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平成14年(行ケ)第97号 審決取消請求事件
平成14年8月22日口頭弁論終結
            判       決
      原     告     株式会社コマリョー
      訴訟代理人弁護士  松 村 信 夫
      同         和 田 宏 徳
      同         塩 田 千恵子
      同         岩 井   泉
      同弁理士     清 末 康 子
      被     告     A
      訴訟代理人弁理士  鈴 江 武 彦
      同        石 川 義 雄
      同         小 出 俊 實
      同        吉 野 日出夫
      同         松 見 厚 子
      同         宮 永   栄
      同         幡   茂 良
          主       文
    原告の請求を棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1)特許庁が平成11年審判第35434号事件について平成12年10月2
6日にした審決を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
  主文同旨
第2 特許庁における手続の経緯並びに審決の理由
  以下は,当事者間に争いがなく,かつ,証拠(弁論の全趣旨を含む。)によ
って認定できる事実である。
1 特許庁における手続の経緯
  登録第3116038号の商標(以下「本件商標」という。)は,「ETN
IES」の欧文字を横書きして成り,第25類「洋服,コート,セーター類,ワイ
シャツ類,寝巻き類,下着,和服,エプロン,えり巻き,靴下,ゲートル,毛皮製
ストール,ショール,スカーフ,手袋,ネクタイ,ネッカチーフ,マフラー,耳覆
い,ヘルメット,帽子,バンド,ベルト」を指定商品とするものである。本件商標
は,株式会社レバンテ(以下「レバンテ」という。)により,平成4年12月17
日に登録出願され(以下「本件出願」という。),同8年1月31日に登録された
(以下「本件登録」という。)。その後,平成11年1月21日,商標権の一部移
転により,原告も共有権利者として登録され,今日に至っている。
2 被告は,平成11年8月20日,本件登録をそのすべての指定商品に関して
無効にすることについて審判の請求をした。特許庁は,これを平成11年審判第3
5434号として審理し,その結果,平成12年10月26日,「登録第3116
038号の登録を無効とする。」との審決をし,その謄本を,同年11月15日原
告に送達した。
(甲第1号証ないし第4号証,弁論の全趣旨)
3 審決の理由
  審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,①被告(請求
人)は,「ETNIES」の欧文字から成る商標(以下「引用商標」という。)を
有しており,これは,本件登録以前から,米国の市場に提供されている商品である
スケートボード用靴に使用され,スケートボード,スノーボード用具にかかわる日
本の取扱業者においても広く知られるに至っていた,②レバンテは,引用商標が被
告の使用に係るものであることを知りながら,日本国内において本件商標に係る商
標権を獲得し,「ETNIES」の文字が付された商品の販売行為に関して法的に
有利な地位を占めることを意図して,本件登録をした上で,被告との取引を開始し
ようとしたものであり,本件出願には,被告との関係で,取引上の信義則に反する
ものとして,商標法4条1項19号にいう「不正の目的」があるから,同法46条
1項1号により本件登録を無効とする,というものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
  審決は,引用商標が周知著名であったかについても,レバンテに不正の目的
があったかについても,事実認定及び法律解釈を誤り,その結果,本件商標が商標
法4条1項19号に該当すると判断したものであるから,取り消されるべきであ
る。
1 引用商標の周知著名性について
(1)必要な周知著名性の度合い
  商標法4条1項19号の所定の「日本国内又は外国における需要者の間に
広く認識されている商標」という要件を満たすためには,広く認識されている度合
いは,高度のものでなければならず,したがって,単なる周知性では足りず,より
程度の高い著名性の域にまで達していることが必要である,と解するべきである。
そのように解さないと,同号の設けられた目的の範囲を超えて,商標法の採用して
いる先願主義の趣旨を過度に害することにより,出願を懈怠していた周知商標の保
有者を保護し,特許庁の審査能力の不足を出願人の犠牲によって補うという,不当
な結果をもたらすからである。
(2)日本国内におけるスケートボード用具取扱業者の間における周知著名性
ア 被告が審判の段階で提出した証拠のうち,米国における引用商標の周知
著名性を立証するものとして提出された証明書については,これらを作成した米国
のスケートボード取扱業者の規模が全く分からない。また,これら7業者のうち,
6業者の行っていることは,単にカタログの頒布にとどまるものである。このよう
な証拠のみで,引用商標が米国において著名であったと証明されているとしてよい
か,はなはだ疑問である。
  少なくとも,本件出願の前後,引用商標は,米国における上位ブランド
ではなかったのである(甲第12号証及び第13号証)。
イ 審決は,引用商標につき,「日本国内における需要者の間に広く認識さ
れている商標」であると認定し,その根拠として米国における周知著名性を挙げて
いる。しかし,そもそも,米国における周知著名性自体,日本におけるスケートボ
ード用具に関わる業者の間における,引用商標の周知著名性を立証するための要素
となるほどのものではない。このような事実認定は,不合理である。
ウ 日本国内のスケートボード用具の取扱業者の間における周知著名性を認
める資料として,審決の挙げるものについては,その専門業者の全体の数,被告の
関係する会社であるETNIES USA社(被告の関連会社,乙第12号証)と
取引交渉を行ったとする5社の規模,この種業界の中で占める地位が明らかでな
い。どれくらいの数量の商品を輸入又は販売したかも明らかではない。
  スケートボード用靴を取り扱っていた,靴小売業の会社(大手を含
む。)の担当者も,平成4年当時,「ETNIES」のブランドは聞いたことがな
いとしている(甲第9号証,第22号証,第23号証,第25号証ないし第27号
証)。
  現実には,「ETNIES」のブランドは,平成4年以降,原告の宣
伝,営業活動により,原告のブランドとして知られるに至ったものである。
(3)周知著名性の対象範囲について
ア 商標法4条1項19号は,不当な目的による第三者のフリーライドを阻
止すること,正当な権利者の参入を保護することを主な目的として,平成8年に至
って新設されたものである。同号がこのようなものであるとすれば,ある範囲では
知られるに至っているとしても,まだ,使用に基づき一定以上の業務上の信用を獲
得するに至っていない商標であって,未登録のものについてまでも,先に登録出願
をした者に「不正の目的」があるからという理由だけで,保護しようとするのは,
同号の設けられた目的の範囲を超えるものであり,商標の使用をする者の業務上の
信用を維持することを目的とし(商標法1条),先願登録主義を建前とするわが国
法制にも適合しない。
  したがって,引用商標に,「需要者の間に広く認識されている商標」で
あるとして,同法4条1項19号を適用するためには,単に引用商標を使用する商
品の取扱業者の間において周知著名であるだけでは足りず,全国的に一般に広く知
られていることが必要である,と解するべきである。
  同号の目的には,出所表示機能の稀釈化からの保護もあり,このような
稀釈化に対する保護は,広義の混同すら認められない,全く無関係な分野にまで及
ぶ。したがって,同業種のみならず,全くの異業種にまで及ぶ特別の保護を与える
ためには,およそ経済活動を行う者ならだれもが知っているという程度に広い範囲
での知名度を要求するのが相当である。
イ 審決は,引用商標が,日本のスケートボード用具の取扱業者の間におい
て周知著名性を得ていた,と認定している。しかし,前記のとおり,周知著名とな
るべき範囲を,引用商標を使用する商品の取扱業者の範囲にとどめて解することは
誤りである。
  スケートボードは,国民全体に広く親しまれているスポーツではないか
ら,仮に,スケートボード用具の取扱業者の間で,さらには,その消費者の間でも
知られていたとしても,引用商標が全国的に広く知られていたと認めることはでき
ない。
(4)本件商標の指定商品と引用商標の周知著名性との関係
  前記の商標法4条1項19号の趣旨からは,問題となっている商標の指定
商品の市場への参入を保護されるべき者が,同条で保護されるべき者となってい
る。したがって,本件のように,本件商標の指定商品と,引用商標の用いられる商
品とで,その分野が異なる場合には,引用商標が,単に,限られた,引用商標の用
いられる商品の需要者の間において,周知著名であるだけではなく,本件商標の指
定商品の需要者の間においても,周知著名であることが必要である。
  仮に,引用商標が周知著名であったとしも,第25類の指定商品すべてに
ついて,その需要者の間で周知著名であったわけではない。ストリートファッショ
ン以外の第25類の指定商品についてまで,本件商標を無効とするのは行き過ぎで
ある。
(5)以上のとおりであるから,引用商標は,少なくとも,本件商標との関係に
おいては,「日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標」で
あると認められないというべきである。
2 不正の目的の不存在について
(1)「不正の目的」とは,「不正の利益を得る目的,他人に損害を与える目的
その他の不正の目的」をいう,とされている(商標法4条1項19号)。
  その具体例として,①外国で周知な他人の商標と同一又は類似の商標が日
本で登録されていないことを奇貨として,高額で買い取らせるために先取り的に出
願するケース,外国の権利者の国内参入を阻止したり,国内代理店契約を強制した
りする目的で出願するケース,②日本国内で全国的に著名な商標と同一又は類似の
商標について,出所の混同のおそれまではなくても,出所表示機能をの稀釈化を生
じさせたり,その名声を毀損したりする目的をもって出願するケースなどが挙げら
れている(特許庁総務部総務課工業所有権制度改正審議室編・平成8年改正工業所
有権法の解説143頁)。
(2)レバンテも原告も,引用商標を高額で買い取らせようとしたり,国内代理
店契約を強制したりしたことはない。また,出所表示機能の稀釈化を生じさせた
り,名声を毀損したり,外国の権利者の国内の参入を阻止したりしたこともない。
レバンテが,引用商標の存在を知って,本件出願を行ったというだけで,不正の目
的があったとすることはできない。
(3)本件商標の指定商品と,引用商標の付された商品(運動特殊靴である「ス
ケートボード用靴」)とは,用途,需要者層を異にするので,関連性がなく,本件
登録は,何ら引用商標の権利者の参入を阻止するものではない。
(4)本件商標は,平成3年ころ,原告の代表者がたまたま知っていた「ETO
NIC」から考え出したものである(甲第13号証,第18号証)。造語性は乏し
く,構造上顕著でもない。
  原告は,平成3年ころから,本件商標を付した商品を台湾等で製造して日
本で販売し,さらに,多額の費用をかけて,宣伝・営業活動をするなどしてきた。
外国における「ETNIES」の登録出願など,被告が問題とする原告の行為は,
すべて,原告の正当な利益を守るために行われたものであり,しかも,その中の多
くは,原告とETNIES USA社との間に正常な取引関係が維持されていた間
のものである。被告は,原告と取引を維持している間は,原告の活動による利益を
受けるだけではなく,本件商標についてもその存在を認めておきながら,原告の努
力により本件商標が知られるようになった後になって,原告との取引がなくなった
とたん,原告の活動により形成された本件商標の信用を労せずに手に入れようとし
ているのである。
(5)したがって,「不正の目的」があるとした審決の判断は誤りである。
第4 被告の主張の要点
1 引用商標について
(1)引用商標「ETNIES」は,かつてスケートボードの世界チャンピオン
であった被告のデザインに係るスケートボード用靴に付されて,平成2年ころから
有名選手により使用され,米国,カリフォルニア州の業者,需要者間で有名となっ
ていた。本件商標の出願前,昭和63年にフランスで登録され(乙第1号証),平
成元年に国際登録(乙第2号証の1),台湾(乙第2号証の4),タイ国(乙第2
号証の5)での登録,平成3年に米国(乙第2号証の2,3)での登録,平成4年
にギリシャ(乙第2号証の6)での登録がされるなど,世界各国で登録されてい
た。
(2)被告の「ETNIES」ブランドの商品には,競技用の特殊構造の靴か
ら,一般の運動靴として市中で使用されるもの,さらにはTシャツ,スポーツウェ
ア,ストリートウェア,ズボン等の被服類,帽子,バッグ等がある。これらの商品
も,本件登録前である平成4年1月ころには,日本に輸出されている(乙第5号
証)。
2 必要な周知著名性の度合い(原告の主張1の(1))について
  商標法4条1項19号は,取引上の信義則,国際信義も保護の対象とするも
のであって,著名性は必ずしも要件とはされていない。
3 日本国内のスケートボード用具の取扱業者の間における周知著名性(原告の
主張1の(2))について
(1)審決は,①引用商標を付した被告の商品ないしそのカタログを,本件登録
以前から,米国の業者が受け取っていたこと,②日本の複数の業者から,ETNI
ESUSA社に対し,被告の商品に対する問い合わせ,注文があったこと,③本件
出願より前に,米国のスケートボード専門雑誌に,被告の商品が掲載されており,
この雑誌は,日本でも毎年約7300部販売されていたこと,④レバンテは,昭和
58年2月に設立され,本件出願時には,スノーボード関連商品,靴,ウェア等の
輸入販売を行い,スポーツ関連商品を主として取り扱っていたこと,⑤レバンテ
が,平成4年9月及び10月に,ETNIES USA社から見本を取り寄せ,本
件出願直後に,被告あてに業務上の文書を発していること,などの事実を認定した
上,引用商標が日本でも周知であると認定したものであり,何ら誤りはない。
(2)米国VANS社は,原告が日本及び米国で販売した本件商標の付された靴
について,ETNIES USA社が販売したものと誤信し,同社に対し警告書を
発したことがある。これは,引用商標が著名であること,本件商標が出所混同をき
たすことの双方を,同時に裏付ける事実である。
4 周知著名性の対象範囲(原告の主張1の(3),(4))について
  争う。
  外国人が外国で保有する周知商標については,もともと,日本での周知性は
必要でないとされている(乙第22号証)。これは,先願主義を悪用して国際信義
に反する商標の取得を行うことを阻止するためには,日本での,厳格な周知著名性
を要件としていたのでは,外国で実績のある商標が日本で登録できなくなり,さら
には,商標を横取りした業者に不正の利益を与えることを助長してしまう結果にな
るからである。
5 不正の目的の不存在(原告の主張2(1),(2))に対して
(1)本件出願前に,原告,レバンテを含む複数の業者により,被告との間で,
取引のための接触がなされていた。レバンテ自身についていえば,平成4年1月こ
ろから,被告に対し,引用商標の付されたスケートボード用靴や洋服の見本,商品
の発注を行っていた(乙第47号証)。
  本件商標は,レバンテが,このさなかにおいて,平成4年12月17日に
出願し,被告との間で返還交渉が行われてるさなかにおいて,平成11年1月21
日に被告に無断で原告に譲渡したものである。
  レバンテが,本件出願以前から,引用商標の存在もその周知性も熟知して
いたことはいうまでもないことである。
(2)原告とレバンテは,被告の使用していた商標につき,本件商標以外にも,
特徴ある図形に至るまで,ことごとく模倣出願した(乙第23号証ないし第24号
証,第27号証ないし第35号証)。なお,原告は,広告等において,被告の商標
の使用態様まで模倣している(乙第20号証,第38号証ないし第42号証)。
(3)原告は,韓国,中国,台湾でも,「ETNIES」の文字から成る商標の
登録を出願したが,これらはいずれも被告の異議申立てにより,拒絶されている
(乙第14号証ないし第16号証,第18号証)。
(4)原告は,平成12年3月,被告の製品を正規に輸入していた業者に対し,
本件商標を根拠に挙げて,販売中止を求める内容証明を送付した(乙第48号
証)。
(5)次のような商標が,無断で出願された場合には,不正の目的をもって使用
するものと推認する,とされている(商標審査基準,乙第22号証)。
① 一以上の外国において周知商標又は日本国内で全国的に知られている商
標と同一又は極めて類似するもの
② 造語商標より成るもの,若しくは,構成上顕著な特徴を有するもの
  引用商標は,米国において広く知られた商標である。また,「ETNIE
S」は,フランス語の「ETHNIE」から発想した造語であり,日本人が考え出
すようなものではない。本件商標と引用商標とは同一である。上記基準に照らして
も,レバンテに不正の目的があったことは,明らかである。
(6)以上のとおりであり,商標法4条1項19号の適用に,何ら誤りはない。
6 不正の目的の不存在(原告の主張2(3))に対して
  本件商標の指定商品(第25類)の中には,「ストリートウェア」,「スポ
ーツウェア」等も含まれる。したがって,本件商標の指定商品は,引用商標が使用
されている「スケートボード用靴及びそれらの関連商品」等と密接に関連している
ことが明らかである。
  スケートボードは,1980年以降,若者を中心に人気を博している。そし
て,有名スポーツ選手が身に着けたものと同じブランド品を欲する若者も多い。ス
ケートボードチャンピオンであった被告は,1990年ころ,引用商標を使用する
権利を得て,スケートボード用の靴を中心として,Tシャツ,ジャケット等の被
服,帽子,ステッカー等の商品に,引用商標を使用し,米国内でこれらを販売し
た。
  したがって,被告の製品は,競技用の特殊な「スケートボード用靴」であ
り,本件商標の指定商品のうち「被服」とは,取引者・需要者が異なり関連性がな
く,出所の混同を来したり,権利者の参入を阻止したりするものではない,とする
原告の主張には理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 引用商標の周知性について
(1)商標法4条1項19号の要件を満たすために必要な「広く認識されてい
る」度合い
  原告は,商標法4条1項19号の要件を満たすために必要な「広く認識さ
れている」度合いは,高度のものでなければならず,したがって,単なる周知性で
は足りず,より程度の高い著名性の域まで達していることが必要である,と解する
べきであると主張する。
  しかしながら,同号は,一方で「不正の目的」の存在という要件を設けつ
つ,周知著名性の要件としては,「需要者の間に広く認識されている」商標である
ことを求めているだけで,「著名な」商標であることは求めていない。商標法は,
著名性を要件とするときには,「著名」との語を用いてそのことを示すのが,少な
くとも原則であると考えるべきであるから(商標法4条1項8号は「著名な略称」
という語を用いている。なお,不正競争防止法2条1項1,2号参照)。同号(1
9号)が,10号におけると同じく「需要者の間に広く認識されている」との語を
用い,「著名な」という語を用いていない以上,反対の結論に導く特別の根拠が認
められない限り,同号(19号)では「著名な」商標であることは求められていな
い,と解するのが合理的である。ところが,そのような根拠は,どこにも見いだす
ことはできない。このように解したからといって,原告の主張するような不都合が
生じることはあり得ない。単なる周知にとどまる場合と著名の域に達している場合
とで,同号の適用の有無に相違が生じることがあるとしても,それは,不正の目的
の有無を決める一要素となることを通じてである,というべきである
。原告の主張は採用できない。
(2)米国等における引用商標の使用状況
  引用商標「ETNIES」は,かつてスケートボードの世界チャンピオン
であった被告のデザインに係るスケートボード用靴を中心として,本件出願前,既
に使用されていた。本件出願前,昭和63年にフランスで登録され,平成元年に国
際登録,台湾,タイ国での登録,平成3年に米国での登録,平成4年にギリシャで
の登録がされるなど,世界の相当数の国で登録されていた。なお,当初の登録名義
人は,被告の関連会社であるGYR DESIGNERS,Rautureau 
Apple Shoesであるものもあり,さらに,そのうち,現在は名義が被告
に移転しているものもある。
(甲第44号証,乙第1号証の1ないし3,第2号証の1ないし6,第4号
証,第7号証,弁論の全趣旨)。
  本件出願前に,引用商標が付された商品(靴,帽子,ジャケット,ズボ
ン,下着等)が販売され,そのカタログの頒布がされ,雑誌「TRANSWORL
D SKATEBOARDING」(当時の日本国内での販売部数は年間7000
部余り),「THRASHER」にそれら商品の一部が掲載されていた(乙第3号
証,第6号証の1ないし8,第9号証,第11号証,第19号証,第47号証)。
  以上の事実からは,引用商標は,本件出願時,米国において使用され,こ
れが付された前記商品が,取扱業者,最終消費者の間で流通していたと認定するこ
とができる。
  なお,原告は,審決が,引用商標が米国で周知著名であったことを認定し
たとして,それを攻撃するが,審決が認定したのは,「本件商標出願前に,「ET
NIES」商標が使用された商品「スケートボード用靴」が米国の市場に提供され
ていた」(審決書13頁35行目~37行目)ことであり,これが認められること
は,上述のとおりである。
(3)日本における周知性
  審決は,まず,引用商標が使用された商品である「スケートボード用靴」
が,本件出願前,米国の市場に提供されていた,との事実を認定した上,このこと
を前提に,乙第8号証の1ないし6(審判甲第8号証の1ないし6)により,本件
出願前である平成3年ないし4年ころ,レバンテを含む日本のスケートボード用具
の取扱業者(5社)が,ETNIES USA社との間で取引交渉を行い,見本等
として商品(靴,Tシャツ,レザージャケット)が日本に輸入された,との事実を
認定し,この事実を根拠に,「日本のスケートボード用具に関わる当業者間におい
て,本件商標出願前に周知・著名性を得ていたとみても差し支えないものと判断さ
れる。」(審決書14頁24行目~26行目)とした。
  審決の認定した上記事実(この事実は,乙第8号証の1ないし6によって
認めることができる。)からは,ETNIES USA社及びそれが取り扱い,引
用商標が付された商品が,本件出願時,既に,日本のスケートボード用具を扱う業
者から注目され,同商標は,これら業者の間で広く知られるに至っていた,との事
実を認めることができる。
  原告は,被告の提出した証拠により,ETNIES USA社と取引をし
たと認められる者は,いずれも事業規模が小規模で,零細な業者にすぎない,と主
張し,これに沿う証拠(甲第6号証ないし第10号証)を提出する。しかし,事業
規模の小さい会社でさえ,数社もが,ETNIES USA社の製品に注目してい
たということは,かえって,スケートボード用具にかかわる日本の業者の間で,引
用商標が広く知られるに至っていたことの証左ともなり得るものである。
  原告は,甲第22号証,第23号証,第25号証の1及び2,第26号証
の1及び2を提出し,日本において,靴を取り扱う業者(なお,この中には,株式
会社チヨダ,株式会社アシックス,アキレス株式会社など,業界の最大手が含まれ
ている。)の担当者の多くが,平成4年当時,引用商標の存在を知らなかった,と
主張する。しかし,これら各証拠の体裁を子細に検討すると,甲第22号証を除
き,報告書作成者がかかわってきたとする商品名は,手書きで記載されており,そ
の中には,特にスケートボード用靴を扱っていたと記載されているものはなく,そ
の旨の記載は,不動文字として既に印刷されているものにすぎない。結局,各報告
書の作成者が,スケートボード用靴のブランド,動向についてどの程度精通してい
たか明らかではなく,さらに,同報告書が,単に,その作成者の,9年近く前の記
憶を述べたものにすぎないことを考慮すると,前記各甲号証をもってしても,引用
商標が本件出願当時日本国内でスケートボード用具にかかわる業者の間で広く知ら
れるに至っていたとの認定を覆すことはできないというべきである。
2 周知性の対象範囲について
(1)原告は,引用商標に,「需要者の間に広く認識されている商標」であると
して,同法4条1項19号を適用するためには,単に引用商標を使用する商品の取
扱業者の間において周知(原告は,著名であることまで要すると主張するが,その
主張が採用できないことは前記のとおりである。)であるだけでは足りず,全国的
に一般に広く知られていることが必要である,と主張する。
  しかしながら,商標法4条1項19号で求められている周知性を,原告の
主張するように広い範囲に及ぶものと解すべき理由はない。周知性の及ぶ範囲が,
同号の適用の有無を決めることがあり得るとしても,それは,「不正の目的」の有
無を決める一要素となることを通じてであると解するのが,合理的である。その理
由は,上に1(1)で述べたところと同様である。
(2)原告は,本件商標を,その指定商品すべてとの関係で無効とするために
は,引用商標が,本件商標の指定商品すべてとの関係で,周知であることを要すべ
きであり,本件では,そうであるとの立証はないから,本件商標を指定商品すべて
との関係で無効とするのは不当である,と主張する。
  しかしながら,商標法4条1項19号は,もともと只乗り(フリーライ
ド)のみならず,稀釈化(ダイリューション)や汚染(ポリューション)の防止を
も目的とする規定であり,そこでは,例えば,15号が出所の誤認混同のおそれを
要件として規定しているのとは異なり,これを要件として規定することはしていな
い。また,19号は,問題とされる商標が外国において周知であるときは,日本国
内における周知性は問わないものとしている。これらのことからすれば,同号の要
件としての周知性は,誤認混同のおそれの防止を直接の目的とするものではなく,
同号によって守られるに値する商標としての最低限の資格を設定するものにすぎな
いというべきであり,そうであるとすれば,当該商標が周知となっている商品と出
願商標の指定商品との関係は,直接には問題にはならず,ただ,両商品の関係が,
他の要素(例えば,出願人の方に,周知商標の存否に関係なく,出願商標を指定商
品に使用する意思や必要があったか否か,など)ともからんで,不正の目的の有無
を判断するための一要素となるにすぎないというべきである。原告の主張は,同号
が周知性を要件とした趣旨を誤解するものというべきであり,採用できない。
(4)以上のとおりであるから,原告の前記主張は,いずれも採用できない。
3 不正の目的の存在について
(1)レバンテは,昭和58年2月に設立された株式会社であり,業種は,スポ
ーツ用品輸入販売である。平成2年に,スノーボード用品の輸入販売を開始し,平
成3年にウィンドサーフィン用品の販売を中止し,本件出願の直後である,平成5
年1月にストリートシューズ及びウェアの輸入販売を開始している(乙第37号
証)。
(2)レバンテは,平成4年1月ころから,ETNIES USA社に対し,商
品(靴,Tシャツ,スウェット,ショーツ,パンツ,ジャケット,帽子)ないしそ
の見本を送るよう数回依頼している。これらの依頼に関して,何らかのいざこざが
あったことをうかがわせる資料はなく,ETNIES USA社は誠実に対応した
ものと認めることができる(甲第1号証,乙第13号証,乙第47号証)。
(3)以上によれば,レバンテは,引用商標の存在を知り,それを付したETN
IES USA社の製品が,日本でも人気を博する蓋然性があると予測,期待した
上で,同社に商談を持ちかけ,同社が誠実に対応するという状況の下で,交渉にお
ける自己の立場を有利にするためなどの目的で,本件出願をしたものと認められ
る。
(4)以上のほかに,本件では,本件商標を含む商標の出願により,レバンテな
いし原告が,ETNIES USA社との交渉を有利に進めようとしたことを推測
させる事情がある。
  すなわち,本件出願直前の,平成4年11月ころ,レバンテとETNIE
S USA社との取引の過程で,レバンテは,ETNIES USA社の製品を,
日本で独占的に販売する権利を得たい旨申し述べるなど,取引上自己に有利となる
条件を持ちかけている。また,本件出願後,レバンテ及び原告は,日本国内及び海
外で,「ETNIES」の欧文字を用いた商標等の登録出願をし,原告は,この事
実を知った被告に対し,取引の開始とより有利な取引条件の設定を持ちかけようと
し,レバンテもこれに関与している(乙第12号証,第14号証ないし第16号
証,第18号証,第24号証,第27号証ないし第36号証,第47号証)。
  これらの事実も,レバンテにおいて,本件商標を含む商標の出願,登録に
より被告ないしETNIES USA社との取引を有利に進めようとの意図があっ
たと推認させる事実となる。
(5)本件出願がこのような状況の下でレバンテによってなされたものである以
上,これを,商標法4条1項19号にいう「不正の目的」をもって,本件商標を使
用するためになされたものとみるのは,むしろ,当然のことというべきである。
(6)前記のとおり,商標法4条1項19号の適用の有無においては,問題とな
る商標が周知となっている商品と出願商標の指定商品との関係は,直接には問題に
はならないと解すべきであるから,本件商標の指定商品のうち,上記(2)以外の種類
の商品についても,原告に,もともと,引用商標の存否に関係なく,それらにつき
本件商標を使用する意思や必要があったなどの特別の事情が認められない限り,不
正の目的は否定し得ないものというべきである。ところが,上記特別の事情は,本
件全資料によっても認めることができないのである。
4 結論
 以上のとおりであるから,原告の主張の取消事由には理由がなく,その他,
審決には取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を
棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法6
1条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官  山  下  和  明
          裁判官 設  樂  隆  一
 
          裁判官 高  瀬  順  久

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