弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
1 原判決主文第3項を次のとおり変更する。
 第1審判決主文第2項を次のとおり変更する。
 (1) 被上告人らは,上告人に対し,それぞれ739万4976円及びこれに対
する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2)上告人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟の総費用は,これを10分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上
告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人矢吹幸太郎,同矢吹徹雄,同佐々木麻希子の上告受理申立て理由につ
いて
 1 原審の適法に確定した事実関係等及び本件訴訟の経過の概要は,次のとおり
である。
 (1) 丁は,上告人に対し,定期預金債権等合計4436万9856円の預金債
権(以下,これらの預金債権を「本件預金債権」といい,これらの預金を「本件預
金」という。)を有していたところ,平成10年3月28日に死亡した。
 (2) 丁の相続人は,丁とその前夫である戊との間の子である己と,丁とその後
夫であるDとの間の子である被上告人らの計3人であり,その法定相続分はそれぞ
れ3分の1である。
 丁の遺産には,本件預金債権の外に,札幌市a区甲b丁目c番所在の土地(以下
「本件土地」という。)及びその地上建物(経済的価値はない。)があった。
 (3) 被上告人Y1は,平成10年6月10日ころ,行政書士のEに対し,丁の
遺産分割において本件預金債権を取得する意向があるかを己に聞くように依頼した。
Eは,上記依頼を受けて,己の意向を確認したところ,同人は,金銭はいらない旨
の発言をするとともに,本件土地の時価についての調査結果を告げるなどして本件
土地の取得に強い意欲を示した。
 そのため,Eは,被上告人Y1に対し,己が,金銭はいらない旨の発言をし,本
件土地のみに関心を示していることから,被上告人らだけで本件預金の全額の払戻
しを受けても問題は生じないと助言した。そこで,被上告人らは,平成10年6月
24日,上告人の甲支店において,本件預金の全額の払戻しを受けた(以下,この
払戻しを「本件払戻し」という。)。
 (4) 己は,本件預金債権の3分の1を相続により取得したとして,上告人に対
し,本件預金の3分の1に当たる1478万9952円及び遅延損害金の支払を求
める訴えを提起した(以下,この訴えに係る事件を「甲事件」という。)。これに
対し,上告人は,己と被上告人らとが,本件払戻し前に,己が本件預金債権を取得
しないという内容の遺産の一部分割の合意(以下「本件合意」という。)をしたな
どと主張し,己の甲事件請求を争った。
 また,上告人は,被上告人らは,被上告人らだけが丁の相続人であるかのように
装って,本件払戻しを受けたことにより,本件預金のうち己の法定相続分に相当す
る金員1478万9952円を不当に利得したと主張して,不当利得返還請求権に
基づき,被上告人らに対し,上記の金員1478万9952円の各2分の1である
739万4976円及びこれに対する本件払戻しの日以降の年5分の割合による利
息金の支払を求める訴えを提起した(以下,この訴えに係る事件を「乙事件」とい
う。)。これに対し,被上告人らは,本件合意の存在を主張するなどして,上告人
の乙事件請求を争った。なお,乙事件の訴状は,被上告人らに対し,いずれも平成
15年4月5日に送達された。
 甲事件と乙事件の口頭弁論は併合して審理された。
 (5) 己と被上告人らとの間で本件合意が成立したとまでは認められず,被上告
人らは,本件払戻しのうち己の法定相続分相当額の預金の払戻しを受ける正当な権
限を有していない。また,この払戻しが債権の準占有者に対する弁済に当たるとい
うこともできない。
 2 原審は,甲事件について,上告人に対し,1478万9952円及び遅延損
害金を己に支払うことを命ずるとともに,乙事件について,次のとおり判断し,上
告人の被上告人らに対する請求を棄却すべきものとした。
 (1) 上告人の被上告人らに対する不当利得返還請求が認められるためには,上
告人に「損失」が生じていることが必要である。
 (2) そこで検討すると,上告人は,甲事件において,己の請求を争っており,
甲事件に係る判決が確定し,同人に対して現実に弁済した後でなければ,上告人に
「損失」は生じていないことになる。そうすると,上告人の被上告人らに対する乙
事件請求は,不当利得返還請求権の成立要件を欠くものであり,主張自体失当であ
る。
 3 しかしながら,原審の上記2(2)の判断は,是認することができない。その
理由は,次のとおりである。
 前記事実関係等によれば,被上告人らは,本件預金のうち己の法定相続分相当額
の預金については,これを受領する権限がなかったにもかかわらず,払戻しを受け
たものであり,また,この払戻しが債権の準占有者に対する弁済に当たるというこ
ともできないというのである。そうすると,本件払戻しのうち己の法定相続分相当
額の預金の払戻しは弁済としての効力がなく,己は,本件預金債権のうち自己の法
定相続分に相当する預金債権を失わないことになる。したがって,上告人は,本件
払戻しをしたことにより,本件預金のうち己の法定相続分に相当する金員の損失を
被ったことは明らかである。そして,本件払戻しにより被上告人らが己の法定相続
分に相当する金員を利得したこと,被上告人らの利得については法律上の原因が存
在しないこともまた明らかである。したがって,上告人は,被上告人らに対し,本
件払戻しをした時点において,本件預金のうち己の法定相続分に相当する金員につ
いて,被上告人らに対する不当利得返還請求権を取得したものというべきである。
 なお,前記事実関係によれば,被上告人らは,本件払戻しを受けた時点において
は,本件預金のうち己の法定相続分相当額の預金の受領権限を有しないことにつき
悪意であったとまでは認められないものの,乙事件に係る訴状の送達を受けた日で
ある平成15年4月5日から悪意となったものと認めるのが相当である。
 以上説示したところによれば,被上告人らは,上告人に対し,それぞれ739万
4976円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合に
よる利息金の支払義務を負うが,平成10年6月24日から平成15年4月4日ま
での利息金の支払義務は負わないこととなる。
 そうすると,論旨は,この限度で理由があり,これと異なる原審の判断には判決
に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
 4 以上によれば,上告人の乙事件請求は,被上告人らに対し,それぞれ739
万4976円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合
による金員の支払を求める限度で認容し,その余は棄却すべきである。したがって
,これと異なる原判決主文第3項を主文第1項のとおり変更することとする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 福田 博 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野
 修 裁判官 今井 功)

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