弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 本件抗告理由は、末尾添付の抗告の理由記載のとおりである。
 理由一について、
 およそ、報道機関は現代民主社会において一般国民に思想、判断の基礎となるべ
き各種知識を補給する主要な根源をなすものとして極めて重要な社会的使命をにな
うものであり、これら報道機関が真実を報道することは憲法二一条の認める表現の
自由に属するものというべきところ、事実を正確且つ迅速に報道するには必然的に
その不可欠の前提として自由に広く取材を求めることが要請されることはこれを首
肯するに十分である。しかし、憲法が国民に保障する自由も絶対無制限のものでは
なく、常に公共の福祉のためその時、所、場所、方法、態様等につき、おのずから
合理的制限の存することは、屡次の最体裁判所判例の示すところである。
 ところで、刑事訴訟法は九九条において「裁判所は必要があるときは証拠物又は
没収すべきものと思料するものを差し押えることができる。但し特別の定のある場
合はこの限りでない。裁判所は差し押えるべき物を指定し、所有者、所持者又は保
管者にその物の提出を命ずることができる。」と規定して、国民に対し裁判所のな
す押収受認義務を課しており、例外的に同法一〇三条乃至一〇五条によつて、公務
上並びに特種の業務上の秘密という超訴訟法的要請から押収拒絶権のある場合を定
めているが、これもまた但書において厳格な制限を設けている。かゝる規定の趣旨
に徴すれば、右除外例は限定的列挙と解すべきであつて、これをたやすく他の場合
に類推適用すべきものではなく、従つて、報道機関に対してはこれが適用ないもの
といわねばならない。そ<要旨第一>して、これら押収受認義務は国民の所有権、占
有権等の財産権に対する重大な制限というべきところ、法が国民に対し
かかる義務を課する所以のものは、国家の最も重要な任務の一つである司法裁判が
実体的真実を発見し法の適正な実現を期するという使命を達するため絶対不可欠の
ものであることによるものであつて、かかる使命達成という社会公共の福祉のため
必要な制度であるというべきは多言を要しないから、たとえそのため報道機関に対
しその取材した物の提出を強制しうることにより取材の自由が妨げられ、更には報
道の自由に障害をもたらす結果を生ずる場合があつても、それは右自由が公共の福
祉により制約を受ける已むを得ない結果というべく、憲法二一条の保障する表現の
自由を侵すものとはいわれない。従つて、裁判所が裁判の必要上報道機関の取材し
たフイルムに対し提出命令を発することがあつても、それは何等憲法二一条に違反
するものではない。
 理由二について、
 刑事訴訟法九九条所定の押収の必要性有無の判断が、犯罪の態様軽重、押収物の
証拠としての価値、重要性、押収物の隠減毀損されるおそれの有無、押収によつて
受ける相手方の不利益の程度、その他諸般の事情を考慮してなさるべきことは、ま
ことに所論のとおりである。
 そこで、本件特別公務員暴行陵虐等付審判請求事件の記録を精査するに、その被
疑事実は要するに、福岡県警察本部長、同警備部長A鉄道公安室長その他氏名不詳
の警察官、鉄道公安官八百数十名が、B駅に下車したC所属学生約三百名の行動を
警備した際、右全員が共謀して多数学生を前後より挾撃したうえ、通路階段上から
投げ飛ばし、足払いで転倒させて突き落し、また手拳や警棒を以つて頭部、背部等
を殴打したという事実等であつて、被疑者殊に氏名不詳の被疑者や被害者が尨大な
数にのぼり、犯行の態様も複雑、微妙なるものがあつて、これまでに収集された主
要な証拠は各種供述調書というべきところ、被害者側の供述調書は僅か数通にして
すべて右犯罪の成立を肯定する内容のものであるに反し、被疑者側の供述調書は犯
行を徹底的に否定する内容のもので、双方の供述が截然と別れて相対立し、第三者
的立場にある者の供述が殆んど見当たらず、しかも前示各供述調書以外の者の供述
を求めることはたやすく期待出来ない状況にあるため、犯行の態様を仔細に把握し
て検討することの容易な業でないことが窺われ、報道機関が中立的立場において現
場の状況を撮影した本件フイルムは、当時における双方の動静を如実に連続的且つ
動的に把握したものとして、証拠上極めて重要な価値を有することが窺われる。と
ころで、本件フイルムは社会公共のため真実の報道を使命とする報道機関が専ら報
道目的のため取材したものであることに鑑みれば、これを報道目的以外の刑事訴訟
の証拠資料に利用されることは、報道の自由を標榜する報道機関に対し相当の不利
益をもたらすことは否み得ないところであるが、しかし、右フイルムは既に放映済
のものもあるのみならず、外部に発表されないという相手方との強い信頼関係の基
盤に立つて取材されたものとは認め難く、却つて、如何なる箇所を報道するかは報
道機関の自由な選択に属するものとしても、右フイルムはその取材に際しこれを報
道して一般に公開することを予定されたものといい得るから、右フイルムがたまた
ま裁判の証拠に供されたとしても、それは態様を異にした公開とも目し得べく、従
つてこれがため報道機関の蒙る不利益は、報道機関がその秘匿を最高倫理としてい
る取材源について開示を求められる場合に比すべくもないことは特に留意せらるべ
きである。しかしまた、本件フイルムは他の一般の証拠物とは著るしく趣を異に
し、報道機関が専ら報道のため身を挺し苦心を重ねて取材し自ら製作して大切に保
管しているものであることに思をいたすとき、たまたまそれが裁判上の証拠になる
からといつて、たやすくその意に反し強制力を用いてこれが開示を求めるが如きは
厳に慎しむべく、報道機関の立場も慎重考慮したうえ、かかる措置は他に求むべき
適切な証拠もないため万已むを得ない最後の手段として採らるべきことが望ましい
こと勿論である。原審の措置もまたかかる配慮に出でたことが窺われる。
 そして、付審判請求は請求が理由ありゃ否や、すなわち事件を公判に付すべきか
どうかを審理する手続であつて、被告事件に対する一般の公判手続と異なり証拠調
べの程度もおのずから差異のあることは所論のとおりである。しかし、この手続は
なお裁判所が右請求の理由の有無を独自の見地において審理判断するものにして、
それが裁判である以上裁判一般に強く要請せられる適正な判断が期待されるものと
いうべく、そのため相当の各種証拠を求めることもまた已むを得ないものといわね
ばならない。さればこそ刑事訴訟法は審判請求を受けた裁判所に対し受訴裁判所と
同一の権限を与え自由に強制処分をなし得ることとしたものといわねばならない。
 <要旨第二>叙上縷述の各種事情を彼此考察すれば、原裁判所が本件付審判請求事
件の審理のため必要と認めて抗告人等に対し本件フイルムの提出命令を
発したことはまことに已むを得ない措置として相当というべく、必要性の判断を誤
つたものとはいわれない。
 なお、本件提出命令に関与している裁判官白井博文は本件付審判請求事件におい
てさきに不公平な裁判をなすおそれありとして被疑者らから忌避の申立を受け、該
申立は原審において却下されこれに対する即時抗告も当審において棄却されたが、
最高裁判所に特別抗告がなされて、原審並びに当審の右各決定は取り消され事件を
原審に差し戻されているところ、右特別抗告には執行停止の効力が認められないか
ら、当審の前記抗告棄却決定は直ちに効力を生じ、一応忌避申立却下の状態とな
り、右申立により生じていた訴訟手続停止の効果も解消していたものといろべきで
あるから、その後白井裁判官が関与してなされた本件提出命令は適法なものという
べく、そして最高裁判所の右取消裁判は将来に対し効力を有するものと解すべきで
あるから、該取消によつて適法になされた本件提出命令の効力が左右されるもので
はない。
 叙上説示のとおり本件抗告は理由がないから、刑事訴訟法四二六条一項によりこ
れを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
 (裁判長裁判官 中村荘十郎 裁判官 伊東正七郎 裁判官 松沢博夫)

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