弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主      文
1被告は,別紙2認容額一覧表記載の原告らに対し,それぞれその該当
欄記載の金員を支払え。
2 本件訴え中,原告らの平成14年12月18日以降の賃金の支払を求
める部分を却下する。
3 前2項のほか,原告(A)30を除く原告らのその余の請求及び原告
(A)30の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,原告(A)30を除く原告らと被告との間に生じた分
は,これを2分し,その1を同原告らの負担,その余を被告の負担とし,原告
(A)30と被告との間に生じた分は同原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告らに対し,別紙3債権目録(ロ)の該当欄記載の金員及びこれに
対する昭和50年1月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
 2 被告は,原告らに対し,昭和50年2月以降,毎月25日限り別紙3債権目
録(イ)の該当欄記載の金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,被告が,その従業員であった原告ら(ただし,原告(A)30を除
き,同原告の被承継人(B)を加える。以下,「原告ら」というときは,この意味
である。)の加入する労働組合の組合員に対し,その余の従業員と別の棟で就労す
るよう命じ,これに従わなかった組合員の就労を拒み,賃金を支払わないのに対し
て,原告らが,この就労命令は組合の団結権,団体行動権を侵害する不当労働行為
であり,無効である等と主張して,労務の受領拒絶を理由に,被告に対し,未払賃
金の支払を求める事案である。
1争いのない事実
(1) 当事者
ア 被告は,各種バルブの製造販売等を業とする株式会社である。
   イ 原告らは,昭和48年7月21日当時,いずれも被告の従業員であっ
て,日本労働組合総評議会(以下「総評」という。)(C)労働組合(以下
「(C)組合」という。)(D)地方本部(以下「(D)地本」という。)(E)
支部(以下「(E)支部」という。)の組合員であった。
(2) 本件に至る経緯
ア 被告は,昭和46年3月,(E)支部前副委員長の(F)を懲戒解雇し
た。
     これを契機に,同年8月,(E)支部が分裂し,(G)従業員組合(以
下「従組」という。)が結成された(従組は,昭和47年9月2日,全日本労働総
同盟(H)労働組合同盟(以下「(H)同盟」という。)(I)労働組合と名称が
変更された。この時期以後については,以下「(I)労組」という。(I)労組
は,さらに平成3年10月(J)労働組合と改称したが,この時期以降をも含めて
(I)労組という。)。
イ昭和47年5月20日,被告は,(K)株式会社(以下「(K)株式会
社」という。)のガードマンを導入し,会社構内の警備に当たらせた。
     これに対して,仙台地方裁判所(以下「仙台地裁」という。)は,同年
5月29日,組合活動妨害禁止仮処分決定を発令し(同裁判所昭和47年(ヨ)第1
85号),宮城地方労働委員会(以下「地労委」という。)は,同年6月15日以
降3回に亘って,被告に対し,ガードマンの撤去を求める勧告をしたが,いずれも
履行されなかった。
ウ 被告は,同年10月23日警備課を新設して(K)株式会社のガードマ
ンを社員として採用するなどした。
地労委は,昭和48年4月16日,「被告は昭和47年10月22日当
時守衛であった者を除き,その他の警備課員全員を直ちに会社構内から退去させな
ければならない」との救済命令を発し(昭和47年(不)第8号の1事件),中央
労働委員会(以下「中労委」という。)は,被告に対し,上記救済命令の履行勧告
を繰り返したが,被告はこれに全く従わなかった。
エ被告は,昭和47年12月18日,(E)支部組合員を対象としてロッ
クアウトを行い,(E)支部組合員の会社構内への立入りを禁止した(以下「本件
ロックアウト」という。)。
     本件ロックアウトに対し,仙台地裁は,昭和48年10月13日,これ
を違法であるとして賃金仮払仮処分決定をした(同裁判所昭和48年(ヨ)第1
号)。
 (3) 別棟就労命令
 被告は,同年7月21日付の文書で,原告ら各人に対し,同月25日に本
件ロックアウトを解除し,同月26日から別棟(第2工場)で就労することを命じ
た(以下「別棟就労命令」という。)。
    被告代表者は,同月21日,記者会見を行い,同月25日本件ロックアウ
トを解除することを明らかにし,更に,原告らの就労場所を他の従業員と区別され
た第2工場とし,原告らの出入口を北門のみとすることを表明した。
(4) (E)支部組合員は,別棟就労命令に従わず,被告に対してロックアウト
前の職場での就労を要求して,同月25日からストライキを行ったが,同年12月
18日,ストライキを解除した。
    それ以後,(E)支部組合員は,会社門前等で,継続的に就労要求を行う
ようになった。
  (5) (I)労組は,(E)支部組合員による通勤妨害から自衛するとして,そ
の後通勤路確保行動をするようになった。
(6)仙台地裁は,昭和49年12月19日,(E)支部組合員らの別棟就労命
令の効力停止を求める仮処分申請を却下した。
    その後,地労委は,昭和51年3月19日付けで,別棟就労命令が労働組
合法(以下「法」という。)7条1号及び3号の不当労働行為であって無効である
として,被告に対して(E)支部組合員をロックアウト前の職場で就労させるよう
命ずる救済命令を発した。
  (7) 昭和52年8月1日,団体交渉のために会社構内に入った(E)支部組合
員らと(I)労組組合員らとの間に衝突事件が発生した。
    その後,(I)労組組合員は,同年12月14日から通勤路確保行動を停
止した。
  (8)(B)は昭和58年4月13日死亡し,同人の本件原告の地位を原告
(A)30が承継した。
  (9) (B)を除く原告らは,平成2年3月16日,被告が指定する職場で就労
する意思を被告に伝えた。
その後,原告らと被告との間で,実際に就労する場合の労働条件や手順を
巡る交渉が地労委や仙台地裁等で断続的に行われてきたが,原告らの就労は実現し
ないまま今日に至った。
2 争点
(1) 被告による原告らの労働債務の受領遅滞の有無
(原告らの主張)
 ア 本件に至る経緯
 (ア) (E)支部は,昭和43年8月ころから徐々に団結を強化し,他の
労働組合との共闘態勢を確立してきたが,被告はこれを極度に嫌悪し,(E)支部
執行部に対する思想攻撃や前副委員長の(F)を懲戒解雇する等の不当労働行為を
繰り返し,昭和46年8月には(E)支部を分裂させ,従組なる御用組合を結成さ
せた。
      それ以後,被告は,(E)支部組合員に対する脱退強要,従組組合員
との差別扱い,(E)支部組合員との団体交渉拒否,組合活動の妨害等の不当労働
行為を繰り返した。
    (イ) 昭和47年春闘に際し,被告は,(E)支部との団体交渉を拒否
し,同年5月20日,(E)支部の組合活動を暴力ガードマンによって抑圧するた
め,(K)株式会社なる札付きの暴力ガードマンを会社構内に乱入させ,(E)支
部の集会,デモ行進,ビラ配り,印刷物の掲示,組合旗の掲揚,組合事務所への立
入りや使用等の組合活動を暴力によって妨害し,さらには(E)支部組合員らに対
して暴行脅迫を繰り返した。
    (ウ) 被告は,同年11月1日から施行された警備業法によるガードマン
規制を免れるため,同年10月23日警備課を新設して(K)株式会社の暴力ガー
ドマンを社員として採用し,同課員をして(E)支部の組合活動の妨害や暴行脅迫
を継続した。
      被告は,地労委の(K)株式会社ガードマンを直ちに会社構内から退
去させなければならないとの救済命令にも,中労委の履行勧告にも全く従わなかっ
た。
    (エ) 被告は,同年12月12日警備課員及び職制が(M)党県議会議員
(以下「県議」という。)らに対する傷害事件により逮捕され(内1名は起訴され
た。),それ以降暴力的組合弾圧が世論から強く指弾され,暴力によって(E)支
部の組織を破壊することが困難となるや,同月18日(E)支部組合員のみを対象
として本件ロックアウトを行い,(E)支部組合員を会社構内から追い出し,以後
会社構内への立入りを一切禁止した。
 イ 別棟就労命令
     そして,被告は,1(3)のとおり,昭和48年7月21日,同月25日限
りで本件ロックアウトを解除する一方で,従業員わずか60数名の者で就労してい
たに過ぎない会社構内の一角を金網やフェンスで囲んで第2工場と名付け,原告ら
の就労場所は他の従業員と截然と区別された第2工場であり,原告らの出入口は北
門のみとする旨の別棟就労命令を発した。
 ウ 別棟就労命令の無効
 (ア) 別棟就労命令は,法7条3号に該当する不当労働行為である。
 a 被告がした昭和47年12月18日の(E)支部組合員に対する本
件ロックアウトは,同年5月20日以降継続した暴力ガードマン及び警備課員らに
よる暴行脅迫を用いた(E)支部の団結破壊が,同年12月12日の傷害事件でそ
の違法性が社会的に明らかにされたことにより,これ以上警備課員らを使っての団
結破壊を続けることができなくなったために行われたものである。
       しかしながら,本件の団結破壊の意図は本件ロックアウトにおいて
も貫かれた。これは,会社構内におけるデモ行進及び集会の一切の禁止を求めたこ
と,当時(E)支部が警備課員らの撤去に向けての組合活動のためにやむを得ず行
っていた指名ストまでも禁止するよう求めていたことから明らかである。
     b そして,本件ロックアウトは,昭和48年7月25日解除された
が,この解除は,(a) 7か月に及ぶ長期の本件ロックアウトによってもその目的
である(E)支部の団結破壊を行うことができなかったこと,(b) 本件ロックア
ウトの継続に対する社会的非難とりわけ融資先及びユーザーから強く争議解決すな
わち本件ロックアウトの解除とガードマンの撤去を求められたこと,(c) 昭和4
7年12月末から行われた地労委の職権斡旋,昭和48年6月以降仙台地裁から勧
められた和解交渉の中で,ガードマン撤去と並んで,本件ロックアウトの解除が最
大の争点になっており,その解除を行わざるを得なかったこと等のためにやむを得
ずされたものであった。
     cしかしながら,被告は,単に本件ロックアウトを解除しただけで
は,本件ロックアウトの目的を達成することはできない。
       そこで,本件ロックアウトの解除の形態を維持しつつ,ロックアウ
トの目的と効果を実質的に維持するために考案されたのが別棟就労命令であった。
 すなわち,構内の一角を金網フェンスで仕切ってそこに(E)支部
組合員を閉じこめることにより,(a) 本件ロックアウトと同様構内での(E)支
部の組合活動とりわけ構内でのデモ行進,集会を一切封殺し,(b) (E)支部の
ストライキの影響が第1工場に全く及ばないようにすることによりロックアウトと
同一の効果を維持し,(c) (E)支部の組合活動とりわけデモ行進,集会が構内
で行われるときは,直ちに警備課員らをして(E)支部組合員らを暴行脅迫をもっ
て排除することが完全に行われるのであって,この意味で,別棟就労は本件ロック
アウトと同様,明らかに(E)支部の組合活動及び争議行為の封殺を目的とするも
のといわざるを得ない。
 (イ) 別棟就労命令は,法7条1号に該当する不当労働行為である。
 a 被告が別棟工場(第2工場)としたのは,従来NH棟及び有限会社
(N)(以下「有限会社(N)」という。)が使用していたNI棟とされていた2
棟のみであり,本社工場全体の8分の1以下である。従来,NH棟50名,NI棟
20名の合計70名程度が働いていた場所であって,被告の予定したように200
名もの従業員が作業できる場所ではない。
       被告は,この2棟を金網で囲ったが,これは前記のように(E)支
部の組合活動を不可能にするためにしたものである。
     b この別棟工場は,作業環境や労働条件に関しても耐え難い不利益を
及ぼすものである。
 (a) 被告では,従来顧客からの注文により生産をする受注生産を行
い,見込み生産をしていなかった。
        しかし,被告は別棟就労により工場を2分し,第1工場では従来
どおり受注生産をするのに対し,別棟では見込み生産をさせることとし,(E)支
部組合員には従来なかった生産を行わせようとした(したがって,第1工場では従
来と同じ生産をし得るのに対し,別棟では生産が行われなくても被告の生産には影
響がない。)。
      (b) 受注生産は顧客の注文に応じて標準品も特殊品もあり,製品も
多種多様である。他方,見込み生産はあらかじめ受注生産を見込んで生産するため
製品は標準品に限られ,特殊な製品は生産しない。
      (c) 別棟は,従来のNH棟及びNI棟に第1工場から機械設備等を
一部移転したのであるが,NC旋盤等の高性能旋盤類組立のための搬送ライン溶接
設備,放電加工設備等々の重要な機械設備類は第1工場にあるだけで移転されてお
らず,新設されてもいない。第1工場から別棟に移転したのは,主として旧式の精
度の悪い旋盤等の機械類である。
      (d) しかも,別棟の管理職は,その絶対数が第1工場と比較して少
ないだけ管理職一人当たりの従業員数が極めて多く,被告は別棟を全く軽視してお
り,被告で行われている課長の職場評定でも,第1工場が一人を除いて全員がAラ
ンクであるのに対して,別棟では課長全員がBランクである。
      (e) 以上のように,別棟は,金網で囲まれた狭隘な工場であり,従
来なかった見込み生産も大きな差があり,生産される製品の種類も極めて限定さ
れ,機械設備にも大きな差があり,管理職の配置も適正を欠くため,別棟における
労働条件は,第1工場と大きな差別がある。原告らは,従来他の従業員と同等に各
々被告の重要な作業部門を担当し,自己の能力経験を向上させて来たのに対し,別
棟では,担当業務が限定され,単純な作業に従事させられ,高度な機械設備類は担
当させられず,第1工場の下請け作業を担当させられることになるのである。
     c 金網で囲った工場内で働かせること自体,(E)支部組合員らの人
間性を無視し,差別感・屈辱感等の大きな精神的苦痛を与えずにはおかない。さら
に,別棟は,前記のとおりであるため,密室作業を余儀なくされ,粉じんや煙,人
の密集によって,空気が汚れ,非衛生的な状態となる。
       また,被告では,化学薬品類,油類を常時使用し,機械作業をして
いるため,このような密集作業をすれば,労災事故や火災が起こりやすい危険な工
場となる。
       しかも,別棟は,全体を金網で囲い,出入口が狭いため,火災等の
緊急事態が発生した場合には,人命にも危険が及ぶおそれが強い。
       別棟は,非衛生的であるにもかかわらず,医務室もなく,怪我をし
たときは,金網の扉を開けてもらって第1工場の医務室に行くほかなく,便所・更
衣室・食堂も第1工場と比較して劣悪である等,作業環境及び厚生施設について
も,別棟は第1工場と比べて差別のもとにおかれている。
    (ウ) (E)支部組合員と(I)労組組合員とのトラブル回避について
     a 別棟就労命令が法7条1号及び3号の不当労働行為であって無効で
あることは,地労委が昭和48年(不)第9号事件について発した昭和51年3月
19日付けの命令で明白にこれを認めた。
       これに先立ち,仙台地裁は,昭和49年12月19日,別棟就労命
令の効力停止を求める仮処分申請を却下した(同裁判所昭和48年(ヨ)第473
号)。その大きな理由は,紛争を避ける暫定措置であるという点にある。
  しかしながら,地労委は,被告が自ら行った違法をそのままにし
て,その結果として発生し悪化したトラブルを理由に,更にこれを避けるためと称
して差別的別棟就労を正当化することは,たとえそれが暫定的措置としても到底不
可能とし,(E)支部組合員と(I)労組組合員とのトラブル回避についても,本
件ロックアウトや別棟就労命令そのものによって,会社門前でのトラブルが発生激
化したものであるから,別棟就労命令を正当化することはできないと判断してい
る。
     b 昭和48年12月18日,(E)支部は同年7月25日から行って
いたストライキを解除し,以後会社門前で継続的に就労要求を行うようになったの
に対し,(I)労組は,1(5)のとおり,通勤路確保と称し,門前で(E)支部組合
員に対して暴力的行動をとるようになった。
       被告は,これを利用して,(I)労組と(E)支部とのトラブルが
あると称する一方,(I)労組の行動は組合活動なので会社側は放置するしかない
と野放しにし,(I)労組は(E)支部組合員のビラ配布の妨害を繰り返すように
なった。
       その結果として,昭和52年8月1日,団体交渉のために会社構内
に入った(E)支部組合員らが,その帰路,被告の警備課員と(I)労組組合員ら
に集団暴行されるという事態にまで発展した。
       この状況に驚いた(I)労組の上部団体である同盟の指導で,
(I)労組組合員は,同年12月14日から会社門前での通勤路確保行動を停止す
るに至り,昭和53年1月20日を最後に(I)労組と(E)支部とのトラブルは
事実上解消された。
 c このように,トラブルは被告と(I)労組の対応にその原因がある
ことは明白であるから,これによって別棟就労命令を正当化することはできない。
       別棟就労命令は,(E)支部組合員を組合員であるがために,他の
組合員と差別して不利益を与え,組合活動を制限し,争議行為の効果を無に等しく
して(E)支部の団結権及び団体行動権を侵害するもので,明白な不当労働行為で
あり,無効である。
 エ 別棟(第2工場)の消滅
    (ア) 前記のとおり,昭和53年1月20日以降,(E)支部組合員と
(I)労組組合員のトラブルは解消しているにもかかわらず,被告は,別棟(第2
工場)を原告らの就労場所とする以外,原告らの労務提供を受領しないとの態度を
とり続けた。
    (イ) 昭和58年から,仙台市の地下鉄建設工事のため,被告の工場の配
置換え等が進行し,遅くとも昭和59年5月ころには第2工場はなくなった。
    (ウ) 被告は,第2工場がなくなった後も原告らの労務提供を受領すべき
場所を指定することもなく,(I)労組組合員と同一の職場で就労することは認め
ないとする態度をとり続けた。
オ その後の交渉と被告の受領遅滞の継続
     原告らが昭和55年12月8日から所属するようになった(0)労働組
合(以下「(0)労組」という。)は,実質的解決を目指して,別棟であっても就
労することを決め,死亡した(B)を除く原告らは,平成2年3月16日,被告が
指定する職場で就労することを被告に伝えた。
     その後,現実的対応として,実際に就労する場合の労働条件や手順を巡
る交渉が地労委や仙台地裁で断続的に行われてきたが,被告は,原告らが実際に就
労することが困難な条件を提示し,就労させるよりも一括退職による解決を望み,
原告らの就労は事実上拒否されている。
     このように,交渉が開始されても,事実上就労できない期間が生じるに
至った原因は,被告の違法な別棟就労命令とそれに伴った労務提供の受領拒絶にあ
るから,原告らの賃金請求権は,就労を巡る交渉が開始され,中断していることに
よって,何ら消長をきたすものではない。
   (被告の主張)
ア 被告が就労場所の区分の施策をとったのは,次の経緯と理由によるので
あって,被告には不当労働行為の意思はなかった。
    (ア) ロックアウトに至る経緯
  a 被告と(E)支部との労使関係は,かつて円満であった。
     b しかしながら,(E)支部は,闘争至上主義に走り始め,昭和46
年8月,(I)労組が結成されて分裂すると,これを御用組合とみてことさら無視
し,被告に(I)労組と交渉しないように要求した。同年10月15日には,
(I)労組の男子更衣室使用を実力で妨害し,同年11月には,被告と(I)労組
の団体交渉を妨害した。
       これに対し,被告は,平等扱いに腐心した。
     c (E)支部は,同年の年末一時金交渉から,職制を吊し上げ,団体
交渉メンバー以外の者を会場に入れ,不眠不休の団体交渉を強いたりした。
     d さらに,(E)支部組合員は,昭和47年1月には,従前と異な
り,会社全体の問題や他の職場に関わる問題についての職場要求を持ち出し,同年
の春闘では,団体交渉による解決を遷延させながら,各職場で職制の吊し上げ,波
状的な指名スト,入出荷阻止行動を行い,生産ダウンを企図して誤差零運動,ミー
ティング闘争,バイト闘争,オシャカ闘争等の特殊戦術をとった。これにより,被
告の生産態勢は混乱し,作業計画の立案実施が困難な状況になった。
       (E)支部組合員のこれらの行為は,交渉に名を借りて,管理職を
吊し上げ,職場を混乱させ,労働者の解放区を作り出すのが真の目的であった。
     e 同年5月15日以降,(E)支部は,入出荷阻止行動を強化した。
これにより,被告は7000万円を超える損害を被ったほか,外注業者にも甚大な
被害をもたらし,このまま継続されると,工場の操業が完全に停止する状態に至っ
た。
     f このため,被告は,同月20日,自主的保安措置として(K)株式
会社のガードマンによる構内警備に踏み切った。これにより,出入荷は確保される
ようになった。
     g 被告は,同年10月23日,警備課を新設したが,これは,従前か
ら会社内の警備強化は懸案となっていたところ,これが実現しないでいるうちに職
場解放区を作り出されたため,設置に踏み切ったものである。
  (イ) ロックアウトの実施
      被告は,同年12月18日,(E)支部組合員のロックアウトを実施
し,会社構内の立入りを禁止したが(本件ロックアウト),これは,次の事態に対
処する必要があったからである。
  a (E)支部は,入出荷阻止等を行わなくなった後も,引き続き時限
スト,指名スト等を連日行い,これは同月にかけて激化の一途をたどった。
     b このストは突然通告なしで,あるいはせいぜい突入の5分前の通告
で,1日に数波ないし十数波に亘って行われるという態様のものであった。
     c 指名スト参加者は,(E)支部組合員の約3分の1にも及び,それ
によって作業態勢や作業計画が阻害される程度は,(E)支部組合員が一斉に全員
ストに入ったときをはるかに上回るものであった。
     d 指名スト参加者は,連日被告のほとんど全職場に亘っており,部分
ストとは到底比較にならない影響を会社業務の全般に亘って及ぼしていた。
     e その他にも,(E)支部組合員は,会社構内中央通路において,被
告の制止を無視してジグザグデモや集会を行い,被告としてはこれに対する警告や
制止に忙殺され,管理職や警備課員がその間本来の業務に従事できない状況にあっ
た。しかして,(E)支部組合員が一部分でも就労のため会社構内に立ち入るとき
は,(E)支部組合員の体当たり等によって,管理職等が傷害を受ける危険が絶え
なかった。
       また,(E)支部組合員によるミーティング闘争,オシャカ闘争そ
の他の積極的業務阻害行為は依然として続けられていたが,年末の業務多忙期に向
かって激しさを加える傾向が認められ,その影響は企業として耐え得ないものであ
った。
     f 他方,(E)支部組合員は,昭和45年5月18日以降,被告の主
取引銀行に対し,被告に対する融資を打ち切るよう要求し,大勢で押しかけて嫌が
らせをし,実力でその実施を要求していたが,その結果,同年12月ころには既に
主取引銀行の被告に対する融資が円滑を欠く状況になっていたので,前記各行為が
もたらす影響は,金融不安と相乗して極めて深刻なものがあった。
     g このため,上記のような事態が続き,作業計画はおろか,日々の作
業態勢さえ具体的に確立できないまま業務阻害行為のみが激しく行われるという事
態が継続するときは,極めて近い将来,会社の存亡に関わる重大な事態に直面する
ことは明らかであった。
    (ウ) ロックアウト後の状況
     a 本件ロックアウトにより,(E)支部組合員は,会社構内において
吊し上げや積極的業務阻害行為を行うことができなくなったため,次の行為を重点
的に行った。
     (a) 会社構内以外の場所で管理職や(I)労組組合員を吊し上げ,
暴力を加える行為
      (b) 被告に対し,集団で突入を図り,門柱,門扉,フェンス等の施
設を破壊し,被告の業務を阻害する行為
      (c) (I)労組組合員等の出勤を妨害する行為
      (d) 管理職や(I)労組組合員の自宅やその周辺において,ビラ,
マイク,宣伝カー等により,誹謗中傷を行ったり,深夜それらの者の自宅に嫌がら
せ電話をかけたり,あるいはそれらの者の玄関先に汚物を撒き散らす等の嫌がらせ
行為
      (e) 被告の取引銀行や取引先(ユーザー)に対し,被告との取引を
取り止めるよう強要する嫌がらせ行為
      (f) 被告の営業所や出張所を襲撃し,その業務を阻害する行為
     b 他方,被告は,本件ロックアウト後,(I)労組組合員の就労によ
ってかなりの成果を上げたが,就労人員の絶対数の不足から受注残が増え続け,巨
額の欠損を生じているにもかかわらず,昭和48年6月現在で受注残が19億円に
達する有様であった。
    (エ) ロックアウトの解除
      被告が本件ロックアウトを解除したのは,次の理由からである。
  a 被告と(E)支部との間の紛争が,(E)支部の頑なな態度から解
決の兆しを見いだすことが困難な状況にあったが,本件ロックアウトを自主的に解
除することは,解決の契機になるのではないかと期待された。
  b 被告は,(E)支部組合員の指名スト,時限スト等に対処するため
やむを得ず本件ロックアウトを行ったが,(E)支部は本件ロックアウトにより組
合員が経済的に打撃を受け,窮状に陥ったと主張していたので,それが事実である
とすれば,組合員を経済的に困窮させることは被告の本意ではなかったので,事情
さえ許せば,本件ロックアウトを解除することが適当と考えた。
     c 他方,bのように組合員が経済的に困窮しているというのが事実で
あるとすれば,本件ロックアウトを解除しても,(E)支部がロックアウト前のよ
うに激しく指名スト,時限スト等賃金カットを伴う行為を行うことがないのではな
いかと期待できた。
     d被告は,本件ロックアウト前の(E)支部による争議行為や違法不
当な行為により,業務に多大の影響を受けていたが,それに加えて,本件ロックア
ウト後,(I)労組組合員等の就労により,かなりの成果を上げ得たとはいえ,就
業人員の絶対数の不足から,遊休設備の存在や受注残の増加が重大な問題となって
きたばかりでなく,(E)支部の主取引銀行に対する連日の嫌がらせ行為の結果と
して,銀行融資が停止されるなど深刻な事態を招くに至っていたため,ロックアウ
トを解除し,全従業員によって企業危機回避のための努力をすることが必要になっ
ていた。
  (オ) 工場の分離と就労場所の区分
  a 被告は,従来から生産工場の近代化を検討し,実施に移しつつあっ
た。
  (a)被告は,大正13年創業であるが,昭和13年に株式会社組織
に改組し,昭和24年には,鋳鉄部門と工事部門を分離して,精密機械加工を中心
に事業を展開してきたが,従来から生産工場の近代化が検討課題になっており,昭
和45年4月には,生産性向上委員会を発足させて,機械工場の整備,在庫の適正
な管理,組立工程の合理化を進め,後2者については改善プロジェクトを作り上
げ,実施に移したが,機械・工場の整備に関しては目途が立たなかった。
      (b) そこで,被告は,昭和46年3月,これを扱う生産管理部IE
課を設置し,この問題に取り組ませた。
  IE課は,昭和47年4月ころまでに機械の稼働率調査などを行
った上で,機械類の再配置を中心とする工場の整備を検討し,被告は,これに基づ
き次の改善策を決定し,昭和48年5月から同年7月上旬にかけて,①,③の一
部,⑤及び⑥を実施した。
       ① 製造1課の工場より標準品的な部品の加工のために使用されて
いた機械や第2製造部の製品の加工に使用されていた機械類を取り外し,前者は後
記⑥のように移転し,後者は第2製造部の組立工場付近の工場に移転する。
       ② 製造1課内の残余の機械類を整然と配置換えし,併せてクレー
ンの改造と電気工事を行う。
       ③ 製造1課の工場を増築し,溶接工場をそこに移転する。
  ④ 従前の溶接工場の場所は,標準品的な部品の比較的多い製品の
組立工場とする。
       ⑤ 従前からNH棟と呼んでいた工場の1階に設置されていた不要
機材等を取り外す。
  ⑥ その結果,従前のNH棟がほとんど空いてしまうので,そこに
①によって取り外された機械のうち,標準品的な部品の加工のために使用されてい
るものを搬入設置する。
  (c) 上記の改善策の実施過程において,引き続き次の施策を行う必
要が指摘されていたので,被告としても近い将来には従前のNI棟とNH棟を中心
として一貫作業を行えるようにし,その付近を独立性のある作業場として整備する
ことを予定していた。
  ① 従前有限会社(N)に使用させていたNI棟は余裕があり,精
密機器には広すぎるので,他のより狭い場所(従前の溶接工場)に移転してもらう
ことが望ましい。
  ② 従前のNH棟を標準品的部品の比較的多い製品の関係の工場と
して改善整備した場合,それに関連する技術,事務,管理,検査等の部門をその付
近に持ってくることが望ましいが,それらをNI棟の2階に移し,1階は組立,テ
ストの作業場とし,NI棟とNH棟とを合わせて,独立して一貫した作業を行い得
るようにすることが望ましい。
       ③ その場合,NH棟の2階は福利厚生施設等に用いるのが望まし
い。
     b 被告は,本件ロックアウトの解除につき検討を進めていた過程で,
昭和48年6月下旬ころに至り,ロックアウト解除後,暫時,会社構内を2分し,
一方を(E)支部組合員たる従業員の就労場所とし,他方をその余の従業員の就労
場所とすること及びそのため,その当時実施されつつあった改善策をその趣旨に添
うものとして手直しすることを決意した。
       その理由は次のとおりである。
  (a)(E)支部分裂後,(E)支部と従組,後に(I)労組間の対
立抗争は極めて激しく,しかも(E)支部が,後者の組合員への反感を一層募ら
せ,対立を助長するような個人中傷を続けたり,会社に突入しようとして管理職や
従組,後に(I)労組組合員に傷害を負わせようとしたりし続けていたため,その
対立抗争は本件ロックアウト以降日を追って激化の一途をたどっており,本件ロッ
クアウトを解除して両組合員が同一の就労場所で顔を合わせながら就労した場合,
暴力傷害事件が発生する可能性は極めて大きかった。
        そのため,管理職以外の一般従業員の場合は,就労場所を隔て,
両組合員が顔を突き合わせずに作業できるようにすることが得策と考えられた。
      (b)(E)支部組合員は,ことさらに警備課員を非難中傷していた
ので,本件ロックアウト解除後も両者が可及的に接触しないようにすることは,被
告と(E)支部との間の労使紛争を解決に近付けるについて得策と考えられた。
      (c)被告は,地労委から警備課員全員を直ちに会社構内から退去さ
せなければならない旨の命令を受けたものの,(E)支部が違法不当な行為を中止
しようとしないため,やむを得ずこの命令を履行できないでいたが,(E)支部組
合員たる従業員とその余の従業員の就労場所を隔て,前者の構内に警備課員を原則
として立ち入らせないようにすることは,その当時において,被告が可能な範囲で
上記命令の趣旨を遵守するために取り得る唯一の方策と考えられた。
      (d)本件ロックアウト解除後に(E)支部がロックアウト直前のよ
うな激しい争議行為その他の行為を行い,再び職場が全面的に混乱し,生産態勢が
破壊された場合,昭和47年6月ころには深刻な事態に至っていた会社経営がたち
どころに破綻することは必定であった。そのため,被告としては,(E)支部組合
員たる従業員とその他の従業員の就労場所を区分しておき,職場の混乱や生産態勢
の破壊が全職場に及ぶことを回避する必要があった。
     c そこで,aの施策の実施を早めながら,これをbの趣旨に合致する
ように手直しを行い,NI棟とNH棟を独立の工場として整備し,これを暫時
(E)支部組合員たる従業員の就労場所とすることを決め,昭和48年7月15日
以降,これに基づき次の作業等を実行し,NI棟とNH棟を中心とする部分を第2
工場として整備した。
  (a) 従前の溶接工場の機械類を新たに製造1課前に設置した溶接室
に移動。
      (b) 有限会社(N)が使用していた機械類を旧溶接工場に移転。
      (c) NI棟の1階を比較的に標準品的な部品の多い製品の組立工場
として整備し,その2階をそれに関連する設計その他の部門の事務室として整備。
      (d) NH棟1階に他社から借り受けた機械類を搬入。
      (e) ロッカー等を購入してNH棟2階に設置。
      (f) 自転車置き場の新設。
  d 第2工場の概要は,次のとおりであり,そこでの就労が不利益取扱
とか差別になるようなものではなかった。原告らも,地労委の審問で質問を受ける
までは,この点を問題にはしていなかったもので,原告らの就労拒否も,この不利
益取扱や差別を理由とするものではなかった。
      (a) 第2工場は,敷地面積が約800坪であり,建物はNH棟とN
I棟を併せて延べ550坪あるほか,塗装場,放射線検査室等がある。これに対し
て,本社敷地のその余の部分は約3000坪であるが,これには第1工場の場所だ
けでなく,他企業使用の部分や第1,第2各工場共用の部分が含まれている。
        また,従前,NI棟は余裕がありすぎる状態で使用されており,
NH棟も不要な機械が多く,十分に利用されていなかったから,従前の稼働人数に
基づいて第2工場の状況を論じるのは無意味である。
      (b) 第2工場は,標準品的な部品の比較的多い製品の製造に(E)
支部組合員たる従業員が全員で従事しても,十分に足りるだけの機械設備を備え
た。
        整備されたのが上記作業対象に適合した機械設備であるのは当然
である。会社に1台しかない機械は,これに適合するか否かの他に,移動する作業
が容易か否かによって振り分けて配置されたものであり,多軸ボール盤,バルブ加
工専用機,ベローズ成型機や,放射線検査装置,ヘリューム・リーク検査機のよう
な最新鋭の機械等は,第2工場のみに据え付けられ,第1工場にはないものであ
る。
      (c) 被告は,その他,第2工場に,ロッカーを購入して備え付け,
手洗い場を改造し,男女別の休養室を設け,換気扇を設置したりして,福利厚生施
設の充実と労働環境の整備に意を用いた。
      (d) 工場の分離により管理職制度を改めた。第2工場の係長の比率
は第1工場と同じであったが,その下の管理職であるリーダーは係長の意向に基づ
いて発令するところ,第2工場では(E)支部組合員たる従業員が就労しておら
ず,同組合員たる係長の意向を確認できないため,発令されていなかったものであ
る。
        また,被告は,昭和48年3月,職能級制度を導入するに当た
り,課長をA・Bの二種の職群に分類したが,これは個々人の知識経験能力等によ
ったのではなく,各職務を分析した上職務ごとに分類したにすぎず,同一人が人事
異動の結果,他方の分類に変更されることも少なくなかった。そして,被告は課長
Aと課長Bで待遇には全く差を設けていなかった。
      (e) 被告は,製品を標準品と特殊品に区別しておらず,第1工場と
第2工場の作業振り分けにおいて問題となったのは,あくまで部品(ワーク)が一
般的,定型的かどうかであり,そのような部品が比較的多いか否かによってその振
り分けが行われたにすぎない。
      (f) 被告では,受注契約が細部に亘って確定的に締結されたり,受
注契約に基づく仕様が細部に亘って決定される以前に着手可能な範囲から生産活動
に入ることを見込み生産と呼んでいたのであり,原告ら主張の意味での見込み生産
はしていなかった。
        また,第2工場の業務範囲が第1工場よりも少ないとか,第2工
場は第1工場の下請的存在であったとかいうことはなかった。
    (カ)組合活動の妨害,団結破壊の主張について
     a 上記の施策は,原告らの何ら組合活動を妨害するものではない。
      (a) 被告は,第2工場に食堂,更衣室等を整備したのであるから,
(E)支部組合員らは,所定の手続を履践すれば,自由に集会を持つことができ
た。
      (b) 被告が(P)寮の付近に建てた建物の業務外での利用は,本件
施策によって何ら影響を受けなかった。
      (c) 第2工場内の(E)支部組合事務所には,会社構外から自由に
出入りできた。
      (d) 第2工場には,組合の掲示板も設置されていた。
     b (E)支部組合員数の推移からみると,同組合員の減少は,(E)
支部に内在する理由に基づくもので,本件ロックアウトや本件施策とは何のかかわ
りもない。
     c 被告は,(E)支部を無視して一方的に上記施策を決定したもので
はない。
      (a) 被告は昭和48年6月以降数回に亘って(E)支部及びその関
係者との間でトップ会談を行い,再三に亘って本件ロックアウト解除の方針を明ら
かにし,その線に沿った紛争の解決とロックアウト解除後における従業員間のトラ
ブル防止について話し合った。
      (b) 特に,同年7月10日のトップ会談で,本件ロックアウトを遅
くとも7月末までには解除する旨を明らかにし,トラブル防止その他について保障
を申し入れ,本件施策についても具体的に提案するとともに,(E)支部組合員と
他の従業員との対立がほぐれるまでの暫定的措置にすぎないことを説明して了解を
求めた。
      (c) しかるに,(E)支部側では,上記施策の如きは不当労働行為
であるとしてこれを拒絶し,それ以後も到底受け入れる余地なしとして話し合いに
応じなかったものである。
 イ 就労場所の区分の必要の継続
 上記就労場所の区分の必要は,平成2年3月ころまで,減少することな
く続いていた。
 (ア) 本件ロックアウト解除後も,(E)支部組合員らは,被告や(I)
労組組合員らに対する態度を変えず,会社襲撃や出勤妨害等を繰り返し,暴力行為
や嫌がらせ等を続けていた。
    (イ) (E)支部の被告の取引銀行や取引先に対する攻撃も,その後も続
けられ,かつ一層激化して,頻繁に(E)支部組合員が集団で押し掛け,乱暴狼藉
の限りを尽くした。
      そのために,被告の資金事情は逼迫したまま推移し,経済情勢の悪化
も加わって,平成2年3月ころまで継続し,その間一層強まった。
ウ就労拒否の理由の消滅
    (ア) 被告は,平成6年8月1日,本社及び工場を従前の場所から宮城県
黒川郡a村に移転したが,それに先立ち平成2年初めころまでに,原告らのうち相
当数が被告以外の他企業に恒常的に就職したり,自営業を営むに至り,被告が把握
した範囲内においても,他企業の従業員として各種社会保険の被保険者資格を取得
した者が15名,自営業を営んでいる者が6名に及んでいたので,被告は,原告ら
のうち相当数は被告において就労する意思を失っている可能性が高いと考えるとと
もに,もし真に被告において就労する意思を有している者が少数であれば,暴力沙
汰などが発生しないように職場管理を行うことも可能と考えるようになっていた。
    (イ) そのため,被告は原告らの加入している(0)労組が被告に対して
平成2年3月16日付け申入書により別棟における就労条件等を明らかにするよう
求めてきたのに対し,同年3月26日付け回答書において,「会社としては,別棟
で就労する者が30名である場合と5名程度である場合とで,対応を全く異にせざ
るを得ませんし,それ以外の中間的数字になった場合にも,それなりに対応せざる
を得ません。」と答えるとともに,就労の場所につき「第2工場とする。ただし,
状況に応じ第1工場での就労も考慮する。」と回答した。
    (ウ) また,被告は,平成9年7月ころから仙台地裁において行われた和
解交渉の中で,平成10年1月30日に,被告の経営状況並びに原告らの他企業で
の就労状況に照らして,「職場に復帰する者は(A)24外5名としたい。」旨を
明らかにするとともに,その場合の就労場所は別棟としないことを明らかにした。
    (エ) それ故,被告が原告らを別棟において就労させるという方針は,平
成2年3月26日,遅くとも平成10年1月30日までには撤回され,かつそのこ
とは原告ら及び(0)労組にも伝えられていた。
      したがって,別棟就労を拒否するという原告らの就労拒否の理由は,
平成2年3月26日,遅くとも平成10年1月30日には消滅した。
  (2)賃金請求権の存否及び賃金額
   (原告らの主張)
ア 前記のとおり,別棟就労命令は無効であり,被告は,本件ロックアウト
を解除した昭和48年7月25日の時点において,本件ロックアウト前の職場で原
告らの労務の提供を受領すべき義務があり,それを果たしてさえいれば,以後の職
場環境に変化が生まれた場合でも,それに応じた適切な職場で原告らの労務を受領
できたはずである。
     それにもかかわらず,被告は,適切な労務の受領を拒んでいたから,原
告らの労務の受領を拒否された以後今日までの間,賃金の支払を受ける権利を有す
る。
   イ 原告らの賃金は,前月21日から当月20日締めで,当月25日に支払
われる定めであった。
   ウ 昭和48年7月25日当時,原告ら各人の賃金月額は,別紙3債権目録
(イ)欄記載のとおりであった(昭和47年以後,賃金を巡る労働協約を改定して締
結していないため,現在では最低賃金にも達していない。)。
   エ ストライキを解除した後の昭和48年12月21日から昭和50年1月
20日までの13か月間の賃金は,同目録(ロ)欄記載のとおりである。
   オ 被告の規程上,(B)を除く原告らの定年退職する時期は別紙4のとお
りである。
   (被告の主張)
   ア原告の主張イ,ウ,オの事実は認める。
   イ 従業員たる地位の消滅
 原告らのうち,原告(A)27,原告(A)28及び原告(A)29
は,それぞれ平成13年4月20日,同年9月20日,平成10年12月20日
に,被告を定年退職した。また,(B)は,昭和58年4月13日に死亡退職した
が,被告は死亡により退職した従業員につき,その直後の20日までの賃金を支払
うことにしている。
     定年退職時期に達した原告については,従業員たる地位を失った日(た
だし,(B)については昭和58年4月20日)より後の期間に係る賃金を請求す
ることができない。
第3 当裁判所の判断
 1前示第2の1の事実に,証拠(甲3,6の1ないし6,9ないし12,16
ないし18,20ないし22,25の1ないし3,26の1・2,27の1・2,
28ないし35,37,50ないし77,81ないし107,109の1・2,1
10ないし139,乙1の1・2,15,20の1ないし3,21,25,32,
34ないし38,43ないし45,46の3の1・2,55の1ないし11(孫番
を含めて),56ないし59,61の1ないし8,62,63,64の1・2,6
6の1,67,69の1・2,70,72の1,75の1・2,76ないし79,
80の1,81ないし84,86,87,89ないし94,95の1,96ないし
113,114の1ないし41)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認め
られる。
  (1)被告の設立から組合の分裂まで
ア会社の設立
(ア) 被告は,大正13年にFが個人企業として始めた暖冷房設備の設計
請負業を,昭和13年に本社を現在の仙台市b区c町d丁目に移転した機会に,株
式会社組織に改めたものである。
    (イ) 被告は,戦時中は軍需工場になったり,終戦後は米軍関係の配管工
事を行うなどの変遷を重ねた後,昭和24年に鋳鉄部門と工事部門を分離してから
は,精密機械加工を中心に業務を行うようになり,各種バルブの製造販売等を主た
る業務としてきた。
   イ被告と組合の対立と組合の分裂
(ア) (E)支部は,昭和43年の春闘において,19年ぶりにストライ
キを行い,そのころから運動方針が闘争的な色彩を帯びるようになった。会社側
は,組合活動の活発化につれてこれを警戒するような動きをとったため,両者は,
次第に対立関係を強めた。
    (イ) 昭和46年3月25日,被告は,(E)支部の元副委員長であった
(F)を,本社工場から(NN)出張所への転勤命令を拒否したという理由で懲戒
解雇した。
    (ウ) 当時の(E)支部執行部は,これを容認する態度を示したが,これ
に不満を持った組合員の一部は,被告の行為を(E)支部に対する攻撃と受け止
め,「(F)を守る会」を結成して解雇撤回闘争を進めた。
      これにより,被告との対立が激化するとともに,(E)支部内でも意
見の対立が深まり,同年8月に行われた(E)支部の大会において,解雇撤回闘争
を支持するグループとこれに批判的なグループとの間で役員選挙が争われた結果,
解雇撤回闘争を支持するグループの取下前原告渋谷拓らが役員に当選した。
    (エ) 選挙に敗れたグループの組合員75名は,新執行部の運動方針を階
級闘争至上主義であるとして,同月30日,Yを執行委員長として従組を結成し
た。
      この結果,会社には2つの労働組合が併存する状態になった。
(オ) (E)支部は,同年9月20日,従組の結成に中心的役割を果たし
た10名を除名処分にした。
    (カ)従組結成時点での(E)支部の組合員数は,455名であったが,
この数は漸減して,昭和48年7月には204名になり,他方,従組の組合員数
は,概ね300名に増加した。(E)支部の組合員数は,その後も減り続け,昭和
50年6月には102名にまでなったが,その後若干増加した。
    因みに,本件訴訟が提起された昭和50年2月21日の時点での原告
数は114名であったが,後記中労委での和解が成立した昭和61年2月18日,
83名が訴えを取り下げ,さらに平成10年8月20日,原告(LL)が訴えを取
り下げた結果,原告として別紙1当事者目録記載の30名が残った。
  (2)組合の分裂からガードマンの導入まで
ア昭和46年年末一時金闘争
(ア) 昭和46年11月,(E)支部と従組から相次いで年末一時金要求
が被告に出された。
    (イ) 被告は,同月19日の(E)支部との団体交渉につき,(F)が会
場に入ったことをとらえて,団体交渉のメンバー以外の者を会場に入れたとして,
交渉を取りやめにした。
    (ウ) 被告は,従組との間では交渉を重ね,同月20日の団体交渉で,一
人平均15万円の年末一時金を支給することで妥結した。
    (エ) 被告と(E)支部との間では,従組との妥結額に同じとする会社側
と,これを問題外であるとする(E)支部との間で話合いが平行線をたどった。
    (オ) 同年12月14日の団体交渉では,会場に(E)支部組合員や支援
労組の組合員が多数押し掛けて団体交渉は喧噪状態になった。
      翌15日,(Q)県労働組合評議会(以下「県労評」という。)の
(R)議長,(S)事務局長らが被告に対して一時金交渉の早期解決を要請した。
    (カ) 同月17日に開かれた団体交渉は,徹夜の交渉となり,同月18日
になって,従組との妥結額である15万円に従業員一律2万円を上乗せする内容で
漸く妥結した。この間,交渉半ばで持たれた(R)県労評議長らと会社側の(T)
東京駐在常務取締役との間のトップ交渉でまとまった案を会社側が一旦拒否したた
め,団体交渉員以外の(E)支部組合員が会場に押し掛けて口々に大声で怒鳴るな
どしたため,団体交渉が一時混乱した。
    (キ) その後,被告は,従組に対し,上記上積み分2万円を支給すること
を申し入れたが,従組は,これを拒否し,翌47年1月19日,却って,地労委に
対し,被告の行為は従組に対する差別待遇であるとして救済申立てをした。
   イ昭和47年春闘の状況
(ア) 同年の春闘に入り,(E)支部は,同年3月15日,回答日を同月
27日と指定して一人平均2万円の賃上げ等を内容とする要求書を提出し,他方,
従組は,同月17日,回答日を同月30日と指定して,一人平均1万6160円の
賃上げ等を内容とする要求書を提出した。
    (イ) これに対し,被告は,同月25日,(E)支部との間で,第1回の
団体交渉を持ったが,その冒頭で,会社側は,組合側団体交渉員として他社の組合
員が出席していることを理由に団体交渉を打ち切ったため,実質的な話し合いは行
われなかった。
    (ウ) 同月28日,被告は,(E)支部と従組で団体交渉の時間が重複す
るのを避けるためとして,交渉日を(E)支部は奇数日,従組は偶数日とすること
等6項目の団体交渉ルールを設定して両組合に申し入れたが,(E)支部はこれを
了承しなかった。
    (エ) 同年4月4日,被告は,両組合に対し,一人平均7000円の賃上
げを回答した。
      その後の交渉の結果,従組との間では,同月24日の団体交渉におい
て,一人平均1万2800円の賃上げで妥結した。
    (オ)一方,(E)支部は,被告に対し,5回に亘り団体交渉を申し入れ
たが,被告は,偶数日を交渉日とする申し入れであること等前記団体交渉ルールに
合致しないことを理由にいずれもこれを拒否したため,団体交渉は開かれないま
ま,時が経過した。
ウ 職場交渉等
    (ア) (E)支部は,回答期限の切れた同年3月28日,被告に対し,争
議通告をし,同月31日から争議行為に突入した。
そして,(E)支部組合員は,部分スト,時限スト,指名ストを繰り
返す一方,連日に亘り,被告の管理職に対し,団体交渉の開催を要求して,激しい
職場交渉を行った。
    (イ) (E)支部執行部は,これらの職場交渉につき,所属組合員に対
し,従組組合員が仕事をしているので,安全には特に注意し,冷静に行うこと,暴
言や個人の勝手な行動は厳に慎み,執行委員の指示に従うこと等の指示を与えてい
たが,組合の統制はほとんど行き渡らず,職場交渉は管理職に対するいわゆる吊し
上げの様相を呈した。
(ウ)この間の職場交渉で,被告の管理職は,血圧が上がり意識を失って
倒れて入院したり,耳元で大声をたてられて耳に傷害を受けたり,足を蹴られて打
撲傷を負ったりした。
      この間,各職場で就労していた従組組合員に対しても,嫌がらせ等が
行われた。
    (エ) これに対して,会社側は,スト参加者の職場への出入りを厳禁する
旨告示し,団体交渉の件は各職場の管理職の権限外の事項であるとして取り合わ
ず,一貫して職場交渉に応じない態度を取った。
   エ 入出荷拒否闘争
    (ア) 同年4月27日,被告は(D)地本との間で団体交渉を行い,交渉
ルールを確認した。これを受けて,同月29日,同年春闘について被告と(E)支
部の団体交渉が開かれた。
      この団体交渉で,会社側は,従組との妥結額である一人平均1万28
00円の賃上げを回答したが,(E)支部はこれを拒否し,その後の団体交渉でも
進展がみられなかった。
    (イ) 同年5月13日に開かれた団体交渉で,(E)支部は,被告に対
し,入出荷拒否闘争を実施することを通告した。
      そして,(E)支部は,同月15日,会社正門に横断幕を掲げ,正門
前に組合旗を立てるなどしてピケを張り,入出荷拒否闘争に突入した。
    (ウ) (E)支部は,同月18日から戦術を強化し,24時間入出荷を阻
止する闘争に入った。
      このため,同日には1台の車も出入りできず,同月19日には,彦根
市から来た(U)株式会社の車が(E)支部組合員と4時間余り交渉を続けた末,
バルブを出荷することができたに過ぎない有様であった。
    (エ) 入出荷拒否闘争では,(E)支部執行部は,所属組合員に対し,平
和的説得によるピケを行うこと等の指示を与えていたが,実際には,単なる説得に
よるピケにとどまらず,トラックの荷台の前にスクラムを組んで立ち塞がり,荷物
の積込みを妨害したり,門の入口いっぱいに広がって人垣を作り,車の出入りを妨
害するなどの実力行使が横行していた。
    (オ) この入出荷拒否闘争により,入出荷がほとんど完全に遮断されたた
め,被告は,材料等の入荷や製品等の出荷ができなくなり,多額の損害を被ったば
かりでなく,外注も深刻な被害を被り,闘争がこのまま継続されると,工場の操業
が完全に停止する状態に至ることは容易に予想される事態となった。
   オガードマンの導入
(ア) 被告は,企業を防衛するためには,第三者に委託して会社構内の保
安警備を行わせ,(E)支部の争議行為を抑圧する以外に方法はないと決意し,同
月18日,(K)株式会社にガードマンの派遣を依頼した。同会社は,過去におい
て,労働争議や株主総会などに介入し,数々の問題を起こし,警備業法(昭和47
年法律第117号)制定のきっかけにもなった会社であった。
    (イ) 同月20日午前2時40分ころ,(K)株式会社ガードマン約50
名が構内で仮眠していた(E)支部組合員10数名を実力で排除し,構内に立てら
れていた組合旗などを撤去して,入出荷拒否闘争を制圧した。
    (ウ) 同月22日,被告は,(E)支部に対し,社内秩序維持のため,会
社施設は許可がなければ使用を禁止する,構内でのジグザグデモを禁止する,就業
時間外の構内立ち入りを禁止するなどを文書で通告した。
      当日,会社構内の正門付近でビラを配布していた(E)支部組合員は
ガードマンにより構外に退去させられた。
    (エ) 同月23日,総評の(V)議長,(C)組合中央本部の(W)中央
執行委員長らを迎えて,会社構内で,(E)支部の集会が開催されたが,集会終了
後,(E)支部組合員がデモ行進中,ガードマンがこれを規制したことから,両者
が衝突し,数名の負傷者が出た。
    (オ) 同月31日,(E)支部は,朝の始業時から男子更衣室で組合員の
集会を開始しようとしたところ,被告はこれを無許可集会としてガードマンに規制
させ,その際,組合員とガードマンとが衝突して双方に負傷者が出た。
この事件以来,会社構内での集会は事実上禁圧されるようになった。
    (カ) この間も,(E)支部組合員が朝の出勤時に会社正門付近でビラを
配布しようとして,これを規制しようとするガードマンとの間でトラブルになった
り,朝の出勤時に(E)支部組合員数十名がスクラムを組み,デモ行進しながら会
社構内に入ろうとするのをガードマンが規制するなどして,組合員とガードマンと
の間に衝突が絶えず,負傷者が続出した。
  (3)ガードマンの導入からロックアウトまで
   アガードマンと(E)支部との衝突等
    (ア) ガードマン導入後は,以前のような職場交渉での混乱は少なくなっ
た。
      同年7月31日に,(E)支部組合員の(X)と管理2課長の(Y)
及び主任の(Z)らが衝突し,(Y),(Z)の両名が(X)の持っていた鉛筆で
負傷した事件もあったが,暴力事件の多くは,(E)支部組合員とガードマンとの
間に発生していた。
 (イ)仙台地裁は,同月29日,(E)支部の申請していた妨害排除仮処
分事件について,次のとおり申請を認容する決定を出した。
     「a 債務者〔被告を指す。〕は,その職制または(K)株式会社の職
員等の第三者を使用して,(E)支部組合員または共闘関係者が組合事務所を使用
することおよび組合事務所を使用するために会社構内に立ち入ることを実力をもっ
て妨害してはならない。
     b 債務者は,その職制または(K)株式会社の職員等の第三者を使用
して,組合事務所およびその周辺に掲げられた(E)支部の占有にかかる組合旗を
焼却,撤去してはならず,または(E)支部組合員が行う組合掲示板への印刷物,
ポスター,ビラ等の掲示,出退勤時,休憩時間その他勤務時間外に会社構内(但し
事務所,作業所内を除く。)においてするビラの配布,会社構内の広場などの空き
地においてする組合集会,デモ行進を実力をもって妨害してはならない。」
(ウ) (E)支部は,同年6月6日,(K)株式会社ガードマンの会社構
内からの退去,職制,従組組合員及び第三者による組合活動の妨害禁止等を求めて
地労委に救済申立てを行った。
      地労委は,同月15日,被告に対し,ガードマンの処置につき善処を
要望する旨の勧告を出し,同時に,(E)支部に対し,ガードマンの導入を正当化
する口実を被告に与えるような疑いのある行動を慎むよう要望書を出した。
      その後の(E)支部の質問に対して,地労委は,上記勧告はガードマ
ンの撤収を求める趣旨である旨回答し,さらに同年7月7日及び同年8月4日の2
度に亘って被告に対し,ガードマンの撤去を強く要望した。しかしながら,被告
は,ガードマンを撤去する条件が醸成されない限り勧告には応じられないとして,
これを拒否した。
    (エ) 上記のような状況の続いた(E)支部と被告の労働争議は,警備業
法制定の論議との間連で,参議院(M)労働委員会において,ガードマンの労働争
議介入の問題として取り上げられるなどした。
   イ警備課の新設
    (ア) 被告は,警備業法の施行に先立ち,同年10月23日,警備課を新
設し,課長に(K)株式会社ガードマンの(AA)を,主任に同(BB)を採用
し,会社守衛6名を加えて,発足させた。
      その後人員を増強し,同月30日に(K)株式会社との警備委任契約
を解除するまでの間に,(K)株式会社ガードマン16,7名を警備課員に採用し
た。
    (イ)警備課新設後は,警備課員と(E)支部組合員との間で前記同様の
トラブルが続いた。
    (ウ) 被告は,同年11月16日,職場の秩序,規律を乱したり,会社の
管理職に傷害を負わせたりしたとして,就業規則違反を理由に,(X)を諭旨退職
処分にすることにしたが,同人が退職願を出さないので,同月24日普通解雇し
た。
      (E)支部は,同年12月28日,地労委に対し,(X)に対する解
雇が無効であるとして救済申立てをした。
      また,仙台地裁は,昭和48年4月16日,(X)の地位保全の仮処
分申請を認容する決定を出したが,この決定は平成2年に異議審で取り消され,平
成4年9月29日,その控訴も棄却された(当裁判所に顕著な事実)。
    (エ) (E)支部は,(ウ)の解雇を不当解雇としてこれに抗議し,昭和4
7年11月22日,就業直後に会社正門前道路で集会を開き,その後会社構内に戻
ろうとして,これを阻止しようとした警備課員及び管理職と衝突し,双方に負傷者
を出した。
  さらに,(E)支部は,同月25日,(X)の処分撤回を要求して会
社構内で集会を開き,これを規制した警備課員と衝突し,双方に多数の負傷者が出
た。
(オ) 同年12月12日,(M)党県議団が争議の実情調査に赴いたが,
その際,(E)支部及び支援の労組員と被告管理職,警備課員及び(I)労組組合
員との間で,会社正門付近の中央通路上において衝突事件が発生し,乱闘となって
(CC)県議を始め多数の重軽傷者が出た。
      この事件に関して,会社側は,会社主任,警備課主任各1名,警備課
員2名が,(E)支部側は組合員3名が逮捕され,会社主任1名が起訴される事態
となった。
(カ)この間,(E)支部組合員が勤務時間を憚らずに会社構内でデモ行
進をするなどして,中央通路の交通を妨害する状況も続いた。
   ウロックアウトの実施
    (ア) 同月18日,被告は,(DD)工場に勤務する(E)支部組合員に
対し,同日午前6時以降ロックアウトを行う旨通告し,当日出勤してきた(E)支
部組合員の就労を拒否した(本件ロックアウト)。
      通告の内容は,(E)支部組合員が会社構内に立ち入ることを禁じ,
組合事務所の使用のみ認め,組合掲示板を使用するときは,個々に被告に申し出な
ければならないというものであった。
なお,本件ロックアウトは,支店や営業所に勤務する(E)支部組合
員は対象にしていない。
    (イ) そして,被告は,構内への入り口に有刺鉄線を張り,組合事務所の
周囲に板塀を張り巡らした。
    (ウ) 被告は,本件ロックアウトの理由として,連日の指名ストで労務管
理に不都合を来していること,作業計画が立たないこと,不況の中での争議行為に
より被告の経営は一層悪化してきていること,会社構内で傷害事件が発生している
ことを挙げ,これを声明文として掲示した。
  (4)ロックアウトから別棟就労命令まで
ア本件ロックアウト実施後の状況
(ア) 本件ロックアウト以降,(E)支部は,会社正門前等に結集し,書
面で就労要求を繰り返したが,被告は,これを拒否し,(I)労組組合員及び非組
合員により操業を続けた。
    (イ) これに対して,(E)支部組合員は,会社に出勤する(I)労組組
合員らに対して罵声を浴びせ,実力で出勤を阻止しようとしたり,無理に会社構内
に突入しようとしたりして,被告の管理職,警備課員及び(I)労組組合員と衝突
する事件が頻繁に起こった。
    (ウ) たとえば,昭和48年4月3日朝,(E)支部組合員約60名が会
社正門前に押し掛け,原告(A)2が組合のビラを掲示板に貼付するため構内に入
った際,同人と門の外の(E)支部組合員らとが呼応して門扉を開こうとしたた
め,これを阻止しようとした被告の管理職や(I)労組組合員らともみ合いにな
り,管理職や同組合員ら数名が構外に連れ出されて暴行を受けるなど騒ぎが大きく
なり,警官がこれを制止する事件がおき,この事件で管理職,(I)労組組合員数
名及び原告(A)24が負傷した。
    (エ) また,同年7月12日朝,(E)支部組合員及び支援の労組員,学
生ら約250名が会社構内に通ずる道路に人垣を作って(I)労組組合員らの出勤
を阻止しようとしたため,入構しようとする(I)労組組合員及びこれを援護しよ
うとする被告の管理職らと(E)支部組合員らとの間で押し合い等の小競り合いに
なり,その際,数名の負傷者が出た。
    (オ) 同月20日にも,同様のトラブルが起きて負傷者を出したが,この
際には警官隊の制止に服さず,(E)支部組合員ら3名が逮捕された。
(カ) さらに,(E)支部組合員は,(I)労組組合員及び会社職制の自
宅周辺で,本人や家族の誹謗中傷を繰り返した。
(キ) その一方で,(E)支部組合員は,連日被告の主取引銀行に押しか
けて被告に対する融資をしないように強要し,その結果として,被告に対する銀行
融資が停止される事態も生じるようになった。
(ク) 会社の生産態勢は,本件ロックアウト後,それ以前の混乱した状況
下に比してそれなりの成果を上げたが,就業人員の不足から従前は12,3億円だ
った受注残高が同年6月には19億円に達し,深刻な経営問題を惹起していた。
(ケ)以上のような職場での混乱や,(I)労組・被告の管理職との衝突
や傷害事件の発生,会社構内での警備課員との衝突等の不測の事態を危惧する一方
で,取引銀行の上記対応や生産の停滞に苦慮した被告は,本件ロックアウトの解除
と,(E)支部組合員を別棟で就労させることを決意した。
   イ被告と(E)支部との交渉
    (ア) (E)支部と被告との労働争議については,地労委で職権斡旋を進
め,同年2月9日,斡旋案が提示され,被告は受諾したものの,(E)支部は条件
付きでしか受諾しなかったため,斡旋が打ち切られた。
    (イ) 地労委は,同年4月16日,昭和47年(不)8号の1事件につ
き,「債務者〔被告を指す。〕は,昭和47年10月22日当時守衛であった者を
除き,その他の警備課員全員を直ちに会社構内から退去させなければならない。」
との救済命令を出した。
      被告は,この命令に従うことなく,中労委に再審査を申し立てた。
    (ウ) この間,被告と労組側の争議打開の動きは続き,同年7月10日に
は被告の(EE)社長と(C)組合中央本部(FF)争対部長とのトップ交渉が行
われ,被告は,就労場所の分離を含む4項目の解決案を提示したが,労組側の拒否
で不調に終わった。
   ウロックアウトの解除と別棟就労命令
(ア) 被告は,同年7月21日,(E)支部組合員に対し,同月25日午
後1時に本件ロックアウトを解除すること,就労場所は被告の指定する場所とする
こと,職場への出入口は北門のみとすること,同月25日午後1時に就業要領を受
け取って説明を受け,翌26日午前8時15分から就労すべきことを書面で通知
し,(E)支部にその旨通告するとともに,その他の従業員や取引先にも上記通知
したことを知らせた。
    (イ) これに合わせて,(EE)社長は,同日記者会見を開き,本件ロッ
クアウト解除等について説明したが,その中で,ロックアウトの解除は,(E)支
部組合員の就労場所を(I)労組組合員とは別棟とし,その間に金網やフェンスを
設置し,かつ出入口を(I)労組と別の北門のみとすることを表明した。
  (5) 別棟就労命令について
ア第2工場設置に至る経緯
(ア) 被告は,戦前戦後を通じて,設備の充実拡大を重ねてきたが,この
間の設備の拡充は,その都度応急的に行われ,長期展望に基づく改革的なものでは
なかったため,設備の配置や機械類の設置状況が作業効率に見合うものとはいえ
ず,新型の機械の導入や新しい生産態勢を図る上で困難な状況にあった。
    (イ) 昭和46年3月,被告は,大幅な機構改革を行うとともに,生産管
理部の中に,IE(Industrial Engineering)課を新設
し,工場全体の配置の改善と機械設備の改廃の検討,事務処理の改善等を全体的組
織的に検討させ,実施することにした。
    (ウ) IE課においては,工場全体について,各機器の稼働率調査等種々
の調査検討を重ねた結果,昭和48年に至って,問題点とその改善策がまとまり,
実施に移す段階になった。そのころの会社の業務分掌は,概ね別紙5業務分掌表1
記載のとおりであった。
      改善策の中には,標準的な部品は一度に加工する数がまとまるので,
これらの加工機械類はまとめて別工場に移動させ,別工場において作業をする方が
管理がしやすく,段取りも容易で,生産性が増大することも挙げられており,その
概要は,概ね争点1(被告の主張)ア(オ)a(b),(c)のとおりであった。
(エ) この間,被告は,同年3月,給与体系を全面的に改めて,職能給制
度を導入した(この制度は,数次に亘り改正されて今日に至っている。)。
    (オ) 同年7月に入り,被告は本件ロックアウトの解除と別棟就労の方針
を決定し,(エ)の改善策をその趣旨に沿って手直しするように命じ,IE課は,検
討の結果,次のような手直し案を作成した。
a NI棟を隣のNH棟と一括して作業場とする。
     b NI棟,NH棟から有限会社(N),溶接工場,第2製造部の管理
部門を他の建物に移動させる。
     c NI棟2階は,標準的な部品加工の事務管理などの部門に,NH棟
2階は,食堂や更衣室などの福利施設に使用し,NH棟1階は,標準的な部品加工
を行い,NH棟1階は,同加工部品の組立て,テストなどを行う工場とする。
   (カ) 被告は,上記手直し案を採用し,第2工場では主として標準的な部
品加工を行わせ,第1工場ではその他の製品の製造を行わせることにし,このため
の第2工場の整備を行った。
(キ) しかして,本件別棟就労命令に伴って会社の業務分掌を別紙6業務
分掌表2のとおり変更した。この結果,第1工場には設計1,2課,工務1,2
課,調達課,生産1ないし3課,QO課,VA課,技術課の11課が,第2工場に
は機工課,調整課,技設課,品質課,推進課の5課が配置されることになった。
   イ第2工場の概要
(ア) 第2工場は,敷地面積約800坪,建物面積延べ約550坪であ
り,NH棟は,従前は,有限会社(N)の従業員数十名が就労していた建物である
が,機械の配置状況等からみれば,NI棟と合わせると(E)支部組合員200余
名全員が就労することが無理な状態であったとまでは認め難い。
    (イ) その余の部分は,敷地面積約3000坪と広大であったが,その中
には本社部分やメッキ工場,ボイラー室,コンプレッサー室,充電設備など動力部
門のほか,有限会社(N),(GG)株式会社などの他企業で使用している部分も
含まれているため,第1工場として実際に使用されている面積は狭くなり,単純な
広さの比較はできないものの,第2工場よりはかなり余裕があった。
      この面では,第1工場と第2工場とで就業環境面ではそれなりの差が
あったといえるが,これをもって不当労働行為に当たる不利益取扱があるいうのは
飛躍がある。
    (ウ) 被告は,中央通路に面する部分約40メートルの区間に,高さ約2
メートルのビニール被覆の金網(フェンス)を設けて仕切り,その他の部分には,
従前から存在していた有刺鉄線を補強するなどして第2工場の周辺を囲った。
      そして,第2工場への通用門は北門を改造してこの1か所のみに限定
した。
      このため,会社正門付近からの通勤者及び会社正門脇の(E)支部組
合事務所への連絡往来はかなり不便になった。
      また,会社構内における(I)労組組合員又は非組合員に対する掲示
板へのビラ貼り等の教宣活動や示威運動も封じられることになり,業務内容のみな
らず日常生活においても,(I)労組組合員又は非組合員との自由な交流は遮断さ
れることにはなった。
      しかしながら,上記の限度で組合活動が制約を受けるようになるとは
いえ,そのために(E)支部の組合活動が大幅に阻害されるまでに至ったとはいえ
ない。
    (エ)被告は,第2工場に標準品的な部品の加工のための機械を搬入して
据え付け,不要な機械設備を搬出,移転した。
      そして,新たにロッカーや食堂の椅子を購入し,便所や自転車置き場
も新設した。
      ところで,原告らは,第2工場の安全衛生設備や厚生施設の不備,劣
悪を主張するけれども,これらが不当労働行為に該当するほど第1工場と差がある
とは認め難い。
    (オ) 工場の機械設備について,タレット旋盤等については大差がないも
のの,第1工場には,会社が2000万円を投じて設置した高性能の搬送ラインや
会社に1台しかない大型強力ラジアルボール盤などが据え付けられ,熟練者でなく
ても難しい加工ができるNC旋盤,LA旋盤のような機械もあった。
      他方,第2工場には,第1工場にはない多軸ボール盤,バルブ加工専
用機,ベローズ成型機,放射線検査装置などが据え付けられた。
      これらは,各工場の作業に使用する必要性の度合いのほか,従前の設
置場所からの移動の難易等も考慮した結果であった。
    (カ) 第2工場においては,標準品的な部品の生産を設計から組立て検査
塗装まで一貫して行うようになっていた。この生産は,受注生産のうち,正式な受
注契約に至る前に材料を選定して加工する見込み生産を行うものであるため,作業
内容は単純な内容のものになった。
      しかしながら,(E)支部組合員をまとめてこれらの作業に従事させ
るとしても,これらの作業を区分してそれぞれ別の工場で生産を行うこと自体は,
既に前示改善策の中で検討されていたことであり,これに(E)支部組合員と他の
従業員の作業場所を区分する必要があったこと及び当時の(E)支部組合員の本件
ロックアウト以前の就労状況及び(4)アのような行動を考え併せると,(E)支部組
合員の就業場所に指定した第2工場にこれらの作業を割り当てたとしても,これを
もって不利益取扱の不当労働行為に当たるとはいえない。
(キ) 被告は,同年3月,職能給中心の新賃金体系を導入したが,その
際,職務分析を行い,職群別能力分類等級表を適用した。この結果,第1工場の課
長職中,Bランクは2名のみで,他はすべてAランクであった。これに対して,第
2工場の課長職5名はすべてBランクに分類されていた。
      この課長職のA・Bランクは,その職務を行うのに要求される能力の
水準を示すもので,人事考課を行う際の尺度となるものであったが,これらの管理
職のランク付け及びその配置状況は,第1工場と第2工場の就業人数や作業内容に
応じた結果とみるべきものであって,これらと切り離して不利益取扱の徴表とする
のは無理がある。
  (6) 別棟就労命令以後
ア(E)支部のストライキ等
    (ア) (E)支部は,同月21日,別棟就労命令効力停止の仮処分を申請
するとともに,同月24日,被告に対し,ロックアウト解除に条件を付すことは許
されないこと,同命令は(E)支部と(I)労組との間に差別をつくり,支配介入
であって不当労働行為に当たること等を理由に同命令を拒否し,地労委に対して,
本件ロックアウト前の職場に就労させることを求める救済命令の申立てを行った。
    (イ) 同月25日の就労説明会には,(E)支部組合員約100名及び支
援労組員約50名が集合したが,被告の指示に従わず,労働歌を合唱し,デモ行進
をするなどしたため,就労に関する説明はできないままで終わった。
(ウ)(E)支部組合員は,別棟就労命令が不当労働行為である等の理由
でこれに従うことを拒否し,同年7月26日からストライキに入った。
      このストライキは,同年12月18日まで続いたが,同日,(E)支
部はストライキの解除を通告した。
    (エ) 仙台地裁は,同年10月13日,(E)支部組合員の賃金仮払仮処
分申請(同裁判所昭和48年(ヨ)第1号)につき,トラブルは時間的場所的に会社
業務に直接影響せず,損害も受忍限度を超えないもので,本件ロックアウトは違法
として,被告に対し賃金仮払を命じた。
      被告はこの決定に異議を申し立てたが,平成10年6月2日,この異
議を取り下げた(当裁判所に顕著な事実)。
   イ(E)支部の就労要求等と(I)労組の通勤路確保行動等
    (ア) 別棟就労命令後,(E)支部組合員は,毎朝会社正門前に押し掛
け,本件ロックアウト前の職場での就労を要求したが,被告はこれを拒否し続け
た。
    (イ) そして,実力で従前の職場に入ろうとする(E)支部組合員とこれ
を阻止しようとする被告の管理職,警備課員,(I)労組組合員との間の衝突を起
こした。
      昭和48年8月22日,10月25日,12月17日には,(E)支
部組合員が支援の労組員や学生とともに会社正門前等に多数で押し掛け,実力で構
内に入ろうとしたため,これを阻止しようとする被告の管理職,警備課員,(I)
労組組合員らと激しい争いとなり,会社の門扉が破壊されたり,かなりの負傷者を
出したばかりでなく,逮捕者まで出るなどした。
(ウ)たとえば,(E)支部は,同年12月17日には,12月決戦闘争
と称して,構内突入,職場占拠を図るとともに,宮城県内のほか東京等からも新左
翼グループ等を動員した。
      (E)支部組合員約50名と支援労組員及び学生ら約200名は,同
日早朝,(E)支部組合員を先頭にして隊列を組んで会社北門前に結集した。そし
て,「職場奪還」「二組粉砕」などの掛け声をかけながら,南門との間をデモ行進
するとともに,南門付近で構内突入阻止のため警戒に当たっていた被告の管理職及
び(I)労組組合員らに対し,旗竿で突きかかり投石するなどして,34名の者に
重軽傷を与えるとともに,ペンチ,鉄パイプ等を使用してフェンスの金網を破り,
門扉を門柱ごと引き抜いたりして完全に破壊した。支援学生の一部は構内に突入し
たところ,待機していた機動隊員がこれを阻止したが,(E)支部組合員らは,投
石を繰り返した。そして,北門から引き揚げるに際し,通路に面して建つ被告所有
の職員寮である(HH)寮をめがけて投石し,窓ガラス24枚を損傷した。
      また,(E)支部組合員ら約200名は,同日午前,会社南門前に結
集し,構内突入阻止のため警戒に当たっていた被告の管理職及び従業員に対し,旗
竿で突きかかり投石するなどした。
    (エ) また,本件ロックアウト当時からの(I)労組組合員に対する出勤
妨害行為は続いた。
      これに対して,(I)労組組合員は,同年12月下旬から,自衛で出
勤路を確保するとして,毎朝集団で門外に出て(E)支部組合員と対抗し,このた
め両者間にトラブルが絶えなかった。
    (オ) 地労委では別棟就労命令に対する不当労働行為救済申立て事件の審
問が続けられたが,昭和49年3月12日の審問期日に,(I)労組組合員20数
名が傍聴に訪れていたところ,後からきた(E)支部組合員や支援労組員が暴力で
(I)労組組合員を審問室外に押し出そうとして争いになり,警官隊まで出動する
騒ぎになって,双方に数名の負傷者が出た。
    (カ) (E)支部は,同年6月ころから,それまでの闘争における上部団
体からの締め付けによる枠を越えて,門扉やバリケードを打ち破って職場を実力で
占拠することを企て,同年7月28日,門扉破壊用のロープを購入するとともに,
全国から新左翼グループらを動員した。
   そして,(E)支部組合員,支援労組員及び学生ら約300名は,翌
29日朝から,被告の会社正門において,門扉を旗竿,鉄パイプ等で突き,ロープ
を使用するなどして,門扉及び門柱灯を破壊し,また,構内突入を阻止しようとし
た被告の管理職その他の従業員に対し,投石し,旗竿で突くなどの暴行を加え,傷
害を与えた。
   別の(E)支部組合員,支援労組員及び学生ら約300名は,同日朝
から,被告の会社南門において,門扉の金網を旗竿で突き,破った金網の穴から門
扉にロープをかけて引っ張り,これを阻止しようとする被告の管理職その他の従業
員に対し投石し,旗竿で突くなどした。その際,付近に積んであった被告の製品を
梱包するための木箱を門扉越しに投げつけるなどして損壊するとともに,門扉に結
びつけたロープを引っ張り破壊し始めたが,機動隊によって排除された。また,
(E)支部組合員らは,被告所有の社宅板塀を押し倒して損壊させた。この日の行
為を理由として,支援労組員ら7名が逮捕された。
   ウ 別棟就労命令についての仙台地裁及び地労委の判断
    (ア) 仙台地裁は,同年12月19日,(E)支部組合員の別棟就労命令
の効力停止を求める仮処分申請を却下する決定をした。同決定は次のように述べて
いる。
      「右認定のような(E)支部組合員と従組組合員との対立関係および
前記本件別棟就労命令に至る経緯,特に(K)株式会社ガードマン導入前の職場交
渉における吊し上げや入出荷阻止闘争,その後雇い入れた警備課員についてもその
まま温存することが困難になってきた事情,ロックアウト中の紛争の拡大等の事実
ならびに債務者〔被告を指す。〕提出の疎明によれば,債務者は(E)支部組合員
と従組組合員などの他の従業員や管理職との間の紛争を避けるとともに,職場秩序
を維持し会社経営に破綻を来たさないようにとの意思で暫定的に本件別棟就労命令
を出したものであることが認められ,以上のような経緯,状況からすれば,ロック
アウト解除に伴い(E)支部組合員と従組組合員とを直ちに同一職場で就業せしめ
た場合には,両者間に存する対立,軋轢から今後なお諸種の紛争や暴行傷害事件の
発生が大いに危惧される状態にあったのであるから,両組合員が同一職場でトラブ
ルがなく就業ができるようになるまでの段階的な暫定措置として本件別棟就労のよ
うな方法で一時就労させることもやむを得ぬところであって,右措置が不当労働行
為の意思をもってなされたものとは認められない。」
    (イ) 他方,地労委は,昭和51年3月19日,別棟就労命令を不当労働
行為で無効とし,被告に対して,(E)支部組合員を本件ロックアウト前の職場に
就労させることを命ずる救済命令を出した。同命令は次のように述べている。
「被申立人〔被告を指す。〕が,別棟就労命令の理由について主張す
るものは,前述のとおり悉く失当であることは明らかである。
      会社は,昭和47年春闘において(0)との団体交渉を不当に拒否
し,争議の激化を招き,これに乗じて,外部の力による組合活動の制圧を目論み,
(K)株式会社ガードマン導入という不当労働行為を敢えてし,更にこれに抵抗す
る支部組合員を完全に職場から排除すべく,違法の疑いの濃厚なロックアウトを強
行するという違法不当な攻勢を終始とり続けてきた。これは会社に,組合分裂以来
(0)を敵視し,これと対決し,その組織の弱化と,行動力の潰滅を意図する一貫
した流れの存在することを物語るものであり,本件別棟就労もまた,この流れの中
に位置するものと言うべきで,会社がロックアウトによる受注残の増大や融資の停
止等,経営上の困難打開の必要からロックアウトを解除せざるを得なくなったもの
の,実質的にはロックアウトと変わらない,組合活動の制圧をねらって本件別棟就
労という手段に踏み切ったものとみざるを得ず,会社の不当労働行為意思は疑うべ
くもない。
      よって,被申立人がロックアウトの解除に当り,申立人(0)の組合
員を原職場に就労させることを拒み,会社の一隅にフェンス等をもって囲われ,設
備・作業内容等の労働条件が劣った第二工場に,他の従業員から分離のうえ就労を
命じた本件別棟就労命令は,支部組合員を組合員であるがために,他の従業員と差
別して不利益を与えようとするものであって,労働組合法第7条第1号に該当する
不当労働行為であり,かつ,(0)の組合活動を制限し,争議行為の効果を無に等
しくして申立人組合の団結権及び団体行動権を侵害する支配介入であって,労働組
合法第7条第3号に該当する不当労働行為であると言わなければならない。
      なお,(0)の行動に行きすぎのあったことは,既に述べたとおりで
甚だ遺憾であり,暴力の行使はいかなる場合にも是認することは出来ない。殊に原
職に復帰する場合,必ずしも支部組合員のみの責任ではなかったとしても,一旦発
生した対立感情,憎悪は容易に解消するものとも思われないので,本命令の趣旨を
理解しあくまでも自重自制に努めることが申立人らに特に望まれる。」
    (ウ) 被告は,この命令を不服として中労委に再審査を申し立てた。
エ その後の衝突状況等
    (ア) 地労委の救済命令後も,(E)支部と(I)労組の衝突は続いた。
(E)支部組合員は,本社工場のほか,(II)支店等においても,
(I)労組組合員の通勤や業務の妨害,暴力行為を行い,同組合員の(E)支部組
合員に対する憎悪,反感を引き起こしていた。
昭和52年8月1日,被告と(E)支部との団体交渉後に,(E)支
部組合員と警備課員及び(I)労組組合員とが乱闘になり,多数の逮捕者が出た。
この事件以後,(E)支部と被告との団体交渉は会社構外で開催されることになっ
た。
    (イ) 同年12月14日,(H)同盟の指導により通勤路確保行動を停止
     した。
      しかしながら,(E)支部の(I)労組組合員出勤妨害は続き,被告
の管理職や警察の機動隊がこれを制止する事態は止まなかった。
      同月19日には,(E)支部組合員と支援の労組員や学生約450人
が会社正門前を封鎖して,(I)労組組合員の出入りを妨害する事件が起きた。
(ウ) 昭和53年1月20日,(I)労組組合員の(JJ)が出勤しよう
として,上記のようにその阻止行動をしていた(E)支部の(X)に顔面を殴打さ
れ,(X)が逮捕される事件が起きた。
      原告らは,この事件を最後に(E)支部と(I)労組の組合員間のト
ラブルは解消したと主張するけれども,(E)支部組合員と支援労組及び学生らに
よる出勤妨害行為は,その後も散発的ながら主として被告本社正門付近及び(I
I)支店で続き,これを制止しようとする被告の管理職等とトラブルが生じてい
た。
      たとえば,同年8月9日には,(E)支部組合員の原告(A)24が
(KK)課長代理に傷害を負わせる事件が生じた。
   オ 中労委での和解交渉,(0)労組の結成等
(ア)昭和51年6月から,(4)イ(イ)の再審査申立事件を審理する中労委
で,被告と(E)支部の和解交渉が始まった。
    (イ) しかし,(E)支部内部で和解を巡る方針の対立があり,この和解
交渉は昭和53年9月から昭和54年9月まで中断した。
    (ウ) この間,(D)地本は,(E)支部組合員に対し,中労委での和解
交渉について同地本の指導に従う旨の確認書の提出を求めたが,原告らを含む35
名はその提出を拒否した。このため,(D)地本は,昭和54年10月,この35
名を除名処分にした。なお,これに先だって,(D)地本は,同年3月,(F)を
団結破壊,組織原則違反で除名処分にしていた。
    (エ)上記36名のうち原告らを含む35名は,昭和55年2月8日,
(0)労組を結成した(因みに,(0)労組の組合員には,被告が別棟就労命令を
出す理由とした不測の事態を危惧させる事件や行動において中心的立場にあった者
が多く含まれていた。)。
この時点で,(0)労組が抱えていた解決すべき問題は,次の3点で
あった。
     a (F)及び(X)の解雇問題
     b aの両名を含めて33名(原告ら30名と(F),(X)及び取下
前原告(LL)。なお,(LL)は,平成10年8月20日本件訴えを取り下げ
た。)の就労の問題
     c 被告と(E)支部との間で賃金協約が改定されなかったため,(I
I)支店に勤務している(MM)の賃金が改定されず,夏冬一時金の支払もない問

    (オ) そして,同月26日,(0)労組は,これらの問題を掲げて被告と
第1回団体交渉を行った。その際,(0)労組は,昭和51年8月1日の事件のよ
うな(I)労組や警備課員との衝突等の不測の事態をおそれて,会社側に対して安
全に交渉が行われるよう配慮することを要請した。
      このようにして開催された団体交渉の翌日,(I)労組は,被告に対
し,会社構内で(E)支部と団体交渉を開いたことに強く抗議した。
    (カ) 第2回団体交渉は,昭和55年4月9日,会社構外で行われたが,
その後から(0)労組は会社構内で団体交渉を開催することを強く求めるようにな
り,これを受け入れない被告を相手として,地労委に団体交渉拒否の救済申立てを
したが,地労委は,昭和59年1月24日,この申立てを棄却した。この間,
(E)支部と被告の団体交渉は中断したが,これが再開された同年2月以降,会社
構外で団体交渉が開かれるようになった。
      上記地労委の決定に対して,(0)労組は中労委に再審査申立てをし
たが,昭和62年12月25日,中労委はこれを棄却した。
(キ) そのころ,警備課は,業務課に統合されて独自の課としては廃止と
なり,(E)支部との衝突が懸念されていた会社の部門は,組織として存在しなく
なった。
   カ 第2工場の消滅と中労委での和解成立
(ア) 会社の敷地は仙台市営地下鉄の用地にかかるため,工場の一部解体
移設と配置換えが行われ,昭和59年7月ころまでには,NH棟,NI棟等は大幅
な改修が行われた結果,以前の第2工場は建物の状態,設備,使用目的等が大きく
変化した。
      そのころ,(0)労組は被告に対しその時点での別棟就労の内容を問
い質したが,具体的な説明はなかった。
    (イ) 原告ら除名された者を除く(E)支部組合員と被告との間では,昭
和60年11月29日,中労委において,組合員が全員退職し,被告はこれに対し
て解決金を支払うことで全面和解が成立した。
キ 団体交渉及び地労委での和解交渉
    (ア) (E)支部との上記全面和解を受けて,昭和60年12月20日に
は,被告から(0)労組に対して,別棟での就労意思を有する組合員の人数を打診
したが,(0)労組は,就労の条件が明らかにされていないとして,その回答を留
保した。
      昭和61年には,(0)労組と被告との間で団体交渉が重ねられた
が,(0)労組側が(X)と(F)の解雇撤回を交渉の前提条件として固執したの
に対し,被告は,解雇撤回を考える余地はなく,(0)労組がこれにこだわるので
あれば,団体交渉を開いても無意味であるとしたため,進展が見られないまま交渉
が打ち切られた。
    (イ) 昭和62年6月2日には,(X)の地位保全仮処分異議事件が継続
中の仙台地裁から和解の打診がされたが,(0)労組は,上記2名の解雇撤回と組
合員の原職就労が和解の出発点との立場をとったため,和解交渉にまで進まずに終
わった。
      その後,就労問題についての(0)労組と被告間の交渉は平成元年8
月まで行われなかった。
(0)労組の労使紛争解決に当たっての上記の立場は平成3年3月1
1日まで変わらなかった。
    (ウ) 被告が,(0)労組組合員らは別棟に就労する意思がないとして,
仙台北社会保険事務所にその社会保険資格喪失の手続をしたのを受けて,平成元年
10月31日,宮城県知事は,原告らに対し,健康保険及び厚生年金の受給資格喪
失を確認する処分をし,宮城県社会保険審査官は,同年12月25日,原告らの審
査請求を棄却し,社会保険審査会は,平成2年4月27日,原告らの再審査請求を
棄却した。
    (エ) 平成元年7月25日,(MM)は,外1名とともに,地労委に対し
オ(エ)cの問題について救済申立てをした(この外1名は,(E)支部加入後の賃
金の改定問題について申し立てたのであるが,その後被告を退社し,申立てを取り
下げた。)。
      同年8月5日の団体交渉で,(0)労組は,被告に対し,具体的な就
労条件の提示を求めた。
      同年9月18日,被告は,再度,就労意思を確認した上で就労条件を
回答する旨を回答した。これは,そのころ,原告らの中には,他企業に恒常的に勤
務していたり,自営業を営んだりしている者が少なからずいるとの情報を得たこと
によるものであった。
    (オ) 平成2年3月16日,原告らは,被告に対し,就労場所にこだわら
ず,被告が指定する職場で就労する意思があることを伝えた。
      これに対して,被告は,同月26日,就労希望人数を照会するととも
に,人数によっては,別棟にこだわらず,第1工場での就労も考慮する旨回答し
た。その際,被告は,就労の場合仮格付けによる賃金とし,6か月後に正規の格付
けを行うことを提案した。
    (カ) その後,原告らの就労を議題に団体交渉が行われ,同年5月9日の
団体交渉で,被告は,他社で社会保険に加入している組合員,自営業に従事してい
る組合員等の就労意思表明は信用できないとして,組合員の住所録の提出を強く求
めた。
      同年6月8日,(0)労組は,被告の求めに応じて個々の組合員の住
所を記載した住所録を提出した。
      これを受けて開かれた同年7月19日の団体交渉で,(0)労組組合
員の就労までの手順等について議題になり,この中で,被告は,就労復帰につい
て,教育訓練により習得技能を見極めたいとの考えを示した。
同年8月,(0)労組は30名の組合員の就労に関する意見を集約し
て被告に回答したが,被告は就労意思の直接確認にこだわった。
      (0)労組は,就労意思の有無を表明する前提として就労条件の提示
を求めたが,被告は就労希望人数によるとして,先ず就労意思の確認を求めた。
    (キ)平成3年3月12日から地労委での(MM)の事件の審理の中で,
和解交渉が始まった。
      同年4月11日,(0)労組は,「和解についての組合の考え方」を
明らかにした。この中で,(0)労組は,次の見解を示し,(X)と(F)の解雇
撤回について被告が事前に確約しない限り和解交渉に入らないという方針を撤回し
た。
     a (MM)の賃金の暫定的是正
     b a実現の上で,次の事項の順に従って,解決を図っていく。
      (a) 原告ら30名の就労問題
      (b) (MM)の賃金の是正の確定
      (c) 未払賃金問題
      (d) 社会保険料立替問題
      (e) 係争事件
      (f) 2名の解雇問題
    (ク) 同年9月11日の和解交渉で,(MM)について,被告は,和解進
行中に限り月額20万円の賃金を暫定的に実施することにした。
    (ケ) 同年12月19日の和解交渉において,被告は,(0)労組組合員
の就労復帰について,教育訓練の期間中の賃金についての考え方を提示したが,こ
れは教育訓練期間中はアルバイト賃金と同額とし,場合によっては教育訓練を繰り
返すというものであった。
被告は,平成4年2月20日,(0)労組の書面に対する回答の中
で,別棟就労問題について,両者の労使紛争の全面解決がされると否とにかかわら
ず,被告工場のa村移転の前後を問わず,(E)支部組合員の就労場所は被告の提
示する別棟となることを回答している。この回答書の中で,被告は,この時点にお
いても,(E)支部労組と(I)労組との間に確執があり,両者間に不測の事態が
起こりうるとして,(0)労組に対し,(I)労組を刺激する言動を慎むこと及び
生産に影響を及ぼすような違法不当な争議行為をおこなわないことの確約を求める
とともに,これが守られ,両労組間に不測の事態が生じるおそれがない時期に至っ
たと判断されれば,全面妥結,協定の内容にかかわらず,両組合員を同一の職場で
就労させる考えであるとしているが,不測の事態が起こりうることの具体的な根拠
は挙げていない。
      そして,同年4月6日,就労問題について,教育訓練と職能等級付け
につき,教育訓練期間中の仮格付け賃金,その後の本格付け賃金問題が話し合われ
た。その際,(0)労組は,被告と(I)労組との間で合意した労働条件の否定や
賃金体系の改定については争わないことを了承した。
      同年5月21日に和解交渉で,被告は,(0)労組組合員の賃金につ
いて,賃金規程例外枠で処理する考え方を明らかにしたため,(0)労組はこれに
反発した。
    (コ) 地労委は,同年9月28日,仮格付け時の賃金について,「(0)
労組従業員が就労する場合の教育訓練における賃金(基本給)は,昭和48年度の
生活水準を現時点において確保する見地から,昭和48年度から現時点までの消費
者物価の変動率によりにスライドしたものとする。」との見解を示した。
      ちなみに,これによれば,仙台市消費者物価指数は,昭和48年度を
1とすると平成3年度では2.281であり,被告提出の「仮格付けによる基本給
について」の別表における中卒,高卒及び大卒のそれぞれの昭和48年度の基本給
部分及びこれらに2.281を乗じて得られる金額は,次のとおりであった。
昭和48年度の基本給部分(A)(A)×2.281
       中卒  67,953         155,000
       高卒  71,725163,600
大卒80,968184,600
      (0)労組と被告は,平成4年11月12日の協議でこの見解に大筋
で合意した。
    (サ) 同年12月22日,仙台高等裁判所は,原告らが(ウ)の処分を不服
として提起した健康保険及び厚生年金の被保険者資格喪失確認処分取消訴訟の控訴
事件につき,原告らの請求を棄却した仙台地裁の判決に対する控訴を棄却する判決
(以下「取消訴訟控訴審判決」という。)をした。
    (シ) その後も双方は,和解案に関する書面を交互に出し合ったが,和解
交渉の中で,(0)労組は,就労条件の確定が先決問題として,教育訓練後の本格
付けによる賃金を確定させることを求めたのに対して,会社側は,原告個々の本格
付けは教育訓練による習熟度を見なければ決められないとして,就労者数を確定す
るための退職条件の協議に入ることを主張したため,交渉は平行線をたどった。
    (ス) 平成5年7月22日,地労委は,教育訓練終了後の本格的な就業に
伴う給料(本格付け時の賃金)についての地労委の見解を提示した。
これは,本格付け時の賃金(基本給)は,基本給基準額表により格付
けするものとし,その額は先に示した仮格付け時の賃金(月額122,500円を
下回る場合にあっては122,500円を上回る額)とするものであった。
      (0)労組と被告は,同年9月6日の協議でこの和解案に大筋で合意
した。
しかしながら,(0)労組が,独自の算定による基本給基準額表を主
張したため,会社側は,これを(ケ)の了承に反する言い分として受入を拒否し,交
渉がそれ以上進まないまま,同年12月22日,地労委は,全面和解を目指した交
渉を打ち切った。
    (セ) (MM)の前記問題については,平成6年6月14日の地労委の調
査期日において,暫定的に賃金を月額20万円とすることで和解が成立した。
   ク被告は,同年8月1日,それまで仙台市b区gにあった工場を宮城県黒
川郡a村e字fに全面移転した。
   ケ 仙台地裁での和解交渉
(ア) 平成8年10月15日,仙台地裁第3民事部に係属していた社会保
険料立替金請求事件について,事実上和解の交渉が始まった。
原告らは,この仙台地裁における和解交渉の時点以降,再び前記2名
の解雇撤回を就労の前提条件として持ち出すようになった。
    (イ) その後,平成9年7月25日,同地裁第1民事部でも和解交渉が始
まり,平成10年1月30日,第3民事部での和解が打ち切りになった後は,同地
裁第1民事部で全面和解交渉が続けられることになった。
なお,この時点では,被告は,上記2名の解雇問題については全面的
な和解が成立した際に解雇を撤回して依願退職の形とするなど柔軟な対応をするこ
とも可能である旨回答している。
    (ウ) 原告らは,同年9月2日,争議解決要求書を提出し,その後仙台地
裁を間にして原告らと被告の双方からの意向聴取,調整が行われ,原告らは,平成
11年8月31日,「仙台地裁和解準備手続き概略と組合の見解」と題する書面を
提出した。
   これに対して,被告は,同年10月22日,回答書を提出した。
    (エ) これらを受けて,同年12月10日,同地裁第1民事部は,双方に
対し,別紙7の内容の「和解案の骨子」を提示した。
    (オ) この和解案の骨子に基づき,和解の協議が続けられたが,原告ら
は,職場復帰につき年齢制限を課すことは認められない,賃金については,社内で
正社員に適用している賃金制度に基づき賃金を決定する,解決金についてはバック
ペイと切り離して考える等と主張した。
      これに対して,被告は,基本的に「和解案の骨子」に応ずるとしなが
ら,労使紛争の結果生じた不就労期間は昇給を行わない等の条件を提示したため,
原告らはこれに強く反発した。その後,原告らは,就労後の賃金額として年齢ごと
の基本給(30万円前後)を要求した。
      しかしながら,その後に出された双方の条件も同様の隔たりが大きい
ままで終始したため,平成13年5月8日,結局和解は打ち切りとなった。
2不就労状態と履行不能
(1) 原告らは,ストライキを解除した後の昭和48年12月21日から現在ま
で被告において就労しない状態が継続しているところ,この不就労状態は,被告が
別棟就労命令を出し,原告らがこれを拒み,元の職場に復帰することを要求したこ
とから始まったものであり,その後,両者間の団体交渉や中労委,地労委あるいは
仙台地裁における和解手続において,就労に向けた交渉が重ねられたが,条件が折
り合わず,就労が実現しないまま,長年月が経過したものである。
(2) ところで,労働契約に基づく労働者の労務を遂行すべき債務が使用者の責
に帰すべき事由により履行不能になったときは,労働者は,現実には労務を供給し
ていなくても,賃金の支払を請求することができるところ(民法536条2項),
使用者が労働者の就労を拒否する意思を事前に明確にしているときも,労働者の労
務を遂行すべき債務は履行不能になるというべきであるけれども,この場合に労働
者が賃金の支払を受けるためには,一方において,それが使用者の責に帰すべき事
由によること,他方において,その時点において労働者が客観的に就労する意思と
能力を有することが必要と解するのが相当である。
  (3) これを本件についてみるに,被告が別棟以外での原告らの就労を拒んだこ
とは前示の事実から明らかであるから,この就労の拒絶により原告らの労働契約上
の労務を遂行すべき債務が履行不能の状態にあったというべきである。
 3被告の責に帰すべき事由の有無等について
   そこで,上記履行不能が被告の責に帰すべき事由により生じたものか否か,
それが肯定される場合に,原告らが客観的に就労する意思と能力を有していたかど
うかにつき判断する。
(1)別棟就労命令の適法性
ア 本件ロックアウトについて
(ア) 被告が本件ロックアウトを解除するために,これに併せて別棟就労
命令を出したことは前示のとおりである。
    (イ) ところで,ロックアウトが正当な争議行為として是認されるかどう
かは,個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度,経過,組合側の争議行
為の態様,それによって使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照
らし,衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と
認められるかどうかによってこれを決すべく,このような相当性を認めうる場合
は,使用者は,正当な争議行為をしたものというべきである。
    (ウ) これを本件についてみるに,本件ロックアウトに至る経過は次のと
おりである。
     a 昭和47年春闘における賃上げをめぐって,(E)支部が行った争
議行為は,暴力行為やこれに準ずるような吊し上げを伴うものであり,正当な争議
行為の限度を逸脱したものであるが,(E)支部がこれに入ったについては,
(E)支部と被告との団体交渉において,団体交渉ルールにこだわり交渉を事実上
拒否した点で,被告にも,責任の一端がある。
     b 被告がガードマンを導入したについては,手段方法において必ずし
も相当なものとはいえないけれども,その直接のきっかけは(E)支部の行った許
容限度を逸脱した争議行為,とりわけ入出荷阻止闘争であり,これは実力をもって
被告の業務を妨害した色彩が強く,被告の行為は企業防衛の側面があったことを否
定できない。
       その後の警備課の新設は,ガードマン導入により回復した会社秩序
の維持を企図したものであるが,組合活動を過度に制約する結果を招来した点で,
その実際の運用は問題を残すものであった。
     c 本件ロックアウトは,時限ストや指名ストで被告の作業態勢や作業
計画が阻害され,作業能率が低下していたこと,(E)支部組合員が勤務時間を憚
らずに会社構内でデモ行進をするなどして交通を妨害する状況が続いたことから,
(E)支部組合員らを会社構内から排除し,残りの(I)労組及び非組合員たる従
業員だけで勤務態勢を整えることにより,当面の著しい損害を回避する目的に出た
ものと認められる。
     d もっとも,(E)支部の上記行為は,a,bのような被告の非のあ
る措置,対応に触発された側面があり,本件ロックアウトによって(E)支部の組
合活動が事実上制約を受ける結果になったことは否定できない。
    (エ) 以上のような具体的事情のもとでは,被告のした本件ロックアウト
は,衡平の見地から見た場合,労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相
当性を欠くものとするのは,疑問の余地がないわけではなく,その継続が7か月に
及んだのも,ロックアウト実施後の状況に照らせば,主な責任が被告にあるとは速
断し難いものであったというべきである。
      ただし,仙台地裁が,昭和48年10月13日,(E)支部組合員の
賃金仮払仮処分申請につき,本件ロックアウトは違法として,被告に対し,賃金仮
払を命じたことは前示のとおりである。
   イ 別棟就労命令の適法性
    (ア)前示の事実によれば,本件ロックアウト後も,(E)支部組合員
は,会社構外で,(I)労組組合員及び会社職制,警備課員らとの間で衝突を起こ
したり,会社正門から集団で突入を図ったり門扉を破壊するなどし,その過程で負
傷者が出ていたばかりでなく,(E)支部組合員は,(I)労組組合員及び会社職
制の自宅周辺で,本人や家族の誹謗中傷を繰り返し,(I)労組組合員との敵対感
情はむしろ深まったことが窺われる。
      したがって,単に本件ロックアウトを解除して元の職場で(E)支部
組合員が(I)労組組合員及び会社の職制と混在する形で就労した場合には,職場
での混乱が再現されるだけでなく,両者の衝突から傷害事件に発展するなど不測の
事態が予想された。また,会社構内で警備課員との衝突も現実の問題として懸念さ
れる事態が存在したと認められる。
    (イ) 別棟就労命令は,(E)支部組合員をその他の従業員から隔離して
就労させようというものであるが,以上のような緊迫した状況のもとでは,紛争を
未然に回避する暫定的な措置として,その必要性が肯認されるべきものである(前
記1ウ(イ)の地労委の救済命令は,別棟就労命令が以上のような状況の下で出され
たことに対する考慮が十分でないように思われる。)。そして,本件ロックアウト
を含めてこのような状況に至った経緯をみても,主として被告の責任でこのような
状況を招来したということはできない。
    (ウ) ところで,被告が(E)支部に就労場所として指定した第2工場
は,(E)支部を隔離するためにわざわざ構想したものではなく,前示の工場近代
化の過程で検討されており,労働紛争と関係なく提案された改善案を別棟就労向け
に手直ししたもので,組合活動を抑圧するために新設したものとは認められない。
    (エ) そして,第2工場の広さ,機械設備の配置状況,福利厚生施設をみ
ても,ことさら(E)支部の組合活動を抑圧し,あるいは(E)支部組合員を他の
従業員と差別して不利に扱う目的で(0)労組組合員の就労場所として指定したも
のとは認め難い。
      確かに,作業内容は第1工場とは異なるものが予定されていたけれど
も,ここれをもって(E)支部組合員を不利益に取り扱う不当労働行為ということ
ができないのは,前示のとおりである。
    (オ) 以上によれば,別棟就労命令は,原告ら(E)支部組合員を組合員
であるがために,他の従業員と差別して不利益を与えようとする法7条1号に該当
する不当労働行為であるとも,(E)支部の組合活動を制限し,争議行為の効果を
無に等しくして申立人組合の団結権及び団体行動権を侵害する支配介入で法7条3
号に該当する不当労働行為であるともいえず,無効なものということはできない。
   ウ 別棟就労命令の不遵守と賃金請求権の存否
    (ア) 原告らが別棟就労命令に従わず,第2工場に就労しなかったことは
前示のとおりである。
    (イ) しかしながら,別棟就労命令が適法である以上,被告がこれに従わ
ない原告らの労務を受領することを拒み,その結果原告らの労務を遂行すべき債務
の履行が不能になったからといって,その不能が被告の責に帰すべき事由によるも
のということはできない。
    (ウ) したがって,別棟就労の必要性が存続する限り,原告らがこれを拒
んでその期間就労しなかった場合には,原告らには被告に対する賃金請求権が発生
しないというべきである。
  (2)別棟就労の必要の消滅とその後の不就労の原因
ア 別棟就労命令の適法性の基礎
(ア) ところで,別棟就労命令は,前示の状況のもとで発せられたのであ
り,その必要性に基づく限りにおいて暫定措置として適法とされるべきものであ
る。
      被告も,その理由が減少するに従って,この施策を段階的に縮小する
ことを考えていた旨自認する。
    (イ) しかるところ,(E)支部(後に(0)労組)組合員たる原告らの
不就労は,別棟就労命令後今日まで約30年の長きに亘って継続してきたものであ
る。
    (ウ) そして,別棟就労は,(ア)のとおりその必要性が存続する期間に限
ってその適法性が肯定されるものであるから,この間,このような別棟就労の必要
性が存続していたのかどうかを検討する。
イ別棟就労の必要性の存続と消滅
(ア)本件ロックアウト解除後,(E)支部組合員はストライキに入った
が,その約5か月後,このストライキを解除したこと,その後,(E)支部組合員
は原職復帰を要求し,仙台地裁や地労委に別棟就労命令の効力停止の仮処分や,こ
れを不当労働行為で無効として救済申立てを行うなどしていたこと,仙台地裁は,
この仮処分申請を却下したが,地労委はこれを無効として救済命令を発したこと,
この命令に対して被告が再審査を申し立て,これを審理する中労委で和解交渉が始
まったことは前示のとおりである。
しかしながら,この間も,(E)支部が会社の門前で,出勤する
(I)労組組合員との間でトラブルを繰り返し,これに対して(I)労組組合員は
出勤路確保のためとして集団的行動をとったこと,(E)支部の会社構内での団体
交渉の際には,(E)支部組合員と(I)労組組合員及び警備課員が乱闘になっ
て,多数の逮捕者がでたこと,その後も(E)支部は(I)労組組合員の出勤妨害
行為を繰り返し,被告の管理職や警察の機動隊員が出動する騒ぎもあったこと,
(E)支部組合員が支援労組員や学生とともに会社構内に突入するなどして集団暴
力事件としか言いようのない数々の事件を起こしていたことが認められるのであっ
て,この時点では未だ別棟就労の必要性は存続していたと認められる。
    (イ)その後,中労委での和解交渉において,(E)支部は退職の方針を
打ち出したが,この方針をめぐって交渉を是認する多数グループと交渉を否定する
少数グループが対立した末,(D)地本が原告らを含む36名を除名したこと,後
者は(0)労組を結成したことが認められる。
この間,(0)労組は,被告との間で,33名の就労問題等を巡って
独自に被告との団体交渉を行うようになったが,昭和55年の時点でも団体交渉の
開催に際して,(0)労組は被告に対して安全を要請するような有様であり,これ
に対して(I)労組が会社構内で団体交渉を開催したことに抗議文を提出したこ
と,第2回団体交渉は会社構外で行われたこと,その後(0)労組は会社構内での
団体交渉を要求し,被告がこれを拒むや地労委に救済申立てをしたが,地労委はこ
の申立てを棄却したことが認められる(なお,(E)支部が申し立てた団体交渉拒
否の救済申立てについて,中労委が再審査申立てを棄却したことも前示のとおりで
ある。)。
このような状況のもとでは,未だ別棟就労の必要性は存続していたと
認めるべきである。
(ウ) しかしながら,多数グループである(E)支部は,昭和60年11
月29日,中労委において全面和解して全員退職し,原告ら(0)労組のわずか3
0数名の小集団のみが労使紛争の労働者側に残ったこと,その後,(0)労組は,
被告と就労の条件等をめぐって団体交渉を重ねたのであるが,このころには,
(0)労組は,年数回,その支援者らとともに,会社の正門前や(II)支店にお
いて,(I)労組組合員等の出勤の妨げになるような抗議行動をするにとどまり,
両者が衝突したりして不測の事態が発生する虞れを窺わせるような状況はなくなっ
ていたこと(なお,会社の警備課は既に廃止されていた。),(0)労組と被告と
の団体交渉では,就労意思の打診や就労条件にまで立ち入って交渉が行われるよう
になったことは前示のとおりである。
その後も,(0)労組と被告は,団体交渉,仙台地裁あるいは地労委
での和解交渉と場所を変えながらこの交渉を続けたが,この間上記のような不測の
事態の発生のおそれを具体的に窺わせる状況は出現していないのである。
(エ) (0)労組の組合員の中には,被告が別棟就労の必要性の主たる根
拠とした,職場での混乱や(I)労組や被告の管理職との衝突や傷害事件の発生,
会社構内での警備課員との衝突等の不測の事態を危惧させた事件や行動において中
心的立場にあった者が多く含まれていたことは前示のとおりであるところ,原告ら
がこの行動態度を改めることを明示的に表明した形跡はない。
      しかしながら,別棟就労の必要性は前示のとおり暫定的なものであっ
たことに,中労委の全面和解までの時日の経過と(0)労組のその後の行動や被告
との交渉態度の変化を併せ徴すると,中労委の全面和解により,(E)支部組合員
が全員退職し,それまでの労使紛争を続けているのが原告ら(0)労組の小集団の
みになった時点で,上記不測の事態が発生する可能性はほぼなくなったとみるべき
であるから,別棟就労の必要性は消滅したと認めるのが相当である。
      前示の事実からは,この時点においてもなお(0)労組組合員と
(I)労組組合員との間に確執が続いていることは容易に窺われるけれども,前記
時日の経過とその当時の(0)労組組合員の行動に照らせば,これを直ちに両者間
に不測の事態の発生と結びつけるのは飛躍がある。
      なお,原告ら(0)労組組合員は,その後も相変わらず年数回,本社
正門前や(II)支店での抗議行動を続けていたことは前示のとおりであるけれど
も,その態様から直ちに前記のような不測の事態の発生を危惧させるようなものと
は認め難いから,この事実も前記の判断を妨げるものとはいえない。
   ウ その後の不就労の原因
(ア) (0)労組は,平成3年3月11日まで,まず被告が(X),
(F)の解雇を撤回することを就労問題を交渉する前提条件として掲げ,これにこ
だわっていたことは,前示のとおりである。
      これは,原告らが,両名の解雇が撤回されない限り,就労しない意思
であることを表明していたことを意味する。
(イ) しかしながら,両名の解雇問題は,訴訟において争われていたので
あって,被告がこれを法的解決に委ね,(E)支部との交渉事項として取り上げな
かったとしても,責められるべき点はないし,この前提条件が実現する可能性は希
薄であった。
      ちなみに,(F)の解雇については,既に最高裁判所平成2年4月1
7日判決によりこれが有効であることが確定しており,(X)の解雇についても,
その雇用関係存在確認等請求事件につき,仙台地裁は同年4月24日,(X)の請
求を棄却する判決をし,同判決に対する控訴が仙台高等裁判所平成4年9月29日
判決により棄却され,これに対する上告も最高裁判所平成6年3月10日判決によ
り棄却されて,請求棄却の判決が確定した(当裁判所に顕著な事実)。
      そうである以上,原告らの上記表明は,実際に就労する意思の表示と
して十分なものとはいい難い。
    (ウ)してみれば,この状態での原告らの履行不能については,原告らが
客観的に就労する意思を有していたとは認められないから,その期間就労しなかっ
た原告らには,賃金請求権は発生しないというべきである。
  (3) 賃金交渉の経過と不就労の継続
   ア 賃金交渉の経過
     前示の事実によれば,(0)労組と被告との賃金交渉は,次のように推
移したことが認められる。
(ア) 中労委での全面和解の後,被告が(0)労組に対して別棟での就労
を希望する組合員の氏名を打診したのに対して,(0)労組側は,就労の条件を明
らかにするよう被告に要求したが,被告は,就労希望者の数によるとして具体的な
就労条件の提示をしなかった。
    (イ) その後,被告(II)支店の(MM)組合員の賃上げ一時金問題を
巡って,(0)労組は地労委に救済申立てをしたが,その傍らで,被告は再度原告
らの就労意思を確認した上で,改めて就労条件を回答することとした。
      この段階に至って,原告らは,平成2年3月16日,別棟就労をも含
めて被告が指定する職場で就労する意思を被告に伝達した。
      これに対して,被告は,(0)労組組合員のうち就労希望人数を照会
するとともに,その人数によっては,別棟就労にこだわらず,第1工場での就労も
考慮する旨回答した。被告の強い求めに応じて(0)労組は組合員個々の住所を開
示したが,被告は就労条件提示の前提として個々の組合員の就労意思の確認にこだ
わった。
    (ウ)平成3年4月11日,原告らは,(X)と(F)の解雇撤回につい
て被告が事前に確約しない限り和解交渉に入らないという方針を撤回し,この条件
抜きで就労に向けて交渉に取り組む意思を表明した。
    (エ) この後の交渉においては,原告らの不就労状態が長期に亘り,再就
労に当たっては教育訓練が不可欠であることの議題を交えながら,就労した後の賃
金内容等につき具体的協議に入り,双方検討を重ね,平成4年9月には地労委が教
育訓練中の仮格付け賃金について,平成5年7月には本格付け賃金について,和解
案を提示し,双方ともこれに同意している。
    (オ) しかしながら,原告らが各人の就労条件の具体的確定を求めたのに
対して,被告は,むしろ退職条件の話し合いに入り,退職者の数と就労希望者の数
を確定した上でないと就労場所や各人の賃金を具体的に確定し難いとの立場に終始
したため,和解交渉は暗礁に乗り上げ,地労委における和解交渉は不調に終わっ
た。
    (カ) その後の仙台地裁における全面和解の試みにおいても,以上のよう
な状況は大筋では変わらず,むしろ,原告らはその要求を拡大する一方であり,逆
に被告は年齢制限等を持ち出したため,和解は不調に終わり,交渉は打ち切られ
た。
   イ 不就労の継続の責任
    (ア)労務を遂行すべき債務が使用者の責に帰すべからざる事由により長
期間に亘って履行不能になり,不就労状態が続いた後に,この事由が消滅し,労働
者が就労に復帰する場合には,改めてその期間の経過に応じた賃金等の労働条件を
協定し,かつ従前の職務の内容,不就労期間に生じた技術革新と新式の機械の導
入,これによる作業内容の変化や使用者の事業形態の変容に即して,その時点での
職務に適応できるように,教育訓練を行う必要がある。そして,これら職場復帰の
条件等を確定するのに相当期間を要するのはやむを得ないことであり,その間不就
労が継続するについては,使用者の責に帰すべき事由による履行不能とはいえない
というべきである。
      しかしながら,この交渉が相当期間を超えるときは,使用者は,労働
者との雇用関係を存続させている以上,暫定的でも就労場所・職務内容と支払う賃
金額を定め,これを労働者に提供すべき義務があると解すべきである。このように
解しなければ,使用者が個々の労働者について具体的個別的な就労条件を示さず,
就労に当たっての賃金や就労場所が確定されない限り,使用者は賃金支払を免れる
といういかにも不当な結果になるからである。
      この場合に提供すべき賃金は,本人の従前の賃金額,当該事業所にお
いて同種業務を遂行する他の労働者の賃金水準,同事業所の経営・就労状況,一般
的な雇用情勢,物価の推移その他諸般の事情からみて特段の事情がない限り,従前
の賃金額を下らないものとすべきであり,さらに,最低賃金法5条2項の趣旨に照
らせば,同法に基づく最低賃金額が定められている場合には,この最低賃金額を下
らないものであることが必要である。
      これに対して労働者が当該条件での就労を拒むときは,使用者は責に
帰すべからざる事由による就労不能として,賃金支払義務を免れ続けることができ
ると解すべきである。
(イ) これを本件についてみるに,第2工場は昭和59年5月ころには消
滅し,さらに,平成6年8月には被告工場はa村に全面移転したが,被告は,この
間一貫して,就労人数によっては第1工場での就労を考慮するとしたものの,原告
らの多数が就労を希望する限り別棟就労を前提とするとの主張をしていたにもかか
わらず,原告らの就労場所さえ具体的に指定しておらず,原告らに提示することも
しなかったのであって,このような態度からは,あえて原告らの退職を前提として
しか真剣に交渉してこなかったとみざるを得ない。
    (ウ)原告らの不就労状態が別棟就労命令の不遵守により開始,継続した
ものであるとしても,被告は,原告らとの労働契約を終了させることなく存続させ
ている以上(取消訴訟控訴審判決は,原告らが14年間会社に就労せず,賃金の支
払を受けることができない結果,自己の負担すべき保険料を賃金から控除されるこ
とがなく,かつ当時原告らが近々会社に再就労する具体的な見通しは立っていなか
ったから,被保険者資格喪失日当時,会社と原告らとの使用関係は事実上消滅して
いた旨判示しているけれども,これが被保険者資格喪失事由の有無に限って当時の
実情に即して判断したものにとどまることは,その説示内容から明らかであり,被
告自身も,労働契約が存続していることを当然の前提として就労問題につき原告ら
と交渉してきたことは,前示の交渉経緯から明らかであるから,本件賃金請求の当
否については,上記判決と同様に考えることはできない。),別棟就労の必要性が
消滅した後,被告としては,可及的速やかに教育訓練の場所や内容を定め,具体的
な賃金額を提示して,原告らに就労を促すべき責任があるというべきであって,こ
れをしないで退職条件の確定にこだわった以上,使用者としての上記責任を免れる
ことはできないものというべきである。
    (エ) そして,原告ら(既に死亡していた(B)を除く。以下同じ。)が
(X)と(F)の解雇撤回を前提条件とすることなく就労交渉に臨むことを表明
し,かつ就労に必要な教育訓練を受けることを拒んでいない以上,被告としては一
刻も早期に具体的就労条件を提示すべきであったのであり,被告の規模,業種,原
告ら全員の人数,従前の就労場所,不就労状態が継続した期間にその間の交渉経
過,(MM)の賃金の暫定的是正の合意が成立した時期等を併せ徴すれば,遅くと
も平成3年9月末までにはこれが可能であったと認めるのが相当である。
      被告は,以上のような原告らの就労交渉態度は,取消訴訟控訴審判決
を有利に導くためのポーズにすぎない旨主張するけれども,それまでの交渉の経
緯,内容やその後の交渉状況に照らして,にわかに採用できない。
    (オ) 他方,原告らは,賃金交渉に当たって,被告と(I)労組との間で
合意した労働条件の否定や賃金体系の改定を争わないことを約しながら,いざ具体
的賃金条件を詰める段階になるや,昇給を前提にした独自の賃金額を主張して,賃
金条件の合意を困難にする態度をとったが,これは,新たな機械加工技術の習得が
必要であり,長期間作業に従事していなかった原告らが就業するためには教育訓練
が不可欠であること,またこの間は昇給すべき基礎を欠く状態であったことを無視
した不合理な要求というべきであって,その後も不就労状態が継続したについて
は,(0)労組側にも相応の責任があるというべきである。
    (カ) 原告らは,前示のように1(6)ケの仙台地裁における和解交渉の時点
以降,再び(F)及び(X)2名の解雇撤回を就労の前提条件として持ち出すよう
になったが,これはいつまで経っても就労が実現しないことへの苛立ちや焦りがそ
の基礎にあることが窺われること,実際にはこの解雇撤回の要求と並行して就労条
件の話合いに応じていること,仙台地裁の「和解案の骨子」でも両名の解雇を撤回
し任意退職とする提案がされていることが窺われ,前示のような被告の交渉態度も
その一因となっているというべきであるから,これをもって原告らの不就労が再び
被告の責に帰すべからざる事由によるものに転じたとみるのは相当でない。
ウ 被告の賃金支払義務について
     以上によれば,原告らの平成3年10月以降の就労不能については,被
告の責に帰すべき事由によるもので,かつ原告らは客観的に就労の意思及び能力を
有していたものと認めるのが相当である。
     しかしながら,原告らにもイ(オ)のとおり不就労状態の継続につき相応
の責任があることを考慮すれば,被告が実際に支払うべき賃金額は,この間の原告
らの賃金額の6割とするのが相当と認められる。
 4 支払うべき賃金額と期間について
(1)原告らの昭和48年7月25日当時の賃金月額が別紙3債権目録(イ)欄記
載のとおりであること,この賃金月額は,昭和46年の労働協約で定められたもの
であるところ,昭和47年以降被告と原告らとの間でこの労働協約は改定されてい
ないことは,当事者間に争いがないから,同協約上は上記月額が原告ら各人の賃金
額になるはずである。
    そして,本件において,被告が原告らに提供すべき賃金額が,従前の賃金
よりも低額で足りるものとすべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない(被告
は,同年3月,給与体系を全面的に改めて,職能給制度を導入したこと,この制度
は,数次に亘り改正されて今日に至っていることは前示のとおりであるけれども,
前記地労委に置ける和解交渉から窺われるこれによる賃金額と原告の従前の賃金額
とを考え併せると,これをもって上記特段の事情があると認めることはできな
い。)から,原告らの賃金額は,この額を下らないものになる。
    以上について,原告らは,従前の賃金額に基づいて請求しているので,本
件では前示基準に基づいてその当否を判断するにとどめる。
  (2)しかしながら,その後施行された最低賃金法に基づき定められてきた宮城
県における最低賃金日額が別紙8のA欄記載のとおりであることは,当裁判所に顕
著な事実であり,これを月額に引き直すと,別紙8のB欄記載のとおりになること
が認められる。
    上記期間中の原告らの賃金月額は,この最低賃金月額を下らない必要があ
る。
  (3) (B)が昭和58年4月13日死亡したことは当事者間に争いがないか
ら,同人については,賃金請求権は発生しない。
    原告(A)29が平成10年12月20日,原告(A)27が平成13年
4月20日,原告(A)28が同年9月20日,原告(A)26が平成14年7月
20日,原告(A)24が同年9月20日それぞれ被告所定の定年を迎えたこと
は,前示のとおりであるから,以上の原告については,これらの日より後は賃金請
求権は発生しないというべきである。
  (4) したがって,原告ら各人に支払われるべき賃金月額の算定方法を整理する
と次のとおりになる。
   ア 最低賃金月額が,昭和48年7月25日当時の原告ら各人の賃金月額以
下の場合には,この賃金月額を基礎にして,これに10分の6を乗じて算定する
(別紙9計算表の赤色部分。この部分の月額及び6割の欄は,請求による賃金月額
とその6割の金額である。)。
   イ 最低賃金月額が,昭和48年7月25日当時の原告ら各人の賃金月額を
上回る場合には,更に最低賃金月額に10分の6を乗じた額と比較する。
    (ア) 最低賃金月額に10分の6を乗じた額が,昭和48年7月25日当
時の原告ら各人の賃金月額以下の場合には,最低賃金月額を基礎にして,これに1
0分の6を乗じて算定する(別紙9計算表の無色部分。この部分の月額及び6割の
欄は,最低賃金とその6割の金額である。)。
    (イ) 最低賃金月額に10分の6を乗じた額が,昭和48年7月25日当
時の原告ら各人の賃金月額を上回る場合には,最低賃金月額を基礎にして,これに
10分の6を乗じて算定するが,処分権主義により,原告らの請求による賃金月額
を限度として認容すべきことになる(別紙9計算表の黄色部分。この部分の月額及
び6割の欄は,最低賃金とその6割の金額である。)。
   ウ なお,平成14年の最低賃金の発効日は同年10月2日であるが,諸般
の事情を考慮して,本件における原告らの賃金額算定の基礎としては,同年10月
分からこの最低賃金額を斟酌することとする。
  (5) 以上を基礎にして,原告ら各人に支払われるべき賃金月額を算定し,これ
に基づく平成3年10月1日から本件口頭弁論終結時である平成14年12月17
日までの原告ら各人の賃金合計額を算定すると,同表合計欄のとおりになる(1円
未満は切捨て。なお,1か月に満たない分は日割計算する。)。
    この結果,原告らについて認容すべき金額は,別紙2認容額一覧表記載の
金額となる。
  (6) なお,本件訴え中,本件口頭弁論終結時より後の分は将来請求に当たると
ころ,この請求に係る賃金は,被告との間の雇用契約関係の存続と,これに基づく
前示のような賃金支払の条件を満たす場合に限って,被告にその支払義務が認めら
れるにとどまり,将来これらが要件が存続するかどうかは不確定な事実であって,
この将来請求の必要を認めるべき的確な証拠はないから,この分の請求は不適法と
いうべきである。
 5 むすび
   以上の次第であるから,原告(A)30を除く原告らの請求は,被告に対
し,それぞれ別紙2認容額一覧表該当欄記載の金員の支払を求める限度で理由があ
るので認容し,本件訴え中,原告らの平成14年12月18日以降の賃金の支払を
求める部分は不適法であるので却下し,これらのほか,原告(A)30を除く原告
らのその余の請求及び原告(A)30の請求は理由がないので棄却することとし,
訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条,65条の規定を適用し,仮執行
の宣言は相当でないので,その申立てを却下することとして,主文のとおり判決す
る。
   仙台地方裁判所第1民事部
 
            裁判長裁判官信  濃  孝  一
        
  裁判官岡  崎  克  彦
  裁判官寺  田利  彦
別紙2

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