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裁判例


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       主   文
一 控訴人P1、同P2及び同P3の各控訴を棄却する。
二 控訴人P4の当審における新請求を棄却する。
三 控訴人日産自動車株式会社の被控訴人P5に対する控訴を棄却する。
四1 附帯控訴に基づき、附帯被控訴人日産自動車株式会社は、附帯控訴人P5に対
し、金一一一九万九九八九円及び昭和五三年七月以降昭和五四年一月まで毎月二五
日限り金一〇万一九八八円を支払え。
2 附帯控訴人P5のその余の附帯控訴を棄却する。
五 控訴費用は、控訴人P1、同P4、同P2及び同P3と被控訴人日産自動車株式会
社との間においては右控訴人らの、控訴人日産自動車株式会社と被控訴人P5との間
においては同控訴人の負担とする。
       事   実
一 当事者の求めた裁判
1 第七〇二号事件控訴人P1(以下単にP1という。)「(一)原判決中P1敗訴の
部分を取消す。(二)第七〇二号事件被控訴人日産自動車株式会社(以下単に被告
会社という。)は、P1に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四六年二月一日以
降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は第一、二審と
も被告会社の負担とする。」との判決及び第(二)項につき仮執行の宣言
2 第七〇二号事件控訴人P4(以下単にP4という。)(当審において訴えを変更
し、)「(一)被告会社は、P4に対し金一五〇万円及びこれに対する昭和五二年一
〇月二三日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は
第一、二審とも被告会社の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言
3 第七〇二号事件控訴人P2(以下単にP2という。)「(一)原判決中P2敗訴の
部分を取消す。(二)被告会社は、P2に対し一五八万一〇〇円及びこれに対する昭
和四四年一〇月九日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴
訟費用は第一、二審とも被告会社の負担とする。」との判決及び第(二)項につき
仮執行の宣言
4 第七〇二号事件控訴人P3(以下単にP3という。)「(一)原判決中P3敗訴の
部分を取消す。(二)P3と被告会社間に雇傭契約が存在することを確認する。
(三)訴訟費用は第一、二審とも被告会社の負担とする。」との判決5 第六七五
号事件被控訴人兼第一八八六号事件附帯控訴人P5(以下単にP5という。)
「(一)被告会社の控訴を棄却する。(二)(附帯控訴として、)被告会社は、P
5に対し一五〇一万九七〇二円及び昭和五二年九月以降昭和五四年一月まで毎月二五
日限り一六万一九三八円を支払え。」との判決及び第(二)項につき仮執行の宣言
6 被告会社
「(一)原判決主文第一項中、P5と被告会社間に雇傭契約が存在することを確認し
た部分を取消す。(二)P5の請求を棄却する。(三)P5の附帯控訴を棄却する。
(四)P1の控訴を棄却する。(五)P4の当審における訴変更後の請求を棄却す
る。(六)P2及びP3の各控訴を棄却する。(七)訴訟費用は第一、二審とも、P
1、P4、P2、P3及びP5(以下一括して原告らということがある。)の負担とす
る。」との判決
二 当事者の主張
 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一(ただ
し、もっぱら第一審相原告P6、P7、P8及びP9に関する部分を除く。)であるか
ら、これを引用する。
1 P1、P4、P2及びP3の陳述
(一) 本件整理解雇の不当労働行為性
本件整理解雇は、原告らが当時の組合執行部として、組合員の利益のため積極的に
組合活動を行っていたことについて、当時の富士産業株式会社荻窪工場(以下単に
会社又は工場ということがある。)がこれを嫌い、組合執行部を会社側に都合の良
いものに作り替えるために行った明らかな不当労働行為である。すなわち、原告ら
が組合員の期待を荷なって組合の執行部に当選したのは、本件整理解雇の二か月前
の昭和二四年八月であったが、その前はいわゆる民同派が組合執行部を形づくり極
めて会社に協力的であった。本件人員整理では、右民同派の従前の組合幹部は全く
解雇されず、原告ら全員が解雇されたのであった。被告会社は、純粋な整理解雇で
あると主張するが、当時は長期欠勤者や自然退職者が増大し、希望退職を募ること
も十分可能であったし、本件整理の翌年には早くも新規従業員を採用したところを
みると、人員整理の必要性すらなかったのであって、会社は原告らを解雇するため
に、わざわざ必要もない人員整理を強行したのである。そして、本件が不当労働行
為であることは、本件十分に組合と事前交渉をもつべき従業員の大量解雇を、殆ん
ど実質的討議の機会を与えずに強行したこと、又会社の組合への団体交渉の申入れ
に当り、組合代表である執行部のほかオブザーバーの同席を求めたことにも現れて
いる。さらに、本件人員整理に際して用いられたという考課表等は、全く出鱈目な
ものであり、まさに不当労働行為をおおいかくす口実であって、原告らが整理基準
に該当したという主張は、全く虚偽以外のなにものでもない。なお、仮りに原告ら
に整理基準該当の事実があるとしても、本件整理解雇は、全従業員間の考課におけ
る序列という相対的評価があってはじめて可能となるが、被告会社が各原告につい
て主張した整理基準該当事実の一部でも認められない以上、原告らの他の従業員と
の相対的評価(序列)は大幅に変動するのであって、原告らを解雇する合理的理由
は、それだけで失われる。原判決は、この点を看過しているのであって、不当な判
断である。
(二)国電スト参加のための職場放棄について
(1) 昭和二四年六月一〇日の国電ストライキは、国鉄労働者を大量に整理する
政府の方針のみならず、引き続き計画された民間労働者の大量整理に対する全労働
者の抵抗の一環であった。そのことは、昭和二三年一二月のマッカーサー司令部に
よる経済九原則の実施命令以後の歴史的経過から明らかである。P1、P4、P2及び
P3の四名は、平和と民主主義を擁護する立場から、又自己の労働者としての地位、
身分及び生活を守るために、当日の国電ストを支援したものである。P1ら四名の早
退の目的は右のとおりであって、当時多数あった自宅等で内職するための早退を秩
序違反としないのであれば、国電スト支援のための早退についても同様の評価を与
えてしかるべきである。それに当日は、もともと賃金の遅払のため欠勤者が多かっ
たところに右ストが重なって、従業員の三分の一が出勤しておらず、職場の業務が
正常に進行していなかったのであって、P1ら四名が早退しても業務に支障を生じる
ことはなく、早退はまずこの面で職場秩序を乱すものではなかったのである。
(2) 次に早退の態様であるが、P1ら四名は、許可権限を有するP10職場長附か
ら早退の許可を得、出門許可証に同人の押印を受けて早退したのである。P10職場
長附は、国電ストの応援という理由では外出を認めないが、家事都合であれば認め
るというので、早退の理由を家事都合にした。当時は、賃金の遅払が続き、労働者
が会社の支配下から脱けていくのを批難できない状態にあったので、会社は出門許
可の手続を厳格にチェックしていなかったのである。仮りに許可なく早退しそれが
職場秩序を乱すのであれば、P1ら四名が出門するまでの一五分から二〇分の間に外
出を阻止されたであろうが、そのような事実はない。むしろ、P4は、国電ストの翌
日、前日の早退のため欠勤の扱いがされていたのを有給休暇に振り替えるよう交渉
したが、その際ばかりでなくその後も無許可であったとして注意を受けたりしたこ
とはない。被告会社は、P3が出門許可証を作成し、これに訴外P11をして同人が保
管中のP12職場長の印を押捺させたと主張し、同職場長名義の押印のある出門許可
証を提出している。しかし関係者の供述を総合して判断すると、真実の出門許可証
はP10職場長附が書き同人の押印があったものである。被告会社は、P1ら四名の解
雇の口実がないので、あえて虚偽の出門許可証を作成して裁判所に提出し、右の四
名を陥し入れようとしたものである。
(3) P3が「吾等日本共産党富士荻細胞は国電スト支援のため職場を放棄す」と
第四職場床面に白墨で大書したと認定されているが、同人は、工場の組合が国電ス
トを支援しないことを残念に思い、第四職場入口のグラインダーの下の床面に白墨
で字を書いたが、それは目立たないものであって、同人が右のように大書したとい
うのは事実誤認である。P3とは別に、第三者が第四職場内の広い通路の目立つ場所
で床に堆積した砂と油を削って大書したことがあり、これをP3が書いたと誤認した
のである。右通路上の大書は、三〇分から六〇分もかかる程のもので、国電スト支
援に行くP3にそのようなものを書く余裕があるはずがない。
(三) 無断ビラ張りについて
(1) 昭和二四年五月一三日及び同月二〇日のビラは、賃金遅払の解消と生産の
向上を要求したものであった。当時の賃金遅払の状況は、月に六回、七回の分割で
しかも一か月遅れというひどいもので、当時殺人的といわれた。ビラを張り労働者
の切実な要求を実現することは、欠くことのできないものであり、P4とP3は、こ
のような状況下で本件のビラ張りをしたのである。これに対し会社の総務課長は、
賠償指定工場であることを理由にビラ張りを全面的に禁止した。原判決のいうよう
に工場内に掲示板がありこれに張るよう指示されたのではない。掲示板は存在しな
かったのであって、そのために本事件に先立つ仮処分事件の現場検証の際、会社側
は急拠工場内の各職場毎に掲示板を設置し、事態を糊塗しようとしたのであった。
右総務課長の注意は、同じく賠償指定工場であった富士産業株式会社の三鷹工場等
でビラ張りが自由に許されていたことや、荻窪工場の組合では昭和二三年八月頃か
ら闘争時に許可なく工場内の建物壁等にビラを貼付していた経緯を無視した不法な
ものであったから、P4とP3は、右の事実を指摘し、壁等へのビラ張りを禁止する
のであればそれに代わる掲示板を設けるよう当然の要求をしたのである。
(2) 原判決は、P3が昭和二四年七月一五日以後も四回にわたり第四職場の衝立
に許可なくビラ等を貼付し、その間注意を受けながらこれに従わなかったと認定し
ているが、これは、従前から慣行的に認められていた衝立への壁新聞の掲示をビラ
張りと誤解したものである。第四職場の職場長は、昭和二四年七月になってはじめ
て、右慣行を破って壁新聞の掲示を禁止してきたものであり、職場長の禁止こそ不
法なものであって、P3には秩序違反はないものである。
(四) P1の技能等について
 被告会社は、P1が職務怠慢、技能低位であるとし、その根拠として、P1のチャ
フ・カッター生産枚数をあげている。しかしチャフ・カッターの生産についてはP
1は、仕上職場のP13ブロック長と共に、作業の指揮、指導、監督にあたることとな
っており、常時機械に向うことは予定されていなかったのである。従ってP1の生産
枚数を通常の作業員のそれと比較しても少いのが当然であり、比較の対象を誤って
いるのである。次にP1の技能については、同人の組立工としての経歴は極立ってお
り、会社自身が技能の優秀さを認めて、わざわざ組立のブロック長として入社する
ことを懇望したほどである。P1が技能低位で職務怠慢であるなら、ブロック長がつ
とまるはずがなく、組合役員としても同僚からの信頼をとっくに失っていたはずで
ある。会社は、P1の組合役員としての活動を嫌い、あえて考課表上虚偽の記載をし
たもので、そのことは考課台帳の技能の欄の記載に明らかに修正された形跡があっ
たことからも確認できる。
(五) P4の訴変更後の請求原因
(1) P4に対する本件整理解雇が無効であることはすでに主張したとおりであ
る。そうすると、同人は、昭和二一年二月一日富士産業株式会社に入社し、昭和五
二年一〇月二二日満六〇歳を迎えて、同月末日定年退職したこととなる。
(2) そこでP4は、会社の退職金支給基準に従い退職金を請求できるところ、P
4と職種等が近似していて基本給に差がなく、勤務年限が二四年でP4の三一年より
短い訴外P14の退職金が二三七万円であることを考慮すると、P4の退職金は少くと
も三五〇万円を下らない。
(3) P4は、会社から不当な理由で解雇され精神的肉体的に多大の損害を蒙った
が、その損害は少くとも三〇〇万円を下らない。
(4) よって、P4は、被告会社に対し前記退職金のうち一〇〇万円及び右損害金
のうちの五〇万円の合計金一五〇万円とこれに対する弁済期の後である昭和五二年
一〇月二三日以降支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 P5の陳述
(一) 被告会社の定年制の無効
(1) 男女差別と公序良俗
 憲法一四条の規定する男女差別の禁止の原則は、国と国民の関係のみでなく私人
間の行為にも適用がある。このことは、民法一条の二が解釈基準として「個人の尊
厳と両性の本質的平等」を明記したことによっても明らかである。労働基準法三条
及び四条も、憲法一四条を受けて規定されたものであり、賃金以外の労働条件につ
いて女子に対する合理的な保護を除いた性による差別を許容するものではない。労
働基準法の各種母性保護規定、婚姻適令の男女差、老令年金の男女差等が、合理的
理由のない男女差別であるというのは被告会社の独断であるが、これらの諸規定の
多くは、社会経済的に劣位に立つ者に対する保護政策に基づくものであり、企業活
動の自由のためには女性の基本的人権が多少損なわれてもやむをえないという被告
会社の主張とは、まさに正反対の趣旨のものであって、これらの諸規定の故に憲法
一四条が合理的理由のない定年差別を許容しているという被告会社の主張は不可解
というほかない。以上のように性別を理由として労働条件について差別してはなら
ないことは、公の秩序として確立しており、これに反する労働協約、就業規則、労
働契約はいずれも民法九〇条により無効とされる。これは多数の判決の中で一貫し
て採用されてきた解釈であり、大多数の学説が以前から主張し支持してきたもので
ある。しかも、次に述べるように、両性の平等の原則は、否定することができない
ものとして個々人の人々の意識をとらえかつ変化させ、世論もこれを積極的に支持
して健全な社会通念と認めるに至っているのであって、性差別の禁止は名実ともに
公序となっている。
(2) 男女平等の実情
イ 社会の実態
 女子雇用者数が一〇〇〇万人を超え、雇用者総数に占める女子の割合が三分の一
に達し、女子雇用者中既婚者が過半数となったことを統計資料が示してから、すで
に相当年数が経過した。そして、女子雇用者の年令構成は、40歳以上層が全体の
三二・九パーセントを占め年々中高年女子の雇用者が増えているのである。昭和五
一年には、五五歳から六四歳までの女子の労働力率は四四・一パーセントに達して
いる。このような事実の背景には、四〇歳以上の女子の三分の一は夫と死別、離別
し、あるいは結婚せず、経済的に自立しなければならないか、場合によっては子の
扶養責任を負っている実情があり、病気の夫をかかえて一家の生計を維持しなけれ
ばならない女子も少くない。さらに近年の産業構造の変化とそれに伴う地域共同体
の崩壊並びに家庭の機能の変化は、社会経済的にもまた女子の側の精神生活の上で
も、女子が生涯職業を持ち続ける必要性を増大させてきたのである。このような社
会の実態を反映して、昭和四七年に実施された婦人に関する意識調査の結果による
と、女子雇用者の七五・一パーセントが勤めを続ける意思をもち、勤務をやめて家
庭に入りたいと答えた者は一〇・六パーセントにすぎなかった。勤務を継続したい
と答えた者の割合は、未婚者より既婚者が、また年令の高い者ほど高くなってい
て、五五歳から五九歳の年令層が最高であることが注目されるべきである。
 「夫は外で働き妻は家庭を守る。」という旧来の役割分担意識は、すでに右に見
たとおり社会の実態とかけ離れたものとなり、今や右の役割分担意識こそが女性に
対する差別の根源となっている。このような旧来の意識を変えることが、国際的に
も最も重要な課題とされ、日本政府もその課題のもとに教育をはじめとするあらゆ
る分野でその実行にとりかかっている。なお、被告会社は、男女差別定年制をとる
事業所が多数にのぼるというが、差別を設けている事業所は男女一律定年制の企業
よりはるかに少いのであって、しかも昭和四一年当時定年に男女差のある事業所が
二九・四パーセントであったのが、昭和四九年には二三・五パーセントに減少して
いるのであって、男女別定年制の是正が進んでいることに注目すべきである。
ロ わが国の動き
 わが国では、憲法一四条に性差別の禁止が明記され、公序として確立している
が、それを一層確実に保障するため国連を中心とする動きに積極的に参加して、男
女平等の実現を世界に約束している。昭和五〇年には総理府に婦人問題企画推進本
部が設置され、昭和五二年には国内行動計画が策定された。そして行政当局も、定
年差が例えわずかであっても女子であるということだけの条件で行なわれれば、不
当な差別であり是正されるべきであるとしている。なお、被告会社は、厚生年金の
受給年齢に男女差があることをもって、定年制の差別を公序良俗に反しないとい
う。しかし、厚生年金保険法は、福祉立法であって、救済の必要性を前提としてそ
の現実に合せて救済方法を定めるのであって、救済を必要とする現実を是認したり
否定したりするものではない。従って、厚生年金保険法の規定を理由に、差別定年
制の効力の如何を論ずるのは、本末転倒の議論である。
ハ 国際的な動き
 第二次世界大戦後成立した国際連合は、昭和二三年世界人権宣言を採択し性差別
の禁止がうたわれたが、長年の伝統や社会的条件に支えられた女性に対する差別は
残存し、これに対するより具体的な措置の必要性が認識されるようになった。そし
て昭和四一年には、世界人権宣言を条約化するものとして国際人権規約が採択され
た。同規約は、女子が男女に劣らない労働条件を保障される旨規定している。さら
に、昭和四二年国連で採択された婦人に対する差別撤廃宣言は、婦人に対する差別
は基本的に不正であって、人間の尊厳に対する侵犯であるとし、婦人に対し差別を
受けることなく働く権利を保障するとともに、出産や身体的特性に由来する婦人の
保護は、差別とみなされない旨明記している。そして、昭和五〇年メキシコ・シテ
ィーで開かれた国際婦人年世界会議は、それまでの性差別撤廃の原則をさらに前進
させた。すなわち、同会議で採択された国際婦人年世界会議宣言及び世界行動計画
においては、国の全面的な発展及び世界の福祉、平和のためには、婦人が男性と同
様にあらゆる分野に最大限に参加することが必要であり、そのためには、家庭及び
社会の中での両性の伝統的な役割分担を変える必要性を認識しなければならないと
されているのである。これらの文書で最も強調されているのは、働く権利は、すべ
ての人間にとって奪うことのできない権利であり、性別、婚姻上の地位、家族状況
及び家庭責任によって制限されてはならないという原則であって、退職に関する差
別があるべきでないことも明記されている。そして両性間の実質的な均等をめざ
す、過渡的な時期における積極的な特別の取扱は差別とみなされるべきではなく、
母性は社会的機能として十分な保護を受ける資格が与えられるべきであるとしてい
る。
(3) 被告会社の定年制の非合理性
イ 女子従業員の担当業務
 被告会社は、女子の担当業務は会社に対する貢献度の向上しない補助的業務であ
るとして、ことさらに低く評価する一方、男子の業務は長期間習熟すればする程貢
献度の高まる基幹業務であるとして、定年差別の理由付としている。しかし、女子
の担当業務の中にも、インテリア・デザイン、医療看護その他の専門的知識を要す
る業務が多数含まれており、また被告会社では女子を三級職以上の高い職級に付け
ているのであって、この一事だけでも被告会社の主張が事実に反することが明らか
である。それに、男子は基幹業務を担当しているというが、ベルト・コンベアー・
システムの導入以来直接部門の作業は、季節工やアルバイトでも担当できる機械的
で単純な業務が多く、四万七〇〇〇名の男子従業員の過半数が、このような補助的
業務に従事しているのであって、明らかに事実に反しており、差別の根拠は失なわ
れているのである。なお、被告会社は、吸収合併以前のプリンス自動車工業に比し
て女子を補助的業務に固定化しようとする傾向があるが、このような差別的な職種
配置をしている被告会社が、それを理由に差別定年制を設けることは信義則に反し
許されない。
ロ 賃金と労働のアンバランスの不存在
 被告会社は、労働の質量ともに向上のない女子についても、年功序列賃金を支給
しているというが事実に反する。被告会社は、昇給には一律分と査定分とがあり、
女子であっても毎年一律分の昇給を受けられるから年功序列賃金であるというので
あるが、右一律分とは、会社も認めるとおりベース・アップに相当するが、いうま
でもなく、ベース・アップとは物価上昇と生活費の増大等労働力再生産に要する費
用の増大に応じて賃金を増額するものであり、年功序列賃金とは何の関係もない。
しかも一律分といっても各従業員への配分は一律ではなく、女子に対しては低く押
えられている。被告会社は、男女従業員の賃金格差が全国の平均賃金の格差より少
いかのように主張しているが、比較の対象とした被告会社の男子従業員は、被告会
社が組合差別をして賃金を全国の男子の平均賃金さえも下まわるほどに低く押えた
全金プリンス組合員のみであるなど、極めて偏ぱなものであって信用できるもので
はない。被告会社は、昇給のうちの一律分を約六割としてベース・アップを最近の
インフレーションに追随しえない低い水準に置き、他方で昇給の四割以上という大
きな部分を、職務、技能、成績の査定による考課分としているのであるから、会社
に対する貢献度と賃金のアンバランスが生じるはずがないのであって、このこと
は、女子従業員の賃金の実際をみれば明らかといわねばならない。なお、被告会社
は、男子労働力を確保するには、補助的業務に従事する男子についても他の男子と
一律に賃金や定年を定める必要があるというが、このような理由を付加したところ
で、女子について賃金と労働のアンバランスが存在しないことに変りはなく、定年
差別の根拠とならない。そもそも、労働者の募集の難易という専ら企業側の事情や
利益によって性差別が合理化されることは、性差別の禁止が公序である以上認めら
れるはずがない。
ハ 定年制に関するその他の事情
 被告会社は、女子の定年を五〇歳と定めるについて、①、女子は五〇歳となれば
労働能力が著しく減退し従業員として不適格であること、②、高齢女子従業員の数
及び、③、他の企業の定年制の実情を勘案したというが、右②及び③については、
近年中高年女子労働者の数が著しく増加しており、定年差別をしない事業所が圧倒
的多数を占めることを無視しているのである。また①についても、そのように判定
する根拠は存在せず、女子は、男子と同じく満六〇歳となっても、なお十分な労働
能力を有し、従業員としての適格を有するものである。すなわち、そもそも労働能
力に影響する諸要素は、知識、経験、体力、精神状態等の多方面にわたり、また職
種によっても前記各要素の与える影響の度合は全く異る。女子と男子との間には若
干の体力差はあろうが、被告会社の女子の大半は、体力の労働能力に及ぼす影響が
それほど大きいとは考えられないような一般的事務等に従事していたのであって、
高齢となってもなお十分に業務に適応できるのである。
 以上のとおりであって、定年年齢を差別する会社の定年制は公序良俗に反し無効
で、P5は、今なお被告会社の従業員としての地位を有するものである。
(二) 附帯控訴(未払賃金等の請求)の請求原因等
1 被告会社は、昭和四四年二月以降P5に対し賃金及び夏季冬季の一時金を支払わ
ないが、P5は、大正八年一月一五日の生れで昭和五四年一月一五日に満六〇歳に達
し、同月末日までは被告会社の従業員であるから、右未払賃金及び一時金の支払を
受けることができる。
2 昭和四四年一月当時のP5の賃金は月額四万七三一八円であった。被告会社は、
毎年四月賃金額を改訂するが、昭和四四年から同五二年までの毎年四月における賃
上額の全社平均(賃上げ総源資額を従業員総数で除して得られる額)は、それぞれ
別表①の年度欄に対応する平均賃上げ額欄記載のとおりである。P5が定年を理由に
解雇されていなければ、同人の年令、勤続年数をもってすれば、右各年度に少くと
も右平均賃上げ額を下らない賃金改訂を受けられたはずであり(ちなみに被告会社
発表による各年度における平均賃金額、年齢、勤続年数は、同別表の平均賃金等欄
記載のとおりである。)、これを加算して得られる改訂後の賃金月額は、同別表の
1か月賃金額欄記載のとおりとなり、従って各年度の年額合計(ただし昭和五二年
度は八月分まで)は、同別表の年間賃金額欄記載のとおりとなる。
3 被告会社は、毎年七月に夏季一時金を、一二月に冬季一時金を支給するが、昭
和四四年から同五二年までの一時金支給基準は、それぞれ別表Ⅱの年欄及び夏、冬
欄に対応する一時金支給基準欄記載のとおりであり、右支給基準に基づく各季の一
時金計算の算式は、同別表の備考欄記載のとおりである。右支給基準及び算式を、
前記のP5の改訂賃金額にあてはめて、同人が受けられたはずの各季の一時金額を算
出すると、同別表のP5の一時金額欄記載のとおりとなる。
4 よって、P5は、被告会社に対し、昭和四四年二月一日以降昭和五二年八月末日
までの未払賃金合計一〇二二万五六一八円と昭和四四年から昭和五二年七月までの
未払一時金合計四七九万四〇八四円の総合計一五〇一万九七〇二円並びに昭和五二
年九月以降昭和五四年一月まで毎月二五日限り賃金月額一六万一九三八円の支払を
求める。
5 時効の抗弁に対する反論
 P5は従前から雇傭契約存続確認の本件訴えを提起しているが、この訴えは雇傭契
約から生ずる個別的権利の実現のための手段としての性質を有し、賃金請求の訴え
を提起しないからといって権利の上に眠っているわけではない。それ故本件訴えの
提起とその遂行は、雇傭契約の存続を前提とする賃金債権の催告としての性質を有
し、時効を中断する効力を有するものである。しかもなお、P5は、昭和四四年一月
二四日東京地方裁判所に従業員たる地位の保全のほか同年二月以降の賃金の仮払を
求めて仮処分を申請し(昭和四六年四月八日申請棄却判決、同四八年三月一二日控
訴棄却の判決)、また昭和四八年四月一四日にも同裁判所に同旨の仮処分を申請し
(昭和四九年四月四日申請却下決定、同年一二月九日抗告棄却の決定)ている等、
本案とは別個の手続で賃金につき裁判上の請求をしていることも考慮すべきであ
る。
3 被告会社の陳述
(一) P1、P4、P2及びP3について
(1) P1ら四名の整理解雇の有効性
 そもそも会社は、人員整理基準のうち特に8「配置転換困難なる者」と1「工場
秩序を乱す者」に重点を置いていた。本件の国電スト参加のための職場放棄と無断
ビラ張りは、いずれも組合活動と無関係な政治活動であり、このような活動を工場
内で堂々と実行することを正当化する理由は全く存在しない。それ故人員整理に当
って工場秩序を乱す者として整理の対象者とされるのは当然のことである。P1ら
は、会社の考課表についてしきりに批難するけれども、考課表を離れても整理基準
に該当する事実が現に立証されているのであるから、右非難はあたらない。
 原判決は、昭和二四年七月三〇日の職場放棄とその指揮扇動並びに同年八月六日
及び八日の職場放棄と業務妨害について、事実関係を概ね被告会社の主張どおり認
定しながら、右職場放棄等の動機は、会社の給料の遅払及び未払にあり、むしろ会
社に責任があるから解雇理由とはならないと判示した。しかし、当時の経済情勢の
下では、会社側で如何に努力しても給料を支払う資金を獲得できない一方、従業員
については復職同盟の力に押されて仕事もないのに過大な人員を採用させられてい
た状態であって、このような状況下で会社に賃金を支払えと要求するのは無理難題
を吹きかけるに等しかったのである。それにもかかわらず、会社側職制をつるしあ
げるほどの強硬な態度をとり、職場放棄と業務妨害をしてかえって遅払、未払の原
因をつくったのは、工場秩序を乱す最たるものといわざるを得ない。よって右職場
放棄等の事実も解雇の理由に加えられるべきである。
(2) P4の訴え変更後の請求について
 請求原因(1)の事実は、P4の入社の日を認め、その余の事実は争う。同(2)
及び(3)の事実を否認する。
(二) P5について
(1) P5の整理解雇の有効性
 原判決は、P5が人員整理基準の1「工場秩序を乱す者」に該当しないと判断して
いるが、同人の昭和二四年八月八日の職場放棄及び業務妨害は、その動機、目的、
態様及び組合との関係などからみて、決して軽微な秩序違反にすぎないものでな
く、又同人の無断ビラ張りにしても明らかな政治活動であって、工場内において許
されるはずがなく、このような秩序違反をした者を整理の対象とすることは十分な
理由がある。さらにまた、P5を整理の対象とした第一の理由は、整理基準のうちの
8「配置転換困難なる者」及び9「業務縮小のため適当な職なき者」に該当したか
らである。すなわち、同人は、トレース工としての経験は長かったが、検査工に配
置転換されてから解雇されるまでの経験が二か月と短く、経験及び熟練度からみて
検査工中技能が最も劣り、それ故に整理基準の9に該当する余剰人員とされたので
あり、他の職場も全て人員整理をしていたので、配置転換も不可能であったもので
ある。
(2) 被告会社の定年制の有効性
イ 男女差別と公序良俗
 被告会社は、男女で五歳の差を設ける定年制を昭和二三年からすでに設けている
が、労働組合はもとより従業員各個人もこれを承認して、とやかく異議を申し立て
ることがなかった。それをP5一人が争ったからといって、そのためにこれを公序良
俗違反とするのは、常識的にみて納得し得ない。原判決は、労働基準法三条及び四
条、憲法一四条の趣旨から、性別のみを理由に合理的理由のない差別をしてはなら
ないことは、公の秩序として確立しているという。しかし、労働基準法自体が、六
七条生理休暇、六一条女子の時間外休日勤務の制限、六二条深夜業の禁止のような
合理的理由のない男女差別をしているのであって、同法を根拠にすることは自己矛
盾であり、同法三条及び四条は、その文言よりみて、賃金以外の労働条件について
女子を男子より不利益に取扱うことを禁止していないことは明らかである。さらに
法の下における男女差別を禁止した憲法一四条そのものが、厳格な意味での男女平
等取扱を要求していないことは、合理的理由のない前記労働基準法の諸規定や、根
拠の不明確な各種の男女差別規定(婚姻適令ー民法七三一条、老齢年金の受給資格
ー厚生年金保険法四二条、遺族年金等の受給資格ー国家公務員共済組合法八九条、
恩給法七四条等)が違憲無効とされないことからも明らかである。それ故労働基準
法も憲法も、労働条件の合理的理由のない男女差別を全て無効とする根拠とはなら
ず、このような差別の効力は、ひとえに民法九〇条の公序良俗違反に当るかどうか
によるといわねばならない。そして、契約関係における基本的人権の制限は、それ
が契約関係本来の目的からみて著しく不合理であり、憲法が人権を保障する精神そ
のものを否定するようなものであってはじめて、国民感情に照して反道徳的、反社
会的なものと評価され、民法九〇条によりその効力が否定されるのである。このよ
うに民法九〇条に該当するかどうかは、その時々における国民感情のいかんによる
のであって、この点の判断を省略して合理的理由のない男女差別の全てを公序良俗
に反するという原判決は、法の解釈を誤ったものである。
ロ 被告会社の定年制の民法九〇条非該当性
 被告会社の定年制は、もと男子五五歳、女子五〇歳であったが、昭和四八年四月
一日就業規則五七条一項を改正して、それぞれ六〇歳、五五歳に変更した。それ故
P5は、右変更前の定年制の適用により昭和四四年一月三一日(P5五〇歳時)、仮
に変更前の定年制が無効であるとすれば変更後の定年制の適用により昭和四九年一
月三一日(P5五五歳時)解雇されたものである。従って、同人との関係では、右適
用時を基準として、その当時の国民感情に照して右定年制が公序良俗に反するかど
うかが判断されねばならない。この観点から被告会社の定年制を考察すると、以下
のとおり国民感情に反し反社会性を有するとはいえない。
① 社会の実態からの非該当性
 昭和五〇年に実施された世論調査によると、職場における男女の不平等取扱につ
いて、やむを得ないとする者が四九パーセントと約半数、当然だとする者が一四パ
ーセントで、大多数のものが肯定する傾向にある。昭和四七、八年の労働組合幹部
の意識調査では、「夫は外で働き妻は家庭を守る」という伝統的考え方が支配的
で、職場における男女較差の解消には大多数が否定的であり、定年制についても、
女性が五歳ほど若くてもよいとする者が一五・五パーセントにのぼる。そして昭和
四五年当時の調査によると、男女別定年制を設ける事業所数が一万九九二にのぼ
り、そのうち男五五歳、女五〇歳とするのが圧倒的多数を占めていた。右のように
多数の事業所が男女別定年制を設けているのは、それが大多数の国民感情に反しな
いからというほかはない。以上のほか、結婚した女子は常に家事のために勤務をな
おざりにし、職場においてマイナスの存在といわれている。被告会社の定年制に該
当する女子もまた、右の声によれば職場でのマイナスの存在となるのであるから、
五〇歳で退職するのは何ら国民感情に反しないのである。
② 行政当局の見解より見た非該当性
 昭和四〇年九月一五日第一刷、同四三年二月二五日改訂増補第二刷として発行さ
れた労働省婦人少年局編集「改訂女子の定年制」中には「男女定年に五歳程度の差
異があってもそれを不可とするほどの根拠は見出し難い。」と述べられてある。さ
らに昭和五二年六月に労働省婦人少年局が発表した「若年定年制、結婚退職制等改
善年次計画」によると、年次計画の最終段階として「昭和五五、五六年度において
は、男女別定年制のうち、女子の定年制が五五歳未満のものの解消を図る。」とさ
れている。これによっても、男子五五歳、女子五〇歳とする変更前の被告会社の定
年制すら現在においても大多数の国民感情に反しないことが証明される。まして現
在の被告会社の定年制は女子五五歳であるから、右の年次計画の対象にも含まれ
ず、なおさら国民感情に反しない。
③ 立法面より見た非該当性
 定年齢に関するわが国の立法は見当らない。しかし、厚生年金保険法四二条は、
老齢年金の受給資格について男女間に五歳の差を設けているが、この規定が合理的
理由もないのに現在も維持されているのは、大多数の国民感情に反しないからであ
る。従って、会社の定年制のように男女間に五歳の差を設けるのは、同様に大多数
の国民感情に反しないというべきである。昭和二八、九年の同法制定当時の立法者
の念頭には、女子について差別的な定年制を設けている企業の多いことがあったと
いわれているが、そうだとすれば、同法は、当時多かった男子五五歳、女子五〇歳
の定年制を公序良俗に反しないものと是認しているといえる。もしこのような定年
制が公序良俗に反するなら、そのような定年制を前提に立法が行なわれるはずがな
い。
④ 国際的視野から見た非該当性
 女子に保護規定がある以上、男子との間に平等扱を要求するのは無理であるとす
るのが少くとも先進国の考え方であって、わが国もそれに含まれる。これも被告会
社の定年制が国民感情に反しない裏付である。
⑤ P5個人の関係からみた非該当性
 P5は、男女差別定年制は、現在五〇歳台に達している多数の戦争のための独身女
性にちょうど適用されることとなり、これらの人々の生活を破壊すると主張する
が、P5は、夫もあり夫は就職しているのであって、P5個人の関係からは被告会社
の定年制を争う実質的根拠は何もない。さらにいえば、P5もその一員である全金プ
リンス自工支部の女子組合員は、被告会社の就業時間の変更に伴い子の保育に障害
があるとして、時差勤務、遅刻早退の特別扱を要求し、現にそのうちの過半数が毎
日時差勤務等をしている。全日産自動車労働組合の女子組合員は、過去にこの特例
を受けた者がわずかにいたが現在は皆無であって、右の全金プリンス女子組合員は
同僚の女子に比較しても欠陥のある勤務をしているのである。P5は、被告会社に右
の特例扱を要求しているのであって、このような要求をしながら他方で定年上の男
女平等を要求することは、信義に反しそれこそ大多数の国民感情にそぐわないもの
である。
ハ 被告会社の定年制の合理性
① 女子従業員の担当業務
 被告会社の全ての業務は、高度の技能や長い経験を必要とし長期間習熟すればす
るほど会社に対する貢献度が高くなる業務、すなわち基幹業務と、入社後比較的短
期間に習熟し会社に対する貢献度が向上しない業務、すなわち補助的業務に大別さ
れる。女子は、個々的にみて基幹業務を処理しうる能力があるにしても、労働基準
法によって就業につき各種の禁止(例えば危険有害業務、重量物の取扱い)があ
り、また業務の中断が男子に比し多い(例えば深夜、休日勤務の禁止、生理休暇、
産前産後休暇、育児時間、時間外勤務の制限等によって)。さらに現実に勤続年数
が極めて短い。このような事情から女子を基幹業務につけると重大な支障混乱が生
ずるので、補助的業務につけざるを得ない。そこで基幹業務を担当する女子は、極
く少数の例外となる。ところで補助的業務にも直接生産工程にたずさわる直接部門
とそうでない間接部門とがあるが、重工業である被告会社では、補助的業務であっ
ても直接部門では筋力を要する作業が多く、これらは男子にしか担当させられな
い。又直接部門では、交替制による深夜業はもとより毎日一ないし二時間の時間外
勤務と月一回程度の休日勤務を内容とする被告会社でいう計画残業を伴っているの
で、これも男子にしか担当させられない。そこで、女子に担当させるのは、間接部
門の補助的業務、すなわち、一般的事務、タイプ業務、キーパンチ業務、電話交換
業務、製図業務などと、例外的に女子でも相当可能な軽易な直接部門の業務、例え
ば倉庫における生産資材、工具類等の管理業務などに限られる。もっとも極く少数
の男子が女子と同じ補助的業務を担当しているが、これも全く特殊な事情による例
外的現象にすぎない。
② 賃金と労働のアンバランス
 被告会社の賃金体系は、いわゆる年功序列方式と職務遂行能力に応じたいわゆる
職務給方式の双方を併用している。すなわち被告会社における賃金の昇給は、一律
分と職務、技能、成績の査定による考課分とがあり、その割合はほぼ三対二であっ
て、一律分が世間でいうベース・アップに相当する。そこで女子も毎年昇給があり
年々賃金が増加するのであるが、業務の方は女子の担当するのが経験と熟練とを必
要としない補助的業務であるから、入社後一定の時期を経ると毎年同じような作業
を繰り返すだけとなり、労働の質量とも向上がなくなってしまう。そこに賃金と労
働のアンバランスが生ずる。これが定年年令に差を設ける根本の理由であって、被
告会社としては女子についてはなるべく若干の定年年齢を定めた方が得策である。
これに対し男子の場合も補助的業務を担当する者があるが、男子は男子にしてはじ
めて可能な業務を担当しているし、現在は補助的業務を担当していても勤務成績の
如何によって将来、組長、係長等基幹業務を担当する可能性を有しているので、男
子の労働は女子のそれに比較して労働の質量ともに格段の差があり、会社に対する
貢献度においても優れているのである。そこで男女間の賃金の昇給度合にも差があ
るが、しかし男女間の賃金較差は他企業に比較して極めて少い。又男子の場合高度
の技術や長い経験を要しない業務につかせる場合でも、他の男子と同様に年功序列
型賃金を支給しているが、それは一律にしなければ良質の男子労働者を大量に得ら
れないという日本社会の実態がそうさせているのである。女子についてはそのよう
な事情がない。そして、男子は一家の大黒柱として生計を維持するのが一般である
ので、女子に比較して雇傭期間を長期にすることが要請されるのである。これに対
して、女子は、定年が問題となる年頃は、普通は母性として夫の生活扶助者として
家庭で就業する地位にあるものであるから、働かなくとも家庭にいてもよいという
事情にある。
③ 定年制に関するその他の事情
 被告会社は、以上の事情から女子についてはなるべく若年の定年年令を定めた方
が得策であるが、しかしできるだけ男女の定年年令差を少くしようと配慮し、
(イ)女子が五〇歳になれば労働能力の減退が著しく従業員として不適格になると
認めたこと、(ロ)女子で五〇歳を過ぎてまで勤務する者は殆んどいないこと、
(ハ)他企業の定年年令を調査したところ、男子五五歳、女子五〇歳と定める例が
多く常識的といえること、以上三点から女子の定年を五〇歳と定めた。しかして、
右(イ)から(ハ)までの事情は、本来もっと若年の定年を定めてしかるべきとこ
ろを、できるだけ男子の定年に近ずけるため参考にした事情にすぎないから、これ
らの事情について合理的かどうかを検討しても意味のないことであり、原判決はこ
の点でも誤っている。
(3) P5の附帯控訴(未払賃金等の請求)について
イ 請求原因事実に対する答弁
 請求原因1の事実のうち、被告会社がP5に対し昭和四四年二月以降の賃金及び一
時金を支払わないこと、P5が大正八年一月一五日生れで昭和五四年一月一五日満六
〇歳に達することを認め、その余は争う。
 請求原因2及び3の事実を否認する。
ロ 時効の抗弁
 賃金請求権の時効期間は二年であるところ(労働基準法一一五条)、附帯控訴が
提起されたのは昭和四八年九月一一日である。従って昭和四六年九月一〇日以前の
賃金については仮に一旦請求権が成立したとしても時効により消滅している。
三 当事者の立証《省略》
       理   由
一 雇傭契約の締結、解雇等
 次の事実は当事者間に争いがない。
 富士産業株式会社は、その前身が中島飛行機株式会社であって、全国に計一七の
工場又は事業所を有し、その一である荻窪工場においては、エンジン、映写機、ミ
シン等の製造をしていたが、昭和二五年七月一三日富士精密工業株式会社が設立さ
れると同時に、同会社に右荻窪工場の営業を譲渡し、同工場の従業員に対する雇傭
関係も、同会社に承継された。同会社は、昭和三六年二月二七日商号をプリンス自
動車工業株式会社と変更したが、その後、被告会社は、昭和四一年八月一日プリン
ス自動車工業株式会社を吸収合併し、同会社従業員に対する雇傭関係を承継した。
P1は、昭和二一年三月一二日富士産業株式会社に雇傭され、荻窪工場工作課第四職
場に所属して仕上組立工(ブロック長)であったものである。P4は、同年二月一日
同会社に雇傭され、右職場に所属してターレット旋盤工であったものである。P
2は、同年同月同日同会社に雇傭され、右職場に所属してフライス工であったもので
ある。P3は、昭和二〇年一二月二日同会社に雇傭され、右職場に所属しターレット
旋盤工であったものである。P5(旧姓○○)は、昭和二一年一月二八日同会社に雇
傭され、技術課検査係に所属し検査工であったものである。そして、富士産業株式
会社は、昭和二四年一一月五日原告らに対し、同月一二日限り人員整理のため解雇
する旨の意思表示をした。
二 人員整理の必要性
 いずれも成立に争いのない甲第一〇二号証、乙第一、第二及び第三号証並びに第
一九及び第二〇号証並びに原審における承継前被告プリンス自動車工業株式会社代
表者P15本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、この認定を左右すべき証
拠はない。
 富士産業株式会社の各工場は、企業再建整備法に基づく企業再建整備計画によ
り、それぞれ独立の会社となることが予定されていたことから、昭和二二年五月以
降独立採算制をとってきた。荻窪工場もその一つであって、同工場では当初主な生
産品目であった漁船用発動機に予期以上の好成績を獲得し、鉄道車輛用切削工具に
おいても業界の好評を得ていたが、昭和二三年春の税制改正以降購買力の減退のた
め、まず漁船用発動機の売行が不振となり、売掛金の回収が困難となって工場の経
営は悪化しはじめた。そこで経営悪化を防ぐため受註生産に方式を変更して売行と
入金の確実をはかったが、受註量が工場の規模と見合わず、受註品の種類が多く生
産が右の変更に即応できなかったこと、昭和二三年七、八月の争議で生産が停滞し
たこと、さらに経済界の状況が経済三原則等の実施を転機として急速にデフレ化し
金詰りが深刻となったことなどが重って、昭和二三年一〇月には工場は赤字経営と
なり、訴外日本興業銀行からいわゆる赤字融資を継続的に受けなければならない事
態となり、同年一一月から給料の遅払が始った。翌二四年もこのような事態が続い
て、同年三月ドッジ・プランが発表されると共に財政の均衡をはかるため政府予算
が大幅に削減され、工場の主要生産品目である鉄道車輛用工具は受註皆無の状況と
なった。工場では、同年三月三一日経理状態を白書の形で組合に説明し、賃金引下
げなどの協力を求めたが、その後も工場の経理状態はさらに悪化して、賃金の遅払
もますますひどくなり、同年九月末頃には、生産が停滞する一方で、未払金が約二
三〇〇万円でそのうち賃金の未払が約五六〇万円にのぼり、その他に借入金が約三
〇〇〇万円あって、そのままでは金融機関から続けて融資を受けることができない
状態に立ち至った。そこで、同年九月末頃ついに、経営規模を縮小して企業整備を
するほかなくなり、注文の見通し、採算、金融を受けうる限度の三点から検討して
整備計画をたて、工場の再建をはかる上で必要な職種、工員、間接員を定めてその
余の余剰人員を整理することとし、同工場の当時の従業員七四二名のうち約二三〇
名を整理の対象とすることとしたうえ、結局原告らを含む一九八名を解雇すること
となったものである。
 右認定の事実によれば、本件人員整理は、企業の経営維持のため必要やむを得な
いものと認められる。原告らは、解雇の手段をとらなくとも希望退職を募集するこ
とにより人員を減らすことができたし、解雇の翌年には新規従業員を採用したこと
からみても人員整理の必要がなかったのであるが、あえて解雇したのは原告らを排
除するためであったと主張するけれども、右に認定した当時の経済情勢及び会社の
経営状況からみると、多数の人員整理を早急に行うことが必要であったものと認め
られ、その方法として希望退職によれば迅速かつ円滑に目的を達することができた
とも認められないので、右主張は採用することができない。
三 被整理者の選定、整理基準及び考課表
  前掲乙第三号及び第一九証、いずれも成立に争いのない甲第一一二号証及び乙
第六号証の一から一一まで並びに弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第七号証の
一及び三によれば、次の事実が認められ、この認定を動かすべき証拠はない。
 荻窪工場では、昭和二四年九月末頃から被整理者の選定作業に入った。それは、
会社整備計画から算出された余剰人員数を、整理後の配置転換等を考慮に入れなが
ら各職場に割当てて確定すると共に、人員整理基準として、(1)工場秩序を乱す
者、(2)会社業務に協力せざる者、(3)職務怠慢なる者、(4)技能低位なる
者、(5)事故欠勤多き者、(6)出勤常ならざる者、(7)病気による長期欠勤
者、(8)配置転換困難なる者、(9)業務縮少のため適当な職なき者、(10)
その他経営効率に寄与する程度の低い者という一〇項目を定め、これに該当する従
業員を必要人員数だけ整理することとしたものであった。そして従業員各個人につ
いて、整理基準の該当の有無を調査し、職場内での序列を付するために、各課長及
び各職場長をして、その前約半年ないし一年間の勤務成績に基づき所属の全従業員
について考課表を作成させた。右考課表においては、右整理基準に対応する考課項
目、すなわち、職場規律、業額に対する協力性、作業に対する努力、技能、勤怠、
健康状態、応用力、職場における重要度、総評の九項目にわたり、各従業員につい
て、丙を普通として甲乙丙丁戊の五段階による採点をし、この考課項目の採点低位
の者が、いずれも整理基準の対応項目に該当する者とされ、職場内での相対的評価
により順位の序列が付されたものである。そして整理基準の(1)工場秩序を乱す
者には、全従業員のうち二五名の該当者があるとされたが、工場では秩序の維持を
最も重視して右基準に該当する者を各職場において原則として序列として最下位に
あるものとし、解雇することとした。原告らは、いずれも右の工場秩序を乱す者と
されたのであって、P1は工作課第四職場の一六九名中の一六三位、P4は同一六一
位、P2は同一五八位、P3は同一六二位、P5は技術課の七三名中七一位の序列が付
されている。原告らは、他の整理基準にも該当すると評価されているが、その内容
は、基準の(2)会社業務に協力せざる者にはP4、P2、P3及びP5の四名が、基
準の(3)職務怠慢なる者及び(4)技能低位なる者にはP1、P2及びP3の三名
が、基準の(8)配置転換困難なる者にはP1、P4、P3及びP5の四名が、基準の
(9)業務縮少のため適当な職なき者及び(10)その他経営効率に寄与する程度
の低い者には原告ら全員が該当するというものであった。
 以上のとおり認められる。原告らは、前記考課表等は不当労働行為をおおいかく
す口実で客観性を欠くと主張するが、原告らの整理基準該当の有無は、工場側の評
価を記載したにすぎない右考課表のみで立証されるものではないから、本訴におい
てはさらに進んで整理基準に該当するかどうかを具体的に証拠によって認定するこ
とになるのであり、考課表の記載の信用性自体が主要な証明主題となるものではな
い。さらに原告らは、被告会社主張の整理基準該当事実の一部でも認められない場
合は、職場内の序列が大幅に変動するので、解雇理由が失なわれると主張してい
る。しかしながら、人員整理をされたのは、従業員七四二名中一九八名と多数にの
ぼり、《前掲甲第一一二号証》によれば、その中にはP1ら四名が所属していた工作
課第四職場の場合前記整理基準の(2)、(9)及び(10)に該当するだけの者
などが含まれていたことが認められるから、被告会社主張の整理基準該当事実の一
部が認められない場合でも残る一部が認められる場合は、右の人員整理をされた者
に比較して序列が上位にあるのでない限り、整理解雇されるのはやむを得ないもの
といわなければならない。なお整理基準の(8)は「配置転換困難なる者」と、
(9)は「業務縮少のため適当な職なき者」とあって、従業員を配置する職務の有
無の観点による表現となっているが、配置転換もせず人員の全部を解雇した職場は
なかったのであって、人員が減少する職場でも右のような基準により解雇される者
と基準に該当しないものとして残留する者があったのであるから、右の基準に該当
するかどうかは、従業員の能力等を残留者との間で相対的に評価して判断する他な
いものと考えられる。
四 人員整理基準該当事実の有無
1 工場秩序を乱す者との基準について
(一) 昭和二四年二月一一日の職場デモの指揮扇動(P4及びP5につき)
 前掲甲第一〇二号証、いずれも弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第二六号
証、第四〇及び第四一号証、第四七号証から第五〇号証まで並びに乙第九号証の一
及び二(乙第九号証の一及び二はその一部分)、並びに原審における相原告P6及び
P8(P8は第一回)並びにP1(第一回)、P4及びP5(第二回)の各本人尋問の結
果によれば、次の事実が認められ、この認定に反する乙第七号証の三及び四、第八
号証の三、第九号証の一及び三並びに第一九号証の記載は措信することができな
い。
 当時の荻窪工場従業員の賃金は、固定給と生産高に応じて算定される生産報奨金
とからなっていた。昭和二三年八月の賃上げ争議の結果、固定給が四五〇〇円、生
産報奨金の見込額が一五〇〇円となったが、同年秋から生産が落ちこみ生産報奨金
が見込みどおりの額とならなかったり、又目標通りの生産が達成されても資金繰り
がつかず賃金が全額支払われない事態が生じた。当時激しいインフレ下にあった従
業員は、生活不安から賃金の全額固定化を要求し、組合もこれをとりあげて昭和二
四年一月工場に対し平均七五〇〇円の賃金を保証することを要求した。これに対し
工場は、同年二月九日、一月分は固定給四五〇〇円に一〇〇〇円の前貸をする。二
月は七五〇〇円を保証する、三月以降は生産の状況により決めるとの回答を出し、
翌一〇日組合の執行委員会はこれを受諾する意向であったが、職場委員が参加する
拡大委員会では賛否両論に分れ結論が出ず、翌日各職場で大会を開いて委員会の状
況を報告し、各職場の意見を徴することとした。工作課第二職場では、同月一一日
朝職場大会が開かれたが、組合員は、工場の回答及びこれを受諾しようとする組合
執行部に対し強い不満を示し、工場幹部から三〇分以内に閉会するよう命じられた
にもかかわらず、これを拒否してほぼ二時間にわたって大会を開いた。この間、当
時の組合の執行委員であったP4とP5は、執行委員会等の状況の報告を求められて
右大会に出席したが、組合員を扇動したりしたことはなく、すでにその頃第二職場
の組合員P16から工場内をデモしようとの提案が出されており、前記の不満等から
第二職場の組合員全員の決議でデモが実行に移された。右デモは、当時職場大会中
の工作課第一職場や就業中の同課第三、第四職場内に入るなどして約三〇分間続け
られたが、右第一、第三及び第四職場は同調しなかった。P4及びP5の両名は、右
デモに参加したがいずれも途中でデモから離れ組合事務室に戻っている。
 右認定の事実によれば、第二職場組合員とP4、P5らは、組合の機関決定によら
ずに工場内をデモしたものであって、正常な組合活動とはいえないけれども、《証
拠略》によると、当時すでに賃金の遅払が激しくなって、昭和二四年二月組合は工
場を労働基準法違反として検察庁に告発したほどであり、そのうえに、前記工場側
の回答で同年一月分の賃金水準自体が従前より低下せしめられる事態となったので
あるから、生活を維持する上での組合員の危機感が高まるのは当然であって、この
ような状況下において有効な解決能力を欠く工場及び組合員の納得できる措置をと
らない組合執行部に対して激しい不満が表明され、それがデモに発展したのは、自
然の成行であって無理からぬところがあり、これを一般の工場秩序違反と同列に取
扱うのは相当でないといわねばならない。現に、右デモに参加した第二職場組合員
全員が工場秩序を乱す者とされたわけではないのである。そうとすると、本件デモ
に関しては、P4及びP5の両名について、使用者として通常直ちに解雇の理由とし
てとりあげる程度の行為を認めることができず、整理基準に該当しないものといわ
なければならない。
(二) 昭和二四年六月一〇日の国電ストライキ参加のための職場放棄(P1、P
4、P2及びP3につき)
 前掲乙第一九及び第二〇号証、いずれも成立に争いのない甲第一八号証及び乙第
三七号証(乙第三七号証は原本の存在も争いがない。)、いずれも弁論の全趣旨に
より成立を認めうる甲第二六号証、第三五号証、第六〇号証(以上いずれもその一
部分)、乙第七号証の四、第八号証の一、二、五及び六並びに第一〇号証、当審証
人P11の証言(一部分)並びに原審におけるP1(第二回)、P4、P2及びP3(第
二回)(以上いずれもその一部分)、当審におけるP2及びP3(いずれも一部分)
の各本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。甲第二六、第三〇、第三三
及び第三四号証の記載、当審証人P11の証言並びに原審及び当審におけるP1、P
4、P2、及びP3の各本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右
認定を左右するに足る証拠は存しない。
 昭和二四年六月一〇日国電ストに際し、荻窪工場の組合の執行委員会は、国鉄労
組が行政整理等に反対して闘うことに対しては同じ労働階級として充分に理解し応
援するが、国鉄には公益性がありストを行う場合には一般の支持を得なければ効果
はないので慎重を要し、抜打的なストを行うについては国鉄労組の自重を要望する
との態度を決定し、工場の組合員に対しても個々に動揺したり行動することを避
け、執行部の指示に従うよう指導していた。これに対し、日本共産党富士荻細胞の
メンバーであったP1、P4、P2及びP3は、右国電ストの勝敗が直接自己の労働者
としての地位、生活に影響するものであり、右ストを応援することが平和と民主主
義を擁護するため必要であるとの政治的信念に基づいて、前記組合の指導に反して
工場を早退して応援に参加しようとし、P3が代表となって当日朝八時半頃まず工作
課第四職場のP12職場長に対して早退の許可を求めたが、同人から拒絶され、同職
場長が上司と連絡のため席をはずした間に、さらに同職場長附P10に同様の許可を
求めたが、同人は、P3と種々論議の末、家事都合等必要やむをえない理由による帰
宅の申請以外は職責上許可できないと諭して拒絶した。そこでP3は、P12職場長名
義の出門許可証を偽造して出門することとして、当時P3らの行動に同調していた事
務員のP11と相談のうえ、正当な許可があったようにみせかけるため早退の理由を
許可を得やすい帰宅と記載したうえ、P11がかねて保管していたP12職場長の印を
出門許可証に押捺させてこれを作成したが、この事情については、P1、P4及びP
2も承知していた。そして、P1ら四名は、同日午前九時半頃右出門許可証を使用し
て早退出門し、国電ストライキの応援に向ったが、その際P3は、第四職場通路床上
に白墨で「吾等日本共産党富士荻細胞は国電スト応援のため職場を放棄す」と大書
した。
 原告らは、同人らの所属する第四職場では国電スト支援の決議が行なわれたと主
張し、当審においてP3は、スト支援のための早退は右決議の実行であり義務付けら
れていたと供述するけれども、(前掲乙第三七号証)によると、同人は、昭和二六
年三月二〇日の本人尋問の際はそのように供述せず、かえって国電ストを支援した
行為は組合活動ではなく、P1ら以外の他の従業員に対し職場放棄をするよう誘った
こともない旨述べていたのであり、また組合の態度は前記認定のとおりであって、
P1ら四名の行動が組合活動や第四職場組合員の総意に基づくものでなく、同人ら独
自の政治活動であったことが明らかである。次に、原告らは、当時賃金の遅払が激
しく工場では労働者がその支配から脱けていくのを批難することができない状態に
あり、P10職場長附も早退を厳しくチェックせず、早退の理由をスト応援から家事
都合に変更すれば許可するというので、そのように変更して同人から許可を受けて
出門許可証に同人の押印を受けたのであって、P12職場長名義の許可証は、P1らを
陥し入れるために提出された虚偽の書証であると主張する。しかし、P3は、前記本
人尋問の際は、明確に出門許可証にP12職場長の印が押された旨を供述していたの
であり、その後も誰一人としてP1らの出門許可証にP10職場長附が自己の印を押し
た旨供述しているものはないのであるから、右主張は採用できない。さらに、前掲
甲第三〇号証及び弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第二〇号証によると、当時
の賃金遅払の程度ははなはだしく、従業員も生活維持のため会社を休んだり任意退
職したりする者が増え、昭和二四年五月の一日当りの平均休暇取得者欠勤者は出勤
者の七・五パーセント、月間の退職者二〇名、六月のそれは一一・五パーセント、
二一名という状態であったこと、そのため工場が右のような生活維持のための必要
やむを得ない欠勤を許可していたことが認められるが、前掲甲第一〇二号証及び乙
第一九号によると、工場従業員いずれの立場においても、賃金遅払ー欠勤増加ー生
産減退ー賃金遅払という悪循環を断ち切る必要があって、組合自身生産復興をめざ
し、従業員相互の間で欠勤を戒め休暇の自粛を申し合せそのため努力をしていたこ
とが認められるのであって、職場規律が一般的にゆるんでいたと認めるに足る証拠
はない。さらに原告らは、国電スト当日は従業員の三分の一が定刻に出勤せず、職
場の業務を正常に行える状況になく、P1らが早退することに本来的に支障はなかっ
たと主張するが、前掲乙第七号証の四によると、国電ストにかかわらず出勤してき
た従業員は各々整然と作業についていたことが認められ、また同号証によると、P
12職場長は早退の許可を求めたP3に対し、生活困難の中を工場の窮状打開のため皆
が職場で頑張っているのだから考え直すよう諭した事実が認められるのであって、
右主張はとうてい採用できない。次に原告らは、当時多数あった内職のための早退
を秩序違反としないのであれば、国電スト参加のための早退についても同様の評価
を与えるべきであると主張する。しかし、内職のための早退は、本来工場側の責任
を負うべき賃金遅払等により従業員の生活の困難が生じ、やむを得ず行なわれたも
ので、それが故に工場としても早退を許していたのであるが、国電ストに対する評
価は、ストとP1ら特定民間企業の労働者の地位との関連を含めて、政治的立場を異
にするに従って明らかに差異があり、企業がこのような政治的な問題についての個
々の労働者の信念に基づく職場放棄を許容しなければならないとすれば、単に計画
的な生産活動が阻害されるだけでなく、政治的立場の相異による衝突が生産現場に
持ち込まれ、企業秩序が損われるのであって、現に、前掲乙第七号証の一及び四に
よると、P1らが職場を放棄したのに対し、作業についていた従業員から猛烈な非難
が起り、職場長に対してもP1らの行為を何故許可したかと詰問の声が上ったことが
認められるのであって、国電スト参加のための職場放棄を秩序違反に問うことは、
合理的な理由があるといわなければならない。そして、原告らは、P3が職場の床に
書いた位置は、通路床面でなくグラインダーの下であり、これとは別に何者かが通
路の目立つ場所に大書したのをP3が書いたものと誤認したものであると主張し、当
審におけるP3及びP2の供述はこれにそうものであるが、前掲乙第三七号による
と、P3は、昭和二六年三月二〇日の本人尋問の際は、第四職場の床上に書いたのは
自分の他にない旨明言していたことが認められるのであって、右主張も採用の限り
ではない。
 以上認定判断したところによると、P1ら四名の行為は、工場秩序を乱すものであ
ることが明らかで、その秩序違反の程度は、二度にわたる上司の説得を無視した
点、出門許可証の偽造という悪質の手段を用いた点及び職場床面に大書することに
よって工場秩序に対する挑戦的態度を示した点において重大であり、これを工場が
人員整理の理由としたことは相当であるといわねばならない。
(三) 無断ビラ張り(P1、P4、P3、P5につき)
 前掲乙第七号証の二及び四並びに第八号証の五、いずれも弁論の全趣旨により成
立を認めうる乙第八号証の三、五及び七並びに第一二号証の一から六まで、原審証
人P17の証言並びに原審における相原告P8(第一回)、P4、P3(第二回)、P
5(第二回)及び前記承継前被告代表者並びに当審におけるP4及びP3(P3は一部
分)の各本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができ、この認定に反す
る当審におけるP3の本人尋問の結果は措信できず、他に右認定を左右すべき証拠は
ない。
 昭和二四年五月一三日早朝、P4、P2、P3及びP18は、日本共産党富士荻細胞名
義のビラを中央通りに面する荻窪工場の壁等に多数貼付した。工場のP19総務課長
は、工場は賠償指定工場であり、ビラを貼付して汚損することは許されない、ビラ
を貼付する場所として組合使用の掲示板があるのであるから、これに掲示するよう
注意したところ、P4及びP3は、同人らのビラ張りは組合活動でなく政治活動であ
って組合の掲示板に張るべき筋合でない、政治活動としてのビラ張りは表現の自由
であって、工場は禁止することができないはずで、富士産業の他の工場には共産党
専用の掲示板があるからこれを作るよう要求して、右注意に従わなかった。そし
て、同年五月二〇日早朝、右P4、P3及びP18の他、P9、P5、P11及びP8は、前
記同様ビラを貼付した。しかし、P5ら前回注意を受けなかった者がビラ貼付の場所
についての総務課長の指示を知っていたとは認められない。さらに、P3は、その後
も職場内の衝立などに前記同様のビラを張り続け、同年七月一五日工作課第四職場
P12職場長は、P3の張り付けたビラを撤去したところ、P3、P4及びP1は、P
12職場長のところに異議を申し立てて来、P12はこれに対してビラの貼付は会社の
指定する掲示板に限る旨注意した。その後も、P3は、七月二六日、八月一一日及び
同月一三日にも前と同様の場所に「アカハタ」や日本共産党富士荻細胞名義のビ
ラ、壁新聞を貼付したが、その間P12職場長の再三の注意に対して「絶対に言う事
を聞けない。」として反抗的態度を示した。そして、原告らが貼付したビラ等の内
容は、内閣打倒等の政治的スローガンや政治問題に関する広報宣伝を内容とするも
のと、「休暇の届出制反対」、「直ちに斗争宣言を発せよ。」、「工場を喰物にす
る幹部を追放せよ。」、「上ラ又生産出駄ラ目工数」等の工場の労働条件に関する
ものがあった。
 原告らは、工場内に掲示板がなくビラ張りを全面的に禁止されたと主張している
が、この主張が事実に反することは、原審における相原告P8(第一回)及び当審に
おけるP4の供述に照して明らかである。
 次に原告らは、掲示板以外の工場施設等へのビラ張りは、富士産業の他の工場や
組合の闘争時におけるビラ張りの態様に照して許されるべきものであるとか、第四
職場の衝立への壁新聞等の貼付は慣行的に認められていたのを七月になって突然禁
止してきたものであると主張しており、また本件ビラ張りの当時P4及びP3は、同
人らのビラ張りは組合活動とは別の政治活動であり表現の自由があるから工場は禁
止できず、かえって日本共産党専用の掲示板を設置すべきであると主張していたこ
とはすでに認定したとおりである。そこで、これらの主張の当否について検討す
る。まず、原告らが貼付したビラ等の内容をみると、前記認定のとおり、政治的ス
ローガンあるいは政治問題に関する広報宣伝を内容とするものがあって、この種の
ビラ等の貼付は政治活動であり、組合活動としての性質を有しないものと考えられ
る。これに対し本件のビラの中にも工場の労働条件に関するものが多数あり、その
内容及び貼付された場所からみると、それらのビラは工場の従業員に向けられたも
のであったと認められる。しかして、原告らがこれらのビラを貼付した目的が、当
時の組合の統制を排除して独自に運動を展開することにあり、客観的にみて組合の
団結を阻害するものであったとすれば別論であるが、組合の意思決定が行なわれる
過程において自己の見解に賛同を得るために組合員に働きかけるための行動であっ
たとすれば、それは組合内部の行動であり、例えそれが政党所属員の名で行われて
もなお政治活動の他組合活動としての性質を有するものといわねばならない。原審
及び当審における原告らの尋問のによると、原告らの行動の中には組合の指導に従
わないものがあったことが認められるが、未だ組合の統制を排除した独自の運動を
行うには至っておらず、本件ビラの内容をみてもそのようには認められない。そう
とすると、本件ビラのうち労働条件に関するものの貼付については、組合活動とし
てその許容範囲を考察することが必要である。
 ところで、ビラの貼付は、企業施設を汚損する等直接かつ継続的に企業施設を侵
害するものであるところ、政治活動としての言論の自由は企業施設を侵害する権利
を含むものではないから(最高裁大法廷昭和四五年六月一七日判決刑集二四巻六号
二八〇頁)、P4及びP3が政治活動としての企業施設へのビラ張りを自由であると
主張したのは、法を誤解したものである。P4らがこのような主張をして上司の注意
に従わず、あまつさえ日本共産党専用の掲示板の設置を要求したのは、工場秩序を
無視するものと評価されてもやむを得ないものといわねばならない。
 これに対し、組合活動としての性質を有するビラ張りについては、工場は一定の
範囲で許容しなければならない。この点につき、原告らは、掲示板以外へのビラ張
りを許すべきであったと主張するが、原審における相原告P8の尋問の結果によれ
ば、富士産業の他の工場はさておき荻窪工場では、組合用の大きな掲示板が設けら
れていて組合関係のビラはこの掲示板に張るのが通常であり、昭和二三年七、八月
の争議の際に、組合が指令して掲示板以外の場所にビラを張ったことがあるにすぎ
ないもので、そのようなビラ張りを工場が許可したことはないことが認められ、そ
れらが慣行化していたものと認めるに足る証拠はない。そして、富士産業の他の工
場におけるビラ張りの状況についてこれを適確に認定できる証拠は存しない。そう
であれば、工場が原告らのビラも前記掲示板に張るように指示し、他の場所に張る
ことを禁止したことは相当であるといわねばならない。原告らは、当時の賃金遅払
の状況が酷かったことをあげて、ビラを張り労働者の切実な要求を表現することの
重要性を強調するけれども、右に認定したとおりビラを張る場所は用意されていた
のであって、前記の判断を左右するに足りない。
 以上の認定判断に基づいて各個人について検討する。まず、P1については、同人
は七月一五日にP4及びP3と共にP12職場長がビラを撤去したことに異議を申し立
てたことは認められるものの、その際の発言内容を認定する資料はないのであっ
て、右異議の申し立てのみをもって職場規律に反するものとはいえない。そして、
同人が本件ビラ張りについてなんらかの関係があることは推測できるが、その関与
の程度方法は明らかでないのであって、本件ビラ張りについて、工場秩序に違反す
る事実を認定することはできない。次にP5についてであるが、同人は五月二〇日に
ビラ張りをしたものであるが、貼付したビラの内容について適確な証拠はないもの
の、本訴に提出されている証拠のビラは政治的内容のものは一枚のみで、その余は
すべて労働条件に関するものであることと、原審におけるP5の尋問(第二回)の結
果を併せて考えると、後者の内容のビラを貼付したものと推認するのが相当であ
る。しかしてすでに検討したとおり、労働条件に関するビラの貼付は、組合活動と
しての性質を有し、工場は一定の範囲でこれを許さねばならないところ、P5はこの
許容された範囲を誤解して掲示板以外の場所にビラを貼付したものであるが、五月
一三日の総務課長の注意をP5において承知していたと認められない一方、従前組合
の指令で掲示板以外の場所にビラが張られたことがあって、誤解を招きやすい状況
があったものと認められるので、P5のビラ張り行為については、使用者として通常
直ちに解雇の理由としてとりあげる程度の秩序違反があったとはいえず、整理基準
に該当するものと認めることができない。最後に、P4及びP3についてみると、同
人らは、上司の注意を受けながら再三にわたって禁ぜられた場所にビラ等を貼付し
たばかりでなく、前述のとおり根拠のない主張をして、工場側に義務のない行為を
要求し、また上司の指示に従わない態度を明らかにした点において、工場秩序に違
反する程度は重大であって、工場秩序を乱す者との基準に該当するものとされたの
は、やむを得ないものといわなければならない。
(四) 昭和二四年七月三〇日、八月六日及び八月八日の職場放棄等(P1、P4、
P2、P3、P5につき)
 成立に争いのない甲第八号証、前掲甲第二六号証、弁論の全趣旨により成立を認
めうる甲第二八、第三十及び第六一号証、原審における相原告P9、同P8(いずれ
も第一回)、P1(第一及び第二回)、P4、P3(第二回)並びにP5(第二回)並
びに当審におけるP1、P4及びP3の各本人尋問の結果によれば、次の事実を認定す
ることができ、この認定に反する乙第七号証の四、第八号証の二、三及び五並びに
第一一号証の一の記載の一部は信用できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。
 昭和二四年三月三一日工場は、経営悪化の状況を白書にまとめて従業員に配布す
るとともに、賃金を一か月一人平均四五〇〇円に切り下げ、すでに累積していた未
払分を一か月一五〇〇円宛分割して支払うこととし、以上の合計額一か月六〇〇〇
円を毎週水曜日に各一五〇〇円宛に分けて支給する計画をたてた。しかし、その直
後の同年四月一五日右計画による一五〇〇円の支給がなされず、その後は賃金の計
画どおりの支給等を求めて、度々工場内の各職場で職場大会が開かれることとなっ
た。その後同年夏に入って賃金の遅払はさらに深刻となり、支払は一か月遅れ、支
給回数は一月に六、七回となり、特定の日に支給が予定されていても当日になると
支払われず、支払われても額が極めて僅少となることがしばしばであり、また前の
月の遅払分の支払がすまないうちに次の月の遅払が始まるという事態となった。そ
の間物価の急激な上昇の中で従業員の生活は窮迫し、従業員及びその家族は、でき
うる限りのアルバイト及び内職をしていたが工場から支給を受ける賃金の額が生活
保護の支給額を下まわることから、従業員の中には生活保護の適用を受けるものま
で現れた。
 昭和二四年七月三〇日は、六月分の賃金の内金一五〇〇円が支払われる予定の日
であり、従業員は、翌三一日の日曜日に食糧等の買出に出掛けるための資金を必要
としていた。しかし、当日午前一〇時工作課第四職場のP12職場長は、従業員に対
し予定どおり支給することが不可能であると説明した。このため同職場の従業員
は、直ちに同職場長の許可を受けて職場大会を開いたが、この日の支払をあてにし
ていた従業員は甚しい失望と不安のあまり動揺を起し、他方従前の経緯からする
と、組合執行部に頼っていては問題を解決することができなかったので、自から工
場幹部と交渉して賃金支払の確保をはかることを決議した。そして第四職場従業員
は、当時同職場の職場委員であったP1、P3らを先頭として、一団となって職場長
の許可なく職場を離れ、工場の企画室に押し掛け、当時同様の決議の下に交渉に来
ていた第三職場の従業員多数と合流し、同日午前一一時工場本館裏側入口附近にお
いて、P17工作課長から「全員職場に帰り、新しい示達を聞くように。」と指示さ
れたにもかかわらず、同所で坐り込みを行った。そして、P1、P3ら職場委員は、
従業員の窮状を訴え工場幹部と粘り強く交渉した結果、工場側も窮状を理解し終日
資金繰りのための努力を続け、ようやく同日午後八時頃僅かではあったが支給され
る目どがつき、従業員のうち特に生活に困窮していた者に対しこれが配分された。
右第四職場の職場大会の決議及びその後の従業員らの行動につき、P1及びP3がこ
れを指揮扇動した等の事実は認められない。
 昭和二四年八月六日もまた七月分の賃金の内金一五〇〇円の支払が予定されてい
たが、当日朝支給の見込みがない旨説明された。そこで第四職場の従業員は、午前
九時から職場大会を開き、同職場の職場委員と各ブロックの代表、各二、三名とで
工場幹部と賃金支払の直接交渉をすることを決議した。そこで右職場委員らが工場
長室に向おうとしたところ、P12職場長は職場を離れることを許可しなかった。こ
れに対し、第四職場の従業員は、さらに職場大会で検討し右の職場長の指示にかか
わらず、職場委員らに工場長と交渉させる旨を決議した。当時の職場委員であった
P4及びP3らと、ブロック長を含むブロックの代表者らの合計約二〇名は、工場本
館に向ったが、その途中P17工作課長に出会い、同人に対し賃金の支払を要求し回
答を迫ったところ、同人は仕事は仕事、金は金といってとりあわないので、右の代
表者達は、同人のまわりを囲み口々に抗議した。そのため、P17課長は気勢に押さ
れ通行できなかったが、その時間は極く短時間であった。その後右代表者達は、工
場側と交渉した結果、ようやく当日一人平均四六〇円の賃金が支給された。右第四
職場の職場大会の決議及びその後の代表者らの行動について、P4及びP3が指揮扇
動した等の事実は認められない。
 昭和二四年八月八日当時、賃金の遅払等はその極に達する状態で、従業員の中に
は配給米を購入する金にさえ窮する者が生じるありさまであった。そこで、工場の
社宅に居住する従業員の妻達は、配給米の掛売を区役所に認めて貰う事を考え、工
場側も右区役所との交渉を支援すること及び掛売を受けるについて工場が従業員の
保証人となることを求めて、同日午後二時頃、三名の妻が工場を訪れた。右の妻達
は、工場本館応接室で工場のP20業務部次長及びP21営業課長に対し右の要望を伝
え、工場の回答を求めたが、これを伝え聞いたP4、P5らは、それぞれ職場委員あ
るいは組合の前青年部婦人班長の地位にあったことから右妻らの交渉を応援しよう
として、他の従業員一二、三名と共に上司の許可なく職場を離れて応接室に来て右
妻らの要望を支持する発言などをした。そして、同人らは、右P20次長らが、長時
間の交渉の末、右要望事項が可能であるかどうか調査するとだけ答えて交渉を打切
り退出しようとするのを、室の出口附近に立ちふさがって、同人らと押問答を繰り
返したが、その時間は約一五分程度であった。被告会社は、P2がその妻らをして工
場を訪問させて工場の業務を妨害させたと主張するが、そのような事実を認めるに
足る証拠はない。
 以上のとおり認められる。右認定事実によると、原告らの行為は外形上職務放棄
とみられないものではないが、その動機となった賃金の遅払、従業員の生活の窮迫
及びこれらの問題について工場側に解決能力が欠け、組合執行部が組合員の納得を
得る措置をとっていなかったことを考慮に入れると、事態の推移上やむを得ない面
が多々あり、これを工場秩序一般の問題に解消し去ることはできないものと考えら
れるから、原告らの行為については、使用者として通常直ちに解雇の理由として取
り上げる程度の秩序違反があったとはいい難く、結局工場秩序を乱す者との整理基
準該当事実を認めることはできない。
2 その余の整理基準該当事実の有無
(一) P1について
(1) 整理基準(3)職務怠慢なる者、(4)技能低位なる者に該当する事実の
有無
 前掲乙第七号証の四、弁論の全趣旨により成立を認めうる乙第七号証の一並びに
原審及び当審におけるP1本人尋問の結果(原審は第二回)(いずれもその一部分)
によれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する原審及び当審における同
人の本人尋問は措信できず、他にこの認定を動かすべき証拠はない。
 P1は、工作課第四職場の仕上組立工で職制上ブロック長の地位にあり、ブロック
所属の従業員に対し工場の方針や命令を伝達したり、ブロック所属の従業員ととも
に同一の作業に従事しながら、作業技術等について指導監督するという職務を担当
していた。昭和二四年五月にパキスタン向けのチャフ・カッター三万枚の注文があ
り、工場では仕上組立工を中心に約二〇名で臨時の組織を作り、右の製作にあたっ
たが、P1は、右組織において班長の下の四名のブロック長の一人であり、P22ブロ
ック長と共に直接作業に従事しながら他の従業員の指導等も行っていた。ところ
が、P1のチャフ・カッター生産枚数は、技能級が同人と同じ二級であるP23、P
24や技能級が同原告より低い三級のP25らが一日平均一〇〇枚製作し、またブロッ
ク長で技能級が二級、組合の職場委員があることでも同原告と同じ立場にあったP
22が組合の食堂委員も兼ねながら一日平均九〇ないし一〇〇枚製作したのに対し、
一日平均五〇ないし六〇枚の少量にとどまっていた。さらに、P1の昭和二四年七月
の努力採点(職場長、職場長附及び班長が合議により従業員の作業に対する努力の
程度を技能級とは無関係に採点したもので、この点数が生産報奨金の額に影響す
る。)は、右チャフ・カッター要員のブロック長四名のうちP1を除く三名が八二〇
ないし八四〇点であったのに、これを大きく下まわる七一〇点にとどまっていた。
そしてP1は、過去に漁船用発動機の組立等について実績をあげており、ブロック長
にも任命されていたのであったが、本件の当時は工場及び上司の指導方針に疑問を
持つと共に、仕事に対する意欲を欠き、技能の面でもブロック長としての指導的立
場に立ち得ず、本来同人の指導を受けるべき前述のP23、P24及びP25等の方がP
1より工廃が少く良質の仕事をしていた。
 以上のとおり認められる。P1は、同人がP13ブロック長と共に作業の指揮指導、
監督に当ることとなっており、常時機械に向うことは予定されていなかったので、
チャフ・カッターの生産枚数を他の者と単純に比較するのは不当であると主張する
けれども、前掲証拠によれば、右の主張の前提事実は認められず、P13ブロック長
はP1も供述するとおり出来上ったチャフ・カッターの検査業務に従事していたの
で、同人とP13ブロック長とを生産量で比較することはできないのであって、P1と
同一業務を担当していたP22ブロック長らの生産量と対比することは不当というこ
とができない。しかして、P1は指導的立場にあるべきブロック長であり、その地位
に相応するある程度高度の技能と作業に対する努力が期待されているのであるか
ら、これらの技能、努力が右期待を裏切るものであれば、それに相応する厳しい評
価を免れないのであって、右に認定したP1の技能、努力がこのような評価を受け、
職務怠慢、技能低位なる者との基準に該当せしめられたのはやむを得ないものとい
うべきであり、この認定を左右するに足る証拠はない。
(2) 整理基準(8)配置転換困難なる者、(9)業務縮少のため適当な職なき
者及び(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者に該当する事実の有無
 すでに認定したとおり、P1は、工場秩序を乱す者、職務怠慢なる者及び技能低位
なる者という整理基準に該当する。しかして、前掲乙第七号証の一によれば、同人
の属した第四職場仕上組立工五六名中九名を他職場に配置転換し、八名を整理する
必要があったものであって、P1については右の整理基準該当事実のほかに考慮すべ
き事由は認められないけれども、右基準に該当すれば、配置転換も困難で、業務縮
小のため適当な職がなく、経営効率に寄与する程度が低いこととなるから、これら
の整理基準にも該当するものと認められる。
(二) P4について
(1) 整理基準(2)会社業務に協力せざる者に該当する事実の有無
 前記認定のとおり、P4は、工作課第四職場のターレット工で、昭和二四年五月か
ら八月までは職場委員であったものである。同人について、被告会社は、会社業務
に協力せざる者に該当する事実として、昭和二四年二月一一日の職場放棄指揮扇
動、同年八月六日及び八日の職場放棄、その他の職場離脱及び作業意欲に欠けてい
た事実をあげている。まず、右の職場放棄等であるが、すでに認定したとおり、指
揮扇動の事実は認められず、また職場放棄自体も使用者として通常直ちに解雇の理
由として取り上げるに値しないものであり、会社業務に協力しない者との評価も当
らない。また、前掲乙第七号証の四には理由なく持場を離れる事が多かったとある
けれども、このような抽象的断片的記載のみでは職場離脱の事実を認めるに足りな
い。そこで同人の作業意欲に関連して、同人の作業能率をみると、前掲乙第七号証
の四によれば、P4の獲得分数(作業した仕事量を示す。)は四五二七分、能率(各
人が欠勤等で仕事をすることができなかった時間を除いた実働時間に対する獲得分
数の割合を、技能級に応じて一定の修正を加えたうえ、パーセントで示したもの
で、作業能率を示す。)は八五パーセントであり、技能級がP4と同程度(二、三
級)の他のターレット工の獲得分数が六七一〇分から一万三二六〇分、能率が一一
二パーセントから一八〇パーセントであったことに比較すると極めて低く、技能級
が五級で当審におけるP5の尋問(第二回)によって原本の存在と成立が認められる
甲第六六号証によれば第四職場(一六九名)中の序列が七八位とされ、本件人員整
理と同時に配置転換されたターレット工のP26の獲得分数や能率にほぼ等しいこと
が認められ、これらの事実を考え併せると、当時のP4は作業意欲に欠けるところが
あったものと認められる。甲第二六号証から第二八号証までには、P4は、職場委員
としての活動のため仕事が実際上できなかったとの記載があり、P4は、原審及び当
審において同旨の供述をしているが、第四職場の職場委員は同人だけではなかった
のであり、又前掲乙第七号証の四によれば職場委員として職場を離れる時間を除い
て実際に仕事についていた時間を基準に能率が計算されていることが認められるの
で、右認定を左右するに足りない。しかし、前掲甲第一一二号証によれば、第四職
場で人員整理されたのは、同職場での序列が一六九名中一三二位以下の者であった
ことが認められるから、右の作業能率の程度では未だそれだけで解雇を理由ずける
程度にまで至らず、現に、成立に争いのない乙第六号証の二によると、考課表の作
業に対する努力の採点は丙(普通)であったことが認められる。そうとすると、前
述の職場離脱等の事実が認められればともかく、右の作業意欲に欠けていた事実の
みでは、会社業務に協力せざる者との整理基準には該当しないものというべきであ
る。
(2) 整理基準(8)配置転換困難なる者、(9)業務縮少のため適当な職なき
者及び(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者に該当する事実の有無
 すでに認定したとおり、P4は、工場秩序を乱す者という整理基準に該当する。し
かして前掲乙第七号証の一によれば、第四職場ターレット工一四名中四名を整理す
る必要があったものであって、P4については右整理基準該当事実と前記認定の作業
意欲に欠ける事実以外に考慮すべき事由は認められないけれども、これらの事実に
よれば配置転換が困難で、業務縮少のため適当な職がなく、経営効率に寄与する程
度が低いこととなるから、これらの整理基準にも該当するものと認められる。
(三) P2について
(1) 整理基準(2)会社業務に協力せざる者に該当する事実の有無
 前記認定のとおり、P2は、工作課第四職場のフライス工で、職場委員であったも
のである。同人について被告会社は、会社業務に協力せざる者に該当する事実とし
て、昭和二四年八月八日の職場放棄と業務妨害及び有給休暇を全部とったほかに二
〇日間の事故欠勤をしたことをあげている。しかし前述のとおり、右の職場放棄と
業務妨害の事実は認められず、又右のとおり休暇をとり二〇日間欠勤したことはP
2の自認するところであるが、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第三一及び第三
三号証並びに原審におけるP2の本人尋問の結果によると、同人は身体が丈夫でなく
病気で休むことが多かったこと、及び工場は別に事故欠勤の多い者という独立の整
理基準を設けているのに同人を該当せしめなかったこと(乙第六号証の六の同人の
考課表上の勤怠の評価は普通すなわち丙である。)が認められるのであって、以上
検討したところからみると、同人を会社業務に協力しない者と認めるべき根拠はな
い。
(2) 整理基準(3)職務怠慢なる者、(4)技能低位なる者に該当する事実の
有無
 前掲乙第七号証の一及び四によると、P2のフライス工としての技能級は四級であ
ったが、同人の作業能率は、同じ技能級のP27、P28及びP29と比較するとその三
〇ないし四〇パーセントと数等悪く、旋盤用生爪チャックの工作を同時に他の者と
担当したときは、同数のチャックを他の者が二日半で仕上げたのに、P2は一週間も
かかったこと、P2と同じく職場委員をしていたP28の努力採点はいつも平均以上で
あったのに、P2のそれは平均以下であったこと、P2は約一〇年の経験があるの
に、その経験年数の割に技能が低く、さらに同じ技能級四級の中でもP2に比べて経
験年数の短いP30やP31の方が、P2よりも技能が優秀であったこと、以上の事実が
認められ、この認定を動かすべき証拠はない。そうとすると、P2の技能は比較的低
く、右の比較の対象とされた工員より作業能率が劣っていたこととなるが、これら
の者の第四職場内の序列は、前掲甲第六六号証によると二九位から八四位までであ
り、前述のとおり人員整理の対象とされたのは右序列が一三二位以下の者であった
から、右の比較のみによっては他の残留者よりP2が低位にあることにならず、この
点に関する証拠はないから、P2が整理基準の(3)及び(4)に該当するものと認
めることはできない。
(3) 整理基準(9)業務縮小のため適当な職なき者及び(10)その他経営効
率に寄与する程度の低い者に該当する事実の有無
 すでに認定したとおり、P2は工場秩序を乱す者という整理基準に該当する。しか
して、前掲乙第七号証の一によれば、P2の属した第四職場のフライス工二一名中六
名を整理する必要があったものであって、P2については、右整理基準該当事実と、
技能が比較的低位で作業能率が他の同級者に比べ劣っていた事実以外に考慮すべき
事由は認められないけれども、右事実によれば業務縮少のため適当な職がなく、経
営効率に寄与する程度が低いこととなるから、これらの整理基準にも該当するもの
と認められる。
(四) P3について
(1) 整理基準(2)会社業務に協力せざる者に該当する事実の有無
 前記認定のとおり、P3は工作課第四職場のターレット工で職場委員であった。同
人について被告会社は、右整理基準にあたる事実として、昭和二四年八月六日の職
場放棄と業務妨害をあげている。しかしながら、前記認定のとおり、業務妨害の事
実は認められず、職場放棄自体についても使用者として通常直ちに解雇の理由とし
て取り上げるに値しないものであって、会社業務に協力しない者との評価も当らな
い。
(2) 整理基準(3)職務怠慢なる者、(4)技能低位なる者に該当する事実の
有無
 前掲乙第七号証の一及び四並びに甲第六六号証によって、昭和二四年七月中のP
3の作業能率等を見ると、同人は技能級が三級であったが、その獲得分数は二二六二
分能率は四九パーセントであり、技能級が同程度(三、四級)の他のターレット工
の獲得分数が四五五〇分から一万三二六〇分、能率が八八パーセントから一八〇パ
ーセントであったことと比較すると極めて低く、技能級が五級でP3より低く、第四
職場内の序列が七八位とされ、本件人員整理と同時に配置転換されたターレット工
のP26の獲得分数三七九〇分や能率八三パーセントよりさらに低く、病気欠勤者で
第四職場内での序列が一五一位とされ整理の対象とされた技能級二級のP32の獲得
分数一八五六分、能率三〇パーセントに近い水準であったこと、そして右P3の作業
能率は、同人の職場委員等としての組合活動の時間及び休暇の時間を除外して算出
されたことが認められ、この認定を動かすべき証拠はない。しかして、同人の技能
に対しては、成立に争いのない乙第六号証の九の考課表上普通(丙)と評価され、
弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第三六号証や原審及び当審におけるP3の本人
尋問の結果をみても特に劣っていたとは認められず、また右のP32と異なり健康を
害していた事実は認められないから、P3の作業能率が低いのは、同人が職務に怠慢
であったためとみざるをえず、右の考課表において作業に対する努力を「丁」と評
価され、整理基準の職務怠慢なる者に該当するとされたのは理由がないものという
ことができない。そうであれば、同人は、整理基準の(4)はともかく、少くとも
(3)に該当するものといわねばならない。
(3) 整理基準(8)配置転換困難なる者、(9)業務縮少のため適当な職なき
者及び(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者に該当する事実の有無
 すでに認定したとおり、P3は工場秩序を乱す者、職務怠慢なる者という整理基準
に該当する。しかして、前掲乙第七号証の一によれば、P3の属した第四職場のター
レット工一四名中四名を整理する必要があったものであって、P3については、右整
理基準該当事実の他に考慮すべき事由は認められないけれども、右事実によれば、
配置転換が困難で、業務縮小のため適当な職がなく、経営効率に寄与する程度が低
いこととなるから、これらの整理基準にも該当するものと認められる。
(五) P5について
(1 )整理基準(2)会社業務に協力せざる者に該当する事実の有無
 当審におけるP5の尋問(第二回によると、同人は、トレース工又は製図工であっ
たが昭和二四年五月から検査工に転換し、技術課検査係に所属していたことが認め
られる。同人について被告会社は、会社業務に協力せざる者に該当する事実とし
て、昭和二四年二月一一日の職場放棄とその指揮扇動、同年八月八日の職場放棄と
業務妨害及びその他にしばしば職場を離脱していたことをあげている。しかし、右
職場放棄等については、すでに認定したとおり、指揮扇動、業務妨害の事実は認め
られず、職場放棄自体についても使用者として通常直ちに解雇の理由としてとり上
げるに値しないものであり、会社業務に協力しない者との評価も当らない。次にし
ばしば職場離脱をしたというのであるが、この主張にそう乙第七号証の三及び四並
びに第一三号証の記載は、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第四〇号証から第
四二号証までの記載に照すと、にわかに措信することができず、他に右主張事実を
認めるべき証拠はないのであって、以上いずれの点においても会社業務に協力せざ
る者にあたる事実を認めることはできない。
(2) 整理基準(8)配置転換困難なる者、(9)業務縮小のため適当な職なき
者及び(10)その他経営効率に寄与する程度の低い者に該当する事実の有無
 前掲乙第七号証の三及び四によれば、工場では間接部門に属していた技術課検査
係を廃止して、検査工を直接部門である工作課の各職場に付属させることとし、検
査工五四名中二名を配置転換し一九名を整理する必要が生じ、P5が従事していた第
四職場部品検査係においても一一名を七名に減ずることとなったことが認められ
る。しかして被告会社は、P5がトレース工から検査工に転換した後の経験が短く、
経験及び熟練度からみて検査工中技能が最も劣り、前記の整理基準に該当したと主
張し、右乙第七号証の三及び四にはこの主張にそう記載があるけれども、右乙号証
の記載は、単に考課表の記載を引用するにとどまるものと考えられ、その考課表の
判断自体を裏付ける具体的資料は提出されていないので、にわかに右主張を採用す
ることはできない。かえって、成立に争いのない乙第六号証の三、前掲甲第四一号
証並びに原審及び当審におけるP5の本人尋問(原審及び当審とも第二回)の結果に
よれば、同人は、高等女学校を卒業し、一生の仕事を身につけるために女子機械工
補導所製図科に通いこれを終了し、昭和一六年六月中島製作所に入所以来トレース
工又は製図工として技能をあげ、同人より経験の長いトレース工と同列にトレース
の責任者としての地位を与えられた実績を有していたこと、同人がトレース工より
検査工に転換する際、組合においても配置転換がこれに応じた者にとって不利な取
扱の原因とならないよう技能等の採点にあたり前歴を十分考慮することを工場に要
求し、工場もこれを認めていたこと、同人が検査工に転換してから同年八月組合常
任執行委員に選出されるまでの約三か月間は、第四職場検査係の仕事は多忙で他か
ら応援を受けていた程であり、同人も初めての職務であったことから仕事に集中し
ていたものであるが、通常の検査工が行う検査の業務は必ずしも高等の能力を要す
るものではなく、P5も充分に検査の業務に従事できたこと、以上の事実が認めら
れ、この認定を動かすべき証拠はない。これらの事実を考え併せると、P5が検査工
中の残留者のいずれよりも評価が劣っていたとは認められない本件では、同人につ
いて配置転換が困難で、業務縮小のため適当な職がなく、その他経営効率に寄与す
る程度の低い者との評価をすることはできない。また、P5については、前記工場秩
序を乱す者との基準について検討した職場放棄以外に、右の評価をするについて考
慮すべき事由はみあたらず、しかも右職場放棄は、前述のとおり使用者として通常
直ちに解雇の理由として取り上げるに値しないものであるから、結局前記整理基準
に該当する事実を認めることができないのであって、以上の認定判断を動かすに足
る証拠は発見できない。
五 P5に対する本件整理解雇の効力
 前掲乙第三号証によると、会社は、本件人員整理直前の昭和二四年一〇月二八日
「工場再建の方途について」と題する文書を全従業員に配布し、その中で、前記認
定の人員整理基準を明示すると共に、整理解雇はこの基準に従い厳正に人選し実施
する旨宣言したことが認められる。しかして、使用者が人員整理基準を定めこれを
公表した場合、直ちに解雇権を限定したこととなるか否かはさておいて、右の人員
整理基準の内容は、整理の対象者を選定するに当り考慮すべき事由をほぼ網羅した
ものと認められるから、この基準に該当しない者は、右基準以外の特別の事由があ
って解雇を相当とするのでない限り、整理の対象とすべき根拠を欠くこととなるの
で、その者に対する解雇は、解雇権を濫用したものとして無効と解するのが相当で
ある。しかして、P5については、すでに認定したとおり整理基準に該当する事実が
認められず、他に解雇を相当とする特別の事由があるとの主張も立証もないから、
同人に対する本件整理解雇は、整理の対象とすべき根拠のない者を整理したものと
して権利の濫用にあたり無効である。
六 P1ら四名に対する本件整理解雇の効力
 原告らは、P1ら四名に対する本件整理解雇は、同人らが正当な組合活動をしたこ
との故に、又組合執行部を会社側に都合のよいものに作り替えるために行なわれた
不当労働行為であり、無効であると主張する。そこでこの点について検討すると、
P1、P4、P2及びP3が組合の役員歴又は職場委員の経歴を有していたことは当事
者間に争いがなく、前掲甲第一〇二号証並びに原審及び当審におけるP1、P4、P
2及びP3の各本人尋問の結果によると、昭和二二年八月の賃上げ要求闘争、同年一
二月の富士産業連合会闘争、昭和二三年二月の一時金要求闘争、同年五月の臨時手
当要求闘争、同年七、八月の富士産業連合会闘争、同年一一月の餅代要求闘争、昭
和二四年一月の保証給要求闘争等で積極的な組合活動をしていたことが認められ、
そして弁論の趣旨により成立を認めうる甲第七号証と前掲証拠によれば、本件整理
解雇当時にP1は組合の執行委員長、P4は副委員長であったが、同人らを含む当時
の組合役員全員が解雇されたのに、P1らが組合の執行部に当選する前に組合の執行
部にあったものは解雇されていないことが認められる。しかしながら、すでに認定
したとおり、本件の人員整理はP1ら組合執行部を交替させるためにあえてなされた
ものでなく、客観的にもその必要性が存在したものであり、また人員整理基準その
ものも前記認定のとおりであって内容上特に組合活動家を意識的に排除するために
設けられたものとは認め難く、さらにP1ら各個人について整理基準に該当する事実
が認められ、それらの事実の中には、組合活動とはいえない悪質な工場秩序違反の
事実が含まれていることに照らして考えると、会社がP1ら四名を整理解雇の対象と
したことには理由があると認められるから、本件整理解雇が前記認定の各原告の組
合歴や組合活動歴を理由とし、組合執行部を作り替えるためになされたものとは認
められず、この認定を左右するに足る証拠はない。それ故、右不当労働行為の主張
は採用するに由ないものである。
 次に原告らは、P1ら四名に対する本件整理解雇が権利濫用であると主張するので
あるが、右の整理解雇が人員整理の必要に基づき整理基準に該当する事実をもとに
行なわれたもので、整理の対象とすべき根拠を欠くものでないことは、すでにみた
とおりであるから、右解雇を権利の濫用とすることはできず、右主張も採用できな
い。
 以上検討したところによれば、P1ら四名に対する本件整理解雇の効力を否定する
事由はないから、同人らは右解雇により会社の従業員の地位を失ったのであって、
同人らの雇傭契約存在確認の請求、退職金の請求及び損害賠償の請求は、いずれも
理由がないこととなり、棄却を免れない。
七 P5に対する定年制の適用
 被告会社の就業規則五七条一項には「従業員は男子満五五歳、女子満五〇歳をも
って定年として、男子は満五五歳、女子は満五〇歳に達した月の末日をもって退職
させる。」と定められ、同条二項には「定年退職に該当するときは三〇日前に予告
する。」と定められていたこと、昭和四八年四月一日被告会社は、右定年年令を男
子六〇歳、女子五五歳に改めたこと、P5は、大正八年一月一五日生れの女子であっ
て昭和四四年一月一五日満五〇歳に、同四九年一月一五日満五五歳に達したこと、
被告会社が昭和四三年一二月二五日P5に対し、右改正前の就業規則の規定により昭
和四四年一月三一日限り退職を命ずる旨の予告をしたこと、以上の事実は、当事者
間に争いがない。
八 定年制における男女差別と公序良俗
 右就業規則の規定をみると、被告会社の定年制は定年に達したことを理由として
解雇するいわゆる「定年解雇制」であると解されるところ、右にみたように被告会
社の定年制には定年年齢に男女の差別があるので、右定年制が民法九〇条に規定す
る公序良俗に反しないかどうかを検討する。
 全ての国民が法の下に平等で性による差別を受けないことを定めた憲法一四条の
趣旨を受けて、私法の一般法である民法は、その冒頭の一条ノ二において、「本法
は個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として解釈すべし。」と規定している。かく
して、性による不合理な差別を禁止するという男女平等の原理は、国家と国民、国
民相互の関係の別なく、全ての法律関係を通じた基本原理とされたのであって、こ
の原理が、民法九〇条の公序良俗の内容をなすことは明らかである。
 ところで、女性の職業活動については、夫婦の役割分担に関連して積極消極両様
さまざまな評価が行なわれ、被告会社のようにこれを消極的に評価する立場から
は、労働条件における男女の差別的取扱自体男女平等の原理に反しないと主張され
る。しかしながら、夫婦の役割分担とこれに関連する女性の職業活動の是非は、直
接的には当該夫婦を中心とする家庭の問題であり、また社会の基礎単位をなす家庭
生活の安定と次代の社会の構成員の健全な育成に関心をもつ社会全体の問題である
が、提供される労働力を利用するだけの立場にある企業としては、右の問題につき
いずれかの見解に立って規制する立場にはなく、この問題については社会の実情に
そった国民一般の良識に従うべきものと考えられる。
 そこでこの点について検討すると、いずれも成立に争いのない甲第八六および第
九三号証並びに乙第二七及び第47号証によると、次の事実が認められる。すなわ
ち、女子の生産年齢人口(一五歳以上の人口)のうち収入のため働く必要のある労
働力人口は昭和四〇年代においてほぼ半数であり、昭和四九年の場合一九九六万人
で、専ら家庭にあって家事に従事するいわゆる専業主婦の一五五六万人をはるかに
上まわっていること、産業構造の変化、単純労働分野の拡大、家庭内の就業機会の
減少等に伴って、女子労働者のうち他人に雇われ賃金で生活する女子雇用者が急激
に増加し(昭和三〇年頃の三倍以上)、昭和四九年には全雇用労働者の三分の一に
達していること、従来専ら男子の就業分野とみられていた製造業においても、機械
化等により女子も担当できること、あるいは女子の方が性格的能力的に向いている
業務があること等の理由で女子の就業分野が拡大していること、また女子労働者の
年齢をみると、子の出産や育児を担当する年齢の労働力率は女子全体の労働力率よ
り低いが、育児等の負担が比較的軽くなる三五歳以上の労働力率は急激に上昇して
おり、昭和四九年には女子雇用者中三〇歳以上の者の割合が五五・七パーセントに
達し、これに伴い女子雇用者中有配偶者の割合は五〇パーセントに、又夫と離別又
は死別した者の割合が一〇・七パーセントにのぼっていること、そしてこれらの事
実を背景として、婦人労働者の意識としても、勤務継続の意思のあるものが七五パ
ーセントで多数を占めること、そして世論調査等においては、夫婦の役割分担につ
いて、夫は外で働き妻は家庭を守るという伝統的考え方が表明される一方で、育児
に余裕ができた結婚後六ー九年の時期の妻などでは、仕事や社会的活動をする妻を
望ましいとする考え方が比較的多いこと、以上の事実が認められ、夫婦の共働き自
体がすでに社会的な承認を得て定着していることも公知の事実である。右のような
婦人労働の実情及び世論調査の結果などを踏まえて考えるならば、社会一般の認識
においては、子の出産及び養育を中心とする妻の家事労働に高い評価を与える一方
で、経済上の必要及び女性の社会的活動の有用性にかんがみ婦人の職業活動にも相
応の評価を与え、妻が職業活動を行なうか否かは、夫婦の責任ある決定に委ねるべ
きものと考えられているということができる。そうであれば、婦人は家庭に帰るべ
きものとする考え方の下にその職業活動につき社会的規制を加えることは、わが国
の実情に適さず、むしろ、前記の実情からすると、職業の分野への婦人の受入につ
いて、過渡期にあるための問題があり、又そのための配慮が必要であることはいう
までもないが、基本的には、男女とも同じ職業人として合理的な競争条件の下に平
等に取り扱うことが要請されており、企業経営の本来のあり方としても、そのよう
な取扱を否定することはできないものと考えられる。
 しかして定年制は、労働者に職業生活の中断を強いるものであって、労働条件の
うちでも解雇と同様に重大なものであるが、それが通用力を持つのはその内容に平
等性があることによるのであって、理由のない差別はかえって定年制自体の通用力
を減殺する結果を招くのみならず、定年制の内容に適正を欠くと、定年時以前から
従業員の職業生活に対する希望と活力を失わせるという弊害を生ずるのであって、
このような定年制の特質にかんがみると、定年制の内容に差別が設けられる場合
は、それが社会的見地においても妥当であって、その適用を受ける者の納得が得ら
れるものであることが、強く要請されるものということができる。
 ところで定年制は企業の雇用政策の重要な一環を形成するものであって、一般的
には企業の合理的な裁量による判断を尊重すべきものであるが、すでに検討したと
おり男女の平等が基本的な社会秩序をなし、定年制それ自体の性質が右にみたとお
りであることを考慮すると、定年における男女差別については、その合理性の検討
が強く求められるのはやむを得ないものといわねばならない。
 以上検討したところから考えると、定年制における男女差別は、企業経営上の観
点から合理性が認められない場合、あるいは合理性がないとはいえないが社会的見
地において到底許容しうるものでないときは、公序良俗に反し無効であると解する
のが相当である。
 被告会社は、種々の理由をあげて、定年の男女差別に合理性がなくとも、その差
別は大多数の国民感情に反しないし、公序良俗に違反するものでもないと主張する
けれども、被告会社のあげる理由によっては大多数の国民が合理性のない定年の男
女差別を容認していると認めることはできないし、社会の一部になお男女差別を容
認する意見があるとしても、それが故に法秩序の基本である男女平等の原理が否定
されるものでもないから、右主張は採用することができない。また、被告会社は、
厚生年金保険法が定年年令の男女差別を公序良俗に反しないものとして肯認してい
ると主張するが、そのように解すべき根拠は認められない。そして被告会社は、労
働基準法に女子の保護規定がある以上男子との間に平等の取扱を要求するのは無理
であると主張するが、同法の女子保護規定のうち、例えば産前産後の休業などの母
性保護規定は、健全な次代の社会の構成員を産み出すという社会の要請に基づくも
のであって、このような規定を理由に女子を差別することは法の趣旨に反するもの
であり、又その他の女子の保護規定も、その規定があることもあって、女子労働者
自身がすでに事実上賃金その他の待遇面で不利益を受けているのであって、それに
加えてさらに定年においても差別しなければならない理由は認められないから、右
主張も採用することができない。さらに、被告会社における定年年齢の差別は、時
差通勤、遅刻早退の特例扱を受けていない女子についても行なわれていて、これら
の特例扱と定年差別との間に関連性はないから、この点に関する被告会社の主張も
採用することができない。
九 被告会社の定年制の合理性の有無
 そこで、定年年齢に五歳の差を設ける被告会社の定年制に合理性があるかどうか
を検討するに当って、まず、被告会社における男女従業員数、女子従業員の担当職
種及びその男子との比較、女子従業員の担当職務に対する評価、男女従業員の勤続
年数、高齢女子労働者の労働能力、賃金体系、女子従業員の場合の賃金と労働のア
ンバランスの有無及び定年制の一般的現状についてみると、前掲甲第八六及び第一
〇二号証、いずれも成立に争いがない甲第九〇号証、第一〇四号証、第一〇八号証
の一及び四、乙第二五号証及び第二六号証(甲第九〇号証は原本の存在とも争いが
ない。)原審における相原告P8の尋問(第二回)の結果により成立を認めうる甲第
七一、第七二、第七五及び第七六号証、当審証人P33の証言により成立を認めうる
乙第二八及び第三〇号証、原審証人P34及びP35並びに当審証人P33、P36及びP
37の各証言(P34及びP33についてはその一部分)、原審における相原告P8(第二
回)及び当審におけるP5第二回)の各本人尋問の結果並びに本件弁論の全趣旨によ
れば、次の事実が認められ、この認定に反する乙第二二号証の四の一の記載、原審
証人P34及び当審証人P33の証言の一部は措信する事ができず、他に右認定を左右
すべき証拠はない。
1 被告会社の従業員数は、昭和四七年七月末日現在で男子四万三〇四〇名、女子
四六六〇名、昭和四九年九月末日現在で男子五万七六〇名、女子五四七〇名であっ
て、女子は全体の約一〇パーセント程度であったこと
2 被告会社の事業は、自動車の生産及び販売を主とするもので、産業の種類とし
ては重工業に属するが、その従業員の職種は、必ずしも重労働に限られず、極めて
広範囲の職種があること
3 被告会社の女子従業員の八割は間接部門に、二割は直接部門に属しているが、
間接部門における一般的な担当職種は、(1)事務員、(2)キィー・パンチャ
ー、(3)タイピスト、(4)トレーサー、(5)翻訳者、(6)秘書、(7)電
話交換手、(8)看護婦であって、その他に少数ながら、(9)インテリア・デザ
イナー、(10)宣伝企画担当者、(11)外国語その他の特殊技能を要する輸出
関係担当者があり、直接部門の担当職種には、(12)ベルト・コンベアー・ライ
ンにおいて部品の組付を行う組立工、(13)倉庫での物品の払出業務担当者及び
(14)部品の検査等を行なう検査工などがあること
4 右のように女子が、直接部門の組立作業にも従事するようになったのは、生産
工程の技術革新によって作業が軽労働化され、かつ熟練を要しなくなったためであ
るが、このことは男子についても同様であって、男子従業員のうち圧倒的多数(昭
和四七年七月末で四万三〇四〇人中の三万五六二〇人)が従事する直接部門におい
て、往時のような高い技能と長い経験を要する熟練工は比較的少く(昭和四七年七
月末において九二六〇人)、高い技能や経験を必要としない単純作業を主体とする
職種が大多数を占めること、そして、直接部門の作業の一部には、女性では無理な
重い物を持ち上げるものなどがあり、これらの作業は男子が担当しているが、女
子、特に中高年の女子の体力程度でも十分適応できる仕事が数多く存在すること
5 次に女子の担当職務に対する評価をみると、被告会社には、職務を一定の評価
基準に基づいて格付けした一級から四級までの職級があり、昇給等の査定も職級を
基礎として行なわれるが、昭和五一年八月三一日現在間接部門の女子の職級分布
は、最下級の一級が五八・二パーセント、二級が三七・三パーセントと多数を占め
るものの、三級以上が四・五パーセント、約一四〇名位おり、そのうち最上級の四
級者が、インテリア・デザイナー、宣伝企画担当者、会社所有の病院の婦長など数
名いること
6 被告会社においては、女子の在職期間は比較的短く、入社後五年未満で八〇パ
ーセント、一〇年以内に九八パーセント、退職するのが実情であったが、男子につ
いても労働力の流動化が激しく、昭和四六年四月に会社全体で約三〇〇〇名採用さ
れたのが、翌四七年七月現在荻窪工場で残っていたのは一、二名という状況であっ
たこと、昭和四七年における全国規模の調査によると、女子の平均勤続年数は四・
七年、男子のそれは九・二年であること
7 そして男女とも、高令となると筋力などの低下があり、労働能力において今日
の企業経営において要求される水準に適応できるか否かが問題となるが、研究の結
果によると、一般に人間の作業は、その全能力を発揮することが要求されるものは
なく、通常は、能力の五、六割のところで働いているものであり、年齢により機能
が低下しても、それは漸進的なものであって、長年携ってきた仕事であれば機能低
下を補い仕事に適応することは十分可能であること、他方高齢者の就業困難を生ず
るはなはだしい重筋労働、知覚の鋭敏さに対する要求の高い作業、スピードの要求
される作業、高温その他ストレスの強い環境での作業は急速な生産技術の進歩の過
程で解消されつつあること、平均余命の著しい伸長に伴い、男女の稼働可能年齢も
高くなり(交通事故の損害賠償の実務では男女とも六七歳まで稼働可能とするのが
通常である。)、定年年齢を六〇歳に引上げるべきことが指摘されてから久しい
が、この引上げについて男女間に区別を設けることの必要性が一般的に指摘される
ことはなかったこと、女子の労働力率(生産年齢人口のうち収入のため働く労働力
人口の割合)は、昭和四九年度において全年令で四六・六パーセントであるが、四
〇歳から五四歳で六〇・四パーセントと高い数値を示し、五五歳から六四歳でも四
三・六パーセントと二五歳から二九歳までの四三・三パーセントをも上まわる数値
を示していること、以上のことから、女子であっても通常の職務であれば、少くと
も六〇歳前後までは、今日の企業経営上要求される職務遂行能力に欠けることはな
いものと認められ、前記認定の被告会社における女子の担当職務を考えると、被告
会社の場合も右と異らないものと認められること
8 被告会社の賃金体系における昇給は、一律分と査定による考課分とからなり、
一律分は、昭和四〇年から四九年までの実績では昇給の一人当り平均額の四〇・〇
パーセントから六二・六パーセントで、平均五六・三パーセントであった、そし
て、右一律分がいわゆるベース・アップに相当するのであり、また、右の期間にお
いて消費者物価は二倍を超える上昇をしている一方、同じ期間の労働者の平均賃金
の上昇率は四倍に満たないことは公刊の統計の示すところであるから、平均賃上げ
額のほぼ半額の昇給を受けただけでは、名目賃金の上昇はほとんど消費者物価の上
昇で吸収されてしまい実質的賃金は上昇しないこととなるが、この点について被告
会社の場合異なる事情は認められないこと、そして前述の査定による考課分は、従
業員の職務、技能、成績によって決められ、年令及び勤続年数は考慮されないこ
と、以上のように賃金制度そのものにおいては、年功序列型の賃金体系をとってい
ないこと
9 しかして、被告会社においては、女子の会社に対する貢献度をより低く評価す
る他に、男子労働者については年齢と共に増加する世帯の生計費に応じた年功序列
型の賃金を支給する必要を認めて、実際上男女の賃金に差を設けていること、すな
わち、初任給において男女間に較差があるばかりでなく、その後の昇給率は男女間
に明らかな差があり、女子の場合もともと男子に比べて低い昇給率が、年齢が高く
なるほど更に低くなる一方、男子の場合は逆に高くなる傾向があって、女子の中の
ある者は、前記の一律分の昇給しか受けない者があったこと
10 定年制の一般的現状をみるに、昭和四五年度の調査によると、男女別に定め
ているのは二四・三パーセントで比較的少いのに対し、男女一律に定めているのが
七二・一パーセントで多数を占め、さらにこれを企業規模別にみると、被告会社の
ような従業員五〇〇〇人以上の企業で男女別定年制を設けているのは、わずかに
九・四パーセントにすぎないこと
 以上の事実が認められる。ところで、定年年齢に差別を設ける根本の理由として
被告会社が主張するところは、賃金と労働のアンバランスであるが、右に認定した
ところによると、女子の担当職務は相当広範囲にわたっていて、その中には高度の
技能を要するものがあり、又それほど高度の技能は要しないが、従業員の努力と会
社側の活用策の如何によっては、経験を生かして会社に対する貢献度を上げうる職
種が数多く含まれているのであって、女子従業員各個人の能力等の評価を離れて、
その全体を会社に対する貢献度の上らない従業員と断定する根拠はないものといわ
なければならない。しかも、右に認定したとおり、男子従業員はともかく女子につ
いては、年功序列型の賃金は支給されておらず、被告会社に対する貢献度の如何に
よっては、実質上昇給を受けられない仕組となっており、現にそのような取扱を受
けている者のあることが認められるから、労働が向上しないのに実質賃金が上昇す
るというアンバランスが生じていると認めるべき根拠はない。そうであれば、被告
会社のいう根本の理由自体認めることができない。
 次に被告会社は、労働能力からみて五〇歳以上の女子は従業員として不適格であ
るとか、男女の生理的機能の差異からみて定年年齢に五歳程度の差があっても不可
とするほどの根拠はないと主張するのであって、男女の生理的機能の差異を示す資
料(甲第八四号証、乙第二五号証)も存在している。しかしながら、すでに認定し
たとおり、男女間に生理的機能の差異があるにかかわらず、少くとも六〇歳前後ま
では、男女とも通常の職務であれば今日の企業経営上要求される職務遂行能力に欠
けることはないと認められるのであるから、賃金等で性別によるのでなく各個人の
労働能力の差異に応じた取扱がなされるのは格別、一律に従業員として不適格とみ
て企業外へ排除するまでの理由はないものといわざるを得ず、この点においても合
理的理由を見出すことはできない。
 しかして、すでに認定したとおり、勤続年数においても男女間に大きな差異は認
められず、また定年制の一般的実情をみても男女別定年制は少数であって、定年年
齢の理由付とするには、ほど遠いものといわねばならない。
 さらに被告会社は、男子は一家の大黒柱であるのに、女子は夫の生活扶助者で家
庭内で就業する地位にあると主張するが、この主張が必ずしも社会の実情に合致せ
ず、国民一般の認識とも相異するものであることは、すでに認定したとおりであ
る。
 以上検討したところによると、被告の企業経営上の観点から定年年令において女
子を差別しなければならない合理的理由は認められず、前掲証拠によると、わずか
に、定年年齢において差別しても被告会社が女子従業員を雇うのに困難を来さない
という事情があるにすぎないことが認められる。しかして、このような事情は、女
子労働力の需給に不均衡があって企業側の買手市場にあることの反映であり、この
ような事情を理由とする差別には一見合理性があるようであるが、前述のとおり男
子も女子も同じ職業人であり、その提供する労働の面からみれば、定年の差別をす
る理由がないのに、労働力の需給の不均衡から生じる経済的優位に乗じて、女子を
女子なるが故に差別することは、企業経営の本来の筋道からはずれており、合理性
があるとはいえないものである。
 以上検討したところによると、本件の定年制は、労働力の需給の不均衡に乗じて
女子労働者の生活に深刻な影響のある定年年齢について理由もなく差別するもの
で、企業経営上の観点からの合理性は認められず、また社会的な妥当性を著しく欠
くものであるから、法秩序の基本である男女の平等に背反するものであり、公序良
俗に違反するものといわなければならない。
 従って、被告会社の就業規則中、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、
民法九〇条の規定により無効であると解されるから、P5が昭和四四年一月一五日に
満五〇歳に、昭和四九年一月一五日に満五五歳に達したことを理由とする解雇は、
いずれもその効力を生じない。それ故同人は、今なお被告会社の従業員であり、昭
和五四年一月一五日満六〇歳に達し、同月末日限り定年を理由として解雇されるま
では、その地位を有するものと認められる。
一〇 P5の附帯控訴について
前掲乙第三〇号証、原審における相原告P8の本人尋問(第二回)の結果により成立
を認めうる甲第七三号証、並びに当審におけるP5の本人尋問(第二回)の結果とこ
れにより成立を認めうる甲第一一〇及び第一一一号証
によると、被告会社においては毎月二五日が賃金の支給日であること、P5の昭和四
四年一月当時の賃金額は四万七三一八円でそのうち一万一七四〇円は調整給であ
り、この調整給は合併に伴う経過的なものであって昇給の過程で解消されるべきも
のであったこと、昭和四四年度から昭和五二年度までの平均賃上額は別表1の該当
欄記載のとおりであったが、前述のとおり昇給は一律分と査定による考課分よりな
り、P5の昇給は従前平均賃上額に至らなかったものであって、同人の賃上額は右の
一律分により算定する他ないが、昭和四四年度から昭和四九年度までの右一律分
は、別表3の賃上額欄記載のとおりであり、その後の一律分は従前の平均賃上額と
一律分の割合の実績(平均五六パーセント)より推定して同表の該当欄記載のとお
りと認められること、被告会社では毎年七月及び一二月に夏季及び冬季の一時金が
支給されるが、その支給基準及び算式は、別表4の該当欄記載のとおりであったこ
と、以上の事実が認められ、この認定を左右すべき証拠はない。
 そうすると、被告会社は、P5に対し、被告会社の賃金等を支払わないことが争い
のない昭和四四年二月以降、本件口頭弁論終結前である昭和五三年六月までの別表
3記載の賃金及び別表4記載の一時金の合計一一一九万九九八九円と、本件口頭弁
論終結時においては将来の給付の訴であるが任意の履行が期待できずその請求をす
る必要があることが明らかな昭和五三年七月以降五四年一月まで毎月二五日限り賃
金月額一〇万一九八八円を支払うべき義務がある。
 しかして、被告会社は、右賃金等請求権のうち昭和四六年九月一〇日以前の分に
ついては、時効が成立していると主張するけれども、右賃金等請求権の基本となる
雇傭契約存在確認の本訴が提起されているのであるから、これにより右賃金等請求
権についても時効が中断しているものと解すべきであって、右主張は採用できな
い。
一一 結論
 以上認定判断したところによれば、被告会社に退職金の支払を求めるP1及びP
2の請求、被告会社との間の雇傭契約の存在の確認を求めるP3の請求、並びに被告
会社に退職金と損害賠償金の支払を求めるP4の当審における新請求はいずれも理由
がなく、前三者の請求を棄却した原判決は正当で本件控訴は理由がないからこれを
棄却し、右P4の新請求はこれを棄却すべきである。また、被告会社との間の雇傭契
約存在確認を求めるP5の請求は理由があり、これを認容した原判決は正当であり、
被告会社の控訴は理由がないから棄却すべきであり、P5の附帯控訴は、主文第三項
1記載の限度で理由があり認容すべきであるが、その余は失当であるからこれを棄
却すべきである。
 控訴費用の負担について、民訴法九五条及び八九条を適用し、仮執行の宣言につ
いては、相当でないのでこれを附さないこととする。
(裁判官 渡辺忠之  槽谷忠男  浅生重機)
別表《省略》

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