弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役三年に処する。
     原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、被告人および弁護人増田修がそれぞれ提出した各控訴趣意書
に記載されたとおりであるから、これを引用する。
 一、 弁護人の控訴の趣意第一、二について。
 所論は、原判決は罪となるべき事実中第一、一の事実について自白を内容とする
被告人の原審公判廷における供述、司法警察員(昭和四八年一〇月二日付)および
検察官(同月八日付)に対する各供述調書を証拠として挙示しているほかには右自
白を補強する証拠を挙示しておらず、また同第一、二の事実について自白を内容と
する被告人の原審公判廷における供述、司法警察員(同月一七日付)および検察官
(同年一一月二日付)に対する各供述調書、被告人作成の上申書(同年一〇月二日
付)とA作成の被害届を証拠として挙示しているが、記録中にはA作成の被害届は
ないので、右事実についても被告人の自白のほかにこれを補強する証拠を挙示して
いないことに帰し、原判決は同第一、一および二の事実につき被告人の自白を唯一
の証拠として有罪の言渡をしたものであるから、原審の訴訟手続は刑訴法三一九条
二項に違反し、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのであ
る。
 <要旨>そこで原判決および原審記録を調査すると、原判決は罪となるべき事実第
一として被告人が犯行前四回にわたり窃盗罪又は窃盗および横領の罪により
懲役刑に処せられて、その執行を受け終つた前科のほか、常習として一、二、三の
各窃盗を犯した旨の常習累犯窃盗の事実を認定判示し、証拠として、常習性につき
被告人の原審公判廷における供述および前科照会回答書を挙示し、一の窃盗の事実
につき自白を内容とする被告人の原審公判廷における供述、被告人の司法警察員
(昭和四八年一〇月二日付)および検察官(同月八日付)に対する各供述調書を挙
示し、二の窃盗の事実につき同じく被告人の原審公判廷における供述、被告人の司
法警察員(同月一七日付)および検察官(同年一一月二日付)に対する各供述調
書、被告人の上申書(同年一〇月二日付)およびA作成の被害届を挙示しているこ
とは所論のとおりである。ところで、常習累犯窃盗は、所要の前科があつて、窃盗
行為を反覆累行する習癖を有する犯人が右習癖の発現として数個の窃盗行為を行つ
た場合でも一罪を構成するに止まるが、この一罪を構成する各個の窃盗行為はそれ
ぞれ異つた法益を侵害する刑法二三五条(又はその未遂罪)に該る独立の行為であ
り、各窃盗行為自体が相互にその行為の存在を補強し合う態様で関連しでいるとい
うものではないから、各窃盗行為につき被告人の自白がある場合でも右各行為毎に
それぞれこれを補強する証拠を要するものというべきであり、また窃盗を反覆累行
する習癖すなわち常習性が各窃盗行為とは独立に認定できる場合でも、右各窃盗行
為が常習性の発現であるからといつて、右常習性の事実をもつて直ちに具体的な各
窃盗行為を補強するものとすることはできない。すると、原判決は第一、一の事実
については被告人の自日以外にこれを補強する証拠を挙示していないので、結局被
告人の自白を唯一の証拠として有罪の判決をしたことになつて、刑訴法三一九条二
項に違反し、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。また原判決の罪とな
るべき事実第一、二の窃盗の被害者はAであるところ、原審記録中には原判決がA
作成の被害届と表示している証拠は存在しないが、被害者A本人に代つてその従業
員であるBが作成提出し、検察官の請求に基づき原審で適法に証拠調を経た被害届
(記録八七丁)があり、原判決の表示するA作成の被害届とは正に右のB作成の被
害届を指すものであることは明らかで、右は被害者の代理人の作成した被害届を被
害者本人の作成した被害届と誤つて表示したもので、単なる誤記というべきであ
り、右の記載内容は同第一、二の窃盗の事実に照応するものであるから、自白の補
強証拠としては十分である。論旨は前記第一、一の事実に関する部分に限り理由が
ある。
 二、 弁護人の控訴の趣意第一、一について。
 所論は、要するに原審の訴訟手続には(一)原審弁護人において被告人が本件各
犯行当時心神耗弱の状態にあつたと主張したのに原判決は右主張に対し判断を示し
ていない点で刑訴法三三五条二項違反があり、(二)原審記録によれば、被告人は
癲癇に罹患しており、犯行当時は異常な精神状態にあつた疑いがあるので、原審と
しては被告人の責任能力について進んでその立証を促し、さらに職権で証拠調をす
べきであつたのにこの措置に出なかつた点で審理不尽の違法があり、右の各訴訟手
続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
 そこで、原審記録を調査すると、原審第一回公判において、被告人は弁護人の質
問に対し、ひきつけとか癲癇の病気があり、夏にときどき発作を起す旨供述し、弁
護人はこれを受けて証拠調後の意見として、被告人にはひきつけ癲癇の病気もある
ので寛大な判決を求める旨陳述したことが認められるが、右は弁護人の意見中情状
の項に記載されているものであり、未だ被告人が本件犯行当時心神耗弱の状態にあ
つた旨主張したものとは解されない。したがつて原判決がこの点に関し明示の判断
を示さなかつたとしてもこれを違法ということはできない。
 また、原審記録中の被告人の司法警察員に対する昭和四八年一〇月二日付供述調
書には、被告人は少年当時窃盗の非行により養護施設及び医療少年院に収容された
ことがある旨の記載があること、被告人が原審公判廷において、ひきつけとか癲癇
の病気があり、夏にときどき発作を起す旨供述していることからすると、被告人に
精神障害があることが窺われるが、原判決挙示の被告人の司法警察員および検察官
に対する各供述調書によれば、被告人は本件各犯行当時の状況をいずれも十分記憶
しており、その前後の状況にも諒解し難いような点はなく、被告人が右各犯行当時
気分的に不安定なところがあり、幾分抑制力が低下していたことは窺われないでは
ないが、前記の被告人の供述にあるような癲癇の発作による朦朧状態あるいは癲癇
性の不機嫌状態にあつた事実は認められず、原審記録上被告人には右各犯行当時是
非善悪を弁識する能力及び右弁識に従つて行動する能力が十分あつたことが認めら
れるので、原審がさらに責任能力の有無に関する立証を当事者に促し、或いは原審
自ら職権でその点に関する証拠の取調をしなかつたとしても原審のこの措置に審理
不尽の違法があるとはいえない。なお当審における事実取調の結果によつても被告
人が本件各犯行当時心神耗弱の状態にあつたとは認められない。
 論旨はいずれも理由がない。
 三、 弁護人の控訴の趣意第二について。
 所論は、被告人は原判示第一、一の窃盗の事実により逮捕された後いまだ事が捜
査機関に発覚する前に同判示第一、二および三の窃盗の事実を自らすすんで申告し
て自首したものであるが、原判決が右の自首の事実を判示しなかつたのは審理不尽
の結果事実を誤認したものである、というのである。
 なるほど原審記録によれば、被告人は昭和四八年一〇月二日原判示第一、一の窃
盗の事実を理由とする逮捕状により司法警察員に逮捕され、同日右司法警察員の取
調を受けて右事実を自白し、同日同判示第一、二の窃盗を犯したことを内容とする
神奈川県戸部警察署長宛の上申書を作成して提出し、司法警察員は同月三日右窃盗
の被害者の従業員を参考人として取り調べて供述調書を作成し、同人から被害届を
徴したこと、被告人はさらに同月一二日同判示第一、三の窃盗を犯したことを内容
とする同警察署長宛の上申書を作成して提出し、同警察署は右窃盗の被害者が警視
庁池袋警察署長宛に提出していた同年八月一日付の被害届の移牒を受けたことが認
められ、被告人の当審公判廷における供述によると、被告人が警察官から質問を受
ける前に被告人からすすんで前記上申書を作成したものであることが窺われ、被告
人の前記上申書作成当時原判示第一、二の事実は捜査機関に認知されておらず、同
判示第一、三の事実は捜査機関に認知されていたが、その犯人が誰であるかは認知
されていなかつたことが認められる。そこで、右の状況からみると同判示第一、二
および三の事実については一応自首の要件を充すものといわなければならない。し
かしながら自首は刑の任意的減軽事由であつて、自首を認めて刑を減軽するかどう
かは裁判所の裁量に委ねられており、自首による刑の減軽をしないときはその事実
の有無を判決に判示する必要はないのであつて、原判決は自首の有無について何ら
事実を認定判示していないのであるから、所論のようにこの点で事実の誤認がある
ということはできない。
 なお原判示第一の事実は常習累犯窃盗の一罪として一個の刑で処断されるのであ
るから、右一罪を構成する各個の窃盗についてそれぞれ法律上の減軽の要件を充す
場合は格別、その一部について自首の要件を充すだけでは前記一個の刑につき自首
を理由に法律上の減軽をすべきでないことは、右の自首の要件を充す行為が起訴さ
れていない場合を考えれば自ずから明らかである。論旨は理由がない。
 なお、前科照会回答書によると、被告人には原判決が「累犯前科」として摘示す
る二つの前科のほかに罪となるべき事実第一の冒頭(二)に摘示する前科があり、
この刑は昭和四三年四月一七日にその執行を受け終つたことが明らかであつて、こ
れも原判示第一の罪と累犯の関係に立つが、原判決は刑法五六条、五九条、五七条
を適用しているので、この点は、未だ原判決破棄の理由となすには足りない。
 そこで、弁護人のその余の控訴趣意(量刑不当)および被告人の控訴趣意(量刑
不当。なお、被告人の控訴趣意中には心神耗弱の主張までするかに受け取れる箇所
もないわけではないが、その理由のないことは既に二で述べたとおりである。)に
対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法
四〇〇条但書に従い、当裁判所においてさらに次のとおり判決する。
 (当裁判所が認定する罪となるべき事実)
 原判決の(罪となるべき事実)第一の一記載のとおりであるからこれを引用する
(その余は原判決が認定するところによる。)
 (証拠の標目)(省略)
 (累犯前科)
 被告人は、(一)昭和四二年九月一八日静岡簡易裁判所において窃盗罪により懲
役八月に処せられ、昭和四三年四月一七日右刑の執行を受け終り、(二)昭和四四
年一二月九日名古屋簡易裁判所において同罪により懲役一〇月に処せられ、昭和四
五年一〇月一三日右刑の執行を受け終り、(三)昭和四六年六月七日福井簡易裁判
所において同罪により懲役一年二月に処せられ、昭和四七年八月六日右刑の執行を
受け終つたもので、右事実は検察事務官作成の被告人に対する前科照会回答書によ
りこれを認める。
 (法令の適用)
 原判決が確定し及び当裁判所が認定した被告人の常習累犯窃盗の所為は盗犯等ノ
防止及処分ニ関スル法律三条、二条、刑法二三五条に、原判示第二の横領の所為は
同法二五二条一項にそれぞれ該当するところ、被告人には前示前科があり、右は常
習累犯窃盗の罪との関係で四犯、横領の罪との関係で三犯となるので、同法五六
条、五九条、五七条により常習累犯窃盗の罪については同法一四条の制限に従いい
ずれも法定の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから重い常習累犯窃
盗の罪の刑に同法一四条の制限に従い法定の加重をし、本件各犯行の動機、態様、
被害の程度、被告人が中学生当時から窃盗を繰り返し、これまで窃盗、横領の罪で
前記累犯前科を含めて五回懲役刑に処せられ(ただし最初の懲役刑は執行を猶予さ
れ、後にこれを取消されたもの)、銃砲刀剣類等所持取締法違反の罪で一回罰金刑
に処せられていること、住居、職業ともに安定せず、親兄弟から離れていて十分な
監督者がないこと、被告人は癲癇の症状を有しかつ精神薄弱者であること、本件各
犯行については十分反省していること、被告人の年令、性格、境遇等被告人のため
有利不利な一切の事情を考慮し、その刑期範囲内で被告人を三年に処し、刑法二一
条を適用して原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入し、原審および当審
における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人には負担させないこ
ととする。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 龍岡資久 裁判官 西村法 裁判官 福嶋登)

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