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平成一一年(ワ)第二六五九九号 特許権侵害差止請求事件
(口頭弁論終結日 平成一二年一一月三〇日)
         判         決
        原       告    ヴァイタル サインズ インコーポ
レイテッド
        右代表者    【A】
        右訴訟代理人弁護士    大場正成
        同            尾崎英男
        同            嶋末和秀
        被       告    テルモ株式会社
        右代表者代表取締役    【B】
        右訴訟代理人弁護士    吉原省三
        同            小松 勉
        同            三輪拓也
        同            竹田吉孝
         主         文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
         事 実 及 び 理 由
第一 請求
一 被告は、別紙物件目録(一)及び(二)記載の各採血器を製造し、販売し、又は
販売の申出をしてはならない。
二 被告は、その占有する前項の採血器を廃棄せよ。
三 被告は、別紙方法目録(一)記載の方法により採血器を製造し、これを同目録
(二)記載の方法により使用し又は使用させてはならない。
第二 事案の概要
 本件は、①後記方法により後記採血器を製造し、自ら使用し又は第三者をし
て使用させる被告の行為が、原告の有する後記特許権(請求項1に係る権利)を直
接又は間接侵害し、②右採血器を製造等する被告の行為が、原告の有する後記特許
権(請求項4に係る権利)を侵害すると主張して、原告が被告に対し、右各行為の
差止め及び右採血器の廃棄を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告の特許権
 原告は、次の各特許権を有している。
(一) 登録番号 第二九七七三三九号
(二) 発明の名称 遊離カルシウムイオン濃度測定法及び抗凝血性綿撒糸
(三) 出願日 平成三年一〇月八日
(四) 優先権主張日 一九九〇(平成二)年一〇月九日
(五) 登録日 平成一一年九月一〇日
(六) 特許請求の範囲
(1) 請求項1に係る発明(以下「本件発明(一)」という。)
「注射器で採取した血液の遊離カルシウムイオン濃度を、ヘパリンの使
用による誤差を減少させて測定する方法において、所定量のヘパリン塩を用意し;
所定量の水溶性充填剤を用意し;該ヘパリン塩と該充填剤とを合し;該混合工程の
後この混合したヘパリン塩および充填剤を凍結乾燥して複数の綿撒糸を製造し;該
綿撒糸の一つ又は複数を注射器に入れるが、この際該一つ又は複数の綿撒糸は約
15U.S.P単位より低いヘパリン塩活性を有し;該注射器中に血液試料をとり;
該注射器から該血液試料の少なくとも一部を、血液試料分を分析する試験装置中へ
送入し、かつ該ヘパリン塩の使用による上記測定における誤差の減少下に該血液試
料分と関連する遊離カルシウムイオン濃度を測定することを特徴とする注射器で採
取した血液の遊離カルシウムイオン濃度を、ヘパリンの使用による誤差を減少させ
て測定する方法。」
(2) 請求項4に係る発明(以下「本件発明(二)」という。)
「ヘパリン塩;及び約60000~約90000の分子量を有する水溶
性グルコースポリマー充填剤;を含有し、約15U.S.P単位より低いヘパリン活
性を有することを特徴とする、血液試料中の遊離カルシウムイオン濃度を測定する
際に誤差を減少させるための抗凝血性綿撒糸。」
2 本件各発明の構成要件
(一) 本件発明(一)を構成要件に分説すると、次のとおりである。
A 注射器で採取した血液の遊離カルシウムイオン濃度を、ヘパリンの使
用による誤差を減少させて測定する方法において、
B1① 所定量のヘパリン塩を用意し、
② 所定量の水溶性充填剤を用意し、
③ 該ヘパリン塩と該充填剤とを合し、
④a 該混合工程の後この混合したヘパリン塩および充填剤を凍結乾燥
して複数の綿撒糸を製造し、
b 該綿撒糸の一つ又は複数を注射器に入れるが、
⑤ この際該一つ又は複数の綿撒糸は約一五U.S.P単位より低いヘ
パリン塩活性を有し、
B2⑥ 該注射器中に血液試料をとり、
⑦ 該注射器から該血液試料の少なくとも一部を、血液試料分を分析す
る試験装置中へ送入し、かつ
⑧ 該ヘパリン塩の使用による上記測定における誤差の減少下に該血液
試料分と関連する遊離カルシウムイオン濃度を測定することを特徴とする
C 注射器で採取した血液の遊離カルシウムイオン濃度を、ヘパリンの使
用による誤差を減少させて測定する方法
(二) 本件発明(二)を構成要件に分説すると、次のとおりである。
ア①ヘパリン塩;及び
② 約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を有する水溶性グルコースポ
リマー充填剤
を含有し、
イ 約一五U.S.P単位より低いヘパリン活性を有することを特徴とす
る、
ウ 血液試料中の遊離カルシウムイオン濃度を測定する際に誤差を減少さ
せるための抗凝血性綿撒糸
3 被告の行為
 被告は、平成八年から、別紙方法目録(一)記載の方法(以下「被告第一ス
テップ」という。)により後記採血器を製造し、医療従事者はこれらを同目録(二)
記載の方法(以下「被告第二ステップ」といい、被告第一ステップと被告第二ステ
ップとをあわせて「被告方法」という。)により使用している(被告が、右採血器
を被告第二ステップにより自ら使用しているか、医療従事者をして使用させている
か否かについては、争いがある。)。
 また、被告は、平成八年から、別紙物件目録(一)、(二)記載の採血器
((一)について「イ号物件」、(二)について「ロ号物件」、両者をあわせて「被告
製品」という。)を、製造し、販売し、販売の申出をしている。
4 被告方法及び被告製品中の凍結乾燥物の構成
(一) 被告方法の構成は次のとおりである。なお、被告第一ステップの構成
はB′1であり、被告第二ステップの構成はA′、B′2及びC′である。
A′ 採血器(イ号、ロ号)で採取した血液の遊離カルシウムイオン濃度
を、ヘパリンの使用による誤差を減少させて測定する方法であること。
B′1① 所定量のヘパリンリチウムを用意し、
② 所定量のポリビニルピロリドンを用意し、
③ 該ヘパリンリチウムと該ポリビニルピロリドンとを水に溶解するこ
とにより混合し、
④ 該溶解混合工程の後この混合したヘパリンリチウムとポリビニルピ
ロリドンの水溶液を、採血器中1内に分注し、この採血器全体を凍結乾燥機に入れ
て乾燥して、ヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物5を製造する
が、
⑤ この際該ヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物5
は、七国際単位(イ号物件)又は三国際単位(ロ号物件)のヘパリン塩活性を有す
ること。
B′2⑥ 該採血器中に血液試料をとり、
⑦ 該採血器から該血液試料の少なくとも一部を、血液試料分を分析す
る試験装置中へ送入し、かつ、
⑧ 該ヘパリンリチウムの使用による右測定における誤差の減少下に該
血液試料分と関連する遊離カルシウムイオン濃度を測定すること。
C′ 注射器で採取した血液の遊離カルシウムイオン濃度を、ヘパリンの
使用による誤差を減少させて測定する方法
(二) 被告製品中の凍結乾燥物の構成は次のとおりである。
ア′① ヘパリンリチウム
② ポリビニルピロリドン
を含有すること。
イ′ 七国際単位(イ号物件)又は三国際単位(ロ号物件)のヘパリン活
性を有すること。
ウ′ 血液試料中の遊離カルシウムイオン濃度を測定する際に誤差を減少
させるための抗凝血性を有するヘパリンとポリビニルピロリドンの混合物の凍結乾
燥物であること。
二 争点
【本件発明(一)について】
1 構成要件B1②の充足性
 被告方法におけるポリビニルピロリドンは、構成要件B1②の「水溶性充
填剤」に該当するか。
(原告の主張)
 本件発明(一)では、「水溶性充填剤」を用いることにより、ヘパリン用量
を極く微量に、かつ正確にコントロールするとともに、綿撒糸の寸法を増加させ、
採血用注射器中に配置される微量のヘパリンを含む綿撒糸が血液に有効に溶解する
ような密度を与える。
 他方、被告方法において使用されているポリビニルピロリドンは、「水溶
性」高分子であり、微量のヘパリンと共に綿撒糸を形成して、綿撒糸の寸法を増加
させると共に、綿撒糸に微量のヘパリンが血液試料全体に迅速かつ均一に溶解する
ような密度を与える「充填剤」として使用されているから、構成要件B1②の「水
溶性充填剤」に該当する。
 したがって、被告方法の構成B′1②は構成要件B1②を充足する。
(被告の反論)
 本件各発明に係る平成九年七月一四日付け補正後の明細書(以下「本件明
細書」という。)の「発明の詳細な説明」欄には、「水溶性充填剤」としてグルコ
ースポリマー充填剤、具体的にはデキストランが開示されているのみで、「水溶性
充填剤」一般についての説明はない。ところで、本件発明(一)は、水溶性充填剤を
用いて、凍結乾燥法により綿撒糸を製造し、これを注射器に入れることとしたもの
であり、綿撒糸に必要な強度を付与し、独立して取扱い可能な綿撒糸を製造するた
めの発明である。したがって、「水溶性充填剤」は、独立して取扱いが可能な綿撒
糸を製造し得るようなものであることが必須となる。
 これに対し、被告方法においては、混合水溶液を注射器の中に入れた後に
凍結乾燥するのであるから、強度を付与する必要は全くない。現実にも、被告製品
中の凍結乾燥物は密度が二・四五mg/mlであり、独立して取り扱えるだけの強
度を有していない。被告方法では、少量のヘパリンのみではこれが採血器の中に存
在していることが目視により確認しにくいので、ポリビニルピロリドンを、単なる
増量剤として使用しているのであって、「固体綿撒糸」に必要な一定の強度を付与
することを目的としていない。
 また、被告方法で用いられているポリビニルピロリドンは、N―ビニル―
2―ピロリドンの重合体であって、グルコースポリマーではない。
 したがって、ポリビニルピロリドンは構成要件B1②の「水溶性充填剤」
に該当せず、被告方法の構成B′1②は構成要件B1②を充足しない。
2 構成要件B1④の充足性
  被告方法における凍結乾燥物5は、構成要件B1④の「綿撒糸」に該当す
るか。
(原告の主張)
 本件明細書の記載によると、「綿撒糸」とは、ヘパリン及び水溶性充填剤
の混合物の水溶液を凍結乾燥して得られる、「綿」のような外観を有する凍結乾燥
物を意味することは明らかである。「綿撒糸」は、水溶性充填剤が使用され、か
つ、凍結乾燥法により製造されるので、血液と接触すると溶解し、微量のヘパリン
を血液試料全体に均一かつ迅速に行きわたせることができるのである。
 前記のとおり、ポリビニルピロリドンは本件発明(一)における「水溶性充
填剤」に該当するので、被告方法における「ヘパリンとポリビニルピロリドン混合
物の凍結乾燥物5」は構成要件B1④の「綿撒糸」に該当する。
 被告が主張するように、「綿撒糸」が「綿布の糸をほぐしたもの」ないし
「糸屑などの小さな固まり」にヘパリンを含有させたものであるとすると、血液試
料に溶解しないことは自明であり、このような解釈は、本件明細書の記載を無視し
たものである。
(被告の反論)
 被告方法における「ヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物
5」は構成要件B1④の「綿撒糸」に該当しない。
 明細書の文言は、その言葉の有する通常の意味に解するのが原則である。
「綿撒糸」とは、辞書(広辞苑)によると、「綿布の糸をほぐしたもの」であり、
薬液に浸して傷口に用いるもののことであって、その意味は明確である。さらに、
本件発明(一)は、米国特許第五〇九三二六三号の特許出願に基づく優先権を主張し
て出願されたものであるが、その明細書の綿撒糸に対応する語は「Pledget」又
は「Pledgets」であり、「Pledget」とは、「糸屑などの小さな固まり」のことであ
る。したがって、「綿撒糸」とは「綿布の糸をほぐしたもの」あるいは「糸屑など
の小さな固まり」のことである。被告方法においては、このような「綿撒糸」は製
造、使用していない。
 仮に、「綿撒糸」がこのように限定されないとしても、本件明細書による
と、一つの物体として、注射器に入れることのできる、独立して取扱い可能な「固
まり」状のものを意味すると解すべきである。なお、本件明細書の記載から、「綿
撒糸」が凍結乾燥物であるという解釈をすることはできない。これに対し、被告方
法においては、ヘパリンとポリビニルピロリドンの混合物は注射器内で凍結乾燥さ
れ、器壁にはりついていて、独立して取扱い可能な物体としての「固まり」ではな
い。
3 構成要件B1④の充足性──均等侵害の有無
 被告方法の構成B′1④の凍結乾燥物製造の工程は、本件発明(一)の構成
要件B1④の綿撒糸製造の工程と均等か。
 本件発明(一)の構成要件B1④と被告方法の構成B′1④を対比すると、本
件発明(一)においては、綿撒糸を製造してから注射器に入れるのに対し、被告方法
においては、採血器中で凍結乾燥物を製造しているから、文言上、被告方法の構成
B′1④は、本件発明(一)の構成要件B1④を充足しない。
(原告の主張)
 以下のとおり、被告方法における右工程は、構成要件B1④の工程と均等
である。
(一) 本質的部分
 本件発明(一)の本質的部分は、凍結乾燥法と水溶性充填剤の使用を組み
合わせ、所定の微量ヘパリンを水溶性充填剤と混合し、この水溶液を凍結乾燥させ
てヘパリン用量を極めて微量とした綿撒糸を製造することにより、①採血用注射器
中のヘパリン用量を極く微量に正確にコントロールし、かつ、②微量のヘパリンと
水溶性充填剤の混合物からなる綿撒糸によって、微量のヘパリンが血液試料に対し
迅速かつ均一に溶解するようにし、遊離カルシウムイオンの濃度測定を正確に行え
る低ヘパリン採血用注射器の製造を可能としたものである。凍結乾燥された綿撒糸
を製造してから、これを採血用注射器に入れるという工程は、本件特許出願時に既
に公知技術となっており、本件発明(一)に特徴的な部分ではなく、本件発明(一)の
本質的部分ではない。
 被告方法においても、水溶性充填剤に該当するポリビニルピロリドンと
微量のヘパリンとが混合されて、密度の小さい低ヘパリン綿撒糸が製造されてお
り、本件発明(一)の本質的部分が使われている。
(二) 置換可能性
 採血用注射器中で綿撒糸を製造しても、当該工程の終了時に綿撒糸が採
血用注射器に入れられた状態に至るという点においては、綿撒糸を製造してから採
血用注射器に入れるのと何ら変わるところはなく、被告方法は本件発明(一)と同一
の作用効果を奏する。したがって、置換可能性が認められる。
(三) 置換容易性
 当業者にとって、工程の一部を前後させることに格別の困難はない。し
たがって、置換容易性が認められる。
(四) 公知技術との同一性等
 本件特許権の優先権主張日以前に、高ヘパリン採血器は製造販売されて
いたものの、被告製品のような低ヘパリン採血器は製造販売できなかった。被告方
法は、本件特許権の優先権主張日当時の公知技術と同一又はこれから当業者が容易
に推考できるものではなかった。
(五) 意識的除外等
 綿撒糸を製造後、これを採血用注射器に入れるという工程は、特許庁に
よる拒絶を回避するために、審査過程で特許請求の範囲に加えられた限定ではな
い。特許庁に対する意見書(乙八)中に、凍結乾燥工程を注射器の中で行うことを
意識的に除外したような主張もない。したがって、採血用注射器中で綿撒糸を製造
する方法を本件発明(一)の技術的範囲から意識的に除外したなどの特段の事情は認
められない。
(被告の反論)
 以下のとおり、被告方法の構成B′1④の凍結乾燥物製造の工程は、構成
要件B1④の綿撒糸製造の工程とは均等ではない。
(一) 本質的部分
 前記のとおり、本件発明(一)における構成要件B1④の「綿撒糸を製造
した後、これら綿撒糸の一つ又は複数を注射器の中に入れる」という工程と、
被告方法における、ヘパリン塩とポリビニルピロリドンの混合水溶液を採血器内に
直接分注して凍結乾燥させる工程とは全く工程が異なるが、右異なる部分は、以下
のとおり、本件発明(一)の本質的部分である。
 すなわち、採血に当たって凝結を防ぐためにヘパリンを用いることは、
従来から存在する一般的な手法であり、血液中の遊離カルシウムイオン濃度を測定
するためには、ヘパリンの低い単位量を使用して、偏奇効果を最小にすることが望
ましいことも知られていた。本件発明(一)の課題は、如何にして小さい、適切な強
度を保持する、製造時に型からの取り出しが可能な綿撒糸を作るかにあり、そのた
めには適切な充填剤として何を用いるかということであった。したがって、血液試
料に少量のヘパリン塩を添加するために、水溶性充填剤としてグルコースポリマー
を含有し、固体として独立して取扱い可能な綿撒糸を用いることが、本件発明(一)
の本質的部分である。本件発明(一)においては、その方法として、構成要件B1④
で、ヘパリン塩と水溶性充填剤の混合物を凍結乾燥して綿撒糸を製造した後、その
一つ又は複数を注射器内に入れるという経時的プロセスを採用したのであって、こ
の点は、正に本件発明(一)の本質的部分といえる。
 また、この点は、本件特許出願の経過からも明らかである。
 したがって、被告方法は、本件発明(一)の本質的部分に関わる工程にお
いて異なるのであり、均等は成立しない。
(二) 置換可能性
 本件発明(一)においては、綿撒糸を製造後注射器に入れるに当たり、固
体として取り扱うのに必要な強度を有することが要求されるところ、本件発明(一)
の作用効果は、水溶性充填剤としてグルコースポリマーを選んだことにより、この
ような強度を有する綿撒糸を製造することができるということである。
 被告方法においては、凍結乾燥物は、固体として独立して取扱い可能な
強度を必要としないし、現実にもそのような強度を有していない。被告方法では、
採血器中に注入されるヘパリンが少量でも、採血器を使用する医師が、採血器に内
在しているへパリンを目視できるようにするため、増量剤としてポリビニルピロリ
ドンを加えたにすぎない。
 したがって、被告方法の構成B′1④では、本件発明(一)と同一の作用
効果を奏せず、置換可能性がない。
(三) 公知技術との同一性等
 ポリビニルピロリドンが添加剤として広く用いられることは周知の事実
であり、本件特許権の優先権主張日以前に、ヘパリンとポリビニルピロリドンの混
合物を採血管に封入して凍結乾燥させることも開示されていた。したがって、被告
方法は、本件特許権の優先権主張日当時、当業者にとって容易に推考できたもので
ある。
(四) 意識的限定
 原告は、拒絶理由通知に対する意見書において、綿撒糸を採血器内に配
置する前に、凍結乾燥によってあらかじめ綿撒糸を製造するという工程が、引用例
と異なり、綿撒糸が注射器内で製造されない点が本件発明(一)の特徴である旨を述
べている。出願人である原告は、製造した綿撒糸を採血器に入れる方法以外につい
ては意識的に除外していると解すべきである。
【本件発明(二)について】
4 構成要件ア②の充足性──均等侵害の有無
 被告製品中の凍結乾燥物のポリビニルピロリドンは、文言上、本件発明
(二)の構成要件ア②の「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を有するグルコース
ポリマー充填剤」に該当しないが、右と均等といえるか。
(原告の主張)
 以下のとおり、被告製品中の凍結乾燥物のポリビニルピロリドンは、構成
要件ア②の「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を有するグルコースポリマー充
填剤」と均等である。
(一) 本質的部分
 本件発明(二)の本質的部分は、凍結乾燥法と水溶性充填剤を組み合せて
低ヘパリン綿撒糸を製造する点にあり、「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を
有するグルコースポリマー充填剤」を用いること自体は、本件発明(二)の本質的部
分ではない。
(二) 置換可能性
 被告製品中の凍結乾燥物に使用されている「ポリビニルピロリドン」
は、「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を有するグルコースポリマー充填剤」
と同様に、綿撒糸に適当な寸法と密度を与える水溶性充填剤であり、右グルコース
ポリマーと同一の作用効果を奏するから、置換可能性がある。
(三) 置換容易性
 本件発明(二)を開示された当業者にとって、被告製品の製造の時点にお
いて、「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を有するグルコースポリマー充填
剤」に代えて、水溶性高分子であるポリビニルピロリドンを充填剤として使用する
ことは容易である。
(四) 公知技術との同一性等
 前記3(原告の主張)(四)のとおり、被告製品は、本件特許権の優先権
主張日当時の公知技術と同一又はこれから容易に推考できたものではない。
(五) 意識的除外等
 「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を有するグルコースポリマー充
填剤」との構成は、本件審査過程で、特許性を維持するために付加された要件では
ないし、「ポリビニルピロリドン」を本件発明(二)の技術的範囲から除外するよう
な補正をしたこともないから、意識的除外等の特段の事情は存しない。
(被告の反論)
 以下のとおり、被告製品中の凍結乾燥物のポリビニルピロリドンは、構成
要件ア②の「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を有するグルコースポリマー充
填剤」と均等ではない。
 前記3(被告の反論)(一)のとおり、血液試料に少量のヘパリン塩を添加
するために、水溶性充填剤としてグルコースポリマーを含有し、固体として独立し
て取扱い可能な綿撒糸を製造することが、本件各発明の本質的部分である。特に本
件発明(二)においては、右のような綿撒糸を製造するために、特定の分子量を有す
る水溶性グルコースポリマー充填剤を用いた点こそが本質的部分である。
 本件特許権の出願経過からも、本件発明(二)については、「分子量約六〇
〇〇~約九〇〇〇の間の分子量を有するグルコースポリマー充填剤を含有する」綿
撒糸であることが本質的部分であるということが明らかである。
 被告製品中の凍結乾燥物は、本件発明(二)と、その本質的部分において異
なる。
5 構成要件ウの充足性
 被告製品中の凍結乾燥物は、構成要件ウの「綿撒糸」に該当するか。
(原告の主張)
 前記2(原告の主張)のとおり、被告製品中の凍結乾燥物は構成要件ウの
「綿撒糸」に該当する。
(被告の反論)
 前記2(被告の反論)のとおり、被告製品中の凍結乾燥物は構成要件ウの
「綿撒糸」には該当しない。
第三 当裁判所における判断
【本件発明(一)について】
一 争点3について
 まず、構成要件B1④に関する均等侵害の有無について判断する。
1 本件発明(一)の構成要件B1④は「混合したヘパリン塩および充填剤を凍
結乾燥して複数の綿撒糸を製造した後、綿撒糸の一つ又は複数を注射器に入れる」
であるのに対し、被告方法の構成B′1④は「混合したヘパリンリチウムとポリビ
ニルピロリドンの水溶液を、採血器中1内に分注し、この採血器全体を凍結乾燥機
に入れて乾燥して、ヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物5を製造
する」であり、両者には工程上の相違が存する。したがって、被告方法は、文言
上、本件発明(一)の構成要件件B1④を充足しない。そこで、原告主張に係る均等
侵害の有無を判断する。
 以下、最高裁判所平成六年(オ)第一〇八三号平成一〇年二月二四日第三小
法廷判決・民集五二巻一号一一三頁特許権侵害訴訟における判決理由で示された基
準に沿って検討する。
2 本質的な部分、意識的な除外等の特段の事情の有無
(一) 本件特許出願の経過に関して、次の事実が認められる。
(1) 本件特許出願に対し、特許庁から、平成八年一二月一九日付けで、本
件各発明は、引用文献等から容易に発明することができるものであることなどを理
由として、拒絶理由通知が発せられた(乙五)。
(2) 右拒絶理由通知で引用された文献等は、以下のとおりである(乙
五)。
① 引用例1は、米国特許第四三七一五一六号明細書であり、調剤に含
まれる担体材料等について開示されている(本件明細書(甲四)の【0021】な
いし【0022】)。
② 引用例2は、ヘパリンナトリウムやヘパリンリチウム等の凍結乾燥
剤を封入し、長期間保存される採液管に関する発明につき、平成二年六月二一日に
公開された特開平二ー一六二二五八号公報(乙六)である。右公報には、採血管
に、抗凝固剤であるヘパリンリチウム等と水溶性高分子であるポリビニルピロリド
ン等との混合溶液を分注して凍結乾燥を行い、乾燥混合剤を製造する方法が開示さ
れている。
③ 引用例3は、「CRITICALCAREMEDICINEVOL.16,NO.1,P67-68,
(1988)」であり、その「血漿イオン化カルシウム測定用試料のヘパリン添加」に
は、ヘパリンを血液1mlあたり約10IUよりも大きい濃度で使用する場合、カル
シウムイオンとの錯体が形成されることが記載されている(本件明細書(甲四)の
【0014】)。
(3) 右拒絶理由通知に対し、原告は、平成九年七月一四日付けで手続補正
書を提出し、特許請求の範囲を本件明細書記載のものに補正するとともに(甲三、
乙七)、同日付けで意見書を提出した(乙八)。右意見書には、本件発明(一)(請
求項1)に関し、「新規請求項1は、本願発明がヘパリン塩の存在による誤差を回
避しつつ、血液試料の遊離カルシウムイオン濃度を測定することを包含していま
す。この本願請求項1に記載した測定法は、従来血液試料を採取するとき注射器中
に使用した量に比較して、少量のヘパリン塩を必要とするにすぎません。比較的僅
少量のヘパリン塩を注射器中に使用することは、その小さい寸法のために多くの製
造上及び取り扱い上の問題を有します(本願明細書【0017】【0018】)。
本願測定法は、充填剤を減少量のヘパリンと共に包含して成形される1つ以上の綿
撒糸を必要とします。更に、この綿撒糸は凍結乾燥法を用いて製造されます。すな
わち、本願におけるヘパリンの減少量及び充填剤を含有する綿撒糸は注射器自体の
中で混合されないということです。綿撒糸を製造した後、これら綿撒糸の1つ又は
複数を注射器中に挿入します。(中略)本願発明におけるこれらの多くの工程の組
合せは公知技術に見出すことはできません。」、「更に、(引例1には)ヘパリン
塩及び充填剤の組合せ綿撒糸を最初に凍結乾燥工程により製造し、次いで血液試料
を採取(する)ための注射器中に挿入し、配置するということを示唆する教示も全
くありません。」、「引例2の特開平2ー162258号公報中には、血液採取後
の血液凝固を防ぐために注射器中に設けられた、ヘパリン塩及び水溶性ポリマーの
乾燥混合材が記載されています。この公報中にも、凍結乾燥工程により綿撒糸を製
造し、かつ次いで注射器中に綿撒糸を挿入配置し、(中略)ことは記載されていま
せん。」、「本願発明以前に、綿撒糸を凍結乾燥法により製造し、かつ充填剤を包
含することにより、その製造上及び取り扱い上の問題を解決し、更に綿撒糸中に存
在するヘパリン量を減少させることを達成するという著しい特徴部に関する記載は
全くありません。特に、注射器中に綿撒糸を配置する前に凍結乾燥工程を用いて、
必要とされる低量のヘパリン及び充填剤を組み合わせることに関して従来技術には
どんな示唆も見いだすことができません。」と記載されている。
(二) 右出願経過に照らすと、原告は、「綿撒糸を製造した後、これら綿撒
糸の一つ又は複数を注射器に挿入する」工程そのものが、本件発明(一)の特徴であ
ることを強調している。そうすると、右綿撒糸を製造する順序は、本件発明(一)の
本質的部分であると解することができるし、さらに、右順序を踏まえない方法(被
告方法のような、へパリン塩の水溶液を注射器に分注した後、注射器全体を凍結乾
燥機に入れて、凍結乾燥物を製造する方法)を意識的に除外した趣旨であると解す
るのが相当である。
 よって、均等に係る原告の主張は理由がない。
二 争点1について
 次いで、構成要件B1②の充足性について検討する。
1 「水溶性充填剤」の意義
 本件明細書の本件発明(一)に係る「特許請求の範囲」中の「水溶性充填
剤」の意義について検討する。
 「水溶性充填剤」は、その文言どおりに解釈すると、水溶性で、かつ増量
のために用いられる物質であると解される。ところで、本件明細書(甲四)の「特
許請求の範囲」中の構成要件全体の記載及び「発明の詳細な説明」欄の記載を参酌
して解釈すると、本件発明(一)における「水溶性充填剤」とは、これとヘパリン塩
との混合物を凍結乾燥して綿撒糸を製造した場合に、独立した固体として取り扱う
のが容易な強度を有する綿撒糸を製造し得るような水溶性充填剤に限定されると解
すべきである。
 以下、その理由を述べる。
(一) 本件発明(一)に係る「特許請求の範囲」には、構成要件B1④として
「該混合工程の後この混合したヘパリン塩および充填剤を凍結乾燥して複数の綿撒
糸を製造し;該綿撒糸の一つ又は複数を注射器に入れる」と記載されているが、本
件発明(一)においては、綿撒糸を製造後、これを注射器に入れるという工程が想定
されている。
(二) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄中の「従来の技術」欄には、
「血液採取と関連せる問題の1つは、血液が身体を離れるとき、凝血する傾向を有
することである。このため、血液を抗凝血剤を含有する容器中へ集めるのが普通で
ある。この抗凝血剤は、代表的には血液を凝固する反応を防止または阻止する。抗
凝血剤の例は、トリプシン阻害剤、ヒルジンおよびヘパリンを包含し、ヘパリンは
血液に対する最も普通の抗凝血剤である。」(【0003】)、「患者の血液中の
遊離カルシウムイオンを正確に測定する必要は、多数の事例において重要であ
る。」(【0009】)、「ヘパリン化合物は、遊離カルシウムイオンをキレート
することが知られており、従って遊離カルシウムイオンの測定値を偏奇する。その
結果として、集められた血液試料中の凝血阻止のために伝統的濃度のヘパリンを使
用する場合には、遊離カルシウムイオンの測定値は著しく偏奇しうる。」(【00
10】)、「イオン測定に対する偏奇効果のため、抗凝血剤としてのヘパリンの非
常に低い単位用量を使用して偏奇効果を最小にするのが望ましい。ヘパリンは、多
数の形で、固体綿撒糸としてまたは液体として血液中へ導入することができる。固
体綿撒糸が望ましい。(中略)しかし、低い単位用量を含有する固体綿撒糸の製造
は、実施が極めて困難であることが判明した。」(【0015】)、「このような
低い密度を有するこのような小さい寸法は、とくに商業規模で製造するのが非常に
困難である。現存する機械によりはるかに容易に処理される大きい綿撒糸を製造す
るのが有利である。」(【0018】)、「血液試料を凝固阻止する綿撒糸は有利
には、血液中の遊離イオン、とくにカルシウムイオンを測定することが望ましい場
合、有用である比較的低濃度のヘパリンを含有すべきである。しかし、極めて小さ
いヘパリン綿撒糸の製造は実施するのが困難である。小さい寸法は、綿撒糸をその
型から、綿撒糸を損傷することなしに取出すのを困難にする。また、非常に小さい
寸法では、静電気のような力が顕著になり、取扱いをさらに複雑にする。それ故、
ヘパリン活性含量を著しく増加することなく、綿撒糸の寸法を増加することが望ま
しい。」(【0023】ないし【0024】)、「綿撒糸が誘導される溶液は、綿
撒糸に適切な強度を保持するのに十分な量の充填剤を含有しなければならないが、
密度は血液試料への迅速な溶解を許容するのに十分に低い。」(【0027】)
と、従来技術の問題点、本件各発明において解決しようとした課題が説明されてい
る。
 また、「発明の構成」欄には、「本発明によれば、抗凝血性綿撒糸はヘ
パリン塩およびグルコースポリマー充填剤を含有する。綿撒糸は、血液試料を凝血
阻止するのに有用であり、1実施形では、血液試料1mlあたり約2~約15U.
S.P.単位の抗凝血活性を有することができる。」(【0028】)、「さら
に、本発明はヘパリン綿撒糸組成物の製造方法を提供する。この方法は凍結乾燥で
あって、可溶性充填剤および抗凝血剤を含有する溶液を形成し、型中で溶液を凍結
乾燥して綿撒糸を形成する工程を包含する。」(【0033】)、「本発明の抗凝
血綿撒糸は実質的に遊離イオン測定、とくに遊離カルシウムイオン測定値を偏奇せ
ず、充填剤の使用は存在する製造装置の利用を許容し、綿撒糸を最小の費用で製造
し、取扱うことができる。」(【0035】)、「こうして、本発明によれば、単
位用量中に含まれているヘパリンの量は非常に小さい。綿撒糸がたんにヘパリンか
ら製造されており、ヘパリンがヘパリン1mgあたり約180単位の平均活性を有
する場合、ヘパリンは、綿撒糸あたりヘパリン2・8U.S.P.単位を提供する
ために約16μgの質量を有する。このような小さい寸法は、取扱いおよび処理が極
めて困難である。本発明によれば、綿撒糸の寸法は充填剤の添加によって増加す
る。」(【0046】)、「本発明方法により製造される綿撒糸は体積が0・01
0~0・035ml程度で比較的小さいので、綿撒糸が高度の機械的強度を有し、
製造および取扱いの間綿撒糸に加えられる応力および圧力に耐える高い公算が存在
するのが望ましい。また、ヘパリン含有綿撒糸の密度を制御するのも望ましい。従
って、約20mg/mlよりも小さい密度を有する綿撒糸は、通常取扱いおよび製造
の間に受ける応力下にばらばらになる傾向を有することが判明した。多分、約30m
g/mlよりも大きい綿撒糸密度は、血液試料に有効に溶解するにはち密すぎる。
従って、綿撒糸密度が約20mg/mlと約30mg/mlの間にあるのが望ましく、
より望ましくは約25mg/mlと約30mg/mlの間である。グルコースポリマー
は充填剤組成の100%として利用することができるか、またはマンニトールのよ
うな材料と混合することもできる。(中略)マンニトールは、充填剤のみとして使
用した場合、適切な綿撒糸を形成するのに必要な強度を有しない。」(【004
9】ないし【0051】)と、本件各発明の構成及び作用効果が説明されている。
 さらに、「実施例」欄には、トレーの上面に列及び行に間隔をおいて形
成された縦孔に、ヘパリンと充填剤との混合液を充填した後凍結乾燥して、綿撒糸
を製造し、トレーをひっくり返すか又は送風機により比較的小さい空気圧で綿撒糸
をトレーから取り出すという方法が説明され、「溶液16は、非常に小さい体積およ
び/または非常に弱い構造を有する純ヘパリンから構成されたヘパリン綿撒糸を生
じるので、溶液に水溶性充填剤を加えて、大きくかつはるかに容易に取扱える体積
を有する綿撒糸を得る。充填剤は望ましくは、上述したように、グルコースポリマ
ー、より望ましくはグルコースポリマーデキストランを包含する。本発明によれ
ば、溶液1mlあたり溶解した物質約20と約30mgの間、より望ましくは約25と約
30mgの間の濃度を達成するのが望ましい。充填剤を使用する場合、約20mg/m
l以下の濃度は容易に取扱うのには弱すぎる綿撒糸を生じることが判明した。約
30mg/ml以上では、形成する綿撒糸は血液試料中に有効に可溶化するにはち密
すぎる。」(【0070】ないし【0071】)と記載されている。
(三) 以上のとおり、①本件明細書の本件発明(一)に係る「特許請求の範
囲」の記載によると、右発明では綿撒糸を製造後、これを注射器に入れるという工
程が想定されており、②本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載によると、本
件発明(一)が解決しようとした課題は、血液試料中の遊離カルシウムイオンを正確
に測定するためには、抗凝血剤であるヘパリンを低い単位用量で使用して綿撒糸を
製造する必要があるところ、現存する製造装置を使用して綿撒糸を製造後、これを
注射器に入れようとした場合、低い単位用量のヘパリンから製造された綿撒糸は、
寸法が極めて小さく、綿撒糸を型から取り出すなどの取扱いが困難になるため、取
扱いが容易な綿撒糸を製造して、より正確な遊離カルシウムイオンの測定を可能に
しようとしたということであり、③右「発明の詳細な説明」欄の記載によると、本
件発明(一)においては、ヘパリン塩と水溶性充填剤の混合液を凍結乾燥することに
より、取扱いが容易な寸法及び強度を有する綿撒糸を製造し、これを注射器に入
れ、遊離カルシウムイオンを測定することによって、右課題を解決したものと解さ
れる。
 そうすると、本件発明(一)の「水溶性充填剤」とは、これとヘパリン塩
との混合物を凍結乾燥して綿撒糸を製造した場合に、独立した固体として取り扱う
のが容易な強度を有する綿撒糸を製造し得るような水溶性充填剤に限られると解す
べきである。そして、前記「発明の詳細な説明」欄の記載によると、独立した固体
として取り扱うのが容易な強度を有する綿撒糸とは、約二〇mg/mlよりも大き
い密度を有するものであることが必要であると解される。
2 被告方法の構成と本件発明(一)の構成要件との対比
 被告方法においては、ヘパリンリチウムとポリビニルピロリドンを混合し
た水溶液を、採血器中に分注し、この採血器全体を凍結乾燥機に入れて乾燥して、
凍結乾燥物5を製造しているから、凍結乾燥物5を製造した後に、これを独立した
固体として取り扱うことを想定していないし、さらに、凍結乾燥物に対して、取扱
いの過程で圧力に耐えるだけの強度を要求する必然性もない。また、前記のとお
り、独立した固体として取り扱うのに容易な強度を有するためには約二〇mg/m
lよりも大きい密度を有する必要があるとされるのに対し、被告の主張によれば、
被告方法における凍結乾燥物の密度は二・四五mg/mlであり、被告方法におけ
る凍結乾燥物が独立した固体として取り扱えるだけの強度を有していると認めるに
足る証拠はない。
 したがって、被告方法におけるポリビニルピロリドンは、独立した固体と
して取り扱うのが容易な強度を有する凍結乾燥物を製造し得るような水溶性充填剤
であるとは認められず、本件発明(一)の「水溶性充填剤」には該当しない。
【本件発明(二)について】
三 争点4について
 構成要件ア②について、均等侵害の有無について検討する。
1 本件発明(二)における構成要件ア②は、「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の
分子量を有する水溶性グルコースポリマー充填剤」であるのに対し、被告製品中の
凍結乾燥物における構成ア′②は「ポリビニルピロリドン」であるので、両者は相
違する。したがって、被告製品中の凍結乾燥物は、文言上、本件発明(二)の構成要
件ア②を充足しない。そこで、原告主張に係る均等侵害の有無を判断する。
2 本質的部分
(一) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には、本件発明(二)に関し、前
記二1(二)のほかにも、「発明の構成」欄に、「本発明の1実施形においては、グ
ルコースポリマー充填剤は材料デキストランを含有する。デキストランは、形成さ
れる型への綿撒糸の固着を最小にするため、望ましくは約20000~約5000
00、とくに望ましくは約600000(注・「60000」の誤記と解される)
~約90000の分子量を有する。」(【0029】)、「本発明による綿撒糸の
組成および本発明による綿撒糸を製造するために使用される方法は、先行技術にお
ける問題を軽減する。グルコースポリマー充填剤、とくに約60000~約900
00の分子量を有するデキストランは、所望の体積およびヘパリンのU.S.P.
活性濃度を有する綿撒糸を生じるが、界面活性剤を使用せずに、型固着と関連せる
問題を最小にする。この綿撒糸は取扱うのに十分な強度および密度を有し、経済的
に製造することができる。」(【0038】)、「望ましくは、充填剤はグルコー
スポリマーを包含し、より望ましくは充填剤はグルコースポリマーデキストランを
含有する。」(【0046】)、「デキストランは、広範囲の分子量で入手でき、
多数のファクタが使用に適当な分子量を決定する。広範な実験の後、デキストラン
の望ましい分子量範囲は約20000と、約500000の間、より望ましくは約
60000と約90000の間である。望ましいグルコースポリマー充填剤として
のデキストラン、とくに望ましい分子量を有するデキストランの選択は、綿撒糸の
性質に関する多数のファクターと綿撒糸の製造に内在するファクターの釣合の結果
である。グルコースポリマー充填剤の分子量は、綿撒糸の構造上の完全性、つまり
強度が維持されるように十分に高くなければならない。」(【0048】ないし
【0049】)との記載がある。
(二) 本件明細書中の前記二1(二)の記載及び右記載によると、①本件発明
(二)が解決しようとした課題は、血液試料中の遊離カルシウムイオンを正確に測定
するためには、低ヘパリン綿撒糸を製造する必要があるところ、現存する製造装置
を使用して綿撒糸を製造後、これを注射器に入れようとした場合、低い単位用量の
ヘパリンから製造された綿撒糸は、寸法が極めて小さく、綿撒糸を型から取り出す
などの取扱いが困難になるため、取扱いが容易な綿撒糸を製造して、より正確な遊
離カルシウムイオンの測定を可能にしようとしたということであり、②本件発明
(二)においては、ヘパリン塩と、水溶性充填剤の中でも、特に約六〇〇〇〇~約九
〇〇〇〇の分子量を有する水溶性グルコースポリマー充填剤との混合液から綿撒糸
を製造することにより、製造工程で取り扱うのに十分な強度及び密度を有する、よ
り望ましい綿撒糸を提供したものと解される。
 以上に照らすと、本件発明(二)においては、綿撒糸を製造するための充
填剤として「約六〇〇〇〇~約九〇〇〇〇の分子量を有する水溶性グルコースポリ
マー充填剤」を使用することが発明の特徴的部分であり、その本質的部分であると
解すべきである。
 前記のとおり、被告製品中の凍結乾燥物と本件発明(二)における構成要
件ア②の相違部分は、本件発明(二)の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決
手段を基礎付ける特徴的な部分であるということができる。したがって、原告の均
等の主張は理由がない。
四 以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は
いずれも理由がないので、主文のとおり判決する。
   東京地方裁判所民事第二九部
       裁 判 長 裁 判 官   飯  村  敏  明
             裁 判 官   八  木  貴美子
             裁 判 官   谷     有  恒
         物 件 目 録 (一)
  左記の構成を有する採血器(「イ号物件」)
一、 図面の説明
    第一図   採血器の外観を示す斜視図。
 第二図   採血器の構造を示す断面図。
二、 符号の説明
    1. 採血容器
    2. 内  筒
    3. ガスケット
    4. フィルター
    5. ヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物
    6. 採血針
三、 構造の説明
イ号物件は、採血容器1、内筒2、採血針6からなっており、採血量二・
五ミリリットルの採血器である。
内筒2の先端には、フィルター4を有するガスケット3が嵌着されてい
る。
採血容器1中には、ヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物
5が附着している。
四、 製造使用方法の説明
 1. ヘパリンとポリビニルピロリドン(PVP)を水に溶解した溶液を、血液
1ml当り二・八単位のヘパリン量となるように採血器1内に分注し、この採血器1
全体を凍結乾燥機に入れて乾燥させ、採血器1を完成させる。
2. 採血器1の中に血液試料をとる。右採血器から右血液試料の少なくとも一
部を、血液試料を分析する試験装置中に送入する。採血器中のヘパリンリチウムの
使用による測定における誤差の減少下で、右血液試料分と関連する遊離カルシウム
イオン濃度を測定する。
  第一図第二図
         物 件 目 録 (二)
  左記の構成を有する採血器(「ロ号物件」)
一、 図面の説明
    第一図   採血器の外観を示す斜視図。
 第二図   採血器の構造を示す断面図。
二、 符号の説明
    1. 採血容器
    2. 内  筒
    3. ガスケット
    4. フィルター
    5. ヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物
    6. 採血針
三、 構造の説明
ロ号物件は、採血容器1、内筒2、採血針6からなっており、採血量一ミ
リリットルの採血器である。
内筒2の先端には、フィルター4を有するガスケット3が嵌着されてい
る。
採血容器1中には、ヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物
5が附着している。
四、 製造使用方法の説明
 1. ヘパリンとポリビニルピロリドン(PVP)を水に溶解した溶液を、血液
1ml当り三単位のヘパリン量となるように採血器1内に分注し、この採血器1全体
を凍結乾燥機に入れて乾燥させ、採血器1を完成させる。
2. 採血器1の中に血液試料をとる。右採血器から右血液試料の少なくとも一
部を、血液試料を分析する試験装置中に送入する。採血器中のヘパリンリチウムの
使用による測定における誤差の減少下で、右血液試料分と関連する遊離カルシウム
イオン濃度を測定する。
  第一図第二図
         方 法 目 録 (一)
  左記の段階からなる採血器の製造方法(「被告第一ステップ」)
一、 所定量のヘパリンリチウムを用意する。
二、 所定量のポリビニルピロリドンを用意する。
三、 右一で用意したヘパリンリチウムと右二で用意したポリビニルピロリドンと
を水に溶解することにより混合する。
四、 右三の溶解混合工程の後、この混合したヘパリンリチウムとポリビニルピロ
リドンの水溶液を、採血器内に分注し、この採血器全体を凍結乾燥機に入れて乾燥
して、七国際単位(イ号物件)又は三国際単位(ロ号物件)のヘパリン塩活性を有
するヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物を製造し、採血器を完成
させる。
         方 法 目 録 (二)
左記の段階からなる採血器で採取した血液の遊離カルシウムイオン濃度を、ヘ
パリンの使用による誤差を減少させて測定する方法(「被告第二ステップ」)
一、 被告第一ステップにより製造された採血器(イ号物件又はロ号物件)中に血
液試料をとる。
二、 右採血器から右血液試料の少なくとも一部を、血液試料を分析する試験装置
中に送入する。
三、 採血器中のヘパリンリチウムの使用による測定における誤差の減少下で、右
血液試料分と関連する遊離カルシウムイオン濃度を測定する。

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