弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人松本義信の上告趣意は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告
理由にあたらない。
 しかし、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、第一審判決は、罪となるべ
き事実として、「被告人は、串間市大字a字bc、d番地のeに所在する宅地一九
一、七三平方メートルおよび木造瓦葺二階建居宅一戸一階三九、六六平方メートル、
二階一六、五二平方メートルにつき、AおよびB間の贈与を原因とする所有権移転
登記申請手続を行うに当り、昭和四三年三月二八日、串間市大字ac、f番地のg
のh被告人の事務所において、行使の目的をもつて、串間市長の押印ある同月一五
日付前記不動産に関する固定資産評価証明書の記載のうち、宅地の昭和四二年度に
おける評価欄に記載された価格『358.244円』とあるうち、3の字のうえか
らカーボン紙を用いて2と書き変えて、右価格を『258.224円』とし、もつ
て串間市長作成名義の有印公文書一通を変造した上、同日、同市所在の宮崎地方法
務局串間出張所において、法務事務官Cに対し、右変造にかかる固定資産評価証明
書一通を提出して行使したものである。」との事実を認定し、有印公文書変造につ
き刑法一五五条二項、一項、同行使につき同法一五八条、一五五条二項、一項をそ
れぞれ適用したうえ、被告人に対し有罪の言渡をし、原判決もこれを是認している
のである。
 これに対し、被告人が第一審以来弁解するところは、要するに、「判示にかかる
固定資産評価証明書は、判示Aよりその妻Bに対する所有権移転登記申請手続を被
告人に依頼した右Bが、依頼にあたり一括持参した関係書類中にあつたもので、判
示改ざんは被告人の所為によるのではなく、その時すでに存しており、被告人はか
かる改ざんに気付かないまま、改ざん後の表示に従い手続を進めたに過ぎない。右
関係書類は、贈与者Aの生前に判示不動産についての所有権移転登記申請手続の準
備をした司法書士Dがととのえたものであり、Aが死亡したため、Dは手続をとり
やめ、これら関係書類をBに返還し、Bがこれを被告人に交付したものであるから、
右改ざんはDの所為と考えられる。」というにある。そして、原判決も、Aの生前
に右所有権移転登記申請手続をE夫妻から委嘱されたDは、Aの死亡により右登記
申請手続が不可能となつたとして、その登記申請手続に要する固定資産評価証明書
を含む関係書類をBに返還し、同女からあらためて被告人に対し右関係書類を交付
して右登記申請手続を委嘱した旨を判示しているのである。
 ところで、当審において弁護人から提出され、原判決の当否を審査するため、公
判廷に顕出したD名義の「登記申請書」と題する書面は、宮崎県司法書士会統一用
紙を用いて作成され、権利者B、義務者Aの昭和四三年三月一五日の贈与を原因と
する所有権移転登記申請書であり、代理人としてのDの記名押印があり、その課税
価格欄および登録免許税欄には、それぞれ「三拾七万六千円」、「九千円」と一旦
記載されたものが、いずれも一本の縦線で抹消され、その右側にそれぞれ「二拾七
万六千円」「六千九百円」と記入する方法で訂正され、そこにDという訂正印が押
されている(以下「D申請書」という。)。そして、右課税価格欄の訂正前の金額
三七万六〇〇〇円は、被告人が変造したとされている第一審判決判示の固定資産評
価証明書(宮崎地方裁判所昭和四四年押第一五号符号第八号、福岡高等裁判所宮崎
支部昭和四五年押第七号符号第八号。以下「本件証明書」という。)の改ざん前の
本件各不動産の昭和四二年度価格合計額三七万六〇〇〇円(三七万六九六四円の一
〇〇〇円未満を切り捨てたもの。)に一致し、登録免許税欄の訂正前の金額九〇〇
〇円は、改ざん前の右昭和四二年度価格に見合う登録税額九四〇〇円と多少異るが、
本件証明書欄外にアラビア数字で記載されている九〇〇〇円と一致し(右アラビア
数字の金額の記載に関し、Dは、捜査官に対してのみならず、原審公判廷において
も、本件不動産の登録税額の心おぼえとしてみずから記入した旨供述している。)、
また、右D申請書の課税価格欄の訂正後の金額二七万六〇〇〇円は、本件証明書の
改ざん後の昭和四二年度価格の合計額二七万六〇〇〇円(二七万六九六四円の一〇
〇〇円未満を切り捨てたもの)に一致し登録免許税欄の訂正後の金額六九〇〇円は、
右改ざん後の課税価格に見合う登録免許税額に一致する。
 右D申請書は、別紙との契印の跡は存するが不動産の表示の部分を欠いているか
ら、はたして本件不動産の登記に関するものであるかどうかが明らかでないのみな
らず、真に、Dによつて作成されたものであるかどうか、特に前示課税価格欄およ
び登録免許税欄の各金額の訂正が同人によつてなされたものであるかどうかも確定
することはできないのであるが、右D申請書の前示のような外観および記載内容に
徴し、またA生前にE夫妻は本件各不動産について判示所有権登記申請手続をDに
委嘱していたこと前記のとおりであることにかんがみれば、右D申請書が本件不動
産の登記に関係がないものと即断することもできない。
 そして、もし右D申請書が本件不動産の登記に関するものであり、前示訂正が被
告人のことさらな作為によるものでないならば、前記課税価格欄が前示のように訂
正されたうえ、本件証明書の改ざん後の評価額に一致する金額が記載されているこ
とは、本件証明書がなおDの手中にある当時、すでに何人かによつて改ざんされて
いたものと考える余地を生ずるものであつて、被告人の前記弁解もたやすく排斥し
がたいところである。
 してみると、被告人に対し前記のような犯罪事実を認定し有罪の言渡をした第一
審判決を是認した原判決には、重大な事実誤認を疑うべき顕著な事由があることに
帰し、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よつて、刑訴法四一一条三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文により、
本件を原裁判所である福岡高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見
で、主文のとおり判決する。
 検察官 横溝準之助公判出席
  昭和四七年六月一五日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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