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裁判例


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       主   文
1 原告の,被告大阪府知事が原告に対してした,原告が原子爆弾被爆者に対する
援護に関する法律に定める被爆者健康手帳(被爆者健康手帳番号・公費負担医療の
受給者番号0201632)の交付をもって取得した同法1条1号に定める被爆者
たる地位,及び健康管理手当受給権者たる地位(記号番号ケン17489)を失権
させるとの処分の取消しを求める訴えを却下する。
2 原告と被告国との間で,原告が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律に定
める被爆者健康手帳(被爆者健康手帳番号・公費負担医療の受給者番号02016
32)の交付をもって取得した同法1条1号に定める被爆者たる地位にあることを
確認する。
3 被告大阪府は,原告に対し,金17万0650円及び平成11年1月以降平成
15年5月まで毎月末日限り金3万4130円を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
1 被告大阪府知事が原告に対してした,原告が原子爆弾被爆者に対する援護に関
する法律に定める被爆者健康手帳(被爆者健康手帳番号・公費負担医療の受給者番
号0201632)の交付をもって取得した同法1条1号に定める被爆者たる地
位,及び健康管理手当受給権者たる地位(記号番号ケン17489)を失権させる
との処分を取り消す。
2 (1)主文第2項に同じ。
(2)被告大阪府は,原告に対し,金17万0650円及び平成11年1月以降平
成15年5月まで毎月25日限り金3万4130円を支払え。
3 被告国及び被告大阪府は,原告に対し,各自連帯して,金200万円及びこれ
に対する平成10年7月23日から同支払済みに至るまで年5分の割合による金員
を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,広島で原子爆弾に被爆した原告が,被告大阪府知事から原子爆弾被爆者
に対する援護に関する法律(平成6年12月16日法律第117号,以下「被爆者
援護法」という。)に基づき被爆者健康手帳の交付を受け,さらに健康管理手当の
支給認定を受けたものの,日本を出国後,健康管理手当の支給を打ち切られたた
め,これを不服として,①被告大阪府知事に対し,被爆者援護法1条の「被爆者」
たる地位及び健康管理手当受給権者たる地位を失権させるとの処分の取消しを求め
るとともに,②被告国に対し,原告が「被爆者」たる地位にあることの確認,及び
被告大阪府
に対し,平成15年5月までの健康管理手当の支払を求め,さらに③被告国及び被
告大阪府に対し,国家賠償法1条1項に基づき,連帯して損害賠償金200万円の
支払を求めた事案である。
 なお,以下かぎ括弧を付して「被爆者」と表記した場合には,被爆者援護法1条
で定義された「被爆者」をいうこととする。
1 前提となる事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認定し得る事実)
(1)当事者
 原告は,大正13年7月1日,日本による韓国併合下の朝鮮で出生し,昭和19
年に施行された朝鮮人徴兵令により日本陸軍の召集令状を受け,同年9月6日に入
営し,昭和20年8月6日,アメリカ軍が投下した原子爆弾に被爆した被爆者であ
る。
 被告大阪府知事は,被告大阪府の代表者であると共に,被爆者援護法上の事務を
管掌する者である(機関委任事務ないし法定受託事務)。(2)事実経過
 原告は,平成10年,治療のために来日し,同年5月20日,被告大阪府知事か
ら被爆者援護法上の被爆者健康手帳(被爆者健康手帳番号・公費負担医療の受給者
番号0201632,以下「本件健康手帳」という。)の交付を受け,同日から,
大阪府松原市にある阪南中央病院に入院して治療を受けた。
 さらに,原告は,同年6月18日付けで,被告大阪府知事から「運動機能障害」
のため被爆者援護法上の健康管理手当の支給認定を受け(記号番号ケン1748
9),月額3万4130円の健康管理手当を同年6月から平成15年5月までの5
年間支給を受けるとの決定を得た。これにより,原告は,被告大阪府から,平成1
0年6月25日及び同年7月24日,前記手当の2か月分の支給を受けた。
 しかし,原告が同年7月5日ごろ,日本を出国したため,前記手当は同年8月分
から支給されなくなった。
 被告大阪府は,原告に対し,同年7月23日,前記不支給の理由として,「日本
国の領域を越えて居住地を移した被爆者については,昭和49年7月22日付衛発
第402号厚生省公衆衛生局長通達により,原子爆弾被爆者に対する援護に関する
法律の適用がないものとして失権の取扱いをするものと解されているため,出国さ
れた日の属する月の翌月分以降の健康管理手当については支給できません。」との
回答を大阪府保健衛生部医療対策課長名で行った。
(3) 被爆者援護法の制定経緯
ア 昭和32年,原子爆弾被爆者に対する医療等に関する法律(以下「原爆医療
法」という
。)が制定された。原爆医療法では,認定を受けた被爆者に被爆者健康手帳を交付
し,治療費と検診費を国が負担することが定められた。
イ 昭和43年,原子爆弾被爆者に対する特別措置法(以下「原爆特別措置法」と
いう。なお,原爆医療法と併せて「原爆2法」という。)が制定された。原爆特別
措置法では,被爆者の生活援護のための各種手当金の支給が定められた。
ウ 平成6年,原爆2法を一本化した被爆者援護法が制定された。(4) 関連法
規等の規定
ア 被爆者援護法1条
 この法律において,「被爆者」とは,次の各号のいずれかに該当する者であっ
て,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう。
一 原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定め
るこれらに隣接する区域内にあった者
二 (以下略)
イ 被爆者援護法2条1項
 被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないと
きは,その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければならない。
ウ 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に
関する法律の一部を改正する法律等の施行について」(昭和49年7月22日衛発
第402号各都道府県知事・広島・長崎市市長あて厚生省公衆衛生局長通達,以下
「402号通達」という。)第二,1(6)
 (前略)なお,特別手当受給権者は,死亡により失権するほか,同法は日本国内
に居住関係を有する被爆者に対し適用されるものであるので,日本国の領域を越え
て居住地を移した被爆者には同法の適用がないものと解されるものであり,したが
って,この場合にも特別手当は失権の取扱いとなること。
エ 「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の施行について」(平成7年5月
15日発健医第158号各都道府県知事・広島市長・長崎市長あて厚生事務次官通
知)第九,二
 新法の施行に当たっては,別途通知するものを除き,原爆医療法及び原爆特別措
置法の施行に関してこれまで発出した通知によられたいこと。
2 主たる争点
(1) 失権処分の存否(本案前の争点)
(2) 「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなることにより,「被爆者」たる
地位を当然に喪失するか否か
(3) 「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなることにより当然に「被爆者」
たる地位を喪失するという解釈は,憲法及び国際人権規約に違反するか
(4) 国家賠償法上の違法性及び損害
3 
主たる争点に関する当事者の主張
(1) 失権処分の存否
(被告大阪府知事の主張)
 行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分」とは,「公権力の主体たる国ま
たは公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し
またはその範囲を確定することが法律上認められているもの」をいう。
 ところが,被爆者援護法上,原告の主張する失権の取扱いをするとの行政処分は
存在しない。本件において,被告大阪府知事が原告に対して平成10年8月分以降
の健康管理手当を支給しないのは,原告の出国という事実の発生により,原告が健
康管理手当受給権者たる地位を当然に喪失したことによるものであり,被告大阪府
知事による何らかの行政処分が存在していたわけではない。また,大阪府保健衛生
部医療対策課長が「健康管理手当の要望書について(回答)」と題する書面を送付
したのは,原告の健康管理手当支給の要望に対する回答を行ったものにすぎず,行
政処分がなされたものではない。
(原告の主張)
 被告大阪府知事は,原告に対して,法律の規定に基づかずに,違法に失権の取扱
いをするとの行政処分を行ったものである。
(2) 被爆者援護法1条の「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなることによ
り,当然に「被爆者」たる地位を喪失するか否か(日本に居住又は現在しているこ
とは「被爆者」たる地位の効力存続要件であるか否か。)
(被告らの主張)
 被爆者援護法は,日本に居住又は現在する者のみを適用対象とするものであり,
被爆者が日本に居住も現在もしなくなった場合には,法律上当然に「被爆者」たる
地位を喪失する。すなわち,日本に居住又は現在することは,「被爆者」たる地位
の効力発生要件であるのみならず,効力存続要件でもある。
ア 被告ら主張の根拠
(ア) 行政法の適用範囲
 被爆者援護法は,行政法に属する法規であるところ,行政法は,日本国内におい
てのみ効力を有するのが原則である(いわゆる属地主義の原則)。これは,公権力
の行使にかかわる法令は基本的に,当該国家の主権の及ぶ場所的範囲でのみ効力を
有するからである。したがって,被爆者援護法についても,その効力が及ぶ地域は
日本国内に限られるのが原
則であると解されるところ,同法には,日本に居住も現在もしない者に対する給付
を認めた明文規定はなく,これらの者に対する給付手続を定めた規定もなく,さら
に,明文規定なくして海外適用を認
めるべき特段の根拠もないから,属地主義の原則にかかわらず海外適用を認めるこ
とはできない。
(イ) 被爆者援護法の性格
 被爆者援護法は,被爆者が健康上特別な状態にあり,また,原爆による健康被害
のために特別の支出を余儀なくされる者が数多く見られることから,公費によって
必要な医療の給付を行い,各種手当を支給することを内容とする。すなわち,被爆
者援護法は,社会保障法として他の公的医療給付立法や公的扶助立法と類似の性格
を有し,また,社会保障法の中でも,受給者の拠出を要しない,いわゆる非拠出制
の社会保障法に属する。
 そして,社会保障法の適用範囲については,一般的に,そのよって立つ社会連帯
と相互扶助の理念から,それを制定する主体(国又は地方公共団体)の権限の及ぶ
全地域に効力を有し,またその地域に効力の限界を有するものとされている。特に
非拠出制の社会保障法は,社会連帯の観念を基礎とし,給付に要する費用は国家の
一般財源に依存し,究極的,には国家の構成員の総体が租税という形で負担するの
であるから,原則として,社会連帯の観念を入れる余地のない,当該社会の構成員
でもない海外居住者に対しては,特に給付を認める明文規定がない限り適用されな
い。
 しかるところ,被爆者援護法は,日本に居住も現在もしていない者に給付を認め
る明文を設けておらず,これらの者に給付を行うことを前提とする手続規定等も全
く存在しない。
 一方,被告らも,被爆者援護法の根底に国家補償的配慮があることを否定するも
のではないが,国家補償立法の適用対象については,国家補償が全額公費でまかな
われることを踏まえ,一定の制限が設けられているのが通常であり,国家補償立法
という側面の抽象的性格からその適用範囲が一律に導かれるわけではない。
(ウ) 被爆者援護法の構造
a 被爆者援護法は,「被爆者」に対する健康診断と指導(7条ないし9条),医
療の給付(10条),一般疾病医療費の支給(18条),健康管理手当の支給(2
7条)等及び相談事業等の福祉事業(37条ないし39条)を行うことを予定して
いるが,次項以下に述べるとおり,被爆者援護法は,「被爆者」が我が国に居住又
は現在していることを予定する規定を置く一方,我が国の領域内に居住も現在もし
ていない被爆者に対する各種給付の方法や各種給付を受けるための手続を定めた規
定は,全く設けられていない。
b 被爆者健康事帳や各
種給付の申請時に被爆者が日本に居住又は現在することを予定した規定の存在
(a) 被爆者健康手帳交付申請時
 被爆者援護法2条1項は,「被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その
居住地(居住地を有しないときには,その現在地とする。)の都道府県知事に申請
しなければならない。」と規定し,交付申請時にいずれかの都道府県の管轄下にお
いて居住又は現在していることを前提としている。
 また,被爆者援護法2条2項は,「都道府県知事は,前項の規定による申請に基
づいて審査し,申請者が前条各号のいずれかに該当すると認めるときは,その者に
被爆者健康手帳を交付するものとする。」と規定し,都道府県知事に対し,当該申
請者が同法1条各号のいずれかに該当する者であるか否かについての審査を課して
いるが,審査を適正に行うためには,書面審査のみならず,申請者本人や申請者の
被爆の事実を証明する者,あるいは,人体に対する原子爆弾の影響等に関する知見
を有する専門家の意見を聴取するなどして十分な資料を収集することが不可欠であ
り,そのためには,申請者が我が国に居住又は現在することが不可欠である。
(b) 各種手当の支給申請時
 同様に,被爆者援護法は,各種手当の給付申請時にも,被爆者が日本に居住又は
現在していることを当然の前提としている。
 すなわち,本件で問題となっている健康管理手当についてみれば,被爆者援護法
27条1項は,「都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害
その他の厚生省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるもので
ないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,健康管理手当
を支給する。」と,同条2項は「前項に規定する者は,健康管理手当の支給を受け
ようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて,都道府県知事の
認定を受けなければならない。」と規定している。
 したがって,都道府県知事が健康管理手当支給・不支給を決定するに当たって
は,被爆者健康手帳交付時と同様,当該申請者が同法27条1項に定める疾病にか
かっているかどうかを実質的に審査し,場合によっては,医学的専門知識を有する
専門家の意見を聴くことも必要であり,申請者が我が国に居住又は現在することが
不可欠の前提となっている。
 また,被爆者援護法は,他の手当においても,同様に都道府県知事の認定を要す
ることとしている
から(医療特別手当につき被爆者援護法24条2項,特別手当につき同法25条2
項,原子爆弾小頭症につき同法26条2項,保健手当につき同法28条2項),こ
れらについても,同法は,前記同様実質審査,そして,申請者が我が国に居住又は
現在することを予定しているというべきである。
c 各種給付の権利発生時に被爆者が日本に居住又は現在することを予定した規定
の存在
(a) 各種給付の管轄規定
 被爆者援護法は,被爆者に対する手当の給付として,医療特別手当(同法24
条),特別手当(同法25条),原子爆弾小頭症手当(同法26条),健康管理手
当(同法27条),保健手当(同法28条),介護手当(同法31条),葬祭料
(同法32条)を規定しているところ,いずれも,その給付主体は都道府県知事で
あり,また,被爆者に対して健康診断を行うのも都道府県知事である(同法7
条)。そして,これらの手当等の支給に要する費用は都道府県の支弁とされている
(同法42条)。このように,被爆者に対して各種給付を行う実施主体は,都道府
県知事とされている。
 そして,被爆者援護法施行令3条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けた者は,
他の都道府県の区域に居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。以下
同じ。)を移したときは,30日以内に,新居住地の都道府県知事にその旨を届け
出なければならない。」と,同条2項は「都道府県知事は,前項の届出を受理した
ときは,旧居住地の都道府県知事にその旨を通知しなければならない。」と規定
し,同法施行規則4条3項は「令第3条第2項の通知を受けた都道府県知事は,被
爆者健康手帳交付台帳から,当該被爆者に関する記載事項を抹消するものとす
る。」と規定している。
 以上の各規定によれば,被爆者に対する各種給付を行う都道府県知事の管轄は,
被爆者の居住地移転に伴って移転することとされているから,実施主体たる「都道
府県知事」とは,「当該被爆者が居住又は現在する地を管轄する都道府県知事」を
意味すると解される。そうすると,日本に居住も現在もしない者については,被爆
者援護法上,およそ実施主体たる都道府県知事を定め得ないのであって,同法がこ
れらの者に対する給付を予定していないことは明らかである。すなわち,右各規定
は,適用対象者が日本国内で居住地又は現在地を移転させる場合のみを予定し,国
外に移転した者に対して同法に基づく給付を継続す
ることは全く予定していないことを意味する。
(b) 被爆者援護法12条1項による厚生大臣の医療機関の指定
 被爆者援護法10条1項に基づく医療給付は,同法12条1項により厚生大臣が
指定する医療機関に委託して行われ(同法10条3項),厚生大臣には指定医療機
関に対する監督権限が付与されている(同法16条1項)。また,被爆者は,都道
府県知事が指定する被爆者一般疾病医療機関から医療を受けた場合には一般疾病医
療費の支給を受けることができるが(被爆者援護法18条,19条1項),厚生大
臣は被爆者一般疾病医療機関についても監督権限を有する(同法21条,16条1
項)。このように被爆者援護法が,厚生大臣に医療機関に対する監督権限を付与し
ている目的は,医療等の援護が適正に行われることを確保する点にあるところ,外
国の医療機関に対して厚生大臣が実効性のある監督を行うことは困難であるから,
指定医療機関及び被爆者一般疾病医療機関として通常予定されているのは日本国内
の医療機関のみである。したがって,日本に居住も現在もしない被爆者が,被爆者
援護法に基づく医療給付を受けることは,同法上予定されていない。
 そして,被爆者援護法に基づく医療給付(第3章,第3節の医療給付すなわち,
医療の給付,医療費の支給及び一般疾病医療費の支給)は,「被爆者」に対する最
も基本的な部分であるから,被爆者援護法上,医療給付を受けられながら各種手当
を受けられない被爆者は存在しても,医療給付の給付対象者とされないにもかかわ
らず,同一法体系下にある各種手当てについては給付対象とされる被爆者が存在す
るとは到底考えられない。
(c) 支給決定後の症状確認
 医療特別手当は,被爆者援護法11条1項の認定を受けた者であって,当該認定
に係る負傷又は疾病の状態にある者(以下「医療特別手当受給者」という。)に対
して支給されるが(同法24条1項),この要件に該当しなくなった場合には,同
手当の支給は打ち切られる(同条4項)。そして,医療特別手当受給者が同要件に
該当し得るか否かを確認するため,被爆者援護法施行規則32条は,受給権者に対
し,申請日から起算して3年を経過するごとに,医療特別手当健康状況届に診断書
を添えて居住地の都道府県知事に提出することを求めている。また,医療特別手当
受給権者は,被爆者援護法24条1項の規定する要件に該当しなくなったときは,
速やかに
居住地の都道府県知事に対し届出をしなければならない(同法施行規則39条)。
こうした健康状況届の規定は,医療特別手当だけでなく,保健手当についてもみら
れ(同法施行規則60条。ただし,法28条3項ただし書に規定する者に限
る。),また,要件不該当の届出の規定は,健康管理手当についてもみられる(同
法施行規則54条,39条)。
 被爆者援護法がこのように被爆者に各種届出義務を課した趣旨は,同法に基づく
各種手当が,原子爆弾による健康被害のために特別の出費を余儀なくされている被
爆者の当該出費に充てること等を目的としていることから,当該被爆者が真に特別
の出費を余儀なくされている者であるかを確認し,今後の手当支給継続の要否を適
正に判断することにある。すなわち,被爆者援護法は,各種手当の受給者がいかな
る健康状態にあるかを定期的に確認し,あるいは改善の届出義務等を課し,手当支
給の要件に該当しなくなった場合には手当支給を打ち切ることを予定していると考
えられるところ,日本に居住も現在もしていない者に対して,かかる確認を正確に
行うことは極めて困難である。前記施行規則32条及び60条の文書のみを取り上
げれば,国外からこれらの書類を郵送することも禁止されてはいないかのごとくで
あるが,前記のような法の趣旨からすれば,健康状況届等の書面で疾病等の状況が
正確に把握できない場合には,受給者と直接面談し,あるいは医学的専門知識を有
する専門家の意見を聴くことが予定されているというべきであって,形式的な書類
提出のみですべてを済ませる趣旨であるとは解し得ない。日本に居住も現在もしな
い者のように,こうした確認を正確に行い得ない者に各種手当の支給を認めれば,
更に援護を必要とする者に対して各種手当の支給を行うとしている被爆者援護法の
趣旨は全うされないのであって,かかる事態を同法が予定・許容しているとは考え
られない。
(エ) 立法者意思
 被爆者援護法は,日本に居住も現在もしない者に対して適用されないことを前提
に,国会で可決・成立している。すなわち,被爆者援護法案を審議した第131回
国会衆議院厚生委員会(平成6年12月1日)において,P2委員が「政府案で
は,外国に居住する被爆者に対して
は援護の措置が行われないこととなっているわけですけれども,これが国家補償に
基づく被爆者年金ということになれば外国に居住する被爆者に支給されること
になると思いますけれども,その点,いかがでしょうか。」と質問したのに対し,
政府委員であるP3厚生省保健医療局長は,同法に基づきます給付というのが,拠
出を要件としない公的財源によって賄われるものであるということ,それから他の
制度との均衡を考慮する必要があるということから,日本国内に居住する者を対象
として手当を支給するということで考えているわけでございます。したがいまし
て,手当であるかあるいは年金という名前であるかということを問わず,我が国の
主権の及ばない外国において日本の国内法である新法を適用することはできないと
いうふうに考えております。」と答弁している。そして,P2委員が所属する日本
共産党が,政府案に対する修正案(国家補償を目的とする旨を明記し,全被爆者へ
の年金の支給等をその内容とする)を提案したのに対し,同委員会はこれを否決
し,政府案を原案どおり可決している。その後,同政府案は,衆議院本会議及び参
議院の審議を経て,両議院で可決・成立した。
 以上によれば,被爆者援護法については日本に居住も現在もしない者を含む全被
爆者に対する適用の可否について議論を尽くした上で,これを否定していることが
認められ,同法の立法者が,日本に居住も現在もしない者に対する適用を予定して
いなかったことは明らかである
(オ) 最高裁判決の判示
最高裁判所昭和53年3月30日第一小法廷判決(民集32巻2号435頁,以下
「P1判決」という。)は,「被爆者であってわが国内に現在する者である限り
は,その現在する理由等のいかんを問うことなく,広く同法の適用を認めて救済を
はかることが,同法のもつ国家補償の趣旨にも適合するものというべきである。」
とした上で,「不法入国した被爆者に同法の適用を認めた場合でも,その者に対し
入国管理令に基づく退去強制手続をとることはなんら妨げられるものではないか
ら,(中略)右退去強制により,不法入国した被爆者が短期間しか同法の給付を受
けられない場合がありうるとしても,そのことだけで,その間の給付が全く無益又
は無意味であったことに帰するものではない。」と判示しており,「被爆者であっ
てわが国内に現在する者である限りは,(中略)同法の適用を認めて」とあるとお
り,我が国の領域内に現在する被爆者であれば,同法の適用を認めるものである
が,同判決は,我が国に居住も現在もしない者に対しては同法の適用がな
いことを明らかにしたものというべきである。
イ 原告主張に対する反論
(ア) 他法との比較
 原告が列挙する各法律における手当受給権者の範囲は同一ではなく,各法律にお
ける趣旨・目的に照らして個別に適用範囲が決定されているのであるから,各法律
の人的適用範囲の問題と被爆者援護法の人的適用範囲の問題を平面的に比較するこ
とは失当というべきである。
(イ) 行政実務の恣意的扱い
 被爆者援護法が我が国に居住も現在もしていない者に対して適用されないことは
明らかであり,かつ,この点について,402号通達においても確認的に明らかに
されているのであるから,行政実務が恣意的になることはない。万が一,被爆者が
国外に居住,在住しながら被爆者援護法に基づく各種手当を受けることができた事
例が存在するとすれば,それは,本来支給できない手当が過誤払されているもので
あり,この場合,過誤払を行った都道府県により,手当の受給者に対して過誤払分
の返還請求がなされるべきものである。
(原告の主張)
 被爆者援護法には「出国」(あるいは日本に居住又は現在しなくなること)によ
り「被爆者」たる地位を失わせる規定はないから,出国により「被爆者」たる地位
を失わせることは許されない。
ア 原告主張の根拠
(ア) 他法との比較
 戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「遺族等援護法」という。),戦傷病者特別
援護法,国民健康保険法,健康保険法,国民年金法,身体障害者福祉法,精神保健
及び精神障害者福祉に関する法律,公害健康被害の補償等に関する法律は,それぞ
れ,明文で,資格の喪失・失権,手帳の返還・返納について定めており,明文なし
に,法の解釈上当然に受給権者たる地位を失わせるような法律は一つもない。
 他の法律と異なって,唯一,被爆者援護法においてのみ「法の解釈上当然」とい
う理由で明文の根拠なしに出国による手当受給権者たる地位の喪失を認めるなどと
いう解釈が,不合理であることは明らかである。(イ) 行政実務の恣意的扱い
 日本国に居住も現在もしていない者が被爆者としての権利を喪失する旨を定めた
規定は被爆者援護法(原爆2法にも)には存在しない。それにもかかわらず,厚生
省は402号通達のみに依拠して,違法に権利を喪失させてきた。しかし,法に権
利喪失の規定がない以上,権利喪失の確たる判断基準を定めることは不可能であ
る。したがって,日本に居住も現在もしないことを理由
に被爆者の権利を喪失させようとすれば,その処分はきわめて恣意的になされるこ
とになる。その結果,ある被爆者には日本に居住も現在もしていない状態のもとで
適用がなされ,ある被爆者には非人道的な手段で手当の返還が迫られ,他方,ある
被爆者には手当の返還が免除され,あるいは原爆2法のもとでは海外に転勤したあ
る被爆者への手当の打切りがなされたにもかかわらず,被爆者援護法のもとでは海
外転勤者を把握することが不可能であるために,ある被爆者への手当の打切りはな
されない自体が生ずるなど,被爆者間に著しい不平等が生じている。
(ウ) 被爆者援護法の規定
 被爆者援護法は,被爆者健康手帳の交付を受けた者を「被爆者」と定める(1
条)。この被爆者健康手帳の返還が求められるのは,死亡の場合のみであり(被爆
者援護法施行規則8条),被爆者は生命のある限り,どこにいようと,被爆者健康
手帳の返還を求められることはないのであって。法律は,いったん取得した被爆者
たる地位は生命のある限り,失うことがないと定めていると解するしかない。ま
た,被爆者が給付を受ける手当については,被爆者援護法24条以下の各条におい
て,すべて各条の1項で手当支給の要件を,4項(健康管理手当のみ5項)で手当
支給の終了の要件を定めている。すなわち,手当支給の始期と終期についてはすべ
て法律で定めがある。これをうけて,被爆者援護法施行規則では,失権の届出(同
法施行規則39条),失権の通知及び証書の返納(同法施行規則40条),死亡の
届出(同法施行規則41条)を定めている。すなわち,被爆者援護法及び下位の法
規である同法施行規則には,明文で,失権と手当支給の終了に関する定めがあり,
かつ,その中に(居住の有無を問わず)「被爆者の出国(あるいは住所の喪失)」
は含まれていない。被告らが当然失効の典型例とする「名宛人の死亡」の場合でさ
え,否その場合に限ってのみ,明文で被爆者健康手帳の返還と死亡の届出を求めて
いるのである。被爆者援護法も同法施行規則も,失権と被爆者健康手帳の返還を求
める場合に,「出国」を含めてはいない。
イ 被告ら主張に対する反論
(ア) 行政法の適用範囲について
 国家は互いに不干渉義務を負う。このような観点から,国家の主権,すなわち支
配権は人的場所的範囲内に及び,それ以外には及ばないということになる。人に対
する法令の効力もこのことが考慮され,法令は(
国籍を問わず)その効力のおよぶ地域内にあるすべての人,及び(地域を問わず)
その所属する国民のすべてに及び,それ以外には及ばないことが「原則」となるか
のごとくである。しかし,このような原則は,対他国家不干渉義務の論理的帰結で
あるから,同義務に相反しない限りにおいては,かかる原則に従うべき根拠はない
のであって,被爆者援護法のように何らの義務を課すことなく,単に給付のみを与
える法律についてまで,このような原則を当然の前提として適用しなければならな
い合理的理由は見い出し難い。
 加えて,そもそも,前記「原則」は,国家の主権が及ばない人的・場所的範囲を
対象とする法を制定してはならない,あるいは制定することができないという原則
ではない。上位の法規(一般に憲法と条約)に反しない限りは,主権者がいかなる
法規を定めることも可能である。
 結局,被爆者援護法においても,いったん取得した「被爆者」たる地位が,出国
により失われるか否かは,被爆者援護法の規定の定めるところによるしかなく,法
律の規定を離れて,いったん取得した権利が出国により失われる原則など考える余
地がない。
(イ) 被爆者援護法の性格について
 被爆者援護法は,原爆医療法と原爆特措法を改正し一本化したものであり,原爆
2法の有していた国家補償的性格をいっそう押し進めたものである。
 すなわち,原爆2法は,その制定経緯,並びに国籍要件の不存在や全額公費負担
といった法の内容からすると,国家補償的性格を有していたものというべきであ
り,P1判決でも,最高裁は,国家補償的配慮が原爆医療法の制度の根底にあるこ
とを認めている。そして,被爆者援護法は,国の戦争責任と国家補償を求める被爆
者の声に突き動かされ,P1判決を踏まえて,原爆2法の有する国家補償的性格を
引き継いだものであり,原爆2法の国家補償的性格をいっそう進めたものと解され
る。このことは,前文,諸手当の所得制限の撤廃,特別葬祭給付金制度の創設,施
策の対象者の拡大,死因を問わない特別葬祭給付金といった被爆者援護法の内容に
照らしても明らかである。
 被爆者援護法に国家補償的性格があること,被爆者援護法が「特別の犠牲」への
着目を認めていることは,被告らも認めているところであり,いったん被爆者援護
法の「被爆者」たる地位を取得した原告に対し,「特別の犠牲」を分かち合うこと
を拒否できる理由はどこにもない。
(ウ)
 被爆者援護法の構造について
 被爆者援護法の適用を受けるための「被爆者」の要件は,文言上,同法1条の各
号に定められている。いわゆる直爆,入市,看護,胎内の4種である。それ以外
に,何らの要件も付されていない。
 このような被爆者援護法の趣旨と要件からは,同法が,被爆者健康手帳の交付に
つき,日本に現在しない者をも含んで広く在外被爆者全体に及ぶこととしていると
考えるべきである。同法2条にいう「居住地(居住地を有しないときはその現在地
とする。)の都道府県知事に申請しなければならない」との規定は,技術的なもの
に過ぎない。
 仮に,被爆者援護法2条を根拠に,被爆者健康手帳の交付が,日本に現在しない
在外被爆者には及ばないとしても,いったん取得された被爆者健康手帳が出国を理
由に失権する,との規定は法律上存在しておらず,少なくとも被爆者援護法は出国
による失権を規定していない。
(エ) 立法者意思について
 立法者意思とは立法の際に立法者が持っていた意思のことであり,議
会の場合法案に賛成した議員の意思ということになるが,議事録等を参考にしても
それを正確に知ることは難しい。そして,法は立法者の意図や意識から独立した客
観的存在であるから,法解釈にあたってはかかる立法者の意思には拘束されるもの
ではない。立法事案は変化していくことから,立案者の主観的な意図が何であった
かということは,単なる参考資料以上の意味をもつものではない。
(オ) 最高裁判決の判示について
 P1判決は,日本国内に居住地を有しないP1が,現在地の福岡県知事に対し
て,医療の給付を求めて原爆手帳の交付申請をしたにもかかわらず,却下されたた
めに争われた事件である。したがって,同判決が「被爆者であってわが国内に現在
する者である限りは」と述べているのは,P1が(国の求める「適法な居住関係」
を有することなく),現在地において交付申請しているのを前提として述べている
にすぎず,何ら限定を加えているものではないから,同判決がそのように述べてい
るからといって,当然その反対解釈ができるものではない。また,同判決は,「退
去強制により,不法入国した被爆者が短期間しか同法の給付を受けられない場合が
ありうるとしても」と述べているが,これは,退去強制になれば,現実に医療の給
付を受けることができなくなるかもしれないとの趣旨を述べたにとどまり,退去強
制によって当然に被爆
者たる地位を失うなどと述べているものではない。したがって,この部分の判示を
もって,国外退去になれば失権するということにはならない。加えて,同裁判は,
P1が被爆者健康手帳を取得できるか否かがまさに問題となった事案であるのに対
し,本件は,いったん被爆者援護法に基づいて被爆者健康手帳を取得した原告に対
する失権が問題となっているのであるから,事案の内容が全く異なる。
(3) 「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなることにより当然に「被爆者」
たる地位を喪失するという解釈は,憲法及び国際人権規約に違反するか
(原告の主張)
 被告ら主張のように,いったん被爆者援護法に基づいて被爆者健康手帳を取得し
た者が,日本に居住も現在もしなくなることにより「被爆者」たる地位を当然に失
うと解釈するのは,憲法違反・人権規約違反の解釈であって,被爆者援護法につい
ては合憲的にまた人権規定に適合的に限定して解釈されなければならない。
 さらに,仮に,被爆者援護法の解釈として,日本に居住も現在もしなくなること
により「被爆者」たる地位を当然に失うとしか解釈することができないとするなら
ば,それは憲法違反・人権規約違反である。したがって,原告に対する失権処分あ
るいは失権の取扱いは,憲法・人権規約に違反する無効のものであって,原告は被
爆者たる地位を失わない。
ア 憲法14条違反
 日本に居住又は現在することが「被爆者」たる要件であるとすれば,被爆者のう
ち「現在しかしない者」(住民票もしくは外国人登録のない者)のみ,「住所のあ
る者」と差別して,出国により法の明文に違反して被爆者たる地位を失わせること
に他ならない。
 かかる差別につき,行政法の適用範囲に関する原則,被爆者援護法の法的性格な
いし構造,立法者意思,P1判決の判示は,いずれもこれを根拠づける合理的理由
とはなり得ないし,被告らが主張する法の解釈上,行政実務上の困難性というの
も,いずれも対象者が国外にいるという事実に起因するものであって,日本に住所
があるかどうかにより差別する合理的理由とはなり得ない。
イ 憲法25条違反
 憲法25条1項が保障する健康で文化的な最低限度の生活を営む権利としての生
存権は,いったん法律上保障されれば具体的権利であるというのが通説判例であ
り,いったん適用され被爆者と認定された者の「被爆者」たる地位とそれに基づく
諸権利は,具体的権利として被爆者に保障
された生存権であると認められる。本件のようにこれを失権等させる行政処分ない
し意図的後退措置は,具体的権利としての生存権の侵害であり,憲法25条に違反
する。
ウ 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)26条,
2条1違反
 B規約26条は内外人平等の原則を規定しており,締約国は,B規約2条1で平
等原則を尊重し,確保し,救済措置を確保すべき義務をも負う。この平等権の保護
を受けるのは,B規約で認められる権利に限らず,経済的,社会的及び文化的権利
に関する国際規約(以下「A規約」という。)上の権利等についても保障されると
いうのが国際的に確立された解釈である。よって,被告国が,日本に居住又は現在
するかという「他の地位」に基づき差別をして,いったん被爆者たる地位を認定し
保護を与えた者に対し,効果的な援護法上の保護を与えないことはB規約26条,
同2条1に違反する。
エ 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)2条2違反A規約
2条2は,締約国の義務として,「国民的若しくは社会的出身(中略)又は他の地
位によるいかなる差別もなしに」社会権が行使されることを保障する内外人平等の
規約実施義務を規定する。日本に居住又は現在するか否かによる差別は,先に述べ
たように「他の地位」に基づく差別であるから,被告国は,かかる差別をすること
なく,内外人平等に実施すべき義務を負っており,社会保障法的権利であっても平
等原則は同様に要求されているのである。よって,A規約の上からも,日本に居住
又は現在するかどうかという「他の地位」による差別的取扱いを正当化することは
できず,A規約2条2にも違法する。
オ A規約2条1違反
 A規約2条1によれば,被告国は,「立法措慣その他のすべての適当な方法によ
りこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため」「行動
をとる」義務があり(行動をとる義務),そのため,「自国における利用可能な手
段を最大限用いることにより,個々に又は国際的な援助及び協力」を通じて行動を
とるべき義務を負っている(国際協力義務)。わが国領域外に出国した被爆者にい
ったん与えた援護法上の保護を否定し国際的協力のもとに保護を与える行動をとる
義務を尽くさないことは,A規約2条1に違反する。
 前記行動をとるべき義務は国際的には法的義務と認識されており,特に行動をと
る義務違反で
国際的に認定されているのは,後退的措置である。
カ 憲法98条2項違反
 憲法98条2項は,わが国が締結した条約および確立された国際法規を遵守すべ
き被告国の義務を定める。前記B規約及びA規約の諸条項違反について,B規約委
員会,A規約委員会等を通じて国際的に確立している解釈をとらないで規約違反を
認定しないことや規約違反の考慮をしないことは,明らかに国際法規遵守義務に違
反する。A規約,B規約をわが国が批准し国内的にも効力を有するに至った以降も
それ以前に出された402号通達に依拠して後退的措置を続けることは,誤りであ
り国際法規を遵守していないことが明白である。よって,違法な旧来の通達に固執
し,日本に居住又は現在しなくなることによって被爆者援護法上の保護を否定する
扱いを続けることは,憲法98条2項にも違反する。(被告らの主張)
ア 憲法14条違反について
 憲法14条1項は合理的理由のない差別を禁止するけれども,各人に存する経済
的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設
けることは,その区別が合理性を有する限り,何ら同規定に違反しない。
 これを被爆者援護法についてみるに,同法は社会保障法としての性格を有する
が,社会保障に係る立法については,政治的,財政的,社会的その他諸般の事情を
適切に配慮して行われなければならないから,立法府の政策的・技術的な判断にゆ
だねるほかなく,各人に存する事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区
別を設けることは,その立法目的が正当であり,かつ,当該立法において具体的に
採用された区別の態様が同目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない
限り,同規定に違反するということはできない。
 この点,被爆者援護法は,非拠出制の社会保障法であって,社会連帯の観念を基
礎とし,給付に要する費用は,究極的には国家の構成員の総体が租税という形で負
担することになるのであるから,日本に居住も現在もしない者のように,日本社会
の構成員ではなく,社会連帯の観念を入れる余地のない者に対して給付を行わない
ことには合理性があり,立法目的に照らしても,区別の態様に照らしても,憲法1
4条1項に違反するということはできない。
 また,被爆者援護法は,その根底に国家補償的配慮をも有するが,一般に,戦争
は国の存亡にかかわる非常事態であり,国民のすべてが戦争により多かれ
少なかれその生命,身体及び財産の犠牲を余儀なくされているのであって,こうし
た戦争犠牲又は戦争損害に対する補償は憲法の全く予想しないところというべきで
あるから,このような戦争犠牲又は戦争損害について国がいかなる範囲の者に対し
て,いかなる程度の補償を行うかは,基本的には,国民感情や社会・経済・財政事
情,さらには,外交政策,国際情勢等を考慮した政治的判断を要する立法政策に属
する問題である。この点,被爆者援護法は,同法に基づく給付が国家の構成員の税
負担に依拠すること,日本に現在すらしない被爆者については原子爆弾の放射能に
よっていかなる健康被害を被っているのか等の確認が難しく適正な援護を確保しえ
ないこと,被爆者に対して援護対策を講ずるに当たっては,国家補償を認めていな
い他の一般の戦争被害との均衡も考慮する必要もあることなどから,その適用対象
者を日本に居住又は現在する者に限定したと解されるから,その限定には合理性が
あり,立法目的に照らしても,区別の態様に照らしても,憲法14条1項に違反し
ないことは明らかである。
 原告は,日本に居住する者は出国しても「被爆者」たる地位を失わないのに,日
本に居住しない者は出国により「被爆者」たる地位を失うのは不合理な許されない
差別であると主張するが,出国しても日本社会の構成員である居住者と,出国によ
って日本社会と何らの関係も持たなくなる現在者との間で,公費に基づく給付を受
けられるか否かの結論が変わることは、何ら不合理ではない。
イ B規約26条,同2条1,A規約2条2違反について
 これら各条文において禁止されているのは不合理な差別であるところ,前記のと
おり,被爆者援護法の適用対象を日本に居住又は現在する者に限ることには十分な
合理性がある。したがって,B規約26条,2条1及びA規約2条2に反しないこ
とは明らかである。
ウ 憲法25条,A規約2条1,憲法98条2項違反について
 被爆者援護法に基づく各種給付を受ける権利は,法律の規定によって初めて生
じ,法律の規定する内容の限度で具体的権利としてその受給権が認められるものと
解されるところ,被爆者援護法上,同法に基づいて給付を受ける権利は,日本に居
住又は現在する者には付与されるが,その者が日本に居住も現在もしなくなった場
合には消滅する内容の権利として構成されていると解されるのであるから,日本に
居住も現在もしなくな
ることにより「被爆者」たる地位が喪失するのは,法律上保障されている権利を奪
うものではなく,意図的な後退措置ではない。したがって,憲法25条,A規約2
条1及び憲法98条2項には違反しない。
 また,A規約2条1は一般規定にすぎず,同規定を根拠に,被告国に対し,日本
に居住も現在もしない者をも被爆者援護法の対象とする法改正を行う義務や,その
ような法適用を行うべき義務が生じないことは明らかである。
(4) 国家賠償法上の違法性及び損害
(原告の主張)
ア 責任原因
 被爆者援護法が,被爆者の出国という行為により,いったん認定された被爆者た
る地位及び健康管理手当受給権を失権させることを予定していないことは上述のと
おりである。したがって,被告国が,原告が出国したことによって被爆者援護法上
の被爆者たる地位および健康管理手当受給権を失権させた行為(あるいは出国以後
の健康管理手当を支給しなかった行為)は,何ら法に基づかない行為であり,完全
に誤っている。
 被告大阪府知事は,被告国ないし被告大阪府の公権力の行使にあたる公務員たる
地位にあり,法律の解釈,運用に過誤のないようにすべき細心の注意義務があるに
もかかわらずこれを怠り,誤った法解釈のもとに,20年も前の402号通達に漫
然と依拠し,違法に原告の最高裁たる地位及び健康管理手当受給権を失権させた
(仮に,失権処分がないとしても,原告に対して健康管理手当を支給しなかった行
為には明らかに法律の解釈を誤って支給しなかった違法がある。)。
 したがって,法律の解釈,運用上の過誤に基づく不法行為によって,原告に違法
に損害を被らせたもので,被告国及び被告大阪府は,原告に対する国家賠償法1条
1項に基づく損害賠償責任を免れない。
イ 損害
 朝鮮人は,被告国により暴力的に人権を無視され,国籍や言葉や名前や習慣など
の民族性を剥奪され,原告は,その上被告国により徴兵されて原子爆弾に被爆した
ものである。このように被爆せざるを得なかった在韓被爆者に対し,被告国は,そ
の保護を拒否し,長く放置し続けたのである。P1判決後も,手を変え品を変えそ
の保護を否定し続けることは,韓国人差別の不当な継続以外の何ものでもない。
 以上のような経緯に照らすと,原告に対するいわれのない差別的不法行為により
原告が被った精神的苦痛は,筆舌に尽くし難く算定は困難であるが,少なくとも金
1000万円を下るものでは
なく,内金として金100万円を請求する。
 弁護士費用その他本件訴訟遂行費用等も金100万円を下らない。
(被告国及び同大阪府の主張)
 否認ないし争う。
 被告らの解釈が正当であることは前記のとおりであり,402号通達が適法であ
ることは明らかである。
第3 当裁判所の判断
1 失権処分の存否について(前記第1,1の請求に係る本案前の争点)
(1)行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる
行為」とは,「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為に
よって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認め
られているもの」をいうものと解される(最高裁昭和30年2月24日第一小法廷
判決・民集9巻2号217頁,最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民
集18巻8号1809頁等)。
 ところで,原告は,被告大阪府知事が,原告に対し,平成10年7月23日ころ
までに,失権の取扱いをするとの行政処分を行ったものと主張するが,被爆者援護
法上,「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなったことを理由として,行政庁が
何らかの行為をなし失権の取扱いをする旨の規定ないしそれを窺わせる規定は存在
せず,下位規定にもかかる規定は存在しない。
 しかも,本件においては,被告大阪府知事は,「被爆者」が日本に居住又は現在
していることがその地位の効力存続要件であるという解釈のもとに,原告の本邦か
らの出国という事実により,同人は健康管理手当の受給権を喪失したという法律効
果が発生したものであるとして,その結果として,原告に対する同手当の支給停止
が行われたものにすぎないのであるから,「失権の取扱いをする」という何らかの
具体的行為を観念できたとしても,それは,「直接国民の権利義務を形成しまたは
その範囲を確定することが法律上認められているもの」とはいえず,行政処分には
当たらないというべきである。
(2) また,健康管理手当についてみると,被爆者援護法施行規則54条,40
条(同施行規則46条,63条によっても準用される。)によれば,都道府県知事
による失権の通知が争定されているが,同通知は被爆者援護法27条1項の要件に
該当しないと認めるときになされるものであり,「被爆者」が日本に居住も現在も
しなくなったことを理由とするものではなく,本件において同条に基づく失権の通
知がなされたことを
認めるに足る証拠はない。
 また,大阪府保健衛生部医療対策課長が,原告に対し,平成10年7月23日付
けで「健康管理手当の要望書について(回答)」という書面を送付した行為につい
ても,これは原告の健康管理手当の要望に対する回答を行ったものにすぎないとい
うべきである(甲4,弁論の全趣旨)。(3) 以上より,本件では取消訴訟の対
象となるべき行政処分は存在しないから,原告の前記第1,1の請求に係る訴えは
不適法なものとして却下されるべきである。
2 被爆者援護法1条の「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなることにより,
当然に「被爆者」たる地位を喪失するか否か(日本に居住又は現在していることは
「被爆者」たる地位の効力存続要件であるか否か。)
(1) 被爆者援護法1条によれば,「被爆者」たる要件は,同条各号のいずれか
に該当する被爆者であることと,被爆者健康手帳の交付を受けたことの2点であ
り,日本に居住又は現在することは要件とされていない。
 そして,被爆者健康手帳の交付については同法2条が定めるところであるが,同
条1項によれば,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住
地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければなら
ないものとされている。したがって,被爆者健康手帳を取得して「被爆者」たる地
位を取得するためには,少なくとも交付申請の時点で日本に現在することは必要で
ある。もっとも,いったん被爆者健康手帳を取得した後に,同手帳の返還が必要と
なるのは,実定法上「被爆者」死亡の場合だけであり(同法施行規則8条),「被
爆者」が日本に居住又は現在しなくなった場合に,都道府県知事が同手帳の返還を
求め得る実定法上の根拠はない(実際にも返還は求められていない。)。
 しかも,「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなった場合に,「被爆者」たる
地位を喪失する(又は喪失させることができる)旨の明文の規定は一切存在しな
い。
 以上のとおり,被爆者援護法ないし同法施行規則の規定において,日本に居住又
は現在していることが「被爆者」たる地位の効力存続要件であると解すべき直接の
根拠は存在しないといわざるを得ない。
(2) 被告らは,被爆者が日本に居住又は現在することは,解釈上の「被爆者」
たる地位の効力存続要件であるとの主張をするが,そもそもかような概念を許容し
得るのかが問題とされなければなら
ない。
 明文の規定がないにもかかわらず,解釈のみによってある一定の事実の存続を効
力存続要件とすること(ある一定の事実の発生により行政処分の効力が当然に消滅
すること)は,国民の法律上の地位ないし権利の得喪という重要な事項について
は,本来,疑義のないように法規上明確に規定されるべきことが要請されているこ
とにかんがみ,一般的に許容されるものとは解されないが,解釈上,ある一定の事
実の存続が行政処分の効力存続要件と解されるべき場合があり得ないとはいえない
し,また,このような解釈を一般に否定すべき根拠も特に見い出し難いことからす
れば,解釈上の効力存続要件理論上認められる余地があるといわざるを得ない。
 しかしながら,日本に居住又は現在することを「被爆者」たる地位の存続要件と
する旨の明文の規定を置くことは,立法技術上特段の困難はなく,それにもかかわ
らず明文の規定もなく,解釈上の効力存続要件を広く認めることは,行政による恣
意的な取扱いを認めることにつながりかねず,ひいては法律による行政の原理に悖
ることにもなりかねないから,かかる解釈を許容するか否かは慎重に判断されなけ
ればならない。
 そして,かかる解釈を許容するためには,明確な法理論上の根拠,あるいは,当
該法律の規範構造から疑義のない程度に明白であるなど,特段の合理的理由が必要
であるというべきである。
 以下において,被告らの主張を裏付けるに足りる特段の合理的理由があるか否か
について順次検討することとする。
(3) 被告らは,被爆者援護法は行政法であるところ,行政法は日本国内におい
てのみ効力を有するのが原則である(いわゆる属地主義の原則)から,その例外と
なるべき規定がない限り海外適用は認められず,日本に居住も現在もしていない被
爆者に対しては適用されないものであると主張する。
 この点,行政機関の公権力の行使(強制調査・各種規制等)に関しては,国家主
権に由来する対他国家不干渉義務に基づき,属地主義の原則が妥当するものである
が,被爆者援護法のようないわゆる給付行政に関する国法に関しては,属地主義を
厳格に適用すべき必然性はなく,むしろ,性質上,給付を受ける側の人的側面に着
目することが多く,属人主義的な立場(人的範囲を限定する反面,場所的範囲を日
本国内に限らない立場)を採る法制も十分合理性を有するものであって,実際,特
に明文がなくとも海外適用を認め
る法制例は多数存在している(遺族等援護法など)。したがって,被爆者援護法が
行政法であるからといって,属地主義の原則が,当然の前提として被爆者援護法の
解釈に影響を与えるものではなく,法律の効力がいかなる人的場所的範囲に及ぶか
は,それぞれの制度における個別的な立法政策の問題というべきである。
(4) また,被告らは,被爆者援護法は非拠出制の社会保障法であり,社会の構
成員でない海外居住者に対しては適用されないと主張する。
 確かに,非拠出制の社会保障制度が社会連帯ないし相互扶助の観念を基礎とし社
会構成員の税負担に依存しているものであることから,その適用対象者は,我が国
社会の構成員たる者に限定されるとの原則論を一応肯定することができるとして
も,具体的な社会保障制度においてどの範囲の者を適用対象とするかは,それぞれ
の制度における個別的政策決定の問題であり,被爆者援護法の社会保障としての性
格から演繹的に被告らの主張する解釈を導くことはできないというべきである。
 さらに,被爆者援護法はその前文からも明らかなように原爆医療法をその前身と
するものであるが,原爆医療法の趣旨は,最高裁が,P1判決において,「原爆医
療法は,被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすることを中心
とするものであって,その点からみると,いわゆる社会保障法としての他の公的医
療給付立法と同様の性格をもつものであるということができる。しかしながら,被
爆者のみを対象として特に右立法がされた所以を理解するについては,原子爆弾の
被爆による健康上の障害がかつて例を見ない特異かつ深刻なものであることと並ん
で,かかる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり,し
かも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれ
ているという事実を見逃すことはできない。原爆医療法は,このような特殊の戦争
被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという
一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあ
ることは,これを否定することができないのである。」と述べているとおりであ
り,被爆者援護法も前文で「(前略)国の責任において,原子爆弾の投下の結果と
して生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害である
ことにかんがみ,高齢化の進行している
被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ(中略)るた
め,この法律を制定する」と規定し,前記原爆医療法の性格は,そのまま被爆者援
護法に引き継がれているものと解される。すなわち,被爆者援護法も社会保障と国
家補償の性格を併有する特殊な立法というべきものである。
 そして,このような被爆者援護法の複合的な性格,さらに,同法が被爆者が被っ
た特殊の被害にかんがみ被爆者に援護を講じるという人道的目的の立法であること
に照らすならば,社会保障的性質を有するからといって,当然に我が国に居住も現
在もしていない者を排除するという解釈を導くことは困難というほかはない。
(5) 被告らは,被爆者援護法は,日本に居住も現在もしない者に対して適用さ
れないことを前提に,国会で可決・成立していると主張する。
 しかしながら,これらの答弁がなされた事案だけでは,必ずしもそれが立法者の
意思そのものであるとは言い切れないし,かえって,立法当時から,すでに国外に
居住する被爆者に対する対応が問題とされており,しかもその問題の解決がすでに
法文の解釈上から明らかなものとなっていたとはいえない状況下において,あえ
て,日本に居住も現在もしなくなることにより「被爆者」たる地位を失権させる旨
の規定が設けられなかったことに徴するならば,被爆者援護法は国外居住者を排除
する趣旨ではないと解する方がむしろ自然であるとさえいえる。
 しかも,法律の解釈はまず第一に法文の合理的解釈によるべきものであるから,
立法者意思も第一次的には当該法文に表われた合理的な立法者意思を探求すべきで
あって,国会における答弁等を過大視することは許されず,これらは,あくまでも
解釈の参考資料として位置づけられるにすぎない。
 したがって,被告らの指摘する立法者意思もその主張を裏付ける合理的理由とは
なり得ない。
(6) 次に,被告らは,被爆者援護法の法構造や各規定の趣旨からしても,日本
に居住も現在もしない者に対する給付は予定されていないと主張するので,以下,
この点について検討する。
ア 被告らの主張について
(ア) 被爆者健康手帳や各種給付の申請時に「被爆者」が日本に居住又は現在す
ることを予定した規定の存在
 この点に関する,被告らの主張を検討すると,なるほど,被爆者健康手帳交付申
請時にかかる被爆者援護法2条,各種手当の支給申請時にかかる都道府県知事の認
定に
関する被爆者援護法の各規定(医療特別手当につき同法24条2項,特別手当につ
き同法25条2項,原子爆弾小頭症手当につき同法26条2項,健康管理手当につ
き同法27条2項,保健手当につき同法28条2項)及び同法施行規則(健康管理
手当につき52条1項,その他省略)をみれば,被爆者健康手帳交付申請時,並び
に各種手当支給の前提となる都道府県知事の認定申請時には,日本に居住又は現在
することが必要となる。
 しかしながら,これらの規定は,「被爆者」たる地位及び各種手当ての受給権を
取得する際の問題であり,いったん取得した「被爆者」たる地位を失権させる根拠
となり得ないことは明らかである。
(イ) 各種給付の権利発生時に被爆者が日本に居住又は現在することを予定した
規定の存在
a 被爆者援護法第3章第2節の健康管理及び同第4節の各種手当の支
給の実施主体は,都道府県知事とされているが,これ自体は実施主体を定めている
ものにすぎず,その意味では,法所定の援護と援護の実施主体とを連結するための
管轄を定めている技術的規定であって,必ずしも受給者が日本に居住又は現在して
いることを必要とするものではない。
 また,「被爆者」が他の都道府県の区域に居住地を移したときの届出義務(被爆
者援護法施行令3条1項)についても,これは日本国内における居住地の移動の
際,管轄の混乱が生ずることを避けるために規定された技術的規定と解することも
でき,これが直ちに失権の根拠とはなり得るものではない。
 また,医療特別手当に関する被爆者援護法施行規則32条あるいは健康保健手当
に関する同法施行規則60条の届出義務等についても,これらの規定が,国外から
の届出を予定していない趣旨であるとしても,それは,これらの届出をする際には
「被爆者」は日本に現在している必要があるものと解すれば足りるのであり,これ
が課されていない手当もあり,いったん取得した「被爆者」たる地位を失権させる
根拠となり得ないことは明らかである。
b 被爆者援護法第3章第3節の医療給付中,同法10条の医療の給付について
は,厚生大臣(現厚生労働大臣)がその指定した医療機関に委託して,診察(被爆
者援護法10条2項1号),薬剤又は治療材料の支給(同項2号),医学的処置,
手術及びその他の治療並びに施術(同項3号),居宅における療養上の管理及びそ
の療養に伴う世話その他の看護(同項4号),病院又は
診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護(同項5号),移送(同項6
号)を給付するものであり,また,同法18条の一般疾病医療費の支給も,都道府
県知事により指定された被爆者一般疾病医療機関において医療を受けた場合に,厚
生大臣がその費用の支給を行うものであり,日本に居住も現在もしない者に対する
医療給付は予定されていないが,これは,給付の前提として指定医療機関及び被爆
者一般疾病医療機関の指定・監督の問題があるほか,国家主権に由来する対他国家
不干渉義務に反するおそれがあり,また,本邦以外では実施が事実上困難であるこ
とによるものと解される。
 しかしながら,「被爆者」たる地位に基づく権利は医療給付の受給に尽きるもの
ではないから,医療給付が受けられないとの一事をもって「被爆者」たる地位が失
われるということにはならない。
 なお,被爆者援護法17条,18条は,指定医療機関以外の者から医療を受けた
場合,あるいは,被爆者一般疾病医療機関以外の者から医療を受けた場合にも,医
療費の支給,一般疾病医療費の支給がなされることを定めた規定が存在するが,要
件として緊急その他やむを得ない理由を必要とするものであり,これをもって,日
本に居住も現在もしない「被爆者」に医療給付が行われるべきであるとの根拠とな
るものではない。
イ 「被爆者」たる地位と各援護
 被爆者援護法は,1条各号の要件を充たす者で2条の規定に従い被爆者健康手帳
の交付を受けた者を「被爆者」と定義し,その「被爆者」に対し,同法第3章に規
定する各種の援護を実施することとしているが,各援護は,「被爆者」であること
から当然に実施されるものではなく,「被爆者」であることに加え,各援護ごとに
要件が規定されている。
 ここで,法の統一的解釈からは,各援護の主要部分につき,要件をおよそ充たし
得ない者あるいは援護の実施が不可能な者については,そもそも「被爆者」たる地
位がないとする解釈が好ましいともいえる。
 また,被告らは,「被爆者」が日本に居住又は現在することを予定した規定があ
る一方で,日本に居住も現在もしていない者に対する適用を予定した規定がないこ
とは,このような者が被爆者援護法の適用対象に含まれないことの何よりの証左で
あると主張する。
 しかし,各援護の性質はそれぞれ異なり,国家主権による制限,立法技術上の困
難,実施上の困難など,各援護ごとに個別の考慮が
必要となるものであって,第一次的にはこれらの観点から援護に制限が生じるにす
ぎないのであるから,各援護を受け得る可能性と「被爆者」たる地位を必然的に不
可分一体のものとして解さなければならないものではなく,「被爆者」たる地位に
あっても,各種援護の性質からその援護を実施できなくなることもあり得るという
べきである。
 また,これらの日本国内に居住又は現在することを前提とした規定により,国外
の「被爆者」が各援護の実施を受け得ない場合等が生じ得ることはあり得るとして
も,「被爆者」がそれらの援護の実施を受けることができるかどうかは被爆者側の
事情や都合によるものであって,援護はその性質上「被爆者」に援護を受ける義務
を課すものではないのであるから,これを享受できない者は「被爆者」として被爆
者援護法の権利主体たり得ないとするのは本末転倒というべきである。
ウ 以上のとおり,被爆者援護法の各種規定は,日本に居住又は現在することを
「被爆者」たる地位の効力存続要件と解すべき根拠とはなり得ない。
(7) 被告らは,最高裁は,P1判決において,日本に居住も現在もしない者に
対しては原爆医療法の適用がないことを明らかにしており,これは被爆者援護法で
も同様であると主張する。
 しかしながら,P1判決は日本に現在する者に原爆医療法の適用があることを説
示しているものであって,日本に居住も現在もしなくなることにより「被爆者」た
る地位を失うかどうかについては,なんら明言をしていないことはその説示から明
らかである。
 したがって,P1判決の説示は,原告主張と矛盾するものではなく,被告らの主
張の根拠とはなり得ない。
(8) 以上(3)ないし(7)で述べたところを総合勘案するならば,結局,被
告らの主張を裏付けるに足りる特段の合理的理由は存在しないといわざるを得ない
から,被告らの主張は採用することができない。
 なお,日本に居住又は現在することが「被爆者」たる地位の効力存続要件である
という解釈を導く何らかの合理的な理由が存在するとしても,被爆者援護法は,被
爆者が今なお置かれている悲惨な実情に鑑み,人道的見地から被爆者の救済を図る
ことを目的としたものなのであるから,上記解釈は,その人道的見地に反する結果
を招来するものであって,同法の根本的な趣旨目的に相反するものといわざるを得
ないのである。また,かかる解釈に基づく運用は,日本に居住し
ている者と日本に現在しかしていない者との間に,容易に説明しがたい差別を生じ
させる(しかも,日本に居住している被爆者が長期間海外旅行に行く場合と,短期
間国外に住居を移す場合との間で不合理な区別をすることにもなる。)ことになる
から,憲法14条に反するおそれもあり,法律は合憲的に解釈されなければならな
いとの原則からすれば,被告らの解釈を採用することはできないものといわざるを
得ない。
3 原告の前記1,2の請求について
(1) 前記第1,2(1)の請求(「被爆者」たる地位の確認)について
 上記2のとおり,被告らの主張は理由がないから,原告は,未だ「被爆者」たる
地位を喪失していないものと認められる。
 したがって,原告の請求中,原告と被告国との間で,原告が被爆者援護法1条1
号に定める被爆者たる地位にあることの確認を求める請求は理由がある(主文第2
項)。
(2) 前記第1,2(2)の請求(健康管理手当の支給)について
 原告が「被爆者」たる地位を喪失していないとしても,健康管理手当の受給権の
有無についてはさらなる検討が必要なことは前記2(6)イの判断から明らかであ
る。
 健康管理手当は,「被爆者」であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚
生省令で定める障害を伴う疾病にかかっているものに対し支給される金員であり,
支給を受けるに当たり,都道府県知事の認定を受け,その際,都道府県知事が当該
疾病が継続すると認められる期間を定めることとされている(被爆者援護法27条
1項ないし3項)。なお,同期間は疾病の種類ごとに厚生大臣(厚生労働大臣)が
定める期間内で定められるものであるが,平成7年6月23日厚生省告示第127
号によれば,同期間は,造血機能障害を伴う疾病のうち鉄欠乏症貧血及び潰瘍によ
る消化器機能障害を伴う疾病については3年,その余の疾病については5年と定め
られている。そして,認定に当たっては,被爆者援護法19条1項の規定により都
道府県知事により指定された被爆者一般疾病医療機関の診断書を添えることが原則
として要求されている(被爆者援護法施行規則52条1項)。
 これらの規定を前提とすると,支給の開始に当たっては,我が国に居住又は現在
することが必要であると解されるが,認定後になされる援護の内容は,金員の給付
であり,その性質から当然に,我が国に居住又は現在することが要求されるもので
はなく,我が国に居住も
現在もしない者への支給の具体的な方法を定めた規定は存在しないものの,これを
明確に排除する規定もなく,前記のとおり,遺族等援護法や労災保険法において
は,特に海外送金の手続規定がなくとも実際に海外送金が行われていることに照ら
すならば,我が国に居住も現在もしない「被爆者」に対しても支給されるべきもの
というべきである。
 健康管理手当については,被爆者援護法27条1項の要件に該当しなくなったと
きは,受給権者に失権の届出を義務づけ(同法施行規則54条,39条),また,
都道府県知事は,前記被爆者援護法27条1項の要件に該当しなくなった受給権者
に対し,その旨通知しなければならないものとされている(同法施行規則54条,
40条)。これらの規定を適切に機能させるためには,都道府県知事に,書面審査
のみならず,受給権者からの聞き取りなどの調査が必要となり,その限度で,日本
に居住も現在もしない「被爆者」に健康管理手当を支給する場合には,健康管理手
当の支給の適正を害するおそれがないではないが,そもそも,支給開始に際しては
都道府県知事が厚生大臣(厚生労働大臣)の定める期間内で当該疾病が継続すると
認められる期間を定め,健康管理手当は,その期間が満了する日の属する月で支給
が終わるものであるから(同法27条5項),その弊害の生じるおそれは少ないと
いうべきである。
 そうすると,被告大阪府が,原告の平成10年8月分以降の健康管理手当の支給
を停止したことに法律上の根拠はなく,原告には,平成10年8月分以降の健康管
理手当を受給する権利がある。
 よって,原告の請求中,平成10年8月分以降の健康管理手当の支給を求める請
求は理由がある。
 なお,原告は,各月分の支払について毎月25日限りの支払を求めるが,各月分
の支払期限を定める規定あるいは処分は認められず,各月末日限りを期限とするの
が相当である。
4 原告の請求3(国家賠償請求)について
 原告は,被告大阪府知事は,法律の解釈,運用に過誤のないようにすべき注意義
務があるにもかかわらずこれを怠り,違法に原告の「被爆者」たる地位を失権させ
たと主張するので,以下検討する。
 国家賠償法1条1項は,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務
に違反して,故意又は過失によりその国民に損害を加えたときに,国等が賠償責任
を負うことを規定したものである。
 ところで,通達は,全国的に解
釈運用を統一する必要等に応じてなされているものであって,行政実務上,通達に
反する行為を実施者に期待することは事実上不可能である。したがって,通達に基
づく取扱いは,当該通達が違法である場合であっても,ただちに実施行為者に故意
又は過失があると評価されるものではないというべきであって,これが故意又は過
失に基づく違法行為と評価されるためには,当該通達の内容が明白に上位規範に反
するとか,行政実務上一般的に異なる取扱いがなされているなど特別の事情がある
場合に限られるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると,本件の失権の取扱いの根拠となった402号通達
は,被爆者援護法においても有効であって(前記第2,1(4) エ),被告大阪
府知事はそれに従ったものである。そして,402号通達が被爆者援護法の解釈に
反していることは前述のとおりであるが,被告らの主張内容に照らせば,その解釈
にも一応の論拠があるものということができ,少なくとも402号通達が被爆者援
護法の規定に明白に反しているとまでは言い難い。しかも,行政実務上は,全国的
に「日本に居住又は現在しない被爆者は失権の取扱いとする」旨の統一的な対応が
とられていたものである(弁論の全趣旨)。
 したがって,国家賠償法1条1項の故意又は過失を認めるに足りる特段の事情を
認めることはできず,原告は,被告大阪府知事が402号通達に従って原告を失権
の取扱いとしたことについて,国家賠償法上の責任を問うことはできない。
 したがって,その余の点につき判断するまでもなく,この点に関する原告の請求
は理由がない。
5 結論
 以上より,原告の前記第1,1の請求にかかる訴えは不適法であるからこれを却
下することとし,前記第1,2(1)の請求は理由があるからこれを認容し,同
(2)の請求は,主文第3項の限度で理由があるからその限度で認容し,その余の
請求は理由がないからこれを棄却することとする。
 なお,訴訟費用の点については,本件訴訟の審理はそのほとんどが被告らの解釈
の正当性に関するものであることに加え,本件訴訟に至る経緯等諸般の事情も考慮
して,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書を適用し,すべて被告らに
負担させるものとし,仮執行宣言は相当でないので付さないこととする。
 以上より,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第二民事部
裁判長裁判官 三浦潤
裁判官 林俊之
裁判官 徳地淳

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