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平成29年11月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
9号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成29年9月4日
判決
主文
1被告Aは,原告に対し,被告大学と連帯して,110万円及びこれに対する
平成26年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告大学は,原告に対し,143万円及びこれに対する平成26年1月21
日から支払済みまで年5分の割合による金員を(ただし,110万円及びこれ
に対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告Aと連
帯して)支払え。
3原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,原告に生じた費用の2分の1と被告Aに生じた費用との合計の
10分の9を原告の,10分の1を被告Aの負担とし,原告に生じた費用の2
分の1と被告大学に生じた費用との合計の7分の6を原告の,7分の1を被告
大学の負担とする。
5この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告大学及び被告Aは,各自,原告に対し,1000万円及びこれに対する
平成26年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,被告大学の大学院生であった原告が,被告大学の教授で,原告が所
属していたゼミの指導教員であった被告Aからアカデミックハラスメント行
為を受け,被告大学はこれに対する有効な対策を怠ったとして,被告Aに対し
ては被告大学の責任とは別に個人として民法709条に基づき,被告大学に対
しては国家賠償法1条1項に基づき,それぞれ慰謝料として1000万円及び
これに対する不法行為の日の後である平成26年1月21日から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2前提事実(当事者間に争いがない事実及び掲記の証拠により容易に認められ
る事実)
⑴被告大学は,現職教員の学校教育に関する高度の研究,研さんの機会を確
保する大学院修士課程と,初等教育教員を養成する学部を有する教員養成大
学として設立されたB大学及び大学院を運営する国立大学法人である(争い
がない)。
⑵被告Aは,被告大学の大学院学校教育研究科人間発達教育専攻学校心理・
発達健康教育コース(以下「本件コース」という。)に所属し,本件コース長
を務めていた教授である(争いがない)。
本件コースでは,当時,原告と同学年の学生が約14名所属しており,教
職員としては,被告Aの他に,C教授,D准教授ら5名が所属しており,各
教職員がそれぞれゼミを担当していた(証人G)。
そして,被告Aのゼミには,平成24年4月の時点で,原告,E,Fら6
名が新たに所属することとなった(丙1)。
⑶原告は,昭和62年から兵庫県中学校教員(英語専攻)であったが,教育
現場での経験から学校への不適応,不登校となっている生徒について,担任
やカウンセラーが生徒本人や保護者にどう関与すればよいかについて学び
現場で生かしたいと考え,平成24年4月,a市教育委員会からの派遣によ
り,被告大学の本件コースに入学し,被告Aのゼミに所属した(甲60の1)。
原告は,平成24年8月下旬頃,被告AのゼミからD准教授のゼミに移籍
し,平成26年3月に,本件コースを修了した(争いがない)。
3争点及び当事者の主張
⑴被告Aによるアカデミックハラスメント行為の有無
(原告の主張)
被告Aは,原告の指導教授という立場を利用して,原告に対し,別紙ハラ
スメント行為一覧表の「日時・場所・状況等」欄記載の日時,場所において,
「ハラスメント行為の主張」欄記載のアカデミックハラスメント行為をした。
これらの行為は,同表「違法性」欄記載のとおり,①意に反する行為の強
要,プライバシーの侵害,私用の強要とそれを断ったことによる報復などの
権力の濫用,②指導の放棄,無視,修士論文の作成の際の前後における矛盾
し又は不合理な指示や理不尽な叱責などによる研究活動の妨害,③差別的取
扱い,④暴言や侮蔑的言動,⑤誹謗中傷に当たり,違法である。
そして,これらの行為は,指導教授と学生という特殊な権力関係や,被告
Aの研究室の土壌を利用し,原告に対する明確な加害意図に基づいて行われ
た継続的で執拗ないじめであり,原告を精神的追い詰めるという明確な加害
意図に基づいて行われた一連一帯の不法行為として評価されるべきである。
(被告Aの主張)
被告Aは,原告の人格権を不当に侵害するような指導を行ったことはない。
原告の主張する個々のアカデミックハラスメント行為に対する認否,反論は,
別紙ハラスメント行為一覧表の被告Aの「主張」欄記載のとおりである。
仮に原告が主張するような被告Aの行為が存在するとして,それらの行為
は,不穏当な面があったとしても,社会的に相当性を欠く不当なものとして
不法行為に該当するとまではいえない。
(被告大学の主張)
原告の主張する個々のアカデミックハラスメント行為に対する認否,反論
は,別紙ハラスメント行為一覧表の被告大学の「主張」欄記載のとおりであ
る。
⑵被告Aのアカデミックハラスメント行為に対する不法行為責任の成否
(原告の主張)
アカデミックハラスメント行為は,教授の本来の業務である教育行為とは
全く関係のない私的な行為である。大学教授が学生に対し,アカデミックハ
ラスメント行為をしてはならないことは当然のことで,本件における被告A
のアカデミックハラスメント行為も,指導に名を借りた嫌がらせでしかない
から,原告に対し,民法709条の不法行為を負う。
そして,国立大学法人における大学教授の学生に対するハラスメント行為
は,仮に外形上職務の執行に該当するとしても,私立大学における教授の学
生に対するハラスメント行為と変わりなく,警察官や消防士のように,その
行為自体が不法行為と評価される余地のあるものではないから,公務員個人
の責任を認めることによる公務員の行為に対しての萎縮効果を問題とする必
要はない。また,国家賠償法1条1項により認められる責任が国の代位責任
であり,公務員個人の責任を問うことを否定するものであったとしても,同
じく代位責任を認める民法715条が被用者個人の責任を否定するものでは
ない趣旨からして,萎縮効果を問題にする必要のない国立大学法人の教授に
ついては,個人としての責任を認めるべきであり,被告Aは,被告大学とは
別に民法709条に基づく不法行為責任を負う。
(被告Aの主張)
国家賠償法1条1項の「公務員」には,国立大学法人の教員も含まれ,そ
の教員の教育活動上の行為は,同項の「公権力の行使」に当たるから,国立
大学法人の教員の教育活動上の行為については,不法行為が成立し,国立大
学法人が国家賠償法1条1項に基づき責任を負う場合は,教員個人が重ねて
責任を負うことはない。
そして,被告Aは,国立大学法人である被告大学の教員であり,原告主張
のハラスメント行為一覧表の行為は,いずれも教育活動又はその関連行為と
してされたものであるから,仮に原告主張のハラスメント行為一覧表の行為
につき不法行為が成立するとしても,当該行為につき被告大学が国家賠償法
1条1項に基づく責任を負う以上,被告A個人が責任を負うことはない。
⑶被告大学の安全配慮義務違反
(原告の主張)
被告大学は,学生との在学契約に基づく安全配慮義務として,学生への専
門教育を行うために,学生が良好な環境で研究し教育を受けることが可能と
なるように,教育内容だけでなく人的物的面においても研究教育環境を維持,
充実させる義務を負っている。
ア原告に対するアカデミックハラスメント行為の発生以前における安全配
慮義務
指導者である教授と研究を行う学生との間では,その力関係の差や,研
究室の閉鎖性・密室性ゆえに,指導教授による学生に対するアカデミック
ハラスメント行為が行われる可能性があることからすれば,被告大学とし
ては,アカデミックハラスメント行為が発生する以前においては,アカデ
ミックハラスメント行為の予防のための意識啓発,ハラスメント防止規程
の周知徹底,教職員に対する教育・研修を実施する義務があった。
また,本件においては,被告Aがアカデミックハラスメント行為を理由
に平成19年度に厳重注意を受けていたこと,その後も被告Aの言動が改
まっておらず,中間発表会等の公の場での学生を侮辱する攻撃的な発言,
暴言,指導放棄,差別的取扱いをするといった行為が繰り返され,これに
対する学生からの苦情や投書も多く寄せられていたことから,被告大学と
しては,平成24年度においても,被告Aによる同様のアカデミックハラ
スメント行為が繰り返される具体的な危険性を認識していた。
そうであるとすれば,被告大学は,被告Aに対して,特別なカリキュラ
ムによる研修や指導を個別に実施したり,被告Aによるアカデミックハラ
スメント行為がないか学生から事情を聞いたりするなどして積極的に情報
収集すべき義務があった。
ところが,被告大学は,平成19年のアカデミックハラスメント行為の
際に,被告Aに口頭注意の処分等をしたのみで,それ以降は,被告Aに対
して,特別なカリキュラムによる研修や指導を個別に実施したり,被告A
によるアカデミックハラスメント行為がないか学生から事情を聞いたりす
るなどして積極的に情報収集することをしなかった。
よって,被告大学には,安全配慮義務違反が認められ,国家賠償法1条
1項に基づく損害賠償責任を負う。
イ原告に対するアカデミックハラスメント行為の発生後における安全配慮
義務
被告大学は,実際にアカデミックハラスメント行為の情報を得るか又は
被害の申告があった場合には,被害者の言い分に真摯に耳を傾けて誠実に
対応し(誠実対応義務),加害者によるさらなる加害行為を防止し,被害者
の学習環境が損なわれることのないように配慮し(学習環境配慮義務),事
実関係を調査して適切な時期にその結果を被害者に報告する(調査報告義
務)とともに,調査した事実をもとに将来にわたって効果的な再発防止策
を講じる義務(再発防止義務)を負っている。
ところが,以下に指摘するとおり,被告大学は,これらの義務を尽くし
ておらず,安全配慮義務違反が認められ,国家賠償法1条1項に基づく損
害賠償責任を負う。
誠実対応義務違反
原告は,平成24年9月7日,友人のGを通じて,被告Aのアカデミ
ックハラスメント行為について当時の被告大学のH学長に被害を訴えた
にもかかわらず,H学長は同日の面談において,「アカハラを認めようと
させることはかなり難しい」と述べたり,平成25年5月29日の面談
において,「Aに賞をあげたのは私だ」,「あなたたち公務員にも学校現場
で働く権利があるように,A教授にも働く権利があるんです」などと述
べたりして被告Aを擁護する態度に出た。また,I副学長は,平成24
年12月25日の面談で,原告からどうすれば本件がアカデミックハラ
スメント行為として認定されるか尋ねたのに対し,録音データがないと
認定は無理であり,それよりも研究に専念するように述べた。このよう
に,被告大学は,本件をアカデミックハラスメント行為として扱うこと
について消極的態度を示し,原告に誠実に向き合おうとしなかった。
また,原告及びGが申し立てたことで設置されたB大学ハラスメント
対策委員会(以下「ハラスメント対策委員会」という。)の担当委員は,
平成25年7月5日の聴き取りにおいて,「恫喝と指導ってどう違うの」
などと原告を精神的に困惑させる質問をし,真摯に原告の言い分に耳を
傾けようとする姿勢に欠けていた上,聴き取りの方法も被告Aによる恫
喝の状況を繰り返し聞いたり,原告が当時の状況がフラッシュバックし
てパニック状態になっていたにもかかわらず,特にフォローせずに質問
を続けたり,被告Aに原告の名前を知らせようとしたりするなど無神経
なことを行った。
学習環境配慮義務違反
原告は,平成24年9月7日以降の面談において,ハラスメント対策
委員会を立ち上げてほしいとの意向を示しつつも,被害を申告したこと
によるプライバシー侵害,名誉棄損,報復などの二次被害を恐れており,
原告の今後の学習環境の保障を求めていた。
そうだとすれば,被告大学としては,被告Aに対する特別なカリキュ
ラムによる研修や面談による指導を個別に実施したり,被告Aによるア
カデミックハラスメント行為がないか学生から事情を聞いたりするなど
して積極的に情報収集をしつつ,原告の意向を尊重し,ハラスメント対
策委員会を立ち上げるとともに,被告Aに対し,修士論文の発表会以外
での原告との接触を禁じたり,院生ルームの使用を禁止したり,キャン
パス内での行動範囲を限定したり,被告Aが報復行為や原告のプライバ
シーや名誉を棄損する言動を取らないようにしたりするなど,二次被害
を防止し原告の学習環境を保障するための措置を講じる義務があった。
ところが,被告大学は,原告の意向を無視して,被告Aに対し,平成
24年11月の時点で抽象的に口頭注意をしたのみで,平成25年4月
に原告から再度被害の申告を受けるまではハラスメント対策委員会を立
ち上げず,放置した。また,被告大学は,原告の再度の被害申立て後も,
平成25年5月に院生ルームの工事をし,同年10月の修士論文の中間
発表会の直前になって被告Aを欠席させた程度で,原告の二次被害を防
止するための十分な措置を取らなかった。さらに,被告大学は,被告A
が本件コース長でかつ年長者であるため,本件コースの教職員から意見
が出しにくい雰囲気であり,本件コースの教職員だけでは被告Aのアカ
デミックハラスメント行為を解決できない状況にあることを認識しなが
ら,本件コースの教職員にその他の対応を丸投げした。
調査報告義務違反
被告大学は,原告が,平成25年4月に被告Aから検査室の鍵を取り
上げられるという事態が生じたことで,ハラスメント対策委員会を立ち
上げるように希望したにもかかわらず,調査期間に制限があることを理
由に,同年6月までハラスメント対策委員会を立ち上げなかった。
また,被告大学は,ハラスメント対策委員会を立ち上げた後,アカデ
ミックハラスメント行為に関して原告及びGから再三問合せを受けたに
もかかわらず,調査の進捗状況や今後の予定について原告及びGに適時
に適切な報告をせず,原告が平成25年12月に修士論文を提出した後
になって,ようやく調査結果を通知した。
さらに,被告大学は,被告Aの原告らに対するアカデミックハラスメ
ント行為について調査を終了した後においても,具体的な調査結果につ
いて原告及びGに知らせず,原告及びGから認定の理由を記載した文書
の交付を求められてもこれに応じなかった。
再発防止義務違反
被告大学は,原告から被告Aによるアカデミックハラスメント行為に
ついて相談を受けた後,平成24年11月の時点で,被告Aに対し,口
頭で抽象的に注意をしただけで,本件コースの教授らに残りの対応を丸
投げにし,被告Aとの関係が悪化して厄介な事態になるのを避けたいと
いう考えから,被告Aの指導については再度問題が発生した時点で対処
するという受け身の方針をとり,被告Aの原告に対するアカデミックハ
ラスメント行為の再発防止について何らの措置も講じなかった。
また,被告大学は,被告Aによる原告及びGに対する一連の行為につ
いて,アカデミックハラスメント行為に該当するとの認定をした後も,
原告及びGに謝罪をせず,原告及びGが話し合いを求めてもこれを無視
し続け,何ら再発防止策について検討をしなかった。
(被告大学の主張)
ア原告に対するアカデミックハラスメント行為以前の対策
被告大学は,アカデミックハラスメント行為を防止するため,以下のよ
うな措置を講じていた。
被告大学は,平成16年4月1日,B大学におけるハラスメントの防
止等に関する規程(以下「ハラスメント防止規程」という。)を制定し,
ハラスメントを定義づけし,被告大学の教職員や学生等にハラスメント
を防止する責務を課している。そして,ハラスメント防止規程に基づき,
被告大学内でのハラスメントに関する相談に応じるためハラスメント相
談員を学内に十数名置き,同相談員が相談を受けた時点で人権委員会委
員長に報告し,同委員長が設置するハラスメント対策委員会において事
実関係を調査し,ハラスメント該当性や環境改善,不利益の回復に関す
る措置について報告を行い,学長がハラスメントに該当すると判定した
場合には,加害者への指導,懲戒等の措置を講じることとされている。
また,被告大学では,ハラスメント防止ガイドラインを毎年作成し,
全教職員や学生にパンフレットの体裁で配布した他,学内にも配置して
いた。同ガイドラインには,被告大学の基本姿勢,ハラスメントの具体
例,ハラスメントをなくすための心構えや方法,対応手順を紹介すると
ともに,被害者が直ちに被害の申告ができるように相談者の氏名,電話
番号及びメールアドレス並びに学外の相談機関等を記載し,ホームペー
ジにも同様の情報を掲示して,ハラスメント防止のための対策を講じて
いた。さらに,被告大学では,全学教職員会議において,外部講師を招
き,ハラスメント対策に関する講演会を開催するなどして,アカデミッ
クハラスメント行為の防止を図ってきた。
被告大学は,平成19年度に,被告Aのゼミ生から被告Aのアカデミ
ックハラスメント行為に関して相談を受け,ハラスメント防止規程に則
って,ハラスメント対策委員会において事実関係の調査を行い,被告A
自身や複数の第三者から聴き取りをするなどした結果,被告Aの言動が
指導,激励の表現として許容される限度を超えており,アカデミックハ
ラスメント行為に当たると認定した。そして,被告大学は,被告Aが以
前に懲戒処分を受けたことがなかったことに鑑み,被告Aに口頭厳重注
意処分を行い,学生に対する言動が極めて不適切であったとしてアカデ
ミックハラスメント行為の再発防止に努めるように指導するとともに,
被告Aのゼミに所属する学生の中で希望者については他のゼミへの所属
替えを行ったほか,平成19年度の入学者を被告Aのゼミに所属させず,
被告Aが務めていた本件コース長や健康管理センター協力員を免じる措
置を講じた。
イ原告に対するアカデミックハラスメント行為の発生以降について
被告大学は,平成24年9月7日にGから被告Aの言動に関する相談
を受け,同月11日にはH学長が,同年10月9日にはI副学長がそれ
ぞれGとの面談を実施したが,同月11日には,Gから原告を含めて面
談を行うことの希望を受けて,同月18日にはI副学長とJ副学長が原
告及びGと面談して聴き取り調査を実施した。
被告大学は,ハラスメント事案として対応する方針をとることとし,
この方針をGに打診したが,Gは,この方針によって二次被害が発生す
ることを危惧し,ハラスメント事案としての対応を望まないと回答した。
このGの意向を受け,被告大学は,内部的に調査及び対応することとし,
本件コースの教授から事情聴取を行った。
そして,これらの調査結果を受けて,H学長,I副学長及びJ副学長
は,同年11月20日に被告Aと面談を行い,数人の学生から被告Aの
言動に対する苦情が出ていることを指摘し,ゼミでの指導や授業での言
動を改善するよう口頭注意をした。
また,H学長,I副学長及びJ副学長は,平成24年11月22日,
本件コースの教授らと協議を行い,被告Aに口頭注意を行ったことを告
げた上で,学生に対するケアを含めて対応するとの方針を確認した。そ
の後,同月28日,本件コースの教授らは,学生らを含めて,H学長が
被告Aに口頭注意を行い,アカデミックハラスメント行為の再発防止を
促したことを説明するとともに,学生らにおいて問題を抱えている場合
には気軽に相談するように促すなどした。
そして,H学長とI副学長は,平成24年12月12日,本件コース
の教授らと,学生らに対する上記説明の結果や学生の反応を踏まえて協
議し,上記口頭注意以降,被告Aの指導が改善されているとの報告等を
踏まえ,学生が意見を述べやすい環境作りを行うなどの対策を確認し,
被告Aについては経過観察を行うこととした。
I副学長は,平成24年12月25日,原告及びGと面談し,被告A
への口頭注意を行ったことを報告し,その後の被害の有無を確認した上
で,被告Aについて経過観察していくことを説明した。
その後,原告が,平成25年4月1日,被告Aから検査室の鍵を取り
上げられるという被害の発生を受け,被告大学は,同月10日,原告と
被告Aとの接触を絶つため,院生ルームの分割を決定し,同年5月中に
分割工事を完了した。他方,被告大学は,平成25年4月16日,原告
との面談を実施し,原告の意思を確認した上で,ハラスメント事案とし
て対応することを決定した。
そして,被告大学のハラスメント相談員は,平成25年6月5日に,
原告から被告Aの言動について相談を受け,これを人権委員会委員長に
報告し,同委員長は,同月17日にハラスメント対策委員会を設置し,
原告及びGからの聴き取りを行ったほか,同年8月から9月にかけて,
第三者である本件コースの教授らからの聴き取りを行い,被告Aからの
聴き取りも行った。
また,調査期間中に,原告からの申し出を受けて修士論文の中間発表
会に,被告Aの出席を禁止する応急的な措置をとった。
ハラスメント対策委員会は,平成25年12月11日,被告Aの言動
についてアカデミックハラスメント行為として対応する必要があると人
権委員会に報告し,人権委員会はこの報告を踏まえてH学長に報告し,
H学長は,平成26年1月21日,被告Aの言動がアカデミックハラス
メント行為に当たると判定をし,その内容を原告に通知し,被告Aに対
しては,同年3月5日,減給の懲戒処分をし,これを公表した。
なお,被告大学は,原告及びGから,平成25年7月以降,I副学長
や総務部総務課に対して,アカデミックハラスメント行為の調査に係る
進捗状況を確認する旨のメールが送付されていたことから,これに対し
て,その都度,I副学長や総務部総務課の担当者からハラスメント対策
委員会の調査結果を人権委員会に報告する日程,被告Aに対する聴き取
り調査の実施日程などを報告するなどして,アカデミックハラスメント
行為の調査の進捗状況については説明をしていた。
ウ以上のとおり,被告大学としては,原告及びGによるアカデミックハラ
スメント行為の相談以前から,学内におけるハラスメント防止のために,
規程の整備等の対策を行っており,また,原告からの相談を受けて被告A
の問題行動を認識した以降は,ハラスメント防止規程に基づいて,関係者
から事実関係の調査を行い,被告Aに懲戒処分をした。
また,被告大学は,平成24年9月7日,Gから被告Aの言動について,
学長との面談を申し入れられ,被告Aのハラスメント行為について認識し
た後,原告,Gへの面談をし,聴き取り調査を行った。被告大学は,ハラ
スメント事案として対応する方針であったが,この方針の打診を受けた原
告やGは,二次被害の発生を危惧し,ハラスメント事案としての対応を望
まないと回答したことから,内部調査として,同年11月20日,被告A
と面談し,数人の学生から被告Aの言動に苦情が出ていることを指摘し,
ゼミでの指導や授業での言動を改善するよう口頭注意をした。
したがって,被告大学としては,採り得る限りの措置を講じていたから,
被告大学の対応は相当であり,安全配慮義務違反の事実は認められない。
(被告Aの主張)
被告Aが担当していた学生2名から平成19年度にアカデミックハラスメ
ント行為の訴えはあったものの,他の学生がこれを否定したため,その対応
に苦慮した当時の副学長から,他の教員を介して処分は必要最小限度にとど
めるから,一部でよいから認めてほしいとの申し出があり,被告Aは,被告
大学の顔を立てるため,やむを得ず一部の主張について存在したとの虚偽の
申し出を行ったにすぎない。実際には,アカデミックハラスメント行為はな
かった。
また,平成19年度にアカデミックハラスメント行為によって厳重注意を
受けた後,被告Aが中間発表会等の公の場での学生を侮辱する攻撃的な発言,
学生に対する暴言,指導放棄,差別的取扱い等をしたことはない。
したがって,従前のアカデミックハラスメント行為の存在を前提として,
被告大学が原告に対するアカデミックハラスメント行為が発生する前に被告
大学が被告Aに対して何らかの対応をすべきであったとする原告の主張には
理由がない。
⑷関連共同性
(原告の主張)
被告らの各行為は,客観的に関連共同して原告の権利を侵害したものであ
り,被告らは,民法719条1項前段により,共同不法行為責任を負う。
(被告らの主張)
否認ないし争う。
⑸損害
(原告の主張)
ア被告Aによる約1年間に及ぶアカデミックハラスメント行為により,原
告は強度のストレスから自尊感情を喪失し,自責感,無力感,孤立感を抱
くようになり抑うつ状態となり,食欲が減退し,体重も減っていった。平
成24年9月にゼミを移籍した後も,被告Aからのアカデミックハラスメ
ント被害の数々がフラッシュバックし,当時の精神状態がよみがえり,精
神の均衡が保てなくなることがあった。
また,原告は,不登校問題への関心があって被告大学に入学したにもか
かわらず,被告Aのアカデミックハラスメント行為によって,約1年間ま
ともな教育を受けられず,不登校に関する研究の中止を余儀なくされ,そ
の後の研究にも遅れが生じるなど,被告大学において自らが希望する研究
を平穏に行うという学習権自体を奪われ続けた。
イそして,被告大学の一連の対応は,原告が受けたアカデミックハラスメ
ント被害と向き合うことなく,真逆なものであったため,原告を不安な状
態に置き,原告の学習権を侵害しただけでなく,原告の精神的回復を妨げ
るものであり,その結果,原告は常に被告Aからの報復の危険を感じなが
ら不安な日々を送ることを余儀なくされ,原告の精神的苦痛も長期化,深
刻化した。
ウ原告が被った上記の精神的苦痛を慰謝するには1000万円を下らない。
(被告Aの主張)
否認ないし争う。
仮に被告Aによるアカデミックハラスメント行為が存在し,それについて
被告A個人が不法行為責任を負うとしても,慰謝料としては100万円が相
当である。
(被告大学の主張)
否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1被告Aによるアカデミックハラスメント行為の有無
⑴当事者間に争いがない事実,又は掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,
別紙ハラスメント行為一覧表の「ハラスメント行為の主張」欄に記載されて
いる被告Aの各行為について,以下の事実が認められる。
ア番号1について
被告Aとしては,修士論文の作成に当たっては,最初に,参考となる文
献や論文を読んだ上で研究計画を立て,研究計画書を作成し,それをきち
んと完成させた上で,データの収集や分析,考察を行って修士論文を完成
させるという手順が望ましいと考えていた(丙1,被告A本人)。
しかし,被告Aは,原告に対し,全体的な構想となる研究計画書の説明
をし,その一部として「問題と目的」を作成するように話したことはなか
った(争いがない)。
加えて,被告Aは,平成24年4月以降,原告に対して,入学後に基本
文献を読みながらテーマを決定した上で,調査,収集すべきデータの内容
を決めて予備調査を行い,調査の依頼先の選定や,質問項目や質問紙のレ
イアウト等を丹念に検討した上で,初めて正式な調査の実施を依頼し,調
査実施後に,質問紙を回収し,そのデータを分析することで,入学年度の
秋頃から論文作成に取り掛かるという論文作成の手順については指導しな
かった(争いがない)。
そして,研究計画書は,「問題と目的」,「方法」,「引用文献リスト」で構
成されているところ,「問題と目的」では,これまでの研究で何が分かって
いて,何が明らかになっていないことから,今回はその点を明らかにする
ということを記載し,「方法」では「問題と目的」で明らかにしようとする
問題点をどのようにして明らかにするのかという方法を記載し,調査や実
験をする場合には,誰を対象に何についてどのような尺度で調査,実験を
行うのか,調査や実験は,面接方式によるのか質問紙方式によるのかにつ
いて記載し,「引用文献リスト」では「問題と目的」,「方法」を考える際に
参考にした文献を記載することとされていた(丙1,被告A本人)。
イ番号2,3について
原告は,平成24年4月下旬頃,被告Aから言われた修士論文の「問題
と目的」を書いたが,被告Aは,原告に対しては理由を告げることなくこ
れを返却した一方,書けないと発言した他のゼミ生に対しては,「私が今日
1度書いてあげましょう」と発言し,全く違った対応をした(甲2の2,
甲23,47,52,原告本人)。
ウ番号4について
被告Aのゼミでは,ゼミの学生が研究活動で行うインタビューや子供の
心理の勉強のために,ゼミの学生がカウンセラー役となってクライアント
役の学部学生から話を聞き出す訓練をし,その後,経験豊富な専門家であ
るスーパーバイザー(監督者)とともに面接及び応答の仕方を検討し,ク
ライアントからうまく話を聞き出す方法について考えるという試行カウン
セリングが行われていた(丙1,被告A本人)。被告Aは,平成24年4月
27日,原告に対し,試行カウンセリングを行うに当たってスーパーバイ
ザーを紹介した際,原告の都合を考慮せず,試行カウンセリングを優先す
るよう示唆した(甲1,2の2,甲23)。
エ番号5について
被告Aは,他の学生や院生とともに,サッカーを通じて不登校児の自己
評価能力を向上し,学校へ戻るきっかけを作るという回復支援活動を行っ
ていたKという団体主催のサッカー教室の活動に参加していた。そして,
被告Aは,平成24年5月10日,原告に対し,K主催のサッカー教室に
参加しないかと誘った。原告は被告Aからの誘いであったため,研究に役
立つのかと思い,参加することにした。(原告本人,弁論の全趣旨)
オ番号6について
被告Aは,平成24年5月頃,原告に対して「100人に1人か2人,
書けない人がいるんだよ。」などと発言した上で,「あんたは発達障害だよ」
と発言した(甲1.2の2,甲23,47,原告本人)。
カ番号7について
被告Aは,平成24年6月頃,悩んでいるような顔つきをしている原告
に対し「いい精神科知ってますよ。教えたげようか」などと発言した(甲
1,2の2,甲23,47,原告本人)。
キ番号8について
原告は,被告Aが,ゼミ内の学生について「知り合いのb市の教育長に
絶対に傷つけないで返してくれと頼まれている」と述べ,c県の養護教諭
をしていた学生についても「c県教委の先生にちゃんと返して下さいと頼
まれているんだよ。」と述べた上で,原告に対しては「a市から来たあんた
なんかはどうでもええねん」と述べて,差別的な取扱いをしたと主張する。
しかしながら,被告Aがそのような発言をしたことを認めるに足りる証
拠はない。
ク番号9について
原告は,平成24年5月20日に修士論文の中間発表会が行われた際,
被告Aは,遅参した上,院生の発表中であるにもかかわらず,原告に発表
とは無関係な話をし,原告の聴講を妨害するとともに,原告に対し,発表
をした院生に質問を行うよう執拗に命じ,命じたとおりの内容の質問を行
わせ,原告の意に反する行為を強要したと主張する。
しかしながら,原告は,平成24年5月20日に開催された修士課程二,
三年生の修士論文の中間発表会に出席し,被告Aが遅れて出席したことは
当事者間に争いがないものの,被告Aが,原告に話し掛けて発表の聴講を
妨害したり,原告に対して発表をした院生に質問を行うよう執拗に命じ,
命じたとおりの内容の質問を行わせたことを認めるに足りる証拠はない。
ケ番号10について
原告は,被告Aが,平成24年5月24日,原告に対し,統計の講義に
おいてグループで取り組んでいた分析について,無駄だから絶対にするな
などと命じて他の講義での学習を妨害したと主張するが,被告Aがそのよ
うな発言をしたことを認めるに足りる証拠はない。
コ番号11について
原告は,平成24年5月30日,被告Aに対し,翌31日に勤務校での
女性職員の夕食会に参加するため,K主催のサッカー教室を休みたいと伝
えたところ,被告Aは,原告に対し,不登校児のためにサッカー教室を極
力休まないよう原告に伝えた(争いがない)。
サ番号12について
被告Aは,平成24年6月9日,自らが参加している,不登校又はその
傾向のある子供の保護者らが自身の体験や感じたことを臨床心理士に話し,
臨床心理士から適切な助言を得るというグループカウンセリングを行う団
体であるLの集まりに,研究のために原告と出向いた際,原告に対し,不
登校児の保護者の前でその子供の家庭教師をするように発言し,原告が,
被告Aに対して,電話でその依頼を断ったところ,「もう会うこともないと
思いますよ」,「もう,やめますか?もういい!」と発言をした(甲2の2,
甲23,証人G,原告本人)。
シ番号13について
被告Aは,上記サのLの集まりに原告とともに出向き,不登校児の保護
者が中学校やその教師にどのような感情を抱いたかを明らかにするための
面談を行った際,事前に,原告に対して「行って話を聞けばよい」と発言
し,上記面談について準備をするように指示していなかったにもかかわら
ず,当日になって,原告に対し,上記面談の準備をしてきたかを尋ね,準
備をしていなかった原告に対し,「あんたは1から100まで言わんとわか
らんのか!」と大声かつ厳しい口調で原告を叱責した(甲2の2,甲23,
47,53,原告本人)。
ス番号14について
被告Aは,平成24年6月13日,原告が試行カウンセリングの日程を
参加予定の学生の都合により延期したことについて,原告に対し,「なんで
勝手に延ばしているんだ。その時点でもうダメだ」と原告を叱責した(争
いがない)。
セ番号15について
原告は,平成24年6月14日,被告AとともにK主催の夜のサッカー
教室の手伝いに参加した際に,被告Aに対し,研究に必要なデータを集め
るための調査に使用する質問紙を作ってゼミで見てもらってよいかと尋ね
たところ,被告Aはそれは不要であると回答した。被告Aは,同月16日
に,Lの臨床心理士が同会所属の保護者に対して行ったアンケート資料を
原告に渡し,「これ月曜日までにまとめてきなさい。こんな資料ないで」と
指示した(甲23)。
そこで,原告は,同月18日に,このアンケートを要約したものを持っ
て被告Aの部屋へ行ったところ,同月14日に質問紙の作成を不要である
と答えていたにもかかわらず,被告Aは「質問紙の項目は?」と原告に聞
いた上で,「誰が,全部まとめてほしいと言った?あんたに必要なのはどこ
や?」「いやぁー。全くあんたは1から100まで言わなわからんのか。」
と発言した上で,後2日で質問紙を作成するように指示した(争いがない)。
ソ番号16について
被告Aは,平成24年6月18日,原告とは同期の学生に対し,原告が
性急に学校の教員からデータを取ろうとしていたことについて,「Mさんは
ちょっと暴走気味だね」と発言した(争いがない)。
タ番号17について
被告Aは,平成24年6月20日,他の学生もいる院生ルームにおいて,
原告に対し,原告が前日に行った試行カウンセリングについて,「昨日隣の
部屋であんたの試行カウンセリング聞いてたけど,あれはひどい。あれは
カウンセリングじゃない。ただのおばちゃんの世間話をしとるとしか言い
ようがない」と発言した(争いがない)。
チ番号18について
原告は,平成24年6月27日,被告Aが私的に行っているK主催のサ
ッカー教室の手伝いについて,研究に必要なデータ収集のために行う調査
に使用した質問紙を回収しに行くので休みたいと申し出た。これに対し,
被告Aは,サッカー教室を休むことは不登校児からの信頼を失うことから
避けるように注意するとともに,アンケートをするなら「問題と目的」が
仕上がってからでないと考察がうまくできず,地獄を見ることになると注
意した。(弁論の全趣旨)
ツ番号19,20について
被告Aは,上記セのとおり,平成24年6月18日に,原告に対して質
問紙を作成するように指示をし,原告が作成した質問紙について2回
添削を行い,同月22日には,原告がゼミを休んで,a市の学校へ質問紙
を使用した調査に出掛けることについて許可をしたものの,同月27日,
原告に対し,「で,「問題と目的」は書けたんですか」と尋ねた上で,原告
が「いえ,まだ途中です」と回答すると,原告に対し,質問紙について具
体的な問題点を説明することなく「倫理違反だ」,「あの質問紙にはクレー
ムがついてる」などと発言した上で,「だいたい私に何を求めているんだ」,
「地獄を見ろ」などと発言した(甲2の1,2,甲23,47,53,原
告本人)。
テ番号21について
被告Aは,平成24年7月6日,同月13日のゼミにおいて,原告に話
し掛けなかった(争いがない)。
ト番号22について
原告は,平成24年8月3日から翌日にかけて開催された被告Aのゼミ
合宿において,修士論文の「問題と目的」を発表した,原告は,この時点
で,被告Aの添削を受けた質問紙に基づき,114名の教師からデータを
収集しており,今後はそのデータの分析に取り掛かる予定であったにもか
かわらず,被告Aは,原告の発表中,理由を告げることなく突如「データ
を捨てろ。そして,「問題と目的」もテーマの1行目から全部リセットしろ」
と命じた(甲2の1,2,甲23,47,53,原告本人)。
ナ番号23について
被告Aは,講義やゼミ,K主催のサッカー教室の際に,原告を度々「お
ばさん」などと呼んだ(甲5の2,甲33,47,証人G,原告本人)。
ニ番号24,25について
原告は,平成25年4月1日,在職中に亡くなった教授が残した書籍,
過去の修士論文や各種検査キットが保管されている検査室において,資料
を閲覧していたところ,検査室は院生であれば指導教員に許可を得れば使
用することができるにもかかわらず,被告Aは,原告に使用目的を確認す
ることなく,原告から検査室の鍵を取り上げた。そして,被告Aは,その
後,他の学生に対し,原告が検査室に単独で立ち入っていたと述べた。(甲
2の1,2,甲23,33,47,52,丙1,被告A本人)
⑵被告Aの行為の違法性
証拠(甲15から22まで)によれば,指導教授による学生に対するアカ
デミックハラスメント行為は,指導者である教授が,学生の単位や卒業の認
定,論文の提出の許可などについての強い権限を持つという圧倒的な優位性
に基づき,学生に対して行われる暴言,暴力や義務なきことを行わせるなど
の理不尽な行為をいい,研究室の閉鎖性・密室性ゆえに発生するものである。
具体的な例としては,学習や研究活動の妨害,卒業や進級の妨害,指導の放
棄,指導上の差別的な取扱い,研究成果の収奪,暴言や過度の叱責,誹謗中
傷,私用の強制,プライバシーの侵害などが挙げられる。そして,これらの
行為は,学生の人格を傷つけるとともに,学習環境を悪化させることで,学
生の学習,研究活動の権利を奪う違法なものである。
もっとも,教授は教育研究活動を行うに当たって広範な裁量を有すること
から,学生に対して教育・研究活動の一環として指導や注意等をすることも
教授の裁量として認められ,直ちに違法であるとはいえない。そうすると,
教授の学生に対する言動がアカデミックハラスメント行為に該当し,違法で
あるか否かは,その言動がされた際の文脈や背景事情などを考慮した上で,
教授としての合理的,正当な指導や注意等の範囲を逸脱して学生の権利を侵
害し,教授の裁量権の範囲を明らかに逸脱,濫用したか否かという観点から
判断すべきである。
そこで,以下では,別紙ハラスメント行為一覧表の「ハラスメント行為の
主張」欄に記載されている被告Aの各行為がアカデミックハラスメント行為
に該当し,違法であるか否かについて検討する。
ア番号1について
論文作成の手順を指導しなかったことについて,論文をどのような手順
で作成するのかについては唯一の正解があるというわけではなく,研究内
容の他,ゼミに属する学生の知識,能力や研究の方針がどの程度固まって
いるのか,研究活動の進捗状況などの事情を考慮して,教授が自己の裁量
に基づいてある程度柔軟に決定できると解されることからすると,D准教
授が原告に指導したような論文作成の手順を被告Aが指導しなかったから
といって,直ちにそれが指導の放棄に当たるということはできない。
したがって,被告Aの上記行為をもって,原告の権利を侵害し,教授の
裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとは認められないから,アカデミック
ハラスメント行為に該当して,違法であるとはいえない。
イ番号2,3について
原告は,被告Aが,入学後2週間目から,何らの指導もしないまま,
原告に対し,いきなり修士論文を作成するように指示した上で,原告が
作成した修士論文冒頭の「問題と目的」について,理由を告げることも
なく突き返した行為が,手順を踏まない唐突な指示と理不尽な叱責であ
り,原告の研究活動を妨害するものであると主張する。
まず,被告Aが,入学後2週間目から,何らの指導もしないまま,原
告に対し,いきなり修士論文を作成するように指示したことを認めるに
足りる証拠はない。加えて,修士課程の学生は一般にある程度の論理的
な思考力を有しており,4月はまだ研究活動が始まったばかりの時期で
あることからすると,教授から指導される前にまずは自分で問題点を分
析し,自ら論文として明らかにする目標を設定する能力を身につける目
的で,明確な理由を告げずに返すことも,教授の指導として正当な範囲
であるといえないこともないから,原告が修士論文の冒頭の「問題と目
的」を書いたのに対して,理由を告げることなく返却した行為は,教授
の裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとまでは認められず,アカデミッ
クハラスメント行為に該当して,違法であるとはいえない。
しかし,被告Aが,修士論文冒頭の「問題と目的」に関し,原告に対
しては態度を取りながら,その書き方がわからない他の
ゼミ生に対して,「私が今日1度書いてあげましょう」と全く違った対応
をした行為は,同じゼミに属する原告と他の学生との間で差別的な取扱
いをするものであり,そのような取扱いについて合理的な理由がなけれ
ば,学生として教授から能力の差に応じて等しく指導を受けつつ学習,
研究活動を行う権利を侵害するもので,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫
用したものということができ,アカデミックハラスメント行為に該当し,
違法であるというべきである。
これに対し,被告Aは,他のゼミ生だけでなく,原告に対しても「論
文の書き出しは,私が書いてあげましょう。」と述べており,原告に対す
る態度も同様であったと主張するが,被告Aは尋問において,原告に対
しても「論文の書き出しは,私が書いてあげましょう。」などと発言をし
ていないことを認めており,被告Aの上記主張は採用することができな
い。
そして,上記のとおり取扱いに差を設けたことについて証拠上何ら合
理的な理由はうかがわれないことからすれば,被告Aの上記行為は,ア
カデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきである。
ウ番号4について
被告Aが,平成24年4月27日,原告に対し,試行カウンセリングを
行うためのスーパーバイザーを紹介するに際し,原告の都合を考慮せず,
試行カウンセリングを優先するよう示唆した行為は,結果として,原告が
希望する講義の受講を諦めさせ,原告の研究活動を妨害したことが認めら
れる(原告本人)。
さらに,証拠(丙1,被告A本人)によれば,試行カウンセリングは不
登校児の心理を理解することで原告の研究活動に役立つものではあるもの
の,大学院の修了に必須というわけではなく,試行カウンセリングをしな
い学生もおり,原告が試行カウンセリングを優先して直ちに実施しなけれ
ばならないという合理的な理由もうかがわれないことからすれば,教授の
裁量の範囲を逸脱するもので,アカデミックハラスメント行為に該当し,
違法であるというべきである。
エ番号5について
被告Aが,平成24年5月10日,原告に対し,K主催のサッカー教室
の活動への参加を勧誘した行為について,Kは不登校児の心理を理解する
ことにより,不登校に関する原告の研究活動に資する面がある上,被告A
が原告を誘った際の行為態様は証拠上明らかではなく,参加を強いるよう
な行為態様を認めることはできないから,原告の研究活動を妨害し,教授
の裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとまではいえず,アカデミックハラ
スメント行為に該当して,違法であるとはいえない。
オ番号6,7について
被告Aが,平成24年5月から6月頃にかけて,原告に対して「100
人に1人か2人,書けない人がいるんだよ。」,「あんたは発達障害だよ」,
「いい精神科知ってますよ。教えたげようか」などと発言した行為は,発
達障害者や精神疾患のある者をおとしめる意味を含むとともに,被告Aの
期待した行動とはならない原告を発達障害のある者又は精神疾患のある者
と決めつけ,原告の人格を傷つけるものであり,そのような発言におよそ
合理的な理由や正当性を見い出すことはできず,教授の裁量権の範囲を明
らかに逸脱,濫用したものであるから,アカデミックハラスメント行為に
該当し,違法であるというべきである。
カ番号11について
不登校児はKの大人達を信頼して参加しており,その大人達が休めば,
学校だけでなくKの大人達にも見捨てられたと感じてしまうため,サッカ
ー教室を休むことは不登校児の心理にとっては望ましくないという被告
Aの主張については,一応合理性を認めることができる。
したがって,被告Aが,原告に対し,不登校児のためにサッカー教室を
極力休まないように伝えたことは,正当な注意の範囲内であって教授とし
ての裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとまではいえず,原告の私生活に
不当な干渉をしてプライバシーを侵害するものとは認められないから,ア
カデミックハラスメント行為には該当して,違法であるとはいえない。
キ番号12について
被告Aは,平成24年6月9日,原告に対し,研究のためのインタビュ
ーに出向いたLの集まりにおいて,保護者の前でその子供の家庭教師をす
るように発言した行為については,確かに不登校の子の家庭教師をするこ
とで,不登校の子供の心理を理解するのによい機会を作ることとなり,不
登校の研究に資する面も否定はできないが,家庭教師をしなければ子供の
心理が理解できないものではないことから,あくまで本来の研究活動とは
異なる私用としての側面が強いといえる。
それにもかかわらず,被告Aは,不登校の子供の家庭教師をする趣旨や
その必要性についての何ら説明をすることなく,保護者の前という断りに
くい状況下で家庭教師をするように発言し,原告に事実上諾否の自由を奪
って私用を強要した点で,合理的な指導の範囲を逸脱,濫用し,学生の意
思決定の自由を侵害し,教授の裁量権を逸脱,濫用したものというべきで
あるから,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるというべ
きである。
ク番号13について
被告Aは,Lの集まりにおいて不登校の子供の保護者と面談する際の準
備について,平成24年6月9日の時点では,修士論文の作成に必要なデ
ータそのものを取るために質問事項を細かく決めることまでは無理である
としても,不登校児を抱える保護者が,子供が不登校であった際に中学校
やその教師にどのような感情を抱いたかを聞くことで質問事項を作成する
ためのヒントとなる話を聞き出す必要があるという趣旨で「行って話を聞
けばよい」と言ったにすぎないと主張する。
しかしながら,「行って話を聞けばよい」という発言だけからは,被告A
が主張するような同人の意図を汲み取ることは困難であり,原告が面接を
するに当たり特に何の準備もしなくてよいと考えたことも無理からぬとこ
ろで,原告が面接の意図について十分に理解できなかった可能性がある。
他方,被告Aが,面接の目的について,他の機会に原告に説明していたこ
とを認めるに足りる証拠もない。
そうであるとすれば,被告Aの上記行為は,面接における事前の準備の
必要性について丁寧に説明せずに,前後で矛盾するかのような指示をして
原告を混乱させ,原告の研究活動を妨害するとともに,指示に従わなかっ
た原告に問題があるかのように非難している点で,不合理な叱責であり,
原告を侮辱し,その人格を著しく傷つけるものであるから,教授の裁量権
の範囲を逸脱,濫用し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法と
いうべきである。
ケ番号14について
被告Aが,原告が試行カウンセリングの日程を参加予定の学生の都合に
より自己の判断で延期したことに関し,原告を叱責した行為について,原
告は,被告Aに延期について事情を説明していたにもかかわらず,一方的
に叱責されたと主張するのに対し,被告Aは,スーパーバイザーは多忙な
方が多く,延期を繰り返した場合に次回から引き受けてもらえなくなる可
能性がある上に,2回の延期が被告Aに対する事前の相談なく行われたこ
とから,叱責をしたものであると主張する。
この点について,証拠(丙1,原告本人)によれば,試行カウンセリン
グを行うに当たっては被告Aがスーパーバイザーとの日程の調整を行って
いることからすれば,その日程を変更するに当たっては,被告Aに了承を
得ることが望ましいと考えられる。ところが,原告は被告Aに対して,試
行カウンセリングの日程の変更について事前に説明しておらず,専門家で
あるスーパーバイザーに迷惑をかける可能性も生じることになることから
すれば,被告Aの行為は合理的な叱責の範囲内であるということができ,
教授としての裁量権の範囲を逸脱,濫用したものであるとまでは認められ
ない。
コ番号15について
被告Aが,平成24年6月14日,原告の質問に対して,研究に必要な
データを集めるための調査における質問紙の作成について,「そんなのせん
でええ」と回答したものの,同月16日,Lに関するアンケート資料を原
告に渡し,同月18日の月曜日までにまとめるように指示をし,更に,同
月18日に,原告がこのアンケートを要約したものを持って被告Aの部屋
へ来たのに対して,「質問紙の項目は?」と原告に聞いた上で,「誰が,全
部まとめてほしいと言った?あんたに必要なのはどこや?」,「いやぁー。
全くあんたは1から100まで言わなわからんのか。」と言った上で,あと
2日で質問紙にするように指示した行為について,被告Aは,原告に対し,
質問事項の精査はゼミにおいてではなく個別に行うと述べたにすぎず,被
告Aが質問紙作成の資料として原告に渡したアンケート資料は,原告の修
士論文作成に役立つことから,当該論文における質問項目の作成の参考と
するために,関係者の承諾を得た上で原告に交付したもので,質問紙の原
案を作成するように一貫して指示していたと主張する。
しかしながら,質問紙を作成してゼミで見てもらってもよいかという原
告の質問に対して,被告Aの「そんなのせんでええ」という回答は,質問
紙を作成しなくてもよいという意味に受け取られるのが通常であり,また,
Lに関するアンケート資料を原告に渡した上で,「これ月曜日までにまとめ
てきなさい。こんな資料ないで」と言った点についても,それだけでは,
質問紙の原案を作成するという指示をしたものと理解することは容易では
なく,アンケートを要約するように指示をされたと原告が受け取ったこと
もやむを得ないところである。そして,被告Aが主張するような自らの意
図について,証拠上他の機会に原告に対して説明したことを認めるに足り
る証拠はない。
したがって,被告Aの行為は,質問紙を作成する必要性について原告に
丁寧に説明せず,前後で矛盾するかのような指示をして原告を混乱させ,
原告の研究活動を妨害するとともに,指示に従わなかった原告に問題があ
るかのように非難している点において不合理な叱責であり,原告を侮辱し,
その人格を著しく傷つけるものであるから,教授としての裁量権の範囲を
逸脱し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるというべき
である。
サ番号16について
被告Aは,平成24年6月18日,原告と同期の学生に対し,原告が性
急に学校の教員からデータを取ろうとしていたことについて,「Mさんはち
ょっと暴走気味だね」と発言したことを認めている。
被告Aの上記発言は,原告が学校の教員から性急にデータを取ろうとし
ていたことについて,それが望ましくないという教授としての意見を表明
したものであって,同期のゼミ生の前で話した点については,その必要性
には疑問が残るものの,原告を誹謗中傷するものであるとまではいえず,
教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用したものであるとまでは認められないか
ら,アカデミックハラスメント行為に該当して,違法であるとはいえない。
シ番号17について
原告は,被告Aが,平成24年6月20日,他の学生もいる院生ルーム
において,原告が前日に行った試行カウンセリングについておばちゃんの
世間話と評して否定的評価を述べたことは,それ自体だけを見れば,原告
を侮辱し,人格を傷つけるものであるとも思われる。
しかしながら,学生が行った試行カウンセリングについて気になった事
項の指摘や学生に対する指導,注意を他の学生がいる場で行うことは,他
の学生からも客観的な指摘を受けることで互いに自らのカウンセリングの
問題点について自覚し,クライアントからの話の聞き出し方について改善
を図るために有益であると考えられることからすれば,どこが問題である
かを具体的に指摘し,その上で上記発言がされたとすれば,具体的な問題
点について比喩的に表現したものであり,比喩の内容はやや適切さを欠く
としても,合理的な指導の範囲を逸脱したものであるとまではいえない。
そして,証拠(被告A本人)によれば,被告Aは,原告に対し,試行カ
ウンセリングの際に,通常は聞こえないはずの面談の声が隣の部屋まで聞
こえてきたことから,原告にカウンセリングの場面では相談に来ただけの
クライアントに対して,感情的に盛り上がることは適切でないと注意した
趣旨であることが認められ,原告の試行カウンセリングの問題点について
ある程度は具体的に指摘をしていたと考えられるから,上記発言は,アカ
デミックハラスメント行為に該当せず,違法であるとはいえない。
ス番号18について
上記⑴チで認定したとおり,原告は,平成24年6月27日,K主催の
サッカー教室の手伝いについて,質問紙の回収に行くために休みたいと申
し出たのに対し,被告Aは,サッカー教室を休むことは不登校児からの信
頼を失うことから避けるように注意するとともに,アンケートを実施する
のであれば研究計画書が仕上がってからでないと考察がうまくできず,地
獄を見ることになると注意したことが認められる。
上記行為のうち,被告Aが,サッカー教室を休むことは不登校児からの
信頼を失うことから避けるように注意した行為については,上記カで認定
したとおり,不登校児の心理に望ましくないと考えられることから,被告
Aの上記行為は,正当な注意の範囲内であって教授としての裁量権の範囲
を逸脱,濫用したものであるとまではいえず,原告の私生活に不当な干渉
をしてプライバシーを侵害するものとは認められないから,アカデミック
ハラスメント行為には該当せず,違法であるとはいえない。
他方,被告Aが,アンケートを実施するのであれば研究計画書が仕上が
ってからでないと考察がうまくできず,地獄を見ることになると注意した
行為については,被告Aとしては,研究計画書が未完成の状態で調査を行
っても,データの集積が不十分になり,うまく考察を行うことができず苦
労すると考えており,そのことについて忠告する趣旨で注意をしたもので
あると認められることからすれば,正当な注意の範囲内であって教授とし
ての裁量権の範囲を逸脱,濫用したものであるとまではいえず,原告の研
究活動を妨害したものであるとは認められないから,アカデミックハラス
メント行為には該当せず,違法であるとはいえない。
セ番号19,20について
一般的には,倫理委員会が研究計画を承認してからでないとアンケート
等によるデータ収集は認められないところ,被告Aは,研究計画を完成さ
せていない段階で行っていた原告のデータ収集は倫理的に問題があり,原
告の作成した質問紙は,心理学や社会調査における質問の仕方において不
十分であり,まだアンケートを実施するのに十分な内容には仕上がってい
なかったことから,上記の点を原告に指摘しており,平成24年6月27
日の時点では原告が作成した質問紙の内容や原告が調査に行くことについ
て了承をしてはいなかったものの,原告が焦る気持ちも理解できたことか
ら,調査に行くことを中止するようには述べなかったと主張する。
しかしながら,倫理違反の行為は,それが発覚すれば場合によっては学
生の研究活動ができなくなるおそれもある上,質問紙の内容が不十分なま
まデータ収集を行っても,無駄な結果となるばかりか,その後の分析,考
察を経ての論文作成に大きな支障を来すことになることは容易に想像でき
ることに鑑みると,仮に被告Aの主張するとおり,原告の作成した質問紙
が不十分であり,かつ研究計画の上からその質問紙によるデータ収集等に
倫理上の問題が発生すると考えたのであれば,被告Aとしては,原告の作
成した質問紙について具体的な問題点を指摘しながらその改善を促し,か
つ,原告が倫理違反の行為を犯すことがないように,研究計画を完成させ
てから調査に行くべきで,それまでは調査に行かないように強く指導する
べきであったといえる。
ところが,被告Aは,平成24年6月18日に,原告に対して質問紙を
作成するように指示をし,原告が作成した質問紙について2回添削を行っ
たままで,それ以上には原告の質問紙の問題点について指導をしたことを
認めるに足りる証拠はない。そうすると,このような被告Aの行為からす
れば,原告が質問について被告Aからこれで問題ないとの了承を得たもの
と受け止めるのは自然なことである。また,被告Aは,同月22日には,
原告がゼミを休んでa市の学校へ調査に行くことについて許可しており,
原告としては,調査に行くことについて研究倫理上何ら問題はないと考え
ることも自然である。
それにもかかわらず,被告Aは,同月27日,原告に対し,「で,問題と
目的は書けたんですか」と尋ねた上で,原告が「いえ,まだ途中です」と
回答すると,原告に対し,質問紙の具体的な問題点や,調査に行くことが
なぜ倫理違反となるのかについて何ら説明をすることもなく,「倫理違反
だ」,「あの質問紙にはクレームがついてる」などと発言した上で,「だいた
い私に何を求めているんだ」,「地獄を見ろ」などと発言した行為は,質問
紙の作成や調査に行くことに関して前後で矛盾する指導となり,不合理な
指示により原告を混乱させ,原告の研究活動を妨害する結果となるととも
に,原告に十分な指導や説明をしなかったという自らの落ち度を棚に上げ,
指示に従わなかった原告に専ら問題があるかのように非難している点で不
合理な叱責であり,更に原告を侮辱し,その人格を著しく傷つけるもので
あるから,教授としての裁量権の範囲を明らかに逸脱,濫用しており,ア
カデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきである。
ソ番号21について
被告Aが,平成24年7月6日と同月13日のゼミ中に原告に話し掛け
なかった行為について,証拠(丙1)によれば,被告Aのゼミは原告を含
めて6名と少人数であるから,2回連続してゼミの間特定のゼミ生に終始
話し掛けないというのは通常は考えにくいといえる。
この点について,被告Aは,平成24年7月6日と同月13日のゼミで
原告に話し掛けなかったのは,研究計画書について原告に質問をすること
で,原告を焦らせるのは良くないとの判断から,必要不可欠な指導はしつ
つ,研究計画書の完成を待つ趣旨であったと主張する。
しかしながら,原告は,被告Aの方針とは異なり,研究計画書の作成よ
りもデータ収集を優先していた上に,データ収集もうまくいっていなかっ
た点で問題があったということであるから,被告Aの主張を前提とすると,
このような原告についてしばらく何もしないことで事態が改善する可能性
があったとは考えにくく,また,被告Aが,その後原告がゼミを移籍する
までの間,原告に対し,研究計画書について作成状況を確認したり,具体
的な指導を行ったことを認めるに足りる証拠はないことからすれば,被告
Aの主張は不合理であり採用することができない。
したがって,被告Aの上記行為は,合理的な理由が認められず,指導を
放棄し,原告の人格を傷つける行為であって,教授としての裁量権の範囲
を逸脱し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきであ
る。
タ番号22について
被告Aが,平成24年8月3日から翌日にかけて開催された被告Aのゼ
ミ合宿において,原告が修士論文の「問題と目的」を発表した際に,理由
を告げることなく突如「データを捨てろ。そして,「問題と目的」もテーマ
の1行目から全部リセットしろ」と命じた行為について,そもそも,質問
紙に基づいて収集したデータを捨てて,修士論文の冒頭部分の「問題と目
的」を作成し直すことは,原告の研究テーマを全否定するものであるとと
もに,それまでの作業が全て無駄となることを意味し,2年間という限ら
れた期間で修士論文を書き上げなければならないこと,原告は,この時点
で,被告Aの添削を受けた質問紙に基づき,114名の教師からデータ収
集をしており,今後はそのデータの分析に取り掛かる予定であったことを
も考慮すると,合理的な理由がない限り,原告の研究活動に重大な支障を
生じさせ,ひいては,2年間での修了を妨害するものであり,教授の裁量
権の範囲を逸脱,濫用し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法
であるというべきである。
この点につき,被告Aは,原告が発表した研究計画書の「問題と目的」
は6割程度できていたものの,どういう方法や手順でデータを集め,集め
たデータをどのような方法で分析するのかについて書けないまま,データ
を集めて分析しようとしていたために,行き当たりばったりの分析しかで
きておらず,正しい分析ができていなかったことから,一から書き直した
ほうがすっきりと穴なく書き上げることができるのではないかと感じたこ
とから,そのような行為をしたと主張する。
しかしながら,仮に被告Aがそのように考えたのであるとしても,2年
間という限られた修士課程の期間の中で,質問紙に基づいて収集したデー
タを捨てて,修士論文の冒頭部分の「問題と目的」を作成し直すとなれば,
学生にとって重大な不利益となることは明らかで,被告Aとしては,まず
は,原告の修士論文の冒頭部分の「問題と目的」や質問紙について問題点
を指摘した上で,既にあるものを基にして問題点を克服できないかどうか
を検討し,それでも改善の余地がない場合に,初めてデータを捨てて,修
士論文の冒頭部分の「問題と目的」を作成し直させるべきである。ところ
が,被告Aは,原告に対して修士論文の冒頭部分の「問題と目的」や質問
紙についての問題点を指摘したことはうかがわれない上,既にあるものを
基にして問題点を克服できないか否かについて検討したと認めるに足りる
証拠はないことからすれば,上記被告Aの行為は,合理的な理由がなく,
原告のこれまでの研究活動を全否定するに等しく,その後の研究活動に重
大な支障を生じさせ,更には,2年間での修士課程の修了を妨害するもの
であり,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用し,アカデミックハラスメント
行為に該当し,違法というべきである。
チ番号23について
被告Aが,講義やゼミ,サッカー教室の際に,原告を度々「おばさん」
等と呼んだ行為について,サッカー教室で,子供の目線から親しみを込め
た表現として,原告のことを「おばさん」等と呼ぶことがあったとしても,
被告Aが少なくとも講義やゼミにおいてそのように呼ぶことは,原告が了
承をしているのであれば格別,原告の年齢や性別を理由とした侮蔑的な呼
称であり,原告の人格を傷つけるものであるから,教授としての裁量権の
範囲を逸脱しており,アカデミックハラスメントに該当し,違法というべ
きである。
ツ番号24について
証拠(甲23)によれば,本件コースの学生は研究目的であれば,指導
教員の許可を得て検査室への立入りが許されていることからすれば,被告
Aが使用目的を確認しないまま,原告から検査室の鍵を取り上げた行為は,
学生の研究活動を妨害し,教授の裁量権の範囲を明らかに逸脱,濫用した
ものであるから,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法というべ
きである。
テ番号25について
証拠(甲23)によれば,本件コースの学生は,研究目的であれば指導
教員の許可を得て検査室への立入りが許されているところ,あえて原告が
検査室に単独で立ち入っていたことを学生の前で述べたことは,原告がル
ール違反の問題行動を起こしているかのような印象を他の学生に与えるも
ので,原告の名誉を傷つけ,誹謗中傷し,教授の裁量権の範囲を明らかに
逸脱,濫用したものであるから,アカデミックハラスメント行為に該当し,
違法というべきである。
2被告Aのアカデミックハラスメント行為に対する不法行為責任
上記1のとおりの被告Aの原告に対するアカデミックハラスメント行為は,
大学内のゼミや講義だけでなく,Lやサッカー教室など大学外での活動の際に
も行われているが,これらも被告Aの教育,研究活動と密接に関連し,その延
長線で行われたものであり,それを離れた純粋に私的な活動とはいえないこと
から,被告Aの教育,研究活動において発生したものと解するのが相当である。
そして,被告Aは,当時,国立大学法人である被告大学の教授の立場にあり,
そのような被告Aによる国立大学法人の教育,研究活動は,国家賠償法1条1
項の「公権力の行使」に当たるものである。そうすると,国家賠償法1条1項
により,被告大学に損害賠償責任が発生するところ,同責任が代位責任である
とすれば,被告大学の責任の他に被告A個人の責任が認められるかどうかが問
題となる。
公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意過失によっ
て違法に他人に損害を与えた場合,国が国家賠償責任を負うものであり,公務
員個人の責任は否定される(最高裁昭和30年4月19日判決・民集9巻5号
534頁参照)。そして,国立大学法人法7条,12条によれば,国立大学法人
の財政,役員の任命・解任については,国が一定程度関与しており,国立大学
法人の財政や組織の運営という側面においては,従来の国立大学の場合と同様
に公共団体に該当することから,公務員個人の責任は否定されるとも思われる。
しかし,国立大学法人法は,独立行政法人通則法51条を準用しておらず,
国立大学法人法19条の適用のある場合を除けば,国立大学法人の教職員は,
みなし公務員ではないとされていることに加え,国立大学の設置主体が国から
国立大学法人に変更されたことにより,私立大学と学生との間の在学契約と,
国立大学法人と学生との間の在学契約には何らの差異を見出すこともできな
いということができる。そして,大学教授が大学において,教育,研究活動を
行うこと自体は,公権力の作用ではなく,警察官や消防士のように公権力を行
使するに当たっての萎縮効果といったリスクを考慮する必要もない。そうする
と,このような関係においては,国家賠償法1条1項の損害賠償責任は使用者
責任と同様に考えることができるから,公務員個人の不法行為責任を否定する
理由はなく,被告A個人も,民法709条に基づく不法行為責任を負うと解す
べきである。
したがって,上記1⑵で違法とされた行為について,被告Aは,個人として
民法709条に基づく不法行為責任を負う。
3被告大学に対する国家賠償法1条1項に基づく責任
⑴被告大学の対応について
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠により認められる。
ア原告は,平成24年9月7日,H学長に対し,被告Aの言動に関する相
談をした(争いがない)。
イH学長は,平成24年9月11日,Gとの面談を実施した(争い
がない)。
ウH学長とI副学長は,平成24年9月28日,本件コースの教授らに,
被告Aの言動について学生から相談があったことを報告し,被告Aの授業
や指導の状況について確認した(争いがない)。
エI副学長は,平成24年10月9日,Gとの面談を実施し,ハラスメン
ト対策委員会の手続を利用することについて打診したものの,Gは希望し
ないと回答した(証人G,証人I)。
オGが,平成24年10月11日,原告を含めて面談を行うことを希望し
たため,I副学長とJ副学長は,同月18日,原告及びGと面談し,被告
Aの言動について聴き取り調査を実施した(争いがない)。
カH学長,I副学長,J副学長は,平成24年11月20日,被告Aと面
談を行い,被告Aに対し,原告の名前や問題とされている行為を明らかに
しない形で,数人の学生から被告Aの言動に対する苦情が出ていることを
指摘し,ゼミでの指導や授業での言動を改善するように口頭注意をした
(争いがない)。
また,その際,平成24年11月16日に作成した「A教授による不適
切な言動の状況」と題する提案箱への投書や原告及びGの相談内容をまと
めた資料を被告Aに見せた(甲3)。
キH学長,I副学長及びJ副学長は,平成24年11月22日,本件コー
スの教授らと協議を行い,被告Aには口頭注意を行ったことを報告した上
で,学生に対するケアを含めて対応するとの方針を確認した(争いがな
い)。
ク本件コースの教授らは,平成24年11月28日,学生らを集め,被告
Aの言動により嫌な思いをした学生がいたことを伝え,H学長が被告Aに
口頭注意を行い,アカデミックハラスメント行為の再発防止を促したこと
を説明するとともに,学生らにおいて問題を抱えている場合には気軽に相
談するように促したが,原告や被告Aは,その集まりに呼び出されなかっ
た(争いがない)。
ケH学長とI副学長は,平成24年12月12日,本件コースの教授ら
と,学生らに対する上記説明の結果や学生の反応を踏まえて協議し,被告
Aへの口頭注意以降,被告Aによる指導は改善されているとの報告があっ
たこと等を踏まえ,学生が意見を述べやすい環境作りを行うなどの対策を
確認し,被告Aについては経過観察を行うこととした(争いがない)。
コI副学長とJ副学長は,平成24年12月25日,原告に対し,その後
被告Aから被害を受けていないか確認した上で,経過観察を実施すること
した旨伝えた。原告は,ゼミを移籍して以降は被害がないが,もし被害を
受けることがあれば,次回はアカデミックハラスメント行為として申し立
てると述べた。(争いがない)
サI副学長は,平成25年4月4日,原告が被告Aから検査室の鍵を取り
上げられるという被害を受けたことについて,原告及びGと面談を行っ
た。また,I副学長は,同月16日にも,原告と面談を行った。(甲5
4)
シ被告大学は,平成25年5月10日から同月28日にかけて,院生ルー
ムに仕切り壁を設けて分割する工事を行った(乙16,証人I)。
ス平成25年5月18日に,本件コースにおいて,修士論文の第2回中
間発表会が開催され,原告や被告Aも出席したが,被告Aは,遅参した
上,私語を繰り返した(甲4,52,証人G)。
セ被告大学の相談員は,平成25年6月5日,原告及びGから被告Aの言
動についてのハラスメント相談を受け,これを人権委員会委員長に報告し
た(争いがない)。
ソ原告及びGは,平成25年6月14日,ハラスメント対策委員会に申立
てを行った(甲2の1,2,甲5の1,2)。
タ被告大学は,平成25年6月17日,I副学長を委員長とするハラスメ
ント対策委員会を設置し,同委員会は,同年7月5日に,原告及びGから
聴き取り調査を実施した(争いがない)。
チGは,平成25年7月17日,当時,被告大学の上記タのハラスメント
対策委員会において記録係を務めていたNに対し,アカデミックハラスメ
ント行為の調査の進捗状況について確認する旨のメールを送信し,原告も
同月25日,アカデミックハラスメント行為の調査の進捗状況について確
認する旨のメールを送信した(甲23,乙8の1,9の1)。これに対
し,Nは,同月26日,原告及びGに対し,これまでにハラスメント対策
委員会が3回開催され,原告及びGから聴き取った内容を検討し,今後,
聴き取りが必要な関係者や当該教員からの事実関係の調査を行い,同年9
月16日までに調査結果を人権委員会に報告する予定であるとメールで回
答した(乙8の2,乙9の2)。
ツハラスメント対策委員会は,平成25年8月16日と9月5日に,本件
コースの教授らから聴き取りを行うとともに,同月25日には,被告Aか
ら聴き取りを行った(争いがない)。
テNは,平成25年8月28日,原告に対し,これまでにハラスメント対
策委員会が4回開催され,関係者や当該教員からの事実関係の調査を行
い,調査結果をまとめる予定であるとメールで回答した(乙10)。
トNは,平成25年9月5日,Gに対し,調査を慎重に行う必要がある
ため,しばらく時間が掛かること,被告Aに対する聴き取りを実施する旨
の通知にGの氏名を記載すること,不利益取扱いの禁止のルールはある
が,不利益取扱い等の二次被害が生じた場合には,至急連絡をしてほしい
旨メールで伝えた(甲52)。
ナ原告は,平成25年9月6日,Nに対し,メールで,ハラスメント対策
委員会の調査結果が出るまで不安な日々を送っており,これまでの調査結
果をよく吟味した上で,迅速に結論を出すこと,二次被害を受けることの
ないように組織として対応してほしい旨を要望した(乙11)。
ニGは,平成25年10月9日,Nに対し,被告Aへの聴き取りがどのよ
うにされたのか,他の学生や教授に聴き取りがされたか,調査結果はいつ
出るのかについて回答を求めるメールを送信した(乙12の1)。
ヌ原告は,平成25年10月11日,I副学長に対し,メールを送信し,
「もう少し時間が掛かる」と回答のあったまま,何の連絡もなく,調査の
進捗状況も知らされずに不安な日々送っていることについて訴えた(乙1
3の1)。これに対し,I副学長は,同月12日,原告に対し,メール
で,慎重に調査を進めている関係で時間を要していること,修士論文の中
間発表が迫っていることを踏まえ,来週か再来週には,一度報告をするこ
とを伝えた(乙13の2)。
ネ原告は,平成25年10月20日,I副学長に対し,メールを送信し,
中間発表に向けての何らかの対策や調査の進捗状況について確認したが,
I副学長は,原告に対し,メールで「ある程度安心して中間発表に臨んで
ください」という趣旨の回答をした(乙14の1から3まで)。
ノ被告大学は,平成25年10月23日,原告から,同月27日と同年1
1月10日開催の修士論文の中間発表会について,被告Aの出席を禁止し
てほしいとの申し出があったことから,ハラスメント相談に伴う事態の改
善を図るための応急的な措置として被告Aを欠席させることを決定した
(争いがない)。
ハ原告訴訟代理人らは,平成25年12年11日付けで,被告大学に対
し,本件について事実調査,検証の内容や進捗状況の報告等を求めた(甲
6)。
また,ハラスメント対策委員会は,同日,被告Aの言動についてアカデ
ミックハラスメント行為として対応する必要があると人権委員会に報告
し,人権委員会は,ハラスメント対策委員会の調査結果についてH学長に
報告した(争いがない)。
ヒ被告大学訴訟代理人らは,平成25年12月18日,原告訴訟代理人ら
に対し,ハラスメント対策委員会において調査を終了しており,近日中に
その結果を学長に報告する予定であると回答した(甲7)。
フ人権委員会は,平成25年12月19日,調査結果報告書を作成し,H
学長は,平成26年1月21日,被告Aの言動がアカデミックハラスメン
ト行為に当たると判定し,その内容を原告及びGに通知した(甲8の1,
2,甲23)。
ヘ被告大学は,平成26年3月5日,被告Aに対して,減給の懲戒処分を
行い,これを公表した(甲11)。
⑵上記2で検討したとおり,国立大学法人と学生との間の在学関係は,契約
関係であるところ,被告大学は,信義則上,教育,研究に当たって支配管理
する人的及び物的環境から生じ得る危険から,学生の生命及び健康等を保護
するよう配慮すべき安全配慮義務を負っていると解される。
そして,指導教授による学生に対するアカデミックハラスメント行為は,
指導者である教授が,学生の単位や卒業の認定,論文の提出の許可などにつ
いての権限を持っていることによる学生との間で圧倒的な力関係の差や,研
究室の閉鎖性・密室性ゆえに発生しており,アカデミックハラスメント行為
を受けた学生は肉体的,精神的にダメージを受けることは公知の事実である。
そうだとすれば,被告大学としては,安全配慮義務の具体的内容として,
アカデミックハラスメント行為が発生する以前においては,①アカデミック
ハラスメント行為の防止のために教職員に対する教育・研修を実施する義務
があり,また,実際にアカデミックハラスメント行為が発生した後において
は,②被害を申告してきた被害者の言い分に耳を傾けて誠実に対応し,③被
害者の学習環境が損なわれることのないように配慮をし,④事実関係を調査
して適切な時期に被害者に報告するとともに,⑤加害者によるさらなる加害
行為を防止する義務を負っていると解するのが相当である。
そこで,被告大学に上記の義務違反がないかどうか,以下検討する。
⑶①教育研修義務について
ア証拠(乙4,15,証人I)によれば,被告大学は,平成19年度に,
被告Aのゼミ生から被告Aのアカデミックハラスメント行為について相談
を受け,ハラスメント対策委員会において調査を行った結果,被告Aの言
動がアカデミックハラスメント行為に当たると認定し,被告Aに対し,口
頭での厳重注意処分を行い,学生に対する言動が極めて不適切であったと
してアカデミックハラスメント行為の再発防止に努めるように指導すると
ともに,被告Aのゼミに所属する学生の中で希望者については他のゼミへ
の所属替えを行ったほか,平成19年度の入学者を被告Aのゼミに所属さ
せず,被告Aが務めていた本件コース長や健康管理センター協力員を免じ
る措置を講じたことが認められる。
そうだとすれば,被告大学としては,原告に対するアカデミックハラス
メント行為が発生する以前の時点で,アカデミックハラスメント行為の予
防のため,ハラスメント防止規程の周知徹底,教職員に対する教育・研修
を実施する中で,少なくとも,過去にアカデミックハラスメント行為を行
った被告Aについて情報収集をし,加えて,被告A個人に対し新たなアカ
デミックハラスメント行為の予防のため個別に研修や面談による指導を実
施すべき義務があったというべきである。
イこれを本件についてみると,被告大学は,平成16年4月1日,ハラス
メント防止規程(甲12)を制定し,ハラスメントを定義づけし,被告大
学の教職員や学生にハラスメントを防止する義務を課し,ハラスメント防
止ガイドラインを毎年作成し,全教職員や学生にパンフレットの体裁で配
布して,被告大学の基本姿勢,ハラスメントの具体例,ハラスメントをな
くすための心構えや方法,対応手順を紹介するなどして,ホームページに
も同様の情報を掲示し(乙1,2),更に,全学教職員会議において,ハラ
スメント対策に関する講演会を開催していた(乙3)ものの,被告Aにつ
いては,自らの行為をアカデミックハラスメント行為として認識を持つに
至っていないことを述べていたこと(丙1,被告A)からすると,被告A
に対して,再度アカデミックハラスメント行為をしないように,個別に教
育,研修を実施していなかったことは,教育研修として不十分であり,上
記義務に違反するというべきである。
⑷②誠実対応義務違反
アH学長の平成24年9月7日の発言について
証拠(甲5の2,47,52,59,証人G)によれば,H学長は,平
成24年9月7日の原告との面談で,原告に対し,「アカハラを認めようと
させることはかなり難しい」と発言していることが認められる。
確かに,教授と学生との間のやり取りについては,研究室の閉鎖性・密
室性ゆえに目撃者がいないところでなされることもあり,双方の言い分が
食い違っていて,証拠として当事者の供述しかない場合には,録音などの
客観的な証拠がある場合に比べ,アカデミックハラスメント行為の存在を
認定することは容易でないことからすると,H学長の発言は,一般論とし
ては誤っておらず,必ずしも不相当であるとはいえない。
ただ,H学長が,上記発言の際,アカデミックハラスメント行為の認定
が容易ではない理由について具体的に説明をしたことを認めるに足りる証
拠はないこと,アカデミックハラスメント行為の認定が容易ではないとい
う結論だけの説明では,被害者にアカデミックハラスメント行為はおよそ
認定が難しいものであるという誤解を生じさせるおそれがあることから,
H学長の説明が不十分であったことは否定できない。
しかし,被害申告のされた初期の時点においては,被告Aの聴取をして
いないことからすると,H学長の上記発言に損害賠償責任を生じさせるほ
どの違法性があるとはいえない。
なお,原告は,H学長の上記発言から,被告大学がアカデミックハラス
メント行為の認定に消極的な態度を取った旨主張するが,証拠(甲5の2)
によれば,H学長は,被害者のために何らかの対応を取る旨述べていたこ
とからすれば,上記発言をもって直ちに,アカデミックハラスメント行為
の認定に消極的な態度を取ったとまでは認めることはできない。
イH学長の平成25年5月29日の発言について
原告は,H学長が,平成25年5月29日の面談で,原告及びGに対し,
「Aに賞をあげたのは私だ」,「あなたたち公務員にも学校現場で働く権利
があるように,A教授にも働く権利があるんです」などと発言したと主張
するが,これを認めるに足りる証拠はない。
ウI副学長の平成24年12月25日の発言について
証拠(甲47,原告本人)によれば,以下の事実が認められる。
a原告は,被告Aによるアカデミックハラスメント行為についてハラ
スメント対策委員会で調査してほしいと考えていたが,被告大学のホ
ームページでハラスメントやハラスメント対策委員会について読んで
いたものの,ハラスメント対策委員会を立ち上げるための方法につい
ては十分に理解しておらず,被告大学が手続を進めるに当たり必要な
説明をするものと思っていた。
bしかし,被告大学から上記手続についての説明は特になかったこと
から,原告は,平成24年12月25日の面談で,副学長らに対し,
どうしたらアカデミックハラスメント行為としてハラスメント対策委
員会を立ち上げてもらえるのかを確認したのに対し,I副学長は,「I
Cレコーダーに入っていたらできる」旨の発言をした。そこで,原告
としては,ICレコーダーがなければアカデミックハラスメント行為
としてハラスメント対策委員会の立上げは不可能と思い,また,二次
被害を恐れたことや,研究に集中したいという思いもあり,アカデミ
ックハラスメント行為としてハラスメント対策委員会を立ち上げても
らうことを諦めた。
I副学長の上記発言は,ハラスメント対策委員会を立ち上げるための
方法について十分に理解していなかった原告に対するものとしては,I
Cレコーダーがなければハラスメント対策委員会を立ち上げることはお
よそ不可能であるという誤解を招くおそれがあるものであり,説明とし
て不十分であったとはいわざるを得ない。
しかしながら,被告大学としても,被告Aの原告及びGに対する言動
について,ハラスメント対策委員会に持ち込むことを考えていたこと(証
人I)からすれば,上記発言は,録音データがあればアカデミックハラ
スメント行為であるとの認定がされやすくなるという趣旨でされたにす
ぎず,それ以上に録音データがなければアカデミックハラスメント行為
の認定はおよそ無理であり,原告に対してハラスメント対策委員会の立
上げを諦めるように促したものとまでは認められないから,上記発言に
損害賠償責任を生じさせるほどの違法性があるとはいえない。
エ聴き取りの方法について
証拠(甲23,41,42)によれば,原告は,平成25年7月5日,
ハラスメント対策委員会からの聴き取りにおいて,O委員から,恫喝の
状況について詳しく聞かれ,再現を求められたことから,泣きながら声
が震えた状態で再現をしたが,最終的にはパニックにより取り乱したこ
とが認められる。
確かに,アカデミックハラスメント行為の調査における被害者からの
聴き取りにおいては,どのような被害を受けたのかを明らかにするため
に,被害の具体的な内容について立ち入った質問をせざるを得ない場合
もあることは否定できないが,そのような場合でも,被害を受けた被害
者の心情に配慮した聴き取りを行う義務がある。
そして,本件におけるO委員の聴き取り方法は,被告Aによるアカデ
ミックハラスメント行為が当初のときよりもエスカレートしていったと
いう原告の言い分を明らかにするために必要性がないとまではいえない
が,被告Aの行為の再現を複数回にわたって求めており,その方法は,
原告の心情に対する配慮に欠ける面があり,適切であったとはいい難い。
また,証拠(甲23,41,42)によれば,I副学長は,原告に対
し,ゼミを移籍した後の被害について尋ねた際に,「被害?っちゅうたら
おかしいけど,」,「われわれには現時点の規定があるので」などと発言し
たことが認められる。
この点について,「被害?っちゅうたらおかしいけど,」という発言は,
平成25年4月に被告Aから検査室の鍵を取り上げられるというアカデ
ミックハラスメント行為を受けた後に,更にアカデミックハラスメント
行為を受けていないかどうかを確認する場面での発言であり,原告が被
害を受けたことを否定する趣旨で発言したものではないから,原告の心
情に対する配慮に欠ける発言であったとまでいうことはできない。
また,「われわれには現時点の規定があるので」という発言は,原告か
ら原告の人権を守りつつ,アカデミックハラスメント行為について十分
な調査,処分,公表を実施してほしいという発言を受けてなされたもの
であるが,被告大学として,ハラスメント防止規程などの枠組みの中で
できる限りのことはするという趣旨で発言したものと解され,原告の心
情に対する配慮に欠ける発言であったとまでいうことはできない。
オハラスメント対策委員会を立ち上げるための手続の流れの説明について
掲記の証拠によれば以下の事実が認められる。
aハラスメント防止規程によれば,被告大学では,ハラスメントに関
する相談窓口として,ハラスメント相談員が置かれており,ハラスメ
ントの被害を受けたとされる者から相談の申込みを受けた際には,同
相談員は関係者から事実関係の聴き取りをしたり,応急的な助言等を
行ったり,同規程に基づくハラスメント排除のための措置などについ
ての手続を説明したりするほか,相談内容を記録した上で,人権委員
会に報告することになっており,人権委員会にこの報告があった場合
には,2週間以内にハラスメント対策委員会が設置されることとなっ
ていた(甲12,乙1,2,15,証人I)。
bGは,平成24年中の相談が,ハラスメント対策委員会を立ち上げ
るための正式な手続ではないことは理解しており,ハラスメント対策
委員会を立ち上げる方法についてI副学長から手続教示も受けていた
が,この時点では,Gが精神的なダメージ,自分の名前が明かされる
ことによる二次被害を恐れていた上,被告大学側が動くことで被告A
の言動も改善するだろうという思いもあり,正式にハラスメント対策
委員会を立ち上げてもらおうとまでは考えていなかった(甲52,乙
15,証人G,証人I)。
前提事実及び上記に認定した事実によれば,原告の所属していた本
件コースでは,被告Aが本件コースの教職員の中で最も年長者であり,
他の教職員が被告Aに意見を述べにくい状況にあったこと,本件コース
の学生数が少ないことからして,学生が報復等を恐れてハラスメント被
害の申立てを躊躇しがちな環境,雰囲気があり,被告大学は,関係者か
ら聴き取りをする中でこれらの事実を認識することができたといえる。
そうであれば,被告大学としては,原告がハラスメント対策委員会を
立ち上げた上での調査を望んでいたとしても,被害を申告したことによ
るプライバシー侵害,名誉棄損,報復等の二次被害を恐れて躊躇してい
る可能性があることを考慮し,原告に対し,相談員が相談内容を相談記
録票に記載しないとハラスメント対策委員会を立ち上げられないという
手続の流れを説明する必要があった。
I)によれば,被告
大学の担当者は,ハラスメントの被害を受けたとされる者からハラスメ
ント対策委員会を立ち上げたいとの要望がなくても,ハラスメント対策
委員会を立ち上げることが可能であることを知らなかった上,原告に対
し,相談員が相談内容を相談記録票に記載することでハラスメント対策
委員会が設置されるという手続の流れについて明確に説明しなかったこ
とが認められ,上記義務に違反する。
⑸④学習環境配慮義務違反
ア証拠(甲55,証人G,証人I,原告本人)によれば以下の事実が認め
られる。
原告が所属する本件コースの学生は,いずれかの教授のゼミに所属して
いたが,別のゼミの指導教員とも接する機会は多かった。また,本件コー
スの学生は,平成24年当時,ゼミ室がなく,主に教育・言語・社会棟の
1階を利用していたほか,同棟と中庭を介して隣接する附属図書館,大学
会館,共通講義棟,情報処理センター,自然・生活・健康棟を利用してい
た。
被告Aは,教育・言語・社会棟にある自らの研究室と,本来は学生が利
用する院生ルームにいることが多かったため,原告及びGは,ゼミが異な
っても,被告Aと接触する可能性が十分にあった。そのため,原告及びG
は,アカデミックハラスメント行為の被害を受けた後は,被告Aに会わな
いように周囲の協力を得て注意しながら行動しており,被告大学も,原告
及びGに対する聴き取りの中でそのことを聞いていた。
イアカデミックハラスメント行為の被害を受けた学生については,その名
誉やプライバシーを保護し,加害者や周辺の者によるさらなる被害を受け
ることがないようにし,安心して研究活動を行えるようにする必要性があ
り,このことはハラスメント防止規程16条にも規定されている。そうす
ると,上記アに認定した事実からすれば,被告大学は,原告が安心して研
究活動に取り組めるように,被告Aに対し,行動範囲の限定,院生ルーム
への出入禁止,中間発表会への出席禁止,原告に対する誹謗中傷や原告の
名誉を棄損するような言動の禁止等の方法で,原告が安心して研究活動に
取り組めるような環境を整える義務があった。
ウところが,被告大学は,上記⑴シ及びノに認定した措置を講じたのみで,
被告Aに対し,院生ルームへの出入禁止,原告に対する誹謗中傷や原告の
名誉を棄損するような言動を禁止するなどの措置を一切講じておらず,原
告が安心して研究活動に取り組めるような環境を整備する義務に違反した。
⑹⑤調査報告義務違反
ア証拠(甲47,原告本人)によれば,被告大学は,原告に対し,ハラス
メント対策委員会の調査に3か月の期間の制限があることを理由に,平成
25年6月になってからハラスメント対策委員会への申立てをするように
求めたことが認められる。
しかし,ハラスメント防止規程13条3項によれば,ハラスメント対策
委員会は設置された日から3か月以内に調査を終了するように努めなけれ
ばならないと規定されている(甲12)が,これは,その規程の文言から
すると,被害回復を早期に図るため3か月以内に終了することを努力義務
として定めたものにすぎず,事案が複雑,困難である場合には,調査期間
が3か月を超えることも許す趣旨であると解される。むしろ,アカデミッ
クハラスメント行為の被害者から要望があった場合には,被害者の救済の
ためにも早期にハラスメント対策委員会を立ち上げて調査を行うことが求
められるもので,調査期間が限られているとしてハラスメント被害の申出
を遅らせることは,ハラスメント防止規程の趣旨に反するといえる。
そうだとすれば,被告大学としては,平成25年4月の時点で,原告か
ら被告Aの行為についてハラスメント対策委員会を立ち上げてほしい旨
の要望があった以上,直ちに同委員会を設置し,調査を開始すべき義務が
あったというべきである。
したがって,被告大学が,3か月以内に調査を終了しなければならない
という規程を形式的に適用し,合理的な理由なくハラスメント対策委員会
の立上げを遅らせた行為は,上記義務に違反し,原告の救済を遅らせるも
のであって,違法である。
イまた,ハラスメント防止規程12条8項によれば,ハラスメントの被害
者は調査の進捗状況についてハラスメント対策委員会に説明を求めること
ができると規定されている(甲12)が,これは,ハラスメントの被害者
が,調査がどのようにされているのかについて知ることで,不安を除去し,
安心して研究活動に取り組めるようにすること,ハラスメント対策委員会
による調査が十分にされているのかを検証するために定められたものと解
される。
ただ,ハラスメントの調査に当たっては,調査の中立性を確保する必要
があること,また,関係者のプライバシーを保護し,関係者の協力を得や
すくすることで,調査の実効性を確保する必要があることからすれば,誰
に対してどのような聴き取り調査を行ったのか,その結果どのような事実
が判明したのかなどの具体的な調査内容については,ハラスメントの被害
者に対してといえども秘匿にする必要性があることは否定できない。
しかしながら,ハラスメント対策委員会として,関係者からの聴き取り
をいつまでに終えるのか,いつまでに検討をした上で最終的な判断をする
のかといった今後の見通しについて報告することは可能であり,ハラスメ
ント被害者の不安を除去し,その者が安心して研究活動に取り組めるよう
にするためにも,少なくともこれらの点を報告すべき義務があるというべ
きである。
本件では,上記⑴トで認定したとおり,被告大学の担当者は,当初予定
されていた調査期限である平成25年9月に,調査に時間を要している旨
回答したにとどまり,いつまでに最終的な結論を出せるのかなど,今後の
スケジュールについて具体的に報告していたとは認められないから,報告
としては不十分なものであり,上記義務に違反する。
ウさらに,ハラスメント防止規程15条1項によれば,ハラスメント対策
委員会による調査が終わった時点で,ハラスメント被害者に対して判定の
内容及び理由について説明すると規定されていること(甲12),同規程1
5条3項及び通知書(甲8の1,2)によれば,判定の内容や理由につい
て不服があるときは異議申立てができるとされていることからすれば,ハ
ラスメント被害者が調査内容について検証し,調査に問題があるとして異
議申立ての機会を与えるためにも,少なくとも判定の具体的な内容や理由
について口頭又は書面で説明をすべき義務があるというべきである。
ところが,被告大学は,原告に対し,判定の具体的な内容や理由につい
て口頭又は書面で説明を行ったことを認めるに足りる証拠はないことから
すれば,上記義務に違反する。
エ以上によれば,被告大学は,調査の開始を遅らせ,調査の進捗状況や最
終的な結果についての報告が不十分であった点で,調査報告義務に違反す
る。
⑺⑤再発防止義務違反
ア被告大学としては,アカデミックハラスメント行為が発生した場合には,
そのような事態が二度と発生しないような措置を講じる義務を負ってい
る。
本件では,証拠(甲3,証人G,証人I,原告本人)によれば,被告大
学は,平成24年11月には,関係者への聴き取りの中で,原告以外にも
被告Aから暴言,指導放棄,差別的取扱いなどの被害を受けている学生が
いたことを把握していたこと,H学長とI副学長らが同月に被告Aに口頭
注意をした際には,被告Aは重大に受け止めるとしつつも,原告が主張す
るアカデミックハラスメント行為について事実関係の多くを否定してい
たことが認められる。
そうすると,上記⑶ア,⑸アに認定した事実も併せれば,被告大学とし
ては,原告が被告Aから再度アカデミックハラスメント行為を受けるおそ
れがあることを認識し,平成24年11月の時点で,そのような事態が発
生しないように,被告Aに対して,定期的に面談,研修等による指導をす
るなどの方法により再発防止策を講じるべき義務があったといえる。
イところが,被告大学は,平成24年11月以降,上記⑴カからコに認定
したとおりの措置を講じたのみで,それ以上に何らの措置を講じておらず,
その結果,原告は,平成25年4月に再度アカデミックハラスメント行為
を受けていることからすれば,被告大学は,上記義務に違反しており,不
法行為が成立する。
4関連共同性について
上記2で検討したとおり,被告Aと被告大学は,被告Aの原告に対するアカ
デミックハラスメント行為という同一の行為について,いずれも損害賠償責任
を負い,その関係について客観的な関連共同性を認めることができるから,両
者は不真正連帯債務の関係にある。
他方,被告大学の安全配慮義務違反の行為については,注意義務違反を基礎
づける行為の時期や内容の点において,被告Aの原告に対するアカデミックハ
ラスメント行為とは異なることからすれば,被告Aと被告大学との間に客観的
な関連共同性を認めることはできず,共同不法行為責任を認めることはできな
い。
5損害について
⑴慰謝料
上記1に認定した被告Aのアカデミックハラスメント行為により,原告は,
被告Aのゼミから移籍するまでの約5か月間は研究活動がまともにできず,
不登校の問題についての研究をあきらめざるを得ず,ゼミの移籍に伴ってそ
の後の研究活動にも一定程度支障を来したことなどの諸事情に鑑みると,被
告Aの上記行為により,原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,
100万円とするのが相当である。
また,被告大学の安全配慮義務違反により,原告は,被告Aからの報復の
危険を感じながら不安な日々を送らざるをえず,平成25年4月にはさらな
る被害を受けたこと,その後も,ハラスメント対策委員会の調査の結果が出
る修了直前まで不安な日々を送ることを余儀なくされたこと,他方で,証拠
(甲31)によれば,原告は,平成25年9月10日,P病院においてメン
タルヘルス相談を受けたことは認められるものの,具体的な疾病にり患した
ことを認めるに足りる証拠はないことなどの諸事情に鑑みると,被告大学の
安全配慮義務違反により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,
30万円とするのが相当である。
⑵弁護士費用
原告が,本件訴訟の提起及び追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕
著であるところ,事案の内容,審理の経過,認容額等,本件に現れた一切の
諸般の事情を考慮すると,被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費
用としては,被告Aについては10万円,被告大学については13万円とす
るのが相当である。
6結論
以上によれば,原告の被告Aに対する請求は,被告大学と連帯して110万
円及びこれに対する不法行為後の日である平成26年1月21日から支払済
みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払の限度で理由があり,原告の
被告大学に対する請求は,143万円及びこれに対する不法行為後の日である
平成26年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員
(ただし,110万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員の限度で被告Aと連帯して)の支払の限度で理由があるから認容し,
その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用に
ついては,民事訴訟法64条本文,61条を適用し,仮執行の宣言につき同法
259条1項を適用して,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所姫路支部
裁判長裁判官惣脇美奈子
裁判官村上泰彦
裁判官大曽根史洋

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