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平成12年(行ケ)第141号 審決取消請求事件
平成14年10月1日口頭弁論終結
判      決
原      告     株式会社荏原製作所
訴訟代理人弁護士    大 野 聖 二
訴訟復代理人弁護士    城 山 康 文
被      告     三井造船株式会社
訴訟代理人弁理士     小 川 信 一 
同            野 口 賢 照
主      文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成11年審判第35153号事件について平成12年3月16日
にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「排ガス処理方法及び排ガス処理装置」とする特許第
2137946号(平成3年9月12日特許出願,平成10年8月21日登録。以
下「本件特許」といい,本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者
である。被告は,平成11年4月7日,本件特許を請求項1及び2のいずれに関し
ても無効とすることにつき審判を請求した。特許庁は,これを平成11年審判第3
5153号事件として審理し,その結果,平成12年3月16日「特許第2137
946号発明の明細書の請求項1及び請求項2に記載された発明についての特許を
無効とする。」との審決をし,平成12年4月5日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
【請求項1】
「焼却炉から排出された排ガスを冷却する工程,冷却された排ガスから煤塵を
第一バグフィルタで除去する工程,煤塵除去後の排ガスを中和する工程,次いで中
和された排ガスを第二バグフィルタで浄化する工程,を有することを特徴とする排
ガス処理方法。」(以下「本件発明1」という。)
【請求項2】
「焼却炉から排出された排ガスを冷却するガス冷却装置,該ガス冷却装置で冷
却した排ガスから煤塵を除去する第一バグフィルタ,該第一バグフィルタを通過し
た排ガスに中和剤を加えて排ガス中の酸性ガスを中和反応させる反応塔,及び該反
応塔から排出した排ガスを浄化する第二バグフィルタを有することを特徴とする排
ガス処理装置。」(以下「本件発明2」という。)
3 審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明1及び2は,いずれ
も,特開平1-155937号公報(審判甲第1号証,本訴甲第3号証。以下「引
用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び「英
和・和英 機械用語図解辞典」(工業教育研究会編,日刊工業新聞社昭和60年5
月30日発行。審判甲第2号証,本訴甲第4号証。以下「引用例2」という。)中
の「バグフィルタ」の項(40頁)及び「集塵機」の項(173頁)に記載された
事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法2
9条2項に該当し,特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「1.本件発明」,「2.請求の理由の概要」,「3.各甲
号証記載事項」(審決書2頁6行~4頁15行)は認め,「4.進歩性についての
判断」,「5.結論」(4頁16行~5頁19行)は争う。
審決は,本件発明1と引用発明1,本件発明2と引用発明1との相違点を看
過し(取消事由1),本件発明1及び2の進歩性についての判断を誤った(取消事
由2)ものであり,この誤りが,請求項1及び2のいずれに関しても,審決の結論
に影響を及ぼすことは明らかである。
1 取消事由1(相違点の看過)
(1) 本件発明1と引用発明1との相違点の看過
審決は,本件発明1と引用発明1とを対比して,「両者は,「焼却炉から
排出された排ガスを冷却する工程,冷却された排ガスから煤塵を集塵機で除去する
行程(判決注・「工程」の誤記と認める。),煤塵除去後の排ガスを中和する行程
(判決注・「工程」の誤記と認める。),次いで中和された排ガスをバグフィルタ
で浄化する工程,を有することを特徴とする排ガス処理方法」である点で共通のも
のであり,ただ,(1)請求項1に係る発明の集塵機は,第一バグフィルタである
のに対し,甲第1号証には集塵機として,電気集塵機またはサイクロンが記載され
ている点で相違するものである」(審決書4頁17行~24行)と認定した。
すなわち,審決は,本件発明1と引用発明1との相違点として,上記
(1)点しか認めていない。
しかし,次に述べるとおり,両発明の間には,上記(1)の相違点以外に
も重大な相違点があるのであり,上記認定は,これを看過するものである。
ア 本件発明1は,煤塵除去工程と中和浄化工程とを分離して実施するのに
対し,引用発明1は煤塵除去工程と中和浄化工程とを分離していない。この点にお
いて,本件発明1と引用発明1とは,根本的に相違する。
① 本件発明1では,第一バグフィルタによって煤塵除去の工程を完了
し,その後に,中和浄化工程として,中和剤を投与して,中和生成物及び未反応の
中和剤を第二バグフィルタによって除去する中和浄化工程を実施する。
本件発明1では,第一の集塵機としても,第二の集塵機におけると同
じく,バグフィルタを用いているため,バグフィルタにより捕集することが可能な
煤塵は,すべて第一バグフィルタで捕集されてしまい,第二バグフィルタで捕集さ
れることはない。第一バグフィルタで捕集することができないままこれを通過して
しまう煤塵があれば,それは第二バグフィルタをも通過してしまう。第二バグフィ
ルタにより捕集されるのは,第一バグフィルタを通過した煤塵ではなく,第一バグ
フィルタを通過した後に添加された中和剤及び中和剤と反応して初めてバグフィル
タによる捕集が可能となった反応生成物のみであり,煤塵は捕集されない。
被告の設置した八女西部クリーンセンターにおける集塵装置のフロー
図(甲第8号証)には,第一のバグフィルタが「除塵用バグフィルタ」,第二のバ
グフィルタが「脱塩用バグフィルタ」と明記されており,被告自身が,バグフィル
タを二段で用いる場合に,第一のバグフィルタが除塵(集塵)用であり,第二のバ
グフィルタが脱塩(中和)用となることを認めている。この記載からも,バグフィ
ルタを二段で用いる場合には,煤塵除去の目的は,第一のバグフィルタで達成され
てしまい,第2のバグフィルタの目的は,煤塵除去ではなく,中和剤の添加によっ
て初めて捕集できるようになる物質の捕集にあることが,明らかである。
② これに対し,引用発明1では,第一の集塵装置である電機集塵機又は
サイクロンによっては煤塵除去の工程を完了せず,煤塵の除去が完了する前に中和
剤を投与した後,煤塵,中和生成物及び未反応の中和剤を同発明のバグフィルタに
よって除去することによって,煤塵除去の工程と中和浄化工程とを同時に完了す
る。
集塵機の種類が異なれば,使用条件も異なり,煤塵の種類や粒径によ
って集塵率が大きく異なること(例えば,「増補改訂流動床式ごみ焼却炉設計の実
務」(石川禎昭著・工業出版社昭和62年6月15日出版,平成6年8月20日増
補改訂版発行・乙第1号証の1。以下「乙第1号証の1刊行物」ということがあ
る。)201頁参照),電気集塵機では,煤塵の帯電可能性や電気抵抗率により集
塵率が影響を受けること(例えば,PPM1989年2月号に掲載された記事「集
じん技術と新しい方向」(三好康彦,菱田一雄著・甲第9号証)55~56頁,
「集塵技術マニュアル」(井伊谷鋼一著・日刊工業新聞社昭和47年3月31日発
行・甲第5号証)12頁の表2.2,平成7年1月10日付け東京都清掃局による
特別管理一般廃棄物対策検討委員会「委員会議題要旨(第3回委員会)」(甲第6
号証)63頁参照),このため,電気集塵機では,バグフィルタのように安定的な
集塵を行うことが非常に困難であることは,いずれも,当業者の技術常識である。
電気集塵機又はサイクロンは,バグフィルタに比べ集塵率が低いた
め,引用発明1におけるバグフィルタは,中和剤及び中和剤の添加による反応生成
物を捕集するだけでなく,電気集塵機又はサイクロンで捕集できなかった煤塵をも
捕集するものである。
電気集塵機は,排ガス温度を300℃程度の高温に維持して排ガス中
の煤塵を除去するのが一般的であり,排ガス温度をバグフィルタを通過させること
のできる温度である200℃程度まで低下させると,電気集塵機の煤塵の捕集効率
は大きく低下し,一般に電気集塵機が有するとされている,乙第1号証の1刊行物
に記載されたような捕集効率を発揮することはできない。
③ 以上のとおり,本件発明1の第二バグフィルタは,煤塵を捕集対象と
していないのに対し,引用発明1のバグフィルタは煤塵をも捕集対象としている。
このように,引用発明1のバグフィルタと,本件発明1の第二バグフ
ィルタとは,バグフィルタの捕集対象として煤塵を含むか否かと言う点において相
違するにもかかわらず,審決はこの点を看過した。
イ 被告は,「飛灰」と「煤塵」とは同義であるという一般的な用語説明
(乙第1号証の1刊行物参照)を根拠に,本件特許の願書に添付された明細書(以
下,図面も含めて「本件明細書」という。甲第2号証参照。)には,本件発明1の
第二バグフィルタにおいて「飛灰」を捕集すると記載されているから,本件発明1
の第二バグフィルタも煤塵を捕集するものである,と主張する。
しかし,本件明細書にいう「飛灰」とは,中和剤および中和剤の添加に
より初めて捕集可能となった物質のみを指し示す用語として使用されており,煤塵
を意味する用語として使用されているのではない。本件明細書には,実施例とし
て,ガス冷却装置の出口で,煤塵が25kg,気体としてのHClが5kg発生
し,この煤塵25kgのほぼすべてが第一バグフィルタで捕集され,気体としての
HCl5kgとわずかな煤塵0.05kgが第一バグフィルタを通過すること,中
和後の飛灰15kgが第二バグフィルタにより捕集されること,第一バグフィルタ
を通過した煤塵0.05kgは第二バグフィルタも通過してしまい,そのまま煙突
から排出されてしまうこと(甲第2号証3頁6欄20行~38行及び5頁の図1)
が記載されている。第一バグフィルタを通過した煤塵は第二バグフィルタをも通過
してしまうのであるから,第二バグフィルタにより捕集される「中和後の飛灰」と
は,第一バグフィルタを通過したHClと消石灰とが反応してできた中和生成物と
未反応の消石灰のみのことであることが,明らかである。
ウ 被告は,「流動床式ごみ焼却炉設計の実務」(乙第1号証の1刊行物)
201頁の「表3.11.4 各種集じん装置分類とその適用範囲」)において,バグフ
ィルタの集塵率が90~99%と記載されていることを挙げ,この記載を根拠に,
バグフィルタといっても種々のバグフィルタが存在することが明らかであるから,
本件発明1の第一バグフィルタにおいて煤塵の除去を完全に行うことは不可能であ
る,と主張する。
しかし,被告が挙げる上記「表3.11.4 各種集じん装置分類とその適用
範囲」の注には,「集じん効率はふんじんの粒径分布によるので,ここでは一般の
場合の値をそう入した.」と記載されており,同記載によれば,前記の表のバグフ
ィルタの集塵率が90~99%である,との記載は,捕集対象である煤塵の粒径に
よる集塵率の変動を示すものであって,バグフィルタの種類による集塵率の変動を
示すものではないことが明らかである。バグフィルタには,排ガスのろ過速度や排
ガス温度といった使用条件に応じた仕様の違いはあるものの,捕集対象物や集塵率
については,仕様の異なるバグフィルタの間で有意な差異は生じない。
このように,本件発明1では,バグフィルタにより除去することが可能
な煤塵はすべて第一バグフィルタにより除去され,第二バグフィルタにおいては,
中和剤の添加によって初めて捕集可能となった物質のみが除去の対象とされる結
果,分別捕集の目的及び効果を達成することができることになるのである。
(2) 本件発明2と引用発明1との相違点の看過
審決は,本件発明2と引用発明1とを対比して,両者は,「「焼却炉から
排出された排ガスを冷却するガス冷却装置,該ガス冷却装置で冷却した排ガスから
煤塵を除去する集塵機,集塵機を通過した排ガスに中和剤を加えて排ガス中の酸性
ガスを中和反応させる場所を通過させ,その後,排ガスを浄化するバグフィルタを
有することを特徴とする排ガス処理装置」である点で共通のものであり,ただ,請
求項2に係る発明では(1)集塵機が第一バグフィルタである点,(2)中和反応
をおこさせるために,反応塔がある点で相違するものである。」(審決書4頁36
行~5頁4行)と認定した。すなわち,審決は,本件発明2と引用発明1との相違
点として,上記(1),(2)の相違点しか認めていない。
しかし,両発明の間には,上記(1),(2)の相違点以外にも重大な相
違点があるのであり,上記認定がこれを看過していることは,(1)で述べたところか
ら明らかである。
2 取消事由2(本件発明1及び2の進歩性についての認定判断の誤り)
審決は,①引用例1に本件発明1及び2の課題の開示がないこと,②引用発
明1は本件発明1及び2の作用効果を奏さないものであること,③引用発明1は未
完成発明であること,④本件発明1及び2は商業的に成功しているものであるこ
と,をいずれも看過して,本件発明1及び2の進歩性を否定したものであるから,
誤りである。
(1) 課題について
本件明細書中には,「この発明の目的は,上記課題を解決することであ
り,処理・処分が容易な煤塵と処理・処分が困難な飛灰とを分別して集積し,且つ
飛灰の発生量を低減することが可能であり,その処理コストも全体として低廉なも
のにすることのできる排ガス処理方法及び排ガス処理装置を提供することであ
る。」(甲第2号証2頁4欄段落【0008】)との記載がある。この記載によれ
ば,本件発明1及び2の課題は,中和剤及び中和生成物である飛灰を煤塵とは分別
して回収することにあることが,明らかである。
これに対し,引用例1においては,電気集塵機とサイクロンとが全く同列
に扱われており,「流動床式ごみ焼却炉設計の実務」(乙第1号証の1)201頁
に記載されているように,サイクロン形の遠心力集塵機では,取り扱われる粒度か
らみて,煤塵の捕集能力が著しく劣るから,引用発明1における第1の集塵機の集
塵能力はバグフィルタよりかなり劣るものが予定されているとみられる。そうする
と,引用発明1においては,第2の集塵機であるバグフィルタが捕集する煤塵の量
が激増して,分別捕集をすることは,到底できない。
したがって,当業者は,引用例1に接しても,第1の集塵機で煤塵の除去
を完了し,第2の集塵機で中和剤及び中和生成物のみを捕集して,これらを煤塵と
は分別して回収する,という課題を示唆されることはあり得ない。
(2) 作用効果について
本件発明1及び2では,同じ種類の集塵機を重ねて二段で用いるため,集
塵については第1の集塵機ですべて完了してしまい,第2の集塵機では中和剤及び
中和生成物のみを捕集する。第1の集塵機で捕集した煤塵は,溶融処理を行なうこ
とができるのに対し,第2の集塵機であるバグフィルタが捕集する中和剤及び中和
生成物は溶融処理ができず,通常は薬剤処理が必要となる(本件明細書4欄9行~
16行参照。)。煤塵を溶融処理したものは,道路用資材などに再利用することが
可能であるのに対し,煤塵を薬剤処理したものは,再利用が困難であり,ほぼ全量
について埋立処分等の最終処分が必要となる。この場合,埋立処分のコストは非常
に大きく,環境規制の見地からも,薬剤処理する煤塵の量を可能な限り減らしてい
くことが強く求められている。
引用発明1では,二つの異なる種類の集塵機を組み合わせて,集塵を二段
の各段でそれぞれ行うものであるから,その第2の集塵機であるバグフィルタで
は,中和剤及びその添加によって初めて捕集可能となった物質に加えて,本来は溶
融処理が可能であったはずの煤塵までをも捕集してしまうため,薬剤処理とその後
の埋立処分に必要な分量が増加してしまう。
これに対し,本件発明1及び2は,溶融処理の可能な煤塵と,薬剤処理が
必要な中和剤及び中和生成物とを分別回収可能として,薬剤処理とその後のコスト
のかかる最終処分の必要量を減少するという顕著な作用効果を奏する。
(3) 引用発明1が未完成発明であることについて
ア 引用例1の「明細書」の発明の詳細な説明中には,電気集塵機に流入す
る前に,排ガス温度を約250~150℃に冷却することが記載されている(甲第
3号証3頁右下欄下から7行)。
しかし,芳香族系塩素化合物の生成される温度以下で,かつ,バグフィ
ルタを使用することが可能な温度範囲にするためには,排ガス温度を200℃以下
まで冷却することが必須である。集塵機に流入するこの200℃以下という基準
は,①ダイオキシン対策の観点から,厚生省の設置したごみ処理に係るダイオキシ
ン削減対策検討会の発表した「ごみ処理に係るダイオキシン類発生防止等ガイドラ
イン」(平成9年1月発行・甲第10号証)32頁の「排ガス処理設備」中の「集
じん器の低温化」の項,②厚生省生活安全局水道部長名の各都道府県知事宛通知に
添付された「ダイオキシンの排出削減に向けて」(厚生省生活衛生局水道環境部監
修,平成9年10月30日㈱ぎょうせい発行・甲第11号証)2頁の「新設施設の
構造・維持管理基準(平成9年12月1日~)」の項に,それぞれ記載されてい
る。
特許庁の技術分野別特許マップ「焼却炉技術」(甲第12号証)には,
「従来わが国の都市ごみ焼却施設では集塵装置に電気集塵機を使用しているものが
ほとんどで,その時,集塵機入口ガス温度を300℃程度で運転する場合が多い。
しかしながら,300℃前後は最もダイオキシン類が合成されやすい温度域であ
り」,「燃焼排ガスはダイオキシン類などが分解状態にある高温から極力急速に2
00℃以下に冷却することが適切である。1997年12月1日施行の廃棄物処理
法施行令・省令では「おおむね200℃以下に冷却できる装置」の設置を義務付け
ている。このことは集塵装置は電気集塵機からバグフィルターなどの濾過集塵器に
変更することを意味しており,これも従来から見ると大きく変わることになる。」
と記載されている。
これらの記載は,排ガス温度を200℃以下まで冷却した場合には,電
気集塵機は,実際の焼却施設では使用不能であることを意味する。
電気集塵機では,排ガス温度を200℃まで下げると煤塵の電気比抵抗
値が高くなり,電圧を下げないと安全運転ができなくなるという現象が発生し,そ
の結果,集塵効率が低下する。排ガス温度を更に下げて200℃以下にした場合に
は,再び煤塵の電気比抵抗値は下がり集塵効率の低下の問題はなくなるものの,電
気集塵機の腐食,集塵ダストの壁面での固化,通路の閉塞等の問題が発生する。こ
のため,電気集塵機では,排ガス温度を300℃程度の高温に維持して排ガス中の
煤塵を除去するよう運転することが,一般的である。
イ 被告は,特開昭54-56265号公報(乙第2号証)中の,「電気集
塵機入口のガス温度を180乃至220℃に低下させ」(特許請求の範囲請求項
2)との記載を挙げ,電気集塵機を通過する排ガス温度が220℃以下であって
も,電気集塵機の稼働には実用上問題がないと主張する。
しかし,同公報は,冷却過程における熱回収量を高めることを課題とし
た排ガス処理装置の発明に関するものであって,排ガス温度の低下による電気集塵
機の集塵能力については全く関心を示していないものである。同公報は,電気集塵
機が200℃以下の温度の排ガスでも実用的な集塵能力を発揮できることを示すも
のではない。
ウ 以上述べたとおり,ダイオキシン発生防止のためには,バグフィルタを
通過する排ガス温度を200℃以下としなければならないのに,引用発明1では,
排ガス温度を200℃以下とすると,電気集塵機の集塵効率が極端に低下したり,
電気集塵機に種々の問題が発生したりして実用には供することができず,反対に,
排ガス温度を電気集塵機の最適温度である300℃前後とすると,バグフィルタの
使用ができないうえ,ダイオキシン類の再合成が行われ,ダイオキシン類を増加さ
せてしまう結果を生ずる。引用発明1は,電気集塵機を通過する手前の冷却装置で
排ガスを一段で冷却するものであるから,実用的な用途に供することができない未
完成な発明であって,本件発明1及び2の先行技術とはなり得ないものである。審
決が引用発明1に基づいて本件発明1及び2の進歩性を否定したのは,誤りであ
る。
(4) 商業的成功について
本件出願前には,バグフィルタを二段で用いる集塵機は全く用いられてい
なかった。現在では,被告が集塵機を設置した八女西部クリーンセンター(甲第8
号証)を始めとして,青森サーマルリサイクルセンター,米子市新清掃工場(仮
称),筑西広域市町村圏事務組合新清掃工場(仮称),佐賀市清掃工場(仮称)等
に新規に設置された集塵機において,バグフィルタを二段で用いる構成が用いられ
ている。これらの商業的成功は,本件発明1及び2の進歩性を裏付けるものであ
る。
第4 被告の反論の要点
審決の認定,判断は正当であり,審決に,取消事由となるべき瑕疵はない。
1 取消事由1(相違点の看過)について
(1) 原告は,引用発明1は,煤塵除去工程と中和浄化工程を分離しておらず,
煤塵除去後の排ガスを対象として中和浄化工程を実施するのではない,と主張す
る。しかし,引用例1の記載(甲第3号証1頁左欄7行~8行,2頁左下欄2行~
4行,2頁右下欄2行~3行,3頁右下欄12行~4頁左上欄2行,4頁右上欄1
行~3行,14行~16行)によれば,引用発明1においては,電気集塵機又はサ
イクロンにより除塵を完了した後に中和による浄化が行われていること,すなわ
ち,煤塵除去工程の後に中和浄化工程が存在することが明らかである。
原告は,引用発明1の電気集塵機では十分な集塵を行うことができないと
主張する。しかし,「増補改訂流動床式ごみ焼却炉設計の実務」(乙第1号証の1
刊行物)201頁の表3.11-4「各種集じん装置分類とその適用範囲」には,
バグフィルタの集じん率は90~99%であるのに対し,電気集塵機の集じん率は
80~99.9%であることが記載されている。この記載は,むしろ,バグフィル
タよりも電気集塵機の方が集じん率が高いことを示すものである。電気集塵機では
十分な集塵を行うことができないとの原告の主張は誤りである。
(2) 「増補改訂流動床式ごみ焼却炉設計の実務」(乙第1号証の1刊行物)1
98頁には,「集じん機は,排ガス中のばいじん(別名:飛灰)を捕集する機械設
備であり」と記載されているから,当業者において,「飛灰」とは,煤塵のことを
意味する。本件明細書には,第二バグフィルタは,15㎏の飛灰,すなわち,煤塵
を除去するものであるとの記載がある。そうすると,引用発明1のバグフィルタと
本件発明1及び2の第二バグフィルタとは,煤塵の除去を行うバグフィルタである
という点において同じ物である。
(3) 本件明細書の発明の詳細な説明中の【発明の効果】の項には,「第二バグ
フィルタでは低速濾過を行なうので,前記反応塔内で反応しなかった未反応の酸性
成分,未反応の消石灰,或いはダイオキシン類,重金属類を確実に排除できる。」
(甲第2号証7欄12行~8欄1行)との記載がある。この記載から,本件発明1
及び2における第二バグフィルタは,未反応の酸性成分,未反応の消石灰,ダイオ
キシン類,重金属類も除去するものであり,ダイオキシン類や重金属類も煤塵であ
るから,本件発明1及び2は,第一バグフィルタにより煤塵を完全に除去するもの
とはいえず,第二バグフィルタでも煤塵を捕集の対象としている。
(4) 原告は,その主張の根拠として,八女西部クリーンセンターのパンフレッ
ト(甲第8号証)の記載を挙げる。しかし,同パンフレット中の,「除塵用バグフ
ィルタ」,「脱塩用バグフィルタ」との記載は,各バグフィルタの主たる機能を示
すものであって,「除塵用バグフィルタ」が除塵を完全に行うものであることや
「脱塩用バグフィルタ」は脱塩だけを行うものであることは,同パンフレットのど
こにも記載されていない。
(5) 本件特許の特許請求の範囲請求項1には,単に「第一バグフィルタ」,
「第二バグフィルタ」と記載されているだけである。この特許請求の範囲の記載
は,バグフィルタであればいかなるものでもよいことを意味する。上記「増補改訂
流動床式ごみ焼却炉設計の実務」(乙第1号証の1刊行物)201頁の「表
3.11-4 各種集じん装置分類とその適用範囲」には,バグフィルタの集塵率が90
~99%と記載されており,この記載によれば,バグフィルタといっても種々のバ
グフィルタが存在することが明らかであるから,本件発明1及び2の第一バグフィ
ルタにおいて煤塵の除去を完全に行うことは全く不可能である。
(6) 以上のとおりであるから,審決に原告主張の相違点の看過はない。
2 取消事由2(本件発明1及び2の進歩性についての認定判断の誤り)につい

(1) 課題について
引用発明1には,電気集塵機で除塵した後,バグフィルタで中和剤及び中
和生成物を分離することが示されており,その作用効果は本件発明1及び2のもの
と差異はない。したがって,引用発明1も,本件発明1及び2が解決しようとする
課題を解決しようとするものである。
(2) 作用効果について
本件発明1の第二バグフィルタと引用発明1のバグフィルタとは,第1の
集塵機を通過してきた煤塵を,中和剤及び中和生成物と共に除去する点において全
く同じであり,共にバグフィルタであるから,その効果も当然に同じものである。
(3) 引用発明1が未完成発明であることについて
ア 原告のこの主張は,審判段階では主張されていなかった新たな主張であ
るから,本件訴訟の審理範囲を外れるものである。
イ 仮に原告の上記主張が本件訴訟の審理範囲内のものであったとしても,
同主張は,失当である。
引用例1には,「焼却炉1で発生した750~950℃の燃焼排ガス
は,ガス冷却塔2および空気予熱器3で例えば約250~150℃に冷却された
後,電気集塵機4aに入り,排ガス中のダストが捕集される。・・・・バグフィル
タ内の排ガス温度をできるだけ低く(150~250℃)することにより,生成す
る有機塩素化合物,例えばPCDD,PCDF等を物理的に捕集することができ
る。」(甲第3号証3頁右下欄12行~4頁右上欄17行)との記載がある。この
記載によれば,引用発明1では,排ガスは,電気集塵機に入る前に250~150
℃まで冷却されており,電気集塵機を通過した後のバグフィルタ内では150~2
50℃となっている。このように,引用例1においては,電気集塵機の好適温度を
250~150℃の範囲内で,採用することができるのであるから,引用発明1で
は,電気集塵機の機能及びダイオキシン類の生成の抑制に対する配慮がなされてい
るということができる。
上記の電気集塵機に入る前の排ガス温度である250~150℃は,
「ごみ処理に係るダイオキシン類発生防止等ガイドライン」(ごみ処理に係るダイ
オキシン削減対策検討会 平成9年1月発行・甲第10号証)24頁「排ガス処理
設備」中の「集じん器入口排ガス温度」の項に記載された「集じん器入口排ガス温
度は,電気集じん器の場合200~280℃」とほぼ合致している。引用発明1に
おける電気集塵機は,ダイオキシン類発生防止等ガイドラインに沿っているもので
あるから,同発明を,ダイオキシン対策の上で,発明未完成であるとすることはで
きない。
ウ 原告は,排ガス温度が200℃以下では電気集塵機の集塵効率が極端に
低下したり,電気集塵機に種々の問題が発生したりするので,実用には供し得ない
ことになる,と主張する。
しかし,特開昭54-56265号公報(乙第2号証)には,ごみ焼却
用排ガス処理装置について,「電気集塵器入口のガス温度を180乃至220℃に
低下させ」(特許請求の範囲請求項2)との記載がある。この記載が示すように,
電気集塵機を通過する排ガス温度が220℃以下であっても,電気集塵機の稼働に
は実用上問題がない。
(4) 商業的成功について
本件発明1及び2が,仮に,商業的に成功したものであるとしても,商業
的成功には,宣伝力,資金力,価格等の種々の要素が作用するのであるから,商業
的成功の事実は発明の進歩性に直接関係するものではない,というべきである。
第5 当裁判所の判断
1取消事由1(相違点の看過)について
(1) 原告は,本件発明1においては,第一バグフィルタで煤塵の除去を完了
し,第二バグフィルタでは,第一バグフィルタを通過した後で添加された中和剤及
び中和剤の添加により初めてバグフィルタにより捕集可能となった反応生成物のみ
を捕集し,煤塵を捕集しないのに対し,引用発明1においては第1の集塵機である
電気集塵機では煤塵の除去を完了せず,第2の集塵機であるバグフィルタでも煤塵
を捕集するから,本件発明1の第二バグフィルタと引用発明1のバグフィルタと
は,煤塵を捕集するか否かの点において相違するにもかかわらず,審決は,この相
違点を看過した,と主張する。
(2) しかしながら,本件発明1の特許請求の範囲請求項1は,前記のとおり,
「焼却炉から排出された排ガスを冷却する工程,冷却された排ガスから煤塵を第一
バグフィルタで除去する工程,煤塵除去後の排ガスを中和する工程,次いで中和さ
れた排ガスを第二バグフィルタで浄化する工程,を有することを特徴とする排ガス
処理方法」であり,第一バグフィルタでの煤塵の除去の程度について特に限定はさ
れていない。同じくバグフィルタといっても集じん率が一定であるわけではないで
あろうことは,当業者でない者にも容易に推測できることであり,現に「増補改訂
流動床式ごみ焼却炉設計の実務」(乙第1号証の1刊行物)には,バグフィルタの
集じん率は,粉塵の粒径分布により変わるものの,一般の場合90~99%の範囲
にあることが記載されているから,本件発明1でも,第一バグフィルタにおいて,
煤塵がすべて除去されるとは限らないことが明らかである。
原告は,本件発明1では,第一バグフィルタと第二バグフィルタとで同じ
バグフィルタを用いているため,バグフィルタにより捕集可能な煤塵は,すべて第
一バグフィルタで捕集されてしまい,第二バグフィルタで捕集されることはない,
第一バグフィルタで捕集することができないまま第一バグフィルタを通過した煤塵
は,第二バグフィルタも通過してしまうから,第二バグフィルタでは,煤塵は捕集
されない,と主張する。しかしながら,上記のとおり,本件発明1の特許請求の範
囲請求項1には,単に「第一バグフィルタ」,「第二バグフィルタ」と記載されて
いるだけで,それぞれのバグフィルタの種類や性質について特に限定はなされてい
ない。上に認定したとおり,同じバグフィルタ形式の濾過集塵装置であっても,そ
の集じん率には差異があり,集じん率の異なる種々のバグフィルタが存在すること
は明らかであるから,本件発明1は,第一バグフィルタと第二バグフィルタとが同
一性能である場合に限られない。原告の主張は,その前提を欠くものというべきで
ある。
原告は,被告の設置した八女西部クリーンセンターにおける集塵装置のフ
ロー図(甲第8号証)に,第1のバグフィルタが「除塵用バグフィルタ」,第2の
バグフィルタが「脱塩用バグフィルタ」と記載されていることを挙げ,バグフィル
タを二段で用いる場合には,第1のバグフィルタが除塵(集塵)用であり,第2の
バグフィルタが脱塩(中和)用となり,第2のバグフィルタでは煤塵の捕集が行わ
れないことを被告自身が認めている,と主張する。
しかしながら,上記の記載は,第1バグフィルタの設置の目的が除塵にあ
り,第2のバグフィルタの設置の目的が脱塩にあることを意味すると理解すること
はできるものの,第1のバグフィルタによって除塵がすべて行われ,第2のバグフ
ィルタによっては煤塵の捕集が全く行われないことを意味するとまで理解すること
はできない。仮に,上記施設において,現実に,第2のバグフィルタでは煤塵の捕
集を全く行っていないとしても,本件発明1は,このようなものに限られるわけで
はないことは,上記説示のとおりであるから,そのことは,上記認定判断を左右す
るものではない。
原告の主張は,採用することができない。
(3) 同じく電気集じん装置といっても,集じん率が一定であるわけではないこ
とは前述のとおりであるから,引用発明1においても,電気集塵機で除塵が完了せ
ず,バグフィルタにおいて煤塵を捕集することがあることは明らかである。
(4) このように,本件発明1の第二バグフィルタも,引用発明1のバグフィル
タも,いずれも煤塵を捕集の対象とすることがある点において異なるところはな
い。両者の捕集対象は異なるとの原告の主張は採用することができず,この点につ
き審決に相違点の看過があったということはできない。
(5) 本件発明2と引用発明1との相違点の看過の主張についても,その理由が
ないことは,(1)ないし(4)で述べたところから明らかである。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1及び2の進歩性についての認定判断の誤り)につい

(1) 課題について
原告は,本件発明1及び2の課題は,中和剤及び中和生成物である飛灰を
煤塵とは分別して回収することにあるのに対し,引用例1にはこのような分別回収
の課題が全く示唆されていないから,当業者が引用例1に接しても,第1の集塵機
で煤塵の除去を完了し,第2の集塵機で中和剤及び中和生成物のみを捕集して,こ
れらを煤塵とは分別して回収するという課題を示唆されることはあり得ないと主張
する。
本件明細書には,次の記載があることが認められる(甲第2号証)。
ア 「【従来の技術】・・・従来の・・・排ガス処理装置では,バグフィル
タ8によって煤塵や有害物質の除去が行われている。・・・バグフィルタ8で捕集
された,いわゆる飛灰中には,微細な焼却灰,消石灰とHClとの反応物である塩
化カルシウム,未反応の消石灰,微量の重金属等が含まれている。従来から,この
飛灰は,セメント固化剤で固化して焼却灰と共に埋立処分してきたが,この飛灰は
水溶性の塩類,重金属類を含んでいるので,セメントで固化しても,固化物が水に
よって脆くなったり或いは水に塩類,重金属類が溶解し,該固化物は破壊されてし
まう。このため,埋立処分した場合,飛灰に含まれる水銀,銅,Cr,Cd等の有
害な重金属類が溶出して環境汚染の危険がある。これに加えて,都市ごみの発生量
が年々増加する傾向にあり,ごみ処理施設で焼却灰まで減容化するものの,焼却灰
を埋立処分する敷地の確保が困難になってきている状況から,最近では,飛灰を焼
却灰と共に溶融処理する方法が注目されている。この溶融処理は,灰の減容化を図
るだけでなく,処分地における重金属の溶出を防止することも可能であり,加えて
溶融スラグは建築資材や路盤材などへの有効利用が期待できるという利点があ
る。」(甲第2号証2欄5行~4欄7行)
イ 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,飛灰を焼却灰と共に
高温で溶融処理した場合,飛灰に含まれている塩類や重金属が揮散してダストが発
生するうえに,塩化物が分解してHClを発生するので,再び消石灰を噴霧して溶
融排ガスを処理しなければならない。このように塩化物や重金属類を多量に含む飛
灰の処理には困難を伴う。そこで,従来から,この処理の困難な飛灰を如何にして
少なくするかが課題であった。・・・そこで,この発明の目的は,上記課題を解決
することであり,処理・処分が容易な煤塵と処理・処分が困難な飛灰とを分別して
集積し,且つ飛灰の発生量を低減することが可能であり,その処理コストも全体と
して低廉なものにすることのできる排ガス処理方法及び排ガス処理装置を提供する
ことである。」(同号証4欄9行~22行)
ウ 「【発明の効果】この発明による排ガス処理方法及び排ガス処理装置
は,上記のように構成されているので,次のような効果を有する。即ち,この発明
は,焼却炉から排出された排ガスをガス冷却装置で冷却した排ガスから煤塵を除去
する第一バグフィルタ,該第一バグフィルタを通過した排ガスに中和剤を加えて排
ガス中の酸性ガスを中和反応させる反応塔,及び該反応塔から排出した排ガスを浄
化する第二バグフィルタを有するので,前記焼却炉から排出された排ガスを冷却
し,冷却された排ガスから煤塵を前記第一バグフィルタで除去した後に,煤塵除去
後の排ガスに中和剤を噴霧し,続いて中和剤を噴霧された排ガスを前記第二バグフ
ィルタで清浄化することができる。従って,排ガスから前記第一バグフィルタで主
に煤塵が除去された分だけ,前記第二バグフィルタで除去される飛灰の量は減少す
る。そして,前記第一バグフィルタ3によって除去された煤塵は,焼却灰と混合し
て容易に溶融処理することができる。それ故に,溶融処理及び埋立処分の困難な飛
灰,特に,塩化物を多量に含む飛灰の量を大幅に低減させることができ,従来に比
べて,処理コストを低廉なものにすることができる。」(同号証6欄40行~7欄
9行)
他方,引用例1には,次の記載がある(甲第3号証)。
a 「ごみ焼却炉排ガスを冷却後,電気集塵器またはサイクロンで除塵する
ごみ焼却炉の排ガス処理方法において,前記電気集塵器またはサイクロンで除塵さ
れた排ガスに中和剤を添加した後,バグフィルタに導入して排ガス中の酸性成分を
除去するとともに,前記バグフィルタ内またはバグフィルタに入るまでの排ガス温
度を芳香族系塩素化合物の生成温度以下に冷却することを特徴とするごみ焼却炉の
排ガス処理方法」(特許請求の範囲請求項1)
b 「本発明の第1は,ごみ焼却炉排ガスを冷却後,電気集塵器またはサイ
クロンで除塵するごみ焼却炉の排ガス処理方法において,前記電気集塵器またはサ
イクロンで除塵された排ガスに中和剤を添加した後,バグフィルタに導入して排ガ
ス中の酸性成分を除去するとともに,前記バグフィルタ内またはバグフィルタに入
るまでの排ガス温度を芳香族系塩素化合物の生成温度以下に冷却することを特徴と
する。」(甲第3号証2頁右上欄末行~左下欄8行)
c 「電気集塵器またはサイクロンにより除塵された排ガス中に中和剤を供
給することにより,排ガス中の酸性成分と中和剤との接触効率が向上するととも
に,後流のバグフィルタには極めてダスト濃度が低い中和剤が均一に堆積し,ここ
を通過する排ガス中の酸性成分,特に塩化水素が効率よく除去される。」(同号証
2頁右下欄2行~8行)
d 「焼却炉1で発生した750~950℃の燃焼排ガスは,ガス冷却塔2
及び空気余熱器3で例えば約250~150℃に冷却された後,電気集塵機4aに
入り,排ガス中のダストが捕集される。燃焼排ガス中のダスト濃度は,焼却される
ごみの種類及び燃焼条件に左右されるが,通常6000~8000mg/Nm3
であ
り,これが前記電気集塵機4aにより例えば30~50mg/Nm3
まで除去され
る。大部分のダストが除去された排ガスは中和剤供給管5から供給される中和剤,
例えば粉状のCa(OH)2と混合され,芳香族系塩素化合物等の有機塩素化合物
の発生原因となる酸性成分と前記Ca(OH)2とが反応しながらバグフィルタ6
に入る。反応生成物と未反応のCa(OH)2は前記バグフィルタ6上にほぼ均一
に堆積し,Ca(OH)2は,ここを通過する排ガス中の酸性成分,例えばHCl
と次式のように反応する。・・・このように酸性成分,特にHClが効率よく除去
されるので,排ガス中の有害有機塩素化合物濃度が低減される。」(同号証3頁右
下欄12行~4頁左上欄14行)
e 「本実施例によれば,電気集塵器4aにより予めダストが除去された排
ガス中に,酸性成分中和剤として粉状Ca(OH)2を供給することにより,バグ
フィルタ6上にはダスト濃度が極めて低いCa(OH)2層が形成されるので,排
ガスと前記Ca(OH)2との接触効率が向上し,排ガス中の酸性成分(特にHC
l)が高効率で除去され,有害な有機塩素化合物の発生が抑制されるとともにバグ
フィルタ6により芳香族系塩素化合物を低温化で高効率で捕集することができ
る。」(同号証4頁右上欄1行~10行)
f 「さらに本実施例によれば,電気集塵器4aにより排ガス中のダストが
除去されるので,バグフィルタ6のダスト負荷が軽減される。」(同号証4頁右上
欄14行~16行)
上記認定の本件明細書中の各記載から分かるとおり,本件発明1及び2
は,処理・処分が困難な飛灰の発生量を少なくするという課題を達成するために,
処理・処分の容易な煤塵をあらかじめ第一バグフィルタによって除去して分別する
ことにより,第二バグフィルタで除去される処理・処分の困難な飛灰の量を減少さ
せるという効果を奏しているものである。
上に認定した引用例1中の各記載と同引用例中の第1図(甲第3号証)が
図示するところを総合すると,引用発明1においても,第1の集塵機である電気集
塵機でダスト(煤塵)を捕集し,第2の集塵機であるバグフィルタで中和剤及び中
和剤と反応して生成された有機塩素化合物,すなわち中和生成物を捕集しているか
ら,ダストと中和生成物を分別し,これによって処理・処分の困難な飛灰の量を減
少させているものということができる。そうすると,本件発明1及び2の分別収集
の課題は,引用例1に実質的に開示されているということができる。
原告は,引用発明1の第1の集塵機である電気集塵機等の集塵能力はバグ
フィルタよりかなり劣るから,引用発明1においては,第2の集塵機であるバグフ
ィルタが捕集する煤塵の量が激増して,到底分別捕集をすることができないから,
当業者は,引用例1に接しても,第1の集塵機で煤塵の除去を完了し,第2の集塵
機で中和剤及び中和生成物のみを捕集して,これらを煤塵とは分別して回収する,
という課題を示唆されることはあり得ない,と主張する。
しかしながら,乙第1号証の1によれば,バグフィルタの型式のろ過集塵
機では,取り扱われる粒度20~0.1,集じん率90~99%であるのに対し,
電気集じん装置では,取り扱われる粒度20~0.05,集じん率80~99.9
%であることが認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。このように,バグ
フィルタの型式のろ過集塵装置と電気集じん装置とでは,取り扱われる粒度がほと
んど同じ範囲であり,かつ,集塵率も重なり合っているから,電気集塵機とバグフ
ィルタとを比較して,どちらの集塵機の集塵率が高いかは,個々の集塵機の特性と
運転条件に左右されるものであって,一般的に電気集塵機の集塵率がバグフィルタ
の集塵率より劣るということはできない。
原告の主張は採用することができない。
仮に,電気集塵機の集塵率がバグフィルタの集塵率より劣るとしても,そ
のことは,むしろ,集塵率を高めるため,引用発明1の電気集塵機に換えてバグフ
ィルタを用いることの動機付けになるものというべきであり,そのことが,上記置
換えを妨げる事情になるとは考え難いことである。この意味においても,原告の主
張は失当である。
(2) 作用効果について
原告は,本件発明1及び2では,同じ種類の集塵機を重ねて二段で用いる
ため,集塵については第1の集塵機ですべて完了してしまい,第2の集塵機では中
和剤及び中和生成物のみを捕集するので,溶融処理が可能な煤塵と,薬剤処理の必
要な中和剤・中和生成物との分別回収を可能として,薬剤処理とその後のコストの
かかる最終処分の必要量を減少するという顕著な効果を奏するのに対し,引用発明
1では,第2の集塵機であるバグフィルタで,本来は溶融処理が可能であったはず
の煤塵までも捕集するから,本件発明1及び2のかかる効果を期待できないと主張
する。
しかしながら,同じくバグフィルタ形式のろ過集塵装置といっても,装置
によって,集じん率には差があり,しかも,本件発明1及び2において,第一バグ
フィルタ及び第二バグフィルタに同一性能のバグフィルタが用いられるとは限らな
いこと,バグフィルタの型式のろ過集塵装置と電気集じん装置では,取り扱われる
粒度がほとんど同じ範囲であり,かつ,集塵率も重なりあっているから,電気集塵
機とバグフィルタとを比較して,一般的に電気集塵機の集塵率がバグフィルタの集
塵率より劣るとはいえないことは,前記説示のとおりである。本件発明1及び2の
第一バグフィルタの集塵率が引用発明1の電気集塵機の集塵率よりも優れているこ
とを前提として,本件発明1及び2が顕著な作用効果を奏するとの原告の主張は,
その前提を欠くものであって,採用することができない。
仮に,バグフィルタと電気集じん機との間に原告主張のような差異がある
ことが,技術常識であるとするならば,原告主張の本件発明1及び2の効果は,電
気集じん機に換えてバグフィルタを用いたことの自明の効果であり,これをもっ
て,構成自体に進歩性の認められない発明に特許を認めるための根拠とすることが
できないことは明らかである。
(3) 引用発明1が未完成であることについて
原告は,引用発明1では,バグフィルタを通過する排ガス温度を200℃
以下としなければならず,排ガス温度を200℃以下とすると,電気集塵機の集塵
効率が極端に低下したり,電気集塵機に種々の問題が発生したりするので実用には
供し得ないことになり,反対に,排ガス温度を電気集塵機の最適温度である300
℃前後とすると,バグフィルタの使用ができない上,ダイオキシン類の再合成が行
われ,ダイオキシン類を増加させてしまう結果を生ずるから,引用発明1が実用的
な用途に供することができない未完成な発明であって,本件発明1及び2の先行技
術とはなり得ないものである,と主張する。
ある発明が,出願された発明の進歩性等を判断する資料(引用発明)とな
り得る,というためには,そこに上記判断の資料となり得る技術的思想が開示され
ていれば足りるというべきである。およそ技術的思想の開示があるとは認められな
いようなものについては,もともと発明と呼ぶに値せず,その意味においては,未
完成の発明は引用発明とはなり得ない,ということはできる。しかしながら,上記
判断の資料となり得る技術的思想が開示されていると認められるものであれば,そ
れが特許性を有する程度にまで至っておらず,その意味では未完成であっても,そ
れは,引用発明となり得る,というべきである。
引用発明1は,排ガスの処理方法において,中和する工程の前にあらかじ
め煤塵を除去する工程を設け,その後に中和を行い,中和された後の排ガスをバグ
フィルタで濾過するというものであり,同発明において,中和工程の前にあらかじ
め煤塵を除去する工程を設け,中和の前後において,2回に分けて集じん装置によ
り排ガスの浄化を行う,という技術思想が示されていると認めることのできるもの
であることは,前に述べたところから明らかである。
原告が引用発明1についての不都合であるとして指摘するところは,仮
に,真実それが不都合であるとしても,いずれも,せいぜい特許性の有無の判断に
おいて,問題となる可能性があるという程度にとどまるものであり,引用発明から
上記の技術思想を把握することを妨げるようなものであるということはできない。
特に,ダイオキシンを増加させるか否かということは,排ガス処理においてダイオ
キシンの発生を防止するという社会的要請との関係で問題となるにすぎない事柄で
ある(乙第1号証の1,2)。ある発明が,このような社会的要請に適合するか否
かの問題と,技術的思想の創作としての発明として完成しているか否かの問題と
は,関係がないことが明らかである(社会的要請は,時とともに変化し得るもので
ある。ある時点において発明として完成していると評価されたものが,その後に生
じた社会的要請の変化により,発明として完成していないと評価されるに至る,と
いうような取扱いに合理性を認めることはできない。)。
原告の主張は採用することができない。
(4) 商業的成功について
原告は,本件発明1及び2が,商業的に成功していることは,その進歩性
を裏付けるものである,と主張する。しかしながら,一般的に,ある発明の商業的
な成功は,その進歩性だけではなく,商品化のための技術力や資金,営業宣伝活
動,納期,販売価格等の種々の要素が総合的に関係するものであるから,ある発明
が商業的に成功したことは,その進歩性を推認する間接事実のひとつとなりうると
はいえても,それだけでは,発明の進歩性を肯定することはできないというべきで
ある。
したがって,仮に,本件発明1及び2が商業的に成功していることが認め
られたとしても,他に本件発明1及び2の進歩性を根拠付けるに足る事実を見いだ
すことができない本件においては,そのことから,本件発明1及び2の進歩性を認
めることはできない。
原告の主張は採用することはできない。
3 以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がな
く,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行
政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官 山 下 和 明
        
          裁判官 阿 部 正 幸
 
裁判官  高 瀬 順 久

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