弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
1 原判決中,上告人敗訴部分のうち,上告人の請求並びに被上告人の賃料確認請
求及び平成11年4月分以降の未払賃料支払請求に係る部分を破棄する。
2 前項の部分につき,本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人澁谷真ほかの上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,不動産賃貸等を目的とする資本金10億円の株式会社で,株式
会社Dコーポレーションのグループ企業である。被上告人は,不動産賃貸を目的と
する資本金1000万円の株式会社であり,平成4年3月までは繊維織物業を目的
としていた。
 (2) 被上告人は,繊維織物工場の操業を廃止し,遊休地となった工場敷地(以
下「本件土地」という。)の有効活用方法について検討していたところ,上告人か
ら,転貸を目的とした一括借上げを内容とするワンルームマンション156戸の家
賃保証付き賃貸運営業務代行を上告人において行う旨の提案を受けた。被上告人は
,上告人と交渉を進めた結果,平成4年2月5日,上告人との間で,7階建ての共
同住宅(第1審判決別紙物件目録記載1の建物部分を含む1棟の建物)及び4階建
ての事務所棟(同目録記載2の建物部分を含む1棟の建物)の2棟の建物を被上告
人において建築し,その一部を,①賃貸期間は平成5年4月1日から20年,②賃
料単価は,住宅部分については1坪当たり月額9350円以上,事務所部分につい
ては同9680円以上,駐車場については1台当たり月額1万円以上とし,③賃料
は2年ごとに5%ずつ増額することなどの条件で,転貸事業目的で上告人に賃貸し
,上告人は転借人の有無にかかわらず賃料を支払う旨の予約等を内容とする業務委
託協定(以下「本件業務委託協定」という。)を締結した。
 (3) 被上告人は,金融機関から多額の融資を受けて上記2棟の建物を建築し,
平成5年3月15日,上告人との間で,本件業務委託協定に基づき,第1審判決別
紙物件目録記載1の住戸128戸及び駐車場90台分(以下「本件建物部分1」と
いう。)及び同目録記載2の7区画(以下「本件建物部分2」といい,本件建物部
分1と併せて「本件各建物部分」という。)について,次の内容の契約(以下「本
件契約」という。)を締結し,本件各建物部分を上告人に引き渡した。
 ア 被上告人は,本件各建物部分を上告人に賃貸し,上告人がこれを第三者に転
貸することを承認する。
 イ 期間は,平成5年4月1日から20年間とする。
 ウ 賃料は,本件建物部分1の住戸部分につき月額652万8000円,駐車場
部分につき月額50万円,本件建物部分2につき月額225万1060円とする。
 エ 平成7年4月1日以降は,上記の賃料額をそれぞれ5%増額し,以後2年を
経過するごとにそれぞれ5%増額する(以下,この約定を「本件賃料自動増額特約」
という。)。経済状況の著しい変動が生じた場合には,被上告人は,上告人と協議
の上,上記の増額以上の増額をすることができる。
 (4) 本件契約の月額賃料は,本件賃料自動増額特約により,平成7年4月1日
以降,本件建物部分1の住戸部分につき685万4400円に,駐車場部分につき
52万5000円に,本件建物部分2につき236万3200円に,それぞれ増額
され,さらに,平成9年4月1日以降,本件建物部分1の住戸部分につき719万
7100円に,駐車場部分につき55万1200円に,本件建物部分2につき24
8万1300円に,それぞれ増額された。
 (5) 上告人は,平成11年3月31日までに,被上告人に対し,本件契約の同
年4月1日以降の月額賃料を,本件建物部分1の住戸部分につき359万0400
円に,駐車場部分につき30万円に,本件建物部分2につき126万3063円に
,それぞれ減額すべき旨の意思表示をした。
 (6) 上告人は,平成13年3月8日,被上告人に対し,本件契約の同年4月1
日以降の月額賃料を,本件建物部分1の住戸部分につき326万4000円に,駐
車場部分につき25万円に,本件建物部分2につき102万3220円に,それぞ
れ減額すべき旨の意思表示をした。
 (7) 上告人は,平成9年4月分以降も,本件契約に係る賃料として,本件建物
部分1の住戸部分につき月額685万4400円を,駐車場部分につき月額52万
5000円を,本件建物部分2につき月額236万3200円を,それぞれ支払っ
ている。
 2 本件本訴請求事件は,上告人が,被上告人に対し,借地借家法32条1項の
規定に基づき,上記各賃料減額請求により本件契約に係る平成11年4月分以降の
賃料及び平成13年4月分以降の賃料が減額されたことを主張して,減額後の賃料
額の確認を求めるとともに,平成11年4月分から平成13年5月分までの過払賃
料の返還とこれに対する法定利息の支払を求めるものである。
 そして,本件反訴請求事件は,被上告人が,上告人に対し,主位的に,本件賃料
自動増額特約に従って本件契約に係る平成11年4月分以降の賃料及び平成13年
4月分以降の賃料が増額したなどと主張して,増額後の賃料額の確認を求めるとと
もに,平成9年4月分から平成12年11月分までの未払賃料とこれに対する遅延
損害金の支払を求め,予備的に,本件業務委託協定において賃料補てんの合意が成
立したこと,又は上告人には本件業務委託協定の債務不履行若しくは本件業務委託
協定締結の際の説明義務違反があることなどを主張し,上記賃料補てんの合意の履
行請求又は損害賠償請求として,上記主位的請求に係る金額と同額の金員の支払を
求めるものである。
 3 原審は,次のとおり判断して,上告人の請求を全部棄却し,被上告人の反訴
請求については,①本件各建物部分の月額賃料が,平成11年4月1日以降及び平
成13年4月1日以降のいずれも,本件建物部分1の住戸部分につき719万71
00円であること,駐車場部分につき55万1200円であること,本件建物部分
2につき248万1300円であることの,それぞれ確認,②平成9年4月分から
平成11年3月分までの賃料の不足分合計1186万1160円及び同年4月分か
ら平成12年11月分までの賃料の不足分合計988万4300円並びにこれらの
各金員に対する遅延損害金の支払を求める限度で主位的請求の一部を認容し,その
余の請求を棄却すべきものとした。
 (1) 本件契約は建物賃貸借契約の性質を有することは否定できないが,通常の
賃貸借契約と異なり,共同事業契約の性質を有するものであって,借地借家法が当
然に全面的に適用されると解するのは相当ではなく,本件契約の性質,契約内容等
に反しない限度においてのみ,その適用があると解するのが相当である。
 (2) 本件契約においては,賃料不減額の特約が定められているものというべき
であるが,このような賃借人の賃料減額請求権を制限し,賃借人に一方的に不利益
を課する約定は,通常の場合には,借地借家法32条の法意に反し無効と解するの
が相当である。しかし,本件においては,賃料不減額の特約が本件契約の不可欠な
本質的部分であり,被上告人にとっては絶対的な条件であること,本件契約が共同
事業契約の性質を有し,単なる建物賃貸借契約とは性質を異にするものであること
等に照らすと,本件契約の賃料不減額の特約を同条の法意に反し無効であるとはい
えないから,同条による賃料減額請求権の行使を認めることはできない。
 (3) 本件契約の賃料不減額の特約は,上記のとおり,被上告人にとって絶対的
に必要な条件であるのに対し,本件賃料自動増額特約は,本件契約の契約期間中,
適正賃料額が従前賃料額よりも増額し続けることを想定して定められた相対的な特
約である。本件においては,いわゆるバブル崩壊に伴って,本件契約の締結後に経
済事情が著しく変動し,借入金利の大幅な低下や本件各建物部分の正常実質賃料額
の大幅な低下といった本件契約締結当時予測されていなかった事情が存するから,
事情変更の原則に照らし,平成11年4月1日及び平成13年4月1日の各時点に
おいては,本件賃料自動増額特約は適用されないものと解するのが相当である。
 (4) したがって,平成11年4月1日以降及び平成13年4月1日以降の本件
各建物部分の月額賃料は,いずれも,平成9年4月1日以降の月額賃料と同額,す
なわち,本件建物部分1の住戸部分につき719万7100円,駐車場部分につき
55万1200円,本件建物部分2につき248万1300円である。
 (5) 本件業務委託協定において賃料補てんの合意が成立したとは認められず,
上告人に本件業務委託協定の債務不履行及び説明義務違反は認められない。
 4 しかしながら,原審の上記判断(上記3(5)の判断部分は除く。)は是認す
ることができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 前記の事実関係によれば,本件契約は,被上告人が上告人に対して本件各
建物部分を賃貸し,上告人が被上告人に対してその対価として賃料を支払うという
ものであり,建物の賃貸借契約であることが明らかであるから,【要旨1】本件契
約には借地借家法32条の規定が適用されるべきものである。
借地借家法32条1項の規定は,強行法規と解されるから,賃料自動増額特約によ
ってその適用を排除することができないものである(最高裁昭和28年(オ)第8
61号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和
54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号65
6頁,最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日第一小法廷判決・民
集57巻6号595頁,最高裁平成12年(受)第573号,第574号同15年
10月21日第三小法廷判決・民集57巻9号1213頁参照)。したがって,本
件契約の当事者は,本件賃料自動増額条項が存することにより上記規定に基づく賃
料増減額請求権の行使を妨げられるものではないから(上記平成15年10月21
日第三小法廷判決参照),上告人は,上記規定により,本件各建物部分の賃料の減
額を求めることができるというべきである。
 なお,【要旨2】前記の事実関係によれば,本件契約締結に至る経緯,取り分け
本件業務委託協定及びこれに基づき締結された本件契約中の本件賃料自動増額特約
に係る約定の存在は,本件契約の当事者が,前記の契約締結当初の賃料額を決定す
る際の重要な要素となった事情と解されるから,衡平の見地に照らし,借地借家法
32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使
の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合における重要な事情として十分
に考慮されるべきである。
 (2) 以上によれば,本件契約への借地借家法32条1項の規定の適用を極めて
制限的に解し,同項による賃料減額請求権の行使を認めることができないとして,
上告人の請求を棄却し,被上告人の反訴請求中,主位的請求の一部を認容した原審
の判断には,判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は
理由があり,原判決中,上告人敗訴部分のうち,上告人の請求並びに被上告人の賃
料確認請求及び平成11年4月分以降の未払賃料支払請求に係る部分は破棄を免れ
ない(なお,平成9年4月分から平成11年3月分までの未払賃料支払請求に係る
部分については,上告人から不服申立てがない。)。そして,上告人の賃料減額請
求の当否等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差
し戻すこととする。
 よって,裁判官福田博の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文の
とおり判決する。なお,裁判官滝井繁男の補足意見がある。
 裁判官滝井繁男の補足意見は,次のとおりである。
 1 賃料自動増額特約が存する賃貸借契約においても,賃料減額請求権の行使が
認められる場合があり,その際,その当否及びそれが認められた場合の相当賃料額
の判断においては,当該契約締結に至る経緯,取り分け本件のような業務委託協定
が締結された場合には,その内容及びこれに基づいて締結された契約中の賃料自動
増額特約の内容が契約の重要な要素となっているので,衡平の見地に照らし十分に
考慮されるべきであることは,多数意見の説示するとおりであると考える。
 しかしながら,本件のようなサブリースといわれる契約は,賃貸借契約の中でも
特殊なものであり,そこにおける賃料に関する合意は,一般の賃貸借契約における
とは異なる意味を持っており,その契約において賃料増額特約が存在するにもかか
わらず,減額請求が認められる場合に求められる衡平とは何か,その中味をより具
体的に明らかにしておくことが重要であると考えるので,その点についての私見を
述べておきたい。
 2(1) 本件のように,賃貸人が,不動産賃貸業を目的とする会社の提案を受け
,それに基づいて,金融機関からの多額の融資金によって建物を建築した上で,こ
れを当該提案をした会社に一括して賃貸するという契約を締結した場合,当該賃貸
借契約における賃料は,目的物の価格や近傍同種物件の賃料だけでなく,その融資
金の返済方法をも念頭において定められることになることが多いのである。
 一般に賃貸借契約における賃料は,契約後,目的物の価格の変動や近傍同種物件
の賃料の動向によって不相当となることがあることから,借地借家法32条はその
ことを理由に賃料の増減を請求しうることを規定しているのである。それに対し,
この種サブリースといわれる契約では,賃料は,当該建物の建築資金の返済に充当
することが予定されており,その返済額が固定されている以上,契約後の経済事情
の変動のみによってその原資となる賃料が容易に減額変更されることはないものと
して定められているものと解すべきものである。
 このように解すると,建築物を一括して借り受けた賃借人は,これを転貸して,
その転賃貸料と賃借料との差額を生じさせることによって利益を得ようとしている
のであるから,契約後の経済事情の変動によって,自ら賃貸人となって得ることと
なる賃料が減額されても,賃借人として支払う賃料が減額されないのであれば,契
約本来の目的を達しないことが起こり得る。しかしながら,そのようなことは,こ
の種契約において目的物を一括して賃借することとした賃借人が一般的に引き受け
たリスクと考えるべきものである。
 本件契約でも,賃借人となった不動産賃貸業者は,その専門家としての知識と経
験を駆使し,当該建築物の賃料収入を予測し,建築工事のために必要となる借入金
額とその返済額とを検討した上で,返済額を差し引いた現金収支を明らかにした賃
貸事業試算表を作るなどして,賃貸人に本件の事業の採算性を請け合ったというの
である。
 このように,賃貸人は,専門家としての賃借人による事業収支の予測に基づく提
案を受けて,多額の借入金によって建物を建築し,これを賃借人に一括して賃貸す
ることを内容とする業務委託契約と賃貸借契約を締結したものであって,その中で
賃料自動増額特約が定められている以上,賃借人が当該建物を転貸することによっ
て受け取る賃料収入がその後の経済事情の変動により減少しても,これにより生ず
るリスクは賃借人が引き受けたものとして,これを直ちに賃貸人に転嫁させないと
いうのが衡平にかなうものと考える。この場合,賃借人の提案を受けて賃貸物件を
取得したことに伴い発生するリスクは,すべて賃貸人が負担しているのであって,
賃借人は,土地の所有や建物建築による経済的リスクを回避する一方で,支払賃料
が経済事情の変動によっても減額されないことがあり得るリスクを負担することに
よって,この種契約における当事者間の衡平は保たれているということができるの
である。
 (2) 他方,本件においては,契約後の経済事情の変動に伴い,賃貸人が本件賃
貸物件建築のために借り入れた資金の金利は,契約時の予測を超えて相当程度下落
していることがうかがわれる。借入金利は,本件事業収支における算定項目の1つ
であり,本件契約における賃料額を決する上での重要な要素であったと思われるか
ら,事業資金の借入金利が契約後に下落し,当初金利の変更や借換えなどによって
契約時の予測を超えて金利負担が減少したことは,賃料額算定の前提の1つが変更
されたことを意味するものであって,それによって生じた利益をひとり賃貸人のみ
が享受するというのは衡平を欠くというべきである。
 このような見地から,本件においては,賃料の減額請求を認めるのが衡平にかな
うものと考える。
 裁判官福田博の反対意見は,次のとおりである。
 1 いわゆるサブリース契約において,賃貸ビル事業者と土地建物提供者との間
に賃料自動増額特約が結ばれている場合,それが賃貸借契約の形を採っているとき
は,借地借家法32条1項の規定が強行法規であるので,同項が適用されるとする
考え方には賛成することができない(もちろん,そのような特約を常に有効とする
ことが可能ではない場合があり得ることは後述のとおりであるが,それは同項の強
行法規性によるのではない。)。
 2 サブリース契約は,バブル期よりもはるか前の昭和50年代末ころから賃貸
ビル事業者によって推進された共同事業方式の一つで,仮にその一部が賃貸借契約
の形を採っているとしても,全体の本質は,正に土地の所有者(所有者は,土地の
提供にとどまらず,事業内容に見合った建物を建築するのが一般的である。)と賃
貸ビル事業者,更には当該建物の建築資金を提供する金融機関や当該建物を設計,
施工監理する設計事務所等が合同して行う共同事業にほかならず,事業契約の一部
をなす不動産賃貸借契約は,従来から借地借家法が適用されてきたそれとは次元を
大きく異にするものである。多数意見の引用する最高裁昭和31年5月15日第三
小法廷判決,最高裁昭和56年4月20日第二小法廷判決の事案は,いずれもサブ
リース契約とは事案を異にするものである。
 3 我が国において長年にわたり発展してきた借地借家法は,社会的弱者たる借
地人や借家人を保護することに沿革を持ち,ひいてはそれが強行法規性につながっ
ていることは否定できない。他方,時代のニーズに応じて新しく現れたこの種の共
同事業方式は,そのような保護を必要としない関係者の間で,関係者の利益追求の
思惑が一致して出現したものである。さらに,家賃が右肩上がりの時代にあって,
満室保証の下に家賃収入を保証することにより,優良な物件を長期間にわたり一括
して借り上げ,社会に提供することも組織的に行われ,現在はその後始末に悩む事
業も多々見られる(もとより,いずれの場合であっても,そのような共同事業によ
って供用される不動産を現実に借り受ける転借人が,借地借家法32条1項の適用
を受けて保護されるべきことは,当然である。)。そのような事業にあっては,一
部の関係者の見込み違いや過剰な期待などは,ときとして避けることはできないの
であって,それらは,基本的には,契約自由,私的自治の原則が支配する分野に属
するものである(事業を策定するに当たり,長期にわたる自動増額特約の維持を可
能と考えることが,市場経済原理の下で賢明な判断か否かの問題は,法律問題では
ない。)。
 もし,このような共同事業について,社会経済政策の立場などから,何らかの規
制を行うことが必要というのであれば,それは本来立法府のみがよくなし得るとこ
ろである。また,そのような見込み違いや過剰な期待が,長期的に一部の関係者に
過大な負担を与えるときは,倒産法制の活用が避けられないこともあり得よう。な
お,昭和50年代後半から昭和60年代初頭にかけては,土地建物信託による共同
事業方式が推進された時代もある(これは,信託法制の不備などもあり,結局は主
流の方式とはならなかった。)のであって,サブリース契約が建物賃貸借契約の法
形式を採っていることを理由に,借地借家法32条1項の適用を認めるというのは
,この点からも現実に即したものとはいえない。
 4 そのような立法上の手当てもない中において,仮にこのような共同事業契約
の内容が著しく現実の事情に合わなくなり,その是正が是非とも必要とされるよう
な場合(例えば天災など),援用し得る考え方として想定されるのは,例えば,す
べての契約に内在する「事情変更の原則」であって,その結果,当事者間の利益配
分条項の一部である賃料自動増額特約の有効性の見直しを求められる場合があり得
よう。そのような場合には,見直しの対象は,賃料自動増額特約のみならず,当該
共同事業に係る他の利益配分に関連する合意等にも及ぶものというべきである。例
えば,賃貸ビルの建築資金に係る金融機関の融資条件がサブリース契約の内容と密
接にリンクしている場合(賃貸ビル事業者から土地及び賃貸ビル所有者への賃料の
支払が,金融機関の指定振込先に対して行われ,ここからの定期的な引落しにより
融資金の分割返済が行われる場合など,融資契約が実質的にサブリース契約と不可
分一体となっているような場合がこれに当たる。)には,当該融資契約も事情変更
の原則により見直されることもあり得よう。
 5 これを要するに,借地借家法32条1項は強行法規であるから,共同事業で
あるサブリース契約(優良不動産物件を確保するための満室保証による一括長期借
上げ事業なども含む。)に対しても,当然に適用されるというのは,余りに立法の
沿革に沿わぬ考え方といわねばならない。もし,契約の方式が,別の方式,例えば
関係者間の組合契約といったもので締結されているのであれば,その適用はないの
であろうか。また,例えば満室保証をしたものの,長期間にわたり予定した賃料で
借り手がつかない場合は,その適用はどうなるのであろうか。私の考えでは,いず
れの契約方式によっても,内在する実質問題は「事業関係者間の利益配分」という
同一の問題なのである。
 6 このような共同事業は,近年にあっては,長期にわたる賃貸用の不動産物件
を相当な規模で社会に供給する役割を果たしてきたのであり,そのような社会のニ
ーズに応える共同事業について,従来の借地借家法の強行法規性を単純に拡張適用
するのは,現実的な司法の役割とはいえない。それらは,従来の判例で想定してい
なかった新しい事業形態なのであり,単純な拡張解釈は,共同事業という新しい事
象に無用のひずみと混乱を生じさせる結果を招来する。換言すると,形式的な契約
分類によって,借地借家法32条1項を適用することは,いわば強制解合いを共同
事業契約の一部についてのみ行うことを可能にするもので,事実上「木を見て森を
見ず」の結果をもたらすことにもなりかねないのである。
 7 多数意見が引用する最高裁平成15年10月21日第三小法廷判決は,一方
においてサブリース契約においても借地借家法32条1項の適用は排除されないと
しつつ,他方では賃料減額請求の当否及び相当賃料額の判断に当たっては,関係事
情等を十分に考慮すべきであるとしているので,具体的な事案の解決にあっては妥
当な結果が導かれるとの考えに立つもののようであるが,同項の強行法規性をより
どころにするのであれば,後段は首尾一貫した論理展開とはいえない。それはそも
そも強行法規と呼ぶには適さないものである。一方において強行法規といいながら
,賃料自動増額特約の存在を含めた関係事情を十分に考慮するというのは,一般に
はなかなか理解しにくい考えといわねばならない。借地借家法32条1項の強行法
規性を理由に差戻しを受けた下級審裁判所としては,賃料自動増額特約部分を無効
とするだけでは,共同事業者に係る問題を適正に解決できないのであって,共同事
業者すべてが納得するような合理的な解決のためには難解な作業を背負い込む可能
性がある。
 8
以上から,共同事業たるサブリース契約ないし類似の契約の一部が不動産の賃貸借
契約の方式によっているからといって借地借家法32条1項が適用されるとするこ
とは妥当でなく,本件において原審が認定した事実関係に照らすと,少なくとも,
本件契約における賃料不減額の特約について事情変更の原則を適用すべき事情があ
るとは認められず,上告人の賃料減額請求権の行使を認めなかった原審の判断は結
論において相当であって,本件上告は理由がないものとして棄却すれば足りると考
える。
(裁判長裁判官 津野 修 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷
 玄 裁判官 滝井繁男)

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