弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告の理由は、末尾添付の抗告申立の趣旨及び理由に記載のとおりであり、
これに対し、当裁判所は、次のとおり判断する。
 第一、 原裁判所の調査が不十分であるという主張(抗告理由二および三)につ
いて。
 按ずるに、刑事訴訟法二六二条所定の公務員犯罪につき、検察官の公訴を提起し
ない処分を不当として、事件を裁判所の審判に付することの請求があつた場合、こ
れを審判する地方裁判所は、検察官の不起訴処分の当否をその処分の時点において
判断するものではなく、右公務員犯罪については従前より不起訴率が高いとして批
判があるという事情をも考慮し、必要と思料する調査(事実の取り調べ)を行な
い、検察官から送付を受けた証拠およびみずから集収した証拠の総合判断のもと
に、当該事件を審判に付すべきか否か、換言すれば、審判に付した場合、有罪判決
を得られる十分の見込みがあるか否か、右見込みがあるとして当該犯罪の主観的客
観的情状に照らして審判に付するのが相当であるか否かを裁判所独自の見地より判
断すべきものである。これを本件についてみると、原裁判所は、被疑者たる警察官
および鉄道公安職員、被害者たる学生のうち氏名の判明した者を網羅的に取り調
べ、さらに本件と関係ある警察官、鉄道公安職員、博多駅職員、学生および一般の
目撃者等についても煩雑な手数と永い日時を費してでき得る限りの取り調べを行つ
ていることが窺われる。もつとも、警察部隊の最高幹部である被疑者Aは被疑者と
しての取り調べには応じられないとして原裁判所による取り調べを拒否したため、
これを取り調べることができず、同A1は脳内血管障害のためこれを質問すること
に代え、原裁判所の定めた質問事項に対し簡単な回答を得たにとどまつているが、
被疑者Aは被疑者として供述拒否権を有するものであり、被疑者A1は病気で裁判
所の質問に堪え得なかつたのであるから、いずれもやむを得ないところである。な
お、当裁判所は、右被疑者A1に対しては質問を施行したが、同Aは依然として被
疑者に認められた権利を行使し全面的に供述を拒否したため、ついにこれを取り調
べることができなかつた。また、当庁昭和四四年(う)第三二四号被告人Bに対す
る公務執行妨害事件の公判記録控訴審分をも検討したのである。しかして所論指摘
の職質部隊員の氏名の特定についても、博多警察署当局の十分な協力を得られず、
全員について氏名の特定ができなかつたことは遺憾なことではあるが、原裁判所は
同警察署から職質部隊員名簿の提出を得られないまま、昭和四三年一月分の給与調
書、翌四四年一二月一日現在の博多警察署員名簿に基づいて、本件当日職質部隊員
として博多駅に出動したか否かの調査を丹念に行ない、苦心惨怛してその特定に努
めているのであつて、現在の裁判所の人的物的設備を考慮すれば、これ以上の調査
は望み得べくもないものといわねばならない。
 以上を要するに、原裁判所としては限られたる時間と設備を最大限に活用して尽
すべき調査は十分に尽した跡が窺われ、当時においてはこれ以上の調査は到底望み
得ないものというべく、原裁判所の調査が不十分であるとしてこれを非難する論旨
は採用することができない。
 第二、 特別公務員暴行陵虐の点について事実誤認の違法があるという主張(抗
告理由四ならびに一、七の各一部)について。
 所論は、被疑者A(県警本部長)、同A1(警備部長)、同A2(第一大隊
長)、同A3(同大隊第一中隊長)、同A4(同中隊第一小隊長)、同A5(同中
隊第二小隊長)、同A6(同中隊第三小隊長)について、隊員の共犯として特別公
務員暴行陵虐罪の責任を負わせ得べきにもかかわらず、これを認めるに足る証拠が
ないとした原決定には事実誤認の違法がある、というのである。
 按ずるに、記録によつて認められる本件事案の経過および概要は原決定第四記載
のとおりである。しかして、
 (一) まず警察部隊の実施した排除行為そのものが適法であつたか否かについ
て考察するに、
 (1) 昭和四三年一月一六日午前六時四五分博多駅に到着したC号から下車し
た学生約三〇〇名はほとんどの者がヘルメツトをかぶり、タオル、マスクで顔を覆
つたいわゆるデモスタイルでホーム上におり立ち、指導者が演説したのち、隊列を
組んで歌をうたいながら南旅客通路(中二階になつている、以下通路という。)に
おり、同通路を南集札口の方に進行してきた。南集札口の外両脇には警察部隊第一
大隊第一中隊一二七名が待機していたが、同中隊長被疑者A3は学生の姿が通路上
に現われるや、集札口を強行突破されるおそれありと判断してその指揮下の三個小
隊を同集札口正面に移動させ、一時集札口前面を塞ぐような隊形をとつたが、学生
らが南集札口におりる階段の手前で停止して集会を始めたので、強行突破のおそれ
はなくなつたと判断し、僅か数分間にしてまた元の隊形に復し、集札口の前面を開
いた。右第一中隊長の措置は、学生らがデモスタイルで隊列を組み高歌放唱しなが
ら行進するという一般の旅客と異なる行動をとつていたこと、博多駅に到着するま
での車中で車両(三号車)の前後の出入口に赤旗を垂らして遮蔽幕とし、一般旅客
の乗りこみを拒むような貼り紙をし、さらに一時的にせよ扉の内側から掛け金をか
けて国鉄乗務員の立入りを妨げるという勝手な振舞のあつたこと、広島駅から乗車
した学生らの中には短距離の乗車券しか購入しておらず乗越しをしているものも相
当数あつたこと、さらに昭和四二年一一月一二日の第二次C1事件(C2訪米阻止
闘争)の際、東京都内において学生が集団で国鉄等の駅の集改札口を強行突破した
事例があつたこと等の事情にかんがみ、本件の場合も集札口を集団で強行突破され
るおそれがあると判断したためであつて、かかる諸事情を考慮すれば、僅か数分間
南集札口の前面を塞いだ第一中隊長の措置は已むを得ないものとしてこれを咎め立
てすることはできない。
 (2) 学生らは通路上ほぼ一杯に広がつて「機動隊帰れ、C3寄港反対」等の
シユプレヒコールあるいは指導者によるアジ演説を繰り返し、博多駅長、同駅公安
室長の再三にわたる通路からの退去要求に耳を藉さず、その上博多駅職員が掲げ示
した退去要求文を記載したプラカードを奪い取つて踏み破るという粗暴な行為に出
たのであるから、右学生らが駅側の要求に応ぜず、鉄道公安部隊の規制の始まる午
前七時三〇分頃まで約四〇分にわたり通路上に滞留した行為は不退去罪を構成する
ものといわねばならない。
 もつとも、学生らが通路上に滞留したのは第一中隊が一時南集札口を塞いだ後そ
の前面を開いたが警備の隊形を解くにいたらなかつたこと、前日のC4事件で、C
号に乗車すべく法政大から国電飯田橋駅に向けデモ行進中の学生約二〇〇名が無届
けデモとして機動隊の規制を受けてこれと衝突し、兇器準備集合、公務執行妨害の
罪名のもとに過半数のものが逮捕され、また逮捕を免れたものの中には国電市ケ谷
駅付近で警察官から所持品検査をされたものもあつたことから、かねて警察に不信
の念を抱懐する本件学生らが南集札口を出ていくにおいては何等かの名目をつけて
逮捕等不当な取り扱いをされるのではないかと危惧の念を抱いたため南集札口の外
に出ることを躊躇したものと認められるが、第一中隊が集札口前面における警備の
隊形を解くにいたらなくとも通路は十分開かれており、C4事件における大量逮捕
を違法なものと断ずる根拠はなく、かつ、学生の一部の者が市ケ谷駅付近において
所持品検査を受けたことについてもその実態が明らかでなく、また、警察部隊とし
ても学生が通常の旅客のように穏かに集札口を出ていくにおいてはこれを逮捕する
等の暴挙に出ることは通常考えられないところであり、現に本件学生らと同じ列車
で博多駅に到着し一般旅客とともに先に集札口を出た学生は警察部隊との間に何等
の紛争も生じていないのである。してみれば、前叙の如き事情が存在するからとい
つて、その心情は掬すべきものなしとはしないが、駅側の再三にわたる退去要求に
応せず敢て通路上に滞留した学生らの行為が正当の事由とか已むを得ない事情に基
くものとして不退去罪の成立を否定する根拠とすることはできない。
 (3) また、前記学生らの行為は鉄道地内において演説等をなしたものとして
鉄道営業法三五条にも該当し、鉄道係員は同法四二条によつてこれを鉄道地外に退
去させることのできる関係にもあるところ、博多駅は午前七時三〇分頃からラツシ
ユ時間帯にはいり一般旅客との混雑が憂慮されるに至つたため、同時刻頃鉄道公安
部隊長被疑者A7は学生集団の背後に配置した部隊員をして両手でじわじわと押し
て退去させようとしたが、かえつて学生らに押し返される有様であつたので、鉄道
公安部隊第一小隊第五分隊長被疑者A8は、学生集団の前面に出て学生らを前の方
から誘導排除すべく、A9以下の分隊員を率いて通路の右(右、左は南集札口から
駅舎の奥に向つて右または左をいう、以下同じ。)に沿い学生をかきわけながら
五、六歩前に進んだとき、学生集団の先頭部分は急に右廻りに方向を転換し、ワツ
シヨイワツシヨイの掛け声をかけながら渦巻きデモのような行動を起こし、右A
8、A9はデモの中に巻きこまれたのである(右鉄道公安職員二名が巻きこまれた
ことは、原裁判所の被疑者A8、同A9に対する各質問調書によつて明らかであ
る)。かように鉄道公安職員がデモの中に巻きこまれたのは、その周辺にいた学生
が故意に巻きこんだものか、あるいはそうではなくて学生集団の全体の流れによつ
て脱出できなくなつたものかは、明確にはなし得ないけれども、いずれにせよ外部
より客観的に観察すれば、鉄道公安職員が学生の渦巻きデモの中に巻きこまれて危
険な状態に陥つたものと看取されたのは当時の状況に照らして否み得ないところで
ある。
 しかして、鉄道公安部隊長から排除の依頼を受けた第一大隊長被疑者A2は第一
中隊長被疑者A3に出動を命じ、前記のように南集札口の両脇に位置していた第一
中隊は中隊長の号令により南集札口から駅舎内に入つて階段をかけあがり、第三小
隊は通路の奥から、第一小隊は、同右から第二小隊は通路右から階段にかけて学生
集団を三方から包みこむようにして学生を通路左側の壁の方に圧縮規制したうえ、
主として第二小隊が学生を引き抜いて階段下まで移送排除したものである(もつと
も、学生数十名は圧縮の段階で警察部隊の間隙からホーム上に出て北集札口より退
場し、また、学生の中には警察部隊員の排除をまたず自発的に階段をおりるものも
いた)。
 (4) そこで、右第一中隊の排除行為(圧縮行為を含む。)の適否を検討する
に、前記のように学生らは駅側の退去要求を無視して違法に永く通路上に滞留を継
続しており、一方、博多駅は午前七時三〇分からラツシユ時間帯に入るという関係
から、これをそのまま放置すればやがて一般旅客との雑踏混乱状態を現出し、博多
駅の正常な業務を阻害するおそれがあるにとどまらず、更には混雑による不測の人
身事故を生ずる危険もあり、加うるに鉄道公安職員が学生の渦巻きデモに巻きこま
れるという危険状態も現われていたのであるから、かかる事態は、警察官職務執行
法五条にいう「その行為により人の生命若しくは身体に危険が及ぶ虞があつて急を
要する場合」に該当し、警察官は同法条により将来に向つて継続する滞留を制止す
る行為として学生を排除することができるものというべきである。
 しかのみならず、警察官職務執行法五条は犯罪がまさに行われようとする場合の
規定であるが、本件においては現に不退去罪という犯罪が行われているのであるか
ら、同法五条のような要件が具わらなくともこれを制止することができるものと解
される。蓋し、警察法二条によれば、犯罪の鎮圧はその予防と並んで警察の重要な
責務とされるものであり、犯罪の予防については前記警察官職務執行法五条にその
要件等について具体的規定がおかれているところ、犯罪の鎮圧については右の如き
明文の規定を欠いているのである。しかし、現行犯の場合には刑事訴訟法二一三条
の規定により何人も犯人を逮捕することができるのであり、逮捕は犯罪の無条件的
な制止であるが、これは人身の自由に対する重大な侵害であるから、逮捕の必要が
ないと認められるときは、犯罪の鎮圧をその責務とする警察官は、犯人を逮捕する
ほどの実力を行使することなく、相当の方法をもつてこれを制止することができ、
排除することが許されるものといわねばならない。
 したがつて、警察部隊が通路上に不法に滞留した学生に対し排除行為に出でたの
はまことに適法な措置というほかはない。
 (二) 次に、排除の際に警察官による暴行があつたか否かについて考察する
に、
 (1) 排除行為(圧縮行為を含む。)そのものは適法であつたとしても、排除
の際に行使する有形力は、当時の具体的情況に応じて必要と認められる相当な方
法、限度にとどむべきであつて、みだりに過度の有形力を行使してならないことは
いうまでもない。本件においては、駅のラツシユ時間帯が迫り、鉄道公安職員が学
生らの渦巻きデモに巻きこまれていたのであるから、急速な排除が望まれていたと
はいうものの、学生らの通通上における滞留によつて直ちに人の生命、身体に危険
が及ぶような極めて切迫した状態ではなかつたこと、鉄道公安職員は圧縮が終了し
た段階で救出されたこと、高い急傾斜の階段の上から下への排除であり転倒等の危
険が大であつたこと等の事情があつたから、有形力の行使については慎重を期すべ
きものがあつたといわねばならない。もとよりどの程度の有形力が相当な限度であ
るかは、相手方の抵抗の強弱にもよることであり、本件学生らの中には通路左側に
圧縮され警察官の引き抜き排除が始まつてから、なおも抵抗を示すものや抵抗をし
なかつたものもあつて、その相当性の限界を判断することは必ずしも容易でないも
のもあるが、本件において相手方を殴り、蹴り、髪の毛を引つぱりあるいは階段の
上から突きとばすなどという行為は相当な限度を超えることの明らかな有形力の行
使として暴行に該たるものというべきである。
 (2) 原決定引用の証拠ことに原裁判所の被害者学生らに対する証人尋問調書
等によると、D1ほか一六名が圧縮あるいは集団から引き出される際、警察官より
足や膝で蹴られ、手で殴られ、髪の毛をつかんで引つぱられ、あるいは投げとばさ
れるなどし、さらにD2ほか一三名(うち三名は前者と重複する。)が通路から階
段下に排除される際、警察官より足で蹴られ、突きとばされ、あるいは髪の毛をつ
かまれたりなどしていることは原決定(原決定第五の二の(五))のとおりこれを
肯認し得るのである。
 しかして右のような行為は、当時における諸般の状況を考慮にいれても相当な限
度を超えた有形力の行使として暴行に該るものというべく、その実行行為者につい
ては特別公務員暴行陵虐罪の成立を否定し得ない。しかし、右学生らに対して暴行
を加えた警察官が具体的に何人であつたかについては、被害者自身全く記憶がな
く、証拠上もこれを特定することは不可能である。
 (三) そこで所論指摘の被疑者Aほか六名につき実行行為者の共犯としての責
任があるか否かについて考察するに、
 (1) 本件においては先に論述したとおり排除行為そのものは適法であり、右
暴行は排除の際における一部の行き過ぎであつて、右被疑者ら七名が事前に警察部
隊員らと学生らに暴行を加うべきことを共謀したことをうかがわせる証拠はない。
問題は、いわゆる現場共謀もしくは随伴的幇助が成立するかどうかである。
 上命下服の組織体である警察部隊が実力行使をする場合、部下の警察官が暴行等
の違法行為を行なつているときは、指揮者はこれを制止すべき法律上の義務を有
し、暴行を目撃しながら敢てこれを制止しないで容認しておくときは、場合によつ
ては犯行を容易ならしめるものとして幇助罪が成立し、さらに指揮者みずからも部
下の行為を利用して暴行を加える意思でこれを放任し、部下の警察官も指揮者が放
任している意図を知りながら暴行を加えるときは、共謀による共同正犯が成立する
ものと解される。
 (2) しかして、被疑者Aは県警本部長として博多駅警備に当つた警察部隊の
最高責任者たる地位にあつたもの、被疑者A1は県警本部警備部長としてAに次ぐ
地位にあつたものであるが、右被疑者両名は本件当日情況視察のため私服で博多駅
に赴いていたものであつて、直接出動部隊を指揮していたものとは認められない。
もつとも、被疑者A1は、第一中隊が学生を排除するため南集札口から駅舎内に立
ち入る際階段上にいたことがうかがわれ、右第一中隊の出動は同被疑者の指揮によ
るものである旨を供述する者もあるが(原裁判所の証人E1尋問調書)、右出動が
同被疑者の指揮によるものと認められないことは、原決定の説示するとおりであ
り、当裁判所の同被疑者に対する質問調書によるも同人が指揮した事実を認めるこ
とはできない。しかも、被疑者Aについては第一中隊による排除が行われる頃どこ
にいたかさえ明らかでなく、警察官の暴行を現認したことを認むべき証拠はない。
また、被疑者A1は排除の前後頃前記階段上または通路もしくは南集札口付近に転
々移動していたことが認められる(当裁判所の同被疑者に対する質問調書)もの
の、同被疑者についても検察官の暴行を現認したことを認むべき証拠はない。
 次に、被疑者A3は第一中隊長として、同A4は第一小隊長として、同A6は第
三小隊長としてそれぞれ指揮下の中隊もしくは小隊を指揮して学生らの規制に当つ
たものであるが、被疑者A3は通路の奥に位置していた第三小隊の後方から中隊を
指揮していたが、同被疑者は圧縮の際警察部隊の間隙からホーム上にかけ上つた学
生数十名が投石の挙に出はしないかと懸念して背後の方に気を奪われていたという
ことであり(被疑者A3質問調書)、被疑者A6は右第三小隊の後方に、同A4は
通路右側に位置した第一小隊の後方にあつて圧縮の指揮を取つていたことが認めら
れるが、圧縮の際は警察官と学生の身体は密着して混雑し、そこで行われる暴行を
現認することが困難であり、しかもそれは極めて瞬間的突発的なものである点を考
慮すれば、右被疑者三名が部下警察官の暴行を現認したものとはたやすく断じ難
く、現認したことを認めるに足る証拠はない。
 最後に、被疑者A2は第一大隊長として第一中隊に出動を命じたもの、同A5は
第二小隊長として同小隊の排除行為を指揮したものであつて、第二小隊員によつて
通路上の学生を階段下に排除する際には両被疑者とも階段上にあつて排除を監督指
揮していたことが認められるから、右両名が階段上における警察官の暴行の一部を
現認していることは窺われるが、階段上においても警察官により排除される学生や
自発的に集団となつてかけおりる学生等によつて相当ひどい混雑状態を呈し、しか
も右排除は迅速に行われその過程で発生する警察官の暴行も瞬間的突発的なもので
あつたと認められるから、かかる状況の下において部下の暴行を一瞥したことを捉
えて直ちにこれを幇助したとか犯意を相通じて相共に行つたものとは認められない
し、他にこれを肯認すべき資料は存しない。
 (3) そうすると、被疑者Aほか六名が現に暴行を加えた警察官の共謀共同正
犯または幇助犯たることを認めるに足る証拠はなく、したがつてその刑責を問うこ
とはできない。原決定が右と同じ観点から右被疑者らにつき特別公務員暴行陵虐罪
の成立を否定したのは相当である。
 第三、 職権濫用の点について事実誤認の違法があるという主張(抗告理由五な
らびに一、七の各一部)について。
 所論は、被疑者A10(職質部隊長)、同A11(同副官)、同A12(同小隊
長)、同A13(A12小隊分隊長)、同A14(同分隊長)、同A15(同分隊
長)については違法な所持品検査を行なつた職質部隊員との現場共謀による職権濫
用罪の責任を負わせ得べきにもかかわらず、これを認めるに足る証拠がないとした
原決定には事実誤認の違法がある、というのである。
 按ずるに、福岡県警察本部は、本件学生らの博多駅到着に備え、一般部隊二個大
隊約八〇〇名を博多駅内外に配置して警備に当らせるとともに、部隊長被疑者A1
0以下七二名二個小隊の博多署員から成る職務質問部隊(以下職質部隊という。)
を編成し、博多駅で下車した学生らに対し職務質問を施行し、学生らが危険物等を
所持していないかどうかを確かめさせることとし、A12小隊を南集札口付近、C
5小隊を北集札口付近に各配置してその任務に当らせた。本件で問題となつている
のは、前記排除後南集札口から出てきた学生らに対しA12小隊員の行つた職務質
問の際の所持品検査が職権濫用罪に該るか否かである。
 (一) まず本件において職務質問をなし得べき要件が備わつていたか否かにつ
いて考察するに、警察官の行なういわゆる職務質問は警察官職務執行法(以下警職
法という。)二条一項に定める要件のもとにおいてのみこれを施行すべきもので、
右要件を欠く場合にみだりにこれを行うことが許されないことはいうまでもない。
 しかして記録によると、
 (1) 福岡県警察本部は、警察庁からの連絡によりC6闘争では学生が硫酸、
硝酸、アンモニや等の危険物を使用するおそれがあるとの情報を得ていたところ、
更に個人タクシー運転手E2から本件(一月一六日)の二、三日前博多駅付近から
C7まで乗車させた学生風の客二人が警察官と衝突したら水筒の中にガソリンを入
れてぶつかけ火をつけて逃げろという話をしていた旨の届け出があつた(原裁判所
の証人E2に対する尋問調書)ため、C6闘争における危険物使用の可能性は現実
味を増し、右闘争を行なうため西下してくる学生らが危険物を所持しているおそれ
が大きいと判断し、職質部隊を編成して危険物の発見につとめることとしたことが
明らかである。
 (2) 本件学生らはいわゆるC8のC9派に属し、C7を拠点校としてC3の
佐世保寄港の阻止闘争を現地において行なうためC号で西下するものであつて、C
8ないしC9派においては「佐世保を第三の羽田に」をスローガンとし、佐世保米
軍基地内に突入して寄港反対の集会を開くことを目標としていたことが認められ、
さらに前記の如きC4事件における機動隊との衝突、本件列車内における異常な行
動ならびに当時における学生運動の過激化等を考慮すると、C6闘争は当然に激越
なものとなることが予想され、警察部隊との衝突それに伴なう犯罪発生の危険性は
極めて濃厚な情勢にあつたものと認められる。
 (3) そうすると、本件は警職法二条一項にいう犯罪を犯そうとしていると疑
うに足りる相当な理由のある場合に該当するものとして職務質問の対象となし得べ
きものであり、危険物の使用による被害の拡大を防止するため、職務質問を施行し
ようとしたことは適法であるといわねばならない。もつとも、結果的にみれば本件
学生らは危険物を所持していなかつたことが判明したのであるから、その意味では
職務質問は必要ではなかつたともいえなくはないが、前記の如き事情のもとにおい
ては警察当局が危険物に関する情報を無視することを得なかつたのは当然であり、
右結果のみをもつて職務質問を施行しようとしたことを非難することはできない。
原決定が職務質問をしょうとしたこと自体は違法でないとしたのは相当である。
 (二) 次に職務質問の際、相手方に所持品の呈示を求めその承諾のもとに所持
品の呈示を受けて検査することが許されるか否かについて考察するに、
 (1) 警察法二条は警察の責務として個人の生命、身体および財産の保護、犯
罪の予防等を掲げ、右責務を遂行するための警察官の職務権限(手段)を定めた一
般法が警職法であるところ、警察官の職務上の行為は強制手段によるものと任意手
段によるものとを問わずすべて警職法その他の法令の明文の規定を必要とする説
と、強制手段によるものについては勿論明文の規定を必要とするも、任意手段によ
るもの、すなわち相手方の同意のもとに行う事実行為については法令の根拠を必要
としないで警察法二条によりなし得るとする説とが対立して定説をみない有様であ
り、職務質問の際の承諾による所持品検査もその例外ではない。
 <要旨>(2) なるほど、警職法二条一項の「質問」を厳密に文字どおりに解釈
すれば、所持品についての質問(例、「ポケツトの中に何を持つています
か」)は質問の中に含まれるが、所持品の呈示を求めること(例「ポケツトの中の
ものを見せてくれませんか」)は質問の中に含まれないことになろう。そして所持
品について捜索および押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障する基本的
人権であるから、右のように字義どおりの厳格な解釈をとることも理由がないわけ
ではない。しかし、一方において警察官は千変万化する警察事象に対処しながら前
記責務を迅速に遂行していかなければならず、そのために必要とされる手段は多岐
にわたることが予想され、その一つ一つを想定してこと細かに規定しておくことが
困難であるという事情は特に留意さるべきである。そうすると、責務遂行の円滑、
迅速を期することと任意手段により相手方が蒙る負担の軽重を比較較量してその調
和を計りながら、文理のみに捉われない法の解釈運用をなすのがより合理的という
べきである。職務質問は厳重な法定の要件を具備する場合においてのみ許されるも
のであり、質問に対する応答が相手方の自由意思に委ねられているとしてもなお多
少の負担を課するものであることから考えると、職務質問に際し相手方の任意の承
諾を期待しながら所持品の呈示を求めるのは、質問の実効を期するうえに極めて必
要な方法であつてしかもこれがため相手方にさほどの負担を加重するものとはいわ
れないから、かかる行為はなお職務質問の範囲内にあるものと認むべく、従つて相
手方が右求めに応じて任意に呈示する所持品の検査をなすことは、職務質問に通常
随伴する行為として許されるものと解すべく、かく解することが警察法二条警職法
二条の法意に副うものであり、かつは同条所定の職務を完遂する所以ともいわねば
ならない。換言すれば、警察官が職務質問に際し所持品の呈示を求め相手方の任意
の承諾を得てその検査を行うこと(所持品検査)は、警察法二条警職法二条により
適法であり許さるべきものである。
 もつとも、昭和三三年に警職法の改正が企図された際、所持品検査に関する規定
(改正案二条三項)を挿入しようとしたが、右改正案は成立するに至らなかつたこ
と、国会審議に率ける政府委員の説明によれば右所持品検査が相手方の承諾を前提
とするものとされたことは原決定説示のとおりである。そして、ことを形式的に考
えれば、右改正案が成立せず所持品検査に関する規定を欠く現行警職法のもとにお
いては、たとえ相手方の承諾があつても所持品検査は許されないとする反対解釈も
一概に排斥し得ないようにみえるけれども、右審議の際の政府委員の説明はもとよ
り現行法の解釈を左右するものではないし、当時においても実定法の解釈上争いの
ある警察官の職務権限(所持品検査)を明確にすることに改正案の意義があるとす
る論議もあつたのであるから、右改正案審議の際の事情は所持品検査に関する当裁
判所の前記見解と相容れないものではない。
 (3) 原決定は右の点につき、相手方の同意を前提とする任意手段であるから
といつて、直ちに所持品検査が許されると解することには疑問があるとしているの
で、当裁判所と見解を異にしているわけであるが、原決定によるも、警察官は学生
らの承諾を得たうえで所持品検査をすることは許されると信じていたので、「所持
品検査をしょうとすること自体が客観的に公務員職権濫用罪を構成するとしても、
警察官が学生らの承諾を得たうえで所持品検査をしょうとしたのであれば、職権濫
用罪の犯意がないことになり結局公務員職権濫用罪は成立しない」としているの
で、右見解の相違にもかかわらず、相手方の承諾を得て行なう所持品検査の場合に
は職権濫用罪が成立しないという結論においては一致することになる。
 (4) なお、当裁判所も、原決定と同じく、職務質問の過程において異常な箇
所につき着衣あるいは携帯品の外側から軽く触れる程度の社会通念上職務質問に通
常付随する程度の行為は許されるものと解する。
 (三) 次に排除後南集札口を出てきた学生らに対して違法な所持品検査が行わ
れたか否かについて考察するに
 (1) 記録ことに原裁判所の前記被疑者A10ほか五名に対する質問調書(各
二通)によると、南集札口外に待機していたA12小隊(小隊長以下三五名、三個
分隊)は、分隊員三名ないし四名が一組となり、一分隊三組宛合計九組に分かれ
て、排除後南集札口を出てきた学生のうち荷物を持つたものあるいはポケツトのふ
くらんだもの約二〇名に対し南集札口外タクシー乗場付近の広場で所持品検査を施
行したが、その所要時間は数分かせいぜい一〇分程度であつたと認められる。
 (2) 原決定引用の証拠ことに原裁判所の被害者学生らに対する証人尋問調書
等によると、被害者学生D3、D2、D4、D1、D5、D6、D7、D8、D
9、D10の一〇名は排除後南集札口から出てきた際A12小隊員により承諾もし
ないのに、いきなり衣服の上から手荒らにさわられたり、ポケツトに手を突つこま
れたり、ナツプザツクを取り上げられたりなどして所持品を調べられていることは
原決定(原決定第六の三の(五))のとおり認定できる。
 しかして右のような強制的所持品検査は相手方に義務なきことを受忍させるもの
としてその実行行為者たる警察官について職権濫用罪が成立するものというべきで
ある。しかし、右学生らに対し違法な所持品検査をした警察官が誰であつたかにつ
いては、証拠上これを具体的に特定することができない。
 (四) そこで所論指摘の被疑者A10ほか五名に対し、実行行為者の共犯とし
て職権濫用の刑責を問うことができるか否かについて考察するに、
 (1) 原裁判所の被疑者A11に対する質問調書(二通)等によると、職質部
隊副官たる右被疑者は博多警察署において出動前の職質部隊員に対し職務質問の方
法につき職務質問(所持品検査)は警職法二条でやるのだから相手方の任意の承諾
が必要であり、根気強く説得するように指示したことが認められ、右被疑者らが事
前に強制的な所持品検査を共謀していたことを認めるに足る証拠はない。もつとも
C10の人権調査書によると、本件の前日(一月一五日)C11記者たる同人に対
し警備部長被疑者A1が「明日はまず一般乗客と切り離したうえで学生一人一人を
徹底的に身体検査をする」などと述べた旨の供述があるけれども、当裁判所が被疑
者A1を取り調べた結果に徴すれば右供述内容の真疑はにわかに断定し得ないもの
があるのみならず、右発言の真意も明確に捕捉し難いから、これをもつて直ちに県
警本部の首脳者ひいては職質部隊の指揮者たる前記被疑者らが事前に強制的な所持
品検査をなすべきことを共謀したものとすることはできない。
 問題は所論指摘のように現場共謀もしくは随伴的幇助が認められるか否かであ
る。ところで、被疑者A10は職質部隊長として、同A11は副官として、同A1
2は小隊長として、被疑者A13、同A14、同A15は各分隊長としてそれぞれ
部下の警察官を指揮監督し、違法な所持品検査が行なわれているときは、これを制
止すべき法律上の義務を有し、これを目撃しながら容認して制止しないときは、共
同正犯または従犯としての刑責を負うべき場合のあることは前叙(第二の(三)の
(1))のとおりである。しかして、右各被疑者は所持品検査の現場付近にあつ
て、被疑者加藤、同須本、同A12は全般的に、分隊長たる被疑者A13、同A1
4、同A15は部下の分隊員をそれぞれ指揮監督していたことが認められるから、
右各被疑者らは前記一〇名の被害者学生に対する強制的な所持品検査について少な
くともその一部を現認したものであることが窺われる。しかし、右被疑者らは一箇
所に停止しないであちらこちらに移動していたものであり、所持品検査も極めて短
時間のうちに平行的、競合的に且つ雑然たる隊形において行われたことが認めら
れ、殊にD4、D5の如きは警察官の強要によるものとはいえ、最終的には自ら所
持品を呈示したのであるから、部分的外観からは承諾に基づく所持品検査のように
見誤られるおそれのあることなどこれらの事情に徴すると、右被疑者らが右被害者
に対する所持品検査を終始一々現認してそれが強制に因るものであることを認識し
ていたものとはにわかに断定し難く、従つて直ちに共謀共同正犯または幇助の責任
を認めることはできないのみならず、被疑者らが違法な所持品検査の一部を現認し
ながらこれを容認して制止しなかつたため共犯の関係が認められるとしても、何れ
の被害者に対する違法な所持品検査を現認したかは証拠上到底これを特定すること
ができないから、共犯の対象たる正犯行為が具体的に特定できず、結局犯罪の証明
が十分でないことに帰し、前記被疑者らに対し共犯としての刑責を肯認するに由な
いのである。
 原決定が右と同じ見地に立つて被疑者らの刑責を問うことができないとしている
のは相当である。 第四、 鉄道公安職員の問題(抗告理由の七)について。
 所論は鉄道公安職員の行為についても問題があるとするが、具体的に如何なる点
を問題とするのか明確でない。いずれにせよ、鉄道公安職員が通路上に滞留した学
生らを排除しようとした行為は適法であり、その過程において学生に暴行を加えた
事跡は発見することができないし、また鉄道公安職員は学生らの所持品検査は行な
つておらず職権濫用罪の成立する余地はないから、鉄道公安職員に対する原審の判
断は相当である。
 第五、 以上のとおり、本件抗告理由はすべて採用することができず、原決定は
相当であるから、刑事訴訟法四二六条一項により本件各抗告を棄却することとし、
主文のとおり決定する。
 (裁判長裁判官 中村荘十郎 裁判官 緒方誠哉 裁判官 松沢博夫)
別 紙
<記載内容は末尾1添付>

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