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平成24年9月25日判決言渡
平成24年(行ケ)第10025号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年8月28日
判決
原告日清オイリオグループ株式会社
訴訟代理人弁理士平田忠雄
同岩永勇二
被告かどや製油株式会社
訴訟代理人弁理士須藤阿佐子
同須藤晃伸
同植野浩志
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2011-800064号事件について平成23年12月15日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
特許庁は,原告の有する後記本件特許について,被告から無効審判請求を受け,
本件特許を無効とする旨の審決をした。本件は,原告がその取消しを求めた訴訟で
あり,争点は,進歩性の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「焙煎ごま油配合油脂組成物及びこれを用いた食品」とす
る特許第4601685号(平成20年5月28日出願,平成22年10月8日設
定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成23年4月18日,本件特許について無効審判(無効2011-8
00064号事件)を請求し,原告は,同年7月12日,訂正請求をした(以下
「本件訂正」という。)。
特許庁は,平成23年12月15日,「訂正を認める。特許第4601685号
の請求項に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をした。その謄本は
同月26日に原告に送達された(甲43)。
2本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし4の記載
【請求項1】
「焙煎ごま油が65~70質量%,精製油としての菜種油が30~35質量%に
なるように焙煎ごま油及び精製油としての菜種油を配合し,
トリグリセリド組成としてトリグリセリドを構成する3つの脂肪酸が不飽和脂肪
酸であるトリグリセリドを59質量%以上80質量%以下含み,かつ,
脂肪酸組成としてリノール酸を35.6質量%以上含み,
一分間に0.5℃ずつ降温した時の曇点が-5℃以下である
ことを特徴とする焙煎ごま油配合油脂組成物。」
【請求項2】
「焙煎ごま油が65~70質量%,精製油としての菜種油が30~35質量%に
なるように焙煎ごま油及び精製油としての菜種油を配合し,
トリグリセリド組成としてトリグリセリドを構成する3つの脂肪酸が不飽和脂肪
酸であるトリグリセリドを59質量%以上80質量%以下含み,かつ,
脂肪酸組成としてリノール酸を35.6質量%以上含む
ことを特徴とする焙煎ごま油配合油脂組成物。」
【請求項3】
「請求項1又は請求項2に記載の焙煎ごま油配合油脂組成物を用いて製造した食
品。」
【請求項4】
「前記食品が,炒め物,和え物,スープ,ドレッシングであることを特徴とする
請求項3に記載の食品。」
(以下,各請求項に係る発明を「本件特許訂正発明1」のようにいい,本件特許
訂正発明1ないし4を併せて「本件特許訂正発明」という。)
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書記載のとおりであり,その要点は次のとおりである。
(1)結論
被告が主張した無効理由は,①特許法17条の2第3項違反,②同法36条6項
1号及び2号違反,③同法36条4項1号違反,④同法29条2項違反である。
審決は,無効理由①ないし③は理由がないとし,無効理由④について,本件特許
訂正発明は,本件特許の出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第1
号証の2ないし4に記載された発明(以下「引用発明」という。),甲第4号証に
記載された発明(以下「甲4発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規
定により特許を受けることができないものであると判断した。
(2)引用発明の内容等
審決が上記結論を導くに当たって認定した引用発明の内容,本件特許訂正発明1
と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア引用発明の内容(甲1の2)
「食用ごま油60%および食用なたね油からなる調合胡麻油」
イ本件特許訂正発明1と引用発明との一致点
「ごま油と菜種油とを配合した,ごま油配合油脂組成物」
ウ本件特許訂正発明1と引用発明との相違点
(ア)相違点1
「ごま油」と「菜種油」について,本件特許訂正発明1では,「ごま油」として
「焙煎ごま油」を,「菜種油」として「精製油としての菜種油」を用いるのに対し,
引用発明では,どのような「ごま油」,「菜種油」か明らかでない点。
(イ)相違点2
「焙煎ごま油油脂組成物」の配合について,本件特許訂正発明1では,焙煎ごま
油の配合量が65~70質量%,精製油としての菜種油の配合量が30~35質量
%であるのに対し,引用発明では,「食用ごま油」の配合量が60%である点。
(ウ)相違点3
「焙煎ごま油油脂組成物」の成分について,本件特許訂正発明1では,「トリグ
リセリド組成としてトリグリセリドを構成する3つの脂肪酸が不飽和脂肪酸である
トリグリセリドを59質量%以上80質量%以下含み,かつ,脂肪酸組成としてリ
ノール酸を35.6質量%以上含み,一分間に0.5℃ずつ降温した時の曇点が-
5℃以下である」のに対し,引用発明では,これらの物性値が明らかでない点。
第3審決の取消事由に係る原告の主張
審決は,相違点1ないし3について,事実を誤認した上で容易想到性を判断して
いるから,その判断には誤りがあり(取消事由1ないし3),本件特許訂正発明1
の効果についての判断も誤っている(取消事由4)。審決は,本件特許訂正発明1
に進歩性がないことを前提として本件特許訂正発明2ないし4も進歩性がないと判
断しているから,この判断も誤りである(取消事由5)。これらの誤りは審決の結
論に影響を及ぼすものであるから,審決は違法として取り消されるべきである。
1相違点1についての容易想到性判断の誤り(取消事由1)
(1)本件特許訂正発明1の課題について
ア審決は,「ゴマ特有の風味や香りを保持し,生かそうとすること自体は当該
技術分野において,一般的な課題であったといえる。」(46頁24~25行)と
して,本件特許訂正発明1の課題が引用発明や甲4発明の課題と同一であるかのよ
うな認定をしているが,この認定は誤りである。本件特許訂正発明1の課題は,引
用発明や甲4発明の課題とは異なる新規なものである。
すなわち,本件特許訂正発明1は,「精製油をブレンドしても焙煎ごま油の風味
を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物及びこれを用いた食品を提供すること」
(特許公報(甲16)段落【0006】),すなわち,精製油をブレンドしても
「焙煎ごま油100質量%の風味」を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物を得る
ことを目的とするものである。
これに対して,引用発明は,「焙煎ごま油100質量%の風味」を維持できるこ
とを目的とするものではない。なるほど,甲第1号証の2には,「ゴマ油特有のふ
くよかな香りと酸化安定性の良さを生かして,風味,耐熱性に優れた菜種油をブレ
ンド致しました。」と記載されている。しかし,そもそも,ここでいう「ゴマ油」
に焙煎ごま油が含まれるかどうかは明らかでないし,仮に,「ゴマ油」に焙煎ごま
油が含まれるとしても,「ふくよかな香りと酸化安定性の良さを生かして」とは,
香りがすれば充分という意味であり,「焙煎ごま油100質量%の風味」を維持で
きることを求めるものではない。
また,甲4発明も,本件特許訂正発明1とは課題を異にするものである。なるほ
ど,甲第4号証には,「ゴマ…等の呈味性油脂自体が本来有する風味に,まろやか
さを賦与し,その風味安定性,酸化安定性を改善することにより,調理食品メーカ
ーや一般家庭においても利用し易くしたゴマ…等の風味を有する油脂組成物を提供
せんとするものである。」(2頁左上段5~11行)と記載されている。しかし,
ここでいう「ゴマ…等の呈味性油脂」に焙煎ごま油が含まれるかどうかは明らかで
ないし,仮に,「ゴマ…等の呈味性油脂」に焙煎ごま油が含まれるとしても,甲第
4号証では,風味官能試験において,比較例1(未精製のゴマ原油100重量%)
よりも実施例1(ゴマ原油20重量%)の方が圧倒的に優れた結果が得られており,
このことからも分かるように,ここで評価されている風味は,本件特許訂正発明1
が課題としている風味とは根本的に相違している。
このように,本件特許訂正発明1の課題は,引用発明や甲4発明の課題とは異な
る新規なものである。このことは,本件特許訂正発明1の発明者の宣誓書(甲29,
29の2)からも裏付けられる。
イ被告は,食用油脂組成物は,様々な用途に向けて複数の周知の食用油脂を任
意の量比で混合(ブレンド)して製品化されるから,本件特許訂正発明1の課題は
何ら新規なものではないと主張するが,事実に反する被告の勝手な解釈にすぎない。
製品化においては,用途や目的に応じた何らかの課題があり,それに対応して膨大
な試行錯誤を行い,課題を解決し,特定の油脂の組み合わせや配合比を決定してい
くものである。
(2)ごま油について
審決は,引用発明の「食用ごま油」として,焙煎された未精製のごま油を用いる
ことは,当業者であれば容易に想到し得たことであると判断している。しかし,引
用発明の「食用ごま油」を焙煎ごま油のみにする動機付けはない。なぜなら,①引
用発明の特徴とされる「ごま油特有のふくよかな香り…を生かして」は,引用発明
の調合胡麻油(製品)において既に達成されているからであり,②引用発明の「食
用ごま油」は,ごま油業界の実情から,焙煎ごま油と精製ごま油を含有するもので
あると考えられるところ,精製ごま油を焙煎ごま油に置換して焙煎ごま油のみとす
ることは,ごま油業界の実情に反するからであり,③焙煎ごま油は精製ごま油より
高価であるから(甲30),引用発明の「食用ごま油」中の精製ごま油を焙煎ごま
油に置換して焙煎ごま油のみとすれば,引用発明の製品価格が高くなるからである。
むしろ,引用発明の「食用ごま油」を焙煎ごま油に置換することには阻害事由が
ある。なぜなら,引用発明の用途として揚げ物調理が挙げられているところ(甲1
の2の2頁,甲1の3の2頁,甲1の4),揚げ物調理に焙煎ごま油60%の油を
使用すると,多量の発煙及び強すぎる焙煎臭が発生するからである(甲37~3
9)。甲第1号証の1には,使用上のご注意として「油は加熱しすぎると発煙,引
火します。」と記載されており,この記載からも分かるように,発煙するような温
度範囲は加熱しすぎであり,引用発明は,発煙しない範囲で使用することを想定し
ている。
(3)菜種油について
ア審決は,本件特許訂正発明1の「精製油としての菜種油」について,「甲第
4号証の上記摘記事項(甲4-5),(甲4-7)には,酸化安定化油として,精
製された菜種油を用いることが記載されており,」と認定している。しかし,甲4
発明の酸化安定油は,本件特許訂正発明1の「精製油としての菜種油」とは異なる
ものであるから,この認定は明白な誤りである。
すなわち,本件特許訂正発明1の「精製油としての菜種油」は,精製菜種油,及
び,精製菜種油をさらに精製(脱ロウ)した菜種サラダ油である。これに対して,
甲4発明の酸化安定化油は,精製された菜種油を原料油脂として硬化(水素添加),
分別加工がなされた精製加工油脂である。硬化(水素添加)工程は,油脂の性質を
変化させる工程であって,精製工程とは別であり,得られた精製加工油脂は,精製
された菜種油とは分類上も特性上も異なるものである。このことは,食用精製加工
油脂の日本農林規格(甲15)において,食用精製加工油脂が,原料として使用さ
れる植物油脂とは明確に区別されていることからも明らかである(甲31~33,
41においても同様)。
イ審決は,甲4発明の配合割合を引用発明に適用したいがために,引用発明の
「食用なたね油」を酸化安定化油に置換した上で,更に,コスト的な観点から,硬
化,分別加工がなされていない「精製油としての菜種油」に置換することは当業者
が適宜になし得たことであると判断している。しかし,引用発明の「食用なたね
油」を酸化安定化油に置換する動機付けはない。そこから更に「精製油としての菜
種油」に置換するという論理構成は,本件特許訂正発明1を知った上での後知恵で
ある。
(4)小括
したがって,引用発明に甲4発明や周知技術を適用して相違点1に係る構成に容
易に想到できたとする審決の判断は誤りである。
2相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由2)
(1)ごま油について
甲第1号証には,本件特許訂正発明1の課題も課題解決手段も示唆されていない。
また,引用発明の調合胡麻油は,既に「ごま油特有のふくよかな香り…を生かし
て」を達成している。したがって,ごま油の配合割合を65~70%に増やす動機
付けはない。
審決は,甲第4号証には,ゴマ油と菜種油を20:80~70:30の割合で配
合することが記載されていると認定している。しかし,甲第4号証記載のゴマの呈
味性油脂(ゴマ原油)は,「精製されていない(未精製の)ゴマの原油」(未焙煎
油)であり,本件特許訂正発明1の「焙煎ごま油」とは異なるものである。審決の
認定は,甲第4号証の記載を離れて一般化ないし上位概念化するものであり,許さ
れない。
そもそも甲第4号証の呈味性油脂の配合を引用発明の調合胡麻油の配合に適用す
る動機付けは全くない。むしろ,甲第4号証の呈味性油脂の含量を増やすと酸化安
定性が悪くなるのであるから(3頁左上欄下1行~右上欄5行),引用発明におい
てごま油の含量を増やすことには阻害事由がある。
引用発明の用途である揚げ物料理にごま油の含量を増やした油を使うと多量に発
煙すること,及び,ごま油は精製菜種油より高価であることからしても,引用発明
においてごま油の含量を増やす動機付けはない。
(2)菜種油について
審決は,甲第4号証には,ゴマ油と菜種油を20:80~70:30の割合で配
合することが記載されていると認定している。しかし,前記1(3)のとおり,甲第
4号証の酸化安定化油は,本件特許訂正発明1の「精製油としての菜種油」とは異
なるものである。審決の認定は,甲第4号証の記載を離れて一般化ないし上位概念
化するものであり,許されない。
審決は,甲第4号証には,「呈味性油脂である精製されていないゴマの原油と,
精製加工されたナタネ油等の酸化安定化油を,70:30で配合することが記載さ
れている」と認定しているが,この認定も,同じ理由により誤りである。
また,審決は,甲第4号証の酸化安定化油の配合を,どのような理由で,特性が
全く異なる「精製油としての菜種油」の配合として適用できるのかについて,何ら
理由を示していない。
(3)審決は,相違点1と相違点2を別々に論じ,それぞれの構成が容易想到であ
るとしているが,引用発明に相違点1と相違点2の双方を同時に適用することの容
易想到性については何ら論じておらず,容易想到である理由を述べていない。
(4)したがって,引用発明に甲第4号証や周知技術を適用して相違点(1及
び)2に係る構成に容易に想到できたとすることはできないため,相違点2に関す
る審決の判断は誤りである。
3相違点3についての容易想到性判断の誤り(取消事由3)
(1)審決は,相違点3に係る構成とすることは相違点1及び相違点2の結果にす
ぎないから,相違点3も容易想到であると判断しているが,前提となる相違点1及
び相違点2についての事実認定及び判断に誤りがある以上,相違点3についての容
易想到性判断にも誤りがある。
(2)審決は,リノール酸の量を特定したことによる技術的意義を見いだすことは
できないと判断している。しかし,本件特許訂正発明1と甲4発明とでは,リノー
ル酸配合割合に関する技術思想が相違し,むしろ逆方向であるから,審決の判断は
誤りである。
被告は,甲4発明の酸化安定化油は,「精製油としての菜種油」の概念に含まれ
るものであると主張する。しかし,そうだとすると,相違点3に係るリノール酸含
量は,本件特許訂正発明1と同一範囲にならなければならないはずであるところ,
その範囲は全く重複していない。被告の取消事由1及び2に対する反論と,取消事
由3に対する反論とは矛盾している。
(3)審決は,曇点の上限値を特定したことによる技術的意義を見いだすことはで
きないと判断している。しかし,本件特許訂正発明1は,曇点の上限値を特定した
ことによって,焙煎ごま油に比べて安価に焙煎ごま油とほぼ同等の風味の調合油を
消費者に提供できるとともに,焙煎ごま油よりも見た目がクリアな(曇りがない)
焙煎ごま油配合油脂組成物を提供できるという効果を奏するのであるから,審決の
判断は誤りである。
(4)したがって,引用発明に甲4発明や周知技術を適用して相違点3に係る構成
に容易に想到できたとする審決の判断には誤りがある。
4本件特許訂正発明の効果についての判断の誤り(取消事由4)
(1)通常,焙煎ごま油に他の精製油を混ぜると焙煎ごま油の風味は落ちていくも
のであるが,本件特許訂正発明1の配合にすると同等の風味を維持できるから,本
件特許訂正発明1は,当業者が予測し得ない格別顕著な効果を有するといえる。
すなわち,引用発明や甲第4号証には,本件特許訂正発明1の課題である,「精
製油をブレンドしても焙煎ごま油の風味を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物及
びこれを用いた食品を提供すること」について,何らの開示も示唆もない。したが
って,また,この課題を解決したことにより,焙煎ごま油に比べて安価に焙煎ごま
油とほぼ同等の風味の調合油を消費者に提供できるという本件特許訂正発明1の効
果(特許公報(甲16)の段落【0009】)についても,引用発明や甲第4号証
には,何らの開示も示唆もない。
また,大豆の比較例2~6(明細書の表6~9)が示すとおり,精製油がブレン
ドされれば,焙煎ごま油の配合割合が多くても,「焙煎ごま油100%の風味」が
維持できなくなるものであり,このことは,本件特許の出願時における当業者の技
術常識であった。
しかるに,本件特許訂正発明1は,「精製油をブレンドしても焙煎ごま油の風味
を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物」という極めて難しい新たな課題を解決し,
「焙煎ごま油に比べて安価に焙煎ごま油とほぼ同等の風味の調合油を消費者に提供
できる」という効果を有するものである。これは,当業者が予測し得ない格別顕著
な効果であるといえる。
このことは,特許公報の表6の実施例4(焙煎ごま油70質量%,菜種油30質
量%)及び実施例5(焙煎ごま油65質量%,菜種油35質量%)の評価が,いず
れも,実施例1(焙煎ごま油92.1質量%,菜種油7.9質量%)の評価と同じ
「5.0」であることから明らかである。
(2)審決は,甲第7号証に基づいて,「焙煎ごま油」と「精製油としての菜種
油」を配合した「焙煎ごま油油脂組成物」において,「焙煎ごま油」の割合が多け
れば「焙煎ごま油」の風味が維持できることは当業者にとって自明な事項であると
認定している(45頁9~12行)。
しかし,甲第7号証は,本件特許の後になされた実験の成績証明書であって,本
件特許の出願時における自明事項を立証するものではない。甲第7号証の実験は,
本件特許を無効にするために行われたものではないかとの疑いがある。
また,明細書の比較例2(焙煎ごま油80質量%)に示されているように,焙煎
ごま油の配合割合が多くても,焙煎ごま油の風味が維持できるとは限らない。
(3)本件特許訂正発明1を商品化した「日清ヘルシーごま香油」は,着実にその
シェアを伸ばし,家庭用ごま油市場における新たなカテゴリーの伸びを牽引してい
る(甲36)。その主な要因の1つは,「香り・香り立ちの良さ」であり(甲29,
29の2),このことからも,本件特許訂正発明1の効果の顕著性が裏付けられる。
5本件特許訂正発明2ないし4についての進歩性判断の誤り(取消事由5)
審決は,本件特許訂正発明1に進歩性がないことを前提として本件特許訂正発明
2ないし4も進歩性がないと判断しているから,この判断は誤りである。
第4被告の反論
1取消事由1(相違点1についての容易想到性判断の誤り)に対し
(1)本件特許訂正発明1の課題について
原告は,本件特許訂正発明1の「焙煎ごま油の風味」は,「焙煎ごま油100%
の風味」であると主張するが,客観的な解釈ではない。訂正明細書の段落【004
4】には,「焙煎ごま油のみからなる比較例1と遜色ない風味を実現できた。」と
あり,これによれば,本件特許訂正発明1の「焙煎ごま油の風味」とは,「『焙煎
ごま油』のみからなるものと比較して,遜色ない風味」をいうものと認定すべきで
ある。そして,本件特許出願の前から,市販されていた焙煎ごま油には,焙煎の加
減により,色が濃く香りとコクが強い「濃い口」と,比較的風味が軽い淡色の「淡
口」があること,ごま油の色と香りは圧搾前のゴマの煎り具合によって違うもので
あり,高温で時間をかけて煎れば煎るほど,油の色は濃く仕上がり,ごま油特有の
香ばしい香りが強まるという技術常識があることからすると,本件特許訂正発明1
の「『焙煎ごま油』のみからなるものと比較して,遜色ない風味」とは,焙煎ごま
油に特有の風味をいい,引用発明の「ゴマ油特有のふくよかな香り」及び甲第4号
証の「それらに特有の風味,香りを有しており,この風味,香りを生かすべく…」
と同一の風味であると解釈される。
原告は,本件特許訂正発明1の課題は新規なものであると主張するが,事実に反
する。食用植物油脂品質基準(甲10)によると,食用調合油は,食用植物油脂に
属する油脂のうちいずれか2以上の油を調合したものをいうところ,従来様々な嗜
好やニーズに合わせたブレンド油が上市されていることからも明らかなように,食
用油脂組成物は,様々な用途に向けて,複数の周知の食用油脂を任意の量比で混合
(ブレンド)して製品化されるものである。本件特許訂正発明1の課題は何ら新規
なものではない。
(2)ごま油について
未精製のごま油は,本件特許の出願前から一般的なものであり,焙煎ごま油は,
香りの良いごま油として周知で,本件特許出願の前から市販されていたのであるか
ら,引用発明の「食用ごま油」に代えて,焙煎された未精製のごま油を用いること
には何の困難もない。
原告は,引用発明の「食用ごま油」は,ごま油業界の実情から,焙煎ごま油と精
製ごま油を含有するものである旨主張するが,これは原告の解釈である。仮に,引
用発明の「食用ごま油」が焙煎ごま油と精製ごま油を含有するものであると解釈し
たとしても,焙煎された未精製のごま油は食用油脂として周知のものであるから,
任意の量比でブレンドして食用油脂組成物にすることができるのであり,引用発明
に周知技術を適用し,「食用ごま油」として,焙煎された未精製のごま油を用いる
ことは,当業者であれば容易に想到し得たといえる。
原告は,引用発明の「食用ごま油」を焙煎ごま油のみにすることを阻害する事情
として,引用発明の用途として揚げ物調理が挙げられていることを挙げ,焙煎ごま
油60%で揚げ物をすると多量の発煙及び強すぎる焙煎臭が発生する旨主張するが,
これは常識に反する。ごま油の天ぷらは江戸前の代表料理であり,乙第1号証には,
焙煎したごま油を100%使って天ぷらを揚げることが記載されている。本件特許
の出願前から,市販されていた焙煎ごま油には,焙煎の加減により,色が濃く香り
とコクが強い「濃い口」と,比較的風味が軽い淡色の「淡口」があり,原告の主張
は,本件特許訂正発明1の「焙煎ごま油」は「濃い口」に限定される旨の主張であ
るが,これは明細書に基づかない主張である。
(3)菜種油について
上記(1)のとおり,食用調合油は,食用植物油脂に属する油脂のうちいずれか2
以上の油を調合したものをいい,食用油脂組成物は,様々な用途に向けて,複数の
周知の食用油脂を任意の量比で混合(ブレンド)して製品化されるものである。菜
種油として精製されたものは,本件特許の出願前から周知のものであり,任意の量
比でブレンドして食用油脂組成物にすることができるのであるから,引用発明の
「食用なたね油」に代えて,精製油としての菜種油を用いることには何の困難もな
い。
原告は,本件特許訂正発明1の「精製油としての菜種油」を精製菜種油及び菜種
サラダ油であると限定解釈して,甲4発明の酸化安定化油を排除している。しかし,
明細書にはそのような定義は見当たらず,精製の具体的な手段も不明であるから,
本件特許訂正発明1の「精製油としての菜種油」は,脱酸,硬化,脱臭等の精製加
工を経た甲4発明の酸化安定化油を含み得る概念である。
2取消事由2(相違点2についての容易想到性判断の誤り)に対し
(1)複数の周知の食用油脂を単に混合(ブレンド)すること自体は適宜なし得る
ことであり,甲第4号証にもゴマ油と菜種油を20:80~70:30の割合で配
合することが記載されているから,ごま油の配合割合を65~70質量%にするこ
とに困難性はない。
本件特許訂正発明1に進歩性があるとすれば,顕著な作用効果を有する2種の食
用油脂をその混合割合とともに選び出すことの困難性にあるというべきである。こ
れを本件特許についてみると,出願の経緯(乙4)からは,ごま油の量的範囲65
~70質量%に顕著な効果があるとして特許査定されたと理解できるが,審決は,
当該量的範囲の技術的意義の評価に誤りがあったとの判断を示し,本件特許を無効
としたものであり,その判断に誤りはない。
(2)原告は,ごま油に関して,審決が甲第4号証の記載を不適切に一般化ないし
上位概念化した旨主張する。しかし,審決は,「甲第4号証の上記摘記事項(甲4
-3),(甲4-4)には,ゴマの呈味性油脂として,精製されていないゴマの原
油,すなわち,未精製油を用いることが記載されており」(42頁1~3行)と認
定しており,それを「呈味性油脂としての未精製のゴマ油」と言わないで,「ゴマ
油」と表現しても,結論に影響するものではない。
また,原告は,菜種油に関して,甲第4号証の「酸化安定化油」は加工油であり,
精製された菜種油ではないと主張する。しかし,明細書に,本件特許訂正発明1の
「精製油としての菜種油」が精製菜種油及び菜種サラダ油であると定義されている
わけではなく,精製の具体的な手段も不明であるから,甲第4号証の「酸化安定化
油」は,「精製油としての菜種油」の概念に含まれると解釈される。したがって,
原告の主張には理由がない。
3取消事由3(相違点3についての容易想到性判断の誤り)に対し
(1)本件特許訂正発明1は,①「焙煎ごま油が65~70質量%,精製油として
の菜種油が30~35質量%になるように焙煎ごま油及び精製油としての菜種油を
配合し」たものであること,及び②「トリグリセリド組成としてトリグリセリドを
構成する3つの脂肪酸が不飽和脂肪酸であるトリグリセリドを59質量%以上80
質量%以下含み,かつ,脂肪酸組成としてリノール酸を35.6質量%以上含み,
一分間に0.5℃ずつ降温した時の曇点が-5℃以下である」ことを発明特定事項
としたものであり,②は,①の混合油が有する属性を分析又は測定した値の範囲を
記載したものであって,これら2つの発明特定事項は,同一の技術内容を規定した
ものである。したがって,②は①の結果にすぎないとの審決の判断に誤りはない。
(2)原告は,相違点1及び相違点2の事実認定及び判断に誤りがあるから,相違
点3の容易想到性判断にも誤りがあると主張するが,相違点1及び相違点2の事実
認定及び判断に誤りがないことは,前記1及び2のとおりである。
また,原告は,本件特許訂正発明1には,リノール酸の配合割合及び曇点の上限
値を特定したことによる技術的意義がある旨主張するが,原告も認めるとおり,焙
煎ごま油を選択することによりトリグリセリドを構成する3つの脂肪酸が不飽和脂
肪酸であるトリグリセリド,リノール酸,曇点の値をある程度変えることも可能で
あり,リノール酸の配合割合及び曇点の上限値を特定したことによる技術的意義が
あるとはいえない。
4取消事由4(本件特許訂正発明の効果についての判断の誤り)に対し
(1)本件特許訂正発明1の実施例の風味の評価結果(表6,7)及び甲第7号証
の表(1)は,いずれも,焙煎ごま油の配合量が増えれば風味評価が上がる傾向があ
るという,予想される効果を示しているだけである。
(2)原告は,本件特許訂正発明1は,精製油をブレンドしても焙煎ごま油(10
0%)の風味を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物を提供するという新たな課題
を解決できたものであるから,顕著な効果を有する旨主張するが,原告が主張する
課題が明細書に基づくものではないことは,前記1において述べたとおりである。
(3)原告は,本件特許訂正発明1を商品化したものがシェアを伸ばしていること
からも本件特許訂正発明1の効果の顕著性が裏付けられると主張するが,それまで
に存在した家庭用ごま油の中で単に容量シェアを伸ばしただけでは,本件特許発明
1の効果が顕著であるとまではいえない。
5取消事由5(本件特許訂正発明2ないし4の進歩性の判断における誤り)に
対し
本件特許訂正発明1についての審決の進歩性判断に誤りがない以上,本件特許訂
正発明2ないし4についての審決の進歩性判断にも誤りはない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,請求を棄却すべきもの
と判断する。
1取消事由1及び2(相違点1及び2についての容易想到性判断の誤り)につ
いて
事案に鑑み,取消事由1と取消事由2を併せて検討する。
(1)本件特許の出願当時の技術水準
証拠(甲6,8ないし10,28)によれば,本件特許出願日当時,食用調合油
は,食用植物油脂に属する油脂(香味食用油を除く。)のうちいずれか2以上の油
を調合したものとして業界で広く認識されており,ごま油と菜種油の組み合わせを
含め,周知の食用植物油脂を様々に組み合わせたものが製造され,上市されていた
ことが認められる。
上記認定事実によれば,本件特許出願日時点において,食用調合油は,その用途
ないし求める効果に合わせて,複数の周知の食用植物油脂を任意の量比で配合して
製品化されている状況にあったことが認められる。
(2)引用発明の「食用ごま油60%」を「焙煎ごま油65~70質量%」に,
「食用なたね油」を「精製油としての菜種油30~35質量%」に,それぞれ置換
することの容易想到性について
前記(1)において認定した食用調合油についての技術水準を前提とすると,引用
発明の調合胡麻油において,香りに着目して,甲第1号証の2に記載のある「ゴマ
油特有のふくよかな香り」を呈するように,ごま油と菜種油を適宜の割合でブレン
ドして製品化することは,当業者がごく普通に発想し得ることである。
そして,証拠(甲2,6,12,13)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の
出願前から,焙煎ごま油は香りのよいごま油として周知で,市販されていたこと,
精製された菜種油も周知で,市販されていたことが認められる。
そうすると,ごま油と菜種油をブレンドするに当たって,引用発明の「食用ごま
油」に代えて,香りのよいごま油として周知で市販されている「焙煎ごま油」を採
用し,「食用なたね油」に代えて,周知で市販されている「精製された菜種油」を
採用することは,当業者が適宜なし得ることである。
また,甲第1号証の2に「ゴマ油特有のふくよかな香り…」と記載されているよ
うに,引用発明自体から,ゴマ油特有の風味に着目する動機付けがあるといえるか
ら,さらに風味を改善するように,「焙煎ごま油」の配合割合を増加させて65~
70%質量とすることにも,特段,困難性を認めることはできない。
したがって,引用発明の「食用ごま油60%」を「焙煎ごま油65~70質量
%」に,「食用なたね油」を「精製油としての菜種油30~35質量%」に,それ
ぞれ置換することは,当業者にとって容易に想到し得ることである。
(3)原告の主張について
ア本件特許訂正発明1の課題について
原告は,本件特許訂正発明1の課題は,精製油をブレンドしても「焙煎ごま油1
00%の風味」を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物を得ることであり,引用発
明や甲4発明の課題とは異なる新規なものである旨主張する。
しかしながら,まず,本件特許訂正発明1の課題が,精製油をブレンドしても
「焙煎ごま油100%の風味」を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物を得ること
であるとする点は,明細書の記載に基づかないものであり,理由がない。
すなわち,訂正明細書(甲17の7枚目以降)には,本件特許訂正発明1の課題
ないし効果について,【技術分野】として,「本発明は,焙煎ごま油配合油脂組成
物及びこれを用いた食品に関するものであり,特に,精製油をブレンドしても焙煎
ごま油の風味を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物及びこれを用いた食品に関す
るものである。」(段落【0001】),【発明が解決しようとする課題】として,
「しかしながら,焙煎ごま油と大豆油とを調合した「調合ごま油」は,焙煎ごま油
の風味を維持することが難しかった。」(段落【0005】),「従って,本発明
の目的は,精製油をブレンドしても焙煎ごま油の風味を維持できる焙煎ごま油配合
油脂組成物及びこれを用いた食品を提供することである。」(段落【0006】),
【発明の効果】として,「本発明によると,精製油をブレンドしても焙煎ごま油の
風味を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物及びこれを用いた食品を提供すること
ができる。」(段落【0009】)との記載はあるが,本件特許訂正発明1の課題
が「焙煎ごま油100%の風味」を維持することにあるとの記載は存在しない。
かえって,訂正明細書には,【発明を実施するための最良の形態】として,
「〔本発明の実施の形態の効果〕本発明の実施の形態によれば,精製油をブレンド
しても焙煎ごま油の風味を維持できる焙煎ごま油配合油脂組成物及びこれを用いた
食品を提供することができるので,焙煎ごま油に比べて安価に焙煎ごま油とほぼ同
等の風味の調合油を消費者に提供できる。…」(段落【0027】),【実施例】
として,「また,実施例1~5,7,9,13において,焙煎ごま油のみからなる
比較例1と遜色のない風味を実現できた。」(段落【0044】)との記載がある。
これらの記載によれば,本件特許訂正発明1の「焙煎ごま油の風味」とは,「焙煎
ごま油とほぼ同等の風味」ないし「焙煎ごま油のみからなるものと比較して遜色の
ない風味」をいうものと解するのが相当である。
そして,「焙煎ごま油とほぼ同等の風味」ないし「焙煎ごま油のみからなるもの
と比較して遜色のない風味」の意味については,証拠(乙5)及び弁論の全趣旨に
よれば,本件特許の出願当時,市販されていた焙煎ごま油は,煎り具合によって色
と香りが異なり,高温で時間をかけて煎れば煎るほど油の色は濃くなり,ごま油特
有の香ばしい香りが強まるという技術常識があったことが認められるから,この技
術常識に照らせば,「焙煎ごま油とほぼ同等の風味」ないし「焙煎ごま油のみから
なるものと比較して遜色のない風味」とは,風味の強さに程度の差はあれ,焙煎ご
ま油に特有の風味をいい,引用発明の「ゴマ油特有のふくよかな香り」及び甲4発
明の「ゴマ…等の呈味性油脂自体が本来有する風味」と同様の風味をいうもの解さ
れる。
したがって,本件特許訂正発明1の課題が引用発明や甲4発明の課題とは異なる
新規なものであるとの原告の主張は理由がない。
イ動機付けについて①(課題達成済み)
原告は,引用発明の特徴とされる「ごま油特有のふくよかな香り…を生かして」
は引用発明の調合胡麻油(製品)において既に達成されているから,引用発明の
「食用ごま油」として焙煎ごま油を採用し,その配合割合を65~70%に増やす
動機付けはない旨主張する。
しかしながら,本件特許訂正発明1と引用発明とは,ごま油特有の風味を有する
配合油脂組成物であるという点において共通しており,社会通念上,技術を豊富化
してより良いものを求めることは技術者の常であるといえるから,ごま油特有の風
味を維持するために,引用発明の「食用ごま油」として焙煎ごま油を採用し,その
配合割合を65~70%に増やす動機付けはあるというべきである。
ウ動機付けについて②(ごま油業界の実情)
原告は,引用発明の「食用ごま油」は,ごま油業界の実情から,焙煎ごま油と精
製ごま油を含有するものであると考えられるところ,精製ごま油を焙煎ごま油に置
換して焙煎ごま油のみとすることはごま油業界の実情に反することであるから,引
用発明の「食用ごま油」を焙煎ごま油のみにする動機付けはないと主張する。
しかしながら,前示のとおり,技術を豊富化してより良いものを求めることは技
術者の常であるから,仮に,引用発明の「食用ごま油60%」が焙煎ごま油と精製
ごま油を含有するものであり,それがごま油業界の実情であるとしても,ごま油特
有の風味を維持するという課題がある以上,引用発明の「食用ごま油」として「焙
煎ごま油」を採用する動機付けはある。
エ動機付けについて③(価格)
原告は,焙煎ごま油は精製ごま油や精製菜種油よりも高価であるから,引用発明
の「食用ごま油」を焙煎ごま油のみにしたり,引用発明においてごま油の含量を増
やしたりする動機付けはないと主張する。
しかしながら,焙煎ごま油が精製ごま油や精製菜種油より高価であるとしても,
価格差が商品化を妨げるほど著しいものであれば格別,そのような著しい価格差が
あることを認めるに足りる証拠はないから,ごま油特有の風味を維持するという課
題がある以上,引用発明の「食用ごま油」として「焙煎ごま油」を採用し,その配
合割合を増やす動機付けはある。
オ動機付けについて④(揚げ物料理)
原告は,引用発明の用途として挙げられている揚げ物料理に焙煎ごま油60%の
油を使用すると多量の発煙及び強すぎる焙煎臭が発生するから,引用発明の「食用
ごま油」を焙煎ごま油のみにしたり,引用発明においてごま油の含量を増やしたり
する動機付けはないと主張し,甲第37号証ないし第39号証を引用する。
なるほど,甲第37号証によれば,原告が実施した焙煎ごま油60%を含む配合
油の加熱実験の結果によれば,160℃で発煙が発生し,170℃付近から発煙が
激しくなったこと,部屋全体に強い焙煎臭が立ち込め,実験から1週間が経過した
後でも臭いが感じられたことが認められる。また,甲第38号証によれば,インタ
ーネット上の情報として,「ゴマ油は,ゴマを焙煎した後,圧搾して油を絞り出す
のですが,この中には油以外の不純物も多く,そのためこれらごま油で加熱調理す
ると油煙が立ち込める。…匂いも強いため,締め切った部屋の中で揚げると耐えら
れなかったことだろうと想像される。」との記載があることが認められる。
しかしながら,インターネット上の辻調理師専門学校のサイト(乙1)には,
「太白(生)のごま油と焙煎のごま油を同割りで合わせたり,焙煎したごま油を1
00%使ったり,あるいは3割程度混ぜたりと,その割合はお店によってさまざま
ですが,ごま油を使うというのが関西との大きな違いでしょう。理由は,江戸前で
捕れた魚には,背の青い魚が比較的多く,そのくせを消すために,香りの強いごま
油が必要だったのです。…香りよく,また,さっぱりとおいしく仕上がります。」
と記載されている。また,「油脂・油糧ハンドブック」(甲28)には,「ごま油
は…ごま油の風味や芳香の欠かせない中国料理の炒め物(いためもの),揚げ物,
あんかけ,炒め煮などに使ったり,天ぷら油としたりサラダ油としたりして広く用
いられている。ごま油は焙煎の程度によって,色の濃いゴマ臭の強い油から,ほの
かなゴマ特有のふくよかな香りの油まで製造することができるので,用途や好みに
よって使い分けられている。」(132頁),「家庭では,炒め物や揚げ物用とし
て使われる」(133頁)と記載されている。
これらの記載によれば,焙煎ごま油は,焙煎の程度によって用途が使い分けられ
ており,揚げ物油としても,揚げ物に適した程度の焙煎をしたものが広く用いられ
ていることが認められる。
そうすると,焙煎ごま油は,焙煎の程度によっては揚げ物油として用いることに
何ら支障のないことが明らかである。
原告は,焙煎ごま油60%の油を揚げ物料理に使用すると多量の発煙及び強すぎ
る発煙臭が発生すると主張して,甲第37号証ないし第39号証を引用しているが,
これらの証拠は,いずれも,焙煎ごま油は焙煎の程度によっては揚げ物油として用
いることに何ら支障がないとの上記判断を左右するものではない。
すなわち,甲第37号証については,原告が上記加熱実験に用いた焙煎ごま油は,
焙煎の程度が揚げ物油として用いるには不適当なものであった可能性がある。また,
「油脂・油糧ハンドブック」(甲28)には,油脂の加熱安定性に関する記載があ
り(12頁),これによれば,油脂を炒め物や揚げ物に使用したときに発煙や独特
の揚げ臭が発生するのは,焙煎ごま油に特有の現象というわけではなく,油脂一般
についていえることであり,特に,不飽和度の高いものや分子量の小さいものほど
加熱安定性が悪く,発煙や揚げ臭が発生しやすくなること,また,油脂の加熱安定
性は,炒め物や揚げ物の条件によって左右され,一般に不飽和度の高いものほど,
分子量の小さいものほど劣化が速いこと,そのほか,不純物の存在も油脂の加熱安
定性に影響を与えることが認められる。これによれば,原告が上記加熱実験に用い
た焙煎ごま油は,不飽和度の高いものや分子量の小さいものなど,加熱安定性が悪
いものであった可能性もある。いずれにしても,甲第37号証は,焙煎ごま油が焙
煎の程度によって揚げ物油として用いることに支障のないものであるとの上記判断
を左右するものではない。
また,甲第38号証については,「ゴマ油は,…不純物も多く,そのため…」と
記載されているように,加熱安定性が悪くなる原因が不純物の存在にあることが示
唆されており,焙煎ごま油一般について加熱安定性が悪いことを示すものではない。
さらに,甲第39号証は,天ぷら用の油として,植物性の油にごま油を2割ほど
加えるとの記載があるにすぎないものであり,これもまた,焙煎ごま油が焙煎の程
度によって揚げ物油として用いることに支障のないものであるとの上記判断を左右
するものではない。
カ甲4発明について
原告は,審決が甲4発明の酸化安定化油を「精製油としての菜種油」と混同して
いる旨,及び,引用発明の「食用なたね油」を甲4発明の酸化安定油に置換する動
機付けはなく,そこから更に「精製油としての菜種油」に置換するという論理構成
は後知恵である旨主張する。
確かに,審決は甲4発明の酸化安定化油を「精製油としての菜種油」と混同して
おり,引用発明の「食用なたね油」を甲4発明の酸化安定油に置換する動機付けは
なく,この限りにおいて審決の認定・判断には誤りがある。
しかしながら,前記(2)において説示したとおり,引用発明の「食用ごま油60
%」を「焙煎ごま油65~70質量%」に,「食用なたね油」を「精製油としての
菜種油30~35質量%」に,それぞれ置換することは,当業者にとって容易に想
到し得ることであり,この結論は,審決の認定・判断に上記の誤りがあることによ
って左右されるものではない。
(4)小括
以上によれば,相違点1及び2に係る審決の容易想到性判断に誤りはない。
2取消事由3(相違点3に係る事実認定及び判断の誤り)について
相違点3に係る「トリグリセリド組成としてトリグリセリドを構成する3つの脂
肪酸が不飽和脂肪酸であるトリグリセリドを59質量%以上80質量%以下含み,
かつ,脂肪酸組成としてリノール酸を35.6質量%含み,一分間に0.5℃ずつ
降温した時の曇点が-5℃以下である」は,本件特許訂正発明1の2つの発明特定
事項のうちの1つであり,もう1つの発明特定事項である「焙煎ごま油が65~7
0質量%,精製油としての菜種油が30~35質量%となるように焙煎ごま油及び
精製油としての菜種油を配合」してなる混合油が有する属性を分析又は測定した値
の範囲を記載したものであって,これら2つの発明特定事項は同一の技術的内容を
規定したものにすぎない。
そうすると,前記1において判示したとおり,「焙煎ごま油が65~70質量%,
精製油としての菜種油が30~35質量%となるように焙煎ごま油及び精製油とし
ての菜種油を配合」することが当業者にとって容易に想到し得るものである以上,
「トリグリセリド組成としてトリグリセリドを構成する3つの脂肪酸が不飽和脂肪
酸であるトリグリセリドを59質量%以上80質量%以下含み,かつ,脂肪酸組成
としてリノール酸を35.6質量%含み,一分間に0.5℃ずつ降温した時の曇点
が-5℃以下である」とすることが当業者にとって容易に想到し得るものであるこ
とは明らかである。
したがって,その余の点について検討するまでもなく,相違点3に係る審決の容
易想到性判断に誤りはない。
3取消事由4(本件特許訂正発明1の効果についての判断の誤り)について
(1)原告は,通常,焙煎ごま油に他の精製油を混ぜると焙煎ごま油の風味は落ち
ていくものであるところ,本件特許訂正発明1の配合にすると同等の風味を維持で
きるから,本件特許訂正発明1は,当業者が予測し得ない格別顕著な効果を有する
といえると主張する。
なるほど,本件特許訂正発明1の効果について,訂正明細書(甲17)には,
「実施例1~5,7,9,13において,焙煎ごま油のみからなる比較例1と遜色
ない風味を実現できた。」(段落【0044】)との記載があり,焙煎ごま油と菜
種油との配合油における風味の評価結果(段落【0042】の【表6】の実施例1
~6(段落【0031】の【表1】参照))によれば,実施例4(焙煎ごま油70
質量%と菜種油30質量%)及び実施例5(同65質量%と35質量%)の評価は,
比較例1(焙煎ごま油100質量%)の評価と同じ「5.0」である(風味の評価
基準は,「5:優れている」,「4:やや優れている」,「3:普通」,「2:や
や劣っている」,「1:劣っている」の5段階評価(段落【0041】))。
ところで,「焙煎ごま油のみからなる比較例1と遜色ない風味を実現できた」と
いうのは,風味の評価が5点満点で4.5点以上を意味するものと解されるところ
(段落【0044】及び【表6】),これら風味の評価は,5名のパネルによる総
合評価にすぎないものであり(段落【0041】),客観的・普遍的評価といえる
かという問題がある。また,本件訂正後の特許請求の範囲に該当する構成(焙煎ご
ま油が65~70質量%,精製油としての菜種油30~35質量%)を満たす実施
例は,上記実施例4及び5であると認められるところ,例えば,実施例1(焙煎ご
ま油92.1質量%と菜種油7.9質量%),実施例2(同90質量%と10質量
%),実施例3(同80質量%と20質量%)の評価も,それぞれ「5.0」,
「4.9」,「4.8」であって(【表1】,【表6】)(なお,訂正明細書にお
いて上記1~3を本件「実施例」と表現するのは疑問である。),風味の評価にお
いて,実施例4及び5との間に顕著な差があるということはできない。そしてまた,
原告のいう実施例6(同60質量%と40質量%)と実施例4及び5を比較すると,
焙煎ごま油の質量を65~70%から60%に下げると,風味が若干劣るという程
度にすぎず,顕著な差があるということもできない(【表1】,【表6】)。
そして,証拠(甲6,11,28)によれば,精製油は,脱臭,脱酸,脱色等の
精製工程により不純物を除いた油脂であって,ほぼ無臭であることが認められる
(「食用植物油脂の日本農林規格」(甲6)には,精製なたね油について「香味良
好」との記載があり(153頁),その他の精製油についても同様に「香味良好」
との記載がある。社団法人日本油脂協会のホームページ(甲11)には,「精製
油」について,「粗油には,揚げ物や生食には好ましくないさまざまな不純物が含
まれている。この不純物を除去することを精製といい,脱ガム,脱酸,脱色,脱臭
等の工程がある。この精製工程を経たものを精製油という。なお,オリーブ油及び
ごま油は,独特の香りや風味を生かすため,このような精製工程を経ず,濾過など
による不純物の除去にとどめているものが多い。」との記載がある。「油脂・油糧
ハンドブック」(甲28)には,「古くから,ごま油…などは,未精製だがきれい
な状態(バージンオイル)で伝統的に利用されてきた。しかし,種子を焙煎して絞
って得られるごま油…のほかは,未精製のままでは植物特有のにおいが残るので,
できるだけ口当たりを良くするために精製操作を加え無色,無臭にしている。この
ような一般の油と違って,ごま油は特有の風味,芳香,色をセールスポイントとす
る独特の油である。したがって,嗜好性の強い油であり,世界的に見ても未精製の
ままごま油を利用しているのは,日本,中国,韓国などの限られた地域である。」
(132頁)との記載がある。)。
したがって,このように,ほぼ無臭の精製油を30~35質量%,香りの強い油
脂を約倍量の65~70質量%ブレンドした場合に,その香りが保持されることは
自明であり,本件特許出願日当時の技術常識から当業者が容易に予測し得る程度の
効果にすぎない。
(2)原告は,大豆の比較例2~6(明細書の表6~9)が示すとおり,精製油が
ブレンドされれば,焙煎ごま油の配合割合が多くても,「焙煎ごま油100%の風
味」が維持できなくなるものであり,このことは,本件特許の出願時における当業
者の技術常識であったと主張する。
しかしながら,比較例2~6に用いられた大豆油が精製油であるか否かは不明で
あり,仮にこれが精製されたものでないとすると,精製されていない大豆油は,大
豆特有の香りを有していると考えられるから,焙煎ごま油の配合割合が多くても焙
煎ごま油の風味が維持できないことは容易に予測し得るところである。
したがって,比較例2~6によって本件特許訂正発明1の効果の顕著性が裏付け
られたとすることはできない。
(3)原告は,甲第7号証の実験は本件特許を無効にするために行われたもので
はないかとの疑念があるとするが,同号証の実験は,上記の自明な事項(ほぼ無臭
の精製油を30~35質量%,香りの強い油脂を約倍量の65~70質量%ブレン
ドした場合に,その香りが保持されること)を実験によって確認したものというべ
きである。
(4)原告は,本件特許訂正発明1を商品化した「日清ヘルシーごま香油」がシェ
アを伸ばしており,その主な要因の1つが「香り・香り立ちの良さ」であることか
らも,本件特許訂正発明1の効果の顕著性が裏付けられると主張するが,原告も自
認するとおり,「香り・香り立ちの良さ」は,上記商品のシェアの伸びの要因とし
て種々の事項が考えられるうちの1つにすぎないから,上記商品のシェアが伸びて
いることをもって,本件特許訂正発明1の効果が顕著であるとまでいうことはでき
ない。
(5)したがって,本件特許訂正発明1の効果は当業者が予測し得る範囲内のもの
であるとの審決の判断に誤りはない。
4取消事由5(本件特許訂正発明2~4の進歩性の判断における誤り)につい

以上によれば,本件特許訂正発明1の進歩性を否定した審決の判断に誤りはない
から,本件特許訂正発明1に進歩性がないことを前提として本件特許訂正発明2~
4の進歩性を否定した審決の判断に誤りがあるとする原告の主張は理由がない。
5まとめ
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき
違法は認められない。
第6結論
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
芝田俊文
裁判官
西理香
裁判官
知野明

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ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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