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裁判例


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平成10年(行ケ)第353号審決取消請求事件(口頭弁論終結日平成11年9月
22日)
判     決
原      告   株式会社淀川製鋼所
代表者代表取締役   A
訴訟代理人弁理士   B
被      告   特許庁長官 C
指定代理人   D
同          E
同          F
同          G
主      文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事      実
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成7年審判第27995号事件について、平成10年9月21日にし
た審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成4年3月11日、意匠に係る物品を「屋根板材」(以下「本件物
品」という。)とし、その形態を別添審決書写し別紙1記載のとおりとする意匠
(以下「本願意匠」という。)について、意匠登録出願をした(意願平4-577
9号)が、平成7年12月1日に拒絶査定を受けたので、同年12月27日、これ
に対する不服の審判の請求をした。
 特許庁は、同請求を平成7年審判第27995号事件として審理した上、平成1
0年9月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本
は、同年10月16日、原告に送達された。
2 審決の理由
 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願意匠が、意匠に係る物品を「屋根、
壁用折板」とし、形態を同写し別紙2記載のとおりとする、昭和62年3月3日出
願の意匠(意願昭62-7741号、以下「引用意匠」という。)と、意匠に係る
物品が一致し、態様においても類似するものと認められるから、意匠法9条1項に
規定する最先の意匠に該当せず、意匠登録を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決の理由のうち、本願意匠が、意匠に係る物品を「屋根板材」とし、その形態
を別添審決書写し別紙1記載のとおりとすること、引用意匠が、意匠に係る物品を
「屋根、壁用折板」とし、形態を同写し別紙2記載のとおりとすること、両意匠の
意匠に係る物品が一致すること、本願意匠と引用意匠との差異点に関する認定(審
決書3頁16行~5頁4行)は、いずれも認める。
 審決は、本願意匠と引用意匠との共通点の認定において、引用意匠を誤認する
(取消事由1)とともに、類否の検討において判断を誤った(取消事由2)もので
あるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(引用意匠の誤認)
1 審決は、本願意匠と引用意匠との共通点において、引用意匠が「上縁部に一定
幅の帯状平坦面を形成し・・・中間部に一定幅の段丘状平坦面を形成し」(審決書
2頁20行~3頁2行)と認定したことは誤りである。
 すなわち、本願意匠の当該部位は、水平面であるのに対し、引用意匠の上縁部上
面と中間部段丘状上面は、緩やかな傾斜面であるにもかかわらず、審決は「平坦
面」と誤認して共通点を認定している。仮に、被告が主張するように、「平坦面」
を表面が「滑らか」の意味で用いているとすれば、本願意匠は表面が滑らかな水平
面、引用意匠は表面が滑らかで傾斜が緩やかな傾斜面と認定し、表面が滑らかな点
で共通すると認定すべきであるが、そもそも本件物品においては、雨水の水切りの
よさが必要であるから、その表面が滑らかなものがほとんどであり、上記のような
共通点は、類否判断の要部にならないはずである。
 また、被告は、差異点3において傾斜角度の相違を認定していると主張するとこ
ろ、傾斜面同士を対比してその角度の多少を比較することは理解できるが、水平面
と傾斜面とはその性質・種類を異にし、水平面の傾斜角度は0度であるから、無に
対して角度の多少を比較することは間違いである。
 したがって、審決が、外側係止部の態様について、「上縁部平坦面の端部を垂直
に起立させ」(審決書3頁5~6行)と認定したこと、当該物品を複数連結した使
用状態について、「山部平坦面と、・・・中間に段丘状平坦面を形成した」(審決
書3頁12~14行)と認定したことも、同様に、「平坦面」とした点で誤りであ
る。
2 また、審決における共通点2の認定(審決書3頁5~10行)も誤りである。
 すなわち、本願意匠の内側係止部は、第2水平部の先端より上方に延びた垂直部
と、この垂直部の先端を内方側へ直角水平に折曲して、第2水平部と垂直部と該部
により縦長「コ」の字状を形成するとともに、その先端を内方側へ小さな半円弧状
に折曲させた後、これを外方へ左端部の半円弧状よりも一回り小さな半円弧状に巻
き込むように折曲し、その頂部は、やや左よりに小円弧状の凹部を設けており、第
2水平部は、第1水平部のほぼ2倍の長さである。そして、この形態は、外側係止
部に、他部材の吊り子を介して包み込まれる状態で冠着するように構成されてい
る。
 これに対し、引用意匠の内側係止部は、第2緩斜面部から垂直に立ち上げた第2
垂直部と、この第2垂直部の先端を外方側へ折曲した後、後上方側に直角折曲した
第2カギ型部を形成し、その端部を内方側へ折曲伸延し、その中間をごく浅く幅広
の感を呈する溝を形成したものである。そして、この形態は、外側係止部の下面
に、直接係着するように構成されている。
 したがって、本願意匠は、三つ葉のクローバーの左半分状であり、偏平な「?」
状であって、円弧状部が多いためシンプルで優しい感を呈しているのに対し、引用
意匠は、角張ってごつごつした感を呈しており、両意匠の内側係止部の態様及び美
感は全く相違する。
 さらに、審決は、共通点2において「湾曲させる」と認定している(審決書3頁
9行)が、「湾曲」とは、一般に弓形に曲がることであり、両意匠にはこのような
部位があるわけではないから、この認定も誤りである。
2 取消事由2(類否判断の誤り)
1 審決は、本願意匠と引用意匠との類否判断において、「差異点1及び2に記述
した係止部における本願の意匠の態様は、期間満了により意匠権が消滅した意匠登
録第524729号の類似第1乃至3号意匠についての意匠公報等からも明らかな
ように、従来から広く知られていたものであって、格別観察者の注意を引くもので
はなく」(審決書5頁13~19行)とするところ、当該意匠登録第524729
号の類似1、2号意匠(乙第1号証の1~3。以下、これらを「周知意匠」とい
う。)に差異点1及び2に係る係止部の構成が開示されていることは認めるが、こ
の意匠の意匠権者は、本願意匠の出願人である原告であり、両係止部の態様は、原
告製品のみに使用されている独特のものであるから、上記判断は誤りである。
 また、差異点1の引用意匠における頂上平坦部中央の凹溝について、この部位の
相違によって、それぞれが類似しない別個独立の意匠として登録されている事例は
数多く存在する。この部位は、本件物品を複数連結する際に重要な役目を持つもの
であり、屋根板材を家屋に葺いた後の外観は、その建築主にとっても最も関心のあ
るところであるから、この部位の態様の相違が、当該意匠の創作的価値も左右する
ものである。
2 審決が、「差異点2に係る内側係止部については、当該物品の使用時に外側係
止部に包み込まれてしまって外観上目立たなくなる部位でもあるため、その差異
は、共通点2に記述した外側係止部の態様における共通性に希釈されてしまう微弱
なものであって、いずれの差異点も類否判断上の要点とは成し得ない。」(審決書
5頁19行~6頁5行)と判断したことも誤りである。
 すなわち、前示のとおり、審決における共通点2の認定は誤りであり、両意匠の
内側係止部の態様及び美感は全く相違するから、差異点2が共通点2の共通性に希
釈されてしまうものではない。
 また、審決は、内側係止部が、物品の使用時に外側係止部に包み込まれてしまっ
て外観上目立たなくなる部位であると認定・判断するが、この種物品の需要者であ
る建築工事者は、屋根葺工事以前の段階で、外側係止部と内側係止部の嵌合機能が
適切か否か、山・谷の幅、傾斜度、中央底部と外側係止部とその畝部頂面等の各部
の相違等の諸点に関心を注ぎ、当該意匠が、建築物の屋根の態様として、一般人に
どのような美感を与えるかを考慮するのが通常であるから、上記判断は誤りであ
る。そして、本件物品を複数連結した施工後の状態は、本願意匠と引用意匠とでは
大いに差異があり、意匠全体の印象を全く異にするものである。
3 審決は、「差異点3及び4は、・・・共通点1に記述した形態的共通性に埋没
してしまう微差であり」(審決書6頁5~8行)と判断しているが、共通点1は、
本願意匠と引用意匠の骨格をなす基礎的な構成態様にすぎず、段丘状平坦面を過大
に評価するもので誤りである。
 例えば、意匠登録第918372号意匠(甲第20号証)及び意匠登録第913
938号意匠(甲第21号証)は、引用意匠のように側壁の中間部に段丘状平坦面
を形成しており、引用意匠の出願前以前から、側壁に段丘状部を形成している意匠
は多数存在した(意匠登録第461444号意匠(甲第23号証)、意匠登録第5
34945号意匠(甲第24号証)、意匠登録第537978号意匠(甲第22号
証)及び意匠登録第548228号意匠(甲第25号証))。
 また、両意匠は、以下のとおり、差異点3及び4における具体的構成態様が明確
に相違しているから、その点においても上記判断は誤りである。
 すなわち、本願意匠は、底面の平坦面からそれぞれ斜め上方外方側に延びる第1
傾斜部と、その上端から水平な第1水平部に連続し、更にその上端を斜め上方外方
側に折曲して第2傾斜部とし、その上端を水平に折曲した第2水平部へ連続して構
成されている。第1傾斜部と第2傾斜部とでは、第2傾斜部の方が長く、第1水平
部と第2水平部とでは、第2水平部の方が長く、上方側の長さをそれぞれ長く形成
して「広がり感」を持たせている。
また、傾斜面の角度をやや急角度とし、上方に広がる美感を呈するとともに、傾斜
面と底面とで形成される溝がやや深い感を呈している。
 これに対し、引用意匠は、底面の平坦面からそれぞれ斜め外方上方に延びる第1
傾斜部と、その上端は傾斜が緩く短く斜め上方外方側に延びる第1緩傾斜部に連続
し、第1緩傾斜部の上端から第1傾斜部と同様の角度で斜め外方上方に延びる第2
傾斜部とし、更にその上端は傾斜が緩く短く斜め上方外方側に延びる第2緩傾斜部
へ連続して構成されている。第1傾斜部と第2傾斜部と、第1緩傾斜部と第2緩傾
斜部とは、それぞれほぼ同じ長さ及び傾斜である。
4 審決は、「差異点5については、板材の内部構造的なものであって、外観上は
板材の肉厚における僅かな差異にとどまる微弱なものである。」(審決書6頁8~
10行)と判断し、断熱材の有無を評価しているが、本願意匠は、両端の垂直部及
び係止部を除いた部分が、折曲された板の厚さの数倍の厚さで断熱材で貼着された
二重構造であるのに対し、引用意匠は、1枚の板を折曲したものであるから、両意
匠の当該部位における具体的構成態様は明確に相違しており、上記判断は誤りであ
る。
 なお、甲第9号証に記載された意匠は、一方は板体ののみ、他方は板体に断熱材
のようなものが貼着されたものであって、それぞれが独立した意匠として登録され
ている事例である。
5 本願意匠は、パネル受けフレームの接合部において、その間に、半円状の頭部
を持つ吊り子により本件物品の内側係止部を包むように保持し、その外側から本件
物品の外側係止部により更に包み込まれる状態で冠着するように構成されて連結す
るものであり、パネル受けフレームの端部同士及び吊り子は、パネル受けフレーム
の山形部内方に隠れ、その山形部の頂部に1本の突条が形成される。
 これに対し、引用意匠は、その第2傾斜部上端部と隣接する別体の第2傾斜部上
端部とが当接するように載置し、その内側係止部を外側係止部で直接係着するよう
にして連接するものであり、形成された突条は、非対称で、その頂部には1本の細
溝が形成される。
 したがって、両意匠の使用状態は、全く異なっているから、本願意匠の実施品の
需要者が、両意匠を混同するおそれはないといえる。
 なお、屋根用の板材であるこの種物品において、底面の左右両端から斜め上方に
左右対称の傾斜面を折曲形成し、傾斜面の上縁を折曲して、板材を連続させるため
の係止部あるいは他部材を係止するための接合部等を形成した意匠は、従前から多
数が登録されており(甲第5~第8号証)、このことは、上記の構成以外の具体的
構成態様におけるごく細かな部分の差異を重視して、互いに類似しない別個独立の
意匠として登録されていたことを示している。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がな
い。
1 取消事由1について
1 原告は、審決の共通点1における「帯状平坦面」「段丘状平坦面」、共通点2
における「上縁部平坦面」、共通点3における「山部平坦面」の認定が、いずれも
誤りであると主張するが、審決は、本願意匠と引用意匠との当該部位における傾斜
角度の差異を、差異点3として認定しており(審決書4頁13~18行)、原告の
主張は失当である。
 なお、審決は、「平坦面」の語を、凹凸のない平らな面の意味で使用しているも
のである。
2 審決における共通点2の形態に関する原告の主張は、審決と記述方法が異なる
ものの、その認定内容が審決と略一致するものである。原告は、審決が共通点2や
差異点1において言葉で表現していない、当該部位の子細な曲げ角度や寸法比率等
に基づく態様も主張しているが、これらの態様は、意匠全体からみれば極めて微細
なものであり、視覚的効果も微弱なものであるから、意匠の類否判断にほとんど影
響を及ぼさないものである。
 なお、審決が、共通点2において「湾曲させる」と表現したのは、両意匠の当該
部位に弓形に曲がる部位があると認定したわけでなく、巻き込むように屈曲した態
様を表現したものである。
3 審決における共通点1及び2の認定は、図面に記載された具体的事実から視覚
を通じて認識・特定できるものであり、また、共通点3の認定も、図面から必然的
に導き出すことができる使用状態における外観的態様であって、いずれも観察者に
強く印象づけられる形態的共通性である。
 したがって、審決における共通点の認定(審決書2頁16行~3頁15行)に誤
りはない。
2 取消事由2について
1 本願意匠の外側係止部及び内側係止部の差異点1及び2の態様が、その出願前
に既に広く知られていたことを示す周知意匠について、その意匠権者が原告であっ
たとしても、当該部位の態様が従来から広く知られていた事実には変わりはない。
また、本願意匠の外側係止部の態様に極めて近い態様の外側係止部を持つ他人の意
匠登録が存在する(意匠登録第380951号の類似3号意匠、同類似6号意匠、
乙第2号証の1、2)から、両係止部の意匠の態様が原告製品のみに使用されてい
るとする原告の主張は誤りである。
 差異点1の引用意匠における頂上平坦部中央の凹溝について、この溝は、あたか
も線条のような外観を呈する極狭い幅のものであり、意匠全体から見れば細部の態
様における差異であるため、その有無によってもたらされる視覚的効果の差異は微
弱である。これに対し、共通点2は、当該部位の骨格をなす基本的な屈曲態様に関
するものであり、上記差異点1は、この共通性に希釈されるものである。
  したがって、この点に関する審決の認定(審決書5頁13~19行)に誤りは
ない。
2 差異点2の評価の前提となる、審決の共通点2の認定には、前示のとおり誤り
はない。
 また、本件物品において、使用状態に観察者の目に付く部位は、意匠上重要な部
位であり、この意味から、審決は、使用時に外側係止部に包み込まれて目立たなく
なる内側係止部の態様よりも、外側係止部の態様を重要視したものである。なお、
建築工事者が、屋根葺工事以前に各係止部の嵌合機能に関心を持つことは当然であ
るが、嵌合部の技術的評価は、意匠の構成要素としての評価と必ずしも一致するも
のではない。
 したがって、この点に関する審決の認定(審決書5頁19行~6頁5行)に誤り
はない。
3 審決における共通点1の段丘状平坦面に関する評価は過大ではない。原告が例
示する甲第20号証に記載された意匠は、側壁の中間部に段丘状平坦面を形成して
いるが、係合部の形状と係合方法、側壁の傾斜面と係合部の傾斜面が連なる態様、
底面の態様、全体の基本的構成態様が、本願意匠及び引用意匠と大きく異なるし、
本願意匠の出願のわずか1か月前の出願であって、公知状態ではなかった。甲第2
1号証に記載された意匠は、本願意匠と出願日が同じであって、対象外である。甲
第22~第25号証に記載された意匠は、いずれも側壁の中間部に段差を形成して
いるとは認められず、全体の基本的構成態様も本願意匠や引用意匠と本質的に異な
る。
 また、差異点3に記述した各平坦面の傾斜角度における差異、差異点4に記述し
た傾斜側壁の傾斜角度における差異、上縁部平坦面と段丘状平坦面の幅における差
異については、いずれもそれが数量的にわずかなものであるため、全体の基本的構
成態様に影響を及ぼすほどのものでなく、類否判断上の要点とはなし得ない。
 したがって、差異点3及び4に関する審決の評価(審決書6頁5~8行)に誤り
はない。
4 甲第9号証に記載された断熱材付きの意匠は、すべて断熱材が平板状(両縁部
を除く。)であって、金属板の屈曲態様に沿って貼着されてはおらず、金属板の膨
出箇所の裏面には空洞が形成されており、本願意匠のように断熱材が金属板と一体
化し、隙間なく貼着された態様のものと基本的に相違する。本願意匠のように金属
板と一体的に貼着された断熱材については、たとえ金属板の2倍程度の厚みがあっ
たとしても、意匠全体から見れば薄いものであり、しかも、このような態様のもの
は、ありふれたもの(乙第2号証の2)であって格別評価できない。また、本件物
品において、係止部の断熱材を除去することは、技術的効果を目的とするありふれ
た手段であり、引用意匠もその域を出ない。
 したがって、差異点5に関する審決の評価(審決書6頁8~10行)に誤りはな
い。
5 この種の屋根板同士を連結する場合、吊り子を介在させることは、金属板葺き
における慣用手段であるが、技術的効果はともかく、本願意匠に吊り子は含まれ
ず、本願意匠自体の外観及び使用状態の外観においても、そのことに関連する特徴
的態様は認められないから、連結方法における相違は類否判断の要素とはなし得な
い。
 なお、原告主張のように過去の登録事例同士の類否に言及することは、本件外の
事柄である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用意匠の誤認)について
 審決の理由中、本願意匠が、意匠に係る物品を「屋根板材」とし、その形態を別
添審決書写し別紙1記載のとおりとすること、引用意匠が、意匠に係る物品を「屋
根、壁用折板」とし、形態を同写し別紙2記載のとおりとすること、両意匠の意匠
に係る物品が一致すること、本願意匠と引用意匠との差異点に関する認定(審決書
3頁16行~5頁4行)は、いずれも当事者間に争いがない。
1 原告は、審決の共通点1における「帯状平坦面」「段丘状平坦面」、共通点2
における「上縁部平坦面」、共通点3における「山部平坦面」の各認定について、
本願意匠の当該部位が水平面であるのに対し、引用意匠の上縁部上面と中間部段丘
状上面は、緩やかな傾斜面であるから、審決は共通点を「平坦面」と誤認している
と主張する。
 しかし、別添審決書写し別紙1及び2の記載から明らかなように、引用意匠の上
縁部上面と中間部段丘状上面とは、本願意匠と同様に、凹凸のない滑らかな帯状を
なしているから、両意匠の共通点として、当該部位を「平坦面」と認定したことに
誤りはなく、しかも、審決は、本願意匠と引用意匠との当該部位における傾斜角度
の差異を、差異点3として、「傾斜側壁における上縁部平坦面及び中間部の段丘状
平坦面の傾斜角度について、本願意匠においては、両者とも水平であるのに対し、
引用意匠においては、左右の傾斜側壁の中間部に向かって左右対称的に下降する緩
やかな傾斜面としている。」(審決書4頁13~18行)と認定しており、これら
の認定はいずれも正当であって、原告の主張は失当といわなければならない。
  さらに、原告は、上記差異点3の認定に関して、傾斜面同士を対比してその角
度の多少を比較することはできるが、水平面の傾斜角度は0度であるから、無に対
して角度の多少を比較することは間違いであると主張するが、水平面と傾斜面との
傾斜角度が比較できないものでないことは明らかであり、この主張も到底採用する
ことができない。
2 原告は、審決の外側係止部の態様における共通点2の「湾曲させる」との認定
(審決書3頁9行)について、「湾曲」とは、一般に弓形に曲がることであり、両
意匠にはこのような部位があるわけではないから誤りであると主張する。
 しかし、審決は、共通点2として、「外側係止部の態様について、・・・頂上の
平坦部を経由してから先端を外側下方に向かって巻き込むように湾曲させる」(審
決書3頁5~9行)と認定したものであり、両意匠の当該部位に「弓形に曲がる」
部位があると認定したわけでないから、原告の主張はその前提において誤りがあ
り、しかも、この湾曲の態様に関しては、差異点1として、「本願の意匠において
は、該部全体を扁平な疑問符「?」状に屈曲させ、先端付近を外側に向かって僅か
に湾曲させているのに対し、引用意匠においては、該部全体を隅丸の矩形状に屈曲
させ、・・・先端付近を直角の鉤状に垂下させていること」(審決書3頁17行~
4頁3行)と正当に認定しているから、原告の主張を採用する余地はない。
 さらに、原告は、内側係止部の態様において、本願意匠と引用意匠とは相違する
と主張するが、その具体的内容は、審決の内側係止部の態様における共通点2の認
定を前提として、差異点2における「内側係止部の態様について、本願の意匠にお
いては、上縁平坦部の端部を垂直に起立させてから内側水平方向に膨出させ、さら
に上方に折り曲げた後、外側下方に向かって円弧状に湾曲する2段の瘤状に屈曲さ
せているのに対し、引用意匠においては、上縁平坦部の端部を垂直に起立させてか
ら、外側係止部の頂上平坦部に至るまでの屈曲態様に合わせて、その裏面に内接す
るように屈曲させていること。」(審決書4頁4~12行)との認定と基本的にほ
ぼ一致するものである。そして、それ以外の当該部位のわずかな曲げ角度や屈曲形
状に関する相違は、看者が両意匠を子細に対比観察してみて認識できる程度のもの
であり、視覚的効果も微弱なものであるから、審決が上記の差異点の認定に加えて
更に詳細な認定を行っていないことに違法はなく、この点に関する原告の主張も採
用することができない。
 以上のとおり、審決の共通点に関する認定(審決書2頁16行~3頁15行)に
誤りはない。
2 取消事由2(類否判断の誤り)について
1 本願意匠と引用意匠との差異点1及び2に係る係止部の構成が、期間満了によ
り意匠権が消滅した周知意匠(乙第1号証の1~3)に開示されていることは当事
者間に争いがなく、そうすると、このような構成は、従来から広く知られたもので
あったと認められ、看者に強い印象を与えるものでないことが明らかであるから、
この点に関する審決の判断(審決書5頁13~19行)に誤りはない。
 原告は、周知意匠の意匠権者が本願意匠の出願人である原告であり、両係止部の
態様は、原告製品のみに使用されている独特のものであると主張する。
 しかし、周知意匠の意匠権者が原告であるとしても、それらが設定登録されて公
開され、存続期間の満了により終了したものである以上、それら複数の意匠権に開
示された構成が広く知られたものとなることは明らかであるから、上記の審決の判
断は相当であり、また、本願意匠の外側係止部の態様に極めて近い態様の外側係止
部を有する複数の意匠が、第三者の登録意匠として存在する(意匠登録第3809
51号の類似3号意匠、同類似6号意匠、乙第2号証の1、2)から、いずれにし
ても原告の上記主張を採用する余地はない。
 また、原告は、差異点1の引用意匠における頂上平坦部中央の凹溝について、こ
の部位が、本件物品を複数連結する際に重要な役目を持つものであり、建築主にと
っても最も関心のあるところであるから、意匠の創作的価値を左右し、この部位の
相違によって、別個独立の登録意匠とされている事例は数多く存在すると主張す
る。
 しかし、引用意匠における頂上平坦部中央の凹溝は、意匠全体の他の部位と比較
してその幅が極めて狭く、窪みの程度も極わずかなものであるから、単なる1本の
線条のような外観を呈するものと認められ、その存在による視覚的効果は低いもの
といえるから、その有無によってもたらされる意匠全体への影響も微弱なものとい
わなければならない。そして、このような構成が、前示のとおり、従来から広く知
られたものであることを考慮するれば、上記のようなわずかな凹溝の有無が、意匠
の創作的価値を左右するものでないことは明らかであり、原告の主張を採用するこ
とはできない。
2 原告は、審決が、差異点2の評価において、内側係止部が物品の使用時に外側
係止部に包み込まれて外観上目立たなくなる部位であると認定・判断した(審決書
5頁19行~6頁5行)ことについて、この種物品の需要者である建築工事者は、
屋根葺工事以前の段階で、外側係止部と内側係止部の嵌合機能が適切か否か、山・
谷の幅、傾斜度、中央底部と外側係止部とその畝部頂面等の各部の相違等に関心を
注ぎ、当該意匠が一般人にどのような美感を与えるかを考慮するのが通常であるか
ら、上記判断は誤りであると主張する。
 確かに、屋根葺工事に関する建築工事者は、工事施工の観点から、その使用する
屋根板材の外側係止部と内側係止部の嵌合機能等に関心を持つものと推測される
が、意匠としての評価は必ずしもその工事施工上の関心とは一致するものではな
く、しかも、審決は、外側係止部と内側係止部との意匠全体へ及ぼす影響の重要性
を比較する上で、使用時に外側係止部に包み込まれて目立たなくなる内側係止部の
態様よりも、外側係止部の態様を重要視したにすぎないから、その判断に誤りはな
く、原告の主張は失当というほかない。
 また、原告は、審決における共通点2の認定には前示のような誤りがあり、本願
意匠が、三つ葉のクローバーの左半分状であり、偏平な「?」状であって、円弧状
部が多いためシンプルで優しい感を呈しているのに対し、引用意匠は、角張ってご
つごつした感を呈しており、両意匠の内側係止部の態様及び美感は全く相違するか
ら、差異点2が共通点2の共通性に希釈されてしまうものではないと主張する。
 しかし、審決における共通点2の認定は、前示のとおり相当である。また、原告
の上記主張は、審決における差異点2の構成に基づくものと解されるが、その差異
に係る構成は、前示のとおり、看者に広く知られたものであり、屋根板材の意匠全
体から見れば細部の態様にすぎないから、その有無によってもたらされる視覚的効
果の差異は微弱であり、共通点2における「外側係止部の態様について、上縁平坦
部の端部を垂直に起立させた後、内側水平方向に膨出部を形成するように屈曲さ
せ、さらに頂上の平坦部を経由してから先端を外側下方に向かって巻き込むように
湾曲させる」(審決書3頁5~9行)という外側係止部の骨格をなす基本的な構成
態様の共通性が、上記差異点の及ぼす印象の相違を凌駕するものと認められるか
ら、上記主張も採用できない。
 したがって、この点に関する審決の判断(審決書5頁19行~6頁5行)に誤り
はない。
3 原告は、審決が、差異点3及び4の評価において、共通点1の、本願意匠と引
用意匠との骨格をなす基礎的な構成態様にすぎない段丘状平坦面を過大に評価して
いると主張し、側壁に段丘状部を形成している意匠登録(甲第20~第25号証)
を例示する。
 しかし、原告が例示する甲第22~第25号証に記載された意匠は、いずれも、
本願意匠及び引用意匠の共通点1のように、上縁から底面にかけての傾斜側壁の中
間部ほぼ中央に、1つだけ一定幅の段丘状平坦面を設けた構成を有するものとは認
められない。また、甲第20号証に記載された意匠は、係合部の形状と係合方法、
側壁の傾斜面と係合部の傾斜面が連なる態様等の基本的構成態様が、本願意匠及び
引用意匠と大きく相違し、その結果、側壁の中間部に形成された幅の極めて狭い帯
状平坦面の与える意匠上の印象も、本願意匠及び引用意匠の当該部位の印象と異な
るものと認められる。これに対し、本願意匠と同日に原告により出願された甲第2
1号証に記載された意匠では、上縁から底面にかけての傾斜側壁の中間部ほぼ中央
に1つだけ一定幅の段丘状平坦面が形成されており、このことは、そのような段丘
状平坦面に係る基本的構成が、本願意匠の出願前には引用意匠を除いて広く知られ
たものでなく、意匠上も看者に強い印象を与える特徴的な構成となり得ることを示
すものといえる。
 したがって、共通点1に係る形態的共通性を重視した審決の判断に誤りはなく、
原告の上記主張を採用する余地はない。
 また、原告は、差異点3及び4に関して、本願意匠と引用意匠とでは、各平坦面
及び傾斜側壁の傾斜角度における差異や上縁部平坦面と段丘状平坦面の幅における
差異等が存するから、両意匠の具体的構成態様も明確に相違していると主張する。
 しかし、原告が主張する両意匠の具体的構成態様の相違は、いずれも両意匠にお
ける当該部位の傾斜角度や平坦部の長さの極めてわずかな差異を殊更強調したもの
であり、通常の看者は、そのようなわずかな差異によって異なる印象を受けるもの
とは到底考えられないから、上記主張は明らかに失当といわなければならない。
 したがって、差異点3及び4に関する審決の評価(審決書6頁5~8行)に誤り
はない。
4 原告は、差異点5に関して、本願意匠の両端の垂直部及び係止部を除いた部分
が、折曲された板の数倍の厚さの断熱材で貼着された二重構造であるのに対し、引
用意匠が、1枚の板を折曲したものであるから、両意匠の当該部位における具体的
構成態様は明確に相違していると主張する。
 しかし、本願意匠の金属板と一体的に貼着された断熱材は、図面上、金属板の約
2倍程度の厚みしかない極めて薄いものと認められ、板材の内部構造的なものにす
ぎないから、形態的に構成された意匠全体に及ぼす影響が極めて微弱であることは
明らかであり、しかも、本件物品において、係止部以外の裏面に断熱材を設置する
ことは、常套的な手段である(乙第2号証の2)から、原告の主張は到底採用でき
ない。
 また、原告は、甲第9号証に記載された意匠が、一方は板体のみ、他方は板体に
断熱材のようなものが貼着されたものであって、それぞれが独立した意匠として登
録されている事例であると主張する。
 しかし、同号証の記載によっては、当該意匠がそのような断熱材の有無のみによ
り別個の独立した意匠と判断されたものか否か判然とせず、しかも、同号証に記載
された意匠は、すべて両縁部を除いて断熱材が平板状であり、金属板の屈曲態様に
沿って貼着されておらず、本願意匠のように断熱材が金属板と一体化して貼着され
た態様のものとは相違するから、上記主張は失当といわなければならない。
 したがって、差異点5に関する審決の評価(審決書6頁8~10行)に誤りはな
い。
5 原告は、本願意匠が、パネル受けフレームの接合部において、その間に半円状
の頭部を持つ吊り子により本件物品の内側係止部を包むように保持し、その外側か
ら本件物品の外側係止部により更に包み込まれる状態で冠着するように連結するの
に対し、引用意匠は、その第2傾斜部上端部と隣接する別体の第2傾斜部上端部と
が当接するように載置し、その内側係止部を外側係止部で直接係着するようにして
連接するから、両意匠の使用状態が全く異なっており、本願意匠の実施品の需要者
が、両意匠を混同するおそれはないと主張する。
 しかし、図面により特定された本願意匠に吊り子が含まれないことは明らかであ
り、仮に、本願意匠の実施品の屋根板同士を連結する場合、吊り子を介在させるこ
とが一般的であるとしても、これを含めて本願意匠の形態を把握することは許され
ず、連結方法における相違を類否判断の要素とはなし得ないから、上記主張も失当
といわなければならない。
 また、原告は、本件物品において、底面の左右両端から斜め上方に左右対称の傾
斜面を折曲形成し、傾斜面の上縁を折曲して、板材を連続させるための係止部ある
いは他部材を係止するための接合部等を形成した意匠が、従前から多数登録されて
おり(甲第5~第8号証)、このことは、上記の基本的構成以外の具体的構成態様
におけるごく細かな部分の差異を重視して、互いに類似しない別個独立の意匠とし
て登録されていたことを示していると主張する。
 しかし、出願された意匠については、それ以前の周知の意匠の形態、公知及び先
願の意匠等を考慮した上で、当該意匠の要部が把握され、その類否等が個別的に判
断されて登録が許されるものであり、過去の登録事例に基づいて、原告主張の基本
的構成以外の具体的構成態様の差異が重視されて当該各意匠が登録されたものと一
概にはいえず、これらの登録意匠の存在は、上述した審決の正当な判断を左右する
ものでないことが明らかであるから、上記主張も採用の余地がない。
 したがって、審決が、「本願意匠は・・・その態様においても、前記共通点から
惹起される類似性が支配的であるため、引用意匠に類似するものと認められる。」
(審決書6頁14~17行)と判断したことに誤りはない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他
審決に取り消すべき瑕疵はない。
 よって、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の
負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり
判決する。
  東京高等裁判所第13民事部
    裁判長裁判官田中康久
       裁判官石原直樹
       裁判官清水 節

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