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平成10年(行ケ)第203号審決取消請求事件(平成11年9月20日口頭弁論
終結)
         判     決
    原      告  近畿パイプ技研株式会社
    代表者代表取締役  【A】
    訴訟代理人弁理士  【B】
    同         【C】
    被      告  特許庁長官 【D】
    指定代理人  【E】
    同         【F】
同【G】
    同【H】
         主     文
     原告の請求を棄却する。
     訴訟費用は原告の負担とする。
         事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
 1 原告
   特許庁が、平成8年審判第20693号事件について、平成10年5月15
日にした審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は、平成元年3月11日の国内優先権を主張して、平成2年2月14
日、名称を「水溶解性ガラス水処理剤」とする発明(以下「本願発明」という。)
につき特許出願をした(特願平2ー34893号)が、平成8年7月25日に拒絶
査定を受けたので、同年12月12日、これに対する不服の審判の請求をした。
   特許庁は、同請求を平成8年審判第20693号事件として審理したうえ、
平成10年5月15日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、そ
の謄本は同年6月4日、原告に送達された。
 2 本願明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発
明」という。)の要旨
   SiO255~80%(重量…以下同じ)、Na2O 19.5~42%及
びAg2O(換算) 0.5~3%より成るボロンフリー水溶解性ガラス水処理
剤。
 3 審決の理由の要点
   審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願第1発明が、特開昭62ー21
5508号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発
明」という。)であるので、特許法29条1項3号により特許を受けることができ
ないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 1 審決の理由中、本願発明の要旨の認定及び引用例記載事項の認定(審決書3
頁15行~7頁10行)は認める。
   審決は、引用例発明の技術事項を誤認して本願第1発明と引用例発明との一
致点の認定を誤り、本願第1発明が引用例発明であるとの誤った結論に至ったもの
であるから、違法として取り消されなければならない。
 2 取消事由(一致点の誤認)
  (1) 引用例の特許明細書には、「Na2O10~40重量%、SiO20~8
0重量%、及びB2O30~30重量%を主体として成るガラス」(審決書7頁4
~6行、以下「Aの(4)の態様」という。)又は「SiO2が30~70重量%、N
a2Oが30~40重量%であって且つB2O3が0~30重量%であるガラス」
(同頁7~9行、以下「Aの(6)の態様」という。)に対し、0.3~5%の割合で
銀イオンを配合する態様のソーダ系、ソーダ石灰系ガラスを主体としてなる水処理
剤が記載されているところ、審決は、「引用例の『水処理剤』は、摘示する態様か
ら導き出されるその成分組成は、本件請求項1の発明(注、本願第1発明)の成分
組成と重複一致しているものである。B2O3が0重量のとき、これはボロンフリ
ーであることは云うまでもないことであり、引用例においては、B2O3は任意成
分であり、これを含有しない場合を含んでいること明白である。」(同頁11~1
8行)として、引用例発明において、B2O3が任意成分であり、これを含有しな
い場合が含まれることを前提として、引用例発明の成分組成が本願第1発明の成分
組成と重複一致する旨認定した。
    しかしながら、引用例に記載のAの(4)、(6)の態様のガラスにおける「B
2O30~30重量%」とは、B2O3の存在を必須の前提として、その量が30
重量%以下であることを意味するものであって、B2O3が任意成分であり、これ
を含有しない場合も含むとすることは誤りであり、したがって、これを前提として
引用例発明の成分組成が本願第1発明の成分組成と重複一致するとした審決の認定
も誤りである。
  (2) すなわち、本願第1発明は、従来の水溶解性ガラス水処理剤のガラス成分
に含まれているB2O3が人体に悪影響を及ぼす可能性を考慮し、これを含まな
い、いわゆる「ボロンフリー」のガラス成分を使用した水処理剤の提供を目的とし
て行われたものであって、ガラス成分中にボロン(B、ホウ素)の存在を許さない
ものである。
    これに対し、引用例は、単に殺菌殺微生物効果のある水処理剤として有用
なガラスの提供を目的としている(甲第4号証1頁右下欄15行~2頁左上欄12
行)にすぎず、人体に対する悪影響を回避するため、当該ガラスをボロンフリーの
ものとすることについても、これを実現できるような具体的なガラスの成分組成に
ついても記載、示唆するところがない。引用例に記載された実施例は、リン酸系ガ
ラスにB2O3を5.6%使用するものであり、SiO2を主成分とする珪酸系ガ
ラスのうちのソーダ系、ソーダ石灰系ガラスについては、引用例に、発明の構成
(ガラス組成)と効果(殺菌効果の持続性)の関係を確認し得る実施例又は実験例
が記載されていない。
    また、引用例には、Aの(4)の態様のガラスにおいて、SiO2についても
0~80重量%とすることが記載されているところ、仮に審決のように「B2O3
0~30重量%」との記載にB2O3が0重量の場合が含まれると理解するのであ
れば、SiO2についても0重量の場合が含まれるものと理解しなければならな
い。しかし、そうすると、Aの(4)の態様のガラスは、ガラスの構成に必須であるS
iO2やB2O3のような網目形成酸化物が存在しない場合を含むこととなり、技
術的に引用例記載の目的を達成できない態様を包含することになるのみならず、S
iO2が0重量であるときには、主成分の量が最大でNa2O40重量%及びB2
O330重量%の計70重量%(B2O3も0重量であるときには、主成分の量が
最大でNa2O40重量%)となり、残余の成分の種類も量も不明であるから、発
明として完成した組成を開示していると考えることができなくなる。
    この点について、被告は、ソーダ系ガラス又はソーダ石灰系ガラスが、ガ
ラス形成酸化物(網目形成酸化物)がSiO2よりなる珪酸塩ガラスについて、そ
の塩基性酸化物に着目した呼称であるから、SiO2成分が任意成分である旨の記
載は、技術常識上、誤りであると主張するが、ソーダ系ガラス又はソーダ石灰系ガ
ラスとの呼称は、被告主張のとおり、ガラスの塩基性酸化物に着目したものである
から、ソーダ系ガラス又はソーダ石灰系ガラスに、SiO2を含まない硼酸塩ガラ
スが包含されていても不思議ではなく、したがって、ソーダ系ガラス又はソーダ石
灰系ガラスに常にSiO2が存在することを前提とする被告の主張は誤りである。
    したがって、Aの(4)の態様を含む引用例の記載を技術的に有意なものと理
解するためには、B2O3やSiO2についての「0~30重量%」、「0~80
重量%」との記載は、それらの存在を必須の前提として、それぞれ「30重量%以
下」、「80重量%以下」を示すものと理解すべきである。
  (3) 被告は、Aの(4)の態様におけるB2O3が任意成分である根拠として、
特許庁のガラスに関する産業部門における審査基準に「ガラスの組成の発明ならび
に組成を発明の要旨とする発明においては、発明の単一性がそこなわれず、かつ、
発明の構成を不明瞭にしない限り、『SiO20~9重量%』のようにその範囲と
して『0』を含む記載があってもさしつかえない。」旨が記載されていたとも主張
するところ、同審査基準の該記載が、任意成分(すなわち発明の構成に欠くとがで
きる事項)を含むような記載を特許請求の範囲として容認するものと理解できるか
否か疑問であるが、仮にそのように理解できるとしても、そのような記載が容認さ
れる前提として、「発明の単一性がそこなわれず、かつ、発明の構成を不明瞭にし
ない限り」なる条件が満足される必要がある。しかるところ、ソーダ系ガラス又は
ソーダ石灰系ガラスは、一般にガラス形成酸化物がSiO2、B2O3又はSiO
2+B2O3のいずれであるかにより、珪酸塩ガラス、棚酸塩ガラス又は棚珪酸塩
ガラスのいずれかに分類されるのである(乙第2号証の1第19頁4~9行)か
ら、SiO2やB2O3の存在の有無を問わず、引用例に記載の発明の目的が同様
に達成される合理的根拠が認められない限り、発明の単一性が損なわれないとか、
発明の構成を不明瞭にしないと判断することはできないはずであるのに、審決は、
引用例についてその点についての審理判断を経ずに、B2O3が任意成分であると
結論したものであって誤りである。
第4 被告の反論の要点
 1 審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
 2 取消事由(一致点の誤認)について
  (1) 引用例発明の水処理剤において、ガラスは、浄水性能や静菌的作用のある
イオンを放出し得る化合物を担持する担体としての働きに加え、ガラス自体が水に
徐々に溶解し、それにつれて該被担持成分が長期にわたり持続的安定的に溶出する
よう働くことが求められているものであって、引用例の開示するソーダ系、ソーダ
石灰系ガラス、さらにはこれらの実施態様として開示されたAの(4)、(6)の態様の
ガラスは、該化合物の水への溶出速度、溶出期間が長期、安定に作用するよう調整
する働きのある担体として作用するとの材料設計・材料選定に基づくものである。
しかして、ガラスの網目構造を形成するガラス形成酸化物がSiO2よりなるガラ
スを珪酸塩ガラスといい、このうち、塩基性酸化物であるNa2O(ソーダ)がS
iO2に溶け込んだものをソーダ系ガラス、Na2OとCaO(石灰)がSiO2
に溶け込んだものをソーダ石灰系ガラスと指称し、また、珪酸塩ガラスには、B2
O3(酸化硼素)を含まないものと、これを加えた硼珪酸ガラスとがあることは本
願出願前の技術常識であったところ、引用例発明のAの(4)、(6)の態様は、それぞ
れ、B2O3を含まない成分組成のものから、これを30重量%まで含むものまで
を、上記材料設計・材料選定に基づくガラス材料として選定したものであり、引用
例の特許明細書は、これを包括し、特許請求の範囲4、6項において「B2O30
~30重量%」との数値限定を用いて表現したものである。したがって、引用例発
明のAの(4)、(6)の態様のガラスについて、B2O3が任意成分であり、これを含
まない場合(0重量の場合)も含んでいるとした審決の認定は、技術常識に照らし
ても誤りはない。
    なお、特許請求の範囲に任意成分を記載することは、特許庁の実務におい
て、ガラス技術分野の特許発明を記載する特許請求の範囲の記載事項として容認さ
れてきたところであり、ガラスに関する産業部門における審査基準には「ガラスの
組成の発明ならびに組成を発明の要旨とする発明においては、発明の単一性がそこ
なわれず、かつ、発明の構成を不明瞭にしない限り、『SiO20~9重量%』の
ようにその範囲として『0』を含む記載があってもさしつかえない。」旨が記載さ
れていた(産業別審査基準は、近年に至り、新しく設けられた一般基準に統一さ
れ、この審査基準自体は廃止するに至ったものではあるが、廃止後においても基本
的な考え方はそのまま踏襲されている。)。
  (2) 引用例に、Aの(4)の態様のガラスにおいて、SiO2につき0~80重
量%とすることが記載されていることは原告主張のとおりである。
    そして、原告は、このことを根拠に、「B2O30~30重量%」との記
載にB2O3が0重量の場合が含まれるのであれば、SiO2についても0重量の
場合が含まれるとし、Aの(4)の態様のガラスは、ガラスの構成に必須であるSiO
2やB2O3のような網目形成酸化物が存在しない場合を含むこととなるから、技
術的に引用例記載の目的を達成できない態様を包含することになると主張するが、
ガラスを成分組成、すなわち、全構成成分に対する各成分の含有比率によって表す
とき、その比率の総和が1.0(100%)となるべきことは自明であるところ、
Aの(4)の態様の成分組成においては、B2O3が0重量であっても、Na2O、S
iO2の2成分の最大値(Na2O40重量%、SiO280重量%)を合計する
と120重量%となって、100重量%となる要件を充足しているものであるか
ら、B2O3成分が0重量、すなわち、任意成分であってもガラスの発明として成
立するものである。重量百分率によって規定された成分組成に基づくガラスの構成
を確定するに際しては、当然のこととして少なくとも100重量%を充足する要件
を満たす範囲のところで確定しなければ意味をなさないところ、原告の該主張は、
100重量%を充足しない、無意味な範囲をことさら取り上げるものであって誤り
である。
    もっとも、引用例には、Aの(4)の態様において、SiO2成分が0重量と
なり得るもの、すなわち、任意成分であるとして記載されているが、Aの(4)の態様
は、ソーダ系ガラス又はソーダ石灰系ガラスに係るものであるところ、上記(1)のと
おり、ソーダ系ガラス又はソーダ石灰系ガラスとは、ガラスの網目構造を形成する
ガラス形成酸化物がSiO2よりなる珪酸塩ガラスについて、その塩基性酸化物に
着目した呼称であるから、ソーダ系ガラス又はソーダ石灰系ガラスのガラス形成酸
化物はSiO2であって、SiO2成分が任意成分である旨の記載は、技術常識
上、明らかに誤りである。この点、技術常識に照らしても、珪酸塩ガラスに、B2
O3を含まないものと、これを加えた硼珪酸ガラスとがあることにより、B2O3
が任意成分たり得るのとは異なるのである。そして、引用例に基づいて審理する場
合に、その記載上の誤り等があるときは、技術常識に基づいて合理的に解釈するの
が相当であり、かかる合理的解釈ができなければ、原告主張のとおり、発明として
完成した組成を開示していないといい得るとしても、引用例記載のAの(4)の態様に
おいては、技術常識に基づいて、珪酸塩ガラスの要件を欠く0重量の部分を含む比
率の総和が100重量%に満たないSiO2の重量%部分が自ずと排除されて解釈
されることにより、合理的に理解し得るのであるから、審決の認定に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(一致点の誤認)について
  (1) 引用例の特許請求の範囲1項に「重金属イオン及びアルカリ金属イオンを
放出しうる化合物の少なくとも1種を含有するソーダ系、ソーダ石灰系又は(及
び)リン酸系ガラスを主体として成る水処理剤。」(審決書3頁17~20行)と
の、同2項に「上記重金属イオンが銀イオンである特許請求の範囲第1項記載の水
処理剤。」(同4頁1~2行)との、同4項に「上記ソーダ系又はソーダ石灰系ガ
ラスがNa2O10~40重量%、SiO20~80重量%、及びB2O30~3
0重量%を主体として成るガラスである特許請求の範囲第1項又は第2項の記載の
水処理剤。」(同頁3~7行、Aの(4)の態様)との、同6項に「第4項記載のソー
ダ系又はソーダ石灰系ガラス組成に於いてSiO2が30~70重量%、Na2O
が30~40重量%であって且つB2O3が0~30重量%である・・・特許請求
の範囲第4項記載の水処理剤。」(同頁8~15行、Aの(6)の態様)との各記載が
あり、発明の詳細な説明に「水槽やクーリングタワー内の一時ため置き水に於いて
は、時間の経過とともに残留塩素が除去され、一方で有機物が残る為にバクテリア
の如き微生物や藻類の繁殖しやすい条件となり、種々の問題が発生する。」(同4
頁末行~5頁4行)、「本発明が解決しようとする問題点は、従来の水処理装置に
於ける上記細菌や藻類に基づく難点を解消することであり、更に詳しくは簡単な操
作で安定して長期間細菌や藻類に基づく上記難点を解消しうる手段を開発すること
である。」(同4頁19行、5頁6~10行)、「『本発明に於いて、これ等ガラ
ス成分に含有させるべき成分としては、・・・静菌効果と防藻効果の両面から特に
銀が好まし』く、『ガラスに対する配合割合は通常0.3~5%好ましくは0.5
~2.5%程度である。』」(同6頁2~9行)との各記載があることは当事者間
に争いがない。また、引用例(甲第4号証)は、昭和61年3月17日の特許出願
に係る公開特許公報であって、そこには、さらに「本発明に於いては、重金属イオ
ン又はアルカリ金属イオンを放出しうる化合物の如き成分をソーダ系、ソーダ石灰
系またはリン酸系ガラス中に含有せしめているので、このガラスを被処理水中に添
加する時はガラスが徐々に水に溶解するにつれて、ガラス中に含有されている上記
各成分が溶出する。これ等成分から発生するイオンは、いずれも優れた浄水性能、
浄菌作用を有し、水中に於けるバクテリアや藻類の発生を防ぎ、惹いては、これに
基づく上記難点を解決することができる。」(同号証2頁右上欄4~14行)、
「本発明に於いては、これ等ガラスとしては出来るだけ水に対する溶解量が一定の
ものが好ましい。」(同頁左下欄末行~右上欄1行)、「溶解量の増加の均一で且
つ溶解速度の大きいものが特に本発明に於いては好ましい。このようなソーダ系、
ソーダ石灰系ガラスとしては、上記ガラス成分としてSiO2が30~70重量
%、Na2Oが30~40重量%であって且つB2O3が0~30重量%であ
る・・・ものが好ましい。」(同号証2頁右下欄19行~3頁左上欄7行)との各
記載がある。
    これらの各記載によれば、引用例発明の水処理剤において、ガラスは、浄
水性能及び浄菌作用を有するイオンを放出する重金属化合物等の成分を含有担持す
る担体であるだけでなく、これを水に添加したとき、ガラスが水に溶解するにつれ
て溶出すべき前示ガラスに含有された重金属化合物等の成分を、水に対し持続的安
定的に溶出させる作用を営むような溶解量、溶解速度等を有するガラスであるもの
とされていることが認められ、したがって、引用例記載のAの(4)、(6)の態様と
も、そのような作用を営む溶解量、溶解速度等に即した成分組成のガラスとして構
成されたものであることが明らかである。
    他方、1982年5月25日発行の【I】外3名著「技術シリーズ ガラ
ス」(乙第1号証)には、「ガラスを・・・構成されている化学組成によって分類
すれば,各種ガラス製品の全生産額の過半数を占めるソーダ石灰ガラス(Na2
O・CaO・SiO2ガラス)・・・さらにほう酸が加わったほうけい酸ガラスな
どが主要なものである.」(同号証7頁左欄下から8行~右欄下から14行)、
「ガラスの中でけい酸(SiO2)を主成分とするものが実用ガラスの大多数を占
めている」(同8頁右欄下から16~15行)との各記載があり、また、昭和37
年5月15日第4刷発行の【J】外1名著「新訂硝子(上巻)」(乙第2号証の
1、2)には、「一般にガラスというのは狭い意味で無機物に限られ,しかも無機
質ガラスの中でもSiO2を主成分とし,これに金属酸化物が添加されたものであ
る。」(乙第2号証の1第17頁5~7行)、「ガラス組成の酸化物の中
で、・・・SiO2,B2O3,P2O5などは,ガラス化し得る酸化物で、ガラ
ス形成酸化物・・・であり,Na2O,K2O,CaO,MgOなどの塩基性酸化
物は,それら自身はガラス化せず,ガラス中に溶け込み,ガラスの性質を変化させ
る作用をするもので修飾酸化物・・・と呼ばれる。」(同号証18頁下から4行~
19頁1行)、「普通のガラスは,SiO2を主成分とし,これに修飾酸化物また
は中間酸化物を配したもので珪酸塩ガラス・・・と呼ばれ,B2O3を用いたガラ
スは硼酸塩ガラス・・・と呼ばれるが,珪酸塩ガラスにB2O3を加えたガラスは
硼珪酸ガラス・・・と呼ばれ,硬質ガラスの成分は,これである。」(同19頁5
~9行)、「石英ガラスは成分がもっとも簡単なSiO2で,・・・珪酸ガラスに
ついで簡単な成分のガラスはNa2OとSiO2とだけからなる珪酸ソーダガラス
で,・・・このガラスは水に溶け易くガラスとしては使用できない。」(同20頁
4~12行)との各記載及び「ガラスの成分表」(乙第2号証の2第26~34頁
第2.4表)の記載があり、該「ガラスの成分表」には、①SiO2を主成分と
し、成分組成中にB2O3を含まないガラス(天然ガラス、古代ガラス、板ガラ
ス、びんガラス、吹きガラス及びプレス・ガラス等)、②SiO2を主成分とし、
成分組成中にB2O3を含むガラス(電球及び真空管ガラス、照明用ガラス、理化
学用ガラス、光学ガラス、眼鏡用ガラス、紫外線及び赤外線ガラス、ガラス繊維及
び泡ガラス等の各一部)、③B2O3を主成分とし、成分組成中にSiO2を含ま
ないガラス(硼酸ガラス)が掲記されている。そして、①、②のガラスとも、その
大部分は成分組成中にNa2O及びCaOを含んでおり、その一部はNa2Oを含
むがCaOは含んでおらず、③のガラスの一部は成分組成中にNa2Oを含んでい
るが、CaO含むガラスは掲記されていない。
    これらの各記載によれば、ガラスの組成は、SiO2、B2O3、P2O
5等のガラス形成酸化物と、Na2O、K2O、CaO、MgO等(塩基性酸化
物)の修飾酸化物などからなり、このうちでもSiO2を主成分とする珪酸塩ガラ
スがガラスの大部分を占めるが、SiO2を含まずB2O3を主成分とするガラス
(硼酸ガラス)も存在すること、SiO2を主成分とするガラスのうちには、成分
組成中にB2O3を含まないものと含むもの(硼珪酸ガラス)とがあり、いずれも
日常一般的に使用されるガラスを含む多くの種類を有していること、SiO2を主
成分とするガラスのうちで、成分組成中に修飾酸化物としてNa2O(ソーダ)を
含む水に溶けやすいガラスを珪酸ソーダガラスと、Na2OとCaO(石灰)とを
含むガラスをソーダ石灰ガラスといい、ともにB2O3を含むものと含まないもの
の双方にわたって存在し、特にソーダ石灰ガラスは、それ自体全ガラス製品の過半
数を占めるとともに、B2O3を含むものと含まないものの双方に幅広く存在する
ことが認められるところ、前示【I】外3名著「技術シリーズ ガラス」(乙第1
号証)及び【J】外1名著「新訂硝子(上巻)」(乙第2号証の1、2)がいずれ
も引用例に係る特許出願前の発行で、かつ、ガラスに関する一般的体系的な概説書
の体裁内容であることに鑑みれば、これらの事項は、引用例に係る特許出願当時、
当業者において技術常識に属する事項ないし周知事項であったものと認められる。
    そうすると、前示引用例は、これらの技術常識ないし周知事項に基づき、
これを前提として記載されたものと認めるのが相当である。そうであれば、その記
載に係る「ソーダ系、ソーダ石灰系ガラス」のうち「ソーダ石灰系ガラス」が、S
iO2を主成分とするガラスのうちで、成分組成中に修飾酸化物としてNa2Oと
CaOとを含むソーダ石灰ガラスを意味することは明らかであり、また、硼酸塩ガ
ラス中にはNa2Oを含むものがあるとしても、珪酸塩ガラスがガラスの大部分を
占めること、及び「ソーダ系ガラス」が「ソーダ石灰系ガラス」と一括して記載さ
れていることに照らして、「ソーダ系ガラス」は、SiO2を主成分とするガラス
のうちで、成分組成中に修飾酸化物としてNa2Oを含む珪酸ソーダガラスを意味
するものと認められる。
    この点に関して、原告は、ソーダ系ガラス又はソーダ石灰系ガラスとの呼
称は、ガラスの塩基性酸化物に着目したものであるから、ソーダ系ガラス又はソー
ダ石灰系ガラスに、SiO2を含まない硼酸塩ガラスが包含されていても不思議で
はないと主張するが、如上のとおりであるから、その主張は誤りというべきであ
る。
    そして、Aの(4)、(6)の態様は、かかるソーダ系、ソーダ石灰系ガラスの
うちで、前示のとおり、ガラスに含有された重金属化合物等の成分を、水に対し持
続的安定的に溶出させる作用を営む溶解量、溶解速度等に即した成分組成のガラス
として構成されたものであるところ、SiO2を主成分とするガラスにB2O3を
含まないものと含むものとがあり、いずれも一般的な存在であること、ソーダ石灰
ガラス及び珪酸ソーダガラスとも、B2O3を含まないものと含むものの双方にわ
たって存在することは前示のとおりであり、これらの技術常識ないし周知事項を前
提としてAの(4)、(6)の態様を見れば、その各「B2O30~30重量%」との構
成は、B2O3を含まない成分組成のものから、これを30重量%含むものまでを
選択し、これを包括して表現したものと認めるのが相当である。すなわち、引用例
発明のAの(4)、(6)の態様において、B2O3は任意成分とされていることが認め
られる。
    なお、引用例の特許明細書において、Aの(4)、(6)の態様が特許請求の範
囲に記載されていることは前示のとおりであるが、特許庁においては、審査実務
上、「ガラスの組成の発明ならびに組成を発明の要旨とする発明においては、発明
の単一性がそこなわれず、かつ、発明の構成を不明瞭にしない限り、『SiO20
~9重量%』のようにその範囲として『0』を含む記載があってもさしつかえな
い。」旨の審査基準に則り、ガラスの組成を発明の要旨とする発明等において、一
定の条件の下に、特許請求の範囲に任意成分を記載することを容認する取扱いがさ
れていたことが認められるから、Aの(4)、(6)の態様が特許明細書の特許請求の範
囲の記載であることが、B2O3を任意成分と認めることの妨げになるものという
ことはできない。
    原告は、審決が前示審査実務において成分組成の範囲として0を含む記載
を容認するための「発明の単一性がそこなわれず、かつ、発明の構成を不明瞭にし
ない」との条件についての審理判断を経ずに、B2O3が任意成分であると結論し
たことが誤りであると主張するが、該審査実務の下において、引用例の特許明細書
の特許請求の範囲に「B2O30~30重量%」との記載がある場合には、該出願
は、引用例発明が、B2O3が0重量である場合を含む(すなわち、任意成分であ
る)との構成の発明であることを意図してなされたことが明らかであり、そのこと
自体は、該特許請求の範囲の記載が「発明の単一性がそこなわれず、かつ、発明の
構成を不明瞭にしない」との条件を満たすか否かによって左右されるものではない
から、原告の該主張は失当である。
  (2) 原告は、引用例は、単に殺菌殺微生物効果のある水処理剤として有用なガ
ラスの提供を目的とし、人体に対する悪影響を回避するため、当該ガラスをボロン
フリーのものとすることについても、これを実現できるような具体的なガラスの成
分組成についても記載、示唆するところがなく、また、SiO2を主成分とする珪
酸系ガラスのうちのソーダ系、ソーダ石灰系ガラスについては、引用例に、発明の
構成(ガラス組成)と効果(殺菌効果の持続性)の関係を確認し得る実施例又は実
験例が記載されていないと主張する。
    しかるところ、引用例(甲第4号証)に、珪酸ソーダガラス、ソーダ石灰
ガラスについて、実施例又は実験例の記載がないことは原告主張のとおりである
が、引用例には、前示(1)の記載のとおり、重金属イオン等による殺菌効果の持続性
に直接関わる溶解量、溶解速度等を有するガラスの成分組成として、Aの(4)、(6)
の態様が好ましいことが記載されており、実施例又は実験例の記載がないことがB
2O3を任意成分とする発明の完成を妨げるものということはできない。また、A
の(4)、(6)の態様においてB2O3を0重量とした場合には、原告主張のボロンフ
リーの効果が生ずることは明らかであるところ、その効果の具体的な内容について
引用例に記載がないからといって、B2O3が任意成分でないということはできな
い。
  (3) 引用例には、Aの(4)の態様のガラスにおいて、SiO2につき0~80
重量%とすることが記載されているところ、原告は、この記載に基づき、「B2O
30~30重量%」との記載にB2O3が0重量の場合が含まれるのであれば、S
iO2についても0重量の場合が含まれるとし、Aの(4)の態様のガラスは、ガラス
の構成に必須であるSiO2やB2O3のような網目形成酸化物が存在しない場合
を含むこととなるのみならず、SiO2が0重量であるときには、主成分の量が最
大でNa2O40重量%及びB2O330重量%の計70重量%(B2O3も0重
量であるときには、主成分の量が最大でNa2O40重量%)となるから、発明と
して完成した組成を開示していないと主張する。
    しかしながら、引用例の記載上、Aの(4)の態様は「ソーダ系、ソーダ石灰
系ガラス」についてのものであり、その「ソーダ系、ソーダ石灰系ガラス」が、S
iO2を主成分とするガラスのうちで、成分組成中に修飾酸化物としてNa2Oを
含む珪酸ソーダガラスと、Na2OとCaOとを含むソーダ石灰ガラスを意味する
ものであることは、前示(1)のとおりであるから、かかる「ソーダ系、ソーダ石灰系
ガラス」において、SiO2が0重量であることはあり得ない。また、Aの(4)の態
様のように、ガラスを成分組成によって表した場合に、各成分の含有比率の総和が
1.0(100%)となるべきことは当然であるところ、Aの(4)の態様において、
Na2O、SiO2、B2O3以外の組成成分を考えないとすれば(但し、引用例
(甲第4号証)には、「他のガラス成分が若干含まれていても良い。」(同号証2
頁左下欄10~11行)との記載がある。)、Na2OとB2O3がいずれも最大
値であるときのSiO2の含有比率は30重量%となるから、SiO2において、
含有比率が30重量%未満の部分は無意味に帰することが明らかである。したがっ
て、Aの(4)の態様の記載のうち、SiO2の含有比率が0重量である場合を含む3
0重量%未満の部分は明白な記載上の過誤というほかはない。
    しかるところ、Aの(4)の態様につき、かかる明白な過誤の部分を排除した
場合においては、B2O3が0重量の場合も含め、任意の1成分が、それについて
規定された含有比率の範囲内のいかなる値であろうとも、他の各成分について規定
された含有比率の範囲内において、含有比率の総和が1.0(100%)となる場
合を確定し得るから(この場合に、他の各成分の含有比率が、それについての規定
の範囲内で、かつ、含有比率の総和を1.0(100%)とする範囲内において確
定されるべきことは当然である。)、ガラスの発明として成立するものというべき
であり、そうだとすると、Aの(4)の態様も、合理的な解釈を経た後においては、発
明として完成した組成を開示していると考えることができる。
    したがって、原告の前示主張は失当というべきである。
 2 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審
決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴
訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 田中康久
裁判官   石原直樹
裁判官   清水 節

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