弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人奥田純司ほかの上告受理申立て理由について
 1 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人の亡夫D(以下「D」という。)は,平成11年4月30日,被上
告人B不動産株式会社(以下「被上告人B不動産」という。)との間で,1審判決
別紙物件目録記載1の建物(以下「本件マンション」という。)の一部である同目
録記載3の専有部分(以下「E号室」という。)を5億3000万円で購入する旨
の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
 被上告人B不動産販売株式会社(以下「被上告人B不動産販売」という。)は,
宅地建物取引業者であり,被上告人B不動産から委託を受け,本件売買契約の締結
手続をした。
 (2) E号室の中央付近にある室内廊下の北側主寝室寄りには,防火戸(以下「
本件防火戸」という。)が設置されていた。本件防火戸は,その電源スイッチが入
っていれば,E号室内で火災が発生した場合には自動的に閉じて,床,壁等と共に
,上記主寝室を含む北側の区画(以下「本件北側区画」という。)と南側の区画(
以下「本件南側区画」という。)に区切り,出火した側の区画から他の区画への延
焼等を防止するようになっていた。
 (3) Dは,平成12年4月7日,E号室の引渡しを受け,上告人と共に同年9
月28日から居住を開始した。被上告人B不動産販売は,D及び上告人の入居時ま
でに,D又は上告人に対し,重要事項説明書,図面等を交付した。上記重要事項説
明書には,E号室の防火設備等として,火災感知器及び火災報知器の場所が示され
ていたが,本件防火戸の記載はなく,上記図面に本件防火戸の位置が点線で表示さ
れていたのみであった。また,被上告人らは,D又は上告人に対し,本件防火戸の
電源スイッチの位置及び操作方法,火災発生時における本件防火戸の作動の仕組み
等については,全く説明していなかった。
 なお,本件防火戸の電源スイッチは,E号室の納戸の壁に設置されていたが,ふ
たがねじで固定された連動制御器の中にあり,上記電源スイッチが同制御器内にあ
ることが一見して明らかとはいえない造りになっていた。
 (4) 同年10月4日午前5時15分ころ,E号室の主寝室を出火場所とする火
災(以下「本件火災」という。)が発生した。本件火災は,Dが上記主寝室で吸っ
たたばこ又はその火種がベッドの布団に落下して着火したことにより発生したもの
と判定された。
 (5) 本件防火戸は,本件火災発生当時,電源スイッチが切られて作動しない状
態にあり,自動的に閉じなかったため,出火場所である上記主寝室を含む本件北側
区画から本件南側区画への延焼等を防止することができなかった。
 (6) 本件マンションを巡回していた警備員の通報により,同日午前5時24分
ころ,麻布消防署の消防隊が臨場し,消火活動に当たった。本件火災は,同日午前
7時55分に鎮火した。
 (7) 本件火災により,E号室(床面積約210㎡)の主寝室その他の部分98
㎡及び天井等49㎡が焼損した。本件南側区画の損傷状態については,室内廊下の
うち,本件防火戸に近い部分は,天井の石膏ボードが落下し,比較的遠い部分の天
井や壁は,化粧仕上材が焼失して石膏が露出するなどしたほか,本件南側区画のほ
ぼ全室にわたり,天井及び壁の全体又は一部が変色し又はすすけ,居間やその北側
の寝室の空調設備が溶融して垂れ下がるなどというものであった。
 (8) 本件火災により,Dは,顔面及び気管の火傷等を負い,同年11月15日
死亡した。Dの法定相続人は,Dの妻である上告人並びにDの姉,弟及び妹の合計
4名である。
 2 本件は,上告人が,被上告人B不動産については,本件防火戸の電源スイッ
チが切られて作動しない状態で引き渡されたことにつき売買の目的物に隠れた瑕疵
があったことなど,被上告人B不動産販売については,上記電源スイッチの位置,
操作方法等を説明すべき義務を怠った注意義務違反があったことなどにより,本件
南側区画にも本件火災による損傷が及び,その原状回復に要する費用等に係るDの
損害賠償請求権を相続により4分の3の割合で取得したなどと主張して,被上告人
B不動産に対し売主の瑕疵担保等による損害賠償を,被上告人B不動産販売に対し
不法行為等による損害賠償をそれぞれ求める事案である。
 3 原審は,前記事実関係等の下において,上告人の請求を棄却すべきものとし
た。本件防火戸が作動しなかったことによる本件南側区画の損害に関する原審の認
定判断は,次のとおりである。
 (1) E号室は,本件防火戸の電源スイッチが切られて作動しない状態で引き渡
されたものであり,売買の目的物に隠れた瑕疵があった。したがって,被上告人B
不動産は,売主の瑕疵担保責任として,本件防火戸が作動しなかったことと相当因
果関係のある損害について賠償すべき責任を負う。
 (2) 本件防火戸の電源スイッチは,ふたがねじで固定された連動制御器の中に
設置されており,居住者がそれを操作することが予定されているとはいえないよう
な造りになっているものであって,売主である被上告人B不動産において,上記電
源スイッチを入れた状態で引き渡すべきことが当然の前提とされていたと考えられ
ることに照らすと,被上告人B不動産販売には,上記電源スイッチの位置,操作方
法等を買主に説明すべき義務があったとはいえない。また,被上告人B不動産販売
は,被上告人B不動産から委託を受けて本件売買契約の締結手続をした者にすぎず
,E号室を引き渡すに際し,本件防火戸の作動状況についての調査,確認義務があ
ったとはいえないから,上記電源スイッチを入れた状態でE号室を引き渡すべき義
務があったともいえない。
 (3) 本件防火戸が作動していた場合には,本件南側区画の焼損,変色等の範囲
及び程度は,本件火災後の状況に比べて軽度に抑えられていたであろうと推認する
ことができる。しかしながら,本件防火戸が作動したとしても,消火活動等に当た
り,本件防火戸が開けられ,ばい煙,高熱,水蒸気等が本件南側区画に出ることは
避けられず,相当範囲に汚れ等が付着し,特に,ばい煙によるにおいは,広範囲に
わたって天井,壁等に染み込んだはずである。本件火災後の原状回復工事について
は,本件防火戸が作動した場合であっても,E号室を再び居住の用に供するために
は,全部屋の天井及び壁の石膏ボード等を交換する作業が必要となることが十分考
えられ,空調設備,家具等についても,具体的な焼損が生じなかったとしても,ば
い煙によるにおいの吸着のため,新たなものと交換する方が部品交換やクリーニン
グ等よりも安価な対処方法となる場合も考えられる。したがって,本件防火戸が作
動しなかったからといって,本件火災により現実に生じた損害の額が,本件防火戸
が作動した場合に比べて高額になるとは認められない。
 4 しかしながら,原審の上記認定判断(2),(3)は是認することができない。そ
の理由は,次のとおりである。
 (1)ア 前記1の事実関係によれば,本件防火戸は,火災に際し,防火設備の一
つとして極めて重要な役割を果たし得るものであることが明らかであるところ,被
上告人B不動産から委託を受けて本件売買契約の締結手続をした被上告人B不動産
販売は,本件防火戸の電源スイッチが,一見してそれとは分かりにくい場所に設置
されていたにもかかわらず,D又は上告人に対して何らの説明をせず,Dは,上記
電源スイッチが切られた状態でE号室の引渡しを受け,そのままの状態で居住を開
始したため,本件防火戸は,本件火災時に作動しなかったというのである。
 イ また,記録によれば,(ア) 被上告人B不動産販売は,被上告人B不動産に
よる各種不動産の販売等に関する代理業務等を行うために,被上告人B不動産の全
額出資の下に設立された会社であり,被上告人B不動産から委託を受け,その販売
する不動産について,宅地建物取引業者として取引仲介業務を行うだけでなく,被
上告人B不動産に代わり,又は被上告人B不動産と共に,購入希望者に対する勧誘
,説明等から引渡しに至るまで販売に関する一切の事務を行っていること,(イ) 
被上告人B不動産販売は,E号室についても,売主である被上告人B不動産から委
託を受け,本件売買契約の締結手続をしたにとどまらず,Dに対する引渡しを含め
た一切の販売に関する事務を行ったこと,(ウ) Dは,上記のような被上告人B不
動産販売の実績や専門性等を信頼し,被上告人B不動産販売から説明等を受けた上
で,E号室を購入したことがうかがわれる。
 ウ 上記アの事実関係に照らすと,被上告人B不動産には,Dに対し,少なくと
も,本件売買契約上の付随義務として,上記電源スイッチの位置,操作方法等につ
いて説明すべき義務があったと解されるところ,上記イの事実関係が認められるも
のとすれば,宅地建物取引業者である被上告人B不動産販売は,その業務において
密接な関係にある被上告人B不動産から委託を受け,被上告人B不動産と一体とな
って,本件売買契約の締結手続のほか,E号室の販売に関し,Dに対する引渡しを
含めた一切の事務を行い,Dにおいても,被上告人B不動産販売を上記販売に係る
事務を行う者として信頼した上で,本件売買契約を締結してE号室の引渡しを受け
たこととなるのであるから,このような事情の下においては,被上告人B不動産販
売には,信義則上,被上告人B不動産の上記義務と同様の義務があったと解すべき
であり,その義務違反によりDが損害を被った場合には,被上告人B不動産販売は
,Dに対し,不法行為による損害賠償義務を負うものというべきである。
 そうすると,E号室の販売に関し,被上告人B不動産販売が被上告人B不動産か
ら受けた委託の趣旨及び内容,被上告人B不動産販売の具体的な役割等について十
分に審理することなく,被上告人B不動産販売の上記義務を否定した原審の判断に
は,審理不尽の結果,法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ない。
 (2) 前記1の事実関係によれば,本件防火戸は,本来,E号室内で火災が発生
した場合には自動的に閉じて,床,壁等と共に区画を区切り,出火した側の区画か
ら他の区画への延焼等を防止するようになっていたというのであるから,本件南側
区画の焼損,変色等による損傷は,本件防火戸が作動していた場合には,消火活動
等により本件防火戸が開けられたとしても,本件防火戸が作動しなかった場合に比
べ,その範囲が狭く,かつ,程度が軽かったことは明らかというべきである。した
がって,前者の場合における原状回復に要する費用の額は,特段の事情がない限り
,後者の場合における原状回復に要する費用の額に比べて低額にとどまると推認す
るのが相当である。これについて,原審は,前者の場合であっても,消火活動等に
より,ばい煙等が本件南側区画に出ることが避けられなかったなどということから
,本件南側区画の天井及び壁の石膏ボード,空調設備,家具等の交換が必要となる
ことが考えられるとして,後者の場合における損害の額が,前者の場合に比べて高
額になるとは認められないと認定しているが,上記認定の前提とされた事情は,上
記石膏ボード等の交換が必要となる可能性があるとするものにすぎず,上記特段の
事情というには不十分であることが明らかである。そうすると,原審の上記認定に
は,経験則に違反する違法があるというべきである。
 5 以上によれば,原審の前記3の(2)及び(3)の認定判断には,判決に影響を及
ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由が
あり,その余の点について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして
,本件について更に審理を尽くさせるため,これを原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 津野 修 裁判官 滝井繁男 裁判官 今井 功 裁判官 中川
了滋)

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