弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役16年に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,被害者A(被告人の実父)と被害者B(被告人の実母)の間の一人っ子の長男とし
て出生し,小学校,中学校を卒業した後,高等学校に入学したが,特に勉強が好きだったわけ
ではなく,遅刻を繰り返し,学校はどうでもよい,働いて金を稼ごうと考えて,入学後半年く
らい後に高校を中退した。しかし,スーパーの魚屋で働いたものの,店長と喧嘩をして辞めて
しまい,その後,運送会社でアルバイトをするなどしていた。被告人は,16歳のころに,運
送会社へ自転車で出勤する途中,原動機付自転車と衝突する交通事故に遭い,左足を骨折して
病院に入院した際,水疱瘡に罹患した。退院するまでに水疱瘡そのものは治まったものの,顔
面に疱瘡痕が残った上,ニキビなどもでき,被告人自身,自分の顔面が気になっていたとこ
ろ,病院へ通院する途中にすれ違った小学生数名から,「なんやあの顔。」と言われたことが
あり,自分の顔に強いコンプレックスを抱くようになり,家の外に出ることがほとんどできな
くなってしまった。被害者Aらは,被告人に対し,塗り薬を買ってきたり,病院に行くことを
勧めるなどしたが,被告人が拒んだため,放っておくようになり,被告人は,自室でテレビを
見るなどして1日を過ごすようになった。被害者Aは,時々,被告人を魚釣りに連れて行った
り,仕事をするように勧めたりし,被害者Bも,被告人に対して,仕事をするように叱ったこ
ともあった。被告人自身も,両親がずっと元気でいるわけではないことから,一人息子である
自分が両親を養っていくために仕事をしなければならないとは思っていたが,他人に会いたく
ないとの気持ちから,職に就くことなく家に閉じこもり,両親との会話も少なくなり,食事も
一緒にすることなく,入浴する際などに両親から声をかけてもらう程度になっていた。平成1
1年ころ,被害者Bが病気で倒れて病院に入院し,退院して家に戻ってきてからは,被告人が
被害者Bに寄り添って看病をし,被害者Aも仕事を辞めて被害者Bの看病に従事するようにな
ったが,被害者Bが倒れて2年後の平成13年ころには,今度は,被害者Aが倒れて病院に入
院した。被害者Aはその約1か月後に退院できたが,その後も,被害者Bは,血を吐いては入
院するということを繰り返し,衰えていって寝た切りの状態になっていった。被告人は,衰え
ていく被害者Bの姿を見て,引きこもりを克服して働かなければならないと思うようになった
が,その反面,一歩が踏み出せないという気持ちがあって,悩み続ける日々が続き,自殺して
現実から逃げ出そうと考え,首つり自殺や飛び降り自殺を試みたが,自殺を遂げることができ
なかった。平成15年8月13日に被害者Bが退院したが,被害者Bの体調は悪くなる一方
で,被害者Bを看病している被害者Aもいつ倒れてもおかしくないことなどから,将来に不安
を感じ,親子3人で死ねば楽になれると考えるようになった。被告人一家の生活は苦しく,代
金未納で,電力供給が一時停止されたほか,平成15年5月28日にはガスの供給を停止さ
れ,平成16年1月29日には電話が止められ,消費者金融から支払の督促も受けている状態
であった。本件の約3日前,自宅に借金の取り立てが来たため,被告人は,被害者Aに,借金
がいくらあるのかを問い詰め,消費者金融約4社から約250万円を借りていると教わった。
それを知った被告人は,どうすればよいか分からなくなり,被害者Bの妹の家を訪れて相談し
たが,有効な解決策は見出せなかった。本件犯行日である平成16年10月18日の昼ころ,
被害者Bが筆談用のノート(弁第1号証の原本。以下「伝言帳」という。)とマジックペンを
求めてきたので渡したところ,被害者Bが「めいわくかけて申しわけなく思っている 死ねる
ものなら死にたい」と書いたのを見て,被害者Bも今の暮らしをつらく感じていると思い,こ
のまま現在の生活を続けても,被害者Bの病状は悪くなるばかりで,被害者Aもいつ倒れるか
分からない,借金もあって将来が見えてこないなどと絶望感を抱き,被害者Aと被害者Bを殺
害して,自らも死のうと決意した。
(罪となるべき事実)
被告人は,実父である被害者A及び実母である被害者Bを殺害しようと決意し,
第1 平成16年10月18日午後6時ころ,大阪府〈略〉所在の被告人方1階6畳間におい
て,同所に座って被害者Bを看病していた被害者A(当時66歳)に背後から近付き,同人に
対し,頸部にネクタイを巻き付けて強く絞めた上,頭部にビニール袋を被せて覆い,さらに,
頸部にロープを巻き付けて強く締め付けるなどし,よって,そのころ,同所において,同人を
窒息死させて殺害した
第2 前記日時場所において,布団に寝ていた被害者B(当時61歳)に対し,前記同様の方
法で頸部を強く絞めるなどし,よって,そのころ,同所において,同女を窒息死させて殺害し

ものである。
(証拠の標目)
〈略〉
(法令の適用)
[以下,平成16年法律第156号(以下「法156号」という。)により,刑法199条の
懲役刑の下限が重くなり,また,同法12条1項の有期懲役刑の上限が15年から20年に,
同法14条の有期懲役刑の加重の限度が20年から30年にそれぞれ重くなったが,本件各犯
行はいずれも法156号による改正前の犯行であるので,刑法6条,10条により,いずれの
点についても改正前のものを適用する。]
被告人の判示各所為はいずれも法156号による改正前の刑法199条に該当するところ,各
所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47
条本文,10条により犯情の重い判示第1の罪の刑に法156号による改正前の刑法14条の
制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役16年に処し,刑法21条を適用して
未決勾留日数中120日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項
ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,約20年間にわたる引きこもり生活の末に,将来の生活を悲観するな
どして,無理心中を図って両親を絞殺したが,自らは死にきれなかったという殺人2件の事案
である。
2 被告人は,高校中退後,アルバイトをしていた運送会社への出勤途中に交通事故に遭い病
院に入院した際に水疱瘡に罹患し,その後遺症で顔面に疱瘡痕が残るなどしたことを気にし
て,他人と顔を合わせることを恐れるようになり,自宅に引きこもるようになった。そして,
本件犯行時ころにおいても,被告人の引きこもり生活は継続していたところ,被害者Bが脳梗
塞などで寝たきり状態になり,被害者Aが仕事を辞めて被害者Bの介護に当たっていたが,経
済的に苦しく,ガスや電話の供給を停止されるなどする中で,被告人が被害者Aの借金を知っ
たことなどから将来を悲観して,両親を殺害した上で自分も自殺をし,楽になろうと考えて本
件犯行に及んだものである。しかしながら,被告人が約20年間にわたり引きこもり生活を送
ってきたことには,被告人なりの言い分があるとしても,そのことが,両親殺害を正当化する
事由にはなり得ないのはもちろんである。被害者Aは,寝たきりになった被害者Bを懸命に介
護していたのであり,借金の点に関しても,被害者Aは,本件犯行当日の朝に,消費者金融業
者2社に対して,合計4万2000円を振り込んでいるのであって,苦しい事情はあったにせ
よ,被害者Aはなお前向きに生きようとしており,被害者Bもそのような被害者Aの介護を受
けて懸命に生きようとしていたものと窺われるのであり,被害者A及び被害者Bが被告人に殺
されなければならない理由は全く存しなかった。確かに,被告人自身,一人息子として両親を
養う責任を感じ,家の外に出て働かなければならないことは十分認識しつつ,他人に会うこと
を恐れて一歩を踏み出すことができず,自宅に引きこもり,1人悩みを抱え込んで自分自身を
追い詰めていき,苦しんでいた心情も理解できなくはないが,医師のカウンセリングを受ける
などして,その悩みや苦しみを解消していく方法もあり,今後の生活についても,被害者Aに
相談することは当然できたのであり,それをすることなく,独自の判断で本件各犯行に及んだ
被告人は短絡的で独りよがりであったといわなければならない。
  次に,本件各犯行の態様についてみるに,被告人は,被害者Aが被害者Bに薬を飲ませよ
うとしているところを後ろからネクタイで首を締め付け,被害者Aがうめき声を上げてネクタ
イを外そうと手をネクタイにかけたにもかかわらず首を絞め続けて,被害者Aの顔面が鬱血で
真っ赤になり,口から舌が出て,鼻や耳から出血して動かなくなったところ,未だかすかに息
をしていたことから,被害者Aの顔面にビニール袋をかぶせて括り,息を出来なくして窒息さ
せようとしたがこれもうまくいかず,さらに,ロープを被害者Aの首に巻き付け力一杯締め付
けて殺害したものであり,被害者Bに対しても,ネクタイで首を絞め,ビニール袋を顔面にか
ぶせて括り,息をできなくし,さらに,ロープを首に巻き付けて締め付けて殺害したものであ
り,被告人は,被害者両名に対して,いずれも3度にわたり窒息させようとしており,本件が
確定的殺意に基づいた犯行であることは明らかである。そして,被告人は,本件犯行に先立
ち,凶器とするネクタイをジャージの腰の部分に隠し,さらに,ネクタイでの殺害がうまくい
かなかったときに備えて,ロープを被害者Bの寝ている布団の下に隠すなどした上で,被害者
Aが被害者Bに薬を飲ませるタイミングを見計らって本件犯行に及んだものであり,用意周到
な計画的犯行であると認められる。
  本件犯行により,被害者両名の命は失われたものであるが,被告人を養育し,一つ屋根の
下で生活を共にしてきて,引きこもりに陥った後も長年にわたり面倒を見てきた子供によって
殺害されることなど全く予想していなかったであろう被害者両名の驚きと無念は察するに余り
あり,本件犯行の結果は極めて重大である。
  被告人は,両親を殺害した後,自分も自殺し,一家心中をしようとしたものであるが,被
害者Bを看病していた際,現実逃避をするため自殺しようと考え,首つり自殺やビルからの飛
び降り自殺をしようとしてできなかったことがあり,自分一人で死のうとしても,死ぬことの
できない弱い人間であることを自覚していたにもかかわらず,多額の借金の返済などに対する
自己の対応能力の無さなどから,再び自殺を企て,両親は殺害したものの,いざ自分が死ぬ段
になって,死ぬ勇気もなく結局は自殺できなかったものであり,浅はかな思い込みにより重大
な結果を招いたその責任は重い。被害者Bは,伝言帳に「死ねるものなら死にたい。」と書い
ていたが,その真意は,迷惑をかけて済まないという気持ちを表しており,被害者Bは心の底
から死にたいと思っているわけではないと理解していながら犯行に及んだものであり,心中を
するについて両親の同意や嘱託があったわけではない。
  以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。
3 したがって,本件犯行後,自殺しようとしてその目的を遂げることができず,被告人自
ら,罪を償おうと自首したこと,その後も捜査公判を通じて事実を素直に供述し,被害者両名
に謝罪の言葉を述べるなど反省する態度を示していること,被害者Aは66歳,被害者Bは6
1歳と高齢であり,被害者Bは脳梗塞で倒れ,寝たきりで他人の介護なしには生活できない状
態であり,仕事を辞めて被害者Bの介護をしていた被害者Aも,被告人には知らされていなか
ったものの,胃癌や大腸癌等の重篤な病状を抱え,年金生活である中,多額の借金を抱えるな
どしており,引きこもりで社会生活能力の著しく乏しい被告人が精神的に行き詰まり,前途を
悲観した点には,いくらか同情の余地があり,短絡的に犯行に及んだことに事情がなかったわ
けではないこと,被害者Bが,死ねるものなら死にたいと伝言帳に書いたことが本件犯行の引
き金になった側面が否定できず,本件は短絡的で自己中心的な犯行ではあるが,被告人の両親
に対する情愛の念そのものは失われていないと窺われること,被告人の叔父が出廷して被告人
の社会復帰を支える旨述べていること,被告人が,両親への贖罪の意味から,社会復帰後には
引きこもりを克服して働きたいと誓っていること,被告人には占有離脱物横領で微罪処分とな
った前歴1件以外に前科前歴はなく,これまで被告人なりに落ち着いた家庭生活を送ってきた
ことなどの被告人に有利に酌みうる事情を十分考慮に入れてもなお,被告人の罪責は重く,被
告人に対しては主文程度の実刑に処するのはやむを得ないことであると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役20年)
平成17年4月25日
大阪地方裁判所第5刑事部
裁判長裁判官   上 垣   猛
裁判官   小 坂 茂 之
裁判官住山真一郎は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官   上 垣   猛

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