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裁判例


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       主   文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告(請求の趣旨)
1 原告が被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する。
2 原告が被告会社広島出張所において就労する義務がないことを確認する。
3 被告は、原告に対し、金八万二九三六円及び昭和四六年四月以降毎月二五日限
り、一か月金八万二九三六円の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに第三項につき仮執行の宣言。
二 被告
 主文同旨の判決。
第二 当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 原告は、昭和四一年三月二一日、被告に雇傭され、試用期間を経て、CCD
(コントロールバルブ・コストダウン)室に属して設計等の技術的業務に従事し、
昭和四五年四月から製造部計器課に属して組立調整等の技術的業務に従事してき
た。
2 原告の昭和四六年四月当時の賃金は、一か月につき金八万二九三六円であり、
毎月二五日払の約定であつた。
3 被告は、原告に対し、昭和四六年三月四日に被告会社広島出張所への転勤を命
じ、以後、原告が広島出張所において就労の義務あることを主張するとともに、原
告が右転勤命令に従わなかつたとして同月二五日に原告を懲戒解雇したと主張し、
翌二六日以降、原告の労務の受領を拒み、かつ、賃金の支払をしない。
4 よつて、原告は、原告が被告に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあるこ
と、及び原告が被告会社広島出張所において就労する義務がないことの各確認を求
め、あわせて被告に対し、請求の趣旨三項掲記のとおりの賃金の支払を求める。
二 被告(請求原因に対する認否)
 請求原因1ないし3の事実は認める。
三 被告(抗弁)
1 解雇の意思表示
 被告は、昭和四六年三月二五日、原告に対し、就業規則九四条一号、七条によつ
て、次項掲記の転勤命令拒否を理由に原告を懲戒解雇する旨の意思表示(以下、
「本件懲戒解雇」という)をなした。
2 解雇の理由
(一) 転勤命令
 被告は、昭和四六年三月四日、それまで本社製造部計器課勤務の原告に対し、同
月三日付で広島出張所勤務を命ずる旨の転勤命令(以下、「本件転勤命令」とい
う)を発した。
(二) 転勤命令の必要性
 被告は、昭和四六年三月頃、本社と工場を仙台市に、営業所を東京都、名古屋
市、大阪市に、出張所を札幌市、広島市、北九州市に、事務所を仙台市、新居浜
市、徳山市、大分市、市原市、茨城県鹿島郡<以下略>に有し、自動制御器及び暖
冷房機器の製造販売を営んでいた。
 被告が注文先から製品を受注するに当つては、注文先の技術者との専門的な打合
せ、及び、被告の技術者から注文先の技術者に対するアドバイスが必要であり、か
かる技術者(所謂セールスエンジニア)を介することなくしての受注は殆んどでき
ない状況にあつた。そのため、被告は、従来から、広島出張所及び鹿島事務所を除
くその他の前記営業所及び出張所に、一名ないし一〇名の技術者を配置し、他方、
広島出張所及び鹿島事務所には、注文先からの申込があつた都度、本社から技術者
を派遣して用を満してきた。ところが、広島出張所では、その得意先であつた三菱
重工業広島造船所の化工機部門が東京に移転し、同部門からの大口受注が期待でき
なくなつたため、新規の得意先を開拓することが必要となつた。そのためには、同
営業所に技術者の常駐が必須となつたばかりでなく、従来からも、同営業所に技術
者が常駐していなかつたために注文先との技術上の打合せに円滑さを欠き、技術面
のサービスが悪いとの不評を買つていたこともあつて、同営業所は、本社に対し、
大学卒の技術者の配置を強く要請した。又、その頃、その他の事業所からも、それ
ぞれ大学卒技術者の増員を要請してきていた。
 昭和四六年二月一〇日の被告役員会において右増員要請が検討された結果、とり
あえず広島出張所に技術者一名を増員配置することが決定された。その余の増員に
ついては、翌一一日及び一二日に開催された被告の営業会議(常勤役員の外、本
社、工場の各部課長、及び、営業所、出張所の所長等が全員出席し、翌年度の事業
計画を策定する被告の業務に関する最高機関である)において、引続き検討され
た。そして、右営業会議においては、昭和四六年度の販売目標を五二億六八〇〇万
円と策定するとともに、納期遅れやクレームの絶滅を期する必要性が再確認され、
その目標達成のためにも、取引先に対する技術的サービスを強化して信用を向上さ
せることで、受注を拡大する方針が決定されるとともに、前記各事業所からの増員
配置の要請が技術的サービス強化の目的で要請されていたことを考慮して、広島を
含め合計一八名を増員配置することとし、特に、広島、大阪、九州の事業所につい
ては、その人員構成や取引先の需要等の関係からみて、高度の技術的知識、能力を
有する者の増員、配置が不可欠であるとの結論に達したことから、同事業所には、
特に、大学工学部卒の技術者をあてることが決定された。
(三) 人選の経緯
 その後、被告では右の一八名につき、具体的な人選に入つたが、適任者の有無、
その他の事情のため、とりあえず六事業所に一四名を増員、配置することとした。
そして、広島に増員、配置されるべき一名については次のような理由から原告が最
適任と考えられた。
(1) 広島出張所の場合は、前記のように、三菱重工業広島造船所化工機部門の
移転に伴い、新規受注を開拓する必要があつたことに加えて、前記営業目標を達成
するためには技術関係の業務に精通した者、ー特に、被告の社内で「二八〇〇番」
と呼ばれている自動調節弁の機種は、全社的にみても年間総販売額の約六〇パーセ
ントを占めており、被告の主力製品といえるものであるが、広島出張所の場合には
右機種が同出張所の年間総販売額の八七パーセントを占めているため、右機種に精
通した者ーの派遣が即戦力として特に要求されていた。
(2) これに対し、原告は、東北大学工学部を卒業しているばかりでなく、昭和
四一年三月入社以来一貫して技術関係の業務に従事してきたこともあつて、技術者
として取引先と直接に交渉、折衝してゆくに必要な知識、能力を充分に具えてお
り、特に、被告が昭和四一年六月自社の主力製品たる自動調節弁の性能改善と原価
低減とを目標として研究開発を進めるプロジエクト・チーム(「CCD室」と称し
た)を発足させた際、その室員九名の一人として加わり、主として自動調節弁の駆
動部の改善を担当してその研究開発に当つた関係から、CCD室の研究開発の成果
として開発された前記の「二八〇〇番」と呼ばれる機種の技術面に精通していた。
(3) ところで、CCD室は、右の「二八〇〇番」の開発によつて一応その目的
を果したため、昭和四五年四月に解散し、一部室員のみが在庫管理プロジエクト・
チーム(昭和四六年三月一〇日に同チームの仕事が生産管理部管理二課に引継がれ
た後は同課)に配属され、「二八〇〇番」を生産工程にのせ、量産化するための作
業に従事したが、原告を含むその余は、他部門に配属され、特に、原告は、とりあ
えず製造部計器課に配属されて、自動調節弁の附属機器の組立調整ー特に技術的な
知識、能力を具えない中学卒業程度の者にでも可能な作業ーを担当するにすぎなく
なり、前記(2)のような知識、能力を充分に発揮できない状況にあつた。
(4) その反面、自動調節弁の附属機器は、従来機種の「一八〇〇番」関係のも
のでも、前記「二八〇〇番」関係のものでも共通であつたため、原告は、右の作業
を通じて「二八〇〇番」の本体ばかりでなく、附属機器に関しても、充分な知識、
経験を身につける結果となつていた。
(5) もつとも、被告に雇傭されている技術者の中には、自動調節弁及び附属機
器につき原告と同等もしくはそれ以上の知識と経験を有する者もないわけではなか
つたが、これらの者は、何れもそれぞれ工場の重要な地位にあり、余人をもつてこ
れに替えることができない事情にあつたため、被告としては、これらの者のうちか
ら広島出張所転勤を命ずることはできない実情にあつた。
(6) なお、原告は、将来被告の幹部となり得る候補者の一人として、自己が取
引先と直接、接触し、取引先が必要としているものを身をもつて知り、対外的折衝
の経験を積むことが、本人のためにも、又、会社のためにも有益なことであつた。
(7) 原告には、仙台市から広島市へ転出するについても、個人的に何らの支障
もないものと考えられた。
(四) 転勤命令の拒否
 そこで、被告は、就業規則七条一項(「会社は業務の都合で従業員に転勤を命じ
又は配置転換、職種、職階の変更を命ずることができる。」旨の規定)により、原
告へ本件転勤命令を発令し、その後、転勤をしぶる原告に対し、昭和四六年三月六
日から同月二二日までの間に前後六回にわたり、条理をつくして説得を重ねた。そ
の過程において、原告は、P1取締役総務部長、原告の直属のP2部長及びP3課長、
P4労務課長らに対し、(1)広島では経済的な面で生活できない。(2)六か月前
から原告を転勤させるとの噂があつた。(3)仙台に居たい気持である、というこ
との外、(4)発令の内示をしなかつたことや、(5)原告がもと組合の執行委員
をしていたことと本件転勤命令との関係を問題にして、被告の再考慮を求め、広島
出張所への転勤を拒否した。これに対して、被告は、前項(1)ないし(7)掲記
のように、本件転勤の業務運営上の必要性、原告の適格性を説明し、加えて、原告
の述べる拒否理由の各個について、それが本件転勤命令を拒否する正当な理由とな
りえないことを次のように縷々説明し、原告の翻意をうながした。即ち、右(1)
の経済生活上の言い分に対しては、仙台と広島との物価指数は殆んど同じであるこ
と、原告が広島で借家しても、被告では家賃の六〇パーセントを会社で負担するこ
とになつており、さらに、転勤すれば、規定により、原告には新たに金五五〇〇円
の地域給が支給されるし、他方、原告が現在居住している所有家屋を他に賃貸する
ことで家賃収入も見込まれること等から、原告が転勤しても仙台と同等あるいはそ
れ以上の生活を維持することが可能である。右(2)の噂の件については、本件人
事異動は昭和四六年二月の営業会議等における前記増員、配置の決定に端を発し、
しかも、原告がその対象者として選ばれたのは、さらにその後のことであり、六か
月前に噂がでるはずはなく、仮にそのような噂があつてもそれが組合員間で噂され
ていたというにすぎない点からして、それに拘泥することは理に合わぬものであ
る。又、右(4)の内示の件については、被告は、数年前から、人事異動に際して
の内示は一切行つていない。従つて、原告に対してだけ内示しなかつたとか、今回
の人事異動についてだけ内示しなかつたというわけではない。それに加えて、今回
のように一八名増員配置することを決定しながら、本社に余剰人員がないため適任
者が少く、一四名だけようやく選んだ経緯からして、予め本人の意向を打診した
り、内示を行つたうえで発令するということは、事務手続上不可能でもあつた。そ
れらを考えて、原告としても了承して欲しい。さらに、右(5)の点については、
原告が元組合執行委員であつたことと原告の広島出張所への転勤命令とは何の関係
もなく、被告は、人事異動に際して、組合員又はその執行委員経験者であつたこと
を考慮したことはなく、将来においても考慮するつもりはないことと、逐一理由を
あげて十二分に説明した。
 しかしながら、原告は、本件転勤命令のもつ被告の業務運営上の必要性と右命令
の合理性を理解しようとせず、「とにかく行きたくない。」との理由のもとに、こ
れを拒否する態度に終始した。
(五) 懲戒解雇条項の適用
 以上のように、原告は、広島出張所への転勤を拒否し、被告の本件転勤命令に従
わなかつた。原告の右行為は、被告の就業規則七条二項(「前項(注、転勤等の命
令)の場合、従業員は正当な理由なくしてこれを拒むことはできない。」旨の規
定)、九四条一号(本文要旨は、「下記の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処
する。」旨、一号は、「正当な理由なく業務命令に従わないとき。」旨の規定)所
定の事由に該当する。
四 原告(抗弁に対する認否)
1 抗弁1及び2の(一)の各事実は認める。
2 同2の(二)のうち、被告主張の本社、工場、営業所、出張所及び事務所の存
在と営業内容は認め、その余の事実は争う。
 被告が広島出張所及び鹿島事務所を除く営業所等に配置したと称する技術者と
は、大学技術系卒業者や工業高等学校卒業者であるとか、営業所や出張所採用者で
被告仙台本社工場において三か月程現場の組立等の技術実習を受けたうえで、セー
ルスに携わつていた者の全てを含めて称されていたものであつて、工学的知識と経
験を有する技術者とはいえない者が殆んどであつた。そして、このような者によつ
て被告の受注業務は十分にまかなつてきたものであり、受注業務に当つて専門的知
識を必要とすることは稀であつて、このような稀な場合には本社から技術者を派遣
しており、それで何ら支障は生じなかつた。従つて、原告のような大学工学部卒業
後、設計開発等の技術的業務に従事した経験のある者は東京出張所に数名いるだけ
であつて、他の営業所には殆んど配置されておらず、又、このような者が仙台から
他県の営業所に転勤になつた例は原告が入社して以来、昭和四六年に至るまで一名
もなかつた。
 又、三菱重工業広島造船所化工機部門が東京に移転すれば、東京営業所の受注高
が増加し、広島出張所の受注高が減少する理であつて、東京営業所における人員の
増加の必要は肯定しえても、広島出張所への転勤の必要性はでてこない。被告は、
この点について新規受注の開拓の必要性を主張するが、これまで技術者のいなかつ
た広島出張所が随一の受注高伸び率を達成してきたことから明らかなように、受注
増加のために格別技術者を必要とすることはないものである。
3 抗弁の2(三)の事実は争う。
 前述のとおり、従前から技術者の配属されていなかつた広島出張所の売上高の増
加からも明らかなように、技術者なしでも受注業務には支障がなかつたものである
から、右営業所に技術者がいなかつたことは転勤の必要性を肯定する理由となしえ
ない。
 又、被告の主力製品である「二八〇〇番」自動調節弁は、駆動部、ボデー部、付
属機器の三つによつて構成されているところ、原告がCCD室で研究開発に従事し
ていたのはそのうちの駆動部のタイアフラムトツプ部分にすぎず、自動調節弁の最
重要部分であり、従つて自動調節弁の受注業務に最も必要とされるボデー部の設計
開発には全く従事せず、原告は、右ボデー部分についての経験と知識は皆無であつ
た。
 さらに、数ある付属機器の中で最も技術的に難しいのはポジシヨナーであるが、
原告は、ニユーマチツクリレーという付属機器の組立に従事したにすぎず、これは
簡単な作業であり、原告が右組立に従事していたからといつて付属機器についての
知識と経験を有していたとはとうてい言えないものであり、被告には他に原告以上
の転勤適任者が多数存在した。
 なお、原告が昭和四五年四月に計器課に配転になつた理由は、被告の主張するよ
うな一週間程度で修得できる付属機器の知識と経験を得るためのものではなく、現
場へ技術を浸透させることを目的としてなされたものであつて、役不足の状態にあ
つたものではない。
 さらに、原告は、妻の両親の世話をするために仙台に永住し、かつ技術者として
生活し続けてゆくという目的のもとに、被告に入社したものであつて、広島への転
勤は右目的の実現をふいにさせるとともに、他方、仙台本社での組合活動ができな
くなることによつて、労働者の団結と労働条件にとつて重大な損失をこうむらせる
ことになるなど、本件転勤命令は原告に対し諸々の障害を与えるものであつた。
4 抗弁2の(四)のうち、被告が原告への本件転勤命令を発令し、その後、これ
に関連して原告と数次の交渉をなしたこと、及び、原告が右命令を拒否したことは
認め、その余の事実は争う。
 被告は、原告に対し、右転勤の必要性について納得のゆく説明はなさず、原告が
転勤を承諾しない理由としてあげた、(1)仙台勤務の約束であつたこと、(2)
転勤したのでは生活ができないこと、(3)不当労働行為であること、に対して誠
実な回答をなさず、一方的に右命令に従うことを求めたにすぎない。
5 抗弁2の(五)の事実は争う。
五 原告(再抗弁)
1 労働契約違反
(一) 原告が被告へ入社するに至つた経緯
 原告は、昭和三九年四月、東北大学工学部を卒業すると同時に埼玉県東松山市に
工場を有するヂーゼル機器株式会社に入社し、研究開発に従事していたが、原告の
妻P5と結婚するに際し、同女が仙台にいる両親の世話を見なければならない立場に
あつた等の理由により、仙台に永住する必要に迫られた。
 そこで、原告は、右会社に右の事情を話したところ、同社は原告に対し、同社仙
台営業所に転勤することを勧めたが、同社の意向が将来に於ては再び東松山工場勤
務にし、技術屋の仕事をさせることであつたので、やむなく同社を依願退職し、仙
台で技術屋として永住できる企業を捜して台糖フアイザー株式会社、ラサ工業株式
会社等に打診したが、いずれも技術屋の勤務場所が東京になるとの条件であつたの
で断念した。
 ここに至つて、原告は、学生時代に名を知つていた被告が、仙台市内に本社と工
場を持ち、仙台市以外の地には小規模の営業所、出張所しかなく、他方、原告が技
術者であることから営業所や出張所での受注販売業務に従事する可能性はないもの
と考え、従つて、被告であれば仙台から転勤することなく仙台に永住し、技術者と
しての業務に従事できると判断して、被告に就職することを決意した。
(二) 勤務場所、職種に関する合意の成立
 原告は、昭和四一年一月、被告に対し、結婚その他の理由により仙台に居住した
いので、ヂーゼル機器株式会社を退社し、仙台に本社工場のある被告に入社したい
旨、手紙で申込んだ。これに対して、被告は同月原告に対し、原告を研究開発の技
術的業務に従事する技術者として採用する意向を伝えた。そこで、原告は、被告の
設計開発等の業務は仙台の本社工場でしかしていないことからして、被告によつ
て、仙台に居住し、技術者として勤務したいとの原告の申出が了解されたものと理
解し、同年二月、被告の面接を受けて、被告に入社した。その面接の際も、被告の
係員は、原告に対して、技術者として転勤があること等には一切言及せず、又、被
告の就業規則を呈示することもなかつた。
 このような経緯からして、被告は、原告からの、勤務場所を被告の仙台本社工場
とし職種を技術者とする申込を黙示的にせよ了解したうえで、原告との間に、その
旨をも内容とする労働契約を締結したものである。
 従つて、原告に対する本件転勤命令は、従来の労働契約の内容を変更するもので
あるから、原告がこれに同意しない以上、その効力を生じない無効なものである。
2 労働協約違反
(一) 組合との事前協議約款違反
 全国金属労働組合本山製作所支部(以下、「全金本山支部」という)は、昭和四
五年一〇月二〇日、被告に対し、「会社は、全ての従業員の解雇、配転及び工場の
増改築等の一切の労働条件の変更についてはその都度、組合と協議のうえ、実施す
ること。」との要求書を提出し、被告と数度の団体交渉を行つた。その結果、被告
は、右要求を了承し、同年一一月三〇日、全金本山支部との間で、「組合員の労働
条件の変更については、会社は労働組合と協議する。」との労働条件の決定に関す
る協定を結び、その旨の協定書を作成した。
 もつとも、被告は、右協定書中の「労働条件の変更」は個々の組合員の労働条件
の変更を意味するものでなく、「労働条件の基準の変更」を指す意味であり、その
旨の対組合との確認書も存在すると主張しているが、右協定案を採択した全金本山
支部の妥結大会の場においても「労働条件の変更」が「労働条件の基準の変更」で
あるというようなことには一言も触れられていず、それは、個々の組合員の労働条
件の変更そのものを指すことが確認されていたものである。又、右確認書は、右協
定書作成の後半年も経てから作成され、昭和四六年九月になつて公にされた文書で
あるが、その内容については、組合大会の審議決定を経たものでなく、かえつて、
昭和四六年一一月一〇日の組合大会において、右確認書は手続的にも内容的にも無
効なものと決議された。
 従つて、被告が全金本山支部の組合員を転勤させる場合は、事前に、転勤予定者
の氏名を全金本山支部に告知し、誠実に協議すべきであつたにも拘わらず、被告が
全金本山支部の組合員である原告を転勤させる予定であることを全金本山支部に告
知したのは、既に本件転勤命令を発令した翌日の昭和四六年三月四日であり、被告
は、原告を転勤させることについて事前に、全金本山支部と協議していない。
 しかも、被告は、全金本山支部が原告の懲戒解雇に反対する意思を有していたこ
とを知りながら、同支部と事前に協議することなく、本件懲戒解雇を為すに至つた
ものである。
(二) 組合員本人との事前協議約款違反
 全金本山支部は、昭和四二年一〇月二〇日、被告に対して、人事異動の事前協議
制の実施を要求する書面を提出した。被告は、これを受けて、同年同月二八日、同
支部に対し、「組合との事前協議をする意思はないが、遠隔地への異動については
本人に対して事前に相談している」旨を書面で回答した。
 従つて、右回答によつて、被告と全金本山支部との間には、遠隔地への転勤につ
いては被告は本人と事前に協議するとの協約が成立した。
 しかしながら、被告は原告への本件転勤命令を発令する以前には、転勤について
原告と相談ないし協議したことがなかつたのは勿論、原告に対して転勤が予定され
ている旨を告げたこともなかつた。
(三) まとめ
 従つて、被告の原告に対する本件転勤命令は右各事前協議約款に違反しており、
無効のものである。
3 不当労働行為
 被告の原告に対する本件転勤命令は原告の正当な組合活動の故をもつてなされた
不利益取扱いとしての不当労働行為であつて、無効である。
(一) 原告の組合活動
 原告は、被告の従業員で組織する全金本山支部の組合員として昭和四二年から組
合活動に従事し、同年秋に拡大執行委員(団体交渉委員)に選任され、職場改善、
事前協議制を要求する被告との団体交渉に参加した。次いで、原告は、昭和四三年
八月、全金本山支部副委員長に選任されて同支部の組合活動を指導するとともに、
昭和四四年には八月の役員改選で副委員長に再任され、九月の全国金属労働組合宮
城地方本部定期大会で同本部(以下、「宮城地本」という)の副委員長に選任さ
れ、以後、全金本山支部のみでなく宮城県下の全国金属労働組合の団結強化のため
に努力してきた。
 全金本山支部は、結成以来昭和四三年春闘に至るまで一度もストライキをしたこ
とがないという事実に象徴されるように、昭和四三年頃までは団結力の弱い組合で
あり、賃金等の労働条件も全国の同種企業と比較してきわめて低い状態におかれて
いた。
 しかし、原告らの努力によつて、全金本山支部は、徐々に団結を強化し、昭和四
三年春闘には組合結成以来初めてのストライキを行い、この時は敗北したものの、
さらに、原告らが中心となつて組合活動を指導し、着々と次のような成果をあげ、
地域組合の足枷から地域組合の牽引車、闘う組合へと変化して行つた。即ち、
① 原告らは、昭和四三年秋闘で職場の改善要求の掘り起しを行い職場交渉、窓口
交渉、団体交渉等の方法で多くの成果をあげ、組合員の団結が強化されたとして宮
城地本の中でも高い評価を得た。
② 昭和四三年年末一時金闘争では一八万円の要求を出し、スト確立までの指導を
し、当時としてはかなり高額の一時金を獲得した。
③ 昭和四四年春闘では九〇五七円の賃上げと初めての通勤費獲得に成功した。こ
の賃上げはこれまでの額に比して大幅賃上げであるばかりでなく、宮城県内にも大
きな影響を与え、その後の賃金引上げの土台となると同時に全国バルブ産業労働組
合協議会(以下、「バルブ協」という)の牽引車としての役割を果したと評価され
た。
④ 昭和四四年夏期一時金闘争において一九万円の一時金を獲得したが、これはバ
ルブ協の業種別組織の動向をも決定的にし、全国的な影響を与えた。
⑤ 昭和四五年春闘においては、のべ五七時間にわたるストライキを含む争議行為
によつて、大幅な賃上げと会社側提案の二交代制勤務案を撤回させる等の労働条件
の大幅な改善を勝ち取つた。
 以上の他に、原告は、宮城地本の副委員長として同地本北ブロツクの指導を担当
し、他支部との共闘の強化に努め、特に、被告の下請会社である精密機器工作所及
びエンベロール工業の各組合支部の連帯と強化を指導し、合同会議を設定し、昭和
四五年一月から六月にかけて精密機器工作所組合支部における労働条件引下げ団交
拒否に対する労働基準監督署への提訴を指導し、その団体交渉にも出席して、会社
側にこれらを撤回させて未払賃金を支払わせた外、同年夏期一時金闘争において
は、全金本山支部及び右二組合支部の三支部が同時に闘争を行い、全金本山支部が
妥結しても両支部支援の為に残業拒否等を続行する等の三支部の闘争を指導した。
(二) 原告の組合活動に対する被告の態度
(1) 組合活動に対する被告の態度
 被告の組合活動に対する態度は、労働者の立場に立つて積極的に活動する者を嫌
悪し、組合活動から排除し、他方では被告の意に沿う組合活動を行つた者について
は辞任後昇格させ役職につかせるというものであつた。
 このような労務政策は昭和二四年の六五パーセントの人員整理の貫徹を通して確
立されて来たものであつたが、この二四年の人員整理の総括を被告は、「会社を再
建するには健全な組合を作つてもらう以外はない。結局経営者側の信念に屈して過
激分子は会社を去つていつた。職業革命家等と称してアジに生きがいを見出してい
るような労働者は企業に不要であつた。この為本当に生産に喜びを感じる人、思想
の堅い人が残り、良識ある組合が育成された。」とした。
 被告は、この方針に基いて、昭和三六年にはP6(初代委員長)、P7(書記長)
らが組合を全国金属に加盟させて、その方針の下に活発な組合活動を行うや、社内
報本山ニユースを用いて、「アカ攻撃」、「左翼分子の排除は組合運動の権利かつ
義務」等と述べて思想攻撃支配介入を行い、昭和三九年春闘における時間外拒否闘
争に対しても残業を命ずる業務命令を行い、昭和三九年八月に右P6及びP7が組合
役員を辞任するや翌四〇年三月には組合活動をやりすぎたことを理由に見せしめと
して転勤させた。
 その後においても、被告は、全金本山支部等の組合活動に対して次のような露骨
な多くの弾圧を行つた。
イ 昭和四三年春闘に関して
(イ) 被告は、第一回の団体交渉の席上で、「話し合いをするのに刃物をふりか
ざすとは何事だ」等と述べ、ストライキ権の確立、ストライキを嫌悪する態度を示
した。
(ロ) 被告は、時限ストに際し、「ストライキに入る者はタイムレコーダーを押
せ。」と業務命令を発し、タイムレコーダーの設置場所に部課長を配置し、さらに
タイムレコーダーを止めてストライキ参加者に嫌がらせをした。
(ハ) 被告は、ロツクアウトを宣告していないにも拘わらず、各職場入口に、
「スト参加者は職場出入りを禁ずる。」との貼紙を掲示し、私物を取り出すため組
合員が職場に入ることすら阻止した。
(ニ) 被告は、ストライキ終結後、執行部の処分を目的とする懲戒審査委員会を
開催し、就業規則違反があつた場合処分する旨を決定した。
(ホ) 被告の社長は、右懲戒審査委員会の席上で、「委員長、書記長を首にせ
よ。」と発言した。
(ヘ) 被告は、ストライキに対する報復処分として、能力給の査定に当り、委員
長、副委員長二名、執行委員二名、書記長、拡大執行委員三名に対して、標準より
一号低い査定をし、その中に原告も含まれていた。特に、原告の所属する職場の組
合員九名のうち、右のような低い査定を受けたのは原告と書記長のP8のみであり、
原告は、入社二年目で査定対象者でないことからしても、右査定は組合活動を理由
とする不利益処分である。
(ト) 被告は、昭和四三年秋の人事異動で、全金本山支部青年婦人部長P9をP
4事務所へ転勤させ、同年春闘を指導したP10、P8を非組合員に昇格させるととも
に、今迄の倍以上の組合員職制を作り組合対策を行つた。
ロ 昭和四三年年末一時金要求に対して、被告工場長(現社長)は、団体交渉の席
上で、「オダツはね上り」と罵倒し、机上の灰皿が飛ぶほど机をたたき、嫌悪感を
露骨に表わした。
ハ 同四四年春闘で全金本山支部が一律配分の賃上げを要求したのに対し、被告側
(P1部長)は、「そういう考え方は共産主義的考え方ではないか。」と主張した。
又、被告は、この頃から、再び、組合執行部特に組合の方針を提案し中心的に活動
する原告に対し、共産主義者、過激思想の持ち主という攻撃をするようになつた。
ニ 昭和四五年春闘に関して
(イ) 被告は、昭和四四年一二月に労務課を新設し、組合対策の専門課を設置し
た。
(ロ) 被告は、要求に対する回答日の翌日付で、各組合員宅に、「極めて不見識
な要求……スケジユール闘争を組んでいます。こうしたことは一部の尖鋭分子が計
画しているもので一般の従業員はただその声におどらされている。無謀な闘争は断
固として排除しなければなりません……家庭の皆様も共に手をつないで会社のこの
努力に御協力下さるよう御願い致します。」という内容の組合への支配介入の文書
を郵送したが、右でいう「一部の尖鋭分子」とは原告を含む組合執行部を指してい
ることは明白である。
(ハ) 当時の被告工場長(精密機器工作所長を兼務)は、精密支部の委員長と書
記長に対して、「全金本山支部に巻き込まれないように。共産党員が二〇人ばかり
いる。共産党員を入れない為にガードマンを入れる。」と発言した。
(ニ) 被告工場長(現社長)は、同年三月二七日の全金本山支部執行部三役との
会合の場において、「組合つぶしには何億でもかける。ガードマンを入れる。会社
のまわりを機動隊でかこんでロツクアウトをかける。君達が二交替制をのんでくれ
れば三役の銅像を作つてやる。」と発言し、恫喝と懐柔を行つた。
(ホ) 被告は、ストライキに対して、ガードマン(日本警備保障)を導入し、組
合のビラをはがす等の争議行為の切りくずしを行うとともに、ストライキ参加者の
行動を一々撮影する等の挑発と嫌がらせを行つた。
(2) 原告の組合活動に対する被告の態度
 被告は、宮城地本の副委員長を兼任し、全金宮城地本の方針の下に闘う全金本山
支部に変革させる為に活動してきた原告に対して、特に強い関心を示し、昭和四
四、四五年度組合執行部の中でも危険人物として嫌悪し、マークしていた。
 特に、被告は、原告に対し、昭和四三年春闘の際のストライキの指導に対する報
復処分として能力給を一号の減給査定をなす不利益処分をなし、昭和四五年春闘に
際しては、原告を一部尖鋭分子と中傷する文書を組合員に配布し、又、原告を共産
党員と呼び、原告と組合員との分断を計つたり、同春闘の社長交渉の場で、被告社
長自ら、「全金は思想にこり固つているからダメだ。」と発言して、全金の方針に
従つて活動している原告を攻撃するに至つている。
 ところで、被告と全金本山支部との間には、「組合四役(委員長、書記長、副委
員長、書記次長)は、その在任中できるだけ転勤させない。」旨の協定が結ばれて
いたため、被告は、原告を仙台における組合活動から排除することができなかつ
た。しかしながら、昭和四五年八月に原告が同組合副委員長を辞任したことから、
被告のこれまでの態度に照らし、被告は、次の人事異動で原告を転勤させ、組合活
動から排除するであろうことは、社内で公然の噂となつた程であつた。
(三) 昭和四五年役員改選後の原告の活動等
 全金本山支部の役員改選は従来立候補制になつていたが、現実には立候補者がな
く推薦委員会の推薦で役員が決定されるのが慣例であった。そこで、原告ら執行部
は、昭和四五年度役員改選に際しても右慣例の推薦によって全員留任する意向であ
つた。ところが、P11及びP12(両者は、昭和四五年度の長期化した春闘の中で、
ストライキは無意味と主張し、かつ、生産性向上委員会のメンバーであつた)は、
右慣例の盲点をついて、現執行部と対立候補では勝目がないので誰も立候補してい
ないのを確めたうえで、突如、立候補締切五分前に立候補の届出をなし、その後も
原告らの立候補がないまま立候補受付が締切られ、右P11、P12が昭和四五年度全
金本山支部役員に就任した。ところで、その後、原告は、右P12らから協力を求め
られたが、右P12らが原告を役員に加えることに反対したこと、及び右P12らとの
間で昭和四五年春闘に対する評価が全く異つていたことから、噂どおりに転勤させ
られる危険を覚悟の上で執行部に入らず、組合が以前の企業内御用組合へと変質す
るのを阻止するための活動をすることにした。
 そこで、原告は、青年部運動を強化することによつて全金本山支部の御用組合化
を阻止しようと努め、以後も執行部にいた時と同様の組合活動に専念し、さらに
は、全金精密支部の相談にも応じてきた。
 原告は、昭和四六年二月に被告の営業会議の決定として、「即戦力となる一八名
の営業所、出張所への転勤」が公表されたことで、全金本山支部をして、「人事異
動に関して、昭和四五年春闘の責任を追及しないこと及び日常組合活動を理由に不
当扱いをしないこと」を被告に申し入れさせた。しかるに、被告は、これら全金本
山支部の申し入れを無視し、原告に事前の相談もなく本件転勤命令を通知した。そ
こで、原告は、即時、被告のP3課長に対し、「転勤したのでは生活できないこと、
及び本件転勤命令は不当労働行為である」旨を伝えて、これを拒否し、翌五日には
労働契約の違反を拒否の理由に加えた。他方、原告の影響を受けていた全金本山支
部青年婦人部は、転勤反対の態度を固め、組合執行部を追求し、転勤命令に対して
は生活権で闘うとの執行部の答弁を引き出した。しかしながら、右執行部は、被告
に対し、何ら具体的措置をとることなく、原告に対する本件懲戒解雇が行われるま
で事態を放置し、その後においても解雇撤回闘争に取り組もうともしなかつた。こ
こに至つて、組合員有志は、「原告を守る会」(以下、「守る会」という)を結成
して原告の解雇反対闘争を開始するとともに、同会への組合員の加入を働きかけ
た。
 被告は、「守る会」の活動が始まると、緊急に主任以上の管理職を集めて、その
加入勧誘者と加入者の調査を指示し、文書による報告を求め、加入者に対しては、
入会の有無を詰問し、脱会を強要して、解雇反対闘争を弾圧した。
 その後の昭和四六年八月の役員改選を直前にした七月上旬、被告の総務課長P
13は、「組合役員の経験をしておくことは有益なことだ。」と述べて立候補するよ
う働きかけたり、選挙管理委員に選出されたP14の自宅に電話したりして介入し
た。同年八月七日の全金本山支部大会において、原告の解雇反対闘争を組合として
取り組むべきとする立候補者がそれまでの執行部の押す立候補者を押えて当選し、
委員長P15の新執行部が誕生した。ここに至つて、被告は、全金本山支部を分裂さ
せ、第二組合を育成するための介入を行い、「原告は、アカで会社をつぶそうとし
ている。P15も同じだ。」等と原告らを攻撃するとともに、従業員の第二組合への
加入を進めていつた。
(四) まとめ
 これら被告の一連の行為は、被告が全金本山支部の組合運動を嫌悪し、その弱体
化を計り、その一環として、原告を仙台における組合活動から排除するために本件
転勤命令を発したものであったことを明白に示している。
 ところで、原告は、本件転勤によつて仙台での組合活動ができなくなるばかりで
なく、広島出張所は従業員わずか五名程度であつて、組合活動は事実上無いに等し
いのであるから、本件転勤命令は原告の組合活動をほとんど不可能にするものであ
る。従つて、本件転勤命令は、原告にとつて組合活動上きわめて不利益な取扱いで
あるばかりでなく、組合の団結と労働条件の維持向上の為にも重大な損失を与え、
組合の弱体化を招くものである。
 従つて、本件転勤命令は、労働組合法七条一号、三号所定の不当労働行為に該当
し、無効である。
4 人事権の濫用
 すでに述べたとおり、本件転勤命令には業務上の合理的必要性がないうえ、原告
はその適格者でもなく、他方、原告は、本件転勤により、組合活動が不可能とな
り、そのことは組合の弱体化へとつながり、さらに、原告は、妻の両親の世話をし
なければならない立場にあり、そのため被告に入社し、入社後も仙台永住を予定し
て借金して家屋を建てる等の生活設計をしてきたものであつて、広島への転勤は原
告及びその家族にとつて家庭生活上、経済上の破綻を意味するものである。被告
は、これらの原告の不利益を熟知しながら、本件転勤命令を発令したものであつ
て、本件転勤命令は、人事権の濫用として無効である。
六 被告(再抗弁に対する認否)
1 再抗弁1の(一)のうち、原告がその主張の頃、東北大学工学部を卒業し、埼
玉県東松山市に工場を有するヂーゼル機器株式会社に入社したことは認め、その余
の事実は知らない。
2 再抗弁1の(二)のうち、原告が昭和四一年一月に被告へ手紙をよこしたこ
と、及び被告は、同年二月に原告を面接して原告を入社させたことは認め、その余
の事実は否認する。
 被告が原告から受取つた右手紙には、当時、原告がヂーゼル機器株式会社に在職
中であることを明らかにし、加えて、「現在は、研究部ないし会社の方針、及び開
発に対する信念、意欲(研究ないし会社の)が感じられず、技術的ポテンシヤルの
向上が望めないこと、及び会社に漂う事勿れ主義(改善すべきことについても然
り)な雰囲気に私自身の性格が一致し得ない」と同会社に対する不満の大きいこと
を詳細に述べていた。もつとも、原告は、右手紙で、「結婚及びその他それに付随
する私事の都合から仙台に居れることが望ましい」とも述べているが、それ以上
に、「私事」の具体的内容には一切言及しなかつたので、被告の関係者としては、
原告のいう私事についての具体的な事情は一切窺い知りえず、原告が被告に採用を
申し出でた動機はヂーゼル機器株式会社に対する不平不満にあると推測したもので
ある。そして、その採用にあたり、原告と面接した被告の取締役総務部長P1は、原
告に対し、被告に転勤があることを告げた。それにも拘わらず、原告は、被告に対
して、何等異議、苦情を申し述べたり、採用申込を撤回したりすることもなく、被
告に採用されたものである。従つて、被告と原告との間に、原告の勤務場所につき
就業規則と異なる特約のなされた事実は全くない。
3 再抗弁2の(一)のうち、全金本山支部が被告に対し、原告主張の頃、原告主
張内容の要求書を提出し、交渉がもたれた結果、右両者間で、「組合員の労働条件
の変更については、会社は労働組合と協議する。」との文言により労働条件の決定
に関する協定書が作成されたことは認め、その余の事実は争う。
 しかし、右協定は、組合員個々人の労働条件の変更を対象としたものではなく、
労働条件の基準の変更について被告と全金本山支部とが協議することを定めたもの
である。即ち、被告は、右協定交渉の場において、右協定が組合員個々人の労働条
件の変更を対象とする旨の要求を拒否し、被告作成の協定書案にも「労働条件の基
準の変更について協議する。」旨明記してあつた。ところが、組合側出席者から、
「基準という字句を入れなくとも、労働条件の変更についてすべて協議するという
趣旨でなく、労働条件の基準の変更について協議するという趣旨であることは十分
わかつているし、その趣旨について後日問題になるようなことがあつたときは、い
つでも、我々がその趣旨について立証するから、協定文から基準という字句を抜い
てほしい。」という要望が出され、会社側もそれを了承して、「基準」という字句
を含まぬ協定文が完成したものでる。ところが、昭和四六年六月一五日に開催され
た労使懇談会の席上で文書外の了解事項ということが問題となつたことから、その
直後に、右協定書についてもその趣旨を確認する文書を作成するということにな
り、数日後に、同月一五日付で、右協定書中の「労働条件の決定」は「労働条件の
基準の決定」であり、個々の労働条件を指すものではない旨の「確認事項」と題す
る書面が被告と全金本山支部との間で取り交わされた。なお、前記協定成立後も、
被告が特定の従業員の労働条件の変更について、全金本山支部と事前協議すること
なく行つてきたが、それに対して全金本山支部から何らの抗議を受けることなく経
過してきたことは、右協定の趣旨が被告主張のとおりであることが明らかである。
4 再抗弁2の(二)のうち、被告が全金本山支部の昭和四二年一〇月二〇日付の
原告主張内容の要求書に対し、同月二八日付回答書をもつて回答したことは認め、
又、右要求書中に、「今は、遠隔地への異動については、本人に対して事前に相談
しているところであり」という文言が含まれていたことは事実であるが、その余の
事実は争う。
 右回答書は、その文書それ自体によつて明らかなように、「現在はこのようにし
ている」という、その時点における事実関係を明らかにしたものにすぎず、全金本
山支部に対して一定の約束をしたり、将来ともそのように行う義務を認めた趣旨の
ものでもない。被告は、その後、人事異動に関して、個人と事前に相談する取扱い
を止めたが、そのことについて全金本山支部や、その組合員から何らの抗議もなか
つた。加えて、そもそも労働協約については、労働組合法一四条により様式が定め
られているところであつて、往復文書のごときをもつて両当事者各別の書面に署名
捺印するような形式の協約は労働協約としての効力を生じないものであり、被告と
全金本山支部との間で、前記のような文書が往復されたからといつて、両者間に労
働協約が締結されたことにならないことは明らかである。
5 再抗弁2の(三)の事実は争う。いずれにしても、被告としては、本件転勤命
令が原告主張のごとき協約に違反するという非難を受けるべきいわれはない。
6 再抗弁3の冒頭の事実は争う。
7 再抗弁3の(一)のうち、原告が被告の従業員で組織する全金本山支部の組合
員であり、昭和四三年八月に同支部副委員長に、昭和四四年には同副委員長及び宮
城地本副委員長にそれぞれ選出されたこと、全金本山支部は、昭和四三年春闘にお
いてストライキを行い、昭和四四、四五年の春闘において大幅な賃上げがなされ、
会社側が二交代制勤務の提案を撤回したことは認め、原告が全金本山支部の組合活
動を指導し、宮城県下の全金労組の団結権強化のため努力してきたことは知らな
い。
8 再抗弁3の(二)の(1)については、次で認める部分を除き、その余の事実
は否認する。即ち、
(一) 同イの(ロ)のうち、被告が時限ストに参加する者に対し、タイムレコー
ダーを押すように指示したり、タイムレコーダーの設置場所に部課長を配置し、一
定時間に至ればタイムレコーダーを止めるようにしたことは認める。しかし、これ
らは、時限スト参加者も、全日ストと違つて時限ストである限り、スト参加の時間
帯以外は平常どおり就労すべきことは当然であるし、タイムレコーダーの打刻を行
うべきことは当然のことである。しかるに、昭和四三年春闘の際には、時限スト参
加者でタイムレコーダーの打刻を行わない者や、ストでもないのに所属長の許可な
しに勝手に職場離脱をなす者が少なくなく、中には虚偽の休暇申請をする者もい
た。そのため、被告では、右のように指示したり、部課長等にタイムレコーダーの
管理をさせざるを得なかつたものである。
(二) 同イの(ハ)のうち、被告が原告主張のような貼紙をしたことは認める。
しかし、それは、昭和四三年春闘のストライキの際、スト参加者が職場放棄をした
後に職場で喧噪にわたる言動をなし、管理者や嘱託等の非組合員の就労の妨げとな
つたために、これを防止する必要から行つた処置であつたが、その際も、組合員が
私物の持出等の必要から職場に出入することは一切妨げておらず、自由に行いえた
状態にあつた。
(三) 同イの(ニ)のうち、被告が昭和四三年春闘スト終結後、懲戒審査委員会
を開催したことは認める。しかし、それは、前記(一)のように右春闘の際、タイ
ムレコーダーを打刻しなかつたり、ストでもないのに所属長の許可なしに職場離脱
をしたりする者が少なくなかつたため、それ等の企業秩序を乱した行為について審
査するために開催されたものであつたから、企業として当然のことをなしたにすぎ
ない。しかも、右の懲戒審査委員会においては、「一九年ぶりのストライキで、組
合の執行部も研究不十分だつたし、一般組合員もいたずらに感情的な対抗心を燃や
したということもあり、一方管理職も不馴れでその取扱いや処置に適切さを欠くも
のがあつた。」として責任追及をしないこととし、今後のため、労使双方で反省す
る資料として、その審議経過を社内ニユースに掲載することとしたものである。
(四) 同イの(ヘ)のうち、被告が昭和四三年度の給与改定に際し、原告やP8を
含む従業員の一部に対し、能力給一号減の査定をしたことは認める。ところで、被
告は、昭和四三年以前から毎年、給与改定に際して、従業員の過去一年間の勤務実
績に応じて能力給の査定を行なつてきたものであつて、このことは昭和四三年に限
つて行われたものでなく、ましてや、原告に対する査定が原告の組合活動の故にな
されたものでもなく、ひとえに原告の勤務実績に基づくものであつた。又、右査定
によつて、当時の全金本山支部の執行委員一五名の中には、プラスに査定されたも
のも数名に及び、平準に査定された者も存在したのであつて、この結果からみて
も、右査定が組合活動を理由とする不利益処分でなかつたことが明白である。
(五) 同イの(ト)のうち、被告が原告主張の転勤を命じたことは認める。しか
し、被告は、その際、P9に転勤の必要性を十分説明して、了承を得てなしたもので
あつた。
(六) 同ニの(ロ)のうち、被告が原告主張内容の文書を従業員に配布したこと
は認める。しかし、組合の要求に対する被告の回答をまつことなく行われる計画ス
ケジユール闘争のごときはいうまでもなく違法不当なものであり、従つて、文書自
体によつて明らかなごとく、同文書に記載されているところは組合執行部や争議行
為を非難中傷するものではない。
(七) 同ニの(ホ)のうち、被告が昭和四五年頃に日本綜合警備保障株式会社に
依頼して、そのガードマンをして警備業務の一部を行わせたことは認める。しか
し、これは、被告の従業員の守衛がいずれも高齢のため、広い工場敷地全体の警
備、特に夜間の警備が手薄となつていたこと、守衛の若返りを計つたが適任者が得
られなかつたこと等のために、約一年間試験的に行つた処置であつたもので、たま
たまその実施が昭和四五年となつたにすぎず、全金本山支部の組合活動とは何等の
関係もなかつた。なお、全金本山支部が古新聞にマジツクインクで見苦しく書きな
ぐつたビラを被告に無断で、被告の玄関、窓その他のありとあらゆる場所に無秩序
に貼りめぐらしたため、非組合員らがやむを得ずこれをはいだ際、ガードマンが手
伝つたことがあつた。しかし、これらの行為が右の状況の下で行われたことからし
て、組合活動を妨害したものということはできない。
9 再抗弁3の(二)の(2)のうち、被告が昭和四三年度の給与改定に際し、原
告に対して能力給一号減の査定をしたこと、被告と全金本山支部との間には、組合
四役の転勤に関して、原告主張の協定が結ばれていたことは認め、被告の社内で原
告主張の噂がなされていたことは知らない。その余の事実は否認する。なお、原告
に対する右査定のなされた理由は、すでに右8の(四)で主張したとおりであつ
て、原告の組合活動の故になされたものではない。
10 再抗弁3の(三)のうち、被告が昭和四六年二月の営業会議の決定として、
即戦力となる一八名の営業所、出張所への転勤を公表したこと、被告は、原告及び
全金本山支部に事前の相談をすることなく本件転勤命令を発令したこと、及び、原
告が、転勤したのでは生活できないことや本件転勤命令が労働契約違反又は不当労
働行為であること等を理由として、本件転勤を拒否したことは認め、その余の事実
は争う。
 昭和四五年の全金本山支部役員改選前後における組合内部の事情等を被告が知つ
たのは、本件発生後、相当期間が経過した後のことであつて、これらの事情と本件
転勤命令とは何らの関連もない。
 もつとも、被告は、本件解雇処分後、従業員の一部が就業時間中に、職場でビラ
配布や、特定グループ(当時は、「守る会」とかその準備委員会ということは不明
であつた)への入会勧誘等を行つていることを知り、管理職に対し、それぞれの職
場でそのような職場規律違反行為が行われた事実があるかどうか、あるとすれば、
何時、だれによつて、どのように行われたかを調査させるとともに、かかる職場規
律違反行為を行わせないように注意するよう指示したことがあり、各管理職らも、
その指示に従つて行動したが、その際、原告主張のように入会の有無を詰問した
り、脱会を強要するようなことは一切行つていない。しかも、当時の全金本山支部
の三役は、被告の総務部長からの問い合わせに対し、右の「守る会」とか、その準
備委員会とかは全金本山支部とは関係がなく、組合活動でもない旨を右総務部長に
回答しているところであつて、これらのグループは、その後においても、全金本山
支部とは全く別個の存在であつた。従つて、右の「守る会」とか、その準備委員会
に関することを、不当労働行為との関連において論ずることはできない。
 なお、原告は、被告が昭和四六年七月の全金本山支部の役員選挙や第二組合結成
に介入したと主張するが、そのような事実はない。もつとも、被告の総務課長P
13が、かつて組合活動を行つた際の後輩らから、役員立候補の是非を相談されたの
に対し、自己の体験に照らし、「役員として組合活動を行うことは、色々な意味で
将来に役立つから、立候補してみたら良いのではないか。」という趣旨のことを述
べたことがあつた。しかし、これらの言動は、被告の意を体して行つたものでもな
ければ、不当労働行為にも当らないことは、改めて論ずるまでもないところであ
る。
11 再抗弁3の(四)の事実は争う。
 なお、本件で特筆されるべき事情として、当時、原告が所属していた全金本山支
部の関係者らの圧倒的多数が、本件転勤命令の正当性を認め、従つて、本件懲戒解
雇処分はやむを得ないものであると認めていた事実が指摘される。
 即ち、全金本山支部は、昭和四六年三月八日昼休み時間に開催した組合大会にお
いて、「原告の転勤に不当労働行為はない。」旨の決議を行つたばかりでなく、同
月一七日にも同趣旨の再確認を行つたが、同月二九日の同支部執行委員が出先機関
(支店、営業所等)の分会の役員と合同で開催した合同執行委員会においても、
「原告のあげている転勤拓否の理由では納得できない。」という結論に達した。一
方、全金本山支部の執行部は、本件懲戒解雇発令の翌日の昭和四六年三月二六日、
被告へ右処分の撤回を申入れたものの、同日の組合大会で組合員の見解が対立し、
会場が混乱するや、翌二七日の組合大会に「懲戒解雇撤回要求書を白紙にもどす」
ことを提案し、この提案は過半数以上の組合員に支持され(賛成二一〇、反対一八
九、白票七)、次で、同年四月六日の組合大会において、同執行部が原告と接触の
上で出したところの、「これ以上解雇撤回闘争を進めることは困難」であり、「条
件闘争を原告がけつた場合、機関としてはこれ以上関知しない」との執行部の結論
と方針とが承認・可決された。同執行部は、同四月七日より八日にかけて、「守る
会」の責任者に対し、同会への勧誘を中止するよう求めるとともに、同月一四日
に、原告が条件闘争(懲戒解雇を解かせ、依願退職による円満退社をさせる闘争)
への切り換えの提案を拒否したため、同月一九日に、大会決議により機関として懲
戒解雇闘争に一切関与しないこと、及び、原告の組合員資格喪失に伴い同日付をも
つて組合員名簿から原告を抹消する旨を告示した。
 これら一連の事実は、当時、全金本山支部の組合員の大多数及び執行部が、被告
の業務の実情や転勤の実例等に照らし、本件転勤命令の正当性を認めざるを得なか
つたこと、それゆえに、本件転勤命令を正当な理由なく拒否した以上は、原告が業
務命令違反という理由で懲戒解雇処分を受けてもやむを得ないと考えていたことを
如実に示しているところである。従つて、被告の原告に対する本件処分は、いずれ
の点からみても正当であり、不当労働行為に該らない。
12 再抗弁4は争う。
第三 証拠(省略)
       理   由
第一 本件転勤命令と懲戒解雇の意思表示について
 原告が昭和四一年三月二一日に被告に雇傭され、試用期間を経て、CCD室に属
して設計等の技術的業務に従事し、昭和四五年四月から製造部計器課に属して組立
調整等の技術的業務に従事してきたこと、被告が昭和四六年三月四日に本社製造部
計器課所属の原告に対し、同月三日付で広島出張所勤務を命ずる旨の本件転勤命令
を発令したところ、原告がこの命令に従うことを拒否したこと、そこで、被告は、
昭和四六年三月二五日に原告に対し、就業規則九四条一号、七条を適用して、本件
転勤命令の拒否を理由として原告を懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは、当事
者間に争いがない。
第二 本件転勤命令について
一 労働契約違反(再抗弁1)について
 一般に、労働契約においては、使用者は、労働者との間で、労働者から提供され
る労務について、勤務場所、内容、態様等を限定する特段の合意をしない限り、労
働契約の趣旨の範囲内において、労働者に対し、勤務場所、労務の内容と態様等を
具体的、個別的に決定してその労務の提供を命ずることができるものであり、労働
者は、これに従つて労務を提供すべき労働契約上の債務があるものといわなければ
ならない。
 ところで、原告は、被告との間で、原告の勤務場所を被告の仙台本社工場とし、
職種を技術者とする右特段の合意がなされた旨主張するので、この点について判断
する。
1 原告が昭和三九年四月に東北大学工学部を卒業すると同時に埼玉県東松山市に
工場を有するヂーゼル機器株式会社に入社したこと、及び、被告が昭和四一年二月
に原告を面接して原告を入社させたことは当事者間に争いがなく、乙第一及び第三
号証の各一、二に証人青柳P5の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次のよ
うに認められる。
 即ち、(1)原告は、ヂーゼル機器株式会社において、技術的研究開発の仕事に
従事していたが、現在の妻P5と結婚することになり、同女の両親との関係から仙台
に転居することが必要となつた。(2)原告は、右事情を右会社に打ち明けたとこ
ろ、同会社から仙台営業所への転勤を示唆されたものの、将来には再び東松山工場
勤務となるとの見通しを知らされた。(3)そこで、原告は、同会社を退社する意
向を固め、仙台において、台糖フアイザー株式会社、ラサ工業株式会社等を打診し
たが、いずれの会社とも、技術者の勤務場所が東京になるとのことであつたため、
これらを断念し、結局、被告を選んだ。(4)そして、原告は、被告に対し、昭和
四一年一月二三日付手紙で入社の希望があるので採用の可能性、採用条件及び被告
の将来に対する開発面でのビジヨン等を知らせてほしい旨を伝えた。(5)原告
は、右手紙の中で、現在、ヂーゼル機器株式会社に在職中であることを明らかに
し、「入社以来の自分の生活内容及び将来の生き方を公私共に考えた結果、仙台に
ある企業に転職したいと思つている」旨を述べるとともに、その理由として、
「イ、結婚及びその他それに付随する私事の都合から仙台に居ることが望ましい。
ロ、現在は東北大学の先輩が多く種々教えを載く機会にめぐまれてはおりますが、
新製品開発設計が業務であるにもかかわらず研究部ないし会社方針及び開発に対す
る信念、意欲(研究部ないし会社の)が感じられず技術的ポテンシヤルの向上が望
めないこと及び会社に漂う事勿れ主義(改善すべきことについても然り)な雰囲気
に私自身の性格が一致し得ない。」ことを明記した。以上のように認められ、原告
の入社後の社内歴は、前記のとおりである。
2 他方、後記括弧内の証拠によれば、次のように認められる。
 即ち、(1)被告は、原告からの前記手紙を受けて、原告に対し、取締役総務部
長P1をして、同人の私信の形式で、(イ)被告として原告を採用する意志があるこ
と、(ロ)被告における労働時間や給与等の労働条件、業務内容や従業員数の外、
会社の配置について、本社を仙台に、営業所、出張所を東京、大阪、名古屋、広
島、九州及び札幌に、駐在所を四国に置いているが、近く、P4及び徳山に駐在所を
開設する計画であること、被告の従業員約六〇〇名のうち、四九〇名を本社並びに
工場に配置し、そのうちから技術部を四二名、研究部(材料課、機械課、電気課の
三課)を二三名で構成して開発に当つているが、未だ充分でなく、更に強化する計
画であること等と企業の現状等を素描した返書を出した。(2)被告は、その後の
昭和四一年二月一二日、原告からの申出による被告仙台工場の見学を認めるととも
に、その機会を利用して、右P1らをして原告の面接を実施し、その結果、原告を技
術者として採用する旨内定した。(3)ところで、P1は、右面接の際、原告に対し
て、被告には、北は札幌から南は四国、九州まで営業所や出張所等があるから、事
務系の人に比較すれば少ないとはいうものの、技術系の人々にも当然に転勤がある
旨を説明したが、これに対して原告からの特段の反論もなく、又、原告が仙台に居
住しなければならない理由等について特に説明がなされることもなく、面接は終了
した(以上につき、乙第二、三二及び四二号証、証人P1及び同P4(第一回)の各
証言。なお、以上の認定に反する原告本人尋問の結果は信用しない。)。(4)被
告は、その就業規則第七条で、「会社は、業務の都合で従業員に転勤を命じ、又は
配置転換、職種職階の変更を命ずることがある。前項の場合、従業員は、正当の理
由なくこれを拒むことはできない。」旨規定している(乙第六四号証の二)。
(5)被告は、昭和三四年から昭和四五年末までの間に、若干名ではあつたが、必
要に応じて、本社の技術部又は製造部の技術者に、東京、大阪、名古屋及び札幌の
各営業所等へ、セールスエンジニア(技術者が営業マンとして活躍し、顧客と技術
面でいろいろ打合わせをして、受注に結びつける業務を担当する)としての転勤を
発令しており、特に、昭和四六年四月には、原告を含めた七名の本社勤務の技術者
に対して、セールスエンジニア等として、東京、大阪、名古屋、広島及び九州の各
営業所等への転勤を命じたが、いずれの場合でも、原告を除き、この命令を拒んだ
者はいなかつた(乙第四〇、四九、五三及び五四号証、証人P4(第一回)、同P
1、同P15、同P16、同P17及び同P2の各証言)。
3 そうすると、右1及び2の(1)(2)で認定した事実だけでは(右1の事実
によれば、原告が被告に入社した動機、目的が仙台に住いを定めて技術者として働
き続けたいというところにあつたことが認められるものの、そのことをもつてして
も)、原告と被告との間の労務契約の内容が原告の提供する労務を被告の仙台本社
工場における技術者としての業務に限定したものと認めることはできず、他に原告
主張の事実を認めるに足りる証拠はない。従つて、本件転勤命令が労働契約に違反
し無効のものであるということはできず、原告の再抗弁1の主張は採用できない。
二 労働協約違反(再抗弁2)について
1 組合との事前協議約款違反について
 全金本山支部が昭和四五年一〇月二〇日に被告に対し、「会社は、全ての従業員
の解雇、配転及び工場の増改築等の一切の労働条件の変更については、その都度、
組合と協議のうえ、実施すること。」との要求書を提出したこと、その結果、同年
一一月三〇日に右両者間で、「組合員の労働条件の変更については、会社は労働組
合と協議する。」との文言により労働条件の決定に関する協定書が作成されたこと
は、当事者間に争いがない。
 ところで、後記括弧内の証拠によれば、次のように認められる。
 即ち、(1)全金本山支部は、昭和四二年秋から被告の人事異動について同支部
との事前協議制の獲得に取り組み、被告に対し、同年一〇月に人事異動の事前協議
制の実施等の要求書を提出したのを手始めとして、その実施を要求してきたが、そ
の成果としては、昭和四三年一〇月に被告から、「被告は、従来から、組合の四役
の転勤昇任については、組合活動に支障をきたさないよう特別の配慮を払つてきた
が、今後は青婦部三役についても同様に取扱い、やむを得ずこれらの者に転勤昇任
(主任以上)を命じなければならない事態に至つたときは、組合と事前に協議す
る。」旨の回答を受け、次いで、昭和四四年一一月二一日には、右両者間で、「会
社は、企業合併、生産機種の転換、工場閉鎖、一部工場の休廃止、工場移転等に伴
い、労働条件に変更ある場合は、事前に協議する。尚、組合活動に支障を生ずる面
については特に配慮することは従前どおりである。」旨の労働協約が成立したもの
の、以上をこえる部分に関しては、人事権の専有を盾とした被告の拒否にあつて、
その目的を達成できずに経過した(甲第二六、三九、四〇及び五二号証、乙第五一
号証、証人P15、同P18、同P11及び同P1の各証言)。(2)ところで、全金本山
支部は、昭和四五年一〇月二〇日、事前協議の対象を全職員の一切の労働条件の変
更に拡大して、被告に対し、前記昭和四五年一〇月二〇日の要求書を提出したこと
から、被告との間で団体交渉をもつにいたつた。(3)被告は、右団体交渉の場に
おいても、人事権の専有を盾にして右要求を拒否し、昭和四四年一一月二一日付右
協約内容に沿つたもの以上の譲歩はできないとの態度をくずさなかつたため、全金
本山支部も右要求の貫徹を諦めざるを得なかつた。(4)そこで、全金本山支部と
被告とは、従業員個々の労働条件の変更ではなく、会社の全従業員或いは組合員の
全体に関する労働条件の変更、即ち、「労働条件の基準の変更」については、両者
で十分に協議するとの内容で労働協約を締結することを合意した。(5)ところ
が、その協約文のまとめ作業に入つた際、組合の執行委員P12らは、被告から提示
されたところの「労働条件の基準の変更云々」との協約文案について、あえて、こ
こに「基準」なる文言を使わなくてもその意味するものが右合意内容そのものを指
すものであることは両者で十分に認識し、かつ確認しあつているところであり、組
合側で一方的な拡大解釈はしないから、右協約文からは「基準」という文言を削除
してほしい旨を要求した。(6)これに対して、被告は、右文言を削除すれば、協
約そのものが、従業員個々の労働条件の変更についても事前協議をなす趣旨と拡大
解釈される危険が生ずることを恐れて、その要求を拒んでいたが、その交渉に当つ
ていた全金本山支部執行員から、若し、協約文から「基準」という文言を削除した
ことで問題が生じたときは、いつでも、右協約が前掲の「労働条件の基準の変更」
について協約されたものであり、従業員個々の労働条件の変更についてはその効力
を及ぼさないものであることを右執行委員が証明するので、ぜひ、協約文から「基
準」なる文言を削除してほしい旨をくりかえし懇請されたので、結局のところ、そ
の趣旨を了承して、これに応諾し、ここに、両者間で、「組合員の労働条件の変更
については会社は組合と協議する。」との文言で協約条項が確定され、その旨の条
項で労働協約書が完成され、成立した(以上(2)ないし(6)について、甲第三
三、三四号証、乙第二四、二六号証の各一、乙第五〇号証、証人P1、同P2、同P
11及び同P4(第一回)の各証言。なお、以上認定に反する甲第四八号証、乙第二五
号証、証人P19、同P15、同P18及び同P20の各証言は信用しない。)。(7)と
ころで、被告は、右協約成立後の昭和四五年一月二一日に東京営業所勤務のP21を
鹿島事務所勤務へ、同年六月二一日に東京営業所勤務のP22を仙台本社勤務へ、及
び仙台本社勤務のP23を札幌出張所勤務へとそれぞれ転勤命令を発し、同年一二月
一日に仙台本社の材料課勤務のP12(当時、組合書記長)及び同検査課勤務のP
24(当時、組合執行委員)の両名を推進班(新設の係)に配置換をなし、又、昭和
四六年三月三日及び同月二一日に原告を含む一四名の一般従業員の転勤命令を発し
たが、いずれの場合においても右配転、転勤について全金本山支部と事前協議をせ
ずに発令し、そのことについて右組合から異議申立もなく、原告及び病気のため転
勤取消になつた者以外の者は異議なくこれに応じて新しい勤務についた。(8)原
告も本件転勤命令を受けた後、本件懲戒解雇を告知されるまでの間、本件転勤命令
が全金本山支部との事前協議の手続に反している等の異議を申立てることもなかつ
た。(9)ところが、その後に本件懲戒解雇についての紛争が長期化の様相を示し
始めたことから、被告は、昭和四六年六月一五日の労使懇談会の後に、全金本山支
部執行部に対し、昭和四五年一一月三〇日付労働協約の労働条件変更に関する協議
条項について、前掲約束に基づく証明を要求した。(10)そこで、全金本山支部
執行委員長P11らは、同執行委員会の了解を得たうえで、昭和四六年六月一七日
に、「昭和四五年一一月三〇日付の協定書一項の『労働条件の決定』は、『労働条
件の基準の決定』であり、個々の労働条件を指すものではない。」旨の同月一五日
付確認事項書を被告と取り交わした。(11)全金本山支部は、昭和四六年八月七
日の定期大会において、執行部から付議された一九七一年度一般経過報告を承認し
たが、その報告の中で、「労働条件の決定に関しては会社の抵抗が強く、人事・配
転の事前協議制がとれず、個々の労働条件の変更に対する歯止めが出来なかつ
た。」旨の報告がなされていた(以上(7)ないし(11)について、甲第五三号
証、乙第四、一四、五〇及び五三号証、乙第二四、二六号証の各一、証人P1、同P
2、同P11及び同P4(第一回)の各証言。なお、以上認定に反する乙第二五、二七
号証、証人P15及びP20の各証言は信用しない。)。
 以上の事実によると、被告と全金本山支部との間で締結された昭和四五年一一月
三〇日付労働協約中の労働条件の決定に関する事前協議条項は、従業員個々の労働
条件の変更を対象とするものではなく、全従業員或いは組合員全体に共通する労働
条件の基準の変更を対象とする労働協約であつたと認めることができる。もつと
も、甲第三五、四八号証、乙第二五、二七号証、証人P19、同P15及び同P18の各
証言に原告本人尋問の結果によれば、(12)右の昭和四五年一一月三〇日付労働
協約案が付議された全金本山支部の臨時大会において、原告が、「右の労働条件の
決定に関する協約があれば、仮に、会社が組合との協議なしに労働条件の変更を命
じてきたとき、そのことを協約違反として拒否してゆけるだろうか。」との趣旨の
質問をしたのに対し、同組合の副委員長P25は、「協約違反で闘える。」旨を答弁
したこと、(13)前掲昭和四六年六月一五日付確認事項書は、全金本山支部の組
合大会での承認を得たものでなく、むしろ、同年一〇月の組合大会において、右確
認事項は組合として承認できない無効なものとの決議がなされ、その旨を被告へ通
知したことが認められる。しかしながら、右臨時大会での原告とP25との問答はひ
とえに組合内部の事情にすぎず、その事実をもつてしても、被告と全金本山支部と
の間で、前認定の経過によつて正式に締結された労働条件の決定に関する右労働協
約の内容を左右できるものではない。又、前認定のごとく、右確認事項書は、すで
に有効に成立していた労働条件の決定に関する右労働協約の内容を当初の合意され
ていた内容に従つて、その協定及び協定中の文言の意味を明確にした交換文書にす
ぎず、右文書によつて、右労働協約の内容が改廃されたものではなかつた点からし
て、全金本山支部組合大会における右確認事項書の無効決議によつて、右労働協約
が原告主張の内容となるものと解することもできない。従つて、右(12)(1
3)の事実によるも、労働条件の決定に関する右労働協約についての前記認定を覆
すことはできない。
 そうすると、甲第三四号証によつては、被告と全金本山支部との間に、従業員の
解雇、配転等の労働条件の変更について、被告は右組合と事前協議をなす労働協約
が存在していたことを認めることはできず、他に原告主張の事実を認めるに足りる
証拠はない。
2 組合員本人との事前協議約款違反について
 被告が全金本山支部からの昭和四二年一〇月二〇日付の人事異動につき事前協議
制の実施を要求した書面に対し、同月二八日付回答書をもつて回答したことは、当
事者に争いがない。
 ところで、右当事者間に争いのない事実に甲第三九、四〇、五二号証、乙第五
一、五二号証及び証人P1の証言によれば次のように認められる。
 即ち、(1)全金本山支部は、昭和四二年一〇月二〇日、被告に対し、人事異動
の事前協議制の実施を含む一六項目の労働条件改善の要求書を提出し、書面による
回答を要求した。(2)被告は、同年同月二八日、全金本山支部に対し、書面によ
つて右一六項目についての回答をなしたが、その中で、組合からの「人事異動の事
前協議制の実施」要求に対しては、被告としては「実施の考えはなく、組合と事前
に個人の異動について協議する性質のものではない。」旨回答するとともに、右に
付言して、「今日、遠隔地への異動については本人に対して事前に相談していると
ころであり、組合に対しても発令と同時に通知しているところである。」旨、被告
の見解を表明した。(3)被告は、昭和四四年一〇月頃までは、事実上、事前に本
人と相談して転勤発令を為していたが、同年一一月二一日に全金本山支部との間
で、「会社は、企業合併、生産機種の転換、工場閉鎖、一部工場の休廃止、工場移
転等に伴い、労働条件に変更ある場合は事前に協議する。尚、組合活動に支障を生
ずる面については特に配慮することは、従前どおりである。」との条項を含む労働
協約が結ばれた以後は、転勤命令を為すに際して事前に本人と相談する取扱いを廃
止し、事前に本人と相談することなしに幾多の転勤命令を発してきたが、この処理
についてその当事者からは勿論のこと、全金本山支部からの異議申立を受けること
もなく、円満に経過してきた(以上認定に反する証人P18及び同P20の各証言は信
用しない。)。
 以上の事実によれば、被告の昭和四二年一〇月二八日付回答書中の人事異動の事
前協議制の実施要求に対する右回答部分は、その要求を拒否しつつ、人事異動の実
施に当つての処理状況は、事実上、本人と事前に相談して事を処理しているとの事
実の報告を付言したものと解するのが相当であり、従つて、甲第四〇号証によつて
は、被告と全金本山支部との間に、人事異動については本人との事前協議を為す義
務を被告に課した労働協約が結ばれたものと認めることができず、他に原告主張事
実を認めるに足りる証拠はない。
3 まとめ
 されば、全金本山支部ないし原告との事前の協議を経ることなく為した本件転勤
命令が労働協約に違反し無効のものであるということはできず、原告の再抗弁2の
主張はいずれも採用できない。
三 不当労働行為(再抗弁3)について
1 原告の組合活動について
 原告が被告の従業員で組織する全金本山支部の組合員であり、昭和四三年八月に
同支部副委員長に、昭和四四年には同副委員長及び宮城地本副委員長にそれぞれ選
出されたこと、全金本山支部は、昭和四三年春闘においてストライキを行い、昭和
四四年、同四五年の春闘において大巾な賃上げがなされ、会社側が二交代制勤務の
提案を徹回したことは、当事者間に争いがなく、この事実に甲第一三、一五、一
六、一八、三九、四〇、五四号証、証人P19、同P26、同P15、同P18及び同P
27の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告主張の再抗弁3の(一)の各事実
を認めることができる。
2 昭和四五年役員改選後の原告の活動等について
 甲第四八号証に証人P19、同P28、同P18及び同P11の各証言、原告本人尋問の
結果によれば、次のように認められる。
 即ち、(1)全金本山支部は、役員の選出について立候補制を採つていたが、現
実には立候補する者がいなくて推薦委員会の推薦によつて役員を選出することが恒
例のこととなつていた。(2)原告を含む執行委員らは、昭和四五年八月の次期役
員改選に当り、全員が留任する意向であつたものの、自ら進んで立候補することが
何となくおこがましく思うとともに、立候補しなくとも推薦委員会の推薦によつて
次期も役員になれるものと判断して、立候補の届出をしなかつた。(3)ところ
が、当時の執行部の組合運動を批判の目で見ていたP11とP12の両名が、組合の建
てなおしを目論んで、昭和四五年八月以降の役員の立候補届出締切りの五分前に、
委員長あるいは書記長としての立候補の届出をなし、その後は立候補がないままそ
の受付が締切られてしまつた。(4)原告らは、右締切後に右両名の立候補を知
り、直ちに、組合選挙管理委員会に対し、未だ立候補者が定員に達していないの
で、立候補の受付けを延長するよう要求するとともに、その候補者として当時の執
行委員の中から執行委員長のP15、副委員長の原告らを予定したが、右延長の申入
れは認められなかつた。(5)その結果、昭和四五年八月から、P11を委員長とす
る新執行部が発足した。(6)ここに至つて、原告は、右新執行部との間で昭和四
五年春闘に対する評価を初め、組合運動のあり方についての見解を異にしていたこ
と等から、全金本山支部の役職から退き、新執行部の外にあつて、新執行部が会社
寄りの行動に傾斜してゆくことを阻止するための活動に従事することを決意した。
(7)そこで、原告は、全金本山支部の青年部運動を強化することによつてその目
的を達しようと試み、精力的に取り組んだ。(8)このような折に、本件転勤命令
及びこれに引き続く本件懲戒解雇が発令されたが、これに対して、全金本山支部が
原告の望む方針での原告救済の闘争に入らなかつたため、原告は、以後、全金本山
支部の青年婦人部或いは原告を守る会の人々と共に、被告に対する本件懲戒解雇反
対闘争に取り組んできた。
3 組合活動に対する被告の態度について
 原告は、再抗弁3の(二)及び(三)の被告の各行動を挙げて、被告が全金本山
支部ないし原告の組合活動を嫌悪し、組合弱体化の意図を有していたと主張するの
で、以下、この点について判断する。
(一) 昭和四三年までについて
(1) 原告は、被告が昭和二四年の人員整理について、「会社を再建するには健
全な組合を作つてもらう以外はない。結局経営者側の信念に届して過激分子は会社
を去つていつた。職業革命家等と称してアジに生きがいを見出しているような労働
者は企業に不要であつた。この為本当に生産に喜びを感じる人、思想の堅い人が残
り、良識ある組合が育成された。」と総括したと主張し、甲第二号証中には右主張
事実に符合する部分がある。しかしながら、証人P1の証言によれば、甲第二号証
は、産業研究所と称する団体が被告関係者等を取材したうえ、独自の立場で起草発
行し、これを被告に売りつけた出版物であつたことが認められるところであつて、
この事実に照らすと、甲第二号証をもつて被告の見解とみることはできず、又、同
号証をもつて当時被告が右のような考えを持つていたと推認することもできず、他
に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(2) 証人P19の証言によれば、P6(組合委員長)及びP7(書記長)らが昭和
三六年に全金本山支部を全国金属に加盟させ、その方針の下に組合活動を開始した
ことが認められ、甲第三、四号証によれば、被告は、昭和三八年四月、五月にかけ
て、社内報本山ニユースにより、しきりに日本共産党や日本民主青年同盟に対する
批判攻撃をしたことが認められる。しかしながら、右事実のみでは、当時、被告が
全金本山支部の組合活動に関して支配介入を行つたと認めることはできず、他に、
右支配介入の事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 証人P27の証言によれば、被告が昭和三九年春闘時の時間外勤務拒否闘争
に対して残業を命ずる業務命令を行い、これに従わないときには就業規則違反で処
分するという告示をなしたことが認められる。しかしながら、右業務命令がいかな
る従業員に対し、いかなる状況下に発せられたものであつたか等の具体的事情につ
いて立証のない本件では、右業務命令の存在のみで、当時、被告が組合活動を嫌悪
し、組合弱体化の意図を有していた事実を認めることはできない。
(4) 甲第四七号証、証人P27、同P19の各証言によれば、昭和三九年八月にP
6及びP7が組合役員を辞任したこと、被告は、翌四〇年三月に、右両名を組合員の
いない営業所に転勤させたことが認められる。ところで、原告は、右P6らの転勤は
同人らが組合活動をやりすぎたことの見せしめとしてなされたものと主張し、甲第
七四号証、証人P19、同P27の証言中には、右主張事実に符合する部分があるが、
これらはいずれも各人らの推測であつて、にわかに採用しがたく、他に右主張事実
を認めるに足りる証拠はない。ところで、企業経営の必要上従業員の配転換えのた
め転勤命令を発するかどうか、発するとすればどの従業員を選択するかは、使用者
の自由裁量に属するところであるから、転勤命令の意図が別のところにあつたとし
て、その効力を否定しようとする者は、その転勤命令が使用者の裁量権の範囲を超
え、合理性を欠くものであることを認めさせるような特別の事情の存在を証明する
責任がある。ところが、原告は、右P6らの転勤命令について、右特別の事情の存在
に関しては何らの立証をしていない。従つて、右に認定の事実のみでは、当時、被
告が右P6らの組合活動のみを理由とし、又は、組合の弱体化を意図して右P6らに
対して転勤を命じたと認めることはできず、他に原告主張の事実を認めるに足りる
証拠はない。
(二) 昭和四三年春闘に関する件について
(1) 甲第四二号証、証人P27の証言及び原告本人尋問の結果によれば、被告取
締役総務部長P1は、昭和四三年春闘第一回団体交渉の席上で、全金本山支部役員に
対し、同組合が団体交渉に入る以前、即ち、要求書を提出した段階で、早くもスト
権を確立していたことをとらえて、「話し合いをするのに刃物をふりかざすとは何
事だ。」と発言したことが認められる。
(2) 原告は、被告が組合の時限ストに際して、タイムレコーダー打刻の業務命
令を出す等によつてスト参加者に嫌がらせをしたと主張し、被告が右時限ストに参
加する者に対し、タイムレコーダーを押すように指示したり、タイムレコーダーの
設置場所に部課長を配置し、一定時間に至れば、タイムレコーダーを止めるように
したことは、当事者間に争いがない。しかしながら、甲第二一号証に証人P1及び同
P10の証言によれば、昭和四三年春闘ストは一九年ぶりのストであつたことから、
労使ともに対応策にとまどいがあり、互にいたずらに感情的対抗心を燃やす結果と
なつたこと、そのこともあつて、時限スト参加者でタイムレコーダーの打刻を行わ
ない者や、ストでもないのに所属長の許可なしに勝手に職場離脱をする者が少なか
らず存在したことから、被告は、これらの防止と従業員管理の立場から、前記業務
命令等の措置をとつたことが認められるから、被告の右業務命令等の行動のみをと
らえて、被告が右業務命令等をもつぱら時限スト参加者ないし組合への嫌がらせを
目的としていたことと認めるには十分でない。
(3) 原告は、被告がスト参加者の職場への出入禁止の処置をとつたと主張し、
被告が各職場入口に「スト参加者は職場出入を禁ずる。」との貼紙を掲示したこと
は、当事者間に争いがない。しかしながら、乙第四二号証に証人P10の証言によれ
ば、被告は、スト中でも職場では非組合員が就労していたことから、これらの者と
スト参加者との間の紛争を防止するため、右の措置をとつたものであつたが、一切
の出入りを禁止したわけではなく、その職場の責任者に断れば出入を許していたこ
とが認められる(右認定に反する甲第二〇、四七号証、証人P19の証言は信用しな
い)。
(4) 原告は、被告がスト終結後、執行部の処分を目的とする懲戒審査委員会を
開催し、就業規則違反があつた場合処分する旨を決定したと主張するところ、被告
がスト終結後懲戒審査委員会を開催したことは当事者間に争いがないものの、右委
員会が執行部の処分を目的として開催されたものであつた点については、これを認
めるに足りる証拠はない。むしろ、甲第一二号証、乙第四二号証、証人P1の証言に
よれば、被告は、右春闘の際、ストでもないのに所属長の許可なしに職場離脱をし
たりする者が少なくなかつた等の就業規則違反行為が目立つたため、これらの行為
者全般にわたつて審査すべく、懲戒審査委員会を開催したこと、しかるに、右の懲
戒審査委員会においては、一九年ぶりのストで組合の執行部も研究不足だつたし、
一般組合員もいたずらに感情的な対抗心を燃やしたということもあり、一方、被告
の管理職も不馴れでその取扱いや処置に適切さを欠くものがあつたとして、責任追
及はしないと決定したことが認められる。
(5) 原告は、被告社長が右懲戒審査委員会の席上で、「委員長、書記長を首に
せよ。」と発言したと主張し、甲第四七号証、証人P10、同P27の各証言、原告本
人の供述中には、右主張事実に符合する部分がある。しかし、これらは、いずれも
具体的でない伝聞(噂)による供述であつて信用できず、他に右主張事実を認める
に足りる証拠はない。
(6) 原告は、被告がストに対する報復処分として、原告を含む組合役員に対し
能力給を標準より一号低く査定し、組合活動を理由とする不利益取扱いをなしたと
主張し、被告が昭和四三年度の給与改定に際し、原告やP8を含む従業員の一部に対
し、能力給一号減の査定をしたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、乙
第三三号証、証人P1及び同P10の各証言によれば、被告は、昭和四三年以前から、
毎年の給与改定期毎に、従業員の過去一年間の勤務実績に応じて能力給の査定を行
つてきたこと、被告は、昭和四三年度給与改定にあつても、従前どおりの基準で全
従業員の査定を為し、その結果、全金本山支部役員関係では、一五名中プラス査定
六、七名、マイナス査定五、六名となつたこと、右一号マイナス査定といつても、
それは、能力給が標準昇給より一号低いということにすぎず、給与そのものは全体
として昇給しており、減給というものではなかつたこと、被告においては、学卒者
の能力、協力性、貢献度等は入社三年間はあまり変化がないとの予測等により、原
則として入社後三年間は査定対象としないよう取扱つてきたが、例外的に、過去一
年間の勤務実績が著しく優れていたとか、逆に劣つていた等、他との対比のうえで
顕著な場合には、入社三年未満の者といえども査定対象者として処理してきてお
り、昭和四三年度査定の時も、そのように処理された者が二〇名程いたこと、右組
合執行部でも、当時、右査定をとりあげ検討したが、結局のところ、組合活動とは
無関係の査定であるとの被告の説明を了承したことが認められる。以上の事実によ
れば、原告らに対する右マイナス査定の事実のみから、直ちにこれらがストに対す
る報復処分であつたとか、原告の組合活動を理由とする不利益処分であつたとの原
告主張事実を認めることはできず、甲第一四、四七号証及び原告本人の供述中に
は、右主張事実に符合する部分があるが、これらは信用できず、他に右主張事実を
認めるに足りる証拠はない。
(7) 原告は、被告が昭和四三年秋の人事異動や昇格等により組合対策を行つた
と主張し、被告が右人事異動で全金本山支部青年婦人部長P9にP4事務所への転勤
を命じたことは、当事者間に争いがない。ところで、甲第二六号証、乙第五二号
証、証人P1の証言及び原告本人尋問の結果によれば、P9は、右転勤については承
諾していたこと、ところが、被告は、その後、全金本山支部から、青年婦人部長以
下三役も組合執行部四役に匹敵する重要役員であるから、その転勤等についても執
行部四役と同じく組合との事前協議を求める趣旨で、右転勤への抗議を受けたこ
と、そこで、被告は、同人がP4事務所にとつて必要な人物であることを説明すると
ともに、組合の主張する青年婦人部三役の重要性にも理解を示し、以後、その中か
ら主任以上への昇進や転勤をさせる必要が生じた場合には、組合執行部四役と同様
に組合と事前協議をする旨の見解を表明し、右組合の了解を得たことが認められ
る。又、証人P19の証言によれば、被告は、昭和四三年春闘を指導した執行委員長
P10、書記長P8を、同人らが右役員を辞任した後に、非組合員となる役職へと昇格
させたことが認められるが、他方、乙第三七、四〇、四二号証、証人P10の証言に
よれば、被告は、従来から、その個人の能力に応じて、元組合役員の中からも数多
くの人材をみいだしては、主任、課長、部長へと昇格させてきたことが認められ
る。さらに、証人P1の証言によれば、被告は、昭和四三年春闘後に、作業現場にお
ける従業員管理の適正規模、従業員の昇進の機会拡大、対ユーザー対策等から、多
数の係長(組合員)を増員するとともに、それに伴い、主任(非組合員)を増員し
たことが認められる。以上の事実によると、まず、P9の転勤の件は当時すでに解決
済であり、次いで、P8らの昇格の件も、同人らの組合役員を辞任後のことであり、
かつ、被告の従来からの人材開拓の方法によつたものと推認できること、又、主任
等の増員にしても、右認定の事情のもとでは、不合理な増員であつたとも断定でき
ないことに照らすと、これらの事実をして、被告が組合活動を嫌悪し、その弱体化
を目的として為したところの組合対策であつたと認めるには、不十分である。
(8) 以上の次第であるから、右(1)の第一回団体交渉席上でのP1の発言、右
(3)の被告のスト参加者に対する職場への出入禁止の処置、右(4)の被告の懲
戒審査委員会の開催の事実をもつて、直ちに被告が組合の弱体化を意図したものと
即断することはできない。又、右(2)、(5)ないし(7)にみた原告の主張
は、いずれも理由がない。
(三) 昭和四三年春闘後、同四五年春闘前に関する件について
(1) 乙第三三号証、証人P1の証言及び原告本人尋問の結果によれば、当時の被
告工場長(現社長)P29は、昭和四三年末一時金要求についての団体交渉の席上
で、全金本山支部から一時金として一八万円を要求されたことから、組合執行委員
に対し、「オダツはね上り」と発言したことが認められる。この事実によれば、P
29の右発言は、当時同人の内心にはそれ相当の理由があつたとしても、団体交渉の
場での発言としては配慮に欠けたものであつて、同人に組合ないしその執行委員に
対する嫌悪感があつたと推薦されても仕方ないものといえる。しかしながら、前記
第二の三の1で判示したとおりの、被告と全金本山支部とは、その後一時金要求に
ついて、組合としても当時としてはかなり高額と評価した一時金を被告が支給する
ことで、交渉を妥結したとの事実を斟酌すると、被告において、右一時金交渉妥結
後においても、P29の右嫌悪感に共鳴し続け、そのことが組合弱体化への意図へと
転化し持続していつたとは認めることができない。なお、原告主張の、P29は、右
発言の際、机上の灰血が飛ぶほど机をたたいたとの点については、これに沿う原告
本人の供述は信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
(2) 甲第四七号証、乙第三三号証、証人P1及び同P19の各証言、原告本人尋問
の結果によれば、昭和四四年春闘の際の、組合三役と被告幹部との話し合いの席上
で、執行委員長P15が、「年齢が同じであれば生活程度も同じであるから、学歴と
か勤続年数は関係なく賃金も同じであるべきで、格差は考えるべきでない。」との
趣旨の発言をしたことから、これを受けて、被告のP1部長が、「それは共産主義的
な考え方ではないか。」と発言したことが認められるが、右認定のやりとりでは、
被告が組合活動を嫌悪していたとか、組合に対する共産主義攻撃を加えたとも認め
ることはできない。
 又、原告は、被告が昭和四四年春闘の頃から、再び、原告を共産主義者ないし過
激思想の持ち主と攻撃するようになつたと主張し、甲第四七号証中にはこれに符合
する部分があるが、これは信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はな
い。
(3) 以上のとおりであるから、右(1)及び(2)でみた原告の主張は、いず
れも理由がない。
(四) 昭和四五年春闘に関する件について
(1) 甲第四七号証に証人P19の証言によれば、被告は、昭和四四年一二月に労
務課を新設し、組合対策等の労務対策の専門課を設置したことが認められる。
(2) 甲第一九、四七号証、証人P1及び同P19の各証言によれば、被告が昭和四
五年春闘の際、全金本山支部の要求に対する回答日の翌日付で、各組合員宅に、原
告主張(再抗弁3の(二)の(1)のニの(ロ)記載)内容の書面を郵送したこ
と、被告は、右文書記載中の「一部の尖鋭分子」とは原告を含む組合執行部を指す
言葉として使用したことが認められる。
(3) 証人P26の証言によれば、当時の被告工場長兼精密機器工作所長P29は、
昭和四五年三月二三日頃、精密機器工作所労働組合三役との雑談の席上で、右三役
のP26らに、「全金本山支部に巻き込まれないように。共産党員が二〇人ばかりい
る。共産党員を入れない為にガードマンを入れる。」と話したことが認められる。
(4) 原告は、右P29が同年三月二七日の全金本山支部執行部三役との会合の場
において、「組合つぶしには何億でもかける。ガードマンを入れる。会社のまわり
を機動隊でかこんでロツクアウトをかける。君達が二交替制をのんでくれれば三役
の銅像を作つてやる。」と発言し、恫喝と懐柔を行つたと主張し、甲第四七号証、
証人P19及び原告本人の供述中には、右主張事実に符合する部分がある。しかしな
がら、これらは、乙第四〇、四二、四八号証に証人P1の証言に照らして信用でき
ず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(5) 被告が昭和四五年頃に日本綜合警備保障株式会社に依頼して、そのガード
マンをして警備業務の一部を行わせたことは、当事者間に争いがない。そして、甲
第二〇、四七号証に証人P19の証言によれば、右ガードマンは、被告側の従業員と
共に、組合の貼つたビラをはがす行為をなしたこと、被告は、P2製造部長らをし
て、右春闘中のスト行使時の構内デモの模様等を一々撮影させたことが認められ
る。他方、乙第四二号証、甲第二〇号証、証人P1の証言によれば、被告は、右春闘
の頃、一日四名ないし二名程の右ガードマンを会社警備のために導入したが、これ
は、当時、被告従業員の守衛がいずれも高齢のため、広い工場敷地全体の警備、特
に夜間の警備が手薄となつていたこと、守衛の若返りを計つたが適任者が得られな
かつたこともその原因であつたこと、被告の非組合員ら役職は、当時、全金本山支
部組合員が被告に無断で、被告の建物の玄関のドアーから窓、構内の電柱と、あり
とあらゆるところに、古新聞紙に色インキで見苦しく書いたビラを貼付けたので、
やむを得ずこれをはいだ際、ガードマンもこれを手伝つたことが認められ、又、甲
第二〇号証によれば、昭和四五年の春闘においては、ストを介して、被告と組合と
の間に、相当緊迫した情況がしばしば現出したこと、全金本山支部においても、被
告側の行動を一々撮影していたことが認められる。
 以上の事実によれば、被告のガードマン導入は、被告の主張する守衛の高齢化の
みがその理由であつたのではなく、それとともに、昭和四五年春闘の激化に会社の
守衛だけではまかないきれないとの危惧もあつてのことであつた推認できる。しか
しながら、被告のガードマン導入の理由がそのようなものであつたとしても、右認
定のような、導入したガードマンの人数、ストを介して労使間に相当緊迫した情況
の現出等の事情、及びガードマンがビラをはぐに至つた情況等を考慮すれば、右ガ
ードマンの導入そのものをもつて、直ちに、被告が全金本山支部の争議行為の切り
くずしを計つたと認めることはできない。又、被告がスト参加者の行動を撮影した
点についても、右労使間の紛争の緊迫情況、全金本山支部においても、逆に被告側
の行動の一々を撮影していたことに照らすと、それらは、特段の事情のない限り、
お互に情報収集の一環として為された行為であつたと解するのが相当であつて、本
件においては、右特段の事由を認めるに足りる証拠はない。従つて、被告の右撮影
行為をもつて、全金本山支部に対する挑発や嫌がらせであつたと認めることはでき
ない。
(6) 以上の次第であるから、右(1)の労務課の新設そのものは、何ら不法・
不当なものでなく、このことをもつて、被告が組合活動を嫌悪し、組合弱体化の意
図を有していたと推認することはできない。又、右(2)の書面の郵送及び右
(3)のP29の発言は、共に当時、被告が全金本山支部の活動及びそれがもたらす
他組合への影響力について危惧していたことを推測させるところであるが、他方、
右書面の内容、右発言の相手及び情況等をも合せ考慮すると、これらの行為をもつ
て、直ちに、被告が組合の弱体化を意図したものと即断することはできない。な
お、右(4)及び(5)にみた原告の主張は、いずれも理由がない。
(五) その後について
(1) 原告は、被告が原告に対して特に強い関心を示し、昭和四四、四五年度組
合執行部の中でも危険人物として嫌悪、マークし、又、被告社長自ら、「全金は思
想にこり固つているからダメだ。」と発言して、全金の方針に従つて活動している
原告を攻撃するに至つたと主張し、甲第一九、四七号証、証人P26、同P19及び原
告本人の供述中には、右主張事実に符合する部分がある。しかし、これらは、乙第
三七、四一号証、証人P1の証言に照らして信用できず、他に主張事実を認めるに足
りる証拠はない。
(2) 原告は、被告が次の人事異動で原告を転勤させ、組合活動から排除するで
あろうことは、社内で公然の噂となつたと主張するが、右噂のみでは、直ちに、被
告が原告を嫌悪し、組合活動から排除しようと意図していたことを認めることはで
きず、右主張は失当である。
(3) 原告は、被告が「守る会」についての調査を指示し、加入者に対して脱会
を強要して、解雇反対闘争を弾圧したと主張し、被告が「守る会」の活動が始まつ
たのを知つて、管理職に対し、その加入勧誘者と加入者の調査を指示したことは、
当事者間に争いがない。ところで、乙第四一号証、甲第四二号証、証人P13、同P
1、同P18、同P19及び同P30の各証言によれば、被告は、本件解雇処分後、従業員
の一部が就業時間中に、職場内でビラ配布等により「守る会」への入会勧誘等を行
つているグループの存在を知つたこと、そこで、被告は、全金本山支部に対し、右
グループの行動と組合の関係を問い合わせたところ、同組合三役から、「守る会」
等のグループと全金本山支部とは関係がなく、組合活動でもないとの回答を受けた
こと、被告は、その後の調査で、「守る会」は社内ばかりでなく、外部からの指示
で活動していることが判明したので、右活動を職場規律違反行為と断定するととも
に、管理職に対し、それぞれの職場での「守る会」の活動の有無、有りとすれば、
何時、だれによつて、どのように行われたかの調査と、かかる職場規律違反行為を
行なわせないよう注意するよう指示したこと、この指示を受けた管理職は、直ちに
その調査にあたり、その結果を従業員ごとの加入の有無、加入日、加入要請者名簿
を作成し報告したが、そのうちの一部の者は、右調査に加えて、個々の加入者に対
する脱会説得をなしたこと、このような被告の動きもあつて、その後、社内での
「守る会」加入者が激減したことが認められる。又、証人P11及び同P19の各証言
によれば、「守る会」は、原告の本件懲戒解雇後、全金本山支部が右解雇撤回闘争
に立ち上がらなかつたことから、社内一部有志が社内外の同調者と手を組んで本件
解雇撤回闘争のために組織したものであつたことが認められる。
 以上の事実によれば、「守る会」の活動の開始、これに対する被告の調査行動等
はいずれも本件転勤命令及びこれに続く本件懲戒解雇後に発生した、原・被告にと
つて全く新しい出来事であり、かつ、「守る会」の活動は全金本山支部とは全く関
係のないそれ自体独立した運動であつたといえるものであるから、これらの「守る
会」に関する被告の行動をもつて、それ以前の本件転勤命令ないしは本件懲戒解雇
当時、被告が組合の弱体化を意図していたとの事実を認めることはできない。
(4) 原告は、被告総務課長P13が昭和四六年七月の全金本山支部の役員選挙に
介入したと主張し、右P13がかつて組合活動を行つた際の後輩らから役員立候補の
是非を相談されたのに対して、自己の体験に照らし、「役員として組合活動を行う
ことは、色々な意味で将来に役立つから、立候補してみたら良いのではないか。」
という趣旨のことを述べたことは、被告の自認するところである。そして、被告の
右自認する事実に、証人P13及び同P1の各証言によれば、P13は、P31とP32との
両名に対し、別々の機会に右趣旨の話をしたが、P31とは、同人が工務課に入社し
てからの部下ないしは趣味仲間として付き合い、同人の結婚に際しては仲人を頼ん
でやる等の面倒をみていた仲であつたところ、たまたま昭和四六年七月頃同人が自
宅を訪れての雑談中に取り交わされたものであり、他方、右P32とは仕事上で知り
合つた者にすぎなかつたが、同年七月上旬頃の昼休みに、被告会社倉庫前で同人か
ら呼び止められての雑談中に交わされた話であつたことが認められる。されば、P
13の右発言は、その意図が何にあつたかはともあれ、個人としての見解と認めるの
が相当であつて、P13の右発言をもつて、それを遡る本件転勤命令ないし本件懲戒
解雇当時、被告に組合弱体化の意図があつたとの事実を認めることはできない。
 又、原告は、右P13が昭和四六年七月頃、全金本山支部の役員選挙管理委員P
14の自宅に電話したりして右選挙に介入したと主張し、乙第一五号証中には、右主
張事実に符合する部分がある。しかし、乙第一五号証は証人P13の証言に照らし信
用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(5) 原告は、被告が全金本山支部を分裂させ、第二組合育成のための介入を行
い、従業員の第二組合の加入を進めたと主張するが、これを認めるに足りる証拠は
ない。
(6) 以上の次第であるから、右(1)ないし(5)にみた原告の主張は、いず
れも理由がない。
(六) まとめ
 以上判示したとおりであるから、被告が組合の弱体化を意図していたとの点につ
いては、証明がないものといわなければならず、又、被告が本件転勤命令ないしは
本件懲戒解雇当時、原告を組合活動から排斥することを意図していたとの事実も認
めることができない。
4 本件転勤命令の必要性について
 被告が昭和四六年三月頃、本社と工場を仙台市に、営業所を東京都、京都市、名
古屋市、大阪市に、出張所を札幌市、広島市、北九州市に、事務所を仙台市、新居
浜市、徳山市、大分市、市原市、茨城県鹿島郡<以下略>に有し、自動制御器及び
暖冷房機器の製造販売を営んでいたことは、当事者間に争いがなく、この事実に、
乙第九、三二、三五、三六、四〇及び五四号証、証人P1、同P4(第一回)、同P
16、及び同P17の各証言によれば、次のように認められる。即ち、
(一) 被告の営業活動について、(1) 被告の製造、販売する製品中の主要な
ものは、液体や気体を取り扱う工場で流体の流れを遮断したり、流量の調節や圧力
の希望値にコントロールしたりするために使用される弁(バルブ)類及びその付属
機器という精密自動機器であり、これらの製品は、ユーザーのプラント(工場設
備)ごとの使用条件によつて、プラントに設置される弁類製品の仕様(製造、材料
等)を異にするものであつた。(2) 従つて、被告は、その受注活動に当つて
は、受注前から、ユーザーの設備計画に従つて仕様条件等をユーザーの担当技術者
と折衝し、場合によつてはメーカーとして技術的な助言等を行いながら、ユーザー
のプラントに応じた弁類等附属品の検討を進め、見積、入札に結びつけるような活
動を必要とした。(3) ところで、被告のユーザーは、大手大企業が主であり、
そのプラント建設には多額の投資を行い、プラントの効率的な運転により企業の維
持を図つていたもので、その技術担当者には高度の専門的知識を有するものをあて
ていた。従つて、被告の営業活動に際しても、ユーザーの担当技術者と専門的折衝
を進めてゆくためには、どうしてもプラントに対する基本的知識やプラントに使用
される機器類についての専門的技術知識を備えた者を必要とした。(4) ところ
が、被告は、従来から、その営業活動を経済学部出身の大学卒業者を中心に行つて
きたため、その者がユーザーとの間で専門的技術的打合せを行うことは困難であ
り、その為、営業所、出張所等の出先機関には技術者を配属させるよう努力してき
たが、ユーザーとの折衝にこたえきれる技術者を配属させていなかつた営業所等の
場合には、必要の都度、仙台本社、東京又は大阪営業所から技術者を派遣して処理
してきた。しかしながら、この方式では、経費がかさむばかりでなく、時間的制約
が加わり、ユーザーとの臨機応変な打合せに欠ける面が生ずることがあつて、その
為に仕様の間違いを起したり、受注後の仕様変更が多発したり、クレームの発生を
まねき、ひいては納期遅れを生じさせることもあつた。そして、これらのことは、
被告にとつて、生産の能率低下並びにコストアツプをまねき、他方ではユーザーか
らの信用を失う原因となつていた。
(二) 広島出張所の状況については、(1) 広島出張所は、昭和四五年当時、
三菱重工業広島造船所、同三原製作所、三井石油化学、興亜石油、帝人三原工場、
横河電機広島工場等を主な受注先として営業しており、ユーザーに納入する製品の
約八七パーセントがオートメーシヨン関係のもので、そのうちでも「二八〇〇番」
調節弁(被告の総売上げの約六〇パーセントをしめる主製品)の製品需要があつ
た。(2) ところで、当時、広島出張所は、男性四名、女性一名の五名で構成し
ていたが、うち所長を含む男性三名は文科系大学の、うち一名が商業高校の出身者
で、女子一名は高校出身者であつて、技術者は一人も配属になつていなかつた。
(3) そのため、従前から、広島営業所では、技術者の配属を要求していたもの
の、それが実現されないまま、まとまつた引き合いがある都度、大阪営業所、営業
本部(東京)又は仙台本社からの技術者の出張を得て、受注交渉にあたり、受注額
をなんとか伸ばしてきていた。(4) ところが、昭和四五年後半からの経済不況
に加えて、広島出張所の技術的サービスの不足からくるユーザーの不安と、三菱重
工業広島造船所の化工機部門が東京に移転したことも重り、広島出張所における昭
和四六年度以降の受注見込みが前年度から大きく後退し、このまま推移すると同業
他社の食い込みが一層増大して、同出張所の受注がじり貧となつてゆくことが危惧
される状況となつた。(5) そこで、広島出張所では、従来の経済出身者による
営業活動から、技術者の配置により、技術的なセールスに重点を置き、ユーザーの
信用を増大して受注増加へと結びつけるような営業活動の質的な変革が急務と考え
られるに至り、被告仙台本社に対し、オートメーシヨン関係(「二八〇〇番」製
品)技術者一名の配属の要請をなすに至つた。
(三) そこで、被告は、昭和四六年度の営業方針について、同年二月一〇日に役
員会議を、続いて同月一一日及び一二日に営業会議(役員の外、営業所、出張所の
所長等によつて構成した)をそれぞれ開催して、当時広島出張所以外からの増員要
請等をも含め検討した結果、(イ) 昭和四六年度の販売目標を五二億六八〇〇万
円と定め、そのためにも納期遅れやクレームの絶滅を期する必要が再確認され、そ
の手段としてユーザーに対する技術的サービスを強化して信用を増すことによつて
受注を拡大する方針が決定され、(ロ) 右目標達成のため、広島出張所を含めた
営業所及び出張所等の営業第一線へ仙台本社から一八名の技術者を含む従業員を転
勤させて配置する、(ハ) その際、広島出張所については、従来からの要請を受
けながらも技術者を配置していなかつたこと及び右(二)で判示したような同出張
所の特殊事情等を考慮して、特に、大学工学部卒業の技術者一名をセールスエンジ
ニアとして配置すること等を決定した。
 以上の事実によれば、被告がなした、右一八名の技術者等の転勤を伴う配転の決
定は、企業の運営上の必要からこれを決定したものであつて、合理的理由があつた
と認めるのが相当である。
 ところで、乙第四〇、五三、五四号証、証人P17、同P1、同P16、同P15の各証
言に原告本人尋問の結果によれば、(1) 昭和四六年二月末までは、被告の営業
所等の出先に、仙台本社工場で技術的業務に従事していた大学工学部卒業者をセー
ルスエンジニアとして配転させることは非常に少なく、右当時で、右出先の技術系
従業員四六名(大学卒業者二二名、工業高校卒業者二四名)中、四名に過ぎず、そ
の他の大半が現地採用の上で仙台本社工場等での短期の技術実習を受けたにすぎな
い者で、右出先の営業を維持してきたこと、(2) 被告は、前判示の人事異動の
実施に当り、広島出張所への技術者一名の配置と共に、同所長の九州出張所への転
出を発令しており、同出張所においては実質的従業員数に増減がなく、又、その後
相当期間にわたつて出張所長不在の状態が続いたことが認められるところではあ
る。しかしながら、前判示の昭和四五年後半からの被告をとりまく経済環境等の変
化、それを乗りこえるためには被告の出先に技術者の配置を必要とした事情、広島
出張所長はもともと文科系大学の卒業者であつたとの認定事実に照らすと、右
(1)(2)の事実をもつてしても、被告の人事異動の決定の合理性に関する前記
認定を覆すことはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
5 人選の経緯について
 乙第三二、三五、三六、四六、五三号証、証人P16、同P1、同P4(第二回)、
同P3の各証言に原告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)によれば、次の
ように認められる。
 即ち、(1) 被告は、その後、前判示の一八名につき、具体的人選を進めたと
ころ、適任者の数等から、とりあえず東京、大阪、名古屋、広島、九州及び札幌の
六出先に一四名を増員、配置することとなつた。(2) そのうちの広島出張所に
関しては、前判示の同出張所の特殊性を考慮して、次のような理由から原告を最適
任者として選択した。即ち、(イ) 原告は、東北大学工学部を卒業しているばか
りでなく、昭和四一年三月入社以来一貫して技術関係の業務に従事してきたもので
あつた。(ロ) 特に、原告は、昭和四六年六月から、その後被告の重要な主製品
となつた「二八〇〇番」調節弁開発のプロジエクトチームCCD室のメンバーとし
て、その開発研究に当り、駆動部、ボデイ部及び付属機器の三部から成る右調節弁
のうち、主として駆動部の改善にとり組んだ。しかしながら、右調節弁はボデイ部
と駆動部が合体して本体を構成し、互に関連する構造になつていたことから、自己
の作業を進めるに当つても、他のグループの作業の進捗状況や開発成果について十
分な把握をしていることが必要だつたため、CCD室においては、発足後約三か月
間は連日のごとく始業時より三〇分ないし一時間かけて、各グループ合同の打合せ
を行い、その後も頻繁に合同打合せを行つて、各自が他グループの進捗状況や開発
成果を十分に把握し合いながら作業を進めていたものであり、原告もこれに参加し
ていた。
(ハ) ところで、原告は、昭和四六年二月末当時、製造部計器課に属して組立調
整等の業務に従事していたものの、その実力からして役不足の状態のもとにあつ
た。(ニ) 以上の点からして、原告には、広島出張所でのセールスエンジニアと
して活躍するに十分な「二八〇〇番」調節弁についての知識と経験が備わつてお
り、他方、現職場から原告を抜いても現職場に与える影響が少ないと考えられた。
(ホ) もつとも、被告仙台本社工場の技術者の中には原告に匹敵、ないしはそれ
以上に「二八〇〇番」調節弁等についての知識、能力を有する者も存在したが、そ
れらの者を転勤させたときには原告の場合に比してその補充がむつかしい等職場に
与える影響が大きかつた。(ヘ) 被告は、当時、原告が妻と幼い子供の三人暮し
であつたことから広島への転勤が容易であると判断した。
 以上のように認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用で
きない。
 以上の事実によれば、被告が広島出張所への転勤の対象者として原告を選定した
ことに不合理なところはなく、一応の合理性を認めることができる。
 (もつとも、企業がその業務上の必要から従業員の配置換えのために転勤命令を
発する場合において、どの従業員を選択するかは使用者の自由裁量に属するもので
あつて、その裁量権の行使に格別不合理な点がない限り、その選択は妥当なものと
して是認すべきであると解するを相当とするところ、原告主張の、(1) 原告が
「二八〇〇番」調節弁の最重要部分であり、かつ受注業務遂行に最も必要とされる
ボデイ部の設計開発に全く関与せず、従つて、その方面の知識、経験は皆無であ
り、セールスエンジニアとして不適任であること、(2) 他方、被告の従業員の
中には、セールスエンジニアとしての適任者が多数存在すること、(3) 原告が
製造部計器課に配属されたのは、現場への技術の浸透を目的としたものであつて、
役不足の状態にあつたものではないこと、(4) 及び原告は、妻の両親の面倒を
みながら技術者として仙台に永住する目的で被告を選び入社したものであり、加え
て、仙台において組合活動を行つており、仙台を離れることができないこと等の点
は、仮にこれらの事実が存在したとしても、前認定事実と合せ考えると、被告が原
告を広島出張所への転勤者として選択したことをもつて、右裁量権の行使に著しい
逸脱があつたとは認めることができない。従つて、右原告主張事実の存否にかかわ
らず、被告の右選択は、やはり、一応の合理性があつたものと認めることができる
こととなる。)
 されば、すでに判示したとおり、本件転勤命令の基となつた一八名の従業員の転
勤を伴う配転決定が被告の業務上の必要に基づくものであつたことからすれば、本
件転勤命令には相当の理由があると認めるのが相当である。
6 本件転勤命令に対する組合の対応について
 後記括弧内の証拠によれば、次のように認められる。
 即ち、(1) 被告は、原告に対する本件転勤命令と同時に、被告仙台本社工場
勤務の技術者等一三名に対しそれぞれ東京、大阪、名古屋の各営業所及び九州、札
幌の各出張所への転勤命令を発したところ、原告及び病気で赴任できなかつた一名
を除くその余の一二名は、直ちにこれに応じて、それぞれの新任地へ赴任した(証
人P1、同P16の各証言)。(2) 全金本山支部は、右各転勤の発令前の昭和四六
年二月二四日に、被告に対し、右転勤に際しては日常の組合活動を理由に不当扱い
をしないようにとの要望書を提出したものの、それ以上に右個々の転勤に関して異
議を申し立てる等のことは一切行わなかつた(甲第三七号証、乙第一二号証、証人
P1の証言)。(3) 原告は、本件転勤命令が不当労働行為である等の理由で、本
件転勤命令を拒否し続け、本件懲戒解雇がなされた後は「守る会」等を拠り所とし
て右解雇撤回運動を続けてきた(証人P3、同P4(第一回)の各証言、原告本人尋
問の結果)。(4) 被告は、数回にわたる説得にもかかわらず原告の翻意を得る
に至らなかつたことから、昭和四六年三月二二日の懲戒審査委員会の席上で、全金
本山支部執行委員長らに経過説明をしたところ、翌二三日に同組合から、原告の生
活権を尊重して処分しないでほしい、本人に猶予期間を与えて、別の説得方策を考
えてほしい旨の要請を受けた(乙第三二、三六号証、証人P1、同P4(第一回)の
証言)。(5) 一方、全金本山支部は、原告への本件転勤命令が発令された翌日
の昭和四六年三月五日、本件転勤命令に不当労働行為は存在せず、従つて、「生活
権」で闘つてゆくことで一致し、これを受けて、同月八日に開催された同組合大会
において、生活権で闘う旨の右執行部案が決議された。(6) ところが、その頃
から、不当労働行為を中心にすえようとする原告及びこれを支援するグループとこ
れを認めない組合執行部との間で軋轢を生じ、闘争方法について対立するに至り、
その後、原告が金属労研に属し、本件転勤命令拒否闘争を利用して現執行部の追い
出しを画策していることが明るみに出るに及んでその対立は深刻化していった。
(7) ところで、右執行部は、原告に対する本件懲戒解雇が発令された翌日の昭
和四六年三月二六日、被告に対して、右解雇撤回の要求書を提出したが、これを審
議した当日夜の組合大会は原告が金属労研の方針のもとに行つている現執行部への
不信を増大させる等の行動を批判し、その行動の排除を決議するよう求める組合員
が出たことで会場が混乱してしまつた。(8) ここに至つて、右執行部は、この
ような状態で解雇撤回闘争及び一九七一年春闘を乗り切ることは非常に困難との判
断のもとに、翌二七日の組合大会において、本件懲戒解雇撤回要求書を白紙に戻
し、原告と金属労研とのつながりがはつきりさせた上で闘争を組むよう提案したと
ころ、賛成二一〇、反対一八九、白票七の投票の結果、賛成者が三分の二に達しな
かつたため、右執行部案は否決された。(9) その後、組合内の一部の者は、
「守る会」結成へと進んだが、これに対して、組合執行部は、「守る会」の活動は
組合と関係がない旨表明してきた。(10) 同月二九日に全金本山支部の出先機
関の分会と執行部との合同執行委員会が開催されたが、そこにおいて、「原告があ
げている転勤拒否の理由は納得できない。」旨の結論を出した。(11) その
後、右執行部は、原告と話し合う機会を持つたが、原告が従来どおり金属労研の方
針のもとに行動するとの態度を変えなかつたため、これ以上、原告の為に解雇撤回
闘争を進めることは困難との結論に達し、原告の円満退社を目標とした条件闘争に
切り換えることを決意した。(12) 全金本山支部は、同年四月六日の組合大会
において、本件懲戒解雇撤回闘争の件について審議した結果、従来の不当解雇撤回
要求闘争を条件闘争(即ち、懲戒を解く闘争を行なう中で、任意退職ないし依願退
職等への交渉を行なう)に切り換えること、原告がこれを拒否した場合は以後右問
題について一切関与しない旨を決議した。(13) ところが、原告は、同月一四
日、右条件闘争を正式に拒否した(以上、(5)ないし(13)について、甲第一
三号証、乙第一六号証の一、二、乙第六号証)。
 以上の事実によれば、全金本山支部執行部と原告及びこれを支援するグループと
の間には、相当深刻な対立闘争関係があつたものと認められるものの、右執行部及
び組合員の過半数以上の者は、原告らの意図に反して、原告に対する本件転勤命令
及びこれに続く本件懲戒解雇が原告の組合活動を嫌悪することからなされたものと
か、これらが組合の弱体化を目的とする重大な攻撃とは受け取つていなかつたと認
めるのが相当である。
7 結論
 以上のとおり、原告は、昭和四二年秋以来、組合の役職を歴任し、組合の活動
上、相当な役割を果たしてきたものというべきであるが、他面、本件転勤命令の立
案及び発令当時、原告は、執行委員等の地位にはなく、とくに顕著な組合活動をし
ていたわけでもなく、又、本件転勤命令には業務上の合理的必要性があつたことが
一応首肯できものである。右事実とその他前記認定の各事実とを総合して考慮すれ
ば、被告が本件転勤命令を発令したことは、原告が組合活動をしたことを嫌悪した
ためであつたとか、あるいは原告から組合活動の機会を奪うためであつたとか、な
いしは原告を仙台から遠ざけることによつて組合を弱体化しようとして、組合の運
営に対して、支配介入するためであつたとかを推断することは、困難というべきで
ある。従つて、被告に不当労働行為意思があつたことについての証明は不十分であ
り、原告の不当労働行為に関する主張は採用できない。
四 人事権の濫用(再抗弁4)について
 原告は、本件転勤命令に業務上の必要性がなく、その適格者でもなく、又、本件
転勤により組合活動が不可能となり、さらには、転居により、生活上甚大な打撃を
受けることになる旨主張する。
 しかしながら、前判示のとおり本件転勤命令には業務上の合理的必要性があり、
かつ、原告を選定したことにも不合理なところはみあたらず、一応の合理性が認め
られるところであり、他方、原告が広島出張所に転勤することにより、組合の活動
が危機に陥り、組合が弱体化するに至るという事実を認めるに足りる証拠はなく、
又、原告が広島出張所においては、仙台勤務時に比して十分な組合活動ができない
としても、原告が今後組合活動をするについて致命的な打撃を受けるとも思料され
ない。さらに、乙第三二、三四、三六号証、証人P1、同P4(第一回)、同青柳P
5の各証言、及び原告本人尋問の結果によれば、次のように認められる。
 即ち(1) 原告は、妻P5と結婚するに当り、将来、同女の両親の世話をするた
め、被告への転職を実現し、その後、借金して宮城県宮城郡<以下略>の前住所地
に自宅を新築した。(2) ところで、本件転勤が発令された当時、妻P5の父親は
六〇歳を越え、母親は五三歳前後に達していたが、ともに健康に恵まれ、原告夫婦
とは別居し、借家住いをしていた。(3) とくに、右父親は、家具製作所(有限
会社)の社長として活躍し、原告に対しては右借金返済について月々援助していた
状況にあつた。(4) 一方、原告は、本件転勤命令に従えば広島で借家すること
になるが、被告が家賃の六割を負担すること及び新たに地域給を支給することを考
慮すると、借家に伴う実質的負担額はわずかの額となり、加えて、留守の間、右自
宅を他に賃貸するなり、両親に使用させるようにすれば、右実質的負担増額の問題
は無視できる状況にあつた。
 以上認定の事実を合せ考えると、原告が本件転勤により、仙台を離れ、右両親と
の家庭生活関係から切り離されることで負担する生活関係の不利益というものは、
転勤に通常伴う不便、不利益の域を出るものではない。
 以上の事実とすでに右三の4(本件転勤命令の必要性について)及び5(人選の
経緯について)に判示したところを総合して考慮すれば、被告の本件転勤命令は、
恣意的になされたものではなく、被告において、業務上の合理的必要性に基づく措
置としてなされたものであるから、本件転勤命令をもつて、人事権の濫用と認める
ことはできず、無効とはいえない。従つて、原告の人事権の濫用に関する主張は採
用できない。
第三 本件懲戒解雇について
一 本件転勤命令後の当事者間の交渉について
 乙第三一号証の二、乙第三二、三四、四二号証、証人P1、P3、同P2、同P
4(第一回)の各証言に原告本人尋問の結果によれば、次のように認められる。
1 昭和四六年三月四日、原告は、所属長のP3計器課長(以下、「P3課長」とい
う)から、口頭で、本件転勤命令の告知を受けたが、これに対し、(イ) 広島へ
行つたのでは生活ができない。昨年暮に新築した自宅の建築資金の返済がある。
(ロ) 不当労働行為(前期の組合副委員長であり、事前に何らの話もなかつた)
であるから転勤は受けられないとの理由で、本件転勤を拒否した。
2 同月五日、原告は、P3課長から、本件転勤命令の辞令を示されたが、前日の理
由の外、さらに、「被告の取締役総務部長P1(以下、「P1部長」という)との間
で、入社時に、原告を転勤させない約束があつた」ことを理由に加えて、右辞令の
受領を拒絶した。
3 同月六日、原告は、P1部長に面会し、本件転勤命令の理由についての説明を求
めた。そこで、P1部長は、原告に対し、その理由として、前記第二の三の4及び5
で判示した内容の本件転勤命令の業務上の必要性と人選の経緯の概要を説明したう
えで、ぜひ転勤するよう勧奨したが、原告の承諾は得られなかつた。
4 同月八日、P1部長、P3課長及びP4労務課長(以下、「P4課長」という)
は、原告を呼んで、本件転勤命令が被告の業務上の必要から決定され、かつ、原告
が適任者として選定された経緯について、くわしく説明するとともに、原告の挙げ
る転勤拒否の理由について、次のように被告としての見解を披瀝しながら、重ねて
広島へ赴任するよう説得したが、その承認を得ることができなかつた。
 即ち、被告としては、(イ) 「広島では生活できない」との点については、仙
台と広島との物価指数は同じ位であり、又、転勤に伴い借家することになつたとし
ても、その家賃の六〇パーセントを被告が負担することになつており、他に月々五
五〇〇円の地域給が支給されること、及び広島勤務の間、自宅を他人に賃貸するな
り、原告の妻の両親に貸与することを考えれば、広島への転勤のもたらす経済的負
担はほとんど無視しうるものであること、(ロ) 当日、原告から出された、「六
か月前に転勤の噂があつたこと、及び仙台にいたいから、転勤はいやだ。」との意
見に対しては、被告で具体的に本件転勤を含む営業第一線への従業員の転出を決定
したのは同年二月一〇日以降のことであつて、被告として右噂には責任がもてない
し、「仙台にいたい」という個人的欲求ないし希望は、組織の中の人として、或る
程度我慢することも必要であるとの見解を原告に表明した。
5 同月九日、P1部長、P3及びP4両課長は、原告を呼び、重ねて広島への赴任を
説得したが、説得は効を奏しなかつた。
 ところで、右説得の際、P1部長は、原告に対し、かつて原告が挙げた「入社時の
転勤をさせない約束」の件について、入社に際して原告との間で交わされた手紙に
も「転勤させないでほしい」とか、「転勤させない」というようなことには一言も
言及されてなく、ただ原告からの手紙の中に、「結婚及びその他それに付随する私
事の都合から仙台にいれることが望ましい。」と書いてあつたにすぎなかつたこ
と、及び入社の面接の時には、転勤がありうることを明言したことを挙げて説明し
たところ、原告は、「手紙のことも面接のこともそのとおりである」が、「とにか
く私は行きたくない。仙台を離れたくない。」とくり返すばかりであつた。
6 同月一〇月、P2部長、P4課長らは、原告を呼び、広島出張所の人的構成、ユ
ーザーの規模内容、それに対する広島出張所のいろんな弱点などを織りまぜつつ、
原告が赴任して活躍してくれるよう説得し続けたが、原告は、「それらのことは良
くわかるけれども、行きたくない。仙台は思い出の場所だし、仙台を離れるのはと
にかくいやなんだ。」ということをくり返すばかりだつた。そして、この日も、原
告は、本件転勤の辞令の受領を拒否した。
7 その後、被告は、原告に考える時間を与えるため、説得を一時中断した。
8 同月一七日、P1、P2両部長、P3、P4両課長は、原告を呼んで、原告の気持
を聞いたが、原告の考えは変つていないとのことであつた。その折、P1部長らは、
原告の挙げる経済的な問題や噂の問題等について、前に述べたことを再度くり返し
て説明するとともに、「原告が組合の前執行部だつたからといつて特別に考える必
要はないのではないか。今後は転勤を定期的にやつてゆく考えであるから、そのう
ちに、再び仙台に帰れるようになる。」ことを付言し、他に困ることがあるなら相
談してくれるよう求めたが、これに対する原告の返事は得られなかつた。
9 同月二二日、P1、P2両部長、P3、P4両課長は、原告を呼んで、さらに広島
への赴任の説得を行なつた。その際、P1部長らは、原告の挙げる拒否の理由が最終
的には、(イ) 広島においては生活ができない。(ロ)六か月前から転勤の噂が
あつた。(ハ) 仙台にいたい。との三点のみであるか否かを確認したところ、原
告もこれを認め、右の三点以外にはないと言明した。そこで、P1部長らは、原告に
対し、右理由についてはすでに再三にわたり説明してきたとおり、拒否の正当な理
由に当らないと考えているので、広島への赴任を求めたが、原告が右以外で被告を
納得させるに十分な理由を示すこともなく転勤拒否の姿勢をくずさなかつたため、
原告に対するそれ以上の説得を断念した。
 以上の事実によれば、被告が原告の挙げる本件転勤命令拒否の理由をもつてして
は、業務上の合理的必要からなされた本件転勤命令を覆すだけの正当な理由となり
えないと考えたことも、十分に首肯しうるところであつて、ゆえに、原告の本件転
勤命令の拒否は、被告の企業秩序の維持に重大な支障を及ぼすものと判断せざるを
得ない。
二 本件懲戒解雇に至る手続について
 乙第三二号証、乙第六四号証の一ないし三によれば、被告の就業規則七条には、
「会社は業務の都合で従業員に転勤を命じ又は配置転換、職種、職階の変更を命ず
ることがある。前項の場合、従業員は正当な理由なくしてこれを拒むことはできな
い。」と、同九四条前段及び一号には、「下記の各号の一に該当する場合は懲戒解
雇に処する。但し、情状により諭旨退職又は昇給停止、若しくは役位剥奪、降転職
にすることがある。1 正当な理由なく業務命令に従わないとき」と、同九九条一
項には、「懲戒は懲戒審査委員会の審査を経て、これを行う。但し譴責処分を除
く。」とそれぞれ規定されていることが認められる。
 乙第三〇、三二号証、乙第三一号証の二、証人P1、同P2、同P3、同P4(第一
回)の各証言によれば、次のように認められる。即ち、(1) 被告は、昭和四六
年三月二二日、原告への説得を断念した直後に、規定にもとづき原告を懲戒審査委
員会にかけ、その意見を求めたところ、同委員会は、原告の本件転勤命令拒否につ
き、右は就業規則七条に違反し、同九四条一号により懲戒解雇が相当である旨の決
定をなした。(2) 被告は、右決定の直後、全金本山支部から、(イ) 原告の
生活権を尊重して処分しないでほしい。(ロ) 原告に考える猶予期間を与え、別
の説得方策を考えてほしい旨の要望を受けた。(3) そこで、被告は、同組合に
対し、すでに説得に全力をつくし、万策つきているので、組合からの説得を期待す
る旨を回答し、その後、組合あるいは原告自身からの何らかの反応を期待して、懲
戒解雇の発令を一時保留した。(4) しかしながら、その後、組合及び原告から
何らの連絡もなかつたので、被告は、昭和四六年三月二五日午後四時三〇分頃、原
告に対し、本件懲戒解雇の辞令と三月分の給料及び四月分の給料の一部(三月二一
日から同月二五日までの分)を交付しようとしたが、原告は、三月分の給料のみを
受け取り、その他の受領を拒絶して退席した。
三 本件懲戒解雇の効力について
 以上によれば、本件懲戒解雇は、原告の本件転勤命令拒否行為の情状に照らして
その裁量に過誤があるとはいえないと解すべきである(なお、本件懲戒解雇が不当
労働行為を構成しないことは、本件転勤命令について説示したところと同様であ
る。)。
 そうすると、本件懲戒解雇は有効であるから、原告と被告との間の労働契約は、
右解雇の意思表示がなされた昭和四六年三月二五日に消滅したものといわなければ
ならない。
第四 書証の真正な成立について(省略)
第五 結論
 よつて、原告と被告との間に労働契約が存在することを前提とする原告の本訴請
求はすべて失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事
訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石川良雄 木下重康 畑瀬信行)

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