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平成29年3月1日判決言渡
平成26年(行ウ)第16号公務外認定処分取消請求事件
主文
1地方公務員災害補償基金愛知県支部長が原告に対し平成24年1月12日付
けでした地方公務員災害補償法による公務外災害認定処分を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨(なお,原告は,請求の趣旨において,処分の主体を被告と記載し
ているが,訴状全体の記載からすれば,地方公務員災害補償基金愛知県支部長
とする趣旨が明らかである。)
第2事案の概要
本件は,A商業高校で教諭として勤務していた訴外甲が死亡したことについ
て,訴外甲の父である原告が,地方公務員災害補償基金愛知県支部長に対し,
訴外甲の死亡はA商業高校における過重な公務に起因すると主張して,地方公
務員災害補償法(以下「地公災法」という。)に基づく公務災害認定請求をし
たところ,同支部長から,平成24年1月12日付けで,訴外甲の死亡を公務
外の災害と認定する処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,原告
が,被告に対し,本件処分の取消しを求める事案である。
1前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる事実)
当事者等
ア訴外甲は,昭和41年12月4日生まれの独身の男性であり,子はいな
い(争いがない。)。
イ原告(昭和10年12月15日生まれ)は,訴外甲の父である(甲A5
1の1・2)。
ウ訴外甲は,平成元年3月にA大学を卒業した後,同月31日に愛知県教
育委員会から高等学校教諭二級普通免許を取得した。訴外甲は,その後,
B商業高校,C商業高校,D高校,E商業高校等で勤務し,平成18年4
月1日から,A商業高校で勤務した。(争いがない。)
エ訴外甲は,A商業高校赴任後は,同校の近隣の借家に居住していた(争
いがない。)。
訴外甲の職務内容等
訴外甲は,A商業高校において,商業科・情報処理の授業を担当し,平成
21年度は,①情報処理(3コマ),②ビジネス情報(3コマ),③プログ
ラミング(6コマ),④文書デザイン(2コマ),⑤課題研究(3コマ),
⑥ホームルーム活動(1コマ)の合計18コマを担当し(なお,1コマの授
業時間は50分である。),1年C組の副担任をするほか,部活動として情
報処理部の顧問を務め,1年生部員8名の指導を担当していた(甲A13な
いしA15,A20,乙A30)。
また,平成21年度のその他の訴外甲の校務分掌としては,情報処理科主
任,情報研修部及び情報化推進者などがあった(甲A14,A20)。
A商業高校における勤務時間
A商業高校では,平成21年度の勤務時間につき,月曜日及び木曜日の始
業時刻は午前8時30分,終業時刻は午後6時,勤務時間内における休憩時
間は午後0時50分から午後1時5分まで及び午後5時から午後5時45分
までの合計1時間と定められ,火曜日,水曜日及び金曜日の始業時刻は午前
8時30分,終業時刻は午後4時55分,休憩時間は午後0時50分から午
後1時5分まで及び午後4時10分から午後4時40分までの合計45分間
と定められていた。また,夏季・冬季・春季休業中の始業時刻は午前8時3
0分,終業時刻は午後5時15分,休憩時間は午後0時15分から午後1時
までの45分間と定められていた。(甲A13)
訴外甲の健康状態等
訴外甲は,平成21年当時,身長167.7センチメートル,体重68.
5キログラムであった。毎年実施されていた職員健康診断では,平成12年
度以降,平成15年度,平成16年度及び平成19年度を除き,心電図検査
で異常を指摘され,平成21年度の健康診断でも定期的な観察(6か月から
12か月ごとの心電図検査)が必要との指摘を受けていたほか,平成12年
度から高血圧を指摘され,平成18年度以降は,毎年,高血圧症との診断を
受けており,平成21年度の健康診断でも引き続き高血圧の治療を受けるよ
う指導されていた。(乙A11,A12)
訴外甲の死亡
訴外甲は,平成21年9月29日午後11時45分頃,A商業高校第6棟
2階のコンピューター実習室において仰向けに倒れていたところを巡回中の
警備員に発見された。同月30日午前0時2分頃に救急隊が到着し,訴外甲
はA市民病院に搬送されたが,一度も意識が戻らないまま,同年10月3日
午後7時57分に死亡した。訴外甲の死亡原因は,脳動脈瘤破裂によるくも
膜下出血(以下「本件疾病」という。)と判断された。(争いがない。)
本件訴訟に至る経緯
ア原告は,訴外甲の死亡が公務に起因するものであるとして,平成22年
1月25日付けで,地方公務員災害補償基金愛知県支部長に対し,公務災
害認定請求をしたところ,同支部長は,平成24年1月12日,本件疾病
発症前に訴外甲が従事した職務には過重性が認められず,本件疾病と公務
との間に相当因果関係を認めることができないことから,訴外甲の死亡は
公務上の災害とは認められないとして本件処分をした(甲A1,弁論の全
趣旨)。
イ原告は,本件処分を不服として,平成24年3月11日付けで,地方公
務員災害補償基金愛知県支部審査会に対し,審査請求をしたところ,同審
査会は,平成25年1月4日,これを棄却する裁決をした(甲A2,弁論
の全趣旨)。
ウ原告は,上記裁決を不服として,平成25年2月4日付けで,地方公務
員災害補償基金審査会に対し,再審査請求をしたところ,同審査会は,同
年8月26日,これを棄却する裁決をした(甲A3)。
エ原告は,平成26年2月24日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
公務起因性又は業務起因性に関する行政通達
ア地方公務員災害補償基金理事長は,心・血管疾患及び脳血管疾患(以下
「脳・心臓疾患」という。)の公務起因性に関する判断指針として,平成
13年12月12日付けで,「心・血管疾患及び脳血管疾患等の職務関連
疾患の公務上災害の認定について」(地基補第239号)を発出した。同
通知は,数次の改正を経て,平成22年7月1日地基補第168号による
改正により,「心・血管疾患及び脳血管疾患の公務上災害の認定につい
て」となった(以下,同改正後のものを「認定基準」という。)。(甲A
6,乙D1)
認定基準の具体的内容は,別紙1「心・血管疾患及び脳血管疾患の公務
上災害の認定について」のとおりである。
イ厚生労働省は,民間企業における脳・心臓疾患の業務起因性に関する判
断指針として,「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会」による検
討結果を踏まえ,平成13年12月12日付けで,「脳血管疾患及び虚血
性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(基発第
1063号。以下「民間認定基準」という。)を発出した(甲A4,A
5)。
民間認定基準の具体的内容は,別紙2「脳血管疾患及び虚血性心疾患等
(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」のとおりである。
2争点
訴外甲の死亡の公務起因性
3争点に対する当事者の主張
(原告の主張)
訴外甲は,公務の過重性に起因して,本件疾病を発症して死亡した。訴外甲
が有していた高血圧症という基礎疾患や脳動脈瘤については,自然的経過によ
り本件疾病を発症する寸前まで増悪化してはいないし,飲酒も本件疾病の発症
因子ではない。教員労働の特殊性,公務の量的過重性,質的過重性からすれ
ば,訴外甲が本件疾病を発症したのは公務の過重性に起因することが明らかで
ある。
なお,脳・心臓疾患の公務起因性の判断において,裁判所は行政上の基準に
拘束されるものではないが,認定基準と民間認定基準との間には微妙な差異が
あり,民間認定基準の方が一定の期間当たりの労働時間数において若干緩やか
であるところ,民間労働者と公務員労働者との認定の基準に差異を設ける合理
性はないから,本訴においても民間認定基準を用いるのが相当である。
公務の量的過重性
ア始業時刻
「公務災害の認定に係る理事長協議について」と題する書面の添付資料
(発症前6か月の職務従事状況。甲A11)に記載された出勤時刻を訴外
甲の始業時刻とすべきである。上記添付資料は,A商業高校教頭(平成2
1年当時)の訴外Aの指示の下,教員や職員への聴き取り調査等を行った
上で作成された「発症前1か月間の職務従事状況・生活状況調査票」(乙
A25)及び「発症前半年間の職務従事状況・生活状況調査票」(乙A2
6)をもとに作成されたものであり,その時刻には訴外甲が出勤していた
といえる。
イ終業時刻
かなり控え目にみても,訴外甲の同僚である訴外Bが訴外甲の車が駐車
場にあるのを見た日についてはその目撃時刻(訴外Bの夕食の写真撮影時
刻から15分を引いた時刻)を,それ以外の日については,「公務災害の
認定に係る理事長協議について」と題する書面の添付資料(発症前6か月
の職務従事状況。甲A11)に記載された時刻をそれぞれ訴外甲の終業時
刻とすべきである。
ウ情報処理検定の公務性
訴外甲は,財団法人全国商業高等学校協会(以下「全商協会」とい
う。)の主催により平成21年9月27日に実施された情報処理検定試験
(以下「情報処理検定」という。)の試験監督業務に携わった。情報処理
検定の試験監督業務の勤務時間は午前8時から午後5時とされているが,
訴外甲は,情報処理検定終了後も会計報告と採点ミスの有無の確認作業を
しており,早くとも午後7時までは情報処理検定の試験監督業務に従事し
ていたといえる。そして,以下のような実態を踏まえれば,情報処理検定
の試験監督業務は公務性を有するから,試験監督業務に従事した午前8時
から午後7時まで(休憩1時間)の10時間を労働時間とすべきである。
情報処理検定の内容が文部科学省の学習指導要領に則ったものになっ
ており,その目的も商業学校における学習成果を計ることにあるとされ
ていることからすれば,情報処理検定は実質的に商業高校の教育内容の
一部となっているといえる。
情報処理検定の実施は,職員会議などを経て校長の承認を受けること
により決定され,学校の年間行事予定及び公式な文書である学校要覧に
も掲載されていた。そして,A商業高校では,原則として全生徒が情報
処理検定を受検することとされていた。
情報処理検定の試験監督は,当日都合の良い教員に担当者が依頼して
決まるものであり,外部の者が試験監督等を務めることはなく,試験監
督を断る教員もほとんどいなかった。
情報処理検定の準備のための会議は勤務時間中に行われ,試験担当者
の会議への出席は正規の出張として扱われていたほか,各会場校での準
備も勤務時間内に行われていた。また,情報処理検定を受検する生徒に
対する受検指導も校務として行われていた。
情報処理検定の答案の採点は,試験監督をした会場校の教員が行い,
後日に行われる合同審査も各校の担当者が勤務時間中に本部校に集まっ
て行った。
情報処理検定の受検料は,各実施校が生徒から徴収し,その中から試
験監督への謝金が支払われる。謝金の額は上限を1万円とする申合せが
愛知県内の商業高校の間であり,全商協会が謝金の額を決めているわけ
ではないし,全商協会から教員に直接支払をしているわけでもない。
教育公務員特例法17条の承認については,当日の試験監督業務に関
して金銭の授受があるため,慎重を期して承認を受けるものであり,情
報処理検定の公務性を否定するものではない。
エ平成21年9月29日の終業時刻
訴外Aが午後8時20分前後に訴外甲に声をかけ,訴外甲から返事があ
ったことから,訴外甲がこの時刻までは公務を遂行していたと推認でき
る。よって,終業時刻は午後8時20分とすべきである。
オ小括
上記アないしエによれば,訴外甲の発症前6か月間の時間外労働時間
は,控え目に見ても,別紙3「労働時間集計表」の「原告主張の労働時
間」記載のとおりである。
これによれば,訴外甲の発症前30日間の時間外労働時間数は114時
間41分であり,これだけで行政基準では本件疾病の発症は業務上と推定
を受けるし,発症前の2か月間ないし6か月間にわたる基準も,本件疾病
の発症は業務上との推定を受けるものである。
公務の質的過重性
ア担当授業に関する職務
訴外甲は,週18コマの授業を担当していた。担当授業のうち,「ビジ
ネス情報」は,エクセルを利用した表計算の演習を行う授業であり,資料
を使用して生徒に表計算をさせる実習及び講義が行われていたため,授業
に当たって,表計算を作成させるための資料を準備する必要があり,訴外
甲自身で資料を作成することもあった。また,講義の前提として,資料を
使用して教員自身が問題を解いてみる必要があった。「プログラミング」
は,プログラミング言語を教える授業であり,テキストを用いた座学が中
心であったため,テキストの該当箇所の予習をしておく必要があった。そ
のほかの授業も,相応の準備をして授業に臨む必要があった。
商業科の授業は,生徒の資格取得や就職に直結するものであり,この点
からも負担の重いものであった。
イ情報処理部顧問としての職務
情報処理部の活動においても,資料を用いたエクセルの表計算を行うた
め,訴外甲が過去の大会の問題や検定問題等の資料を準備する必要があっ
た。
また,情報処理部は,全国高等学校情報処理競技大会などの全国大会で
毎年高い成績を残しており,そのような部活の顧問を務めることは強いプ
レッシャーのかかるものであった。
ウ分掌校務に関する職務
情報処理科主任としての職務
訴外甲は,情報処理科主任として,主任科会への出席,生徒用パソコ
ンの修理及びメンテナンス等を行っていた。特に,生徒用パソコンはパ
ソコンの老朽化に伴うトラブルが頻発していたが,授業の進行や予算と
の関係でほとんどは訴外甲がまず修理を試み,復旧しない場合に業者に
修理を依頼するという扱いになっていた。訴外甲は,特にパソコンに詳
しくはなかったにも関わらず,パソコンの修理及びメンテナンスにかな
りの時間を費やしていたと考えられ,訴外甲にとって過重な負荷がかか
るものであった。
情報研修部の職務
訴外甲は,情報研修部の一員として,初任者研修(新採用された教員
が1年間を通じて行う研修)や5年目研修,10年目研修などの研修を
サポートしたり企画運営したりする職務を担っていた。
情報化推進委員会(情報化推進者)の職務
訴外甲は,情報化推進者として,出張伺や休暇等の申請に使用する新
システム(アイシステム)の校内導入に伴い,全職員に使用方法を説明
する職務を担っていた。平成21年当時は,アイシステムが導入されて
間もない時期であり,職員からの問合せも多く,訴外甲は空いた時間で
その都度対応していた。
パソコンのバックアップも訴外甲の職務であり,パソコンの全データ
のバックアップ(フルバックアップ)は,他の教員がパソコンを使用し
ている間にはできない作業であるため,訴外甲は他の教員が帰宅した後
にパソコンのバックアップ作業を行っていた。
ほかにも,訴外甲は,全職員・生徒のID登録,教育委員会教育企画
室から送られてくる情報の周知,IT関係の調査・報告,新しいソフト
ウェアのダウンロードや機種変更時のサーバへの接続作業等及びパソコ
ンのレイアウト変更も行っていた。
エその他の職務
訴外甲は,平成21年9月には情報処理検定のための受検指導を行った
ほか,同年10月17日にA商業高校で予定されていた中学生の一日体験
入学の準備として,多くの書類を作成し,一日入学体験者の人数,各体験
入学者が希望する講座等を整理し,取りまとめる作業を行った。
オ小括
上記アないしエのとおり,訴外甲は,合計18コマの授業を行うほか,
情報処理部の顧問を務め,複数の校務分掌を担当するなど,恒常的に職務
に追われていた上,全国大会での優勝を期待された部活動の指導や校内で
頻繁に発生するパソコンのトラブル対応によるストレス等を受けていた。
特に,平成21年9月は,これらに加えて,情報処理検定のための補習や
生徒対応のほか,一日体験入学の準備も行っており,精神的負荷が特に過
重な状態であった。
訴外甲の高血圧症及び脳動脈瘤の存在の影響
ア訴外甲には,前交通動脈に大きさ約4ミリメートル大の脳動脈瘤が存在
したが,その破裂率は年1.31パーセントであり,前交通動脈瘤があれ
ば自然経過の中で必然的にくも膜下出血に至るとはいえない。
また,高血圧症の人が脳動脈瘤を有している場合でも,直ちに脳動脈瘤
が破裂するわけではなく,休養を十分に取ればくも膜下出血は容易には発
症しない。A市民病院の医師の意見でも,高血圧症は脳動脈瘤破裂のきっ
かけとなった可能性があるというにとどまっている。
イ訴外甲が,医療機関で高血圧症の治療を受けていたとの証拠はないが,
訴外甲の遺品から血圧計が見つかっていること,職員健康診断書の指導コ
メントに「高血圧の治療を引き続き受けてください」と記載されているこ
とからすれば,訴外甲が全く治療を受けていなかったとはいい難い。
そもそも,医療機関で治療を受けていなかったことは,公務と訴外甲の
死亡の間の因果関係を遮断するものではない。
飲酒の影響
訴外甲には,飲酒による失敗もなく,飲酒を原因とした疾患もない。飲酒
の習慣は通常に業務を遂行し得る範囲内のものであり,くも膜下出血の確た
る発生因子とはならない。
(被告の主張)
訴外甲の公務に過重性は認められず,訴外甲の死亡に公務起因性はない。訴
外甲の死亡は,高血圧症や過度の飲酒により,訴外甲が有していた脳動脈瘤が
破裂し,くも膜下出血を発症したことによるものである。
公務の量的過重性
ア始業時刻
部活動の早朝練習開始前の時間及び職員朝礼開始前の時間は,使用者の
指揮命令下にないため,仮にこれらの時間より前に訴外甲が出勤していた
としても,その時間は時間外労働時間とはいえない。
イ終業時刻
別紙3「労働時間集計表」の「被告主張の労働時間」記載のとおりの時
刻とすべきである。
訴外甲の勤務時間についての訴外Bの供述に信用性はなく,訴外Bの供
述及び写真撮影時刻を根拠として訴外甲の終業時刻を推定することはでき
ない。
ウ情報処理検定の公務性
訴外甲の任命権者である愛知県教育委員会及び情報処理検定の実施機関
である全商協会は,以下のとおり,情報処理検定の試験監督を公務でない
と位置付け,試験会場の使用許可,兼職・兼業の承認,報酬の支払,傷害
保険契約の締結等の手続をしている。これらの事実からすると,情報処理
検定は公務には当たらず,その監督をした時間を時間外労働時間とするこ
とはできない。
情報処理検定の実施者は全商協会であり,訴外甲の任命権者(愛知県
教育委員会)ではない。
情報処理検定は,A商業高校の行事ではなく,当然には教室等の施設
を利用できないことから,同校PTA会長が,平成21年4月1日付け
で,情報処理検定の試験会場としてA商業高校を使用させてほしい旨の
依頼文を出し,教室を使用することの許可を得ている。
情報処理検定の試験監督をするにあたって,教育公務員特例法17条
による兼職・兼業の許可を得ている。
情報処理検定の試験監督には,全商協会から報酬が支払われており,
訴外甲も1万円の報酬を受け取っている。この報酬は源泉徴収の対象と
されており,全商協会が源泉徴収を行っている。
試験監督の人選に当たっては,検定主務担当者が都合を確認した上で
可能な教員に依頼しており,試験監督をするかどうかは任意であった。
試験監督者については,全商協会本部が民間会社の傷害保険に加入
し,その保険料は同本部が負担している。
エ平成21年9月29日の終業時刻
訴外Aが訴外甲に声をかけたのは午後8時頃であり,同日の終業時刻は
午後8時とすべきである。
オ小括
上記アないしエによれば,訴外甲の発症前6か月間の時間外労働時間
は,別紙3「労働時間集計表」の「被告主張の労働時間」に記載のとおり
である。
これによれば,訴外甲の発症前1か月間の時間外労働時間数は72時間
15分であり,発症前1か月程度にわたる過重で長時間に及ぶ時間外労働
を行っていたとはいえない。また,発症前2か月目ないし6か月目におけ
る時間外労働時間数は発症前3か月目の66時間40分が最長であり,発
症前1か月を超える期間について,過重で長時間に及ぶ時間外労働を行っ
ていたとは認められない。特に,発症前2か月目は夏季休業中であり,時
間外労働時間数は18時間15分に過ぎず,休暇も多いから,仮に発症前
3か月目ないし6か月目の職務による疲労の蓄積があったとしても,その
疲労は解消され,本件疾病の発症に発症前1か月を超える期間の勤務状況
が関連しているとは考えられない。
公務の質的過重性
ア担当授業に関する職務
原告が主張する授業に関する負担は,情報処理科に特有のものではな
く,商業高校の商業科目に共通するものであり,訴外甲に公務の過重性が
あったとは直ちには認められない。
イ情報処理部顧問としての職務
情報処理部の活動内容からすると,訴外甲は,部員に対し,問題を解い
ておくよう指示してその場を離れ,部員が問題を解き終わるころに部員の
ところへ戻るという方法での指導が可能であった。
また,全国高等学校情報処理競技大会などの全国大会の主力は3年生部
員であり,1年生部員の指導を担当していた訴外甲に過重な精神的負荷が
かかっていたとは考え難い。
ウ分掌校務に関する職務
情報処理科主任には助手がおり,パソコンの修理,メンテナンス及び業
者への修理依頼は,情報処理科主任と商業科実習助手3名で対応していた
のであり,訴外甲だけに業務が集中していたわけではない。訴外甲よりも
パソコンやネットワークに詳しい教員もおり,訴外甲以外の者が対応する
こともあった。
また,業者に修理依頼を出すまでもない作業に困難性はなく,業者に修
理を依頼する場合でも,故障の要因を把握していなければ修理依頼ができ
ないというわけでもない。
パソコンのメンテナンスやバックアップ作業の実態は不明であり,これ
らの仕事を含む情報処理科主任等の業務が,本件疾病を発症させるほどの
過重負荷となったということはできない。
エその他の職務
原告が主張する,平成21年9月に訴外甲が従事していた職務は,訴外
甲の日常の職務であり,同月の訴外甲の職務が特に過重であったとはいえ
ない。
オ小括
上記アないしエのとおり,訴外甲の公務が質的に過重であったともいえ
ない。
訴外甲の高血圧症及び脳動脈瘤の存在の影響
訴外甲には,基礎疾患として破裂の危険性が高い4ミリメートル大の前交
通動脈瘤があった。そして,訴外甲は,健康診断でも高血圧と指摘されてい
た。
しかるに,訴外甲は,高血圧の治療を受けなかったため,動脈瘤を破裂さ
せる危険を高めたと推認できる。
飲酒の影響
訴外甲は,日本酒を1日に2合から3合,エタノール換算で1週間に30
0グラムから450グラムのアルコールを摂取していたといえる。この飲酒
習慣は,訴外甲が有していた脳動脈瘤を破裂させる危険を高めたと推認でき
る。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実(第2の1)に証拠(括弧内に証拠番号等を記載する。)及び
弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
⑴訴外甲の職務内容
ア担当授業に関する職務(甲A14,A15,A17,A20,乙A2
2,弁論の全趣旨)
訴外甲は,平成21年度,第2の記載のとおりの授業を担当し
た。
A商業高校の平日の授業時間のコマ数は,1日6コマ,1週間30コ
マである。訴外甲は,そのうち,月曜日の5コマ,火曜日の4コマ,水
曜日の3コマ,木曜日の2コマ,金曜日の3コマの授業を担当し,ホー
ムルーム活動(1コマ)を行うほか,月曜日の6コマ目には,月2回程
度,運営委員会に参加していた。
訴外甲の担当授業のうち,「情報処理」は,情報に関する用語及び表
計算ソフトの実技指導を行う授業である。授業には,パソコン実習も含
まれるが,講義の時間が中心であった。訴外甲は1年生20人の担当
で,教員2名で1クラスを担当していた。
「ビジネス情報」は,情報処理の授業よりも高度な,情報に関する用
語及び表計算ソフトの実技指導を行う授業であり,毎時間パソコン実習
が含まれていた。訴外甲は2年生20名の担当で,教員2名で1クラス
を担当していた。また,訴外甲は,全4名の指導担当者の取りまとめ役
であった。
「プログラミング」は,COBOL言語を用いたアルゴリズム(物事
を処理する場合の考える手順)指導を行う授業である。訴外甲は2年生
20名の担当で,教員2名で1クラスを担当していた。また,訴外甲
は,全4名の指導担当者の取りまとめ役であった。
「文書デザイン」は,文書処理に関する用語及び文書作成ソフトの実
技指導を行う授業であり,毎時間パソコン実習が含まれていた。訴外甲
は3年生20名の担当で,教員2名で1クラスを担当していた。また,
訴外甲は,全4名の指導担当者の取りまとめ役であった。
「課題研究」では,訴外甲は情報処理国家資格講座を担当し,基本情
報技術者試験及びITパスポート試験の指導を行っていた。指導担当者
は訴外甲1人であり,3年生8名を指導していた。
イ情報処理部顧問としての職務(甲A16,A17,A42,A55ない
しA57,乙A22,A28,A29,証人訴外A,証人訴外C,弁論の
全趣旨)
訴外甲は,平成18年4月のA商業高校赴任以来,情報処理部の顧問
を務め,パソコンの実技指導及び情報処理用語の解説指導を行ってい
た。情報処理部は,平成18年度,平成19年度,平成20年度と,情
報処理に関する各種の全国大会で団体優勝をはじめとする非常に優秀な
成績を収めていた。
情報処理部では,平成21年7月から9月にかけて,9月5日に実施
された愛知県商業実務総合競技大会情報処理Bの部の指導を行い,9月
中旬から下旬頃は,同年10月に実施されたITパスポート試験に向け
た指導を行っていた。
訴外甲は,講義形式の指導を一人で行っており,パソコンは時々使う
程度であった。1年生部員の指導は訴外甲に任された状態であり,他の
教諭は2年生部員及び3年生部員の指導を行っていた。
部活指導時間は,休業期間中を除き,平日は午前7時40分から午前
8時30分までと午後3時50分から午後6時まで,土曜日は午前8時
30分から午後4時までとされていた(ただし,大会等がある日は除
く。)。もっとも,平成21年9月については,同月27日に実施された
情報処理検定に向けた指導などもあり,平日の部活指導の終了時刻は午
後7時頃になっていた。
訴外甲は,平成21年7月25日及び26日,全国高等学校情報処理
競技会に参加する生徒の引率等をした。
また,訴外甲は,同年9月5日,愛知県商業実務総合競技大会に参加
する生徒の引率等をした。
ウ情報処理科主任としての職務(甲A17,A20,A21,A42,乙
A23,証人訴外B,証人訴外A,証人訴外C,弁論の全趣旨)
訴外甲は,情報処理科主任として,生徒実習用情報機器の管理(不具
合・故障対応など),生徒実習用情報機器の更新(受入・廃棄・インスト
ールなど)に関わる業務,生徒実習用ID・パスワードの発行と管理,生
徒実習用データなどの維持管理,情報処理国家試験・免除試験の申請と募
集などの業務,学科選択に関する情報提供とオリエンテーションなどの職
務を行い,週1回主任科会に出席していた。
生徒の実習用のパソコンは合計211台あったが,これらのパソコンに
は日々不具合や故障が生じており,訴外甲は,授業に支障が出ないように
パソコンの不具合や故障に早急に対応する必要があった。また,実習助手
と連携して,これらのパソコンのメンテナンス(パソコンのソフトウェア
の更新等)を行っていた。
エ情報研修部の職務(甲A2,A29,証人訴外B)
情報研修部では,学校評価(学校評価委員会の主催と校内の評価調査等
の取りまとめ),校内研修(初任者研修,5年目研修及び10年目研修に
かかる愛知県総合教育センターへの提出課題や報告文書の指導等),情報
化推進(校内情報化の取りまとめ)等を行っており,訴外甲は,このう
ち,校内研修と校内情報化を担当していた。
オ情報化推進委員会の職務(甲A20,A29,A42,乙A23,証人
訴外B,証人訴外C)
情報化推進委員会の主な業務としては,校内の情報化に関する企画・推
進,校内のネットワーク及び情報機器の運用管理に関する指針の策定,情
報セキュリティに関する基準の策定と周知,教職員の情報機器使用につい
ての研修計画の策定と実施,情報機器のメンテナンスや不具合への対応,
アイシステム導入から運用に至る業務,愛知県総合教育センターからの情
報機器に関する調査・指示への対応等があり,訴外甲は,情報化推進者と
して,これらの業務を行っていた。
カその他の職務(甲A16,A17,A42,A48の1ないし12,証
人訴外A,証人訴外C)
訴外甲は,上記アないしオに加えて,総務事務系パソコンのLAN環
境及び教職員個々のパソコンの故障対応や相談に普段から携わってい
た。
また,訴外甲は,平成21年9月は,同年10月17日に予定されて
いた一日体験入学の準備作業を行っていた。訴外甲は,準備作業のう
ち,実施計画の作成,中学校への案内状を発送するための文書の作成,
配布資料の作成,参加生徒名簿(受付用,体験授業用,誘導用)の作
成,封筒用タックシールの作成,進行台本の作成,アンケートの作成及
び礼状の作成を担当していた。なお,一日体験入学の参加はファックス
で受け付けられるため,作業に当たって,参加生徒名をパソコンに入力
する必要があった。
訴外甲の基本的な勤務形態
平成21年4月から本件疾病の発症日である同年9月29日まで訴外甲の
勤務形態は,学校行事,情報処理部の部活動行事,訴外甲の出張や休暇等の
例外的な場合を除き,休憩時間を挟んでおおむね次のような内容及び順序で
あった(甲A11,A12の1・2,A16ないしA18,A29,乙A2
5,A26,A35,弁論の全趣旨)。
ア平日は,①始業前の部活指導,②授業及び校務,③放課後の部活指導,
④授業の準備及び校務。
イ部活指導のある土曜日,日曜日又は祝日は,①部活指導,②校務。
ウ春季休業期間中(平成21年4月3日まで)及び夏季休業期間中(同年
7月21日から8月31日まで)は,①部活指導,②校務。
学校行事,部活動行事,訴外甲の出張及び休暇等
平成21年度のA商業高校の学校行事,情報処理部の部活動行事及び訴外
甲の出張,休暇等の状況は,おおむね次のとおりであった(甲A16,A1
8,A29,乙A25,A26,A28,A29,A35,弁論の全趣
旨)。
ア学校行事
別紙4(甲A29)のとおり。
イ情報処理部の活動
6月6日全国高校情報処理競技大会県予選
7月25日全国高等学校情報処理競技会前日練習会
7月26日全国高等学校情報処理競技会
8月17日から同月18日まで合宿
9月5日愛知県商業実務総合競技大会(情報処理B)
9月26日情報処理検定受検指導
ウ訴外甲の出張,休暇
6月3日午後出張(自宅直帰)
6月12日年次休暇(午後3時25分以降)
7月10日午後出張(帰着)
7月17日年次休暇(午後3時25分以降)
7月23日年次休暇(午前8時30分から午前11時30分まで)
午後出張(自宅直帰)
7月24日年次休暇(午後3時15分以降)
7月31日年次休暇(午前11時30分以降)
8月3日出張(自宅直帰)
8月7日年次休暇(午後3時15分以降)
8月10日から同月14日まで家族休暇(夏季休暇)
8月25日出張(帰着)
8月31日家族休暇(夏季休暇)
9月15日午後出張
情報処理検定
ア情報処理検定は,全商協会が主催する検定試験であり,愛知県立高校の
校長は情報処理検定の試験委員長の立場で情報処理検定に関与する(甲A
9)。
イ情報処理検定の内容・指導はA商業高校設定の教育課程に即したもので
あるとされ,A商業高校の学校要覧にも情報処理検定が年間行事の一つと
して記載されていた。そして,A商業高校の公式ホームページでは,情報
処理検定による資格取得状況について,具体的な人数を掲げて,「資格取
得県下No.1の実績。」とうたわれていた。(甲A7,A29,乙A
2,証人訴外B)
ウA商業高校は,平成21年9月27日に実施された情報処理検定の会場
となった。A商業高校を試験会場として使用するに当たっては,同年4月
1日,A商業高校PTA会長からA商業高校校長に対して教室使用の依頼
がされた。(甲A40,乙A1,証人訴外A)
エA商業高校では,情報処理検定前の約2週間を情報処理検定週間とし,
検定前日には受検指導が行われた。授業では,生徒に対して教員からも情
報処理検定を受けるよう指導され,実際に全校生徒のほぼ全員が受検し
た。(甲A29,証人訴外B,証人訴外A)
オ平成21年9月27日,情報処理検定が行われた。試験監督は,A商業
高校に在職していた教職員の中から引き受けてもらっており,訴外甲も試
験監督を務めた。教職員が試験監督を務めるに当たっては,教育公務員特
例法17条に基づく兼職・兼業の許可がとられた。また,全商協会は,試
験監督業務を行う教員について,傷害保険に一括加入していた。試験監督
を務めた者には,A商業高校PTAから謝金として1万円が支払われた。
(甲A9,A41,乙A2ないしA4,A6,A7,A34,証人訴外
B,証人訴外A)。
カ情報処理検定の試験監督に関する業務は極力勤務時間内に行うこととさ
れており,実際に,準備のための会議は勤務時間中に行われていた(甲A
9,A10,A41,A47,証人訴外B,証人訴外A)。
訴外甲の健康状態等
ア職員健康診断で測定された訴外甲の血圧は,以下のとおりであり,平成
12年頃からは拡張期血圧が恒常的に高く,収縮期血圧も高い状態が続い
ていた(甲A17,B1,B2,乙A11,A12。なお,記載が2段に
わたる欄の下段は同日の再測定結果である。)。
測定年月日収縮期血圧拡張期血圧
H2.5.2812880
H3.6.2013080
H4.6.1913670
H5.6.1013270
H6.5.1014290
H7.4.1212062
H8.4.2514489
H9.4.913288
H10.4.814894
H11.4.1313690
H12.6.30156
148
100
106
H13.6.30138104
162102
H14.6.3015088
H15.6.30160106
H16.6.30測定なし
H17.6.30166118
H18.6.23152110
H19.4.1014692
H20.4.9162110
H21.4.8192
170
130
96
イ本件疾病発症後に訴外甲が搬送されたA市民病院での検査の結果,訴外
甲の前交通動脈には,約4ミリメートルの大きさの脳動脈瘤が存在した。
訴外甲の死亡原因は,これが破裂したことによるくも膜下出血と判断され
た。(乙B1の2,B2,B3)
ウ訴外甲には飲酒習慣があり,日本酒に換算すると1日2合から3合程度
を毎日飲んでいた(乙A24,弁論の全趣旨)。
2公務起因性に関する法的判断の枠組みについて
地公災法に基づく補償は,地方公務員等の公務上の災害(負傷,疾病,障
害又は死亡をいう。以下同じ。)等について行われるところ(地公災法1
条,25条,26条,28条,28条の2,29条,30条の2,31条,
42条,45条1項など参照),「公務上」の災害とは,公務に起因する災
害,すなわち公務員が公務に起因して負傷,疾病,障害又は死亡した場合を
いい,公務と災害との間に相当因果関係が認められることが必要である(最
高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁
参照)。そして,公務と災害との間の相当因果関係の有無は,その疾病が当
該公務に内在する危険が現実化したものと評価し得る否かによって決せられ
るべきである(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事17
8号83頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号
621頁参照)。
ところで,脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等が,様々な
要因により長い年月の間に徐々に形成され,進行,増悪する経過を経て発症
に至るものであり,本来,公務に特有の疾病ではない。しかし,その発症に
至る過程において,公務員が従事した公務の負荷が過重であったため,発症
の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて増悪し,その結果,脳・心
臓疾患が発症した場合には,公務に内在する危険が現実化して脳・心臓疾患
が発症したものとして相当因果関係を認めるのが相当である(上記最高裁平
成8年3月5日第三小法廷判決,最高裁平成9年4月25日第三小法廷判
決・裁判集民事183号293頁,最高裁平成12年7月17日第一小法廷
判決・裁判集民事198号461頁参照)。
の脳・心臓疾患の公務起因性に関す
る法的判断の枠組みとも整合するものであり,その内容等に照らして合理性
を有するものということができる。したがって,脳・心臓疾患の公務起因性
の判断においては,認定基準及び民間認定基準が行政処分の違法性に関する
裁判所の判断を直接拘束するものでないことは当然であるものの,基本的に
はそれらを参考としつつ,発症に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌し
て,公務と災害との間の相当因果関係の有無を判断するのが相当である(な
お,脳・心臓疾患の公務起因性の判断について,原告は,認定基準ではなく
民間認定基準によるべき旨を主張するが,例えば,公務又は業務の過重性を
検討する一要素とされる時間外勤務時間又は時間外労働時間の計上方法が必
ずしも同じではなく,いずれの基準も,脳・心臓疾患の公務起因性に関する
法的判断の枠組みに沿い,諸要素を踏まえた総合判断を行う枠組みとなって
いるところであり,認定基準よりも民間認定基準の方がより合理的であるこ
とを示す証拠もなく,各基準の間に実質的な差異がそれほどあるとも認めら
れないから,認定基準及び民間認定基準のいずれをも参考にしつつ判断する
ことが相当である。)。
3訴外甲の職務の量的過重性について
始業時刻について
ア情報処理部の活動がある日については部活動の開始時刻である午前7時
40分を,情報処理部の活動がない日については所定の勤務開始時刻であ
る午前8時30分を,訴外甲の始業時刻と認定するのが相当である。
イこの点,原告は,遅くとも「公務災害の認定に係る理事長協議につい
て」と題する書面の添付資料(発症前6か月の職務従事状況。甲A11)
に記載された時刻を始業時刻とすべきであると主張する。
確かに,上記添付資料(甲A11)は,発症前1か月間の職務従事状
況・生活状況調査票(甲A12の1・2,A18(乙A25も同じ。))及
び発症前半年間の職務従事状況・生活状況調査票(乙A26)をもとに作
成されたもので,それらはA商業高校の教職員への聴き取り調査等を行っ
て作成されたものである(甲A11,乙A34,証人訴外A)から,相当
程度の信用性を有しており,上記調査票中に出勤時刻として記載された時
刻頃には訴外甲がA商業高校に登校していたことがうかがわれる。
しかし,聴き取り調査等の対象となった教職員が上記添付資料(甲A1
1)記載の各日の訴外甲の出勤時刻をどの程度詳細に記憶していたかにつ
いては疑問が残る。また,この点は措くとしても,証人訴外Cは,訴外甲
が朝出勤してから部活動の早朝活動や授業の準備などを行っていたと思う
旨証言している部分もあるものの(証人訴外C2頁,17頁,38頁な
ど,甲A42),他方,証人訴外C自身が訴外甲の早朝の勤務状況を現認
しているわけでもないし(証人訴外C17頁,38頁,39頁など),証
人訴外Bの証言内容からも,訴外甲が部活指導等のために早朝出勤すべき
必要があったかは明らかではない(証人訴外B45頁,46頁など)。
そうすると,訴外甲が,出勤後,情報処理部の部活動開始時刻までの間
にどのような業務を行っていたかについては判然とせず,その時間に部活
動や教科の指導の準備等を行う必要性があったかどうかも不明であるとい
わざるを得ない。
ウしたがって,上記調査票中の出勤時刻をそのまま訴外甲の始業時刻とし
て認めることはできず,前記アのとおり認めるのが相当である。
終業時刻について(本件疾病の発症当日を除く。)
ア訴外甲は情報処理部の部活指導を行っていたところ,活動予定表(甲A
16)では,平日の部活動の終了時刻は午後6時とされているが,平成2
1年9月については,同月27日に実施された情報処理検定に向けた指導
などもあり,平日の部活動の終了時刻がほぼ午後7時頃になっていた(甲
A17の5頁,証人訴外A6頁,47頁など)。
また,訴外甲アのとおり,6種類の授業を週に合計18コ
マ担当していたのに対して,空きコマは,月曜日が1コマ(ただし,運営
委員会がある日については0コマ),火曜日が1コマ,水曜日が3コマ,
木曜日が4コマ,金曜日が3コマであり(甲A15),担当する授業時間
数と比較して空きコマが少ない状態であった。授業の準備に訴外甲がどの
程度時間をかけていたかは明らかではないが,コマごとに,カリキュラム
全体を踏まえて各回の授業の内容を検討し,講義や実技指導の内容の検
討,実技の確認,他の担当教員との打合せ,教材の選定・作成・印刷等を
行う必要があり,相当程度の時間を要し,部活動の終了後も残業すること
を余儀なくされていたと推認される(甲A21,A42,証人訴外B,証
人訴外A,証人訴外C)。
加えて,訴外甲は,教職員や生徒用のパソコンの不具合や故障への対応
も行っており,特に,生徒用パソコンは日々不具合や故障が生じていて,
授業に支障が生じることから,その都度早期に対応を行っていたほか(甲
A21,A42,乙A34,証人訴外B,証人訴外A,証人訴外C),授
業時間以外に,の職務やそれに付随する種々雑多な作
業を行っていたものと推認される。
さらに,訴外甲は,平成21年9月には,同年10月17日に予定され
ていた一日体験入学の準備を行っていたところ,その準備作業には,多く
の書類等の作成を要したものであり(甲A48の1ないし12),相当程
度時間のかかるものであったと考えられる。
イ上記アの諸事情からすれば,訴外甲が,勤務時間中に空きコマを利用し
てすべての担当職務を行うことは困難であって,日頃から,所定の勤務時
間や部活指導の終了後に,相当程度の時間外勤務を行っていたものと考え
られ,特に,平成21年9月については,情報処理検定に向けた指導など
のために平日の部活動の指導終了時刻が午後7時頃になっていたほか,一
日体験入学の準備も加わり,訴外甲の業務量は増加し,終業時刻が更に遅
くなっていたものと考えられる。
証人訴外Aも,訴外甲が平成21年9月はおおむね毎日午後8時頃まで
残業していたのではないかとの印象であると証言しているところである
(証人訴外A30頁,49頁,50頁など)。
ウ上記ア,イによれば,訴外甲は,学校行事,部活動行事,出張や休暇等
の特別の事情がない限り,平成21年4月以降の平日(同年9月を除
く。)は午後7時頃まで残業して部活指導や校務に当たることを要し,土
曜日も午後5時頃まで部活指導や校務に当たることを要したほか,同年9
月は特に多忙な状況にあり,控え目にみても平日は連日午後8時頃まで残
業して部活指導や校務に当たることを余儀なくされていたということがで
きる。
エ以上に関し,原告は,訴外Bが退校時に訴外甲の車がA商業高校の駐車
場にあるのを見かけた日については,訴外Bが帰宅して自宅で夕食の写真
を撮影した時刻から通勤に要する15分を引いた時刻をもって訴外甲の終
業時刻とすべきと主張するし,訴外Bは,この主張に沿う内容の証言(甲
A21も含む。)そして夕食の写真(甲A23,A28(いずれも枝番を
含む。))を提出する。
しかし,訴外Bの上記証言は相当期間にわたる反復性の高い日常的な出
来事に関するものであり,しかも訴外甲の死亡から5年以上も経て初めて
証言をするに至ったものでもあるから,その正確性についてはかなり慎重
な検討を要する上に,訴外Bが退校してすぐに帰宅したかどうか,帰宅し
てすぐに写真を撮ったかどうかなど判然としない点も多いといわざるを得
ない。
そうすると,訴外Bが夕食の写真を撮影した時刻を基準とする訴外甲の
終業時刻についての原告の主張は,採用できない。
オ他方,「公務災害の認定に係る理事長協議について」と題する書面の添
付資料(発症前6か月の職務従事状況。甲A11),発症前1か月間の職
務従事状況・生活状況調査票(甲A12の1・2,A18(乙A25も同
じ。))及び発症前半年間の職務従事状況・生活状況調査票(乙A26)に
は,訴外甲の退勤時刻の多くを午後7時とする記載があり,被告もこれに
沿った主張をする。
しかし,上記各資料は,教職員からの聴き取りに基づくものであるとは
いえ,教職員の中には訴外甲よりも早く帰宅する者もいたことからする
と,上記各調査票に退勤時刻として記載のある時刻頃には訴外甲がA商業
高校内で職務に従事していたとはいえても,訴外甲が同時刻以降も職務に
従事していたことを否定し得るものではないというべきである。
平成21年9月29日(本件疾病の発症当日)の終業時刻について
災害(訴外甲の死亡)発生状況につき災害発生時から近接した時期である
平成21年11月18日に作成された「事実証明書」(乙A10)には,訴
外Aが訴外甲に最後に声をかけた時間につき午後8時20分と記載されてい
ること,訴外甲の勤務状況に関する調査照会に対するA商業高校校長名の回
答書(平成22年8月16日付け。)中でも,訴外甲は同年9月29日は訴
外Aが声かけをした午後8時20分頃までは少なくとも在校としていたと回
答されていること(甲A17の6頁),証人訴外Aも同年9月29日に訴外
甲に声をかけたのは午後8時20分前後だったと思うと証言していること
(証人訴外A11頁)等からすると,発症当日の訴外甲の終業時刻に限って
は,控え目に見ても午後8時20分であったと認めるのが相当である。
情報処理検定(平成21年9月27日)の試験監督業務について
ア情報処理検定は,午前8時から開始され,午後5時か午後6時頃には終
了した(甲A41,証人訴外B)。
イ情報処理検定の試験監督業務の勤務時間性について
前記1とおり,情報処理検定は,全商協会の主催であり,教員
は,試験監督を務めるに当たって,教育公務員特例法17条に基づく兼
職・兼業の許可を取るほか,試験会場となる高校では,PTAが情報処
理検定会場として高校の教室を借り,試験監督を務めた教職員に謝金を
支払うという体裁が取られていた。
しかし,情報処理検定の内容及び受検指導はA商
業高校の教育課程に即したものであり,A商業高校でも,情報処理検定
を年間行事の一つとして,授業では教員からも情報処理検定を受検する
よう指導して生徒のほぼ全員が受検したこと,情報処理検定前の約2週
間を情報処理検定週間として受検指導を行うなど,情報処理検定を重要
な資格試験と位置付け,学校教育の重要な要素を占めるものと認識して
いたこと,情報処理検定の試験監督に関する業務は極力勤務時間内に行
うこととされており,実際に,準備のための会議は勤務時間中に行われ
ていたことが認められる。
そうすると,平成21年9月27日にA商業高校で実施された情報処
理検定については,その主催者は全商協会であったとはいえ,A商業高
校の学校教育の一環と位置付けて行われたものであり,その試験監督業
務は校長の支配管理下にある業務であったといえるから,本件における
公務起因性の判断すなわち公務上の負荷の検討においては,勤務時間と
して考慮することが相当である。
ウ小括
したがって,訴外甲が情報処理検定の試験監督業務に従事した時間とし
て,少なくとも午前8時から午後5時まで(休憩1時間を除く。)は時間
外勤務時間として算入するのが相当である。
訴外甲の勤務時間及び時間外勤務時間に関するまとめ
上記ないしで説示したところに加え,前提事実(第2の1)及び認
定事実(1の,)並びに証拠(甲A11,A12の1・2,A16ない
しA18,A29,乙A25,A26,A35,証人訴外A)及び弁論の全
趣旨を総合すれば,訴外甲の平成21年4月から本件疾病の発症(平成21
年9月29日)までの勤務の時間は,次のアないしエのとおり(なお,平成
21年9月中の平日の終業時刻については控え目に見た時刻である。),この
間の勤務時間及び時間外勤務時間は,別紙5「勤務時間集計表」のとおり認
めるのが相当である。
ア平成21年9月中
9月15日を除く平日
①始業前の部活指導午前7時40分から午前8時30分まで
(ただし,1日から3日まではなし。)
②授業及び校務午前8時30分から午後3時50分頃まで
③放課後の部活指導校務終了後から午後7時頃まで
(ただし,1日は午後4時頃まで。)
④授業の準備及び校務部活指導終了後から午後8時まで
(ただし,1日は午後7時まで。)
⑤休憩時間1時間(月曜日,木曜日)
45分間(火曜日,水曜日,金曜日)
9月15日(平日の火曜日)
午後出張午前7時40分から午後6時まで
(休憩45分間)
9月5日(土曜日)
部活動として愛知県商業実務総合競技大会に参加
午前7時30分から午後5時30分まで
(休憩1時間)
9月27日(日曜日)
情報処理検定の試験監督業務
午前8時から午後5時まで
(休憩1時間)
イ平成21年4月から7月までの平日(春季休業期間中及び夏季休業期間
中を除く。また,学校行事(試験期間を含む。),部活動行事,訴外甲の出
張や休暇等により多少時間が異なることがある。)
①始業前の部活指導午前7時40分から午前8時30分まで
②授業及び校務午前8時30分から午後3時50分頃まで
③放課後の部活指導校務終了後から午後6時頃まで
④授業の準備及び校務部活指導終了後から午後7時まで
⑤休憩時間1時間(月曜日,木曜日)
45分間(火曜日,水曜日,金曜日)
ウ部活指導のある土曜日,休日又は祝日(部活動行事により多少時間が異
なることがある。)
①部活指導午前8時30分から午後4時頃まで
(部活指導が午前中のみの日は午後0時30分まで。)
②校務部活指導終了後から午後5時まで
(部活指導が午前中のみの日を除く。)
③休憩時間1時間
エ春季休業期間中(平成21年4月3日まで)及び夏季休業期間中(同年
7月21日から8月31日まで)(上記ウの土曜日を除く。なお,部活動
行事,訴外甲の出張や休暇により異なることがある。)
①部活指導午前8時30分から午後4時頃まで
②校務部活指導終了後から午後5時15分まで
(学校行事のある日は午後6時まで。)
③休憩時間45分間
職務の量的過重性についての判断
ア別紙5の「勤務時間集計表」によれば,訴外甲の発症前の1か月(30
日)単位での時間外勤務時間数及び各期間における1週間当たりの平均時
間(括弧内に記載)は,次のとおりである。
①発症前1か月95時間35分(1週間当たりでは約22時間18分)
②発症前2か月18時間15分(1週間当たりでは約4時間15分)
③発症前3か月72時間30分(1週間当たりでは約16時間55分)
④発症前4か月74時間10分(1週間当たりでは約17時間18分)
⑤発症前5か月56時間00分(1週間当たりでは約13時間04分)
⑥発症前6か月42時間55分(1週間当たりでは約10時間01分)
イ上記アによれば,訴外甲の発症前1か月(30日)目の時間外勤務時間
数は少なくとも95時間35分(1週間当たりでは約22時間18分)に
及んでおり,この時間数は,認定基準において対象疾患を発症させる可能
性のある特に過重な職務に従事した場合として例示されている「発症前1
か月程度にわたる,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算し
て,週当たり平均25時間程度以上の連続)を行っていた場合」,民間認
定基準において業務と発症との関連性が強いと評価できるとされている
「発症前1か月間におおむね100時間・・・を超える時間外労働が認め
られる場合」のいずれにもやや満たないもののほぼ同じ水準に達している
ということができる(他方,上記アによれば,訴外甲の発症前2か月目か
ら6か月目までの間の時間外勤務時間数は,多いところでも74時間10
分(発症前4か月目)であり,少ないところでは18時間15分(発症前
2か月目)にしか過ぎず,しかも,訴外甲は平成21年8月8日から同月
16日まで長期間の休暇(夏季休暇等)を取得していてそれまでに蓄積し
た疲労を回復することが可能であったといえるから,発症前1か月を超え
て(認定基準)あるいは発症前6か月間にわたって(民間認定基準)過重
な職務に従事したと評価することはできない。)。
ウそうすると,職務の量的過重性の点からは,訴外甲が,本件疾病の発症
前の1か月間において,通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従
事したものと評価することを直ちに肯定することも否定することもできな
いのであって,結論的に公務起因性が認められるか否かは,職務の質的過
重性あるいは公務外の要因(訴外甲の個体的要因等)の有無や程度を含め
て,総合的に判断することが相当というべきである。
4訴外甲の職務の質的過重性について
担当授業に関する職務
訴外甲は,平成21年度は,「ホームルーム活動」のほか,「情報処
理」,「ビジネス情報」,「プログラミング」,「文書デザイン」,「課題
研究」の5科目の授業を担当していたところ,そのこと自体は,当時の他の
教員の担当教科の数や内容(甲A14)に照らしても,直ちに過重であった
とまでいうことはできない。しかしながら,訴外甲は,多くの科目で複数の
指導担当者の取りまとめ役であったことに加え,「課題研究」の授業では情
報処理国家資格講座を担当し,基本情報技術者試験及びITパスポート試験
の指導を行うなど,生徒の資格取得に直結する授業を行っており,生徒の資
格取得は学校の実績や生徒の就職に影響するものであることも考慮すると,
訴外甲の担当授業に関する精神的負荷は相応に強いものであったと考えられ
る。
被告は,このような負担は情報処理科に特有のものではなく商業高校の商
業科目に共通するものであり,訴外甲に公務の過重性があったとは直ちには
認められないと主張するところ,上記のとおり,訴外甲にのみ過重な精神的
負荷があったとまではいえないとしても,訴外甲の精神的負荷が軽減される
ことにもならないのであって,上記の判断を左右するものではない。
情報処理部顧問としての職務
情報処理部は,平成18年度から3期連続して全国大会で団体優勝をはじ
めとする非常に優秀な成績を収めてきており,平成21年度も同様の成績を
収めることが期待されていたと考えられるところ,このような周囲の高い期
待に応えるためには,情報処理部の顧問であった訴外甲はかなりの精神的負
荷を受けていたであろうことは容易に推測される。確かに,訴外甲は,平成
21年当時は情報処理部の顧問として4年目であったが,大会の結果はその
年の部員の実力にも左右されるし,ベテランの指導者であればこそ要求水準
も高まるであろうということができることから,訴外甲が情報処理部の指導
に慣れることによってその精神的負荷が次第に軽減されていったであろうと
はいい難い。
被告は,大会の主力は3年生部員であるから,1年生部員の指導に当たっ
ていた訴外甲に過重な精神的負荷がかかっていたとは考え難いと主張する
が,全国大会で常に上位の成績を収め続けるためには,年次を問わず高いレ
ベルの指導を行うことが期待されていたと考えられるから,訴外甲が受けて
いた精神的負荷が相対的に低いものであったということはできない。
分掌校務に関する職務
ウないしカのとおり,訴外甲は,複数の校務を兼任し,多種多様
な職務を遂行していた。特に,教職員のパソコンについては普段から故障等
への対応に追われ,生徒のパソコン(合計211台)に不具合や故障が生じ
れば授業に支障が出かねないため早急に対応する必要があった。
また,平成21年度において,担任・副担任以外に3つの校務を兼任して
いる教員は,訴外甲のほかには訴外D教員しかおらず,同教員の担当授業時
間数は週15コマで,訴外甲の担当授業時間数(週18コマ)よりもかなり
少なく(甲A14),訴外甲の業務量は,他の教員と比較しても多いもので
あった。
したがって,訴外甲の分掌校務に伴う職務に関する精神的な負荷は,相当
程度強いものであったというべきである。
その他の職務
さらに,訴外甲は,平成21年9月,一日体験入学の準備作業を行ってい
たが,この職務は,次年度の入学者数にも結び付き得る重要な職務であり,
精神的負荷がかかるものであったといえる。
職務の質的過重性についての判断
以上によれば,訴外甲が日常的に従事していた担当授業,情報処理部の顧
問,分掌校務に関する職務は,程度の差はあれいずれも強い精神的負荷を伴
うものであったといえることに加え,特に,平成21年9月については,情
報処理検定の受検指導や一日体験入学の準備作業等のため,物理的のみなら
ず精神的にも更に強い負荷がかかるものであったと認められる。
そうすると,職務の質的過重性の点からは,訴外甲は,少なくとも本件疾
病の発症前の1か月間において,通常の日常の職務に比較して特に過重な職
務に従事したものと評価することが相当である。
5訴外甲の職務の過重性について(まとめ)
上記3,4を総合すれば,訴外甲は,本件疾病の発症前の1か月間におい
て,勤務形態・時間,業務内容・量,勤務環境,精神的緊張の状況等の面で,
特に過重な職務の遂行を余儀なくされていたものと認められるのであって,こ
の認定を左右するに足りる主張立証はない。
6公務外の要因について
訴外甲の高血圧症及び脳動脈瘤の存在
ア前提事実(第2の1)及び認定事実(1ア,イ)のとおり,訴外甲
には本件疾病の発症当時に前交通動脈に約4ミリメートル大の脳動脈瘤が
存在し,また,訴外甲は,平成12年頃から高血圧症との指摘や診断を受
け続け,高血圧の治療を受けるように指導されるなどしていたことが認め
られる。
イそこで検討するに,脳動脈瘤の破裂はくも膜下出血の最大の要因である
とともに,高血圧症はくも膜下出血の危険因子であり,高血圧症の人がく
も膜下出血を発症する危険性は正常血圧の人よりも高いとされていること
からすれば(甲A38,B1,乙B3),訴外甲が脳動脈瘤を有し高血圧
症であったことは,くも膜下出血発症のリスクファクターであったことは
明らかである。
しかし,一方で,未破裂脳動脈瘤に関する日本脳神経外科学会による調
査結果として,未破裂脳動脈瘤を有する人のうちでくも膜下出血を起こす
人は年間0.64パーセント,脳動脈瘤の大きさが5ミリメートル以上の
人に限定しても年間1.1パーセントであるとの報告もあり,「基本的に
くも膜下出血を起こす危険性は,巨大動脈瘤(直径が25ミリ以上の場
合)にならない限り,まずないと考えてよい」との医学的見解もあること
が認められる(甲A37)。
また,訴外甲の高血圧症についても,平成21年4月8日実施の健康診
断による1度目の測定での収縮期血圧と拡張期血圧はいずれも「Ⅲ度高血
圧」に分類される数値であったものの,同日の2度目の測定での数値は収
縮期血圧が「Ⅱ度高血圧」で拡張期血圧が「Ⅰ度高血圧」に分類される数
値にとどまり,平成20年4月9日実施の健康診断による測定での数値は
収縮期血圧が「Ⅱ度高血圧」で拡張期血圧が「Ⅲ度高血圧」に分類される
数値(ただし,いずれも分類上のほぼ下限値)であったものの,平成19
年4月10日実施の健康診断による測定での数値は収縮期血圧と拡張期血
圧がいすれも「Ⅰ度高血圧」に分類される数値にとどまっているのであっ
て(以上につき,「高血圧治療ガイドライン」(甲B1)の「表2-5」
(19頁)参照),訴外甲の高血圧症の程度は一貫して重症であったとま
ではいい難い。
ウそうすると,訴外甲の脳動脈瘤の存在及び高血圧症については,本件疾
病の発症の時点において,自然経過によっても増悪し本件疾病の発症に至
るほどの切迫した危険性を有する病態にあったとまでいうことはできな
い。
飲酒
過度の飲酒とくも膜下出血発症との関係を指摘する医学的見解はあるもの
の(甲A38,乙B3,B8ないしB10),訴外甲の飲酒量(前記1
ウ)が本件疾病の発症の危険性を高めるほどに多量なものであったとは認め
難い。
公務外の要因について(まとめ)
上記,のとおり,訴外甲の高血圧症及び脳動脈瘤の存在並びに飲酒に
ついては,本件疾病の発症の時点において自然経過によっても発症する危険
性を認め得るほどの病態又は習慣であったとまではいい難く,そのほかに,
訴外甲について本件疾病の発症の基礎となるような公務外の要因(個体的要
因又は生活的要因等)があったことを合理的に疑うことのできる主張立証は
ない。
7総括
以上検討してきたところを総括すれば,本件疾病の発症による訴外甲の死亡
につき,訴外甲が本件疾病の発症前の1か月間に従事していた職務は特に過重
なものであったと認められるのに対し,この職務のほかに,上記発症の危険性
が切迫していたことをうかがわせるような要因を認めることはできない。
そうすると,認定基準及び民間認定基準を参考とすれば,本件疾病は,訴外
甲の公務に内在する危険が現実化したものであると評価することができるとこ
ろ,本件疾病の発症に至るまでの具体的事情(その主要なものは,前記1及び
3ないし6で詳細に認定説示してきたところである。)を総合的に斟酌して
も,このような評価を覆す事情があるとはいえないから,本件疾病の発症及び
訴外甲の死亡と公務との間には相当因果関係があり,公務起因性を認めるのが
相当である。
したがって,訴外甲の死亡を公務外の災害と認定した本件処分は違法であっ
て,取消しを免れない。
第4結論
よって,原告の請求は理由があるから認容し,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官寺本昌広
裁判官岡大地
裁判官横井千穂

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