弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官片岡平太作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、
これを引用する。
 控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反の主張)について
 論旨は、原裁判所は、検察官から本件公訴犯罪事実の立証のため取調べを請求し
たAの検察官に対する供述調書につき、その証拠能力を否定して右請求を却下した
が、同調書は刑事訴訟法三二一条一項二号所定の要件を具備し証拠能力を有するも
のであるから、同調書の取調請求を却下した原裁判所の決定は違法であり、この点
において原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反があ
る、というのである。
 よつて案ずるのに、原審第四回公判期日に検察官より刑事訴訟法三二一条一項二
号に基ずき所論Aの検察官に対する供述調書の取調べを請求し、弁護人より同調書
にはいわゆる特信性がない旨意見を述べたところ、原裁判所は一旦その証拠決定を
留保したうえ、同第六回公判期日において右調書には証拠能力がないとの理由で右
請求を却下する旨の決定を宣告したことは記録上明らかである。
 ところで、検察官は当審においても所論Aの検察官に対する供述調書の取調べを
請求したので、当裁判所は、その証拠決定に先立ち同調書を提示させて一覧したと
ころ、同調書の冒頭には供述者の氏名の表示として「B」と記載され、末尾の供述
者署名押印欄にもBと記載されたうえその名下に指印が施されているが、一方同調
書の本文中にはその供述者が仮りの名を用いて署名する旨の供述記載もあつて、結
局同調書はなんびとかの検察官の面前における供述を録取した書面であることが認
められるけれども、それがAの供述録取書であることは同調書自体からは全然知る
ことができない。しかしながら、原審公判廷における証人Aの証言によると、右調
書は同人が検察官の面前においてした供述を録取したもので、同調書の供述者署名
押印欄にある前記Bなる記載及びその名下の指印も右Aが自らこれをしたものであ
ることが認められるのであつて、右Bなる記載が刑事訴訟法三二一条一項にいわゆ
る供述者の署名にあたるかどうかはともかくとして、少くとも右指印が同項にいわ
ゆる供述者の押印(指印を含むことにつき刑事訴訟規則六一条一項参照)にあたる
ことは明らかであるから、同調書は同項二号にいう被告人以外の者たるAの検察官
の面前における供述を録取した書面で供述者の押印のあるものと解さざるを得な
い。そこで、このような書面が、被告人からこれを証拠とすることの同意の得られ
なかつた本件において、証拠能力をもつためには、右三二一条一項二号の前段又は
後段所定の要件を具備しなければならないところ、右Aにつき公判準備又は公判期
日において供述することができないような事情は記録上全く見出せないから、同号
前段所定の要件を欠くことは明らかであり、従つて問題は同調書が同号後段所定の
要件を具備するかどうかである。しかも、記録によると、原審において検察官より
同調書の取調べを請求するに先立ち第三回公判期日に右Aを証人として尋問したと
ころ、同人は、さきに検察官の面前でし右調書に録取された供述すなわち被告人の
本件公訴にかかる犯行を目撃した旨の供述(この供述内容は右A証人及び証人Cの
原審公判廷における各供述によつて窺知することができる)をひるがえし、右犯行
を全然目撃していない旨相反する供述をしたことが認められるから、右三二一条一
項二号後段本文のいわゆる必要性の要件に欠くるところはない。従つて、問題は結
局同調書に同後段但書のいわゆる特信性があるかどうかの一点に帰着することとな
るが、当裁判所は、次の理由により同調書は特信性を欠き証拠能力がないものと判
断する。
 まず捜査官憲がAなる参考人を見つけ出し同人のB名義による前記検察官に対す
る供述調書が作成されるまでの経緯、状況についてみるのに、原審において適法に
取調べられた証拠(特に前記C、A両証人の証言)によれば、いわゆるD事件、す
なわち昭和三六年八月一日午後九時過ぎから同月五日午前一時頃まで連日連夜にわ
たり西成警察署及び浪速警察署の各管内にまたがる通称a地区内の各所において反
覆波状的に行われた集団暴力事件の捜査を担当した西成警察署警察官Cは、同事件
につき現場写真を持ち廻る等して種々聞込みを重ねるうち、通称Eという男娼か
ら、写真中の人物の一人としてAを指摘されたので、同月二三、四日頃多数の現場
写真を携えて同人方を訪れ、同人に対し右写真中から面識のある者を指摘されたい
旨依頼したところ、同人において右写真のうちから一枚(記録二一一丁編綴のも
の)を抜き出し、これに写つている人自身ではないがその人に似た男が投石するの
を目撃したと言つて、被告人の名を告げたので(もつとも、AがCに対して右の如
き供述をしたのは、初めて同人の訪問を受けて前記のような依頼をうけたその場に
おいてか、それともAが原審公判廷で証言するようにその後数日にわたりCの執拗
な訪問、追及を受けた末なのか、いずれとも判断しがたい)、同月二七日Cはその
旨の供述調書を作成したこと、ところが、右調書作成の際、Aにおいてその調書に
自己の真の氏名及び住居が表示されるのを厭つたので、CはAの氏名及び住居(大
阪市b区c町d番地e荘内)を知りながら、同調書ではこれを秘し、供述者の氏名
については特にBなる名称を創設し、住居も隣町である同区f町g番地F方と虚偽
の表示をしたうえ、Bの名義で署名指印させたこと、本件捜査担当の検察官もCか
ら右の事情を告げられAの真の氏名、住居を知りながら右虚偽の氏名、住居を表示
して本件検察官面前調書を作成したうえ、同様B名義で署名指印させたことが認め
られる。
 <要旨>ところで、検察官は、このような仮名による調書を作成したのは供述者A
が平素芸人として被告人の働いている飲食店にも出入りしていて被告人にも
面識があり、後難を怖れるの余り自己が警察に申告した事実を極力隠蔽するため、
自己の本名を公にすることを極度に嫌忌したからである、という。しかしながら、
たとえ所論のような理由があつたとしてもなお、このような供述者の真の氏名を隠
蔽した本件検察官面前調書の供述内容に信を措くことは危険である。けだし、この
場合、供述者は、自己の氏名、住居の隠蔽を保障されることによつて、真実を供述
しなければならないという責任感から解放され、徒らに取調官憲に迎合して虚偽の
供述をする危険性が極めて大きいからである。特に本件において、AはD事件の犯
行現場に居合わせた一人として、同事件の捜査を担当するC警察官の度重なる訪問
を受け捜査に対する協力を執勧に求められた末、その煩わしさからのがれたいとい
う気持に、自己が供述者であることを被告人に知られる虞れはないとの安心感も加
わつて、一時のがれに同警察官に被告人の名を挙げて虚偽の供述をしたのではない
か、そして同様自己の氏名住居の隠蔽を保障して呉れる検察官に対してもまた右虚
偽の供述を繰り返えしたのではないか、との疑を容易に払拭し得ないのである。さ
らに、本件調書には供述者の表示として一応Bなる氏名が記載され署名欄にも同様
の記載がなされているが、これはいわば供述者と調書作成者たる検察官との馴合い
によつて架空の氏名を表示したのに過ぎない。供述者のいう氏名が通称又は偽名で
あることを知らずこれを本名であると信じて調書にその旨の表示をしかつその氏名
で署名させた場合とは到底同日の談ではない。むしろ本件調書はその冒頭の供述者
氏名欄を空白とし末尾の供述者署名押印欄に単に指印のみを施した調書に近い信用
性をしか主張し得ないものである。供述者が真の氏名住居を調書に表示することを
拒絶したときは、刑事訴訟法二二六条による証人尋問を請求して、真の氏名住居を
表示し本名による署名のある(同法三八条、特にその六項参照)、信用度の高い調
書を強制的に獲得する途も開かれているのである。このような方法をも講じないで
安易に供述者と妥協し架空人名義の調書を作成して伝聞法則の例外規定である同法
三二一条一項二号の適用を主張するが如きは、その調書作成の際の経緯は如何にあ
れ、到底当裁判所の容認しがたいところである。さらに付言すれば、原審において
適法に取調べた証拠によれば、被告人は右供述者Aが流し芸人として時折り出入り
する飲食店の板場職人であるというだけで同人と特に深い交渉があるわけではな
く、又被告人は昭和三五年六月に傷害罪により罰金三、〇〇〇円に処せられたこと
はあるけれども他に前科はなく、平素とかく粗暴な言動に出ることが多かつたとい
うわけでもないし、さらにA証人の原審公判廷における証言内容自体に照らして
も、同証人の右公判廷での証言が被告人に対する畏怖の念に駆られてした虚偽の供
述であるとは一概に断定しがたいのである。
 結局、所論Aの検察官に対する供述調書は刑事訴訟法三二一条一項二号後段但書
のいわゆる特信性を欠き証拠能力を有しないというのほかなく、結局右調書の証拠
能力を否定し同調書の取調請求を却下した原審の訴訟手続には所論の如き違法はな
いから、論旨は理由がない。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長裁判官 松村寿伝夫 裁判官 河村澄夫 裁判官 日野達蔵)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛