弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
被審人を処罰しない。
       理   由
一 次の事実は、一件記録によつて明らかである。
 申立人を全済生会労働組合中央病院支部(以下「組合」という)、被申立人を被
審人とする東京都労働委員会昭和五一年(不)第八一号事件について、同労働委員
会は、昭和五一年一一月一六日付で、
「1 被申立人社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院は、申立人
全済生会労働組合中央病院支部所属の組合員に対し、昭和五一年度賃金引上げを昭
和五一年四月一日に遡つて実施しなければならない。
2 被申立人は、本命令書受領後一週間以内に五五センチメートル×八〇センチメ
ートル(新聞紙二頁大)の白紙に、下記のとおり明瞭に墨書して、従業員の見易い
場所に、一〇日間掲示しなければならない。
 記
 昭和 年 月 日
 全済生会労働組合中央病院支部
 執行委員長 A殿
 東京都済生会中央病院
 院長 B
 昭和五一年度賃金引上げについて、貴組合が賃上げ額を受諾したにもかかわらず
妥結月実施条項を受諾しないことを理由に、当病院が貴組合員に賃金引上げを実施
しないことは不当労働行為であると、東京都地方労働委員会で認定されました。今
後は、このような方法で貴組合員に不利益を与えることはいたしません。
 この掲示は、同地方労働委員会の命令によつて行うものであります。
3 被申立人は、前各項を履行したときは、すみやかに文書で当委員会に報告しな
ければならない。」
との命令を発した。被審人は、都労委が発した右命令を不服としてその取消を求め
る行政訴訟を提起し(当庁昭和五一年(行ウ)第二〇六号)た。
 一方、都労委は、当庁に緊急命令の申立をしたので、当庁は、昭和五二年二月二
二日、被審人に対し「被申立人(社会福祉法人恩賜財団済生会)および被申立人の
支部東京都済生会中央病院を原告とし、申立人(都労委)を被告とする当庁昭和五
一年(行ウ)第二〇六号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定まで、被申
立人は、申立人が被申立人の支部東京都中央病院に対して昭和五一年一一月一六日
付でなした都労委昭和五一年(不)第八一号事件の不当労働行為救済命令主文第一
項に従い、全済生会労働組合中央病院支部所属の組合員に対し、昭和五一年度賃金
引上を昭和五一年四月一日に遡つて実施しなければならない。」との緊急命令を発
した。
 都労委は、昭和五二年三月二九日、被審人が右緊急命令を履行していないから、
これは労働組合法第三二条に該当する旨を通告し、同条所定の過料の裁判手続を開
始することの申立をなした。
二 そこで、本件記録によると次の事実が認められる。
 被審人は、本件緊急命令書の送達を受けるや、同命令の取消を求める即時抗告の
申立をしたことを理由に右命令の履行を拒んでいたが、昭和五二年三月一五日、都
労委から緊急命令不履行の通告をする旨の通知を受けると、その履行方の事務手続
をすすめ、同月二五日、組合に対し同月二八日までに履行する旨の回答をした。と
ころが、右履行にあたつて被審人が、①これを仮払金として領収する、②被審人が
提起した救済命令取消請求訴訟および緊急命令取消の即時抗告において勝訴した場
合は、仮払金を直ちに返還することを記載した領収証の提出を条件としたため両者
の間でトラブルが生じた。その後、被審人が、右条件を撤回したため、組合は右履
行による支給を受けた。ところが、被審人は、本件緊急命令の履行に基づく支給
は、あくまでも暫定的な仮払であると考えていたため、右命令の拘束力が超過勤務
手当まで及ぶとの認識がなかつたこと、右命令に対しては即時抗告により取消の申
立をしたのでその結果を見きわめたかつたこと、超過勤務手当を支給するには事務
が繁雑となること等を理由に取り敢えず昭和五一年度賃上げ分を支給すれば緊急命
令の履行として必要かつ十分であると判断して、超過勤務手当の差額分を支給しな
かつた。又、同年三月二九日以前の退職者については、本件緊急命令の履行は取立
債務であるから退職者の所在を捜してまで提供する必要はないと考え、退職者に対
する同年度賃金引上げ差額分については支給を行わなかつた。
 ところで、昭和五三年一一月一六日、緊急命令に対する即時抗告が却下される
や、被審人は、右未履行部分についても緊急命令の拘束力が及ぶことを肯定し、直
ちに超過勤務手当の差額分についての支給手続を開始し、同年一二月四日までにこ
れを完了した。退職者に対しては、内容証明郵便を送付する等して昭和五一年度賃
上げ差額分の支給手続を行つた。
三 緊急命令は、労働委員会の救済命令の実効性を担保するために発せられる裁判
所の命令であり、直ちにこれに拘束されることは当然である。従つて、被審人の勝
手な裁量や認識のもとに右命令の効力に立入ることは許されないのであり、本件被
審人が都労委あるいは組合等から本件緊急命令の誠実な履行を要求されていたにも
かかわらず、言を左右にして本件緊急命令の全面的な履行をしなかつたことは真に
穏当を欠く措置と言わざるを得ない。又、被審人が、縷々とあげる不履行の理由
は、当を得たものとは認め難く、その不履行を何ら正当化あるいは合理化するもの
でない。
 しかしながら、都労委から本件不履行通告がなされた時には、被審人は少くとも
本件緊急命令の本質的部分の履行に及んでいたことが認められる。又、被審人の不
履行は、緊急命令のうち一部分にすぎず、それも右命令を敢えて回避しようとの悪
意のうえに立つてなされたとは認められないし、緊急命令の取消を求めた即時抗告
が却下されるや、直ちに不履行部分の支給手続に及んだのであつて、その限度で緊
急命令の実効性は保障されたといえる。このように、被審人において積極的に不履
行状態を回復すべく努力を示し、その結果本件緊急命令違反の事実が治癒されたこ
と、その他違反の態様、程度、組合の対応の仕方等の諸般の事情を総合すると、現
階段では被審人を敢えて処罰する必要もないというべきである。
 よつて、本件においては被審人を処罰しないこととして、主文のとおり決定す
る。
(裁判官 星野雅紀)
(別紙)
 緊急命令申立事件
 東京地方昭和五二年(行ク)第七号
 昭和五二年二月二二日 決定
 申立人 東京都地方労働委員会
 被申立人 社会福祉法人恩賜財団済生会
       主   文
 被申立人及び被申立人の支部東京都済生会中央病院を原告とし、申立人を被告と
する当庁昭和五一年(行ウ)第二〇六号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決
確定まで、被申立人は、申立人が被申立人の支部東京都済生会中央病院に対して昭
和五一年一一月一六日付でなした都労委昭和五一年(不)第八一号事件の不当労働
行為救済命令主文第一項に従い、全済生会労働組合中央病院支部所属の組合員に対
し、昭和五一年度賃金引上げを昭和五一年四月一日に遡つて実施しなければならな
い。
 申立の趣旨
 右当事者間の御庁昭和五一年(行ウ)第二〇六号不当労働行為救済命令取消訴訟
事件の判決が確定するまで、被申立人は申立人が都労委昭和五一年(不)第八一号
事件について発した左記の命令に従わなければならないとの決定を求める。
 記
 被申立人社会福祉法人恩賜財団済生会支部東京都済生会中央病院は、申立人全済
生会労働組合中央病院支部所属の組合員に対し、昭和五一年度賃金引上げを昭和五
一年四月一日に遡つて実施しなければならない。
 申立の理由
一 申立外全済生会労働組合中央病院支部は、被申立人社会福祉法人恩賜財団済生
会支部東京都済生会中央病院を相手方として申立人委員会に不当労働行為救済命令
の申立てを行つた(都労委昭和五一年(不)第八一号事件)。
二 申立人委員会は、審査の結果「病院が一方的に妥結月実施の条件を付し、かつ
これを固執する行為・態度は支部の自主的運営に介入し、結果的に新労組合員らと
の間に差別を来たし、支部並びにその組合員に精神的並びに経済的動揺を与え、支
部の弱体化を招く行為であると言わざるを得ない。」として、昭和五一年一一月一
六日付をもつて申立てを認容した命令(甲一号証)を発し、右命令を同月三〇日被
申立人に交付した。
三 被申立人及び社会福祉法人恩賜財団済生会は、昭和五一年一二月二八日右救済
命令の取消しを求める旨の行政訴訟を御庁に提起し、東京地方裁判所昭和五一年
(行ウ)第二〇六号事件として係属している。
四 被申立人は、右救済命令の内容を今日に至るまで履行していない。加うるに病
院は、賃上げ未確定を理由に五一年度夏季一時金・冬季一時金についての団体交渉
申入れに応ぜず、支給もしていない。このため、すでに組合員の生活は困窮してい
るのみならず、さらに脱退する組合員も出ており、賃金引上げの遡及実施は緊急に
なされる必要がある。
 従つて、このような事態を放置し、右命令の履行を右訴訟の終結まで待つことは
到底できない。
五 よつて、申立人は昭和五二年一月一八日第七〇二回公益委員会議において、労
働組合法第二七条第八項の規定に基く申立てを成すことを決定し、本件申立てに及
ぶ次第である。

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