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裁判例


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主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が原告に対してした平成11年11月19日付け戒告処分を取り消す。
第2 事案の概要 
本件は,下記1(6)の教育委員会会議(以下「本件会議」という。)の傍聴(以下
「本件傍聴」という。)の際の原告の無断欠勤を理由として,被告のした地方公務
員法29条1項による下記1(9)の平成11年11月19日付け戒告処分(以下「本
件処分」という。)について,原告がその取消しを求める事案である。
1 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
(1) 当事者・関係者
ア 原告は,平成6年4月1日,被告からG市立A中学校(以下「本件中学校」と
いう。)教諭に補せられ,以後,同中学校の英語の教師として勤務している者であ
る。
イ 被告は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」とい
う。)37条1項に基づき,市町村立学校職員給与負担法1条,2条所定の県費負
担教職員である原告の任命権を有する教育委員会である。
ウ G市教育委員会(同市a町b丁目c番地所在。以下「市教育委員会」という。)
は,地教行法43条1項に基づき,原告の服務を監督する教育委員会であり,Bと
Cは,下記(3)ないし(8)当時,その学校教育課長と指導主事であった者である(以
下一括して「B課長ら」という。)。
エ Dは,下記(3)ないし(8)当時,本件中学校の校長であった者である(以下「D
校長」という。)。
(2) 本件中学校における夏季休業期間中の研修の取扱い(ただし,研修承認の効力
の発生時期につき争いがある。)
下記(3)当時,同中学校で行われていた夏季休業期間中の研修の申請・承認手続は,
おおむね以下のようなものであった。
ア 教員は,夏季休業期間中の動向表に研修予定日を記入して,所定の期日までに
提出する。
イ 教員は,上記記入した研修予定日に研修を行う。
ウ 夏季休業期間終了後,教員及び校長は,研修承認簿及び出勤簿に,所定の事項
を入する。
(3) 原告の動向表提出
原告は,平成11年(以下同年中の日付は,単に月日のみで表示する。)7月12
日,D校長に下記ア,イの記入をした平成11年度夏季休業期間中の動向表(以下
「本件動向表」という。)を提出した。このうち同アは,教育公務員特例法20条
2項の校外研修を申請する趣旨であり,実際には,当時,原告は,市教育委員会に
対し,7月21日に本件傍聴を行いたい旨申請していたが,D校長は,その事実を
知らなかった。
ア 7月21日(水)分の「研修」欄に1日の取得を表す「〇」が記入されていた。
(なお,上記提出当時,同日分の備考欄には何も記載されていなかったが,下記(4)
①及び同(a)などの経過で,現在同欄には「自宅等」と記入されている。)
イ 7月30日(金)分の「指定休」欄に1日の取得を表す「〇」が記入されてい
た。
(なお,同日分の備考欄には,あらかじめ「出校日」と印刷されていた。)
(4) 7月13日の話合い(ただし,下記(a)の記載の経過につき争いがある。)
同日,D校長は,原告に対し,①教頭を介して,上記(3)アの7月21日の研修(以
下「本件研修」という。)については,備考欄に居所を明記するように,②同イの
7月30日の指定休について,同日は出校日であるから,指定休は認められないと
の旨を述べ,原告は,(a)本件動向表の7月21日分の備考欄に,「自宅等」と記入
し,(b)7月30日分の「指定休」欄の「〇」の記載を抹消して,「家族休」欄に
「〇」を記入した。
(5) 7月19日の話合い
その後,市教育委員会からD校長に,原告が本件傍聴を申請している旨の連絡があ
り,7月19日,同校長は,原告に確認の上,本件傍聴は研修として認められな
い,その際は年次休暇を取得して行くようにとの旨を述べたが,原告は,これに応
じなかった。
(6) 原告の本件傍聴
原告は,所属する職員団体であるE労働者組合のメンバーであるFらなどととも
に,従前から市教育委員会に,同委員会議事録の閲覧を請願しており,この案件が
審議された7月21日の本件会議を,同委員会の所在地で,上記Fらと傍聴した
(乙2,3の1・2,7の1・2,8)。
(7) D校長の非違行為報告書提出等
同校長は,9月10日及び同月21日,原告に対し,下記(9)アの時間帯に欠勤して
いないとの主張があれば出すように,あるいは市教育委員会に申立書を提出するな
ら早めに提出するようになどの趣旨を述べた上,同月22日,市教育委員会に,下
記(9)アの原告の欠勤につき非違行為報告書を提出したが(以下「本件報告書提出」
という。),原告は,市教育委員会には申立書を提出せず,10月15日ころ,直
接被告に申立書(甲8)を送付した。
(8) 市教育委員会の内申
同委員会は,地教行法38条に基づき,平成11年11月10日,被告に対し,下
記(9)アの原告の欠勤につき,懲戒処分相当の内申(以下「本件内申」という。)を
した。
(9) 被告の本件処分
ア 被告は,本件傍聴前後に原告が市教育委員会にいた7月21日午後0時50分
から同1時50分までの60分間に,原告宅から同委員会所在地への往復に要する
14分間を加えた合計74分間から,昼の休憩時間15分間を控除した59分間が
無断欠勤(以下「本件欠勤」といい,同時間帯を「本件時間帯」という。)になる
として,地方公務員法35条違反を理由に,11月19日,原告に対し,同法29
条1項1,2号に基づき戒告する旨の本件処分をした。
イ 本件処分は,教育長の専決処分により行われたものであって,被告自体の議決
等は行われておらず,また,その辞令書(以下「本件辞令書」という。)は,被告
の尾張教育事務所から原告に交付された。
(10) 原告の不服申立て
原告は,平成11年12月10日,愛知県人事委員会に対し,地方公務員法49条
の2に基づく不服申立てをし,平成12年1月11日に受理されたが,3か月以内
に裁決がなく,同年9月1日,本訴を提起した。
(11) 懲戒処分の関連規定
ア 被告の事務決裁規程(昭和41年8月31日教育委員会訓令1号。乙9。以下
「本件事務決裁規程」という。)5条には,教育長の専決事項として,「事務局等
の職員及び教職員の懲戒処分」が定められている(同条別表第1の7「職員の人事
及び給与に関すること。」の2)。
イ 一方,本件事務決裁規程1条には,別段の定めがあるものを除き,決裁に関し
て必要な事項を定める旨の規定がある。
ウ 被告教育長通知「県費負担教職員の任免その他の人事取扱について」(昭和3
1年11月9日教職1414号教育長《平成12年2月7日一二教職68号による
改正前のもの》。以下「本件教育長通知」という。)には,教職員の懲戒につい
て,要旨,「県委員会は,委員会において審議し,適当と認めて議決する。」との
規定がある(同一1(2),同二)。
エ また,本件教育長通知には,懲戒処分の発令について,要旨,「被告において
辞令書を協議会又は市町村委員会に交付し,協議会又は市町村委員会が辞令書を本
人に伝達する。」との規定がある(同一1(2)(3),同二)。
2 争点
本件の主たる争点は,①本件処分の手続的適法性の有無(下記(2)ア。抗弁),②同
処分の事実誤認の有無(同イ。抗弁),③本件処分に関する懲戒権限の濫用をいう
原告主張(下記(1)ウ。請求原因)の当否である。
(1) 原告の主張
ア 本件処分には,以下の手続違反があって違法である。
(ア) すなわち,被告は,前示1(9)イのとおり本件処分の審議や議決をしておら
ず,同処分は無効である。なお,前示1(11)ウの本件教育長通知は,本件事務決裁
規程が規定する前示1(11)イの別段の定めに該当し,同アの規定に優先して適用さ
れるから,教育長の専決処分によって本件処分を行うことは許されない。
(イ) また,市教育委員会は,前示1(8)の本件内申に当たり,①事実調査をせず,
原告から弁明を聞いていないし,②そのための審議や議決もしていないのであっ
て,適正手続に反する。
(ウ) さらに,地教行法39条は,校長は県費負担職員の進退に関する意見を市町
村教育委員会に申し出ることができる旨定めているところ,本件でD校長は,主体
的,自主的に懲戒事由の存否及び相当性を判断して意見申出をしたものではなく,
B課長が,本件欠勤は非違行為であり懲戒事由になるとの判断に基づき,同校長に
前示1(7)の本件報告書提出をさせたものであるから,地教行法39条の法意を無視
してなされた手続であって,瑕疵がある。
(エ) そのほか,県費負担教職員の懲戒処分の手続は,前示1(11)エのとおり,辞
令書を協議会又は市町村委員会から本人に伝達する方法で行わなければならない
が,本件では,前示1(9)イのとおり,上記規定に違反して尾張教育事務所から本件
辞令書が交付された違法がある。
イ また,本件処分は,以下のとおり事実誤認があって違法である。
(ア) 本件中学校の夏季休業期間中の研修については,校長が異議をとどめない限
り,前示1(2)アの動向表の提出をもって,動向表に記入された研修を承認したとす
るのが一般の取扱いであったところ,原告は,本件動向表の前示1(3)アの記入によ
って教育公務員特例法20条2項の校外研修たる本件研修を申請(以下「本件申
請」という。)し,その提出(以下「本件提出」という。)をもって,D校長は本
件研修を承認したと解すべきであり,そうでないとしても,前示1(4)(a)のとお
り,原告が本件動向表の7月21日分の備考欄に「自宅等」と記入して提出し,こ
れを収受した7月13日,又は14日には,D校長は,本件研修を承認したという
べきである(以下,上記の研修承認を一括して,「本件承認」という。)。
(イ) しかるに,D校長は,本件傍聴後の7月22日になって本件承認を撤回(以
下「本件撤回」という。)した上,原告を欠勤扱いしたものであるが,瑕疵なく成
立した利益処分を撤回し,いったん適法に生じた関係者の利益を失わせるために
は,当該処分を撤回すべき公益上の必要性が,受益者のための信頼保護の必要性を
上回るか,受益者が同意する等の事情がある場合でなければならないところ,その
ような事情は認められず,本件撤回は違法である。
(ウ) また,本件撤回は,研修承認権者であるD校長の判断によらないで,7月1
6日ころされたB課長らの指示に基づいて行われたものであり,校長の研修承認権
限を潜脱,形骸化するものであって違法である。また,仮に本件承認の事実がない
としても,D校長が承認を与えなかったこと(以下「本件不承認」という。)は,
B課長らの上記指示に基づくものであり,教育基本法10条1項の教育行政に対す
る不当な支配であって,本件不承認は違法である。
(エ) さらに,①教育公務員特例法20条2項は,校外研修の承認権者に自由裁量
を与えたものではなく,その裁量判断に当たっては,授業に支障がないか否かだけ
が判断要素となるにすぎず,また,②研修内容は,教員の自主的判断にゆだねられ
るべきであって,承認権者が介入してはならないところ,(a)7月21日は夏季休業
期間中で授業に支障がなく,職場の離脱は,単なる観念上の問題にすぎないこ
と,(b)従前,同期間中の校外研修は,校長が内容をチェックしない実情だったこ
と,(c)D校長が7月21日の研修を認めながら,本件時間帯だけ承認を撤回する
のは恣意的で,実質的な事実の基礎を欠くこと,(d)少なくとも,本件撤回が,承
認権者でないB課長らの意向に沿ったものであることからすれば,本件撤回は,D
校長の権限を濫用,逸脱する
ものであって違法である。
また,本件承認の事実が認められないとしても,以上に加え,(e)原告が欠勤処理
を申し出て,給与の支払を求めない意思を明らかにしており,(f)D校長が年次休
暇の申請を求め,職務専念義務自体は免除していた点も考慮すれば,本件不承認
は,権限の濫用であって違法である。
(オ) 本件中学校では,夏季休業期間中は,勤務時間と休憩・休息時間の割り振り
がされておらず,教員の自主的判断によっていたところ,できるだけ勤労者が不利
益を受けないようにする見地から,本件時間帯は,休憩時間45分間及び休息時間
30分間の範囲内と考えるべきであって,少なくとも本件傍聴の時間中について
は,休憩・休息時間を割り振ったと考える合理的理由があるから,被告がこの点を
考慮せず,本件欠勤を認定したのは違法である。
ウ 仮に,事実誤認がないとしても,本件処分は,以下のとおり懲戒権限の
濫用,逸脱があるから違法である。
すなわち,①前示イのとおり,原告に職務専念義務違反が認められるとしても,そ
の違法性は極めて低いが,さらに,②本件傍聴等は59分間の欠勤扱いとされて,
その限度で,不利益な勤怠上の取扱いがなされており,③本件欠勤の処理等を違法
として,原告が愛知県人事委員会にした措置要求に対する措置がなされず,事後的
な話合いによる解決もないまま,本件処分がなされたものであって,被告は,懲戒
権限を濫用している。また,④前示イ(エ)(b)のとおり,従前,夏季休業期間中の研
修は,内容がチェックされていなかったのに,B課長が本件傍聴申請の事実をD校
長に伝えて,原告の研修内容のみをチェックさせており,不平等な取扱いである
し,上記情報伝達は,地方公務員法34条の守秘義務にも違反しているから,戒告
処分によって,原告に
,(a)同法上の履歴書記載,(b)賞与の1回減額,(c)3か月の昇給延伸の不利益を
被らせるのは,著しく妥当性を欠くものであって,取り消されるべきである。
エ よって,原告は,本件処分の取消しを求める。
(2) 被告の主張
ア 前示(1)アの主張について
(ア) 同(ア)の主張は争う。本件処分は,前示1(11)アの本件事務決裁規程によっ
て教育長に付与された専決権限に基づくものであって適法である。
なお,原告主張の前示1(11)ウの本件教育長通知は,県費負担教職員の人事に関す
る文書事の取扱方法を周知させるため,単なる内部的手続を定めた通知にすぎない
し,同通知の「委員会において審議し,適当と認めて議決し」との文言は,「発令
通知書」にかかる修飾語であって,同通知が前示1(11)イの別段の定めに該当する
ものではない。
(イ) 同(イ)の事実は否認し,法的主張は争う。地方公務員法やその他の条例など
に,懲戒処分手続上,被処分者の告知・聴聞をなすべき旨や,事実調査の方法に格
別の制約を定めた規定は存せず,処分権者は,合理的と思われる方法で事実関係を
調査すれば足りるというべきである。市教育委員会は,D校長から経過の報告を受
けており,前示1(7)のとおり,原告に主張や申立書の提出も促しているのであっ
て,本件処分の手続に,裁量権逸脱等の瑕疵は存しない。また,市教育委員会は,
10月27日の定例委員会において,本件欠勤につき懲戒処分相当と議決の上,前
示1(8)のとおり,11月10日,本件内申をしたものである。
(ウ) 同(ウ)の事実も否認する。本件報告書提出は,D校長の自主的判断によるも
のである。
(エ) 同(エ)の主張は争う。処分権者である被告は,被処分者である原告に辞令を
直接交付できるのであって,被告の出先機関である尾張教育事務所が本件辞令書を
交付した手続に何ら違法はない。
また,本件教育長通知は,前示(ア)のとおり単なる通知であって,辞令書交付を市
町村教育委員会が行う場合の内部的手続を定めたものにすぎず,同通知によって,
被告が辞令書を交付できなくなるものではない。
イ 前示(1)イについて
(ア) 同(ア)の事実は否認し,法的主張は争う。
動向表は,休業期間中の教職員の動向把握のために,教職員の希望を記載して提出
する書類であって,その記載どおりに勤務関係が定められるものではないし,研修
など校長の承認が必要な場合には,研修承認簿など正式帳簿に記載され,校長の承
認印が押捺されて,初めて承認の効力が生じるにすぎない。
そして,7月12日に提出された当時,本件動向表の7月21日分の備考欄には,
研修中の居所が記入されておらず,前示1(4)①及び同(a)のとおり,同月13日
に,備考欄に「自宅等」と記入の上,再提出されたものの,やはり研修場所が特定
できなかったため,「等」の文字の削除を指導したのに,原告は従わなかったが,
その後同月16日ころ,市教育委員会からの問い合わせで,本件傍聴の計画が判明
したことから,7月19日の話合いの際,D校長が,本件傍聴は私的なもので研修
にふさわしくない,公民権行使のための特別休暇の事由にも当たらないとして,年
次休暇に変更し,本件動向表の記載も変更するよう求めたにもかかわらず,原告は
これにも応じず,本件欠勤をしたものであって,そもそもD校長が本件承認をした
事実はない。
(イ) 同(イ)の主張は争う。
 研修承認は,当該研修の目的,内容,研修場所等の事情を,学校長が総合的に考
慮し,その裁量権に基づいて行うものであるから,研修承認後も,違法不当な理由
を発見したときは,その是正のために,当然撤回することが可能である。そして,
仮に,本件承認が認められるとすれば,7月19日の話合いで,D校長が原告に,
本件傍聴に行くのであれば,研修は認められないので,年次休暇に変更するよう指
示した時点で,同校長は,本件承認を撤回したというべきである。
(ウ) 同(ウ)の事実は否認し,法的主張は争う。上記(ア)のとおり,本件承認の事
実はないから,本件撤回も存在しない。また,B課長らから,本件研修の承認に関
し何らの指示はなく,本件不承認は,D校長の自主的判断に基づくものであって,
適法である。
(エ) 同(エ)①②の主張は争う。承認権者は,前示(イ)掲記のような諸事情を考慮
し,勤務場所を離れて行うのを相当とし得るだけの内容,実体を持った研修である
か否かを総合的に判断して,その自由裁量により研修承認の可否を決定することが
できる。
本件申請の内容は,自らの請願を審査する本件会議の傍聴という私的な用務であ
り,研修にふさわしいものではなく,本件不承認に出たD校長の権限行使に,何ら
の濫用,逸脱はない。
(オ) 同(オ)のうち,勤務時間と休憩・休息時間の割り振りがなく,教員の自主的
判断によっていたとの点は否認し,その余の主張は争う。
本件中学校では,平成11年度当初,一日の勤務時間の割り振りを学校経営案に記
載して,教職員に明示しており,これによれば,短縮授業等のない通常の場合に
は,午前8時10分が始業時刻,午後4時55分が終業時刻で,昼は午後1時15
分から35分までの間に15分間の休憩時間が与えられることになっていたもので
あって,夏季休業期間中の研修承認日であっても,勤務日である以上,上記の勤務
時間の割り振りが変わることはない。したがって,本件時間帯を,休憩・休息時間
とみなすことはできず,原告の主張は失当である。
ウ 前示(1)ウについて
原告は,D校長からの再三の説得,指示に従わず,研修に固執し,年次休暇も申請
せ,あえて,指示違反の行為を行い,職務専念義務に違反したものであって,公務
員関係の秩序を破壊すること甚しき行為であり,原告を戒告した本件処分は相当で
ある。
第3当裁判所の判断
1 本件処分の手続的適法性の有無(前示第2の2(2)アの主張について)
(1) 同(ア)の主張について
前示第2の1(9)イ,同(11)アのとおり,被告では,本件事務決裁規程5条別表第1
の7「職員の人事及び給与に関すること。」の2で,教職員の懲戒処分は,教育長
の専決事項と定められており,本件処分も,教育長の専決処分として行われたもの
であるから,同処分は,同規定に基づき被告から教育長に有効に付与された権限に
基づいて実施されたものと認められ,この手続に格別の違法性はなく,被告の上記
主張には理由がある。
これに対し,原告は,前示第2の2(1)ア(ア)のとおり,前示第2の1(11)ウ掲記の
本件教育長通知の内容が,同(11)イの別段の定めに該当すると主張して,本件処分
の適法性を争うが,上記通知は,その法形式,標題などからして,単に,県費負担
教職員の任免その他の人事取扱いに関する被告内部の事務手続を定めたにすぎない
ものと認められ,本件事務決裁規程1条の別段の定めに当たるとはいえず,前示認
定を左右するものではない。
(2) 同(イ)の主張について
まず,地方公務員法29条の懲戒,及びこれに関連する地教行法38条1項の内申
の手続に関する規定をみるに,これら各法や関連する条例において,内申の際の事
実調査の要否,方法等につき格別の規定を見出すことができず,本件内申の際の市
教育委員会の事実調査については,同委員会の裁量判断に任されており,裁量権の
濫用等がない限り適法と解するのが相当であるが,本件で上記濫用等の事実を認め
るに足りる証拠はない。
また,前示第2の1(7)のとおり,9月10日と同月21日の2回にわたり,D校長
が原告に主張や申立書の提出を促した事実があって,本件では,原告に対し相当な
意見陳述の機会が与えられたと解するのが相当であり,この点についても,本件処
分の手続に格別の違法性はないというべきである。
さらに,乙12,証人Bの証言によれば,市教育委員会は,10月27日の教育委
員会定例会において,本件欠勤につき懲戒処分相当と議決の上,本件内申をした事
実が認められ,結局,被告の上記主張は理由がある。
以上に対し,原告は,本件内申につき事実調査や聴聞手続が履践されていないと主
張し,市教育委員会の審議や議決の存在も争い,甲17,原告本人の供述中には,
これに沿う部分があるが,前示認定を覆すに足りるものではない。また,このよう
な非違行為の審議が,プライバシー保護等の観点から,市教育委員会の告示に掲載
されなかったとしても異とするに足りず,甲12の5の記載から,上記認定を覆す
こともできない。
(3) 同(ウ)の主張について
証人Bの証言によれば,本件報告書提出は,同人が本件欠勤を非違行為と判断し
て,D校長に指示したものであるとの経過が認められるが,前示第2の1(1)ウのと
おり,市教育委員会は,地教行法43条1項に基づき,原告の服務を監督する教育
委員会であるから,B課長が,同委員会の監督下にある教職員の非違行為に関し
て,当該教職員の所属校の長に報告書の提出を求めることは,同委員会の権能に基
づく当然の措置であって,この点に手続上の瑕疵はないというべきである。
(4) 同(エ)の主張について
この点については,前示第2の1(9)イのとおり,本件辞令書が尾張教育事務所から
交付された経過があるが,同事務所は,被告の機関と認められるから,処分権者で
ある被告自体が,被処分者である原告に処分辞令書を直接交付したことが適法なの
は明らかであり,上記主張にも理由がある。
上記認定に対し,原告は,上記手続が前示第2の1(11)エの本件教育長通知に違反
する旨主張するが,同通知が,被告内部の事務手続の定めにすぎないことは前示(1)
のとおりであり,これによって,本件辞令書の上記交付手続が違法となるものでは
ないと解するのが相当である。
2 本件処分の事実認定の適法性の有無(前示第2の2(2)イの主張について)
(1) 本件承認の存否(同(ア)の主張について)
ア まず,本件傍聴の経過をみるに,①前示第2の1(1)ないし(9)の各事実,②甲
4,7の1・2,③乙2,3の1・2,4ないし6,71・2,8,10ないし1
2,14ないし16,18,④証人D及び同Bの各証言,⑤後示いずれも採用する
ことができない部分を除く甲14,15,原告本人尋問の結果によれば,以下の事
実が認められる。
(ア) 原告は,平成6年4月1日から本件中学校に英語の教師として勤務していた
が,所属の職員団体であるE労働者組合のメンバーなどと,従前から市教育委員会
に同会議議事録の閲覧を求める請願を行っていたところ,7月21日開催の本件会
議で,同請願が審議される予定となったため,同月6日,上記メンバーのFらとと
もに,同会議の傍聴を申請した(当時はまだ傍聴の拒否は不明確であった。)。
(イ) 一方,上記7月21日は,本件中学校における夏季休業期間であり,当時同
中学校では,おおむね前示第2の1(2)アないしウの手順で,夏季休業期間中の教育
公務員特例法20条2項の校外研修の申請と承認が行われていたが,原告は,本件
傍聴申請の事実を伏せたまま,承認権者であるD校長から研修承認を得ようとし
て,動向表の提出期限の7月12日,同校長に前示第2の1(3)ア,イの記入をした
本件動向表を提出したが,7月21日分の備考欄には何も記載しなかった。
(ウ) しかし,これでは研修中の居所が判明しないため,本件中学校では,ほかに
も,出校日にもかかわらず指定休の取得が記入されていた7月30日分などととも
に再記入を求めて,7月13日,本件動向表を原告に返還したところ,同日,原告
は,①7月12日分の備考欄に,いったん「自宅,市教委」と記載した後,これを
白塗りして消し,その上から「自宅等」と記入し,②7月30日分の記載を「家族
休」の取得に変更して再提出したが,上記①の記載ではやはり研修場所が特定され
ないことから,D校長や教頭が,「等」の記載を抹消するよう求めたものの,原告
は,言を左右にして,これに応じなかった。
(エ) しかるところ,本件傍聴の申請を受けた市教育委員会では,原告らがG市内
の学校の教員だったため,これに服務上の問題がないか検討していたが,公民権行
使のための特別休暇の要件には該当しない見込みとなり,勤怠上の問題が生じる可
能性が出てきた。そこで,7月16日B課長らが本件中学校など関係学校に問い合
わせたところ,原告については,本件会議の開催日に校外研修を申請している事実
が判明し,同時に,本件中学校側も,原告の本件傍聴申請を知ることになった。
(オ) さらに,同時期,前示Fの勤務校など,他の学校でも同様の問題が発生して
いたため,B課長らは,関係の学校長6名で学習会を開くこととし,日曜日である
7月18日の午後4時ころから,G市教育研究所に,D校長を含む学校長らを集
め,公民権行使に係る特別休暇の規定や関連の初等中等教育局長回答などの資料若
干を配布した上,まずB課長が,この傍聴等を特別休暇と扱うには問題があるなど
の趣旨の話をし,その後学校長らのみで話し合ったところ,本件傍聴は私的用務で
あり,研修としての目的,内容が不明確で,職務遂行上の有益性に疑問があるとの
点で,ほぼ学校長らの意見の一致をみた。
(カ) 以上を受けて,本件中学校では,1学期の終了日である7月19日にD校長
と教頭が原告と話し合い,同校長は,本件研修は絶対承認できないなどと述べると
ともに,本件傍聴に行くのであれば,年次休暇を取得するよう説得したが,これに
対して,原告は,教員としてではなく,一般市民の立場で前示(ア)の請願を行った
事実は認めたものの,「それはファッシズムですよ。」,「欠勤として扱やいいで
しょう。」などと述べて,年次休暇を申請しない意向を明言した。
(キ) かかる経過で,原告は,7月21日,Fらとともに,市教育委員会の所在地
で,前示請願が審議された本件会議を傍聴し,後で年次休暇の申請もしなかったこ
とから,被告では,上記傍聴当時,市教育委員会所在地にいた午後0時50分から
同1時50分までの60分間に,原告宅から同委員会所在地に自動車で往復するの
に要する14分間を加えた合計74分間から,下記(ク)の昼の休憩時間15分間を
控除した59分間の本件時間帯を無断欠勤と認定し,11月19日,本件処分を行
った。
(ク) 本件中学校では,毎年度当初,学校経営案を定めて,その中で勤務時間と休
憩・休息時間の割り振りを行っており,短縮授業など特別な場合以外,勤務時間
は,午前8時10分から午後4時55分までであり,上記(キ)の本件時間帯には,
午後1時15分から35分までの間に15分間の休憩時間が与えられることになっ
ていた。
そして,夏季休業期間中についても,格別これと異なる勤務時間の割り振りは行わ
れておらず,また,同期間中,勤務時間の割り振りを全く行わないなどの定めは存
在していない。
イ 以上認定の事実によれば,本件動向表は,最初提出された7月12日の
時点から,本件で問題となっている7月21日分の研修場所の記載に不備があり,
前示ア(ウ)の7月13日の話合いの終了後も,これが解決しないまま経過し,結局
同(カ)の7月19日の話合いで,D校長が本件研修を絶対承認しないとの意向を明
らかにした経緯が認められるから,いまだ本件承認の事実は認められないというの
が相当であり,これと同旨の本件処分の認定は適切であって,被告の前示主張には
理由がある。
そうすると,本件承認及び本件撤回を前提とする原告の主張によって,本件処分の
適法性を争うことはできないから,原告の前示第2の2(1)イの(ア)(イ)の主張並び
に同(ウ)(エ)のうち本件承認を前提とする主張は,いずれも失当というべきであ
る。
ウ これに対し,原告は,前示第2の2(1)イ(ア)のとおり,本件提出の際か,遅く
とも7月13日ころ,本件承認があったと主張し,甲5,8,13,15,17,
原告本人の供述中には,これに沿う部分があるが,前示ア(カ)認定のとおり,いま
だ夏季休業期間に入る以前の7月19日に,D校長が絶対に本件傍聴は研修として
承認できない旨言い渡していたことは,当時の会話の録音内容から明らかであり,
一方,それ以前に,本件研修の承認を確定させるような正規の研修承認簿の作成等
も認められないのであるから,直ちに原告に有利な上記証拠を採用して,本件承認
の事実を認定することはできず,他に前示イ第1段の認定を覆すに足りる証拠はな
い。
(2) 本件不承認の適法性の有無(同(ウ)(エ)の主張について)
ア 前示(1)ア(ア)(キ)に認定の事実によれば,本件傍聴は,職員団体であるE労働
者組合の構成員である原告が,他のメンバーらとともに私的に行った市教育委員会
議事録の閲覧を求める請願の結果を確認するなどの目的でなされたものと認めるの
が相当であり,これに,原告の担当教科が英語であって,その授業内容と,本件傍
聴やその対象となった本件会議あるいは当該議題との間の関連性も容易にうかがい
難い点も併せ考慮すれば,本件申請は,研修としての内実を伴わない,純然たる原
告の私的用務に属する事項に関してなされたものであって,D校長の本件不承認
は,承認権者として適切な権限の行使であったと認めるのが相当である。
したがって,本件処分のこの点の事実認定も適切なものというべきであり,これに
格別の違法性は認められず,被告の上記主張にも理由がある。
イ 上記認定に対し,原告は,D校長の権限行使を非難し,甲5,8,10,1
3,15,17,原告本人の供述中には,承認されて当然の行為であるなどの趣旨
の部分があるが,これらを精査しても,本件傍聴や本件会議などと原告の担当教科
との関連性をうかがわせるに足りる具体的内容は全く見出せない。かえって,原告
自身が,本件傍聴申請の事実を伏せたまま研修承認を得ようと,前示(1)ア(イ),同
(ウ)①のとおり,備考欄に何らの記載をせず,あるいは,いったんした「市教委」
の記載を抹消し,「自宅等」とあいまいな記載をしていることからすれば,自ら本
件傍聴が研修として適切であるとの認識を有していたか疑問があるというべきであ
って,上記証拠はたやすく採用することができない。
 また,前示(1)ア(エ)(オ)認定の経過によれば,7月19日にD校長が最終的に本
件不承認の趣旨を明確にしたのは,その前日行われた学校長同士の話合いの結果だ
ったと認めるのが相当であるが,これにはB課長らも出席して説明等を行っている
ものの,その後は学校長らだけで協議が行われており,最終的な判断は,各学校長
らがしたと認めるのが相当であるから,本件不承認は承認権者であるD校長自身が
したものと認められるのであって,これが承認権者以外の判断,指示によるという
ことはできない。
そして,他に前示認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) 本件欠勤時間の認定の適法性の有無(同(オ)の主張について)
前示(1)ア(キ)(ク)認定の事実によれば,本件欠勤のあった本件時間帯の時間数に関
する本件処分の認定は,合理的なものと認められ,これに格別の誤りがあるという
ことはできず,被告の上記主張には理由がある。
これに対し,原告は,夏季休業期間中には勤務時間の割り振りがなかったなどとし
て上記認定を争うが,前示(1)ア(ク)認定の事実に照らし,容易に採用することがで
きない。
3 本件処分の懲戒権限濫用の有無(前示第2の2(1)ウの主張について)
この点につき,甲5,8,10,13,原告本人の供述中には,同主張に沿う部分
があるが,前示2(1)ア(カ)(キ)認定のとおり,自己の一方的な見解を述べるのみ
で,D校長らの説得にも応じず,欠勤となることを承知の上で,本件傍聴に出掛け
て,年次休暇の申請もしなかった原告の行為は,決して軽微なものということがで
きないのであって,戒告が地方公務員法29条1項所定の懲戒処分のうちで最も軽
微な処分であることも考慮すれば,本件処分が懲戒権限を濫用したものであるなど
ということはできない。
また,原告は,夏季休業期間中の研修内容をチェックするのは不平等な取扱いであ
るとか,市教育委員会から本件中学校への本件傍聴申請の連絡は守秘義務違反であ
るなどの趣旨を主張しているが,従前,校外研修の承認に際して研修内容と職務の
関連性が一切チェックされてこなかったというのであれば,明らかにその方が問題
であるし,地教行法43条1項に基づき,原告の服務を監督する市教育委員会が,
監督下の教職員の服務上問題となり得る行為につき,関係者に問い合わせを行うこ
とは,その権能と責任に基づく当然の措置というべきであって,これにも格別の問
題は見出せない。
4 結論
以上の次第で,原告の請求は,理由がない。
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官橋本昌純
裁判官夏目明徳
裁判官大橋弘治

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