弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人Aを懲役3年6月及び罰金200万円に,被告法人B社を罰金500万円にそれぞれ処
する。
被告人Aに対し,未決勾留日数中120日をその懲役刑に算入する。
被告人Aにおいて同被告人に対する罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に
換算した期間,同被告人を労役場に留置する。
被告人Aから,押収してある預金通帳写し(3丁のもの)1通(平成17年押第69号の1)
の偽造部分を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告法人B社は,大阪市〈略〉(平成16年2月5日以前は,同市〈略〉)に本店を置き,コ
ンピュータ及びその周辺機器の販売等を目的とし,その発行する株式を株式会社大阪証券取引
所のニッポン・ニューマーケット・ヘラクレス市場に上場していたもの,被告人Aは,被告法
人B社の代表取締役であるが,
第1 被告人Aは,
 1 別表〈略〉記載のとおり,平成15年3月11日から同年4月3日までの間,3回にわ
たり,C株式会社から振込送金された被告法人B社の資金合計5億949万9265円を,大
阪市〈略〉所在の株式会社D銀行E支店における被告人A名義の普通預金口座ほか1か所にお
いて,被告法人B社のため業務上預かり保管中,同年3月11日から同年4月7日までの間,
13回にわたり,同市〈略〉所在のD銀行F支店ほか1か所において,自己の株式取引の代金
決済に充てるため,前記預金口座ほか1か所から金額合計2億4727万30円を引き出した
上,いずれも直ちに,これらを同市〈略〉所在のD銀行G支店におけるH証券株式会社名義の
当座預金口座ほか5口座に振込送金し,もって,前記金員を着服して横領した
 2 被告法人B社の平成15年3月期決算の純利益及び配当について,同年2月14日に公
表された当期純利益の予想値は1億9000万円であり,同年3月11日に公表された年間配
当金の予想値は1000円であったのに対し,同年5月26日ころ,新たに算出した同期の予
想値は,当期純損失が9億3900万円,年間配当金は零円となり,公表がされた直近の予想
値に比較して,新たに算出された予想値において,投資者の投資判断に及ぼす影響が重要なも
のとして内閣府令で定める基準に該当する差異が生じた重要事実を被告人Aの職務に関し知っ
たことから,妻Iの実母J名義を借用して購入していた同社株式を売り付けて損失を回避しよ
うと企て,法定の除外事由がないのに,前記重要事実の公表前である同年5月27日及び同月
28日,同市〈略〉所在の前記株式会社大阪証券取引所における前記ヘラクレス市場におい
て,前記I及びK証券株式会社担当者を介し,前記J名義で被告法人B社の株式456株を代
金1815万900円で売り付けた
 3 L社の常任代理人と称していた株式会社Mの代表取締役N及び被告法人B社の顧問と称
していたOと共謀の上,同社が発行することとした「2007年8月25日満期第一回円貨建
転換社債型新株予約権付社債(以下「本件社債」という。)」につき,払込期日である平成1
5年8月25日までに発行総額である10億円の払い込みがなされていなかったのに,これが
あったように装うため,同額の振込入金額が記載された銀行預金通帳の写しを作成しようと企
て,同月26日ころ,東京都千代田区〈略〉所在の〈略〉の当時の被告法人B社東京事務所に
おいて,行使の目的で,ほしいままに,前記Oにおいて,平成15年8月26日欄に「〈略〉
リミテツドジヨウニ」と前記L社常任代理人からの振込みを示す記載がなされ,その金額欄に
「1,000,000」と記載されていた株式会社P銀行発行に係る被告法人B社あての預金
通帳の写しを,電子複写機を用いて作成した上,その写しの金額欄の数字を「1,000,0
00,000」と改ざんし,再度,電子複写機を用いてその写しを作成し,もって,前記L社
から10億円の振込みがあったことにより預金残高が10億円である旨を示す前記P銀行作成
名義の預金通帳の写し1通(平成17年押第69号の1)の偽造を遂げ,さらに,同偽造文書
の信頼性を高めるべく,公証人に確定日付印を押捺させるため,被告人Aにおいて,同偽造文
書に「これは転換社債払込み銀行口座の写しである。」旨付記したうえ,前記Nにおいて,同
日ころ,東京都港区〈略〉所在の〈略〉の公証役場において,同役場公証人Qに対し,前記偽
造に係る預金通帳の写し1通を真正に成立したもののように装い,提出して行使した
第2 被告人Aは,自己が代表する被告法人B社の業務に関し,
 1 内容虚偽の財務諸表を掲載した有価証券報告書を提出しようと企て,平成14年4月1
日から平成15年3月31日までの事業年度につき,同年6月30日,大阪市〈略〉所在の財
務省近畿財務局において,同財務局長に対し,被告法人B社の売上高は,21億1838万9
000円(以下,1000円未満は切り捨てることとする。),売上原価は,18億4113
万6000円であったにもかかわらず,架空売上及び架空仕入を計上すること等によって,売
上高を143億9274万4000円(以下,水増し額の計算においては,水増し前とその後
の,1000円未満を切り捨てる前の各金額により差額を算出した上で,その結果から100
0円未満を切り捨てることとする。)水増しした165億1113万4000円,売上原価を
134億5911万8000円水増しした153億25万5000円と記載した損益計算書を
掲載し,さらに,期末棚卸資産である未着品は8億1204万1000円であったにもかかわ
らず,これを42億5933万4000円水増しした50億7137万6000円と記載した
貸借対照表を掲載するなどした有価証券報告書を提出し,もって,重要な事項につき虚偽の記
載のある有価証券報告書を提出した
 2 被告法人B社の株式の価格を騰貴させて相場の変動を図る目的をもって,前記のとおり
本件社債につき,10億円の払込みがなされておらず,資産に組み入れられた財産がないた
め,本件社債の株式転換によって増加した資本金に充実されるべき資産はなかったのに,その
払込みが順調になされて完了し,同社の資金調達が円滑になされた上,その一部が株式に転換
されて,資本金が増加・充実されたかのように装い,同年8月26日,前記大阪証券取引所に
おいて,「第一回円貨建転換社債型新株予約権付社債の払込完了のお知らせ」と題する文書
(以下「本件社債払込完了の公表文書」という。)を公表し,発行価格10億円の本件社債に
つき,前記L社が買い取って,10億円の払込みが完了した旨虚偽の事実を公表した上,同年
9月12日ころ,被告法人B社が運営するウェブサイト上において,「円貨建転換社債型新株
予約権付社債の一部転換完了のお知らせ」と題する文書(以下「本件社債一部転換完了の公表
文書」という。)を公表し,同月11日までに,前記10億円分の本件社債のうち,7億円分
について株式転換が完了し,3億4999万9955円の資本金が充実された旨虚偽の事実を
発表し,もって,有価証券等の相場の変動を図る目的をもって,風説を流布するとともに偽計
を用いた
ものである。
(証拠の標目)
〈略〉
(事実認定の補足説明)
1 なお,被告人A及びその弁護人は,判示第2の2の事実につき,本件社債払込完了の公表
文書及び本件社債一部転換完了の公表文書を公表した際,被告人Aには,被告法人B社の株式
の株価を騰貴させて相場の変動を図る目的(以下「株価騰貴の目的」という。)はなかった旨
主張するので,以下,被告人Aの株価騰貴の目的の有無について検討する。
2 関係証拠によれば,以下のような事実が認められる。
 平成15年6月10日ころ,被告法人B社は,被告人Aが保有していた株式や手形を担保と
して,D銀行から,同月末を返済期日として4億円を借り入れたが,返済資金を用意すること
ができず,同月30日ころ,被告法人B社のメインバンクであるD銀行が,被告法人B社名義
の口座をロックして,他行もそれに追随し,預金を引き出すことが事実上困難な状態になった
ため,被告法人B社は,急速に資金繰りが悪化して,同年7月初旬ころから,運転資金に本格
的に窮するようになった。そのため,被告人Aは,第三者を引受人とする第三者割当増資をし
て資金を調達するために,金融ブローカーであるRに依頼して出資者を募るなどの準備を進
め,その過程で,出資者を募りやすいとの理由から,第三者割当増資ではなく,下方修正条項
付円貨建転換社債型新株予約権付社債を海外で募集する方法をとることになった。被告人A
は,本件社債の払込期日が,同年8月25日であったので,その払い込まれる予定の10億円
を利用して,被告法人B社が借り入れていた金融業者に対する支払いや運転資金に充てようと
考えていた。そのため,金融業者から借り入れる際に担保として差し入れていた手形の決済日
は,同月26日から同年9月初旬に集中している状況であった。ところが,同年8月23日
に,前記Rが出資者を募る話から突如手を引いてしまったため,被告人Aは,同月25日の夜
及び同月26日の早朝,前記N及び同Oとともに,対応策を協議し,本件社債の発行に際し
て,10億円の払い込みを仮装し,本件社債を株式に転換して,その株式を売却するなどして
得た資金を,金融業者への支払いに充てることとし,判示第1の3の犯行に及んだ。その後,
同日,被告人Aは,本件社債払込完了の公表文書を公表した。被告人Aは,返済を求めてくる
金融業者に対しては,利息分を支払うなどして返済を先延ばししてもらった。被告法人B社
は,同月28日に,S印刷に株券の印刷を発注したが,とりあえず,T信託銀行に残っている
予備株券の分だけでもすぐに株式に転換して株式を売却することとし,同年9月4日,371
0株分の株券を受領した。被告人Aは,前記N及び同Oに,これらの株券を全て売却するよう
に依頼し,売却によって得られた資金は,被告法人B社の運転資金などに充てた。同年9月上
旬,被告人Aが,金融業者と債務の返済方法の打ち合わせをした際,金融業者から,株券で代
物弁済をするように言われ,その際の換算率は,同月18日の被告法人B社株価の6割ないし
7割とされた。同月上旬の被告法人B社の株式の株価は,1万円前後を推移しており,1万円
を切ることもある状況であった。同月12日,被告人Aは,前記Nに,株価をつり上げるた
め,被告法人B社の株式を200万円分購入するように依頼した。また,同日,被告人Aは,
本件社債一部転換完了の公表文書を,被告法人B社のウェブサイト上で公表した。そして,被
告人Aは,同月18日にT信託銀行から受領した株券を,債務の返済として金融業者に渡し,
残った株券については,売却したり,株券を担保にして金員を借り入れるなどした。
3 平成15年8月26日時点での株価騰貴の目的の有無について
  以上からすれば,被告法人B社の資金繰りに一段と窮した被告人Aが,本件社債を発行し
て資金を得て,金融業者への返済や被告法人B社の運転資金に充てようと考えていたところ,
引受人の目処がつかなくなったため,払込を仮装して,発行した本件社債を株式に転換して,
株式の売却益を金融業者への返済や被告法人B社の返済資金に充てようとした事実経過が認め
られる。そして,既に,被告人Aは,平成15年8月8日に,同月25日を払込期日として本
件社債を発行する旨公表しており,また,かかる払込期日後に手形の決済日等を集中させてい
たことからすれば,10億円の払込がなされた旨公表しなければ,払込がなされなかったので
はないかと疑われ,被告法人B社の信用がさらに低下して,株価の急落を招くなどしかねない
ことを被告人Aが恐れていたことは容易に推認可能である。
  また,被告人Aは,捜査段階においても,平成15年8月26日に本件社債払込完了の公
表文書を公表した時点で,少しでも被告法人B社の株式の株価を上げたいと思っていた旨認め
る供述をしており(乙14),かかる供述は,被告人Aが,検察官から,同年9月4日に,前
記Nが被告人Aの依頼を受けて被告法人B社の株式1100株を売却している事実を示された
上で,下方修正条項付きである本件社債の転換価格を下げた方が,被告人Aは多くの株式を得
ることができることから,当時,株価を下げる目的があったのではないかと追及を受ける中
で,敢えて供述内容を維持しているものであり,信用性を肯定することができる。
  したがって,被告人Aには,平成15年8月26日に本件社債払込完了の公表文書を公表
した時点で,株価の急落を防ぐという意味で,被告法人B社の株式の価格を騰貴させて相場の
変動を図る目的があったのみでなく,被告法人B社に対する評価を高め,投資家に高値で株式
を買い取らせ,あるいは,株式を担保とする資金繰りを有利にしたいとの思いから少しでも株
式の価格を上げたいという目的があったと認めることができる。
4 平成15年9月12日時点での株価騰貴目的の有無について
  前記事実経過によれば,被告人Aは,金融業者から,株券での代物弁済を求められたが,
金融業者に渡した残りの株券については,売却するなどして,被告法人B社の運転資金に充て
ようと考えており,金融業者に渡す株券をできるだけ少なくして,手元に残る株券を多くし
て,被告法人B社の運転資金をできるだけ多く得たいと考えていたものと容易に推認できる。
そして,本件社債の株式への転換がなされるということは,被告法人B社の資本が充実し財務
状況が好転することと表裏一体の関係であるので,特に投機筋に好まれていた被告法人B社の
株式の株価を上昇させる材料になりうることは容易に想定することができ,現に平成15年9
月12日以降,被告法人B社の株式の株価は上昇している状況にある。
  また,被告人Aは,捜査段階においても,平成15年9月12日に本件社債一部転換完了
の公表文書を公表した時点で,株価をつり上げる目的があったことを認める旨供述しており
(乙11,13,14),そのうち乙11号証に関しては,別の供述部分に関して訂正がなさ
れているにもかかわらず,株価騰貴の目的に関する供述部分は訂正されないままに被告人Aは
署名指印していることや,異なる日に録取された複数の供述調書中で繰り返し,被告人Aが株
価騰貴の目的があったと供述した旨録取されており,かかる供述は,前記Nの検察官に対する
供述内容(甲26の7頁)とも矛盾せず,信用することができると認められる。
  したがって,被告人Aには,平成15年9月12日に本件社債一部転換完了の公表文書を
公表した時点で,被告法人B社の株式の価格を騰貴させて相場の変動を図る目的があったと認
めることができる。
5 なお,被告人A及び弁護人は,本件社債の発行は,潜在的株式数が増大するため,潜在的
な株価の下落要因になりこそすれ,上昇要因にはならない旨主張するが,確かに,本件社債の
発行及び株式の転換により1株あたりの純資産額は低下するものの,前記のとおり,投機筋に
より専ら投機の対象とされていた被告法人B社の株式においては,被告法人B社の将来性が重
要であり,本件社債の払込みが完了し,また,それが一部株式に転換されて資本が充実した旨
の公表がなされることが,被告法人B社の財務状況の好転を示すことにつながり,ひいては,
被告法人B社が有望な会社であり,投機筋による被告法人B社の株式の購入の動機付けとして
働くことは容易に想定可能な因果の流れであり,被告人A及び弁護人の主張は,当を得ていな
いものであると言わざるを得ない。
6 以上により,当裁判所は,判示罪となるべき事実第2の2記載のとおり,被告人Aは,被
告法人B社の株式の価格を騰貴させて相場の変動を図る目的を有していたと認定した。
(法令の適用)
1 被告人Aについて
被告人Aの判示第1の1の所為は包括して刑法253条に,判示第1の2の所為は証券取引法
198条19号,166条1項1号,2項3号に,判示第1の3の所為のうち,有印私文書偽
造の点は刑法60条,159条1項に,その行使の点は同法60条,161条1項,159条
1項に,判示第2の1の所為は証券取引法207条1項1号,197条1項1号,24条1項
1号に,判示第2の2の所為は証券取引法207条1項1号,197条1項7号,158条に
それぞれ該当するが,判示第1の3の有印私文書偽造とその行使との間には手段結果の関係が
あるので,刑法54条1項後段,10条により1罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の
刑で処断することとし,判示第1の2,第2の1及び第2の2の各罪について情状によりいず
れも所定刑中懲役刑及び罰金刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるか
ら,懲役刑については同法47条本文,10条により最も重い判示第1の1の罪の刑に法定の
加重をし(ただし,短期は判示第1の3の罪の刑のそれによる。),罰金刑については同法4
8条1項によりこれをその懲役刑と併科することとし,同条2項により判示第1の2,第2の
1及び第2の2の各罪所定の罰金の多額を合計し,その刑期及び金額の範囲内で被告人Aを懲
役3年6月及び罰金200万円に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中120日をその
懲役刑に算入することとし,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金
1万円を1日に換算した期間被告人Aを労役場に留置することとし,押収してある預金通帳の
写し(3丁のもの)1通(平成17年押第69号の1)の偽造部分は,判示第1の3の偽造有
印私文書行使の犯罪行為を組成した物で,何人の所有をも許さないものであるから,同法19
条1項1号,2項本文を適用してこれを没収することとする。
2 被告法人B社について
 被告法人B社の判示第2の1の所為は証券取引法207条1項1号,197条1項1号,2
4条1項1号に,判示第2の2の所為は同法207条1項1号,197条1項7号,158条
にそれぞれ該当するところ,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法48条2項によ
り各罪所定の罰金の多額を合計した金額の範囲内で被告法人B社を罰金500万円に処するこ
ととする。
 [なお,平成15年法律第54号により,証券取引法198条,207条に一部改正があっ
たが,本件で問題となる同法198条19号,207条1項1号に関しては変更がないので,
行為時及び裁判時法が同じものであるとして,前記のとおり法令の適用をしたものである。]
(量刑の理由)
1 本件は,被告法人B社の代表取締役である被告人Aが,一連の架空取引の中で,被告法人
B社に入金されるべき金員を自己の個人名義の口座に振り込ませて,合計2億4727万30
円を着服した業務上横領の事案(判示第1の1),被告人Aが,被告法人B社の当期純利益の
予想値が赤字になり,年間配当金の予想値が零円になることを知ったため,かかる事実の公表
前に,妻の実母名義を借用して購入していた被告法人B社の株式を売却して損失を回避したと
いう証券取引法違反(いわゆるインサイダー取引)の事案(判示第1の2),共犯者らと共謀
の上,被告法人B社が発行しようとした社債につき払込期日までに発行総額である10億円の
払い込みがなされていなかったのに,これがあったように装うため,同額の振込入金額が記載
された銀行預金通帳の写しを偽造し,確定日付を得るために公証人に対して行使したという有
印私文書偽造・同行使の事案(判示第1の3),一連の架空取引によって水増しした売上高等
の数値を記載した財務諸表を掲載した有価証券報告書を提出したという有価証券報告書の虚偽
記載の事案(判示第2の1)及び被告法人B社の株式の相場の変動を図る目的をもって,社債
の払込みが順調になされて完了し,資金調達が円滑になされた上,その株式が一部転換され,
資本金が増加・充実されたかのように装い,虚偽の事実を発表して風説を流布したという証券
取引法違反(いわゆる風説の流布)の事案(判示第2の2)である。
2(1) まず,判示第1の1の業務上横領の事案についてみるに,被告人Aは,自己が株式の
信用取引を行っていた証券会社に支払うべき追加保証金の資金に窮したため,被告法人B社に
支払われるべき資金を流用したものであり,利欲犯的な犯行である。被告人Aは,本来,被告
法人B社に支払われるべき金員を,自己名義の口座に振り込ませる際に,経理上の処理を事実
上自由にできる会社を利用した上,被告人A名義の口座への振り込みを合理化すべく,虚偽内
容の文書を作成,利用するなどしており,本件は計画的な犯行であり,本件犯行により,被告
人Aが着服した金員は合計2億4727万30円という多額に及んでおり,結果も重大であ
る。
 (2) 次に,判示第1の2のいわゆるインサイダー取引の事案についてみるに,被告人A
は,被告法人B社の決算内容が大幅に下方修正されることを知り,かかる下方修正の事実を公
表すれば,被告法人B社の株式の株価は大幅に下落することが容易に想像できたことから,妻
の実母名義を借用して保有していた被告法人B社の株式を,かかる下方修正の事実の公表前に
売却して株価下落による損失を回避したもので,利欲的な動機に基づく犯行である。被告人A
は,インサイダー取引であることを証券会社に察知されないように,被告法人B社社内のパソ
コンの利用を避けたり,株の売却代金を被告人A名義の銀行口座に振込送金する際に自己の妻
名義の銀行口座を経由させるなど自己の犯行発覚を防ぐために被告人Aなりに方策を尽くし,
さらに,被告人Aの兄であるTから前記下方修正の事実を公表してよいか打診された際,妻に
依頼した被告法人B社の株式の売却が完了していないことを知るや,公表を待つよう指示する
など,被告人Aの利益追求の姿勢は顕著で,狡猾な犯行であり,被告人Aの犯情は悪質であ
る。そして,被告人Aのインサイダー取引の結果,相手方は特定されていないものの,売りに
出された被告法人B社の株式を高値で購入して,実質的に損失を被った者がおり,また,この
ような取引がなされたことにより,証券取引に対する不信を拡大した社会的悪影響も軽視でき
ない。
 (3) 次に,判示第2の1の有価証券報告書の虚偽記載の事案についてみるに,被告人A
は,被告法人B社の財務状況を実態より好調に見せかけることで,一般投資家の判断を誤らせ
て被告法人B社の株式の購入をさせて株価を上昇させようとしたものであり,一般投資家の犠
牲の下に,自己の経営する会社の利益,ひいては,自己の利益を図ったその犯行動機に酌むべ
き点は乏しい。本件犯行は,売上高だけを見ても,実態は約21億円であったにもかかわら
ず,架空売上を計上するなどして,約165億円と記載したもので,有価証券報告書に記載さ
れた売上高のうち約87パーセントが水増額という,全く実態を反映していない売上高を記載
したものであり,その他の数値の水増しも相まって,一般投資家の判断を大きく攪乱し,有価
証券報告書に対する投資家の信用を揺るがした極めて悪質な犯行である。
 (4) 次に,判示第1の3の有印私文書偽造,同行使の事案についてみるに,被告人Aらが
偽造した預金通帳の写しは,公証人が偽造を見抜けなかったほどに精巧であり,預金通帳が有
する銀行取引に関する記録としての社会的信用を揺るがした程度も小さくなく,偽造文書の信
用性を高めるために公証人の確定日付を得ていることをも併せ考えると,犯行態様は悪質であ
る。被告人Aらは,社債発行に際して,引受人が見つからなかったことから,あたかも引受人
から10億円の払い込みがなされたかのように仮装して,社債発行手続を進めようと考えて本
件犯行に及んだものであるが,本件偽造文書は社債発行手続自体では利用されていないとはい
え,前記のとおり,公証人に対して行使されており,その結果は軽視できず,他にも,被告法
人B社に対して金員を貸し付けていた銀行に対して,支払を猶予してもらうために本件偽造文
書をファクシミリで送信するなどしており,犯行後の犯情も悪質である。
 (5) 最後に,判示第2の2の風説の流布の事案についてみるに,被告人Aは,前記判示の
とおり,平成15年8月26日の時点では,10億円の払い込みがなされた旨公表しなければ
被告法人B社の株価が急落するのではないかと恐れ,株価の急落を防ぐという意図の下に,そ
して,少しでも株価を騰貴させようとして,かかる犯行に及んだものであり,また,同年9月
12日の時点では,社債を転換して得られた株式を売却するに当たり,株価を高めておいた方
がより多くの資金を得られるため,本件社債が株式に一部転換され,被告法人B社の資本が充
実し財務状況が好転したと見せかけて株価を高値に誘導しようとしたものであり,いずれも,
一般投資家の判断を攪乱して,その利益を脅かした上で,被告人Aの経営する会社の利益,ひ
いては,自己の利益を図ったものであり,利欲的で自己中心的な犯行である。本件犯行によ
り,被告法人B社の株価は,平成15年8月26日の前後では,若干下落しているものの急落
は防がれており,同年9月12日の前後では,同日の終値が1万円であった被告法人B社の株
式の株価が,同月18日には,終値で1万4350円まで上昇しており,同月26日までは終
値で1万円台を保って推移している。この点,確かに,被告人Aの弁護人主張の通り,同年8
月26日の前後及び同年9月12日の前後で,ヘラクレス市場全体が好況であった事実が認め
られるが(弁11),そのような背景事情があったことを考慮に入れてもなお,本件犯行がな
ければ,被告法人B社の株式の株価は急落していたことは容易に想定できることからすれば,
その実態とは逆に株価の急落を防ぎ,さらには,上昇させた被告人Aの本件犯行の結果は重大
で,一般投資家に対して与えた損害は大きなものがある。
 (6) 以上で検討したように,本件各犯行は,被告人Aが,一般投資家等の他者の被る不利
益を顧みることなく,自己の経営する会社の利益,ひいては,自己の利益をひたすら追求して
行った犯行であり,証券取引法制等の法規範に反してでも,自己の利益を追求する姿勢は顕著
で,証券市場の公正性と健全性を損ない,投資者の証券市場に対する信頼,ひいては,国民経
済の適切な運営を阻害する犯行であり,その刑事責任は重大であると言わなければならない。
3 一方,判示第1の1の業務上横領に関しては,犯行後,被告人Aは被告法人B社名義の預
金口座に多額の金員を入金し,その後も私財を被告法人B社に投入していて,実質的な被害回
復が図られていると評価しうること,判示第1の3の有印私文書偽造,同行使に関しては,被
告人Aは文書偽造行為自体には直接関与しておらず,自己の会社運営の結果とはいえ,資金繰
りに追い詰められた末の犯行であること,判示第2の1の有価証券報告書の虚偽記載に関して
は,被告人Aの犯行を正当化することはできないとしても,IT業界では架空取引が多くなさ
れる状況にあり,被告人Aが架空取引を繰り返して本件犯行に至った経緯には一定の事情が存
していること,架空取引の協力者により多額の金員を不法に領得されていた点で被告人Aには
同情しうる点も存すること,被告人Aは,捜査段階から事実を認めて素直に供述し,本件各犯
行を反省する態度を示し,当裁判所に反省文を提出し,社会復帰後には利益重視の姿勢を改
め,二度と同じような犯罪を繰り返さないと公判廷で誓っていること,約7か月間にわたり身
柄を拘束されて自省を深める機会が与えられていること,本件各犯行は,マスコミにより大き
く報道され,被告法人B社も実質的に倒産状態に陥っており,自己が手塩にかけて育てた会社
を失うに至っているなどの社会的制裁を受けていること,被告人Aには罰金前科1犯を除けば
前科前歴がないこと,被告人Aの長女が当公判廷に出廷し,社会復帰後の被告人Aを監督する
旨述べていることなどの被告人Aに有利に酌みうる事情を十分考慮に入れてもなお,被告人A
の罪責は重く,被告人Aに対しては主文程度の実刑に処するのはやむを得ないことであり,ま
た,被告法人B社に対しては主文程度の罰金刑に処するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 被告人Aにつき 懲役6年及び罰金200万円
    被告法人B社につき 罰金500万円
    被告人Aから 押収してある偽造書類の偽造部分没収)
平成17年5月2日
大阪地方裁判所第5刑事部
裁判長裁判官   上垣  猛
裁判官   小坂 茂之
裁判官住山真一郎は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官   上垣  猛

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