弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人が被控訴人の従業員たる地位を有する
ことを確認する。被控訴人は控訴人に対し、金六六七万六六四〇円及び昭和五一年
二月一日から本判決確定の日まで一ケ月一〇万四〇〇〇円の割合による金員の支払
をせよ。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担と
する」との判決並びに金員支払部分に関する仮執行の宣言を求め、被控訴代理人
は、主文と同旨の判決並びに控訴人の請求が認容されて仮執行の宣言が附された場
合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。
 当事者双方の主張及び証拠の提出・援用・認否は、左記の附加をするほか、原判
決事実摘示のとおり(ただし、原判決一二枚目表九行目に「辞令書」とある部分を
削除し、同一五枚目表一一行目に「双互」とあるのを「相互」と、同二八枚目裏七
行目に「一把」とあるのを「十把」と各訂正する)であるから、ここにこれを引用
する。
(控訴人の主張)
(1) 被控訴人が控訴人に対してなした昭和四四年一一月八日附採用通知(以
下、本件採用通知という)により、控訴人と被控訴人との間においては、控訴人が
被控訴人の見習社員になり、その就労開始時期を昭和四五年四月一日とする旨の労
働契約が成立・発効し、唯、今後なされる健康診断による異常の発見(以下、これ
を本件解除条件という)により、採用の取消がなされ、右契約が消滅することがあ
り得るということになつたというべきである。そうすると、被控訴人においては、
本件解除条件の成就以外には、控訴人に関し日本電信電話公社法第三一条所定の事
由がない限り、右労働契約を消滅させることができないといわなければならない。
ところが、被控訴人においては、昭和四五年三月二〇日附で控訴人に対し、何らか
の事由を示さずして、一方的に、本件採用を取消す旨の通知(以下、本件採用取消
通知という)をなした。そうすると、本件採用の取消は、無効というほかはない。
 なお、若し仮に本件採用通知によつては控訴人と被控訴人との間における右労働
契約が未だ効力を生ずるに至らず、その効力の発生は昭和四五年四月一日の到来を
またなければならなかつたものであるとしても、控訴人においては、右同日の到来
以前といえども、同日の到来により被控訴人の見習社員となり得る旨の期待権を有
していたというべきであるから、被控訴人において、右期待権を侵害し、本件採用
を取消すためには、控訴人に関し日本電信電話公社職員就業規則(以下、単に公社
職員就業規則という)第五五条、または日本電信電話公社準職員就業規則(以下、
単に公社準職員就業規則という)第五八条所定の事由、若しくはそれらに準ずる事
由がなければならないところ、本件採用取消通知は、右各法条所定の事由またはそ
れらに準ずる事由なくしてなされたものであるから、これが採用取消は、無効とい
わざるを得ない。
(2) ところで、被控訴人においては、「本件採用取消は、控訴人が日本電信電
話公社(以下、単に公社という)の見習社員としての適格性を欠くことが発見され
たことにより、なされたものである」旨を強調するが、控訴人が公社の見習社員と
しての適格性を欠くということはあり得ない。即ち、もともと、労働者が適格性を
欠く場合とは、当該労働者が、その就いている職に関して要求される能力・素質等
を欠缺していたり、または業務運営上支障となる矯正し難い属性を有していたりす
るために、当該業務の適正かつ円満な運営に支障があるか、または支障が生ずる蓋
然性が大である場合であるべきところ、控訴人は、右の意味において、公社の従業
員としての適格性を欠く者ではない。そして、本件において、被控訴人が重視して
いる控訴人の大阪市公安条例違反・道路交通法違反の行為(以下、条例等違反行為
という)は、国鉄の機関助士廃止反対のために開催された国労・動労の集会に控訴
人が一市民として参加した際、道路上を移動中に、前記条例及び法違反名下に逮捕
されたものであるが、もともと違法行為をなすことを目的としていなかつた前記集
会に控訴人が参加したこと自体は、市民として当然に有する権利の行使であつたと
ころ、集会の参加者がかなり多数であつた関係上、場所の移動に際し、参加者が歩
道上にあふれたため、やむを得ず、控訴人らにおいて、交通整理が行われていた車
道上を移動したところ、逮捕されるに至つたものであつて、その際、集会現場が混
乱したり、または附近の交通が妨害されたりしたことはなかつたのであるから、そ
れは、控訴人らの右集会への参加を妨害する目的を以て、不当になされた逮捕であ
るというべき性質のものである。従つて、右条例等違反行為は、公社の義務とは全
く関係がなく、また、他のグループとも関係なくして、控訴人が一市民としてなし
た私生活上の軽微な行為であるから、その点をとらえて、控訴人において公社の従
業員としての適格性を有しないと断ずることは、到底なし得ないといわなければな
らない。また、控訴人が豊能地区反戦青年委員会(以下、単に豊能地区反戦とい
う)に所属していたことも、右適格性を欠く事由になるものではない。元来、反戦
青年委員会(正式名称は、ベトナム戦争反対・日韓条約阻止のための反戦青年委員
会という。以下、単に反戦委と称する)は、昭和四〇年八月に社会党・総評・社会
主義青年同盟の呼びかけによつて結成されたものであるが、それは、その当時社会
的にも大きな問題となつていた日韓条約の批准を阻止することを主眼として結成さ
れた青年の闘争組織であり、中央から地方へ順次、全国反戦委、都道府県反戦委、
地区反戦委と結成せられ、全国反戦委は労働組合等の組織加盟を原則としていた
が、後二者は個人加盟も併用していたのである。そして、各反戦委の間は、指導・
被指導の関係にはなく、各団体が個々別々に自立して行動することになつていて、
統一的な方向はなく、また、反戦委所属の個人に対する統制も極めて緩やかであつ
て、各個人の加盟・脱退も全く自由であつたのである。ところで、反戦委は、昭和
四〇年中に日韓条約が批准されてから後は、開店休業状態であつたが、昭和四二年
頃からベトナム戦争反対・安保条約粉砕のため再び活動を開始するに至つた。豊能
地区反戦は、昭和四三年四月に結成せられ、「豊能反戦通信」なる機関紙を発行し
ていたが、昭和四四年九月に、従来の路線を継承し、職場におけるストライキ及び
街頭での大衆的なデモ行進等により、更に大きな闘争をなしていくべきである旨を
主張する控訴人らのグループと、街頭での武装闘争及び職場での山猫スト等の実行
を主張するグループとが対立し、結局、後者が分離・独立して、別派を作り、新た
に「豊能反戦ニユース」なる機関紙を発行するに至つた。なお、被控訴人の内部に
も、昭和四〇年八月に、被控訴人の従業員の労働組合である全電通の青年部と、社
会主義青年同盟が中心となつて、電信反戦委が結成されて、全国反戦委に加盟し、
被控訴人の各職場にも職場反戦委が結成されたが、被控訴人の職場の一である大阪
中央電報局においてなされたいわゆる「マツセンスト」は、右反戦委の組織とは無
関係に実施されたものである。被控訴人においては、以上の諸事実を予てから熟知
しており、控訴人が被控訴人の従業員になつたとしても、被控訴人の職場の秩序を
乱すような行為をなすおそれがないことも充分に知つていたのである。そうする
と、被控訴人は、控訴人が反戦委に加盟していることを実質的な事由として、本件
採用取消をなしたものというべく、それは、集会・結社の自由に対する大きな侵害
行為であるから、憲法第二一条に反するものであつて、無効であり、また、その点
を理由にして、控訴人を差別し、特に不利益に取扱つたというべきであるから、そ
れは、憲法第一四条・労働基準法(以下、単に労基法という)第三条にも反するも
のであつて、その点においても、無効であるというべく、結局、本件採用取消は、
合理的な理由が全くないにも拘らずなされたものとして、無効というほかはない。
(被控訴人の主張)
 本件採用取消が無効である旨の控訴人の右主張は争う。
(証拠関係)(省略)
       理   由
(一) 次の各事実、即ち、
(1) 控訴人が昭和四三年三月に大阪府立箕面高等学校を卒業し、同年四月に大
阪府立茨木工業高等学校定時制の事務職員に就職し、昭和四四年六月三〇日に右事
務職員を退職し、同年八月に被控訴人近畿電気通信局(以下、単に近畿電通局とい
う)の社員公募に応じ、同年九月七日に一次試験(適性検査、一般教養筆記試験、
作文)を受けて、これに合格し、同年四月二六日に二次試験(面接、健康診断)を
受け、その際同時に、控訴人に関する箕面高等学校卒業証明書、同成績証明書、戸
籍抄本、健康診断書を提出し、同年一〇月上旬に身元調査があり、同年一一月一〇
日頃に近畿電通局長名義の同年同月八日附の本件採用通知を受領したこと
(2) 本件採用通知には、(A)控訴人を昭和四五年四月一日附で被控訴人にお
いて採用すること、(B)控訴人を仮に大阪北地区管理部に配置し、別途、控訴人
の通勤が可能である管内の局所に正式に配置すること、(C)採用職種は機械職と
し、身分は見習社員とすること、(D)入社前に再度健康診断を行い、異常があれ
ば採用を取消すことがあること、(E)入社を辞退する場合は、速かに被控訴人所
定の事務所に書面でその旨を連絡すること等が記載されており、併せて、その同封
書類として、身元保証書用紙、誓約書用紙、及び「貸与被服の号型調査について」
と題する書面が被控訴人から控訴人に送達されたこと
(3) 控訴人において、右「貸与被服の号型調査」に応じ、その所定期限であつ
た昭和四四年一二月二〇日までに、被服号型報告表に所定事項を記載して、近畿電
通局長に送付し、また、昭和四五年元旦に、被控訴人大阪北地区管理部長から、
「来る四月からの控訴人の入社を歓迎する」旨の内容の年賀状を受領し、更に右管
理部長から「懇談会の御案内と諸行事のお知らせ」と題する同年二月三日附書面を
受領したので、それに従つて、大阪市中央公会堂で開催された入社懇談会に出席
し、約四〇〇名の出席者とともに、被控訴人の事業内容について説明をうけた上、
近畿電通局医務室において健康診断をうけ、その後、他の二名とともに、特に別室
に呼ばれて、係員と面談し、次いで同年三月中旬に、前記昭和四五年二月三日附書
面で通知されたところに従い、入社前教育の一環として、大阪府池田電報電話局を
見学したこと
(4) 近畿電通局長が控訴人に対し、本件採用通知による採用を昭和四五年三月
二〇日附で取消す旨の本件採用取消通知をなし、それが同年同月二一日に控訴人に
到達したこと
(5) 控訴人の見習社員の採用については、被控訴人を覊束するものとして、
「職員および準職員採用規程」(以下、単に採用規程という)、及び「準職員の雇
用等に関する取扱について」と題する通達(以下、単に雇用等取扱通達という)が
あり、それらによれば、募集、採用試験・身上調査、誓約書・身元保証書・戸籍の
謄本または抄本の提出、就業規則の指示説明等について規定がなされており、見習
社員に採用することに決定した者に対しては、誓約書・身元保証書・戸籍の謄本ま
たは抄本を提出させた後において、辞令書を交付するものとし、右各書類を所定期
日までに提出しなかつた者については、その採用を取消し得る旨が定められている
こと
(6) 控訴人が高校卒業後に豊能地区反戦に所属し、昭和四四年一〇月三一日午
後九時頃に大阪鉄道管理局前において開催された国鉄労働組合及び動力車労働組合
の機関助士廃止反対に関する集会に右地区反戦の一員として参加し、場所を移動す
べく、約五〇名の集団を指揮して車道に入り、シユプレヒコールをしながら若干移
動した際に、待機中の警察機動隊によつて無届デモとして規制をうけ、大阪市公安
条例違反及び道路交通法違反の現行犯として逮捕せられ、右行為につき、同年一二
月一一日に起訴猶予処分をうけたこと
(7) 学生及び労働者らが、昭和四五年三月一五日に万国博会場中央口駅におい
て、座り込んで集会を開き、その内、六七名が検挙されたこと
(8) 控訴人が所属する豊能地区反戦が、「生産点」・「企業拠点」における闘
争をめざしていること
(9) 被控訴人が、控訴人と被控訴人との間における大阪地方裁判所昭和四五年
(ヨ)第九九八号地位保全等仮処分申請事件において、敗訴判決の言渡をうけ、該
判決に従い、控訴人に対し、昭和四六年八月二〇日から昭和四八年一〇月三日まで
の間に、昭和四五年四月分から昭和四八年九月分までの賃金として合計金一〇九万
二〇〇〇円を支払い、また、昭和四八年一二月一一日に、同年一〇月分の賃金とし
て金二万六〇〇〇円を支払つたこと
(10) 右仮処分申請事件の控訴審であつた大阪高等裁判所は、同庁昭和四六年
(ネ)第一一二二号事件において、原判決を取消し、控訴人の当該仮処分申請を却
下する旨の判決を言渡し、該判決は昭和四八年一一月一四日の経過により確定した
こと
は、いずれも当事者間に争がない。
(二) そこで、先ず本件採用通知の性質について考えてみるに、前記争のない事
実に、いずれも成立に争のない甲第一号証の一、第三ないし第五号証、第六号証の
一ないし四、第七号証、第九号証の一及び二、第一二号証、乙第三四号証、いずれ
も弁論の全趣旨により、真正に成立したと認められる乙第一及び第二号証と、原審
における控訴人本人尋問の結果とを総合すると、
(1) 被控訴人に勤務する者は、役員、職員、及び準職員に区分せられ、その
内、準職員は、更に見習社員、特別社員等に区分されるが、いずれも二ケ月以内の
期間を定めて雇用する者であるところ、その内、見習社員とは、職員に採用するこ
とを予定して雇用される者をいうのであること
(2) 被控訴人が見習社員を雇用する原則的な手続は、採用規程及び雇用等取扱
通達によつて定められているが、それらによると、先ず、就職希望者を公募し、就
職希望者から就職希望者調査書・最終学校の成績証明書及び卒業証明書・健康診断
書を提出させ、筆記試験・適性検査・面接試問・健康診断等による採用試験を実施
し、かつ身元調査をした後、雇用することに決定した者から、誓約書・身元保証
書・戸籍の謄本又は抄本を提出させた上、被控訴人の就業規則を提示して、その主
旨を説明し、辞令書を交付することになつていること
(3) 被控訴人は、昭和四四年八月に見習社員を公募すべく「社員募集案内」を
発表したが、それには、応募資格・募集職種と作業内容・採用予定地及び職種別採
用予定数・受験手続・試験内容と試験期日等とともに、採用後の待遇として、身
分・勤務時間等・週休日等・給与等・昇進・健康管理・訓練制度等について、一般
的・原則的な概要が記載されていたこと
(4) 控訴人は、右募集案内に従つて、その頃その募集に応じ、同年九月七日に
筆記試験・適性検査・作文等の一次試験を受けて、これに合格し、次いで同年同月
二六日に面接試問・健康診断等の二次試験を受けたが、その際、最終学校たる箕面
高等学校の成績証明書及び卒業証明書・戸籍抄本・健康診断書を被控訴人に提出し
たこと
(5) 被控訴人は、同年一〇月上旬に控訴人の身元調査を行つた上、同年一一月
八日附書面を以て控訴人に対し、本件採用通知をなしたが、その通知書の文言は、
「このたび当公社において実施しました採用試験にあなたは合格し、昭和四五年四
月一日附をもつて下記条件で採用することになりましたので、お知らせします。つ
きましては、本通知書・印鑑・卒業成績証明書及び同封の身元保証書・誓約書を持
参の上、別途連絡する懇談会場へおいで下さい。また、入社まで相当期間がありま
すので、入社前に再度健康診断を行い、異常があれば、採用を取消す場合がありま
すので、健康に充分留意して下さい。なお、入社後は次の条件をすべて承諾したも
のとして取扱いますから、もし入社を辞退するような場合は、速かに当局職員課又
は採用局所庶務課あて書面で連絡願います。(記)、採用局所は大阪北地区管理部
とするが、これは仮に配置するものであり、別途管内の通勤可能な局所に正式に配
置する。採用職種は機械職とし、身分は見習社員とする。(以下省略)」というも
のであつたが、同時に、その同封書類として、身元保証書用紙・誓約書用紙・及び
貸与被服号型調査に関する書類が控訴人に送達されたので、控訴人において、その
頃、遅滞なく、貸与被服号型調査表を作成して、被控訴人に返送したこと
(6) 被控訴人においては、昭和四五年一月一日に控訴人に対し、「あなたは、
被控訴人への入社が内定し、来る四月から被控訴人の電報電話局等で仕事をしてい
ただくことになりました。おめでとうございます」という内容の年賀状を送付し、
また、同年三月四日に大阪市中央公会堂において、控訴人を含む同年四月入社予定
者全員を集めて入社懇談会を開催し、被控訴人の事業内容等を説明した後、入社予
定者全員につき再度の健康診断を実施したが、その後、控訴人においては、被控訴
人の指示に従い、採用予定者の入社前教育の一環として、同年三月中旬に、被控訴
人の職場の一である大阪府池田電報電話局を見学したこと
(7) 被控訴人は同年三月二〇日附書面を以て控訴人に対し、「あなたは、さき
に大阪北地区管理部へ採用することに内定いたしておりましたが、最終審査の結
果、採用内定を取消しますので、通知いたします」旨の本件採用取消通知をなした
こと
(8) 被控訴人が控訴人に対し本件採用取消通知をしなかつたとすれば、被控訴
人においては、控訴人から誓約書と身元保証書との提出をうけた上、同年四月一日
に控訴人を含む同日の入社予定者全員を一堂に集めて入社式を挙行し、その際、控
訴人に対し辞令書を交付して、被控訴人の見習社員として雇用する手順になつてい
たものであり、右辞令書には、控訴人に関する控訴人限りの採用職種・雇用期間・
勤務条件・給料等が具体的に記載されるべきものであつたこと
をそれぞれ認めることができる。この認定に反する資料はない。
 そこで考えてみるに、右認定の事実関係からすれば、被控訴人と控訴人との間に
おける見習社員雇用契約締結への折衝は、これを法律的に分析してみると、被控訴
人が昭和四四年八月に発表した「社員募集案内」による公募が、契約の申込の誘引
に該り、控訴人のこれに対する応募と、それに引続く同年九月の採用試験への参
加、最終学校の成績証明書及び卒業証明書・戸籍抄本・健康診断の提出、貸与被服
号型調査表の提出、入社懇談会への出席と再度の健康診断の受診等の諸行為が、引
続く一連の行為として、一括して、契約の申込に該り、同年四月一日になさるべき
であつた被控訴人の控訴人に対する辞令書の交付が、契約の承諾に該当するもので
あつて、前記認定のその余の諸事実・諸行為は、右雇用契約の締結上、法律的にみ
て格別の意味を有するものではないといわなければならない。ところで、本件採用
通知なるものは、採用規程や雇用等取扱通達にも何ら規定されていないものである
が、被控訴人と控訴人との前記雇用契約締結をめざす折衝が、右のとおり、種々の
手続を必要とし、段階的に進展するものであつた関係上、被控訴人において、控訴
人が採用試験に合格し、特別な事情がない限り、被控訴人において控訴人を見習社
員として雇用することを内部的に決定した段階において、その後の手続を円滑に進
展させるため、便宜上、控訴人に対し右事実を告知するためになされたものに過ぎ
ず、従つて、それは、唯単に被控訴人の内部において控訴人を被控訴人の見習社員
として雇用することが決定されたということを事実上通知したというものであるか
ら、それによつて、被控訴人と控訴人との間に労働契約的な関係を生ぜしめるもの
ではないといわなければならない。なお、採用規程及び雇用等取扱通達は、いずれ
も被控訴人内部の事務処理手続を規定したものであるところ、採用規程第一一条
や、雇用等取扱通達7等に「雇用することが決定した者」とあるのは、それら各規
定の位置・性質に照らし、雇用することが被控訴人の内部において決定した者とい
う意味であつて、いわゆる雇用内定者のことであり、対外的に、応募者との間にお
いて、雇用することが約定されて、決定した者を指称するのでないことは、明らか
である。そうすると、本件採用通知は、被控訴人において、控訴人を被控訴人の見
習社員として採用することを内定したという事実を一方的に控訴人に告知したもの
であつて、その法律上の性質は観念の通知であるというべく、それによつては、控
訴人と被控訴人との間に見習社員としての雇用契約が締結されたとするに由なく、
また、それにより、始期付・解除条件付見習社員契約が締結されたとか、申込撤回
権留保付見習社員契約が締結されたとか断ずることができないことも、本件採用通
知の性質が右のようなものであつて、未だ勤務条件も具体的個別的に確定されてお
らず、何よりも、その間、被控訴人において、控訴人との間で雇用契約を締結する
という意思、換言すると、控訴人の契約の申込に対する承諾の意思表示をなす意思
があつたと認めることができない点からして、明らかであるといわなければならな
い。なお、右の点については、本件採用通知の文言、前記年賀状の内容、誓約書と
身元保証書の未提出、前記「社員募集案内」表示の勤務条件の概括的な記載等によ
り、控訴人においても、その当時、充分理解し得べきところであつたといい得るの
である。以上により、控訴人は、本件採用取消通知をうけた当時においては、未だ
被控訴人との間において、見習社員契約が締結されていたといい得ないことは勿
論、始期付・解除条件付・申込撤回権保留付であつても、これが見習社員契約は締
結されていなかつたというほかはない。
(三) よつて、次に本件採用取消通知の効力について考えてみるに、本件採用通
知は、前記のとおり、その実質は採用内定通知であり、それによつては、控訴人に
おいて被控訴人の社員たる身分を取得するに由ないものであつたから、これが採用
内定の取消については、被控訴人の社員に対してのみ適用さるべき日本電信電話公
社法第三一条・公社職員就業規則第五五条・公社準職員就業規則第五八条等の適用
がないことは明らかである。しかしながら、採用の内定という被控訴人の内部にお
ける措置であつても、それが対外的に控訴人に対して通知された以上、控訴人とし
ては、特別な事情がない限り、所定期日である昭和四五年四月一日の到来により、
被控訴人の見習社員になり得るものであるという期待を事実上抱くに至るものであ
るから、被控訴人においても、これが採用の内定を取消すことを相当とする特別な
事情がない限り、その取消をなし得ないものとするのが、その場合における双方当
事者間に作用する信義則上からして、当然であるといわなければならない。ところ
で、右にいう特別な事情とは、本件採用通知に示されていた「健康診断による異常
の発見」もその一つであると思料されるが、右は被控訴人において本件採用内定を
取消し得る場合の一つとして、最も一般的かつ比較的多数と予想されるものを例示
したに過ぎないのであつて、被控訴人が本件採用内定を取消し得る場合を右の場合
のみに限定する趣旨で表示したものではないと解すべきであり、被控訴人として
は、採用内定を取消すことが相当である場合、例えば、採用内定通知後において、
採用内定者につき、公社の見習社員として不適格であると認められる事由が被控訴
人にはじめて判明した場合等においては、その裁量により、当該採用内定を取消し
得るものといわなければならない。
 そこで、被控訴人が本件採用内定を取消すに至つた経緯をみてみるに、前記争の
ない事実に、前顕乙第一及び第二号証、いずれも成立に争のない甲第一号証の二、
第二及び第三号証、乙第三四ないし第三六号飲、当審証人aの証言により、真正に
成立したと認められる乙第六号証、当審証人bの証言により、真正に成立したと認
められる乙第七号証と、原審証人c、当審証人b、同aの各証言、原審及び当審に
おける控訴人本人の尋問の結果とを総合すると、
(1) 控訴人は、昭和四三年四月頃から豊能地区反戦に所属し、その指導的地位
にあつたこと
(2) 控訴人は、国鉄労働組合と動力車労働組合とが機関助士廃止反対のための
集会を昭和四四年一〇月三一日に大阪鉄道管理局前で開催した際、豊能地区反戦の
一員として、その構成員約三〇名とともに参加したが、同日午後九時頃に右同所附
近において、右地区反戦の構成員らを含むヘルメツトをかぶつた約五〇名が、四列
縦隊になつてスクラムを組み、シユプレヒコールをしながら車道上をデモした際、
その先頭にたつて笛をふき、これを指揮したため、約五〇メートル許り進行した地
点において、附近警戒中の警察官によつて、条例等違反行為の現行犯として逮捕さ
れたところ、右所為については、その後、控訴人において捜査官に対し終始黙秘を
続け、勾留の請求が却下されて、同年一二月一一日に起訴猶予処分になつたこと
(3) 被控訴人は、以上の各事実を知ることなく、本件採用通知をしたが、その
後、控訴人が反戦委に関係しているのではないかとの情報を得たこと
(4) 被控訴人の職場の一部においては、昭和四四年秋頃から昭和四五年頭初に
かけて、反戦委に所属ないし同調する被控訴人の従業員によつて、種々の激烈な闘
争行為がなされ、そのため、職場の秩序が混乱し、業務の遂行も阻害されたこと
(5) そこで、被控訴人においては、反戦委に関しては非常な関心を払つていた
折柄、控訴人に関して前記の情報を得たため、昭和四五年一月中旬に控訴人の住所
地を管轄する箕面電報電話局の担当者に対し、控訴人の身元につき特別調査を命じ
たところ、同年同月二〇日頃に前記(1)の事実を探知したこと
(6) しかしながら、被控訴人においては、右(1)の事実のみによつては、本
件採用内定を取消す意思を有するに至らず、更に調査を続けることとし、前記入社
懇談会当日においても、特に控訴人を別室に招いて面接し、口頭試問をしたが、そ
の結果によつても、採用内定を取消す意思を有するに至らなかつたところ、昭和四
五年三月六日頃になつて、被控訴人において前記(2)の逮捕・起訴猶予処分等の
事実を探知するに至つたため、それにより、本件採用内定の取消もやむを得ないと
するに至り、本件採用取消通知をしたものであること
(7) 前記採用規程及び雇用等取扱通達等には、公社の職員又は準職員として不
適当ないし不適格と認められる者は採用又は雇用してはならない旨が規定されてい
ること
をそれぞれ認めることができる。この認定に反する資料はない。
 そこで考えてみるに、右認定の事実関係からすれば、被控訴人において本件採用
内定の取消をしたのは、控訴人が、反戦委に所属し、その指導的地位にある者の行
動として、公安条例等違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分をうける程度の
違法行為をしたことが決定的な原因であつたところ、重要な公共的業務を担当し、
その従業員は、法令及び諸規則を遵守して、誠実な労務の提供をなすべきものであ
り、罰則の適用については法令により公務に従事する者とみなされているほどであ
る関係上、一般民間企業以上に業務秩序の厳正が要請される被控訴人(この点につ
いては当裁判所に明らかである)において、右の如き違法行為を積極的に敢行した
控訴人を被控訴人の見習社員として雇用することは相当でなく、控訴人は被控訴人
の見習社員としての適格性を欠くと判断し、これが採用内定の取消をしたことは、
その事実関係の認定について誤りがなく、その判断も、社会通念上、被控訴人が有
するその点の判断についての裁量権の範囲を逸脱したものであるとは到底いえない
から、仮に被控訴人の職場を混乱させた反戦委のメンバーと控訴人との間に格別の
連絡がなく、両者は無関係であつたとしても、また、控訴人の所属した反戦委のグ
ループが、いわゆる過激派ではなくして、職場におけるストライキの敢行等を主た
る手段・方法として反戦運動を行ういわゆる「生産点闘争」を重視する派であつた
としても、右採用内定の取消は、取消権の濫用によるものとはいえず、また、それ
は、控訴人の思想・信条を理由としてなされたものでもなければ、集会・結社の自
由を侵害するものでもないから、それにつき、憲法第一四条ないし第二一条違反と
か、労基法第三条違反とかを考える余地もないといわなければならず、本件採用取
消通知による採用内定の取消は、有効であるといわざるを得ない。そうすると、右
の取消が無効であることを前提とする控訴人の本訴請求は、失当というほかはな
い。
(四) ところで、被控訴人の本件不当利得金支払請求に関する請求原因事実は、
控訴人においてすべて認めるところ、その事実によると、被控訴人の当該請求は理
由がある。そうすると、控訴人は被控訴人に対し、金一一一万八〇〇〇円、及びそ
の内金一〇九万二〇〇〇円については当該支払命令送達の翌日であることは記録上
明らかな昭和四九年二月一六日から、内金二万六〇〇〇円については当該金員支払
請求を記載した訴変更申立書送達の翌日であること記録上明らかな昭和五〇年五月
三〇日から、それぞれ完済まで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害
金の支払をすべき義務があるといわなければならない。
(五) そうすると、控訴人の地位保全確認等の請求を棄却し、被控訴人の不当利
得金支払の請求を認容した原判決は、結局のところ相当であつて、本件控訴は理由
がないから、民事訴訟法第三八四条により、本件控訴を棄却することとし、控訴費
用の負担につき、同法第九五条本文・第八九条を適用した上、主文のとおり判決す
る。
(裁判官 本井巽 坂上弘 野村利夫)

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