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平成12年(ネ)第2913号損害賠償等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成
11年(ワ)第933号)
判    決
控訴人(1審原告)  株式会社サンワコーポレーション
同訴訟代理人弁護士   小 寺 史 郎
同           平 野 和 宏
同           川 村 和 久
同           室 谷 和 彦
被控訴人(1審被告)  株式会社テクノスイコー
被控訴人(1審被告)  C
同2名訴訟代理人弁護士 平 川 敏 彦
同           丸 野 敏 雅
          主    文
     1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 当審における請求をいずれも棄却する。
3 当審における訴訟費用は,すべて控訴人の負担とする。
          事    実
第1 請求
 (1) 控訴の趣旨等
  ア 原判決を取り消す。
  イ被控訴人らは,原判決添付別紙目録記載の営業秘密を,被控訴人株式会
社テクノスイコーの営業に利用し,又はこれを開示してはならない。
  ウ被控訴人らは,控訴人に対し,各自1億3846万4155円及び内金
1億2482万5142円に対する訴状送達の日の翌日である平成11年2月9日
から,内金1363万9013円に対する本件訴えの変更等申立書送達の日の翌日
である平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
  エ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
  オ 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 請求の概要
 人材派遣業を営む会社である控訴人は,原審において,①元従業員である被
控訴人Cが,控訴人在職中に知った派遣社員に関する原判決添付別紙目録記載の営
業秘密を使用して,控訴人の派遣社員を退職させて被控訴人会社に就職させるとと
もに,上記派遣社員を被控訴人会社から従前の派遣先企業に派遣した行為が不正競
争防止法2条1項7号に該当する,被控訴人会社が,被控訴人Cによる上記営業秘
密の不正開示行為があったことを知りながら,上記派遣社員を雇い入れて従前の派
遣先企業との間で派遣契約を締結した行為が同項8号に該当すると主張して,被控
訴人らに対し,同法3条及び4条に基づき,前記各請求をしたが,さらに,当審に
おいて,②仮に,そうでないとしても,被控訴人Cが,誓約書及び就業規則により
負担する前記営業秘密の内容をなす本件情報(原判決5頁10行目から6頁3行目
記載の本件情報)を第三者に漏らしてはならないという不作為義務を課している契
約上の守秘義務に違反して本件情報の使用・開示をしたことにより,同不作為義務
を課している契約上の守秘義務に基づく履行責任及び債務不履行責任又は不法行為
責任を負い,被控訴人会社が,被控訴人Cによる本件情報の不正開示行為があった
ことを知って,若しくは重大な過失により知らないで本件情報を取得し,その取得
した本件情報を使用した行為が不正競争防止法2条1項8号に該当すると主張し,
被控訴人Cに対し,前記不作為義務を課している契約上の守秘義務に基づく履行責
任及び債務不履行責任又は不法行為責任に基づき,被控訴人会社に対し,同法3条
及び4条に基づき,いずれも前記各請求をし,③仮にそうでないとしても,被控訴
人Cが,信義則上の義務としてだけでなく,誓約書及び就業規則上の義務として負
担する雇用契約上の誠実義務に違反して,社会通念を逸脱し,著しく信義則に反す
る派遣社員の引抜き行為,派遣契約の被控訴人会社への移転行為により,控訴人に
対し,債務不履行責任又は不法行為責任を負い,被控訴人会社が,被控訴人Cの引
抜き行為によって作出された違法な状態を認識し,被控訴人Cと共謀の上,当該違
法状態を利用し,競争関係にある控訴人からシェアを奪い,利益を得る目的で,派
遣社員を雇用し,派遣先との間の派遣契約を移転させた不法行為責任を負うと主張
して,被控訴人Cに対し,債務不履行責任又は不法行為責任に基づき,被控訴人会
社に対し,不法行為責任に基づき,前記損害賠償の請求をしている。
2 基礎となる事実及び争点
  次のとおり当審で追加された「基礎となる事実」及び「争点」を付加するほ
か,原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「二 基礎となる事実」
及び「三 争点」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 基礎となる事実
  Dが平成10年10月30日,Eが平成11年4月30日,Fが平成10
年5月29日,それぞれ控訴人を退職し,被控訴人会社に就職し,従前の派遣先企
業(Dについては住友金属工業株式会社〔以下「住友金属」という。〕,Gについ
ては光洋リンドバーグ株式会社〔現商号:光洋サーモシステム株式会社。以下「光
洋リンドバーグ」という。〕,E及びFについては日本コムシンク株式会社〔以下
「日本コムシンク」という。〕)との間で派遣契約を締結した(Eが平成11年4
月30日控訴人を退職し被控訴人会社に就職し,その余の者が控訴人を退職し被控
訴人会社に就職したことは争いがなく,その余は弁論の全趣旨により認める。)。
Eは,売単価が日額1万3000円(平成11年1月時点),買単価が時額133
3円である(平成10年4月1日時点。甲232,233)。
  なお,H(甲212),I(甲218),J(甲222),K(甲22
4),L(甲228)及びG(甲231)は,控訴人と業務委託契約を締結してい
る者であり,引用にかかる原判決及び後記本判決の各記載中,「控訴人に雇用され
た,入社した」とはいずれも「控訴人と業務委託契約を締結した」ということを意
味し,「控訴人を退職した,退社した」とはいずれも「控訴人と業務委託契約を解
消した」ということを意味する。
(2) 争点
  前記請求の概要②の履行責任及び債務不履行責任又は不法行為責任並びに
不正競争防止法2条1項8号に該当する不正競争の有無
  前記請求の概要③の債務不履行責任又は不法行為責任の有無
第3 争点に関する当事者の主張
   次のとおり当審における当事者双方の主張を付加するほか,原判決「事実及
び理由」中の「第三 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,こ
れを引用する。
 (控訴人)
1 本件情報の管理体制
 (1) プライバシー情報と派遣就業情報の区別
   控訴人が営業秘密を構成すると主張していた本件情報は,派遣社員に関す
る情報(現住所・電話番号・生年月日・職務経歴等。以下「プライバシー情報」と
いう。)と派遣社員個々の派遣就業に関わる情報(具体的派遣先・売単価・買単価・
派遣就業先での業務内容等。以下「派遣就業情報」という。)である。
   このうち,被控訴人Cが開示し,被控訴人らが共同で使用した情報は,控
訴人の派遣社員の具体的派遣先・売単価・買単価等であり,派遣就業情報に合致す
る。なお,派遣就業先での業務内容は,具体的派遣先の配属部署から当然に明らかと
なる。
   これに対して,プライバシー情報は,直接的に使用,開示されたものでは
なく,被控訴人Cによる派遣社員の引抜きの際,連絡のために現住所・電話番号が
用いられたものであり,間接的にしか使用されていない。プライバシー情報が,外部
に漏らしてならないものである理由は,派遣社員のプライバシー保護のためであ
り,派遣就業情報が会社の営業上の利益保護のためであるのと異なる。
   控訴人は,秘密管理性について,派遣就業情報とプライバシー情報とを本
件情報として一体として取り扱うのでなく,情報の客観的管理状況について,厳格
に区別して,派遣就業情報に絞って主張する。
(2) ソフト面における管理体制
ア 誓約書,就業規則の存在
 控訴人は,従業員が就職する際に誓約書(甲3)を提出させ,それによ
り,「貴社及び取引先の機密は一切他に洩らさぬ事」を厳守する旨誓約させてい
る。また,就業規則(甲22)に,従業員は,「在職中は勿論のこと,退職または
解雇された者も,自己の担当であるなしにかかわらず,会社の業務上の機密事項及
び会社の不利益となる事項を他にもらさないこと」との定めを置いて,法的に,雇
用契約の一内容として秘密保持義務を従業員に課するとともに,実際上,従業員の
秘密保持に対する自覚を促し,秘密漏洩に対する心理的な規制を設けた。
イ 「入社時ガイダンス」における秘密保持に関する新入社員に対する指導
 控訴人は,新規に入社する新入社員に対し,控訴人の役員であるMや総
務人事の男性社員において,当該社員の初出勤日に,「入社時ガイダンス」を行っ
ており,その際,最初に新入社員を部屋に一人にして前記就業規則を熟読,確認さ
せた後,業務上必要な注意事項等の説明のほか,控訴人が人材派遣業という業種で
あり,派遣社員のプライバシー事項及び派遣先・売単価・買単価等の業務上の重要
機密事項について,一切外部に漏らすことのないよう,厳重に指導していた。
ウ 日常業務における指導・訓戒等
(ア) 控訴人は,営業時間中やミーティングの際,営業社員らに,折に触
れ,派遣就業情報が機密情報であるという話をしていた。このような社風により,
前記「入社時ガイダンス」以来,派遣就業情報が機密事項であることは周知徹底さ
れ,控訴人社員において派遣就業情報を外部に漏洩してよいと考えている者は一人
としていない。
(イ) 控訴人は,派遣就業情報を自己のメモ等に書き留めることを固く禁
じていた。
(ウ) 控訴人は,派遣社員の履歴書原本を自分の席の上でも放置すること
のないよう徹底して指導していた。
(エ) 控訴人は,外部から派遣社員あてに電話がかかってきた際,いった
ん電話を切り,改めて確認の上,派遣社員自身から連絡するように周知徹底させ,
不用意に派遣社員及び派遣先の情報が外部に漏れることのないように配慮してい
た。
(オ) 控訴人は,派遣先に派遣候補者の生の履歴書を提示せず,生の履歴
書から住所等の連絡先などのプライバシー特定事項等を削除した控訴人独自の様式
の「経歴書」を提示していた。控訴人代表者は,被控訴人C在職中,派遣先に見せ
るために派遣社員(予定者)の履歴書原本を持ち出した営業担当社員を他の社員の
面前において強く叱ったことがあった。
(カ) 控訴人は,派遣社員(本社社員と区別され,また,派遣社員には正
社員と契約社員がある。)に対し,本社カウンター内の立入り禁止を明言し,カウ
ンター内に入ることがないように,求職者との面接をカウンター外の部屋で行って
いた。控訴人は,派遣就業情報をマスター入力したオフィス・コンピュータ(以下
「オフコン」という。),派遣就業情報を記載した書類等を保管するキャビネット
等が存在する場所に,派遣社員を立ち入らせないことによって本社社員の行動範囲
に制限を加え,派遣就業情報に接近できる者を限定し,管理が万全となるよう配慮
していた。
(3) ハード面における管理体制
ア 控訴人の会社規模,本社事務所内の物理的状況
 控訴人は,被控訴人C退職当時,本社社員数19名(別紙組織図)であ
り,また,本社事務所は,広さ145・37坪であって,各個室,机・椅子,キャ
ビネット,オフコン,シュレッダー,金庫等が別紙配置図のとおりレイアウトされ
ていた。総務(経理)事務,営業事務はすべて女性社員の担当で,営業,総務人事
はすべて男性社員の担当である。
イ 派遣就業情報をマスター入力したオフコンの管理状況
(ア) 派遣就業情報は,控訴人本社内の一角に設置されているオフコン
(本体装置と端末2台。現在の機械は2代目であり,平成7年4月にリース契約を
締結した。)にマスター情報として入力されており,当該オフコンは,事務所内の
他のパソコン等とLAN接続等されておらず,独立に稼動し,インターネットにも
接続しておらず,外部からのネットを通じての侵入も不可能であり,その起動には
専用鍵を必要とし,当該鍵がなければ使用することができない。
(イ) オフコンの操作方法は一般のパソコンの操作方法とは異なってお
り,一般のパソコンの操作ができる者も,オフコン独自の操作方法をあらかじめ知
っていなければ操作できない。
(ウ) オフコンは,鍵を使用して,控訴人の始業時間である午前9時に起
動され,終業時間である午後6時に終了される。社員全員退社後,仮に何者かに事
務所内に侵入された場合でも,オフコンを起動させて派遣就業情報を窃取されるこ
とのないよう厳重な管理を行っていた。
(エ) 鍵は2本(マスターキー1本,スペアキー1本)あり,マスターキ
ーを総務事務担当のN(以下「N」という。)が保管し,スペアキーを経理担当の
O(以下「O」という。)が保管していた。Nは,退社時,オフコンを終了させ,
鍵をオフコンから引き抜いたあと自己の机の引出しの中に保管し,引出しに鍵を掛
けて,引出しの鍵を別途厳重に保管し,翌朝,引出しを開け,オフコンの鍵を取り
出して,その鍵によりオフコンを起動させていた。Oは,Nの休暇時等に,同人の
代わりにオフコンを立ち上げていた。Oの保管するスペアキーは,本社内の金庫に
保管し,金庫の鍵をOが自宅に持ち帰っていた。Oは,控訴人設立時から勤務して
いる有能な女性社員であり,女性社員の中でも特に控訴人代表者の信頼が厚い者で
ある。
(オ) コンピュータ操作を実際に行うことができるのは,営業事務,総務
(経理)事務を担当する女性社員のみであり,男性社員にはオフコンの使用方法を
一切教えなかった。女性社員が操作を行う機会は,新入社員や新規取引先等のマス
ター情報更新や社員の給与計算,賞与計算,年末調整等の業務上の必要がある場合
に限られ,業務上の必要がないのにみだりにオフコンを操作することは当然禁じら
れていた。営業担当の男性社員が派遣社員の売単価・買単価を確認するためオフコ
ンに入力された情報を利用する必要がある場合は,必ず男性社員に依頼された女性
社員が操作を行うという取決めにしていた。
(カ) 上記のような情報の管理方法は,人材派遣業という秘密管理が厳格
に要請される業種柄,控訴人代表者が会社の設立以来努めて配慮してきた点であ
る。
ウ 派遣就業情報が化体した書類等の管理状況
(ア) 派遣就業情報は,上記オフコンにおいて管理されると同時に,いわ
ば原資料である派遣社員の履歴書及び派遣社員との契約書等,また派遣先企業との
契約書等の各種書類にも記載されており(ただし,最新の売単価・買単価情報はオ
フコンのみに入力されている。),前者の書類は派遣社員ごとに個別にファイリン
グし,各々コード番号を付した上で,また,後者の書類は企業別に整理した上で,
いずれも,本社内のキャビネットに保管されていた(別紙配置図)。
(イ) 上記キャビネットには鍵が掛けられるようになっており,控訴人の
営業時間外は必ず施錠し開閉を不能にして,上記書類を厳重に管理していた。
(ウ) 他方で,営業時間中は開けておき,営業事務,総務(経理)事務担
当の女性社員がその出し入れの事務を行っていた。その出し入れを行う機会は,業
務上の必要がある場合に限られ,業務上の必要がないのにみだりに当該書類を出し
入れすることは禁じられていた。営業担当の男性社員が派遣社員の連絡先や携帯電
話番号を知りたい等の必要により上記書類上の情報を利用する必要がある場合は,
当該男性社員に直接書類の出し入れをさせることはなく,男性社員に依頼された女
性社員が出し入れを行うこととしていた。
 すなわち,控訴人は,キャビネットからの書類の出し入れを行うこと
ができる者を意識的に女性社員に限定し,書類管理を女性社員に限ることによりそ
れをルーズなものに流れないよう配慮し,情報への接近が必要な男性社員に対して
は,女性社員に依頼をするという一段階を置くことにより,心理的に,情報の目的
外入手・使用をしにくい工夫をしていた。
(エ) 上記のような情報の管理方法は,人材派遣業という秘密管理が厳格
に要請される業種柄,控訴人代表者が会社の設立以来努めて配慮してきた点であ
る。
エ 派遣就業情報の化体した査定資料の管理状況
 控訴人は,オフコン内の派遣社員の氏名・派遣先・売単価・買単価等の
情報を派遣社員の昇給(年1回),賞与(年2回)を決める際の会議の資料とし
て,一覧表形式で印刷し,これに参加する係長以上の役職者及び総務人事担当の男
性社員に配布していたが,当該査定資料は会議後に必ず代表者において回収し,会
議時の手書きの決定事項の記入部分を女性社員においてオフコンに入力した後,シ
ュレッダーで裁断し廃棄して,情報が外部に一切漏れないよう厳に配慮していた。
特に一覧表形式の書類については,機密である情報が集積しており,取扱いには特
に意識して厳重な注意を行ってきたのであり,出席者にもその点を周知徹底させて
いた。
(4) 派遣就業情報の性質,情報管理体制に対する法的評価
  派遣就業情報は,社会に数多く存在する就職希望者のうち,誰が,どのよ
うな報酬で,どのような業務に派遣することができるのかという具体的な情報であ
り,控訴人のような人材派遣会社が多大な広告宣伝費を投入して就職雑誌等の媒体
に求人広告を掲載し,これに応募してきた人材に面接し,登録するというプロセス
を経て初めて入手することができる極めて価値を有する情報である。また,社会に
数多く存在する個人・企業を問わない事業者のうち,どこが,どのような報酬で,
どのような人材を欲しているのかという具体的な情報であり,控訴人のような人材
派遣会社が営業職員による網羅的な営業活動を行って初めて入手することができる
極めて価値を有する情報である。派遣就業情報は,人材派遣業者が他の競合業者と
競争するにあたり,その死命を制する情報といっても過言でない。
  控訴人における前記情報管理体制は,本社社員の全員が日常的に業務上そ
れを扱う必要があるので,社内における一定の自由な情報の流通を許す一方,一定
の秘密管理に向けた客観的措置のもとにおいて,控訴人社員が派遣就業情報を外部
に漏らしてはならない営業上の情報であると認識させるに十分なものであった。
(5) 相対的な秘密管理性
  本件において,法の要求する秘密管理性の要件を満たしていることは疑い
がないが,さらに次のような視点も重要である。
  その性質上,秘密であることの認識可能性が相対的に高い情報について
は,その秘密管理のための前記客観的措置も一定程度相対的に軽減されたもので足
りると解すべきである。なぜなら,その性質上秘密であることの認識可能性が高い
情報については,それに接する者としても,ある程度の秘密管理のための客観的措
置が施されていることを認識できれば,容易にその秘密性を感得,認識できるので
あり,他方,営業秘密について一定程度以上の秘密管理体制をとっているならば,
事業者が法の保護を求めるための合理的な自助努力として必要十分と解すべきだか
らである。
  すなわち,秘密管理性の要件については,当該秘密自体の性質を考慮し,
また,当該秘密が問題となる場面に応じて,相対的にとらえることが必要である。
(6) 背信的悪意者論
  被控訴人Cにおいて,派遣就業情報が秘密であることを熟知していること
は明らかである。派遣就業情報が秘密であることを熟知している者が,その情報に
秘密であることの形式的表示のないことをもって法により保護されるべき秘密に該
当しないなどと強弁することは許されない。被控訴人Cに上記要件の欠缺を主張す
る資格はないと解すべきである。
(7) まとめ
  控訴人は,派遣就業情報が秘密であり,これを秘密として管理する意思を
有し,かつ,現実に上記の秘密管理体制をとっていた。
  そして,実際,このような管理体制は,業務上の必要に応じて一定程度社
内における自由な情報の流通を可能とするとともに,反面,派遣就業情報に対し,
本社社員であっても業務上の必要もないのにみだりに,また,無秩序にアクセスす
ることを禁じ,外部に対しては,極めて厳重な管理を行うものであって,法的保護
に値する十分な秘密管理体制であると評価できる。
  さらに,控訴人の本社社員において,派遣就業情報が営業秘密ではないな
どとの誤った認識を有している者は過去にも現在にも皆無であり,翻って,そもそ
も,健全な通常の社会常識を身につける者であれば,本件において,派遣就業情報
が営業秘密であることを認識していない,あるいは認識できないなどということ
は,あり得えないというべきである。
2 保有者から示された営業秘密
(1) 派遣先決定・買単価・売単価決定の経緯
  控訴人においては,①多額の費用をかけて派遣社員の募集を行い,②募集
に集まった者を人事担当者と営業社員が面接し,③履歴書及び面接結果をもとに営
業社員が派遣先を検討して,従来から関係のある,あるいは新規の派遣先に打診
し,④特定の応募者を特定の派遣先に派遣する場合の売単価・買単価を営業社員が
検討し,⑤派遣先において応募者の面接を行い,⑥控訴人代表者がその売単価・買
単価の決裁を行い,⑦採用となれば,控訴人と派遣先との間で派遣契約を,控訴人
と応募者(派遣社員)との間では雇用契約を行うものである。このように,特定の
応募者を,どのような派遣先に派遣するか,その売単価・買単価をどのように設定
するかは,控訴人の一連の活動の中で決定される。
(2) マッチングの重要性
  上記の過程の中で,人材派遣業にとって最も重要な活動は,③④⑤の過程
である。派遣先から派遣の要請があったとしても,その要請に適応する人材がいな
ければ派遣に至らない。他方,応募者ないし派遣社員が,派遣を希望していても,
受入れ先である派遣先の要求がなければ,派遣に至らない。それゆえ,派遣先から
要請があったときに派遣先の要求にあった派遣社員を抱えているというタイミング
こそが派遣契約成立にとり重要なのであって,人材派遣業がマッチング業務と呼ば
れるゆえんである。
(3) 控訴人の努力
  このように,人材派遣業においては,タイミングが重要であるから,控訴
人においては,どこの派遣先に,どの派遣社員を派遣するかについて,営業社員全
員で,毎日,打ち合わせを行い,マッチングを検討するのである。被控訴人Cは,
この③④⑤の活動に関与していたが,営業社員全員と協力して行っていたもので,
独自に行っていたものではない。
  マッチングには,多数の派遣社員の存在が前提となるところ,控訴人の派
遣社員は,控訴人の多額の費用をかけた募集広告により集まるのである。さらに,
マッチングのためには,募集してきた応募者の技能・希望等を把握する必要があ
り,そのために履歴書を検討し,面接を行う。この情報入手過程でも,総務人事担
当者による努力がなされている。しかも,本件派遣先も,被控訴人Cが独自に新規
開拓したものではなく,控訴人との間で古くから取引のある派遣先や被控訴人Cが
入社する以前からアプローチしていた派遣先ばかりである。そして,被控訴人Cが
担当していた派遣社員の売単価・買単価等の情報を検討し,提案することはあると
しても,決定するのはあくまで控訴人代表者である。
(4) まとめ
  このように,派遣社員と派遣先を結びつけ,売単価・買単価を決定するの
は,控訴人の一連の営業活動であり,その情報を控訴人が保有することはいうまで
もない。また,これ以外の派遣社員の個人情報は,控訴人の募集に応じて控訴人に
提出した履歴書記載の内容であり,派遣社員が控訴人に開示したものであり,営業
社員に開示したものではなく,控訴人が保有し,かつ管理する情報なのであって,
職務上営業社員が知ったからといって,営業社員が自ら取得した情報ではない。
  したがって,派遣就業情報は,控訴人が保有するものであり,被控訴人C
は,控訴人からこれを示されたものにほかならない。
3 被控訴人Cについて
(1)図利加害目的
ア 被控訴人Cの退職理由―本件不正競争の動機
 被控訴人Cは,平成9年9月,「多幸梅」での飲み会のあとに,控訴人
の女性社員を執拗に誘った。これを目撃した控訴人代表者は,被控訴人Cを注意し
た。控訴人においては,社内の風紀及び人事状態が乱れるのを防ぐため,既婚者の
男性社員が女性社員と交際してはならないこととしており,日頃から代表者より注
意がなされていた。被控訴人Cは,これに反して,平成8年3月14日に再婚した
にもかかわらず,これに従う様子でなかった。業を煮やした控訴人代表者は,数時
間後に被控訴人Cの自宅に電話をしたところ,未だ同人が帰宅していなかったの
で,厳重注意の意味を込めて,電話口の妻に「もう会社に来なくていいと伝えるよ
うに。」と申し伝えた。被控訴人Cは,自分のしたことの悪性を棚上げにして,控
訴人代表者のことを異常な性格であると決め付け,退職を考えるとともに,控訴人
代表者に対して強い害意を持つに至った。
イ 被控訴人Cの派遣社員・派遣先に対する行為
  被控訴人Cは,このような強い害意から控訴人を退職することを決意
し,遅くとも平成10年1月には,競業会社への就職が内定しているのに,これを
控訴人に秘したまま同年4月まで就労を続け,その間に,自己が就職する被控訴人
会社へ派遣社員を引き抜き,派遣契約を移転するよう巧妙かつ計画的な策を講じ
た。
  被控訴人Cは,まず,自己の職務上の地位を利用して,同人が担当して
いる派遣社員がどこの派遣先に行っているか,その売単価が幾らか,その買単価が
幾らかという情報を控訴人に知られないようにメモ等に取って社外に持ち出し,派
遣社員に面談に赴いた際,自分の担当していた派遣社員に対して,自分が控訴人を
退職し,被控訴人会社に就職する予定であること,被控訴人会社では控訴人よりも
いい条件で就業できることを述べた。派遣社員は,派遣先が変わらないで,良い条
件に変更してもらえるなら,喜んで被控訴人会社への移転を希望する。他方で,被
控訴人Cは,自分が担当していた派遣先に対して,自分が控訴人から被控訴人会社
に転職するにあたり,自分が担当する派遣社員は自分について被控訴人会社に移転
する予定であり,現在の派遣社員が一斉に辞める予定であると申し向けた。派遣先
は,派遣社員が一斉に辞められると業務に支障が生じるので,被控訴人Cに善処を
求めた。これに対して,被控訴人Cは,被控訴人会社を派遣先に紹介し,被控訴人
会社と派遣先とが派遣契約を結ぶように打診した。派遣先としては,現在就労して
いる派遣社員がそのまま就労してもらえるのであれば,派遣元が変わってもかまわ
ないので,被控訴人Cからの打診を承諾した。
  被控訴人Cは,一方で,派遣社員には「派遣先はそのままで,派遣元だ
け移る。そうすると,給料等が上がる。」と言いながら,他方,派遣先には「派遣
社員が一斉に辞める。」という矛盾した内容を言っているのである。派遣先に「一
斉に辞める」と言うのであれば,派遣社員には「派遣先は移ることになるが,派遣
元を控訴人から被控訴人会社に変われば条件が良くなる」と言うべきはずのところ
を「派遣先はそのままでいられる」と述べている。逆に,派遣社員に「派遣先はそ
のままで」と言うのであれば,派遣先には「派遣社員は辞めませんのでご安心下さ
い。」と言うべきところを「派遣社員が一斉に辞める」と述べているのである。
  被控訴人Cは,このような詐術行為によって,派遣社員に対しては被控
訴人会社への移転の動機付けをし,かつ,派遣先に対しては被控訴人会社との派遣
契約の動機付けをした上で,これらの派遣社員について自分がメモ等した売単価・
買単価を,被控訴人会社に開示して,派遣社員との雇用契約の交渉及び派遣先との
派遣契約の前提として使用させた。
ウ 図利目的
 上記の派遣契約の移転は,「不正の競業」(不正競争防止法2条1項7
号)の結果そのものである。そして,被控訴人Cは,自分が担当する派遣社員の売
単価・買単価の情報をもとに,派遣契約の移転に向けて上記行為を行ったのであ
り,実質的にみても,自己が就職する予定の,あるいは就業中の被控訴人会社の売
上を上げ,ひいては,被控訴人会社での地位・給料を有利にする旨の目的を有して
いたのであり,「不正の競業…目的」を有していたことは確実であり,図利目的が
あったといわざるを得ない。
エ 加害目的
  派遣契約が移転すると,被控訴人会社の売上が上がる反面,控訴人の売
上が減ることは当然であるから,被控訴人Cは,控訴人の売上を減少させる目的が
あったといえる。上記の被控訴人Cの害意をかんがみれば,控訴人の経営状態を悪
化させる積極的意図があったとしても,何ら不思議ではない。
(2) 使用・開示
 ア 被控訴人Cは,平成10年1月以降,自分の担当していた派遣社員に対
して,①自分が控訴人を退職し,被控訴人会社に就職する予定であること,②被控
訴人会社では控訴人よりもいい条件で就業できることを述べ,移籍を勧誘し,他
方,自分が担当していた派遣先に対して,③自分が控訴人を退職し,被控訴人会社
に就職する予定であること,④派遣社員が一斉に辞める可能性があることを申し向
け,⑤被控訴人会社と派遣契約を結ぶよう被控訴人会社又は同社従業員を紹介し,
その際,被控訴人会社に対し,重要な営業秘密である派遣就業情報(控訴人の派遣
社員がどの派遣先に派遣されているか,その派遣料金,派遣社員の控訴人からの給
与等の条件)を開示し,⑥自分が控訴人を退職して被控訴人会社に就職した後は,
派遣先に対し被控訴人会社と派遣契約をするよう交渉した。
   被控訴人会社は,被控訴人Cから開示された情報を使用して,被控訴人
Cと共同して,⑦派遣社員を自社に移籍させ,⑧従前の派遣先との間で従前の売単
価とほぼ同額で派遣契約を締結した。
  被控訴人Cは,上記のとおり,図利目的及び加害目的をもって,元本社
社員である同人が控訴人在職中に知った派遣社員に関する派遣就業情報を使用し
て,控訴人の従業員である派遣社員22名(P,Q,R,S,T,D,U,V,
W,X,Y,H,Z,I,α,J,K,β,L,G,E及びF。以下,名を省略
し,氏のみで表示する。)を引き抜き,被控訴人会社に就職させるとともに,被控
訴人会社と派遣先との間で派遣契約を締結させて,当該派遣社員を被控訴人会社か
ら従前の派遣先企業に派遣した。
 イ 上記⑤後段の行為が営業秘密の開示にあたること
   遅くとも⑤の段階において,被控訴人Cは,被控訴人会社に対して,控
訴人の派遣社員の派遣先・売単価・買単価等を開示している。そうでなければ,⑦
⑧の交渉に移行できない以上,この段階で開示があったことは疑いようがない。
 ウ 使用
  (ア) 派遣先との交渉における営業秘密の使用 
 ⑧の派遣契約を締結するためには,派遣先との間で派遣料金を据え置
いたまま,あるいは多少減額して,被控訴人会社との間で派遣契約を締結するよう
交渉する必要がある。その交渉の糸口は,被控訴人Cの④の行為である。派遣先と
しては,一度に数人の派遣社員が辞められると困るので,当然に交渉に応じること
になる。そして,⑤の段階において,被控訴人会社の従業員は,被控訴人Cから開
示された現在の売単価を前提として,派遣先と交渉するのである。この交渉に,直
接又は間接的に被控訴人Cも関与する。このような交渉を経て⑧の派遣契約に至
る。現在の売単価を前提とすることなく,当該契約交渉はあり得ないのであり,そ
の意味で,従前の売単価を前提した契約交渉は使用にあたる。
(イ) 派遣社員との交渉における営業秘密の使用
 被控訴人Cは,控訴人よりも被控訴人会社の方がいい条件となると述
べている。派遣社員としては,現在の仕事はそのままで,派遣元が変わって条件が
良くなるのであれば,移籍を希望するのは当然である。そして,上記派遣先との交
渉がまとまった段階で,派遣社員との間で,正式に給料等の条件を交渉することに
なる。この段階においても,現在の給料が分からなければ交渉のしようがない(派
遣社員が現在の給与を正確に被控訴人会社に述べるという保障はない。)。被控訴
人Cの紹介であり,当然,被控訴人会社は現在の給与額が分かっており,現在の給
与よりも上がると思うからこそ,本当の給与額を前提に交渉がなされるのである。
それゆえ,被控訴人Cの直接的関与と被控訴人Cから開示された現在の買単価なく
して,移籍の交渉はあり得ない。この意味で,派遣社員との雇用契約の交渉段階に
おいて,被控訴人らが共同して営業秘密(現在の給与額)を使用しているといえ
る。
(3) 不正競争防止法2条1項7号該当性
 ア 被控訴人Cは,控訴人に就業中に,人材派遣業において最も重要な秘密
を競業会社である被控訴人会社の利益のために開示し,被控訴人会社と共同して使
用したものであり,まさに不正競争防止法2条1項7号の典型的場面である。
イ 被控訴人Cの行為の著しい信義則違反
 人材派遣業は,取り扱う対象が労働者であり,派遣先が優秀な人材を求
めてさまざまな派遣業者と取引を行うため,シェアの取り合いが熾烈であるから,
従業員は,他の業種以上に,競業会社に加担してはならないという信義則上の義務
を負っている。しかるに,被控訴人Cは,自己が女性にだらしない行為をしておき
ながら,控訴人代表者に注意されたことを逆恨みして害意を生じ,当該義務に反し
て,控訴人に就業中に,自己が担当する派遣社員・派遣先に対して,詐術を用い
て,自己の転職する被控訴人会社への移転を動機付け,そのうえで,競業会社に転
職するとともに,控訴人の本社社員として業務上知った買単価・売単価を被控訴人
会社に開示して,この情報を前提に被控訴人会社に交渉させたという,計画的かつ
悪質なものであった。その結果,控訴人は,引き抜かれた派遣社員による利益すべ
てを失い,他方,被控訴人会社は,その利益すべてを得たのである。このような行
為が許されるならば,人材派遣業を営む会社は,営業担当社員の引抜き,イコー
ル,シェアの獲得ということになり,ひいては,人材派遣業全体の公正な競争を著
しく害する結果となり,現在の流動的な労働関係にとり必要不可欠となっている人
材派遣業の発展を妨げる結果を生ずる危険がある。
ウ まとめ
 被控訴人Cのした行為は,著しい信義則違反の行為であり,職業選択の
自由及び営業の自由を尊重したとしても,このような行為まで自由になし得るもの
ではなく,不正競争防止法違反として責任を負わなければならない。
 (4) 差止請求,損害賠償請求
 ア 不正競争行為の継続・反復のおそれ
  被控訴人Cは,現在も,本件営業秘密が記載された書面等を所持してお
り,被控訴人らは,今後,共同して,これを使用して派遣社員へのいわゆる引抜き
行為,派遣先への派遣契約締結をするおそれがある。
  控訴人が損害賠償の対象としている派遣社員22名について,被控訴人
らが不正競争防止法2条1項7号及び8号に該当する行為を行ったことからすれ
ば,上記派遣社員22名以外の派遣社員についても,被控訴人らが,これらの者に
関する営業秘密を被控訴人会社の営業に利用し,又はこれを開示するおそれがあ
る。
イ 営業上の利益の侵害されるおそれ
  被控訴人会社への引抜き行為,派遣契約の奪取により,直接的に,売単
価すなわち売上がなくなるのであり,今後もこのような不正競業行為が行われる可
能性がある以上,営業上の利益の侵害されるおそれは当然に存在する。
ウ 違法性
  控訴人に対する背信性の高いこと,その方法が悪質かつ計画的であるこ
と,損害が重大であること,動機も反道徳的であること,社会的影響の大きいこと
からして,被控訴人Cの行為は,著しい信義則違反の行為であり,職業選択の自由
及び営業の自由の観点から導かれる自由競争の原理を十分しん酌したとしても,到
底正当化されるものではない。
エ 故意・過失
  被控訴人Cは,控訴人代表者に害意を持ち,控訴人に損害を加える目的
をもって,本件不正競争行為に及んでいるのであって,当然,故意を有する。
  そして,被控訴人Cの不正競争防止法2条1項7号該当行為と後記被控
訴人会社の同項8号該当行為とは,共同してなされたものであり,共同行為によっ
て,控訴人の損害が生じたことから,民法719条により,被控訴人会社は被控訴
人Cと連帯して損害賠償請求責任を負う。
4被控訴人会社について
(1) 悪意・重過失
 前記3(2)に記載のとおり,被控訴人Cは,遅くとも⑤派遣先に対して被控
訴人会社を紹介した際,被控訴人会社に対し,重要な営業秘密である派遣就業情報
を開示した。
 被控訴人会社は,被控訴人Cと共同で,開示により知った売単価・買単価
を使用して,派遣社員を引き抜き,かつ,控訴人と派遣先との契約を終了させ,こ
れと同様の内容の派遣契約を締結しようとして,営業秘密を取得した。
 したがって,被控訴人会社は,被控訴人Cが図利加害目的,特に不正競業
目的で開示していることを当然知っている。
(2) 営業秘密の使用
  被控訴人会社は,被控訴人Cから開示された本件営業秘密を使用し,⑦上
記派遣社員22名を雇用し,⑧従前の派遣先との間で従前の派遣料金とほぼ同額で
派遣契約を締結した。
(3) 不正競争防止法2条1項8号該当性
  被控訴人会社の行為は,不正競争防止法2条1項8号の不正競争行為に該
当する。
  被控訴人会社は,競業会社の営業社員であることを知りつつ,被控訴人C
の採用を決定し(遅くとも平成10年1月),さらに,控訴人のシェアを奪うこと
になることを認識しながら,控訴人の派遣先及び派遣社員の買単価・売単価の開示
を受けて,これを利用して交渉をし,控訴人の派遣社員・派遣先であることを知り
ながら,就職面接において被控訴人会社代表者が面談し,派遣社員として採用し,
その派遣先と派遣契約を締結した。同行為は,控訴人に打撃を与えることを十分知
りつつ,自己の利益のためだけに,被控訴人Cの就業中の派遣社員・派遣先への動
機付け等についても熟知して,被控訴人Cと共同してなされたものであり,社会通
念上,シェア拡大のための営業行為として許される限度を逸脱している。その結
果,被控訴人会社は,被控訴人Cの移籍前(平成10年4月)には,人材派遣業の
営業実態がなかったにもかかわらず,平成10年8月には,50人もの派遣社員を
獲得し,平成13年には年商10億円を超えるほどになっているのであり,多額の
利益を控訴人から奪った。
(4) 差止請求,損害賠償請求
 ア 前記被控訴人Cに対する差止請求と同様,不正競争行為の継続・反復の
おそれ,営業上の利益の侵害されるおそれ,違法性が存する
 イ 被控訴人会社は,故意又は過失により,上記に述べた不正競争行為を行
い,営業上の利益を侵害し,控訴人に後記損害を生じさせたのであり,不正競争防
止法4条により,損害賠償責任を負う。
   そして,前記被控訴人Cの不正競争防止法2条1項7号該当行為と被控
訴人会社の同項8号該当行為とは,共同してなされたものであり,共同行為によっ
て,控訴人の損害が生じたことから,民法719条により,被控訴人会社は被控訴
人Cと連帯して損害賠償請求責任を負う。
5被控訴人Cの履行責任及び債務不履行責任(1)又は不法行為責任(1),被控訴
人会社の不正競争防止法による責任
仮に,本件情報が不正競争防止法2条1項7号の保護を受け得ない営業秘密
であるとしても,被控訴人Cは,誓約書及び就業規則により,契約上の守秘義務を
負担しており,被控訴人Cのした本件情報の使用・開示行為は,契約上の守秘義務
に違反したものとして,被控訴人Cは,控訴人に対し,債務不履行責任又は不法行
為責任を負うものというべきである。
そして,被控訴人会社は,本件情報について,被控訴人Cが契約上の守秘義
務に違反して開示するものであることを知って,若しくは重大な過失により知らな
いで本件情報を取得し,その取得した本件情報を使用したものであるから,上記被
控訴人会社の行為は,不正競争防止法2条1項8号に規定する不正競争行為に該当
する。
6 被控訴人Cの債務不履行責任(2)又は不法行為責任(2),被控訴人Cと被控訴
人会社との共同不法行為責任
  (1) 被控訴人Cの誠実義務
    企業の従業員は,使用者たる企業に対し,雇用契約に付随する信義則上の
義務として,就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し,使用者の
正当な利益を不当に侵害してはならない義務(以下「誠実義務」という。)を負
い,従業員が上記誠実義務に違反し,企業に対し損害を与えた場合には,雇傭契約
上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づいて上記損害を賠償する義務があると
いうべきである。
    企業の従業員は,退職後といえども,使用者たる企業に対し,雇用契約に
付随する信義則上の義務として,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない
義務を負い,従業員が上記誠実義務に違反し,企業に対し損害を与えた場合には,
雇傭契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づいて上記損害を賠償する義務
があるというべきである。
    被控訴人Cは,その在職中は営業社員であり,①新規派遣社員の派遣先へ
のマッチング,②すでに派遣した派遣社員と派遣先との契約継続のための調整が主
な業務であった。②の業務のためには,自己が担当する派遣社員の要望を聞き,派
遣社員との間の意思疎通を図り,控訴人と派遣社員との契約をできるだけ継続する
よう努力するとともに,派遣先と派遣社員との間にトラブルが発生すれば,これを
解決し,あるいは,他の派遣社員を派遣先に派遣し,元の派遣社員を他の派遣先に
派遣することにより,また,給与面について不満があるということであれば,控訴
人において昇給の手続を取ることにより,職場が合わないというのであれば,派遣
先の移動を検討することにより,より適切なマッチングを図ることが,任務であっ
た。それゆえ,被控訴人Cは,派遣社員の他社への転籍希望を知ったならば,控訴
人会社の利益維持のために転籍を思いとどまるよう対処すべきであり,また,派遣
先が派遣契約移転を希望しておれば,控訴人会社の利益維持のために移転を思いと
どまるよう対処すべき任務を負っている。
    したがって,これに反して,営業社員として,自ら積極的に,担当する派
遣社員に対して競業会社への転籍を動機付ける行為,派遣先に対して派遣契約移転
を動機付ける行為は,上記任務違背行為であり,誠実義務違反である。
    ところで,従業員は,職業選択の自由があり,転職先の条件等を比較考慮
して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することができ,上記判断は尊重され
なければならない。
    したがって,従業員の引抜き行為が単なる転職の勧誘にとどまるなど,そ
の手段・方法・態様等が社会的に相当であると認められる限りは,自由で公正な活
動の範囲内として違法性を欠くとしても,その勧誘の態様が企業経営に重大な影響
を及ぼすような一斉かつ大量の従業員を対象とするものであったり,あるいは,引
抜きをしようとする従業員が業務上開示された有益な情報等を利用したり,詐術を
用いたりするなど,その引抜き行為が単なる転職の勧誘の域を超え,社会的相当性
を逸脱した不公正な方法で行われた場合には,引抜き行為を行った従業員は雇傭契
約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行責任又は不法行為責任を負うも
のというべきである。
    また,被控訴人Cは,信義則上の義務としてだけでなく,誓約書及び就業
規則上の義務としても誠実義務を負担しており,派遣社員の引抜き行為,派遣契約
の被控訴人会社への移転行為が社会通念を逸脱し著しく信義則に反する場合,雇傭
契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行責任又は不法行為責任を負う
ものというべきである。
  (2) 被控訴人会社の責任
自由競争といえども,違法な行為に関与するなど,正当な競争行為の範囲
を逸脱して競業者の営業に対する妨害行為を行うことは許されず,競業者に対し,
不法行為責任を負う。
  (3) 被控訴人らの行為
   ア 光洋精工株式会社
     被控訴人Cは,控訴人の営業社員でありながら,その在職中に,派遣先
に定着している光洋精工株式会社(以下「光洋精工」という。)の派遣社員Zにつ
いて,控訴人に虚偽の報告をして,競業会社である被控訴人会社と共同して被控訴
人会社に移籍させ,控訴人の派遣契約を終了させて控訴人の利益を奪ったのであ
り,誠実義務違反の責任を負う。
     被控訴人Cは,控訴人の営業社員でありながら,その在職中に,派遣先
に定着している光洋精工の派遣社員H,W,U,Y,I,V及びXの7名につい
て,競業会社である被控訴人会社と共同して計画的に派遣社員を被控訴人会社に移
籍する準備をし,控訴人の派遣契約を終了させる準備をしたうえ,業務上知った有
用な情報である派遣就業情報を利用し,退職意思のない派遣社員に移籍を働きかけ
て控訴人からの退職を動機付け,他方,派遣先には「派遣社員が一斉に辞める可能
性がある。」などと言うなどの詐術を用い,社会的相当性を逸脱した勧誘をし,退
職後において,その派遣社員7名を,自己が就職した被控訴人会社に移籍させ,控
訴人の派遣契約を終了させて,控訴人の利益を奪ったのであり,誠実義務違反の責
任を負う。
     被控訴人会社は,被控訴人Cの上記行為を認識しながら,被控訴人Cと
共謀の上,被控訴人Cの行為を利用して,競争関係にある控訴人から,計画的に上
記派遣社員8名を移籍させ,派遣先との派遣契約を移転させ,もって多大な利益を
奪ったのであり,正当な競争行為の範囲を逸脱しており,不法行為責任を負う。
   イ 有限会社アレスクリエイション
     被控訴人Cは,平成10年1月,2月までの間に,被控訴人会社への移
籍の勧誘を目的として,有限会社アレスクリエイション(以下「アレスクリエイシ
ョン」という。)のK,β及びLに対し,控訴人を辞めるということを話し,被控
訴人会社に移籍すれば,待遇が良くなる,控訴人が派遣社員を商品扱いしているな
どと述べて,控訴人から被控訴人会社への移籍を勧誘し,アレスクリエイションの
代表者に対して,「Cはサンワコーポレーションを退職する。K,β,Lは辞めた
いと述べている。」と述べた。アレスクリエイションの代表者は,被控訴人Cから
被控訴人会社の営業担当者であるN進(以下「N」という。)を紹介され,Nから
被控訴人会社が同女らを引き取りアレスクリエイションへの派遣を継続する旨言わ
れた。同女らは,いずれも控訴人を平成10年3月20日に退職し,翌21日,被
控訴人会社に就職し,控訴人とアレスクリエイションとの派遣契約も同年3月20
日に終了し,翌21日,アレスクリエイションと被控訴人会社との間で派遣契約を
締結した。
     被控訴人会社代表者は,同年2月末,被控訴人Cと被控訴人会社従業員
Nが連携して,アレスクリエイションのKら上記3名を,派遣先をアレスクリエイ
ションとして,被控訴人会社に移籍させることを知りながら,これを了承し,派遣
社員の移籍・派遣契約の締結を行った。その際,派遣社員との雇用契約,派遣先と
の派遣契約において,被控訴人Cから,売単価・買単価について開示を受けてこれ
を使用したことは確実である。なお,Nの紹介の際,すでに誰がどこに派遣されて
いるかという情報について,被控訴人Cが被控訴人会社従業員Nに対して開示して
いることは当然である。
     したがって,被控訴人Cは,控訴人の営業社員でありながら,その在職
中に,派遣先に定着しているアレスクリエイションの派遣社員K,β及びLについ
て,控訴人に虚偽の報告をして,競業会社である被控訴人会社と共同して上記派遣
社員3名を被控訴人会社に移籍させ,控訴人の派遣契約を終了させて控訴人の利益
を奪ったのであり,誠実義務違反の責任を負う。
     被控訴人会社は,被控訴人Cの上記行為を認識しながら,被控訴人Cと
共謀の上,被控訴人Cの行為を利用して,競争関係にある控訴人から,計画的に派
遣社員3名を移籍させ,派遣先との派遣契約を移転させ,もって多大な利益を奪っ
たのであり,正当な競争行為の範囲を逸脱しており,不法行為責任を負う。
   ウ 光洋リンドバーグ
     Gは,平成9年7月に控訴人に就職し,同年9月1日から,光洋リンド
バーグに派遣されていたところ,被控訴人Cは,控訴人退職後間もないにもかかわ
らず,特に個人的に親しくもなかったGに対して,自己の保有する派遣就業情報を
使用して,給与増額を提示しつつ,何ら退職意思のないGに移籍を勧誘し,もっ
て,自らの手配により派遣先をそのままにGを移籍させ,控訴人の派遣契約を終了
させて控訴人の利益を奪ったのであり,誠実義務違反の責任を負うものというべき
である。
     また,被控訴人会社は,被控訴人Cの上記行為を認識しながら,被控訴
人Cと共謀の上,被控訴人Cの行為を利用して,競争関係にある控訴人から,Gを
移籍させ,派遣先との派遣契約を移転させ,もって控訴人の多大な利益を奪ったの
であるから,自由競争の範囲を逸脱しており,不法行為責任を負う。
   エ その他
     住友金属,株式会社テクノシーエー(以下「テクノシーエー」とい
う。),高松建設株式会社(以下「高松建設」という。),日本コムシンクらの派
遣先の各派遣社員についても,同様の方法により移籍を勧誘して移籍させ,もっ
て,誠実義務違反の行為もしくは不法行為を行ったことは明らかであるというべき
である。
(4)まとめ
被控訴人Cの上記各義務違反において,被控訴人Cが移籍させ,又はその
準備行為をした派遣社員は大量であり,業務上知った有用な情報である派遣就業情
報を利用しており,退職意思のない派遣社員に移籍を働きかけて控訴人からの退職
を動機付け,他方,派遣先には「派遣社員が一斉に辞める可能性がある。」などと
詐術的方法を用いており,社会的相当性を逸脱している。そして,派遣先と派遣社
員を同時に奪い取る行為は,派遣元の会社の存立を脅かしかねない重大な結果をも
たらす悪質な行為である。
被控訴人会社は,被控訴人Cの引抜き行為によって作出された違法な状態
を認識し,被控訴人Cと共謀の上,上記違法状態を利用し,競争関係にある控訴人
からシェアを奪い,利益を得る目的で,派遣社員を自社に移籍させ,従前の派遣先
との間で従前の派遣料金とほぼ同額で派遣契約を締結し,控訴人の従業員22名を
雇用し,派遣先8社との間の派遣契約を移転させ,控訴人に損害を与えた。同行為
は,正当な競争行為の範囲を逸脱した控訴人の営業に対する妨害行為というべきで
ある。
したがって,被控訴人らは,控訴人に対し,同不法行為によって控訴人に
生じた損害を連帯して賠償する義務がある。
(5) 控訴人の雇用条件が悪いとの点について
  被控訴人の主張のうち,法律違反,脱法行為,不法利益があったとの主張
は,民訴法157条1項に基づく時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべき
である。また,禁反言の原則により,被控訴人Cが担当者として決めていた買単価
価額を法律違反であると主張することはできない。
7 損害
 (1) 控訴人の損害賠償請求の損害額算定の対象となる派遣社員は,訴えの変更
により損害賠償の対象として追加したD,G,E及びF,原判決で被控訴人会社に
就職した者として認定された派遣社員18名(原審で損害額の主張をしていなかっ
たGを含む。)のほか,当初から損害額算定の対象としていたJとの合計22名と
なる。控訴人が被った損害は,派遣社員22名(P,Q,R,S,T,D,U,
V,W,X,Y,H,Z,I,α,J,K,β,L,G,E及びF),派遣先7社
(住友金属,光洋精工,テクノシーエー,高松建設,アレスクリエイション,光洋
リンドバーグ及び日本コムシンク)に関する平成14年6月7日までの逸失利益の
合計1億7112万9589円(別表Aの表Ⅰ-1記載のとおりに弁護士費用15
00万円及び無形損害3000万円を加えた2億1612万9589円であり,そ
の範囲内である1億3846万4155円及び内1億2482万5142円(上記
内金請求している賠償額1億3846万4155円を,従前から損害賠償を請求し
ている派遣社員18名に関する逸失利益損害額1億5427万1962円と損害賠
償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損害額1685万6627円との
割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する損害
内金請求額としたもの)に対する訴状送達の日の翌日である平成11年2月9日か
ら,内金1363万9013円(上記内金請求している賠償額1億3846万41
55円を,上記括弧書と同様の割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣社
員4名に関する損害内金請求額としたもの)に対する本件訴えの変更等申立書送達
の日の翌日である平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による
遅延損害金(別紙「内金請求額一覧表」中請求①欄記載のとおり)の請求が認めら
れるべきである。
 (2) 仮にそうでないとしても,口頭弁論終結時の平成14年7月26日までの
損害は逸失利益の合計1億4414万3854円(別表Bの表Ⅰ-1記載のとお
り)に弁護士費用1500万円及び無形損害3000万円を加えた1億9814万
3854円であり,その範囲内である1億3846万4155円及び前同様の遅延
損害金の請求が認められるべきである。
 (3) 仮に上記の請求が認められない場合には,次のとおりの損害及びこれに対
する遅延損害金を予備的に主張する。
   すなわち,被控訴人会社に移籍した派遣社員がその後被控訴人会社も派遣
先も辞めている旨被控訴人らが主張した派遣社員9名(Q,R,S,D,W,β,
L,G及びE)について当該被控訴人らの主張が認められた(ただし,W,G及び
Eの3名が被控訴人会社も派遣先も辞めていることについては控訴人はこれを争わ
ない。)場合の予備的請求として,別表Aの表Ⅰ-2「口頭弁論終結時」欄記載の
損害額1億4209万8121円と弁護士費用1500万円及び無形損害3000
万円を合計した損害合計1億8709万8121円の内金である1億3846万4
155円及び内金1億2877万9708円(前記内金請求している賠償額1億3
846万4155円を,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する
逸失利益損害額1億3215万9508円と損害賠償を追加請求した派遣社員4名
に関する逸失利益損害額993万8613円との割合で比例按分し,従前から損害
賠償を請求している派遣社員18名に関する損害内金請求額としたもの)に対する
前同の平成11年2月9日から,内金968万4447円(前記内金請求している
賠償額1億3846万4155円を,上記括弧書と同様の割合で比例按分し,損害
賠償を追加請求した派遣社員4名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前
同の平成14年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金に
ついて損害賠償を請求する(別紙「内金請求額一覧表」中請求②欄記載のとおり。
もっとも,控訴の趣旨としての請求は内金1億2482万5142円に対する前同
の平成11年2月9日から,内金1363万9013円に対する前同の平成14年
5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求である。)。
 (4) 口頭弁論終結時までの逸失利益が認められない場合の予備的主張として,
同別表Aの表Ⅰ-1「3年分の損害額」欄記載の損害額1億3241万5870円
と弁護士費用1500万円及び無形損害3000万円を合計した損害合計1億77
41万5870円の内金である1億3846万4155円及び及び内金1億236
4万6443円(前記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,従前
から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する逸失利益損害額1億1824
万5414円と損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損害額14
17万0456円との割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣社
員18名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成11年2月9日
から,内金1481万7712円(前記内金請求している賠償額1億3846万4
155円を,上記括弧書と同様の割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣
社員4名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成14年5月17
日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の請求を主張する(別紙
「内金請求額一覧表」中請求③欄記載のとおり。もっとも,控訴の趣旨としての請
求は内金1億2482万5142円に対する前同の平成11年2月9日から,内金
1363万9013円に対する前同の平成14年5月17日から,各支払済みまで
年5分の割合による金員の支払請求である。)。
 (5) さらに,被控訴人会社に移籍した派遣社員がその後被控訴人会社も派遣先
も辞めている旨被控訴人らが主張した派遣社員9名(Q,R,S,D,W,β,
L,G及びE)について当該被控訴人らの主張が認められ(ただし,W,G及びE
の3名が被控訴人会社も派遣先も辞めていることについては控訴人はこれを争わな
い。),かつ,口頭弁論終結時までの逸失利益が認められない場合の予備的主張と
して,同別表Aの表Ⅰ-2「3年分の損害額」欄記載の損害額1億1120万18
77円と弁護士費用1500万円及び無形損害3000万円を合計した損害合計1
億5620万1877円の内金である1億3846万4155円及び内金1億27
84万6907円(前記内金請求している賠償額1億3846万4155円を,従
前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する逸失利益損害額1億026
7万5064円と損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損害額8
52万6813円との割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣社
員18名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成11年2月9日
から,内金1061万7248円(前記内金請求している賠償額1億3846万4
155円を,上記括弧書と同様の割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣
社員4名に関する損害内金請求額としたもの)に対する前同の平成14年5月17
日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について損害賠償を請求す
る(別紙「内金請求額一覧表」中請求④欄記載のとおり。もっとも,控訴の趣旨と
しての請求は内金1億2482万5142円に対する前同の平成11年2月9日か
ら,内金1363万9013円に対する前同の平成14年5月17日から,各支払
済みまで年5分の割合による金員の支払請求である。)。
(被控訴人ら)
 1 本件情報の管理体制
 (1) 秘密管理性の法的解釈
    本件情報は,派遣社員のプライバシーに属する個人情報であるため,労働
派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(平
成11年法律第84号による改正後のもの。以下「労働者派遣法」という。)にお
いて,派遣元企業に適切な管理が義務づけられている(労働者派遣法24条の3,
4。労働省告示137号の2の10)。
    派遣会社が本件情報のような派遣社員の個人情報を管理することは,派遣
社員のプライバシー保護の見地から法が要求していることであり,どの派遣会社で
も適正な管理をすることは当然のことである。これをもって営業秘密として管理し
ていることにはならない。
    本件情報のような派遣社員の個人情報について安易に秘密管理性を認めて
営業秘密として保護することは,派遣社員の自由な転職,移籍の機会を奪い,同業
者間の自由競争を阻害し,その結果,派遣社員の労働条件を悪化させ,労働者派遣
法が強く保障している派遣社員の保護の趣旨を没却することになる。
  よって,本件情報の営業秘密としての秘密管理性の要件は,他の情報に比
して,厳格に解釈されねばならない。
(2) 本件情報の管理状況
  本件情報の管理状況は,一般的な態様にすぎず,不正競争防止法の営業秘
密としての秘密管理性の要件を充足していない。
  ア 本件情報が記載されている控訴人の内部文書や上記文書が保管されてい
るキャビネットの扉にマル秘の表示が一切なされていなかった。
  イ 控訴人においては,営業活動上有用な情報から営業秘密を選定して特定
するために,企業においてごく一般的に設置される委員会等の組織も存在しない。
  ウ 営業秘密規程,企業秘密規程等を制定するという形での,ごく一般的な
管理手段もとられていない。
  エ 本件情報は,役職を問わず,内勤の従業員であれば誰でも日常の業務の
中で取り扱っている情報であって,情報へアクセスする者が特段に限定されていな
い。
  オ 本件情報は,キャビネットに保管されていない「派遣移動報告書」,
「営業日報」等にも記載されていることからも明らかなとおり,日常業務の中で日
々発生する一般的な業務上の情報にすぎない。
  カ 本件情報をメモ等に書き留めることなど一切禁止されていなかった。ほ
とんどの営業マンは,本件情報を手帳等にメモして日常の仕事を行っており,メモ
なくして円滑に営業の仕事をすることがおよそ困難なことであった。
  キ 本件情報は,同業他社が派遣社員や派遣先企業から容易に聞き出せる情
報であって,その性質上,営業秘密として管理することに親しまない情報である。
  ク 入社時において,控訴人が主張するような厳重な指導など一切行われて
いなかった。従業員のアンケートの回答者の大部分は,被控訴人Cが退職以後に控
訴人に入社した者であり,控訴審で提出した証拠は,いずれも被控訴人C在職当時
の本件情報の管理状況を証明するものではなく,本件訴訟以後に控訴人が急きょ本
件情報の管理体制を改めたことを示している。
 ケ日常業務における指導,訓戒等の中で,被控訴人Cは,本件情報が秘密
であるという話など一切聞かされたことはなかった。本件情報が機密事項であるこ
とが周知徹底されていたという控訴人の主張は,全くの虚偽の主張である。
  コ履歴書原本を自分の席の上に放置しないよう徹底指導していたというこ
とも一切ない。派遣契約が成立するまでの間は,履歴書原本は営業マンの机の上に
置かれているのが日常の状況であった。
  サ 外部からの電話の際に,派遣社員の派遣先企業を教えないのは事実であ
るが,これは,控訴人が主張するような配慮からではない。派遣社員は,金融機関
からローンをする際に派遣元企業を勤務先にしている場合がほとんどであり,不用
意に外部からの電話で派遣先企業を教えると派遣社員に迷惑がかかることにもなる
ため,それを教えないだけである。
  シ派遣先企業への派遣社員の個人情報の開示については,労働者派遣法の
規制は厳格であって,派遣社員を特定することを目的とする行為が禁止されてお
り,派遣先企業が派遣社員と事前に面接することも禁止されている(労働者派遣法
26条7項。労働省告示第138号の第2の3,4)。控訴人が独自の様式の「経
歴書」を作成しているのは,労働派遣法でこのような規制があるからにほかならな
い。
  ス 営業マンは,日常,営業本来の仕事をしているのであって,オフコンを
操作したり,キャビネットからファイルを出し入れする必要もない。そのための補
助者として営業事務担当者(女性社員)がいるから,営業マンは,営業事務に指示
して書類の出し入れ等をさせているのである。
  セ 給与,賞与等の査定資料は,個人のプライバシーに属するものであっ
て,上記取扱いに一定の配慮をするのは,どこの会社でもなされている当然のこと
である。営業秘密として管理するためのものではない。
 (3) 相対的な秘密管理性論
   労働者派遣法における個人情報の管理義務は,派遣社員のプライバシー保
護のためのものである。これに対し,不正競争防止法の営業秘密の要件である秘密
管理性は,営業秘密を保有している企業を保護するための要件であり,全く立法趣
旨を異にし,各管理の実態,程度等につき同列に議論すべきではない。本件情報の
ような派遣社員の個人情報について,安易に秘密管理性を認めて営業秘密として保
護するようなことになれば,派遣社員の自由な就職の機会を奪い,また同業者間の
自由競争を阻害し,ひいては派遣社員の労働条件を悪化させてしまうことにもな
る。労働者派遣法において,人材派遣業が個人情報のプライバシー保護を求められ
ている業種という特殊性からみて,本件情報のような人材派遣業における個人情報
については,プライバシー保護のための管理と峻別するため,控訴人主張とは逆
に,秘密管理性の要件に必要とされる客観的措置は,厳格に解釈されるべきであ
る。
 (4)背信的悪意者論
   被控訴人Cは,本件情報が秘密であることを熟知などしていない。よっ
て,控訴人が主張する背信的悪意者論は失当である。
2 被控訴人Cの履行責任及び債務不履行責任(1)又は不法行為責任(1),被控訴
人会社の不正競争防止法による責任
 (1) 本件情報は,単なる一般的な業務上の情報にすぎず,誓約書や就業規則に
いう機密事項に該当しない。
   また,被控訴人Cは,本件情報を使用も開示もしたことがない以上,被控
訴人Cに対する守秘義務の不履行に基づく請求は認められない。
(2) 控訴人は,被控訴人Cの行為が契約上の守秘義務に違反すれば,本件情報
が営業秘密の要件を充足していない場合でも,被控訴人会社の行為は不正競争防止
法2条1項8号に該当すると主張するが,これは明らかに同号の解釈を誤ってい
る。すなわち,同号の不正開示行為の客体が営業秘密である以上,同法2条4項の
各要件(非公知性,有用性,秘密管理性)を充足しない限り,同号に該当すること
はあり得ない。
3 被控訴人Cの債務不履行責任(2)又は不法行為責任(2),被控訴人Cと被控訴
人会社との共同不法行為責任
  (1) 誠実義務の内容について
   ア 控訴人は,営業社員たる被控訴人Cには,同人の退職予定を契機として
他社への転籍を希望する派遣社員に対し,これを思いとどまるよう対処すべき義務
まで含まれているかのごとく主張する。
     しかしながら,以下の理由により,通常の企業においてさえ,このよう
な義務は,従業員の誠実義務の内容となり得ない。
     職業選択の自由(転職の自由)は,憲法上保障されている権利であっ
て,通常の企業においても最大限に保障されなければならない。誠実義務の内容と
して,自ら退職の意思を有している被控訴人Cのような立場の従業員に対し,控訴
人が主張するような義務を課することは,とりもなおさず退職を希望している双方
の従業員の転職の自由(転職先の条件等を比較考慮して自由な判断に基づいて転職
を決定する自由)を奪う結果となる。
     ましてや,厳格な規制の下で認可されている労働者派遣業においてはな
おさらである。すなわち,①派遣社員が,通常の企業の従業員に比べて,劣悪な雇
用条件の下で就労することを余儀なくされている現実にあること,②派遣社員保護
の見地から,労働者派遣法が厳格な規制を加えて転職の自由を最大限に保障してい
ること(派遣社員の雇用制限の禁止に関する同法33条,労働者派遣の期間に関す
る同法35条の2,40条の2等),③派遣社員の場合,憲法22条及び職業安定
法2条の趣旨から二重登録さえ認められるべきとする見解が有力であることからし
て,控訴人の主張するような義務は,労働者派遣業の営業社員の誠実義務の内容と
なり得ない。
     営業社員にこのような義務を課し,自ら移籍を希望している派遣社員に
対し,移籍を思いとどまるよう強く働きかけさせることは,派遣社員の転職の自由
を不当に奪い,ひいては労働条件が劣悪な下で労働を強いることを意味する。これ
は,まさに派遣社員の保護の見地から労働者派遣事業に種々の規制を加えている法
の趣旨にも反することになる。
     以上のとおり,誠実義務の内容に関する控訴人の上記主張は,派遣社員
の転職の自由を無視して,派遣社員を隷属させてまで派遣元企業の利益を守るべき
であるとの発想に立脚した,労働者派遣法の趣旨を大きく逸脱した主張であるとい
わなければならない。
  (2) 被控訴人Cが引抜き行為をしていないこと
   ア 派遣社員が移籍するに至った背景
     派遣社員が移籍するに至った背景は,①定着性が予定されていない労働
者派遣業の特殊性,②控訴人の雇用条件が同業他社と比較して悪いこと,③被控訴
人Cが,派遣社員からの信頼が厚い担当者であったことである。
   (ア) 労働者派遣業の特殊性
      労働者派遣業は,長い間法律で禁止されてきたが,近年,社会的需要
から労働者派遣法により厳格な規制の下で認可されるようになった。
      労働者派遣法は,派遣社員保護の見地から,1年を超える派遣契約や
派遣元企業において派遣先が派遣社員を雇用することを禁止する契約をいずれも禁
止し(同法33条,35条の2,40条の2),派遣元企業が派遣社員を長期間拘
束することを基本的に認めていない。
      派遣社員は,賞与も有給も社会保険もない不安定な立場にあり,その
関心事は,給与(買単価)等の雇用条件であり,多くの派遣社員は,定着性がな
く,登録中であっても,より有利な雇用条件を求めて他社へ面接に行き,契約期間
中であっても別の派遣会社へ移籍しているのである。
      さらに,控訴人が損害(被侵害利益)として主張する売単価と買単価
の差額の中には,労働基準法等に違反した違法行為や脱法行為による利益も含まれ
ているのである。
      以上のとおり,労働者派遣法の上記各規定,業界における派遣社員の
現状,控訴人の利益の中に違法行為や脱法行為による利益も含まれていることを考
えれば,控訴人と派遣先との契約関係から生じる利益は,派遣社員の転職の自由等
の関連においては,強く保護すべき性質の利益といえない。控訴人の主張は,派遣
元企業の利益のみを強調するものであって,派遣社員の保護の観点を看過し,労働
者派遣法や労働基準法等の法律の趣旨にも反し不当である。
    (イ) 控訴人の雇用条件が悪いこと
      控訴人においては,同業他社に比べて,派遣社員の雇用条件が悪く,
毎月5~10名の派遣社員が退職する状況にあった。
      控訴人は,①買単価を同業他社よりも不当に低く設定し,②労働基準
法等に違反して,多くの派遣社員に残業等の割増賃金を支給せず,割増賃金を支給
する場合であっても,法定の算定基準を無視して違法に安くし,③脱法行為によっ
て,多くの派遣社員を社会保険に加入させない等により,違法,不当に利益を上げ
ていたのである。
      そして,異常な性格の持ち主である控訴人代表者のワンマン経営の影
響もあって,派遣社員以外の本社社員も入退社が激しかった。
     a 控訴人の派遣社員の類型
       控訴人の派遣社員は,契約社員と正社員待遇の派遣社員とに分類さ
れるが,大部分は契約社員で,正社員待遇の派遣社員は全派遣社員の1割程度にす
ぎない。本件派遣社員22名中,17名は契約社員で,正社員待遇の派遣社員は
U,V,X,Z及びαの5名にすぎない。さらに,契約社員には,業務委託契約を
締結している者と雇用契約を締結している者の2種類があり,本件契約社員17名
のうち,P,R,T,D,H,I,J,K,β,L,G及びEの12名は前者の契
約社員であり,Q,S,W,Y及びFの5名は後者の契約社員である。
       契約社員の場合は,派遣先との契約が終了すれば原則として控訴人
との契約も終了し,賞与や通勤交通費を支給されず,有給休暇もない。このうち,
雇用契約を締結している者は,社会保険に加入し,控訴人が保険料の半分を負担す
るのに対し,業務委託契約を締結している者は,社会保険に加入できない。
       なお,正社員待遇の派遣社員の場合は,派遣先との契約が終了して
も,控訴人に引続き雇用され,社会保険に加入し,賞与や通勤交通費を支給され,
有給休暇もある。
     b 社会保険法又は職業安定法違反
       控訴人は,社会保険料の負担を免れるため,実質は雇用契約関係で
あるにもかかわらず,大部分の契約社員とは業務委託契約を締結するという脱法行
為をしていた。
       すなわち,契約社員である派遣社員といえども雇用契約関係がある
以上,社会保険への加入が義務づけられおり,その保険料の半分は事業主である控
訴人が負担することが義務づけられている(厚生年金保険法82条1項,健康保険
法72条等)。しかし,控訴人は,実質は雇用契約関係があるにもかかわらず,契
約社員とは雇用契約ではなく,業務委託契約を締結することを採用の基本方針とす
ることで,つまり脱法行為をすることによって,多額の社会保険料の負担を免れて
いたのである。これは,厚生年金保険法,健康保険法等違反である。
       仮に業務委託契約を締結していた契約社員の中に,実質的にも業務
委託契約関係にある者が含まれていたとすれば,控訴人は,自ら雇用しない労働者
を派遣する「労働者供給事業」をしていたことになる。これは,職業安定法44条
で禁じられている犯罪行為(同法64条8項)であり,その利益を取得することは
労働基準法6条違反である。
     c 労働基準法違反
   使用者は,労働者に,残業については2割5分以上の割増賃金を,
休日出勤については3割5分以上の割増賃金を支払わなければならない(労働基準
法37条,労働基準法第37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低
限度を定める政令)にもかかわらず,控訴人は,法律に違反して,契約社員のうち
の多くの者に対し,残業等による割増賃金を支給しなかった。Eなどは,残業,休
出時額が通常時額よりも安く設定されていた。
   法律に違反した算定基準により,残業等による割増賃金を違法に安
く抑えていた。すなわち,労働基準法37条,労働基準法施行規則21条により,
割増賃金は,「家族手当」,「通勤手当」,「別居手当」,「子女教育手当」,
「住宅手当」,「臨時に支払われた賃金」,「1箇月を超える期間ごとに支払われ
る賃金」を除外した金額を,算定の基礎にしなければならないにもかかわらず,控
訴人は,上記以外の「業務手当」,「精勤手当」,「特別手当」も「基準外給与」
として,これらの手当を違法に算定の基礎から除外し,残業による割増賃金を違法
に安く抑えていた。
   Xの平成10年7月の給与では,本給28万4280円から家族手
当8000円を除外した27万6280円を算定の基礎にし,控訴人所定勤務時間
の166時間で割った1664円が残業割増賃金の算定の基礎となる時額である
(同規則19条4号)。この時額に2割5分の割増をした時額2080円に残業時
間44.5時間を乗じた9万2560円が法律が規定する最低の残業手当の金額であ
る。にもかかわらず,控訴人は,残業手当を6万2968円(時額1415円)し
か支給しないことで,2万9592円も違法に利得していたのである(Xについ
て,光洋精工から平日時間外時価単価5200円に残業時間44.5時間を乗じた2
3万1400円が残業代として別途支払いされている。)。
       控訴人は,雇入れの日から6か月間継続勤務し全労働日の8割以上
出勤した契約社員には,最低10日の,1年増加するごとに1日を増やした日数の
有給休暇を付与する義務を負っているにもかかわらず,契約社員全員に対し,有給
休暇を一切与えなかった。これは,労働基準法39条違反である。
     控訴人は,正社員待遇の派遣社員の時間外労働等に対しては,形式
的には労働基準法所定の割合による割増賃金を支給していたが,実質は,法律上は
基準給与にしなければならない各手当を基準外給与として算定の基礎から除外する
ことで,割増賃金の支給金額を安く抑えていた。これは,労働基準法37条,同法
施行規則21条違反である。
     d 控訴人が不当に利益を搾取していたこと
   控訴人は,派遣料金(売単価)に対し,派遣社員の基本給(買単
価)を不当に安く抑えることで,利益を上げていた。
光洋精工に派遣されていたIの売単価は月額60万0400円,通
勤定期代2万3570円であるのに対し,Iの給与(買単価)は通勤費用も含めて
37万円であり,控訴人は売単価の4割以上の粗利益を得ていた。
   Xは,33歳(平成9年6月)当時,妻と子3人がいたにもかかわ
らず,毎月の給与の手取りが18万5000円程度であった。Xは,控訴人から借
金をしなければ生活することができず,アルバイトをして生計を立てていた。
控訴人は,一部の正社員待遇の派遣社員には退職金を支給していた
が,その金額を不当に安く抑えることで,利益を上げていた。控訴人は,約11年
間勤務していたXに30万9400円の退職金しか支給しなかった。
       控訴人は,派遣先から別途支払いされている派遣社員の時間外労働
等に対する割増代金について,派遣社員に支給する割増賃金を不当に安く抑え,派
遣社員が残業や休日出勤等をすればするほど,時間外労働等に対する割増代金から
不当に利益を上げることが可能であった。正社員待遇の派遣社員であるVの場合,
派遣先の光洋精工は,控訴人に,時間外につき時額4940円,深夜につき時額6
080円,休日につき時額5510円,休日深夜につき時額6650円の割増代金
を支払っていた。しかし,控訴人は,Vに,時間外につき時額1355円,深夜に
つき時額1626円,休日につき時額1463円,休日深夜につき時額1734円
の割増賃金しか支給しなかった。契約社員のWの場合も,派遣先の光洋精工は,控
訴人に,時間外につき時額4940円,深夜につき時額6080円,休日につき時
額5510円,休日深夜につき時額6650円の割増代金を支払っていた。しか
し,控訴人は,Wに,時間外につき時額2880円,深夜につき時額3544円,
休日につき時額3210円(基本時額2215円×1.45),休日深夜につき時額
3880円(基本時額2215円×1.75)の割増賃金しか支給しなかった(契約
社員の場合,正社員待遇の派遣社員の場合と異なり,基本時額に派遣先が支払う割
増率を乗じた額が控訴人から支給されていた。)。
       控訴人は,光洋精工から別途支払いされている交通費についても,
契約社員に対しては一切交通費を支給しない扱いにより,不当にこれを搾取して利
益を上げていた。
    (ウ) 被控訴人Cが,派遣社員からの信頼が厚い担当者であったこと
  派遣社員の担当者は,派遣社員の日常の不満を聞いたり,雇用条件等
の相談に乗ったりする立場にあり,この点,被控訴人Cは,従来の担当者とは違
い,派遣社員の不満をよく聞き,希望をよく聞き入れたため,派遣社員からの信頼
が厚かった。PやXは,被控訴人Cにより給与を上げてもらう等の恩恵を受けてい
た。
   イ 被控訴人Cは親しい派遣社員に退職話をしたにすぎないこと
  (ア) 引抜き行為とは,退職意思もない社員に対し,雇用条件を説明した
り利益誘導をする等して,転職を動機付けさせる行為をいうところ,被控訴人C
は,このような行為をした事実はない。
    控訴人は,被控訴人Cが計画的に派遣社員を移籍させたかのごとく主
張するが,この主張は,証拠に基づかない,控訴人代表者が控訴人設立の際に利益
誘導を用いて派遣社員を引き抜いた体験や推測に基づくものにすぎない。本件の派
遣社員の移籍は,被控訴人Cの退職を契機とした,派遣社員らの自発的な意思によ
るものである。
   被控訴人Cは,派遣社員に対して近々控訴人を退職するかもしれない
旨話しただけである。その話も,被控訴人Cが担当する派遣社員120名(原判決
添付の別紙目録参照)のうち親しい5名の派遣社員に対してだけである。具体的に
は,アレスクリエーションに派遣されていたK,β及びL,住友金属に派遣されて
いたP,光洋精工に派遣されていたXに雑談等の中で退職を考えていると話したに
すぎず,被控訴人Cは,同人らに対しても,移籍を働きかけたりしていない。被控
訴人Cが,在職中にアレスクリエーションに派遣されていたK,β及びLの3人,
光洋精工に派遣されていたZに,被控訴人会社のNを紹介したのは,すでに自発的
な退職を示している者に対し,単に転職先の一つとして紹介しただけのことである
から,社会的に相当な行為である。被控訴人Cの退職話を聞いたK,β及びLは,
被控訴人Cが控訴人を退職するかもしれない旨聞き,不安感を抱き,自分たちも退
職を希望する旨述べた。Kらは,被控訴人Cの紹介で控訴人に就職した者であり,
被控訴人Cと信頼関係があったから,被控訴人CがKらに退職話をすることも,同
女らが,被控訴人C退職後の控訴人に在籍することに不安感を抱くのも当然であ
る。被控訴人Cが営業担当者となってから,PやXは,給与が上昇する等の恩恵を
受けたのであるから,被控訴人Cが退職すれば,控訴人ではこれ以上の待遇改善が
望めなくなるのではないかと感じるとともに,もし被控訴人Cが同業他社に行くこ
とになり,これに付いていけば,今以上に悪くなることはないだろうし,待遇改善
も望めるのではないかという漠然とした期待感を抱いた。そして,PやXのこのよ
うな期待感は,住友金属や光洋精工に派遣されていた他の派遣社員に伝わってい
き,住友金属や光洋精工の派遣社員ら全体が期待感を抱く雰囲気になっていったの
である。
(イ) 以上のとおり,被控訴人Cの退職の話が,結果として,直接又は間
接的にその話を聞いた派遣社員の移籍を動機付けることになったとしても,その移
籍は,派遣社員の自発的意思に基づくというべきものである。被控訴人Cから移籍
を勧誘したわけではない以上,被控訴人Cの行為を引抜き行為と解する余地はな
い。
  また,派遣社員が従前の派遣先に継続して就業することになったの
は,派遣先の方から強く希望されたからであり,被控訴人Cが派遣先に働きかけた
からではない。
   ウ その他の派遣社員移籍の経緯は,被控訴人Cの退職話とは全く無関係で
ある。
    (ア) Zについて
      光洋精工に派遣されていたZは,平成10年2月末ないし3月初旬
頃,被控訴人Cの退職と関係なくすでに退職を強く決意しており,Zの方から自発
的に被控訴人会社へ移籍した。
    (イ) αについて
      テクノシーエーに派遣されていたαは,被控訴人Cの移籍から約半年
後,自分から被控訴人会社に面接に来て,同社に移籍した。αが被控訴人会社に面
接に来たのは,控訴人の雇用条件が悪く,これに不満を抱いていたからである。
    (ウ) Jについて
      高松建設に派遣されていたJは,控訴人を退職(平成10年3月31
日)後,約4か月間別の仕事(コンビニエンスストアーでアルバイト)をしなが
ら,自分から被控訴人会社に面接に来て,同社へ移籍した。
    (エ) E及びFについて
      日本コムシンクに派遣されていたE及びFは,被控訴人C退職後,後
任の営業担当者ともめて,控訴人を退職しようとしたため,派遣先が被控訴人Cに
懇願して,移籍に至った。
      なお,Eが控訴人を退職した時期は,被控訴人Cの移籍の約1年後の
平成11年4月30日である。
 (3) 被控訴人Cの行為は社会的相当性があり適法であること
 ア 従業員は,憲法22条の職業選択の自由が保障され,転職先の条件等を
比較考慮して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することができるのであり,
この判断は最大限尊重されねばならない。とりわけ,賞与も有給も社会保険も保障
されない不安定な立場にある派遣社員の転職,移籍の自由は,通常の企業のそれと
比べ,特に強く保障されねばならない。以上からすれば,派遣社員の移籍について
は,著しく社会的相当性を逸脱した不公正な方法という違法性の要件も,通常の従
業員の場合と比して,厳格に解されなければならない。
   著しく社会的相当性を逸脱した不公正な方法であり違法と評価するため
には,例えば,勧誘の態様が会社の存立を危うくするような一斉かつ大量の従業員
を対象とし,幹部従業員がその地位,影響力を利用して,会社の将来性といった本
来不確実な事項についてこれを否定する断定的判断を示したり,会社の経営方針と
いった抽象的事項についてこれに否定的な評価をしたり,批判したりする等し,計
画的に,また,あからさまな利益誘導をして勧誘するなどの事情が必要である。
 イ 被控訴人Cは,派遣社員の移籍について,著しく社会的相当性を逸脱し
た関与をしていない。
   被控訴人Cが,派遣社員の移籍に何らかの関与をしたとしても,その手
段,方法,態様が著しく社会的相当性を逸脱しない限りは,上記関与は自由で公平
な活動の範囲内として適法である。
  (ア) 本件派遣社員の移籍が計画的に進められたものではないこと
    被控訴人Cは,控訴人退職に向けて就職活動をし,被控訴人会社に就
職が決まるとすぐに,控訴人に退職の意思表示をした。ところが,退職の意思表示
をした直後,被控訴人Cは,控訴人から,思いもかけず,次長職にするとの話を持
ち出されたため,数日間,控訴人を退職すべきか否か真剣に迷った。この時期に至
って迷っている事実は,とりもなおさず,本件移籍が計画的に進められたものでな
かったことの現れである。被控訴人Cが退職の意思表示から正式な退職までに16
日間も要した事実は,本件移籍が計画的に進められたものでなかったことを裏付け
ている。
 (イ) 被控訴人Cは利益誘導をしていないこと
   単なる転職の勧誘は,社会的相当性を逸脱しない限り適法である。
   控訴人には当時400名を超える派遣社員がいたにもかかわらず,被控
訴人Cから利益誘導を受けた者やこれを拒絶した者が誰一人として出ていないこと
は,被控訴人Cがあからさまな利益誘導をして引抜き行為をしていないことを示し
ている。
 (ウ) 被控訴人Cは名誉毀損的な言辞をしていないこと
   被控訴人会社に移籍した派遣社員誰一人としてそのような事実を述べて
いないことからも,上記主張が事実でないことは明らかである。
 (エ) 被控訴人Cは派遣先企業と具体的な交渉をしていないこと
  被控訴人Cが,派遣先企業に対し,売単価・買単価を始めとする派遣契
約についての具体的交渉を何もしていない。派遣社員の派遣先が,従前と同一の企
業であるのは,派遣先企業が一定の経験と技術を有する派遣社員に辞められると困
るため,被控訴人Cに派遣を続けてほしいと懇願してきた結果にすぎない。被控訴
人Cからの積極的な働きかけによるものではない。
 (エ)控訴人に多大な損害を与えたとはいえないこと
   控訴人が主張する損害(被侵害利益)の中には,違法,不当な利益が含
まれており,しかも本件においては,1年弱という期間に,400名を超える派遣
社員のうち,わずか22名(うち12名は,控訴人と雇用契約さえ締結していない
者である。)が移籍したにすぎず,その22名には,被控訴人Cの移籍と全く無関
係に移籍した者が多数含まれている。そして,①控訴人は,被控訴人C担当の派遣
社員だけでも,毎月5~10名程度が退職していくのが日常茶飯事であり,上記程
度の移籍は,控訴人にとって通常の状況であること,②控訴人自身,22名の移籍
では,一般管理費さえほとんど変化しない,つまり会社の経営に全く影響を及ぼさ
ない程度にすぎないと認識していること,③派遣社員の補充は,一般の正社員と比
較して容易であり,現に控訴人は,毎月一定数の新しい派遣社員を雇用し補充して
いることからして,22名の派遣社員が移籍しても,控訴人にとって重大な影響を
及ぼしたとはいえない。これをもって,控訴人の存立を危うくするような一斉かつ
大量の移籍と評価することはできない。
 (オ) 被控訴人Cは退職後は誠実義務を負わないこと
   雇用契約上の義務は,契約の終了とともに消滅する。退職後まで誠実義
務を課することは,退職者の職業活動の自由を奪ってしまうことにもなる。したが
って,被控訴人Cは,退職後は,控訴人に対し誠実義務を負わない。
   派遣社員22名のうち18名は,被控訴人C退職後に,被控訴人会社に
移籍したのであるから,これらの者の移籍について,被控訴人Cの誠実義務違反は
問題にならない。
   被控訴人CがGを勧誘した時期は,平成10年8月末ないし9月頃であ
り,被控訴人Cが控訴人を退職してから約5か月も後のことである。従業員は退職
後,その一切の法律関係から解放され,在職中の人間関係をその後自らの営業活動
のため利用することは原則として自由である以上,被控訴人Cの勧誘は適法であ
る。そして,その勧誘態様も,G一人を対象に,会社を否定,批判する等の詐術も
脅迫も用いておらず,具体的な金額等の条件も示さず,単に給与を増額するとして
誘っただけである。Gは,この話を受け,自発的に被控訴人会社に面接に赴き,同
会社の雇用条件に納得して移籍した。被控訴人CのGに対する行為は,控訴人退職
後の転職の勧誘にすぎず,その手段,方法,態様も社会的に相当であり,自由競争
として適法である。
  (4) まとめ
    被控訴人Cの行為は,以上のとおり適法であり,誠実義務に違反していな
い。
    被控訴人会社は,自由競争の範囲内で,派遣社員の自発的な移籍を受け入
れたにすぎないから,共同不法行為が成立する余地はない。
第4 争点に対する判断
 1 本件情報の営業秘密性について(原判決記載争点1)
  (1) 本件情報の内容,有用性及び非公知性については,原判決17頁8行目か
ら21頁9行目までに記載のとおり認められるから,これを引用する。
    弁論の全趣旨によれば,本件情報は,派遣社員に関する情報(現住所,電
話番号,生年月日,職務経歴等),すなわちプライバシー情報と派遣社員個々の派
遣就業に関わる情報(具体的派遣先,派遣単価,派遣就業先での業務内容,派遣社
員個人の給料等),すなわち派遣就業情報からなることが認められる。
  (2) 本件情報の秘密管理性について(原判決記載争点1(二))
   ア 証拠(甲3,21,22,107~110,112,114,115,
117~124,乙9,証人γ,同δ,控訴人代表者,原審被控訴人C。なお,書
証のうち枝番号のあるものは,特に断らない限り,枝番号を全て含む。以下同
じ。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
    (ア) 誓約書,就業規則等
      各従業員は,誓約書(甲3)において,「貴社及び取引先の機密は一
切他に洩らさぬ事」を厳守する旨誓約しており,また,就業規則(甲22)にも,
「在職中は勿論のこと,退職または解雇された者も,自己の担当であるなしにかか
わらず,会社の業務上の機密事項及び会社の不利益となる事項を他にもらさないこ
と」(39条(5))との定めを置いている。そして,「入社時ガイダンス」や先輩に
よる指導においても,売単価・買単価は,機密事項であり外部に漏らしてはならな
いことが指導されており,派遣社員の秘密保持について,本社社員から派遣社員に
対して極めて厳重な注意がなされていた。
    (イ) オフコンによる管理
      派遣就業情報は,昭和63年からオフコンにより集中管理され,平成
7年に3代目の機械が導入された。オフコンを起動させるには鍵が必要であるが,
この鍵は,被控訴人C在籍当時も現在も,総務事務担当の女性社員が保管してお
り,それ以外の者がオフコンを起動させることはできない。オフコンの操作方法に
ついては,限定した者にしか教えておらず,それ以外の者は,オフコンが起動状態
であっても,オフコンを操作することができない。このオフコンの設置場所は,オ
フィス内で死角になる位置であり,また,内部の者からしても男性社員は近づく必
要のない位置となっている。
    (ウ) 書類の保管
      派遣先に対する請求書は,オフコンから出力して作成され,現在の正
確な売単価が記載されており,請求書保管用のキャビネットに,施錠の上,保管さ
れている。派遣先と控訴人との契約書は,現在の正確な売単価が記載されており,
契約書保管用のキャビネットに,施錠の上,保管されている。控訴人から派遣社員
に対する給与明細書は,オフコンから出力して作成され,給与明細書保管用のキャ
ビネットに,施錠の上,保管されている。また,年末調整関係書類は,同書類保管
用のキャビネットに施錠の上保管されている。現在の正確な売単価・買単価が記載
されている書面として,常時存するのは,これらの書面のみであり,オフコンの後
ろのキャビネットに入れられ,履歴書保管用のキャビネットとは別に施錠の上,厳
重に保管されており,管理責任者も総務事務担当の二人となっており,これらの書
面は,営業社員は自由に見ることができなかった。
      履歴書保管用のキャビネット内には,履歴書,派遣社員からの聴取事
項を記載した調書,職務経歴書,誓約書,身元及び連帯保証書,住民票,通勤経路
報告書,控訴人と派遣社員との間の契約書,その他の書類が保管されており,調書
には,就職時及び派遣先移動時の売単価・買単価がメモ書きで記載されている。し
かし,その後に派遣料改定,給料改定があっても,売単価・買単価を記載した書類
をファイルに入れたり,あるいは売単価・買単価の記載を修正したりせず,現在の
売単価・買単価を正確に反映していない。派遣移動報告書,営業日報にも,派遣先
が決まった時,又は派遣先が移動となった時の売単価・買単価が記載されるが,そ
の後に派遣料金改定,給料改定があった場合には,稟議書等により処理されてお
り,派遣移動報告書,営業日報には記載されず,現在の売単価・買単価を正確に反
映していない。営業社員は,営業時間中,履歴書保管用のキャビネット内の書類や
派遣移動報告書,営業日報を自由に見ることができたが,現在の正確な売単価・買
単価を知る必要がある場合には,営業事務のオフコン担当の女性社員に尋ね,オフ
コンから必要な情報を打ち出してもらう必要があった。
      派遣就業情報が記載されている書面のうち,一時的に作成される昇給
査定資料,賞与査定資料及び契約社員単価改定表(甲110)は,派遣社員の昇給
を定めるため,役職者のみが出席して会議を行う際,会議の席上で配布され,会議
が終了すると,内部の者が漏らすことのないように,回収しシュレッダーにかけて
廃棄されていた。派遣先に派遣候補者の生の履歴書を提示することはなく,生の履
歴書から,住所等の連絡先などのプライバシー特定事項等を削除した控訴人独自の
様式の「経歴書」を作成してこれを提示することにしていた。控訴人代表者は,被
控訴人C在職中,他の営業担当社員が営業活動に派遣社員の履歴書原本を持ち出し
たことを他の社員の面前において強く叱ったことがあった。
      派遣就業情報が記載されている文書や上記文書が保管されているキャ
ビネットの扉には,マル秘の表示がされていなかった。
    (エ) 外部からの電話に対する対応
      外部から派遣社員あてに電話がかかってきたような際も,直ちに派遣
社員の派遣先を教えることはせず,いったん電話を切り,改めて確認の上,派遣社
員自身から連絡するように周知徹底させていた。
    (オ) 事務所への出入り
      事務所入り口の鍵であるカードキーは,社長のほか重要なポジション
にある4名の従業員(θ課長〔以下「θ課長」という。〕,被控訴人C,ω〔以下
「ω」という。〕,O)のみが所持を許されている。事務所内に外部の者が訪れた
場合には,受付において応対し,女性社員が応接室等に案内することとなってお
り,カウンター内に本社社員以外の者が入ることはできない。特に,派遣社員に売
単価・買単価を知られてはならず,それゆえ,派遣社員をカウンター内に入れては
ならないことは,「入社時ガイダンス」や入社教育において厳しく教育されてい
た。
   イ 人材派遣業において,派遣先が一般の業種でいうところの特定の得意先
顧客に該当し,買単価が一般の業種でいうところの原価に該当し,売単価が一般の
業種でいうところの特定の顧客に対する販売価格に該当し,これらの情報を外部に
漏らしてはならないものであることは,その性質上あまりにも当然であり,控訴人
従業員にとってもいわば常識に属する事柄であったと考えられ,各従業員は,誓約
書において,「貴社及び取引先の機密は一切他にもらさぬ事」を厳守する旨誓約し
ており,また,就業規則にも,「在職中は勿論のこと,退職または解雇された者
も,自己の担当であるなしにかかわらず,会社の業務上の機密事項及び会社の不利
益となる事項を他にもらさないこと」との定めが置かれ,「入社時ガイダンス」や
先輩による指導においても,売単価・買単価が機密事項であり外部に漏らしてはな
らないことが指導されており,派遣社員の派遣先における秘密保持の遵守につき本
社社員から派遣社員に対して極めて厳重な注意がなされていたことに照らしても,
派遣就業情報,特に売単価・買単価が外部に漏らしてはならない企業秘密であるこ
とを認識していたということができる。そして,派遣就業情報は,オフコンで集中
管理され,業務時間外は施錠され起動できない状況となっており,また,派遣就業
情報が記載された契約書,請求書控え,給与明細書控えについては,履歴書等の書
面と異なり,場所的に隔離されたキャビネット内に施錠の上保管され,直接にオフ
コンあるいは契約書,請求書控え,給与明細書控えに接することのできる従業員も
限定されており,営業担当社員が派遣就業情報を知る必要がある場合には,オフコ
ン操作の許された女性社員に尋ねるという管理がなされていた。
     このような管理体制は,情報に接する機会のある社員に対し,派遣就業
情報が営業秘密であることを認識できる客観的措置であるといえ,秘密として管理
されていたといえる。
     派遣就業情報が記載されている文書や上記文書が保管されているキャビ
ネットの扉にマル秘の表示がされていなかったことや,営業社員が営業時間中に派
遣就業情報が記載されている履歴書保管用のキャビネット内の書類や派遣移動報告
書,営業日報を自由に見ることができ,これらを営業活動に使用していたことは,
派遣就業情報を外部に漏らしてはならないことが従業員に認識されていて,前記の
とおりこれに相応する情報管理体制がとられていたといえる以上,当該秘密管理上
の控訴人の管理責任の程度に影響を及ぼす事情ではあっても,派遣就業情報の秘密
管理性そのものを否定し得るまでのものではない。
 2 被控訴人Cの不正競争防止法2条1項7号該当行為,被控訴人会社の同8号
該当行為の有無について(原判決記載争点2,3)
  (1) 本件情報は,被控訴人Cが保有者から示されたものか。
    証拠(甲26~33,181~235,証人γ,控訴人代表者,原審被控
訴人C)及び弁論の全趣旨並びに基礎となる事実によれば,控訴人の事業におい
て,①多額の費用をかけて派遣社員の募集を行い,②募集に集まった者を人事担当
者と営業社員が面接し,③履歴書及び面接結果をもとに営業社員が派遣先を検討し
て,従来から関係のある,あるいは新規の派遣先に打診し,④特定の応募者を特定
の派遣先に派遣する場合の売単価・買単価を営業社員が検討し,⑤派遣先において
応募者の面接を行い,⑥控訴人代表者がその売単価・買単価の決裁を行い,⑦採用
となれば,控訴人と派遣先との間で派遣契約を,控訴人と応募者(派遣社員)との
間で雇用契約ないし業務委託契約をそれぞれ行い,特定の応募者を,どのような派
遣先に派遣するか,その売単価・買単価をどのように設定するかが控訴人の一連の
活動の中で決定されることが認められ,これと弁論の全趣旨とからすれば,本件情
報の保有者は,控訴人であるということができる。
    しかしながら,被控訴人Cが本件情報の保有者である控訴人から,本件情
報の包括的内容ないし個々の具体的内容を示された個別具体的態様を明らかにさせ
る証拠はない。
    仮に,被控訴人Cが業務を遂行する過程で自己の担当する派遣社員22名
(P,Q,R,S,T,D,U,V,W,X,Y,H,Z,I,α,J,K,β,
L,G,E及びF)についての本件情報の一部を個々的に知ることがあったことに
より当該情報を示されたと推認し得る余地があるとしても,本件情報は,原判決添
付別紙目録記載のとおり,平成10年12月18日現在のものであるから,少なく
とも,被控訴人Cが業務を遂行する過程で売単価・買単価を知る余地はなく,当該
情報を示されたとは推認し得ない。
  (2) 被控訴人Cは,本件情報を使用,開示したか。
   ア 証拠(甲20,47,52~54,56~58,101,102,13
0,137,138,151,152,乙3,4,9,13,15~17,証人
γ,同P,同X,同δ,同G,控訴人及び被控訴人会社各代表者,原審及び当審被
控訴人C)及び弁論の全趣旨並びに基礎となる事実によれば,次の事実が認められ
る。
     控訴人代表者は,既婚者の男性社員と女性社員との交際を禁止して日頃
から注意していたところ,平成9年9月,被控訴人Cが飲食店「多幸梅」で行われ
た本社社員の懇親会の終了後に女性社員を飲み(2次会)に誘っているのを目撃し
たので,その場で被控訴人Cに「そんなことをせずに,早く帰るように。」と声を
かけ,数時間後に被控訴人Cの自宅に電話をしたところ,未だ帰宅していなかった
ことから,電話口の被控訴人Cの妻に「もう会社に来なくていい。健康保険証を送
り返すように。」と伝言した。
     被控訴人Cは,営業職の正社員であり,新規派遣社員の派遣先の開拓,
調整,マッチング及び既に派遣した派遣社員と派遣先との契約継続のための調整を
主な業務としていたが,上記伝言を受けて,控訴人を退職し転職しようと考え,同
年10月頃,私的に同僚のδ(以下「δ」という。),さらにθ課長にその旨の話
をし,6ないし7社に履歴書を送付して就職活動をした。そして,同年12月末
頃,派遣先の一つであった株式会社水工社(以下「水工社」という。)に年末の挨
拶に行った際,水工社の代表者兼被控訴人会社の代表者に転職するかもしれないと
の話をし,同人から入社の勧誘を受けたが,諾否の返事をせず,同じ頃,約400
名の派遣社員中,自らが担当する派遣社員120名のうち懇意にしていたPとXに
転職するかもしれないと言い,平成10年1月,転職を希望する控訴人の正社員N
に被控訴人会社を紹介した。
     Nは,同年2月3日に控訴人を退職し,同月12日,被控訴人会社に移
籍した。
     同年1月19日に控訴人を退職後,就職先が決まっていなかったωは,
Nから紹介されて同年2月23日に被控訴人会社に移籍した。
     被控訴人Cは,同年1月から2月にかけて,Pから転職の場合には付い
ていくと言われ,Xから,派遣先が光洋精工のU,V,W,Y,H及びIを代表す
る形で同様のことを言われ,転職の考えを話したK,β及びLからも同様のことを
言われた。被控訴人Cは,アレスクリエーションの代表者に自分及びK,β及びL
が控訴人を辞めるかもしれないことを話すと,アレスクリエーションの代表者から
派遣社員らの継続勤務を希望され,同代表者とK,β及びLとにNを紹介し,光洋
精工の担当者に対し,自分が控訴人を辞めるかもしれないことを話し,次いで,X
ら派遣社員7名も辞めるかもしれないことを話した。Nは,被控訴人会社代表者に
K,β及びLを派遣先継続のまま控訴人から被控訴人会社へ移籍させる旨の報告を
して了解を受け,アレスクリエーションの代表者に被控訴人会社でK,β及びLを
引き取り派遣を継続すると言明し,同女らは,被控訴人会社の福島勲営業統括部長
(以下「福島部長」という。)及びNの面接を受け,同年3月20日控訴人を退職
して,翌21日派遣先継続のまま被控訴人会社に就職し,β,Lの給与額が各1万
円上がった。
     被控訴人Cは,同年3月初め,派遣先が光洋精工のZから控訴人を辞め
たいと告げられ,これを了承して同人を上記Nに紹介した。Zは,被控訴人会社の
福島部長及びNの面接を受け,同年3月31日控訴人を退職して,同年4月1日派
遣先継続のまま被控訴人会社に就職し,給与額の変更はなかった。光洋精工は,同
年3月31日,Zに関し,控訴人との派遣契約を解除し,同年4月1日被控訴人会
社と派遣契約を締結した。
     被控訴人Cは,この前後頃,住友金属の担当者にも転職の件を話した。
δは,同年3月初めないし中旬頃,被控訴人Cから,「派遣技術者と以前より話が
できている。自分が転職するテクノスイコーから派遣技術者として光洋精工に行
く。待遇面が当社にいるより良くなる。Xの待遇面もアップする。当該移籍の4月
末の予定者は3名で,その後,5月,6月に分けて2名ずつの終了の計画であ
る。」という話を聞かされ,「被控訴人Cが『サンワはワンマン社長で,また,派
遣社員を商品として扱っている。テクノスイコーでは,派遣社員を商品扱いはしな
い。それが自分の方針である。』と派遣社員に説明して退職を勧めた。」という話
も聞かされた。
     被控訴人Cは,同年3月20日,控訴人に退職希望を出し,控訴人代表
者に対し,退職の理由として自分のやりたいように仕事ができない旨を述べ,控訴
人代表者から,「やりたいようにやってみろ。」と言われ,次長にするからと慰留
されたが,結局,これを受けず,同年4月6日,控訴人を退職して被控訴人会社に
就職した。
     派遣先住友金属のPは,同年4月,被控訴人会社に就職した被控訴人C
に電話して移籍を申し出,ちょっと待ってほしいと言われ,同年7月,被控訴人C
から面接させるとの連絡を受け,同月31日,控訴人を退職して被控訴人会社に就
職した。
     派遣先住友金属のDは,同年9月から10月頃,被控訴人Cの勧誘を受
け,同年10月30日に控訴人を退職して被控訴人会社に就職した。
     派遣先住友金属のQ,R,S及びTは,同年5月から10月にかけて控
訴人を退職して被控訴人会社に就職した。
     派遣先光洋精工のX,U,V,W,X,Y,H及びIと被控訴人会社代
表者,福島部長及び被控訴人Cとは,同年4月10日,被控訴人会社就職のための
協議をした後,被控訴人会社代表者,福島部長,被控訴人C,N及びωとZ,X,
U,V,W,Y,H及びIとの合計13名は,一堂に会して大阪市中央区所在の
「やなぎ」において会食を行った。そして,同年4月末にH及びW,5月末にU,
Y及びI,7月末にV及びXが,それぞれ,被控訴人Cから面接をするとの連絡を
受け,被控訴人会社代表者及び福島部長の面接を受け,控訴人を退職し,各翌月1
日,被控訴人会社に就職し,それと同時に,退職日に控訴人との派遣契約が解除さ
れ,その翌月1日に被控訴人会社と光洋精工との間で派遣契約が締結された。その
結果,Wの給与額が売単価の上昇1万5000円で5万円上昇し,Yの給与額が5
000円上昇し,Vの給与額が売単価の上昇1万5000円で5万円上昇し,Xの
給与額が7720円上昇した。
     被控訴人Cの退職後,後任の光洋精工担当となったδは,控訴人代表者
に対し,上記7名の派遣社員が派遣先の仕事量の減少により退職したと虚偽の報告
をし,被控訴人会社への移籍を報告しなかった。
     派遣先光洋リンドバーグのGは,同年8月末か9月初めころ,被控訴人
Cから,職場近くのファミリーレストランで昼食をとりながら,派遣先継続,賃金
増額の条件で被控訴人会社への移籍の勧誘を受け,同年10月15日頃,被控訴人
Cと面接し,賃金を従前より200円アップという具体的な条件で決定して契約書
を取り交わし,同月20日付けにて控訴人を退職し,翌日付けで被控訴人会社に移
籍した。
     派遣先テクノシーエーのαは,同年9月頃,給与水準が低いとの不満を
抱いて控訴人退職の意思表示をし,自ら被控訴人会社の面接を受け,同年10月1
2日付けで控訴人を退社し,被控訴人会社に移籍した。
     派遣先高松建設のJは,同年3月31日控訴人を退職後,約4か月間別
の仕事(コンビニエンスストアーでアルバイト)をしながら,自分から被控訴人会
社に面接に来て,同社へ移籍した。
     被控訴人Cは,平成11年,E及びFの派遣先日本コムシンクの担当者
から,同人らが控訴人の営業担当者ともめていて退職されて辞められると困るので
被控訴人会社で受け入れてほしいと頼まれ,面接の手配をした。E及びFは,被控
訴人会社の面接を受け,同年4ないし5月頃,被控訴人会社に移籍した。
     控訴人は,社員及び派遣社員数が平成7年の190名前後から順次増加
し,平成10年1月末のピーク時で421名となったが,その後減少に転じ,翌2
月末で415名,翌3月末で370名,翌4月末で347名,翌5月末で338
名,翌6月末で325名となった。他方,被控訴人会社は,平成2年5月,建築設
備の設計や人材派遣を業として設立され,平成10年2月頃,代表者,専務取締
役,福島部長とNのほか派遣社員が5名おり,派遣先企業が3社位であったが,前
記22名の移籍後の同年8月頃,派遣社員が50名位に増え,派遣先企業が10な
いし15社位となった。
   イ 前記認定事実によれば,アレスクリエイションのK,β及びLの移籍
は,Nが進めたものであり,被控訴人Cは,同女らをNに紹介したものの,具体的
関与の態様が明らかでなく,被控訴人Cが前記営業秘密である派遣就業情報を含む
本件情報を開示,使用したことを認めるに足りる証拠はない。
     光洋精工のZの移籍も,同様にNが進めたものであり,被控訴人Cは,
ZをNに紹介したものの,具体的関与の態様が明らかでなく,被控訴人Cが前記営
業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を開示,使用したことを認めるに足りる
証拠はない。
     光洋精工のH,W,U,Y,I,V及びXの7名の移籍は,被控訴人C
の関与によるものであるが,前記認定事実以上の具体的関与の態様は明らかでな
く,前記営業秘密である派遣就業情報を含む本件情報を開示,使用した事実を確認
させる十分な証拠はなく,前記認定事実のみから被控訴人Cによる本件情報の開
示,使用を推認することはできない。
     甲152,201~203及び基礎となる事実によると,Wは,被控訴
人会社の面接において,自らの控訴人における給料額を告げていないのに,社会保
険には加入しないで月額39万円に住宅補助がつくとの説明を受けたが,これに不
満を述べ,社会保険には加入しないで月額40万円に住宅補助がつくということに
なったと供述するところ,同人に関する原判決添付別紙目録記載の派遣就業情報の
内容は,平成10年12月18日現在のものであって,売単価が月額60万040
0円,時間単価3800円,買単価が月額35万円,時間単価2215円であり,
平成10年5月分(同年4月11日~同年5月10日)の給与額は,基本が月額3
5万円,日額1万7166円,時額2215円,残業時額2880円,深夜残業時
額3544円,支給が本給30万3606円,残休出手当3万4560円,その他
支給4万6394円の合計38万4560円,控除が雇用保険料1538円,所得
税2万3090円の合計2万4628円,差引支給額が35万9932円であり,
同年4月1日付け改正の売単価は,基本契約月額60万0400円,日額2万94
50円,平日時間内時間単価3800円,平日時間外時間単価4940円,休日時
間単価5510円,平日深夜単価6080円,休日深夜単価6650円,通勤定期
代月額1万9930円であり,同年4月度分の光洋精工に対する請求額は,設計製
図料60万0400円,設計製図料(超過分)5万9280円,通勤定期代1万9
930円の合計67万9610円であることが認められ,給与額を取り上げてみて
も,前記営業秘密である派遣就業情報のうちの買単価は平成10年12月18日現
在のものであるから,W供述にある社会保険に加入しないで月額39万円に住宅補
助がつくとの説明が同買単価に基づくものと推認し得る余地はない上,上記給与に
関する個別的情報のいずれに基づくものなのかも明らかでなく,したがって,これ
が本件情報のうちの買単価に基づいたものであると推認することはできない。前記
営業秘密である派遣就業情報のうちの売単価も平成10年12月18日現在のもの
であるから,同売単価に基づく情報開示,使用を推認し得る余地もない。また,派
遣先が光洋精工であるとの情報やプライバシー情報の取得方法は種々の可能性が考
えられ,被控訴人Cによる開示,使用と断定し得ない。
     このように,被控訴人Cによる前記営業秘密である派遣就業情報を含む
本件情報の開示,使用の具体的態様を明らかにさせる証拠がない上,同情報取得の
具体的態様も不明で,被控訴人Cが同情報のどのような具体的内容を把握していた
のかを確定させることができない本件において,被控訴人Cによる本件情報の開
示,使用を推認することはできない。
     光洋リンドバーグのGの移籍も,同様に,営業秘密である派遣就業情報
を含む本件情報を開示,使用した具体的態様を確認させる十分な証拠はなく,前記
認定事実のみから被控訴人Cによる本件情報の開示,使用を推認することはできな
い。
     住友金属のP及びDの移籍につき,被控訴人Cが前記営業秘密である派
遣就業情報を含む本件情報を開示,使用したことを認めるに足りる証拠はなく,そ
の余の派遣社員についても同様である。
  (3) まとめ
    よって,被控訴人Cの不正競争防止法2条1項7号に該当する行為は認め
られず,したがって,また,被控訴人会社の同8号に該当する行為も認められな
い。
 3 被控訴人Cの履行責任及び債務不履行責任(1)又は不法行為責任(1),被控訴
人会社の不正競争防止法2条1項8号に該当する不正競争の有無について(当審追
加の争点)
   証拠(甲3,22)及び前記認定事実によれば,被控訴人Cは,誓約書にお
いて,「貴社及び取引先の機密は一切他に洩らさぬ事」を厳守する旨誓約し,ま
た,就業規則にも,「在職中は勿論のこと,退職または解雇された者も,自己の担
当であるなしにかかわらず,会社の業務上の機密事項及び会社の不利益となる事項
を他にもらさないこと」(39条(5))との定めが置かれており,前記営業秘密であ
る派遣就業情報を含む本件情報を第三者に漏らしてはならないという契約上の守秘
義務を負ったことが認められる。
   しかしながら,控訴人を退職後に上記契約上の守秘義務に基づく履行責任を
負うことはなく,また,前記のとおり,被控訴人Cが,前記営業秘密である派遣就
業情報を含む本件情報を開示,使用した具体的態様を確認させる十分な証拠がな
く,前記認定事実のみから被控訴人Cによる本件情報の開示,使用を推認すること
はできないから,被控訴人Cの本件情報を第三者に漏らしてはならないという契約
上の守秘義務の履行責任及び債務不履行責任(1)又は不法行為責任(1)並びに被控訴
人会社の不正競争防止法2条1項8号に該当する行為はいずれも認められない。
 4 被控訴人Cの債務不履行責任(2)又は不法行為責任(2),被控訴人会社の共謀
による不法行為責任の有無について(当審追加の争点。被控訴人らの雇用条件が悪
いとの主張のうち,法律違反,脱法行為,不法利益があったとの主張は,民訴法1
57条1項に基づく時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであるとの控
訴人の主張については,第9回口頭弁論期日に控訴人に同主張に対する弁論を命じ
た訴訟指揮にあるとおり,時機に後れておらず,却下しない。また,禁反言の原則
により,被控訴人Cが担当者として決めていた買単価価額を法律違反と主張するこ
とはできないとの控訴人の主張も採用できない。)
  (1) 被控訴人Cの信義則上の義務,雇用契約上の誠実義務違反の有無について
   ア 企業の従業員は,使用者たる企業に対し,雇用契約に付随する信義則上
の義務として,就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し,使用者
の正当な利益を不当に侵害してはならない義務,すなわち誠実義務を負い,従業員
が上記誠実義務に違反し,企業に対し損害を与えた場合には,雇傭契約上の債務不
履行責任又は不法行為責任に基づいて上記損害を賠償する義務があるというべきで
ある。
     被控訴人Cは,前記認定のとおり,営業職の正社員であり,新規派遣社
員の派遣先の開拓,調整,マッチング及び既に派遣した派遣社員と派遣先との契約
継続のための調整を主な業務としていたところ,在職する派遣社員が退職して派遣
先継続のまま同業他社に移籍する場合,同派遣社員の派遣による収入が失われ,こ
れに相応する収入が競合する同業他社の取得するところとなるから,在職する派遣
社員を退職させて派遣先継続のまま同業他社に移籍させることが被控訴人会社の利
益を侵害して損害を与えることはいうまでもなく,同人もそのことを認識していた
というべきである。
     ところで,従業員は,職業選択の自由があり,現在の就職先と転職先と
の雇用条件等を比較考慮して各々の自由な判断に基づいて転職を決定することがで
き,上記判断は尊重されなければならず,現在の就職先の利益を侵害して損害を与
えることとなっても,職業選択の自由の結果として違法性を欠くこととなる。そう
すると,上記転職を勧誘することも,適法行為を目的とした行為であるから,上記
転籍をさせる行為が単なる転職の勧誘にとどまるなど,その手段,方法,態様等が
社会的に相当であると認められる限りは,被控訴人会社の利益を侵害して損害を与
えることとなっても,自由で公正な活動の範囲内として違法性を欠くこととなる。
     しかしながら,その勧誘の態様が企業経営に重大な影響を及ぼすような
一斉かつ大量の従業員を対象とするものであったり,あるいは,業務上開示された
営業秘密を利用したり,秘密裏に入念に計画されたものであったり,詐術を用いた
りするなどの,社会的相当性を逸脱した不公正な方法で行われた場合には,当該勧
誘を行った従業員は雇傭契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行責任
又は不法行為責任を負うものというべきである。
   イ 前記認定事実によると,被控訴人Cは,営業職の正社員であり,新規派
遣社員の派遣先の開拓,調整,マッチング及び既に派遣した派遣社員と派遣先との
契約継続のための調整を主な業務としていたが,控訴人代表者の前記伝言を受けて
転職を考え,平成10年10月頃,同僚のδ,θ課長にその旨の話をし,転職活動
をし,同年12月末頃,派遣先の一つであった水工社に年末の挨拶に行った際,水
工社の代表者兼被控訴人会社の代表者に転職するかもしれないとの話をし,同人か
ら就職の勧誘を受け,さらに,400名を超える派遣社員中,自らが担当する派遣
社員120名のうち懇意にしていた5名位に転職するかもしれないとの話をし,転
職を希望するK,β,L及びZをその希望に沿うべく被控訴人会社のNに紹介し,
同じく転職を希望するX,U,V,W,Y,H及びIをその希望に沿うべく被控訴
人会社に紹介し,控訴人退職後,Pの申し出を受けて面接させ,Gを派遣先継続,
賃金増額の条件で被控訴人会社への移籍を勧誘し,Dを同様に勧誘し,E及びFに
対し被控訴人会社への移籍のための面接を手配したのであって,α及びJに関して
は何らの関与もしておらず,Q,R,S及びTに関しても関与したことを認めるに
足りる具体的な直接証拠はない。
     そして,被控訴人Cの関与をしたものについても,その勧誘の態様が企
業経営に重大な影響を及ぼすような一斉かつ大量の従業員を対象とするとか,業務
上開示された営業秘密を利用するとか,秘密裏に入念に計画されたとか,詐術を用
いたとかのことまでは認められない。
     すなわち,約400名の派遣社員中,被控訴人Cの担当する派遣社員1
20名のうち,何らかの関与をしたものが18名,このうち,控訴人在職中の関与
にかかるものが11名であり,同移籍は,同時期における控訴人の社員及び派遣社
員数の前記減少,被控訴人会社の派遣社員数の増加の原因の一部となっていること
を考慮しても,数字的に顕著に多いというまでのものではなく,移籍の期間も約1
年間にわたるもので,移籍の態様をも併せ考慮すると,勧誘の態様が企業経営に重
大な影響を及ぼすような一斉かつ大量の従業員を対象とするものということはでき
ない。
     次に,派遣先が光洋精工のX,U,V,W,Y,H及びIの移籍は,も
っぱら,被控訴人Cが関与して進められたといえ,平成10年3月に同人がδに話
した内容などに照らすと,控訴人に発覚することを防止するために時期をずらして
順次移籍させるという一定の計画性があったとはいえるが,その限りでの計画性に
すぎず,秘密裏に入念に計画されたものとまではいえない。
     また,アレスクリエーションの代表者と光洋精工の担当者に対し,被控
訴人C自身が控訴人を辞めるかもしれないと告げたことは,事実を告げたことであ
り,派遣継続中の派遣社員が辞めるかもしれないと告げたことは,当該派遣社員の
控訴人退職を前提にすれば必然的に生じる(派遣契約履行の前提が消滅し,解約と
なると考えられる。)事態であって,それ自体としては事実を告げたことであり,
いずれも虚偽を述べたわけではないから,詐術を用いたとはいえない。
     控訴人は,被控訴人Cが,一方で,派遣社員には「派遣先はそのまま
で,派遣元だけ移る。そうすると,給料等が上がる。」と言いながら,他方で,派
遣先には「派遣社員が一斉に辞める。」という矛盾した内容を言っており,派遣先
に「一斉に辞める」と言うのであれば,派遣社員には「派遣先は移ることになる
が,派遣元を控訴人から被控訴人会社に変われば条件が良くなる」と言うべきはず
のところを「派遣先はそのままでいられる」と述べ,逆に,派遣社員に「派遣先は
そのままで」と言うのであれば,派遣先には「派遣社員は辞めませんのでご安心下
さい。」と言うべきところを「派遣社員が一斉に辞める」と述べることにより,派
遣社員に被控訴人会社への移籍の動機付けをし,派遣先には被控訴人会社との派遣
契約締結の動機付けをするという詐術行為をしたと主張するが,証拠上,被控訴人
Cが上記控訴人主張のとおりに述べたとは認められない上,当該派遣先は(どのよ
うな態様であれ)派遣の継続を希望し,当該派遣社員は被控訴人Cに付いていくこ
とを希望しているのであるから,あえて意図的な言い方をしてまで控訴人主張の動
機付けをする必要があったとはいい難く,詐術行為をしたとまではいえない。
     そして,業務上開示された営業秘密を利用したといえないことは,前記
のとおりである。
     なお,δが被控訴人Cから「被控訴人Cが『サンワはワンマン社長で,
また,派遣社員を商品として扱っている。テクノスイコーでは,派遣社員を商品扱
いはしない。それが自分の方針である。』と派遣社員に説明して退職を勧めた。」
という話を聞かされたことからすると,被控訴人Cは,その旨の話をして派遣社員
を勧誘したといい得るが,その話をした相手方である派遣社員が誰かは明らかでな
い上,前記表現を考慮しても,それだけでは被控訴人Cの行為が違法性を帯びると
まではいい難い。
     また,控訴人は,被控訴人Cには,営業社員として,自己が担当する派
遣社員の要望を聞き,派遣社員との間の意思疎通を図り,控訴人と派遣社員との契
約をできるだけ継続するよう努力するとともに,派遣先と派遣社員との間にトラブ
ルが発生すれば,これを解決し,あるいは,他の派遣社員を派遣先に派遣し,元の
派遣社員を他の派遣先に派遣することにより,また,給与面について不満があると
いうことであれば,控訴人において昇給の手続をとることにより,職場が合わない
というのであれば,派遣先の移動を検討することにより,より適切なマッチングを
図るという任務があったから,派遣社員に対して他社への転籍を希望していること
を知ったならば,控訴人の利益維持のために転籍を思いとどまるよう対処し,派遣
先が派遣契約移転を希望しておれば,控訴人の利益維持のために移転を思いとどま
るよう対処すべき任務を負い,これに反して,営業社員として担当する派遣社員,
派遣先に対して,自ら積極的に,控訴人の競業会社である被控訴人会社への転籍,
派遣契約移転を動機付ける行為は,上記任務違背行為であり,誠実義務に違反する
と主張するが,上記第1段の任務があるとしても,それにより,第2段の,派遣社
員に対して他社への転籍を希望していることを知ったならば,控訴人の利益維持の
ために転籍を思いとどまるよう対処し,派遣先が派遣契約移転を希望しておれば,
控訴人の利益維持のために移転を思いとどまるよう対処すべき任務を法的義務とし
ての雇用契約上の誠実義務として負うとはいい難い。
  (2) したがって,控訴人の主張する被控訴人Cの債務不履行責任(2)又は不法
行為責任(2)及び被控訴人会社の共謀による不法行為責任も認められない。
 5 その他,当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出
された全証拠を改めて精査しても,前記認定,判断を覆すほどのものはない。
 6 結論
   よって,控訴人の請求はいずれも理由がなく,原判決は正当であるから本件
控訴をいずれも棄却し,当審請求もいずれも理由がないからこれを棄却し,主文の
とおり判決する。
   (口頭弁論終結日 平成14年7月26日)
 大阪高等裁判所第8民事部
        裁判長裁判官  竹 原 俊 一
    裁判官若 林   諒
    裁判官黒 野 功 久
内金請求額一覧表
(単位:円)
│請求│損害額合計│逸失利益額1│逸失利益額2│内金請求額1│内金請求額2

│ ①│216,129,589│154,271,962│16,856,627│124,825,142│13,639,013

│ ②│187,098,121│132,159,508│9,938,613│128,779,708│9,684,447

│ ③│177,415,870│118,245,414│14,170,456│123,646,443│14,817,712

│ ④│156,201,877│102,675,064│8,526,813│127,846,907│10,617,248

1 損害額合計とは,逸失利益と弁護士費用と無形損害とを合計したものである。
2 逸失利益額1とは,従前から損害賠償を請求している派遣社員18名に関する
逸失利益損害額である。
3 逸失利益額2とは,損害賠償を追加請求した派遣社員4名に関する逸失利益損
害額である。
4 内金請求額1とは,内金請求合計額金1億3846万4155円を,逸失利益
額1と逸失利益額2との割合で比例按分し,従前から損害賠償を請求している派遣
社員18名に関する損害内金請求額としたものである。
5 内金請求額2とは,内金請求合計額金1億3846万4155円を,逸失利益
額1と逸失利益額2との割合で比例按分し,損害賠償を追加請求した派遣社員4名
に関する損害内金請求額としたものである。
6 請求①とは,W,G及びE以外の19名の派遣社員が口頭弁論終結時まで被控
訴人会社に在籍し,派遣先も変わっていない場合に,口頭弁論終結時まで(ただ
し,W,G及びEについては各被控訴人会社退職日まで)の逸失利益を損害として
賠償請求するものである。
7 請求②とは,Q,R,S,D,W,β,L,G,E以外の13名の派遣社員が
口頭弁論終結時まで被控訴人会社に在籍し,派遣先も変わっていない場合に,口頭
弁論終結時まで(ただし,Q,R,S,D,W,β,L,G,Eについては各被控
訴人会社退職日まで)の逸失利益を損害として賠償請求するものである。
8請求③とは,W,G及びE以外の19名の派遣社員が被控訴人会社移籍後3年
間被控訴人会社に在籍し,派遣先も変わっていない場合に,被控訴人会社移籍後3
年間(ただし,W,G及びEについては各被控訴人会社退職日まで)の逸失利益を
損害として賠償請求するものである。
9 請求④とは,Q,R,S,D,W,β,L,G,E以外の13名の派遣社員が
被控訴人会社移籍後3年間被控訴人会社に在籍し,派遣先も変わっていない場合
に,被控訴人会社移籍後3年間(ただし,Q,R,S,D,W,β,L,G,Eに
ついては各被控訴人会社退職日まで)の逸失利益を損害として賠償請求するもので
ある。
以  上

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◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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残り応募人数(2019年5月1日現在)
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