弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人谷萩陽一、同佐藤大志、同椎名聡の上告理由について
 一 本件は、上告人らが、Dの自動車事故による死亡について、Dが被上告人と
の間で締結した自家用自動車保険契約に基づく自損事故保険金一四〇〇万円及び搭
乗者傷害保険金五〇〇万円の支払請求権を相続したと主張して、被上告人に対して
上告人らに各九五〇万円の支払を求める事案であるところ、原審の適法に確定した
事実関係は、次のとおりである。
 1 上告人ら夫婦の長男であるDと被上告人は、平成元年三月三日、次の内容の
自家用自動車保険契約を締結した。
 (一) 保険期間 平成元年三月三日午後四時から同二年三月三日午後四時まで
 (二) 被保険自動車 D所有の本件事故車
 (三) 保険金受取人 D
 (四) 保険契約の締結と同時に第一回目の分割保険料一万一九四〇円を支払い、
第二回目以後の分割保険料については平成元年五月から同二年一月まで毎月二六日
に三九八〇円ずつを支払う。
 (五) 本件に関係のある保険事故及び保険金は、(1)被保険自動車の運行に起因
する急激かつ偶然の外来の事故により被保険者(被保険自動車の保有者及び運転者
並びにその正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者)が身体に傷害を被り、
かつ、それによって被保険者に生じた損害について自動車損害賠償保障法三条によ
る損害賠償請求権が発生しないことを保険事故とし、右傷害の直接の結果として死
亡したときの死亡保険金を一四〇〇万円とする自損事故保険、(2) 被保険自動車
の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者がその運行に起因する急激かつ偶
然の外来の事故により身体に傷害を被ったことを保険事故とし、右傷害の直接の結
果として事故発生日から一八〇日以内に死亡したときの死亡保険金を五〇〇万円と
する搭乗者傷害保険である。
 (六) 本件保険契約に適用のある約款には、「当会社は、保険契約者が第二回目
以降の分割保険料について、当該分割保険料を払込むべき払込期日後一か月を経過
した後もその払込みを怠ったときは、その払込期日後に生じた事故については、保
険金を支払いません。」(保険料分割払特約第五条)という定めがある。
 2 本件保険契約の第一回目の分割保険料一万一九四〇円は約定の払込期日であ
る平成元年三月三日に支払われたが、同年五月二六日及び六月二六日に支払われる
べき分割保険料は払込期日までには支払われなかったところ、被上告人の代理店と
して本件保険契約の締結事務を取り扱ったEは、同年七月一四日、同年五月から七
月までの各月二六日に支払うべき分割保険料の元本の合計額に相当する一万一九四
〇円を、本件保険契約に基づく保険料として、Dに代わって、被上告人に支払った。
 3 Dは、茨城県常陸太田市において上告人らと同居していたが、平成元年七月
一一日の夕刻に自宅を出て以来行方が分からないでいたところ、同三年二月一日に
同県日立市所在のa港b埠頭南側約三〇メートル先海底において、被保険自動車の
中で白骨死体となっているのを発見された。Dは、被保険自動車の運行に起因する
事故により死亡したものと認められるが、右死亡事故の発生日時を認めるに足りる
証拠はない。
 二 右事実関係に基づいて検討する。
 1 前記一1(六)記載の約款の条項は、保険契約者が分割保険料の支払を一箇月
以上遅滞したため保険会社が保険金支払義務を負わなくなった状態(以下「保険休
止状態」という。)が生じた後においても、履行期が到来した未払分割保険料の元
本の全額に相当する金額が当該保険契約が終了する前に保険会社に対して支払われ
たときは、保険会社は、右支払後に発生した保険事故については保険金支払義務を
負うことをも定めているものと解すべきである。
 けだし、右条項の趣旨は、保険契約者が保険料の支払を遅滞する場合に保険金を
支払わないという制裁を課することによって、保険会社の保険料収入を確保すると
ともに、履行期が到来した保険料の支払がないのに保険会社が保険金支払義務を負
うという不当な事態の発生を避けようとする点にあるが、履行期が到来した分割保
険料が支払われたときには、右の制裁を課する理由がなくなるから、保険金支払義
務の再発生を認めることが衡平であり、契約当事者の通常の意思に合致すると考え
られるからである。
 2 右約款の条項については、保険休止状態の発生による保険金支払義務の消滅
を主張する者は保険休止状態の発生時期及びそれ以後に保険事故が発生したことを
主張、立証すべき責任を負い、保険休止状態の解消による保険金支払義務の再発生
を主張する者は保険休止状態の解消時期及びそれ以後に保険事故が発生したことを
主張、立証すべき責任を負うものと解すべきである。
 けだし、保険休止状態の発生は権利消滅事由であるから権利の消滅を主張する者
に立証責任を負わせ、保険休止状態の解消はいったん消滅した権利の再発生事由で
あるから権利の再発生を主張する者に立証責任を負わせるのが、妥当であるからで
ある。
 3 本件についてこれをみるのに、前記事実関係によれば、本件保険契約は平成
元年五月二七日から同年七月一四日に未払保険料が支払われるまでの間は保険休止
状態にあったが、保険事故の発生時期については平成元年七月一一日以後であるこ
とが証明されたにとどまり、同日以後のいつの時点において保険事故が発生したの
かを認めるに足りる証拠はないというのである。そうすると、保険休止状態の発生
時期である同年五月二七日より後の同年七月一一日以後に保険事故が発生したこと
が証明された本件においては、被上告人は、保険休止状態の発生による保険金支払
義務の消滅についての主張立証責任を尽くしたものということができる。これに対
して、保険休止状態の解消時期である同年七月一四日の保険料の支払の後に保険事
故が発生したことが証明されなかった本件においては、上告人らは、保険休止状態
の解消による保険金支払義務の再発生についての主張立証責任を尽くしたものとい
うことはできない。
 以上によれば、上告人らの本件保険金請求を棄却すべきものとした原判決の結論
は正当であって、論旨は採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意
見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    福   田       博

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