弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人弁護士前田常好の上告理由について。
 原判決が当事者間に争のない事実及び挙示の証拠によつて認められる事実として
確定したところは次のとおりである。すなわち、
 被上告人は判示(一)の約束手形を振出し、またDを振出人とする判示(二)の
約束手形に裏書して上告人に交付したこと、そして右各手形が授受されるに至つた
関係は、被上告人は昭和二七年頃からDその他の名義を以て証券業者である上告人
に対し証拠金代用証券を差入れ清算取引の方法で株式売買の委託を継続していたと
ころ、昭和二八年一月頃においてその売買の清算尻損失金が証拠金代用証券の処分
価額を差引いても三一〇万円程の金額となり、その頃上告人の支配人に就任したE
は、被上告人に対しこれが決済を求めたところ、被上告人は右損失額についてはこ
れを承認したものであること、然るに右両者の間には証拠金代用証券の存否に関し
判示のような事情があつた関係から、上告人は終局的に決済して貫うべき債権額の
確定は後日のこととし、上告人としては監督官庁たる財務局の監査に備え右債権の
処置を形式上明確にしておく必要があつたため、前示Eから被上告人に対しその間
の事情を訴えて財務当局に対する見せ手形として一応上記三一〇万円の損失額に見
合う金額の約束手形を振出し交付されたい旨懇望し、被上告人はこれを了承して一
通の手形金額を七六万八五六五円とし、他の一通を残額相当の手形金額として約束
手形二通を振出し、次いで右二通の手形はその後三回程書き換えられ、その後の取
引において生じた二、三万円の利益を右後者の手形金額から差引き、最後の書換に
よるものが本件手形二通であり、内一通の振出名義人がDとなつているのは判示の
如き事清によるものであるというのである。
 しかしながら、(一)原判決は、被上告人は上告人との判示取引において金三一
〇万円程度の損失を上告人に蒙らしめ、これに見合う金額の約束手形を振出し、或
は裏書したというのであり、(二)一方右手形二通は財務当局の監査に備えての見
せ手形であつたと判示しながら、前示原始手形が授受された昭和二八年一月頃から
三回程書き替えられて、最後の本件手形が作成されるに至るまでの約一年数カ月の
間財務局の監査は実施されたものであるかどうかについては、原判決は何ら考慮を
運らした形跡がなく、(三)原判決は判示清算尻が後日調査の上確定さるべき関係
にあつた旨認定しながら、右一年数カ月の期間内に右債権確定について、何らかの
手段が講じられたかどうかについては、何ら言及しておらず、(四)原判決は前示
原始手形二通が見せ手形でありそれが順次書き替えられたものであると判示しなが
ら、その書替の途中において一部入金があり額面金額も自ら減額されたものと認定
していること(無効な手形に一部弁済ということはあり得ない)、(五)原審にお
いて引用された第一審口頭弁論の結果によれば、被上告人は第一審において上告人
から損害があるからとて要求されるまま本件手形二通を振出したと言い、見せ手形
とは何ら主張していないことが明らかであること、(六)原判決が判示見せ手形で
あるとの認定に供した第一審証人Eは、「甲第一号証、第二号証の手形は上告会社
が受取つていた手形で何回か書替えられたものである。上告会社は被上告人に対し
二通の手形の額面金額相当の債権を有していたので、その弁済方を被上告人に請求
したところ、同人は相場で損をしたので払えないと言うので、上告会社は何ら担保
のない不良債権をもつていたのでは監督機関である財務局の監査の折、都合がわる
いから、被上告人が一時に払えないのであれば、同額の手形を差入れてくれと被上
告人に申したところ、同人は証拠金を入れての取引でもあるし、また金額について
納得の出来ない点もあるが、手形を入れるのは困るとのことであつたが、結局手形
の支払期日前に書換をする、証拠金は新しく貰つて取引は継続する、上告会社に対
する旧来の債務は利益で弁済するということを諒解の上、本件二通の手形と同額面
の手形二通を被上告人が振出し上告会社において受取つたものである(見せ手形云
々の件は一口も述べていない)―中略―前述したように、私と被上告人との話では、
上告会社としては被上告人に何ら債権なきことを確認してただ手形のみを差入れて
貰つたというものではなく、むしろ被上告人自身二通の手形額面を合計した額の債
務があることを諒承していたのである。」旨を供述していること等が明らかである。
 そこで以上の関係に照して勘考すると、証券業者たる上告会社が取引上の債務者
である者との間に三百万円以上の多額に上る額面の約束手形を見せ手形として振出
してくれと懇望した上でこれを受取るが如きことは、他に特段な事情の附け加えら
れない限りは容易に首肯し難いところである。従つて原判決は、審理不尽、理由不
備のそしりを免れないものと言うべきであり、所論は結局正当に帰し原判決は破棄
を免れない。
 よつて、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    高   木   常   七

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