弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

件名
平成16年2月12日宣告,平成15年刑(わ)第1410号,建造物損壊被告事件
主文
被告人を懲役1年2月に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
押収してあるラッカースプレー2本(平成15年押第1034号の1及び2)を没
収する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成15年4月17日午後8時30分ころ,東京都杉並区ab丁目c
番d号所在の同区立A公園内に設置された同区所有の公衆便所の白色外壁に,所携
のラッカースプレー2本(平成15年押第1034号の1及び2)を用いて赤色及
び黒色のペンキを吹き付けて「反戦」,「戦争反対」及び「スペクタクル社会」と
大書し(損害額約7万円相当),もって他人の建造物を損壊した。
(補足説明)
1 弁護人は,①本件では,被告人がした落書きの内容が戦争反対のメッセージで
あったため,通常あり得ない建造物損壊罪での起訴がされたのであり,このような
政治的理由による起訴は無効であるから,本件公訴は棄却されなければならない,
②被告人は器物損壊の容疑で警察官によって現行犯逮捕されたが,警察官は,被告
人が器物損壊の罪を犯したことを何一つ確認せず,また,本件では被告人が公園所
有者である杉並区の許可ないし同意を得てメッセージを書いた可能性も否定でき
ず,杉並区の意思を確認しなければ被告人が罪を犯したかどうかも分からないはず
なのに,同区の意思を確認することもなく,被告人を現行犯逮捕したのであり,こ
のような逮捕手続は違法であるから,それにつながる本件公訴提起も違法であっ
て,本件公訴はこの理由
によっても棄却されなければならない,③判示の公衆便所(以下「本件建物」とも
いう。)のような公共の公園に設置された公衆便所の効用とは,不特定多数の者が
中に入って便所を使用する用に供することを意味するところ,その外壁に落書きが
されたからといって,便所の使用ができないと考える人はおらず,また,建造物の
効用の一つとしてその美観を含めて考えるとしても,美観を損ねたかどうかは主観
的なものであり,被告人が本件建物の外壁に書いた戦争反対のメッセージにより一
義的に本件建物の美観が損なわれたとはいえないし,そもそも,本件建物には,被
告人が落書きをする前に既に「悪」,「タツ」という字が大きく落書きされていた
のであり,これによって美観は既に損なわれていたから,被告人の行為によって美
観が損なわれたとも
いうことができないのであって,被告人の本件落書き行為は建造物損壊罪の構成要
件である「損壊」に当たらず,本件について同罪は成立しない,④本件建物は,形
式的には杉並区の所有に属するが,実質的には杉並区民総体が所有者であり,とり
わけ近隣に住み利用する可能性が高い者に,より強い帰属関係があるという性質の
ものであるところ,被告人は杉並区民でありかつ本件建物が設置された判示公園の
近くに住んでいたのであって,本件建物の在り方にある程度意思を反映させること
ができ,外壁にどのような装飾を施すかについても,意思を反映させられてしかる
べき立場にあったということができるから,本件建物は,被告人にとって「他人
の」建造物であるといいきることはできず,したがって,本件で被告人が刑法26
0条前段にいう「他人
の」建造物を損壊したということもできない,⑤被告人の本件行為は,「みだりに
他人の家屋その他の工作物にはり札をし,…又はこれらの工作物…を汚した者」を
処罰する旨定める軽犯罪法1条33号や,区民等がしてはならない事項として「落
書きをすること」を規定する杉並区生活安全及び環境美化に関する条例4条2項2
号にこそ該当するのであり,これを建造物損壊罪に問うのは,罪刑の均衡の観点に
照らしても明らかに不当であって,許されない,⑥被告人の本件落書き行為は憲法
21条により強く保護される表現行為であり,刑法35条の正当行為として違法性
が阻却されるから,本件について被告人は無罪である旨の各主張をしているので,
以下,これらの主張に即して,補足的に説明を加える。
2 前記①の主張について
  被告人の本件行為が建造物損壊罪を構成し,それ自体軽視し難い犯罪行為に当
たることは,後に詳述するとおりであり,また,このことは,被告人が本件建物に
判示態様で書き付けた内容が政治的意味を持つかどうかとは特段関わりがないこと
も,後記説示の趣旨に照らして明らかなところであって,本件で検察官が弁護人主
張のような政治的な理由でことさら公訴を提起したことをうかがわせる事情がある
とも全く認めることはできない。弁護人は,検察官が政治的理由により訴追裁量を
逸脱して本件公訴を提起したから本件公訴提起は違法であると主張するようである
が,以上のとおり,この主張は前提に誤りがあり,その余の点について判断を加え
るまでもなく,採用することができない。
3 前記②の主張について
  関係証拠によると,被告人は,平成15年4月17日午後8時30分ころ,東
京都杉並区ab丁目c番d号に所在する判示の杉並区立A公園に設置された公衆便
所である本件建物の白色外壁に赤色と黒色のラッカースプレーを吹き付けて判示の
各文字を大書する本件犯行に及んだこと,同公園付近に住むBは,中学生の息子の
Cとともに同公園の前を通りかかってその様子を目にし,被告人に「何をやってい
るんですか。そんなところに書くと法律に触れますよ。」などと声をかけたが,被
告人は,書き終わってからBらの方を振り返り,「そんな法律があるんですか。だ
れが書いたってかまわないじゃないですか。」などと言って,Bと言い合いになっ
たこと,間もなくBの夫のDもその場に通りかかり,本件建物の外壁にペンキで大
きな落書きがされて
,そのにおいが漂っており,被告人がスプレー缶を持ってその場にいて,どうして
落書きをしたのかなどとBと言い合っている様子を認めて,被告人が上記犯行を行
って間がないことを確認したこと,そのうち,被告人は,スプレー缶をリュックサ
ックの中に入れて,同公園の北側に接する道路を東方に向かって歩き出し,更に同
公園からやや離れた場所に位置する交差点を右折して南方に歩いて行ったが,D
は,被告人に逃げられてしまうと思い,被告人から約10メートルの距離をおきな
がら,その後を早足で追跡したこと,折から警視庁E警察署のF警部補とG巡査
は,パトロールカーに乗車して付近を警らしていたが,Cは,上記交差点付近でこ
のパトロールカーを認めて呼び止め,Fらに対し,公園のトイレに落書きした男の
人を父が追いかけている
などと話したこと,Fは,パトロールカーを降りて南方に早足で歩いて行き,被告
人を追跡しているDを発見したこと,そのとき,Dは,Fがやって来るのを見る
と,Fに向かって手を振り,前方を進行している被告人の方を指さすなどの合図を
していたこと,FがDに追いつくと,DはFに対し,前方を歩いている被告人を指
示し,その男が公園のトイレに落書きをした男だと述べたこと,そこで,Fは被告
人を更に追いかけて,同区ab丁目e番f号先路上で被告人に追いつき,その前に
立って被告人を停止させ,職務質問を行うべく,公園のトイレに落書きをしたのか
と尋ねたところ,被告人は,「おれがやった。表現の自由だ。」と答えたが,氏名
や住所等を尋ねるFの質問には答えないで,大声で騒ぎ出したこと,ところで,F
は,上記のようにCか
ら申告を受けた際,A公園に赴いて本件建物の状況を確認してくるようG巡査に指
示していたが,このようにFと被告人とがやり取りをしていた際に,Gが同公園か
ら戻ってきて,ペンキで塗られていて布などでぬぐい去るのは不可能だなどと,本
件建物の状況について報告し,続いてその場にやって来たBも,被告人が同公園の
トイレの外壁にスプレーなどで落書きをした,それで注意したら逃げ出したので,
その後を夫らが追いかけたなどと事情を話したこと,この間,被告人は,終始その
場を離れようとする様子を示し,Fらが前に立って,逃走を阻止しようとする状態
が続いていたこと,そこで,Fは,被告人を器物損壊の現行犯人(刑事訴訟法21
2条2項所定の準現行犯人の意と解される。)として逮捕することとし,午後8時
44分ころ,器物損
壊の現行犯人として逮捕する旨告げた上,被告人を逮捕したこと,本件建物から被
告人が逮捕された地点までは,被告人が歩いた経路に沿って測定しても,約145
メートルの距離があるにすぎないことなどの事実関係を認めることができる。
  弁護人の主張中には,上記の事実経過自体を争うかの部分もあるが,以上の事
実は,Fの証言,D及びBの各検察官面前調書の各同意部分等の関係証拠に照らし
て,十分認定することができる。
  そして,以上で認定した事実関係に照らすと,Fは,Dによって本件犯罪の犯
人として追呼されている被告人が(なお,刑事訴訟法212条2項1号参照),罪
を行い終わってから間がないと明らかに認められる準現行犯人に当たると判断し
て,被告人に対する逮捕を行ったものと認めることができ,もとよりFのこの判断
に違法な点がなかったことも明らかであるから,被告人に対する逮捕の違法をいう
弁護人の主張は理由がないというほかはない。補足すると,本件建物は,小規模と
はいえ,壁によって支えられた屋根を持つ工作物であって,土地に定着し,その内
部に人が出入りできる構造を持つから,刑法260条所定の建造物に当たり,同法
261条所定の器物損壊罪の対象にはならないことが明らかであり,したがって,
Fが建造物損壊罪では
なく器物損壊罪によって被告人を逮捕したのは,誤りであったということにならざ
るを得ないが,この誤りは,被告人に対する本件逮捕の効力を何ら左右するもので
はない(なお,被告人の行為が建造物損壊罪の構成要件を充足することは,後に補
足して説明するとおりである。)。弁護人は,Fが,本件建物を損壊する犯罪が被
告人によって犯されたことを確認しないで被告人を逮捕したと論難するが,この主
張に理由がないことは,以上で検討したところに照らして明らかである。弁護人
は,被告人が公園所有者である杉並区の許可ないし同意を得て本件行為を行った可
能性もあったのだから,Fが同区の意思を確認しないまま被告人を逮捕したのは違
法であるとの趣旨も主張する。しかし,本件のように公園内の公衆便所の壁にスプ
レー式ペンキで文字を
大書するというような行為について,杉並区が許可ないし同意を与えていた可能性
があるから,その犯人を逮捕する前に同区の意思を確認する必要があったとの主張
は,以上で認定したような本件当時の被告人の言動等を考慮するまでもなく,その
主張の前提自体におよそ根拠がなく,採用の限りでない。
  そうすると,被告人に対する逮捕の違法を理由として本件公訴提起の違法をい
う弁護人の②の主張は,その前提に誤りがあり,その余の点について検討を加える
までもなく,理由がないといわなければならない。
4 前記③の主張について
(1) 刑法260条前段にいう「損壊」とは,建造物の本来の効用を滅却あるいは
減損させる一切の行為をいい,物理的に建造物の全部又は一部を毀損する場合だけ
ではなく,その外観ないし美観を著しく汚損することによっても,建造物の効用を
実質的に滅却ないし減損させたと認められる場合があり,このような場合には,た
とえその建造物の本質的機能を害するには至らなくても,その行為は「損壊」に当
たると解するのが相当である。そして,弁護人指摘の軽犯罪法1条33号等との関
係で,建造物の外観ないし美観を汚損する行為が建造物損壊罪所定の損壊にまで当
たるといえるか否かについては,建造物の性質,用途ないし機能との関連におい
て,汚損行為の態様,程度,原状回復の難易等,諸般の事情を総合考慮して,社会
通念に照らし,その汚
損によってその建造物の効用が滅却ないし減損するに至ったか否かを基準として判
断し,これが肯定されるときは,このような汚損行為は,軽犯罪法1条33号等に
該当するのにとどまらず,建造物損壊罪に該当することになると解すべきである。
(2) そこで,これを本件についてみると,関係証拠によれば,以下の各事実を認
めることができる。
ア 本件建物が設置されている杉並区立A公園(以下「本件公園」ともい
う。)は,住宅街の一角にある,東西約21.3メートル,南北約34メートルの
長方形状の土地上に位置する小規模な公園であり,その北側には幅約7メートルの
道路が東西方向に走っており,この道路に面した本件公園の北側が(一部に樹木の
植栽部分等もあるが)ほぼ全面的に公園の入口となっている。本件公園の北西部分
には,公衆便所である本件建物が設置され,本件建物と公園入口との距離は最短で
約3.1メートルにすぎない。本件公園には,そのほか,ベンチ,遊具,照明灯等
の設備が設置されて,樹木なども植えられ,北側を除き三方の周辺部分は植え込み
になって,内部を取り囲んでいる。
イ 本件建物は,ほぼ長方形(北西面と南東面の長さが各約1.28メート
ル,北東面と南西面の長さが各約3.04メートル)の床面の上にコンクリートと
ブロックを組み合わせて築造された小規模の建造物であって,高さ約2.9メート
ルのアーチ型の屋根が壁で支えられており,屋根は黒色又は濃い灰色で,ブロック
部分及び後記手洗い場部分(のうち,後記水道蛇口の周囲及びその下の部分)は灰
色であるが,それ以外の外壁面は白色である。本件建物の南東側及び北西側は,い
ずれも高さが約2.9メートル,幅が約1.28メートルで,幅約0.19メート
ルのブロックによって全体がアーチ状にかたどられている。南東側の壁面には地面
からの高さ約1.32メートルの位置に小窓が設けられており,他方,北西側は,
上記ブロックによって
かたどられた部分がそのまま男子便所へのアーチ状の出入口となっている。本件建
物の南西側及び北東側は,いずれも高さが約2.9メートル,幅が約3.04メー
トルで,その各中央部分が幅約0.19メートルのブロックによってアーチ状にか
たどられている(アーチ状の部分の高さは約2.3メートル。)。南西側壁面の中
央部分には,女子便所への出入口となるアルミ製のドアが設置されている。北東側
壁面の中央部分は,手洗い場となっていて,地面からの高さ約0.8メートルの位
置に水道の蛇口が設けられ,この手洗い場部分を挟んだ左右両側(左右の表示は,
壁面に向かって左又は右の意。以下同じ。)の外壁には,地面からの高さ約1.3
2メートルの位置にそれぞれ小窓が設けられている。
  ウ 被告人は,判示の日時に,本件建物の北東側壁面のうちの前記右側の外壁
部分に,その壁面部分をほぼ一杯に占めるように黒色スプレー式ペンキで「スペク
タクル社会」という文字を,中央の手洗い場部分に,前記水道蛇口の上辺りの白色
壁面をほぼ一杯に占めるように赤色スプレー式ペンキで「反戦」という文字を,そ
れぞれ大書し,本件建物の南東側壁面に設置された白色外壁部分には,赤色スプレ
ー式ペンキを用い,前記小窓の上の部分に,左から右にかけて「戦争」と,同小窓
の右の部分に,上から下に「反対」という文字を大書した。
 なお,本件建物には,被告人による上記落書きの前から,北東側壁面のう
ちの前記左側外壁部分に設置された小窓の下の部分に,黒色スプレー様のもので
「悪」という文字が,南東側壁面に設置された小窓の下の外壁部分に,黒色スプレ
ー様のもので「タツ」という文字が,それぞれ大きく落書きされていたため,被告
人の本件落書きにより,本件建物の北東側及び南東側の白色外壁部分はそのほとん
どが落書きで埋め尽くされた状態となった。
  エ 前記アのとおり,本件建物は,本件公園入口と最短で約3.1メートル隔
たっているだけの場所に所在している。そして,本件建物の北東側壁面は,本件公
園の入口を出入りし,あるいは本件公園の北側に接する前記道路を通る人たちか
ら,ほとんどさえぎる物なく見通すことができる位置にあり,南東側壁面は,本件
公園内部の広い範囲からさえぎる物なく見通すことができる位置にある。このよう
な位置にある上記両壁面の白色外壁部分に,被告人が前記のような態様で赤色と黒
色のスプレー式ペンキを用いて大書した本件の落書きは,本件公園を利用し,ある
いは本件公園前の上記道路を通る多くの人にとって,極めて目につきやすく,その
目を引く状況にあった。
  オ 本件落書きについては,平成15年4月24日,杉並区都市整備部公園緑
地課の関係者とE警察署の警察官により,水道水,液性洗剤及びラッカーシンナー
を用いた消去実験が行われ,その結果,水道水や液性洗剤では本件落書き文字の消
去は不可能であり,ラッカーシンナーを用いればその消去が一応可能であるが,落
書きのあとを完全に消し去ることはできず,汚れが残る状態になることが判明し
た。
  カ 本件落書きがされた本件建物の外壁は,現段階では証拠保全のために板で
覆われてそのまま保存され,修復作業は施されていないが,本件公園及び本件建物
を管理する杉並区都市整備部公園緑地課では,本件落書きにより本件建物の美観が
損なわれているなどの理由から,本件建物の外壁の修復作業が必要であると判断し
ており,その修復方法について業者に問い合わせたところ,本件落書きを完全に消
去するには上塗りのような形で外壁を再塗装することが必要であり,その費用には
約7万円を要することが判明した。
 (3) 以上の事実関係をもとに更に検討すると,本件建物は,公衆便所としての用
途に供されることをその本質的な機能としていることはいうまでもないが,周辺に
住む人たちが休息や安らぎなどを求めて利用する公園の中の施設として,その外
観,美観にもそれなりの配慮が求められることは明らかであって,そのことは,前
記認定のとおり,本件建物の作り方などにも,公園の施設としてふさわしいよう,
相応の工夫が実際にされているようにうかがわれることなどによっても,容易にみ
てとることができる。
 ところが,被告人は,前記のとおり,赤色及び黒色のスプレー式ペンキで,
本件建物のうち,人目につきやすい南東側,北東側両壁面の,既に前記「悪」,
「タツ」の落書きがされていた部分を除く白色外壁部分のほとんどを埋め尽くすよ
うな形で合計14個もの文字を大書したのであって,被告人のこの行為が,その規
模や大書された文字の形状,色彩等からしても,社会通念に照らし,本件建物の外
観を従前のそれと比べて著しく不体裁かつ異様な状態にさせてその美観を損なわ
せ,本件建物を見る者に一種異様の感を抱かせて,本件建物の利用についても抵抗
感ないし不快感を与えかねない結果をもたらし,そのため,本件公園を管理する杉
並区の担当者としても,そのままの状態では本件建物を地域住民らの利用に供する
のは困難であると判断せ
ざるを得なかったことが明らかである。
 さらに,本件落書きは,水道水や液性洗剤では消去することが不可能であ
り,ラッカーシンナーで消去しようとしても完全に消去することはできなかったの
であるから,その塗料の付着,固定化の程度はかなり強いものであったと認められ
るとともに,本件落書きを完全に消去するためには再塗装を行う必要があり,しか
も,関係証拠に照らすと,再塗装が必要となる面積が大きいため約7万円の費用を
かけ専門業者に依頼して行う必要があるというのであって,原状回復には相当の困
難を伴うことも認められる。
 以上のような本件建物が本来有する効用に,本件落書きによる本件建物の外
観の汚損の態様,程度等を併せ考えると,被告人の本件落書きによって,本件建物
は,その外観ないし美観が社会通念に照らして著しく汚損され,その効用が減損さ
れたと認めるのが相当である。
 補足すると,弁護人は,本件建物の外壁には,被告人による本件落書きの前
から,前記「悪」,「タツ」という落書きが書かれていたのであり,この落書きに
より本件建物の美観は既に損なわれていたから,被告人による本件落書きが本件建
物の美観を損なったということはできないという趣旨の主張もする。しかし,上記
「悪」,「タツ」の落書きにより本件建物の美観が既にある程度損なわれていたか
らといって,直ちに本件建物にはもはや害すべき美観が存在しないなどとは到底い
えないのであるし,殊に,関係証拠によると,被告人が本件建物に行った前記14
文字の本件落書きは,上記「悪」,「タツ」の落書きと比べても,建物壁面のより
広い範囲を占め,その色彩,形状等に照らしても,格段に人の目を引きやすいもの
であったことが優に
認められるのであって,上記「悪」,「タツ」の落書きが既に存在していたかどう
かにかかわらず,被告人の本件落書きによって本件建物の外観,美観が著しく損な
われたことは明らかであるから,弁護人のこの主張は採用することができない。
 更に補足すると,弁護人は,美観を損ねたかどうかは主観的な問題であっ
て,その文字の存在だけで一義的に美観が損なわれたと万人が理解するものとはい
えない旨を主張するが,もとより外観ないし美観が損なわれたかどうか,及びその
程度は,社会通念に照らして判断されるべきものであるから,弁護人の上記の主張
は採用することができない。さらに,弁護人は,被告人が落書きの消去剤を用いて
行った実験によれば,このような消去剤を使用すれば本件落書きは容易に消去でき
ることが分かったから,原状回復は困難であるとはいえないという趣旨の主張をも
する。しかし,仮に弁護人主張の消去剤を使用すれば本件落書きを相当程度消去す
ることが可能であったとしても,被告人が当公判で供述している上記消去剤の入
手,使用方法等に本件落
書きの規模,程度等を考え合わせると,本件落書きを上記消去剤を用いて消去する
こととした場合にも,それ相応の費用や時間,手間を要すると認められるから,や
はり原状回復には相応の困難を伴うといわざるを得ず,弁護人のこの主張もまた採
用することができない。
 (4) そうすると,被告人の本件行為は建造物損壊罪にいう「損壊」に当たるもの
といわなければならないから,弁護人の前記③の主張は採用することができない。
5 前記④の主張について
 杉並区都市整備部公園緑地課長Hの証言を始めとする関係証拠によれば,本件
建物は杉並区の所有に属し,同区が本件建物の管理処分権を有することが明らかで
あるから,被告人にとって本件建物が「他人の」建造物に当たることは疑いがな
い。弁護人は,被告人が当時本件公園の近くに住んでいた杉並区民であったなどの
事情を指摘するが,このような事情は上記の結論を何ら左右するものではない。し
たがって,弁護人の④の主張は採用することができない。
6 前記⑤の主張について
  被告人の本件行為が,弁護人指摘の軽犯罪法や杉並区条例に該当するのにとど
まるものではなく,建造物損壊罪を構成することは,既に説示したとおりであるか
ら,弁護人の⑤の主張も採用することができない。
7 前記⑥の主張について
  被告人の本件落書き行為がその主張を外部に発表する意図に出たものであった
としても,公園の公衆便所建物に既に説示したような態様でラッカースプレーを吹
き付けて,その外観を著しく損ない,公園設置者の財産所有権,管理権を侵害する
ような行為が許されないことは,多言を要しないところであり,被告人が自己の主
張を外部に表す手段が他にあったこともいうまでもないところであるから,このよ
うな行為も憲法21条の保障する表現行為として刑法35条により違法性が阻却さ
れる旨をいう弁護人の主張は,採用の限りではない。
(量刑の理由)
 本件は,前記のとおり,被告人が,公園の公衆便所建物の白色外壁にラッカース
プレーを用い赤色及び黒色のペンキを吹き付けて判示の14文字を大書し,その外
観を著しく損ねて建造物を損壊したという事案である。
 既に詳細に認定,説示したとおり,被告人の本件犯行の結果,本件建物はその外
観を著しく損ね,それを原状に復するには約7万円の費用をかけて外壁の再塗装を
せざるを得ないというのであるから,その被害には軽視できないものがある。被告
人の公判供述によると,要するに,被告人は,本件当夜,自宅でイラク戦争のこと
などを考えるうち,自分の戦争反対のメッセージを落書きしようと思い立ち,本件
の犯行に及んだというのであるが,被告人は,その主張を表現する手段が他にあっ
たにもかかわらず,公園の管理者や利用者などに及ぼす影響なども考えることな
く,安易に本件のような違法な手段を選択したのであって,その短絡的で思慮の乏
しい動機に特段酌むべき点があるとは認められない。被告人は,公判で,もう落書
きをしようとは思わな
いとも述べたが,その後の公判期日では,自分は全然反省していない,これからも
落書きをしようと思っていると述べ,また,杉並区から損害賠償を請求されても支
払う意思はない旨,一貫して述べるなど,本件について反省しているともうかがい
難いところがある。
 以上に照らすと,被告人の刑責を軽視することはできない。
 他方,落書きによる外壁の汚損という行為の性質上,本件建物の公衆便所として
の本質的機能が直接に阻害されたとまではいえないこと,本件は計画的に行われた
犯行であるとは認められないこと,被告人には前科がなく,現在25歳とまだ若年
であること,被告人の勤務先の上司が当公判に出廷し,被告人のため証言している
ことなど,被告人のため考慮すべき事情もある。
 そこで,以上の諸事情を総合考慮すると,被告人に対しては主文の刑を量定した
上,その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
 よって,主文のとおり判決する。
平成16年2月12日
東京地方裁判所刑事第11部
裁判長裁判官   木口信之
裁判官   小林正樹
裁判官   鈴木涼子

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛