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平成18年(ネ)第10021号不正競争行為差止等請求控訴事件(原審・東京地
方裁判所平成17年(ワ)第5650号)
平成18年8月29日口頭弁論終結
判決
控訴人エーザイ株式会社
同訴訟代理人弁護士田中克郎
同中村勝彦
同長坂省
同藤井基
同柏健吾
同太田知成
同伊勢智子
同宮下央
同訴訟復代理人弁護士根本浩
被控訴人シー・エイチ・オー
新薬株式会社
被控訴人メルク・ホエイ株式会社
被控訴人ら訴訟代理人弁護士萩原信太郎
同工藤英知
同柳誠一郎
同池田竜郎
同小川朗
同志摩美聡
主文
1本件控訴をいずれも棄却する。
2控訴人が当審において追加した予備的請求をいずれも棄却する。
3控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人シー・エイチ・オー新薬株式会社(以下「被控訴人CHO」とい
う。)は,原判決別紙被告標章目録1記載の形態を有するPTPシート及び
同目録2記載の形態を有するカプセルを用いた胃潰瘍治療剤を製造及び販売
してはならない。
(3)被控訴人CHOは,その占有に係る原判決別紙被告標章目録1記載の形態
を有するPTPシート及び同目録2記載の形態を有するカプセルを用いた胃
潰瘍治療剤を廃棄せよ。
(4)被控訴人メルク・ホエイ株式会社(以下「被控訴人メルク」という。)は,
原判決別紙被告標章目録1記載の形態を有するPTPシート及び同目録2記
載の形態を有するカプセルを用いた胃潰瘍治療剤を販売してはならない。
(5)被控訴人メルクは,その占有に係る原判決別紙被告標章目録1記載の形態
を有するPTPシート及び同目録2記載の形態を有するカプセルを用いた胃
潰瘍治療剤を廃棄せよ。
(6)被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して2166万円及びこれに対する平
成17年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(7)訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人らの負担とする。
(8)仮執行宣言
(上記(2)ないし(6)の請求は,主位的に不正競争防止法3条,4条に基づき,
予備的に民法709条に基づくものである。なお,予備的請求は,当審にお
いて追加されたものである。)
2被控訴人ら
主文同旨
第2事案の概要
控訴人,被控訴人らは,いずれも医薬品,医薬部外品等の製造,販売等を業
とする株式会社である。
本件は,控訴人が被控訴人らに対し,被控訴人CHOが製造し,被控訴人メ
ルクが販売する胃潰瘍治療剤「セルパスカプセル」(以下「被告商品」とい
う。)が控訴人の販売する胃炎・胃潰瘍治療剤「セルベックスカプセル50m
g」(以下「原告商品」という。)とカプセル及びPTPシートの色彩構成に
おいて類似し,被控訴人らによる被告商品の販売が不正競争防止法2条1項1
号所定の不正競争行為に該当すると主張して,被告商品の販売等の差止め及び
廃棄(同法3条)並びに損害賠償(同法4条)を請求したが,原判決が,控訴
人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が,これを不服として控訴を提起し,
当審において,被控訴人らの行為が民法709条所定の一般不法行為にも該当
することを主張して,これに基づく上記と同一内容の請求を予備的請求として
追加した事案である。
なお,控訴人が主張する原告商品のカプセル及びPTPシートの色彩構成は,
緑色と白色の2色の組合せからなるカプセル及び銀色地に青色の文字等が書か
れているPTPシートという色彩構成(以下,原判決と同じく「本件配色」と
いう。)であり,控訴人は,この本件配色が不正競争防止法2条1項1号にい
う「商品等表示」に当たると主張するものである。
1当事者の主張は,次のとおり当審における主張を付加するほか,原判決の
「事実及び理由」の「第2事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これ
を引用する。なお,略語については,当裁判所も原判決と同一のものを用いる。
2控訴人の当審における主張
(1)患者も「需要者」に該当すること
患者は,医療用医薬品を自ら選択する権利(自己決定権)を有し,医療用
医薬品に関心を有しており,処方を受けている医薬品が患者の知らないうち
に先発品から後発品に変更されていれば,元に戻してほしいと考える患者が
少なからず存在するし,医師の多くも患者が医療用医薬品の拒否権や変更権
を有することを認めている(甲第20号証)。したがって,患者も医療用医
薬品の「需要者」に該当し,その存在は医療用医薬品の取引においても重視
されるべきである。
(2)本件配色の商品等表示該当性
ア商品等表示該当性の判断基準
医療用医薬品の場合,少なくとも患者は,商品の名称や製造・販売してい
る会社名等を基準に医療用医薬品を自ら選択するわけではなく,医師や薬剤
師等に処方された医療用医薬品をそのカプセル及びPTPシートの色彩等の
外観で識別していることが多く,従前服用していた医療用医薬品と同様のカ
プセル及びPTPシートの外観を有する他の医療用医薬品が処方されたとし
ても,従前のものと誤認混同してそのままにしておくということが生じ得る。
医療用医薬品においては,カプセル及びPTPシートの外観が持つ識別力は
通常の商品とは全く異なるから,医療用医薬品のカプセル及びPTPシート
の形態が商品等表示に該当するか否かを検討する際には,当該色彩等の形態
が他の商品と異なる顕著な特徴を有しているかどうかを重視すべきではない。
したがって,医療用医薬品のカプセル及びPTPシートの色彩構成の商品
等表示該当性については,原判決が判示したように,①当該配色をその商品
に使用することの新規性又は特異性,②当該配色とそれが施された商品との
結びつきの強さ及び当該配色の使用の継続性,③当該配色の使用に関する広
告宣伝とその浸透性及び当該商品の売上げ,④取引者や需要者である消費者
が商品を識別,選択する際に当該配色が果たす役割の大きさ等の要素を考慮
するとしても,これらの要素をすべて同じ位置づけのものとしてとらえるべ
きではなく,医療用医薬品の取引の特殊性を十分に考慮した上で,種々の要
素を総合的に検討して判断すべきである。
また,本件配色を控訴人が独占したとしても,その他の事業者に与える不
利益は原告商品と同様の色彩構成をカプセル形態の胃潰瘍治療剤に限って使
用することができなくなるという極めて限定されたものにすぎない。被控訴
人らは,周知な商品等表示である本件配色を用いて患者の自己決定権を奪っ
ているのであり,カプセル及びPTPシートの色彩構成についての保護(独
占の防止)を慎重にすべきであるとの理由から,このような被控訴人らを保
護し,長年営々と努力して築き上げてきた原告商品への信用力に不当にフリ
ーライドをされ,原告商品の売上げを不当に奪われている控訴人を保護しな
いのは,不正競争防止法2条1項1号の趣旨に反する。
イ本件配色の新規性又は特異性
(ア)新規性・特異性の判断対象範囲
医療用医薬品の市場においては,医療用医薬品の種別ごとの処方ランキ
ングが存在し,医療用医薬品全体の市場が存在するとともに,その種別ご
との市場が存在するから,原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成
の商品等表示該当性は,医療用医薬品全体の中で判断するのではなく,胃
潰瘍治療剤の中において判断すべきである。したがって,原判決が言及し
た薬剤のうち,「アシノンカプセル150」及び「アテミノンカプセル1
50mg」以外の薬剤は,胃潰瘍治療剤でないから,本件配色の新規性又
は特異性を判断するに当たって考慮する必要はない。
(イ)色彩の相違
原告商品における「緑色系」の色は正確には「灰青緑色」であり,「白
色系」の色は「淡橙色」であって,原判決が言及する薬剤の「緑色系」,
「白色系」の色彩とは,着色の濃淡の違いにとどまらず,離隔的に観察し
ても明確に識別することができる。
原判決が言及している医療用医薬品である「セファレキシン・C『トー
ワ』」(乙第8号証,検乙第7号証),「インスミン15」(乙第9号証,
検乙第8号証),「セブンイー・P」(乙第10号証,検乙第9号証),
「シンクルカプセル」(乙第11号証,検乙第10号証),「アシノンカ
プセル150」(乙第11号証,検乙第3号証),「アテミノンカプセル
150mg」(乙第7号証,検乙第6号証)の各カプセルに使用されてい
る「緑色系」及び「白色系」の色彩並びにPTPシートに記載された文字
の色と原告商品のそれらとが異なることは一見して明らかであるから,こ
れらの薬剤があることから,本件配色の顕著性を否定することはできない。
色差及び吸光度を測定すると,原告商品と被告商品を含む後発品の色は
非常に類似しているのに対し,後発品以外で緑色系の色と白色系の色の組
合せによるカプセルの色とは類似していない(甲第63号証)
また,本件配色においては,①カプセルが緑色系の色と白色系の色の組
合せによること,②PTPシートが銀色地に青色系の文字等が書かれてい
ることの双方に着目すべきであり,胃潰瘍治療剤として①及び②のいずれ
も満たすものは,原告商品及び被告商品以外にほとんど存在しない。さら
に,医療用医薬品全体からみても,①及び②のいずれも満たすもので原告
商品ほど出回っているものは存在しない。
(ウ)原告商品の外観の特異性の非希釈化
原告カプセル及び原告PTPシートは,昭和59年12月の販売開始以
来,現在まで同一の色彩構成を使用して販売され,平成9年に後発品が販
売されるまでは,胃潰瘍治療剤において,控訴人がこの色彩構成を独占し
てきたから,胃潰瘍治療剤においては,本件配色が特異性を有していたこ
とは明らかであり,原告商品は,後発品の発売後も,依然として高いシェ
アを維持している。このような状況からすれば,原告商品の外観の特異性
を希釈化するためには,原告商品と同等の販売数や処方数のある医療用医
薬品が存在するといえることが必要であるが,原判決が言及する医療用医
薬品のうち,原告商品ほど処方されているものは存在せず,どの商品もご
く僅かしか市場に出回っていないのであるから,これらの医療用医薬品が
存在することをもって,本件配色の新規性又は特異性が否定されることに
はならない。
ウ当該配色とそれが施された商品との結びつきの強さ及び当該配色の使用の
継続性
原告商品は,昭和59年12月に販売を開始されたが,それ以前には,本
件配色と同様の色彩構成のカプセル及びPTPシートを用いた胃潰瘍治療剤
は存在しない。原告商品は,販売開始から現在まで同一のカプセル及びPT
Pシートの色彩構成を使用して販売され,平成9年に後発品が販売されるま
では,控訴人がこの色彩構成を独占してきた。控訴人が,原告商品以外の薬
剤に「セルベックス」という名称を付していることは,原告商品の外観の識
別力に何ら影響を与えるものではない。
エ取引者や需要者である消費者が商品を識別,選択する際に本件配色が果た
す役割の大きさ
医師や薬剤師等の医療関係者も,商品名だけでなく,カプセル及びPTP
シートの色彩構成から医療用医薬品を識別することがあり(甲第20号証),
医療関係者や患者の多くは,原告商品のデザインを見れば,セルベックス又
はいつも服用している胃薬であるとの認識を持つ(甲第24号証の1ないし
125)。また,患者は,一般に,自分が服用している医療用医薬品の販売
名を覚えておらず,カプセル及びPTPシートの外観で識別しているのが実
情である(甲第20号証)。
(3)一般不法行為に基づく請求(当審で追加した予備的請求)
仮に被控訴人らによる被告商品の販売が不正競争防止法2条1項1号所定
の不正競争行為に該当しないとしても,以下の事情を考慮すれば,被控訴人
らの被告商品の製造販売行為は,公正な競争として社会的に許容される限度
を超えるものであるから,民法709条所定の一般不法行為を構成する。こ
れにより,控訴人は,原告商品の売上高の減少という経済的損失を被ってお
り,その額は,2166万円を下らない。
ア被告商品を含む後発品は,先発品と成分が同一であり,先発品よりも薬価
が低いにもかかわらず,後発品メーカーのMRが少なく,安全性に関する情
報提供が不足し,医師等及び患者が後発品に対して漠然とした不安感を抱く
ため,一向に普及しない。そこで,被控訴人らを含む後発品メーカーは,後
発品の外観を先発品と酷似させ,医師等及び患者に誤認混同を起こさせる方
法で後発品の売上げ拡大を狙っている。また,患者に処方する薬剤を先発品
から後発品に変更する際に,両者の違いを説明しない医師がいるところ,被
控訴人らは,このような実態を認識しつつ,カプセル及びPTPシートの色
彩構成を先発品である原告商品の色彩構成と酷似させ,患者に誤認混同を起
こさせ,患者の自己決定権を侵害している。
イ被控訴人らの模倣の程度は,単なる類似に止まらず,いわゆるデッドコピ
ーというべきもので,酷似している。
ウ被告商品は,先発品である原告商品と成分が同一である後発品に該当する
から,原告商品と直接的競合関係にあり,被告商品が患者の混同等を利用し
て売上げを伸ばせば,原告商品の売上げを不当に奪う結果となる。
エ控訴人は,原告商品の外観を決定するために,アンケートを行ったり,検
討を繰り返した上で,医師,薬剤師のみならず,患者にも受け入れられやす
いものとした。また,控訴人は,適切な情報提供活動を展開し,安全供給体
制の確立・維持に努力してきた。このようにして得られた原告商品の外観に
対する絶大な信頼に基づく控訴人の経済的利益は,十分法的保護に値する。
オ後発品が販売されるのは,先発品についての特許権の存続期間が満了した
後であるところ,控訴人が求めているのは,特許権が消滅した後における当
該発明を実施した商品の販売の差止めではなく,原告商品の外観を模倣して
後発品を販売する行為の差止めである。したがって,被控訴人らが原告商品
の外観とは異なる外観の後発品を販売することは妨げられないのであって,
控訴人の請求が認められても,不当な独占にはならない。
3被控訴人らの当審における主張の要点
本件配色は,特徴のない形態であって,出所表示機能を獲得するに至ってお
らず,商品等表示性が認められないから,被控訴人らの行為は不正競争行為に
該当せず,一般不法行為にも該当しない。
(1)患者も「需要者」に該当することについて
原告商品,被告商品を含む医療用医薬品は,その効能,効果によって患者
に適したものが医師により処方され,患者がこれを受け入れているのであっ
て,医師等が患者の意見を考慮したとしても,カプセルやPTPシートの配
色が選択の動機になることは,通常考え難い。患者も「需要者」に該当する
ことを,患者の自己決定権から結論づけるのは,論理の飛躍がある。
(2)色彩構成の商品等表示性の判断基準
人間の生命身体の状態に直接影響がある商品である医療用医薬品を識別す
るときには,他の商品を識別するときよりも注意を払うのが経験則上明らか
であり,医師等も患者も,商品名や会社名ではなく,薬剤の色彩等の外観で
識別することはない。
もし,ありふれた配色である本件配色に商品等表示性が認められれば,あ
りふれた配色であっても販売シェアが大きければ独占が認められることにな
り,弊害が大きい。医薬品に相応しい色の組合せは現実的には限られている
から,このような独占を認めると,胃潰瘍薬に限らず,あらゆるカプセル形
態の医薬品について,緑色と白色の組合せという配色を使用することが事実
上不可能になるが,このような事態は,公正な競争の確保を目的とする不正
競争防止法の趣旨に反するものである。
(3)本件配色の商品等表示性
ア新規性又は特異性の判断対象範囲
人間は,同時又は異時に複数の領域の疾患を患うことがあるし,原告商品
及び被告商品のようなテプレノン製剤は,胃潰瘍患者に処方されるだけでな
く,他の疾患を治療するための医薬品の服用が原因で生じる胃障害を予防・
治療するために処方されることもある。したがって,「同種商品」の範囲は,
医療用医薬品とすべきである。
イ新規性又は特異性の希釈化
本件配色を見ても,需要者が原告商品を連想するほどの特徴がないならば,
販売数や処方数がいかに多くても,需要者は,カプセルが緑色と白色の組合
せで,銀色地のPTPシートに青色の文字が書かれている薬剤を目にしたと
き,そのような外観はカプセル剤に一般によく使われていると認識するにす
ぎない。したがって,希釈化を認めるために,原告商品と同等の販売数や処
方数がある必要はない。
ウ色彩の相違について
控訴人は,原告商品における「緑色系」の色は,正確には「灰青緑色」で
あり,原判決が言及する薬剤の「緑色系」の色彩とは,濃淡の違いにとどま
らず,離隔的に観察しても明確に識別することができると主張するが,本件
訴訟においては,控訴人自ら原告カプセルが「緑色」と「白色」の組合せと
主張してきたのであり,新規性又は特異性を認めるほど大きな違いではない。
もし,濃淡や色調の違いで新規性又は特異性が認められるのならば,原判決
の言及する薬剤のカプセルにも新規性又は特異性があることになり,不合理
である。
エ配色と商品との結びつきの強さ及び使用の継続性
「同種商品」の範囲は,医療用医薬品とすべきであり,カプセルが緑色と
白色の組合せで,銀色地のPTPシートに青色の文字が書かれている薬剤は,
原告商品の販売開始以前から販売されているものがあるし,原告商品販売開
始後に販売されたものもあるから,控訴人が原告商品の販売開始以来約15
年間にわたり原告色彩構成を独占的に使用してきた事実はない。
「セルベックス」には,カプセル剤だけでなく,細粒剤もあるから,本件
配色から「セルベックス」という薬を想起することは困難である。
オ商品を識別,選択する際の色彩構成の役割の大きさ
医師等も患者も外観に依拠して医薬品を識別・選択することに関する控訴
人提出の証拠には,次のとおり証拠価値がない。
(ア)甲第19号証に,有効な錠剤識別方法として「色」を挙げた者が医師の
93パーセント,薬剤師の78パーセントあったとの記載があるが,そこ
にいう「錠剤識別」がいかなる行為を指すのか不明確であり,調査対象者
の選択方法や質問の方法・内容が全く明らかでないから,証拠価値はない。
(イ)甲第20号証についても,質問の方法が適切でなく,調査対象者がどの
ような動機・経緯で調査に応じたのかも不明であり,客観性が担保されて
おらず,証拠価値はない。
また,処方された薬が複数あるときに確認するのが「外観(色,デザイ
ン等)」によるとの回答があったとしても,「外観」に,PTPシートな
どの包装や医薬品自体にある販売名やメーカー名が含まれるとも解される
から,この回答結果が控訴人の主張を基礎づけるものではない。
同号証25頁の「あなたが飲んでいる医薬品が,気がつかない間に先発
品から後発品(ジェネリック医薬品)に替わっていたらどのように思いま
すか」という質問は,仮定の状況に関する推測を尋ねるものである上,極
めて誘導的であり,不適切である。
(ウ)甲第21ないし23号証において,約75パーセントの患者が自分の服
用している医薬品を外観で覚えていると回答したことが事実だとしても,
質問までの経緯が極めて誘導的であり,このような誘導に乗った回答には
客観性が全くない。また,前記の「外観」には,PTPシートなどの包装
や医薬品自体にある販売名やメーカー名が含まれるとも解されるから,こ
の回答結果が控訴人の主張を基礎づけるものではない。
甲第21ないし23号証の調査は,原告商品を処方された患者のみを対
象としており,偏りがある上,調査方法も不適切である。
(エ)甲第24号証のアンケート結果は,控訴人への協力を厭わなかった医師
による回答であり,証拠価値がない。また,先発品から後発品への切換え
に関する質問Ⅲは,他人の行動に関する推測を問うものであり,このよう
な質問に対する回答結果に証明力はない。
(オ)甲第18号証の1ないし123は,控訴人が用意した文書に署名又は記
名押印をして作成されたものであるが,その記載中に「薬価と納入価格と
の差額(医療機関の利益)は後発品の方が大きい」とあるのは,ミスリー
ディングであり,このような記載があっても署名又は記名押印をしたのは,
控訴人に協力的な医師たちによって回答されたからであり,同号証には証
拠価値がない。
また,上記の差額は後発品の方が大きいということがない以上,差額が
大きいことを理由に,医師や薬剤師が後発品への切換えを望んだり,患者
が知らないうちに,先発品を後発品に切り換えたり,切り換えたことが患
者に気づかれないようにしたりすることはないから,このような回答を誘
導する同号証には証拠価値がない。
(4)一般不法行為に基づく請求(当審で追加した予備的請求)について
控訴人が主張する不法行為の成立を基礎づける諸事情が存在しないことは,
既に述べたところから明らかであり,一般不法行為に基づく請求(予備的請
求)にも理由がない。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,本件配色は出所表示機能ないし自他商品識別機能を備えたもの
とは認められないから,不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に
該当するものではなく,被控訴人らによる被告商品の販売が同号所定の不正競
争行為に該当することを理由とする控訴人の主位的請求はいずれも理由がない
と判断する。また,控訴人が当審において追加した,被控訴人らの行為が民法
709条所定の一般不法行為に該当することを理由とする予備的請求もまた理
由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。
1不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」について
(1)色彩(色彩構成)の商品等表示性
不正競争防止法2条1項1号が,他人の周知な商品等表示と同一又は類似
の商品等表示を使用することをもって不正競争行為と定めた趣旨は,周知な
商品等表示に類似する商品等表示を使用することにより,需要者ないし取引
者に当該商品等の出所を誤認させ,他人の営業上の信用にただ乗りをして顧
客を獲得する行為を防止することにより,周知な商品等表示に化体された営
業上の信用を保護するとともに,事業者間の公正な競争を確保することにあ
ると解される。
そして,不正競争防止法2条1項1号において,「商品等表示」とは「人
の業務に係る氏名,商号,商標,標章,商品の容器若しくは包装その他の商
品又は営業を表示するものをいう」と規定されているところ,商品やその容
器等の外観に表れた色彩(色彩構成)も,一応,同号にいう「商品等表示」
に当たり得るものといえる。
もっとも,不正競争防止法2条1項1号の趣旨や,同号において「商品等
表示」が「人の業務に係る・・・商品又は営業を表示するものをいう」と定
められていることからすれば,同号にいう「商品等表示」は,商品等表示そ
れ自体が客観的に自他識別機能ないし出所表示機能を備えていることが必要
であることはいうまでもないところ,商品あるいはその包装の色彩や色彩構
成(複数の色彩の組合せ)は,商標等と異なり,本来的には商品の出所を表
示する目的を有するものではなく,その色彩や色彩構成自体が商品と結合し
て特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合があるにすぎないも
のである。
また,色彩は,文字,図形,記号等と結合した場合には,商標法上の商標
となり得るし(同法2条1項),物品の形状,模様等と結合した場合には,
意匠法上の意匠(同法2条1項)となり得るものであるが,本来,色彩
(色)それ自体の使用は,何人も自由に行うことができるものであり,色彩
あるいは色彩構成を商品等表示として不正競争防止法によって保護すること
は,工業所有権制度によることなく,本来自由に使用できる色彩について特
定の事業者の独占を認める結果になることにも留意する必要がある。
したがって,色彩あるいは色彩構成自体が商品と結合して出所表示機能を
有し,不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に当たるといえる
ためには,その色彩をその商品に使用することの特異性など,少なくとも当
該色彩あるいは色彩構成が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有している
ことが必要であるというべきであり,また,その商品等表示該当性を判断す
るに当たっては,上記顕著な特徴を有することに加えて,さらに当該商品に
ついて当該色彩あるいは色彩構成の使用継続性の程度,需要者が識別要素と
して色彩あるいは色彩構成に着目する度合いなどをも考慮して検討されなけ
ればならないというべきである。
(2)原告カプセル及び原告PTPシートの商品等表示性
原告カプセルは商品の一部であり,原告PTPシートは商品の包装である
から,それらの外観に現れた色彩構成も不正競争防止法2条1項1号にいう
「商品等表示」に一応当たり得るものといえる。
(3)本件配色の商品等表示性
ア前記のとおり,本件配色が出所表示機能を有し,不正競争防止法2条1項
1号所定の「商品等表示」に当たるといえるためには,その色彩をその商品
に使用することの特異性など,少なくとも当該色彩構成が他の同種商品とは
異なる顕著な特徴を有していることが必要である。
この点について,控訴人は,医療用医薬品の場合,そのカプセル及びPT
Pシートの色彩等の形態が商品等表示に該当するか否かを検討する際には,
当該色彩等の形態が他の商品と異なる顕著な特徴を有しているかどうかを重
視すべきではない旨主張する。しかし,前記のとおり,色彩自体は本来的に
は商品の出所を表示する目的を有するものではなく,一定の場合に特定の出
所を表示する二次的意味を有するに至る場合があるにすぎないものであり,
しかも,色彩は本来何人も自由に使用することのできるものであるから,原
告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成について,商品を他から識別し
て特定の出所を表示する機能を備えているものとして,その独占を認めるた
めには,少なくともそれがありふれたものではない顕著な特徴を有している
ことが必要であると解すべきであり,このことは医療用医薬品についても何
ら異なるところはないというべきである。控訴人は,カプセル及びPTPシ
ートの色彩構成の商品等表示該当性については,当該配色をその商品に使用
することの新規性又は特異性のほかに,種々の要素を総合的に検討して判断
すべきであるとも主張するが,そもそも当該配色がありふれたもので顕著な
特徴を有していない場合にまで,本来自由に使用できる色彩について,特定
の事業者の独占を認めることは相当でないことは,既に述べたとおりであり,
控訴人の主張は採用することができない。
なお,控訴人は,本件配色を控訴人が独占したとしても,その他の事業者
に与える不利益は原告商品と同様の色彩構成をカプセル形態の胃潰瘍治療剤
に限って使用することができなくなるという極めて限定されたものにすぎな
いなどとも主張しているが,本来何人も自由に使用することのできる色彩に
ついて,特定の事業者の独占を認めることは,それがカプセル形態の胃潰瘍
治療剤の範囲に限られるとしても,他の事業者に与える不利益は大きいもの
があるといわざるを得ないのであり,色彩あるいは色彩構成が商品等表示に
当たるといえるためには,少なくともそれがありふれたものではない顕著な
特徴を有していることが必要であるというべきである。
イところで,本件配色が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているか
どうかを検討するに当たって,同種商品の範囲をどのようにとらえるかにつ
いて,控訴人は,医療用医薬品の種別ごとの処方ランキングが存在し,医療
用医薬品の種別ごとの市場が存在するから,本件配色の商品等表示該当性は,
医療用医薬品全体の中で判断するのではなく,胃潰瘍治療剤の中において判
断すべきであると主張する。
原告商品及び被告商品が医療用医薬品であることは当事者間に争いがなく,
弁論の全趣旨によれば,医療用医薬品は,製薬会社等から医療機関等に販売
され,そこで具体的処方があるまで保管され,医師の処方により患者に対し
て使用され,患者はその薬剤の対価を負担するものであることが認められる。
医師等は,日常的に数多くの患者に接し,様々な薬剤を処方・使用している
ところ,医師等が日常的に接する患者は,胃潰瘍に限らず多種多様な疾病に
罹患しているのであり,一人の患者が同時に複数の疾病に罹患していること
も少なくない。また,処方箋により医療用医薬品の調剤を行う調剤薬局にお
いては,複数の医師からの処方箋に対応するため,非常に多くの種類の医薬
品を取り扱うものであり,調剤薬局が日常的に取り扱う医療用医薬品も胃潰
瘍治療剤に限らず,多種多様である上,複数の種類の医療用医薬品が処方さ
れた患者に対し,処方に係る複数種類の医療用医薬品を調剤する場合も多い。
このように,医師等が日常的に胃潰瘍治療剤に限らず,多種多様な医療用医
薬品を取り扱っている実態からすれば,医療機関等において医療用医薬品が
その種類や薬効によって分類・保管されているとしても,原告商品について
の「同種商品」は,医療用医薬品全体をいうものと解すべきである。
控訴人は,医療用医薬品の種別ごとの処方ランキングが存在することを根
拠の一つとして挙げるが,同種商品の範囲は,上記のように同種商品が通常
の取引においてどのように取り扱われているかの観点から判断されるべきで
あって,処方ランキングの存在は,これと何の関係もない。
以上のとおり,「同種商品」は胃潰瘍治療剤に限定されるとの控訴人の主
張は採用することができず,本件配色が顕著な特徴を有しているどうかは,
医療用医薬品全体を同種商品として検討されるべきであり,本件配色が出所
表示機能を備えているかどうかも,医療用医薬品全体の中で判断すべきであ
る。
2本件配色についての具体的な検討
(1)本件配色の顕著性
アカプセルが緑色と白色の2色からなること及びPTPシートが銀色地に青
色の文字等が付されている医療用医薬品としては,原告商品の販売開始以前
に,東和薬品株式会社の抗生物質「セファレキシン・C『トーワ』」(乙第
8号証,検乙第7号証)が昭和51年9月から販売されていることのほか,
ゼリア新薬工業株式会社の胃潰瘍治療剤「アシノンカプセル150」(乙第
5号証,検乙第3号証)が平成2年9月に,「アテミノンカプセル150m
g」(乙第7号証,検乙第6号証)が平成14年7月に,それぞれ発売され
ていることが認められる。
上記のほか,カプセル剤の配色についてだけみると,緑色と白色の2色か
らなるカプセル剤として,「インスミン15」(乙第9号証,検乙第8号
証),「セブンイー・P」(乙第10号証,検乙第9号証),「シンクルカ
プセル」(乙第11号証,検乙第10号証)があり,これらの医療用医薬品
は,いずれも原告商品の販売開始以前に販売されていたことが認められる。
また,弁論の全趣旨によれば,被告商品以外にも,多数の後発品製造販売
業者が,平成10年ころから,緑色と白色の2色からなるカプセルと,銀色
地に青色の文字等が付されているPTPシートとで構成する医療用医薬品を
販売していることが認められる。
イ上記の事実からすれば,現時点(本件口頭弁論終結時)はもとより,控訴
人が損害賠償請求について損害の発生期間として主張する平成14年3月か
ら平成17年3月までの間において,原告商品の本件配色は,医療用医薬品
(少なくともカプセル剤)全体からみて,ごく単純な配色のものであり,特
異性のある顕著な特徴を有しているものとは認められない。
ウしたがって,本件配色は,特段の特異性を有するものではなく,他の同種
商品とは異なる顕著な特徴を有しているということはできないから,出所表
示機能を有するものではなく,不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等
表示」に当たるということはできない。
(2)控訴人の主張について
ア控訴人は,上記薬剤のうち「アシノンカプセル150」及び「アテミノン
カプセル150mg」以外の薬剤は,胃潰瘍治療剤でないから,本件配色の
新規性又は特異性を判断するに当たって考慮する必要はないと主張するが,
前記のとおり,本件配色が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有している
かどうかを検討するに当たっての基準となる「同種商品」は,医療用医薬品
全体であるから,控訴人の主張は,採用することができない。
イ控訴人は,原告カプセル及び原告PTPシートにおける「緑色系」の色は
正確には「灰青緑色」であり,「白色系」の色は「淡橙色」であって,前記
認定の薬剤(検乙第3,第6ないし第10号証)のカプセルの「緑色系」,
「白色系」の色彩とは,着色の濃淡の違いにとどまらず,離隔的に観察して
も明確に識別することができるなどと主張する。
しかし,原告商品,被告商品を含む医療用医薬品の通常の取引においては,
色を識別するとしても,肉眼での観察によると考えられるから,控訴人の主
張する色彩の相違は,需要者が肉眼で離隔的に観察した場合に,識別するこ
とができるものでなければならない。また,本件配色はカプセルの色とPT
Pシートの地の色及び文字の色との組合せであるから,PTPシートに入っ
た状態でカプセルを観察する方法が最も本件配色に適合する。しかし,検甲
第1号証,検乙第3,第6ないし10号証において,カプセル自体を肉眼で
観察しても,「緑色系」,「白色系」とされる複数のカプセルから,原告カ
プセルを色で識別することは困難である。また,控訴人の提出する甲第63
号証は,薬剤のカプセルの色差及び吸光度を機械で測定した結果であり,肉
眼で観察した場合にもあてはまるとはいえない。
なお,「灰青緑色」,「淡橙色」という色の名称は,一般的なものではな
く,たとえ,肉眼で色調の違いを認識することができたとしても,需要者の
記憶に残りにくい。さらに,被控訴人が原審で提出した乙第4号証は原告商
品の添付文書であり,控訴人は原告商品の販売開始以来,色彩構成を変更し
ていないと主張しているから,カプセルの色彩を「灰青緑色」と「淡橙色」
の組合せと記載した文書が原告商品の販売開始時から存在したと考えられる
にもかかわらず,控訴人は,本件配色のうち,カプセルの色については,緑
色系の色と白色系の色の組合せと主張してきたのであって,「灰青緑色」と
「淡橙色」の組合せとは主張していない。したがって,控訴人自身において
も,原告商品のカプセルの色彩を,「緑色系」,「白色系」という以上に
「灰青緑色」,「淡橙色」とまで識別していなかったものと推認される。
ウ控訴人は,原告商品の販売開始以来,平成9年に後発品が販売されるまで
は,胃潰瘍治療剤において,本件配色を独占し,本件配色が特異性を有して
いたものであり,後発品の発売後も,依然として高いシェアを維持している
から,原告商品の外観の特異性は希釈化されていない旨主張する。
しかし,前記のとおり,本件配色が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を
有しているかどうかを検討するに当たっての基準となる「同種商品」は,医
療用医薬品全体であり,控訴人の上記主張は,これと異なる前提に立って本
件配色の特異性を主張するもので,失当である。
そもそも,本件配色が周知商品等表示に当たるか否かは,差止請求につい
ては事実審の口頭弁論終結時,損害賠償請求については損害の発生期間とし
て主張する平成14年3月から平成17年3月までを検討すべきであるから
(最高裁昭和61年(オ)第30,31号同63年7月19日第三小法廷判決
・民集42巻6号489頁),本件配色が他の同種商品とは異なる顕著な特
徴を有しているかどうかも,上記の時点で判断すべきものであるところ,前
記のとおり,上記の時点において,本件配色が他の医療用医薬品とは異なる
顕著な特徴を有しているとは認められない。
控訴人は,後発品の発売後も,原告商品は高いシェアを維持しており,原
告商品の外観の特異性は希釈化されていない旨主張する。しかし,前記認定
のとおり,緑色と白色の2色からなるカプセル剤は原告商品の販売開始以前
にも販売されていたのであり,また,カプセルが緑色と白色の2色からなる
こと及びPTPシートが銀色地に青色の文字等が付されている医療用医薬品
も原告商品の販売開始以前に販売されていたことに加え,多数の後発品製造
販売業者が,平成10年ころから,緑色と白色の2色からなるカプセルと,
銀色地に青色の文字等が付されているPTPシートとで構成する医療用医薬
品を販売しており,損害賠償請求の対象とされている行為の開始の時である
平成14年3月には,既に3年以上の期間,それらの配色からなる多数の医
療用医薬品が販売されていたものと認められるのであるから,平成10年以
前においても,また,それ以後においても,本件配色が他の同種商品の配色
とは異なる顕著な特徴を有しているとはいえない。このことは,原告商品の
胃潰瘍治療剤におけるシェアが圧倒的であることや,上記の他の医療用医薬
品の処方数及び販売数の多寡によって異なるものではない。
以上のとおりであり,控訴人の上記主張はいずれも採用することができな
い。
エ控訴人は,医師や薬剤師等の医療関係者も,商品名だけでなく,カプセル
及びPTPシートの色彩構成から医療用医薬品を識別することがあり,医療
関係者にとって医薬品の外観が医薬品の識別の際の重要な指標となっている
旨主張する。
しかし,医師は,患者の診療において高度の注意義務を負っている者であ
り,医師及び薬剤師等の医療関係者は,誤って処方と異なる薬剤を患者に交
付することを防ぐ必要があるから,細心の注意力をもって医薬品を選別すべ
きことが要求されている医療関係者が貯蔵されている多数の医薬品の中から
処方された薬剤を取り分けるときに,薬剤名よりもカプセル及びPTPシー
トの色彩構成に着目しているとは考えられない。乙第3号証によれば,誤投
与を防ぐために,PTPシートに薬剤の販売名(薬剤名)を記載するよう指
導が行われていることが認められ,原告商品,被告商品を含む医薬品のPT
Pシートには販売名が記載されているから,医療関係者が貯蔵されている多
数の医薬品の中から処方された薬剤を取り分けるときには,販売名によって
確認していると推認される。なお,甲第19号証には,錠剤の識別方法とし
て「色」が有効だと答えた医師,薬剤師が多かったとの結果が記載されてい
るが,同号証における識別は「医療ミスを防ぐため」のものであり(医療ミ
スを防ぐためであれば,成分が同一である先発品と後発品とは,同じ色にす
べきことになる。),薬剤の出所との関係での識別ではない。また,甲第2
4号証の1ないし125は,印刷された数行にわたる各質問事項に対して
「はい」「いいえ」「わからない」との回答が用意された書面に,回答のい
ずれかを丸で囲み,署名又は記名押印するだけの方式のものであり,その実
質的な質問事項(ⅠないしⅣ)もすべて誘導的な内容のもので,いわば回答
を暗示して行われたアンケートともいうことができるから,その結果をその
まま信用することはできない。
オ控訴人は,患者は,一般に,自分が服用している医療用医薬品の販売名を
覚えておらず,カプセル及びPTPシートの外観で識別しているのが実情で
あり,患者の多くは,原告商品のデザインを見れば,セルベックス又はいつ
も服用している医薬であるとの認識を持つに至っている旨主張する。
前記認定のとおり,医療用医薬品は,製薬会社等から医療機関に販売され,
医師の処方により患者に対して使用され,患者は使用された薬剤の対価を負
担するものであり,患者が薬局等で処方箋なしに自らの選択で購入すること
はできない。しかし,通常の診療過程において,目的とする治療に適合した
効能を有する薬剤が複数存在する場合に,医師が患者に対して各薬剤の内容
や薬価について説明をした上で,患者に選択をさせることは想定されるし,
医師が成分名を記載した処方箋を患者に交付して,患者が薬剤師から説明を
受けた上で,同一成分の複数の薬剤の中から選択することも想定される。こ
のように,患者が複数の薬剤の中から自己に使用される薬剤を選択すること
に関与することがあり得るし,最終的には,患者が対価を負担することを考
えると,上記のような限度において,患者も医療用医薬品の「需要者」に該
当するということができる。
もっとも,患者が「需要者」に該当するとしても,本件において,胃潰瘍
患者が,原告商品を本件配色によって他の胃潰瘍治療剤ないし医療用医薬品
一般から識別していることを認めるに足りる証拠はない。
甲第20号証によれば,医師,薬剤師ともに,医薬品処方時の患者への説
明において,「効果・効能」,「服用方法」,「副作用」を説明する者が7
7パーセント以上であるのに対し,「外観(色・デザイン等)」を説明する
者は,医師で8.0パーセント,薬剤師で16.5パーセントにすぎないと
のアンケート結果が出ていることが認められる。これによると,患者が医師
又は薬剤師から受ける説明においては,薬剤の効能,副作用が重要な事項と
して説明され,薬剤の外観は重視されていないことが認められる。また,説
明時にカプセル及びPTPシートその他の薬剤の外観を患者に示すことが行
われているとしても,それは患者が処方された複数の薬剤を誤って服用する
ことを防ぐ目的でされているものであって,薬剤の出所との関係で示されて
いるものではないとみるのが相当である。甲第20号証には,処方された医
薬品が複数あるときに,患者が服用の際確認するのは,外観(色・デザイン
等)が最も多いとのアンケート結果も記載されているが,処方された医薬品
が複数あるときに,患者が服用の際確認するのは,上記と同様に,誤って服
用することを防止するためであり,薬剤の出所との関係で識別しているもの
ではないと考えられる。なお,甲第22号証の1ないし11及び第23号証
の1ないし4は,原告商品と他の同種商品との誤認混同についての調査結果
であるが,その結果は,需要者が薬剤の出所を認識する場合において本件配
色に着目していることを示すものではない。
したがって,患者が薬剤の出所との関係で原告商品を本件配色によって識
別している旨の控訴人の主張は採用することができない。
3以上のとおり,本件配色は,不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表
示」に当たらず,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人らの被告
商品の販売行為は,同号所定の不正競争行為に該当しないから,控訴人の主位
的請求は理由がない。
4不法行為に基づく請求(当審で追加した予備的請求)について
控訴人は,被控訴人らの行為が仮に不正競争防止法2条1項1号所定の不正
競争行為に該当しないとしても,社会的に許容される限度を逸脱するものであ
るから,民法709条所定の一般不法行為を構成すると主張する。
しかしながら,一般に,経済活動ないし取引行為は法令等による規制に抵触
しない限り,原則としてこれを自由に行うことができるものというべきである。
本件において,被控訴人らによる被告商品の販売が不正競争防止法2条1項1
号所定の不正競争行為に該当しないことは既に判示したとおりであるから,被
控訴人らにおいて専ら控訴人に損害を与えることを目的として被告商品を販売
しているなどといった特段の事情のない限り,被控訴人らによる被告商品の製
造販売行為が民法709条所定の一般不法行為を構成することはないというべ
きであるところ,本件に現れた事実関係及び全証拠を検討しても,そのような
特段の事情の存在は認められない。したがって,被控訴人らの上記行為が民法
709条所定の一般不法行為に該当することはないから,一般不法行為に基づ
く差止等請求が認められるか否かを判断するまでもなく,控訴人の予備的請求
も理由がない。
5以上によれば,控訴人の主位的請求は理由がなく,控訴人が当審において追
加した予備的請求にも理由がない。よって,控訴人の主位的請求を棄却した原
判決は相当であるから,本件控訴をいずれも棄却し,当審において追加された
予備的請求をいずれも棄却することとし,当審における訴訟費用の負担につき
民事訴訟法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官佐藤久夫
裁判官三村量一
裁判官古閑裕二

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