弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1処分行政庁が原告に対して平成25年3月29日付けでした労働者災害補償保
険法に基づく療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2処分行政庁が原告に対して平成25年3月29日付けでした労働者災害補償保
険法に基づく休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,下水道工事に従事していた原告が,事業主の業務命令によりインフル
エンザの予防接種を受けたためにギランバレー症候群に罹患し,療養による休業
を余儀なくされたとして,労働者災害補償保険法(平成26年法律第69号によ
る改正前のもの。以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付及び休業
補償給付の請求をしたところ,川口労働基準監督署長(処分行政庁)からいずれ
の請求についても支給しない旨の処分(以下「本件各処分」という。)を受けた
ため,本件各処分の取消しを求める事案である。
1前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲各証拠等により容易に認定する
ことができる事実)
(1)原告は,平成23年10月31日,水道敷設工事の請負業等を目的とする二
水建設工業株式会社(以下「二水建設」という。)に雇用され,同日から同年
12月9日までの間,二水建設が請け負った下水道工事に従事し,同社の社員
寮(以下「本件社員寮」という。)で生活していた(甲C8,乙1,2,5な
いし7,弁論の全趣旨)。
(2)原告は,平成23年11月29日,二水建設の工事現場における当日の作業
が終了した後,他の従業員5名とともに同社の車両で医療法人健正会須田医院
(以下「須田医院」という。)に赴き,インフルエンザの予防接種(以下,原
告が受けたインフルエンザの予防接種を「本件予防接種」という。)を受けた
(甲A1,6,乙10,12,13,24ないし26,34,弁論の全趣旨)。
(3)原告は,平成23年12月2日から,下痢や全身の倦怠感等の体調不良に悩
まされたため,同月9日に二水建設を退職し,同月16日に一般財団法人広南
会広南病院(以下「広南病院」という。)を受診したところ,ギランバレー症
候群(急性の四肢の筋力低下と腱反射の低下を来す多発末梢神経障害)と診断
された(原告が同月9日に二水建設を退職し,同月16日に広南病院でギラン
バレー症候群と診断されたことは,当事者間に争いがない。その余の事実につ
き,甲A2,甲C8,弁論の全趣旨)。
(4)原告は,平成23年12月16日から平成24年6月11日まで入院し,退
院後も継続的に通院を続けたが,平成25年10月1日,ギランバレー症候群
による両下肢機能障害2級の身体者障害者手帳の交付を受けた(争いのない事
実)。
(5)原告は,二水建設の業務命令によりインフルエンザの予防接種を受けたため
にギランバレー症候群に罹患したとして,川口労働基準監督署長(処分行政庁)
に対して,労災保険法に基づき療養補償給付及び休業補償給付の請求をしたが,
処分行政庁は,平成25年3月29日,本件予防接種は明らかに業務として行
われたものとは認められず,本件予防接種により発症したと申し立てるギラン
バレー症候群は労働基準法施行規則35条別表第1の2の6号の5に掲げる業
務上の疾病には該当しないとして,いずれの請求についても不支給決定(本件
各処分)をした(原告が処分行政庁に対して療養補償給付及び休業補償給付の
請求をし,いずれの請求についても不支給決定がされたことは,当事者間に争
いがない。その余の事実につき,乙21,22)。
(6)原告は,平成25年4月9日,本件各処分を不服として,埼玉労働者災害補
償保険審査官に対して審査請求をしたが,平成26年2月28日に棄却され,
同年3月13日,労働保険審査会に対して再審査請求をしたが,3か月を経過
しても裁決がされなかったため,同年9月2日,本件各処分の取消しを求めて
本件訴訟を提起した(原告の本件訴訟提起は当裁判所に顕著な事実であり,そ
の余の事実は当事者間に争いがない。)。
上記再審査請求については,平成27年2月27日に原告の再審査請求を棄
却する旨の裁決がされた(乙40)。
2関係法令等の定め
別紙「法令の定め」に記載したとおりである。
3争点
本件の争点は,(1)原告が罹患したギランバレー症候群が業務上の疾病に当たる
か,(2)本件予防接種とギランバレー症候群の発症との間に相当因果関係が認めら
れるかであり,これらの点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。
(1)原告が罹患したギランバレー症候群が業務上の疾病に当たるか。
ア原告の主張
(ァ)二水建設代表者が,従業員の予防接種を発案,主導し,原告を含む現
場作業員に対して,予防接種を絶対に受けるよう指示するとともに,二
水建設が予防接種の費用を負担していた。その結果,二水建設の従業員の
インフルエンザの予防接種率は約70%(寮住まいの従業員に限ると75
%)であり,平成22年度における成人のインフルエンザワクチンの接種
率である26.9%などと比べて極めて高い接種率であった。
二水建設の従業員が,現在,誰も予防接種を受けなくなったのは,二水
建設代表者が予防接種を強要することの法的なリスクを理解し,従業員に
強要しなくなったためと考えるのが自然である。
被告は,予防接種を受けていない従業員に不利益な取扱いがされておら
ず,福利厚生の一環として予防接種の費用を便宜供与していたにすぎない
と主張するが,中小企業においては実害が出ない限り,副次的な業務命令
に違反したことを理由に制裁を科されることは稀であるし,二水建設は,
福利厚生の一環ではなく,あくまでも労働力の確保という二水建設の利益
を目的として予防接種の費用を負担していたにすぎない。
(ィ)原告は,現場作業終了後,他の従業員5名と一緒に,二水建設の車両
で本件社員寮に戻ることなく須田医院に赴いて本件予防接種を受けたの
であり,本件予防接種は二水建設の指揮命令下に行われた。したがって,
予防接種に要した時間は業務時間に該当するというべきであるし,原告
は,予防接種を拒否できるという認識を有していなかったのであるから,
自由意思に基づいて予防接種を受けたとはいえない。
また,被告は,原告と一緒に予防接種を受けた従業員が,一旦本件社員
寮に戻ってから須田医院に行った旨供述していることなどを理由に,原告
は,須田医院に向かう前に,一旦本件社員寮に立ち寄ったと主張する。し
かし,上記供述の根拠は,作業現場に保安車というトラックで行っていた
ため,トラックを須田医院の駐車場に駐車するわけにもいかず,本件社員
寮に一度戻って別の自動車に乗り換えたというものであるところ,保安車
は平成23年11月29日に使用されていなかったことが明らかとなって
いる。複数の関係者が,一様に客観的事実に反することを供述するのは不
自然であり,二水建設が関係者に対して,事前に意見のすり合わせを指示
していたことを推認させるから,一旦本件社員寮に戻ったとの供述は信用
できない。
(ゥ)以上の事情に照らすと,原告は,二水建設の業務命令によりインフル
エンザの予防接種を受けたといえるから,原告が罹患したギランバレー症
候群は業務上の疾病に当たる。
イ被告の主張
(ァ)二水建設代表者は,従業員に対してインフルエンザの予防接種を推奨し
たにすぎず,予防接種を受けるか否かの最終的な判断は従業員らに委ねられ
ていた。実際,当時二水建設に在籍していた39名の従業員のうち12名が
インフルエンザの予防接種を受けていないが,それらの従業員は不利益な取
扱いを受けていない。また,二水建設がインフルエンザの予防接種の費用を
負担していたのは,福利厚生の一環として便宜供与していたからにすぎない。
原告は,成人のインフルエンザワクチンの予防接種率より二水建設の従業
員の接種率が高いことを指摘するが,二水建設が福利厚生の一環として従業
員に予防接種を推奨していた結果にすぎず,むしろ,業務命令として予防接
種を義務付けていたとすれば,30%を超える従業員が予防接種を受けてい
ないことの説明がつかない。
(ィ)原告は,予定されていた作業を終えた後に予防接種を受けており,本件
予防接種の所要時間は勤務時間とされておらず,原告に対して残業手当は支
給されていない。
原告は,予防接種を受けるために二水建設の車両で須田医院に赴いたこ
とをもって,原告が事業主の指揮命令下にあったと主張するが,そのこと
も福利厚生の一環としての便宜供与にすぎないのであって,原告が事業主
の指揮命令下にあったとまではいえない。原告と一緒に予防接種を受けた
従業員5名のうち3名が,現場作業終了後,一旦本件社員寮に戻ってから
須田医院に行った旨供述していること,本件社員寮が須田医院への経路上
にあることなどからすると,原告は,須田医院に向かう前に,一旦本件社
員寮に立ち寄ったというべきであるから,なおさら原告が事業主の指揮命
令下にあったとはいえない。
また,原告は,予防接種を希望しないのであれば,須田医院までの道中
いつでも予防接種を拒否することができたにもかかわらず,何らの異議を
述べることなく予防接種を受けていることからすると,自らの自由意思に
基づいて予防接種を受けたというべきである。
(ゥ)したがって,インフルエンザの予防接種は業務命令として従業員に強制さ
れていたものではなく,原告は自らの自由意思に基づいて予防接種を受けたの
であるから,本件予防接種には業務遂行性が認められず,原告が罹患したギラ
ンバレー症候群が業務上の疾病に当たるとはいえない。
(2)本件予防接種とギランバレー症候群の発症との間に相当因果関係が認めら
れるか。
ア原告の主張
広南病院の原告の担当医師が,インフルエンザワクチンの副作用によるギ
ランバレー症候群であると断定していること,独立行政法人医薬品医療機器
総合機構がインフルエンザワクチンによる副作用と認定して原告に対して医
療手当の支給をしていること,厚生労働省の重篤副作用疾患別対応マニュア
ルにおいてギランバレー症候群がインフルエンザワクチンの副作用で引き起
こされることがある旨解説されており,ギランバレー症候群はインフルエン
ザの予防接種に内在する危険であるといえることからすると,本件予防接種
とギランバレー症候群の発症との間に相当因果関係が認められる。
イ被告の主張
業務と疾病との間に相当因果関係が認められるためには,当該業務が危険
であること,及び当該疾病等が当該業務に内在する危険の現実化として発病
したと認められることが必要である。
そして,ギランバレー症候群の原因が自然発症であるかインフルエンザワ
クチンの接種であるかを識別することは医学的に困難であること,広南病院
の担当医師が,原告の発症の原因がインフルエンザワクチンであると確定的
な診断をしているとまではいえないこと,厚生労働大臣が独立行政法人医薬
品医療機器総合機構に通知した医薬品副作用被害判定結果において,原告の
発症とインフルエンザワクチンとの因果関係につき,医薬品により発現した
ものと推定されると記載されているにすぎないこと,インフルエンザワクチ
ンの接種によりギランバレー症候群が誘発される危険率は,100万回の接
種で1,2人と僅かなものにすぎないから,インフルエンザの予防接種自体
が危険なものであるとはいえないことに照らすと,本件予防接種とギランバ
レー症候群の発症との間に相当因果関係は認められない。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(原告が罹患したギランバレー症候群が業務上の疾病に当たるか)につ
いて
(1)原告が罹患したギランバレー症候群が労災保険法7条1項1号に規定す
る業務上の疾病に当たるというためには,原告が同疾病の原因として主張す
る本件予防接種について業務遂行性が認められることが必要であるから,本
件予防接種に業務遂行性が認められるか否かにつき,以下検討する。
(2)上記前提事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実
が認められる。
ア二水建設代表者は,平成21年頃から,毎年11月になると,社内や本
件社員寮内でインフルエンザが蔓延するのを防止するため,従業員に対し,
二水建設が費用を負担するのでインフルエンザの予防接種を受けるよう口
頭で推奨していた。
二水建設は,インフルエンザの予防接種を受ける日時や期限,病院を指
定しておらず,休日に予防接種を受ける者もいたが,予防接種を受けてい
た時間については出勤時間外として取り扱われ,賃金は支給されていない。
また,従業員の中にはインフルエンザの予防接種を受けない者もいたが,
それらの者に対する制裁は科されていない。(甲A6,乙10,11,2
0,33,36,37,原告本人)
イ原告が所属していた班(以下「原告所属班」という。)の班長A(以下
「A」という。)は,平成23年11月,二水建設代表者ができるだけイ
ンフルエンザの予防接種を受けるのが望ましい旨,従業員の班単位で話を
するのを聞いていたため,同月29日,原告所属班の班員に対し,現場作
業の終了後にインフルエンザの予防接種を受けに行くことを提案したとこ
ろ,同班員らからは,原告を含め,特段反対の意見は出なかった。二水建
設は,Aからその旨報告を受け,予め,須田医院に対し,当日の勤務終了
後の時間帯に原告所属班の班長及び班員合計6名が予防接種を受けること
を予約した。(甲C8,乙10,11,34)
ウ原告は,同日の現場作業終了後,原告所属班の5名とともに,二水建設
の車両で須田医院に行き,本件予防接種を受けた(前提事実(2))。
エ平成23年度におけるインフルエンザの予防接種シーズンである平成2
3年10月1日から平成24年3月31日までの期間において,二水建設
に在籍していた従業員39名のインフルエンザ予防接種の状況をみると,
このうち27名が予防接種を受け,残る12名(この中には本件社員寮で
生活していた20名のうち5名が含まれる。)は予防接種を受けていなか
った。また,上記27名の従業員が予防接種を受けた先は,25名が原告
と同じ須田医院であり,残る2名が別の2つの医療機関であった。
また,原告所属班でない班の中には,班長自身に予防接種を受ける意思
がなく,班長が班員に対し予防接種を受けるよう勧めることもなかったた
め,班員がまとまって一緒に予防接種を受けることがなかった班があり,
同班の従業員6名のうち班長を含む3名は予防接種を受けず,その余の3
名の班員のうち2名が同じ日に,1名が別の日に予防接種を受けた。(甲
A1,甲C2,乙13,36,37,弁論の全趣旨)
(3)上記認定事実によれば,本件予防接種は,原告の勤務先会社である二水建
設による従業員に対する接種の推奨を契機として費用の全額補助の下で行わ
れているものの,勤務先会社が組織的に予防接種を受ける日時,期限や場所
を指定するなどして強制的要素を伴って実施されたものとは認められない。
また,平成23年度におけるインフルエンザの予防接種シーズンである平成
23年10月1日から平成24年3月31日までの期間において,原告の勤
務先会社に在籍していた従業員のうち約30%,本件社員寮で生活していた
従業員のうち25%という相当な割合の従業員が予防接種を受けなかったが,
そのように予防接種を受けなかった従業員に対し,勤務先会社が予防接種を
受けるよう指導等を行ったり制裁等の不利益を科したりしたという事実は認
められない。さらに,本件予防接種については,二水建設が原告所属班のた
めに接種を受ける医療機関の予約を行ったという事実は認められるものの,
同社には班長を含む半数の従業員が予防接種を受けていない班もあったこと
や,原告所属班が予防接種を受ける日を決めたのはあくまでも同班に所属す
る従業員らであって二水建設ではなかったことからすると,二水建設が原告
を含む従業員らに対しインフルエンザの予防接種を強制的に受けさせるため
の手段として医療機関の予約や手配をしたとみることはできず,上記認定に
係る本件予防接種に至る経緯に照らせば,勤務先会社は,原告所属班の班長
から当日班員がまとめて予防接種を受ける予定であるとの報告を受けたこと
から,予防接種を推奨してきた行きがかり上,従業員に便宜を図る趣旨で上
記予約を行ったものと認められる。
このような本件予防接種に至る経緯や原告の勤務先会社において予防接種
を受けなかった従業員が相当な割合に上ることなどの諸事情に鑑みると,原
告は勤務先会社の業務命令や同社代表者の強制に基づいて本件予防接種を受
けることを余儀なくされたものではないと認めるのが相当である。
これに対し,原告は,現場作業終了後,原告所属班の他の班員とともに,
二水建設の車両で本件社員寮に戻ることなく須田医院に赴いて予防接種を受
けたのであるから,本件予防接種は二水建設の指揮命令下のもとに行われた
と主張する。しかしながら,現場作業終了後に本件社員寮に戻ることなく,
須田医院に予防接種を受けに行ったという事実を認めるに足りる的確な証拠
はない上に,仮にそのような事実があったとしても,上記認定説示したとこ
ろによれば,原告が須田医院で本件予防接種を受けるまでの間に,二水建設
に対し接種を拒絶する意思を表明して本件予防接種を回避することは可能で
あったものと認められ,また,原告がそのように接種を拒絶したとしても同
社から制裁等の不利益を科されるおそれはなかったものというべきであるか
ら,上記判断を左右するものではない。
以上によれば,本件予防接種について業務遂行性を認めることはできず,
そうすると,仮に原告が本件予防接種を原因としてギランバレー症候群に罹
患したとしても,同疾病をもって業務上の疾病に当たるということはできな
い。
したがって,原告が罹患したギランバレー症候群が労働基準法施行規則3
5条別表第1の2の6号の5に掲げる業務上の疾病に当たらないとして処分
行政庁が行った本件各処分は適法である。
2結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理
由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟
法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
仙台地方裁判所第3民事部
裁判長裁判官大嶋洋志
裁判官大澤知子
裁判官志田智之
(別紙省略)

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