弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 被控訴人は、控訴人に対し、1628万9356円及びこれに対する平成14
年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
 主文と同旨の判決を求める。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の原判決の仮執行の宣言に基づく給付の返還及び損害賠償に係る申立て
を棄却する。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。
との判決を求める。
第二 事案の概要
 本件の事案の概要、争いのない事実、争点及び当事者の主張は、当審における控
訴人の主張を次のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」第2及び第3に
記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張(原判決の仮執行の宣言に基づく給付の返還及び損害賠償)
1 控訴人は、平成14年5月31日、被控訴人による原判決の仮執行によって、
未払賃金及び賞与、これらに対する遅延損害金並びに仮執行手続費用として合計1
628万9356円の支払を余儀なくされた。
2 よって、控訴人は、被控訴人に対し、上記仮執行の原状回復及び損害賠償とし
て、1628万9356円及びこれに対する平成14年5月31日から同支払済み
まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被控訴人の認否
 被控訴人が平成14年5月31日に原判決に基づく仮執行をしたことは認める。
第三 当裁判所の判断
一 被控訴人が控訴人によって懲戒解雇されるに至った経緯
 被控訴人が控訴人によって懲戒解雇されるに至った経緯は、原判決「事実及び理
由」第4に記載のとおりであり、その概要は、次のとおりである。
1(一) 被控訴人(昭和21年11月3日生まれ)は、昭和46年4月1日、新
聞記者として控訴人に雇用され、東京本社編集局に所属して、化学業界、繊維・紙
パルプ業界、石油・電力業界、通産省、大蔵省、銀行・生命保険業界、重電機・家
電業界、鉄鋼業界の取材業務等に従事した後、平成元年7月に編集局産業第三部次
長に就任して編集業務に従事し、平成3年5月に論説委員会付き編集委員に、平成
4年2月に同論説委員に就任した。
 その一方で、被控訴人は、入社以来、いわゆるユニオンショップ協定によって加
入が義務付けられていた産経労組(サンケイ労働組合)に入り、職場委員、選挙管
理委員、労使協議会委員を務めるなどの組合活動にも従事したほか、平成3年6月
には定期大会代議員に立候補したこともあったが、労働協約上、非組合員とされて
いた論説委員に就任した際、産経労組を脱退した。
(二) 控訴人は、その収支が平成4年後半から下落し、平成5年3月期に大幅な
赤字に転落したため、経営の合理化に取り組み始め、同年7月、編集局国際担当及
び同産業第四部を廃止し(同廃止に伴い、産業第四部次長は、浜松支局長に異動し
た。)、同年11月には、局の統合、総・支局の再編等による組織と要員の抜本的
な見直し、交際費等の経費削減を重要項目とする中期経営計画を立てた。また、控
訴人の販売局は、平成5年12月、首都圏における販売部数を引き上げるため、拠
点強化対策の一つとして、千葉を関東総局から分立させて支局に昇格させ、支局長
に編集経験豊かな有力人材を配置し、取材、報道活動を通じて地元産業経済界との
関係を強化し、会社主催の展示会等の行事を積極的に展開して、千葉県における販
売部数を5割増部することなどを内容とする「増紙首都圏強化3カ年計画」を策定
するなどした(被控訴人自身も、平成4年3月、編集局出身のいわゆるデスククラ
スを支局長とする編集主導型のモデル支局を設置し、「広告取りの便宜的拠点」と
の従来の支局のイメージを脱却し、地道な取材活動を通じて、社の存在感を地域に
植え付け、販売部数増を図る、首都圏のモデル支局の配置場所としては、千葉、横
浜が考えられ、千葉は、東京湾横断道路の着工や幕張での新都心建設などいわゆる
ウォーターフロント経済の新しい中核としての成長が見込まれるため、現在の関東
総局の一支所としての位置づけからモデル支局に昇格させ、人員の重点的な配置を
行うべきとする「総・支局体制のあり方について」と題するレポートを控訴人の社
長宛に提出していた。)。
 そのような中で、控訴人のA常務は、平成5年6月10日、被控訴人に対し、出
版局編集部長、日工フォーラム社編集長、支局長等への異動の打診をしたが、被控
訴人が難色を示したため、同年7月期の異動対象者から被控訴人を除外した。
(三) 控訴人は、平成6年1月、編集局に論説委員会を統合し、編集局の部長に
論説委員を兼務させること、関東総局から千葉支局を分離させて専任の支局長を配
置し(その結果、千葉支局は、支局長と支局員1名で構成されることになっ
た。)、横浜総局を横浜支局とすることなどを内容とする組織変更を明らかにし、
A常務は、同月25日、被控訴人に対し、同年2月1日付けで千葉支局長に任命す
る旨の内示を行ったところ、被控訴人は、同居中の実母が高齢であり、転居するこ
とができない、通勤時間が約2時間30分かかり、通勤もできないなどとして転任
を拒絶し、控訴人のB社長との面談を要請した。被控訴人は、平成6年1月28日
午後4時ころ、同社長と会い、被控訴人に対する内示の撤回を求めたが、同社長が
これに応じなかったため、新しい労働組合として「反リストラ・マスコミ労働者会
議・産経委員会」(反リストラ産経労)を結成し、被控訴人が代表幹事に就任した
ことを明らかにし、控訴人に対し、団体交渉を求める旨の意向を示した。
 しかしながら、控訴人は、平成6年2月1日、内示どおり被控訴人を千葉支局長
とする人事発令を行い、同日4時20分ころ、B社長が被控訴人に辞令を交付しよ
うとしたが、被控訴人は、その受取りを拒否し、反リストラ産経労の団体交渉に応
ずるように求めたが、控訴人側は、適格性のある労働組合であることの確認ができ
ないとして、これに応ずることはなかった。その一方で、被控訴人は、同日、東京
都地方労働委員会に対し、結成した労働組合の資格審査申請書を提出したが、同申
請書には、組合員数が9名である旨記載されていた。
 反リストラ産経労は、平成6年2月4日、東京都地方労働委員会に対し、被控訴
人の千葉支局長への配転や反リストラ産経労の団体交渉を拒否したことが不当労働
行為に当たるとして、救済命令の申立てを行った。
(四) A常務は、平成6年2月7日、被控訴人に対し、異動の発令の日から原則
として1週間以内に着任することとされている就業規則に基づき、翌8日に本社に
出頭して業務指示を受けるよう伝えたが、被控訴人は、同日朝、本社に寄らずに直
接千葉支局に赴任した。被控訴人は、同日午後4時、A常務の再度の求めに応じて
本社に出頭し、A常務やC販売開発局長に対し、懲戒解雇を避けるためにやむなく
赴任したが、今後も労働委員会や団体交渉の場において、本件配転の撤回を求める
などと述べたほか、赴任した以上、支局長としての職務を遂行すると答えた。C販
売開発局長は、被控訴人に対し、D関東総局長兼千葉支局長との引継ぎを速やかに
行い、支局長としての職務を遂行するとともに、千葉県の経済事情を取材して10
0行程度の原稿を2週間程度で出稿するように指示した。
 一方、A常務は、平成6年2月10日ころ、被控訴人に対し、控訴人が同月14
日午後7時に反リストラ産経労との話合いに応ずる、会社としては話合いのつもり
であるが、組合側が正式な団体交渉と解釈することは構わない旨を伝えたが、被控
訴人は、団体交渉は、会社の会議室を使用し、双方の代表者が調印する議事録を作
成するものでなければならないとし、この点で控訴人との折り合いがつかなかった
ため、結局、控訴人と反リストラ産経労との間において、話合いないし団体交渉が
行われることはなかった。
(五) 販売開発局のE次長らは、平成6年2月15日、被控訴人を本社に呼び、
出稿予定表、週間予定表を渡し、千葉支局長である被控訴人と支局員であるFとの
取材分野の分担、出稿計画、F支局員の原稿に対する支局長としての点検や指導等
について打合せを行おうとしたが、自分は自分、FはF、当分原稿は出さないなど
と述べて、これに応じようとしなかったため、C販売開発局長は、同月16日、被
控訴人に対し、F支局員に対する指導管理を行い、支局の出稿体制を整えるように
要請したが、被控訴人は、これに応じることはなかった。
 被控訴人は、そのころ、控訴人が、被控訴人は、控訴人の部長職にあり、控訴人
の利益代表者であるから、そのような者の参加を許す反リストラ産経労には労働組
合としての適格性がないとして、反リストラ産経労が控訴人を相手方として申し立
てた不当労働行為救済命令の申立てを却下するように求める答弁書を、東京都地方
労働委員会に提出したことを知った。
 C販売開発局長らは、平成6年2月21日、千葉支局の常備金を預け入れるため
の支局長名義の普通預金口座を設け、支局長として金銭出納業務を行うとともに、
F支局員が作成する支払伝票の部長欄に決裁印を押すように求めたが、被控訴人
は、被控訴人が結成した反リストラ産経労の労働組合としての適格性に疑いを抱か
せるのが狙いである、自分は、管理職ではないなどと述べて、これにも応じようと
せず、また、被控訴人は、同年3月1日、控訴人に対し、同年2月25日から増額
して支給された手当の2万1212円を返却し、以後、その受取りを拒絶した。
 A常務は、平成6年2月25日、被控訴人に対し、速やかに支局長としての業務
を果たすように求める通告書を作成して送付したが、被控訴人は、同年3月1日、
反リストラ産経労の名前で、東京都地方労働委員会に対する救済命令の申立てを妨
害する不当労働行為であるとして、これに抗議する旨の抗議書を作成して控訴人に
送付した。
(六) 被控訴人は、千葉支局に赴任後に年次休暇を取得する際は、その申請を当
日の朝に本社に電話を掛けて行っていたため、A常務は、平成6年3月1日、控訴
人に対し、当日では支局長の代替者を充てることが困難であるとして、前日までに
申請するように求めたが、従前から当日朝に申請しており、労働慣行であるとし
て、これに応じようとせず、その後も、当日の午前9時すぎに年次休暇の申請をし
た。また、A常務は、同日、被控訴人に対し、F支局員の記入する勤務表に支局長
として押印するように求めたが、被控訴人は、これにも応ずることはなく、F支局
員が被控訴人に対して押印を求めても、これを拒否した。
 控訴人の従業員に対する人事考課は、毎年3月と10月に行われているところ、
A常務は、平成6年3月7日ころ、被控訴人に対し、F支局員の考課表を作成し、
本社に送付するように求めたが、控訴人は、白紙のままの考課表を本社に送付し
た。
(七) 被控訴人は、千葉支局に着任した際にC販売開発局長から指示されていた
千葉県の経済事情に関する記事の出稿を、再三にわたり求められていたところ、平
成6年3月30日、「出口見えぬ千葉経済」と題する記事原稿を出稿し、同原稿
は、同年4月6日の紙面に掲載されたが、同月14日及び同年6月2日に掲載が予
定されていた「列島クローズアップ」と題する特集記事については、被控訴人が執
筆しなかったため、C販売開発局長は、F支局員に指示してこれを執筆させた。
 C販売開発局長は、平成6年3月28日、全総・支局長に宛てて、平成6年度に
おける各総・支局の編集方針、重点計画を明らかにして書面で回答するように求め
ていたところ、被控訴人は、同年4月4日の提出期限を徒過し、同月19日、「政
府、大手マスコミの『景気回復』キャンペーンに組さず、マクロ的視点から不況の
実態、非人間的リストラの進行、倒産などをウオッチして行く。会社側は不当労働
行為をやめ、直ちに団交に応じたうえ、Gを原職に復帰させること」とのみ記載さ
れた文書を送付した。
(八) C販売開発局長は、平成6年6月3日、関東総局長及び横浜支局長のほ
か、千葉支局長の被控訴人に宛てて、同月13日に、4月から6月までの業績報告
と7月から9月までの取組みについて協議する首都圏総支局長会議を開催する旨の
通知を出し、事前に、報告文書を送付するように求めていたが、被控訴人は、同文
書を提出せず、同会議を欠席した。
 一方、控訴人は、平成6年6月15日から3日間、幕張メッセにおいて、「ウィ
ンドウズ・ワールド・エキスポ・東京」と題する展示会の主催をしたところ、千葉
支局の編集、営業活動に関わるとして、被控訴人にも、千葉支局長として開会式及
び懇親会に出席するように求めていたが、被控訴人は、団体交渉において話合いが
つかない限り応じないとして、結局、これに出席することはなかった。
 C販売開発局長は、平成6年6月20日、被控訴人に対し、同年7月7日掲載予
定で、幕張副都心か、東京湾横断道路をテーマとする特集記事を執筆するように指
示し、同月4日、Cの後任で販売開発局長に就任したHが改めて出稿を要請したと
ころ、被控訴人から執筆できないとの明確な返事がなかったため、出稿されるもの
と判断して原稿の提出を待っていたが、被控訴人が結局その提出をしなかったた
め、控訴人は、同月7日の紙面において、同特集記事を休載する旨の断りを載せ
た。
(九) H販売開発局長は、平成6年7月4日、各総・支局長に宛てて、同月11
日に控訴人の全体会議と東京本社管轄総支局長会議を開催する旨の通知をしたが、
被控訴人は、組合員資格を疑わせるような指示には応じられないとし、結局、同会
議にも出席しなかった。
 控訴人は、平成6年8月に全国の地域経済の回復状況について報告した特集記事
の掲載を企画し、同月5日、全国の総支局長に宛てて各地の実情についての記事を
執筆するように要請したが、被控訴人は、同原稿を出稿せず、同月18日及び19
日に掲載された上記特集記事では、千葉県の実情が報告されることはなく、H販売
開発局長は、被控訴人に対し、厳重に注意する旨の文書を送付した。
(一〇) A常務は、そのころ、被控訴人が出勤すべき日の午前10時から正午ま
での間に被控訴人に電話を掛けても不在であったことから、被控訴人のこうした就
労状況を注意するため、平成6年8月22日、本社に出頭するように求めたが、被
控訴人は、これに応じなかった。
 B社長は、千葉支局長としての業務を放棄している被控訴人を注意するため、平
成6年9月8日、社長付き特命担当のCらを通じて、被控訴人に対し、支局長とし
ての業務を遂行するように求めたが、被控訴人は、これを聞き入れることはなく、
翌日、Cらが再度被控訴人を説得しようと千葉支局に赴いたものの、被控訴人は、
何らの連絡もないまま千葉支局に出勤しなかったため、H販売開発局長は、同月1
2日、被控訴人が千葉支局長としての所定の業務を遂行せず、千葉支局の運営に重
大な支障を来しているとして、控訴人の賞罰委員会に対し、被控訴人に対する制裁
について付議するように求める申請を行うとともに、被控訴人に対し、弁明を希望
するのであれば、同月19日午前10時に出頭されたい旨の通知をした。これに対
し、被控訴人は、反リストラ産経労の名前で、被控訴人に対する懲戒処分は不当労
働行為であるとして団体交渉を求めたが、控訴人は、これを拒否し、平成6年9月
19日、本件賞罰委員会が開催された。本件賞罰委員会には、A常務、H販売開発
局長、I常務取締役、J取締役、K営業局長、L事業局長、M編集局長が委員とし
て出席し、A常務が委員長に就任して、被控訴人に弁明を促したところ、被控訴人
は、被控訴人を千葉支局長にしたのは不当配転であり、控訴人は、被控訴人の組合
資格を疑わせるための業務を押し付けた、被控訴人は、公式の業務命令を受けたこ
とはなく、これを拒否したこともない、賞罰委員会への付議は不当労働行為であ
る、千葉支局長の業務の具体的な在り方について協議を求めるなどと述べた。本件
賞罰委員会は、C特命担当が説明した被控訴人の勤務状況を踏まえ、千葉支局赴任
後の被控訴人の振舞いは、就業規則78条5号(異動命令その他業務上の必要にも
とづく会社の命令を拒否したとき)に当たるとして、被控訴人を懲戒解雇に処する
ことを議決した。
 控訴人は、上記議決を受け、同日、被控訴人に対し、同月22日付けで被控訴人
を懲戒解雇処分とすることを通告した。
2 これに対し、被控訴人は、千葉支局に赴任してから多忙な取材活動に従事し、
控訴人が一方的に日時を決めた会議や展示会に出席することは不可能であった、出
稿の要請に応じなかったのは、与えられたテーマが実体にそぐわず、テーマの再検
討を求めたにもかかわらず、控訴人がこれに応じなかったためである旨を主張す
る。
 確かに、証拠(甲第88号証の1ないし11、第90号証の1ないし3、5ない
し15、第91の1ないし21、第94号証の1ないし5)によれば、被控訴人
は、千葉県の企画部や総務部等の担当者、千葉商工会議所の専務理事、千葉県経済
同友会事務局次長、川崎製鉄株式会社の役員や職員、千葉銀行の広報部長、京葉銀
行の役員や職員、株式会社オリエンタルランドの広報室長、京成電鉄株式会社の広
報課長、扇屋ジャスコ株式会社の代表取締役、京葉ガス株式会社の広報室長、シャ
ープ株式会社の役員や東京広報室長、日本開発銀行の職員等との間で、これらの者
の着任時、転任時等において、名刺交換をしたこと、被控訴人は、東京ディズニー
ランドを経営する株式会社オリエンタルランドが報道関係者向けに作成した同社の
概要説明書、株式会社東京商工リサーチが作成した千葉県内の企業倒産状況を説明
した報告書、大蔵省関東財務局が作成した景気予測調査関東管内分析結果概要と題
する概要書、千葉県が構想した先端技術産業の研究開発拠点に関する関連資料、日
本開発銀行が作成した千葉県の経済動向に関する資料、千葉県中小企業団体中央会
が作成した千葉県内の中小企業の景気動向に関する資料、シャープ株式会社が作成
した同社の幕張ビルの概要書等を入手していたことの各事実を認めることができ
る。これらの資料は、その内容に鑑みても、いずれも容易に入手可能な資料という
べきものであって、半年以上にわたる取材活動の成果としてはあまりに乏しいもの
というほかなく、上記のような名刺交換や、被控訴人が入手したという上記資料の
存在をもってしても、被控訴人が千葉支局に赴任後、多忙な取材活動に従事してい
たことを窺い知ることは到底できない。また、被控訴人は、千葉支局に赴任後、控
訴人に対して、自らの取材状況について報告をした形跡すらなく、記事のテーマに
ついての再検討を要請し、本社側の局長らとこの点について協議したことを裏付け
る証拠もない。
 したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。
3 前記1の事実関係によれば、控訴人は、平成5年3月期に収支が赤字に転落し
たのを契機として、経営を合理化し、発行する日本工業新聞の販売部数を増部させ
るための様々な計画に取り組み始め、その一貫として、千葉を関東総局から分立さ
せて支局に昇格させ、支局長に編集経験の豊かな人材を配置し、取材、報道活動を
通じて地元の経済界との関係を強化し、会社主催の展示会等の行事を積極的に展開
する構想が立てられ、当時、控訴人の論説委員をしていた被控訴人を平成6年2月
1日付けで千葉支局長に任命する旨の内示を行ったところ、被控訴人は、自宅から
千葉支局までの通勤時間が片道約2時間30分も要することになる上に、千葉支局
自体、部下となる支局員が1名いるにすぎなかったことから、その処遇に強い不満
を抱き、同内示を撤回させるため、自らが代表幹事となって設立したという労働組
合(反リストラ産経労)との団体交渉に応ずるように求めるようになり、平成6年
2月1日に実際に千葉支局長に任命する旨の辞令が発令(本件配転)されるや、反
リストラ産経労を申立人として東京都地方労働委員会に対し、本件配転や団体交渉
を拒否したことが不当労働行為に当たるとして、救済命令の申立てを行ったが、同
月8日、本件配転を拒否して懲戒解雇されることを避けるため、千葉支局に支局長
として赴任した。ところが、上記救済命令申立事件において、控訴人が、被控訴人
は、使用者である控訴人の利益代表者であるから、そのような者の参加を許す反リ
ストラ産経労には、労働組合としての適格性がないとして、同救済命令の申立てを
却下するように求める答弁書を提出したことを知るや、使用者である控訴人の利益
代表者であると疑われることを避けるため、千葉支局の運営や支局員の管理、本社
での総支局長会議への出席等を始めとする支局長としての業務をことごとく拒否し
たばかりか、控訴人が経営の立直策の一貫として企画した千葉県内における展示会
への参加要請にも、千葉県内の経済状況に関する記事の出稿要請にも応じなかった
ところ、着任から7か月を経過した同年9月8日に、控訴人の社長名で、支局長と
しての業務に従事するように求められたにもかかわらず、これにも耳を傾けようと
しなかったため、控訴人は、被控訴人を懲戒解雇に処する旨の本件賞罰委員会の議
決を経た上、被控訴人を解雇したものであるということができる。
二 本件解雇と懲戒権の濫用
1 控訴人の就業規則78条5号が、従業員が異動命令その他業務上の必要に基づ
く会社の命令を拒否したときを、懲戒解雇事由の一つとしていることは、前記争い
のない事実のとおりであるところ、被控訴人は、千葉支局に支局長として赴任して
から本件解雇に至るまでの半年以上の間、支局長として行うべき支局や支局員に対
する管理業務を一貫して行わなかったばかりか、新聞記者としても、80行程度の
記事を1回出稿したのみで、その後は、記事の出稿要請を拒否し、記者として最低
限の取材活動を行った形跡すら窺われず、控訴人が経営の立直策の一貫として主催
した千葉県内における展示会への参加も拒否した上に、控訴人の社長名で支局長と
しての業務に従事するように求められたにもかかわらず、これにも耳を傾けようと
しなかったのであるから、こうした被控訴人の姿勢は、単に、会社の利益代表者と
疑われるのを避けようとしたものにとどまらず、控訴人の従業員として行うべき最
低限の業務をも放棄したものというほかなく、被控訴人の一連の振舞いが就業規則
78条5号の懲戒解雇事由に該当することは明らかであり、その内容や、新たに発
足した千葉支局の業務を半年以上にわたって滞らせた結果も重大というべきである
ことに鑑みると、被控訴人が千葉支局に赴任する以前の取材活動等において控訴人
に対する貢献がそれなりにあったことを十分に考慮したとしても、控訴人が被控訴
人を懲戒解雇したことは、客観的にみても合理的な理由に基づくものというべきで
あり、本件解雇は、社会通念上相当と是認することができ、懲戒権を濫用したもの
ということはできない。
 確かに、被控訴人が千葉支局長としての業務を拒否したのは、被控訴人が反リス
トラ産経労を申立人として救済命令の申立てをしたことや、同事件において、被控
訴人が使用者である控訴人の利益代表者である旨の主張がされたことが背景にあっ
たものと考えられるが、被控訴人が就任した千葉支局長が労働組合法2条1号所定
の「役員、雇入解雇昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働
者、使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのた
めにその職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直
接にてい触する監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者」に該当
するか否か、あるいは、本件配転や、控訴人が反リストラ産経労との団体交渉に応
じないことが不当労働行為に当たるか否かという点は、東京都地方労働委員会にお
ける審理、あるいはその後の訴訟の場において決せられるべきものであり、千葉支
局長としての業務にとどまらず、控訴人の従業員として行うべき最低限の業務をも
放棄したことを正当化し得るものでないことは明らかである。
 また、証拠(甲第100号証、乙第137号証、第146号証)及び弁論の全趣
旨によれば、控訴人の従業員であった者の中には、かつて、新聞記者でありながら
記事を出稿しなかった者や、記事を捏造したり、取材不足のため不正確な記事を書
いた者がいたものの、本件解雇以前には控訴人の従業員で懲戒解雇された者は存在
しなかったことが認められるが、同証拠によれば、これらの者が上記のような行為
に及んだ時期は、入社歴が10年前後のものであったり、その背景に病的な要因の
存在が窺われるものであったことが認められ、本件解雇の場合と一概に比較するこ
とはできないものである上、前記認定に係る被控訴人の千葉支局赴任後の一連の振
舞いに鑑みると、本件解雇が不平等な処分であるということもできない。
2 被控訴人は、控訴人から業務に関する指示はあったが、命令はなかったとし、
懲戒処分に付すにしても、懲戒解雇は過酷であり、懲戒休職にとどめるべきであっ
た旨を主張する。
 しかしながら、被控訴人は、本件配転に係る命令によって千葉支局に赴任したも
のの、半年以上にわたり、従業員としての最低限の業務すら拒否していたというほ
かないもので、所属長の個々の業務上の指示に従わなかったという程度にとどまら
ないものであり、その結果、使用者である控訴人に与えた損害も大きかったもので
あるから、控訴人が被控訴人を懲戒解雇としたことが社会的相当性を逸脱したもの
とは解されず、被控訴人の上記主張は採用することができない。
3 被控訴人は、控訴人の賞罰委員会規程14条は、委員が「事案の直接の関係
者」であるときは、その審議に加わることができないとしているところ、H販売開
発局長及びA常務は、被控訴人の上司であり、被控訴人が背いたという業務命令を
行った者であって、事案の直接の関係者であるというべきであるから、賞罰委員会
の議決には手続上の瑕疵があるというほかなく、そうである以上、これを前提とす
る本件解雇も違法である旨を主張する。
 控訴人の就業規則71条は、懲戒処分等の制裁は、賞罰委員会の議を経て決定す
る旨を定め、賞罰委員会が定めた賞罰委員会規程によれば、委員会は、就業規則に
定める従業員の表彰及び制裁について、公正な審議を行い、その要否、程度、方法
等を決定する(2条)、委員は、役員又は局長以上の職位を有する者の中から選任
し、委員は、委員会に付議された事案の審議に当る(5条)、委員会が必要と認め
た場合は、審議する事案の関係者を委員会に出席させ、その意見を聴取することが
できる(10条)、委員会は、制裁の議に付された者をその希望により委員会に出
席させ、弁明の機会を与えることがある(11条)、委員が事案の直接の関係者で
あるときは、その審議に加わることができない(14条)、所属長および幹事は、
従業員の行為が表彰又は制裁に当ると認めたときは、委員会に申請しなければなら
ない(17条)ものとされていることは、原判決認定のとおりである。
 以上のような就業規則及び賞罰委員会規程の文言及び内容、殊に、賞罰委員会の
委員が役員又は局長以上の職位を有する者の中から選任されるものとされているこ
とに鑑みると、本件賞罰委員会は、労使の代表等によって構成される懲戒委員会な
どの例とは異なり、使用者である控訴人の懲戒権等の行使を公正ならしめるために
設置された内部的な機関にすぎず、このような本件賞罰委員会の性格に照らすと、
賞罰委員会規程が委員会の審議に加わることができないものとしている「事案の直
接の関係者」とは、当該賞罰の議に付された本人又はこれに準ずる者及び賞罰の審
議の対象とされた賞罰事由(非違行為等)そのものに直接関わった者(本人と共同
して非違行為等に関わった者など)をいうと解するのが相当であり、同規程の定め
は、これらの者が委員として賞罰委員会の審議に参加した場合には公正を害するお
それがあることから、これを排除する趣旨に出たものと解される。
 これを本件についてみると、本件賞罰委員会には、A常務、H販売開発局長、I
常務取締役、J取締役、K営業局長、L事業局長、M編集局長の7名が委員として
出席し、A常務が委員長に就任して、被控訴人に対する懲戒処分が審議されたこ
と、委員長のA常務は管理担当の役員であり、H販売開発局長は、平成6年7月4
日にC局長の後任として販売開発局長に就任して被控訴人の直接の所属長となった
者であって、両名は、被控訴人に対して具体的な業務命令を出した者であること、
H販売開発局長は、業務命令違反が懲戒処分に相当するとして、所属長として賞罰
委員会に付議の申請した者であることは、前記のとおりであって、このように上司
として業務命令を発し又は所属長として賞罰委員会に付議の申請した者が当該賞罰
の議に付された本人又はこれに準ずる者や、審議の対象とされた非違行為等そのも
のに直接関わった者でないことは明らかであるから、両名が賞罰委員会規程14条
所定の「事案の直接の関係者」に当たるものということはできない。これを実質的
にみても、前記賞罰規程では、委員は、控訴人の役員又は局長以上の管理職員の中
から選任されることとされているものであるところ、こうした役員又は管理職員
は、従業員に対する業務命令に多かれ少なかれ関与することは避けられず、単に業
務命令を発したとか、所属長として賞罰委員会に付議の申請をしたということだけ
で、審議に加わることができないとすることは、本件賞罰委員会の規程上も想定さ
れたことではないというべきである。
 のみならず、本件賞罰委員会は、前記のとおり、使用者である控訴人の懲戒権等
の行使を公正ならしめるために設置された内部的な自律的制限機関にすぎないので
あるから、単に議事が賞罰委員会の規程に違反して行われたということだけで、直
ちに当該懲戒処分の無効を来すものと解することはできず、他には手続上の瑕疵と
いうべき事由も見当たらないのであるから、本件解雇を無効とすることはできな
い。
三 本件解雇と不当労働行為
 被控訴人は、本件解雇は、被控訴人の組合活動を嫌悪して、被控訴人を職場から
排除するためにされた不当労働行為であり、労働組合法7条1号及び3号に違反し
て無効である旨を主張する。
 しかしながら、前記一1で認定した事実関係によれば、被控訴人は、もともと、
他の従業員と比較しても際だった組合活動をしていた者であるとはいい難く、論説
委員に就任した際には、就業規則に従って従来加入していた産経労組を脱退してい
たものであるところ、控訴人の経営の合理化の影響を受けた本件配転に強い不満を
抱き、異動に係る内示を撤回させるため、自らが代表幹事となって設立したという
労働組合との団体交渉に応ずるように求めるようになったもので、その後、千葉支
局に支局長として赴任したものの、千葉支局の運営や支局員の管理、本社での総支
局長会議への出席等を始めとする支局長としての業務をことごとく拒否したばかり
か、控訴人が経営の立直策の一貫として企画した千葉県内における展示会への参加
要請にも、千葉県内の経済状況に関する記事の出稿要請にも応ずることはなく、控
訴人の社長名で、支局長としての業務に従事するように求められたにもかかわら
ず、これにも耳を傾けようとしなかったため懲戒解雇されたのであり、同懲戒解雇
に懲戒権の濫用があると認めることはできないことは前記二のとおりである。
 したがって、確かに、本件解雇は、被控訴人が反リストラ産経労を申立人とし
て、本件配転や、反リストラ産経労による団体交渉の申入れを拒否したことが、不
当労働行為に当たるとして申し立てた救済命令申立事件の審理中にされたものでは
あるものの、本件解雇には十分な合理性があるのであって、被控訴人が設立したと
いう反リストラ産経労が、仮に、労働組合法所定の労働組合であるとしても、被控
訴人が同組合を結成したこと、その組合員であること、労働組合の正当な行為をし
たことの故をもって、本件解雇がされたということはできないから、本件解雇が労
働組合法7条1号本文前段の不利益取扱いに当たるとはいえず、そうである以上、
同条3号の支配介入に当たるともいえないから、控訴人らの上記主張は採用するこ
とができない。
四 結論
 以上の次第で、本件解雇は有効であり、被控訴人の本訴請求は理由がないから、
これを棄却し、これと判断を異にする原判決を取り消すこととし、また、弁論の全
趣旨によれば、控訴人は、平成14年5月31日、被控訴人による原判決の仮執行
に基づいて、未払賃金及び賞与、これらに対する遅延損害金並びに仮執行手続費用
として合計1628万9356円の支払を余儀なくされたことが認められ、したが
って、原判決の仮執行の宣言に基づく給付の返還及び損害賠償の支払を求める控訴
人の申立ては理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第8民事部
裁判長裁判官 村上敬一
裁判官 水谷正俊
裁判官 永谷典雄

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