしても,そ
れは4年を超える参画期間を経てヤマギシから脱退することを決意した後の行動であるから,参画時の原告Bらの認識を
判断する際に影響する事実ではない。
    b 以上によれば,原告らは,参画時において,参画とそれに伴う被告調正機関への財産の引渡しにより,それま
で所有していた財産はすべて自分の物でなくなり,以後その財産について何ら権利を有しなくなるとの認識を有し,被告
調正機関から脱退しても,引き渡した財産の返還を受けることはできないと認識していたものと認めるのが相当である。
    c なお,原告らはこの点に関し,いわゆる3点セットの文書は「決意表明」であって拘束力のある文書に署名指印
したという意識はなく,出資財産については,被告調正機関に対し,「お任せしますという感じ」(原告A1),「単に財産の
管理を任すというだけ」(原告B1),「管理を任せた」(原告B2),「財産預けたという感じ」(原告C1),「管理をとりあえず
お任せするというふうな認識」(原告D1)などと供述しているが,既に上記bにおいて判示したとおり,原告らが,参画時に
おいて,被告調正機関への参画及び財産引渡しによって,出資財産について何ら権利を有さなくなり,被告調正機関か
ら脱退しても返還を受けることはできないと認識していたことは疑いがなく,原告らの上記供述は,いずれも,本件訴訟提
起後における立場から,参画当時の認識を都合良く解釈して述べているものにすぎず,信用することができない。
    (イ) 被告調正機関の認識
      原告らが参画に持ち込んだ財産についての被告調正機関の処理は,前記第2の1(3)のとおりであり,また,被
告調正機関は,前記1(4)エにおいて認定したとおり,参画者から受け取った財産については,持分権や返還義務を観念
することはできないとの立場を堅持し,従来,被告調正機関からの脱退者に対しては,脱退後の当座の生活に必要な資
金等を交付したりはしているが,出資割合に応じた清算金の返還,参画者から受領した金員の払戻しや返還としての交
付は行っていなかった。最近では,当該脱退者の状況に照らし,数百万円から数千万円を渡すこともあるが,「返還」とい
った名目で渡しているわけではない。したがって,被告調正機関としても,参画者から引き渡された財産を当該参画者の
ために運用したり,将来当該参画者に返還することは想定していなかったと認めるのが相当である。
    (ウ) 持込財産の使途
      前記1及び2並びに第2の1において認定した事実によれば,参画者が参画の際被告調正機関に持ち込んだ
財産については,原則的には農事組合法人等への出資や貸付けに充てられ,農事組合法人等における農地購入,宿
舎等の建物建設,生産手段の購入等に用いられるほか,未売却不動産の管理費及び固定資産税,ローンの返済,不動
産売却所得に対しての税金等に充てられていた。そして,原告ら参画者は,持込財産について上記のような詳細な使途
は認識していなかったものの,これが自らのためだけに使われるのではなく,他の構成員のためにも共用され,さらには,
被告調正機関の活動のためにも使用されることを承知の上で全財産を出資したものと認められる。
    (エ) 結論
     以上によれば,原告らが参画に際して持ち込んだ財産については,原告ら及び被告調正機関のいずれもが将
来原告らに返還されるものであることを予定しておらず,また,被告調正機関は各原告ら個人のために財産を保管ないし
運用することを想定していなかったものであり,そうだとすると,当該財産については,原告らが被告調正機関に信託した
とみることはできない。同様に原告らが被告調正機関に預託したものとみることもできない。
     また,原告らが被告法人に信託したとも,預託したとも認められない。
      むしろ,原告らの持込財産は,原告らが被告調正機関の構成員になるに当たり,被告調正機関の目的とする事
業の用に供されるべきものとして被告調正機関に引き渡されたものであり,その法的性質は,被告調正機関に対する一
種の出資とみるのが相当である。そして,その出資(以下「本件出資」という。)は,参画申込書とは別に出資明細申込書
によりされているが,前記の参画の趣旨にかんがみれば,被告調正機関への参画と一体のものとしてされたものであっ
て,参画の一内容となるものであり,参画契約の要素となっていたというべきである。
   イ 給与余剰金について(原告C1及び原告D1について)
    (ア) 原告らの意識
      前記1(3)ウ,第2の1(2)イにおいて認定したとおり,①農事組合法人等において働く参画者には給料が支払わ
れている形になってはいるものの,実際には給料は被告調正機関が管理する口座に振り込まれていること,②ヤマギシ
の運営の原則として,「報酬なし・分配なし」等があること,③原告らは,実顕地においてヤマギシズム生活をすることは,
物を持たない状態(無所有)で生活することであることを理解して参画したものであり,なおかつ,給料を得るために参画
したわけではないこと,④出資明細申込書には「人財」を出資する旨明記されていること,⑤給料額の決定方法は実際の
労働量等と牽連性を有していないこと,⑥参画者の中には被告調正機関本庁において働く者など,そもそも給料の支払
対象者となっていない者が存在していること,⑦職場が変わる際にも給料の有無及び額等について参画者が特に関心を
払った形跡がなく,また,参画中に原告らが給料の支払を明確に要求した形跡も認められないこと(原告C1が労働の対
価の返還について触れているものの,これも参画中の給料相当額の支払を求める明確な意思表示とまではいえないこと
は前記1(3)ウ(カ)において認定したとおりである。)などの事実が存在し,これに上記アにおいて説示したところを総合す
れば,原告らを含め,参画者は,実顕地で働いても,給料は支給されないとの意識であり,仮に形式上給料が支払われ
たことになっていても,参画に当たって無所有状態となった以上,自分には権利がないと考えていたものと認めるべきで
ある。
    (イ) 被告調正機関の認識
      前記1(3)ウにおいて認定したとおり,被告調正機関は,参画時の「人財」の出資により,参画後の参画者の労働
の成果はどのようなものであれ被告調正機関に帰属するのは当然のことであるとの立場に立っており,また,農事組合法
人から振り込まれた給料は参画者の生活費等に当てており,持込財産と同様,脱退者に返還するなどしておらず,被告
調正機関としても,給料を当該参画者のために運用したり,将来当該参画者に返還することは想定していなかったと認め
られる。
    (ウ) 結論
      以上のとおり,農事組合法人等から原告らの「給料」名下に被告調正機関の管理する預金口座に振り込まれた
金員については,原告ら及び被告調正機関のいずれもが将来原告らに返還されることを予定していなかったし,被告調
正機関は各原告ら個人のために上記金員を保管ないし運用することを想定していなかったものであり,そうだとすると,当
該金員については,原告らが被告調正機関に信託したとみることはできない。同様に預託したものとみることもできない。
     また,原告らが被告法人に信託したとも,預託したとも認められない。
      原告らの被告法人への労働等の提供は,原告らが被告調正機関の構成員として行ったものであり,その法的
性質は,引渡し財産と同じく,被告調正機関に対する一種の出資(本件出資)とみられる。そして,その出資は,被告調正
機関への参画と一体のもので参画の一内容となるものであり,本件参画契約の要素であるといい得る。
   ウ したがって,原告らの請求のうち被告調正機関又は被告法人との間に信託設定契約若しくは消費寄託契約が成
立したことを前提とする返還請求は,その余について判断するまでもなく,理由がない。
  (3) 争点(3)(参画契約の解除に基づく原状回復請求権の有無)について
   ア 前記1(1)(2)(3)(4)において認定したとおり,ヤマギシズムの目的とするところは,「無所有共用一体」の理想社会
の実現にあり,その基本理念は,「一体」,「無所有」,「無我執」であって,これらの一体理念に即した「一体生活」,無所
有理念に即した「無所有生活」及び無我執概念に即した「研鑽生活」の総体を意味する「ヤマギシズム生活」を志す人々
がヤマギシズム社会実顕地に集まり,共同して生活を営んでいる。また,「研鑽生活」とは,生活のすべての事項を研鑽に
よって決める生活であり,「私意尊重公意行」の原則に基づき運営されている。さらに,参画者は,ヤマギシズムのこのよう
な理念及び活動に共鳴し,それを実践するために被告調正機関に参画するものである。
     そうすると,参画者と被告調正機関との間において締結される参画契約は,参画者が,以上のようなヤマギシズム
生活を実顕地において送るために,被告調正機関の構成員の一員として加入することを目的としてされるものであって,
組合契約に類似する性質を有しているという側面もあり,被告調正機関において,参画契約に基づき各参画者に対して
負担する義務は,上記のようなヤマギシズム生活を送る場を提供するといった義務にとどまり,したがって,その債務の不
履行及びそれに基づく契約解除という事態も,例えば,被告調正機関が参画者との参画契約に基づき財産の引渡しを
受けたのに,参画者に対し実顕地で生活することを認めないなどのごく例外的な場合を除いて認められないものというべ
きである。
     原告らは,被告調正機関が,原告に対し,「ゆりかごの前から墓場の後,子々孫々まで一切の生活は保護,保証
される」,「無階級,長なし」,「機会均等」,「規則なし,監視なし」,「対立なし」,「服従なし」などの各事項を保障すること
が,本件参画契約における被告調正機関の債務の本旨の最も主要な部分であるにもかかわらず,これらが履行されてい
ない旨主張するが,上記のような各事項はいずれも抽象的な理念をいうものにすぎず,その債務の不履行という事態が
観念し難いことに加え,本件全証拠によるも,本件参画契約の解除を可能とするような債務の不履行は,原告らが縷々主
張するところを含め,これをいまだ認めることができない。
     したがって,原告らの,本件参画契約の債務不履行解除に基づく原状回復請求の主張は,失当である。
   イ さらに,原告らの被告調正機関からの各脱退時に本件参画契約が終了したと考えても,それにより,直ちに参画
契約の終了に基づき,原状回復請求権が発生するものでもない。
     すなわち,前記(2)において判示したとおり,原告らから被告調正機関に対する財産の出捐や被告法人への労働
等の提供は,本件参画契約に基づく被告調正機関への一種の出資と解すべきところ,出資であれば,脱退によりその原
因となった法律関係が終了した場合には,通常,出資持分の払戻しなど出資額に応じた何らかの清算がされるものであ
る(民法681条,商法541条,89条,147条,農業協同組合法23条,73条等参照)が,本件参画契約においては,出資
の多寡が構成員としての地位に何ら影響を与えるものではなく,構成員はすべて平等の地位を取得するとされ(弁論の
全趣旨),原告ら参画者は,参画の際持ち込んだ財産が自らのためだけに使われるのではなく,他の構成員のためにも
共用され,さらには,被告調正機関の活動のためにも使用されることを承知の上で全財産を出資したものであること(前
記(2)ア(ウ)),これに「無所有」となることがヤマギシズムの基本理念の一つであることをも勘案すると,本件参画契約にお
いては,参画者は,被告調正機関に出資することによって,被告調正機関の財産に対して出資額に応じた持分を取得す
ることはなく,参画者が被告調正機関から脱退したとしても,それによって出資額に応じた持分の払戻しを請求する権利
を有しないとされているものと解される。その意味では,被告らの主張するように,本件参画契約上の出資は「返還義務の
ない出資」ということができるが,このような契約もこれを当然に無効とまではいうことはできない。
     したがって,本件参画契約が終了したことを理由に,原状回復を求める旨の原告らの主張も採用できない。
   ウ ただし,被告調正機関を脱退し,参画契約が終了した者に対し,その者が出資した財産が全く返還されなくても
よいかどうかという点は,別論であり,その点は,後記(4)において判示するとおりである。
  (4) 争点(4)(不当利得返還請求権の有無)について
   ア 本件参画契約の公序良俗違反
    (ア) 前記(3)において既に判示したとおり,原告らから被告調正機関に対する財産の出捐や被告法人への労働等
の提供は,「返還義務のない出資」ということができるが,このような契約もこれを当然に公序良俗に反し無効とまではいう
ことはできない。
    (イ) 原告らは,①参画時に書かされる誓約書には,「身・命」を無条件委任する旨の記載もあるが,個人の身体・
生命を「無条件に委任」させる契約は,公序良俗に反することは明らかである,②被告調正機関は,参画時にすべての財
産を持ち込ませ,離村後に返還しないし,また,参画中の労働に対して対価を支払わないが,これは,憲法18条の「奴隷
的拘束,苦役」そのものである,③ヤマギシの村の中では,ヤマギシズム以外の思想や宗教を持った場合,迫害の対象と
なり,村を追われるが,そこでは「思想及び良心の自由」(憲法19条)や「信教の自由」(同法20条)は保障されていない,
④離村者へ持込財産を返さず,労働の対価も支払わないというのは,生存権(同法25条)の侵害である,また,1枚の紙
切れによる財産収奪は財産権不可侵(同法29条)に違反する,⑤ヤマギシによる子供の「虐待」(二食の強制,父母と子
との分離,個別研鑽と称する個室への強制収容と登校禁止,進学や就職の自由の抑圧等)は,子供の人権への明らか
な侵害であり,子供の教育権を踏みにじるものであるなどの理由を挙げて,本件参画契約は,公序良俗に反する旨主張
する。
      確かに,誓約書には,「身・命・知・能・力・技・実験資料の一切」を無条件委任する旨の記載もあるが,ヤマギシ
会の理念及び運営原則,誓約書の内容からして,この記載は,研鑽による公意により行動し,労働力や技能等を含むす
べての財産を被告調正機関に提供する趣旨であると解され,被告調正機関において,原告ら参画者に対し,生命及び
身体に対する危害を加えることを許容する趣旨ではないと解される。
      また,被告調正機関は,参画者から参画時にすべての財産を引き渡させ,離村後にはこれらを返還せず,ま
た,参画中の労働に対して対価を支払わないが,ヤマギシズムは,「無所有共用一体社会」の理想社会の実現を目的と
し,そのために「無所有」及び「無我執」を基本理念としており,参画者がこの基本理念に賛同しこれを実践する目的をも
って被告調正機関と参画契約を締結し,財産を引き渡しているものであること,ヤマギシからの脱退も制限されておらず
自由であるとされていることからすると,被告調正機関を脱退した者に対して同人が出資した財産が全く返還されなくてよ
いかどうかの点は別とすれば,このことが,憲法18条の「奴隷的拘束,苦役」には当たるとは解されないし,参画契約自体
が憲法25条,29条に反するものでもないと解される(被告調正機関を脱退した者に対して同人が出資した財産が全く返
還されなくてよいかどうかの点は後記エに判示するとおりである。)。
      ヤマギシの村の中で,ヤマギシズム以外の思想や宗教を持った場合に,迫害の対象となったり,村を追われた
りしたことを認めるに足りる証拠はない。
      ヤマギシによる子供の「虐待」については,これを認めるに足りる的確な証拠はない。1日2食の強制(なお,こ
れは,現在では1日3食体制がとられている。),父母と子との分離が違法な虐待に当たるとまでは認め難い。個別研鑽と
称する個室への強制収容と登校禁止,進学ないし就職の自由の抑圧等についても,その具体的な状況は明らかではな
い。確かに,証拠(甲36)によれば,ヤマギシにおける生活について,不満を持ち,離脱を希望する子供が一定数存在す
ることがうかがわれ,ヤマギシにおける生活が子供にとって真に望ましいものであるか否かについては,なお疑問を差し
挟む余地もあり得るが,一方で,上記証拠において,ヤマギシにおける生活を肯定的に評価する回答を寄せている子供
もまた一定数存在しており,少なくとも本件証拠上,いまだヤマギシにおいて子供の虐待が存在するとの事実を認定する
ことはできない。
      したがって,原告らの上記主張は,被告調正機関を脱退した者に対して同人が出資した財産が全く返還されな
くてよいかどうかの点を除き,採用できない。
   イ 詐欺及び錯誤
     原告らは,被告調正機関の担当者は,原告らを欺罔して全財産(参画後の給料を含む。)を被告調正機関に交
付させる参画契約(返還義務のない出資契約)を締結させたもので,これは,詐欺による意思表示であるとか,参画契約
(返還義務のない出資契約)により被告調正機関に所有権が移転したとすると,原告らはその旨の意識を有していなかっ
たのであるから,意思表示の内容の重要な部分に錯誤があると主張するが,上記(1)(2)において判示したように,原告ら
は財産を被告調正機関に引き渡すに当たり,これによって当該財産が自分の所有でなくなることは認識していたものであ
り,原告らに錯誤があったとは認めることはできないし,そのことにつき被告調正機関に欺罔行為があったとも認められな
いから,原告らの上記主張は採用できない。
   ウ 信義則違反
     原告らは,原告らが脱会した理由は,入会勧誘において標榜していたことと実態が乖離していたこと,被告調正
機関における不実の告知及び重要情報の不開示,特講及び研鑽学校における心理操作等社会的相当性を欠く非違行
為がヤマギシにのみ存在したためであり,この事情の下で,被告調正機関が脱会者である原告らに対し,財産(参画後の
給料を含む。)を返還しないのは信義則に反して許されないと主張するが,上記(1)に判示したとおり,原告らの特講,研
鑽学校への参加,参画と続く一連の過程への被告調正機関担当者の関与について,社会的相当性を欠く違法な行為が
あったとは認められないから,原告らの上記主張もまた採用できない。
   エ 不返還約定の公序良俗違反
     しかしながら,被告調正機関に参画する者は,全財産を被告調正機関に「出資」することが必要とされる一方,参
画して被告調正機関の構成員となった場合には,以後生活に要する一切を被告調正機関によって支給されることになっ
ており,これにヤマギシズムの目的及び基本理念を併せ考慮すると,被告調正機関に参画する者は,参画の時点におい
ては,ヤマギシズムの基本理念に賛同し,終生被告調正機関の下でヤマギシズム生活を送ることを前提として,自らのた
めだけに使われるのではなく,他の構成員のためにも共用され,さらには,被告調正機関の活動のためにも使用されるこ
とを承知の上で全財産を出資したものということができる。したがって,原告らがヤマギシズムを実践してヤマギシズム生
活を送る意思を喪失して被告調正機関を脱退する場合には,原告らが被告調正機関に対し出資を行った上記前提が失
われることになり,また,被告調正機関において原告らの出資した財産がそのままあるいは形を変えて残存しているにも
かかわらず,何らの清算もしないでそのすべてを保有し続けることができるとする実質的理由も失われることになる。
     また,被告調正機関への参画者は,誓約書には「返還要求等,一切申しません。」旨記載されてはいるものの,
「出資」をした時点では,終生ヤマギシズム生活を希望し,被告調正機関から脱退することがあり得ることまでは,深くは考
えていない場合が多いと推測される。なぜならば,特講や研鑽学校によってヤマギシズムの内容を理解し,これに賛同し
た者のみが被告調正機関によって参画を認められるところ,参画希望者がヤマギシズムに疑問を抱き,被告調正機関か
ら脱退することがあり得ると考えていたら参画を認められなかったからである。そして,前記の出資明細書や誓約書にも,
脱退する場合を明らかに想定した記載はない。
     さらに,「無所有」及び「無我執」というヤマギシズムの基本理念は,これに疑問を抱く者にまで押しつけることはで
きないものであるところ,被告調正機関からの脱退の自由が認められているといっても,参画時にそれまで所有していた
全財産を被告調正機関に出資して無所有となった上,参画後(参画中)の労働までもが出資の対象となっている参画者
にしてみれば,ヤマギシズムに疑問を抱いて被告調正機関から脱退しようとしても,全く財産が返還されないのであれ
ば,文字どおり無一文で被告調正機関から出て行かなければならず,かくては,被告調正機関から脱退することが事実
上著しく困難となり,なおかつ制約されることになるものといわなければならない。したがって,本件参画契約についても,
それが被告調正機関から脱退しても参画時に出資した財産や参画後に出資した財産等について全く返還請求をするこ
とができない趣旨のものであるとすれば,ヤマギシズムを実践する意思を喪失し,被告調正機関を脱退しようとする原告ら
に脱退することを断念させ,ヤマギシ会の「無所有共用一体生活」を事実上強制することにもなりかねない。さらに,実顕
地における「無所有共用一体生活」が全人格的な思想実践の場であることをも併せ考慮するならば,そのような事態は,
思想及び良心の自由を保障している憲法19条及び結社の自由を保障している憲法21条の趣旨にもとる結果になるとも
いえる。
     これらの諸点を総合考慮すると,本件参画契約のうち,原告らが被告調正機関を脱退する場合にいかなる事情
があっても原告らの出資した財産を一切返還しないとする部分(以下「不返還約定」という。)は,「一切」返還しないとする
点において,公序良俗に反するものといわなければならない。しかし,前記のとおり,原告らの出資した財産は自らのため
だけに使われるのではなく,他の構成員のためにも共用され,さらには,被告調正機関の活動のためにも使用されること
を承知の上で出資されたものというべきであり,この出資自体を社会的相当性を欠くものということはできないから,不返
還約定全体が当然に全部公序良俗に反して無効であるとか,出資された財産から原告らのために使用され又は既に原
告らに返還された金額ないし財産を除いた残り全部を返還すべきであり,そうしなければ公序良俗に反するとまではいう
ことができない。そして,不返還約定がどの範囲で公序良俗に反するとされ,それゆえ被告調正機関が原告らに対してど
の限度で財産を返還すべきかは,上記の諸点からの考慮に加え,出資した財産の価額,被告調正機関に参画していた
期間,参画時の状況及び脱退の経緯,参画中,脱退時ないし脱退後に原告らが受けた利益の有無や程度,原告らの家
族状況,年齢及び稼働能力等の具体的事情を併せ考慮して,慎重に判断する必要がある。
     なお,被告調正機関が原告らに対して返還すべき財産の限度を算定するについての当裁判所の具体的見解を
敷衍ないし補足して説明すれば,以下のとおりである。
     すなわち,まず,出資した財産の価額は,被告調正機関における利得の基礎として,不当利得返還請求権の上
限を画する(なお,この出資財産につき被告調正機関が納付した贈与税相当額については,被告調正機関に利得がな
いと考えるべきであり,この点は,後記カにおいて判示する。)。次に,上記において判示したように,参画者の出資財産
は参画者自身,他の構成員及び被告調正機関の活動等のために使われることにかんがみ,被告調正機関への参画期
間が長くなれば,返還すべき財産もそれに対応して減少するものというべきである。このようにして上記の2要素(出資財
産額及び参画期間)を中心に据え,返還すべき財産の概算額(比率)を定めた上で,参画時の状況及び脱退の経緯,参
画者の家族状況,年齢及び稼働能力等の参画者における個別事情といった具体的事情を総合的に勘案して上記概算
額を調整し,さらに,既に参画中,脱退時ないし脱退後に参画者が受けた利益の有無や程度,とりわけ脱退時ないし脱
退後に参画者が被告調正機関より支払を受けた財産上の給付については,事実上財産の返還に準ずるものとしてこれ
を上記概算額より差し引き,個別の財産返還額を算出すべきものと考える。
   オ もっとも,原告らの労働による被告調正機関の利益については,次のように考えるべきである。
     前記1(3)において認定した,①被告調正機関においては,参画者の日々の生活費には産業経済活動により上
げた収益をこれに当てる必要があったところ,被告調正機関自身には権利能力がないことから,産業経済活動の法的主
体として農事組合法人等が設立されたこと,②被告調正機関自身は産業経済活動をしていないこと,③全参画者の日々
の生活費は,農事組合法人等から振り込まれた「給料」等をもって充てていること,④「給料」額の決定方法が実際の労働
量等と牽連性を持たないものであること,⑤原告らを含めた参画者の農事組合法人等における労働は,「報酬なし,分配
なし」等のヤマギシの運営の原則の下,「無所有共用一体」のヤマギシズムの生活を実践する中でされたものであり,原
告らを含めた参画者は「人財」を出資し,「タダ働き」であることを承知の上で,働き始めたことなどの事実を総合すると,農
事組合法人等と原告ら参画者との間には雇用契約はないが,それにもかかわらず農事組合法人等が被告調正機関の管
理する預金口座に金員を給料として振り込んでいるのは,労働基準法の関係で当該参画者に対する給料が支払われた
という形を整える必要があったためであること,この給料の振込みの扱いは,農事組合法人等の上げた収益を被告調正
機関に移転させるための会計処理にすぎないことが認められる。
そうであるとすれば,そもそも参画者は,参画契約に伴う人財の出資により,自らの労働に対して対価を得ることを
あらかじめ放棄しており,参画者の労働により農事組合法人等が上げた収益を被告調正機関が取得しているのは,その
結果であるといえる。すなわち,被告調正機関が取得したこの利得については,もとより参画者に何らかの権利が発生す
るものとはされておらず,あるいは,結果として不返還約定の対象に含まれていると解される。
     そして,①上記労働は,参画後,実顕地において無所有共用一体のヤマギシズム生活を送る中,「タダ働き」で
あることを承知の上でされたものであり,参画前に少なくともその原因が既に形成されていた財産を参画に際して出資す
るのとは質的に異なること,②被告調正機関の上記利得は,全参画者の日々の生活費に当てられていること,③脱退後
の労働力ないし労働の対価は再び当該脱退者に帰属することになることなどの事情を考慮すれば,被告調正機関の上
記利得(これから当該参画者個人及びその家族のみの生活費相当額を控除したもの)については,これを被告調正機関
からの脱退時に考慮しないこととしても,ごく例外的な場合を除き,被告調正機関から脱退することが著しく制約されること
になるとはいい難い。すなわち,参画契約に伴う人財の出資により,自らの労働に対して対価を得ることをあらかじめ放棄
するという趣旨の約定に関しては,実顕地における重労働により参画者の労働能力が喪失ないし著しく低下したなどのご
く例外的な場合を除いては,公序良俗に反しないものというべきである。
   カまた,被告調正機関は,原告らから受けた出資につき課税当局から課税処分を受け,その後贈与税を納付して
いるが,この納税分相当額については,被告調正機関に利得ないし現存利益がないと考えられるから,この点も考慮す
るべきである。
     なぜならば,本件参画契約に不返還約定が存する以上,少なくとも被告調正機関が悪意の受益者であるとはい
えず,さらに,課税当局の課税処分が,違法であるか否かはともかくとして,少なくとも重大かつ明白な瑕疵があるために
無効であるとまでは到底いえないから,被告調正機関としては,当該課税処分に対しては,納税をするのが相当かつ合
理的であり,その納税分相当額については,原告らの出資に伴い当然に発生した負担として,被告調正機関に利得ない
し現存利益がないものと解されるからである。
   キ 以上を踏まえて,被告調正機関が各原告らに対して負う不当利得返還責任の有無及び具体的金額について検
討する。
    (ア)a 原告A1については,前記第2の1(争いのない事実等)及び前記2(1)において認定した諸事情,特に,出
資した財産の額は約3020万円に上ること及び被告調正機関に参画していた期間は約15年8箇月と長期間に及んでい
ることにかんがみると,おおむね上記出資額の4割程度の返還が妥当であり,さらに,参画期間中,原告A1はヤマギシの
養鶏における全国の本部長として重要な役割を果たしていたこと,脱退時に約610万円の支払を受けていることなどをも
総合考慮すると,原告A1の脱退に当たり,上記支払済みの約610万円のほかに,更に600万円を返還させるのが相当
であり,本件参画契約中の不返還約定部分はこの600万円を返還しないとする限度で公序良俗に反するものとして無効
とするのが相当である。
       したがって,被告調正機関は,原告A1に対して,600万円を返還すべきである。
       なお,遅延損害金については,前記カにおいて認定したとおり,被告調正機関が悪意であったと認めるに足り
る証拠はないから(過失を悪意と同視すべきであるとの原告らの主張は,採用の限りではない。),本件訴状送達の日の
翌日である平成13年11月2日からの限度でこれを認める。
     b 原告A2については,前記第2の1(争いのない事実等)及び前記2(1)において認定した諸事情,特に,出資
した財産の額は約1660万円に上ること,被告調正機関は,贈与税の課税処分を受けて,原告A2から取得した財産に対
する平成6年分の贈与税として633万0900円を納税したこと及び被告調正機関に参画していた期間は約15年8箇月と
長期間に及んでいることにかんがみると,おおむね上記出資額から贈与税納付額を差し引いた額について4割程度の返
還が妥当であり,さらに,脱退時に300万円の支払を受けていることなどをも総合考慮すると,原告A2の脱退に当たり,
上記支払済みの300万円のほかに,更に100万円を返還させるのが相当であり,本件参画契約中の不返還約定部分は
この100万円を返還しないとする限度で公序良俗に反するものとして無効とするのが相当である。
       したがって,被告調正機関は,原告A2に対して,100万円を返還すべきである。
       なお,遅延損害金については,上記aにおいて判示したように,本件訴状送達の日の翌日である平成13年1
1月2日からの限度でこれを認める。
    (イ)a 原告B1については,前記第2の1(争いのない事実等)及び前記2(2)において認定した諸事情,特に,出資
した財産の額は約3670万円に上ること,被告調正機関は,贈与税の課税処分を受けて,原告B1から取得した財産相当
額に対する平成8年分の贈与税として,約1500万円を納税したこと,被告調正機関に参画していた期間は約4年3箇月
と比較的短いことにかんがみると,上記出資額から贈与税納付額を差し引いた額について,5割程度の返還が一応妥当
であるところ,さらに,原告B1が被告調正機関を脱退するに至ったのは原告B1の母親がヤマギシに対する反対運動に
加わっていることを理由に,本庁調正機関の世話係から村を出て母親の近くの地域に住んだらどうかと言われたことも少
なからず影響していることなどをも考慮し,加えて,脱退時に約400万円の支払及び自動車1台の引渡しを受けているこ
とから,原告B1の脱退に当たり,上記支払済みの約400万円及び引渡し済みの自動車1台のほかに,更に850万円を
返還させるのが相当であり,本件参画契約中の不返還約定部分はこの850万円を返還しないとする限度で公序良俗に
反するものとして無効とするのが相当である。
       したがって,被告調正機関は,原告B1に対して,850万円を返還すべきである。
       なお,遅延損害金については,既に判示しているように,本件訴状送達の日の翌日である平成13年11月2
日からの限度でこれを認める。
     b 原告B2については,前記第2の1(争いのない事実等)及び前記2(2)において認定した諸事情,特に,出資し
た財産の額は約470万円であること,被告調正機関は,贈与税の課税処分を受けて,原告B2から取得した財産相当額
に対する平成8年分の贈与税として,約190万円を納税したこと及び被告調正機関に参画していた期間は約4年3箇月と
比較的短いことにかんがみると,上記出資額から贈与税納付額を差し引いた額について,5割程度の返還が一応妥当で
あるところ,さらに,原告B2が被告調正機関を脱退するに至ったのは原告B1の母親がヤマギシに対する反対運動に加
わっていることを理由に,本庁調正機関の世話係から村を出て母親の近くの地域に住んだらどうかと言われたことも少な
からず影響していることなどをも考慮すると,原告B2の脱退に当たり,170万円を返還させるのが相当であり,本件参画
契約中の不返還約定部分はこの170万円を返還しないとする限度で公序良俗に反するものとして無効とするのが相当で
ある。
       したがって,被告調正機関は,原告B2に対して,170万円を返還すべきである。
       なお,遅延損害金については,既に判示しているように,本件訴状送達の日の翌日である平成13年11月2
日からの限度でこれを認める。
    (ウ) 原告C1については,前記第2の1(争いのない事実等)及び前記2(3)において認定した諸事情,特に,出資
した財産の額は約3240万円に上ること,被告調正機関は,贈与税の課税処分を受けて,原告C1から取得した財産に対
する平成6年分の贈与税として6万9300円を納税したこと,被告調正機関に参画していた期間は約8年6箇月と比較的
長いことにかんがみると,上記出資額から贈与税納付額を差し引いた額について4割5分程度の返還が一応妥当である
ところ,さらに,原告C1は高齢ではあるものの,現在のところ高齢者住宅のスタッフとして稼働していること,原告C1への
参画中の労働に対する対価の不返還については前記オにおいて判示した無効にすべき「ごく例外的な場合」に当たると
は認め難いこと,他方原告C1には,甲状腺がんと闘病中の妻がいることなどをも総合考慮し,加えて,脱退時に130万
円の支払を受けていることから,原告C1の脱退に当たり,上記支払済みの130万円のほかに,更に1500万円を返還さ
せるのが相当であり,本件参画契約中の不返還約定部分はこの1500万円を返還しないとする限度で公序良俗に反する
ものとして無効とするのが相当である。
      したがって,被告調正機関は,原告C1に対して,1500万円を返還すべきである。
      なお,遅延損害金については,既に判示しているように,本件訴状送達の日の翌日である平成13年11月2日
からの限度でこれを認める。
    (エ) 原告D1については,前記第2の1(争いのない事実等)及び前記2(4)において認定した諸事情,特に,出資
した財産の額は約900万円であること,被告調正機関は,贈与税の課税処分を受けて,原告D1から取得した財産に対
する平成5年分の贈与税として129万7100円を納税したこと,被告調正機関に参画していた期間は約1年7箇月と短い
ことにかんがみると,おおむね上記出資額の6割程度の返還が妥当であり,さらに,原告D1がヤマギシの組織拡大にお
いて果たした役割は小さくなかったこと,現在未成年ないし成年して間もない子2名と共に家族4名で生活していること,
原告D1はいまだ壮年であって,現在印刷会社において勤務していること,原告D1の参画中の労働に対する対価の不
返還については前記オにおいて判示した無効にすべき「ごく例外的な場合」に当たるとは認められないこと,他方,脱退
時に約50万円の支払を受けていることなどをも総合考慮すると,原告D1の脱退に当たり,上記支払済みの約50万円の
ほかに,更に400万円を返還させるのが相当であり,本件参画契約中の不返還約定部分はこの400万円を返還しないと
する限度で公序良俗に反するものとして無効とするのが相当である。
      したがって,被告調正機関は,原告D1に対して,400万円を返還すべきである。
      なお,遅延損害金については,既に判示しているように,本件訴状送達の日の翌日である平成13年11月2日
からの限度でこれを認める。
  (5) 争点(5)(被告調正機関が原告らの出資につき贈与税を納めたことが原告らに対する不法行為ないし参画契約の
債務不履行となるか)について
    前記1(7)において認定し,さらに上記(4)キにおいて判示したように,本件においては,課税当局は,相当期間を費
やした綿密な調査の後,参画者の財産引渡しは税法上贈与に当たるとして課税処分を行い,これに対して被告調正機
関は,当該課税処分に従って贈与税を納付したというのであるから,そもそもこの納税行為が原告らとの関係において違
法と評価される余地は存しないものといわなければならない。
    したがって,争点(5)にかかる原告らの主張は失当である。
  (6) 争点(6)(原告Aらは,被告らに対する請求権を放棄したか)について
    前記(4)エにおいて判示したように,本件参画契約において,参画者がヤマギシズム生活を送る意思を喪失して被
告調正機関を脱退する場合,被告調正機関において,参画者の出資した財産につき,何らの清算もせずに保有を続け
る実質的理由はない上,仮に全く財産が返還されないのであれば,文字どおり無一文で被告調正機関から出て行かなく
てはならず,被告調正機関から脱退する自由が事実上困難となりかつ制約されるから,本件参画中,参画者が被告調正
機関を脱退する場合にいかなる事情があっても参画者の出資した財産を一切返還しないとする不返還約定は,「一切」
返還しないとする点において,公序良俗に反し少なくともその一部が無効となると考えられる。
    ところで,被告らは,原告Aらが被告らに対する一切の請求権を放棄したと主張するところ,前記2(1)ウ(カ)におい
て認定したとおり,原告Aらは,被告調正機関本庁に対する平成12年7月20日付け脱退届において,「今後一切返還請
求や,金銭請求をしないことは勿論,何らの異議も申し立て致しません」と記載し,さらに,同年11月21日には,被告調
正機関に対し,「400万円の受領をもって今後金銭の請求を致しません。」との書面を作成していたことが認められるが,
前記2(1)ウ(カ)の事実及び証拠(甲A7,原告A)によれば,原告Aらの上記請求権放棄の意思表示は,同原告らが被告
調正機関から脱退するに際し,経済的な余裕がない状況の下で,被告調正機関からの強い求めに応じて生活費等の金
員を引き出すために行ったものであることが認められ,本件全証拠によるも,原告Aらにおいて,上記の不当利得返還請
求権が存在することを認識した上で請求権放棄の意思表示をしたものとは認められないことなどの事情にかんがみると,
上記請求権放棄の意思表示は,被告調正機関からの脱退に際して,独自の財産を有しない原告らが,当面の生活を支
えるためにやむを得ずしたものであって,参画者の脱退の自由が事実上困難となりかつ制約されるおそれが現実化した
ものとも評価することができるから,前記(4)エにおいて判示したところの趣旨に徴し,かかる請求権放棄の意思表示も,公
序良俗に反して無効であるといわなければならない。
  (7) 争点(7)(被告法人は被告調正機関と同一の責任を負うか(法人格否認の法理ないし重畳的債務引受け))につ
いて
   ア まず,被告法人が,被告調正機関の債務について,重畳的債務引受をしたことを認めるに足りる証拠はない。前
記1(7)において認定したとおり,贈与税の課税決定についても,被告調正機関を名あて人として行われ,実際に納税し
たのも被告調正機関であるから,原告らが主張するように,被告調正機関が対外的に負う債務について,被告法人が対
外的な法的主体として重畳的債務引受をしていたとする根拠は何ら存しないといわなければならない。
   イ 次に,前記1(3)イウにおいて認定したとおり,①被告調正機関が設立主体となって設立した被告法人を始めとす
る農事組合法人等は,対外的には,単位実顕地の土地,建物及び生産財を所有し,単位実顕地における産業経済活動
の法的主体となっていること,②被告法人に対して,現実に出資したのは被告調正機関であるが,名目的に参画者の氏
名を「組合員」の氏名としていること,③参画者が参画に当たり出資した財産は,被告調正機関等を通じて,被告法人に
貸し付けられていること,④被告法人等からは,参画者の給与名目で被告調正機関等に送金がされており,これが参画
者の生活費に充てられているほか,借入金の返済もされていること,⑤被告法人等の収益をもって参画者の日常の生活
費に当てるため,参画者が被告法人等の従業員ではないのに形式上従業員の立場を有するものとしてこれに給料を支
払うという方法や,名目上の組合員となっている参画者に対する「従事分量配当金」を支払うという方法を採り,被告法人
等の収益を被告調正機関に移転させているといった事実によれば,被告調正機関と被告法人が,経済的に密接な関係
にあることはうかがえる。
     しかしながら,前記1(3)イウ,(7)(8)において認定したとおり,①農地等を所有し,収益事業を行っている被告法人
を始めとする農事組合法人等は,固定資産税,法人県市町村民税,法人税を納付し,他方,被告調正機関は,別途,参
画者が上記農事組合法人等の従業員の立場で上記農事組合法人等から支払われるとされる給料に対して参画者個人
に課税される住民税や所得税を参画者個人の名義をもって納付しているほか,参画者からの被告調正機関に対する「出
資」に関して贈与税を納付していること,②被告調正機関は,本件と同種の財産返還訴訟につき,東京高等裁判所にお
いて,元参画者に対し,1億円の支払を命ずる判決が言い渡された後,実際に同人に対して1億円及びこれに対する遅
延損害金(3000万円弱)を支払っていること,③被告調正機関の代表者名義の預金口座が存在しており,日常的に金
銭の出し入れが行われていること,④被告調正機関から被告法人へ移動された財産は,被告調正機関から被告法人に
対する貸付債権の形で存在していることなどの事実があり,加えて本件全証拠によるも,被告調正機関の財産が被告法
人の名義で隠匿されている,あるいは被告調正機関が被告法人を脱退者の財産返還請求を困難にする目的のために用
いているといった事情を認めることができないことも併せ考慮すると,被告調正機関と被告法人は,やはり別個の法的主
体と判断せざるを得ず,法人格否認ないし濫用の法理等により,被告調正機関が原告らに対して負う債務につき,被告
法人に同様の責任を認めることはできない。
     よって,争点(7)にかかる原告らの主張は,採用できない。
  (8) 結論
    以上によれば,原告らの被告調正機関に対する第1次的請求はいずれも理由がないから棄却し,第2次的請求の
うち不当利得返還請求権に基づくものは主文の限度で理由があるからその限度でこれらを認容し,その余の被告調正機
関に対する第2次的請求及び被告法人に対する各請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
東京地方裁判所民事第34部
裁判長裁判官  前 田  順 司
裁判官  浅 井  憲
裁判官  熊 代  雅 音
 

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