弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
   原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人山口義治の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 株式会社D(以下「本件会社」という。)は,平成7年9月14日に設立
された食料品の販売及び飲食店の経営等を業とする株式会社であり,設立時から現
在に至るまで,その発行済株式総数は100株,資本金は1000万円である。
 (2) 被上告人は,本件会社の設立時から現在に至るまで,本件会社の株式13
株を有している。
 (3) 上告人A1,同A2,同A3及び同A4は,本件会社の設立時から現在に
至るまで,本件会社の取締役の地位にある。上告人A5は,本件会社の設立時から
平成10年3月23日までは,本件会社の監査役の地位にあり,同日から現在に至
るまで,本件会社の取締役の地位にある。また,Eは,平成10年3月23日から
現在に至るまで,本件会社の監査役の地位にある。
 (4) 本件会社の定款上,取締役の報酬及び監査役の報酬(以下,これらを併せ
て「役員報酬」ともいう。)は,それぞれ株主総会の決議をもって定めることとさ
れている。
 (5) 本件会社は,設立時から平成12年6月までの間,上告人A1,同A2,
同A3及びEに対し,第1審判決別表のとおり,取締役会の決議に基づき,取締役
報酬又は監査役報酬名下に,合計5850万円(以下「本件役員報酬」という。)
を支払った。
 (6) 本件会社においては,本件訴訟提起後の平成13年9月23日に株主総会
が開催され,株主10名全員が出席し,7名(持株数合計74株)の賛成,3名(
持株数合計26株)の反対により,本件会社の設立時にさかのぼって効力が生ずる
条件付決議として,取締役の報酬総額を年額3000万円以内(使用人兼務取締役
の使用人分の給与を含めない)として,その配分方法は取締役会に一任し,監査役
の報酬総額を年額500万円以内とする旨の決議(以下「本件決議」という。)が
された。
 2 本件は,被上告人が,本件役員報酬が本件会社の定款及び商法269条(平
成14年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。),279条1項に違反し
て株主総会の決議に基づかずに支払われたものであり,上告人らは本件会社の取締
役又は監査役として本件会社が被った本件役員報酬相当額の損害を本件会社に賠償
すべき義務を負っていると主張して,上告人らに対し,連帯して本件会社へ上記損
害の賠償をするよう求める株主代表訴訟である。
 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求
を全部認容すべきものとした。
 (1) 株主総会において、役員報酬を過去にさかのぼって支給することを決議す
ることも禁止されるものではなく,本件決議が商法269条,279条1項に違反
するということはできず,無効ということもできない。また,本件決議に対する上
告人らの株主権の行使が信義則に反し,権利の濫用であるということもできない。
 (2) 本件決議は,本件役員報酬に係る取締役会の報酬支払決定に根拠を与え,
本件訴訟における有効な攻撃防御方法となることを意図して,本件訴訟を上告人ら
の勝訴に導くためにされたものであって,訴訟上の信義に著しく反するから,上告
人らが本件決議の存在を主張することは許されない。
 (3) 上告人A5を除くその余の上告人らは,本件会社の設立以来,取締役とし
て,株主総会の決議に基づかずに,各年度の役員報酬の金額及び支払を取締役会に
おいて決定した点において,法令に違反する行為をしたものである。また,上告人
A5も,平成10年3月までは,監査役として,株主総会の決議に基づかないで役
員報酬が支払われたにもかかわらず,決算報告が適法かつ正確であるとの監査結果
を本件会社に報告した点において,その任務を怠り,取締役に就任後は,その余の
上告人らと共に役員報酬の支払を決定した点において,法令に違反する行為をした
ものというべきである。そして,本件決議は,取締役の責任を免除する決議ではな
いから,本件決議がされたことによっても,上告人らが上記の法令違反行為をした
ことによって本件会社が本件役員報酬相当額の損害を被っていることは明らかであ
る。
 4 しかしながら,原審の上記3(1)の判断は是認することができるが,同(2)及
び(3)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 商法269条,279条1項が,株式会社の取締役及び監査役の報酬について,
定款にその額の定めがないときは,株主総会の決議によって定めると規定している
趣旨目的は,取締役の報酬にあっては,取締役ないし取締役会によるいわゆるお手
盛りの弊害を防止し,監査役の報酬にあっては,監査役の独立性を保持し,さらに
,双方を通じて,役員報酬の額の決定を株主の自主的な判断にゆだねるところにあ
ると解される。そして,株主総会の決議を経ずに役員報酬が支払われた場合であっ
ても,これについて後に株主総会の決議を経ることにより,事後的にせよ上記の規
定の趣旨目的は達せられるものということができるから,当該決議の内容等に照ら
して上記規定の趣旨目的を没却するような特段の事情があると認められない限り,
当該役員報酬の支払は株主総会の決議に基づく適法有効なものになるというべきで
ある。そして,上記特段の事情の存在することがうかがえない本件においては,本
件決議がされたことにより,本件役員報酬の支払は適法有効なものになったという
べきである。
 このように,本件会社の株主総会において,本件決議により既に支払済みの本件
役員報酬の支払を適法有効なものとすることが許される以上,本件決議に本件訴訟
を上告人らの勝訴に導く意図が認められるとしても,それだけでは上告人らにおい
て本件決議の存在を主張することが訴訟上の信義に反すると解することはできず,
他に上告人らが本件決議の存在を主張することが訴訟上の信義に反すると認められ
るような事情はうかがわれない。また,本件役員報酬の支払は,本件決議がされた
ことによって適法なものとなるのであるから,取締役の責任を免除する株主総会の
決議の対象とはならないし,本件会社が本件役員報酬相当額の損害を被っているこ
とにもならない。
 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上に説示した
ところによれば,被上告人の請求はいずれも理由がなく,これを棄却した第1審判
決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三 裁判官 藤田宙靖)

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