弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官二川武の提出にかかる検察官片岡平太名義の控訴趣意
書記載のとおりであるから、これを引用する。
 検察官の控訴趣意について、
 所論は要するに、被告人は昭和三六年一一月三日大阪市a区b町c番地の密造酒
飲食店A方において、Bと些細なことから喧嘩になり手拳で同人の顔面を殴打し、
更に同人を突き飛ばしたため同人をして附近で酒を飲んでいたC(当四〇才)に衝
突させ、その激突により右Cをしてその揚のカウンター台で左側胸部を強打せし
め、因つて同人に左側胸部打撲傷第六肋骨骨折の傷害を負わせ、同月五日同人をし
てd区ef丁目g番地D病院において前記肋骨骨折による左肺損傷に起因する外傷
性肺炎により死亡するに至らしめたものであるとの公訴事実に対し、原判決は被告
人が昭和三六年一一月三日頃大阪市a区b町c番地飲み屋A方において、Bと些細
なことから口論した挙句喧嘩に及び、同人に対しその顔を手拳で二、三回殴打し更
に左手で同人の身体を突く等の暴行を加えたとの事実を認定したに止まり、右被告
人のBに対する暴行と被害者Cの傷害、死亡との間には刑法上の因果関係を認める
に十分な証明がなく、又被告人が特にCに対して暴行を加える意図があつたとも認
められないとして被告人に対する傷害致死の訴因を否定したのである。
 しかしながら、被告人がBを突いたため、BがCに衝突してCが肋骨骨折等の傷
害を受けて死亡するに至つたこと及び右被告人のBに対する暴行とCの死亡との間
に因果関係があることは十分認められるのであつて、原判決は証拠の取捨選択ない
し価値判断を誤り、経験則に反し事実を誤認し犯罪となるべき事実を無罪としたの
で、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであり到底破棄を免れないものと思
料するというにある。
 よつて案ずるに、原審において適法に取調べられた関係各証拠の内容を逐一検討
し、これに当審証拠調の結果を参酌するときは、原判決が証拠を取捨選択しながら
なした詳細な理由の説明及び事実の認定は、被告人のBに対する暴行とCの死亡と
の間には刑法上の因果関係が認められないとの判断の部分を除き、おおむねこれを
肯認することができるのである。すなわち、被告人が原判示の如くBと些細なこと
から口論し、同人に対しその顔面を手拳で二、三回殴打し、更に左手で同人の身体
を突いたこと、そのため突かれたBがよろめいてBの後方約一米余のカウンター台
にもたれて腰かけて飲酒中のCの足許に倒れ、その衝撃によりCが所論指摘の如く
負傷し、因つて死亡するに至つた事実を認め得るのである。所論は被告人がBの胸
を強く突き突ばしたため、ふつ飛んで体あたりにCに衝突したものであると主張す
るけれども、所論に照応するが如き被告人の検察官に対する供述は被告人の司法警
察職員に対する供述と対比し、又Bの検察官に対する供述、Eの司法警察職員及び
検察官に対する各供述は当審証人B、Eの各証言と対比するときは、容易に信用し
難く、その他所論に鑑み記録を精査して見ても、被告人がBを突くことによつて背
後のCをも突き又突く意思があつたものと認めるべき証拠は記録上絶えて存しない
し、その他所論を肯認するに足る証跡はついに見当らないのである。そうして見る
と、原判示の如く被告人が原判示土間のどの位置からBをどの方向に向つて突いた
か、その突きの強さはどの程度のものであつたか、又果してよろめいて倒れたとき
Bの体がCの体のどの部分に衝突したかどうかということは必ずしも明瞭ではな
く、被告人、B、Cは何れも当時飲酒酩酊していたものであるから、或は被告人が
それ程強くない程度にBを突いたのに、Bが酩酊のためよろめき、Cの足許に倒れ
たので、Cはこれを避けようとして自らその体をカウンターの台にぶつつけたため
に所論の如き負傷をしたのではないかとの心証もあながち惹起できないことはない
のであつて、これを要するに、被告人がCをも突く意思をもつてBを突き飛ばし
て、Cの身体に衝突せしめたとの事実は到底これを認めることはできないのであ
る。
 しからば次に原判決が叙上の諸事実から被告人のBに対する暴行とCの死亡との
間には刑法上相当と認むべき因果関係がないと判断したことの当否を案ずるに、こ
の点に関する大審院以来の伝統的判例の立場はいわゆる条件説を採用しており、い
わゆる相当因果関係説は採らないところであるから、原判決が従来の伝統的判例に
反し相当因果関係説に立脚して本件につき被告人のBに対する暴行とCの死亡との
間には刑法上の因果関係は認められないと判断したのは、所論の如く違法のそしり
を免れないのである。もしそれ被告人のBに対する突く等の暴行行為がなかりしな
らば、BがよろめいてCの身辺に倒れることもなかるべく、従つて又Cの負傷、引
いては死亡という結果も発生しなかつたであろうという条件関係は十分認められる
から、被告人のBに対する暴行と、Cの死亡との間には刑法上の因果関係を否定す
ることはできないものというべきである。
 然らば被告人のBに対する暴行とCの死亡との間に刑法上の因果関係を否定する
ことができない以上、所論の如く被告人は直ちに傷害致死の罪責を負うべきである
かどうかの点について考察することとする。
 <要旨>刑法第二〇四条の罪(傷害)は同法第二〇八条の罪(暴行)の結果犯であ
り、又同法第二〇五条の罪(傷害致死)は同法第二〇四条の罪(傷害)の結
果犯であつて、何れも傷害又はその致死の結果につき犯意が認められない場合で
も、結果の発生を重視して重く処断する趣旨の規定であるけれども、致傷(刑法第
二〇四条)、致死(同法第二〇五条)の結果は暴行(刑法第二〇八条)の客体につ
いて発生することを要するものであつて、所論の如く暴行の客体に致死傷の結果が
発生しなくとも他の第三者に発生すれば足るということを得ないものと解すべく、
もしそれ第三者に対し致死傷の罪が成立するためには、更にその第三者に対して刑
法第二〇八条の罪に該当する暴行行為の存在を必須条件とするのである。思うに、
因果関係論は構成要件を充足する行為と結果との間の関係であつて、単に因果関係
があるとの所以をもつて、因果関係をして構成要件該当の行為に代らしめることは
行為と結果との本末を転倒し且つ罪刑法定主義に反し到底許容し得られないところ
であるからである。今本件について見るに、前叙の如く被告人がBに対して突く等
の暴行を加えた事実は認められるけれども、被告人がCに対しても同様の突く等の
暴行行為(直接は勿論、Bを通じての間接の行為もない)があつたものとは認めら
れないから、たとえ被告人のBに対する暴行とCの死亡との間に刑法上の因果関係
が認められるとしても、被告人に傷害致死の罪責ありということはできない。所論
援用の判例は何れも講学上、方法又は打撃の錯誤に関するもので、打撃が相手方以
外の者に対して加えられた(すなわち、第三者に対しても犯人の打撃行為がある)
場合であつて、本件の如く打撃が相手方(B)に対して加えられ終つた(すなわち
打撃の錯誤はない)後に、被告人の打撃行為なくして生じた相手方以外の者の死亡
との間における因果関係のみが問題となるに過ぎない場合とは、その事案を異にす
るものであるから、所論の判例は本件に適切ではない。
 これを要するに、原判決には因果関係の判断の点を除き何等所論の如き証拠の取
捨選択、その価値判断に過誤ありと思料すべき事由は認め難く、又その判断が経験
則に違反する等の違法があるものとも認められないし、又原判決の因果関係の判断
の誤りは原判決に何等影響を及ぼすものでもないから、結局原判決には判決に影響
を及ぼすことが明らかな事実の誤認の違法は存しない。さすれば、る述の所論はつ
いに採るを得ない。論旨は理由がない。
 よつて刑事訴訟法第三九六条に則り主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 児島謙二 裁判官 畠山成伸 裁判官 松浦秀寿)

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