弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決及び第一審判決を破棄する。
     被告人等はいずれも無罪。
         理    由
 被告人両名の弁護人武藤将之助の上告趣意について。
 原判決は、本件の事実関係を、つぎのようなものであると判断している。すなわ
ち、「被告人Aは主要食糧集荷指定業者である熊本県球磨郡a村農業協同組合の販
売主任、被告人Bは同組合の倉庫係として、それぞれ、同組合が保管している生産
者供出に係る政府所有米を指定倉庫に入れたり、出したりする等の業務に従事して
いる者であるが、同組合においては昭和二十二年度において、その保管米中七十六
俵が紛失したため、係員の引責辞職した事件があり、その後注意を怠らなかつたの
に拘らず、再び在庫米の紛失していることを発見したので、被告人等はこれを糊塗
し既存の正当な米俵として、政府の出庫の指令があるときは自ら庫出しする目的で
新米俵十五俵、及び二十四俵を作出し被告人等にその責任の及ばないようにしよう
と企て共謀の上、情を知らないC及びDの両名に依頼して、昭和二十三年十二月頃、
右農業協同組合の倉庫において、同倉庫保管中の政府所有米約七百五十俵中の各俵
から、五合乃至一升合計八百瓩を抜き取らせて六十瓩入十五俵の新俵を作出し、又
昭和二十四年三月上旬頃前同様同倉庫において、同倉庫保管中の政府所有米約千二
百俵中の各俵から五合乃至一升合計千四百四十瓩を抜き取らせて六十瓩入二十四俵
の新俵を作出し、その頃政府の庫出しの指令により、これを既存の正当の米俵とし
て庫出しし」たというのが、本件の事実関係であつて、このような事実関係そのも
のは、第一審の取り調べた各証拠に照して明らかであり、これについては、なにも
争はないのである。もつとも、右のうちで原判決は、「政府の出庫の指令があると
きは自ら庫出しする目的で」とか、「政府の庫出しの指令により、これを……庫出
しし」とかいう表現を用いているけれども、被告人等は、倉庫内の米について出庫
指令があつた場合、その職務上当然、出庫の事務にたずさわるだけであつて、被告
人等が何等かの特別の取扱によつて、作出した新俵を出庫し、又は出庫しようとし
たのでもなければ、被告人等の名義乃至計算において、これを出庫し、又は出庫し
ようとしたのでもないことは、第一審の取り調べた証拠上明白であつて、まつたく
争はないのであるから、前記の表現が、なにか特別の意味をもつものとすることは
できないのである。
 以上の事実関係を前提として、原判決は、「被告人等は判示組合の所持する政府
所有米の紛失した俵数を糊塗し既存の正当の米俵として、これを自ら庫出しする目
的を以て、新米俵を作出させるため、判示の者等に、依頼して、判示倉庫在中の判
示数量の政府所有米中の各俵から判示数量の米を抜き取らせたのであるから、……
被告人等はとりもなおさず不法領得の意思を以て政府所有米を保管する判示組合の
所持を侵害したものといわなければならない。」とし、窃盗罪の成立を肯定してい
るのである。論旨は、これに対し、大正四年(れ)五五九号同年五月二一日大審院
判決(刑録二一輯六六三頁)を援用して、判例違反を主張するものと考えられる。
しかし、右大審院判例の場合は、小学校教員が、校長にふくむところがあつて、そ
の責任問題を起そうと思い、校長の管理する勅語奉置所から、教育勅語謄本等を取
り出して、自分の受持教室の天井裏に隠匿したという事件であつて、これについて、
「単タ物ヲ毀壊又ハ隠匿スル意思ヲ以テ他人ノ支配内ニ存スル物ヲ奪取スル行為ハ
領得ノ意思ニ出テサルヲ以テ窃盗罪ヲ構成セサル」ものであるという理由で、窃盗
罪の成立を否定したのであるから、本件の事例にただちに適切とはいえない。従つ
て、原判決が右判例と相反する判断をしたものということはできないのである。
 しかし、前記のような本件の事実関係に照して、つぎの理由から、本件について
は、窃盗罪の成立を肯定しがたい。
 (一)被告人等の依頼を受けたC、Dの両名は、a村農業協同組合長の管理する
同組合倉庫中の政府所有米の俵から、米をすこしずつ抜き取り、これを倉庫外には
全然持ち出すことなく、その倉庫内で、その米によつておなじような米俵を作り、
これを同じ場所に政府所有米としてただ積んでおいたに過ぎない。この事実に注目
すると、抜き取られた米は、終始同組合長の事実上の支配の内部にとどまつていた
のであつて、被告人等はこれに対し、終始何等事実上の支配を取得しなかつたもの
とみることが自然であるといわなければならない。従つて本件では、窃盗罪を構成
するために必要な、財物に対する事実上の支配の奪取が存しないことになる。
 (二)被告人等は、もつぱら政府所有米の在庫俵数のつじつまを合せるために、
前記のように米を抜き取つて新俵を作らせ、俵数を増しただけであつて、被告人等
の意図は、終始何等それ以上には出ず、もとより、抜き取つた米を自家の食用にあ
てるとか、他に売つたり与えたりするとかの意図があつたわけではない。すなわち
被告人等は、抜き取つた米を終始政府所有米として扱い、これであらたに米俵を作
つて、政府所有米として同じ場所に積んでおくということ以上には、何の意図もな
かつたわけであるから、被告人等には、抜取つた米を、実質的に自分のもののよう
にして、利用処分する意思はすこしもなかつたものといわなければならない。従つ
て被告人等に抜き取つた米を領得する意思があつたということはできないから、本
件では、窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思をも欠くわけである。
 それゆえ、被告人等の本件行為は、もとより不当であり、これに関連して別罪の
成立することがありうるのは別として、それが窃盗罪を構成するものとはいうこと
ができないのである。
 従つて、本件につき窃盗罪の成立を肯定して、第一審判決を支持した原判決の判
断は違法であり、原判決(及び第一審判決)を破棄しなければ著しく正義に反する
ものと認められる。
 よつて刑訴四一一条一号、四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条を適用
し、裁判官全員一致の意見によつて、主文のとおり判決する。
 検察官 安平政吉出席。
  昭和二八年四月七日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    本   村   善 太 郎

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