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       主   文
原告の訴は、いずれも、これを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
第一 申立
一 原告 左記判決を求める。
(一) 本位的請求
1 被告が、原告の昭和三八年一一月二五日付各特許出願(特許庁同年特許願第六
三、一七六号および第六三、一七七号)について工業所有権の保護に関する「パ
リ」同盟条約による各優先権の主張につき、昭和四一年二月四日付各書面をもつて
した、右各主張の却下処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(二) 予備的請求
1 被告が、原告の昭和三八年一一月二五日付各特許出願(特許庁同年特許願第六
三、一七六号および第六三、一七七号)についての工業所有権の保護に関する「パ
リ」同盟条約による各優先権の主張につき、可否の決定をしないのは違法であるこ
とを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告 左記判決を求める。
本位的請求および予備的請求とも
(一) 本案前
1 原告の訴は、いずれも、これを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(二) 本案について
1 原告の請求は、いずれも、これを棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 原告の請求原因
一 本件出願、却下処分および異議申立棄却決定
(一) 原告は、昭和三八年一一月二五日、被告に対し、「燃料電池用固体電解質
の製法」および「燃料電池用固体電解質」という各発明につき、工業所有権の保護
に関する「パリ」同盟条約(但し、一九〇〇年一二月一四日「ブラツセル」におい
て、一九一一年六月二日「ワシントン」において、一九二五年一一月六日「ヘー
グ」において、および一九三四年六月二日「ロンドン」において改正せられた工業
所有権保護に関する一八八三年三月二〇日の「パリ」同盟条約。以下、単に「パ
リ」同盟条約という)第四条丁第一号および特許法(但し、昭和四〇年法律第八一
号による改正前のもの。以下同様)第四三条により、昭和三七年(一九六二年)一
一月二三日「スイス」国でした出願(但し、前者の発明については同国出願番号一
九六二年、第一三、七九五号、後者の発明については同国出願番号同年第一三、七
九七号の各出願)に基く優先権をそれぞれ主張して、各特許出願(但し、前者の発
明については特許庁昭和三八年特許願第六三、一七六号、後者の発明については同
庁同年特許願第六三、一七七号)をした。
 ところが、原告は、右各優先権の主張をする際、特許法第四三条第一項による書
面として本件各願書の欄外に記載した同項所定の事項中、最初に出願をした同盟国
の国名を誤つて「フランス」と記載した。そこで、原告は、その後、同条第二項所
定の期間内である昭和三九年二月一〇日、被告に対し、本件各出願について、それ
ぞれ手続補正書と題する書面を、最初に出願をした「スイス」国の優先権証明書と
共に提出して、前記国名の誤記または表示を「スイス」と訂正または変更し、もつ
て本件各優先権の主張を補正した。
 しかるに、被告は、昭和四一年二月四日付各書面をもつて、原告に対し次のよう
な通知をし、右各通知はそれぞれ同月九日原告に到達した。
 「工業所有権保護に関する「パリ」同盟条約に基き主張された優先権は、下記の
理由により、特許法第四三条第四項の規定に基き、その効力を失つたから通知す
る。
 記
 本願に関する優先権は西暦一九六二年一一月二三日付仏国出願に基いて主張され
ているが、特許法第四三条第二項に規定する期間内に上記優先権主張を証明する書
面が提出されていない。また昭和三九年二月一〇日付で提出されている優先権証明
書は本願出願時に特許法第四三条第一項に規定する書面の提出がなかつたので、本
願に関する優先権の主張を証明する書面とは認められない。」
(二) ところで、被告の右各行為は、形式上は通知であるが、その実体は、原告
の本件各出願についての前記各優先権の主張を却下し、その効力を否認した確認
的、公証的行政処分であるというべきである。
(三) そこで原告は、右各却下処分について、昭和四一年四月九日、被告に対
し、特許法第一八四条の二、行政不服審査法第六条による各異議の申立をしたとこ
ろ、被告は同四二年一月九日、右各申立を棄却する旨の決定をし、右決定書は同月
一一日原告に送達された。
二 本件各却下処分の取消原因
 しかしながら、本件各却下処分は、いずれも、次のような理由によつて、違法で
ある。すなわち、本件各出願における各優先権の主張は、それぞれ、昭和三七年
(一九六二年)一一月二三日「スイス」国でした前記各出願に基くものであつて、
被告認定のように同日「フランス」国でした出願に基くものではない。これは左記
事由により明らかである。
(一) 優先権主張の明白な誤記
1 本件各願書によると、本件各優先権の主張は、いずれも、昭和三七年(一九六
二年)一一月二三日「フランス」国でした出願に基くことになつているが、一方、
特許庁へ提出された前記各優先権証明書によれば、原告が本件各出願時、「パリ」
同盟条約による、昭和三七年(一九六二年)一一月二三日「スイス」国でした前記
各出願に基く各優先権を有していたこと明らかであり、しかも、本件各出願と右
「スイス」国における各出願とは、本件特許願第六三、一七六号と「スイス」国出
願第一三、七九五号間および本件特許願第六三、一七七号と「スイス」国出願第一
三、七九七号間において、それぞれ、発明者、出願人、発明の名称および特許請求
の範囲等が全く同一または同一というべきであるから、両者間には発明の同一性が
認められるうえ、本件出願における優先権主張の基礎である第一国出願の年月日と
右「スイス」国出願の年月日とが全く同一であり、更に原告が本件各出願におい
て、各願書の欄外に優先権を主張する旨明示していたことは前記のとおりであるか
ら、以上の事情を綜合すると、本件各願書に記載された前記各優先権の主張中、最
初に出願をした同盟国の国名「フランス」は「スイス」国の誤記であるというべき
である。
2 ところで、元来、優先権の主張は、出願人にとりきわめて強力、有利なもので
ある反面、第三者にとつてはきわめて大きい影響のあるものであるから、右主張の
効力の有無を判断する特許庁としては、被告は勿論実際の担当者である審査官も、
全官庁としての特許庁の立場から、同庁に現存しまた容易に利用できる全資料より
得られる全知識をもつて、優先権の主張に対処すること、
すなわち出願人が提出した願書等を唯一の資料とすることなく、また出願人による
記載内容の如何にとらわれず、出願に際し提出された書類全体を参酌して、同人が
本来意図しているものを探知、確定する等、発明、考案等の査定に当り適用される
諸原則を類推して、自らその要件の有無を探知し、適正且つ明確な判断をすべき義
務があるところ、優先権主張の基礎となる第一国への出願は、第二国への出願と同
時に客観的に且つ容易に認識できる状態において特定し、第二国出願の際の出願人
の指示すなわち特許法第四三条第一項にいわゆる最初に出願をした同盟国の国名お
よび出願の年月日の記載のみによつて特定するものではないこと、また、前記第一
国への出願の特定のためには、国名および出願の年月日の外に、出願の内容も欠く
べからざる要素であるから、前二者だけでは、そもそも右第一国への出願を特定す
ることはできないこと、更に、我が特許法においては、出願後三月以内に優先権証
明書を提出することが優先権主張の効力を全からしめる要件となつているため、右
証明書はまさに優先権の主張自体を完成する書面であること等の事情を考慮すれ
ば、出願に際し提出された優先権証明書は、当然、特許庁が、優先権主張の書面の
一部として少くとも特許庁において容易に利用し得る資料として、前記判断をする
際、参酌すべきものであるというべきである。而して、本件の場合、法定期間内に
提出された前記各優先権証明書を参酌すれば、特許庁は即座に且つ容易に前記誤記
を認識できたものであるこというまでもない。
3 そうとすれば、本件各願書に記載された各優先権の主張中、最初に出願をした
同盟国の国名「フランス」は「スイス」国の明白な誤記であるというべきである。
(二) 優先権主張の補正
仮に右主張が採用されないとしても、原告の本件各優先権の主張は、その後、適法
に補正されたものである。すなわち、
1 我が国の特許法においては、特許庁に対する手続に関しては、原則として、そ
の補正をすることが許されているから(特許法第一七条第一項)、特許庁に対する
手続であること明らかな優先権の主張においても、当然、原則として、その補正
(訂正および変更)が許されるものというべきである。而して、右補正をすること
ができる期間は、優先権主張の効力の完成時期である特許出願の日から三月以内、
すなわち優先権証明書の提出期間内であると解するのが相当である。
2 そこで、これを本件についてみると、本件各出願においては、原告は、右優先
権証明書の提出期間内である昭和三九年二月一〇日、被告に対し、それぞれ、手続
補正書を、最初に出願をした「スイス」国の優先権証明書と共に提出したこと前記
のとおりである。ところで、一般に、手続補正書というのは、特許庁に対する手続
において、その補正をする場合には必ず提出しなければならないものであり(特許
法第一七条第三項)、また一方、優先権証明書を法定期間内に提出することは当然
のことであつて、そのこと自体はなんら補正とは関係のないことであるから、出願
人が優先権証明書を法定期間内に手続補正書と共に提出することは、単に右証明書
だけを提出する趣旨ではなく、もし優先権主張の手続において出願人の気がつかな
い誤り等がある場合には、これを優先権証明書記載のとおりに補正(訂正または変
更)する趣旨をも含んで提出するものであること明らかであり、現に、これは、出
願に当つて、万一願書の記載に不備または誤記等があれば、予め、これを補正する
手段として、出願人らに慣用されている適法な行為である。
3 そうとすれば、原告の本件各優先権の主張は、昭和三九年二月一〇日、最初に
出願をした同盟国の国名を「スイス」と訂正または変更した点において、いずれ
も、適法に補正されたものというべきである。
 したがつて、本件各出願における各優先権の主張が昭和三七年(一九六二年)一
一月二三日付「フランス」国出願に基くことを前提とする被告の本件各却下処分
は、違法であつて、いずれも取消を免れない。
三 予備的請求の原因
 「パリ」同盟条約による優先権の主張は、出願人が、特許庁に対し、同条約に基
く公法上の権利として、右優先権の確認または証明等を請求する手続的意思表示で
ある。したがつて、右主張があるときは、特許庁は当然、相当の期間内に、その可
否の決定、
すなわち該優先権の主張を容認するか否かにつき応答をすべき法律上の義務を負う
(後出第四、一、(一)、1、(2)、(イ)参照)。
 しかるに、被告は、本件各出願につき原告がした前記各優先権の主張に対する被
告の前記各失効通知は、単なる行政上のサービスであつて、なんら右優先権の主張
に対する法律上の応答行為(行政処分)ではない旨主張している。
 よつて、原告は、仮に被告が現在まで、原告の本件各優先権の主張につきなんら
応答行為をしていないものとすれば、右不作為は前記義務に違反する違法なもので
あること明らかであるから、行政事件訴訟法第三条、第三七条により、予備的に、
請求の趣旨記載のような不作為の違法確認を求める。
第三 被告の答弁
一 本案前の主張
(本位的請求に対し)
原告の本件各訴は、左記理由のいずれかにより、不適法であるから、それぞれ却下
さるべきである。
(一) 本件各訴の対象について
1 原告が本件訴訟において取消を求めている前記被告の各通知行為は、いずれも
取消訴訟の対象となる行政処分ではない。その理由は次のとおりである。すなわ
ち、取消訴訟の対象となる行政処分は、行政庁が優越的地位に基いて公権力の行使
として行う処分であつてこれにより国民の具体的権利・義務に直接の変動を及ぼす
ものでなければならない。しかるに、被告の本件各通知行為は、単に被告が法律上
当然に生じた結果を注意的に行政上のサービスとして通知したにすぎないもので、
これによつて原告の具体的権利・義務になんら変動を及ぼしたものではない。蓋
し、原告の本件各優先権の主張は、特許出願の日から三月以内に適式な優先権証明
書を提出しないことによつて、法律上当然に失効したものであり(特許法第四三条
第二項、第四項)、被告の本件各通知行為によつて失効したものではなく、しかも
被告には、右失効通知をなすべき義務は勿論、優先権の主張に対しその可否を決定
すべき権限も、右可否について意思表示をなすべき義務もなんら存しないものであ
るからである。したがつて、被告の本件各通知行為は取消訴訟の対象となる行政処
分ではない。
2 また、被告の本件各通知行為は取消訴訟の対象となる事実行為でもない。蓋
し、抗告訴訟の対象となる事実行為は、行政庁の物理的行為すなわち公権力の行使
に当たる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有す
るものに限られているところ(行政不服審査法第二条第一項)、被告の本件各通知
行為は右のような行政庁の物理的行為でないこと明らかであるからである。
(二) 本件各訴の利益について
原告の本件各訴には訴の利益がない。その理由は次のとおりである。
1 元来、「パリ」同盟条約による優先権の主張は、それ自体は、特許出願と別個
の主張と考えるべきものであるが、結局それは当該出願の日を遡らせ、特許出願に
ついての先後願関係、および新規性等に関する例外事由となるものにすぎないか
ら、当該発明の特許による保護と全く無関係に別個独立のものとして取扱う必要は
なく、右主張については、特許出願の審査にあたる審査官(勿論、審査官は前記先
後願関係および新規性等したがつて、その例外事由の有無についても、審査の権限
を有する。特許法第四九条第一号、第二九条、第三九条等)が当該出願の審査にあ
たり合わせ判断し、特許査定または拒絶査定の中にその一部として判断を示せば足
るものである。したがつて、優先権主張の適否についての審査権は専ら審査官に属
し、特許庁長官に帰属するものではない。それゆえ、審査官は、被告の前記失効通
知に拘束されず、原告の優先権主張が有効か否か自由に判断し、その結果に基き、
本件各出願の審査をして、特許査定または拒絶査定をすることができ、また一方、
原告も、被告の本件各通知行為に拘束されず、右拒絶査定不服の審判、第三者から
の特許無効の審判および特許権侵害訴訟等において、再度前記優先権主張の適否に
つき判断を求めることができるものである。そうとすれば、原告の前記各優先権の
主張は、被告の本件各通知行為によつてなんら影響を受けることなく、専ら適法な
優先権主張の手続が履践されたか否かに左右されること明らかであるから、原告が
被告の通知行為によつて法律上不利益を被つたとは毫も考えられず、したがつて、
これが取消を求める本訴請求は全く訴の利益を欠くものといわなければならない。
2 もつとも、被告は、「パリ」同盟条約による有効な優先権の主張があるとき
は、特許公報に出願公告の内容として該優先権の主張を掲載すること(同条約第四
条丁第二号、特許法第五一条第三項第六号)、また特許権の設定登録をする際、特
許登録原簿に該優先権の主張を記録すること(特許登録令施行規則第二八条第二
項)が各義務づけられているので、有効な優先権の主張があつたにもかかわらず、
これを看過または誤認して、右出願公告または特許登録原簿に該優先権の主張の掲
載または記録をしなかつた場合には、(イ)後になつて、この誤りを発見したと
き、職権をもつて出願公告に該優先権の主張を掲載する旨の訂正公報を発行し、ま
た特許登録原簿に該主張の追記をすることになつているから、もし原告の前記優先
権の主張が有効であるとすれば、被告は当然右訂正公報を発行すべきこととなり
(本件特許出願については、現在、出願公告まで行われている)、したがつて、右
訂正公報の発行を求めるため、原告は被告の本件各通知行為の取消を求める利益が
あるやに考えられ、(ロ)また、出願公告または特許登録原簿に優先権の主張の掲
載または記録がなされていなかつたために、優先権が存在しないものと思われて、
先後願関係および新規性等について無用の紛争を生じ、原告としては、優先権を立
証するため無用の努力を強いられるという不利益な立場に立たされるおそれがある
から、この不利益を免れるため、原告は被告の本件各通知行為の取消を求める利益
があるやにも考えられない訳ではない。
 しかしながら、右(イ)の点については、元来、出願公告または特許登録原簿に
優先権の主張を掲載または記録することは、優先権主張の効力要件でも対効要件で
もなく、それは専ら一般公衆に最初の出願日を知らしめることによつて特許異議の
申立または特許無効の審判の請求をするにつき便宜を与えるためであるから、特許
出願人としては、優先権の主張が特許公報または特許登録原簿に掲載または記録さ
れること、したがつて前記訂正公報の発行または優先権の追記がなされることにつ
いて、なんら特別の法的利益を有しないものである。それゆえ、原告は、右訂正公
報の発行につき、被告に対し、職権の発動を促がすは格別、なんら法律上の申立権
を有しないこと明らかであるから、これが発行を求めるため、被告の本件各通知行
為の取消を求める法律上の利益を欠くものというべきである。次に前記(ロ)の点
については、原告の前に述べた不利益はいまだ単なる事実上の不利益であつて、到
底これを法律上の不利益であるということはできないから、結局、原告は、右不利
益を免れるため、被告の本件各通知行為の取消を求める法律上の利益も有しないも
のというべきである。
(予備的請求に対し)
 原告の本件訴は、次の理由により、不適法である。すなわち、原告が本件訴訟に
おいて違法確認を求めている被告の行為は「被告が、原告の本件各特許出願につい
ての前記各優先権の主張につき、可否の決定をしないこと」であるところ、被告
は、右優先権の主張に対し、その可否を決定すべきなんらの権限も、また義務も有
しないものであるから、被告の前記不作為はいわゆる不作為の違法確認の訴の対象
とはなり得ないものである。したがつて本件訴は、不適法であつて、却下さるべき
である。
二 本案についての主張
(一) 請求原因第一項について
 「原告が本件各出願につき、昭和三七年(一九六二年)一一月二三日スイス国で
した各出願に基く優先権を、それぞれ、主張したこと、原告が右各優先権の主張を
する際、最初に出願をした同盟国の国名を誤つて記載したこと、原告が昭和三九年
二月一〇日、その主張のように、本件各優先権の主張を補正したこと」および
(二)の点は争う。しかし、その余は全部認める。
 被告の本件各通知行為は、原告主張のような行政処分ではない。その詳細は、前
記本案前の主張において述べたとおりである。
(二) 請求原因第二項について
 「本件各願書によると、本件各優先権の主張は、いずれも、昭和三七年(一九六
二年)一一月二三日フランス国でした出願に基くことになつていること、右フラン
ス国(第一国)出願の年月日と原告主張の優先権証明書におけるスイス国出願の年
月日とが全く同一であること、および原告が本件各出願において、各願書の欄外に
優先権を主張する旨明示していたこと」は認める。しかし、その余は全部争う。
 殊に、優先権の主張においては、絶対に手続の補正は許されないものというべき
である。なんとなれば、右主張をなすべき最終時期は特許法第四三条第一項により
特許出願時と定められているから、その後において、最初に出願をした同盟国の国
名や出願の年月日を訂正または変更(補正)することは新たな優先権の主張をする
ことと同一であつて、出願自体を改めてやり直さない限り、できないことであるう
え、もしこれができるものとすると、種々の問題点を生じて、第三者に不測の損害
を与えるおそれがあるからである。
 仮に優先権の主張においても、前記国名等の補正をすることが許されるとして
も、本件において、原告が手続補正書を提出したのは、優先権証明書を補正提出す
る趣旨であつて、右国名の補正をする趣旨ではなかつたものというべきである。
 また仮に、前記手続補正書によつて最初に出願をした同盟国の国名を「スイス」
と補正したものであるとしても、原告が被告に対し右補正書を提出したのは「スイ
ス」国での出願日である昭和三七年(一九六二年)一一月二三日から一年、すなわ
ち「パリ」同盟条約による優先期間を経過した後のことであるから、かかる補正は
許されないというべきである。
 したがつて、本件各出願における各優先権の主張が、前記願書の記載のとおり、
いずれも前同日付「フランス」国出願に基くことを前提とする被告の本件各通知行
為には、なんらの違法事由も存在しない。
(三) 予備的請求の原因について
 「原告の本件各優先権の主張に対する被告の本件各失効通知が単なる行政上のサ
ービスであつて、なんら右主張に対する法律上の応答行為(行政処分)ではないこ
と、および被告が現在まで、原告の本件各優先権の主張につき、なんら右応答行為
をしていないこと」は認める。しかし、その余は全部争う。
 元来、被告は、優先権の主張に対し、なんらその可否を決定すべき権限もまた義
務も有しないものであるから、本件各優先権の主張に対する被告の前記不作為は当
然である。したがつて、本件予備的請求もまた理由がない。
第四 被告の本案前の主張に対する原告の答弁
一 本位的請求関係
(一) 本件各訴の対象について
この点に関する被告の主張は全部争う。
1 原告が本訴訟において取消を求めている被告の本件各通知行為は、次の理由に
より、取消訴訟の対象となる行政処分であるというべきである。
(1) 被告の本件各通知行為の外観
 右通知は、いずれも、結論(主文にあたるもの)と理由を備えた明確な書面であ
るので、結論の部分の「通知する」ということが法律上いかなる意味をもつものか
解釈の余地ある点を除けば、行政庁のする処分の表示行為としては、その完全な外
観および形式を具備しているものである。
(2) 被告の本件各通知行為の内容およびその法的性質
 この点の如何は、結局、右「通知する」という文言の法律上の意味如何にかかる
が、これが単なる念のための法的効果のない失効通知を意味するのか、それとも、
処分そのものが通知によつて行われ、客観化されたことを意味するのかは、単に用
語だけからではなく、優先権主張の法的性質およびこれに関する諸般の事項を勘案
して、実質的に判断すべきものである。そこで、この見地から考えてみると、
(イ) 「元来、パリ同盟条約による優先権の主張は、同盟の一国に対し工業所有
権について合式の出願をした者が、我が国への出願において、同条約による優先権
を右出願の一部とすること、少くとも右優先権を有するという法律上の地位につい
て、確認または証明を、同条約に基く出願人の権利として、特許庁(同庁は、工業
所有権に関する事務を、独立して集中的綜合的に処理する専門の行政機関であつ
て、パリ同盟条約第一二条第一項にいわゆる工業所有権に関する特別の部局に当
る)に対し請求する手続的意思表示であるから、右主張があるときは、特許庁は、
当然、その可否の決定、すなわち該優先権の主張を容認するか否かにつき応答をす
るべき法律上の義務を負うこと」(優先権主張の法的性質)、ところで、「特許庁
長官は、特許庁の事務を統轄する者であるから、法令によつて特に他の者、例えば
審査官、審判官等の権限とされているものを除き、工業所有権の出願(この中に優
先権の主張も含まれる)について決定をする権限を一般的に有するものであるこ
と」、しかるに「優先権の主張につき決定をする権限は、法令上、前記他の者には
特に認められていないこと」、また「優先権の主張は特許庁に対する手続である
が、右手続は、全体として一つの要式行為であるので、優先権主張についての特許
庁の審査は、パリ同盟条約第四条丁第四号の規定から、右主張手続の適否だけ、す
なわち手続について方式の履践の有無、結局方式の審査だけであるところ、一般
に、特許庁に対する手続の方式につき審査をする権限は特許庁長官にあり、殊に、
審査の結果、手続を失効させる権限は専ら同長官にあるので(特許法第一七条、第
一八条)、このことは優先権主張の審査の場合も全く同様であること」、もつとも
「特許法第四三条第四項は、優先権の主張をした者が同条第二項に定める方式に違
反した場合は、該優先権の主張はその効力を失う旨定めているが、同条項は、むし
ろ、方式違反による失効処分の一般原則である同法第一八条の特別規定として、補
正命令を要せず、直ちに失効処分ができることを定めたものというべきであるこ
と」(以上、要するに、被告は優先権主張の適否についての審査および処分の権限
者であること)、ところで「本件各失効通知は特許庁長官である被告の名において
原告に対しなされていること」(本件通知の名義人および名宛人)、また「本件各
失効通知の内容は、原告の優先権の主張に対し特許法第四三条第四項を適用して、
右優先権の主張は効力を失つたという法律判断を表示したものであること」(本件
通知の内容)、および「特許庁は、従来、優先権の主張を認容するときは、被告が
特許公報に該優先権の主張を掲載し、また特許権の設定登録をする際、特許登録原
簿に該主張を記録することにしているが、優先権の主張を否認するときは、被告が
本件のような失効通知を出願人に送付するほか、なんらの応答もしていないこと」
(優先権主張に対する特許庁の取扱)等に徴すれば、被告の本件各通知行為は、い
ずれも、原告の優先権主張に対する特許庁の法律上の応答行為であるというべきで
ある。
(ロ) これに反し、本件通知を単なる念のための法的効果のない失効通知と考え
るべき必要性、合理性および実益は全くない。蓋し、本件通知が右のような通知と
すれば、特許庁は、右通知によりなんら前記応答義務を免れず、優先権主張は特許
庁に対する法律上の請求として依然有効に存続するから、そのまま放置すれば、特
許庁は右応答義務違反として国家賠償責任を免れない立場となり、一方出願人とし
ても、法的に無意味な通知を受けるにすぎないこととなつて、いずれにせよ、これ
では全く優先権制度の建前に反し、実情に即せず、また、そのように解することに
ついてなんらの実益も認め得ないからである。
(ハ) したがつて、被告の本件各通知行為は、原告の本件各優先権の主張に対す
る特許庁の応答行為として、該通知により右各主張を却下(拒絶)する旨の処分
(但し、確認的、公証的行政処分)をしたものというべきである。
(3) 被告の本件各通知行為による原告の不利益
 ところで、特許庁が優先権主張を却下したときは、具体的な実体権としての優先
権自体は、勿論、これによつて喪失させられる訳ではないが、特許庁としては、当
該出願にかかる発明が特許され得る場合であつても、なお前記特許公報および特許
登録原簿への優先権主張の掲載および記録の各義務を免れるので、結局、原告は、
被告の本件各通知行為によつて、右具体的優先権の行使に重大な制限を受け、ひい
て当該特許権自体も制限されるという法律上の不利益を受けるものである。なんと
なれば、特許公報に掲載のない特許権は登録されてもその効力を生じないものと解
され、また特許登録原簿に記録のない権利変動はその効力を欠くか対抗力を有しな
いものとされているので、特許権の内容の一部となる優先権が特許公報に掲載され
ず、また特許登録原簿にも記録されないものである以上、原告の前記具体的優先権
は、依然消滅していないとしても、その完全な効力を生じないか、または対抗力を
欠くものと解せざるを得ないからである。
(4) よつて、被告の本件各通知行為は、その外観、内容およびその法的性質な
らびにこれによる原告の不利益に照らし、取消訴訟の対象となる行政処分であると
いうべきである。
2 仮に、被告の本件各通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分に該当しないと
しても、右各行為は、なお、取消訴訟の対象となる事実的行為に該当するというべ
きである。蓋し、被告の本件各通知行為(優先権主張の拒絶行為)は、前記のよう
に特許公報および特許登録原簿への優先権主張の掲載および記録の各義務を免れさ
せるので、その結果、原告は、本件各出願には優先権が不存在であるとの法律上な
いし事実上の推定を受けることを免れず、結局そのため種々の不利益を被むるもの
であるからである。すなわち、被告の特許公報および特許登録原簿への優先権主張
の掲載および記録は、「パリ」同盟条約および国内法令によつて義務づけられたこ
とであるので、右掲載および記録の有無は、第三者にとり、優先権の有無を判断す
る重要な資料であり、一方、出願人ないし特許権者にとつても、優先権を第三者に
対抗できる実質的な理由は、優先権固有の公示方法が設けられていないことから、
主として前記特許公報への掲載および特許登録原簿への記録にあると解されるとこ
ろ、右公報および登録原簿は、相まつて独占的な特許権の内容を公示する法律上の
手段として、その正確性が確保せられているものであるから、何人もこれらの記載
に全幅の信頼をおかざるを得ない公の証明力を有するというべく、したがつて、優
先権主張の拒絶により特許公報および特許登録原簿に右主張が掲載および記録され
ていない場合は、当該出願には優先権が不存在であるとの法律上ないし事実上の推
定が働くものというべきである。ところで、右推定が認められるとすれば、出願人
ないし特許権者は先後願関係、新規性および先使用による実施権の有無の判断その
他の点で種々の不利益を受けるこというまでもない。例えば、特許権侵害訴訟にお
いて、原告の優先権が肯認されれば相手方の行為は権利侵害となり、反対に右優先
権が否認されれば相手方には先使用による実施権が認められるとする場合、仮に前
者の趣旨が認定されても、相手方の行為は特許公報および特許登録原簿に優先権の
主張が掲載および記録されていない事実に対する信頼に基くときは、右信頼は前記
推定の結果として当然保護されるべきものであるから、相手方の行為は、損害賠償
請求については、故意、過失がないものとして評価され、賠償責任を免れるに至る
こと明らかであろう。そうとすれば、被告の本件各通知行為は、取消訴訟の対象と
なる行政処分には当らないとしても、なお、叙上のような不利益をもたらし、結
局、原告の優先権を侵害し、ひいて原告の特許権の範囲をも制限するに至るものと
して、現行行政事件訴訟法の下では、まさに取消訴訟の対象となる事実的行為に該
当するというべきである。
(二) 本件各訴の利益について
この点に関する被告の主張は全部争う。
原告の本件各訴には訴の利益がある。その理由は次のとおりである。
1 被告の本件各通知行為は、前記のように、原告の権利としての請求である優先
権の主張を却下したものであるから、それ自体、既に原告の権利もしくは法律上の
地位について直接、侵害を与えたものというべきである。したがつて、本件各訴
は、右侵害の排除を目的とする点で、訴の利益があるこというまでもないが、なお
そのほかに、被告の本件各通知行為により原告が不利益を被つたこと前叙のとおり
であるから(前記(一)、1(3)参照)、右不利益を免れる点にも本件各訴の利
益があるものというべきである。
2 次に、優先権を否定されて公告、登録された特許権については、一般に特許権
の付与自体に対する不服申立方法は勿論、その他なんらの救済手段も認められてい
ない反面、優先権の効力は、特許権が成立した後は当該特許権の内容の一部として
特許権の権利範囲を左右するものであるから、優先権を認めるか否かは、単に特許
権の権利行使の段階の問題にとどまらず、それ以前の特許査定手続に関する問題に
ほかならないというべきである。したがつて、優先権の存否の問題は、特許庁が査
定した特許権の内容自体に関する問題、すなわち特許権に付与された優先権の効力
に限定された、その枠内における、特許権自体の内容に対する処分として、予め裁
判所の司法的審査を受ける利益と必要があり、これを否定すべき理由は何もないか
ら、この点にも本件各訴の利益があるものというべきである。
3 更に、特許権は技術の公開に対応して与えられる独占的支配権であるから、本
来、同時に不特定多数人が直接支配の相手方となることを予定しているものであ
る。したがつて、優先権を否定された特許権者が優先権を主張する場合は、多数の
相手方各人に対しいちいち訴を提起するほかないものであるが、これは、権利者に
とり、耐え難い不利益且つ負担であるのみならず、多数人に対するものである関係
上、著しく法的安定を害し、また無用の訴訟を頻発させることになつて、国家経済
上も有害無益である。それゆえ、特許権者は、不特定多数の相手方に対し、予め優
先権の存在を有効に知らしめ、もつて権利者および相手方の不測の損害を予防する
必要がある。しかし、その方法は、本件訴訟を認める以外、全くない。そうとすれ
ば、本件各訴は、この点においても、また訴の利益があるものというべきである。
二 予備的請求関係
この点に関する被告の主張は全部争う。
原告が本件訴訟において違法確認を求めている被告の行為は、いわゆる不作為の違
法確認の訴の対象となり得るものである(前記本位的請求関係の(一)、1、
(2)、(イ)参照)。
第五 立証(省略)
       理   由
第一 本件各訴の適否(本案前の主張の当否)についての判断
一 本位的請求関係
 まず本件各訴の対象について考えてみると、原告が本件訴訟において取消を求め
ている被告の行為は、被告が、原告の本件各出願(請求の趣旨記載の各特許出願)
についての工業所有権の保護に関する「パリ」同盟条約による各優先権の主張につ
き、昭和四一年二月四日付書面をもつてした本件各通知行為(請求原因第一項
(一)記載の各通知行為)であることは、原告の主張自体により明らかである。
 そこで、被告の本件各通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分または事実行為
であるか否かについて判断する。
(一) 取消訴訟の対象となる行政処分であるか否か
 被告の本件各通知行為が、行政庁の、典型的な行政処分の形式をとつておらず、
一見単なる通知であるかのような形式をとつていることは、その外観的形態ないし
外部的表示に照らし疑いがない。しかるに、原告は、右行為の実体は、通知という
形式により行政処分が行われたもの、すなわち被告が原告の本件優先権の主張を却
下しその効力を否認した確認的、公証的行政処分であると主張し、一方被告は、本
件各通知行為は、単なる事実行為であつて、なんら法的効果を生じないもの、すな
わち原告の優先権の主張が法律上当然に失効した結果を念のために通知した行政上
のサービスであると主張する。そこで、被告の本件各通知行為の本質について按ず
ると、右行為が行政処分であるかまたは事実行為としての失効通知にすぎないか
は、単に右行為の形式またはこれに用いられた言葉だけから判断すべきものではな
く、広く優先権主張の本質および効果、右主張の適否についての審査権限、右審査
の結果、本件失効通知の内容および被告が右通知をした根拠等、諸般の事情を勘案
して、実質的に且つ慎重に判断すべきものである。蓋し、本件各通知行為は、一見
して、その本質が必ずしも明白であるとは言い難いものであるうえ、原告(出願
人)にとつては、ともかく優先権主張の効力に関する重大な要因であり、しかも右
行為の本質が行政処分または事実行為のいずれであるかは、原告が事後これに対処
するうえできわめて重要な意味をもつものであるからである。よつて、以下この見
地から考察する。
1 優先権主張の本質および効果
 本件にかかる少くとも「ロンドン」改正時までの優先権は、「パリ」同盟条約加
盟のいずれか一国(第一国)において合式の工業所有権保護のための出願をした者
またはその承継人が、同一の目的物につき、他の同盟国(第二国)において出願を
することに関し、一定期間内に限り、享有することができる特別な利益(但し、出
願に附随する特別な利益)である。
右にいわゆる特別な利益とは、後の出願(すなわち第二国における出願)が、先後
願関係や新規性等の判断の場合には、最初の出願(すなわち第一国における出願)
の時に出願されたと同じ取扱を受けること、換言すれば、第二国出願について、先
後願関係や新規性等の判断の基準日としての出願日を第一国出願の日にさかのぼら
せることができるという利益である。ところで、優先権は同盟国の第一国における
最初の出願によつて発生するが、それだけではいまだ観念的な利益にすぎず、優先
期間内に第二国において出願する際、これを主張することによつて始めて現実的な
効力を生ずる。したがつて優先権の主張は、「パリ」同盟条約加盟の第一国におけ
る最初の出願によつて生じた観念的な優先権を、同条約加盟の第二国における出願
の際、現実に発効させ、その利益を享受するための手段である。右手段は、勿論、
第二国への出願を前提とし、該出願を離れては考えることができないから、当然出
願手続上の行為である。しかし、それは、最初から第二国出願そのもの、または第
二国出願の一部ではなく、本来は、出願とは別個の、出願に附随した手続上の行為
であると解するを相当とする。蓋し、優先権自体が、前記のように、出願に附随す
る特別の利益であるにすぎないからである。
 そこで、出願とは別個の、出願に附随した手続上の行為としての優先権主張の本
質について考えてみると、右主張は、前記第一国出願により発生した優先権を、第
二国出願の際、援用して、現実にその効力を生ぜしめ、もつて直接、前記利益を享
受することを目的とする、手続上の単独行為であるというべきである。なんとなれ
ば、優先権の主張は、本来、優先権者の権利行使の手段であつて、それは、直接
に、ある効果を生ぜしめることを目的とする独立且つ自足的な性格のものであり、
決して優先権者が特許庁に対し、優先権の効力の発生を請求したり、または右効力
が発生したことの確認もしくは優先権者である法律上の地位の確認等を請求する、
他律的且つ間接的な性格のものであるとは解されないからである。ところで、出願
手続上の行為としての優先権の主張には、
一定の方式が要求される(「パリ」同盟条約第四条丁、特許法第四三条)。したが
つて、右方式に従つた適式の優先権主張は、直接に、すなわち特許庁長官または審
査官等の、要するに特許庁の応答行為を要せず、直ちに、第二国出願の日が、先後
願関係や新規性等の判断の場合には、第一国出願の日にさかのぼるという効果を生
ずる。そして、優先権主張は、右効果の発生によつて目的を達成し、爾後は、出願
(第二国出願)そのものの中に吸収され、その一部となる。それゆえ、特許庁は、
その後においては、該出願を出願日(但し、先後願関係および新規性等の判断の基
準日としての出願日)が第一国出願の日にさかのぼつたものとして審査し、特許査
定または拒絶査定をすれば足り、いまさら優先権主張を認めるとか、認めないとか
の応答をする必要も、また、その義務もない。
 しかしながら、不適式の優先権主張は、それがあつても、直接に前記効果を発生
せず、したがつて、依然として、出願とは別個の手続上の行為である性格を失わな
い。そして、不適式の態様により、次のような評価を受ける。すなわち、(イ)特
許法第四三条第一項に定める方式に違背した場合は、優先権の主張は無効であり
(旧特許法施行規則第四〇条第一項参照)、(ロ)また、同条第二項に定める方式
に違背した場合は、優先権の主張は、同条第四項により、当然に、その効力を失
う。―したがつて、特許庁は、この場合も、右優先権の主張に対し、ことさらこれ
を却下するとか、その効力を否認するとかの応答(行政処分)をする必要も、ま
た、その義務もない。
2 優先権主張の適否についての審査権限
 優先権の主張は、本来、出願とは別個の、特許庁に対する単独行為であつて、し
かも右主張の手続には一定の方式が定められていること、前記のとおりである。し
たがつて、優先権の主張に対しては、特許庁における手続上は、出願とは別個に、
該主張の適否について審査をする必要がある。ところが、この場合、何人が優先権
主張の適否につき審査をするのかについては、なんら法令上、明文の規定がない。
ただ、特許法第四三条第一項に、優先権を主張する者はその旨ならびに第一国出願
の日および第一国の国名を記載した書面を特許庁長官に提出すべきこと、また同条
第二項に、優先権の主張をした者はいわゆる優先権証明書を特許庁長官に提出すべ
き旨が規定されているだけである(なお、実用新案法第九条第一項、意匠法第一五
条第一項および商標法第一三条第一項参照)。しかし、右各条項は、単に優先権主
張の申立書および優先権証明書の提出先を特許庁長官と規定したにすぎないもの
で、なんら実質的に優先権主張の適否についての審査権限が特許庁長官にあること
を定めたものではないというべきである。蓋し、優先権の主張は、出願とは別個の
手続上の行為である反面、結局は、出願日いかんの問題として、出願そのものと一
体になるべきことを目的とする、出願に附随した行為であるというべきところ、右
出願においては、これを審査する権限は専ら審査官にあるにもかかわらず、その願
書は特許庁長官に提出すべき旨定められているものであるからである(特許法第四
七条、第三六条、実用新案法第一〇条、第五条、意匠法第一六条、第六条、商標法
第一四条、第五条参照)。
 そこで、特許庁における優先権主張の適否についての審査権限の所在について考
えてみると、右審査の内容には、一応、次の二つのものが考えられる。すなわち、
第一が優先権主張の実体上の要件の審査であり、第二が右主張の手続上の要件の審
査である。第一の点は、いわゆる出願人が同一か否か、目的物が同一か否か、およ
び第二国における出願が優先期間内になされたものであるか否かの審査であり、第
二の点は優先権主張の手続が「パリ」同盟条約第四条丁第一号、第三号、第四号お
よび特許法第四三条第一項、第二項に定められた方式を履践しているか否かの審査
である。しかしながら、後者の審査は、主として前者の審査の前提関係にあるもの
であつて、結局は前者の審査に奉仕するものといつて妨げなく、しかも、方式の審
査も、また、一般には、特許法第四七条にいわゆる審査の一種であることを免れな
いうえ、優先権の主張は、要するに実体的には、発明、考案等の新規性喪失および
先願主義の例外事由等にかかわるもので、且つ手続的には、出願に附随した行為で
あるにすぎないこと前記のとおりである。そうとすれば、優先権主張の適否につい
ては、その実体上および手続上の要件とも、すべて、特許出願等の審査権者とし
て、発明、考案等の新規性の有無および先後願関係等につき審理判断をする職責を
有する審査官に、これを審査させるのが最も合理的且つ法律上の根拠あるものとい
うべきである(特許法第四七条、第四九条第一号、第二九条、第三九条、実用新案
法第一〇条、第一一条第一号、第三条、第七条、意匠法第一六条、第一七条第一
号、第三条、第九条、商標法第一四条、第一五条第一号、第八条参照)。したがつ
て、特許庁において、優先権主張の適否につき審査をする場合、その権限は、専ら
審査官、ひいてまた審判官にあるものと解するのが相当である。
3 優先権主張についての審査の結果
 優先権主張についての審査官の審査は、勿論、当該出願の審査の際なされるが、
右審査の結果、優先権主張が、その手続上の要件および実体上の要件とも、すべ
て、これを適法に具備する場合には、右主張は、直接に、第二国出願の日が、先後
願関係や新規性等の判断の際には、第一国出願の日にさかのぼるという効果を生
じ、爾後、審査官は、当該出願を右各判断の基準日としての出願日が第一国出願の
日にさかのぼつたものとして審査し、特許等の査定または拒絶査定をすることにな
る。そして、他方、特許庁長官も、出願公告の場合には、特許公報等に右公告の内
容として優先権の主張を掲載し(「パリ」同盟条約第四条丁第二号、特許法第五一
条第三項第六号、実用新案法第一三条等参照)、また、特許権等の設定登録をする
場合には、特許登録原簿等に優先権の主張を記録すること(特許法第二七条、特許
登録令第一〇条、第一六条第一号、特許登録令施行規則第二八条第二項、実用新案
登録令施行規則第三条第三項等参照)が各義務づけられているものである。もつと
も、特許庁長官が右出願公告および特許登録原簿等に優先権の主張を掲載または記
録することは、主として、一般公衆に最初の出願国および出願日を知らしめること
によつて、不測の損害の発生を防止し、併せて特許異議の申立または特許無効の審
判の請求等をするにつき便宜を与えるためであるから、前記掲載または記録の点を
捉えて、逆に、優先権の主張は、特許庁に対し、出願公告(特許公報)および特許
登録原簿等に第一国出願の国名および出願の年月日を掲載または記録することを請
求する申立であるとか、または優先権の主張には当然に右請求が包含されていると
か、解することは到底できない。
 これに反し、優先権主張が、その手続上の要件を適法に具備しない場合には、右
主張は、その不適式の態様により、無効または失効すること前叙のとおりであり、
また優先権主張が、その手続上の要件は適法に具備するけれども、実体上の要件を
適法に具備しない場合には、右主張は勿論、無効であるというほかないから、以上
の各場合には、審査官は、優先権の主張にかかわらず、これがなかつたものとし
て、当該出願につき特許等の査定または拒絶査定をすれば足るものというべきであ
る。したがつて、他方、特許庁長官も、右各場合には、出願公告をする際、特許公
報等に右公告の内容として優先権の主張を掲載し、また特許権等の設定登録をする
際、特許登録原簿等に優先権の主張を記録する義務がないことはいうまでもない。
4 本件各失効通知の内容および被告が右通知をした根拠
 本件各失効通知の内容は、要するに、被告が原告に対し、原告の本件各優先権の
主張は、昭和三八年(一九六三年)二月二七日付「フランス」国出願に基くことを
前提として、特許法第四三条第二項に定められた期間内に右主張に合致したいわゆ
る優先権証明書を提出しなかつたため、同法同条第四項によつて当然に失効したか
ら、その旨通知するというにあることは、右通知の文言により明らかである。そし
て、本件弁論の全趣旨によれば「被告は、従来このような場合、すなわち優先権の
主張が特許法第四三条第四項によつてその効力を失つたと認められる場合には、当
該出願を審査する審査官の判断とは別に、独自の立場で、出願人に対し、行政上の
サービスをする認識で、本件のような通知を行い、もつて優先権主張が出願の審査
の段階で認められないおそれがあることを前もつて注意し、予め出願人にその対策
を準備する機会を与える慣例であつたこと、および特許庁の実務においては、右失
効通知がなされたときでも、いわゆる優先権証明書はこれを受理し、審査官に回付
して、被告の判断とは別に、審査官が優先権主張の適否につき自由な判断をするこ
とができるようにしてあること」を認めることができる。なお、法令上、被告に対
し、出願人にあて本件のような優先権主張の失効通知をなすべき旨命じている規定
は勿論ない。
 以上の検討を綜合すると、被告の本件各通知行為は、どの点から考えても、被告
の原告に対する行政処分、すなわち被告が原告の本件各優先権の主張を却下し、そ
の効力を否認した確認的、公証的行政処分を、通知という形式で行つたものとは到
底解することができず、むしろ、右行為は、文字どおり、被告が原告に対し、原告
の優先権の主張が法律上当然に失効したという意見を、右主張について、審査する
権限を有する審査官の判断とは別に、被告独自の立場から、出願人に対する行政上
のサービスとして、注意的に通知したもの、すなわち被告が法に基きその権限の行
使としてした処分ではなく、単なる事実行為としての失効通知をしたにすぎないも
ので、原告の権利、義務(本件優先権主張の効力)につきなんら変動を及ぼさない
ものと解するを相当とする。したがつて、被告の本件各通知行為は、取消訴訟の対
象となる行政処分ではないものというべきである。
 もつとも、
1 成立に争いない甲第四号証および弁論の全趣旨によれば「被告は本件各通知行
為に対する原告の請求原因第一項(三)記載の各異議申立につき、決定をする際、
本件各通知行為の性質が前記のように単なる事実行為として失効通知にすぎないな
らば、右行為は行政不服審査法第六条による異議申立の対象とならないこと明らか
であるから(同法第二条第一項参照)、当然被告は同法第四七条第一項により前記
異議申立を却下すべきであつたにもかかわらず、これをなさないで、漫然本件各通
知行為が同法第六条による異議申立の対象となるものと認め、右各異議申立につき
実体上の判断をして、同法第四七条第二項により、これを棄却する旨の決定をした
こと」が認められるが、右決定をしたからといつて、被告の本件各通知行為の本質
が他のものになる訳のものでないこというまでもないから、右事実の存在は、いま
だ前記判断の妨げにならないものというべきである。
2 また、被告の本件各通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分でないとすれ
ば、原告の本件各優先権の主張が、当該出願の審査の際、前記のように無効または
失効したものとして扱われた場合には、これを争い、原告の利益を擁護するために
は、優先権主張につき独立の救済手段を設けていない現行法の下においては、原告
は、当該出願についての拒絶査定もしくは特許に対する不服申立または権利侵害訴
訟等が提起された際、すなわち、優先権主張が認められないまま当該出願につき拒
絶査定を受けた場合には、右査定に対する不服申立の手段である審判および訴訟等
の際、また、優先権主張は認められないとされながらも特許査定を受けた場合に
は、第三者に対する特許権の侵害訴訟もしくは右特許に対する第三者からの無効審
判および訴訟等の際に、それぞれ、審査官の優先権主張に対する判断の違法性を指
摘して、再度優先権主張の有効性を主張するほかないものであるが、かくては、出
願人たる優先権主張者の権利救済に迂遠且つ間接的であること明らかである。これ
に対し、被告の本件各通知行為が取消訴訟の対象となる行政処分であるとすれば、
優先権を主張した原告は、直ちに、すなわち当該出願についての拒絶査定または特
許査定を待たず、前記異議申立を経由したうえ、右行為の取消訴訟を提起して、出
願審査の早い段階で、簡明且つ直截に権利救済を受け得ること明らかであるから、
この点きわめて合理的な結果を生むものというべきである。しかしながら、優先権
主張が認められなかつた場合の救済手段が合理的であるか、そうでないかとの一事
により、いわば或る結果の良否だけから考えて、その他の面からの考察、特に本質
論からの考察を無視し、本件各通知行為の本質を断定することはできないから、前
記事情の存在は、優先権主張につき独立の救済手段を設けよとの立法論を提唱する
契機となるは格別、これだけでは、いまだ前記判断を覆すに足りないものというべ
きである。
(二) 取消訴訟の対象となる事実行為であるか否か
 行政事件訴訟法第三条および行政不服審査法第二条の趣旨に照らすと、取消訴訟
の対象となる事実的行為とは、行政庁のすべての事実行為を指すものではなく、行
政庁が公権力の行使として、法に基き、特定の行政目的達成のため、国民の身体ま
たは財産等に実力を加える事実上の行為のうち、国民の権利自由に対する侵害の可
能性が大きいもの、特に人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有する
ものに限られると解するを相当とする。しかるに、被告の本件各通知行為は、行政
処分でないことは勿論、事実行為としても、前記侵害の可能性のない、単なる事実
上の失効通知にすぎないこと、前認定のとおりである。そうとすれば、被告の本件
各通知行為は取消訴訟の対象となる事実行為にもまた該当しないものというのほか
ない。
 以上の点に関する原告の主張は、要するに、取消訴訟の対象となる事実行為の概
念ならびに被告の本件各通知行為の本質およびその効果についての誤解に基くもの
であるから、深く立ち入るまでもなく、採用できない。
(三) 以上のとおりであるから、原告の各本位的請求は、爾余の点につき判断を
するまでもなく、不適法であるというべきである。
二 予備的請求関係
 原告が本件訴訟において違法確認を求めている被告の行為、すなわち予備的請求
の対象は、要するに、被告が、原告の本件各特許出願についての前記各優先権の主
張につき、可否の決定をしないことであることは、原告の右請求における主張自体
により明らかである。しかるに、被告は右優先権の主張に対し、その可否を決定す
べきなんらの権限もまた義務も有しないことは、既に説明した優先権主張の本質お
よび効果、右主張の適否についての審査権限ならびに右審査の結果等に照らし、今
更多言をするまでもない。そうとすれば、被告の前記不作為は、いわゆる不作為の
違法確認の訴の対象とはなり得ないものというべきである。したがつて、予備的請
求もまた不適法であるというのほかない。
第二 結論
 よつて、原告の本件各訴は、本位的請求および予備的請求とも、いずれも、これ
を不適法として却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主
文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 古川純一 牧野利秋)

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