弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主          文
  被告人を懲役1年に処する。
  未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
  被告人から金48万8042円を追徴する。
  訴訟費用は被告人の負担とする。
理          由
(罪となるべき事実)
  被告人は,平成10年6月22日から大蔵省(現財務省)近畿財務局理財部上席金融証券検
査官として勤務し,信用協同組合等の金融機関に係る業務及び財産に対する検査の実施,同
検査を実施する金融証券検査官の事務の整理などの職務を担当し,さらに同11年7月1日から
は,同部審査業務課上席金融証券検査官として,上記職務に加えて,同検査後の検査結果の
審査及び同検査結果の各金融機関に対する通知などの職務を担当していたものであるが,大
阪市a区b町2番8号に本店を置き,同財務局の監督,検査を受け,金融業を営む信用組合A代
表理事理事長であったB,同信用組合本店企画部長であったC及び同信用組合融資部長であっ
たDから,近畿財務局理財部金融証券検査官が同年11月17日から同信用組合に実施する資
産及び業務の検査に関し,その検査時期,検査体制,検査内容等の検査情報及び対応策など
を教示したことへの謝礼並びに将来も同様の便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨の下に供与
されるものであることを知りながら,
第1 平成11年5月6日,同市a区c町6丁目1番55号所在のE百貨店c町店12階「d」店内にお
いて,1人当たり7945円相当の酒食の饗応を受けるとともに,タクシーチケット1冊(利用限度
額19万9980円相当)の供与を受け,
第2 同年7月22日,第1記載の「d」店内及びその付近において,1人当たり1万1484円相当
の酒食の饗応を受けるとともに,全国共通商品券(5万円相当)の供与を受け,
第3 同年8月24日,同市a区e町1番23号所在の飲食店「f」店内において,1人当たり1万86
33円相当の酒食の饗応を受けるとともに,現金20万円の供与を受け,
もって,それぞれ自己の職務に関して賄賂を収受したものである。
(証拠の標目)
〔省略〕
(争点に対する判断)
第1 弁護人の主張
  弁護人は,(1)判示第1の事実につき,被告人が受け取ったタクシーチケットは1冊(20枚)で
はなく数枚であった,(2)判示第3の事実につき,被告人は現金20万円を受け取っていない,(3)
判示各事実につき,D作成の報告書(物2,6,7)の記載内容の大部分は,被告人が,公訴事実
各記載の日において,実際に話したことではない,(4)判示各事実につき,利益の提供は,被告
人の「職務に関し」てなされたものとはいえない,(5)判示各事実につき,利益の提供は,社交儀
礼の範囲内であり賄賂性に欠ける旨主張して,被告人は無罪であるとし,被告人もこれらの主張
に沿う供述をするので,以下,これらの点について判断を示す。
第2 当裁判所の判断
1 証人C及び同Dの各証言について
(1) 本件各事実については,証人C(以下,「C」という。)が,B(以下,「B」という。)から被告人
を接待して金融検査の検査情報を入手するよう指示されたこと,判示第1ないし第3記載の日
時,場所において,被告人に飲食の接待をして,同人から金融検査の検査時期,検査体制,検
査内容等の検査情報及びその対応策などの教示を受け,そのお礼等の趣旨でタクシーチケッ
ト,商品券及び現金を手渡したこと等を,また,証人D(以下,「D」という。)も,同じくCとともに被
告人に飲食の接待をして,同人から検査情報等の教示を受けたこと,その際,CがBからタクシ
ーチケット,商品券及び現金を被告人に渡すよう指示されて預かっていることをCから聞いたこと
などを,公判廷においてそれぞれ証言しているので,以下,同人らの証言の信用性を検討する。
(2) まず,C及びDの各証言の信用性を基礎づける重要な事情の一つとして,同人らが本件各
事実について供述するに至った経緯が挙げられる。すなわち,関係証拠によれば,同人らは当
初,信用組合A(以下,「A」という。)の経営破綻に関連して,背任事件の被疑者として取調べを
受けていたところ,背任事件の捜査の過程でD作成の報告書が捜査機関に発見,押収されたこ
とを契機として,捜査機関から同報告書を提示されて,本件に関する追及を受けるようになり,や
むなく本件各事実を供述するに至ったというのであって,このような経緯に加えて,C及びDの各
供述が,同人ら自身の刑事責任を基礎づける不利益な内容を含むものであり,同人らが現に贈
賄罪によって処罰されて少なからぬ不利益を被っていることなどに照らして考えると,同人らがこ
れらの事実に関して,殊更に虚偽の供述をすることはそもそも考えにくいところである。
次に,両名の証言内容をみると,同人らは,被告人を接待した際の状況及びその前後の状況等
につき,それぞれ詳細かつ具体的に供述しているが,これは全体として筋の通ったものであり,
同人らの証言内容に特段不自然,不合理な点は見当たらない。
  さらに,同人らの証言と他の証拠との整合性を検討するに,証人Bは,C及びDに対して,被
告人を接待して金融検査に関する情報を収集するとともに,そのお礼等としてタクシーチケット1
冊,商品券及び現金20万円を被告人に渡すように指示し,同人らから,被告人と飲食を共にし
た状況等について報告を受けた旨証言しているところ,同人の証言は,C及びDにおけるのと同
様,B自身にとっても不利益な内容を含むものであって殊更に虚偽の事実を供述することは考え
難いこと,Cに現金20万円を被告人に渡すよう指示して手渡したことに関して現金20万円を調
達した方法についても説明するなど,全体として具体性に富む供述をしていること,他の関係証
拠とも概ね符合していること,捜査段階から若干の変遷がみられるものの,被告人を接待して金
融検査に関する情報を収集するよう指示したことやCに現金20万円を手渡したこと等の核心部
分については一貫した供述をしていると評価できることなどに照らすと,基本的に信用できるもの
と認められ,C及びDの前記証言の信用性を補強するものである。また,C及びDの各証言は,
証人Fら他の関係者の供述にも裏付けられている外,主要な部分が内容的に一致しており,相
互にその信用性を高め合っている。なお,弁護人は,C及びDの各証言相互の矛盾点並びに同
人らの各証言とBの証言の矛盾点などを指摘して,C及びDの供述の信用性を論難するけれど
も,いずれも同人らの供述の信用性を減殺するほどの大きな食い違いということはできず,かえ
って,C及びDらが口裏合わせなどをすることなく各人の記憶に基づいて誠実に供述しているとも
評価できるのであって,弁護人が指摘する各矛盾点はC及びDの各証言の信用性を減殺するも
のではない。
  そして,C及びDの証言は,D作成に係る報告書,営業経費領収証綴及びクレジット売上票経
理控え等の押収されている証拠物によっても裏付けられており,とりわけ,Cが,平成11年5月6
日に被告人と飲食を共にした際,タクシーチケット1冊(20枚)を被告人に手渡した旨の供述は,
Cが,同日にA総務部より受領したタクシーチケット20枚(GT98461ないし98480)のうち,17
枚の乗車区間の終点が被告人の当時の居住地である「g」あるいは「h」となっていること(物13,
14)によって強く裏付けられている。なお,被告人が当時の居住地であるg市i町まで乗車した場
合にタクシー運転手がタクシーチケットに「h」ではなく,「g」と記入することは十分あり得ることで
ある。また,20枚のタクシーチケットの中には乗車区間がj-k間のものが2枚存在し,これらに
ついては被告人が使用したものではない疑いが濃厚ではあるが,被告人がこれらのタクシーチ
ケットを他人に渡した可能性も十分に考え得るところであって,このことをもってCの上記供述が
客観的な証拠に矛盾しているということはできない。また,D及びCは,被告人から金融検査の検
査時期,検査体制,検査内容等の検査情報及びその対応策などについて教示を受けた旨供述
しているところ,この点についての同人らの供述も,D作成の報告書に裏付けられているところで
ある。弁護人は,Dが報告書の大部分を被告人の話とは無関係に作成した疑いが強い旨主張す
るけれども,被告人を接待して金融検査に関する情報を収集するようBに命じられたDが,その
情報をBに報告するために作成したものであるという報告書作成の経緯や近畿財務局内部の状
況など,Dが独自の判断で記載したとは考え難い部分が多数あるというその記載内容に照らす
と,D自身が認めるようにD自身の判断で加筆したり,Dが被告人の話を誤解するなどして被告
人が話していない内容が同報告書に記載されていることが部分的にあったにしても,基本的に
は被告人の話したことをDが報告書に記載したとみるべきであり,同報告書はD及びCの各証言
を裏付けていると評価することができる。
  なお,Cが,平成11年5月6日に被告人が「d」に到着した時間について,午後8時半ころない
し午後9時ころであったと供述している点については,「d」における精算時間が20時49分と表
示されているクレジット売上票経理控(物10)と抵触するようにみえるが,被告人の到着時間に
ついては,D証言及び同クレジット売上票経理控などから同日午後8時ころと認められるところ,
Cについては,被告人の到着時間に関する検察官の質問に対して,「1時間半から2時間ぐらい
は遅れてこられたんじゃないでしょうか。1時間かな,1時間か1時間半ぐらいじゃなかったでしょ
うか。」と答えるなど,証言時において時間についての明確な記憶を有していなかったことが窺わ
れ,時間の経過等により記憶が変容して,クレジット売上票経理控と矛盾する上記供述をするに
至ったものと考えられる(なお,この際,D作成の報告書〔物2〕の「PM9:00・・ようやく来る」とい
う記載が影響を与えた可能性も否定できない。)。このような時間に関するCの記憶の変容は,
特に不自然ということはできず,Cの供述全体の信用性に影響を及ぼす類のものではない。そし
て,午後8時前後に被告人が到着したのであれば,約1時間の間に飲食を共にしながら,上記報
告書(物2)に記載されている内容の話をすることが,弁護人の主張するように不可能であったと
まではいえない。
  以上の各事情に加え,C及びDが捜査段階からそれぞれの贈賄罪による刑事責任確定後で
ある証言時に至るまで概ね一貫した供述をしており,弁護人の反対尋問にも動揺することがなか
ったこと,明確に記憶している事実と記憶があいまいな事実について区別するなどしながら,誠
実な態度で証言していると評価できることなどを併せ考慮すると,同人らの証言はそれぞれ高い
信用性を有するということができる。
(3) なお,弁護人は,①C及びDが,自分達が勤務していたAが,財務局の金融検査に基づいて
破綻認定されたことに不満を感じ,金融検査等にダメージを与える目的の下,虚偽の供述をして
いる可能性がある,②C及びD,又はCは,Bから被告人に渡すよう指示されるなどして預かった
現金等を着服している疑いがあり,その発覚を防ぐために同人らが虚偽の供述をしている可能
性がある旨主張する。しかしながら,まず上記①については,前記のとおり,C及びDは捜査官
の追及によりやむなく本件各事実を供述するに至った経緯が認められるのであり,自ら積極的
に本件各事実を捜査機関に申告しているわけではないこと,また,Cにおいて,「被告人から(金
品等を)要求されたことは一切ありません。」と明言するなど,殊更に被告人の罪責を重くしようと
する意図は窺えないこと,前記のとおり,C及びD自身,本件に関して少なからぬ不利益を被って
おり,そのような不利益を被ってまで金融検査等にダメージを与える必要があるとは考え難いこ
となどに照らすと,同人らが金融検査等にダメージを与える目的で虚偽の供述をしているとは到
底考えられない。
  また,上記②についても,当時Aの理事長であったBから被告人に渡すよう指示された現金
等を自らが着服して被告人に手渡さなかったということがBの知るところとなれば,A内におい
て,それぞれ責任のある立場にあったC及びDがその地位を失うなど重大な不利益を被るのは
必至であるところ,現金等を被告人に手渡さなかったことがBに知られない保証もないのに,Cや
Dがそのような重大な危険を冒してまで現金等を着服したとは考え難い。そして,そもそも弁護人
の前記主張は,被告人が現金を受け取っていないと述べていること以外には何ら具体的な根拠
に基づかないものであって,記録を精査してみてもC及びD,又はCがBから預かった現金等を
着服していることを窺わせる事情は存在せず,弁護人の上記主張を採用することはできない。
  また,弁護人は,Bが,公判廷において,被告人の接待費用については,事前に現金でCに
手渡しており,CがAの法人カードで精算していたことは警察で初めて知った,7月に渡した20万
円についても主として接待費用として渡したものであったなどと証言していることに依拠して,C
はBから接待費用として現金を預かっていたにもかかわらず,Aの法人カードを使用して接待費
用を支払って,Bから預かった現金を着服し,さらに判示第3に係る現金20万円も着服していた
疑いがある旨主張するので,この点について検討しておく。弁護人主張の各事実が,C及びDが
現金20万円等を着服していたという疑いを生じさせるに足りるものであるかという点につきそも
そも疑問があるが,その点を措くとしても,まず,Bが,公判廷において,被告人の接待費用につ
いて,事前に現金でCに渡していた旨証言しているのに対し,Cは,理事長から接待費用の精算
方法については特に指示を受けておらず,平成11年5月6日,Aの法人カードで飲食代金の精
算をし,その旨理事長に報告したところ,被告人を接待した記録が残ってしまうとの叱責を受けた
ので,総務部に提出する申請書にマスコミの名前を記載し,その後の2回も同様の方法で接待
費用を精算した旨証言している。前記のとおり,C証言は高い信用性を有するものであるが,とり
わけ,この点については,マスコミの名前が記載された「接待費支出報告書(営業経費領収証綴
に綴られているもの)」に裏付けられている上,その内容自体,具体的かつ自然なものであって,
高い信用性を有するものと認められる。なお,弁護人は,Cが,「接待費支出報告書」にマスコミ
の名前を記載したのは,法人カードを使用して被告人との飲食代金を精算したことが,Bに発覚
することを免れるためであったと主張するが,D作成の報告書の日付と「接待費支出報告書」の
日付を照合すれば,Bにおいて,容易に法人カードが被告人との接待に使用されたことが分かる
のであるから,「接待費支出報告書」にマスコミの名前を記載したことに関しては,Cの説明の方
が自然かつ合理的であると考えられる。以上の事情に,Bが,捜査段階においては,C証言に沿
う供述をしており,B自身が調書を読んだ上で署名押印し,この際,特に捜査官から供述を強制
されたという事情が窺われないことを併せ考慮すると,Bの上記公判供述については,時間の経
過により記憶が変容するなどしたものとみるべきであって,この点に関する限り信用することがで
きず,弁護人の主張を支える根拠とはなり得ない。次に,Bが7月に渡した20万円については主
として接待費用として渡したものであったなどと証言しているのに対し,Cは,部下の慰労のため
に,企画部と融資部に10万円ずつ渡されたものであった旨証言し,また,Dは,Cから理事長が
融資部の部下を慰労するようにと用意してくれたという10万円を受け取った旨証言しているとこ
ろ,仮に,CとBの間に20万円の趣旨に関する理解について食い違いがあり,CがBの意思に反
して20万円を部下の慰労費用に使っていたとしても,B自身,公判廷においても部下の慰労費
用という趣旨も含まれていた旨供述している上,Cが20万円を自己のものにしたわけではない
以上,Cが7月に渡された20万円を「着服した」とは評価できないのであって,この点もまた弁護
人の主張を支える根拠にはなり得ない。そして,その他の弁護人指摘の諸点も,C及びDが,B
から預かった現金等を着服した疑いを抱かせるには不十分なものといわざるを得ない。
  また,弁護人は,D作成の報告書に,証人Gの証言などに照らして不正確であると考えられる
部分が散見されることを理由として,D供述の信用性を争うが,同報告書は,Dが被告人から聞
いた話をメモしたものを参考にしながら,後日作成したものであり,また,自らの判断で加筆した
部分があることも認めているのであって,そのような経過で作成された報告書に不正確な点が含
まれていたとしても,意図的に虚偽の事実を記載しているという事情が窺われない以上,同人の
証言全体の信用性には影響を与えないというべきである。
以上のとおり,弁護人指摘の各事情は,いずれもC及びDの証言の信用性を減殺するものでは
ないというべきである。
2 争点(1)ないし(3)について
以上を踏まえて,争点(3)について検討するに,C及びDは,いくつかの具体例を挙げながら,被
告人から金融検査の検査時期,検査体制,検査内容等の検査情報及びその対応策などを教示
された旨証言し,特にDにおいては,自ら作成した報告書を確認し,被告人から聞いた話を記載
した部分と自らの判断で加筆した部分を区別しながら供述しており,これらの各供述が信用性の
あるものと認められることからすると,Dが,公判廷において,例えば判示第1に関して,平成11
年5月当時近畿財務局管内の信金に対する検査が当初予定より遅れており,組合の検査予定
は6月末まで入っていないとする点,あるいは判示第2に関して,資産査定につき,破綻懸念先
についてはすべて簡易鑑定を取っておくように,このごろは路線価よりも実勢が上回っているか
ら鑑定が生きてくる,また,今後の担保物件については,実勢価格が路線価を上回って取引され
ている事例が多数出ているので,その事例を集積し,基準はこうだけれどもAの評価は,この事
例に基づいてこうしているといった基準を変更できるようにしておくこととの点など,被告人から聞
いたと明言している部分については,被告人がD及びCに話したものと認められる。
次に,争点(1)及び(2)については,Cが,判示各記載の日に,Bから預かったタクシーチケット1冊
(20枚)及び現金20万円を被告人に手渡したことを,また,Dが,Cから,被告人との飲食場所
に赴く途中などに,CがBからタクシーチケット及び現金を被告人に渡すよう指示されて預かって
いることを聞き,被告人との飲食後,それらを被告人に渡したことを聞いたことを,さらに,Bが,
Cに被告人にタクシーチケット及び現金20万円を手渡すよう指示したことを,それぞれ一貫して
明確に供述しており,前記のとおり,これらの各供述がそれぞれ高い信用性を有する上,相互に
補強し合っていると認められることからすれば,被告人がCからタクシーチケット1冊(20枚)及び
現金20万円を受領したことが優に認められる。
3 争点(4)及び(5)について
  関係証拠によると,(1)被告人は,平成10年6月22日から,大蔵省近畿財務局理財部上席
金融証券検査官として勤務し,同財務局の監督下にある信用協同組合等の金融機関に係る業
務及び財産に対する検査の実施,同検査を実施する金融証券検査官の事務の整理などの職務
を担当し,さらに,同11年7月1日からは,同部審査業務課上席金融証券検査官として,上記職
務に加え,同検査後の検査結果の審査及び同検査結果の各金融機関に対する通知などの職
務を担当していたこと(大蔵省組織規定63条参照),(2)金融機関からの検査に関する照会や相
談に対し,回答し,指導,教示することも上席金融証券検査官であった被告人の職務の一つで
あったこと,(3)B,C及びDが所属していたAは,大蔵省近畿財務局の監督下にあり,同財務局
の金融検査を受けていたこと,(4)C及びDが,Aの理事長であったBから被告人を接待して金融
検査に関する情報を得るようにという指示を受けたこと,(5)Dに誘われた被告人が,判示第1な
いし第3記載の日に,各記載の場所において,C及びDと飲食を共にし,金融検査の時期及びそ
の対応策に関するC及びDの質問に答えるなどしたこと,(6)その際の飲食費用は,CがAの法人
カードで精算し,Cは,タクシーチケット1冊(判示第1),商品券5万円分(判示第2)及び現金20
万円(判示第3)を会合が終了するころに被告人に手渡したことの各事実が認められる。
以上を前提に,まず,被告人が「その職務に関し」,酒食の饗応を受け,タクシーチケット1冊,商
品券5万円分及び現金20万円を収受したといえるのか否かという点(争点(4))について検討す
るに,上記(1)ないし(6)で認定した被告人の当時の一般的職務権限,具体的職務権限,被告人
の所属していた近畿財務局とB,C及びDが所属していたAとの関係,3回にわたり利益が供与さ
れた経緯,その際の状況,供与された利益の内容等に照らすと,3回にわたる酒食の饗応並び
にタクシーチケット1冊,商品券5万円分及び現金20万円の収受と被告人の職務との関連性は
明らかである。
  次に,判示各記載の酒食の饗応及び金品の供与を受けたことが社交儀礼の範囲内といえる
か否かという点(争点(5))については,上記各事実に加えて,被告人とC及びDらとの関係が職
務上のものにすぎず,平素から職務を離れて交際していたという状況はなかったこと,判示各事
実における利得額もそれぞれ小さいとはいえないことなどを総合考慮すると,これらの酒食の饗
応及び金品の供与が,金融検査の時期や対応策等に関する情報を提供したことへの謝礼及び
将来も同様の便宜な取り計らいを受けたいという趣旨の下になされたものであり,被告人の職務
と対価性を有していることは明らかであるとともに,判示第1ないし第3の酒食の饗応及び金品
の供与を受けたことが社交儀礼の範囲内であったということは到底できない。
  そして,被告人においても,前記(1)ないし(3),(5)及び(6)の各事実を十分認識していた以上,
酒食の饗応及び金品の供与が自らの職務に関連してなされたものであることやその趣旨等につ
いても認識していたものと認められ,職務行為関連性や社交儀礼の範囲内であるか否かという
点を含め,収賄罪の故意に欠ける点はない。
4 以上の次第であって,被告人は判示のとおり収賄罪の罪責を負う。
(法令の適用)
  被告人の判示各所為はいずれも平成15年法律第138号附則14条により同法による改正
前の刑法197条1項前段に該当するが,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47
条本文,10条により犯情の最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被
告人を懲役1年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中300日をその刑に算入することと
し,被告人が判示各犯行により収受した賄賂は没収することができないので,同法197条の5後
段によりその価額金48万8042円を被告人から追徴することとし,訴訟費用については,刑訴
法181条1項本文によりこれを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
  本件は,犯行当時,大蔵省近畿財務局の金融証券検査官であった被告人が,同財務局の監
督下にあった信用組合Aに対する金融検査に関し,その検査時期,検査体制,検査内容等の検
査情報及びその対応策などを教示したことへの謝礼等の趣旨の下に,Aの理事長らから,酒食
の饗応を受けた上,タクシーチケット1冊(判示第1),商品券5万円分(判示第2)及び現金20万
円(判示第3)の供与を受けて,賄賂を収受したという事案である。
  被告人は,自らが在籍する大蔵省近畿財務局の監督下にあり,同局の行う金融検査の対象
であったAの従業員らから,3回にわたって,酒食の饗応を受けた上,タクシーチケット1冊,商品
券5万円分及び現金20万円の供与を受けたものであるが,利得金額の総額が約48万円と少な
からぬものであるばかりではなく,最終的には現金まで受領している点で,犯行態様は悪質であ
る。上席金融証券検査官の職にあった被告人が,金融検査の対象である金融機関から賄賂を
収受したという行為は,Aの検査に関する公正さを損なうにとどまらず,大蔵省の行う金融検査
全般,ひいては大蔵省に対する社会的信頼を失墜させたものであって,この意味で生じた結果
は重大である。そして,本件各犯行が行われた平成11年当時は,同10年にいわゆる大蔵省接
待汚職が露見し,国民からの強い批判を受け,大蔵省やその他公務員に対する綱紀粛正が強く
求められていたことから,当時の大蔵省内部においても職員の綱紀保持を目指して様々な施策
がなされていた折であり,そのような時期に被告人がこのような犯行を犯したことについては厳し
く非難されなければならない。
  加えて,被告人は躊躇することもなく複数回にわたって,酒食の饗応及び金品の供与を受け
ており,この種事犯に対する規範意識の乏しさが認められること,大蔵省の上席金融検査官の
職責の重大さに照らせば,金融検査官や金融検査の公正さに疑問を生じさせるような行動を避
けるべく自らを厳しく律する必要があると考えられるところ,被告人はその点にほとんど意を用い
ていないこと,前記のとおり重大な結果を引き起こしたにもかかわらず,反省の態度がみられな
いことなどを併せ考慮すれば,被告人の刑事責任には重いものがある。
したがって,被告人から積極的に賄賂を要求した事実は認められないこと,被告人がAに教示し
た検査情報の内容がAに対する金融検査に実際に不当な影響を与えたとは認められないこと,
昭和50年に大蔵事務官として採用されて以降,本件の発生まで約25年間にわたって,格別の
問題も起こさずに職務に従事してきたこと,前科がないこと,養うべき家族がいることなど,被告
人に有利な事情を十分斟酌しても主文の刑に処するのはやむを得ないと判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役1年6月,追徴金48万8042円)
        平成16年4月21日
          大阪地方裁判所第1刑事部
              裁判長裁判官   角  田  正  紀
                 裁判官   柴  山     智
                 裁判官   石  田  由希子

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