弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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             主       文
    被告人を懲役5年に処する。
    未決勾留日数中400日を刑に算入する。
             理       由
(犯罪事実)
 被告人は,A1と共謀の上,
第1 被告人が医師の免許を受けていないのに,別紙一覧表(省略)記載のとおり,平
成12年1月27日ころから同月31日ころまでの間,前後18回にわたり,札幌市a
区b条c丁目d番e号B1ホテル1140号室において,C1ほか17名に対し,スリット
ランプ様機器による検査に基づく診断等を行い,もって医師でないのに医業をなし
た。
第2 D1らがE1神社札幌講社長で霊能力を有すると称する前記A1を信奉していること
に乗じて投薬代金名下に金員を詐取しようと企て,真実は,被告人の提唱する眼
球虹彩診断によっては被診断者の病状等を的確に診断できないにもかかわらず,
あたかも眼球虹彩診断によって被診断者の病状等を的確に診断でき,上記診断に
基づき被告人が投与するいわゆるホメオパシー薬を服用すれば病気の治療及び
予防に著しい効果があるように装い,
 1 同年1月29日ころ,前記B1ホテル1140号室において,被告人が,D1に対し,そ
の実子であるF1及G1の両眼をいずれも前記スリットランプ様機器で診た上,同機
器に接続されたカラーテレビジョン機に映った眼球の虹彩部分を指し示しながら,
前記F1に関して「息子さんの目のギザギザを見ると,神経的なものだ。変形カケー
ドリングがある。薬を3か月飲みなさい。それで様子を見てみましょう。」などと,前
記G1に関して「目にギザギザがある。変形カケードリングがある。薬を3か月飲ん
で様子を見てみましょう。効果がないなら違う方法を考えてみましょう。」などと虚偽
の事実を申し向け,D1をして,被告人が前記F1及びG1の病状等を的確に診断し
ており,その治療のためには同診断に基づく投薬を受ける必要がある旨誤信させ,
よって,同年2月15日,D1をして,H1信用金庫I1支店からJ1銀行K1支店に開設
した前記A1名義の普通預金口座に,前記F1及びG1の投薬代金として現金139
万8000円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。
 2 同年1月29日ころ,前記B1ホテル1140号室において,被告人が,L1に対し,前
記スリットランプ様機器でその両眼を診た上,同機器に接続されたビデオコピー機
で印刷した眼球の虹彩部分を指し示しながら,「黒い斑点がある。あなたは肺がん
になります。薬を半年続けて下さい。それで兆候が出なかったら1年続けて下さい。
薬は何にでも効く。」などと虚偽の事実を申し向け,L1をして,被告人がL1の病状
等を的確に診断しており,その治療のためには同診断に基づく投薬を受ける必要
がある旨誤信させ,よって,同年2月1日から同年4月14日までの間,前後3回に
わたり,L1をして,M1銀行N1支店ほか1か所から前記A1名義の普通預金口座
に,投薬代金として現金合計75万円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交
付させた。
 3 同年1月30日ころ,前記B1ホテル1140号室において,被告人が,O1及びその
妻P1に対し,P1の両眼を前記スリットランプ様機器で診た上,同機器に接続され
たビデオコピー機で印刷した眼球の虹彩部分を指し示しながら,「ああ,これは死ん
でいる。すぐにこの薬を飲みなさい。薬を飲まなきゃ駄目だ。この薬を飲めば治
る。」「テグネトールは大変な薬だ。廃人になる。この薬は非常に薄い薬で副作用は
ないから,安心していい。」などと虚偽の事実を申し向け,P1にアンプル様液体を
投与し,前記O1らをして,被告人が前記P1の病状等を的確に診断しており,その
治療のためには同診断に基づく投薬を受ける必要がある旨誤信させ,よって,同年
2月10日,前記O1をして,Q1銀行R1支店から前記A1名義の普通預金口座に,
前記P1の投薬代金として現金154万8000円を振込入金させ,もって人を欺いて
財物を交付させた。
 4 同年1月30日ころ,前記B1ホテル1140号室において,被告人が,S1に対し,前
記スリットランプ様機器でその両眼を診た上,同機器に接続されたカラーテレビジョ
ン機に映った眼球の虹彩部分を指し示しながら,「目がぼやけているから,脳梗塞
や脳溢血になる可能性がある。腎臓が悪くなる可能性がある。6か月くらい薬を飲
んで様子を見ましょう。」などと虚偽の事実を申し向け,S1をして,被告人がS1の
病状等を的確に診断しており,その治療のためには同診断に基づく投薬を受ける
必要がある旨誤診させ,よって,同年2月1日ころ,札幌市f区g丁目h番i号T1ビル
4階E1神社札幌講社において,前記A1が前記S1から投薬代金として現金約24
万円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた。
 5 同年1月30日ころ,前記B1ホテル1140号室において,被告人が,U1に対し,前
記スリットランプ様機器でその両眼を診た上,同機器に接続されたビデオコピー機
で印刷した眼球の虹彩部分を指し示しながら,「小脳に症状がある。糖尿は発症し
ていないが根がある。コレステロールには問題がない。それは血液中のコレステロ
ールとは関係ないから。肝臓と婦人科系に症状がある。肝臓が悪いと婦人科系に
も症状が出る。」「一番つらいのはめまいですよね。」「がんがあれば教えますよ。」
「4種類の薬を飲んでみましょうか。6か月間,錠剤とアンプルを飲んでみましょう。」
などと虚偽の事実を申し向け,U1をして,被告人がU1の病状等を的確に診断して
おり,その治療のためには同診断に基づく投薬を受ける必要がある旨誤信させ,よ
って,同年2月7日及び同年3月3日の前後2回にわたり,U1をして,Q1銀行V1
支店から前記A1名義の普通預金口座に,投薬代金として現金合計56万1000円
を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。
 6 同年1月30日ころ,前記B1ホテル1140号室において,被告人が,W1に対し,前
記スリットランプ様機器でその両眼を診るなどしながら,「斑点がある。卒中系があ
る。将来,脳卒中系の病気になる可能性が高い。詳しい診断結果については,後
日,書類を郵送して知らせます。薬の処方箋も出しておきます。」などと虚偽の事実
を申し向け,その後,「幽門,胆ノウ,十二指腸に至る機能の低下,腎臓機能低下,
尿道,ボウコウに障害,血管壁コレステロール堆積,前頭洞,こめかみ,前頭にか
けて卒中性の危険あり」などと記載されたW1の眼球虹彩写真を郵送し,W1をし
て,被告人がW1の病状等を的確に診断しており,その治療のためには同診断に
基づく投薬を受ける必要がある旨誤信させ,よって,同年3月23日及び同年5月2
日の前後2回にわたり,W1をして,M1銀行X1支店等から前記A1名義の普通預
金口座に,投薬代金として現金合計28万6000円を振込入金させ,もって人を欺
いて財物を交付させた。
 7 同年1月30日ころ,前記B1ホテル1140号室において,被告人が,Y1,その妻Z
1及びその娘A2の両眼をいずれも前記スリットランプ様機器で診た上,同機器に
接続されたカラーテレビジョン機に映った眼球の虹彩部分やビデオコピー機で印刷
された同部分を指し示しながら,前記Y1に対し,「ここが切れている。ここが赤い。
糖尿の血糖値が高い。肝臓機能が低下している。後日,薬を発送する。薬を飲み
続ければ,必ず良い方向になる。」などと,前記Z1に対し,「脳梗塞になって寝たっ
きりになるかも。私が処方する薬を飲めば予防できる。」などと,前記A2に対し,
「胃のむかつきはないですか。胃に腫瘍マークがある。あなたは,胃が悪いようで
すね。いずれがんになる。病院に行った方がいいですよ。でも病院に行って胃カメ
ラ飲んでも見つけづらい部分にあるから無駄ですよ。私が処方する薬を飲み続け
れば必ず病気が治る。」などと虚偽の事実を申し向け,前記Y1らをして,被告人が
前記Y1らの病状等を的確に診断しており,その治療のためには同診断に基づく投
薬を受ける必要がある旨誤信させ,よって,同年2月1日ころから同年4月18日ま
での間,前後4回にわたり,前記E1神社札幌講社において前記Z1らから前記A1
に手交,または,M1銀行X1支店から前記A1名義の普通預金口座に振込入金さ
せる方法で,前記Y1らの投薬代金として現金合計約198万6000円の交付を受
け,もって人を欺いて財物を交付させた。
 8 同年1月31日ころ,前記B1ホテル1140号室において,被告人が,B2に対し,前
記スリットランプ様機器でその両眼を診た上,同機器に接続されたビデオコピー機
で印刷した眼球の虹彩部分を指し示しながら,「ああやっぱり甲状腺が悪いねえ。
肝機能も良くないねえ。婦人科系の病気もあるねえ。ホルモン剤は飲まない方がい
いね。この薬を飲めば体調が良くなるよ。すぐには治らないけど,数か月この薬を
飲めば治ります。」などと虚偽の事実を申し向け,B2をして,被告人がB2の病状
等を的確に診断しており,その治療のためには同診断に基づく投薬を受ける必要
がある旨誤信させ,よって,同年4月1日ころ,B2をして,E1神社札幌講社におい
て,前記A1が前記B2から投薬代金として現金約55万円の交付を受け,もって人
を欺いて財物を交付させた。
(証拠の標目)(省略)
(事実認定の補足説明)
第1 弁護人は,判示第1の医師法違反の事実について,被告人の行為は,医師法17
条にいう医業の内容となる医行為に該当しないから無罪であると主張し,判示第2
の各詐欺の事実について,眼球虹彩診断及びホメオパシー薬には有用性があり,
被告人はこれらの有効性を信じていたから,被告人には詐欺の故意がなく,また,
A1と共謀した事実もないから,無罪であると主張するので,以下,検討する。
第2 被告人が被診断者に告知した内容等
1 被告人は,本件眼球虹彩診断を行った際,被診断者に対して告知した内容の一部
について争っているが,被診断者らは,当公判廷において,被告人から告知された
内容について,判示第2の1ないし8の各犯罪事実記載の文言及び下記(1)ない
し(7)のとおり供述した。
  (1) C1
 被告人は,テレビ画面に映った虹彩の写真を指し示しながら,「ずいぶんよくな
っているね。今度は錠剤を飲んでみましょうか。」と告げた。
  (2) D1
 被告人は,テレビ画面に映った虹彩の写真を見て,「心臓の真ん中がやられてい
る。」と告げた。
  (3) C2
 被告人は,レンズを通して目を見た後,「ちょっと言いにくいことなんだけれども,
胃のちょっと奥の方に胃がんが見られる。子宮に子宮がんがある。心臓が弱まっ
ている。ホメオパシー薬を飲めば治るから。」と告げた。
  (4) D2
 被告人は,虹彩の写真を撮影した後,テレビ画面に映った虹彩の写真を指し示し
ながら,「あなたの白内障の手術は失敗でしたね。このままにしておくと失明しま
す。」と告げ,虹彩の写真の白い斜線のような部分を指し示しながら「これがある
と失明します。」と説明し,「薬を調合しますので,後でお知らせします。」と告げ
た。
  (5) E2
 被告人は,プリントアウトした虹彩の拡大写真を指し示しながら,「子宮がんと乳が
んと甲状腺の病気がある。今ここではっきりとは分からないから,アメリカに持ち
帰ってさらに写真を拡大し,後日連絡する。」と告げた。
  (6) F2
 被告人は,虹彩の写真を見て,「子宮がんだ。病院へ行ったら,二度と出て来られ
ない。薬を調合して鑑定書と一緒に送ります。」と告げた。
  (7) G2
    被告人は,虹彩の写真を見て,「妊娠していますね。後で診断書と一緒に薬を送
ります。」と告げた。
 2 弁護人は,上記被診断者らの供述につき,事件当時から3年ないし4年が経過した
後の供述であり,検察官による誘導のおそれも否定できないとして,その信用性が
乏しいと主張する。しかしながら,被診断者らが被告人から告知された内容は,そ
のほとんどが重大な疾患に既に罹患しているか,将来罹患するおそれがあるという
ものであり,被診断者らは一様に強い精神的ショックを受け,その後間もなく国立
がんセンターで受診したり,かかりつけの医師に相談するなどそれぞれ真剣な対応
をしているのであって,被告人に告知された内容は,被診断者やその近親者にとっ
て強く記憶に残る出来事であったと認められる。そうすると,事件から3年ないし4
年が経過した後に,被診断者が当時の被告人の告知内容を明確に記憶していたと
しても何ら不自然ではない。また,被診断者らの供述内容に不自然な点はなく,弁
護人の反対尋問にも揺らいでいないのであって,その供述の信用性に疑いを差し
挟む余地はない。よって,被告人は,各被診断者に対し,判示第2の1ないし8の各
犯罪事実記載の文言及び上記1(1)ないし(7)のとおり,病名等を告知したと認めら
れる。
第3 被告人の行為が医行為にあたるか。
 1 弁護人は,被告人が眼球虹彩診断に用いた機器は,細隙機能(光源を狭く細くする
機能)を有しないものであり,医療機器である細隙灯顕微鏡(スリットランプ)ではな
いし,被診断者の疾患についての最終判断はアメリカで下しているから,被告人の
行為は医行為にあたらないと主張する。
   そこで検討するに,被診断者らの証言など関係証拠によれば,被告人は,平成12
年1月27日ころから同月31日ころにかけて,前記B1ホテル1140号室において,
スリットランプ様機器(以下「本件機器」という。)を用いて,被診断者の目に至近距
離から光を当てて虹彩の拡大写真を撮影し,その写真を同機器に接続されたテレ
ビ画面に映し出したり,ビデオコピー機でプリントアウトしたりした上,虹彩の写真を
指し示しながら,合計18名の被診断者に対し,現在妊娠しているなどとその身体
症状を告知したり,子宮がんなど具体的な疾患に現在罹患している,あるいは将来
罹患する可能性があるなどと告知し,うち16名に対しては,自己が処方する薬を
服用するよう勧めたことが認められる。
 2 以上認定したとおり,被告人は,日本国内において,虹彩等の拡大写真を撮影す
る機能を有する本件機器を用いて被診断者の目を至近距離から撮影し,虹彩の拡
大写真を指し示しながら,被診断者に対し,その身体症状や,現在罹患しているか
将来罹患するおそれのある疾患について具体的な病名を告知しているのであっ
て,被告人の上記行為は,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそ
れのある行為であるといえ,医師法17条にいう医業の内容となる医行為にあたる
と認められる。本件機器が細隙灯顕微鏡(スリットランプ)であるか否かによって,
上記結論が左右されるものではない。
第4 眼球虹彩診断によって被診断者の病状等を的確に診断できるか。
 1 この点,被告人は,当公判廷において,「私は,約20年間,眼球虹彩診断の研究
を続けてきており,これまで約2万人の虹彩を見てきた。瞳孔の形や虹彩紋理は,
疾患の発生やホメオパシー薬の投与等により明らかに変化する。眼球虹彩診断の
みで確定診断を下せる病気があり,それは,肝硬変,胃がん,結腸がん,脳腫瘍,
十二指腸潰瘍,子宮筋腫などである。眼球虹彩診断のみによって,特定の臓器の
疾患が分かるだけでなく,例えば胃のどの部分にがんがあるかということも分か
る。私は,長年の研究や自分の診断経験から眼球虹彩診断が正しいものだと確信
している。」旨供述し,弁護人は,被告人の上記供述を前提に,眼球虹彩診断は有
用であり,被告人には詐欺の故意が認められないと主張する。
   まず,被告人が約2万人の虹彩を見た経験があると述べている点は,その人数に
ついてはにわかに信用しがたいものの,前刑の医師法違反の犯罪事実中に眼球
虹彩診断が含まれていること,平成11年2月ころ,A1や信者ら数名に対し,眼球
虹彩診断を行っていることなどに照らし,被告人が本件犯行以前にある程度の回
数他人の虹彩を観察して診断を行っていたこと自体は認められる。
 2 問題は,被告人がそれらの診断経験や研究によって確信が得られたという眼球虹
彩診断理論の内容である。この点,証人H2は,当公判廷において,「虹彩紋理は
生涯不変であり,内臓の疾患等によって変化することはない。また,瞳孔の形状は
正円であり,非常に特殊な目の病気以外はその形状が変化することはなく,過剰な
ストレスによって瞳孔の形状が変化したり,高齢者の目が縦長になったりすること
はない。虹彩紋理は,虹彩の表面に凹凸がありメラニン色素が所々に固まったりし
てできるものであり,虹彩の特定の箇所に斑点などがあっても,それが内臓の疾患
と関係があるということはない。虹彩を見て内臓の疾患や症状などを判断すること
はできない。私は,海外を含めてこれまで10万人以上の患者の目を診察してきて
おり,長期間継続的に診察してきた患者も多数いるが,内臓の疾患等により虹彩
紋理や瞳孔の形状が変化した例は一例もなかった。」旨被告人の供述を否定する
供述をしており,他方,証人I2は被告人の供述に沿う供述をしている。
   そこで,これらの証言及び被告人供述についてその信用性を検討するが,I2証人
は,医師資格を有するものの,これまでは主に麻酔科や外科の診療に携わってき
たものであり,眼球虹彩診断については,平成14年4月ころ被告人から教わった
のが最初であること,同証人の眼球虹彩診断に関する知識は,そのほとんどが被
告人から聞いた話や被告人から入手した文献によって得られたものであること,同
証人は,自己の経営する医院の顧問に被告人を迎え,被告人からアドバイスを受
けていたこと,同証人は,被告人に対する本件判決の結果が自己の経営する医院
の評価にかかわると考えて強い関心を持っていることなどがその証言自体から明
らかであり,これらの事情に照らすと,被告人供述と独立して同証言の信用性を評
価するのは相当でなく,被告人供述と併せてその信用性を吟味すべきである。
   まずH2証言の信用性を検討すると,同証人は,J2大学医学部を卒業後,同大学
や海外の大学などで虹彩炎や網膜ぶどう膜炎などについて研究を重ねてきた眼科
の専門医であり,虹彩紋理は内臓の疾患等とは関係がないことを虹彩紋理の性質
など解剖学的所見を根拠に論理的に説明している上,豊富な臨床経験に基づき,
患者が内臓疾患等を発症したことにより虹彩紋理や瞳孔の形状に変化が生じた例
は一例も経験がないと断言しているのであって,その証言には高い信用性が認め
られる。これに対して被告人の公判供述は,本件詐欺の被害者のうち数名に対し,
眼球虹彩診断によって診断された症状に適合するはずのホメオパシー薬を投与せ
ず,別のホメオパシー薬を投与していることについて合理的な説明ができていない
など供述内容が不自然である上,捜査段階では,「眼球虹彩診断のみによっては
どのような病気をどの程度患っているか確定診断を行えないので,ほかの検査を
受ける必要がある。胃潰瘍や胃炎などはファイバースコープで胃の中を見なけれ
ば確認できない。また,例えば子宮のどの部分にがんがあるかなどは眼球虹彩診
断のみでは分からないので,精密検査を受ける必要がある。」などと供述していた
にもかかわらず,当公判廷では,肝硬変,胃がん,結腸がん,脳腫瘍,十二指腸潰
瘍,子宮筋腫など多数の疾患について,眼球虹彩診断のみで確定診断を下すこと
ができ,例えば胃のどの部分にがんがあるかということも分かるなどと供述し,供
述の根幹部分を大幅に変遷させているところ,その理由について「言い間違いだっ
た。」などと述べるに止まり,何ら合理的理由が説明できていないことなどからして,
到底信用できない。被告人供述と同趣旨のI2証言も同様に信用できない。
 3 そして,信用できるH2証言によれば,虹彩を見て疾患の有無等を判断することは
できず,瞳孔の形状が縦長であるとか,「斜め瞳孔」であるとか,虹彩紋理が内臓
疾患等によって変化するなどという現象自体が経験上全く認められないのであるか
ら,本件犯行以前にある程度の回数他人の虹彩を観察してきた被告人は,当然そ
のことを認識しており,自己の提唱する眼球虹彩診断の理論がその根幹部分にお
いて客観的事実に反することを認識していたと認められる。
   にもかかわらず,被告人は,講演会において,図面を示したりしながら,過度のスト
レスを受けると瞳孔が斜め瞳孔になる,高齢者は瞳孔が縦長になる,虹彩に現れ
る文様の形状,位置等によって身体のどの臓器にどのような疾患が現に生じある
いは将来生じるかを的確に診断できる,ホメオパシー薬を服用すればC型肝炎など
難病についても治療及び予防に著しい効果があり,副作用もない,症状がよくなれ
ば虹彩の色素が薄くなってくるなどと説明し,さらに本件詐欺の被害者らに対し,判
示のとおり,虹彩の拡大写真を指し示したりしながら,特定の疾患に現在罹患して
いるか,将来罹患するおそれがある旨告げて,あたかも眼球虹彩診断によって被
害者らの病状等が的確に診断できたかのように装ったのであるから,ホメオパシー
薬の有効性について検討するまでもなく,被告人には詐欺の故意が優に認められ
る。
第5 被告人とA1との間の詐欺の共謀の有無について
 1 A1は,当公判廷において,被告人と本件犯行を共謀した状況等について,概ね以
下のとおり供述する。
   A1は,平成11年1月中旬ころ,知人が経営する飲食店で被告人と知り合ったが,
当初,被告人は自己の経歴について,K2大学医学部を卒業した日本の医師であ
り,アメリカ合衆国でも医師資格を取ってアメリカで眼球虹彩診断やホメオパシー薬
の研究をしている旨述べていた。
   ところが,被告人は,同年2月になって,実は大学の教授を殴って日本の医師免許
を剥奪されたと従前と異なる経歴を述べ,さらに,同じころ,日本の医師免許を剥奪
された理由について,治療ミスで乳がんの患者を死亡させたためであると矛盾する
説明をした。
   同年2月,E1神社札幌講社において,2回にわたって被告人による眼球虹彩診断
が行われ,A1やその信者ら数名が診断を受けた。その際,A1は,被告人から「肺
と肝臓がすでにがんに冒されている。余命3年だ。」などと告げられ,ホメオパシー
薬を処方された。また,同年2月か3月ころ,A1は,被告人と共に眼球虹彩診断及
びホメオパシー薬の販売をするために株式会社L2を設立した。
   A1は,被告人に処方されたホメオパシー薬を二,三回服用しただけでその後服用
を止め,同年5月末ころ,被告人との交際を絶った。その後,A1は,被告人から宣
告された肺がんや肝臓がんについて他の病院で診察を受けることもせず,被告人
以外からホメオパシー薬を入手することもしなかった。
   A1は,同年11月下旬ころ,被告人から妻との関係について悩みを相談されたこと
を契機に被告人との交際を復活させた。A1は,同年12月ころ,被告人から「もう一
回復活するチャンスを与えて欲しい。是非講演をしたい。」などと持ちかけられ,そ
れまで被告人に貸し付けていた金の回収もしなければならないと考え,再び被告人
と共に眼球虹彩診断及びホメオパシー薬の販売を行うことにした。A1は,同月中
旬ころ渡米し,被告人との間で眼球虹彩診断等の講演会を行う段取りについて打
ち合わせ,A1が数十人の聴衆を集めて講演会を開催し,そこで被告人が講師とし
て眼球虹彩診断及びホメオパシー薬の講演を行うこと,講演の日程は平成12年1
月末の土曜日と日曜日を挟んで行うこと,講演終了後,診察を希望する者に対し,
被告人が1人30分程度,代金7万円で眼球虹彩診断を行い,希望者にはホメオパ
シー薬を販売すること,投薬代金等はA1が集金し,被告人に外国送金すること,A
1は眼球虹彩診断の診断料7万円のうち1万円,ホメオパシー薬の代金の2割を取
得することを決定した。
   そこで,A1は,帰国後,講演会場を確保したり,講演会の案内状を信者ら宛てに郵
送するなどの準備を進め,本件犯行に至った。
 2 弁護人は,A1の証言は,A1自身が詐欺の故意を有していたか否かにつき供述内
容が曖昧であり,共謀状況についての供述も,自らが犯行を主導したにもかかわら
ず,その責任を被告人に転嫁しようとするもので,信用できないと主張する。確かに
A1の証言は,同人の眼球虹彩診断及びホメオパシー薬の有効性についての認識
に関しては,本件犯行前から半信半疑であった旨述べる一方で,「ホメオパシー薬
は今でも効く薬だと思っている。」「疑念を抱いたのは平成12年3月ころである。」旨
述べるなど甚だ曖昧であるが,その余の供述については供述内容が具体的で格
別不自然な点は見当たらず,関係証拠ともよく符合しており,十分信用できる。
   次に,A1が本件犯行当時,眼球虹彩診断及びホメオパシー薬の有効性について
疑念を抱いていたか否かについて検討すると,A1は,被告人が自己の医師資格
について説明を二転三転させたことから被告人の話す内容全体に疑念を抱くよう
になったと認められること,平成11年2月に被告人の眼球虹彩診断を受けた際,
肺と肝臓がすでにがんに冒されていて余命3年であると告知されたにもかかわら
ず,二,三回服用しただけでホメオパシー薬の服用を止め,その後,他の病院で診
察を受けた事実もないことなどからすれば,A1は,遅くとも被告人といったん交際
を絶った同年5月ころまでには,眼球虹彩診断によっては被診断者の病状等を的
確に診断できず,ホメオパシー薬に治療の効果があるか甚だ疑わしいと認識して
いたと認められる。
 3 以上から,A1についても詐欺の故意が認められ,A1の証言などを総合すれば,
被告人とA1がアメリカで本件講演会や眼球虹彩診断の段取りなどについて話し合
った平成11年12月中旬から同月下旬ころ,被告人とA1との間で本件詐欺につい
ての共謀が成立したと認められる。
第6 結論
   以上検討したとおり,被告人の行った眼球虹彩診断等は医行為にあたり,被告人
は,本件犯行当時,自己の提唱する眼球虹彩診断によっては被診断者の病状等
を的確に診断できないことを認識していたにもかかわらず,A1と共謀の上,あたか
も眼球虹彩診断によって被診断者の病状等を的確に診断でき,ホメオパシー薬を
服用すれば病気の治療及び予防に著しい効果があるように装い,被害者らから投
薬代金名下に金員を詐取したのであるから,被告人には医師法違反罪及び詐欺
罪が成立する。
(累犯前科)(省略)
(法令の適用)
 罰      条
  判示第1の行為につき  包括して刑法60条,平成13年法律第87号による改正前
の医師法31条1項1号,17条
  判示第2の1ないし8の各行為につき
              刑法60条,246条1項
 刑種の選択   判示第1の罪につき懲役刑を選択
 累犯加重    刑法56条1項,57条(それぞれ再犯の加重)
 併合罪の処理  刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い
判示第2の7の罪の刑に同法14条の制限内で法定
の加重)
 未決勾留日数の算入   刑法21条
 訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
 本件は,医師資格を有しない被告人が,E1神社札幌講社の講社長であったA1と共
謀して,A1の信者ら合計18名に対していわゆる眼球虹彩診断やホメオパシー薬の投
薬などの医業をなした医師法違反の事案と,診断を受けた者やその家族ら11名から投
薬代金として合計730万円余りを詐取したという詐欺の事案である。
 まず,医師法違反の犯行は,医師資格を有しない被告人が診察行為だけでなく,投薬
まで行っているのであって,被診断者の健康に害悪を及ぼす可能性の高い危険な犯行
であり,犯情は甚だ悪質である。
 次に詐欺の犯行についてみると,病気の悩みや健康上の不安を抱えていたため,か
ねてから信奉していたA1に勧められて講演会に参加した信者らに対し,被告人が講演
会において,言葉巧みに眼球虹彩診断及びホメオパシー薬の有効性を信じ込ませた
上,個別の診断の際,がんなどの重篤な病気を告知して不安に陥れ,重い病気から助
かりたいと願う被害者らから多額の金員を詐取したものであり,被害者らのA1に対する
信頼を逆手にとり,健康に対する不安につけ込んだ計画的で巧妙,卑劣な犯行である。
 被害者らは,将来のために蓄えていた財産の中から多額の金員を詐取されただけで
なく,重病を告げられて強い精神的衝撃を受けるなど,その精神的苦痛も軽視できない
のであって,本件の結果は重大である。しかるに,被告人は,被害者らに一切被害弁償
をしておらず,被害者らは被告人に対する厳重処罰を希望している。
 被告人は,当時,E1神社札幌講社長として多数の信者を抱えていたA1を本件犯行
に引き込み,自ら講演会において講演し,各被診断者らの診断を行うなど本件各犯行を
主導し,A1より多額の利得を得ているのであって,その刑事責任はA1に比べて格段に
重い。
 被告人は,本件同様の医師法違反の前科2犯を有し,前刑では実刑判決を受けて服
役したにもかかわらず,出所後わずか1年余りで本件各犯行に及んでおり,更生の意欲
の欠如は甚だしい。加えて,被告人は,捜査・公判を通じて犯行を否認し,自己の行為
の正当性をるる述べて刑事責任を免れようとしているのであって,反省の態度は認めら
れない。
 以上によれば,被告人の刑事責任は相当重く,幸い被診断者らの健康に特段の悪影
響は生じていないことなど被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,主文の刑は
免れないと判断した。
(求刑・懲役6年)
 平成16年10月29日
    札幌地方裁判所刑事第1部2係
           裁判官   中   桐   圭   一  

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