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平成12年(ネ)第2720号特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地方裁判
所平成10年(ワ)第10545号)
平成13年2月6日口頭弁論終結
         判        決
       控訴人         旭化成株式会社
         代表者代表取締役 【A】
         訴訟代理人弁護士   花 岡   巖
同 木 崎   孝
         被控訴人        日本ジーイープラスチックス株式
会社
代表者代表取締役  【B】
         訴訟代理人弁護士     近 藤 惠 嗣
同 柳   誠一郎
 補佐人弁理士  松 本 研 一
 同 松 井 光 夫
 同 五十嵐 裕 子
          主        文
       本件控訴を棄却する。
       控訴費用は控訴人の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、原判決別紙目録記載の方法でジフェニルカーボネートを製造
し、販売してはならない。
(3) 被控訴人は、その占有に係る前項のジフェニルカーボネート及びポリカー
ボネートを廃棄せよ。
(4) 被控訴人は、控訴人に対し、金17億6457万7500円及びこれに対
する平成10年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
 との判決及び仮執行宣言
2 被控訴人
  主文と同旨
第2 事案の概要
 本件は、控訴人が被控訴人に対し、芳香族カーボネート類の連続的製造法の
特許権及びジアリールカーボネートの連続的製造方法の特許権の各侵害を理由とし
て、ジフェニルカーボネート及びこれを使用したポリカーボネートの製造等の中
止、製造された製品の廃棄並びに損害賠償を求めている事案であり、争点は、先使
用の抗弁(特許法79条所定の通常実施権)の成否、権利濫用ないし自由技術の抗
弁の成否、損害額である。原審は、先使用の抗弁を認めて、控訴人の請求をいずれ
も棄却した。
 当事者の主張の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由
「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実」、「二 争点」及び「三 争点に
関する当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。なお、当裁判所も、
「エニケム」、「三井石油化学」、「GE」、「本件プラント」、「三井造船」、
「DMC法DPC技術」の用語を、原判決の用法に従って用いる。
(当審における控訴人の主張の要点)
1原判決は、被控訴人がDMC法DPC技術を即時実施する意図を有していた
ことを認定する根拠として、被控訴人によるフィージビリティ・スタディ(実現な
いし採算可能性の調査作業。以下「FS」という。)の実施、GEのエニケムとの
間の技術導入契約の締結、被控訴人の基本設計の一応の終了、被控訴人のGEとの
間の拡張契約の締結及び被控訴人のGEへの技術料の支払等を列挙している。この
ことからすると、原判決は、FS、技術導入、基本設計が行われれば、その後、事
業の実施に関する基本的な見直しが行われることなく、必然的に実施につながると
考えていると思われる。しかし、これは、巨大設備投資を行うに当たっての企業の
通常の行動を無視した判断であり、誤りである。
2本件プラントに係る事業は、最終的に約200億円の投資を要した、極めて
大規模な事業である。企業がこのような巨大設備投資を実施する場合には、通常、
FSを十分に繰り返し実施し、かつ、企業の意思決定機関においても十分な検討を
行って、初めて最終決定に至るのである。FSは、事業実施の最終決断に至るまで
のある段階で一度だけ実施すればすむというものではなく、いったん事業性ありと
判断された場合であっても、事業性の判断に影響を及ぼすような事象が発生した場
合には、その都度見直しを行い、事業性の推定の精度を高めていくものである。一
般論として、FSを経て、技術導入、基本設計が行われたとしても、その後におい
て、事業性を見直す必要性が生じてFSをやり直し、最終的にはその事業を実施し
ないと決断するに至った事例はいくつも存在する。
控訴人においても、FSに基づき事業性ありと判断した後に、技術導入契約
を締結し、これによって入手した技術資料に基づいて基本設計を行ったものの、最
終的には事業性なしと判断して、その技術の実施に至らなかった例がある。甲第1
0号証の実例1の場合は、約4億6000万円、実例2の場合は、約6億3000
万円を支払っている。被控訴人の親会社である三井石油化学にも、技術導入及び基
本設計を行い、技術導入料、設計料等として、66万7000ドイツマルクや5~
6000万円を支払いながら、最終的には事業化しなかった事例がある。また、控
訴人、被控訴人の同業者である三菱油化株式会社においても、技術導入及び基本設
計を行いながら、最終的には事業化しなかった事例がある。
3 平成元年5月中旬のFSでは、DMC法DPC技術を採用した場合における
本件プラントの建設費見積額は、153億円であった。ところが、同年12月11
日時点の、三井造船の本件プラントの建設費見積額は、200億円をかなり上回っ
ていたことが明らかであるから、これと上記FSにおける見積額との差は極めて大
きい。この時点で、FSの全面的な見直しが必要とされる事態が出来したというこ
とができる。
 おそらく、被控訴人において、三井造船の当初の見積額が判明した後にFS
が根本的にやり直され、その結果取締役会で承認されず、その後、約200億円に
見積額が圧縮された段階で再びFSが行われ、取締役会で承認されたのであろう。
 このような状況の下で、なお、被控訴人が即時実施の意図を有していたとい
うためには、少なくとも、被控訴人の取締役会が、三井造船との間でDMC法DP
C技術を実施するためのプラント建設請負契約を締結することを決議したことを、
必要とするものというべきである。
4 被控訴人は、平成元年12月時点では、まだDMC法DPC技術の採用を決
定していなかった。
 平成元年5月時点で何らかの決定があったとしても、それは、DMC法DP
C技術によるPCプラントを三井石油化学千葉工場内に建設するという前提での、
基本設計及び建設費見積作業に要する費用2億円を被控訴人が支出してもよい、と
の決定にすぎず、DMC法DPC技術によるPCプラントを建設することの正式な
決定ではない。
 被控訴人は、平成元年12月11日の段階では、DMC法DPC技術の実施
可能性を検討していたにすぎない。自社にとって新規な技術の場合、有料のライセ
ンス契約を結んで詳細な情報を得、その上で実現ないし採算可能性を検討するの
は、ごく自然なことである。GEとエニケムとの「技術援助及び実施許諾契約」及
びその拡張契約は、そのような性質の契約であり、単なる実施権付与の契約ではな
い。ライセンス契約後も、更に情報を得た上で技術の検討・評価が行われることが
予定されていたものである。
(当審における被控訴人の主張の要点)
  乙第1号証には、先発明が記載されている。エニケム、GE及び三井石油化
学は、昭和63年10月6日に東京で会議を開き、先発明を、乙第1号証に記載さ
れている程度の内容で討議した。乙第1号証は、エニケムが工場の建設許可申請書
とともにイタリアのラヴェンナ市に提出したものであり、工場の建設許可を争う法
律上の利益がある者(近隣居住者等)が閲覧することのできるものであり、エニケ
ムも、同証に記載されている情報について秘密保護等の特別な手段は講じていな
い。このように、同証には、エニケムの秘密情報は含まれていない。
 この会議の参加者は、守秘義務を負っておらず、エニケムも、この会議では
詳細情報を開示せず、その開示は秘密保持契約の締結まで留保していた。すなわ
ち、DMC法DPC技術において、エステル交換反応に反応蒸留を適用する、とい
う先発明の基本的内容自体は、当業者が容易に思いつく程度のことであり、何ら秘
密扱いにする理由はなく、エニケムの有する詳細な技術情報にこそ価値があったの
である。
 したがって、先発明は、遅くとも、この会議の際に日本国内で公然知られた
発明となったから、本件発明は、出願前に日本国内において公然知られた発明であ
る。
 このように、本件特許に無効理由が存在することは明らかであるから、本件
特許権に基づく差止め、損害賠償の請求は、権利の濫用に該当する。
第3 当裁判所の判断
  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、次の
とおり訂正し、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決
の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の訂正)
 50頁2行目から3行目までの「もっとも、DMC法DPC技術の導入その
ものが見直されるということはなかった。」を「もっとも、DMC法DPC技術の
導入そのものがいったん白紙に戻されるということはなかった。」に、53頁8行
から54頁3行までの「平成元年一二月に基本設計が一応完成し、三井造船から建
設費見積書が提出された後に被告と三井造船との間で基本設計や建設費見積りの修
正などがされ、建設予算が承認されて詳細設計が着手されたが、被告と三井造船と
の間では基本設計や建設費見積りについて多少の変更があり得ることが当然の前提
とされており、基本設計や建設費見積りの修正もプラント拡張を想定した部分や故
障に備えた機器を削除することなどにとどまり、DMC法DPC技術の導入そのも
のが見直されるということはなかったこと、」を「平成元年12月に基本設計が一
応完成し、三井造船から建設費見積書が提出された後に被控訴人と三井造船との間
で基本設計や建設費見積りの修正などがされ、建設予算が承認されて詳細設計が着
手されたが、被控訴人と三井造船との間では基本設計や建設費見積りについて多少
の変更があり得ることが当然の前提とされており、基本設計や建設費見積りの修正
もプラント拡張を想定した部分や故障に備えた機器を削除することなどにとどま
り、DMC法DPC技術の導入そのものがいったん白紙に戻されるということはな
かったこと、」に改め、56頁7行目から57頁3行目までの「また、原告は、被
告はGEと拡張契約を締結した平成元年一二月一一日の時点ではDMC法DPC技
術の実施可能性を検討していたにすぎず、右技術の実施を決定していたわけではな
いと主張するが、前記認定の事実関係に照らせば、右のように認めることはできな
い。甲第一〇号証に記載された例は、その詳細が明らかではないし、ライセンス契
約締結後、その技術を更に検討・評価して実施するかどうかを決定するとしていた
ケースのものであり、本件のように技術の検討・評価を経てライセンス契約を締結
した場合と事案を異にするものであって、前記認定を覆すに足りない。」を削る。
(当審における控訴人の主張に対する判断)
1 控訴人は、前記引用に係る原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」
について、原判決が、FS、技術導入、基本設計が行われれば、その後、事業の実
施に関する基本的な見直しが行われることなく、必然的に実施につながると考えて
いるとし、これを前提に、それは誤認であると主張する。
 しかし、上記判断は、控訴人の主張するような前提に立つものではない。す
なわち、先使用権制度を定める特許法79条の文言「特許出願に係る発明の内容を
知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発
明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施であ
る事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をして
いる発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通
常実施権を有する。」を、この制度の趣旨が、主として特許権者と先使用権者との
公平を図ることにあること(最高裁判所昭和61年(オ)第454号同年10月3日
第二小法廷判決・民集40巻6号1068頁参照)に照らして理解する限り、先使
用権が認められる要件であるとして同条がいう「事業の準備をしている」を、事業
の準備が、必然的に、すなわち必ず当該事業の実施につながるという段階にまで進
展している、との意味であると解すべき理由は、全くないものというべきである。
ある者が事業を実施しようとして進めた準備が、その者に先使用権を認めることが
主として特許権者と先使用権者の公平を図るという制度趣旨に合致する程度に至っ
ていれば、その者が、特許法79条にいう「事業の準備をしている者」と解釈され
るべきは、同条の文言とこの制度の設けられた趣旨に照らし、当然というべきであ
る。そして、前記引用に係る原判決の判断が、本件においては、被控訴人の本件プ
ラント建設計画の進捗状況、既に投資した金額の大きさ、第三者との契約状況等に
照らし、上記の程度に至っていたことを認定し、それを根拠に被控訴人に先使用権
を認めたものであり、決して、控訴人の主張するような前提に立つものでないこ
と、及び、原判決が、特許法79条にいう「事業の準備」とは、即時実施の意図を
有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において
表明されていることをいうとした(原判決34頁3行~9行参照)のが、上記解釈
を別の面から表現したものであることは、原判決の説示全体に照らして、明白とい
うべきである。
2 控訴人は、一般論として、FSを経て、技術導入、基本設計が行われたとし
ても、その後において、事業性を見直す必要性が生じてFSをやり直し、最終的に
は当該事業を実施しないと決断するに至った事例はいくつも存在すると主張する。
 しかし、控訴人の挙げる例は、昭和30年代から最近までの間のわずか8例
であり、その間には、いわゆるオイルショック・第二次オイルショック・バブル崩
壊等の経済変動があったことを考慮すると、それは例外的な現象であるというべき
である(ちなみに、甲第36号証によれば、「日本の会社が関与した、昭和63年
から平成7年までに新聞に発表されたホスゲン法を用いたポリカーボネート工場」
の建設計画に限定しても、かなりの数に上ることが認められるから、昭和30年代
から最近までの間にFSと基本設計がなされたプラント建設計画は、相当数に上る
ことが推認されるところであり、その数との関係においても、控訴人の挙げる例は
例外というべきである。)。そして、計画が進捗した後に、当該事業を実施しない
と決断する場合が例外的に存在するとしても、そのことを根拠として、そのような
決断がなされる可能性が残されている段階では、まだ「事業の準備」をしたことに
はならないとする解釈を、特許79条の文言と同条に定める先使用権制度の前記趣
旨の下で、合理的なものと考えることはできない。
3 控訴人は、三井造船の当初の見積額が、平成元年5月中旬のFSにおける見
積額153億円よりも極めて高額であったから、その後にFSが根本的にやり直さ
れ、その結果として取締役会で承認されたのであろうと主張する。
 しかし、FSをやり直したり、また、FSをやり直す可能性があるからとい
って、「事業の準備」をしていないことになるものではない。換言すれば、FSを
やり直すことが不可能な段階まで計画が進捗してしまわなければ「事業の準備」を
していない、などということはできないのである。
 もっとも、いったん事業の準備をしても、その後に事業を断念し、さらにそ
の後に、新たに同一の事業をすることはあり得るのであり、その場合には、特許法
79条にいう「その・・・準備をしている・・・事業」との要件を欠くことになる
ため、先使用権を認めることはできない。しかし、本件においては、三井造船の当
初の見積額が判明した後に、三井造船が当初の基本設計や見積りを修正することに
より、一年足らずの間に約200億円の建設予算が承認されて詳細設計が着手さ
れ、本件プラントが建設されるに至っており、本件全証拠によっても、その一年足
らずの間に、本件プラントの建設計画がいったん白紙に戻されたとか、他の方式に
よる基本設計が他社に依頼されたとか、という事実があったことを認めることはで
きない。そうである以上、仮に、被控訴人においてFSをやり直したことがあった
としても、そのことは、先使用権を認めることの妨げとなるものではない。
 なお、本件全証拠によっても、三井造船の当初の見積額が判明した後に、被
控訴人がFSをやり直したことを認めることはできない。
4 控訴人は、被控訴人は、平成元年12月時点では、まだDMC法DPC技術
の採用を決定していなかったと主張する。
  控訴人の主張する「DMC法DPC技術の採用を決定」するとの用語が、取
締役会の決議がなされることを指すのであれば、確かに、被控訴人の取締役会が、
「DMC法DPC技術の採用を決定」したことを認めるに足りる証拠はない。しか
し、株式会社が、個々の取締役や従業員に権限を与え、その取締役や従業員におい
て、授権された範囲内において株式会社としての意思を決定し、対外的な意思表示
を行うことができることは自明の理である。また、本件においては、前記引用に係
る原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」一3認定に係る被控訴人の行為
は、すべて被控訴人の権限のある者によって被控訴人の意思として決定され、なさ
れたものであることも明らかである。そして、このように、被控訴人が、前記引用
に係る原判決の事実及び理由「第三 当裁判所の判断」一3認定に係る段階まで、
本件プラントの建設計画を進め、対外的な意思表示も行っている以上、それを、
「実質的には、被控訴人はDMC法DPC技術の導入を決定していた」と表現する
か否かにかかわらず、被控訴人が、上記の段階まで本件プラントの建設計画を進
め、対外的な意思表示も行っていた行為は、特許法79条の「事業の準備」に該当
するというべきであることは、前示のとおりである。
 なお、被控訴人が上記の段階まで、本件プラントの建設計画を進め、対外的
な意思表示も行っている以上、取締役会の決議の有無にかかわらず、これを「実質
的には、DMC法DPC技術の導入を決定していた」という言葉をもって表現する
ことも、誤りではないということができる。
5 控訴人は、GEとエニケムとの「技術援助及び実施許諾契約」及びその拡張
契約は、有料のライセンス契約を結んで詳細な情報を得、その上で実現ないし採算
可能性を検討するような性質の契約であり、単なる実施権付与の契約ではないと主
張する。
 しかし、本件全証拠によっても、これを認めることはできない。GEとエニ
ケムとの「技術援助及び実施許諾契約」の拡張契約は、GE及び被控訴人がエニケ
ムから「秘密保持契約」を締結したうえで得た詳細な技術情報を検討した結果締結
されたものであって、DMC法DPC技術の実施許諾の対価として、被控訴人が一
時金300万ドルを支払わなければならないものであるから、被控訴人が、単なる
実現可能性や採算可能性の調査のためにこれを締結したものと認めることはできな
い。まして、乙第20ないし第22号証によれば、DMC法DPC技術は、エニケ
ムがイタリアのラヴェンナ市において年産4000トンの製造能力のある工場によ
って商業的な操業を行っていたのであるから、本件においてはなおさら、単なる実
現可能性や採算可能性の調査のためにこれが締結されたとは考えがたいのである。
 もっとも、一般論として、実施許諾契約後も、実現ないし採算可能性が検討
される場合はあり得るけれども、そうであるからといって、少なからぬ金員を支払
って実施権を獲得した者に、公平の観点からみて先使用権を認めるべきではない、
ということはできないのである。
6 甲第40号証には、控訴人会社の従業員が、平成元年10月ころ、三井石油
化学へ行く日本人と外国人の混じったグループが「PCの重合法について、界面重
合法にするか、メルト重合法にするかで悩んでいる。」という内容の立ち話をして
いたことが記載されている。しかし、上記は、被控訴人の関係者のどういう立場の
者が、どういう趣旨の会話として述べたのかも明らかではないから、上記記載は、
被控訴人におけるDMC法DPC技術についての意思決定状況を認定しうる証拠と
なるものではない。
 甲第41、第42号証には、三井石油化学と控訴人との間の会議において、
三井石油化学の従業員が、平成元年11月15日には、「被控訴人はPCエステル
交換法の採用を決めていないが技術的には可能。来春より早い段階で採用プロセス
を決定する」、平成2年2月には、「DMC法DPC技術を用いたメルト法PCに
ついて流動的でまだ決定していない。」と述べた旨が記載されている。しかし、上
記会議は、DMC法DPC技術の導入状況を控訴人に報告するための会議ではな
く、しかも、三井石油化学にとって、控訴人は、取引の相手であると同時に競争相
手でもあることに照らせば、仮に、これらの発言があったとしても、それが、控訴
人に三井石油化学の手の内をさらけ出して真実をありのままに説明したものと直ち
に認めることはできないから、このことは、前記認定に反するものではない(ちな
みに、甲第40号証によれば、被控訴人ないし三井石油化学が、どういう技術を採
用するかについては、他人の立ち話を立ち聞きした程度のことでさえ、控訴人にと
っては「重要情報」とされていたことが認められるから、被控訴人ないし三井石油
化学側の従業員も、この点の情報を控訴人に述べることを警戒しており、正確な情
報を開示するまいとしたであろうと推測する方が、むしろ自然である。もっとも、
三井石油化学の上記従業員が、「決定」との用語を、いかなる意味で用いたのかは
不明であり、あるいは、事業の準備の進捗状況を開示しない目的で、「決定」を本
件プラントの建設契約の正式締結や、取締役会の決議の意味に用いた可能性もあ
り、その意味で用いたとすれば、上記従業員の発言は、あながち虚偽とも言い切れ
ないものである。)。
7 その他、被控訴人に先使用権を認めることの妨げとなる事実は、本件全証
拠を検討しても、認めることができない。
第4 結論
 よって、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法
67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。
      東京高等裁判所第6民事部
         裁判長裁判官 山  下  和  明
 
    裁判官 山  田知司
    裁判官 宍  戸     充

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