弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成16年1月30日判決言渡
平成12年(ワ)第19691号損害賠償請求事件
             判          決
             主文
1 被告東京都は,原告甲1に対し,3056万4685円及び内金3046万4685円に
対する平成11年2月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告東京都は,原告甲2及び同甲3に対しそれぞれ,1298万2342円及び内金1
293万2342円に対する平成11年2月11日から各支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
3 被告東京都は,原告甲4に対し,225万円及び内金220万円に対する平成11年
2月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告乙1及び同東京都は,各自,原告甲1に対し,40万円,同甲2,同甲3及び同
甲4に対しそれぞれ,20万円を支払え。
5 被告乙2及び同東京都は,各自,原告甲1に対し,20万円,同甲2,同甲3及び同
甲4に対しそれぞれ,10万円を支払え。
6 原告甲1,同甲2,同甲3及び同甲4それぞれの被告東京都,同乙1及び同乙2に
対するその余の各請求,並びに被告乙3,同乙4及び同乙5に対する各請求をいず
れも棄却する。
7 原告甲5の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は,これを20分し,その11を原告らの,その7を被告東京都の,その1を
同乙1の,その1を同乙2の各負担とする。
9 この判決は,第1項ないし第5項及び第8項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告東京都は,原告甲1に対し,6601万8615円及びこれに対する平成11年2
月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告東京都は,原告甲2及び同甲3に対しそれぞれ,2956万2745円及びこれ
に対する平成11年2月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
3 被告東京都は,原告甲4及び同甲5に対しそれぞれ,318万1441円及びこれに
対する平成11年2月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告乙1及び同東京都は,各自,原告甲1に対し,240万円,同甲2,同甲3,同
甲4及び同甲5に対しそれぞれ,120万円を支払え。
5 被告乙2及び同東京都は,各自,原告甲1に対し,120万円,同甲2,同甲3,同
甲4及び同甲5に対しそれぞれ,60万円を支払え。
6 被告乙3及び同東京都は,各自,原告甲1に対し,40万円,同甲2,同甲3,同甲
4及び同甲5に対しそれぞれ,20万円を支払え。
7 被告乙4及び同東京都は,各自,原告甲1に対し,40万円,同甲2,同甲3,同甲
4及び同甲5に対しそれぞれ,20万円を支払え。
8 被告乙5及び同東京都は,各自,原告甲1に対し,20万円,同甲2,同甲3,同甲
4及び同甲5に対しそれぞれ,10万円を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,平成11年2月11日に東京都立広尾病院(以下「広尾病院」という。)にお
いて術後療養中に死亡した亡Aの夫等の遺族である原告らが,被告らに対し,広尾
病院の担当看護婦(現在の呼称は「看護師」であるが,本件当時は「看護婦」とされ
ていたので,以下「看護婦」と呼称する。)による投与薬剤の取り違えという基本的
注意義務違反の過失及び広尾病院においてそのような危険を回避することが可能
なシステムを構築せずに危険な医療を提供してきたという組織構造上の過失によっ
て亡Aの死がもたらされ,その上,同人の死後の対応においても,被告らにおいて,
原因究明義務及び情報開示・説明義務違反があるとして,債務不履行又は不法行
為(使用者責任を含む。)に基づき,損害賠償を求めた事案である。
2 前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
ア(ア) 亡Aは,昭和15年8月23日生まれの女性であり,平成11年2月11日の
死亡当時58歳であった。
(イ) 原告甲1は亡Aの夫,原告甲2は亡Aの長男,原告甲3は亡Aの次男,原
告甲4は亡Aの実父,原告甲5は亡Aの実妹である。
イ(ア) 被告東京都は,東京都渋谷区ab丁目c番d号所在の広尾病院の開設者
である。
(イ) 被告乙1は,被告東京都に雇用され,広尾病院に勤務していた医師であ
り,亡Aの死亡当時(以下,(ウ)ないし(カ)において同じ。),同病院の院長と
して,患者に対する治療行為に自ら従事するとともに,同病院の院務をつか
さどり,所属職員を指揮監督する等の職務に従事していた者である。
(ウ) 被告乙2は,被告東京都に雇用され,広尾病院に勤務していた整形外科
医師で,亡Aの主治医を務めていた者である。
(エ) 被告乙3は,被告東京都に雇用され,広尾病院の事務局長を務めていた
者である。
(オ) 被告乙4は,広尾病院に対する監督官庁である被告東京都衛生局病院
事業部(以下,被告東京都衛生局を「衛生局」といい,衛生局病院事業部を
「病院事業部」という。)の部長として,都立病院の管理運営,医療苦情処理
並びに都立病院の事務の改善及び指導等の職務に従事していた者であ
る。
(カ) 被告乙5(以下,被告乙1,被告乙2,被告乙3,被告乙4及び被告乙5を
併せて「被告乙1ら」という。)は,被告東京都の病院事業部の副参事とし
て,被告乙4の前記職務と同様の職務に従事していた者である。
(2) 亡Aの死亡に至る経過等
ア 亡Aは,平成11年2月8日,慢性関節リウマチの治療として左中指滑膜切除
手術を行うため,広尾病院に入院し,同月10日,亡Aの主治医となった被告
乙2の執刀により,同手術は無事に終了し,術後の経過は良好であった。
イ 被告乙2は,前記手術の翌日である同月11日午前9時ころ,亡Aに対し,点
滴器具を使用して抗生剤を静脈注射した後,患者に刺した留置針の周辺で血
液が凝固するのを防止するため,引き続き血液凝固防止剤であるヘパリンナ
トリウム生理食塩水(以下「ヘパ生」という。)を点滴器具に注入して管内に滞
留させ,注入口をロックする措置(以下「ヘパロック」という。)を行うようにB1看
護婦らに指示した。B1看護婦はこれに従って薬剤を充てんした注射器を準備
し,B2看護婦が同注射器を使用してヘパロックを開始したところ,亡Aは容態
が急変して苦痛を訴え始めたので,亡Aに対する応急措置が施されたが,結
局,亡Aは同日の午前中に死亡するに至った(以下「本件医療事故」とい
う。)。
ウ 原告甲1は,同日,被告乙2の求めに応じる形で,病理解剖承諾書に署名押
印して交付した。
(3) 亡Aの死亡後の経過
ア 広尾病院においては,同月12日午前8時30分ころから,被告乙1,B3副院
長,B4副院長,被告乙3,B5医事課長,B6庶務課長,B7看護部長,B8看
護科長及びB9看護副科長ら広尾病院の幹部9名が出席して,亡Aの死亡に
ついての対策会議(以下,同日開催された対策会議を「本件対策会議」とい
う。)が開かれ,亡Aの死亡に関する経過説明がされた後,亡Aの死亡を所轄
警察に届け出るべきかが議論された。
イ 同会議の終了後の同日午前9時ころ,B5医事課長は病院事業部のB10主
事に対し,広尾病院で患者が死亡したこと等を電話で連絡した。B10主事か
ら報告を受けた被告乙5は,被告乙4らと対応について検討をした上,同日午
前11時ころ,広尾病院に赴いた。
ウ 被告乙1は,同日,広尾病院に到着した被告乙5を交えて本件対策会議の出
席者と協議した結果を踏まえ,原告甲1らが病理解剖に承諾するかを再度確
認したところ,承諾は得られていると考えたことから,広尾病院において亡Aの
病理解剖が行われるに至った。
エ 広尾病院は,同月22日に至って,亡Aの死亡を警視庁渋谷警察署に届け出
た。
3 争点
(1) 亡Aの死亡自体に関する被告東京都の義務違反の有無
(原告らの主張)
ア 看護婦らの過失を巡る義務違反について(被告東京都の債務不履行責任又
は使用者責任(民法715条))
亡Aはヘパ生を注入されるべきであったのに,誤って消毒液ヒビテングルコネ
ート液(グルコン酸クロルヘキシジンの水溶液。以下「ヒビグル」という。)を注
入されることにより死亡したものであるが,B1看護婦は,薬剤の準備に当たっ
てその内容を取り違えるという,看護婦の基本的注意義務に違反しており,さ
らに,B2看護婦は点滴後の処置に当たり投与する薬剤の確認を怠っており,
これもまた看護婦としての基本的注意義務に違反しているものといえる。
 そして,両看護婦の上記各注意義務違反がなければ,亡Aの死亡という結
果は生じなかったといえるから,上記各行為と結果との間には因果関係が存
する。
 よって,被告東京都は,後記(3)ア記載の損害について,履行補助者の故意
過失に基づく債務不履行責任又は使用者責任を負う。
イ 被告東京都の組織構造上の過失について(被告東京都の債務不履行責任
又は不法行為責任(民法709条))
(ア) 医療行為は,患者の疾病の治癒を目的として行われ,体内への侵襲とい
う手段をとることもまれではないため,常に患者の生命や身体に対する危険
を伴う行為である。
 医療行為をつかさどる病院の経営主体にとっては,そのような危険を可及
的に減少させ,仮に医療行為に携わる一員によって何らかのミスが引き起
こされたとしても,重大な結果を生じさせない危険回避のシステムを構築す
ることが,医療事故を防止するために必要不可欠なものである。
(イ) それにもかかわらず,広尾病院においては,①薬剤の専門家でない看護
婦に調剤行為を行わせていたため,当該薬剤に応じた扱いを怠る可能性が
あり,②複数の人間が,薬剤の準備から投与までの作業を分担して行って
いたため,自分が担当する前後の作業内容をよく把握しないまま自分の作
業を行う危険があり,③薬剤容器への記入方法が統一されていなかったた
め,注射器にメモ紙を貼り付けることにより充てんされている薬剤を表示し
ようとしたが,メモ紙を間違えて貼り付けることにより,間違った薬剤を表示
してしまう危険があり,④ヒビグルとヘパ生の計量に,同形状の注射器を計
量器として使用していたため,注射器の外形上からは内容物の区別が付か
ず,取り違えを防ぐことができない態勢がとられ,⑤消毒薬と点滴液用の注
射器を同じ処置台の上で同時に準備した上,患者ごとに個別のトレーを用
意し,薬札を付けるなどしなかったため,薬剤の取り違えを防げなかったと
いう諸事情が存在していたものであって,このような事故を誘発する危険な
態勢を除去するシステムが構築されなかったがために,看護婦らの前記ア
の各注意義務違反を誘発し,本件医療事故を引き起こすことになった。
(ウ) よって,被告東京都には,危険を回避することが可能なシステムを構築
すべきであったにもかかわらず,危険な看護及び投薬のシステムを維持し
たまま,それに基づいて危険な医療を提供してきたという義務違反があり,
診療契約の債務不履行又は不法行為責任(民法709条)に基づき,損害賠
償責任を負い,被告東京都の行為と前記アの両看護婦の行為とは共同不
法行為の関係に立つものである。
(被告東京都の主張)
ア 看護婦らの過失を巡る義務違反について(被告東京都の債務不履行責任又
は使用者責任(民法715条))
 B1看護婦及びB2看護婦の過失行為に基づき,亡Aが死亡したことは認め
る。
イ 被告東京都の組織構造上の過失について(被告東京都の債務不履行責任
又は不法行為責任(民法709条))
(ア) 原告らの主張イ(イ)①について
 本件医療事故発生当時の広尾病院においては,薬剤師は,1日平均外来
患者1055.0人及び入院患者481.5人の合計1536.5人の患者の調
剤を行っていたが,この人数は特異ではない。入院患者の場合は,病棟に
一定量が払い出された薬剤を,病棟の看護婦が1回分として調製し,患者
に投与するのが通常の方法であるとの実情を考えると,看護婦による同調
製行為を一概に違法と決めつけるべきものではない。
(イ) 原告らの主張イ(イ)②ないし⑤について
 当該主張のような背景事情が存在したこと自体は認めるが,同②につい
ては,人手の少ない夜勤帯に薬剤の準備から投薬をすべて一人で行うこと
は事実上不可能であるから,違法性が阻却される例外的な場合も認められ
るべきである。
(ウ) よって,原告らの主張イ(イ)①ないし⑤の一連の背景事情が組織構造的
過失であるとはいうことはできない。
(2) 亡Aの死亡後の被告らの行為に関する義務違反の有無
(原告らの主張)
ア 原因究明義務違反について(被告ら全員に対するもの)
(ア) 原因究明義務の存在
a(a) 現代の医療は高度に専門化している上,患者本人にもその全容が分
からないような密室性があるという特殊性があることから,医療事故の
被害者や遺族がその真の原因を知るためには,医療機関が診療経過
を説明し,原因を誠実に究明して,その内容を開示することが不可欠
であり,さらに,医療を受ける機会は誰にでもあることに照らすと,この
ような原因究明は社会的要請でもある。
 そして,診療契約は準委任契約であり,その根底には善管注意義務
があるから,診療契約の当事者である医療機関は,診療契約の相手
方である患者又はその遺族に対し,善管注意義務の一環として又はこ
れに付随する信義則上の義務として,原因究明義務を負うというべき
である。
(b) 原因究明義務とは,理不尽な被害の原因を明らかにすることを目指
して,誠実に適正な手続や方法をとる義務をいう。上記義務は手段債
務であり,義務者の行為によって原因が判明したかどうかという結果
のいかんにかかわらず,具体的な事実経過にかんがみて,誠実に適
正な手続や方法がとられたか否かによって,義務違反の有無が吟味さ
れる。
(c) そして,医療には,専門性,密室性及び危険性という特殊性があるこ
と,医療行為を医師という専門家が独占していること,医師法21条の
異状死体届出義務は,その義務が履行されれば,刑事司法の手続上
で医療事故の原因や責任が明らかにされるので,医療事故による患
者死亡の原因究明の端緒として機能する場面があることなどから,診
療契約の当事者である医療機関開設者は,診療上の事故によって患
者が死亡した可能性のある場合には,当該病院で病理解剖をするの
ではなく,所轄警察に届け出ることが,診療契約の当事者である患者
又はその遺族に対する原因究明義務として課されるというべきである。
(d) 本件においては,広尾病院の開設者である被告東京都が,亡Aの遺
族に対し,本件医療事故を所轄警察署に届け出て刑事司法手続にそ
の処理をゆだねるという原因究明義務を負っていたところ,被告東京
都の原因究明義務の履行の帰すうに強い影響力をもっていた被告乙
1らが,後記(イ)のとおり,被告東京都の原因究明義務を故意に妨害し
たという不法行為を犯したものであり,各被告の行為は,互いに客観
的関連共同の関係に立つので,共同不法行為責任が成立する。
(e) なお,①病理解剖の承諾は,単に,死亡原因を医学的に解明するた
めに解剖することを承諾するものであって,病理解剖の結果,病死で
はなく外因死であることが判明した場合には,当然に届出の対象にな
るのであるから,病理解剖に承諾しても警察に届け出なくてもよいこと
まで承諾したことにはならないこと,②本件は,そもそも医療事故であ
る可能性が明白であったから,病理解剖は許されず,警察に届け出た
上で司法解剖が行われるべきであったこと,③病理解剖承諾書は,被
告乙2が原告甲1らに対し,事故の可能性を告げずに署名させたもの
であり,署名した時点で,原告甲1らは警察に届け出るかどうかという
ことは念頭になかったこと,④被告乙1は,広尾病院が信用できないの
ならといって,踏み絵をさせるような迫り方をして,原告甲1らの自由な
意思に基づかない病理解剖の承諾を得たこと,⑤原告ら遺族として
は,薬剤の取り違えの事故の可能性を告げられても,その意味が理解
しにくいことを考慮すれば,原告らが広尾病院において病理解剖をす
ることに承諾したことは,被告らの行為が原因究明義務違反でないこ
とを裏付ける事情とはならない。
b 国家賠償法(以下「国賠法」という。)との関係
 被告乙1らの各行為には,次のとおり,国賠法は適用されないため,被
告らは民法上の不法行為責任を負うものである。
(a) 国賠法1条1項の「公権力の行使」とは,行為主体にかかわらず,国
又は公共団体の作用のうち,純粋な私経済作用と同法2条が適用され
る営造物の設置又は管理作用を除くすべての作用を意味する。
 そうすると,例外的に,特別権力関係や強制的関係の強い医療行為
の場合は格別,国公立病院における一般の診療行為は,私立病院に
おけるそれと区別する合理的理由はないから,国公立病院における診
療行為は私経済作用であり,公権力の行使とはいえない。
 したがって,国公立病院における診療行為には,国賠法の適用がな
く,民法の不法行為の規定が適用される。
(b) そして,原因究明義務違反について問題となる事実関係は,遺族へ
の説明,警察への届出,死亡診断書の記載等であり,これらは診療行
為の一部か,少なくとも診療行為に密接に関連する行為といえる。
 そうすると,本件は,診療行為に付随する行為の義務違反が問題と
なっているから,これらの行為は私経済作用といえ,したがって,国賠
法ではなく,民法の不法行為規定が適用されるべきである。
(c) さらに,被告乙1らの各行為に,国賠法が適用されるか否かにかか
わらず,同各行為は,後記(イ)のとおり,いずれも故意の不法行為であ
るから,被告乙1らは公務員個人としても不法行為責任を負う。
(イ) 義務違反行為
a 被告乙1について
(a) 被告乙1は,広尾病院の院長,かつ,本件対策会議の主催者であ
り,本件医療事故についての広尾病院としての対応方針を決定づける
立場にあったものであるから,同会議終了後直ちに,本件医療事故を
警察へ届け出るべきであった。
 それにもかかわらず,被告乙1は,①本件対策会議において,本件
医療事故を警察に届け出る方針にいったん決定したにもかかわらず,
「乙1院長が警察に届けるとは何事だ。」,「職員を売ることはできませ
んね。」との被告乙5の発言からくみ取れる病院事業部の意向を受け
て,原告ら遺族に誤投薬の可能性を説明した上で病理解剖の承諾を
取る方針に転換したこと,②病院事業部の意を受けて,原告ら遺族に
対し誤投薬に関する概略的な説明をしただけで,病理解剖の承諾を取
り付けたこと,③病理解剖を担当した医師らから,ポラロイド写真や具
体的事情を示された上で,誤投薬の事実はほとんど間違いがないとの
報告を受けても,本件医療事故を警察に届け出なかったこと,④亡A
の血液検査を指示するに当たっても,そもそもヒビグルが検出されるこ
とが期待できないような原始的な検査方法によるように指示した上,広
尾病院においては,ヒビグルを検出できるクロマトグラフィー等による
検査が可能な設備を備えていないことを認識しながら,外部機関に対
し,ヒビグルの検出依頼を早急に行わず,原告ら遺族らから求められ
た中間報告書の提出期限直前に至って,このまま検出依頼をしない状
態を続けると遺族らから不信の念を持たれるなどの問題が生じ,この
ままではもたないとの判断により,時間を経た後にようやく外部機関に
検出依頼をしたものの,その一方で病院事業部の指示により民間の
外部機関への検出依頼は撤回するなどして,ヒビグルの検出をする血
液検査をなるべく回避しようとしたことからすれば,被告東京都の原因
究明義務の履行を妨害したというべきである。
 この点,医療機関が,医療事故が発生した際に,警察に対し誤投薬
の可能性があることを伝えたにとどまった場合には原因究明義務を果
たしたとはいえず,誤投薬に至る経過,誤投薬の内容,誤投薬後の処
置など,原因究明に役立つ情報につき,その保有する情報の内容に
応じた原因究明義務を負うものである。
(b) 原因究明義務違反の故意としては,事故死であることの無視し得な
い可能性があることの認識で足りるところ,被告乙1は,①かつて亡A
を自ら診察したことから,手術前の健康状態に問題がなく,実施される
手術も危険性の少ない手術であることを認識していたこと,②本件対
策会議における報告及び配付資料から,亡Aの手術後の経過も良好
であったことを認識していたこと,③上記報告及び配付資料から,亡A
が点滴終了後急速に容態が悪化したことを認識していたこと,④平成
11年2月11日にはB7看護部長から,同月12日の本件対策会議の
開始前にもB5医事課長から,誤投薬の可能性があるとの報告を受け
たことを総合すれば,本件対策会議の時点で,事故死の無視し得ない
可能性の認識はおろか,事故死の原因が誤投薬である可能性が高い
旨の認識を有しており,病理解剖の結果の報告を受けた以降は,亡A
の事故死の原因が誤投薬であることはほぼ確実であるとの認識に達
していたといえる。
 したがって,被告乙1は,原因究明義務違反行為につき確定的故意
が認められる。
b 被告乙2について
(a) 被告乙2は,亡Aの主治医であって,死亡後に死体の検案をし,医師
法21条の届出義務も負っていたのであり,主体的に原因を究明すべ
きであった。
 それにもかかわらず,被告乙2は,①医療事故の可能性を示唆する
形跡を残さないために,平成11年2月22日に至るまで,亡Aの死亡を
警察に届け出なかったこと,②カルテに事故の可能性を示唆する形跡
を残さないため,B1看護婦が誤投薬の可能性を申告しているという重
要な事実を記載しなかったこと,③診療中の患者が死亡した場合には
医師法21条の届出義務がないとの考え方があったことから,実際に
は,当直のB11医師が被告乙2が到着する前の同月11日午前10時
25分に亡Aの死亡宣告をしたにもかかわらず,届出義務が発生しない
ように,被告乙2が病院に到着した後の時刻である同日午前10時44
分を死亡時刻と偽り,その旨をカルテや死亡診断書等に記載したこと,
④遺族が病理解剖に承諾したら警察に届け出る必要はないとの考え
のもと,原告ら遺族に事故の可能性を告げず,原告甲5の夫であるC1
から薬物性ショックの可能性について問われても,一般論としてその可
能性もある旨の返答をするにとどめた上で,原告ら遺族から病理解剖
の承諾書を取ったこと,⑤看護婦の誤投薬の可能性について報告を
受けた一方,亡Aが病死したとの説を支持するさしたる根拠もなかった
にもかかわらず,本件対策会議において殊更病死説を唱えたことを総
合すれば,被告乙2は,可能な限り医療事故の可能性を打ち消そうと
していたものであって,このような被告乙2の原因究明を妨害する行為
は,原因究明義務に違反するというべきである。
(b) ところで,B11医師により,原告甲1と原告甲5立会いのもと,亡Aの
死亡が確認された時刻は,平成11年2月11日午前10時25分であっ
たものである。
 この点につき,原告甲1及び原告甲5はその旨各本人尋問で明確に
供述しているところ,それらの信用性を裏付ける事情として,①同人ら
はB11医師から同日午前10時5分ころに自己紹介を受け,原告甲1
は被告乙2から手術前及び同月10日に状況説明を受けていたので,
両医師の顔を見間違える可能性はないこと,②亡Aの応急措置が施さ
れていた処置室内には,亡Aの頭の方にB11医師,もう一人の当直医
であったB12医師と看護婦2名がいたが,処置室内は狭く他にいた人
物を見落とす可能性はなかったこと,③原告甲5は,亡Aの気管内挿
管が引き抜かれて,血液が少し混入した唾液が口の中から流れ出た
ので,それを拭こうとして亡Aの顔に触れたら氷のように冷たかったと
鮮明な記憶に基づき具体的に供述しており,看護婦である原告甲5が
そのような事実関係を誤認することは考えられないこと,④「25分」と
「44分」は音が全く似ておらず,聞き間違えることはあり得ないことが,
挙げられる。
 以上に加えて,①原告甲1は,平成11年2月12日に,勤務先に送
信した葬儀に関する連絡文書に,亡Aの死亡時刻を同月11日午前10
時25分と記載したこと,②看護記録に死亡時刻を10時44分と記載し
たのはB1看護婦であるが,同看護婦は,亡Aの死亡時刻を,B13看
護婦からは10時44分と聞かされており,B14看護婦からはそれより
も20分ほど早い時刻を聞かされていたが,B13看護婦が当日の責任
者であったことから,それを根拠に看護記録にはB13看護婦から聞か
された時刻である10時44分と記載したにすぎないこと,③B2看護婦
は,同日午前10時30分ころ,処置室に入ったところ,同室にはB11
医師とB12医師がいたが,被告乙2と原告甲1らはおらず,B2看護婦
がその場に居合わせたB14看護婦に「どう?」と目配せをしたところ,
B14看護婦が首を横に振ったのを見て,亡Aが蘇生しなかったものと
悟った旨述べること,④亡Aの友人であるC4は,同日午前10時15分
ないし20分ころ,病棟に到着し,10分ないし15分経ったころに,原告
甲5に亡Aの死亡を知らされた旨具体的に述べていること,⑤原告甲1
は同日午前10時25分の死亡確認後に長兄の妻であるC2にそのこと
を伝えたところ,原告甲1の姉であるC3が,同日午前10時35分にC2
に電話した際に,C2から亡Aの死亡を知らされたこと,また,原告甲1
の兄であるC5は,同日午前10時30分過ぎころに自宅を出発する予
定であったところ,C2から亡Aの死亡の電話連絡をもらった際にはま
だ在宅していたこと,⑥死亡確認の時刻が,同日午前10時44分であ
ることの証拠としては,カルテの記載,被告乙2,B11医師,B12医師
及びその他の広尾病院職員の供述があるところ,これらはいずれも被
告乙2がカルテに記載した死亡時刻又は同人がB13看護婦に告げて
B1看護婦に記載させた死亡時刻に端を発したものであるが,B11医
師が原告ら遺族に対して,医局の時計が進んでいたために,容態が急
変した時刻を実際より15分ほど遅い同日午前9時15分と説明してし
まったことから,B13看護婦がB1看護婦に対して,看護記録に午前9
時15分と記載するように指示したためにそのような記載がなされたこ
と,及び被告乙2がカルテに事故の可能性を示唆する事実を記載せ
ず,死亡診断書においても死因を病死又は自然死と偽っていことに照
らせば,カルテの記載等の上記証拠は信用性が低いこと,⑦被告乙2
は,同月20日の中間報告の場で,原告甲1が死亡確認の時刻及び立
ち会った医師が違うと述べたことはないと虚偽の供述をしており,被告
乙2の供述は信用できないこと,⑧生前から医師の診察を受け,診断
された疾患により死亡した場合は,主治医が死亡診断書を作成すれ
ば足り,監察医務院における検案の対象とはならないが,医師の診察
を受ける前に死亡し,死後に医師が死亡を確認した場合は,最初に死
亡を確認した医師は死亡診断書を作成することなく,警察に連絡する
か,少なくとも監察医による検案は受けなければならないとの考え方
があったことから,被告乙2は,同人が到着する以前にB11医師によ
り亡Aの死亡確認がされた場合,警察に連絡し,少なくとも監察医によ
る検案を受けなければならず,そうすると,本件医療事故が広尾病院
の外部に明らかになってしまうと考え,自分が到着した後に死亡確認
がなされたと偽る動機があることをも併せ考慮すれば,亡Aの死亡確
認時刻が同月11日午前10時25分であったことは,明らかである。
(c) 被告乙2は,①亡Aのリウマチは生命にかかわる病気ではないこと,
②亡Aの術前術後の経過に特に異常はなかったこと,③ヘパロック直
後に亡Aの容態が急変したこと,④B1看護婦がヘパ生とヒビグルを間
違えたかもしれないと申告していることをいずれも認識していたことか
ら,事故の可能性を認識した上で,事故隠しをするために前記(a)の各
行為を行ったといえ,原因究明義務違反につき故意が認められる。
c 被告乙3について
 被告乙3は,①広尾病院としては本件対策会議において,本件医療事
故を警察に届け出ることに決定していたにもかかわらず,被告乙5を交え
て再開された同会議において,病院事業部が,捜査とその後の司法手続
による事案解明にゆだねることを回避して,警察への届出を行うことなく
亡Aの死体について病理解剖を行う方針であることを伝え聞いた際に,こ
れに異議を唱えず,暗黙のうちに警察に届け出ない方針に賛意を示し,
その方針に従って行動したこと,②亡Aの血液検査は,血液中のヒビグル
の検出が可能な血液検査を実施する能力を備えている医療機関におい
てなされるべきところ,このような能力を有する第一化学薬品に対し亡A
の血液検査を依頼することを広尾病院においていったんは決定したにも
かかわらず,B15衛生局長から第一化学薬品ではなく監察医務院で検
査するように指示されたため,監察医務院のヒビグル検出能力に疑問が
あることをあらかじめ認識していながら漫然とその指示に従い,監察医務
院に検査を依頼したことからすれば,被告乙3は,被告東京都の原因究
明義務の履行を妨害したというべきである。
d 被告乙4について
(a) 被告乙4は,広尾病院の上級機関である被告東京都の病院事業部
長であり,その見解は広尾病院の意思決定に重要な影響力を持って
いた。
 それにもかかわらず,被告乙4は,①平成11年2月12日午前9時3
0分ころ,被告乙5から本件医療事故の報告を受けたのに対し,「病理
解剖の承諾が取れているなら,遺族にすべてを話して了解が得られれ
ば,それでいったらいいじゃないか。」,すなわち,被告東京都として
は,亡Aの遺族に事情を伝えた上で了解が得られればそれ以上に警
察に本件医療事故を届け出るべきではないとの見解を有している旨,
広尾病院にアドバイスするように指示したものであり,被告乙5がその
指示に従い,広尾病院に赴いて同病院の幹部らに病院事業部が警察
に届け出ることに消極的である趣旨の発言をし,その発言により,同病
院が本件医療事故を警察に届け出るという方針が覆るという結果を招
来させたこと,②被告乙5の発言の影響力は,法律上の権限に基づく
ものではなく,事実上のものであったことからすれば,被告乙4の上記
指示行為は,権限を逸脱し,その影響力を違法に行使することにより,
被告東京都が亡Aの死亡について負っている原因究明義務を適正な
手続及び方法により履行することを妨げた違法なものというべきであ
る。
(b) 被告乙4は,①被告乙5から,本件医療事故の報告を受けた際,患
者が誤投薬により死亡した可能性が高いこと,②広尾病院は警察に届
け出る意向であること,③医療事故が起きた場合には,事故の当事者
である病院が病理解剖を行った場合に,証拠隠滅をしたとされる場合
もあることを認識していたことから,本件医療事故は警察に届け出るべ
き場合であることを当然認識していたと認められる。
 したがって,被告乙4は,自己の指示が,広尾病院が原因究明のた
めに適正な手続や方法をとることに反することを認識しており,原因究
明義務違反につき故意があったといえる。
e 被告乙5について
(a) 被告乙5は,広尾病院に赴き,同病院の上級機関である病院事業部
の見解を述べたものであるが,同被告はそもそも被告東京都の病院
事業部の副参事という地位にあり,その見解は同病院の意思決定に
決定的な影響力を有していた。
 それにもかかわらず,被告乙5は,①平成11年2月12日,広尾病院
に赴き,同病院の幹部らに対し,「薬剤の取り違えの可能性もあること
を遺族に説明した上で,病理解剖の承諾が取れるのであれば,それで
いいじゃないですか。」と述べ,病院自ら警察に届け出るべきではない
との病院事業部の見解を示したものであり,その発言により,広尾病
院が本件医療事故を警察に届け出るという方針が覆るという結果を招
来させてしまったこと,②上記の影響力の行使は,被告乙4の場合同
様,事実上の行為であって本来の権限に基づく正当な行為ではないこ
とからすれば,被告乙5の行為は,その権限を逸脱して,病院事業部
の広尾病院に対する影響力を違法に行使することにより,被告東京都
が亡Aの死亡について負っている原因究明義務を,適正な手続及び方
法により履行することを妨げた違法なものというべきである。
(b) 被告乙5は,①広尾病院に病院事業部の見解を伝えた時点で,薬剤
の取り違えによる事故の可能性があることを知っていたこと,②広尾病
院に赴く前に,同病院は警察に届け出ることをいったん決定したことを
知っていたこと,③広尾病院に赴く前における被告乙4との打合せにお
いて,過去に都立病院が自ら医療事故を警察に届け出た前例がない
理由として,「職員を警察に売ることになるからだ。」との話をし,病院
事業部の見解としては医療事故を警察に届け出ることには消極的であ
るとの意向を確認し合った上で,広尾病院に赴いた後においても,同
病院の幹部らに対し,同病院が自ら本件医療事故を警察に届け出た
場合には,同病院の職員を売ることになるとの趣旨の発言をしたことを
総合すれば,亡Aの死亡が事故死であることについて無視し得ない現
実的可能性があることを認識しており,原因究明義務違反につき故意
があったといえる。
f 被告東京都について
 被告東京都は,医療機関の開設者として,患者又は遺族に対して,原
因究明義務を負っているところ,前記aないしeのとおり,被告東京都の職
員である被告乙1らが,同義務の履行を怠った。
 したがって,被告東京都は,債務不履行又は不法行為(民法715条)
の責任を負う。
イ 情報開示・説明義務違反について(被告乙1,被告乙2及び被告東京都に対
するもの)
(ア) 情報開示・説明義務の存在
a 医療行為には,前記ア(ア)a記載の特殊性があり,診療契約が準委任契
約であることから,てん末報告義務(民法645条)に基づき,診療契約の
当事者である医療機関開設者の被告東京都は,診療契約の相手方であ
る患者又はその遺族に対し,診療情報や死因を開示し,てん末の報告説
明をなすべき法的義務を負う。
b また,後記(イ)の被告乙1及び被告乙2の行為に国賠法ではなく民法が
適用されるのは前記ア(ア)b記載のとおりである。
(イ) 義務違反行為
a 被告乙1について
(a) 被告乙1は,①平成11年3月11日に原告甲1から死亡診断書の作
成を依頼されたものであるが,それより前の同年2月11日付けで作成
された死亡診断書には死因は不詳の死と記載されていたところ,その
後,亡Aに対する誤投薬の事実が明らかになりつつあった以上,新た
に作成する死亡診断書の死因については外因死と記載すべきである
か,少なくとも前回と同じく不詳の死と記載すべきであったのに,被告
乙2,被告乙3及び副院長両名と相談の上,死亡の種類欄に「病死及
び自然死」と虚偽の記載をすることで合意し,被告乙2に指示してその
旨の記載をさせることにより,誤投薬の事実を原告ら遺族に伝えなか
ったこと,②原告甲1及び原告甲5の立会いのもとに亡Aの死亡宣告
が行われたのは,同日午前10時25分であったにもかかわらず,医師
法21条の届出義務を回避するため,同年3月11日付け死亡診断書
に,死亡時刻を同年2月11日午前10時44分と記載したことからすれ
ば,被告乙1は,死亡診断書に,医療機関の都合のよいように変更し
た虚偽の事実を記載したといえる。
(b) この点,生命保険の請求に必要な被保険者の死因の記載内容は,
保険金請求権者自身の情報ではないが,自己の請求権を基礎づける
事実であり,しかも,遺族の場合においては,自分自身に関する情報
と同様に重要な事実であるから,自己に関する情報を管理する権利す
なわちプライバシー権によって保護されるべき情報といえる。
 したがって,医師が保険金請求に係る死亡診断書に虚偽の死因を記
載することは,遺族・保険金請求権者に対するプライバシー権侵害で
あり,裏からいえば,医師は,遺族・保険金請求権者に対し,死亡診断
書に正しい死因の情報を記載することにより,情報を開示し説明する
義務を負っている。
(c) よって,被告乙1は,死亡診断書に虚偽の死因を記載することによ
り,原告らに対する情報開示・説明義務に違反したというべきである。
b 被告乙2について
(a) 患者や遺族に対する説明義務は,まず第一に,診療契約に基づい
て被告東京都が負うが,被告乙2も,主治医として,信義則上説明義
務を負う。
(b) 被告乙2は,①平成11年2月11日午前11時ころ,原告甲1及び原
告甲5に対し,経過説明をした際,事故の可能性に気付かせないため
に,あえてヘパロックを行ったことを告げなかったこと,②上記説明の
際,B1看護婦が具体的に薬剤の取り違えの可能性を申告しており,
また,亡Aの右腕にうっ血と静脈の異常着色が認められ,さらに,循環
器専門のB16医師の回答等からして,その当時,事故の可能性が具
体的にかなりの確度で考えられる状況に至っていたにもかかわらず,
あえてそれらの事故の可能性を示唆する事実を告げなかったこと,③
死亡診断書及び死亡証明書の死因欄に,外因死,少なくとも不詳の死
と記載すべきところを,病死及び自然死と虚偽の記載をしたこと,④実
際には,同日午前10時25分に亡Aの死亡確認が行われたにもかか
わらず,死亡診断書に死亡時刻を同日午前10時44分と虚偽の記載
したことを総合すれば,被告乙2は,情報開示・説明義務に違反したと
いうべきである。
c 被告東京都について
被告東京都は,医療機関の開設者として,患者又は遺族に対して,情
報開示・説明義務を負っているところ,前記a及びbのとおり,被告東京都
の職員である被告乙1及び被告乙2が,同義務の履行を怠った。
 したがって,被告東京都は,債務不履行又は不法行為(民法715条)
の責任を負う。
(被告乙1の主張)
ア 原因究明義務違反について
(ア) 医療機関は,患者が死亡した場合には遺族に対し死亡の経過を説明す
れば十分であり,死因解明を希望するか,希望するならどのような手段をと
るかは,遺族が任意に決めることであって,医療機関に死因解明に必要な
措置を提案する法的義務は存しない。
 また,医療機関が医療事故を警察に届け出たとしても,捜査は犯罪の嫌
疑を明らかにするためになされるものであり,遺族に対して死亡原因を究明
するためのものではないから,医療機関の警察に対する医療事故届出義
務を根拠に,遺族への説明義務を導き出すことはできない。
 さらに,医療機関に警察への届出義務を課すのは,不利益なことを自らな
すように法的に強制することであり,憲法が黙秘権を保障した趣旨に抵触す
るおそれがあることに加えて,人間の自然の情に反するものであって,同義
務を課すとかえって事故防止のための情報の収集を阻害しかねない。
 したがって,医療機関が,遺族に対し,警察へ届け出ることを信義則上の
法的義務として負うとはいえない。
(イ) 仮に,医療機関が,遺族に対する関係で,医療事故を警察に届け出ると
の法的義務と負うとしても,①被告乙1は,平成11年2月12日の昼前ころ
に,遺族に対し,亡Aの死亡原因としては心疾患等の疑いがある一方で,薬
の取り違えの可能性もあること,死亡原因究明のために亡Aの死体を広尾
病院で病理解剖させてほしいこと,もし遺族の側で広尾病院が信用できな
いというのであれば警察に連絡した上で監察医務院等で解剖を行う方法も
あることを説明した上で,遺族の承諾を得て病理解剖を実施し,臓器や血
液を保存し,できる限り真相を究明することを目指して,臓器及び血液の組
織学的検査や残留薬物検査を行うように広尾病院の職員らに指示したこ
と,②亡Aの血液検査については専門家に依頼したこと,③最終的には被
告乙1が推し進めた広尾病院による病理解剖を基礎として,亡Aの死亡原
因が解明されたことによれば,被告乙1に同義務の違反はない。
(ウ) なお,原告らの原因究明義務違反の主張は,債権侵害による不法行為
の主張と解されるが,原告らが本訴で主張するまで警察への届出が原因究
明義務として問題にされたことはなく,被告乙1としてはその時点に至るまで
原告らがそれぞれ有する原因究明請求権ともいうべき各債権を侵害してい
るという認識を有し得なかったのであるから,被告乙1に債権侵害の故意又
は害意はない。
イ 情報開示・説明義務違反について
(ア) 診療契約の当事者は医療機関と患者であり,遺族は診療契約の当事者
でない。また,診療契約の本体的内容は治療行為である。
 したがって,仮に,医療機関が診療行為の結果を遺族に説明する義務が
あるとしても,同義務は契約上の義務ではなく,信義則上,診療債務の履行
に付随する義務又は医の倫理から要請される義務とでもいうべきである。
(イ) そして,前記説明義務の内容は,①説明は,医療機関の責任の存否を判
断する資料を遺族に提供するために行うものであること,②生命や身体へ
の悪い結果を回避をするために診療行為の前に行うべき説明と比較すれ
ばその必要性の程度が異なること,③契約上の義務ではなく,信義則上の
付随義務であること,④混乱し流動する状況の中で,様々な,また,相反す
る情報をすべて遺族に伝えることは相当とはいい難いことを総合すれば,医
療機関としては,遺族に対し,診療行為に基づく結果発生に至るまでの経
緯を一応明らかにすれば十分であり,必ずしも厳密な意味において正確な
内容でなくとも,概括的な説明をすれば,同義務は尽くされたと解すべきで
ある。
(ウ) 本件において,広尾病院においては,本件医療事故の翌日である平成1
1年2月12日,遺族に事故の概要を説明して前記説明義務を履行している
のであって,被告乙1に説明義務違反の違法は認められない。
ウ なお,平成11年3月11日付け死亡診断書の死亡欄の記載については,原
因究明義務や情報開示・説明義務とは無関係である。
 また,被告乙1は,被告乙2から死亡診断書の記載方法につき相談を受けた
際,被告乙3らとともにこれに応じたものであるが,その時点で行われた協議
の際に,①厚生省の講習会で不詳の死は白骨死体の場合に限ると聞いたと
いう意見,②不詳の死では保険金がおりないのではないかという意見,及び③
血液の残留薬物検査等の警察の捜査の結果が出ておらず,事故死とも書け
ないという意見が出されたが,最終的には,病理解剖で急性肺血栓塞栓症と
されていることに照らすと,現段階では病死と記載するという方向でいいので
はないかという意見に落ち着いたことに基づき,被告乙2にその旨助言したに
すぎず,被告乙1の助言は,当時の知見に照らせば不当とはいい難い。
 また,医療行為については,医師は独立してその職務を行うものであるとこ
ろ,診断書の作成は被告乙2の全権に属するから,被告乙1の助言は単なる
参考意見にすぎないのであって,その助言が法的責任を根拠付けるものとは
いえない。
エ 被告乙1の事故処理は,国賠法1条にいう「公権力の行使」に当たるから,公
務員個人である被告乙1は責任を負わない。
(被告乙2の主張)
ア 原因究明義務違反について
(ア) そもそも医師法21条は,患者又はその遺族と医師個人又は医療法人と
の関係を規律する法律ではないのであるから,医療機関が警察への届出を
怠ったとしても,医師法21条を根拠として不法行為が成立する余地はな
い。
(イ) また,医療事故が発生した場合には,医療現場は混乱するものである
が,かような場合,医師又は看護婦の一人が組織体と無関係に対応ないし
行動すべきではなく,医療現場全体が組織として対応することが重要であっ
て,警察への届出も病院の長がすべきものであることから,本件医療事故
は,広尾病院という組織体が一体としてすべての対応をすることとなったも
ので,具体的には警察への届出も広尾病院の長ともいうべき立場の者がす
べきであったところ,被告乙2はかような立場にはなかった。
(ウ) 医療機関が医療事故についての原因究明義務を尽くしたか否かは,解
剖等に関する医療機関の対応方針が原因究明のために十分であったか否
かという観点により判断すべきであり,死亡診断書にどのような記載がなさ
れたかは,原因究明義務を尽くしたか否かとは無関係である。また,当該記
載は,被告乙2がなしたとはいえ,それは被告乙1らとの協議の結果,同被
告からの指示を受けて記載したものであり,被告乙2は事実の隠ぺい等を
考えたわけではなく,せめて遺族らによる保険金請求手続がスムーズに進
む方がよいと思って記載したものであるから,被告乙2にはその点に基づく
法的責任はない。
(エ) また,①被告乙2の記憶が当初から一貫して揺るがないこと,②被告乙2
が死亡時刻を偽る理由もないこと,③被告乙2は,他の病院関係者と相談
する前に,本件医療事故発生後,カルテに「10時44分」と記載したもので
あるが,その際に,死亡診断と死体検案等の相違等を意識して,死亡時刻
を偽るだけの時間的,精神的余裕はなかったことを総合すれば,亡Aの死
亡時刻は平成11年2月11日午前10時44分であったといえる。
イ 情報開示・説明義務違反について
(ア) 診療契約の当事者は,広尾病院を経営する被告東京都であるから,被
告乙2が,診療契約に付随する義務を負うことはない。
(イ) ①広尾病院においては,事故が発生したら,直ちに上席医や婦長等の上
司に報告し,当該上司の指示や了解を受けて,患者側への説明者を決める
こと,②医療事故発生直後の家族等に対する説明は,過失が明白である場
合を除き,事実経過の説明のみにとどめ,事故の原因の判断等の説明及
び謝罪は避け,決定的なことは言わないようにすること,③過失があると考
えられる場合には,担当医のみの判断で過失を断定せず,後ほど病院とし
て説明するものとすること,④説明は説明者一人で行わず,説明者のほか
に上席医等が同席すること,⑤事故現場にいた者が個人的見解等を患者
側に話すことは絶対に避けることといった慣行があった。
 そこで,被告乙2は,上記慣行に従って,亡Aの死亡直後に被告乙1及び
担当上司であるB17医長に報告し,その結果,病院側が組織として対応す
ることになったのであるから,被告乙2にはそもそも,上司の指示等を受け
るまで遺族に対する説明権限も説明責任もなかった。
 したがって,被告乙2に説明権限があったことを前提とする不法行為責任
は生じない。
(ウ)a また,説明義務違反につき,医師に不法行為上の過失があると認めら
れるのは,医師の基礎的な医学上の知識の欠如等の重大な落ち度によ
って,患者の死亡の経過や原因について誤った説明が行われた場合に
限られるというべきである。
 ①前記(イ)のとおり,広尾病院内には,医療事故が発生した場合の対
応についての慣行があり,被告乙2に説明権限はなかったこと,②被告
乙2は,自らが薬を取り違えたり,他の医師又は看護婦による取り違えを
現認したり,取り違えた者から直接事情を聞いたわけでもないのであっ
て,それにもかかわらず,専門職である看護婦がミスを犯した疑いがある
ことを,患者の突然の死にショックを受けている遺族に対して告げること
は,医療関係者として不適切な行為であるといえる。
 それゆえに,平成11年2月11日の時点では,被告乙2としては,心電
図とレントゲンという客観的資料に基づく説明しかすることができず,よっ
て,被告乙2が,薬の取り違えの可能性について原告らに説明しなかった
ことは,医師としての医学上の知識,医学倫理のいずれの面からも被告
乙2の落ち度とはいえない。
b 平成11年3月11日付け死亡診断書の記載については,原告らに対す
る情報開示や説明は,死亡診断書を介さず,各進行状況に応じて,広尾
病院としての説明の場の中で行われているものであって,そもそも同診
断書は原告らに対する報告書類ではないから,その点が原告らに対する
情報開示・説明義務違反を構成するものではない。
ウ 仮に,被告乙2に何らかの義務違反がある場合にも,被告乙2は,本件医療
事故当時,地方公務員であり,被告乙2の各行為はすべて,被告東京都を頂
点とする命令系統の中で行われた,故意又は重過失によらない行為であるか
ら,国賠法により被告東京都がその責任を負うものであり,原告らの被告乙2
に対する損害賠償請求権は発生しない。
(被告乙3の主張)
ア(ア) 被告乙3は,公権力の行使にあたる公務員であるから,仮に被告乙3の
行為が違法と評価されても,それについては国賠法1条が適用される結
果,被告東京都が責任を負うものであり,被告乙3が責任を負うものではな
い。
 確かに,国公立病院の診療行為について国賠法を適用せず,民法の不
法行為規定を適用している裁判例が存するが,それは,診療行為について
国賠法を適用すべきと争った事例がないことから生じた偶然の結果であっ
て,診療行為が当然に公権力の行使に当たらないことの裏付けにはならな
い。
(イ) さらに,被告乙3は医師でも看護婦でもなく,診療行為を行っておらず,診
療行為の補助行為をしていたわけでもないのであるから,診療行為に付随
する義務違反を問われるべきではない。
 よって,仮に診療行為に民法の不法行為規定が適用されるとしても,被告
乙3の行為に同規定を適用することはできない。
イ(ア) ①原因究明義務は,診療行為に付随する義務であるから,診療行為をな
し得ない被告乙3には同義務は課されないこと,②被告乙3は,医師ではな
いから,医師法21条に基づく届出義務は負わない上,刑事訴訟法239条
2項は,常に公務員に告発義務を課すものではなく,公務員に裁量の余地
を認めるのが通説であり,また,公務員に告発義務が生じるのは,犯罪が
成立すると思料するときに限定されていることを併せ考慮すれば,被告乙3
に警察への届出義務は認められないというべきである。
(イ) また,医師法21条及び刑事訴訟法239条2項は,遺族の知る権利を保
障した規定ではなく,したがって,医師法21条の届出義務違反が原告らと
の関係で不法行為を構成することはない。
ウ ①被告乙3は,本件対策会議が終了した時点で,薬剤の取り違えの可能性
もあると理解したにすぎず,誤投薬であると断定できる状況にはなかったこと,
②被告乙3は,本件対策会議において,警察に届け出ないとの決定はしてお
らず,むしろ,遺族に薬の取り違えの可能性を説明した上で,遺族が病理解剖
に同意しない場合には,当然に警察に届け出ると決定したと認識していたこ
と,③被告乙3は,原告らは被告乙1の説明を十分に理解し,判断できる人た
ちであると認識しており,その原告らが広尾病院で病理解剖をすることを承諾
したから,それに従って行動したにすぎないこと,④被告乙3は,被告乙5を通
じて明らかにされた病院事業部の考え方を受けて決定された広尾病院の方針
に従って行動したにすぎず,当該決定に重大かつ明白な瑕疵がない限り,こ
れに従うのは地方公務員である以上当然であること,⑤広尾病院において
は,平成11年2月12日以降,亡Aの血液検査の実施を依頼する機関につい
ての検討を開始し,同月19日に第一化学薬品に依頼することに決定したこと
を総合すれば,被告乙3は,医師法21条に規定する届出義務を負う医師によ
る届出を妨害する行為をしたことはない。
エ(ア) 平成11年2月12日の時点では,B3副院長が病死の可能性を指摘して
いた以上,被告乙3において,亡Aの死亡に関して犯罪の可能性があること
は当然に認識できるものではなく,したがって,被告乙3には原告らに損害
を加えることを知りながら意図的に義務を怠ったという特別な事情は認めら
れないため,被告乙3には故意がない。
(イ) 被告乙3が広尾病院で病理解剖することに反対しなかったのは,広尾病
院における病理解剖により原因が明らかにできるとの認識によるものであ
り,結果的にこのような認識が間違っていたとしても,被告乙3に過失があっ
たとはいえない。
(被告乙4の主張)
ア(ア) 病院事業部といえども,医師の資格を持たない事務職を長とする組織で
あって,もともと医学的判断を適切になし得るものではなく,各患者に関する
医療方針等は,あくまで各都立病院において判断することであるから,病院
事業部が上級機関として都立病院に対して,各患者の医療方針等について
指示する権限がないことは明らかである。
 とすれば,被告乙4が,病院事業部長として,本件医療事故の対応につ
き,個別具体的に広尾病院に指示することはあり得ない。
(イ) しかも,そもそも被告乙4の意を受けて被告乙5が広尾病院に赴いた時
点で,既に同病院においては本件医療事故を警察に届け出るということで
最終結論がまとまっていたといえるかどうかが疑問である上,被告乙4は,
被告乙5に対し,「遺族から病理解剖の承諾を得たというのであれば,改め
て,薬の取り違えの可能性等事情をすべて説明した上で,再度,病理解剖
の承諾が頂ければその線でいったらいいんじゃないですか。」と広尾病院の
相談に対して可能な回答を示したにすぎず,原告らの原因究明を阻害する
ような権限を逸脱する指示をして同病院に不当な影響を与えたことはないと
いうべきである。
 このことは,①被告乙4及び被告乙5が,広尾病院においていったんは本
件医療事故を警察に届け出ることに決定していたことを知らなかったもの
で,その当時,影響力を不当に行使しなければならない必要性を感じていな
かったこと,②被告乙1も,広尾病院内における決定が既にあったにもかか
わらず,その後病院事業部の方針が同病院に伝えられたことによって本件
医療事故を警察に届け出ないことになったとは,一貫して述べていないこと
からも裏付けられる。
イ(ア) 被告乙4は,被告乙5及びB10主事を通じて,B5医事課長が「既に遺族
から病理解剖の承諾を得ているが,警察への届出はどうしましょうか。」と相
談してきたことを聞いただけであり,広尾病院が警察への届出を決めたこと
は知らされていない。
(イ) また,①被告乙4が,被告乙5から受けた報告は,「広尾病院で入院中の
女性の患者さんが亡くなられた。原因は不明で現在調査中であるが,薬剤
の取り違えの可能性もある。」という内容にすぎず,薬剤の取り違えはあくま
で可能性の一つとして報告されたにすぎなかったこと,②都立病院から病院
事業部への医療事故の報告は通常業務の一つであり,そのこと自体に特
殊性は認められないこと,③B10主事が虚偽の事実を述べる必要性がな
いことを総合すれば,被告乙4が,広尾病院から病院事業部への架電内容
に基づき,誤投薬によって患者が死亡したことの可能性が相当に高いことを
十分に認識することは,できなかったというべきである。
(ウ) さらに,被告乙4らが検討した「医療事故・医事紛争防止予防マニュア
ル」において警察に届け出る場合とされているのは,「過失が極めて明白な
場合」であるところ,本件医療事故は,原因はその当時調査中であって判明
未了ではあるが,薬剤取り違えの可能性もないわけではないとされていた
にすぎず,したがって,被告乙4が警察への届出をすべきかどうかを検討し
ていた段階においては,本件医療事故が「過失が極めて明白な場合」に該
当していたということはできない。
 とすれば,被告乙4において,本件医療事故が警察に届け出るべき場合
に該当すると認識することはできないし,また,同被告が出した指示が,広
尾病院において原因究明のためにとるべき適正な手続ないし方法に反する
ことを同被告において認識していたということもできないのであって,むし
ろ,現に病理解剖は原因究明に向けて一定の限度では功を奏したものであ
る。
ウ もし被告乙4が警察への届出を阻止しようとすれば,露骨に警察に届け出な
いように指示するか,そのような指示をしないまでも,薬の取り違えの可能性
等の事情をすべて説明するという条件は付さずに,既に了解を得ているので
あるから病理解剖をするように指示すれば足りるところ,被告乙4はかような
指示をすることなく,むしろ前記ア(イ)のような指示を出しているのであって,こ
れは警察へ届け出るなと受け取られるような指示ではない。
エ 公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が,その職務を行うについ
て,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合,国又は公共団体
がその被害者に対して賠償の責めに任ずるのであって,公務員自身はその責
任を負わない。
 本件においては,被告乙4は,被告東京都の職員であり,また,病院事業部
長の職務内容は,都立病院の病院事業に関するすべての事務をいうから,仮
に何らかの損害が原告らに生じたとしても,それは公務員である被告乙4の職
務執行上生じた損害といえる。
 とすれば,仮に,被告乙4に不法行為責任が認められるとしても,その責任
は被告東京都が負うものであり,被告乙4に個人責任を追及することはできな
い。
(被告乙5の主張)
ア(ア) 仮に医療機関に患者の遺族に対する原因究明義務が認められるとして
も,同義務は医療機関と患者との間の診療契約に付随して同契約上又は
信義則上認められるものであり,当該事案における具体的状況や遺族の意
向,社会通念に照らしてその内容が決まる私法上の義務であるから,本件
の場合,このような具体的状況,遺族の意向等を考慮しなくとも当然に,本
件医療事故を所轄警察署に届け出て刑事司法手続にゆだねることが医療
機関の負うべき原因究明義務の内容となるものではない。
(イ) また,遺族の真相を知る権利を保護することを目的として,警察が病院か
らの医療事故に関する届出を受理することを前提とした規定はない以上,
医療事故を警察に届け出ることが,医療機関の負うべき原因究明義務の内
容となることについて,法的裏付けがない。
(ウ) さらに,被告乙5は診療契約の当事者でなく,医師でもない上,病院事業
部はそもそも都立病院の死因やその解明方法を含む医療方針や警察への
届出の是非について判断する部署ではなく,病院側に指示を出す根拠や強
制力をもっていないことからして,被告乙5の行為が原因究明義務違反とな
ることはない。
イ(ア) ①B10主事から広尾病院の件について報告を受けた後の被告乙5,被
告乙4及びB10主事の行動は,同人らが広尾病院が警察に届け出ることを
知っていたとすればとり得なかった行動であって,同人らはこれを知らなか
ったことを前提としなければ同人らの一連の行動についての説明がつかな
いこと,②B10主事は,警察への届出をどうするかについて広尾病院から
相談を受けたと述べるが,B10主事はB5医事課長からの電話の内容を被
告乙5に伝えただけで,本件医療事故に関し刑事上及び民事上の責任を問
われる立場になく,その供述内容も自然で不合理な点は特にないこと,③一
方,B5医事課長は,広尾病院が警察に届け出ることを電話でB10主事に
伝えたと述べるが,B5医事課長の捜査段階の供述と他の共同被告に対す
る刑事公判における証言には,医師法についての認識や本件対策会議の
状況といった重大な事項につき多数の矛盾点がある上,B5医事課長は刑
事公判でも不一致証言を繰り返しており,さらに,その供述内容も不自然
で,他の者の供述と矛盾する点が多々あり,しかも,民事上又は刑事上の
責任を問われかねない立場にあったこと等を総合すると,平成11年2月12
日午前9時の時点では,被告乙5は,広尾病院から警察への届出をどうし
たらよいかと相談を受けたと認識していただけで,広尾病院においては既に
本件医療事故を警察に届け出ることに決定していたことは知らなかったとい
うべきである。
(イ) ①B6庶務課長,被告乙3及び被告乙1は,被告乙5が警察への届出を
待ってほしいと述べた事実を否定していること,②B6庶務課長は被告乙5
に対し,電話で,広尾病院が警察に届け出ることに決定した旨を伝えていな
いこと,③B6庶務課長は,前記刑事公判において,被告乙5が警察に届け
出る必要はないと述べたと証言するが,B6庶務課長は,そもそも被告乙5
と医師法21条違反の成立に関して利害が対立する立場の人物である上,
B6庶務課長の証言は,その内容において不自然な点が散見され,他者の
証言と整合性のない部分が多く,被告乙5の行動を整合的に説明できない
点に照らし,全般的に信用できないというべきであることを総合すれば,被
告乙5は,B6庶務課長に電話連絡した際,これから被告乙5が広尾病院に
行くので到着するまで待っていてほしいと伝えたにすぎないというべきであ
る。
(ウ)a ①被告乙3の供述内容からすれば,被告乙5が広尾病院に到着した後
に再開された本件対策会議において,広尾病院側から同病院としては本
件医療事故を警察に届け出る意向であるとの発言はなかったと認められ
ること,②被告乙5は,上記会議の場で,これまでの例を紹介するととも
に,遺族に対して事実関係を包み隠さず話して判断していただいたらどう
かと発言したと認められること,③B5医事課長や被告乙3は,被告乙5
が警察への届出をやめるように言っているのと等しいと思ったと述べる
が,それは同人らの内心の問題にすぎないことを総合すれば,被告乙5
には上記会議において警察への届出を防ごうとの意向は全くなかったも
のというべきである。
b また,被告乙5は遺族の意向に言及しているが,前記ア(ア)のとおり,そ
れによって原因究明義務の内容が定まるのであるから,遺族の意向が
重視されるのは当然であり,被告乙5の発言もそれにそうものであって,
何ら問題はない。
 さらに,広尾病院側は,原告甲1,医師である原告甲3,原告甲5の夫
であり元衛生局の職員であったC1ら遺族に対し,薬の取り違えの可能性
や,警察に届け出て監察医務院で解剖するという他の選択肢についても
説明した上で,遺族の意向を尋ねたところ,遺族が病理解剖による原因
究明を求めたため,その意向を尊重したとの事実が存するのであって,
被告乙5を含め,関係者が遺族の意向を尊重したこと自体は,何ら原因
究明義務違反となることはない。
(エ) 確かに,被告乙5は被告乙1に対し,病死の可能性も高い段階で職員を
警察に差し出すことはできないとの趣旨の発言を1回したが,その真意は,
病死と誤薬による死亡という情報が錯綜しており真相が全く不明な状況で
は,職員を業務上過失致死罪の被疑者として警察に通報することはできな
いと思ったという点にあり,事故が表ざたになることを防ぎたいとの点にあっ
たわけではなかった。
(オ) 以上の事実関係に照らせば,被告乙5に原因究明義務に違反するような
行為はない。
ウ(ア) 被告乙5は,広尾病院が遺族に対し原因究明義務を負うとの認識はない
上,適切な原因究明を妨げたとの認識もないから,故意がない。
 また,原告らは,無視できない事故の可能性を認識していれば,故意があ
ると主張するが,このような見解は,故意の範囲を無制限に広げるものであ
り採用すべきでない。
(イ) ①被告乙5は,マニュアルを調べ,被告乙4やB10主事との協議結果を
踏まえ,切迫した状況において可能な限りの対応をしたこと,②被告乙5は
上司である被告乙4の職務上の命令に忠実に従ったにすぎないこと,③医
療事故により患者が死亡した場合には,警察への届出義務がないとの見解
も有力であることを総合すれば,被告乙5には過失もない。
エ ①都立病院は,営利性や採算性を度外視して医療を提供すべき責務を負っ
ており,このような都立病院の特殊性にかんがみれば,これにかかわる職務を
私経済作用とすることはできないこと,②被告乙5は,本件医療事故当時,病
院事業部管理課に所属し,医療訟務,医療従事者対策等の職務に従事して
いたこと,③本件における被告乙5の各行為は,都立病院で発生したかもしれ
ない事故への対応という医療訟務業務の一環としてなされており,公権力の
行使に該当することを総合すれば,仮に被告乙5に不法行為が成立するにし
ても,被告乙5は公権力の行使に当たる公務員であり,その職務を行うにつき
損害を与えたものであるから,個人責任を負うものではない。
 仮に,国公立病院の医師等の医療行為自体について民法上の不法行為規
定の適用が考えられるとしても,被告乙5の行為はそもそも医療行為ではない
から,民法上の不法行為規定は適用されないというべきである。
(被告東京都の主張)
ア 組織学的検査の結果によって,亡Aの死因が心筋梗塞ではなく急性肺血栓
塞栓症であること,同症を発症させた原因たる血栓が平成11年2月11日午
前に亡Aが抗生剤の点滴投与を受けた右前腕皮静脈内に由来すると推測さ
れることが,確実になったのは,同年3月5日に至ってである。
 そうすると,少なくとも同日以前の段階では,亡Aの死因は確定的であったと
はいえず,広尾病院としては,その段階以前に,原告らに対し,死因を断定し
て報告することは不可能であったというべきである。
イ なお,亡Aの死亡確認の時刻については,被告乙2らの証言の信ぴょう性,
整合性及び妥当性を時系列的かつ総合的に検討した結果,死亡確認時刻が
原告らの主張する平成11年2月11日午前10時25分であるとの確証は得ら
れず,他方,同日午前10時44分であるとの被告東京都の主張を覆すに足る
十分な証拠はないのであるから,亡Aの死亡確認時刻は同日午前10時44分
であるというべきである。
(3) 損害額
(原告らの主張)
ア 争点(1)の義務違反による損害(被告東京都のみに対するもの)
(ア) 亡Aの損害
a(a) 逸失利益  3150万6991円
 平成10年賃金センサス第1巻第1表の産業計,事業規模計,学歴
別,年齢階層別,58歳女子労働者の平均の年間給与額は507万83
00円であるところ,亡Aは死亡当時満58歳であり,厚生省第16回生
命表によれば58歳女子の平均余命は25.01年であるから,その約2
分の1である12年に対応するライプニッツ係数である8.8632を上記
金額に乗じ,さらに,30%の生活費控除をした数額が,原告らが亡A
の逸失利益として請求する金額である。
(b) 慰謝料   8000万円
 亡Aは,リウマチの治療のために入院したところ,外用消毒剤を体内
に投与されるという常識では考えられない医療過誤により死亡したも
のであり,亡Aの被った精神的苦痛は甚大である。
 さらに,①広尾病院が,東京都の医療機関において中核的な地位を
占める病院であるにもかかわらず,その期待を裏切り,危険なシステ
ムをとってきたことについての責任の重大さを明確にする必要があるこ
と,②常日頃,薬品の取り違えがないか心配していた亡Aが,容態に
異変が生じた後から死亡に至るまでの間,最善の体制での救急措置
を受けられず,自分の体内に何を投与したのかに不安を抱き,筆舌に
尽くし難い恐怖感を味わったことが,慰謝料の額に反映されるべきであ
るから,亡Aの慰謝料は,8000万円を下らない。
b 亡Aは,被告東京都の義務違反により前記aの損害を被り,被告東京都
に対する同額の損害賠償請求権を有するところ,原告甲1,原告甲2及
び原告甲3は,その各法定相続分に従い,原告甲1は5575万3495円
(法定相続分2分の1),原告甲2及び原告甲3は各2787万6747円(同
各4分の1)について同損害賠償請求権を相続した(1円未満切り捨て)。
(イ) 原告ら固有の損害
a 原告甲1の損害
(a) 慰謝料    500万円
 原告甲1は,亡Aと昭和41年10月11日に婚姻し,2子をもうけ,30
年以上仲むつまじく暮らしてきたにもかかわらず,本件医療事故により
突然に最愛の妻を奪われたものであり,原告甲1の固有の慰謝料は,
500万円を下らない。
(b) 葬儀費用   150万円
b 原告甲4の損害 300万円
 原告甲4は,亡Aの実父であり,亡Aと原告甲1が大阪に居住していた
平成10年8月ころまでは亡Aらの自宅で1年の約3分の1を過ごし,同人
らが浦安に転居した後の同年10月ころからは同人らの自宅に同居し,亡
Aを最も頼りにしていたものであって,娘に先立たれた原告甲4の精神的
苦痛は甚大であり,原告甲4の固有の慰謝料は300万円を下らない。
c 原告甲5の損害 300万円
 原告甲5は,亡Aの実妹であり,幼いころから亡Aと仲がよく,同人と同
じく看護婦になったのも同人に強い影響を受けた結果である上,同人が
大阪に居住していたときには,同人の自宅に間借りして生活し,平成10
年8月に同人が浦安に転居した際も,原告甲5の近隣の家に住み始める
など,原告甲5と亡Aとの間には,通常の兄弟姉妹の関係をはるかに超
える親密さがあった。
 さらに,原告甲5は,亡Aが,人間の尊厳を無視した救命措置の結果死
亡した際の状況を間近に見ており,その被った精神的苦痛は大きく,原
告甲5の固有の慰謝料は300万円を下らない。
d 弁護士費用
(a) 原告甲1         376万5120円
(b) 原告甲2及び原告甲3  各168万5998円
(c) 原告甲4及び原告甲5   各18万1441円
 原告らは,原告ら訴訟代理人弁護士らに対し,日本弁護士連合会報基
準規程に従い,着手金441万円,報酬金882万円の弁護士報酬を支払
うことを約し,その内金である750万円を,各原告ごとに,前記(ア)及び
(イ)aないしcの損害の合計額に応じて按分して請求する(
1円未満切り捨て)。
イ 争点(2)の義務違反による損害(被告ら全員に対するもの)
(ア) 原因究明義務等の違反による損害は,生命侵害による損害とは別個独
立の損害であり,医療機関の隠ぺい体質を考慮すれば,原因究明義務等
の違反による損害を独立の被侵害利益として評価する必要性は十分に認
められ,また,算定可能な程度の具体性を有する。
(イ)a 被告乙1の義務違反行為による損害
 被告乙1の前記各行為により被った精神的苦痛を慰謝するためには,
少なくとも,原告甲1に対し240万円,原告甲2,原告甲3,原告甲4及び
原告甲5に対し各120万円の慰謝料が必要である。
b 被告乙2の義務違反行為による損害
 被告乙2の前記各行為により被った精神的苦痛を慰謝するためには,
少なくとも,原告甲1に対し120万円,原告甲2,原告甲3,原告甲4及び
原告甲5に対し各60万円の慰謝料が必要である。
c 被告乙3の義務違反行為による損害
 被告乙3の前記各行為により被った精神的苦痛を慰謝するためには,
少なくとも,原告甲1に対し40万円,原告甲2,原告甲3,原告甲4及び
原告甲5に対し各20万円の慰謝料が必要である。
d 被告乙4の義務違反行為による損害
被告乙4の前記各行為により被った精神的苦痛を慰謝するためには,
少なくとも,原告甲1に対し40万円,原告甲2,原告甲3,原告甲4及び
原告甲5に対し各20万円の慰謝料が必要である。
e 被告乙5の義務違反行為による損害
被告乙5の前記各行為により被った精神的苦痛を慰謝するためには,
少なくとも,原告甲1に対し20万円,原告甲2,原告甲3,原告甲4及び
原告甲5に対し各10万円の慰謝料が必要である。
f 被告東京都の義務違反行為による損害
 被告東京都は,前記aないしeの各損害について,当該被告と連帯して
責任を負う。
ウ よって,原告らは,被告らに対し,第1記載のとおり請求するものである(な
お,第1の1ないし3の遅延損害金の起算日は本件医療事故の日である。)。
(被告東京都の主張)
ア 争点(1)の義務違反による損害
(ア) 亡Aの損害
a 逸失利益
 原告らは,平成10年賃金センサス第1巻・第1表の産業計・企業規模
計・学歴別・年齢別の「女子労働者,高専・短大卒,55歳~59歳」の平
均賃金額である507万8300円を基礎収入として逸失利益を算定してい
るが,亡Aは,死亡当時専業主婦であるところ,専業主婦の逸失利益は,
全女子雇用労働者の平均賃金に相当する財産上の収益を上げるものと
推定するのが相当であるから,逸失利益の算定の基礎としては,同表の
産業計・企業規模計・学歴計の女子労働者の全年齢平均の賃金額であ
る341万7900円を採用すべきである。
b 慰謝料
 判例は,制裁的慰謝料は我が国の不法行為に基づく損害賠償の基本
原則と相いれないと解している。
 さらに,本件医療事故は,組織構造的過失によるものではない上,被告
東京都は,本件医療事故発生後,事故原因の十分な検討を行い速やか
に対策を講じたのであるから,亡Aの慰謝料を算定するに当たり,制裁的
慰謝料は認められるべきではない。
(イ) 原告甲5の損害
 後記被告乙3の主張と同じ。
イ 争点(2)の義務違反による損害
 争う。
(被告乙1の主張)
ア 仮に,被告乙1に何らかの義務違反があったとしても,同義務違反による損
害は,生命侵害に対する慰謝料に包含されており,独立に法的保護に値する
損害とは評価できない。
イ また,説明義務は,医療過誤による賠償請求が肯定されない場合の被害者
救済のための法技術であり,本件のように本来的な診療債務の債務不履行
が認められる場合に,当該説明義務違反が診療債務の不履行による慰謝料
の増額要素になるかはどうかはともかく,説明義務違反を独自に責任原因とし
て論じる必要がない。
ウ なお,原告甲5には,民法711条所定の者と実質的に同視できる身分関係
は存在しない。
(被告乙2の主張)
 原告甲5は,民法711条の規定する固有の慰謝料請求権を有しない。
(被告乙3の主張)
 原告甲5は,民法711条所定の者ではないところ,同条所定の近親者以外の
者の固有の慰謝料は,同条所定の近親者と同視できるような実情があった場合
に限りこれを認める余地がある。
 この点,①原告甲5と亡Aはそれぞれ結婚をし,別々の世帯を遠隔の地で長年
にわたり営んでいたこと,②その後,同人らは近隣に居住するようになったが,そ
れは平成10年8月から平成11年2月までの約6ヶ月間にすぎないことを考える
と,原告甲5に民法711条所定の近親者と同視すべきほどの事情がないという
べきである。
(被告乙4の主張)
 前記被告乙3の主張と同じ。
(被告乙5の主張)
ア(ア) 原告らが主張する精神的損害は,被告乙5の行為と相当因果関係の範
囲内の損害とはいえず,金銭的な賠償責任を発生させるものでもない。
(イ) また,原告らが被告乙1らに損害賠償請求をしているのは,同人らに制
裁を加えるとともに,一般予防の効果を図る懲罰的損害賠償を請求する趣
旨と解されるが,我が国の損害賠償制度は被害者が被った不利益を補て
んして不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的としているこ
とからすると,懲罰的損害賠償を内容とする原告らの請求は認められない。
イ(ア) 真相を知る権利と表裏一体の関係に立つ原因究明義務が,病院と患者と
の間の診療契約上又は信義則上の義務であることにかんがみると,真相を
知る権利を侵害されたことによる慰謝料請求権は,本来的には当該医療機
関との間で診療契約を締結した患者自身に認められるものである。
 それゆえ,仮に患者が死亡した場合には,その相続人に限って上記慰謝
料請求権の行使が認められることとなり,その結果,原告甲4及び原告甲5
の慰謝料請求は棄却されるべきである。
(イ) 仮に真相を知る権利を害されたことによる慰謝料は,近親者固有の慰謝
料と見るとしても,原告甲5は民法711条所定の近親者に含まれないから,
慰謝料請求権を有しない。
第3 争点に対する判断
1 前記前提事実,証拠(甲1,2,5ないし14,23,25ないし36,38,43ないし66,
74ないし78,80ないし88,93,99,100ないし103,107,113,114,116な
いし129,133,134,136ないし144,152,155ないし161,乙1,5,7,丙1
ないし17,23,29ないし32,丁3ないし25,戊5ないし8,10ないし12,己1及び
2,庚1ないし4,7ないし13(以上いずれも枝番を含む。),原告甲1,原告甲5,被
告乙1,被告乙2,被告乙3,被告乙4,被告乙5)及び弁論の全趣旨によれば,次
の事実が認められる。
 なお,亡Aの死亡確認の時刻についての事実認定の補足説明については,後記
のとおりである。
(1)ア 亡Aは,昭和50年に関節リウマチを発症し,平成6年から大阪高槻赤十字病
院で治療を受け,この間に併発症の高血圧及び甲状腺機能異常についても
治療していたが,平成10年8月に浦安に転居し,虎ノ門クリニックで内科的治
療を受けていた。しかし,左中指疼痛及び腫脹が増強したため,平成11年1
月8日,広尾病院整形外科を受診し,被告乙1による診察を受けた結果,慢性
関節リウマチ治療のために左中指滑膜切除手術を受けることとなり,被告乙2
がその主治医として指定された。
イ 亡Aは,術前検査の結果,血液検査で炎症反応の上昇がみられたほかは,
特に異常は認められなかった。
 亡Aは,同年2月8日,広尾病院に入院したが,入院後も亡Aの全身状態に
問題はなかった。
 亡Aは,同月10日,被告乙2の執刀により左中指滑膜切除手術を受け,同
手術は1時間24分で無事に終了した。亡Aは,術後の経過も良好で,入院期
間10日程度で退院できる予定であった。
(2)ア 同月11日午前8時15分ころ,B1看護婦は,病棟処置室(以下「処置室」と
いう。)において,亡Aに対して使用するヘパ生を準備するに当たり,充てん済
みの注射筒部分に「ヘパ生」と黒色マジックで記載されたヘパ生10ミリリットル
入り注射器を保冷庫から取り出して処置台に置いた。
 B1看護婦は,これと並行して,他の入院患者であるC6に対して使用するヒ
ビグルを準備するため,新しい10ミリリットル用の注射器を使用して容器から
ヒビグルを同注射器に吸入し,これを前述のヘパ生入り注射器と並べて処置
台に置いた。
 次いで,B1看護婦は,このヒビグル入り注射器の中味がすぐ分かるようにそ
の旨記載したメモ紙を注射器に貼り付けるべく,メモ紙に黒色マジックで「6,C
6様洗浄用ヒビグル」と手書きした上,このメモ紙を2本の注射器のうちの1本
に貼り付けたが,B1看護婦としては,同メモ紙をヒビグル入り注射器にセロハ
ンテープで貼り付けたつもりであったが,その注射器に「ヘパ生」と記載されて
いないことを確認しなかったため,実際には誤ってヘパ生入り注射器にこれを
貼り付けてしまった。
イ 同日午前8時30分ころ,B1看護婦は,亡Aに対し,抗生剤(ビクシリン)の点
滴をするため,抗生剤と点滴セット,アルコール綿のほか,メモ紙が貼られて
いない注射器1本を亡Aのところに持って行き,点滴の準備をして,同注射器
やアルコール綿等を床頭台の上に置いた。
 このときB1看護婦は,亡Aに対して抗生剤の点滴終了後に行うヘパロック用
に使用するためのヘパ生入り注射器を持参したつもりであったが,実際にはC
6に注射すべきヒビグル入り注射器を持参していた。
 B1看護婦は,同日午前8時35分ころ,亡Aが朝食及びトイレを終えるのを
待って,抗生剤の点滴を開始した。
ウ 同日午前9時ころ,亡Aはナースコールをして,応答したB2看護婦に対し,点
滴の終了を告げた。
 B2看護婦は,亡Aの病室に赴き,同日午前9時3分ころ,亡Aに対し,床頭
台に置いてあった注射器を使って点滴を開始したが,その際,B2看護婦は,
床頭台に置かれていた注射器に記載されているはずの,黒色マジックによる
「ヘパ生」の記載を確認せず,同注射器にはヘパ生が入っているものと軽信し
たため,結果として,亡Aに対し,ヒビグルの点滴を開始した。
 この結果,ヒビグル約1ミリリットルが亡Aの体内に注入され,残り約9ミリリッ
トルは点滴器具内に残留した。
(3)ア 同日午前9時5分ころ,B1看護婦が亡Aの病室に赴いて亡Aに声をかけたと
ころ,亡Aは,「何だか気持ち悪くなってきた。胸が熱い気がする。」といって苦
痛を訴え,胸をさする動作をした。この後,血圧を測定すると,最高血圧は13
0㎜Hg以上であった。
イ 同日午前9時15分ころ,亡Aは顔面蒼白となり,「胸が苦しい。息苦しい。両
手がしびれる。」などと訴えたことから,当直のB11医師の指示により,血管確
保のための維持液(ソルデム3A)の静脈への点滴が開始された。このころ,亡
Aの血圧は,最高198㎜Hg,最低78㎜Hgであり,他方,心電図検査の結果
は,V1でST波の上昇,V4でST波の低下があったが,その程度は軽度であ
り,不整脈はみられなかった。
 このころ,B1看護婦は,処置室で「ヘパ生」と黒色マジックで書かれた注射
器が置いてあるのを見つけ,亡Aに対する点滴に用いられたのがヘパ生入り
の注射器ではなかったことを察知して,薬剤の取り違えに気付き,病室内のB
11医師を手招きして呼び出した上で,室外に出てきた同医師に対し,「ヘパ生
とヒビグルを間違えたかもしれない。」と告げた。
 しかし,既に血管確保のための維持液(ソルデム3A)の点滴を行った結果,
点滴器具内に残留していたヒビグル約9ミリリットルの全量が亡Aの体内に注
入され,結果的には,これが亡Aがその後死亡する原因となった。
ウ 同日午前9時30分ころ,亡Aは,突然意識レベルが悪化し,眼球が上転し,
心肺停止状態となった。B11医師と,もう一人の当直医であったB12医師は,
亡Aに対し,心臓マッサージと人工呼吸を行い,亡Aはベッドごと病室から処置
室へ移され,ボスミンを投与(心腔内注射及び静脈内点滴)された。
(4)ア 同日午前9時50分ないし10時ころ,原告甲1と原告甲5が病棟に到着した
が,B13看護婦がとりあえず原告甲1らを病棟カンファレンスルームに案内
し,B11医師が原告甲1らに対し,亡Aの現在の状況についての説明をした。
イ 同日午前10時20分ないし25分ころ,被告乙2が到着し,亡Aに対し心臓マ
ッサージを行ったが,その際,被告乙2は,B11医師から,亡Aの容態が急変
した前後の状況及びB1看護婦が薬剤を間違えて注入したかもしれないと言っ
ていることを聞かされた。亡Aの主治医であった被告乙2は,亡Aの病状が急
変するような疾患等の心当たりが全くなかったので,薬物を間違えて注入した
ことにより亡Aの病状が急変したのではないかとも思った。
ウ 被告乙2は,亡Aに対し心臓マッサージを数分間行ったが,蘇生の気配が全
くなかったため,B12医師に心臓マッサージを交代してもらった上で,原告甲1
及び原告甲5が待機していた病棟カンファレンスルームに行き,同人らに亡A
の現在の状況を説明するとともに,原告甲1らが亡Aのいる処置室に向かうの
に同伴し,原告甲1らの意向も聞いた上で,亡Aに対する人工呼吸等の蘇生
措置をやめ,同日午前10時44分に亡Aの死亡を確認した。
(5)ア 被告乙2は,同日午前11時ころ,原告甲1及び原告甲5に対し,抗生剤点滴
直後に,容態が急変したものであって,亡Aが心筋梗塞又は大動脈解離を起
こした可能性があるが,死因は今のところ不明であると説明して,その解明の
ために病理解剖を了承することを求めた。
 原告甲5の夫であるC1が,同日昼前ころに来院し,被告乙2に対し,亡Aの
病状が急変した原因として誤投薬の可能性があるのではないかと質問した
が,被告乙2は,「分かりません。」と答え,看護婦による誤投薬の可能性を伝
えないまま,原告甲1から病理解剖承諾書の交付を受けた。
イ また,被告乙2は,同日,亡Aの死体に対する胸部レントゲン検査を実施し,
左気胸(ボスミン心注あるいは心臓マッサージによる肋骨骨折のためにおこし
た),心臓は右方に変位,前縦隔の拡大はなしとカルテに記載し,さらに,死亡
時刻については,同日午前10時44分とカルテに記載した。
ウ 看護婦らは,同日,亡Aに対し,死後の処置(エンゼルケア)を行った。
 ところで,蘇生措置から死後処置をしている間に,複数の看護婦がそれらに
関与していたが,看護婦らは,亡Aの右腕血管部分に沿って血管が一見して
紫色に浮き出ているという異常な状態に気付いていた。
エ 亡Aが死亡した日は祝日であり,被告乙1は,外出していたが,電話で,B7
看護部長から,①入院患者である亡Aが急死し,看護婦による薬剤の取り違
えによる薬物中毒の可能性もあること,②遺族には事故の可能性について伝
えていないこと,③明日病理解剖をする予定であり,病理解剖をすることにつ
いて遺族の承諾が取れていることなどの説明を受け,明朝に広尾病院の幹部
職員による対策会議を開くことを決定した。
(6)ア 同月12日,被告乙1は,被告乙2から,亡Aの死亡については心筋梗塞の
所見があるが,看護婦が薬を間違えたかもしれないと言っている旨の報告を
聞いた後,午前8時30分ころから,広尾病院2階の小会議室において,広尾
病院の幹部職員9名(被告乙1,B3副院長,B4副院長,被告乙3,B5医事
課長,B6庶務課長,B7看護部長,B8看護科長及びB9看護副科長)による
本件対策会議を開いた。
イ 本件対策会議においては,B5医事課長が司会進行役を務め,事件の概要
と検討事項が記載され,「極秘」と記された「A氏の死亡について」と題する書
面を出席者に配付し,簡単な経過説明をした。
 引き続き,B9看護副科長が「A様 急死の経過」と題する書面を配付し,同
書面に基づき,事実関係の報告をした。同書面には,①B1看護婦が,抗生剤
とヘパ生入りの注射器を持参して亡Aの病室に行き,まず,抗生剤の点滴を始
め,その終了後に使用するヘパ生入りの注射器を床頭台の上に置いた後,病
室を出たこと,②その後,抗生剤の点滴が終了したことを知らせるナースコー
ルがあったことから,B2看護婦が病室に行き,床頭台の上に置いてあったヘ
パ生を使用してヘパロックをした後,病室を出たこと,③その直後,B1看護婦
が亡Aの病室に行くと,亡Aが「気分が悪い。胸が熱い感じがする。」と異常を
訴えたので,当直医のB11医師が呼ばれ,対応措置がとられたが,亡Aは眼
球が上転し,右上下肢・顔面が茶褐色に変色していったこと,④この間,B1看
護婦が注射器に準備した処置室に行ったところ,処置室の流し台の上にある
はずのない「ヘパリン生食」と書いた注射器があるのを発見し,亡Aの病室の
前の廊下で,B11医師に「もしかしたら,ヒビグルとヘパ生を間違えて床頭台
に置いたかもしれない。」と打ち明けたことなどが記載されていた。このような
報告が行われる中で,会議は次第に重苦しい雰囲気となり,当事者からも話
を聞く必要があるということで,B1看護婦が呼ばれた。
 B1看護婦は,B9看護副科長による説明内容とほぼ同旨の事実経過を涙声
になりながらも説明し,改めて「ヒビグルとヘパ生を間違えたかもしれない。そ
れしか考えられない。」と言い,現場で回収した点滴チューブ等を使用しなが
ら,状況説明をした。
 続いて,被告乙2が本件対策会議の場に呼ばれ,被告乙2は,「B1看護婦
がヘパ生とヒビグルを間違えたかもしれないとB11先生に報告したことは,私
もB11先生から聞きましたが,所見としては心筋梗塞の疑いがあります。病理
解剖の承諾を既に遺族からもらっています。」などと口頭で説明した。
 B3副院長も,心電図は心筋梗塞の患者に通常見られる図形と矛盾しないと
いった意見を述べた。
ウ その後,今後の対応について,出席者9名が協議した。
 被告乙3は,「ミスは明確ですし,警察に届けるべきでしょう。」と言い,B5医
事課長も被告乙3の意見に同調した。
 被告乙1は,非常に迷いながら,「でも,乙2先生は,心筋梗塞の疑いがある
と言っているし。」などと言って,優柔不断ともいえる態度を示していたが,他方
で,B3副院長も,「医師法の規定からしても,事故の疑いがあるのなら,届け
出るべきでしょう。」と言った。
 被告乙1は,なお,「警察に届け出るということは,大変なことだよ。」という口
振りであったが,B3副院長,被告乙3,B5医事課長ばかりでなく,他の出席
者も「やはり,仕方がないですね。警察に届け出ましょう。」と口々に言い出し
たので,被告乙1も出席者全員に対し,「警察に届出をしましょう。」と言って届
け出ることを決断し,ここに至って,広尾病院としては,本件医療事故について
警察に届け出ることにいったんは決定した。
 なお,被告乙2は,本件対策会議に常時立ち会っていたのではなく,本件対
策会議の開かれている小会議室に出たり入ったりしていたが,警察に届け出
るか否かについては,B3副院長が医師法の話をしていたのを聞いていたこと
に加えて,本件が看護婦の絡んだ医療過誤である可能性があることから,本
件医療事故を個人的に届け出ようとは思わず,広尾病院としての対処,すな
わち本件対策会議での広尾病院の幹部らによる決定にゆだねていた。
(7)ア 被告乙1は,本件医療事故が発生したこと及びそれを警察に届け出る予定で
あることを,監督官庁である被告東京都衛生局の病院事業部に電話連絡する
ように指示した。
 同日午前9時ころ,B5医事課長は,その指示に従い,病院事業部のB10主
事に電話をかけ,「昨日,広尾病院でリウマチで入院していた患者さんが亡く
なった。その原因が,どうも消毒液を取り違えて点滴した可能性が高い。遺族
から病理解剖の承諾も取ってある。警察に届け出ますので,よろしいですね。」
という趣旨のことを話した。
イ B10主事は,これを聞かされて驚がくし,自らは警察に届け出るべきか否か
を判断できる立場になかったので,副参事の被告乙5に対応してもらおうと思
い,B5医事課長に対し,被告乙5に話を伝えるので改めて被告乙5から広尾
病院に電話をかけるようにする旨話した。
 B10主事は,直ちに被告乙5のところに行き,B5医事課長からの電話で聞
かされた話として,「昨日,広尾病院に入院中の患者さんが亡くなりました。原
因については不明で調査中です。薬を間違って注射した可能性もあるようで
す。遺族から病理解剖の承諾も取ってあるそうです。警察に届け出るか聞いて
きました。」という趣旨のことを伝えた。
 被告乙5は,詳しい事情を確認するため,広尾病院のB5医事課長に電話を
かけたが,同人は不在で,広尾病院医事課の職員が電話を受けたが,同人で
は話の内容が分からなかったので,いったん電話を切った。
ウ 被告乙5は,B10主事とともに,上司である被告乙4のところに赴き,「広尾
病院から,薬を取り違えた可能性のある入院している女性の患者が死亡した
という連絡がありました。遺族から病理解剖の承諾は取ってあるそうです。病
院からは警察に届け出るべきかどうかの相談が来ています。どうしましょう
か。」と報告し,指示を仰いだ。
 被告乙4は,「判断しろっていっても,これだけの事情しか分からないのに,
判断のしようがない。」と言いながら,これまでに入院患者が死亡した場合に
都立病院から警察に届け出たケースがあるか否かをB10主事に対し質問し
たところ,B10主事は,「私の知っている限りでは,入院中の患者さんが死亡
した場合,病院側から自発的に届け出た例はありません。」と答えた。
 そして,被告乙4,被告乙5及びB10主事は,医療事故があった際にはいか
なる要件が満たされた場合に警察に届け出るべきかを検討し始め,B10主事
が自分の席から病院事業部作成の「医療事故・医事紛争予防マニュアル」を
持参して,その関連箇所である113頁の「なお,過失が極めて明白な場合は,
最終的な判断は別として,事故の事実が業務上過失致死罪に該当することと
なります。したがって,事故の当事者である病院が病理解剖を行うと証拠隠滅
と解されるおそれがあるので,病理解剖は行いません。解剖が必要と思われ
る場合,病院は警察に連絡しますが,司法解剖を行うか否かは警察が判断し
ます。」との部分を読み上げ,その結果,被告乙4,被告乙5及びB10主事の
3名は,医療事故が生じた際に,医師又は看護婦の過失が明白な場合につい
ては病院は警察に届け出なければならないという点を理解した。
 被告乙4は,それに続いて,「どうしてこれまで病院から届け出た例がないん
だろう。」と述べたところ,被告乙5又はB10主事が,「病院自ら警察に届け出
るということは,職員を売ることになるから,これまで例がないんじゃないです
か。」と答え,被告乙4はこれに相づちを打った。
 次いで,被告乙4ら3名は,広尾病院の本件医療事故について警察に届け
出るべきかどうかを検討し始めたが,被告乙4は,「本部に判断しろといわれて
も困るよな。病院が判断してくれなくちゃ。」と述べた。被告乙4は,この時点
で,本件医療事故に関して病院事業部としていかに対処すべきかについては
結論を固めてはいなかったが,とりあえず被告乙5を広尾病院に赴かせておこ
うと考え,被告乙5に対し,「病院側も困って相談してきたんだから,乙5さん,
病院に行って,アドバイスしてやってくれよ。状況も把握してきてくれよ。」と述
べた上で,さらに,「病理解剖の承諾が取れているなら,遺族にすべてを話し
て了解が得られれば,それでいったらいいじゃないか。」と指示した。
エ そこで,被告乙5は,同日午前9時30分ころ,広尾病院に電話をかけ,電話
に出たB6庶務課長に,とりあえず,「これまで都立病院から警察に事故の届
出を出したことがない。既に病理解剖の承諾は頂いているとのことだが,誤薬
の可能性も含めてすべて事情を話して,その結果再度承諾が得られれば,そ
の線でいったらよいのではないか。詳しい事情も分からないから,おれが今か
ら行くから警察に届け出るのは待ってくれ。」などと伝えた。
(8)ア B6庶務課長は,被告乙5からの連絡を受け,「待ってないとしょうがないです
ね。」と被告乙3に伝え,被告乙3も「そうだね,とりあえずそれまで待ちましょ
う。」と答えた。
イ 同日午前9時40分ころ,本件対策会議が再開され,被告乙1以下9名の前
記出席者に対し,被告乙5の電話の内容が伝えられた。
 上記会議の出席者からは,法律にのっとった処理をすべきであり,警察に届
け出るべきであるとの意見が出された。
 そこで,B5医事課長は,病院事業部に警察に届け出ることを理解してもらお
うと考え,再度,病院事業部に電話をかけたが,被告乙5は既に都庁を出発し
ており,被告乙4も離席中であったため,同被告らと連絡を取ることができず,
結局,最終結論は,被告乙5が広尾病院に来てから直接その話を聞いて決め
ることとし,それまで警察への届出を保留することに決定した。
(9)ア 被告乙5は,同日午前11時すぎころ,広尾病院に到着し,再開された本件対
策会議に出席した。
 被告乙5は,席上,広尾病院側から本件医療事故に関する資料は渡され
ず,また,先の電話連絡の内容以上の事情説明は受けなかった。
 B5医事課長から,「どんな場合に警察に届け出るんですか。これまではどう
だったですか。」との質問があり,被告乙5は,「過失が明白な場合に届けなけ
ればいけない。今まで都立病院自ら警察に届け出た例はありません。」と答え
た。
 さらに,被告乙5は,隣に座っている被告乙1に,「遺族から病理解剖の承諾
をもらっているということですけれども,薬の取り違えの可能性もあるんなら,
包み隠さずお話ししないといけませんね。遺族が広尾病院を信用できないとい
うなら,警察に連絡して監察医務院で解剖する方法もあるということも説明して
下さい。それでも遺族が広尾病院での病理解剖を望まれるなら,それでいいじ
ゃないですか。もし遺族が警察に届け出るというならそれはそれで仕方ないで
すね。」などと話したが,その口振りからすると,病院事業部としては,誤投薬
の可能性を遺族に話さずに済ませることは避けねばならないとしながらも,医
療事故を警察に届け出ることについては,遺族の理解が得られるなどの事情
により,可能であればできるだけ避けたいという意向が看取できるようなもので
あった。
 これを聞いた被告乙1は,病院事業部は医療事故については警察への届出
を必ずしもしなくともよいという見解であると解釈して,他の広尾病院の幹部ら
に対し,「じゃ,それでいきましょうか。しょうがないでしょう。」と述べて,出席者
全員に対し,それまでの方針を変更して,とりあえず警察への届出をしないま
ま,遺族の承諾を得た上,病理解剖を行う方針で臨むことを了承させ,院長室
に亡Aの遺族を連れてくるように指示をして,本件対策会議は散会となった。
イ 被告乙1は,同日午前11時50分ころ,院長室において,副院長両名,B7看
護部長及びB5医事課長同席のもと,原告甲1,原告甲3及びC1ら遺族に対
し,「実はこれまで病死としてお話ししてきたのですが,看護婦が薬を間違えて
投与した事故の可能性があります。」と口頭で説明した。
 原告甲1ら遺族は,このとき初めて薬物取り違えの可能性を知らされて非常
に驚き,「間違いの可能性は高いのですか。」と被告乙1に尋ねたところ,被告
乙1は,今は調査中としか言えないという趣旨の回答をし,さらに,「広尾病院
が信用できないというのであれば,監察医務院や他の病院で解剖してもらうと
いう方法もありますが。どうしますか。」と,原告甲1らに尋ねた。
 原告甲1は,決定的な確証はまだないのに,遺族に薬剤取り違えの可能性
を伝えてくれたものと解釈して,ある意味では広尾病院側が公平で誠実な対
応をしてくれているものと受け止め,「広尾病院を信用できないというのであれ
ば,」と問われたのに対し,被告乙1を始めとする同病院の医師らを信用でき
ないというまでの気持ちはなかったため,亡Aの死体を広尾病院で病理解剖す
ることを承諾した。
ウ 被告乙1は,被告乙5を院長室に呼び,「改めて遺族に薬の取り違えの可能
性を伝えた上で,広尾病院で病理解剖をすることの承諾を頂きました。」と伝え
たところ,被告乙5は「病院自ら警察に届けると,ひいては職員を売ることにな
りますよね。」と述べ,被告乙1はこれに対し「そうですよね。」とうなずいた。被
告乙5は,この会話をした後,東京都庁に戻った。
(10)ア 同日午後1時ころ,病理医のB18医師は,広尾病院において,被告乙2,B
17医長らの立会いの下,亡Aの病理解剖を開始した。
 外表所見では,右手根部に静脈ラインの痕が見えており,また,右手前腕の
数本の皮静脈がその走行に沿って幅5ミリメートルから6ミリメートル前後の赤
褐色の皮膚斑としてくっきり見えて,それは前腕伸側及び屈側に高度,手背・
上腕下部に及んでいるのが視認された。
 被告乙2は,前腕の皮膚斑を見て,少し驚いている様子であった。
 被告乙2はこれらの亡Aの遺体の右腕の状態をポラロイドカメラで撮影した。
 B18医師は,亡Aの遺体の右腕の静脈に沿ったこれらの赤色色素沈着は静
脈注射による変化で,劇物を入れたときにできたものと判断し,協力を依頼し
ていた病理学の大学助教授で,法医学の経験もあるB19医師の到着を待っ
て執刀することとした。
イ 到着したB19医師は,亡Aの死体の状況を見て,警察又は監察医務院に連
絡することを提案した。
 これを受けて,広尾病院検査科のB20技師長は,B5医事課長に対し,「病
理医の先生が,この患者さんに病理解剖はできない,警察へ連絡しなくちゃい
けないんじゃないでしょうかと言っている。」と対応について問い合わせたが,
B5医事課長は被告乙1と話し合った上で,B20技師長に対し,「警察に届け
なくても大丈夫です。」と回答し,さらに,警察に届け出ないまま病理解剖を進
めるように指示した。
 これを受けて,B20技師長が,B18医師らに対し,「許可が出ましたから始
めて下さい。」と言ったが,B18医師ら病理医は,このB20技師長の発言を,
広尾病院の幹部らが監察医務院に問い合わせた結果,監察医務院の方か
ら,後は面倒を見るから法医学に準じた解剖をやってくれとの趣旨の回答があ
ったものと理解し,亡Aに対する病理解剖を始めた。
ウ その結果,右手前腕静脈血栓症及び急性肺血栓塞栓のほか,遺体の血液
がさらさらしていること(これは溶血状態であることを意味し,薬物が体内に入
った可能性を示唆する。)が判明し,心筋梗塞や動脈解離症などをうかがわせ
る所見は特に得られず,解剖所見としては,「右前腕皮静脈内に,おそらく点
滴と関係した何らかの原因で生じた急性赤色凝固血栓が両肺に急性肺血栓
塞栓症を起こし,呼吸不全から心不全に至ったと考えたい。」と結論付けられ
た。
エ B17医長は,解剖終了後,被告乙1に対し,撮影したポラロイド写真を持参し
て,右腕の血管から薬物が入った模様であるとの説明した。
 また,B18医師は,被告乙1に対し,副院長両名,被告乙3及びB7看護部
長のいる場で,亡Aの死因は90パーセント以上の確率で事故死であると思わ
れ,薬物の誤注射によって死亡したことはほとんど間違いないことを確信を持
って判断できる旨報告した。
(11)ア 同日夕方,被告乙2は,B18医師と相談の上,死亡の種類を「不詳の死」と
する亡Aの死亡診断書を作成し,被告乙1に見せた後に原告甲1に交付した。
イ 被告乙1は,同日午後5時ころ,原告甲1らに対し,肉眼的には心臓,脳等の
主要臓器に異常が認められなかったこと,薬の取り違えの可能性が高くなった
こと,今後,保存している血液,臓器等の残留薬物検査等の方法で必ず死因
を究明することを伝えた。
ウ 被告乙1は,その日のうちに,B3副院長とB20技師長に対し,亡Aの血液に
ついてヒビグルの検出作業を行うように指示し,その指示に基づき,広尾病院
検査科において硫酸銅呈色反応試験の方法による血液検査が行われたが,
ヒビグルは検出されなかった。なお,当該検査は,そもそもヒビグルの誤注入
の有無を判定するには不適切な検査方法であった。
 そこで,被告乙1は,血液に対するクロマトグラフィーの検査が可能な機関に
検査を依頼するようにB20技師長に対し,指示をした。
 広尾病院検査課は上記指示に基づき,同日中に,上記検査が可能な機関で
かつ公的機関であるところの,監察医務院,都立衛生研究所及び東京都臨床
医学総合研究所に亡Aの血液検査を実施してもらえるかどうかについて問い
合わせたが,前向きな回答は得られなかった。
(12)ア 広尾病院は,同月15日,病院事業部に対し,「A氏の死因としては,心疾患
などの急性疾患とはいい難く,ヘパリン生食とヒビテングルコネートとを取り違
えたことの可能性がある。仮に,取り違えたとするならば,ヒビテングルコネー
ト入りの注射器に「ヘパ生」と書いてあったという点について疑問が残るが,B
1看護婦はこの点について「ヒビテングルコネートを注射器に詰めた際に「ヘパ
生」と書かなかったとは断言できない」と述べている。」と記載された報告書を
提出した。
イ 被告乙1は,同月18日,都立衛生研究所から紹介を受けた第一化学薬品に
血液検査の実施を依頼することにしたが,翌19日,検査課の職員が検体(亡
Aの血液)を搬送している最中に,病院事業部から広尾病院に連絡が入り,亡
Aの血液検査は公的機関で検査を行う必要があるため,病院事業部から監察
医務院に協力を依頼したので,至急検体を監察医務院に持ち込むようにとの
指示があった。そこで,広尾病院では,第一化学薬品に検出を依頼することを
やめ,監察医務院に血液検査を依頼することとし,これに従い,B5医事課長
が各機関に連絡した。
ウ 被告乙1は,同月20日,B3副院長,B7看護部長,被告乙2,被告乙3及び
B5医事課長とともに,原告甲1の自宅において,書面に基づき,それまでの
経過について,①異常所見としては,右上肢の血管走行に沿った異常着色を
認めたこと,②ヘパ生とヒビグルとを取り違えたため薬物ショックを起こした可
能性が一層強まったといえることなどの中間報告をした。
 その席において,原告甲1は,自ら撮影した亡Aの遺体の右腕の異常着色を
写した写真を示し,事故であることを認めるように求め,病院の方から警察に
届け出ないのであれば,自分で届け出る旨述べた。
 そこで,被告乙1は,原告甲1宅からの帰途,同行した病院関係者らと話し合
った結果,本件医療事故を警察に届け出ることを決定した。
エ 被告乙1は,同月22日,B15衛生局長らと面談して本件医療事故を警察に
届け出る旨を報告したところ,広尾病院の側で誤投薬という過失があったこと
を初めから認める形での届出をせず,むしろ亡Aの死因を特定してほしいとい
う相談を警察に対して行う形での届出をするように指示を受け,その指示に従
い,同日中に,亡Aの死因の特定を依頼するという形で,所轄の渋谷警察署に
届け出た。
オ 同年3月5日,組織学的検査の結果が判明し,前腕静脈内及び両肺動脈内
に多数の新鮮凝固血栓の存在が確認され,これは前腕の皮静脈内の新鮮血
栓が両肺の急性血栓塞栓症を起こしたと考えられる要素であったほか,心臓
の冠動脈の硬化はごく軽度であり,内腔の狭窄率は25パーセント以下であ
り,肉眼的,組織学的に冠動脈血栓や心筋梗塞は認められず,その他の臓器
にも死因を説明できるような病変は認められなかった。
カ 被告乙1は,同月6日,B3副院長,被告乙3及びB5医事課長とともに,原告
甲1の自宅において,原告らに対し,亡Aの死因に関する調査の中間報告に
ついての補足説明と病理解剖の結果を報告した。その席で,B3副院長は,亡
Aは前腕皮静脈内の新鮮血栓が両肺に急性塞栓症を起こしたと考えられ,し
たがって,薬の取り替えによる死亡の可能性が高いことを説明した。
(13)ア 被告乙3は,原告甲1から保険関係の書類を作ってほしいとの依頼を受け,
同月10日ころ,同人から死亡診断書と死亡証明書の用紙を受け取り,翌11
日,被告乙2に対し,これらを交付して,被告乙1と相談の上,作成するように
求めた。
 被告乙3は,被告乙2に対し,これらの書類の提出先や使用目的については
何も説明しなかったが,同人は,死亡診断書用紙の冒頭に保険会社の名前が
あることに気付いたことから,これらの使用目的は保険金請求のためであると
理解した。
 被告乙2は,鉛筆で下書きを始めたが,最初の平成11年2月12日に書いた
死亡診断書では保険金請求手続に支障があるかもしれないと考え始め,さら
に,亡Aの死因は薬物中毒の可能性が高いが,解剖報告書には肺血栓塞栓
症との記載もあったことから,死因の記載を病死にするのか中毒死にするの
かなどについて悩み,同年3月11日夕方ころ,被告乙1にその記載方法につ
いて相談に行った。
イ 被告乙1は,「困りましたね。」と言って,副院長両名を呼び,更に後から被告
乙3も加わって,死亡診断書等の死因をどのように記載するかを話し合った。
 その結果,その日の時点ではいまだ亡Aの血液検査の結果が出ていなかっ
たこともあって,ヒビグルによる事故死と断定できる状況にはなく,逆に病死の
可能性も皆無とはいえなかったので,死因の記載を病死としても全くの間違い
とはいえず,むしろ入院患者の死因を不詳の死とするのはおかしいなどとの発
言もあった。一方,B3副院長は,「病名がついているので病死でもいいんじゃ
ないですか。」との意見を述べ,被告乙1も「そういうことにしましょう。」と述べ
て,死因の記載は,解剖の報告書に所見として記載してあった急性肺血栓塞
栓症による病死とすることに決定した。
 そして,被告乙2は,被告乙1の意見に従って,死亡診断書の「死亡の種類」
欄の「外因死」及び「その他不詳」欄を空白にしたまま,「病死及び自然死」欄
の「病名」欄に,直接の死因として「急性肺血栓塞栓症」と,「合併症」欄に「慢
性関節リウマチ」等と記載し,死亡証明書の「死因の種類」欄の「病死及び自
然死」欄に丸印を付するなどして,死亡診断書及び死亡証明書を作成した。
ウ 被告乙2は,同日,作成した死亡診断書及び死亡証明書をB17医長に見せ
たところ,B17医長は,「死亡の種類」が病死とされていたため,「これはまず
いんじゃないの。」と言ったが,被告乙2は,同日,上記2通の書面を被告乙3
に渡した。
 B17医長は,翌12日,被告乙1,副院長両名及び被告乙3と話をしに行き,
「この病死はまずいんじゃないですか。」と意見を述べたが,被告乙1は,「昨
日みんなで相談して決めたことだからこれでいいです。」と回答し,被告乙3に
対し,遺族からクレームが付いたら,現時点での証明であることを説明するよ
うに指示した。
 被告乙3は,結局そのまま,同日中に,死亡診断書及び死亡証明書を原告
甲1の自宅に持参して,同人に交付した。
(14)ア 他方,警視庁は,前記届出に基づいて亡Aの死亡に関する捜査を進めてい
たが,その過程で,同年5月31日ころ,亡Aの血液からヒビグルに由来すると
考えられる物質(クロルヘキシジン)がかなりの高濃度で検出されたとの鑑定
結果が出た。
イ 原告甲1は,同年6月から7月にかけて,代理人を通じ,被告乙2に対し,本
件医療事故に関する被告らの対応等における疑問についての釈明を求めた
が,被告乙2は,広尾病院の方で対応している旨回答するにすぎなかった。ま
た,原告甲1は,同月10日,代理人を通じ,被告乙3に対し,広尾病院の関係
者に上記と同様の釈明を求めたが,被告乙3は,警察により調査をされている
ため,上記申入れには応じられない旨回答するにとどまった。
 他方で,原告甲1は,同年3月と8月の2回にわたり,東京都知事に対し,本
件医療事故の原因究明を申し入れたところ,都立病産院医療事故予防対策
推進委員会は,同月27日,亡Aは,ヒビグルを誤注入されたことにより死亡し
たと考える旨の報告書を作成して公表し,東京都知事は,同日,定例記者会
見で遺族に謝罪するに至った。
ウ 被告乙1,B3副院長,被告乙3及びB7看護部長は,同年11月23日,原告
甲1の自宅を訪問し,「総合的に判断して,ヒビテングルコネートの誤注入によ
るものと判断いたしたところです。」などと記載された書面を読み上げて謝罪し
た。
エ なお,本件に関し,同年10月8日,被告乙1は停職1か月,被告乙2及び被
告乙4は戒告,被告乙3は口頭注意の各処分を受けた。
 また,被告乙1は,平成15年5月19日,東京高等裁判所において,医師法
違反,虚偽有印公文書作成及び同行使罪につき,懲役1年及び罰金2万円
(執行猶予3年)に処する旨の判決を受け,被告乙2は,医師法違反の罪につ
き,罰金2万円の略式命令を受け,被告乙5は,平成13年8月30日,東京地
方裁判所において,医師法違反の罪につき,無罪判決を受けた。
(亡Aの死亡確認の時刻についての事実認定の補足説明)
(1) 原告らは,亡Aの死亡確認の時刻について,平成11年2月11日午前10時25
分であると主張し,併せて,原告甲1及び原告甲5立会いのもと,B11医師によ
り亡Aの死亡が確認され,その場に被告乙2はいなかったと主張する。
 そして,原告甲1は,本件医療事故発生直後から,上記原告らの主張のとおり
認識していたことが認められ(甲26ないし29,43,60,66,80,81,117,原
告甲1),原告甲5も,後記(2)キのとおり,当初から上記原告ら主張のとおりに正
確に認識していたかどうかについては疑問の残るところではあるが,少なくとも本
訴においては,一貫して上記原告らの主張のとおりに認識していたと述べており
(甲65,158,原告甲5),この点が原告らの主張についての最も有力な拠り所
となっている。
(2)ア まず,原告らは,亡Aの応急措置が施されていた処置室内における人物につ
いて見間違う可能性はないことを根拠として,死亡確認に関する事実関係は
原告甲1らの認識どおりであって,死亡確認時刻は午前10時25分であると主
張する。
 しかし,被告乙2及びB11医師は,被告乙2は原告甲1と原告甲5を亡Aの
いる処置室に連れて行き,原告甲1らは蘇生措置を行っているB11医師及び
B12医師と対面する状態になったところ,原告甲1らの背後から死亡宣告を
し,それに合わせてB11医師が蘇生措置を止めたと述べているのであって,
死亡確認をしたのが被告乙2か,B11医師かといった見解の違いはあるもの
の,原告甲1らの目から見える処置室内の人物配置は,同人らが述べるところ
と違いはなく,したがって,処置室内における人物の位置関係の記憶に対する
正確性の点は,原告甲1らの供述が被告乙2らの上記供述よりも信用性にお
いて勝るとは即断し難い(前記(1)の各証拠,甲46,121,142,乙1,5,丙
4,30,丁3ないし6,21,被告乙2)。
イ さらに,原告らは,原告甲1が同日午前10時25分の死亡確認後にその旨C
2に伝え,同人は同日午前10時35分にC3から電話を受けた際に亡Aの死亡
を知らせたと主張し,その裏付けとして,C3宅における同年1月21日から同
年2月20日までの期間における通話明細内訳書(甲25)を提出しているとこ
ろ,一見すると,C3,C2及びC5ら親族間での電話によるやり取りの経過は,
通話明細内訳書という客観的証拠の内容にそっているようである。
 しかし,甲25の記載は,同月11日の午前10時27分39秒に東京都内へ,
同日午前10時35分47秒に愛知県内へ,同日午前10時38分34秒,午前1
0時39分25秒,午前10時58分4秒にそれぞれ長野県内へ,C3宅から電話
をかけたという事実を裏付けるものではあるが,その通話相手及びその際に
交わされた会話の内容については何ら触れるところがない上,甲25の記載か
らはC3宅における電話の受信状況が何ら明らかにされないため,果たして原
告らの主張するような時間帯に亡Aの死亡の事実が電話によって伝えられて
いたかどうかは証拠上必ずしも明確とはいえない。これに加えて,原告らを含
め,上記の通話者らが,亡Aの死亡という予期せぬ事態が発生した前後一連
の事実関係を,その当時から相当程度時間を経ているにもかかわらず,詳細
な部分についてまで正確に記憶しているというのはかえって不自然な感が否
めないのであって(甲25,43,59,78),結局のところ,同日午前10時35分
の時点で既にC2とC3との間で亡Aの死亡に関する通話がなされていたと認
定することはできない。
ウ B1看護婦は,看護記録に記入するに当たって,B13看護婦及びB14看護
婦に亡Aの死亡確認時刻を尋ねたところ,B13看護婦からは10時44分との
回答を得たのに対し,B14看護婦からはそれより10分か20分差のある時刻
であった旨の回答を得たと述べるが,なぜB13看護婦の答えた時間を優先し
て記入したかについては不明であり,B13看護婦が婦長代理で当日の責任
者であったこと及び同人が自信を持って述べていた印象があったことからかも
しれないと述べるにとどまり,詰まるところ,B1看護婦の供述も,曖昧な記憶
に基づく不明確なものにすぎないのであって,その信用性は必ずしも高いとは
いえない(甲62)。
エ B2看護婦は,B14看護婦が首を振ったのを見て,亡Aが蘇生しなかったと
悟り,それが同日午前10時30分ころであったと述べるが,B14看護婦による
首振り行為自体が,亡Aが蘇生しなかったことを表現していると断定できるわ
けではなく,その首振り行為は,亡Aがもはや助からないという趣旨を表現した
ものであった可能性も十分に考えられることからすれば,B2看護婦のこの点
に関する陳述は,原告らの主張の裏付けとしては不十分といわざるを得ない
(甲61)。
オ また,C4は,亡Aの病棟に到着した時刻を同日午前10時15分を少し過ぎて
いたが20分にはなっていなかったと述べ,到着後あわただしい雰囲気の中で
10分ほど待っていたところ,亡Aの親戚と思われる女性から死亡の事実を聞
かされたと述べてはいるものの,亡Aの死亡確認時刻そのものについては何
ら客観的な時刻を基準にした上で述べているわけではないから,この供述も,
原告らの主張を裏付けるものとはいい難い(甲63)。
カ 原告らは,看護婦である原告甲5が亡Aの口内から流れ出た唾液を拭き取っ
たが,唾液が流れ出たことはその時点で気管内挿管が既に抜去されていたこ
とを示すものであって,この点に関し原告らの主張に反する内容を有する被告
乙2の供述(丁4)は信用できないとする。
 しかし,気道内の粘液や血液が多い場合には,アンビューバックの接続部を
外しただけでも,気管内チューブの接続端からチューブ内や気管内の内容物
が流出することはあり得るため(甲38),仮に原告甲5が亡Aの口から流れ出
た液体をぬぐったとしても,そのことは必ずしも気管内挿管が既に抜かれてい
たことを意味するわけではなく,したがって,気管内挿管を抜去していないと述
べる被告乙2の供述の信用性を減じることにはならないのであって,結果的
に,被告乙2の供述全体の信用性を揺るがすものとはいえない。
キ 以上に加えて,原告らは,被告乙2が立ち会って死亡を確認したということに
することが,届出義務を回避する上で意味を持つとして,これを被告乙2が死
亡確認時刻を偽る動機として指摘しているが,これは,あくまで憶測の域を出
ないものであって,結局のところ,被告乙2が死亡確認の時刻を偽るにつき,
具体的な理由が何らうかがえない上に,原告甲1及び原告甲5がB11医師と
被告乙2の顔を認識していたとしても,予期せぬ亡Aの死亡という事態に直面
したために,原告甲1及び原告甲5が混乱のあまりその当時における一連の
事実関係を誤認する可能性も考慮の余地がある。
 また,確かに,原告らは,被告らが本件医療事故に関し不誠実な対応をした
ために,被告らに対する不信感を強めていき本訴に至ったものであり,亡Aの
死亡確認の時刻及び立会った者が誰かが本訴の中心的争点の一つととらえ
ているため,その点に関する供述が徐々に明確になっていくのもやむを得ない
面はあるが,原告らが死亡確認の時刻の認識の違いについて指摘した平成1
1年2月20日の中間報告の後である同年4月21日付けの原告甲5の司法警
察員に対する供述調書において,死亡確認の時刻及びB11医師の立会いに
ついて明確には記載されていないこと(丙29)も考慮すべきである。
(3) 他方,被告乙2を始めとする広尾病院の関係者は当初から同年2月11日午前
10時44分に被告乙2が死亡確認をしたと述べており,とりわけ,当直医であった
B11医師の陳述(甲121)は,亡Aの死亡前後の一連の事実の経過について詳
細かつ具体的に表現されており,相応の信用性を認めることができる。
(4) 以上の検討結果を総合すると,前記(1)の原告甲1及び原告甲5の認識につい
ては,主観的には誤りはないにしても,これによって原告らの主張する事実を認
定するには足りず,亡Aの死亡確認は被告乙2の立会いのもと,平成11年2月1
1日午前10時44分に行われたと認められる。
2 争点(1)(亡Aの死亡自体に関する被告東京都の義務違反の有無)について
(1) 争点(1)ア(看護婦らの過失を巡る義務違反の有無)について
ア B1看護婦には,患者に投与する薬剤を準備するにつき,薬剤の種類を十分
確認して準備すべき注意義務があるというべきである。
 それにもかかわらず,B1看護婦は上記注意義務を怠り,前記1(2)ア及びイ
で認定したとおり,ヘパ生入りの注射器については「ヘパ生」と黒色マジックで
記載されていたにもかかわらず,2本の注射器のうち,ヘパ生入り注射器にお
ける「ヘパ生」との記載を確認することなく,漫然,これをヒビグル入り注射器で
あると誤信し,他方,もう1本のヒビグル入り注射器には「ヘパ生」との記載が
ないにもかかわらずこれをヘパ生入り注射器と誤信して,後者を亡Aの病室に
持参し,亡Aの床頭台においてその点滴を準備したという注意義務違反が認
められる。
イ 一方,B2看護婦には,患者に薬剤を投与するにつき,薬剤の種類を十分確
認して投与すべき注意義務があるというべきである。
 それにもかかわらず,B2看護婦は上記注意義務を怠り,前記1(2)ウで認定
したとおり,準備された注射器には,注射筒の部分に黒色マジックで「ヘパ生」
との記載がされているはずであるから,その記載を確認した上で,薬剤の点滴
をすべきであるのに,その記載を確認しないまま,漫然,床頭台に置かれてい
た注射器にはヘパ生が入っているものと軽信し,同注射器に入っていたヒビグ
ルを亡Aに点滴して,誤薬を投与した注意義務違反が認められる。
ウ そして,B1看護婦及びB2看護婦の前記各注意義務違反の競合により,亡
Aは容態が急変し,死亡するに至ったことは原告ら及び被告東京都との間に
おいて争いがない(なお,前記1認定の事実によれば,他の被告らに対する関
係においても,同各注意義務違反と亡Aの死亡との間に因果関係があること
を認めることができる。)。
 なお,上記各看護婦の注意義務違反は,診療行為の際のものであるから,
後記3(2)イ(イ)と同様に,同注意義務違反行為には,国賠法ではなく,民法
(不法行為)を適用すべきである。
エ よって,被告東京都は,債務不履行又は不法行為責任(民法715条)に基づ
き,B1看護婦及びB2看護婦の前記各注意義務違反により原告らに生じた損
害を賠償する責任を負う(ただし,原告らの求める遅延損害金発生の起算点と
の関係で,不法行為責任(民法715条)をその請求を基礎付けるものとして選
択して認定するものとする。)。
(2) 争点(1)イ(被告東京都の組織構造上の過失の有無)について
ア ヒビグルとヘパ生とを取り違えたならば,極めて重大な結果を招来する状況
の下で,B1看護婦は,ヒビグルと書いたメモ紙を注射器に貼り付ける際に,同
注射器に黒色マジックで「ヘパ生」と記載されていないことを一べつして確認す
れば,同注射器がヒビグル入りの注射器でないことに容易に気付くことができ
たにもかかわらず,そのような確認をしなかったものであり,薬剤を取り違えて
はならないという基本的な注意義務に,極めて初歩的な態様で違反したものと
いわざるを得ない。
 また,B2看護婦も,床頭台に置かれていた注射器に「ヘパ生」と記載されて
いるかを一べつして確認すれば,同注射器がヘパ生入りのものではないこと
に容易に気付くことができたにもかかわらず,そのような確認をしなかったもの
であり,これもまた基本的な注意義務に,極めて初歩的な態様で違反したもの
といわざるを得ない。
イ そうすると,仮に原告らが前記第2の3(1)イ(イ)において主張するような各事
実が認められ,一定の措置を講じることによって,本件医療事故のような医療
事故が生じる可能性をできるだけ低くすることができるとしても(そして,病院と
しては,本件医療事故後に作成された報告書(甲1)や改訂された医療事故予
防マニュアル(甲19,20)等の趣旨にのっとり,可能な限り事故発生の危険性
を低くするよう努力すべきことはもちろんではあるが),B1看護婦及びB2看護
婦は,医師から投与を指示された薬剤を取り違えないという,いついかなる場
合においても,看護婦が患者に対して怠ることを許されない義務を,極めて初
歩的な態様によって怠ったものであるから,亡Aの死亡という結果は,広尾病
院や被告東京都の看護及び投薬のシステムに何らかの問題があったからこそ
生じたものではなく,専らB1看護婦及びB2看護婦両名の個人的注意義務の
懈怠によって生じたものというべきものであり,前記第2の3(1)イ(イ)の各事実
と亡Aの死亡との間には,相当因果関係を認めることができないというほかな
い。
ウ また,以上のとおり本件医療事故において責任を問うべき過失はあくまでも
担当看護婦らの過失であることにかんがみると,仮に原告らが主張する前記
第2の3(1)イ(イ)の事実が認められるとしても,それが慰謝料の増額事由とな
るということもできない。
3 争点(2)(亡Aの死亡後の被告らの行為に関する義務違反の有無)について
(1) 原告らは,亡Aの死亡後の被告らの行為について損害賠償を請求するに当た
り,原因究明義務と情報開示・説明義務という2つの義務を定立しているが,両
者は密接に関連しており,後記のとおり,これらを基礎付ける根拠も同様のもの
になると考えられることから,両者(ただし,後記のとおり,「原因究明義務」につ
いては,「死因解明義務」というべきであり,「情報開示・説明義務」については,
「説明義務」というべきである。)は,基本的には,以下のとおりまとめて論じた方
が適切であると解される(なお,具体的な適用場面においては,両者は一体とし
て問題となる場合とそれぞれ独立して問題となる場合があり得るので,必要に応
じて独立して採り上げて論じることもある。)。
 また,本件において,被告東京都は,広尾病院の開設者としての側面と,同病
院に対する行政監督庁としての側面を有しており,個人としての被告らは,それ
ぞれの側面に対応して履行補助者として行動しているものとみられるため,便宜
上,同各側面に分けて,以下順に検討する。
(2)ア(ア) まず,被告東京都の病院開設者としての側面から検討すると,確かに,
患者と病院開設者との間には診療契約が締結されたとしても,同契約は準
委任契約であるから,当該患者が死亡すれば,同契約は終了する。
 しかし,①医療行為に関する情報は病院側が独占しており,しかも,病院
側は当該情報にアクセスすることが容易であること,②医師は医療行為を
つかさどる者として,一定の公的役割を期待されており,医師法21条の規
定する届出義務もその一つの現れと見ることができること,③医療行為によ
り悪い結果が生じた場合,当該患者が生存している場合は,医師には患者
に対しその経過や原因について説明する必要があるところ,より重大な患
者の死亡という結果が生じたにもかかわらず,医師が説明する義務を何ら
負わないというのは不均衡であることからすれば,診療契約の当事者であ
る病院開設者としては,患者が死亡した場合には,遺族からその求めがあ
る以上,遺族(具体的事情に応じた主要な者)に対し,当該事案の具体的内
容,保有する又は保有すべき情報の内容等に応じて,死亡に至る事実経過
や死因を説明すべき義務を,信義則上,診療契約に付随する義務として負
うというべきである。
 さらに,上記①及び②からすれば,病院開設者において上記の説明をす
る前提として,診療契約の当事者である病院開設者としては,具体的状況
に応じて必要かつ可能な限度で死因を解明すべき義務を,信義則上,診療
契約に付随する義務として負うというべきである。
(イ) 以上のような観点から,広尾病院に勤務する被告乙1,被告乙2及び被
告乙3は,被告東京都の履行補助者として,債権者である亡Aの遺族に対
して,被告東京都の負っている前記死因解明及び説明義務を履行すべき信
義則上の義務を負っているというべきであるが,同義務の具体的内容は上
記各被告の職務内容に応じて異なるので,同各被告の義務違反の有無に
ついて,以下順に検討する。
イ 被告乙1の義務違反の有無について
(ア)a まず,原告甲1は,平成11年2月11日及び12日,広尾病院において
病理解剖を実施することを承諾したが,これは死因の解明及び説明を不
要とする意思表示ではなく,むしろ死因を解明してその説明を求める意思
表示と解すべきであるから,被告東京都は亡Aの遺族に対し,死因解明
及び説明義務を負うというべきである。
 被告乙1は,広尾病院の院長であり,かつ,本件対策会議の主催者で
あったから,本件医療事故についての広尾病院としての対応方針を決定
するに当たり,大きな影響力を有していたといえることから,原告甲1らに
対し,本件医療事故について主体的に死因解明及び説明義務を履行す
べき立場にあった。
b(a) しかし,被告乙1は,平成11年2月12日の本件対策会議において,
B1看護婦を始めとする関係者から薬剤の取り違えの具体的可能性が
ある旨の話を聞き,広尾病院として,いったんは本件医療事故を警察
に届け出るとの方針に決めたにもかかわらず,来院した被告乙5から
病院事業部の見解を聞かされて,これを病院事業部としては警察への
届出を消極的に考えているものと解釈した上で,上記方針を転換して
本件医療事故を警察に届け出ないことに決定し,さらに,同日,病理解
剖に協力したB19医師から警察へ連絡することを提案されたのに対し
ても,これをいれずに病理解剖するよう指示し,病理解剖を行ったB1
7医長やB18医師から,亡Aの右腕の静脈に沿った赤色色素沈着を
撮影したポラロイド写真を示された上で,薬物の誤注射によって死亡し
たことはほぼ間違いがないとの解剖の結果報告を受けたにもかかわら
ず,警察に届出をしないとの判断を変えず,同月20日に原告甲1らに
中間報告をした際に,病院の方から警察に届け出ないのであれば,自
分で届け出ると言われ,ようやく同月22日,B15衛生局長らと面談の
上,警察に届け出たのであって,このような事実経過に照らせば,被告
乙1は,解剖結果の報告を受けた段階においては,本件医療事故を警
察に届け出なければならなくなったにもかかわらず,あえて同月22日
まで届出をしなかったというべきであり,たとえその当時において亡A
が病死した可能性も完全に否定されたわけではなかったことを考慮に
入れたとしても,被告乙1は,必要かつ可能な死因の解明を行ったとは
いえない。
 したがって,被告乙1には,死因解明義務違反が認められる。
(b) この点について補足して説明するならば,医師法21条が異状死体
について届出義務を課していることからすれば,法は犯罪の疑いがあ
る場合には,当該医療従事者が自ら死因を解明するのではなく,警察
に死因の解明をゆだねるのが適切であると解していることがうかがわ
れる。そして,被告乙1は,前記(a)のとおり,遅くとも本件対策会議の
時点において,亡Aが診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いがあ
ると認識し,さらに,解剖結果の報告を受けた段階において亡Aの死
体に医師法21条所定の異状があることを具体的に認識するに至った
と認められることから,本件においては,警察への届出を行い,死因の
解明を警察にゆだねることが,被告乙1の死因解明義務としての具体
的義務の履行というべきである。
 そして,ここにいう警察への届出とは,異状死体があったことの届出
にすぎず,それ以上の報告が求められるものではないから,上記のよ
うに解したとしても,それが憲法38条1項において黙秘権が保障され
ている趣旨に抵触するとはいえない。
 なお,原告らは,被告乙1が,ヒビグルの検出をする血液検査をなる
べく回避しようとしていたことも義務違反である旨主張するが,上記の
とおり,本件においては,警察への届出を行い,死因の解明を警察に
ゆだねることが,被告乙1の死因解明義務としての具体的履行という
べきであるから,仮に被告乙1においてそのほかに採った死因の解明
方法が不適切であったとしても,そのことが独立に義務違反行為に当
たるということはできない。
c さらに,原告らは,平成11年3月11日付け死亡診断書の死因及び死亡
時刻の記載につき,被告乙1に義務違反があったことを主張するところ,
本件において,当該死亡診断書は保険金を請求するために保険会社に
提出するものであり,亡Aの遺族に対して何らかの説明をするために用
いられたものではないが,既に,本件医療事故につき,警察への届出を
経て,亡Aの死亡は,薬の取り違えによる可能性が高い旨,遺族が広尾
病院側から説明を受けていた当時の状況の下において,被告乙1は,亡
Aが病死や自然死ではないことが明らかであったにもかかわらず,その
事実を認識した上で,上記死亡診断書の死因を病死として作成させ,さら
に,B17医長から病死との記載は問題である旨進言されたにもかかわら
ず,同死亡診断書をそのまま遺族に交付するように指示し,その結果,
亡Aの遺族に対し,亡Aの死因につき混乱と不審を招いたものであって,
説明義務違反に当たるというべきである。
 なお,死亡時刻については,前記認定のとおり虚偽の記載ということは
できないので,説明義務違反を論ずる前提を欠く。
(イ) 次に,被告乙1の義務違反行為につき国賠法,民法(不法行為)のいず
れを適用すべきかについて検討するに,確かに,被告乙1は本件医療事故
発生当時,広尾病院に勤務する地方公務員であったことからすれば,国賠
法の適用があるといえそうにも思える。
 しかし,他方,死因解明及び説明義務は,以上のとおり,被告東京都の病
院開設者としての側面に着目して導き出される義務である上,被告乙1の
前記(ア)の各義務違反行為はいずれも診療行為に付随する行為である。そ
して,診療契約の性質に関し国公立病院と私立病院を区別する合理的理由
は見いだせないことに加え,本件において,広尾病院が亡Aに対し私立病
院と異なる国公立病院独自の医療行為を行ったという事情はうかがわれな
いことに照らせば,被告乙1の上記義務違反行為については,国賠法では
なく,民法が適用されると解すべきである。
ウ 被告乙2の義務違反の有無について
(ア)a 被告乙2は,亡Aの主治医であり,かつ,亡Aの死体を検案し,医師法2
1条の届出義務を負っていたのであるから,主体的に死因解明及び説明
義務を履行すべき立場にあった。
b しかしながら,被告乙2は,平成11年2月11日,B11医師からB1看護
婦が薬剤を間違えて注入したかもしれないと言っていることを知らされた
上,主治医であった被告乙2にも,亡Aの症状が急変するような疾患等の
心当たりが全くなく,さらに,翌12日に行われた病理解剖に立ち会い,亡
Aの死体の右腕の静脈に沿って赤い色素沈着がある異状を認めたので
あるから,警察へ届け出なければならなくなったにもかかわらず,漫然と
広尾病院の方針に従い,自ら警察へ届け出なかったこと(当該届出がも
つ意義については,被告乙1の義務違反において既に説明したところと
同様である(前記イ(ア)b(b))。)からすれば,たとえその当時において亡A
の病死の可能性も完全に否定されたわけではないとしても,被告乙2は,
必要かつ可能な死因の解明を行う義務を怠ったというべきである。
 したがって,被告乙2には,死因解明義務違反が認められる。
c(a) また,原告らは,平成11年3月11日付け死亡診断書及び死亡証明
書の死因及び死亡時刻の記載につき,被告乙2にも義務違反があっ
たことを主張するが,この点は,被告乙1の義務違反において既に説
明したところと同様の理由により(前記イ(ア)c),死亡時刻の点を除き,
説明義務に違反するものということができる。
(b) なお,原告らは,本件医療事故発生直後に,被告乙2の亡Aの遺族に対
する説明において,看護婦による誤投薬の可能性につき何ら明らかにしな
かった点についても,被告乙2の義務違反を主張する。
 確かに,被告乙2は,前記bのとおり,亡Aに対する蘇生措置を行っ
ている際に,B11医師からB1看護婦が薬剤を間違えて注入したかも
しれないと言っていることを知らされた上,主治医であった被告乙2に
も,亡Aの症状が急変するような疾患等の心当たりが全くなかったとい
うのであるから,亡Aが誤投薬による事故により死亡した可能性がある
ことを認識したとはいえる。
 しかしながら,本件医療事故発生直後のことであって,情報が十分で
あるとはいえず,しかも混乱している遺族に対して不必要な精神的衝
撃を与えないような配慮も必要であることも勘案するならば,亡Aの遺
族に対して看護婦による誤投薬の可能性について明らかにしなかった
ことについても,やむを得ないものとして,説明義務違反にはならない
というべきである。
(イ) 被告乙2の前記義務違反行為に,国賠法ではなく,民法(不法行為)が適
用されるべきことは,前記イ(イ)と同様である。
エ 被告乙3の義務違反の有無について
 被告乙3は,広尾病院の事務局長としての立場から,まず,警察への届出を
巡る不作為行為について義務違反を問われているが,当該不作為行為が死
因解明義務違反に該当するかはおくとして,被告乙3は当初本件対策会議に
おいて,本件医療事故について警察への届出をすべきであると発言しており,
この点でむしろ死因解明義務を尽くす方向で行動していたとみることができ,
また,前記アのとおり,専ら医療行為の特殊性から導かれる死因解明及び説
明義務について,医師ではなく,医療行為の専門的知識を有しない広尾病院
の事務局長においては,警察への届出をすべきであるとの立場を表明したも
のの,警察に届け出ないことをいったん決定された以上は,それ以後において
当該決定の趣旨に従って行動すること自体を死因解明義務違反として問題と
することはできないというべきである。
 さらに,原告らは,被告乙3が亡Aの血液検査に関して出された検査先変更
の指示に漫然と従ったことについて義務違反である旨主張しているが,そもそ
も,上記検査先の変更が死因解明義務としてどのような意味をもつかはおくと
して,病院事業部からの指示を受けた広尾病院の決定に従い,第一化学薬品
に検出を依頼することをやめ,監察医務院に血液検査を依頼する旨の連絡を
各機関にしたのはB5医事課長であって,この検査先の変更につき,被告乙3
が具体的にどのように関与したかは明らかではない上,たとえ被告乙3が特段
異を唱えず病院事業部の指示に従ったとしても,血液検査先の変更という事
柄の性質も踏まえれば,事務職としての立場からみて,やむを得ないものとい
うべきである。
 よって,被告乙3の各行為は,死因解明義務に違反したとは認められない。
オ 被告東京都の義務違反の有無について
 履行補助者としての被告乙1及び被告乙2の前記各義務違反行為により,
被告東京都には死因解明及び説明義務違反が生じているため,被告東京都
は,上記各行為につき債務不履行又は不法行為責任(民法715条)を負う(た
だし,共同不法行為としての不法行為責任(民法715条)を原告らの請求を基
礎付けるものとして選択して認定するものとする。)。
 よって,被告東京都は,被告乙1及び被告乙2とそれぞれ連帯(不真正連帯)
して,損害賠償責任を負う。
(3)ア(ア) 次に,被告東京都の広尾病院に対する行政監督庁としての側面につい
て検討する。
 上記側面において,原告らは,被告乙4は被告乙5に対し,広尾病院に病
院事業部は本件医療事故を警察に届け出ることに消極的である旨伝えるよ
うに指示し,被告乙5が広尾病院に赴き,その旨の発言をし,その発言の影
響力によって広尾病院においていったん決定したところの警察に届け出ると
いう方針が覆ってしまったのであって,被告乙4及び被告乙5は,病院事業
部の広尾病院に対する影響力を違法に行使することにより,被告東京都が
亡Aの遺族に対し負っている原因究明義務の履行を妨げたと主張するの
で,被告東京都には広尾病院に対する行政監督庁として同病院に対して適
切に影響力を行使すべき義務があったことを前提とした主張をしていると解
される。
 そこで,まず,義務の存否について検討するに,被告東京都の行政監督
庁としての立場,及び病院側は前記(2)アのとおり死因解明及び説明義務を
負っていることに照らせば,被告東京都は,都立病院で医療行為を受けて
いる患者,又は患者が死亡した場合にはその遺族に対して,信義則上,都
立病院が上記死因解明及び説明義務を履行するに当たり,助言して適切
に対応できるように導く義務を負っているというべきである。
(イ) そして,病院事業部に勤務する被告乙4及び被告乙5は,被告東京都の
履行補助者として,債権者である亡Aの遺族に対して,被告東京都の負って
いる前記義務を履行すべき信義則上の義務を負っているというべきである
が,同義務の具体的内容は上記各被告の職務内容に応じて異なるので,
同各被告の義務違反の有無について,以下順に検討する。
イ 被告乙4の義務違反の有無について
 被告乙4は,広尾病院に対する行政監督庁である病院事業部の部長とし
て,広尾病院が本件医療事故に適切に対応できるように助言すべき立場にあ
ったところ,被告乙4は,被告乙5の報告を受けて,広尾病院で薬を取り違えた
可能性のある入院患者が死亡したこと,及び遺族から病理解剖の承諾を既に
得ていることしか知らず,広尾病院が警察に届け出る方針にいったん決めて
いたことを知らなかったことも勘案すれば,「病理解剖の承諾が取れているな
ら,遺族にすべてを話して了解を得られれば,それでいったらいいじゃない
か。」と被告乙5に指示を出したとしても,それ自体が原因究明を妨害する発
言とはいえないのであって,被告乙4の発言はあながち不当とまではいえず,
前記助言すべき義務の違反は認められない。
ウ 被告乙5の義務違反の有無について
(ア) 被告乙5は,広尾病院に赴き,同病院に対する監督官庁である病院事業
部の見解を伝えた者であり,同病院が本件医療事故に適切に対応できるよ
うに助言すべき立場にあったところ,平成11年2月12日,広尾病院におい
て本件医療事故を警察に届け出るかどうかが問題になっていることを認識
した上で,同病院に赴き,被告乙1ら同病院の幹部らに対し,仮に誤投薬の
可能性があったとしても,病院事業部としては警察への届出に消極的であ
る意向が看取できる発言をし,それにより,広尾病院がいったん決めていた
ところの,本件医療事故を警察に届け出るという方針が覆ってしまったとい
う結果を招来し,結局,被告乙1及び被告乙2は,前記(2)イ(ア)及びウ(ア)
のとおり,警察に届け出なければならなくなったにもかかわらず,同月20日
の中間報告の際に,原告甲1から,病院の方から届け出ないのであれば,
自分で届け出ると言われるまで,警察に届け出なかったのであって,さら
に,被告乙5は,病院事業部として,同月15日に広尾病院から亡Aの死因
が急性疾患とはいい難く,薬剤の取り違えによる可能性がある旨の報告書
を受領したにもかかわらず,広尾病院に対し警察に届け出るように再考を
促すような行動を取った形跡が何らうかがえないことも併せ考えれば,被告
乙5の上記発言の影響力によって,広尾病院において適切に死因解明義
務を履行できなかったというべきである。
 この点,確かに,被告乙5は被告乙4の指示に基づき,広尾病院の幹部に
対し,「遺族から病理解剖の承諾をもらっているということですけれども,薬
の取り違えの可能性もあるんなら,包み隠さずお話ししないといけません
ね。」とは述べているが,同時に,被告乙5は,「もし遺族が警察に届け出る
というならそれはそれで仕方がないですね。」と述べることにより,「仕方が
ない」すなわち暗に警察への届出はできれば回避したいという趣旨を伝えて
いることから,病院事業部の意向としては,仮に誤投薬の可能性があったと
しても,広尾病院が警察に届け出ることについて消極的に解していることが
同病院の幹部らに伝わる発言をしていると認められるのであって,そのこと
は,被告乙5が広尾病院を出発する前に,被告乙1に対し,「病院自ら警察
に届けると,ひいては職員を売ることになりますよね。」と,警察への届出に
積極的であることと相いれない発言をしたことからもうかがわれるところであ
る。
 そうすると,被告乙5は,広尾病院が本件医療事故に対して適切に対応で
きるように助言することなく,かえって警察への届出を回避させて,死因の
解明が困難になる方法をとるように助言してしまったといえる。
 よって,被告乙5には,前記助言すべき義務の違反が認められる。
(イ) もっとも,被告乙5は,本件医療事故発生当時,病院事業部に勤務する
地方公務員であるところ,前記助言すべき義務は,被告東京都の行政監督
庁としての側面に着目して導き出される義務である上,被告乙5の前記(ア)
の義務違反行為は行政としての立場からの独自の行為であるといえるので
あって,それゆえに,同行為には国賠法が適用されるべきである。
 そして,国賠法が,国又は公共団体に責任を負わせることで被害者救済
の目的は達することができるのであり,公務員の個人責任を認めるとすれ
ば,かえって公務員が萎縮し,公務の停滞を招きかねないといえることなど
からすれば,被告乙5が上記行為について個人責任を負うと解することはで
きない。
エ 被告東京都の義務違反の有無について
 以上によれば,被告東京都は,被告乙5の前記ウ(ア)の行為につき,国賠法
に基づき,損害賠償責任を負うこととなる。
4 争点(3)(損害額)について
(1) 争点(3)ア(争点(1)の義務違反による損害)について(被告東京都のみに対する
もの)
ア 亡Aの損害
(ア)a 逸失利益
 証拠(甲11)によれば,亡Aは死亡当時専業主婦であったと認められる
から,逸失利益を算定するに当たり,その基礎収入は,死亡した年である
平成11年の賃金センサス第1巻・第1表の産業計・企業規模計・学歴計
の女性労働者の全年齢平均の賃金額である345万3500円を採用すべ
きである。
 そして,平成11年簡易生命表によれば,58歳女子の平均余命は28.
09年であり,亡Aは本件医療事故当時,慢性関節リウマチには罹患して
いたが,特段健康状態に問題はなかったことから,その約2分の1である
14年は家事労働に従事することができたと推認され,したがって,基礎
収入に14年に対応するライプニッツ係数である9.8986を乗じて逸失利
益を算定すべきである。
 また,生活費控除率は,30パーセントとするのが相当である。
 そうすると,亡Aの逸失利益は,2392万9370円とするのが相当であ
る。
345万3500円×9.8986×(1-0.3)
         =2392万9370円(1円未満切り捨て)
b 慰謝料
 亡Aは死亡当時58歳であり,慢性関節リウマチの治療のために入院し
て左中指の手術を受けたが,それは生命に危険を及ぼすような病気や手
術ではなく,術後の経過は良好で入院期間10日間程度で退院できる予
定であったにもかかわらず,とりわけ信頼してしかるべき看護婦による通
常考え難い基本的な過誤である誤投薬のために,全く予期せぬ突然の
苦しみに襲われ,悶え苦しみながら絶命したこと,その他本件に現れた一
切の事情を考慮すれば,亡Aの慰謝料は2300万円とするのが相当であ
る。
(イ) 相続
 前記(ア)の合計4692万9370円の亡Aの被告東京都に対する損害賠償
請求権を,相続により,原告甲1は2346万4685円,原告甲2及び原告甲
3は各1173万2342円ずつ取得した(1円未満切り捨て)。
イ 原告ら固有の損害
(ア) 原告甲1の損害
a 慰謝料
 本件に現れた一切の事情を考慮すると,亡Aの夫である原告甲1が亡
Aの死亡により被った精神的損害に対する慰謝料は,300万円をもって
相当と認める。
b 葬儀費用
 本件医療事故と相当因果関係のある葬儀費用は,120万円をもって相
当と認める。
(イ) 原告甲4の損害
 本件に現れた一切の事情を考慮すると,亡Aの実父である原告甲4が亡A
の死亡により被った精神的損害に対する慰謝料は,200万円をもって相当
と認める。
(ウ) 原告甲5の損害
 原告甲5は,亡Aの実妹であり,民法711条所定の者ではないが,文言上
同条に該当しない者であっても,被害者との間に同条所定の者と実質的に
同視できるような身分関係が存在し,被害者の死亡により甚大な精神的苦
痛を受けた者は,同条の類推適用により,加害者に対して直接に固有の慰
謝料を請求し得るというべきである。
 そこで検討するに,確かに,原告甲5が亡Aを慕っており,同人らが親密な
姉妹であったもので,平成10年からは,亡Aが近隣の家に住み始め,原告
甲5は亡Aの死亡の現場に立ち会っており,その予期せぬ結果に非常に心
を痛めたことは認められるが,他方,原告甲5は,亡Aとは長期間にわたり
別々の世帯を営んでいたものであることが認められることにも照らすならば
(甲65,74,158,丙29,原告甲5),原告甲5と亡Aとの間に通常の姉妹
の関係を超えて民法711条所定の者と実質的に同視できるような身分関係
が存在するとまではいえない。
 よって,原告甲5の各請求はいずれも認められない。
(エ) 弁護士費用
 本件医療事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は,540
万円(原告甲1について280万円,原告甲2及び原告甲3について各120
万円,原告甲4について20万円(なお,これは原告甲4が弁護士費用として
請求する額を上回るが,同一訴訟物内における請求総額を上回る額を認め
ることにはならないので,処分権主義に反するものではない。))と認めるの
が相当である。
(2) 争点(3)イ(争点(2)の義務違反による損害)について(被告ら全員に対するもの)
ア(ア) 死因解明及び説明義務違反並びに助言すべき義務違反により遺族が被
る精神的苦痛は,確かに被害者の死亡に端を発してはいるものの,同各義
務違反により,被害者の死亡自体から生じる精神的苦痛とは別個に発生す
るということができるのであって,法的保護に値するというべきである。
(イ) もっとも,死因解明及び説明義務違反や助言すべき義務の違反に基づく
慰謝料請求は,被害者の死亡に起因する精神的苦痛に対して賠償を求め
るものであるから,同人の死亡について精神的に慰謝されるべきことを法が
予定している者に限り認められるべきである。
 したがって,上記各義務違反に基づく慰謝料請求は,民法711条所定の
者又は同条が類推適用される者に限って認められるべきであり,前記(1)イ
(ウ)のとおり,原告甲5は請求権者となり得ないというべきである。
イ(ア) 被告乙1の義務違反行為による損害
 被告乙1の立場,その義務違反行為の態様その他本件に現れた一切の
事情を考慮すれば,原告甲1に対し40万円,原告甲2,原告甲3及び原告
甲4に対し各20万円の慰謝料をもって相当と認める。
 よって,被告東京都及び被告乙1は連帯(不真正連帯)して,上記損害を
賠償する責任がある。
(イ) 被告乙2の義務違反行為による損害
 被告乙2の立場,その義務違反行為の態様その他本件に現れた一切の
事情を考慮すれば,原告甲1に対し20万円,原告甲2,原告甲3及び原告
甲4に対し各10万円の慰謝料をもって相当と認める。
 よって,被告東京都及び被告乙2は連帯(不真正連帯)して,上記損害を
賠償すべき責任を負う。
(ウ) 被告乙5の義務違反行為による損害
 被告乙5の立場,その義務違反行為の態様その他本件に現れた一切の
事情を考慮すれば,原告甲1に対し10万円,原告甲2,原告甲3及び原告
甲4に対し各5万円の慰謝料をもって相当と認める。
 よって,被告東京都は,上記損害を賠償すべき責任を負う。
5 結論
 以上によれば,原告甲1,原告甲2,原告甲3及び原告甲4の各請求は,主文第1
項ないし第5項の限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,原告らのその
余の各請求及び原告甲5の各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し,被告
東京都の申立てに係る仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さな
いこととし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第16部
裁判長裁判官  大門 匡
裁判官  柴崎哲夫
裁判官  吉田千絵子

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛