弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成17年(行ケ)第10311号 審決取消請求事件
平成17年4月28日判決言渡,平成17年4月14日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 株式会社フロウエル
 訴訟代理人弁理士 笹井浩毅,鈴木秀昭
 被 告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人 岡千代子,會田博行,橋本康重,高木進,
井出英一郎,岡田孝博
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2002-20319号事件について平成16年5月25日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 原告は,平成9年12月24日,発明の名称を「チューブ材の継手」とする
特許出願をした。
 (2) 原告は,平成14年9月9日付けの拒絶査定を受けたので,同年10月17
日,拒絶査定に対する審判を請求する(不服2002-20319号事件として係
属)とともに,明細書を補正(以下「本件補正」という。)した。
 (3) 特許庁は,平成16年5月25日,本件補正を却下するとともに,「本件審
判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月14日,その謄本を原告に
送達した。
 2 特許請求の範囲の記載
 (1) 本件補正前のもの(平成13年8月20日付け手続補正書による補正後のも
の)
 「【請求項1】ナット部材のねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部を継手
本体に外嵌し,継手本体にナット部材を螺着して,チューブ材の一端部を支持する
ようにしたチューブ材の継手において,前記ナット部材は,奥壁,雌ねじ部および
差込孔を有し,前記奥壁は,そのねじ孔の奥側にねじ軸に直交するよう形成されて
おり,前記雌ねじ部は,そのねじ孔の孔内周壁に形成されており,前記差込孔は,
前記奥壁に前記ねじ軸方向に穿設されていて,チューブ材が挿通しており,前記継
手本体は,被外嵌部,雄ねじ部および貫通孔を有し,前記被外嵌部は,前記ナット
部材のねじ孔の奥側へ挿入される継手本体の先端部に形成され,前記差込孔を挿通
して前記ねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部が拡径した状態で外嵌し,前
記雄ねじ部は,前記継手本体の先端部に形成される被外嵌部に連続して基端側に形
成されていて,前記雌ねじ部に螺合しており,前記雌ねじ部の山の径および,前記
ナット部材の孔内周壁の内径は,前記被外嵌部に外嵌するチューブ材の外径に対し
て同じまたは,わずかに大きく設定されており,前記貫通孔は,チューブ材の内径
とほぼ同じ孔径で,ねじ軸方向へ貫通しており,前記貫通孔の口縁部には面取り斜
面部が形成されており,前記面取り斜面部は,前記貫通孔の内部から外部へ向かっ
て該貫通孔の孔軸から離れる方向へ傾いた傾斜面に成っており,前記雄ねじ部は,
前記面取り斜面部の形成される前記継手本体の先端から前記被外嵌部の長さ分を隔
てた前記継手本体の基端側に配されていることを特徴とするチューブ材の継手。
 【請求項2】ナット部材のねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部を継手本
体に外嵌し,継手本体にナット部材を螺着して,チューブ材の一端部を支持するよ
うにしたチューブ材の継手において,前記ナット部材は,奥壁,雌ねじ部および差
込孔を有し,前記雌ねじ部は,そのねじ孔の孔内周壁に形成されており,前記差込
孔は,前記奥壁に前記ねじ軸方向に穿設されていて,チューブ材が挿通しており,
前記奥壁は,前記ねじ軸の軸心に向かって,前記ねじ孔の入口方向へ傾斜すること
により,前記差込孔の周縁部に鋭角断面形状の食込み部を有しており,前記継手本
体は,被外嵌部,雄ねじ部および貫通孔を有し,前記被外嵌部は,前記ナット部材
のねじ孔の奥側へ挿入される継手本体の先端部に形成され,前記差込孔を挿通して
前記ねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部が拡径した状態で外嵌し,前記雄
ねじ部は,前記継手本体の先端部に形成される被外嵌部に連続して基端側に形成さ
れていて,前記雌ねじ部に螺合しており,前記雌ねじ部の山の径および,前記ナッ
ト部材の孔内周壁の内径は,前記被外嵌部に外嵌するチューブ材の外径に対して同
じまたは,わずかに大きく設定されており,前記貫通孔は,チューブ材の内径とほ
ぼ同じ孔径で,ねじ軸方向へ貫通しており,前記貫通孔の口縁部には面取り斜面部
が形成されており,前記面取り斜面部は,前記貫通孔の内部から外部へ向かって該
貫通孔の孔軸から離れる方向へ傾いた傾斜面に成っており,前記雄ねじ部は,前記
面取り斜面部の形成される前記継手本体の先端から前記被外嵌部の長さ分を隔てた
前記継手本体の基端側に配されていることを特徴とするチューブ材の継手。
 【請求項3】前記食込み部は,前記ねじ孔の入口方向へ25度から35度の角度
で傾斜していることを特徴とする請求項2に記載のチューブ材の継手
 【請求項4】ナット部材のねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部を継手本
体に外嵌し,継手本体にナット部材を螺着して,チューブ材の一端部を支持するよ
うにしたチューブ材の継手において,前記ナット部材は,奥壁,雌ねじ部および差
込孔を有し,前記雌ねじ部は,そのねじ孔の孔内周壁に形成されており,前記差込
孔は,前記奥壁に前記ねじ軸方向に穿設されていて,チューブ材が挿通しており,
前記奥壁は,前記ねじ軸の軸心に向かって,前記ねじ孔の入口方向へ25度から3
5度の角度で傾斜することにより,前記差込孔の周縁部に鋭角断面形状の食込み部
を有しており,前記継手本体は,被外嵌部,雄ねじ部および貫通孔を有し,前記被
外嵌部は,前記ナット部材のねじ孔の奥側へ挿入される継手本体の先端部に形成さ
れ,前記差込孔を挿通して前記ねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部が拡径
した状態で外嵌し,前記雄ねじ部は,前記継手本体の先端部に形成される被外嵌部
に連続して基端側に形成されていて,前記雌ねじ部に螺合しており,前記雌ねじ部
の山の径および,前記ナット部材の孔内周壁の内径は,前記被外嵌部に外嵌するチ
ューブ材の外径に対して同じまたは,わずかに大きく設定されており,前記貫通孔
は,チューブ材の内径とほぼ同じ孔径で,ねじ軸方向へ貫通しており,前記貫通孔
の口縁部には面取り斜面部が形成されており,前記面取り斜面部は,前記貫通孔の
内部から外部へ向かって該貫通孔の孔軸から離れる方向へ傾いた傾斜面に成ってい
ることを特徴とするチューブ材の継手。」
 (2) 本件補正後のもの
 本件補正は,(1)の請求項1を削除し,請求項2以下の項数を繰り上げた上,次の
とおり変更したものである(下線部分が変更した箇所である。)。
 「【請求項1】ナット部材のねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部を継手
本体に外嵌し,継手本体にナット部材を螺着して,チューブ材の一端部を支持する
ようにしたチューブ材の継手において,前記ナット部材は,奥壁,雌ねじ部および
差込孔を有し,前記雌ねじ部は,そのねじ孔の孔内周壁に形成されており,前記差
込孔は,前記奥壁に前記ねじ軸方向に穿設されていて,チューブ材が挿通してお
り,前記奥壁は,前記ねじ軸の軸心に向かって,前記ねじ孔の入口方向へ傾斜する
ことにより,前記差込孔の周縁部に鋭角断面形状の食込み部を有しており,前記継
手本体は,被外嵌部,雄ねじ部および貫通孔を有し,前記被外嵌部は,前記ナット
部材のねじ孔の奥側へ挿入される継手本体の先端部に形成され,前記差込孔を挿通
して前記ねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部が拡径した状態で外嵌し,前
記雄ねじ部は,前記継手本体の先端部に形成される被外嵌部に連続して基端側に形
成されていて,前記雌ねじ部に螺合しており,前記雌ねじ部の山の径および,前記
ナット部材の孔内周壁の内径は,前記被外嵌部に外嵌するチューブ材の外径に対し
て同じまたは,わずかに大きく設定されており,前記貫通孔は,チューブ材の内径
とほぼ同じ孔径で,ねじ軸方向へ貫通しており,前記貫通孔の口縁部には面取り斜
面部が形成されており,前記面取り斜面部は,前記貫通孔の内部から外部へ向かっ
て該貫通孔の孔軸から離れる方向へ傾いた傾斜面に成っており,前記雄ねじ部は,
前記面取り斜面部の形成される前記継手本体の先端から前記被外嵌部の長さ分を隔
てた前記継手本体の基端側に配され,前記ねじ孔の孔内周壁から前記ねじ軸の軸心
方向で前記食込み部に至る距離である前記奥壁の丈は,前記雄ねじ部の被外嵌部の
肉厚の寸法とほぼ同じ長さに設定されていることを特徴とするチューブ材の継手。
 【請求項2】前記食込み部は,前記ねじ孔の入口方向へ25度から35度の角度
で傾斜していることを特徴とする請求項1に記載のチューブ材の継手
 【請求項3】ナット部材のねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部を継手本
体に外嵌し,継手本体にナット部材を螺着して,チューブ材の一端部を支持するよ
うにしたチューブ材の継手において,前記ナット部材は,奥壁,雌ねじ部および差
込孔を有し,前記雌ねじ部は,そのねじ孔の孔内周壁に形成されており,前記差込
孔は,前記奥壁に前記ねじ軸方向に穿設されていて,チューブ材が挿通しており,
前記奥壁は,前記ねじ軸の軸心に向かって,前記ねじ孔の入口方向へ25度から3
5度の角度で傾斜することにより,前記差込孔の周縁部に鋭角断面形状の食込み部
を有しており,前記継手本体は,被外嵌部,雄ねじ部および貫通孔を有し,前記被
外嵌部は,前記ナット部材のねじ孔の奥側へ挿入される継手本体の先端部に形成さ
れ,前記差込孔を挿通して前記ねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部が拡径
した状態で外嵌し,前記雄ねじ部は,前記継手本体の先端部に形成される被外嵌部
に連続して基端側に形成されていて,前記雌ねじ部に螺合しており,前記雌ねじ部
の山の径および,前記ナット部材の孔内周壁の内径は,前記被外嵌部に外嵌するチ
ューブ材の外径に対して同じまたは,わずかに大きく設定されており,前記貫通孔
は,チューブ材の内径とほぼ同じ孔径で,ねじ軸方向へ貫通しており,前記貫通孔
の口縁部には面取り斜面部が形成されており,前記面取り斜面部は,前記貫通孔の
内部から外部へ向かって該貫通孔の孔軸から離れる方向へ傾いた傾斜面に成ってお
り,前記ねじ孔の孔内周壁から前記ねじ軸の軸心方向で前記食込み部に至る距離で
ある前記奥壁の丈は,前記雄ねじ部の被外嵌部の肉厚の寸法とほぼ同じ長さに設定
されていることを特徴とするチューブ材の継手。」
 3 審決の理由の要旨
 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件補正後の請求項1に記載
された発明(以下「本願補正後発明」という。)は,刊行物に記載された発明に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項
の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであって,本
件補正は,特許法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定
により却下すべきものであり,また,本件補正前の請求項2に記載された発明(以
下「本願発明」という。)は,刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受
けることができない,というものである。
 (1) 補正却下の決定の理由
 ア 引用刊行物に記載された発明
 (ア) 拒絶査定の中で引用された特開平5-312285号公報(本訴甲10,以下「刊行物1」
という。)には,次のa~dの記載がある。
 a 「【0005】本発明は,破損やクリープなしに広範囲の温度変化に耐えられるセラミック
ナットを提供することにより従来技術の課題を解決するものである。」
 b 「【0013】
【課題を解決するための手段】本発明によれば,継手本体を半導体処理装置の所定の位置に配置
し,前記継手本体上にフレア管をスライドさせ,前記フレア管上にセラミックナットを係合せし
め,前記継手本体上で前記セラミックナットをねじ止めし,前記フレア管と継手本体の回りで前記
セラミックナットを締めて前記フレア継手を固定する工程よりなり,ウエハまたは基板の半導体フ
ロントエンド処理における化学的方法に使用されるフレア管をフレア継手に固定することを特徴と
する高温セラミックナットの締付方法が得られる。」(なお,下線は審決が付した。以下同じ。)
 c 「【0017】図3はセラミックナット10が槽または容器30から延在するフレア継手2
8にフレア管26を結合する作用を示している。フレア管26は,環状部34を外方へと張り出し
始めるフレア32を有する。フレア管26は係合するセラミックナット10とともにフレア継手2
8の円筒部36の上および回りに配置される。セラミックナット10のねじ切り内部面20はフレ
ア継手28のねじ切り部38に摩擦により係合,締結されて環状クランプ面25を環状部34に押
圧する。これにより,フレア管26とフレア継手28の円筒部36との間を密封する。」
 d 「【0019】
【実施例】図1は,本発明のセラミックナット10の断面図を示し,一般に円筒形の本体12と,
上面14と,下面16と,上面14および下面16間にある,縦溝のついた側面18と,ねじ切り
部を有して中央に配置されたねじ切り内部面20と,前記ねじ切り内部面20に整列した第1の滑
らかな環状面22と,滑らかな環状面22とねじ切り内部面20との間にある第2の滑らかな内部
面24とよりなる。滑らかな環状面22の下端には環状クランプ面25が配置される。縦溝のつい
た側面18は面取りされているが,ギザギザ,六角頭形その他所望の幾何学形状とすることができ
る。セラミックナットは90~99%の酸化アルミニウムよりなる。」
 これらのa~dの記載及び図1~3の図示するところによれば,刊行物1には次のとおりの発明
が記載されている。
「セラミックナット10内部空洞内に差し込まれたフレア管26の一端部をフレア継手28に外嵌
し,フレア継手28にセラミックナット10をねじ止めして,フレア管26の一端部を支持するよ
うにしたフレア管26の継手において,
 前記セラミックナット10は,第2の滑らかな内部面24から環状クランプ面25までの壁,ね
じ切り内部面20,および第1の滑らかな環状面22内側の穴を有し,
 前記ねじ切り内部面20は,セラミックナット10内部空洞の内周壁に形成されており,
 前記第1の滑らかな環状面22内側の穴は,前記第2の滑らかな内部面24から環状クランプ面
25までの壁に,前記ねじ切り内部面20のねじ軸方向に穿設されていて,フレア管26が挿通し
ており,
 前記第2の滑らかな内部面24から環状クランプ面25までの壁は,前記第1の滑らかな環状面
22内側の穴の周縁部に環状クランプ面25を有しており,
 前記フレア継手28は,円筒部36,ねじ切り部38および内部流路を有し,
 前記円筒部36は,前記セラミックナット10の内部空洞の上面14側へ挿入されるフレア継手
28の先端部に形成され,前記第1の滑らかな環状面22内側の穴を挿通して前記セラミックナッ
ト10の内部空洞内に差し込まれたフレア管26の一端部が外方に張り出した(拡径した)状態で
外嵌され(回りに配置され),
 前記ねじ切り部38は,前記フレア継手28の先端部に形成される円筒部36に連続して基端側
(容器30側)に形成されていて,前記ねじ切り内部面20に螺合しており,
 前記ねじ切り内部面20の山の径および,前記セラミックナット10内部空洞の内周壁の内径
は,前記円筒部36の回りに配置されるフレア管26の外径に対して同じまたは,わずかに大きく
設定されており,
 前記内部流路は,フレア管26の内径とほぼ同じ流路径で,ねじ軸方向へ貫通しており,
 前記ねじ切り部38は,前記フレア継手28の先端から前記円筒部36の長さ分を隔てた前記フ
レア継手28の基端側(容器30側)に配され,
 前記セラミックナット10内部空洞の内周壁から前記ねじ軸の軸心方向で前記環状クランプ面2
5に至る距離である,前記上第2の滑らかな内部面24から環状クランプ面25までの壁の丈は,
前記円筒部36の肉厚の寸法とほぼ同じ長さに設定されていることを特徴とするフレア管26の継
手。」
 (イ) 拒絶査定の中で引用された実用新案登録第3041899号公報(本訴甲11,以下「刊行
物2」という。)には,次のa~dの記載がある。
 a 「【0001】
【考案の属する技術分野】
 この考案は,高密度半導体チップ製造現場等におけるクリーンルーム内で用いる純水等洗滌液,
その他一般薬液等の流管路を司るフッ素樹脂製チューブの継手として好適なチューブ継手に関す
る。」
 b 「【0008】
 この考案は,前記した各問題点を除去するために,継手本体の溝環に挿入したチューブ拡径部を
袋ナットで継手本体にきつく締め付けることで,前記チューブ拡径部に連接したチューブ屈折部を
袋ナットの鋭角孔縁で継手本体の筒状部の鋭角尖端にきつく圧接してチューブ抜け止め部と気密保
持部とし,かつ,前記筒状部尖端5Aの内周面を液溜り防止用面取り斜面5Bとすることで,死水
溜りをなくすることを目的とする。」
 c 「【0010】
【考案の実施の形態】
 本考案の実施の形態例について図面を参照して説明する。
 先ず,この考案の基本形態は,図1から図5までの各図に示すように,ポリ・テトラ・フルオ
ロ・エチレン(PTFE)とか,通常PFAと称するフッ素樹脂製チューブ1の端部付近を加熱し
た拡径治具Aに図2のように強引に圧入してチューブ拡径部2を作る。
【0011】
 そして,このチューブ拡径部2の内周面に図3のように溝環3を有するフッ素樹脂やポリプロピ
レン等の硬質樹脂製継手本体4の筒状部5を図4のように挿入すると同時に前記チューブ拡径部2
の大部分を前記溝環3内に挿入する。
【0012】
 次いで,この溝環3の外側における継手本体4の雄ねじ部4aに図4,図5のように螺入したフ
ッ素樹脂やポリプロピレンなどで作った硬質の袋ナット6で前記チューブ拡径部2に連接したチュ
ーブ屈折部2aをその外面から袋ナット6の肩部6Aに鋭角形成した孔縁6aで継手本体4の筒状
部5の鋭角尖端5Aに同図5および図1のようにきつく圧接して,チューブ抜け止め部と気密保持
部とを形成する。
【0013】
 また,前記筒状部尖端5Aの内周面には,予じめ,変形防止用面取り斜面5Bを形成して,尖端
5A付近に薄肉部が生じないようにすることで,その内側曲り変形を防ぎ,チューブ間とのスキマ
の発生を防いで液溜りが生じない図1のような本考案によるチューブ継手を構成できた。」
 d 「【0015】
【考案の効果】
 この考案は,以上のような形態を採用したので,以下に記載の効果を奏する。
 継手本体4の溝環3に挿入したチューブ屈折部2aをその外面から袋ナット6で継手本体4の筒
状部5にきつく締め付けることで,前記チューブ屈折部2aを袋ナット6の肩部6Aに鋭角形成し
た孔縁6aで継手本体4の筒状部5の尖端5Bにきつく圧接して厳重なチューブ抜け止め部と気密
保持部を形成できたので,チューブ1は,継手本体4に対し,気密・液密を厳重に保ち,継手本体
4に密着結合しており,妄りに緩んだり,引き抜けることがなく,長期に亘り安全に使用できたと
いう第1の効果が有る。
【0016】
 また,特に本発明では,継手本体4の筒状部尖端5Aの内周面に変形防止用面取り斜面5Bを形
成したので,高温下で使用しても,その温度サイクル等で筒状部尖端付近の内向き曲り変形を防止
でき,いわゆる死水溜りをなくすることができたので,純水等洗浄液を汚染もなく,超高密度LS
Iチップ成品の洗滌ルートに安心して適用できたという工業的効果も有る。」
 イ 対比・一致点・相違点
 本願補正後発明と,刊行物1に記載された発明とを対比する。
 刊行物1に記載された発明における,
・セラミックナット10,
・セラミックナット10内部空洞,
・セラミックナット10内部空洞の内周壁,
・第2の滑らかな内部面24から環状クランプ面25までの壁,
・ねじ切り内部面20,
・第1の滑らかな環状面22内側の穴,
・フレア管26,
・フレア継手28,
・円筒部36,
・ねじ切り部38,
・(フレア継手28の)内部流路,
は,本願補正後発明の,
・ナット部材,
・ナット部材のねじ孔,
・ねじ孔の孔内周壁,
・奥壁,
・雌ねじ部,
・差込孔,
・チューブ材,
・継手本体,
・被外嵌部,
・雄ねじ部,
・貫通孔,
にそれぞれ相当する。
《一致点》
 したがって,両発明は,
「ナット部材のねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部を継手本体に外嵌し,継手本体にナッ
ト部材を螺着して,チューブ材の一端部を支持するようにしたチューブ材の継手において,
 前記ナット部材は,奥壁,雌ねじ部および差込孔を有し,
 前記雌ねじ部は,そのねじ孔の孔内周壁に形成されており,
 前記差込孔は,前記奥壁に前記ねじ軸方向に穿設されていて,チューブ材が挿通しており,
 前記継手本体は,被外嵌部,雄ねじ部および貫通孔を有し,
 前記被外嵌部は,前記ナット部材のねじ孔の奥側へ挿入される継手本体の先端部に形成され,前
記差込孔を挿通して前記ねじ孔内に差し込まれたチューブ材の一端部が拡径した状態で外嵌し,
 前記雄ねじ部は,前記継手本体の先端部に形成される被外嵌部に連続して基端側に形成されてい
て,前記雌ねじ部に螺合しており,
 前記雌ねじ部の山の径および,前記ナット部材の孔内周壁の内径は,前記被外嵌部に外嵌するチ
ューブ材の外径に対して同じまたは,わずかに大きく設定されており,
 前記貫通孔は,チューブ材の内径とほぼ同じ孔径で,ねじ軸方向へ貫通しており,
 前記雄ねじ部は,前記継手本体の先端から前記被外嵌部の長さ分を隔てた前記継手本体の基端側
に配され,
 前記ねじ孔の孔内周壁から前記ねじ軸の軸心方向で前記食込み部に至る距離である前記奥壁の丈
は,前記雄ねじ部の被外嵌部の肉厚の寸法とほぼ同じ長さに設定されていることを特徴とするチュ
ーブ材の継手。」
で一致し,次の相違点A,Bを有するものである。
《相違点A》
 本願補正後発明では,
「前記奥壁は,前記ねじ軸の軸心に向かって,前記ねじ孔の入口方向へ傾斜することにより,前記
差込孔の周縁部に鋭角断面形状の食込み部を有しており,」
とされているが,刊行物1に記載された発明では,このような食込み部を有していない。
《相違点B》
 本願補正後発明では,
「前記貫通孔の口縁部には面取り斜面部が形成されており,
 前記面取り斜面部は,前記貫通孔の内部から外部へ向かって該貫通孔の孔軸から離れる方向へ傾
いた傾斜面に成っており,」
とされているが,刊行物1に記載された発明では,このような面取り斜面部を有していない。
 ウ 判断
《相違点Aについての判断》
 相違点Aにおける本願補正後発明の構成の内,「鋭角断面形状の食込み部」は,刊行物2に記載
された「鋭角形成した孔縁6a」に相当する。
 また,相違点Aにおける本願補正後発明の構成の「前記奥壁は,前記ねじ軸の軸心に向かって,
前記ねじ孔の入口方向へ傾斜することにより,」については,この「奥壁」には,刊行物2に記載
された「袋ナット6の肩部6A」がこれに相当しており,この「肩部6A」が「袋ナット6」の中
心軸に向かって図1,3~5の左方へ傾斜するのは明らかであり,このように傾斜することによ
り,「孔縁6a」は「鋭角形成」されている。
 このように,相違点Aにおける本願補正後発明の構成に相当するものが刊行物2に記載されてお
り,そして,これらの刊行物2の記載事項を,刊行物1に記載された発明に組み合わせることは容
易である。
《相違点Bについての判断》
 相違点Bにおける本願補正後発明の構成の内,「面取り斜面部」は,刊行物2に記載された「液
溜り防止用面取り斜面5B」に相当する。
 また,相違点Bにおける本願補正後発明の構成の「前記面取り斜面部は,前記貫通孔の内部から
外部へ向かって該貫通孔の孔軸から離れる方向へ傾いた傾斜面に成っており,」については,刊行
物2に記載された上記「面取り斜面5B」も,同刊行物図1,3~5の図示するところによれば左
から右方へ向かって継手本体4の中心軸から離れる方向へ傾いた傾斜面に成っているのは明らかで
ある。
 このように,相違点Bにおける本願補正後発明の構成に相当するものが刊行物2に記載されてお
り,そして,これらの刊行物2の記載事項を,刊行物1に記載された発明に組み合わせることは容
易である。
 さらに,本願補正後発明の効果は,上記の刊行物1及び2に記載された発明より当業者が容易に
想到できたと認められる。
 なお,審判請求人は,「引用文献1に記載の発明は,・・・円筒部36の先端部に斜面である面
取り部が施されていて,・・・クランプ面25をフレア32に押し付けて行ったときに,フレア3
2側からの反力が面取り部の面直方向になり,セラミックナット10の奥壁を変形させ,反らせる
ような大きなモーメント力がかかることがなく,・・・すなわち,引用文献1に記載の発明は,モ
ーメント力によってセラミックナット10の奥壁を変形させない・・・本願発明の・・・構
成・・・を採る必要性のないものです。」と述べている。
 しかし,刊行物1(引用文献1)第3図から明らかなように,セラミックナット10は,フレア
継手28との螺合により,フレア継手28側に引き寄せられ,その結果,セラミックナット10
は,クランプ面25で,フレア管26を軸方向に押す。その反力として,押されたフレア管26
(フレア32)からは,軸方向反対向きに押し返す力が発生する。セラミックナット10の奥壁に
は,この「軸方向の反力」によりモーメントが生じ,このモーメントの大きさは,
        軸方向の反力の大きさ×奥壁の丈
である。
 審判請求人が,「フレア32側からの反力が面取り部の面直方向になり,」と主張するように,
フレア管26(フレア32)からの反力としては,上記の「軸方向の反力」の他にも,「軸に垂直
な方向への反力」が生じると考えられる。すなわち,上記のように,セラミックナット10がクラ
ンプ面25でフレア管26を軸方向に押せば,このセラミックナット10が円筒部36の先端部の
斜面に乗り上げ,拡径されるので,フレア管26(フレア32)からは「軸に垂直な方向への反
力」が発生し,これら2つの反力の合力は,その向きが確かに審判請求人の言うように「面直方
向」に近いものになるのかもしれない。
 しかし,この「軸に垂直な方向への反力」による(奥壁に生じる)モーメントの大きさは0であ
る(なぜなら,モーメントを計算するための「腕の長さ」が0である)から,結局,セラミックナ
ット10の奥壁に生じるモーメントの大きさは,上記のように,
        軸方向の反力の大きさ×奥壁の丈
である。そして,この式の前半の「軸方向の反力の大きさ」は,上記の“セラミックナット10が
螺合により引き寄せられる力”の大きさと同一であるので,このモーメントの大きさは,この“螺
合により引き寄せられる力”が変化しない限り一定であり,上記の「反力の合力」の向きには左右
されない。
 したがって,審判請求人の上記の,“反力が面直方向になるので,大きなモーメントが生ぜず,
引用文献1に記載の発明は本願発明の構成を採る必要性がない”という旨の主張は採用できない。
 エ まとめ
 以上のように,本願補正後発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特
許を受けることができない。
 したがって,本件補正は,特許法17条の2第5項において準用する同法126条4項に違反す
るから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきも
のである。
 (2) 本願発明についての検討
 ア 対比・判断
 本願発明と,刊行物1に記載された発明とを対比すると,本願発明は,上記(1)で検討した本願補
正後発明の「前記ねじ孔の孔内周壁から前記ねじ軸の軸心方向で前記食込み部に至る距離である前
記奥壁の丈は,前記雄ねじ部の被外嵌部の肉厚の寸法とほぼ同じ長さに設定されている」を省いた
ものである。
 そうすると,本願発明を特定する事項のすべてと,さらに付加された他の事項によっても特定さ
れる本願補正後発明が,上記(1)に記載したとおり,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も同様に,刊行物1及び2に記載
された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
 イ むすび
 以上のように,本願発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明を
することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
 よって,本願の請求項1,3及び4に係る各発明については判断するまでもなく,本願は拒絶す
べきものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決は,本願補正後発明の認定を誤り,本願補正後発明と刊行物1に記載された
発明との一致点の認定を誤って,相違点を看過し(取消事由1),また,本願補正
後発明と引用発明1との相違点A及びBの判断を誤り(取消事由2及び3),その
結果,本願補正後発明が,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたとの誤った判断をして,本件補正を却下したものであ
って,この認定判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすから,審決は,取り消され
るべきである。
 1 取消事由1(本願補正後発明の認定の誤り,本願補正後発明と刊行物1に記
載された発明との一致点の認定の誤り,相違点の看過)
 審決は,本願補正後発明と刊行物1に記載された発明との一致点を第2の3(1)イ
の《一致点》に記載のとおり認定したが,本願補正後発明の認定を誤り,相違点を
看過したものであるから,誤りである。
 (1) 補正明細書(甲8)の特許請求の範囲の請求項1には,「前記奥壁
は,・・・差込孔の周縁部に鋭角断面形状の食込み部を有しており,」,「前記被
外嵌部は,・・・チューブ材の一端部が拡径した状態で外嵌し,」と記載されてい
る。ところで,チューブ材の一端部が拡径した状態になるためには,チューブ材
は,弾性変形しやすい材質でなければならない。また,「食込み部」は,チューブ
材に食い込むことによってチューブ材の抜けを防止するための形態として,鋭角断
面形状であることが特定されているが,これが弾性変形しやすい材質のチューブ材
に食い込むためには,チューブ材の切断を防ぐという観点からみて,チューブ材と
同様に弾性変形しやすい材質でなければならない。そうであるから,本願補正後発
明の継手が合成樹脂製であることは,特許請求の範囲の記載からみて,一義的に明
確である。
 また,補正明細書の発明の詳細な説明をみても,発明の属する技術分野として,
「チューブ材の樹脂継手に関する。」(段落【0001】)と記載され,これを受
けてその後の記載がされている上,発明が解決しようとする課題として,「従来の
チューブ材Tの継手では,継手にフッ素樹脂が使用されていて,・・・このような
継手を用いた装置においては,装置全体が大型になり,また,継手が全体的に大径
になった分だけ,材料コストが嵩むという問題点がある。」(段落【0005】)
と記載されているところ,この問題を解決したのが本願補正後発明であるから,本
願補正後発明は,継手が合成樹脂製であることを当然の前提としている。
 (2) したがって,本願補正後発明の継手は合成樹脂製であるといわなければなら
ないが,刊行物1の継手のナット部材はセラミック製であるから,この点におい
て,本願補正後発明と刊行物1に記載された発明とは相違する。
 審決は,本願補正後発明の認定を誤り,その結果,本願補正後発明と刊行物1に
記載された発明との相違点を看過し,一致点の認定を誤ったものである。
 2 取消事由2(相違点Aの判断の誤り)
 審決は,相違点Aについて,「相違点Aにおける本願補正後発明の構成に相当す
るものが刊行物2に記載されており,そして,これらの刊行物2の記載事項を,刊
行物1に記載された発明に組み合わせることは容易である。」と判断したが,誤り
である。
 刊行物1の継手のナット部材はセラミック製であるのに対し,刊行物2の継手は
合成樹脂製であるところ,セラミックで鋭角断面形状の食込み部を形成すれば,チ
ューブが切断されるおそれがあるから,セラミックのように弾性変形しない高硬度
の材質で食込み部を形成することは技術常識上あり得ない。したがって,刊行物2
の記載事項を刊行物1に記載された発明に組み合わせて,相違点Aに係る構成に想
到することはできない。
 3 取消事由3(相違点Bの判断の誤り)
 審決は,相違点Bについて,「相違点Bにおける本願補正後発明の構成に相当す
るものが刊行物2に記載されており,そして,これらの刊行物2の記載事項を,刊
行物1に記載された発明に組み合わせることは容易である。」と判断したが,誤り
である。
 相違点Bに係る「面取り斜面部」は,相違点Aに係る「食込み部」との対応関係
が重視されるべきであって,個別の斜面部をもって技術的に共通であるということ
はできないところ,刊行物1と刊行物2とでは材質を異にするので,刊行物2の記
載事項を刊行物1に記載された発明に組み合わせて,相違点Bに係る構成に想到す
ることはできない。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本願補正後発明の認定の誤り,本願補正後発明と刊行物1に記
載された発明との一致点の認定の誤り,相違点の看過)について
 (1) 本件補正による請求項1は,前記第2の2(2)のとおりのものであるが,継
手の材質を合成樹脂製のものに限定する旨の文言はなく,かつ,これを合成樹脂製
のものに限定して理解しなければならないような特段の事情があることも認められ
ない。そうであれば,本願補正後発明の継手が合成樹脂製のものに限定されると解
することはできないというべきである。
 (2) 原告は,チューブ材の一端部が拡径した状態になるためには,チューブ材
は,弾性変形しやすい材質でなければならないし,また,「食込み部」は,チュー
ブ材に食い込むことによってチューブ材の抜けを防止するための形態として,鋭角
断面形状であることが特定されているが,これが弾性変形しやすい材質のチューブ
材に食い込むためには,チューブ材の切断を防ぐという観点からみて,チューブ材
と同様に弾性変形しやすい材質でなければならないから,本願補正後発明の継手が
合成樹脂製であることは,特許請求の範囲の記載からみて,一義的に明確であると
主張する。
 補正後の特許請求の範囲の請求項1には,「前記被外嵌部は,・・・チューブ材
の一端部が拡径した状態で外嵌し,」と規定されているが,この構成において,被
外嵌部に外嵌する際のチューブ材の一端部の形状については,格別規定されていな
い。そうであれば,上記の構成は,チューブ材の一端部が拡径した状態で被外嵌部
に外嵌していることを規定するにとどまるから,特許請求の範囲の記載からは,被
外嵌部に外嵌する際において,チューブ材の一端部が拡径していない状態でなけれ
ばならないとは認めることができない。したがって,被外嵌部に外嵌する際に,チ
ューブ材の一端部の形状が既に拡径した状態であっても,上記の構成にいう「前記
被外嵌部は,・・・チューブ材の一端部が拡径した状態で外嵌し,」に該当する。
そうであれば,原告が主張するように,チューブ材が弾性変形しやすい材質でなけ
ればならないということにはならない。また,補正後の特許請求の範囲の請求項1
には,「前記奥壁は,・・・差込孔の周縁部に鋭角断面形状の食込み部を有してお
り,」とあるところ,上記のとおり,チューブ材が弾性変形しやすい材質でなけれ
ばならないということにはならないから,「食込み部」が弾性変形しやすい材質で
なければならないということにもならない。
 したがって,本願補正後発明の継手が合成樹脂製であることが特許請求の範囲の
記載からみて,一義的に明確であるということはできず,原告の上記主張は,特許
請求の範囲の記載に基づかないものとして,これを採用することはできない。
 (3) また,原告は,補正明細書の発明の詳細な説明をみても,本願補正後発明
は,継手が合成樹脂製であることを当然の前提としていると主張する。上記のとお
り,継手が合成樹脂製であることは特許請求の範囲に規定されているとはいえない
ので,本願補正発明の継手が合成樹脂製に限定されるとの原告の主張は既に理由が
ない。
 なお,念のために,補正明細書(甲8)の発明の詳細な説明の記載についても検
討を加えることとする。
 ア 補正明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
 (ア) 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,ナット部材のねじ孔内に差し込まれたチュー
ブ材の一端部を継手本体に外嵌し,継手本体にナット部材を螺着して,チューブ材
の一端部を支持するようにしたチューブ材の継手に関する。特に,本発明は,高密
度半導体チップの製造現場におけるクリーンルーム内で用いる純水洗浄液,その他
薬液等の流管路を司るチューブ材の樹脂継手に関する。」
 (イ) 「【従来の技術】・・・
【0004】空調,プラント関係等で使用される継手には,ナット部材1や継手本
体3に金属材が多く使用されているが,半導体チップ製造での純水洗浄液その他薬
液を使用するラインには耐クリーン性,耐食性,耐薬品性等の関係からフッ素樹脂
が一般に使用されている。継手本体3にフッ素樹脂を用いた場合に,フッ素樹脂が
金属材と比べて強度が低いため,締め付け力や長期使用により変形し易く,継手本
体3の剛性を確保すべく,金属材に比して太径の軸体形状のものを用いる必要があ
る。継手本体3,チューブ材T内には,純水洗浄液や各種薬液さらに研磨用の微細
粒子が含まれる液体などの移動媒体が流れる。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,このような従来のチューブ材Tの
継手では,継手にフッ素樹脂が使用されていて,金属材に比して太径の軸体形状の
継手本体3を用いる必要が有る上に,貫通孔14の周りに溝環5を設けている分だ
け,継手本体3をさらに太径の軸体形状にする必要があるため,継手本体3の雄ね
じ部6にその雌ねじ部7が螺合するナット部材1の外径が大きくなり,継手が全体
的に大径になり,隣り合う継手同志の径方向の間隔を広くする必要があることか
ら,このような継手を用いた装置においては,装置全体が大型になり,また,継手
が全体的に大径になった分だけ,材料コストが嵩むという問題点がある。継手を小
径にして,材料コストを低減すべく,図4に示すようなものもあるが,チューブ材
Tと継手本体3とのつぎ目に溝が生じるようになる。そのチューブ材Tと継手本体
3とのつぎ目に生じる溝が大きければ大きいほど,僅かな液などの移動媒体が長期
間滞留し,いわゆる死水溜まりとなり,汚染の要因となったり,移動媒体に含まれ
る微細粒子が堆積して成長し,チューブ材Tが径小化してしまうという問題もあ
る。
【0006】また,図3に示すような形状の継手では,ナット部材1の奥壁が平ら
なフラット面であるため,ナット部材1を締め付けた場合,チューブ材Tが食い込
みにくく,大きなトルクで締め付ける必要があり,締め付けが不十分な場合に,特
に高温になるとチューブ材が抜け易くなるという問題がある。
【0007】本発明は,このような従来の技術が有する問題点に着目してなされた
もので,継手を全体的に小径にして,隣り合う継手同志の径方向の間隔を可能な限
り狭くして,小型の装置を実現可能にし,継手の材料コストを低減することがで
き,さらには,移動媒体などの長期間滞留を防止して,汚染の要因をなくし,微細
粒子の堆積成長をなくして,チューブ材の径小化を防止することができるチューブ
材の継手を提供することを目的としている。」
 (ウ) 「【発明の実施の形態】・・・
【0017】図1および図2に示すように,本チューブ材Tの継手は,フッ素樹脂
製の継手本体10と,同じく,フッ素樹脂製のナット部材20とから成る。フッ素
樹脂としては,耐薬品性に優れた特性を有する「PTFE(ポリテトラフルオロエ
チレン)」と「PFA(テトラフルオロエチレン/パーフルオロアルキルビニルエ
ーテル共重合体)」とが挙げられる。・・・」
 イ 以上の記載に基づき検討する。
 (ア) 【発明の属する技術分野】の項の記載について
 段落【0001】は,「本発明は,・・・チューブ材の継手に関する。」とし,
これに続いて,「特に,本発明は,・・・チューブ材の樹脂継手に関する。」と記
載しているから,段落【0001】の記載があることをもって,継手の材質が合成
樹脂製のものに限定されるということはできない。
 (イ) 【従来の技術】,【発明が解決しようとする課題】の項の記載について
 段落【0004】ないし【0007】は,半導体チップ製造での純水洗浄液その
他薬液を使用するラインに一般に使用されるフッ素樹脂の継手等の問題点を挙げ,
本願補正後発明が,従来の技術が有する問題点に着目してされたものであって,
「継手を全体的に小径にして,隣り合う継手同志の径方向の間隔を可能な限り狭く
して,小型の装置を実現可能にし,継手の材料コストを低減することができ,さら
には,移動媒体などの長期間滞留を防止して,汚染の要因をなくし,微細粒子の堆
積成長をなくして,チューブ材の径小化を防止することができるチューブ材の継手
を提供することを目的としている。」と記載している。ところで,ここに記載され
ている目的は,性質上,合成樹脂製の継手に限定されるというものではないし,(ア)
の【発明の属する技術分野】の項を受けて記載されているのであるから,段落【0
004】ないし【0007】の記載があることをもって,継手の材質が合成樹脂製
のものに限定されるということはできない。
 (ウ) 【発明の実施の形態】の項の記載について
 段落【0017】は,チューブ材Tの継手が,フッ素樹脂製の継手本体とフッ素
樹脂製のナット部材とからなることを記載している。しかし,(ア)の【発明の属する
技術分野】の項の記載にあるように,本願補正後発明は,チューブ材の継手,特に
チューブ材の樹脂継手に関するものであって,「発明の実施の形態は,特許出願人
が最良と思うものを少なくとも一つ掲げて記載する。」(特許法施行規則様式第2
9)というものであるから,より好適な実施の態様として合成樹脂製の継手が考え
られるというにとどまる。そうであれば,段落【0017】に,フッ素樹脂製の継
手が記載されているとしても,このことから,継手の材質が合成樹脂製のものに限
定されるということはできない。
 ウ 以上のように,補正明細書の発明の詳細な説明を参酌しても,本願補正後発
明の継手が合成樹脂製のものに限定されるとは認めることができない。
 (4) そうすると,本願補正後発明の継手は,合成樹脂製のものに限定されないの
であって,この点に関する審決の認定に誤りはない。なお,審決は,刊行物1に記
載された発明の「セラミックナット10」が本願補正後発明の「ナット部材」に相
当すると認定しているところ,ここにいう「相当する」との趣旨は,チューブ材の
継手における部品あるいは構成部分としての対応関係が成立することを意味してい
るにすぎないと解されるのであって,材質をも含めて,両者が全く同一であること
を意味しているとは考え難いから,審決の一致点の認定に誤りはない。
 原告主張の取消事由1は,理由がない。
 2 取消事由2(相違点Aの判断の誤り)について
 (1) 刊行物2(甲11)には,次の記載がある。
 「この考案は,前記した各問題点を除去するために,継手本体の溝環に挿入した
チューブ拡径部を袋ナットで継手本体にきつく締め付けることで,前記チューブ拡
径部に連接したチューブ屈折部を袋ナットの鋭角孔縁で継手本体の筒状部の鋭角尖
端にきつく圧接してチューブ抜け止め部と気密保持部とし,かつ,前記筒状部尖端
5Aの内周面を液溜り防止用面取り斜面5Bとすることで,死水溜りをなくするこ
とを目的とする。」(段落【0008】)
 「【考案の実施の形態】
 本考案の実施の形態例について図面を参照して説明する。
 先ず,この考案の基本形態は,図1から図5までの各図に示すように,ポリ・テ
トラ・フルオロ・エチレン(PTFE)とか,通常PFAと称するフッ素樹脂製チ
ューブ1の端部付近を加熱した拡径治具Aに図2のように強引に圧入してチューブ
拡径部2を作る。
 そして,このチューブ拡径部2の内周面に図3のように溝環3を有するフッ素樹
脂やポリプロピレン等の硬質樹脂製継手本体4の筒状部5を図4のように挿入する
と同時に前記チューブ拡径部2の大部分を前記溝環3内に挿入する。
 次いで,この溝環3の外側における継手本体4の雄ねじ部4aに図4,図5のよ
うに螺入したフッ素樹脂やポリプロピレンなどで作った硬質の袋ナット6で前記チ
ューブ拡径部2に連接したチューブ屈折部2aをその外面から袋ナット6の肩部6
Aに鋭角形成した孔縁6aで継手本体4の筒状部5の鋭角尖端5Aに同図5および
図1のようにきつく圧接して,チューブ抜け止め部と気密保持部とを形成する。
 また,前記筒状部尖端5Aの内周面には,予じめ,変形防止用面取り斜面5Bを
形成して,尖端5A付近に薄肉部が生じないようにすることで,その内側曲り変形
を防ぎ,チューブ間とのスキマの発生を防いで液溜りが生じない図1のような本考
案によるチューブ継手を構成できた。」(段落【0010】ないし【0013】)
 「【考案の効果】
 この考案は,以上のような形態を採用したので,以下に記載の効果を奏する。
 継手本体4の溝環3に挿入したチューブ屈折部2aをその外面から袋ナット6で
継手本体4の筒状部5にきつく締め付けることで,前記チューブ屈折部2aを袋ナ
ット6の肩部6Aに鋭角形成した孔縁6aで継手本体4の筒状部5の尖端5Bにき
つく圧接して厳重なチューブ抜け止め部と気密保持部を形成できたので,チューブ
1は,継手本体4に対し,気密・液密を厳重に保ち,継手本体4に密着結合してお
り,妄りに緩んだり,引き抜けることがなく,長期に亘り安全に使用できたという
第1の効果が有る。
 また,特に本発明では,継手本体4の筒状部尖端5Aの内周面に変形防止用面取
り斜面5Bを形成したので,高温下で使用しても,その温度サイクル等で筒状部尖
端付近の内向き曲り変形を防止でき,いわゆる死水溜りをなくすることができたの
で,純水等洗浄液を汚染もなく,超高密度LSIチップ成品の洗滌ルートに安心し
て適用できたという工業的効果も有る。」(段落【0015】,【0016】)
 そして,図面として,図1には,実施の形態例を示す拡大縦断側面図が,図3な
いし5には,チューブ継手の組立途中又は組立済成品の一例を示す縦断側面図があ
る。
 (2) 以上の記載によれば,刊行物2(甲11)には,本願補正後発明と技術的範
囲を同じくするチューブの継手に関して,袋ナット6の肩部6Aが,袋ナット6の
中心軸に向かって,袋ナット6の入口方向に傾斜し,孔縁6aが鋭角に形成されて
いることが記載されているところ,これは,相違点Aにおける本願補正後発明の構
成に相当するものであるということができる。そうであれば,これらの刊行物2の
記載事項を刊行物1に記載された発明に組み合わせて,相違点Aに係る構成に想到
することは容易であると認められる。
 (3) 原告は,刊行物1の継手のナット部材はセラミック製であるのに対し,刊行
物2の継手は合成樹脂製であるところ,セラミックで鋭角断面形状の食込み部を形
成すれば,チューブが切断されるおそれがあるから,セラミックのように弾性変形
しない高硬度の材質で食込み部を形成することは技術常識上あり得ないのであっ
て,刊行物2の記載事項を刊行物1に記載された発明に組み合わせて,相違点Aに
係る構成に想到することはできないと主張する。
 しかし,上記1に判示したように,本願補正後発明の継手は,合成樹脂製のもの
に限定されないから,本願補正後発明の特許請求の範囲は,物としての「チューブ
材の継手」の形状をどのようにするかを規定したものであるということができる。
そして,刊行物2には,相違点Aにおける本願補正後発明の構成に相当するものが
記載されているところ,刊行物1に記載された発明に刊行物2に記載された事項を
適用するに当たり,適宜の材料を選択し,選択した材料との兼ね合いにより,相違
点Aに係る食込み部の断面形状を適宜のものとすることは,設計事項の範囲に属す
ると認められるのであって,その際に,あえて,刊行物1及び刊行物2にそれぞれ
記載された材質を選択し,かつ,明らかに切断などの破損を招くものと予測される
ような形状を採用するとは考え難い。原告の上記主張は,採用することができな
い。
 (4) 以上のように,刊行物2の記載事項を刊行物1に記載された発明に組み合わ
せて,相違点Aに係る構成に想到することは容易であると認められるから,審決の
判断に誤りはない。
 原告主張の取消事由2は,理由がない。
 3 取消事由3(相違点Bの判断の誤り)について
 (1) 上記2(1)に引用した刊行物2(甲11)の記載によれば,刊行物2(甲1
1)には,本願補正後発明と技術的範囲を同じくするチューブの継手に関して,継
手本体4の筒状部尖端5Aの内周面に変形防止用面取り斜面5Bが形成され,変形
防止用面取り斜面5Bが,継手本体4の筒状部の内部から外部へ向かって継手本体
4の中心軸から離れる方向へ傾いた傾斜面に形成されていることが記載されている
ところ,これは,相違点Bにおける本願補正後発明の構成に相当するものであると
いうことができる。そうであれば,これらの刊行物2の記載事項を刊行物1に記載
された発明に組み合わせて,相違点Bに係る構成に想到することは容易であると認
められる。
 (2) 原告は,相違点Bに係る「面取り斜面部」は,相違点Aに係る「食込み部」
との対応関係が重視されるべきであって,個別の斜面部をもって技術的に共通であ
るということはできないところ,刊行物1と刊行物2とでは材質を異にするので,
刊行物2の記載事項を刊行物1に記載された発明に組み合わせて,相違点Bに係る
構成に想到することはできないと主張する。
 原告の上記主張は,結局のところ,刊行物1と刊行物2とでは材質を異にするの
で,刊行物2の記載事項を刊行物1に記載された発明に組み合わせて,相違点Bに
係る構成に想到することはできないということに帰着するのであり,そうであれ
ば,上記2に判示したのと同じ理由により,これを採用することはできない。
 (3) 以上のように,刊行物2の記載事項を刊行物1に記載された発明に組み合わ
せて,相違点Bに係る構成に想到することは容易であると認められるから,審決の
判断に誤りはない。
 原告主張の取消事由3は,理由がない。
第5 結論 
 したがって,本願補正後発明については,原告主張の審決取消事由は理由がな
く,本願発明については,原告は審決取消事由として主張するところがないから,
原告の請求は棄却されるべきである。
  
知的財産高等裁判所第4部
         裁判長裁判官   塩   月   秀   平
            裁判官   田   中   昌   利
            裁判官   髙   野   輝   久

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛