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平成16年1月30日判決言渡
平成14年(行ウ)第214号 所得税更正処分取消請求事件
判決
原告    X
被告    麻布税務署長
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
   被告が原告に対して平成13年3月13日付けでした、原告の平成9年分の所得税の更正のうち、課税総所得金額
2億6014万8000円、納付すべき税額9970万9500円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。
第二 事案の概要
   本件は、原告が、被告が平成13年3月13日付けでした原告の平成9年分の所得税の更正は、所得区分の判断
を誤った違法なものである旨主張して、この更正のうち、原告が従前勤務していた日本アイ・ビー・エム株式会社(以下
「日本IBM」という。)の親会社であるインターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレーション(以下「米国IBM」とい
う。)から付与されたストックオプションを行使したことにより取得した利益(権利行使時における株式の価格と払い込ん
だ権利行使価格との差額。以下「権利行使益」という。)が一時所得に該当するとして計算した課税総所得金額及び納
付すべき税額を超える部分並びに同日付け過少申告加算税賦課決定の取消しを求める事案である。被告は、権利行
使益が主位的には給与所得に、予備的には雑所得に該当する旨主張しているのに対し、原告は、権利行使益は一時
所得に該当する旨主張している。
 一 法令の定め等
  1 所得税法における所得区分及び所得税額の計算について
    所得税法21条1項1号は、居住者に課される所得税額の計算について、「その所得を利子所得、配当所得、不
動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得又は雑所得に区分し、これらの所得ごと
に所得の金額を計算する。」と規定している。
    給与所得及び雑所得については、それぞれ同法28条及び同法35条により計算した所得金額が所得税の課税
標準とされる総所得金額に算入される(同法22条1項、2項1号)のに対して、一時所得については、同法34条により
計算した所得金額の2分の1に相当する金額が総所得金額に算入される(同法22条1項、2項2号)という大きな違いが
ある。
  2 給与所得について
    所得税法28条1項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以
下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。」と規定している。これ以外に、給与所得の意義を定める法令
の規定は存在しない。
  3 一時所得について
    所得税法34条1項は、「一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、
山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務そ
の他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定している。
  4 雑所得について
    所得税法35条1項は、「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山
林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定している。
 二 前提となる事実
   以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠又は弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実であ
る。
  1 原告は、昭和47年12月1日に日本IBMの社内弁護士として採用され、昭和57年3月下旬、同社の取締役とな
り、平成5年3月26日に同社を退職した者である。原告が米国IBMの役員又は従業員として勤務した事実はない。
    米国IBMはIBMワールド・トレード・コーポレーションの発行済株式をすべて保有し、IBMワールド・トレード・コ
ーポレーションが日本IBMの発行済株式をすべて保有しており、日本IBMは、IBMワールド・トレード・コーポレーショ
ン及び米国IBMのいわゆる子会社である(なお、以下では、米国IBMと日本IBMその他の米国IBMの子会社を総称
して「IBMグループ」ということがある。)。
  2 米国IBMは、米国IBM及びその子会社の役員又は従業員(以下「従業員等」という。)に対してストックオプショ
ンを付与する制度(以下「本件プラン」といい、本件プランにより付与されるストックオプションを「IBMストックオプション」
ということがある。)を有している。その概要は、以下のとおりである。
  (一)本件プランの目的は、幹部とその他選ばれた主要従業員の雇用を維持し、IBMグループの成功に対する大き
な貢献につき、それらの者に対し、報いることを意図するものである。
  (二)IBMストックオプションは、その者の業績がIBMグループの成功に相当な影響を及ぼし得る、責任ある地位を
有する従業員等に対してのみ付与される。
  (三)IBMグループによって承認された勤務を受け入れるための辞職及び退職制度に基づく退職又は死亡以外の
理由により勤務を終了した場合には、すべての未行使のIBMストックオプションは、直ちに取り消される。
  (四)IBMストックオプションは、遺言又は物的財産相続及び人的財産相続に関する法律による以外、移転すること
ができず、付与を受けた従業員等の存命中は、この者以外は行使することができない。
  (五)本件プランは、米国IBMの取締役会の幹部報酬委員会又はその他の委員会の構成員から成る委員会によっ
て運用され、委員会は、約款を解釈し、制度を実施するために必要又は適切と委員会がみなす規約、規則及びガイド
ラインを採用する独占的な権限を有し、これらのすべての権限は、IBMグループの最善の利益となるように、また、制
度の目的に合致するように行使される。
  (六)IBMストックオプションは、一定の期間が経過した後に初めてその一部の権利行使をすることができるようにな
り、その後も、一定の期間が経過するごとに、順次、追加的に権利行使が可能となるもので、付与日から、1年後、2年
後、3年後及び4年後の日の計4回、均等分割で行使することができるようになる。その行使期限は、付与日から10年
間である。
  3 IBMストックオプションの付与と課税処分の経緯等
  (一)原告は、米国IBMから、本件プランに基づき、合計3万9997株のストックオプション(以下「本件ストックオプシ
ョン」といい、原告と米国IBMとの間の本件ストックオプションに関する付与契約を「本件付与契約」という。)を付与され
た。
  (二)原告は、平成9年5月23日及び同年9月3日、米国IBMの株式3万5837株につき、本件ストックオプションを
行使することにより、合計4億7515万7503円の権利行使益(以下「本件権利行使益」という。)を取得した。
  (三)原告は、当時の住所地であった神奈川県鎌倉市を管轄する鎌倉税務署長に対し、平成10年3月16日、平成
9年分の所得税につき、本件権利行使益は一時所得に該当するとして、別紙「確定申告」欄記載のとおり、確定申告を
した。なお、原告は、この確定申告において、平成9年5月23日に本件ストックオプションを行使することにより取得した
259万7235円の権利行使益を申告しなかった。
  (四)原告は、平成10年4月24日、麻布税務署管内に移転し、被告に対し、同年12月22日、平成9年分の所得税
につき、別紙「修正申告」欄記載のとおり、修正申告をした。
  (五)被告は、平成11年1月26日、原告の平成9年分の所得税につき、別紙「賦課決定処分」欄記載のとおり、過少
申告加算税賦課決定を行った。
  (六)被告は、平成13年3月13日付けで、原告の平成9年分の所得税につき、本件権利行使益は一時所得ではな
く、給与所得に該当するなどとして、別紙「更正処分」欄記載のとおり、更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告
加算税賦課決定(以下「本件過少申告加算税賦課決定」といい、本件更正と合わせて「本件更正等」という。)を行っ
た。なお、本件過少申告加算税賦課決定は、原告が平成9年分の所得税の確定申告において申告しなかった、同年
5月23日に本件ストックオプションを行使することにより取得した259万7235円の権利行使益に対応する所得税額12
3万円を基礎としてしたものである。
  (七)原告は、本件更正等を不服として、被告に対し、平成13年4月26日、異議申立てをした。被告は、同年7月30
日、上記異議申立てを棄却する旨の決定をした。
  (八)原告は、上記決定を不服として、国税不服審判所長に対し、平成13年8月24日、審査請求をした。
  (九)原告は、審査請求があった日から3か月を経過しても裁決がないとして、平成14年5月7日、裁決を経ないで、
本件訴えを提起した。
 三 被告が主張する原告の所得税額
   被告が本件訴えにおいて主張する原告の納付すべき税額の算出過程、算出根拠等は次のとおりである。原告
は、このうち本件権利行使益が給与所得に該当するとする部分及びこのことを前提とする部分について争うものであ
り、その余の数額又は計算関係については争っていない。
  1 総所得金額             4億7953万9169円
    上記金額は、次の(一)ないし(四)の各金額の合計額である。
  (一)事業所得の金額            1049万0785円
  (二)不動産所得の金額            ▲62万0123円
     なお、▲印は、損失の金額を示すものである。
  (三)給与所得の金額          4億6943万3407円
     上記金額は、次の(1)及び(2)の各給与収入金額の合計額から所得税法28条3項に規定する給与所得控除額
を同条2項に基づいて控除した金額である。
   (1)Y株式会社からの給与収入金額1427万2400円と株式会社Zからの給与収入金額650万円との合計額   
                        2077万2400円
   (2)本件ストックオプションの権利行使に係る米国IBMからの給与収入金額(本件権利行使益)   4億7515万
7503円
  (四)雑所得の金額               23万5100円
  2 所得控除の額の合計額            74万3785円
  3 課税総所得金額           4億7879万5000円
    上記金額は、上記1の総所得金額から上記2の所得控除の額を控除した金額(ただし、国税通則法118条1項
により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
  4 納付すべき税額           2億0903万3000円
    上記金額は、次の(一)の金額から(二)の金額を差し引いた金額(ただし、国税通則法119条1項により100円未
満の端数を切り捨てた後のもの)である。
  (一)課税総所得金額に対する税額    2億3336万7500円
     上記金額は、上記3の課税総所得金額4億7879万5000円に所得税法89条1項の税率を適用して算出した
金額である。
  (二)源泉徴収税額             2433万4463円
 四 争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
   本件の争点は、①本件権利行使益が、給与所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するか、②本件更正等
が、租税法律主義又は信義則に違反する違法な処分であるかである。
  1 争点①(本件権利行使益の所得分類)について
  (一)被告の主張
   (1)主位的主張(給与所得)
      本件権利行使益は、以下のとおり、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価であり、権利行使時に
おける給与所得に該当する。そうすると、前記三のとおり、原告の平成9年分の所得税の課税総所得金額は4億7879
万5000円、納付すべき税額は2億0903万3000円であり、別紙記載の本件更正の課税総所得金額及び納付すべき
税額と同額であるから、本件更正は、適法である。
     ア 給与所得の意義について
       給与所得とは、一般に、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労
務の対価をいうものと解すべきである。そして、給与所得の本質が、非独立的労働又は従属的労働の対価という点にあ
ることなどからすると、ここにいう労務の対価は、役務提供の原因となる雇用契約等における反対給付に限定されず、
従業員等の地位に基づいて給付されるものである限り、労務の対価としての性質を有し、給与所得に該当するというべ
きである(最高裁判所昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁(以下「昭和56年最高裁判決」とい
う。)、最高裁判所昭和37年8月10日第二小法廷判決・民集16巻8号1749頁(以下「昭和37年最高裁判決」という。)
参照)。
     イ ストックオプション制度について
     (ア)ストックオプション制度は、会社が、自社又は子会社の従業員等に対し、自社又は子会社における勤務等
を条件として、一定の期間内に、あらかじめ定められた権利行使価格で、あらかじめ定められた数量の自社株式を購
入することができる権利を付与する制度である。この制度は、いわゆる長期インセンティブ報酬制度の一種であって、
会社の成長、発展及び利益の維持と有能な従業員等を確保して勤務を継続させることを目的としており、従業員等に
ストックオプションを付与することにより、従業員等の精勤意欲を向上させ、優秀な人材を誘引し、確保し、会社の業績
を向上させることを期待することができると考えられている(以下、ストックオプションを付与した会社を「付与会社」、スト
ックオプションの付与を受けた従業員等を「被付与者」ということがある。)。
     (イ)このような長期インセンティブ報酬の目的を達成するため、ストックオプション制度は、被付与者の勤務会
社における勤務と不可分に結びつけられた仕組みを持っている。
        すなわち、ストックオプションを付与する対象が従業員等のみとされ、ストックオプションを行使する条件と
して、一定期間の勤務、権利行使期間、権利行使価格等が定められ、また、ストックオプションの譲渡が禁止され、雇
用契約等が消滅した場合等には、ストックオプションが消滅したり、行使期間が制限されるなどとされているのである。
     ウ 会社が自社の従業員等に対してストックオプションを付与する場合(以下、このような形式のストックオプショ
ンを「自社株方式ストックオプション」という。)について
       本件は、親会社が子会社の従業員等に対して親会社の株式のストックオプションを付与する場合(以下、こ
のような形式のストックオプションを「親会社株方式ストックオプション」という。)であるところ、論点の把握を容易にする
ため、まず、自社株方式ストックオプションについて論ずる。
     (ア)自社株方式ストックオプションの付与契約は、雇用契約等に従属する従たる契約とでもいうべきものであっ
て、権利行使益を精勤に対する報酬として従業員等に取得させることを目的として締結される売買(株式譲渡)の一方
の予約又はこれに類似する契約であり、従業員等の地位にある被付与者のみが予約完結権を行使するものとして譲
渡が禁止され、かつ、会社における一定期間の勤務等の停止条件が付されたものということができる。
        したがって、自社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、従業員等の地位に基づい
て付与されたものであって、当該会社において勤務していたからこそストックオプションを付与され、かつ、現実に勤務
を継続したからこそ権利行使益を取得することができたのであるから、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対
価としての性質を有し、給与所得に該当することは明らかである。
     (イ)自社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益に対する課税関係については、平成10年
の税制改正により租税特別措置法29条の2が改正され、一定の要件を満たすストックオプション(以下「税制適格オプ
ション」という。)については、その権利行使価額が1000万円を超えない限度において権利行使時には課税しないこと
とし(同法29条の2第1項)、これにより取得した株式を譲渡した時点において譲渡所得として課税することとされた(同
条5項)。
        そして、同規定が同法第2章「所得税法の特例」中の第3節「給与所得及び退職所得」に置かれていること
などに照らすと、同法は、少なくとも自社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益については、これが
給与所得であることを前提とした上で、税制適格オプションについてのみ、課税の繰延べを認める趣旨で上記特例を
設けていることは明らかである。
        また、所得税法施行令84条は、同条1号ないし3号所定の商法上のストックオプションの収入金額(所得
税法36条2項)については、ストックオプションを行使したことによる権利行使益とする旨規定して、権利行使益に課税
する旨明示しており、同条につき、所得税基本通達23~35共-6は、ストックオプションを与えられた従業員等がこれ
を行使した場合に権利行使益を給与所得とする旨定めている。
        このような租税特別措置法29条の2及び所得税法施行令84条の趣旨に照らすと、商法上のストックオプ
ションでなくとも、これと同様の性質を有するストックオプションについては、租税特別措置法29条の2のような特例規定
の適用がない場合には、原則どおり、所得税法36条の解釈として、その権利行使時にその権利行使益に対して給与
所得として課税されると解するのが相当である。
     (ウ)権利行使益の発生の有無及びその多寡が、株価の変動や従業員等による行使時期の判断といった要素
に左右される面があることは否定することができない。しかしながら、所得税法は、所得の性質や発生の態様の違いな
どによる質的担税力に着目して所得を分類しており、権利行使益の有無及びその多寡は、量的担税力には影響すると
しても、このような質的担税力とは無関係である。
        また、ストックオプション制度は、株価が変動するからこそインセンティブ報酬として成立するのであるし、ま
た、いつの時点でストックオプションを行使するかの判断が従業員等にゆだねられていることによって、従業員等は勤
務を続けながら株価の変動状況等をみて、株価の上昇のために一層の精勤を行うことを動機付けられるのである。
        したがって、従業員等が享受する権利行使益の有無及びその多寡が、株価の変動や行使時期の判断に
よって左右されるとしても、このような事情は、ストックオプション制度自体に内在するものということができるのであるか
ら、ストックオプションが給与所得に該当するという結論に何ら影響を及ぼすものではない。
     エ 親会社株方式ストックオプションについて
     (ア)自社株方式ストックオプションにつき、前記ウにおいて論じたことは、親会社株方式ストックオプションにつ
いても同様に妥当する。
        すなわち、親会社は、子会社の株式を保有しているため、従業員等の精勤により当該子会社の業績が向
上すればより多くの配当を受けられるばかりではなく、業績の向上により子会社の株式の時価が上昇すれば、親会社
の実質的な資産が増加し、親会社の株式の時価も上昇するという関係にあることに着目して、子会社の従業員等の精
勤に対する報酬として権利行使益を取得させることを目的に、親会社株方式ストックオプションを子会社の従業員等に
付与しているのであり、このことは何ら不自然、不合理ではない。
        また、商法上のストックオプション以外のストックオプションにつき、その権利行使益が給与所得に該当す
ることは前記ウ(イ)のとおりであるところ、商法上のストックオプションについては、平成13年11月の改正によりストックオ
プションの付与対象者の制限が廃止されたことに伴い、直接、間接にその株式の50パーセントを超える株式を保有し
ている子会社の従業員等に対する親会社株方式ストックオプションも、租税特別措置法29条の2の対象となっている。
     (イ)親会社株方式ストックオプションは、自社株方式ストックオプションの場合と異なり、雇用契約等の当事者と
これを前提とする付与契約の当事者とが一致していない。
        しかしながら、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」であれば、指揮命令に服すべき使用者
以外の者から給付されるものであっても、給与所得に該当するというべきである。そして、前記(ア)においてみたような、
親会社株方式ストックオプションの付与契約の趣旨、目的からすると、子会社の従業員等が取得する権利行使益が、
使用者である子会社の指揮命令に服して提供した労務に起因して親会社から得られるものであることは明らかであり、
親会社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益も、給与所得に該当する。
        そもそも、所得税法28条1項は、給与所得を雇用契約等の当事者である使用者からの給付に限定すると
規定しておらず、使用者以外の者からの給付を給与所得から排斥していない。また、昭和37年最高裁判決及び昭和
56年最高裁判決には、「使用者から受ける給付」であることを給与所得の要件としているようにもみえる判示部分がある
が、いずれの判決の事案も、本件のように雇用契約等の当事者と給与支給者とが一致しない例外的な場合を前提とし
た判断ではなく、雇用契約等の当事者以外の第三者からの給付を給与所得から一切排除する趣旨のものとは解され
ない。
        また、親会社株方式ストックオプションの場合は、一般に、子会社が付与対象者を付与会社たる親会社に
推薦し、グループ全体の利益の向上や親会社の株価の向上に最も効率的になるように被付与者を選択するのであり、
同時に、グループ内の各会社の利益を財務諸表に正確に表示すべく、ストックオプションを付与した親会社は、その権
利行使に係る出捐を被付与者の勤務する会社から回収して負担させているのであって、本件においても、米国IBMが
供与した本件権利行使益の一部を日本IBMが実質的に負担している可能性も否定することができない。
     オ 本件ストックオプションについて
       日本IBMは、米国IBMの100パーセント出資に係る孫会社であり、米国IBMの子会社と同視することがで
きるところ、その株式の保有関係からみても、前記エ(ア)のとおり、子会社の従業員等である原告の勤労の成果により、
日本IBMだけではなく、親会社である米国IBMも利益を得るという関係にある。そして、本件プランは、IBMグループ
において、実質的に責任ある職に最もふさわしい人材を誘引し、かつ、維持することや、当該人材に付加的なインセン
ティブを提供し、会社の事業の成功を促進させることを目的としており、その目的達成のため、前記イ(イ)においてみた
ような条件が設定され、勤務先である日本IBMにおける勤務と不可分に結びつけられているのであって、原告が日本I
BMに勤務し、役務を提供することを基礎として、米国IBMがその対価として権利行使益を与えることをその趣旨、目
的とするものである。
       そして、原告は、米国IBMの子会社である日本IBMに勤務しており、IBMグループの従業員等であったた
め、本件ストックオプションを付与され、その後も日本IBMでの勤務を続けたからこそ本件ストックオプションを行使する
ことができ、その結果、本件権利行使益を得たのである。
       したがって、本件権利行使益が、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」に当たり、給与所得に
該当することは明らかである。
     カ 課税の対象及び課税の時期について
     (ア)ストックオプションの場合、その付与と権利行使との間には時間的な間隔が存在し、ストックオプションに係
る所得の発生をどの時点でとらえるかが問題となる。
        ストックオプションに係る課税の対象となるのは、権利行使益そのものであり、その課税の時期は、権利行
使時である。すなわち、ストックオプションの法的性質は、雇用契約等を不可欠の前提とした、株式の売買の一方の予
約における予約完結権であるところ、ストックオプションを付与された者が取得する経済的利得は、この予約完結権を
行使して初めて発生し、実現する権利行使益にほかならず、これが課税の対象となる「所得」を構成するのである。ま
た、所得税法36条は、いわゆる権利確定主義を採用したものであるところ、権利確定主義とは、現実の収入がなくとも
「収入すべき権利の確定した金額」があればこれに課税するというものであって、外部の世界との間で取引が行われ、
その対価を収受すべき権利が確定した時点をもって所得の実現の時期とみる考え方である。そうすると、ストックオプシ
ョンによって得られる経済的利得は、権利行使によって発生、実現するとともに、その享受する経済的利益の金額が確
定するのであるから、権利行使時が、課税の時期になるというべきである。
     (イ)これに対し、ストックオプションそのものは、課税の対象とならず、ストックオプションの付与時ないし権利行
使可能時においては、課税関係は生じないというべきである。すなわち、ストックオプションは、予約完結権であり、一種
の形成権であるところ、その行使によって権利行使益を取得することがあり得るとしても、形成権であるストックオプショ
ンそのものは、所得税法36条1項にいう収入すべき権利には該当しない。また、権利行使が可能になった時点におい
ても、その時点において権利行使をしなければ、外部の世界との間の取引は、全く行われないのであるから、その時点
における株式の時価と権利行使価格との差額に相当する経済的利得は、未だ実現していないといわざるを得ない。
        このような理解は、企業会計において、付与時に対価が発生しないストックオプションについては、その付
与時ないし権利行使可能時に会計処理が行われず、権利行使時にのみ会計処理が行われていること(平成14年3月
29日付け「新株予約権及び新株予約権付社債の会計処理に関する実務上の取扱い」)からも裏付けられる。
     キ 経済協力開発機構(OECD)租税委員会の第一作業部会は、OECDモデル租税条約に基づく関連条項
の適用について検討し、適宜、可能な解釈と解決策を提示しているところ、同作業部会が公表した「従業員ストックオプ
ション制度から生じるクロスボーダーの所得税問題」と題する討議資料は、ストックオプションを行使したことによる権利
行使益を給与所得とする解釈を採用している。この解釈は、あくまで条約適用上の問題に関するもので、国内法による
給与所得としての課税を権利行使時に義務付けるものではないものの、国際的にみて、ストックオプションについての
あるべき解釈の方針を示すものということができる。
   (2)予備的主張(雑所得)
     ア 仮に、本件権利行使益が給与所得に該当しないとしても、本件権利行使益は、利子所得、配当所得、不
動産所得、事業所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得のいずれにも該当しないことが明らかであり、かつ、次項に
述べるとおり、一時所得にも該当しないので、所得税法35条1項により、雑所得に当たることとなる。
       この場合でも、原告の平成9年分の所得税の課税総所得金額及び納付すべき税額は、本件更正の課税総
所得金額及び納付すべき税額を上回ることになるから、総額主義に照らし、本件更正は、適法ということになる。
     イ 本件権利行使益が一時所得に該当しないことについて
     (ア)権利行使益の取得は、行使時期の判断がゆだねられている従業員等による選択の結果であって、従業員
等は、確実に意図した利益を得ることができる状況の下で権利行使をしているのであるから、権利行使益を偶然に取
得したということはできない。
        また、所得は何らかの経済取引から生ずるものであるから、その発生過程中に偶発的な要素や当該所得
を得た者の判断が含まれることは少なくないが、これらは所得の有無や多寡を決定する要素の一つにすぎず、このよう
な要素が含まれることをもって一律に所得区分を判断することはできない。
     (イ)一時所得は、一時的、恩恵的、偶発的な所得であって担税力が低いとされていることから、2分の1課税が
されるものである。これに対し、役務の対価たる所得については、たとえ一時的なものであっても、偶発的に生じたもの
ではなく、類型的に2分の1課税を認めるほど担税力が低いものではないことから、一時所得から除外されている。
        本件権利行使益は、納税者が労務を提供したことに由来する所得であって、一時的、偶発的、恩恵的な
ものではないから、一時所得と同一に取り扱い、2分の1課税の対象とすることは、所得税法の趣旨に反する。
     (ウ)一時所得(所得税法34条1項)に該当するには、「利子所得…(中略)…譲渡所得以外の所得」で、「労務
その他の役務…(中略)…の対価としての性質を有しないもの」でなければならない。
        仮に、給与所得該当性の判断において労務の対価性が認められないとしても、直ちに一時所得の消極
的要件としての対価性がないことになるわけではない。雑所得該当性の判断の観点から、「労務その他の役務…(中
略)…の対価」の有無を判断しなければならない。そして、雑所得か否かの所得区分の基準となる「対価性」は、双務契
約における一方の履行に対する他方の給付という意味での「対価」としての性質にとどまらず、「労務その他の役務」が
契約上の義務として行われた場合だけでなく、当該労務その他の役務を提供したことを評価し、これに対して金銭その
他の経済的利益が給付された場合をも含むというべきである。
        本件権利行使益が、子会社の従業員等としての地位及びその勤務に密接に関係する所得であって、一
時所得の消極的要件である「労務その他の役務…(中略)…の対価としての性質」を有するものに当たることは明らか
であるから、これを一時所得に該当すると解する余地はないというべきである。
     (エ)一時所得は「資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(所得税法34条1項)であるところ、仮に、
原告が、ストックオプションという資産を取得したものとして、ストックオプションの付与時に課税することができると考える
のが正しいとすると、本件権利行使益は、当該資産である本件ストックオプションを行使した結果取得するものであり、
資産の対価としての性質を有することとなる。この点からしても、本件権利行使益は、一時所得に該当しないというべき
である。
  (二)原告の主張
   (1)本件更正は、労働基準法上確立されている給与の概念を完全に無視する違法な処分である。
     ア 給与とは、労務の対価として支払われるもので、その給付内容の確定性が強く求められるものである。とこ
ろが、権利行使益は、極めて浮動的、変動的であり、確定性がなく、このような所得は、本来、給与ということができな
い。また、ストックオプションの付与は、一時的なものである。今年、ストックオプションを付与されたからといって、翌年も
付与される保証は全くない。そのため、IBMストックオプションプランは、ストックオプションを給与として構成しておら
ず、インセンティブ(報奨)の性格を持つものとしている。さらに、付与後の株価の変動により株式の市場価格が権利行
使価格を下回った場合には、権利行使は、マイナスの価値をもたらすから、ストックオプションは、およそ給与の概念に
ほど遠い。
       被告は、権利行使益は労務の対価である旨主張するが、価値の存在若しくは実現性が全く予見することが
できないようなものを対価とした経済取引などあり得ない。雇用契約という双務契約における対価たる給与は、労務に
対する対価であるから、提供した労務の価値に見合う確定的な価値を持った反対給付でなければならない。
     イ 権利行使益を給与と性格付けるためには、少なくとも、その付与時に、使用者がその時点における確定的
な経済的価値を付与するものでなければならない。将来の値上りを期待することができるというような不確定な利益を給
与ということはできない。使用者が権利行使価格を無償又は株式の時価よりも低い金額に設定してストックオプションを
付与するのであれば、付与時に株式の時価又はこれと付与価格との差額が給与という確定的な経済的給付として与え
られるとみることができるかもしれないが、IBMストックオプションの権利行使価格として設定されるのは、付与日におけ
るニューヨーク証券取引所におけるIBMの株式の取引価格であるから、少なくとも、付与時には所得は発生しない。
       被告がストックオプションを給与所得と判断するのであれば、権利行使時に発生する経済的価値ではなく、
付与時に確定的に発生する経済的価値を給与所得とすべきであるが、上記のとおり、IBMストックオプションの場合に
は、付与時には、被付与者に確定的な経済的利益が全く発生していないので、所得も生じないこととなる。
       給与は、労務の対価である以上、付与時の労務に対する対価としなければ、理論的に矛盾を来すというべ
きである。しかし、IBMストックオプションの権利行使によって得られる所得は、株価の変動、被付与者の判断その他の
諸々の要素により支配され、その結果得られるものであるから、労務の対価ということはできない。被告がストックオプシ
ョンによる給与所得の成立時期を権利行使時としながら権利行使益を給与所得としているのは、理論的に矛盾してい
るというべきである。
     ウ 労務の対価である給与は、本来、提供した役務に対して支払われるものであるから、労務の提供以外に対
価を支払うことは要求されない。しかし、ストックオプションは、権利行使価格を支払って初めて取得することができる経
済的価値であり、このような対価を支払う能力等がなければ、取得することができない所得である。金銭的対価を支払
ってのみ取得することができる経済的利益は、本来、給与とみることができない。
     エ ストックオプションが給与として付与されるのであれば、被付与者は、自由に権利を行使することができるは
ずであり、付与後においてその権利行使に種々の制約が課されるのは、給与の性格と合致しない。ところが、ストックオ
プションの行使には、種々の制約が課されている。これは、ストックオプションが、労務の対価ではなく、有能な従業員
等を引き留め、最大限の貢献を果たさせるためのインセンティブとして付与されるものであるからにほかならない。
     オ また、雇用関係は、使用者と被用者との間に雇用契約が存在して初めて成立するところ、米国IBMと原告
との間には、直接の雇用関係がない。いかなる企業も、顧客や下請企業等との取引を通じて利益を上げているのであ
り、原告の日本IBMにおける活動が米国IBMに利益をもたらすことの報奨として与えられたものであることに着目して、
本件ストックオプションが給与に当たるとした場合には、米国IBMの顧客や下請企業等は、すべて米国IBMの従業員
等に当たることになってしまう。
   (2)本件更正は、所得税法の解釈の重大な誤りに起因した違法な処分である。
     ア 権利行使益が給与に当たるかは、付与会社と被付与者との間の付与契約に基づき、付与の目的、給与体
系との対比、付与が被付与者の給与又は昇給に不利な影響を与えているかなどを合理的に検討して決定されなけれ
ばならない。
       そして、①米国IBMは、ストックオプション制度の管理及び運用を給与担当部門とは別の部門に行わせる
など、給与制度とストックオプションその他のインセンティブ(報奨)制度とを全く別体系の制度として取り扱っているこ
と、②IBMストックオプションは、労務の対価として付与されるものではなく、IBMグループのビジネスの発展に大きく貢
献する従業員等を確保するため、このような従業員等に長期のインセンティブを提供し、貢献意欲と行動を刺激するこ
とを目的として付与されるものであり、労務の提供の後に対価として与えられる給与と異なり、労務の提供に先行して付
与されるものであること、③被付与者がIBMストックオプションを付与されたことにより、その給与が減額されたり、昇給
率が下げられるということはなく、IBMストックオプションは、給与の一部代替若しくは昇給の一部代替として付与される
ものではないのであり、給与とは全く別の人材確保のための制度であることからすると、IBMストックオプションを行使し
たことによる権利行使益は、給与所得には当たらないというべきである。
     イ 権利行使益を給与所得とみるためには、労務の提供との対価性が必要であり、権利行使益が労務の対価
であるというためには、権利行使益の実現と労務の提供が近接して存在する必要がある。しかし、原告は、本件権利行
使益が発生した時には、既に日本IBMを退職しており、同社との雇用関係は全く存在しなかったのであるから、本件権
利行使益と原告の労務との対価関係を主張するのは、全く非論理的である。
     ウ 権利行使益は、株式相場の変動その他の雇用関係とは関係のない市場要因により変動するのであり、この
ような要因により生じた権利行使益は、雇用とは無関係であるものが極めて多い。一従業員の存在、活動が大会社の
株価に影響を及ぼすということは、ほとんどあり得ないのであり、ストックオプションは、労務の対価ではなく、優秀で意
欲のある従業員等をつなぎ止めることを目的とするものである。
     エ 給与所得と権利行使益との大きな相違は、給与所得は労務と明確な対価関係があるのに対し、権利行使
益はそのような対価性を有しない点にある。したがって、権利行使益を給与所得とする見方には、根本的な理論上の
欠陥がある。
     オ 優秀な従業員等は、複数回にわたり、ストックオプションの付与を受ける可能性があるが、権利行使益は、
本性的に一時所得である。複数回にわたり、ストックオプションの付与を受けることができた従業員等は、ストックオプシ
ョン制度の趣旨につられて、会社が期待するとおりに踊り続けることができた者であり、権利行使益は、偶然性の結果と
して付与されたものでしかない。
  2 争点②(租税法律主義、信義則違反)について
  (一)原告の主張
   (1)国税庁直税部審査課は、日本IBMに対し、昭和59年2月7日、IBMストックオプションを行使したことによる権
利行使益は一時所得である旨の公式見解を示し、その後、平成11年3月14日まで、15年間以上にわたり、このような
見解を維持してきた。そして、日本IBMは、IBMストックオプションを付与され、これを行使しようとする者に対し、そのよ
うに助言し、IBMストックオプションを行使した者は、IBMストックオプションの権利行使益を一時所得として申告し、所
轄税務署長も、IBMストックオプションの権利行使益を一時所得として取り扱ってきた。
      このような事実は、単なる一税務署長の判断や指導と次元を異にし、国税庁による所得税法34条の解釈を
通じて具体的な事案に関する個別法が形成され、15年間以上にわたり、運用されてきたと考えるべきである。本件更
正等は、このような個別法に違反し、それなりの法的、行政的手続を経ずに、IBMストックオプションを行使したことによ
る権利行使益を遡及的に給与所得として取り扱う、全く根拠のない処分であるから、憲法の定める租税法律主義に違
反するものといわざるを得ない。
   (2)国税庁及び所轄税務署長は、15年間以上にわたり、IBMストックオプションを行使したことによる権利行使益
を一時所得として取り扱ってきた。原告は、平成9年分の所得税の確定申告をするのに先立って、鎌倉税務署員に問
い合わせ、IBMストックオプションを行使したことによる権利行使益を一時所得として申告するように指導され、従来の
国税庁の見解が踏襲されていることを確認した上で、確定申告をした。
      また、原告は、平成10年に転居した直後に、鎌倉税務署長の税務調査を受けたが、鎌倉税務署員は、その
際にも、IBMストックオプションを行使したことによる権利行使益を一時所得としていることについては修正申告をする
ように指導しなかった。
      ところが、被告は、原告が国税庁の見解等を詳細に説明したにもかかわらず、これを無視し、合理的な根拠
なくして、本件権利行使益を遡及的に給与所得として取り扱い、本件更正等を行った。
      このように、一税務署長である被告が、具体的、合理的理由もなく、IBMストックオプションを行使したことによ
る権利行使益の取扱いを変更して、これを給与所得とすることは、租税法律主義の精神及び課税の安定性という大原
則を著しく阻害するというべきであり、信義則上はもちろん、課税の公正、安全からも絶対に許されるべきではない。
      原告は、国税庁及び所轄税務署長の見解を信頼し、既に不動産の取得等のために本件権利行使益を費消
してしまった。
  (二)被告の主張
   (1)ストックオプション制度は、従前、我が国の主権の及ばない外国の制度であり、課税庁において、制度の一般
的な内容や特徴を正確に認識している状況になかった。そのため、平成9年分の所得税の確定申告期以前における
親会社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使益についての現実の取扱いは、結果的に、必ずしも統
一されておらず、多くの場合に一時所得として取り扱っていたが、給与所得として取り扱ったものも存在するという状況
にあった。
      しかし、課税庁は、平成10年分の所得税の確定申告期の後には、米国におけるストックオプション制度の概
要を十分に認識するに至り、このような認識を前提に、親会社株方式ストックオプションを行使したことによる権利行使
益が、従前、一般にいわれていたような一時所得ではなく、給与所得であるとの認識を持ち、同年分の所得税の確定
申告から統一的に執行をするようになったのである。
   (2)信義則は、法の一般原則として、租税法の分野にも適用されるが、租税法の分野においては、租税法律主義
の下に公平な課税を実現しなければならないから、信義則の適用に際しては、少なくとも、①税務官庁が納税者に対し
て信頼の対象となる公的見解を表示したこと、②納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、③後
に上記表示に反する課税処分が行われたこと、④そのために納税者が経済的不利益を受けたこと、⑤納税者が税務
官庁の上記表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことを不可
欠のものとして検討した上で、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課
税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情を備えている
か否かにつき検討する必要がある。
      そして、上記②の事由については、納税者が単なる誤った申告をしたことはこれに当たらず、信頼に基づい
て申告以外の何らかの行動をしたことが必要というべきである。また、上記④の事由についても、単に当該課税処分に
よって税額が増加したことでは足りず、申告以外の何らかの具体的な行動をとったことにより具体的に経済的不利益を
受けたことが必要というべきである。
      これを本件についてみると、原告は、国税庁及び所轄税務署長の従来の取扱いに従って本件権利行使益を
一時所得として申告したにすぎず、また、原告が、国税庁及び所轄税務署長の見解を信頼し、既に本件権利行使益を
費消してしまったとしても、その費消は、経済的損失に当たるものではない。したがって、本件が上記②及び④の事由
を満たさないことは明らかであり、いわんや、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にして
もなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情
を備えているということはできない。
   (3)なお、租税法律主義とは、「租税は、公権力によって強制的に国民から徴収されるものであるから、その賦課、
徴収は、必ず国民の代表たる国会が議決した法律に基づくものでなければならない。」とする原則であるところ、本件の
争点は、誤った法令解釈に基づいた課税庁の指導に従って行われた申告を正しい法令解釈に基づいて更正すること
の適否であり、根拠法規なくして課税処分が行われたか否かではないから、租税法律主義の適用の有無は、問題とな
らない。
第三 当裁判所の判断
 一 争点①(本件権利行使益の所得分類)について
  1 本件においては、本件権利行使益が、給与所得、一時所得又は雑所得のいずれに該当するかが問題となって
いるところ、所得税法34条1項は、一時所得につき、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職
所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で
労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有さないものをいう。」と規定し、また、同法35条1項は、雑
所得につき、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所
得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定しているので、一時所得又は雑所得に該当するというためには、給与
所得に該当しないことを要することとなる。
    したがって、本件権利行使益の所得分類を判断するに当たっては、まず、本件権利行使益が給与所得に該当
するか否かが検討されるべきである。
  2 給与所得の意義及び本件における問題点
  (一)そこで検討するに、所得税法28条1項は、給与所得の意義につき、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びに
これらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。」と規定している。そして、「俸
給」、「給料」、「賃金」、「賞与」といった言葉の通常の意味、同項が「これらの性質を有する給与」を付け加えており、支
給の際の名称にこだわって所得分類をしているわけではないこと、さらに、他の所得分類との相違点等を勘案すると、
基本的な考え方としては、昭和56年最高裁判決の判示するとおり、給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に
基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいい、給与所得に該当するか
否かを検討するに当たっては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断
続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならないと解す
べきである。
  (二)本件権利行使益が給与所得に該当するか否かについても、上記観点からこれを検討すべきであるところ、前
記前提となる事実を総合すると、IBMストックオプションは、米国IBM及びその子会社からなるIBMグループの幹部と
その他選ばれた主要従業員の雇用を維持し、IBMグループの成功に対する大きな貢献に報いることにより、一層の職
務精励への動機付けを与え、IBMグループの業績を向上させるため、米国IBM及びその子会社の従業員等に対して
のみ付与されるものであり、これを付与された従業員等だけが本件プランの条件に従ってのみ権利行使をして、株式の
市場価格と所定の権利行使価格との差額の利益を取得することができ、従業員等としての地位を失った場合には、す
べての未行使のストックオプションは、直ちに取り消されるというものであると認めることができる。
     そうすると、本件ストックオプションは、原告が日本IBMの従業員等として優れた労務を提供し、IBMグループ
に貢献しているからこそ、その地位、とりわけ重要な地位に基づき、報奨を与えて、一層の職務への精励と勤務の継続
を求めるために付与されたものということができる。したがって、本件ストックオプションの付与は、後述するように、それ
自体を所得とみることは困難であるものの、我が国の雇用関係上支給されることの多い「賞与」の性質を有するものであ
り、ただ、通常の現金や債権等の交付とは異なり、その行使によって実際に利益を取得することができるか否か、また、
その利益の多寡が、当該従業員等の職務への精励と勤務の継続によって影響を受けるように特別に工夫された、労務
の対価の給付の新たな一方式であると考えるのが自然である。そうだとすれば、本件ストックオプションの行使によって
発生した本件権利行使益も、同じ性質のものと考えるのが最も自然ということができよう。
     また、給与所得の他の所得分類との相違という観点から考えてみても、本件権利行使益は、自己の計算と危険
において独立して営まれる事業から生ずるものではないので、事業所得とみる余地がないのはもちろん、従業員等とし
ての地位から離れてたまたま付与されたものから生じたものではなく、前記のように労務の対価として付与された本件ス
トックオプションから生じたものであることからすると、これを「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時
の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」という一時所得に該当するとみること
も、容易ではないというべきである。
     もっとも、本件権利行使益については、ストックオプションそれ自体でも、また、勤務している会社から直接受け
取ったものでもなく、日本IBMの従業員等であった原告が日本IBMの親会社である米国IBMから本件ストックオプショ
ンを付与され、これを行使したことにより、権利行使時における米国IBMの株式の市場価格と払い込んだ権利行使価
格との差額に当たる経済的利益を取得したものであるという特殊性があり、前述した給与所得についての基本的な考
え方に一見そぐわない面もある。
     したがって、本件権利行使益が給与所得に該当すると断定するためには、上記で論じたところに加え、さらに、
①権利行使益が発生するか否か、また、権利行使益が発生するとして、どのような金額になるのかが、使用者の決定な
いし判断ではなく、株式相場の動向やいつの時点において権利行使をするのかについての従業員等の判断によって
定まるのではないかということが問題となるところ、それでも権利行使益は使用者から受ける給付といえるのか、また、こ
れによる労務の対価性への影響についてどのように考えるのか(以下、これらの問題点を「本件問題点①」という。)、及
び②本件権利行使益は、原告との間の雇用契約の当事者である日本IBMからではなく、米国IBMから付与されたも
のではないかということが問題となるところ、この使用者と直接給付した者とのかい離ないしはこれによる労務の対価性
への影響についてどのように考えるのか(以下、これらの問題点を「本件問題点②」という。)という二組の問題点に注目
しながら、前述した給与所得と解するための基本的な考え方に照らして、更に吟味する必要がある。
     なお、上記二組の問題点は、二つの観点を示しているものに近く、検討自体は内容的に関連する部分がある
が、本件権利行使益が給与所得に該当するか否かを判断するに当たっては、便宜上、まず、本件問題点①の観点か
ら検討し、次いで、本件問題点②の観点に立って検討を加えることとする。
 3 本件問題点①について
 (一)ストックオプション制度とは、典型的には、会社が、自社又は子会社の従業員等に対し、自社又は子会社におけ
る勤務等を条件として、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められた権利行使価格で購入することができる権利
(売買予約の予約完結権に当たる。)を付与するものである。したがって、ストックオプションを付与されただけでは、権
利行使益が生ずるのか否か、あるいは生ずるとしてもその金額が幾らとなるかは、全く確定しておらず、権利行使をす
ることによって権利行使益を発生させるためには、当該権利行使の時点における株式の市場価格がストックオプション
付与契約において定められた権利行使価格を上回ることを要し、権利行使時における株式の市場価格と権利行使価
格との差額がその権利行使益の額となるのである。
    そして、株式の市場価格は、当該会社の業績、一般的な経済状況、株式市場の状況そのほかの様々な要因に
よって定まるものであることは公知の事実であるから、株価の変動の形成要因を一義的に認定することは困難である。
    また、ストックオプションを付与された従業員等は、権利行使を義務付けられているわけではなく、一定の条件の
下で、自由に権利行使をする時期を選択することができ、あるいは権利行使をしないままとすることもできるのであり、こ
のことは本件ストックオプションにおいても同様である。
    このように、権利行使益の発生の有無及びその多寡については、株価の変動及び従業員等による権利行使の
時期についての判断により左右されることが明らかであり、このようなストックオプションの特殊な性質は、自社株方式ス
トックオプションの場合でも、親会社株方式ストックオプションの場合でも、いずれにおいても同様であるということができ
る。
 (二)問題点①ⅰ(付与会社から受ける給付か)について
  (1)このようなストックオプションの特殊性に照らすと、そもそも権利行使益については、付与会社から受ける給付と
いえるのかという点がまず問題となり得る(これを「問題点①ⅰ」という。)。すなわち、権利行使益は従業員等が権利行
使をすることによって初めて発生するものであること、権利行使益の具体的な額は、従業員等がその判断により権利行
使をした時点における株価に応じて定まること、その株価は、多様な要因によって定まるものであり、付与会社が決定
することができるものではないことからすると、現実に権利行使益が発生するか、また、その価額が幾らであるかは、付
与会社が決定したものではないとする考え方も、あり得るであろう。そうすると、権利行使益については、従業員等が付
与会社から受ける給付ではないという見解も生じ得るところと考えられる。
  (2)しかしながら、付与会社は、従業員等が権利行使をした場合には、自社株式をあらかじめ定められた権利行使
価格で当該従業員等に対して引き渡す義務を負うのであり、その結果として、当該従業員等は、権利行使益を取得す
ることとなるのである。
     また、これを別な観点からみると、従業員等が権利行使益を取得した場合には、付与会社にとって、本来、自ら
保持し、処分することができたはずの当該権利行使益に相当する株式の含み益を従業員等に対して移転させたことを
意味するのである。そして、従業員等が行使したストックオプションは、従業員等と付与会社との間において締結された
ストックオプション付与契約に基づいて付与会社から従業員等に対して与えられたものにほかならないところ、付与会
社は、従業員等が権利行使をすることによって、上記のとおり、従業員等に対して権利行使益に相当する株式の含み
益を取得させることになる場合があることを、付与契約の当然の内容として了解していたということができる。そして、付
与契約によって、その権利行使の条件、期間、権利行使価格等も具体的に定められていたのである。従業員等が権利
行使をして、現実に権利行使益を取得するということは、このように既に付与契約の内容として定められていたことが現
実化したにすぎないということができる。
     また、ストックオプション制度では、当該株式の市場価格が権利行使価格より下回ったときは、単に権利行使を
しなければよいし、現に、だれも権利行使をしないであろうから、一般の株式投資のように、投資者の判断次第で損失
が生ずるということはなく、常に経済的利益が生ずるか、又は経済的利益が生じないこととなるかのいずれかにすぎな
いのである(なお、原告は、付与後の株価の変動により、株式の市場価格が行使価格を下回っている場合、権利行使
はマイナスの価値をもたらすから、ストックオプションは、およそ給与の概念にほど遠い旨主張するが、そのような権利
行使はあり得ないのであって、原告の上記主張は、採用することができない。)。
  (3)このようにみてくると、権利行使益の発生の有無及びその多寡が、株価の変動や従業員等による権利行使の時
期についての判断に左右されることはそのとおりであるとしても、現実に従業員等が権利行使益を取得した場合には、
当該権利行使益は、付与会社が、その定めた一定の条件の下に当該権利行使益に相当する株式の含み益を従業員
等に取得させることを予定していたところ、その予定が現実化したものであり、このような含み益の移転によって付与し
たものというべきである。
  (4)以上によれば、ストックオプションを行使したことによる権利行使益は、従業員等が付与会社から受ける給付とい
うべきであり、本件権利行使益についていえば、米国IBM、ないしは、後述するように米国IBMを親会社とし、日本IB
Mも含むIBMグループから受け取った給付というべきである。
 (三)問題点①ⅱ(権利行使益の不確定性と労務の対価性)について
  (1)前記(二)のとおり、本件権利行使益は米国IBMないしIBMグループから原告が受け取った給付ということがで
きるから、本件問題点①における残された問題は、権利行使益の発生の有無及びその多寡が株価の変動及び従業員
等による権利行使の時期についての判断に左右されるものであることを考慮に入れた上で、なお、本件権利行使益
が、たまたま生じたものなどではなく、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」として受け取ったものであると
いうことができるのかという点になる(これを「問題点①ⅱ」という。)。
  (2)そこで検討するに、本件権利行使益は、本件ストックオプションを行使したことにより原告が取得したものである
ところ、本件ストックオプションは、原告と米国IBMとの間の本件付与契約に基づいて米国IBMから原告に対して付与
されたものである。そして、本件ストックオプションの内容、行使方法等は、すべて本件付与契約において定められてい
ることからすると、本件権利行使益は、直接的には、本件付与契約に基づいて発生したものということができる。そうす
ると、米国IBMから原告に対して付与された本件権利行使益が、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」
に該当するか否かを判断するに当たっては、本件付与契約の趣旨、目的、内容等を検討することが極めて重要であ
る。
  (3)本件付与契約の趣旨、目的、内容等と労務の対価性について
    ア そこで、本件付与契約の趣旨、目的、内容等をみるに、ストックオプション制度とは、会社が、自社又は子会
社の従業員等に対し、自社又は子会社における勤務等を条件として、自社株式を一定の期間内にあらかじめ定められ
た権利行使価格で購入することができる権利を付与する制度であるところ、乙第1号証、第2号証の1、第3、第5及び
第33号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、一般的に、ストックオプションを従業員等に対して付与するのは、要職に
就いている従業員等の貢献に報い、当該従業員等の一層の職務精励と就労の継続の確保を期待するからであり、こ
のようなストックオプション制度の趣旨は、自社株方式ストックオプションと親会社株方式ストックオプションとにおいて特
に異なるものではないことが認められる。
      本件ストックオプションについてみても、乙第14号証の1、2によれば、本件プランは、自社株方式ストックオ
プションと親会社株方式ストックオプションとを区別することなく、その目的を「本件プランの目的は、幹部とその他選ば
れた主要従業員の雇用を維持し、IBMグループの成功に対する大きな貢献につき、それらの者に対し、報いることを
意図する」ことであると規定しており、ストックオプションを従業員等に対して付与する趣旨が、一般的なストックオプショ
ンと変わるものではないことは、明らかである。
      また、一般に、ストックオプション制度においては、付与対象者が従業員等に限定されており、ストックオプショ
ンは、従業員等の地位があるからこそ付与されるものであること、ストックオプションをだれに付与するかの決定は、会社
からみたその従業員等の貢献度及び精勤確保の重要度により左右されるものであること、ストックオプションを行使する
条件として、一定期間の勤務が必要であること、また、ストックオプションの譲渡が禁止され、雇用契約が消滅した場合
等には、ストックオプションが消滅したり、その行使期間が制限されることがその内容として定められていることが多いと
ころ、本件付与契約も同様であることは、既に判示したところから明らかである。
    イ このような付与契約ひいてはストックオプション制度一般の趣旨、目的、内容等に照らして、以下、権利行使
益の性質について検討することとする。
    (ア)ストックオプション制度は、従業員等が、株式の市場価格が権利行使価格を上回っている状況において、ス
トックオプションを行使することにより、権利行使益を取得することができるということをその内容としている。そして、前記
のとおり、従業員等に対してストックオプションを付与するのは、要職にある従業員等に報いることにより、ストックオプシ
ョンの付与を受けた従業員等が一層職務に精励し、就労を継続するであろうことを期待するからであるところ、ストックオ
プションがいわゆるインセンティブ報酬の一種であるとされるゆえんは、従業員等が勤務会社において就労を継続する
ことがストックオプションの権利行使の条件になるとともに、一層の職務への精励が、勤務会社の業績の向上につなが
り、ひいては親会社である付与会社の株価の上昇に貢献し、その株価の上昇が権利行使益の額の増加につながり得
るからこそ、当該従業員等も、職務に励むことを動機付けられるという関係にあるからである。
       もっとも、株式の市場価格は、当該会社の業績のみならず、一般的な経済状況、株式相場の動向その他多
様な要因によって定まるものであることからすると、従業員等の勤務会社における精勤の継続が、実際に付与会社の
株価の上昇にどの程度貢献するのかという点は、検証不可能な問題である。また、大規模な会社の場合、ストックオプ
ションの付与を受けた一人一人の従業員等の貢献は微々たるものではないかという問題もある。
       しかしながら、株価の変動が多種多様な形成要因によって定まるものであるとしても、当該会社の業績が、
当該会社の株価を形成する重大な要素の一つであることは明らかである。そして、会社の業績というものは、従業員等
が当該会社に提供する労務が集合した成果であることにかんがみれば、従業員等の勤務会社における精勤の継続
が、付与会社の株価の上昇に貢献し得るという関係にあることもまた明らかというべきである。
       さらに、より重要なことは、ストックオプション制度を採用した会社が、どのような意図の下で、この制度を構
築したのかということである。このような観点からみると、ストックオプション制度は、被付与者全員をまとめてみるならば、
被付与者たちが職務に精励し続けることが、付与会社の利益になり、かつ、付与会社の株価の上昇にもつながり得る
ので、一層の精勤の動機付けになるという考え方に立って構築されていることは明らかというべきである。個々の権利行
使益について、従業員等の精勤が株価の上昇をどの程度実現させたものであるかは、ストックオプション制度の趣旨、
内容ひいては当該付与契約の趣旨、内容を認定する上で重要ではなく、ストックオプション制度において、従業員等の
勤務会社における精勤の継続が、付与会社の株価の上昇に貢献し得るという関係にあることに着目して当該付与契約
が締結されたものであることを何ら左右するものではないというべきである。
       そうすると、このように、ストックオプション制度は、要職にある従業員等の勤務会社における職務への精励
の継続が、勤務会社の業績の向上、ひいては付与会社の株価の上昇に貢献し得ることをその本質的要素ないし前提
として構築されているということができる。
       以上によれば、付与会社が従業員等に対してストックオプションを付与するのは、要職にある従業員等に報
い、一層の職務への精励の継続を期待するからであるところ、このようにストックオプションを付与することによって、当
該従業員等の精勤の継続を期待することができるのは、単に何らかの経済的利益となり得るものを付与したからという
だけではなく、ストックオプションを付与された従業員等にとって、勤務会社で職務に精励することが、勤務会社の業績
の向上と付与会社の株価の上昇に貢献し、結局、権利行使益の発生及び増額につながり得ると考えられるからにほか
ならない。そうすると、権利行使益は、従業員等の勤務会社における精勤に報い、その継続を確保するためのものであ
るから、勤務会社におけるストックオプションの付与前あるいは付与時における労務の提供のみならず、付与時から権
利行使時までの間の労務の提供とも密接な関係があることは、明らかというべきである。
    (イ)さらに、別な観点からみても、前記のとおり、ストックオプション制度においては、一般に、ストックオプション
の付与対象者が自社又は子会社の従業員等に限定されているほか、権利行使の前提条件として一定期間の勤務が
要求され、また、権利行使期間、権利行使価格等が定められている上、ストックオプションの譲渡が禁止され、雇用契
約等が消滅した場合等には、権利が消滅したり、又はその行使期間が制限されるものとされているところ、これらは、い
ずれもストックオプションを行使する前提として勤務会社に対して優れた労務を提供することを要求するものである。す
なわち、権利行使益を取得するためには、まず、勤務会社に対して労務を提供しなければならないということが、ストッ
クオプション制度の本質的要素なのである。
       また、付与会社は、従業員等がストックオプションを行使した場合には、権利行使益に相当する株式の含み
益を当該従業員等に取得させることとなるところ、会社が何らの見返りもなく経済的負担を負うとは考え難いのであるか
ら、付与会社が従業員等に権利行使益を取得させるのは、当該従業員等の勤務会社におけるストックオプション付与
前あるいは付与時の労務の提供及び付与後の精勤の継続に付与会社が着目しているからにほかならないというべき
である。
    (ウ)以上によれば、このような権利行使益と従業員等の労務の提供との関係に着目するならば、権利行使益
は、勤務会社における職務への精励とその継続に対して付与されるものと認めるのが相当である。
    (エ)なお、権利行使益が従業員等の勤務会社における職務への精励とその継続に対して付与されるものであ
ることは、自社株方式ストックオプションと親会社株方式ストックオプションとで、基本的に異ならないというべきである。
すなわち、後に4(四)(4)において述べるとおり、原告が日本IBMに提供する精勤が、結局、米国IBMが保有する資産
の価値の向上ひいては米国IBMの株価の上昇に貢献する関係にあるという考え方に立脚して、IBMストックオプショ
ンの制度が構築されているのである。
       また、より事案に即して検討を進めてみても、前記前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば、米国IBM
は、日本IBMの従業員等の日本IBMに対する具体的な勤務内容等に着目し、相当程度に分析評価し、ストックオプ
ションを付与した後の精勤等の可能性を考慮し、これがIBMグループの業績向上に影響を及ぼし得るような者を選定
して、ストックオプションを付与していることが認められる。このことからしても、原告の日本IBMにおける職務への精励と
その継続に対して、本件ストックオプション及びその権利行使益が付与されたということができる。
  (4)以上のとおり、ストックオプション制度及び本件付与契約の趣旨、目的、内容等に照らして考えると、権利行使
益は、従業員等の勤務会社における職務への精励とその継続に対して付与されるものということができ、本件について
いえば、本件権利行使益は、原告の日本IBMにおける職務への精励とその継続に対して付与されたものと認めること
ができる。
     したがって、本件権利行使益は、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価ということができる。
 (四)原告の主張について
  (1)権利行使益の一時性について
     原告は、ストックオプションの付与は、一時的なものであり、今年、ストックオプションを付与されたからといって、
翌年も付与される保証は全くないなどと主張する。
     しかし、所得税法34条1項が、一時の所得であっても、労務その他の役務の対価としての性質を有するものを
一時所得から明文をもって除外していることからすると、一時的な給与は、一時所得ではなく、給与所得に該当すること
になるのであるから、ストックオプションが恒常的に付与されるものではないという理由により、権利行使益につき、給与
所得に該当しないとすることはできない。したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
  (2)課税の対象及び課税の時期について
     原告は、被告がストックオプションを給与所得と判断するのであれば、権利行使時に発生する経済的価値では
なく、付与時に確定的に発生する経済的価値を給与所得とすべきであるなどと主張する。
     しかし、ストックオプションは、株式の売買の一方の予約又はこれに類似する法律関係から発生した予約完結
権であり、当該株式の市場価格が権利行使価格を上回っている時に権利行使をすれば権利行使益を取得することが
できるという期待権にすぎないのであるから、被付与者は、権利行使をすることにより権利行使益を取得して初めて担
税力の実体である具体的な経済的利益を取得するというべきである。したがって、ストックオプションそのものを所得とし
てこれに課税することは相当でなく、権利行使益を課税の対象とすべきである。
     また、所得税法36条1項が、所得金額の計算につき、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべ
き金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以
外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益
の価額)とする。」と定め、「収入した金額による」とはしていないことからすると、同法は、現実の収入がなくとも、その原
因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、課税所得を計算するという、い
わゆる権利確定主義を採用していると解すべきである(最高裁判所昭和49年3月8日第二小法廷判決・民集28巻2号
186頁)。権利行使益は、権利行使時にその価額が確定するのであるから、この点からも、権利行使益については、権
利行使時が課税の時期になるというべきである。
     したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
  (3)権利行使益と労務との関係について
    ア 原告は、権利行使によって得られる所得は、株価の変動、被付与者の判断その他の諸々の要素により支配
され、その結果得られるものであるから、労務の対価ということはできないなどと主張する。
    イ そこで検討するに、前記のとおり、権利行使益の発生の有無及びその多寡は、株価の変動及び従業員等に
よる権利行使時期に関する判断に左右される。そして、会社の株価は、会社の業績、一般的な経済状況、株式相場の
動向その他多様な要因から形成されるものであるから、従業員等が現実に権利行使益を取得した場合において、従業
員等が勤務会社において職務への精励を継続したことと当該権利行使の時点における株価との間に数量的な関連性
を認めることは、実際上はほとんど不可能であるといわざるを得ない。
      したがって、権利行使益については、当該従業員等が勤務会社に対して提供した労務の内容に応じてその
多寡が定まるという相関関係は希薄というべきである。
      しかしながら、以下のとおり、労務の内容とこれに対して支給される経済的利益の多寡との関係についてみた
場合、確かに、両者の間に何らかの相関関係があること、例えば、10の労務(便宜上、労務の量を観念的に数値で表
現することとする。)を提供した者と20の労務を提供した者とがいる場合において、前者に対して10万円の経済的利益
が付与されるならば、後者に対して2倍の20万円、あるいは、少なくとも10万円を超える経済的利益が付与されること
が、一般的な感覚として望ましいということはいえるであろうが、現に発生した所得が給与所得に該当するか否かという
問題を検討する場合に、給与所得に該当するための要件として、提供された労務とこれに対して支給される経済的利
益との間に相関関係があることが要求されるとする合理的根拠は見いだすことができず、そのような立場は、採用するこ
とができない。
      我が国における現状を見ても、給与所得に該当することに問題のないことが多いであろう使用者から交付さ
れる給料、賞与等であっても、その経済的利益の多寡が、現実に提供した労務の質及び量と関係の薄い要素によって
決定される場合があることは明らかである。例えば、会社の業績が極めて好調な場合には、昨年に20の労務について
50万円の賞与を支給したところ、本年はその者が5の労務しか提供していないのに、100万円の賞与を支給するという
こともあり得よう。逆に、会社の業績が悪化したり、あるいは、経済的状況の見通しが悪い場合などには、昨年に20の労
務を提供した者が、本年は30の労務を提供しているにもかかわらず、給料や賞与の額を下げられるという事態も考えら
れるであろう。また、そもそも賞与の支給額であっても、会社の業績に対する貢献度に応じて個々人ごとにその多寡を
決定しているというような会社ばかりとは限らないことは、公知の事実である。さらに、労務に対して支給される給料の額
が、年功序列、費用補償、福利厚生等、必ずしも当該労務の量とは関係しない要素に基づいて決定される場合も少な
くないことも公知の事実である。
    ウ また、権利行使益は、発生しないこともあり得るわけであるが、給与所得に該当するか否かという問題は、現
実に一定額の収入が発生した場合において、当該収入が、給与所得に当たるか否かという問題であるから、当該収入
が、雇用契約に基づいて提供された労務に対して支払われたことが認められるにもかかわらず、当該収入が発生しな
い場合もあることや、当該収入の多寡が当該労務の内容と関係のない要素によっても左右されることを理由として、当
該収入の給与所得該当性を否定することには妥当性がないというべきである。仮に、給与所得に該当するための要件
として、労務の量と支給される経済的利益の額との間の相関関係が必要であるとするならば、給与所得に該当するか
否かを判断するためには、支給された経済的利益の算出根拠と労務の内容との関係が常に吟味されるべきということと
なるが、このような吟味方法は、前記のとおりの給与等の支給実態からみても、不自然かつ不合理であるというべきであ
る。
    エ このようにみてくると、給与所得該当性を判断する上で、提供された労務と支給された経済的利益との間に
何らかの相関関係があるか否かという観点は、あくまで当該経済的利益が当該労務の対価か否かを判断する上で考
慮要素の一つになり得るにすぎないというべきである。
      ストックオプションを行使したことによる権利行使益の多寡と当該従業員等が勤務会社に提供した労務の質
及び量との関係が希薄であることは、当該権利行使益が当該労務に対する対価であることを否定するものではないと
いうべきであり、他の面から「労務の対価」であることを認定することができるのであれば、上記関係を吟味する必要はな
いというべきである。
    オ なお、権利行使益の多寡が、株価の変動及び権利行使時期についての判断に左右されることからすると、さ
ほど勤務会社の業績に貢献していなかったにもかかわらず、景気の状況その他の要因から株価が高騰している時点
でストックオプションを行使することによって莫大な利益を得る者がいたり、他方において、会社の業績に対して極めて
大きな貢献をしたにもかかわらず、不況その他の理由から株価は全く上昇せず、権利行使益を取得することができなか
った者もあり得る。このような事例を想定するならば、権利行使益と現実に提供した労務との間の関係は余りにも希薄で
はないかと論難することもできよう。
      しかしながら、既に説示したとおり、ストックオプション制度が、従業員等の勤務会社における職務への精励と
その継続が、勤務会社の業績の向上ひいては付与会社の株価の上昇に貢献することをその本質的要素としており、権
利行使益は、付与会社が当該従業員等の勤務会社における精勤等が付与会社の業績の向上、ひいては株価の上昇
に貢献することに着目した上で、当該精勤等に対して付与されるものである。そうすると、このようなものであると考えら
れているストックオプションが付与されている以上、結果的に、権利行使益が生じなかったり、あるいは権利行使益の額
が予想以上に増加したとしても、権利行使益が、勤務会社における職務への精励とその継続に対して支給されたもの
であることを否定する要素とはなり得ないというべきである。
    カ さらに、昨今の株価の変動の激しさに照らすと、本件権利行使益の取得については、むしろ当該従業員等
の株価の変動に対する投資的な判断によるところが大きいのではないか、また、このことが権利行使益の給与所得該
当性の判断に影響するのではないかということも一応問題となり得る。
      しかしながら、そもそもストックオプション制度においては、当該株式の価格が権利行使価格より下回ったとき
は、単に権利行使をしなければよいし、現に、だれも権利行使をしないであろうから、一般の株式投資のように、投資者
の判断次第で、損失が生ずるということはないのである。しかも、権利行使益については、当該従業員等があらかじめ
投資しておくことは不要であり、常に、経済的利益を得るか、又は経済的利益を得ることができなかったかのいずれか
になるにすぎないのであって、従業員等が自己の計算においてリスクを負担した上で投資したことにより後に取得する
ものではないのである。そうすると、権利行使時期の判断には、従業員等による投資的判断としての側面もあるというこ
とはできるとしても、株式投資等のいわゆる投資行為とは全く異質のものであることは明らかというべきである。
      また、確かに権利行使時期の判断は、従業員等にゆだねられているという面があることは否定できないもの
の、従業員等による権利行使は、あくまでも、従業員等と付与会社との間で締結された付与契約に従って行われるべき
ものであって、従業員等が権利行使時期の判断について一定の自由が与えられているのも、このような付与契約の内
容として定められているものにすぎない。そして、ストックオプション制度が、インセンティブ報酬制度の一つであること
にかんがみれば、付与契約は、契約という形態をとってはいるものの、付与会社がその付与対象者、ストックオプション
の量、権利行使可能時期等を一方的に定め、従業員等は付与会社の定めた契約内容を承諾しているにすぎないこと
は容易に推認することができる。そうだとすると、従業員等が権利行使時期の判断について一定の自由を与えられてい
ることは、あくまでも、付与会社から従業員等に対して、付与契約を通じて、いわば許容されたものにすぎず、従業員等
は、このように付与会社が定めた付与契約の内容、すなわち、権利行使可能期間、権利行使可能株式の数量等を遵
守した上で、その枠の中において権利行使ができるにすぎないというべきである。
      さらに、ストックオプション制度においては、権利行使をするためには、必ず一定期間の勤務が条件となって
おり、権利行使益が、権利行使時までに勤務会社に対して提供された精勤等に着目して、これに対して付与されるも
のであることは、前記のとおりである。
      以上の検討によれば、権利行使益の発生の有無及び多寡が従業員等の投資的な判断によるところが一定
程度あるとしても、このことは、いわゆる株式投資とは全く異質のものであって、何ら権利行使益が給与所得に該当する
ことを否定する事情には当たらないというべきである。
    キ 以上によれば、権利行使益が株式相場の変動その他雇用関係とは関係のない市場要因や従業員等の判
断により変動するということは、前記のとおり、原告が日本IBMに提供した労務の対価として本件権利行使益を受け取
ったという結論を左右するものではないというべきである。したがって、原告の前記各主張は、いずれも採用することが
できない。
  (4)原告は、①労務の対価である給与は、本来、提供した役務に対して支払われるものであるから、労務の提供以
外に対価を支払うことは要求されないが、ストックオプションは、権利行使価格を支払って初めて得られる経済的価値
であるから、給与とみることができない、②ストックオプションが給与として付与されるのであれば、被付与者は、自由に
権利を行使することができるはずであるが、ストックオプションの行使には、種々の制約が課されている、③米国IBM
は、ストックオプション制度の管理及び運用を給与担当部門とは別の部門に行わせるなど、給与制度とストックオプショ
ンその他のインセンティブ(報奨)制度とを全く別体系の制度として取り扱っている、④IBMストックオプションは、労務
の対価として付与されるものではなく、IBMグループのビジネスの発展に大きく貢献する従業員等を確保するため、労
務の提供に先行して付与されるものであるなどと縷々主張する。
     しかし、既に判示したところに加え、①ストックオプションは、株式の市場価格が権利行使価格を上回っている
場合に行使されることを前提としているのであり、被付与者は、付与会社に対して権利行使価格を支払うことにより、権
利行使価格を超える経済的利益を取得することができるのであるから、被付与者にとって、付与会社に対する権利行
使価格の支払は実質的な負担とはならないこと、②前記のとおり、ストックオプションそのものは所得ではなく、権利行
使益こそが所得であるところ、ストックオプションの行使については、付与契約等により種々の制約が課されているとし
ても、権利行使益については、その処分等に何らの制約も課されていないこと、③前記前提となる事実及び前記判示
したところによれば、米国IBMは、ストックオプション制度の管理及び運用を給与担当部門とは異なる部門である委員
会に行わせているものの、IBMグループの従業員等に対し、職務への精励とその継続に対する報奨としてストックオプ
ションの権利行使益を付与しているのであり、ストックオプション制度を給与制度と密接に関連する制度として取り扱っ
ているというべきであること、④労務の対価としての性質とインセンティブ(励みや動機となるもの、報奨金等)としての性
質とは何ら矛盾するものではなく、むしろ、権利行使益は、労務の対価として付与されるものであるからこそ、一層の精
勤の継続への励みや動機付けとしての機能を有しており、報奨であるからこそ労務の対価であるということができること
からすると、原告の上記各主張は、いずれも採用することができない。
  4 本件問題点②について
  (一)前記のとおり、給与所得とは、基本的には、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服
して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうと解すべきところ、この点につき、被告は、本件権利行使
益は、原告が日本IBMの指揮命令に服して労務を提供したことに対する対価として、米国IBMから付与された給付で
ある旨主張する。
     これに対し、原告は、給与所得は、労務の提供先たる使用者(以下、この意味における使用者を「指揮命令
者」という。)と当該経済的利益を支給する者(以下「支給者」という。)とが一致していることを当然の前提としているとい
う立場から、雇用関係は、使用者と被用者との間に雇用契約が存在して初めて成立するところ、米国IBMと原告との間
には、直接の雇用関係がないなどとして、本件権利行使益は給与所得に該当しない旨主張する。
  (二)そこで検討するに、原告が日本IBMに勤務していた者であることは前記前提となる事実のとおりであって、原
告が日本IBMの指揮命令に服して日本IBMに対して労務を提供していたことは、弁論の全趣旨により容易に認めるこ
とができる。
     そして、前記前提となる事実によれば、本件権利行使益は、本件ストックオプションを行使したことにより生じた
ものであって、本件ストックオプションは、原告と米国IBMとの間において締結された本件付与契約に基づいて原告に
与えられたものであるから、本件付与契約に着目して考えるならば、本件権利行使益を付与した者は、日本IBMでは
なく、米国IBMであるといわざるを得ない。
     そうすると、本件問題点②は、さらに、一般に、指揮命令者と支給者とが相違することから直ちに給与所得該当
性が否定されることとなるのか(これを「問題点②ⅰ」という。)、また、一般論はさておくとして、本件事案において、雇用
契約の当事者である日本IBMからではなく、米国IBMから本件権利行使益を支給されているとしても、労務との対価
性を肯定することができるのか(これを「問題点②ⅱ」という。)という二つの問題に帰着するということができる。
  (三)問題点②ⅰ(指揮命令者・支給者のかい離)について
   (1)まず、給与所得に該当するか否かを判断するに当たり、一般に、指揮命令者と支給者が相違することから直ち
に給与所得該当性が否定されることとなるのか、すなわち、指揮命令者と支給者とが一致することが給与所得であるた
めの絶対の前提条件であるのかという観点から検討することとする。
   (2)まず、法律の規定を見てみるに、所得税法28条1項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並
びにこれらの性質を有する給与…(中略)…に係る所得をいう。」と定めるのみであって、指揮命令者と支給者とが一致
することが、給与所得該当性の前提条件として、その文言上要求されているわけではない。その他、給与所得につき、
指揮命令者と支給者とが一致することが前提条件として定められているとみることができる規定は見当たらない。
   (3)また、所得税法が、所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、
譲渡所得、一時所得又は雑所得に区分している(同法21条1項1号)のは、各種所得をその源泉ないし性質に応じて
分類し、その金額の計算において、それぞれの担税力の相違を加味しようとするものということができる。従業員等が
「雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」として経済的利益を受け
取っている場合には、当該経済的利益を直接付与した者が指揮命令者であるのか、又はそれ以外の者であるのかと
いう点のみによって、担税力やその所得の性質に相違が生ずるわけではないことからすると、当該経済的利益を付与
した者がだれであるのかによって、給与所得に分類されたり、それ以外の所得に分類されたりし、その結果、税額の計
算方法が大きく異なることとなることに妥当性があるということは到底できない。
      したがって、実質的に考えてみても、指揮命令者と支給者との一致を給与所得該当性の判断の一般的な基
準とする合理的理由はないといわざるを得ない。
   (4)もっとも、従業員等が雇用契約又はこれに類する原因に基づいて使用者の指揮命令に服して労務を提供した
場合において、従業員等に対して指揮命令を行っておらず、当該労務の提供を受けていない第三者が当該労務に対
する対価として経済的利益を供与することは、通常は考え難いということはできる。
      しかしながら、雇用ないし労働の仕組みや経済的取引の仕組みは、極めて多様であって、かつ、時代ととも
に変化していくものである。例えば、A社が雇用する従業員Bに対する報酬の支払のためA社の取引先Cに対する債
権を譲渡し、これをBが取り立てて自己のものとするという仕組みを採れば、Bの取得した金員の支給者は外形上は指
揮命令をしているA社ではなく、その取引先であるCということになる。Cが、A社と何らかの取引関係等にあるため、A
社とCの事情により、Bに対する報酬の支給を肩代わりする場合も同じである。また、そのような極端な場合ではなくと
も、100パーセントの株式を有する親会社が子会社と企業グループを形成して営業しているような場合には、法人格と
しては複数の法人があり、法人格否認の法理が適用されず、各別の雇用契約が成立しているときにも、親会社が子会
社の従業員の福利厚生についても面倒をみたり、何らかの給付をすることも、その当否は別として考え得るところであろ
う。さらに、派遣労働の場合を想定すれば、実際に労務の提供を受け、現実に指揮監督をしている者は支給者である
派遣元会社ではなく、勤務している派遣先会社であるという見方もあり得るであろう。
      要するに、指揮命令者と支給者とが一致しないことは、通常は、給与所得該当性を否定する事情となるであ
ろうが、それのみで結論が決まるわけではなく、あくまで、所得分類が問題となっている所得が労務の対価として給与
所得に当たるか否かを判断する上で検討されるべき事情の一つにすぎないというべきである。
   (5)このようにみてくると、外形上、指揮命令者以外の者が付与した経済的利益であっても、雇用契約又はこれに
類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として支給されたものと認めることができるのであ
れば、指揮命令者と支給者とが一致しないことのみを理由として直ちに当該経済的利益の給与所得該当性を否定す
る合理的な根拠はないと考えることができる。したがって、指揮命令者と支給者とが、外形上、一致しない場合にも、そ
の給与所得該当性を直ちに否定すべきではなく、そのような事情を踏まえた上で、雇用契約又はこれに類する原因に
基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価に該当するか否かを検討して、その給与所得該当性を判断す
べきである。
   (6)昭和56年最高裁判決について
     ア ところで、昭和56年最高裁判決は、「給与所得とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指
揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与
支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があ
り、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」(下線は、便宜上付加したものであ
る。)と判示していることからすると、給与所得については、指揮命令者と支給者とが一致していることを当然の前提とす
るのが判例であると解する余地もあるので、以下、この点について検討することとする。
     イ 確かに、昭和56年最高裁判決の前記判示部分のうち、下線を付した二つの「使用者」及び「給与支給者」
という文言は、文脈上は、同一の者を指すと読むのが自然であるから、上記判示部分の文言のすべてが不可欠の意義
を有するとすれば、同判決は、給与所得と解するためには、指揮命令者が当該給付を与えることを前提条件としている
ことを判示していると読むのが自然な解釈である。
     ウ しかしながら、昭和56年最高裁判決は、弁護士の顧問料収入が事業所得又は給与所得のいずれに該当
するのかが争点となった事案について判断したものであり、同事案においては、指揮命令者と経済的利益の支給者と
が一致することは当然の前提事実となっており、給与所得該当性の判断において、指揮命令者と支給者とが相違する
か否か、またその意義については何ら争点となっていない。
       そうすると、昭和56年最高裁判決は、指揮命令者と経済的利益の支給者とが一致する事実関係を前提とし
て、事業所得又は給与所得の分類について判断したものというべきであるから、前記判示部分のうちの「使用者の指揮
命令に服して」にいう「使用者」が、後の部分の「使用者」あるいは「給与支給者」と常に一致しなければならず、昭和56
年最高裁判決が指揮命令者と支給者とが一致することが一般に給与所得該当性の前提条件であるということまでをも
判示したものであると解するのは、相当でないというべきである。
       このことは、昭和56年最高裁判決が、前記判示部分の直前において、「およそ業務の遂行ないし労務の提
供から生ずる所得が所得税法上の事業所得(同法27条1項、同法施行令63条12号)と給与所得(同法28条1項)の
いずれに該当するかを判断するにあたつては、…(中略)…当該業務ないし労務及び所得の態様等を考察しなければ
ならない。したがつて、弁護士の顧問料についても、…(中略)…、その顧問業務の具体的態様に応じて、その法的性
格を判断しなければならないが、その場合、判断の一応の基準として、両者を次のように区別するのが相当である。」と
判示していることからも裏付けられるということができる(下線は便宜付したものである。)。
     エ さらにいえば、仮に、昭和56年最高裁判決の前記判示部分における前段末尾の「使用者」及び後段の
「給与支給者」という文言にも特別の意義があり、これらは、その文脈上前段の最初に出てくる「使用者」と同一の者を
指すと解すべきであるという立場に立ったとしても、その場合には、前示のとおり、昭和56年最高裁判決は、給付や支
給者の意義ないしは使用者と支給者の一致、不一致等について判断した判例ではないのであるから、前段末尾部分
の「使用者から受ける」及び後段の「給与支給者」という文言については、実態に即した柔軟な解釈をすることも許され
るというべきである。
       すなわち、ストックオプション制度を採用する場合、子会社の株式の100パーセントを親会社が保有してい
るときは、子会社が自社株方式ストックオプションを従業員等に付与することは、子会社の所有者たる株主が親会社の
みであるという状況を崩すことを意味するということができる。そうすると、そのような子会社において、インセンティブ報
酬制度の一種たるストックオプション制度を採用する場合には、自社株方式ストックオプションではなく、親会社株方式
ストックオプションを採用するのが通常ということができる。そして、本件ストックオプションのように親会社である米国IB
Mが子会社(前記のとおり、形式的には孫会社である。)である日本IBMの株式の100パーセントを実質的に保有して
いるという状況における親会社株方式ストックオプションの権利行使益については、これを形式的にみるならば、指揮
命令者は子会社であって、支給者は親会社であり、両者が相違していることになるものの、米国IBMは、子会社である
日本IBMのいわば所有者なのであるから、給与所得該当性の判断をするために指揮命令関係や対価関係を検討す
る局面においては、両者を一つのグループとみて、実質的には、日本IBMを含む上記グループをもって、前記判示部
分の前段末尾部分の「使用者」及び後段の「給与支給者」とみることも許されるはずである。
       また、本件ストックオプションについて具体的にみても、前記前提となる事実によると、IBMストックオプショ
ンにおいては、ストックオプションは、米国IBMと子会社の従業員等に付与されるものであって、米国IBMの従業員等
と子会社の従業員等は、被付与者となり得るか否かという点や権利行使の条件等において、格別区別されていないと
認められる。この事実からすると、米国IBMは、ストックオプションの付与については、当該従業員等が自社の直接雇
用する者か、それとも子会社の雇用する者かにこだわってはいないということができる。このように個別的に検討してみ
ても、やはり、本件権利行使益は、所得税の課税という観点からみれば、実質的には、米国IBMによって統轄されるIB
Mグループから付与されたものということができる。
       このようにみてくると、仮に、昭和56年最高裁判決の前記判示部分中の前段末尾部分の「使用者」及び後
段の「給与支給者」という文言に着目して検討しても、本件は、実質的には、昭和56年最高裁判決の判示と矛盾しない
事案であるということができる。
     オ したがって、本件のように、指揮命令者と支給者とが外形上相違する場合において、昭和56年最高裁判
決が、そのことのみを理由として、直ちにストックオプションの権利行使益の給与所得該当性を否定するものであると解
することは妥当ではないというべきである。
   (7)以上の検討によると、給与所得に該当するか否かを判断するに当たり、支給者と指揮命令者とが一致しないこ
とから、直ちに労務との対価性ないし給与所得該当性を否定することはできないというべきである。
  (四)問題点②ⅱ(指揮命令者・支給者のかい離と本件事案における労務の対価性)について
   (1)次に、本件事案に即して、本件権利行使益が、雇用契約の当事者である日本IBMからではなく、米国IBMか
ら付与されているとみることができることをどのように考えるかについて検討すると、以下のとおり、米国IBMが日本IBM
の株式の100パーセントを実質的に保有していることにかんがみれば、米国IBMが日本IBMの従業員等に対して労
務の対価としてストックオプションを付与し、その権利行使益を与えることは、何ら不自然、不合理ではないというべきで
ある。
   (2)一般に、会社が従業員等に対してストックオプションを付与するのは、従業員等の勤務会社における職務へ
の精励とその継続を期待するからであること、また、本件付与契約の趣旨、目的も同様であることについては、既に判
示したとおりである。
   (3)そして、ストックオプション制度の趣旨が、被付与者の職務への精励とその継続を期待することにあることにつ
いては前記のとおりであるところ、自社株方式ストックオプションについてみれば、付与会社が自社の従業員等に対し
てストックオプションを付与するのは、これにより期待される被付与者の精勤等が付与会社の利益となるからにほかなら
ない。更にいうならば、後述するとおり、被付与者の精勤等が付与会社の株価の上昇につながり得ることに着目してい
るからこそ、ストックオプションを付与することにより、被付与者の精勤等を期待することができるという関係にあるというこ
とができる。
   (4)これに対して、本件のような親会社株方式ストックオプションの場合には、親会社と子会社とは別個の法人格
であることから、子会社における従業員等の職務への精励とその継続等が、親会社の利益となるのかが問題となるとい
うことができる。
      しかしながら、親会社が子会社の株式を保有している場合には、親会社にとってみれば、子会社の株式ひい
ては会社そのものが親会社の資産の一部を形成していることを意味するのであり、このことは、本件のように親会社であ
る米国IBMが子会社である日本IBMの株式の100パーセントを実質的に保有している場合にはなおさらであるという
ことができる。
      そうだとすれば、子会社である日本IBMの従業員等である被付与者の精勤等により子会社の業績が向上す
ることは、ひいては親会社である米国IBMの保有資産の価値の上昇を意味し、結局、親会社の業績の向上、株価の
上昇等、親会社の利益につながり得ることが明らかである。
   (5)このようにみてくると、従業員等の子会社における職務への精励とその継続等は親会社の利益につながり得る
という関係にあるのであるから、親会社である米国IBMにおいて、子会社である日本IBMの従業員等である原告に対
し、その労務の対価としてストックオプションを付与してその権利行使益を与えることは、不自然、不合理ということはで
きないというべきである。
      そして、前記のとおり、従業員等の子会社における精勤等は親会社の利益につながり得るという関係にあり、
これを期待して親会社株方式ストックオプションが付与されているのである。
      以上によれば、本件ストックオプションは、原告が子会社である日本IBMに勤務していたからこそ付与された
ものというべきであり、子会社ではなく、親会社が経済的利益を給付したものではあるものの、それでもなお原告が日本
IBMに提供した労務の対価として本件ストックオプションによる権利行使益を支給されたとみることができるというべきで
ある。そうすると、本件事案に即して考えても、指揮命令者たる子会社と支給者である親会社との法人格が異なることを
理由に本件権利行使益の給与所得該当性を否定することは相当でないというべきである。
   (6)原告は、いかなる企業も、顧客や下請企業等との取引を通じて利益を上げているのであり、原告の日本IBM
における活動が米国IBMに利益をもたらすことの報奨として与えられたものであることに着目して、本件ストックオプショ
ンが給与に当たるとした場合には、米国IBMの顧客や下請企業等は、すべて米国IBMの従業員等に当たることにな
ってしまう旨主張する。
      しかし、米国IBMの顧客や下請企業等が米国IBMに利益をもたらすとしても、それは、売買契約、請負契約
等の雇用契約とは異なる法律関係に基づくのであるから、米国IBMの顧客や下請企業等が米国IBMの従業員等に
当たることになるわけではないことは明白である。したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
  5 権利行使と労務の提供との同時性について
    原告は、権利行使益が労務の対価であるというためには、権利行使益の実現と労務の提供が近接して存在する
必要があるが、原告は、本件権利行使益が発生した時には、既に日本IBMを退職しており、同社との雇用関係は全く
存在しなかったから、本件権利行使益と原告の労務との対価関係を主張するのは、全く非論理的である旨主張する。
    確かに、本件権利行使益は、原告が日本IBMを退職した後に権利行使をしたことにより取得されたものであり、
原告と日本IBMとの間には、権利行使時において雇用関係が存在していなかったものである。したがって、退職時か
ら本件ストックオプションの行使時までの間における原告の日本IBMに対する労務の提供というものを観念することが
できないことは明らかであり、そうすると、退職時から本件ストックオプションの行使時までの間における米国IBMの株
価の上昇部分については、原告が米国IBMの子会社である日本IBMに提供した労務に関連するものとしてこれを評
価することはできないという見解もあり得ないわけではないであろう。そうだとすると、本件権利行使益については、労務
の対価としての給与所得に当たるということはできないのではないかということが一応問題となる。
    しかしながら、前記前提となる事実のとおり、IBMストックオプションが、被付与者が勤務を終了した場合につき、
すべての未行使のストックオプションは、直ちに取り消されるとしつつ、退職制度に基づく退職のときについては、これ
を除外していることにかんがみると、米国IBMは、退職後に受ける権利行使益を、従業員等が退職時までに提供した
精勤等に対する対価として付与しようとしているとみることができる。また、権利行使益が給与所得に該当するのは、従
業員等が勤務会社に提供した労務に対して権利行使益を付与したと認められるからであって、付与会社の株価の上
昇と従業員等が提供した労務との間に具体的な因果関係を認めることができるからではない。
    このようにみてくると、本件権利行使益は、原告が、雇用契約及び本件付与契約に基づき、米国IBMの子会社
である日本IBMに対して退職までに提供した労務の対価として受けた利益であるということができる。
  6 以上によれば、本件権利行使益は、原告が日本IBMに対して提供した労務に対する対価として米国IBMない
しIBMグループから付与されたものであって、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して
提供した労務の対価として受けた給付に該当するというべきである。
    したがって、本件権利行使益は、所得税法28条1項所定の給与所得に該当する。
 二 争点②(租税法律主義、信義則違反)について
  1 原告は、国税庁直税部審査課が、日本IBMに対し、昭和59年2月7日、IBMストックオプションの権利行使益は
一時所得である旨の公式見解を示し、その後、15年間以上にわたり、このような見解を維持してきたこと、日本IBM
は、IBMストックオプションを付与された者に対し、そのように助言し、IBMストックオプションを行使した者はその権利
行使益を一時所得として申告し、所轄税務署長も権利行使益を一時所得として取り扱ってきたことからすると、具体的
な事案に関する個別法が形成され、15年間以上にわたり運用されてきたと考えるべきであるとした上、本件更正等は、
このような個別法に違反し、それなりの法的、行政的手続を経ずに、IBMストックオプションの権利行使益を遡及的に
給与所得として取り扱う、全く根拠のない処分であり、租税法律主義に違反する旨主張する。
    そこで検討するに、弁論の全趣旨によれば、ストックオプションについては、比較的最近になって我が国に普及
し始めた制度であって、原告が平成9年分の所得税の確定申告をした当時は、その取扱いにつき、ストックオプションと
いう名称を挙げて明記する租税法規は乏しかったこと、前記のとおり、平成10年ころにストックオプションに課される所
得税に関する取扱いが統一されるまで、これを一時所得として取り扱った事例が多数存在したこと、ストックオプション
が所得税法上のいかなる所得分類に該当するかについては見解が分かれているところであり、容易に判断することが
できるものではないことが認められる。これらに照らすと、ストックオプションに対する課税については、あらかじめ租税
法規上の明文をもって、その取扱いを明確化し、納税者がこれを予見することができるようにしておくことが望ましかっ
たというべきである。したがって、このような法令上の手当が十分でなく、通達さえ発せられていなかった平成9年分の
所得税の確定申告の当時を考えると、原告が本件権利行使益を一時所得として確定申告をしたこともやむを得ないと
ころであり、原告を責めることはできないという意味では、原告の前記主張も首肯し得るところである。
    しかし、原告の主張に係る事実は、権利行使益を一時所得として取り扱った公権的解釈事例が蓄積されていた
というにとどまるのであり、このことのみでは、権利行使益が所得税法34条1項にいう一時所得に該当するという旨の法
規範が成立したというには足りないというべきである。本件権利行使益が、所得税法28条1項にいう給与所得に該当す
ることは、前記一においてみたとおりであるから、本件権利行使益が給与所得に該当するとして行われた本件更正は、
租税法規の正当な解釈に基づいてされたものということができる。
    また、本件更正は、法規範を遡及的に変更して行われたものではなく、権利行使益は一時所得に該当するとい
う従前の誤った租税法規の解釈を給与所得に該当するという正当な解釈に修正した上で行われたものでしかないので
あるから、租税法規の遡及的適用の問題は生じないというべきである。
    納税者の予見可能性が十分確保されていなかったという問題は、税務行政上の不当として残るとしても、この問
題と本件更正の適否とは別問題であり、租税法律主義に反する旨の原告の上記主張に理由がないことは明らかといわ
ざるを得ない。
  2 また、原告は、国税庁及び所轄税務署長は、15年間以上にわたり、IBMストックオプションの権利行使益を一時
所得として取り扱ってきたこと、原告は、平成9年分の所得税の確定申告に先立って、鎌倉税務署員に問い合わせ、I
BMストックオプションを行使したことによる権利行使益は一時所得として申告するように指導されて、確定申告をしたこ
と、原告がその後に税務調査を受けた際にも、税務署員は、IBMストックオプションを行使したことによる権利行使益を
一時所得としていることについては修正申告をするように指導しなかったこと等に照らすと、本件更正等は、租税法律
主義の精神及び課税の安定性という大原則を著しく阻害するというべきであり、信義則上はもちろん、課税の公正、安
全からも絶対に許されるべきではない旨主張する。
    そこで検討するに、確かに、甲第6ないし第17号証及び弁論の全趣旨を総合すると、従来の課税実務において
は、権利行使益について一時所得として課税する例が多かったにもかかわらず、平成10年ころからは、税制適格オプ
ション以外のストックオプションを行使したことによる権利行使益について給与所得として課税するとの方針の下、課税
庁における取扱いが統一されたこと、原告は、このような方針が確立する前の過去の取扱いを知っており、これに従う
形で本件権利行使益を一時所得として確定申告をしたことを認めることができる。そうだとすれば、原告は、よもや本件
権利行使益が給与所得に当たるとして更正が行われるとは考えていなかったはずであるから、本件更正等に大きな不
満と憤りを抱くであろうことは、十分理解し得るところである。
    しかしながら、前記一において検討したとおり、本件権利行使益は給与所得に該当するところ、租税法が租税法
律主義の一側面としてのいわゆる合法性の原則に支配されるべきであり、租税法規は納税者に平等、公平に適用され
なければならないことにかんがみると、本件更正が信義則に反するとして、これを取り消すためには、このような合法性
の原則ないし平等、公平な租税法規の適用の要請を犠牲にしてもなお原告の信頼利益等を保護すべきであるというよ
うな特段の事情が必要であるというべきである。
    これを本件についてみると、原告は、国税庁及び所轄税務署長の見解を信頼し、既に不動産の取得等のため
に本件権利行使益を費消してしまった旨主張するのみであって、所得税におけるストックオプションについての過去の
取扱いを知っていたがゆえに、本件付与契約を締結したり、本件ストックオプションを行使するなどの行動に出て所得
を得たというような、信頼に基づいて行動したがゆえに本件の事態に至ったという特別な事情が存在することは窺われ
ない。他方、原告の信頼の保護を優先して、本件権利行使益を一時所得と取り扱った場合には、法に従った場合に徴
収されるべき多額の所得税を徴収しないこととなる上、平成10年以降に正当な取扱いへの統一がされた後に権利行
使益を給与所得として申告し、あるいは納税した者との間に法の適用について著しい不平等が生ずることとなり、かえ
って正義に反する事態が生ずるといわざるを得ない。
    そうすると、本件更正については、前記の合法性の原則ないし平等、公平な租税法規の適用の要請を犠牲にし
ても、なお、原告の信頼利益を保護すべき特段の事情は存しないというべきである。したがって、原告の前記主張は、
採用することができない。
  3 なお、本件過少申告加算税賦課決定については、仮に、原告が、本件権利行使益は給与所得ではなく一時所
得に該当するとして申告したため、被告が、本件権利行使益を給与所得として税額の計算をした結果得られる所得税
額と本件権利行使益を一時所得として税額の計算をした結果得られる所得税額との差額を基礎として、過少申告加算
税賦課決定をしたのであれば、1及び2に記載したとおり、原告が本件権利行使益を一時所得として申告したのはやむ
を得ないところであることからすると、本件権利行使益が給与所得として本件更正前の税額の計算の基礎とされていな
かったことについて、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があると認められるというべきである。しかし、前記前提
となる事実によれば、本件過少申告加算税賦課決定は、原告が平成9年分の所得税の確定申告において申告しなか
った、同年5月23日に本件ストックオプションを行使することにより取得した259万7235円の権利行使益に対応する所
得税額123万円を基礎としてされたものと認めることができる。そうすると、本件過少申告加算税賦課決定については、
前記の「正当な理由」があると認めることはできない。
 三 以上のとおり、本件権利行使益は、所得税法28条1項所定の給与所得に該当するというべきである。そして、前
記前提となる事実に甲第3号証及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、本件権利行使益が給与所得に該当すること
を前提として税額を計算した上で本件更正を行ったこと、上記計算の元となった算出根拠、計算過程等については、
被告の主張のとおりであって、原告の平成9年分の所得税の課税総所得金額及び納付すべき税額は、本件更正にお
けるこれらの金額及び税額と一致することが認められる。
   したがって、本件更正等は適法である。
第四 結論
   以上によれば、本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7
条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所 民事第38部
裁判長裁判官    菅野博之
   裁判官    内野俊夫
   裁判官    村田一広
(別紙省略)

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