弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人小林明政の上告趣意は、第一、二点を通じ、憲法違反及び判例違反をいう
が、結局は、原審が被告人には火災発生の危険を防止すべき注意義務があるのに、
これを怠つた重大な過失があるとした点並びに本件火災が被告人の右重大な過失に
因り発生したものであるとした点につき、法令違反及び事実誤認を主張するものに
外ならず、引用の諸判例は本件と事案を異にし適切を欠き、所論はすべて刑訴四〇
五条の上告理由に当らない。なを、論旨第一点は、要之、被告人は本件ガソリンの
漏洩より生ずる火災発生の危険予防の責任を負担すべき者に非ず、その責任は消防
法及び三原市危険物取締条例の諸規定により挙げて火気管理者たるC油槽所長Aに
おいて負担すべきものであるというのであるが、仮りに所論の如く、本件ガソリン
が判示石油会社の所有に属し、油槽所長Aが同会社及び税関のためこれを占有し、
所論諸法令の規定による危険物取扱責任者として、本件ガソリンについての火気管
理者であるとしても、本件第一審判決挙示の各証拠を綜合すると、被告人は油槽船
第三五B丸の甲板長として、船長及び一等航海士の指揮を受けて荷役関係、甲板部
の作業、即ち具体的に云えば、積油の積込、荷揚等の荷役準備、油送ホースの連結、
バラスト排水、排水バルブの開閉整備、荷油ポンプの始動等を担当する責任者であ
ること、油の荷揚に関する取扱業務は、油槽船の油送管と油槽所の油送管(先端の
ホースを含む)との接合点を境として海陸に分担され、積油が油槽船の放油口から
油槽所の油送ホースに移るまでは、未だその陸揚を完了しおらず、その取扱業務は
挙げて海側、即ち油槽船側にあることが明白であるから、被告人は甲板長として前
示職責上、火気管理者Aの取扱責任とは別個且つ独立に、本件ガソリンの第三五B
丸船外排出弁よりの漏洩による火災発生の危険予防措置を講ずべき注意義務あるも
のといわなければならず、この点についての原判示は正当である。(所論引用の大
審院刑事判例は、煙突の占有者に雇使されてその掃除に従事する者の失火責任に関
する判例であるのみならず、同判例の趣旨とするところは、かかる者は煤煙の堆積
より生ずる危険予防の責任を当然負担すべきものに非らずして、その責任は雇傭契
約の内容如何により定まる旨判示したに止まり、雇傭契約の趣旨によつては叙上責
任を負担すべき場合あることを示唆しおり、決して、煙突の占有者のみが危険予防
の責任者であるとは判示していない。また東京高裁判例は重失火罪、重過失致死傷
罪における他人の過失の存在と重過失者の罪責の有無に関するものであつて、所論
の点には関係なきものであるし、大阪高裁判例は、撮影所フイルム取扱責任者が営
業主(撮影所)の側におけるフイルム貯蔵所の構造、設備、防火施設等の不備ある
ため、失火責任なしとされた事例を判示せるものであつて、本件とは事案の内容を
異にするものである。)論旨第二点は、要之、右大阪高裁判例を引用した上、若し
危険物貯蔵所の営業主たる原判示石油会社が、所論諸法令の規定を遵守してガソリ
ン漏洩防止装置を完備し且つ火気管理者たる油槽所長Aが終始荷揚に立ち合いガソ
リン漏洩防止に留意したならば、本件火災は発生しなかつた筈であるのに、右会社
及びA所長が叙上危険予防の責任を果さなかつたために本件火災が発生するに至つ
たもので、被告人には本件重過失失火罪の罪責はないというに帰するが、右大阪高
裁判例の認定した事案は本件と異るのみならず、原審の確定した本件火災発生に至
るまでの経過、その諸原因に徴すると、仮りに所論の如く、判示石油会社及びA所
長が本件ガソリンの漏洩より生ずる火災発生の危険予防の責任を尽さなかつた過失
があるとしても、いやしくも被告人自身の重大な過失が失火に対し一つの条件を与
えた以上は、その重過失が右結果に対し唯一の原因ではなく他人の過失と相挨つて
共同的に原因を与えた場合であつても、その責任を負うべきものと解するのが相当
であり、且つ、被告人自身が前示注意義務を尽さなかつた重大な過失あること及び
その重大な過失が本件失火の結果に対し一つの条件を与えたものであることについ
ての原判示は正当である。
 また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとお
り決定する。
  昭和三四年五月一五日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

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