弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人清水勝裕,同日笠倫子の上告趣意は,事実誤認の主張であって,刑訴法4
05条の上告理由に当たらない。
なお,所論にかんがみ記録を調査しても,同法411条を適用すべきものとは認
められない。
よって,同法414条,386条1項3号により,裁判官田原睦夫の反対意見が
あるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官堀籠幸
男の補足意見がある。
裁判官堀籠幸男の補足意見は,次のとおりである。
私は,原判決に事実誤認はなく,本件上告は棄却すべきものと考えるが,田原裁
判官の反対意見に鑑み,私の意見を述べることとする。
1本件の争点は,恐喝未遂の被害に遭ったという当時18歳の女性(以下
「A」という。)の供述とこれを否定する被告人の供述とでは,どちらの供述の方
が信用することができるかという点にある。
2たしかに,Aの生活態度等には疑わしい面があることは,田原裁判官が指摘
するとおりであるが,疑わしい面のある人物の供述については,疑わしい面がある
ことのみによって,その信用性が否定されるものではなく,その供述の信用性は,
客観的状況等の証拠等に照らし,判断すべきものである。本件においては,Aの供
述と被告人の供述とでは,客観的証拠等に照らし,どちらの供述の方が大筋におい
て信用性があるかが問題点である。
3平成18年8月14日は,振込め詐欺の被害者2名がA名義の銀行口座に振
り込みをすることとなった日である。
(1)通話料金明細内訳票によると,同日被告人の携帯電話からAの携帯電話へ
午前11時14分から午後4時1分までの間に合計10回通話されている。
(2)銀行からの照会票によると,Aの口座の残高照会のうち,暗証番号が相違
していたものが同日6回あった。
4Aの供述は,「8月14日,被告人から,暗証番号が違うと自分に何回か電
話連絡があり,午後3時30分過ぎから被告人と会い,B銀行のテレホンバンキン
グサービスの番号を告げられ,残高照会をするよう指示された。自分が自分の携帯
電話からテレホンバンキングサービスに電話をかけ,虚偽の暗証番号を3回くらい
入力したところ利用できなくなり,被告人から『200万円振り込まれたが,使え
なくなる。お前が払え。』と言われた。」というものであり,被告人の携帯電話の
通話記録に残された通話状況とよく符合するのみならず,その他の客観的状況とも
符合する。
5これに対し,被告人の供述は,「Aがホストクラブ『甲』での付けの代金を
支払いたいと言ってきたので,今すぐでなくてもよいと答えたが,どうしても今日
中に払いたいと言うのでAに会った。Aは,携帯電話を貸してほしいと言ってきた
ので貸したところ,あちこちに電話をしていた。Bのテレホンバンキングサービス
に電話をしたのは自分ではない。Aがかけたのだと思うが,私がAに指示したこと
はない。Aはその後,お金を下ろしてくると言ってどこかへ行ったが,下ろせなか
ったと言って戻ってきた。」というものである。
68月14日までほとんどAに電話をしたことのない被告人が,この日に突如
として10回もAに通話した理由について,被告人は,何ら首肯し得る説明をして
いない上,Aがこの日にお金の用意がなかったことも明らかであるのにAが付けの
支払いで被告人を呼び出したというのは,客観的状況と矛盾するものであり,ま
た,通話記録によれば,被告人の携帯電話でAがあちこちに電話をした事実もない
のである。
そうすると,Aと被告人の供述の信用性を判断する上で,極めて重要な意味を有
する8月14日の両名の行動について,被告人は明らかに虚偽の内容の供述をして
いるものと言わざるを得ない。被告人が振込め詐欺関係者と全く関係がなければ,
8月14日の行動について全く虚偽の内容の供述をする理由はないのであるから,
被告人については,振込め詐欺関係者との関係が強く疑われると言うべきである。
7Aの本件銀行口座の暗証番号は,Aの生年月日を逆にしたものであるから,
Aが暗証番号を間違えることは考えられないところである。8月14日に間違った
暗証番号による残高照会が6回されているが,最初の3回は,Aから被告人を介し
て教えられた間違った暗証番号を入力して行った振込め詐欺犯によるものであり,
また,後の3回は,Aが被告人のいるところでわざと間違った暗証番号を入力して
行ったものと考えるのが自然である。
8Aの生活態度等には,田原裁判官が指摘するように,その供述の信用性につ
いて,マイナスに働く要素が存在することは否定できないが,Aの供述の信用性を
否定する決定的根拠となり得るものではなく,被告人が8月14日の行動について
明らかに虚偽の内容の供述をしていることを考えると,Aの供述は,重要な部分に
おいて信用性があるとした原審の判断は,田原裁判官指摘の点を考慮しても,未だ
経験則や論理法則に反するとまでは言えない。原判決に事実誤認はないものと考え
る。
裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と異なり,本件において取り調べられた証拠の下では,被告人の
弁明を否定して被告人が一審判決認定の恐喝未遂行為を行ったと認定するには,な
お合理的疑いが存すると言わざるを得ず,更に審理を尽くさせるため,本件は原審
に差し戻すべきものと考える。
本件は,当時18歳の女性(以下「A」という。)から,B銀行C支店に開設さ
れていた同人名義の普通預金口座(以下「本件口座」という。)の預金通帳,キャ
ッシュカードを譲り受けていた被告人が,Aから教えられた暗証番号が実際の番号
と異なっていたため,その口座に振り込まれた200万円を引き出すことができな
かったとして,それを口実に同人から金員を喝取しようと企て,平成18年8月1
6日午後11時21分頃,被告人の携帯電話からAの携帯電話に架電して,脅迫文
言を申し向けて50万円を喝取しようとしたが,同人がそれに応じなかったため
に,その目的を遂げることができなかった,という恐喝未遂の事案であり,一審判
決の認定する犯罪事実を原判決も認め,それに対して,被告人が事実誤認を主張し
て上告したものである。
本件では,被告人は,Aから上記通帳の譲渡を受けた事実を全面否認し,また,
被告人が同通帳を譲り受けたことを示す客観的根拠は存しない。他方,一審判決が
認定するAが恐喝未遂被害を受けた時間に,被告人とAとの間で約9分間の通話が
なされていたことは証拠上明らかであるが,その通話内容について,Aは,脅迫文
言と共に金員の要求を受けたと一審で証言するのに対し,被告人は,Aから一身上
の相談を受けたものであって,Aの述べる預金通帳の譲受けには一切関与していな
い以上,Aの証言する恐喝行為を行うことは有り得ないとして全面否認しており,
結局,本件犯罪の成否は,被告人とAとの間の上記通話内容に関するAの証言と被
告人の供述との何れが信用できるのか,という証拠評価にかかる事案である。
そこで,以下に検討する。
1記録上明らかな事実
本件犯罪事実にかかるAと被告人の各供述の信用性を検討するに当たり,その前
提として,以下の事実が記録上明らかである。
(1)本件口座は,平成18年8月14日,東京在住の別々の少なくとも2件の
振込め詐欺被害者(未遂)にかかる振込先口座として利用されようとし,うち1件
は100万円の送金手続がなされたが,その余は記録上明らかになっていない。
(2)本件口座に関して,同日午後1時30分過ぎから午後2時07分までと,
午後3時50分過ぎとにそれぞれ3回,電話による自動応答システム(テレホンバ
ンキングサービス)を利用した口座残高照会がなされているが,何れも暗証番号相
違により照会できなかった。
(3)上記(1)の振込め詐欺については,記録上,その犯人は逮捕,起訴されてお
らず,また,被告人も同振込め詐欺の容疑では逮捕されていない。
(4)被告人の携帯電話の料金明細表からは,被告人からAの携帯電話に以下の
とおりの架電のうえ通話がなされている事実が認められる(以下の時刻は,通話開
始時刻を指す。)。
①8月14日午前11時14分から午後0時01分に掛けて3回
②同日午後3時14分20秒(通話時間45秒5),16分40秒(同1分0
6秒5),23分12秒(同2分05秒5),30分52秒(同38秒),39分
28秒(同2分07秒),52分57秒(同39秒5),午後4時01分10秒
(同19秒)
③16日午後0時13分08秒(同10秒),13分35秒(同4分51秒)
④同日午後10時44分07秒(同3分33秒),54分23秒(同48秒
5),56分39秒(同1分01秒)
⑤同日午後11時02分51秒(同1分04秒),21分13秒(同8分44
秒5)
(5)被告人は,本件当時,ホストクラブ「甲」の店長をしており,他方Aは,
キャバクラで源氏名を使用してアルバイトをしていた。被告人とは,Aの高校生時
代に,Aの先輩を通じて知り合い,他愛のない話をするような仲であった。本件当
時は,Aは,上記「甲」に客として出入りし,「ホスト」を指名して飲酒し,本件
直前の8月10日には,一人で訪れてホストを指名し,高級酒ドンペリニョンを注
文して一晩に76,400円分費消したうえ付け払いとし,本件当日現在,付け払
い残高として81,900円存した(上記8月10日以外に7月28日,8月8日
に訪ねている。また,上記料金明細表によれば,8月1日午前0時33分に3分2
3秒間,8月6日午前8時31分に1分40秒間と,本件以前に早朝,深夜に通話
がなされている。)。
28月14日の,被告人からAへの架電内容に関連する諸事実についてのA及
び被告人の供述内容と原判決の認定
(1)Aの供述の骨子
同日午前の被告人からの電話は,暗証番号が違うので,銀行に連絡して確認する
ようにとの内容である。同日午後3時30分頃,Aが当時アルバイトをしていたキ
ャバクラが入店しているDのビルで被告人と待ち合わせることになり,午後3時3
0分頃の通話は,その待ち合わせのためのものである。午後3時39分,午後3時
52分,午後4時01分の電話の内容は覚えていない。
被告人と会った際に,B銀行に架電して確認しろと言われて,Aの携帯電話から
テレホンバンキングサービスに3回架け,虚偽の暗証番号を入力したら利用できな
いとのアナウンスが流れた。被告人にそれを連絡すると,被告人から,200万円
振り込まれたが暗証番号が間違っていたせいで駄目になる。代わりに200万円支
払え,と言われた。
(2)被告人の供述の骨子
14日午前の電話は,Aの携帯電話からの留守電に対応して架けたもので,内容
は,Aが「付け」を支払いたいので,会いたいというものである。その後,何回か
の電話による打合せの結果,午後3時頃Aのアルバイト先が入店するDのビルで会
った。Aは,被告人の携帯電話を借りてあちこちに電話していた。Aは付けの支払
いのため,お金を下ろすと言って出て行ったが,手続に必要なものがなかったと言
って戻ってきた。
被告人の携帯電話の午後3時23分,30分,39分の通話記録は,Aがいじっ
ていた時のものである。
(3)原判決は,一審判決がその補足説明において説明するとおり,Aの証言内
容は,被告人の携帯電話の発信履歴に基本的に沿い,また,テレホンバンキングサ
ービスへの架電,及び暗証番号相違により同サービスを利用できなかった状況に沿
うものであって信用できるものであるのに対し,Aと会った際,Aは,被告人の携
帯電話を使って7∼8回電話していたとの被告人の前記供述は,同携帯電話の通話
履歴からして信用できないとする。
38月16日の被告人のAへの架電内容及びそれに関連する諸事実についての
A及び被告人の供述内容と原判決の認定
(1)Aの供述の骨子
8月16日昼の電話は,被告人から18,000円で買った財布の代金及び
「甲」の付けの支払いを求めるものであり,午後10時台から午後11時02分ま
での電話は,上記財布の代金を支払うためにAの自宅近くで会うための打合せのた
めのものである。午後11時02分の通話後に被告人に会って,財布の代金を支払
った。その後「甲」へ行ったところ,被告人から電話が架かってきて,その通話の
際に脅迫行為を受けた,というものである。
(2)被告人の供述の骨子
被告人は,16日のAへの架電は,Aからの着信があったのを受けて折り返し架
けたものであり,内容は,Aと「甲」の従業員との恋愛相談であり,同日Aには会
っておらず,また,財布の代金の支払いも受けていない,というものである。
(3)一審判決及び原判決の認定
一審判決は,16日の架電内容や同日Aと被告人が面談したか否かにつき,個別
的に検討することなく,Aと被告人との従前の関係に照らすと「Aが,虚言を弄し
て被告人を恐喝未遂の犯人に仕立て上げるような事情は存在しない」として,恐喝
未遂の犯罪事実を認定しており,また,原判決は,16日の架電内容や面談の有無
につき何ら論ずることなく,一審判決の認定を是認している。
4本件恐喝未遂被害事実に関するA供述の信用性について
一審判決は,前記のとおりAの8月14日の被告人との通話内容及びそれに関連
する事実に関する供述は信用できるとしたうえで,Aには,虚言を弄してまで,被
告人を恐喝未遂の犯人に仕立て上げるような事情は存しないとして,Aの恐喝未遂
被害事実に関する供述内容の信用性の検討を個別的には行っておらず,原判決もそ
の点について何ら言及していないが,本件においては,以下に述べるとおり,別途
その信用性の検討がなされて然るべきである。
(1)8月14日の被告人の携帯電話によるAとの通話及びそれに関連する事実
についてのA供述の信用性
8月14日の被告人の携帯電話によるAとの通話内容及びそれに関連する事実に
関する被告人の供述のうち,被告人とAとが同人がアルバイトをしている店が入っ
ているビルで出会った際,Aは被告人の携帯電話を借りてあちこちへ電話していた
旨の被告人の供述は,第一審判決及び原判決が指摘するとおり,信用できないもの
と言わざるを得ない(もっとも,被告人の携帯電話から8月14日午後3時25分
53秒に2分27秒の通話時間でB銀行のテレホンバンキングサービスに架電があ
る点について,原判決は,原審検2号証からして,同電話は,B銀行の他口座につ
いて被告人によって架けられたものである旨認定しているが,同号証は「本件口座
につき「暗証番号相違」により処理されたものについての照会」に対する回答であ
って,上記架電が,本件口座にかかるものか否か,暗証番号までボタンを操作した
のか否かは,同証拠の記載内容からだけでは不明である。)。
しかし,Aの供述によると,原判決も指摘するとおり,Aと被告人とが現に会っ
ている最中に,被告人からAの携帯電話に架電していたことになるのであって,そ
の点で同人の供述は全面的には信用しかねるものである(なお,一審判決及び原判
決は,B銀行テレホンバンキングサービスを通しての本件口座への8月14日午後
3時台の残高照会の暗証番号不照合は,同人によってなされたものである旨認定し
ているが,本件では,同人の携帯電話の通話記録が,何故か証拠として提出されて
おらず,同サービスへの架電が同人によるものか否かについては,同人の供述以外
の客観的証拠はない。)。また,記録によれば,Aの一審証言は,証人テストを経
た後の検察官の主尋問においても,その供述内容に明確性を欠いている部分も多
く,その1箇月後の弁護人の反対尋問では,主要な事実についてすら「覚えていな
い」との供述が多く,総じてその信用性は薄いと言わざるを得ない。
従って,8月14日の被告人とAとの遣り取りに関する被告人の供述の信用性に
疑念があるとの事実のみによって,その余の点に関するA供述の信用性が全面的に
肯定できるとの関係にはない,というべきである。
(2)本件通話による脅迫文言についての問題点
Aは,被告人から,暗証番号相違のため200万円取得できなかったとして,1
6日午後11時21分の通話の際,「50万円支払え」と言われ,「10万円だっ
たら」と述べたところ,「お前ふざけているのか,殺すぞ。今,どこにいるのよ」
「1週間以内に払わなかったら,違うやつがお前のところに行くからな」などと鋭
く申し向けられ(一審認定事実),それを聞いて暴力団が大勢来るのかと思ったと
供述する。また,その電話の際,資金調達の方法として,女の子を風俗に紹介した
ら一人3万とか,偽金を本物の金に両替するとか,通帳とカードを集めろなどと,
被告人から言われた旨供述する。
被告人が,Aの供述するとおりの内容の脅迫文言を実際に発言したとするには,
被告人がそのような暴力団関係者と付き合っているか,被告人がかかる人物に対し
て影響力を行使することができることが前提となる。
しかし,本件記録上,被告人と暴力団関係者との結びつきを示す証拠は全くない
(被告人は,後述するとおり,本件で平成19年1月30日に逮捕,勾留されるに
先立ち,別件の振込め詐欺関連で平成18年11月8日に逮捕されて以来,本件で
逮捕されるまでの間,次々と逮捕,勾留されているのであって,捜査機関が被告人
の身辺を捜査するには十分な時間があった。)。また,Aが被告人から告げられた
と供述するような資金調達の方法は,一定の特殊な組織との関係がなければ到底な
し得ないものであるところ,被告人とそのような特殊な組織との結びつきを窺わせ
るような証拠は,本件記録上皆無である。
以上の点においても,Aの恐喝未遂被害にかかる供述内容の信用性につき疑念を
抱かせるに十分である。
(3)Aの供述する8月16日のAと被告人との遣り取りと,本件恐喝未遂行為
との間には著しい乖離がある。
Aの供述によっても,本件口座を用いての振込め詐欺が失敗に終わった翌15日
には,その件につき被告人との間で何らかの遣り取りがなされたことは窺えず,ま
た,16日午後11時02分までになされた同日中の被告人からの架電内容は,被
告人から買った財布の代金の支払い及び「甲」の付けの支払いに関するもので,そ
の通話の際に,本件口座にかかる振込め詐欺に関する話は出ていなかったというの
である。また,Aの供述によれば,午後11時02分の通話の直後,Aの居住する
マンションの近くの路上で一人で被告人と会い,財布の代金を支払った。その際,
被告人を恐いとか,被告人と会いたくないとは思っていなかった。その際にも本件
口座の話は出なかった,というのである(なお,被告人は,同日Aと面談したこと
はないと供述している。)。
ところが,その面談後20分もしないうちに,被告人から本件恐喝未遂にかかる
架電がなされたというのであって,Aの供述するその直前までの被告人とAとの平
穏裡な遣り取りの内容からして,その恐喝未遂行為は余りに乖離した行為であると
言わざるを得ない。
(4)被告人の恐喝の動機についての問題点
本件恐喝未遂は,Aが被告人に虚偽の暗証番号を教えたために,被告人の関係者
が振込め詐欺にかかる振込金を入手できなかったことを口実に喝取に及んだとする
ものであるが,それが成り立つには,本件口座にかかる振込め詐欺行為(未遂)を
行った者と被告人との間に一定の関係が存することが前提となる(振込め詐欺が成
功すれば,振込め詐欺グループから被告人が何らかの配分を得られるか,あるい
は,Aから正確な暗証番号を聞き出せなかったことにつき,同グループから被告人
の責任を問われ得るか。)。
しかし,本件では,本件口座を利用しての振込め詐欺を実行しようとした人物と
被告人との結びつきは,一切立証されていないのである。
また,Aに対しては,「甲」の付けが残っており,もし,それが回収できなけれ
ば,経営者から被告人がその責任を問われ得るところ,かかる恐喝行為をすれば,
その付けが焦げつく虞が生じるのであって(後記のとおり,その付けの回収に際
し,一部減額している。),かかる事実は,被告人の恐喝の動機の存在を否定する
方向に働くと言える。
(5)恐喝しようとしたとされる金額がAの生活状況からして過大である。
本件当時のAの生活状況を直接示す証拠は存しないが,キャバクラでアルバイト
をし,「甲」で飲食費8万円余を付けにする程度の生活状況であったことは窺える
が,その年齢,職業からして,50万円を1週間で調達する能力がないことは明ら
かである。また,被告人は,前記のとおりAを従前から知っており,当然にその生
活状況も把握していたと推測されるところ,Aが要求されたと述べる金額は余りに
過大である。
(6)被告人は,Aをその後追及していない。
被告人が,本件恐喝未遂行為を行ったのであれば,その金額の多さからして,そ
の幾許かを実際にAから取り立てるべく,その後もAに接触を図って然るべきであ
る。Aは,同人の携帯電話に被告人から架電がなされたが,それに出なかったと供
述している。しかし,電話が通じなければ,被告人は,Aの勤務先に同人を訪ね,
あるいは,同僚にその所在を尋ねる等して然るべきである。
ところが,被告人がかかる行為を行ったことを窺わせる証拠は存在しない。
なお,被告人は,9月中旬以降,Aの実家に架電しているが,これはAの付けの
回収のためのものであり,その後Aの父親から5万円を回収している。
(7)Aは,本件口座以外にもE銀行F支店に普通預金口座を開設していて,同
口座も振込め詐欺の指定口座とされた事実がある。
Aは,一審で,本件口座は,初めて作った口座であり,それ以外に銀行で口座を
作ったことはない旨供述していた。
ところが,原審になって,Aは,平成16年5月31日,E銀行F支店に100
円で普通預金口座を新規に開設しており,その後同口座は,平成18年4月6日神
奈川県警中原警察署からの,詐欺利用口座としての取引停止要請を受けて取引停止
措置がとられ,同年8月30日に同行により強制解約措置がとられていることが,
原審における弁護人の立証活動の結果明らかになった(なお,同行は,強制解約を
行うに先立ち,預金者と面談を行うべく配達証明付内容証明郵便で通知したが,A
が来店しなかったため,解約に及んだというのであるところ,上記郵便が何時同人
に配達されたかは,記録上定かでない。)。
Aの別の金融機関に設けた普通預金口座が,本件口座が振込め詐欺に利用されよ
うとした4箇月前に同様の詐欺に利用されようとした事実は,同人と振込め詐欺グ
ループとの関係を疑わせるものであり,ひいては本件における供述の信用性にも拘
わる事実である。
なお,原判決は,「E銀行口座の件も本件と同様に何者かに頼まれて同口座を譲
渡したものにすぎない」と判示し,その事実を非常に軽く取り扱っているが,第三
者への譲渡目的で普通預金口座を開設することは,詐欺罪が成立し,また,詐欺に
より騙取する金員の振込先に利用されることを知りながら口座(通帳)を譲渡する
ことは,詐欺の共同正犯あるいは幇助犯が成立するのであって,普通預金口座の譲
渡行為に関する原判決の上記の評価は疑問である。
(8)Aは,本件直後,暫くの間,札幌を離れている。
Aは,本件の後1週間から10日間,札幌を離れ,稚内方面の祖母方に行ってい
た。被告人に通帳,カードを渡したのは悪いことで,警察に捕まるかもしれないと
思った旨供述している。
しかし,Aが,本件直後に,本件に関する捜査が直ちに身辺に及ぶと考えるの
は,余りに唐突であり,有り得るとすれば,上記E銀行F支店からの郵便により,
4月に譲渡した同支店の口座に関する問合せが,その捜査の危険を感じる契機であ
ったと考える方が合理的である。
(9)本件被害は,Aから申告したものではない。
Aの供述によれば,銀行に紛失届を出して1,2箇月で警察から通帳のことで話
が聴きたいと言われた。警察に本件のことを話したら,被害届を出すように促され
て,恐喝未遂の被害届を平成19年1月27日に提出したというのである。
Aは,本来なら本件口座と上記E銀行にかかる口座に関連して,被疑者として取
り調べられて然るべき立場であるのにその形跡は認められない。
一審判決は,Aが虚言を弄して被告人を恐喝未遂の犯人に仕立て上げる事情は存
しないと判示するが,Aが本件口座につき,任意追及される中で自己の責任を逃れ
るべく適当な虚言を弄してしまい,その後は引っ込みがつかなくなって,その虚言
をそのまま維持することは,Aの年齢,一審の証言内容から窺われる同人の人柄等
からすれば,有り得る事柄である。
(10)被告人は,一貫して否認している。
被告人は,平成18年11月8日,第三者から預金通帳を譲り受けたとして,逮
捕,引続き勾留され,その後,勾留満期を迎える度に,何れも振込め詐欺に関連す
る事案で3度に亘って即日逮捕,引続き勾留され,その4件は何れも起訴されるこ
となく,5件目で逮捕されたのが本件である。しかも,本来追及されるべき本犯た
る振込め詐欺グループは逮捕されず,被告人も本件の振込め詐欺自体では取調べを
受けていないのであって,本件は,いわばその枝葉とでも言うべき事件である。
さらに,被告人は,本件で起訴された後も追起訴予定で仙台に身柄を移された
が,結局振込め詐欺そのものや預金通帳の譲渡等,振込め詐欺に関連する事案で
は,1件も起訴されるに至っていない。
また,本件では,一審以来一貫して否認し,一審判決で執行猶予が付されたにも
拘わらず,私選弁護人を選任して徹底して争っていて,その争い方は真剣である。
(11)小括
以上,(1)から(10)までやゝ詳細に検討したように,被告人から恐喝未遂の被害
を受けたというAの供述の信用性について相当の疑いが残り,同人の証言を信用し
てその事実を全面的に否認する被告人を有罪と認定するには,なお合理的な疑いを
払拭できないと言わざるを得ない。
5結論
本件は,冒頭に記載したとおり,Aの証言と被告人の供述の何れが信用できる
か,被告人の供述が全面的には信用できないとしても,本件恐喝未遂被害に関する
Aの供述は,被告人が同行為を実行したと合理的疑いなく認めるに足るまでの信用
性が認められるのかが問われている事件である。
そして,2にて検討したとおり,8月14日の被告人とAとの被告人の携帯電話
による通話状況に関する被告人の供述は信用することはできず,他方,その点に関
するAの供述は,その信用性に疑問点もあるが,被告人の供述に比すれば,なお信
用することができるといえる。
しかし,上記の8月14日の被告人とAとの通話を含む行動に関するAの供述
が,被告人の供述よりも信用できるからといって,そのことは即8月16日の本件
恐喝未遂被害に関するAの供述の信用性を全面的に裏付けるものではなく,4に検
討したとおり,Aの本件恐喝未遂被害に関する供述の信用性については,なお多大
な疑問点が存するのである。
本件では,被告人とAとの通話記録としては,被告人の携帯電話の通話料金明細
表が証拠として提出されているのみで,Aの側の利用記録は一切提出されていな
い。同記録に,例えば本件口座にかかるテレホンバンキングサービスへの架電記録
と合致する記録が存すれば,14日の行動に関するAの供述の信用性は非常に高く
なり,また,仮にその記録が存しなければ,Aの供述の信用性は大きく揺らぐこと
になる。また,同記録が提出されれば,Aから被告人への架電状況が明らかとな
り,被告人の携帯電話の通話記録のみでは明らかでない多くの間接事実が浮かび上
がると見込まれる。
また,AのE銀行F支店の普通預金口座が,僅か4箇月余前に振込め詐欺に利用
されている事実は,同口座が如何なる経緯でその利用に供されるに至ったかという
点を含めて,本件におけるAの証言の信用性を検討するうえで重要な事実である。
同口座については,神奈川県警中原警察署から同支店へ捜査照会がなされているこ
とからして,同署ではAに対する身辺調査をしたものと推察され,そのことは,被
告人を長期間取り調べていた警察側でも当然に察知していたものと推察されるが,
本件では上記のとおり原審で弁護人から立証されるまで明らかになっていなかっ
た。原審裁判所としては,同口座の存在が明らかになった以上,検察官に同口座に
ついての補充立証を促して然るべきであったと言えよう。
さらに,被告人は,8月16日午後11時過ぎに,Aが「甲」に来店した事実は
なかったと主張しているところ,Aが同店を訪れたことを示す証拠は,同人の供述
のみであり,それを裏付ける伝票や同店の店員の供述等は証拠として提出されてい
ない。もし,Aが同日「甲」を訪れていた事実が存しなければ,同人の恐喝未遂被
害にかかる供述の信用性は根底から覆り,他方,同人が同店を訪れていた事実が明
らかになれば,被告人の弁明の信用性はこれまた根本的に崩壊する。
そうすると,本件については,A及び被告人の供述の信用性について更に審理を
尽くさせるべく原審に差し戻すのを相当と思料する次第である。
おって,法律審たる最高裁判所において,事実審の認定に関して刑事訴訟法41
1条3号を適用して原判決を破棄するのは,原判決を破棄しなければ著しく正義に
反する場合に限られるが,本件は,一審以来激しく有罪,無罪が争われ,本件被害
を裏付け,あるいは,通常なら提出されていて然るべき被告人や被害者の供述の信
用性の判断に重要な影響をもたらし得る間接事実や物証が捜査側によって適宜証拠
として提出されていないこともあって,被告人と被害者の何れの供述が信用できる
か,被告人の供述の信用性に疑問が存しても,被害者の供述が被告人の犯行を合理
的疑いなく認定できるまでの信用性があると言えるかが問われている事案であるこ
とから,私は,本件は,敢えて職権を発動して,更に審理を尽くさせるのが相当で
あると思料した次第である。
(裁判長裁判官田原睦夫裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男裁判官
那須弘平裁判官近藤崇晴)

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